「、これも」
弧を描いて飛んで来たモノがポンとカゴの中へと納まる。
それはワカくんが好んで食べているチョコレートだった。
ウイスキーに合うとかで、お酒を飲む時につまむ用らしい。
「あとは?買い忘れてるもんねーの?」
「えっと…お肉、魚、野菜、調味料と香味料、卵に牛乳…パスタや麺類…」
料理をしないワカくんの家は食材というものが殆どなかったから、今日はある程度揃えないと、と思って結構詰め込んでしまった。
「大丈夫みたい。ワカくんは?チョコとお酒以外にないの?」
「んーない、かな」
特になかったのか、ワカくんは店内を見渡しながらそう言った。
今日は大学も休み、ワカくんもジムはお休みということで朝から近所の店に買い出しに来ていた。首都圏を中心に展開している高級志向のスーパーマーケットらしく、いちいち値段が高いので驚く。ワカくんは今までこんなに食材を買い込むことはなかったようで普段から利用しているみたいだけど、庶民の私からすると卵が一パック400円代なんて信じられない。
なのにワカくんは呑気にアレコレ選んでカゴの中へ入れて行くから気が気じゃなかった。
「あ、じゃあ会計してきちゃうね」
「ああ、それ俺がするからはアレ買っておいて」
「え?」
ワカくんが指した方向へ顔を向けると、スーパー内にあるアイスクリーム屋さんが見えた。
先ほど来た時に「帰りアイス買ってこうか」と言っていたのを思い出す。
「あ、そっか」
「俺、マンゴー&ヨーグルトね」
「わ、分かった」
ワカくんがマンゴー?と笑いながらも頷いて、押していたカートを預ける。
きっと前にもあの店で買ったことがあるんだろうなと思った。
(私は何にしようかな)
アイスクリーム店に向かいながら考えつつ振り返ると、ワカくんが会計している姿が見えた。
食材は私も半分出すと言ったのに、ワカくんは「食事作ってもらってるんだから、こういうのは俺が出すよ」と言って譲らなかった。
そういうところも大人だなぁなんて思いながらも、夕べのことを思い出す。
"俺のこと、どう思ってんの"
あんなことを訊かれたのは初めてだ。
どうしてそんなこと訊いて来たのか分からないし、手加減しないってどういう意味なんだろう。
再会してから最近まで、ワカくんは"いい兄貴"という立ち位置を崩そうとはしなかったのに。
一緒に住み始めてからどんどん距離を詰められている気がするのは気のせい…?
なのに今朝も何事もなかったのような顔をする。
私は顔合わせるのも恥ずかしくて本当は買い物もひとりで行こうと思ってたのに。
起きて来たワカくんに買い物に行って来ると言うと「俺も行くよ」と言って車を出してくれたのだ。買い物中は特に甘い空気でもなく、さくさくと商品を選んではカゴに入れていくの繰り返しだった気がする。
「やっぱり…からかわれてるのかな…」
ふとそんな事を考えて悲しくなる。
そしてそんな自分に驚いた。
(いやいやいや…悲しくなってどうするの。とっくの昔にワカくんのことは諦めたはずでしょ!)
あんなの本気にしたら痛い目見そうで怖い。
前にベンケイさんが言ってたじゃない。
"ワカはその気なくてもちょっとしたことで女の子に惚れられて、最後は相手の子に告白されんだよなあ"って。
でもワカくんに元々その気はないから結局は振る形になることが多くて、一時はチャラいなんて変な噂まで流れたことがあった。
当時は私もその噂でへこんだから覚えてる。
ただ、再会した後でよくよく聞いてみると、ワカくんがちょっと目を合わせて話しただけで相手が勝手に好きになって最後はそうなるパターンだったらしい、
ベンケイさんがそう笑って教えてくれた時は何故か納得してしまった。
あの頃の私も、ワカくんの視界に入れてもらえるだけで浮かれまくってたから。
私にはとても告白する勇気なんてなかったからしなかったけど、あの目で見つめられたら誰でもキュンとしちゃうに決まってる。
(そう…だから今回その標的になっているのが私なのかも…。ワカくんにその気がないのに私が勝手に勘違いしてるだけってパターンは…大いにある)
ただ実際にキスをされてるし、ただの勘違いとも言い切れないから困ってるのだ。
(やっぱり…きちんと聞いてみた方がいい、よね…)
これから三年近く一緒に住むんだから変に意識してしまうのはキツすぎる。
そんな事を考えつつアイスクリーム屋に行く。
"HIBERNATION"という店は私も名前を聞いたことがあるが、北海道産乳牛を100%使用した北海道発のアイスクリーム屋さんだ。
熊のイラストが描かれているカップが可愛いと、ウチの大学の子達にも人気が高い。
「マンゴー&ヨーグルトと苺タルト下さい」
自分の番が来て、頼まれていたものと自分のものを注文する。
