Chapter.10 鍵~ライバルにご用心①~ Only you can love me...
撮影初日の朝はカラっと晴れた空が僕らを出迎えてくれた。 さすがに郊外と言う事で、かなり涼しく空気も奇麗だ。 「わぁ…ここで撮影するのねっ!凄い…セットが出来てる!」 は驚いたように声を上げて喜んでいる。 セットには大勢のスタッフが忙しそうに動き回っていて、あと少しでクランクインという緊張感が漂っていた。 「おい、あそこのトレーラーで着替えて来いよ?」 ロバートが止まっている数台のトレーラーを指さした。 僕らは、それぞれ自分のトレーラーに向かい、はエマの方に入っていく。 これから衣装に着替えてメイクが始まるのだ。 僕は自分のトレーラーに入って、まずは衣装を身に着けた。 グリフィンドールの制服にハリーの眼鏡、それをつければ、僕は"ダニエル・ラドクリフ"から、"ハリー・ポッター"へと変わる。 「これで、よしと」 軽く髪を整えてトレーラーから出ると、外ではエマとが騒いでいるのが聞こえた。 「凄い、エマ可愛いわ?本物のハーマイオニーに会えて嬉しい」 「ありがとう。衣装つけると気が引き締まるわ。何だか気分が、すでにハーマイオニーだもん…。あ、ダン」 エマが僕に気付き、手を振っている。 するとも振り返り目を大きくした。 「わ…ハリーだ…っ」 そう言って嬉しそうに駆け寄ってくる彼女が可愛くて僕は笑顔になった。 「どっからどう見てもハリーだろ?」 「うん!凄い眼鏡までしてるから…。何だか緊張しちゃう」 はそんな事を言って瞳をクリクリさせた。 そこへルパートも着替えて出てくる。 「あ、ロンだ!」 「やあ、。初めまして」 ルパートはふざけてそんな事を言って挨拶している。 それにはも楽しそうに笑った。 「3人揃うと、本当に映画の中に迷い込んだみたい!あ~パパがいたら、きっと卒倒しちゃうわ?」 はそう言いながら一人はしゃいでいる。 そんな彼女を見ながらエマが、「ねね、この格好で皆で写真撮らない?」なんて言いだした。 「そうだね、撮ろう、撮ろう!パパに頼まれてることだしさ!」 「ああ、そうだね。あ、じゃあ…ロバート!」 僕は近くまで歩いて来たロバートに声をかけてのバッグに入っていたカメラを渡した。 「これで4人の写真撮ってくれる?」 「ああ、お安い御用だ。記念撮影かい?」 ロバートがの方に聞けば彼女は少し恥ずかしそうに、「いえ…父に頼まれて…」と呟いた。 それを聞いてロバートは笑いながら、カメラを構える。 「はい、もっと4人で寄って…」 そう言われて僕は隣のに少しだけ寄り添うと彼女はドキっとした顔で見上げてくる。 僕が微笑むとも照れくさそうな笑顔を見せてくれる。 それに思わずニヤケそうになっていると、ルパートとエマがニヤニヤしてこっちを見ていた。 「な、何だよ。カメラの方見れば?」 「はいはい~」 二人はクスクス笑いながら視線をカメラへと向ける。 (ほんとに…バレたらどうするんだ…) 僕は心の中で密かに焦っていたがは写真を撮るのにワクワクしているようで気付いていなかった。 「じゃ、撮るぞ~?」 ロバートがそう叫んで合図の後にシャッターを押した。 「よし、撮れた!」 「サンキュ~!ロバート!」 「構わないさ。まだ撮るかい?」 駆け寄っていったルパートにロバートが聞いている。 それにはエマも二人に駆け寄り、「あ、じゃあダンとの2ショット撮ってよ!」なんて言いだした。 「ああ、そうだなぁ?そうするか」 ロバートもニヤニヤしながら僕を見てくる。 「ちょ、、ちょっと…」 「はい、二人もっと傍に寄って!撮るぞ?」 「え?でも…っ」 「いいから早くしろ」 ロバートの言葉に僕は困ってを見ると彼女も照れくさそうに俯いている。 「あ、あの…。一緒に……写真…撮る?」 「え?あ…うん…じゃあせっかくだし…」 は顔を上げて、ちょっと微笑むと、そう言ってくれて僕はホっとした。 