Magenta...11



砂羽が目を覚ました時、サーッという静かな雨音が薄っすら聞こえてきた。
ああ、雨か…どおりで蒸し暑いはずだ…と頭の隅で思いながら、枕元のスマホへ手を伸ばして時間を確認すると、時刻は朝の8時。砂羽にしては随分と早起きだった。夕べは少しだけ酔っ払い、帰って早々寝たせいかもしれない。
リビングの方からはいつものようにテレビの音と、カチャカチャという食器が触れる音がする。妹のが朝食の準備をしてるようだ。
以前と比べて時間がゆったりなのは、今月から職場を変えたおかげかもしれない。
ふと、先々月相談された件を思い出す。
例の事件のせいで客からの予約キャンセルが相次ぎ、そんな時に顧客の一人から自分の専属にならないかと話を持ち掛けられたという話だった。


△▼△


「え…専属…?」

姉の砂羽が驚いた様子でソファから起き上がった。
春千夜に専属になれと言われた日の深夜。は仕事から姉が帰ってくるのを起きて待っていた。
いつものようにほろ酔いで帰宅した姉に、春千夜から言われたことをきちんと説明した後、今の会社の状況のことも話しながら「どう思う?お姉ちゃん」と尋ねた。
何か大きな決断をする際は必ず砂羽に相談するのはにとっての約束事になっているからだ。砂羽もそれを知っているので、が本気で悩んでいることはすぐに気づいた。
そして「どう思う?」と意見を求めてはいるが、の気持ちが半分以上、その申し出を受けたいと思っていることも。
いつもなら妹の気持ちを察して砂羽も「やってみたら?」と言っていただろう。妹が今の仕事を天職だと思うほど楽しみながら頑張ってきたのは知っている。
ただ砂羽には一つ心配なことがあった。

は…その…三途さんのこと、どこまで知ってるの?」
「え…どこまでって…?」
「だから…彼はBNTホールディングスの人でしょ。その会社は…あまり良くない噂があるし」
「…良くない噂って――」

少し驚いた顔でが砂羽を見つめた。砂羽はどう説明しようかと迷った結果、自分が知っている情報を妹へ話すことにした。
だが――逆に驚かされたのは、砂羽が想像していた反応とは違ったことだ。

「え、何でお姉ちゃんがそのこと知ってるの?」

春千夜が梵天の関係者だという話をした途端、は驚いたように目を瞬かせた。

「え…ってことはアンタ…知ってたの?彼の正体」
「あ…まあ…知ってたというか気づいたというか…」

そう言ってから、はその時のことを話しだした。

「――え、ってことはアンタを送ってきたあの日に気づいたってこと?」
「うん、まあ…。あ、でも春千夜さんと接している内に思ったんだけど、そんなに怖い人じゃないっていうか…わたしの仕事も凄く認めてくれてて――」
「何言ってんの?あの人は梵天のナンバー2なんだからヤバい人間には変わらないってば」
「えっ」

呑気な妹に呆れながら言えば、は再び驚いたようだった。

「春千夜さんて…ナンバー2なの…?梵天の?」
「…そこは知らなかったの?呆れた…」
「だって…幹部かなぁとは感じてたけど、まさかナンバー2とは思わないよ…春千夜さんだって自分のことペラペラ話す人じゃないし…っていうか何でお姉ちゃんはそんなに詳しいの?」
「それは…だって私の働いてる店もBNTホールディングス傘下の会社が経営してるわけだし…裏情報は耳にするもの」
「あ…そっか…。え?じゃあ…前に春千夜さんが家に来た時、お姉ちゃんはすでに知ってたってこと?」
「まあ…三途さんは私の店に何度か来たことあるしね。名前は知らなかったけど派手な人だから何となく覚えてた。ああ、因みにウチの店のオーナーも梵天の幹部なの」
「えぇっ?」

