Magenta...09



それは突然のことだった。

「ちょっと…これんとこの会社じゃない?」

いつものように起床してリビングに向かうと、珍しく先に起きていた――寝ていないのかもしれないが――姉の砂羽が朝の情報番組を見ながら訊いてきた。
何のことかとテレビを見れば、そこには寝室らしき部屋で何やら室内を物色する女が映っている。その女はが働く代行サービス会社、"アイシング"の制服を着ていた。映像の角度的に隠しカメラのようなもので撮影されたようにも見えて、は怪訝そうに眉を潜める。

「え、何これ…何でうちのスタッフがテレビに――」

が素朴な疑問を口にした時、そこで映像が切り替わり、スタジオに並ぶアナウンサーや司会をしているタレントが映し出された。

『これは大ごとですよね。信用第一である会社の社員が依頼主のパソコンを勝手に操作したり、クローゼットを漁るなんてとんでもないことですよ。これじゃこの会社の信用もがた落ちでしょう。こんなスタッフがいる会社に代行サービスなんて頼みたくないのが普通ですからね』

厳しい顔つきでそう話すコメンテーターの言葉が、の頭の中でぐるぐると回る。寝起きの頭で理解するのに時間がかかったものの、自分が働く会社のスタッフがとんでもない犯罪行為をしたという事実は分かった。

「これヤバそうじゃん。大丈夫?の会社…」
「だ…大丈夫じゃないかも…」

心配そうに訊いてくる砂羽に対し、の頬も引きつっていく。コメンテーターが言ってた通り、代行の仕事は信用で成り立っているものだ。自宅に他人を入れると言うリスクが伴う以上、依頼主との信頼関係が求められる。なのに一人でも犯罪行為を行った人間が出れば、これまでの会社に対する信用が一気に崩れてしまう。

「こ、こうしちゃいられない…!わたし、会社行ってくる!」
「え?もう?ってか朝ご飯はー?」
「いらない!帰り遅くなるかも!」

呑気な砂羽にそう返すと、はすぐにリビングを飛び出した。
天職だと思い、誠心誠意込めて働いてきた会社の一大事。たった一人のせいで全てが台なしになるなんて、この時はまだ信じたくもなかった。

△▼△

が自宅を飛び出した頃、春千夜もまた佐野万次郎と共に同じ番組を見ていた。

「…これで愛田は終わりですね」

情報番組のコメンテーターが大げさに騒いでいるのを見ながら、春千夜は万次郎に声をかけた。しかし、その言葉とは裏腹に内心では"灰谷の野郎、勝手な真似しやがって"と言う苛立ちがこみ上げてくる。
この件を表沙汰にするのは少し待てと言ったにも関わらず、蘭が勝手に「GO」を出したのだ。
梵天の子飼いである記者にこの映像を送ったのは春千夜だが、すぐに公表するのは待てとも言ってあった。
なのに蘭の判断でそれは実行されてしまったようだ。

――女は消しちまったんだからモタモタしてたら愛田が何か手を打ってくるかもしんねえだろ。

勝手な真似すんなとキレた春千夜に、蘭は当然のことをしたと言いたげな顔だったのを思い出す。
一発ぶん殴ってやれば良かったとも思ったが、幹部同士の揉め事は基本禁止という暗黙のルールがある為、そこは断腸の思いで堪えたのだ。そのおかげで未だに春千夜の中でイライラが納まらない。
それは蘭の言動だけじゃなく、今回の件で確実に被害が及ぶであろうのことを考えてしまったせいでもある。
別に代行サービスで知り合った女が好きな仕事を失うだけのことだ。そう思う反面、が楽しそうに仕事をしてる姿を思い出すと罪悪感のような何ともいえない思いがこみ上げてくる。その相反する思いがぶつかりあい、余計に春千夜を苛立たせていた。