持ち歩く時間を訊かれ、10分くらいと伝えると、ドライアイスを二つ出してくれている。
数分で可愛い袋にアイスのカップが入れられ、それを受けとった時、ちょうどワカくんが歩いて来た。
「、アイスは買えた?」
「うん。あ、袋ひとつ持つよ」
「いいよ、これくらい。はアイスの袋よろしくー」
「え、あ…待って」
笑顔でサッサと歩いて行くワカくんに、私も慌ててついて行く。
店内はクーラーが効いていて涼しかったが、さすがに外へ出ると一気に熱が上昇する気がした
「今日も暑くなりそー」
「だなー。早くアイス食べたい」
隣りに並ぶと、ワカくんはふと私を見下ろして歩幅を合わせるようにゆっくり歩き出した。
彼のそういう細かな気遣いが何気に嬉しかったりする。
「重たいでしょ?結構買っちゃったし…」
「大丈夫だよ。そんなやわじゃねーから」
「でも…ワカくん、似合わない」
「え?」
「スーパーの袋とか。何か合成写真みたい」
「何だそれ。こんなのに似合う似合わねーとかあんの?」
私の言葉にワカくんは思い切り吹き出している。
でも事実なのだから仕方ない。
その時、楽しそうに笑っていたワカくんが不意に足を止めて私を見下ろした。
「そういや…ってさあ…」
「え…?」
「昔から俺に対して変な思い込みあったよな」
「…え、変な思い込み…って?」
いきなりそんな事を言われてドキっとしたが、何のことを言ってるんだろうと思った。
ワカくんは少し目を細めると「だから今みたいなやつだよ」と呆れたように溜息をつく。
「今の…?」
「スーパーの袋が似合わねえとか、前にも俺が焼き鳥食いてえって言ったら"ワカくんに焼き鳥は似合わない"とか言うし、近所のコンビニ行く用にチャリ買おうかなーって話してた時も"ワカくんに自転車は似合わないよ"とか言ってたろ」
「え…だ、だって…ほんとにそうだもん…」
不満げな視線を向けて来るワカくんに驚いて、ついそう応えてしまった。
ワカくんはいつもキラキラしてたから、きっと現実的なものが似合わないのだ。
その端正な顔も相まって余計に合成したのでは、と思う光景がある。
ちょうど今、スーパーの袋を持っているのがそう見えるように。
だけどワカくんはますます眉間を寄せているから少しだけ不安になって来た。
何故こんなことで機嫌が悪くなるのかが、私には分からない。
「ワカくん…?何か…怒ってる?」
「怒ってねえけどさ…。にとって俺って存在は何なんだろうって思ってる」
「…え?」
ドキっとして顔を上げると、殊の外真剣な目で私を見つめるワカくんと目が合った。
「何って…それは…」
「俺は芸能人でもねーし、今は黒龍の特攻隊長でもねーよ。ただジムを経営してるってだけの一般人じゃん」
「ワ、ワカくんはその辺の一般人とは違うよ…!だって今だって凄くカッコいいし、いるだけでワカくんの周りの空気が華やぐし他の人とは雲泥の差―――」
と言いかけた時―――。
「あら?若狭くんじゃない」
その声にドキっとして振り向けば、そこにはジムの常連さまである女性が立っていた。
どうやら彼女もこのスーパーに買い物へ来たようだ。
「京子さん、どうも。買い物ですか?」
「ええ。若狭くんも?」
「まあ、そうです」
ワカくんはジムのオーナーの顏に戻り、京子という客と立ち話を始めた。
私は手持無沙汰で何となくその場で二人の他愛もない会話を聞いていたが、その女性がふと私に視線を向ける。
「その子、確か若狭くんの古い知り合いだったわよね」
「え?ああ…まあ」
「ジムが休みの日に二人で仲良く買い物なんて…まさか付き合ってたわけ?」
ドキっとしてワカくんを見ると、ワカくんはいつもの営業用スマイルを浮かべて「いえ、違いますよ」と返している。
その時、何故か胸の奥にチクリとした痛みが走った。
「そうなの?じゃあ何で二人仲良くスーパーに?」
「今日は昔の仲間とバーベキューするんで、その買い出しで」
「ああ、そうなのね」
ワカくんはサラリと嘘をついて、京子という女性はそれを素直に信じたようだ。
「じゃあ、また明日ジムに寄らせてもらうわね」
「はい、お待ちしてます」
笑顔で手を振りながら歩いて行く女性に、ワカくんも笑顔で手を上げている。
その姿をジトっとした目で見ていると、ワカくんがパっと私の方へ顔を向けた。
「何だよ、その顔」
「別に…。ただサラっと嘘ついたなぁと思っただけ」
「仕方ないだろ。一緒に住んでることは内緒なんだし」
「わ、分かってるよ…」
「ほら、帰るぞ。アイス溶けちまう」
ワカくんは自分の車の方へ歩いて行くと、後ろのリヤゲートを開けて中にある大きなクーラーボックスへ買って来たものをしまっていく。
夏場に買い物へ行く際は買った物が悪くならないよう、クーラーボックスを使用するらしい。