あっさりと白状した砂羽に、今度こそは驚愕の表情を浮かべた。これまでには変な心配をかけまいと隠してきたが、何の因果か、妹までが梵天の幹部と関わりを持ってしまった以上、隠しておく必要もない。
そもそもは春千夜が梵天と知った上で、専属の話を受けたいと考えているのだから砂羽も苦笑するしかない。

「な、何でお姉ちゃん、そんなお店って知ってて働いてたの…?」

相当驚いたのか、は唖然とした顔をしている。だがそれは砂羽も同じ気持ちだった。

「何でって…と同じような理由よ。今の店は他の店より待遇も給料もいいし、何よりオーナーの蘭さんが私の仕事ぶりを認めてくれてる」
「オーナー…」
「最初に知った時は悩んだけど…でもあの頃はも学生だったし、お金をいっぱい稼ぐにはあの店がベストだったの」
「お姉ちゃん…」

砂羽が寝る間も惜しんで働いてたのはも知っている。姉妹二人で暮らす為には確かにお金が必要だった。

「わたしの為に…?」
「別にの為だけじゃないってば。私も楽しく仕事が出来るからいるだけ。それはも同じでしょ」
「そっか…」
「ってことで――やりたいんでしょ?三途さんの専属キーパー」

砂羽が改めて尋ねると、はしばしの沈黙の後、小さく頷いた。昔からこうと決めたことは最後までやり遂げるのは砂羽も知っている。妹まで梵天と関りを持つことに心配はあるものの、話を聞く限り、春千夜がの仕事を認めて雇いたいと言ってるのは本心のような気もした。
それに――。

「まあ…"アイシング"に居続けるよりはマシか」
「…え、どういう意味…?」

言葉の意味が分からず、キョトンとする妹に、砂羽は仕方ないとばかりに自分が知っている情報を話すことにした。と言っても、この情報は砂羽も最近知ったことだ。梵天の幹部が来店した際、話してるのを偶然耳にし、に話すべきか悩んでいたが、今の状況ならもう関係ない。

「まあ、アンタの今の会社も犯罪組織の持ち物だってことよ」
「えっ」

寝耳に水だったんだろう。は驚きすぎて固まっている。
梵天の敵ともいえる愛田興業が絡んでる事業に妹の働く会社が含まれていたのを知った時は、砂羽も同じように驚いた。

「ってことで…辞めるなら早く辞めた方がいいわよ。そのうち警察の手が入るかもしれないし」

その姉の一言で青くなったはしばし放心していたものの、数分後には会社を辞める決心がついたようだ。
その次の日、は五年間勤めあげた会社に辞表を提出した。


△▼△

「あれ、お姉ちゃん。早起きだね」

朝食後、使った食器などを片付けているに「おはよう」と砂羽が声をかけると、は少し驚いたように振り向いた。

「夕べ割と早寝したから目が覚めちゃった。は三途さんとこ?」
「うん。今日は久しぶりに家に帰ってくるみたいで食事も頼まれたから少し遅くなるかも」
「フーン…」

どこか楽しげに話す妹を見て、砂羽は僅かながらに目を細めた。の頬がかすかに上気してるのは今朝の高湿度のせいだけじゃない気がしたのだ。
何となく嫌な予感がしていた。商売柄、こういった感は意外と当たる。
以前、春千夜がを送ってきた時は見覚えのある顔に内心驚き、ついでにが梵天のナンバー2と関わることを心配した。
そして同時に感じたもう一つの心配事。
それが当たらなければいいんだけど――。
そう思いながら、砂羽はいつも通りを笑顔で見送った。


△▼△

(今日は久しぶりだし何を作ってあげようかな…)

春千夜のマンションへ行く前に立ち寄ったいつものスーパー。野菜コーナーを見て回りながら、はあれこれと献立を思い浮かべていた。
最初は悩んだものの、前の会社を辞めたことで時間に余裕が出来たおかげか、随分と気が楽になりのんびりと店内を見て回れる。
長年勤めていた会社の裏に反社組織が絡んでいたという事実は少なからずを驚かせた。そしてスタッフの中にも組織に関係する人間がいて、例の事件は個人の犯した犯罪じゃなかったことをニュースで知り、更にショックを受けた。会社を辞めていなければも事情聴取くらいはされてたかもしれない。
その件が明るみに出て、結局は春千夜の話してた通り、会社は倒産寸前。まともに働いてたスタッフの方が多かったはずなのに、今では社員全員が犯罪者扱いをする記事まで出回っている。
もし、あのまま勤めていたら…と考えるとゾっとしてしまう。