ロバートはすでにカメラを構えてるし、その横でエマとルパートはニヤニヤしてるしで僕はどんな顔をしていいのか分からなくなった。 「じゃ、撮るぞ?」 「う、うん」 ロバートの言葉に返事をして、少しだけの方に体を寄せた。 そこにロバートの合図とともにシャッターを切る音がして一気に体の力が抜ける。 写真を撮っただけで、こんな緊張したのは初めてだ。 「ちょっと二人とも顔が強ばってたわよ~?ちゃんと笑顔で撮らないと」 「う、うるさいよ、エマは…」 僕はエマの方を軽く睨むとに気付かれないように息を吐き出した。 そこへロバートが歩いて来てカメラをに返している。 「ありがとう御座います」 「いやいや、これくらい。あ、そろそろ撮影が始まるんだから準備しとけよ?」 「うん。分かってる」 僕が返事をするとロバートは軽く手を上げてスタッフの方に歩いて行った。 「さぁーて。また長い撮影の始まりだ」 ルパートが、そう言いながら伸びをしている。 そこにトムが歩いて来た。 「Good morning!諸君」 「何だよ、トム。その偉そうな挨拶は」 ルパートは軽く息をついて頭を項垂れると、トムは機嫌が良いのか、ニコニコしながら、 「別に偉そうなんかじゃないだろ?それより初日なんだし、もっと明るくなれないのか?あ、、おはよう」 「おはよう」 トムはちゃっかりにまで笑顔で挨拶して慣れ慣れしく話し掛けている。 「夕べは、よく眠れたかい?」 「ええ、ホテルのベッドってフカフカで気持ちいいのね?朝までグッスリ寝ちゃった」 「…あはは!そう?僕らは、いつもの事だから分からないけどさ。ま、ルパートは自分の抱き枕がないと寝れないんだよな?」 「うっさい!昨日は眠れたよ!」 「何抱いたんだ?」 「もう一つの枕…」 「はははは!やっぱ抱いてんじゃん!」 素直に答えたルパートに、トムは大笑いしている。 「放っておけよ、ルパート」 「うん。気にしてない。それよりに近寄らせないようにしないとな?」 ルパートは、そう小声で言うと、まだに話し掛けているトムを横目で見た。 エマが何とかにくっついてくれてるから安心だけど、ずっと見張ってくっついてるってわけにもいかず、何だかヤキモキする。 そこへスタッフの、お呼びがかかり、エマやルパート達は監督の方に向かった。 僕は皆を追いかける前にの方に歩いて行く。 トムも行ってしまったのを確認してからを呼び止めた。 「、この辺で見てていいからね?疲れたら適当に座ってて。スタッフ用の椅子もあるし…」 「うん。大丈夫よ?きっと撮影見ながら興奮してると思うし」 はそんな事を言いながらニコニコしている。 その顔がほんと可愛くて僕まで笑顔になってしまう。 (は…いけない、いけない…。ニヤケてる場合じゃない。早く大事なものを渡さないと…) 僕は小さく咳払いをすると、さっきから握っていた"ある物"をポケットから出した。 「あと…これ」 「え?」 僕が夕べのうちに用意しておいた"それ"を差し出すと、がキョトンとしている。 (ほんとヘドウィグだよなぁ…) なんて思いつつ、彼女にニコっと微笑んだ。 「もし疲れたら……僕のトレーラーで休んでていいから。これトレーラーの合鍵」 そう言ってネックレス風にしたトレーラーの鍵を彼女の前に出すと、それにはも目を丸くして僕を見上げてくる。 「で、でも……いいの…?」 「いいよ?の為に用意したんだ」 「――っ」 思い切ってさりげなくアピールしてみた。 そう、今は告白こそ出来ないけど…夕べ、ルパートと話していて僕も少しはアピールしないと…と決心したんだ。 トムっていうライバル(?)も現れた事だしね。 は僕の言葉に何だか恥ずかしそうにしていて、なかなか鍵を受け取ってくれない。 だから僕は強行手段に訴えた。 彼女の手を掴み、その手のひらに合鍵を、そっと置く。 