「愛田って…何だっけ?」

心の中で鬱々としたものと戦っている時、不意に万次郎が春千夜を見上げてきた。
ソファに座り、テレビを見ながらどら焼きを頬張っている万次郎の顏には相変わらず表情はないものの、本気で質問しているのは何となく気づいた。
ただ、万次郎の問いかけの意味を理解するまで、春千夜は数秒を要してしまった。

「愛田は…梵天所有の店をいくつか潰そうとしてきた奴らで、マイキーが前に邪魔だから消せ、と言ってた組織です」
「オレが?そーだっけ」
「………」

春千夜の説明を聞きながら、万次郎が不思議そうに首を傾げている。でもすぐに興味を失ったのか、大あくびをしながら「ちょっと寝る…夕べ寝てねえし」と言って寝室へと入ってしまった。
それを黙って見ていた春千夜は、何とも言えない表情で苦笑を零す。
万次郎が気まぐれなのは昔からなので、そこはあまり深く考えないようにはしていた。

(オレも一度帰るか…)

今回の件では春千夜も寝る暇すらなく動いてたこともあり、かなり疲れていた。おかげで薬の量も増えている。疲れた時はどうしても欲しくなるのだ。
ベッドで眠ったのはいつだったっけ?と思い出せない程度には自宅にも戻っていない。そのせいでとも随分と顔を合わせていなかった。

(そういや…渡せてなかったな、これ)

万次郎の部屋を出て、薬を出そうとスーツのポケットへ手を突っ込んだ時、指先に触れた物のことを思い出す。
そのまま掴んで出したのは、例のネックレスが入った箱だった。
これを買ったのはすでに一ヶ月近くも前のことだ。

(今更…か?あんな約束、アイツも忘れてんだろ…)

オマエに似合うものをオレが買ってやる――。
つい、変な独占欲が芽生えて口走ってしまったものの、は体の関係がある相手でも、まして恋人でもない。
愛田の駒をおびき寄せる為に頼んだ代行サービスのスタッフというだけで、こんな高価な贈り物をする方がおかしい。

(やっぱ捨てるか…)

そう思いつつも箱をポケットへ戻し、自分の部屋へと歩き出そうとした。だが足は自然にエレベーターホールへと向かう。

「おでかけですか?三途さん」

エレベーター前には部下が二人立っている。その一人に「車を回せ」と言ったのは、例の借り住まいであるマンションへ戻る為だった。

「港区のマンションに行く」
「了解しました」

部下の呼んだエレベーターに乗り込みながら、やはり疲れた時はあっちの部屋が恋しくなるな、と苦笑が漏れた。
綺麗に掃除のされた部屋で寛ぎたい。
壁に寄り掛かり、階数ボタンの点滅を見上げながら、その気持ちは逸るばかりだった。


△▼△


会社の一大事でものやるべきことは変わらない。
いつも通り、午後には春千夜のマンションへとやって来た。だがの足取りは少しだけ重い。
例の事件がテレビに取り上げられたことで、今日の予約が大幅にキャンセルされたことを知った時のショックが尾を引いているのだ。
今まで誠意をもって接していた客に、自分さえ疑われているんだという現実が、の心を打ちのめしていた。

――仕方ないわよ。ああいう人間が一人出るだけで、きちんと仕事をしていたスタッフさえ、同じような目で見られてしまうものだから。

上司である美紀からはそう諭されてもの気が晴れることはなかった。
理屈では理解できる。ただ信用してくれてるお客様はいるはずだと、少しばかり自惚れていたのかもしれない。
豪奢という言葉がピッタリなロビーを通り、エレベーターに乗り込んだだったが、気づけば溜息が漏れてしまう。
本来なら今日だけでも8件の予約が入っていた。なのに蓋を開けてみればその内の6件からキャンセルが入ってしまったのだ。
なので今日の仕事は2件だけ。一つは春千夜だが、もう一つの仕事は年配のご夫婦の家で、が"アイシング"に勤めだした時からお世話になっている客だ。
この騒ぎでも、その夫婦は「ちゃんのことは信用してるから家事を任せたい」と言ってくれた。
嬉し過ぎて泣きそうになったのを何とか堪え、二人の気持ちに報いる為にもキッチリと普段通りの仕事をしてきたところだ。