(ほんと…春千夜さんに感謝だなぁ…)

個人的に雇ってもらえたことはにとっても幸運だった。だからこそ、その分きっちり仕事で返していこうと改めて決心する。

「確か今日はお肉がいいってことだったよね…」

ふと今朝、春千夜から届いたメッセージを思い出す。
これまで和食をリクエストされることが多かったが、今日は肉の気分らしい。
必要な野菜をカゴに入れると、そのまま精肉コーナーまで歩いて行く。

(あ、新鮮な豚肉があるし今日は生姜焼きにしようかな)

ふと目に着いた特売コーナーの豚肉を見て思う。それなら栄養もあるし和食ベースで作れる。は目当ての豚肉を手に取ると、他にも必要な材料をカゴへ入れつつ、すぐにレジへと向かった。

「うわ…蒸し暑い…」

会計を済ませ、涼しかったスーパーを出た途端、夏の雨日特有のむわっとした空気が肌にまとわりついてくる。以前の制服姿とは違い、今は仕事用に買ったTシャツとカーゴパンツにスニーカーといったスタイルだが、それでも暑いことに変わりはない。ただ髪型は自由にしていいと言ってもらったおかげで、今はお団子のアップにしてるせいか、今日のような悪天候でも髪の広がりや暑さなどは気にしなくていい分、気楽だった。
ついでに「必要だと思うとき以外、マスクはしなくていい」と言われたので、今はノーマスクで軽いメイクを施している。マスクをせず仕事をこなせるのは暑いのが苦手なにとってもかなり助かっていた。

(春千夜さんってば潔癖症なのにだいぶ譲歩してくれてるのかも…)

小雨の降る中、マンションに向かって歩きながら、以前のクレームぶりからは考えられないな、と苦笑が漏れる。
でもそれだけ仕事を評価してくれてるのなら、こんなに嬉しいことはない。
しかもきちんと給料用の口座を開設して、そこへ毎月振り込まれるようにしてくれたのと、ボーナスまで出してくれるというのだから、個人的に雇われてる身としては随分と待遇がいい方だ。その分はきっちり仕事で返さなければ、という活力にもなる。

「こんにちは。さん」
「あ、こんにちは!今日もお世話になります」

傘の水を綺麗に切ってからマンションロビーに入ると、受付にいるスタッフから声をかけられ、は笑顔で会釈をした。今やコンシェルジュだけじゃなく、受付スタッフにも顔を覚えられ、こうして挨拶を交わすようになった。
何でも前の代行スタッフはコロコロ変わるので、覚える前に違う人が来る、と地味にマンションスタッフ内で噂になっていたらしい。クリーニングを出す際、そんな話をチラっとされた時はも苦笑するしかなかった。噂になるほど春千夜がスタッフをチェンジしてたのは事実だ。が急遽ここへ派遣されたのも、前の担当をチェンジしろという苦情がキッカケだったのを思い出す。
何か懐かしい――。そう思いながらエレベーターへ乗り込もうとした時、一人の受付スタッフに「あ、さん」と呼び止められた。

「三途さまは30分ほど前に帰宅されましたよ」
「えっ」

驚いて時計を見ると、午前10時半になるところ。てっきり帰宅は午後だと思っていただけには慌ててエレベーターへ乗り込んだ。
別に時間を指示されたわけでもない。ただ春千夜の帰宅前に部屋の掃除をしておきたいと思っていただけに、気持ちだけが無意味に焦った。
個人的に雇われてから今日初めて春千夜と顔を合わせることになるので、一気に緊張まで押し寄せてくる。

(あぁ~もっと早く家を出れば良かった…!)