後は本当にベンケイさん達とバーベキューやキャンプへ行く時に使うと話していた。
車もアウトドア用に買ったとかで、ワカくんの愛車は大きなジープだ。
「あっちー。あ、アイス持ち歩き何分にした?」
「あ、10分にしちゃったけど…」
「…立ち話しちゃったから余裕で10分経ってるよな」
「かも…」
真っすぐ帰れば10分くらいだけど、もう少し余裕を見ればよかったと後悔していると、ワカくんは「ここで食べてこーぜ」と車のエンジンをかけた。
「え、ここって…」
と訊き返した瞬間、戻って来たワカくんは後ろのリヤゲートをもう一度横開きにしてガラスハッチも開けると、そこへ腰を掛けた。
「も座れば」
「え、ここ?」
「せっかくいい天気なんだし青空の下でアイス食いたい」
「それも…そうだね。でもエンジンいいの?」
「まあ、そこはエアコンかけながら後ろ全開で」
何だかんだ暑いのは嫌みたいだ。澄ました顔で言うワカくんに、私も笑うと隣に腰を掛けた。
「はい、マンゴー&ヨーグルト」
「さんきゅ。のは?」
「私は定番の苺タルト」
「甘そー」
「マンゴーだって甘いじゃない」
「これはヨーグルトも入ってるから酸味があって意外とサッパリだよ」
ワカくんはカップの蓋をとってスプーンで掬うと美味しそうにアイスを食べ始めた。
やっぱり暑い中でアイスを食べるのが一番美味しい。
「んー冷たくて美味しい」
「やっぱ外で食べんのって違うよな」
ワカくんは青空を見上げながら眩しそうに目を細めている。
その横顔はやっぱり綺麗だなって思った。
だけど車の背面に並んで座るのは地味に距離が近くて少しだけ緊張する。
それにアイスを食べてるワカくんも、なかなかにレアだなと思ってしまった。
「ワカくん、甘いのそれほど食べないのにアイスは食べるんだね」
「あーまあ、夏だけだけど」
「そっかー。あ、でもマンゴーとヨーグルトってどんな味?今度それにしてみようかな」
私はだいたいアイスは苺系を頼んでしまうので、自分が頼まない味は何気に気になった。
するとワカくんは自分のアイスをスプーンで掬い、私の方へ差し出した。
「食べてみる?」
「えっ?」
「味見してみろよ」
「あ…味見…って」
戸惑いながら目の前に差し出されたアイスを見た。
それはワカくんが使っていたスプーンに乗っている。
これって間接キスになるのでは…と躊躇っていると、ワカくんに「早く!溶けるって」と急かされ条件反射でそれを口に入れた。
「どぉ?意外と美味いだろ」
「う…うん……」
ハッキリ言って味なんか分からないくらいに照れ臭くなった。
この前キスをされたことが、やけにリアルに思い出されてしまったせいかもしれない。
ワカくんの綺麗な顔に覗き込まれて視線をそっちに向けられず、口の中で溶けていくマンゴー&ヨーグルトの味がしてきた時、やけに恥ずかしくて。
それを消すように自分の苺タルトをすぐに口へ運んだ。
それを見ていたワカくんは、私の食べてるアイスが気になったのか、
「苺タルトはやっぱ甘いの?」
「あ…う、うん、まあ、甘い…かな」
え、これは俺にも味見させてということだろうか、と一瞬フリーズする。
その瞬間、顏に影が落ちて、気づいた時にはワカくんの長いまつ毛が視界一杯に広がっていた。
「ん、やっぱ甘ったるい」
ワカくんはペロリと自分の唇を舐めて、ニヤリと笑った。
「な…何する…」
「何って、アイスついてたから。唇に」
「だ、だからって…な、舐めなくても…」
きっと今、私の顏はこの苺タルトのように真っ赤になっているはずだ。
こんな不意打ちみたいに唇を舐められたら、しかもここ外なのに!
「だって美味しそうだったし」
「……ッ?」
「ダメだった?」
ワカくんは伺うように私の顔を覗き込んで来た。
こんな距離でワカくんの美しいご尊顔をまともに見れるはずもない。
「ダ…ダメっていうか…ワカくんらしくないっていうか…最近…変だよ」
「…じゃあ聞くけど。俺らしいって何?」
「え…?」
「にとって俺らしいってどんな俺?特攻服着てバイク転がしてる俺?それとも気のいい兄貴みたいな俺?」
「ワ、ワカくん…どうしたの…?」
いつものワカくんじゃない気がして、戸惑いながら顔を上げるとワカくんは溜息交じりで天を仰ぎ、ふと私を見た。
「さっきも言ったけど…俺はの中の理想の俺とは違う、普通の男なんだよ。だからそろそろ目の前の俺を見てくんない?」
「…ワカくん…」
真剣な顔で、しかも至近距離で見つめられると、私の心臓が勝手に速くなっていく。
あんなことした後に目の前の俺を見ろ、なんて勘違いしてしまいそうな台詞、平然と言わないで欲しい。
愛の予感に救援を
言わないで。お願いだから気付かせないで。
新刊読むとワカとベンケイ、ほんと仲いいな…笑。敵対してた頃の話も読みたいです!