(そうよ…わたしを必要としてくれてる人がいる限り、しっかり仕事しなくちゃ…落ち込んでる場合じゃない)

現にそのご夫婦と春千夜だけはキャンセルしないでいてくれた。その事実がを元気にしてくれた。

(まあ…春千夜さんはあんな情報番組とか見ないだろうから知らないだけかもしれないけど…)

まさかその春千夜がこの件に絡んでいるとも知らず、は苦笑いを浮かべた。
とりあえず会社の信用を取り戻すべく、自分は今まで通り仕事をするしかない。
そう新たに決心しながら、春千夜の部屋のドアを開けた。

「…今日もいないみたい…」

玄関に入ると靴などはなく、人の気配もしない。
は軽く息を吐くと、脱いだ靴を揃えておきながら、すぐにリビングへと向かう。
ここ一カ月ほどは春千夜と顔を合わせることはなく、食事の依頼すら入らない状態だった。
それに最後に会った時、一日置きではなく、毎日来られないのかと訊かれたものの、その後に何の連絡もなくなったことで有耶無耶になったままだ。

「やっぱり書いてないか…」

何も書かれていないメッセージボードを確認して、小さく溜息を吐く。

「毎日お掃除に来る件、主任から許可が下りたこと早く伝えたいんだけどな…」

顔を合わせなくなったこの一カ月の間、春千夜がここへ帰ってる様子もないことから、彼に何かあったのかと少しだけ心配になる。何せ反社の人間なのだから、一般人のよりは危険な目に合うこともあるはずだ。

(…でも今のところニュースでも梵天絡みのものはなかったよね…)

そんなことを考えつつ、キッチンへ入り、まず手を洗う。シンクの渇き具合から見ても、前回が掃除をした時のままの状態に見えた。
でも今日は一つだけ、前回来た時にはなかったものがあることに気づく。

「え…これって…ティファニー…?」

キッチンから見えるカウンターテーブルの上に、見覚えのある箱が置いてあり、は少しだけ驚いた。
でもそれはティファニーの箱があったことにじゃなく、春千夜がここへ帰ってきたかもしれないという事実に対してだ。

「え…春千夜さん、一度帰ってきたのかな…」

玄関に靴はなかったものの、春千夜は帰宅時、すぐに履いていた靴をしまうクセがある。玄関は常に綺麗にしておきたい性格らしい。
そのことを思い出したは、すぐに玄関へ戻り、シューズクローゼットをそっと開けてみた。
そこにはズラリと色んなブランド物の靴が並んでいる。
最近は靴磨きも頼まれたりするので、靴の配置などもは把握していた。

「あ…ある…っ」

春千夜が不在の時は一つだけ空間があるのだが、今日は全て靴が埋まっている。これは春千夜が帰宅してることを意味していた。

「え、まさか…寝てる…?」

バスルームの方からは何も音がしなかったので、それ以外に考えられない。
一瞬、寝室を覗いてみようか、という思いに駆られたものの、もし寝てたら申し訳ないし、見つかれば怒られるかもしれない。
最近は寝室に入ることを許可されてはいるものの、それはシーツや衣類のクリーニングと、ベッドメイクをする場合のみ。
何の用もなければ勝手に覗くのも躊躇われる。

「でも…とりあえず安心した…」

しばらく音沙汰がなかったことで何か抗争とかに巻き込まれて怪我でもしたんじゃないかと心配していただけに、ちゃんと帰宅して寝てるなら一安心だ、と安堵の息が漏れる。
我がままで気難しい人間ではあるものの、にとっての春千夜は態度とは裏腹に優しい一面もある人だ。出来ることなら危ない目に合って欲しくはない。

「なら…今日は静かに掃除して静かに帰ろ」

再びキッチンへ戻ろうと、まずリビングへと入る。でもそこで先ほど見落としていたものが視界を掠めた。

(え…今のって…)