と後悔したものの、買い物をしなければいけなかったのだから、スーパーが開店する10時に合わせて出てきたことは間違いじゃない。春千夜が思いのほか早く帰宅したのも不可抗力だ。
それでも気持ちばかりが焦り、その場で足踏みをしながら、最上階に到着した時はエレベーターを飛び出して、すぐに春千夜の部屋へ向かった。ただ部屋の合鍵で入ろうとして不意に手が止まる。
春千夜が在宅時はインターフォンを鳴らした方がいいかもしれないと思ったからだ。
そこでは軽く息を整えると、少し緊張しながらインターフォンを鳴らす。すると秒で相手が応答した。

か?』
「は、はい!すみません…遅くなりました」

即座に謝罪を口にしたのはのクセだ。前の会社では客への対応は厳しく叩き込まれたので、少しでも不手際があったと思えば頭を下げるのもクセになっている。
だが春千夜はしばしの沈黙の後、軽く吹き出したようだった。

『別に遅刻したわけじゃねえだろ。オレが早く帰宅しただけだし。それより早く入れよ』
「は、はいっ」

てっきり「おせぇ」くらいは言われると思っていただけに少し拍子抜けしつつ、は合鍵ですぐに部屋へと入った。

「失礼します」

そう言いながらリビングのドアを開けると、春千夜はバスローブ姿のままソファで寛いでいた。帰宅後すぐにシャワーへ入ったらしい。
今月から毎日ここへ通ってきてはいるものの、春千夜と顔を合わせるのは会社を辞めて春千夜の元で働くことを告げた日以来ぶりだ。は再び緊張してくるのを感じた。

「お、お久しぶりです…」
「ああ…ってか制服じゃねえと印象も随分変わるもんだな」

の恰好を見た春千夜が苦笑を漏らす。言われてみれば、つねに会社の制服姿にマスクといった完全防備でしか会ったことがなかったのを思い出す。

「え、そんなに印象…変わりますか?」
「見た感じ中学生ってとこだわ」
「……」

相変わらず口が悪いと思いながら、ついつい目が細くなってしまう。童顔なのは何気にコンプレックスだというのに。
春千夜はそんなの反応を見て愉しげに笑い出した。

「気にしてんのかよ」
「そ、そりゃ…」

当然です、と言い返そうとしたが、別にここへ口論しにきたわけじゃない。そこはグっと堪えて、軽く咳払いをした。

「そ、それより…お掃除始めてもいいですか?それとも食事を先にしますか?」
「あー…いや。飯は食ってきたし、いつも通り掃除から始めろよ。オレはもう少ししたら寝るから」
「分かりました。じゃあ…先にこれだけ冷蔵庫へ運びますね」

と言いつつ、買ってきた食材をキッチンへ運び、買ってきたものを冷蔵庫へとしまい始めた。まずは掃除をして、帰る前に夕飯を作っておけば今日の仕事は終わる。

(春千夜さん、また寝不足っぽいな…)

前ほどではないが、今日も春千夜は疲れてるようだ。
今から寝るということは夕べも徹夜したんだろう。
今はスマホを手に何やらメッセージを打ちながら欠伸を連発している。
それを眺めながらはまずキッチン周りから掃除を始めた。
自前のエプロンと、耐久性のあるニトリル製の手袋を身に着け、シンク周りやキッチンカウンターの上を掃除していく。だがその際、ある物が視界に入り、はふと手を止めた。
カウンターの隅には随分と前から置きっぱなしになっているティファニーの箱があり、いつも掃除をする際、汚さないよう避けていた。だが万が一という心配もあり、出来れば寝室などにしまって欲しいと思っていたのだ。
最初は誰かへのプレゼントかと思ったが、ずっと置いたままということは逆に春千夜が誰かからプレゼントされたものかもしれない。

「あ、あの…春千夜さん」
「何だよ」

思い切って声をかけると春千夜がスマホから視線をへと移した。

「この箱、誰かからのプレゼントなら間違って汚してもいけないのでしまっておいてくれますか?」
「…あ?プレゼント…?」

怪訝そうな様子で立ち上がると、春千夜はが指をさした先の物を見て一瞬だけ目を瞬かせた。

「あー…すっかり忘れてたわ…」

やはり忘れていたらしい。きっと春千夜にとったらティファニーを貰うのはが思うよりも大したことじゃないのかもしれない。

(庶民のわたしには分からない感覚だなぁ。ティファニーなんて貰ったらわたしなら舞い上がっちゃうもん…)

ふと以前、片思いをしていた俊介から昇進祝いと称したネックレスを貰ったものの、その後に何となく気まずい感じになり、貰ったネックレスはすぐに外してしまっていた。いくら大好きなブランドのアクセサリーとは言え、何となくつける気がしなくなったのは、あの後に俊介がのことを同僚にアレコレ愚痴っていたと耳にしたからだ。

――よく仕事や客にあそこまで入れ込めるよなー。

あげく、そう言って笑っていたらしい。
同期として応援してくれてたと思っていただけに、それを聞かされた時は多少ショックで、俊介に貰った物すら見るのも嫌になってしまったのだ。
あのネックレスも今ではアクセサリーボックスにひっそりと置かれたままだった。

――アンタ、男見る目ないわねー!

行き場のないモヤモヤを姉に話したら大笑いされてしまったというオチまでついたのは誤算だった。おかげで今はティファニーを目にすると妙にイライラしてしまう。だからこそ、出来ればこの箱を目の届かない場所へ移動して欲しくなったのかもしれない。
なのに春千夜はその箱を手に取ると、何故かの方へ差し出した。

「これ、やるよ」
「…へ?」

唐突に「やる」と言われ、の動作がピタリと止まった。そんなの様子にかまうことなく、春千夜は手にした箱を彼女の手へ押し付ける。そこで我に返った。

「い、いただけません…!それにこれは春千夜さんが誰かに貰った物なんじゃ…」
「はぁ?そんなこと一言も言ってねえだろ。つーか、これはオマエに買ったもんだ」
「……えぇっ?」

てっきり春千夜が貰ったプレゼントだと思い込んでいたは、その一言に驚愕した。春千夜からこんな高価な物を貰う理由がない。
そう思っていると、春千夜は不意に不機嫌そうに目を細めた。

「オマエ、もしかして覚えてねえのかよ」
「え…な、何を――」
「前、オマエに似合うもんやるっつったよなぁ?」
「わ、わたしに…ですか?春千夜さんが?」
「オマエが男から貰ったネックレスしてた時あったろ。あんときだよ」
「………あ」

そう言われて思い出した。俊介に昇格祝いをされた夜、何故か春千夜が「オマエに似合うもんオレが買ってやる」と言ってきたことを。
でもそれは完全に冗談だと思っていた。客から代行サービスの女に高価な贈り物なんてするはずがないと思い込んでいたのもある。
その時、春千夜の手がの首元へ伸び、指先がかすかに肌へ触れた感触にドキリとした。

「そういや…あのネックレスしてねーんだな」
「…あ…えっと…」

鎖骨の辺りをなぞるように指先で触れられ、一気に顔が熱くなっていく。話の内容すら頭に入ってこないほどドキドキしてきた。

「まあ…前にも言ったがオマエにあんなもん似合わねえ。これ付けとけ」

そう言いながら、春千夜はの手の中にある箱を再び取ると、いとも簡単にリボンを解き、中身を取り出した。

「え…これって…」

目の前で翳されたそれは、見たこともないくらいの輝きを放つ石がはめ込まれている。自分は一つも持っていないが、その石が世界中の女性を魅了して止まないダイヤモンドという名前であることはでもすぐに気づいた。
本当なら「こんな高価な物はいただけません」と言うところだ。なのに一瞬見惚れてしまったのは女の性なのかもしれない。

「つけてやるから後ろ向け」

断ることもできず、春千夜に後ろを向かされたは、自分の首元に光るネックレスを見て、いっそう胸がドキドキしてくるのを感じていた。


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