足を止め、キッチンより先にリビングの奥にあるソファへと視線を向ける。するとソファの背もたれの部分に高級そうなスーツのジャケットがかけられていた。
几帳面な春千夜にしては珍しい、と思いつつ、シワになっては大変だと思った。
とりあえずハンガーにでもかけておこうとソファの方へ歩いて行ったは、そこで予想外の光景を見て足を止めた。

「え…春千夜さん…?」

あまりに静かで気づかなかったが、ソファにはうつ伏せになっている春千夜がいた。

「ね、寝てる…?」

静かに近づいて覗き込んでみると、春千夜は目を閉じて眠っていた。規則正しい寝息と、呼吸をするたびかすかに動く背中から、疲れて熟睡していることが伝わってくる。

(ビックリしたあ…ここで寝てたのね…)

マンションに帰る暇もないくらい忙しかったのかもしれない。そう思いながら春千夜の前にしゃがみこむ。
こうして顔を見るのは一カ月ぶりだが、少しだけ痩せたように見えた。

(ちゃんと食べてたのかな…)

元々線が細い方ではあったが、今はどことなく顔色も悪い。出来れば栄養のある食事を用意しておきたいところだが、依頼もされてないのに作ってしまうのは怒りを買ってしまいそうで出来なかった。

(それにしても…綺麗な人は寝顔まで綺麗なんだなぁ…)

春千夜の寝顔を見つめながら感心したように息を吐く。
今までこれほど端正な顔立ちの男性とは縁もなく、出会ったこともないにとって、春千夜は貴重かつ珍しい存在に感じてしまう。

(まつ毛なんかバサバサで付けまつ毛も絶対いらないタイプよね。まあ男だからそもそも必要ないだろうけど)

マジマジと寝顔を見ながら、そんなどうでもいいことを思う。口元に大きな傷跡があるとはいえ、それがマイナスにならないほど、綺麗な人も珍しい。

(春千夜さんは何で梵天にいるんだろう…)

穏やかな寝息を立てる姿はとても恐ろしい組織の人間には見えず、ふと素朴な疑問が湧いた。
ニュースなどで流れる梵天絡みの事件はどれも凶悪で、何人も死人が出るようなものばかりだ。こうして寝顔を見ていると、それに関わってるようにはどうしても思えない。

(なんて…わたしには関係ないことよね…)

自分は代行サービスのスタッフで、春千夜はそれを利用してくれている大事な顧客だ。その客の個人的な事情などに深入りすることは許されていない。
そろそろ仕事に戻ろう…と思いながら立ち上がろうとした。
その時、春千夜の目が不意に開いた。

「…す、すみません…っ」

突然のことに驚いて咄嗟に謝罪の言葉を口にした。目の前でしゃがみこんで寝顔を見ていたのがバレたことで少し焦ったのだ。でも春千夜は怒るでもなく「…」と彼女の名前を口にした。
春千夜がきちんとを名前で呼んだのはこの時が初めてだったかもしれない。

「眠てぇ…ベッドまで連れてけ…」
「…へ?」
「ベッドだよ…早くしろ…」

春千夜は相当眠たいのか、力のない声で命令してくる。
その様子を見る限り、本当に疲れて動けないのかもしれないと思ったは「わ、分かりました」と手を貸すことにした。

「手、触りますね」
「…ああ」

念の為、断ってから手を掴んで引っ張ると、春千夜はのっそりと起き上がってフラつきながらも歩き出した。それを支えるように手を引きながら、どうにか寝室まで辿り着く。春千夜は歩きながら何度も欠伸を連発していた。

「あー…ヤベえ…眠すぎて死ねる…」
「え…そんなに寝る暇もないほど忙しかったんですか?」
「…あぁ…最後にまともに寝たのは3日くらい前…」

力のない声で話す春千夜の言葉に、さすがのもギョっとしてしまう。3日も寝ていないのではこうなっても仕方がない。

(もしかして春千夜さん、社畜なみに働かされてるのかな…梵天ってブラック…?って…反社なんだから当たり前か…)

我ながらボケてるな、と内心苦笑しつつ、どうにか春千夜を寝室まで連れて行く。

「梵天ってそんなに忙しいんですね…。あ、それともBNTホールディングスの仕事ですか?」
「…どっちもだよ。オレが仕切らなきゃなんねえ仕事が多いからな…」

春千夜はそう言った後、服を着たままベッドへ倒れ込んだ。

「え、春千夜さん、そのまま寝ちゃうんですか?着替えは――」
「いい。面倒…」

相当眠たいのか、気怠そうに応える。着替えもせずにベッドへ入るのは春千夜にしてはかなり珍しいことだ。

「ほんとに疲れてるんですね…」

なら、せめて布団だけでもかけてあげようと、はベッドへ近づいた。でも手を伸ばした瞬間、ガシっと手首を掴まれる。

「わ…っ」

軽く引かれたせいで体のバランスを崩し、ベッドの端へと倒れるように床へ膝をつく。春千夜の上に倒れては大変だと、そこは何とか回避した。

「は、春千夜さん…?」

何か用があるのかと春千夜の顔を覗き込んでみたが、目は瞑ったままだ。

「あの…」
「疲れてたら…癒してくれんのかよ…」
「…へ?」

目を瞑ったまま春千夜が呟くような声量で言った。
まるで寝言のように聞こえて、一瞬、何を言われたのか理解できない。

「えっと…癒しというのは…」

マッサージ?それとも…肩を叩くとか?
こういう状況はも初めてで、お客様に対して癒しを与える為にはどんなサービスをすればいいのかも分からない。戸惑い気味に「何をすれば…」と聞き返す。
その時、掴まれていた手首から離れた手が、の手のひらへ滑り落ちて、軽く握られるのが分かった。

「…オレが寝るまで…こうしてろ」
「……えっ」

まるで恋人の手を握るみたいな優しさで指を絡められ、その初めての感触に全身の熱が一気に急上昇した。顔から火が吹いたかと思うほどに頬も熱く、自分でも真っ赤になっているのが分かる。

(は…初めて男の人に手を握られた…っ)

23にもなって、は男に対する免疫がないに等しかった。これまで少しでも早く家計を支えたいという一心で勉強や就職活動を頑張ってきたせいか、中高は誰かと恋愛する暇もなく。
今の会社に入って俊介を好きになったのが、にとっては初めての恋だったと言える。
そんな淡い想いも一カ月前、呆気なく萎んでしまったのだが。

「で、ででも休むには邪魔だと思うので、わたしは帰りま――」

す、と言いかけた時、間髪入れずに「帰んな…」と言われてしまった。いつもより少し弱々しい声に、の心臓がドクンと音を立てて大きく跳ねる。

「…オマエがいると落ち着く」
「…お、落ち着くと言われても…」

いくら代行サービスとはいえ、客の手を握るサービスまでは提供していない。恥ずかしさと驚きではどうしていいのか困ってしまった。
「はい」とも「いいえ」とも答えることが出来ず、どうしたものかと悩んでいると、そのうちスーっという小さな寝息が聞こえてきた。

「嘘…ほんとに寝ちゃった…?」

ベッドの端へ肘をつき、春千夜の顔を覗き込めば、先ほどと同じく規則正しい寝息が聞こえてくる。
だがの手はしっかりと握ったままで、ちょっとだけ呆気に取られてしまった。
普段はしっかりしている春千夜が、こんな無防備な姿を見せるのは初めてかもしれない。

「これじゃ帰れない…」

そうボヤいたものの、本気で困っているわけでもないことに気づく。どんな形であれ、春千夜が熟睡できるなら少しくらいはいいか…と思う。
どうせ他の仕事はキャンセルになっている。それにここの掃除もまだ終わっていない。
そんな理由を思い浮かべながら、はしばらく春千夜の寝顔を眺めていた。


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