するとは頬を赤くしたまま僕を見上げてきた。 その恥ずかしそうな顔に、ちょっとドキっとして僕も顔が熱くなってしまう。 「…使ってくれる?」 「う、うん…。ありがと…」 小さな声でそう呟き、ちょっと微笑んでくれたを見て僕は心の中でガッツポーズなんてしちゃったんだけど。 「トレーラーには何でも揃ってるから。喉乾いたら紅茶もあるし冷蔵庫には冷たいドリンクもある。後ルパートが持ち込んだスナックもあるしね」 そう言ってウインクするともクスクス笑いながら、「分かった。ありがとう」と言ってくれた。 の笑顔を見れて内心、凄くホっとした。 撮影前だというのに、このままとまだ一緒にいたいなぁ…なんて誘惑にかられる。 が…遠くで、僕の願いを破壊するような声が聞こえてきた。 『ぅおーーーいぃ!ハリィ~~~~ポッタァ~~~~~~っっっ!!監督がお呼びだぞーーーーっっっ!』 「「――――っっ?!」」 その拡声器を使った大声に僕とは同時に体がビクっとなって顔を見合わせた。 は目を見開いたまま固まっちゃってるし、僕なんて眼鏡がズレたりなんかして… 慌てて眼鏡を直すと声のした方を見てみた。 すると遠くでロバートがニヤニヤしながら手を振っている。 (むぅ…ロバートめ…!後で覚えてろよ…!) 「今、行くよーー!!!(うるさいなぁ…っとは心の声)」 『早くしろよ~~!!主役が来ないと始まらないだろ~~~~っ!デートは後にしろ~~~~っ!』 「デ、デートじゃない!!」 ムキになって言い返すとロバートは腹を抱えて笑っている。(ように見える) 「ご、ごめんね?」 「う、ううん…」 真っ赤になって俯いているに気付き、僕は慌てて彼女の顔を覗き込んだ。 するとプルプルと首を振って微笑むに、ほんと理性が飛びかけたりするから困る。 「あ…じゃ、じゃあ…僕、行かなくちゃ……」 「うん。撮影…頑張ってね?」 「うん。じゃ…この辺にいてね?」 「分かった」 はそう言って僕に手を振っている。 僕も軽く手を振ると、急いで皆の下へと走って行った。 映画のセットまで必死に走って行くと、そこにはズラーリと共演者、スタッフが勢ぞろいしていて一斉に拍手で迎えられる。 「ヒューーーヒュ~~~~♪彼女つきのロケはどぅだい?ハリー!」 「いやいや~撮影前にイチャついてるとはいい度胸だな!ん?」 「バ…バカなこと言うなよ…っっ!!」 僕はスタッフのヤジに顔が真っ赤になってしまった。 すると監督のアルフォンソからも声が上がる。 「いやぁ、ハリーも女の子なんて同伴で来る年齢になったんだなぁ…。早いもんだ…。でもまあ台詞が飛ばない程度にイチャついてくれよ?」 「ア、アル……っっ!!!」 監督の、とんでもない発言に僕は耳まで真っ赤になった。 ルパートもエマも援護してくれるどころか皆と一緒に大笑いしているんだから始末に終えない。 「さあ、これ以上、ハリーをからかったら茹蛸みたいになって撮影が出来んからな。このくらいにしておこう」 「―――っ」 監督は呑気に、そんな事を言いながらクラインクイン前の挨拶を始めた。 僕はほんとに茹蛸寸前で思い切り溜息をつく。 (ったく…!いい大人が一番楽しんでるんだから…性質が悪いクルーだよっ) 僕は殆どアルの挨拶など耳に入らず、自分の挨拶が回ってくるまで一人プリプリと怒っていたのだった―― 私は手のひらにある飛び切りのプレゼントにまだ胸がドキドキしていた。 はぁ…いいのかな、でも……こんな合鍵なんて……どうして私に……? 優しいダンの事だから…一人で待ってる私に気を遣ったのかなぁ。 それでも嬉しいものは嬉しい。 こんな合鍵なんてもらうとちょっと大人になった気分だ。 よく…ドラマとかで見るけど…恋人に自分のマンションの合鍵をプレゼントしたりするのよね…。 あれ、見てて凄く憧れた…。 まあ…この鍵は別にマンションの鍵でも何でもないけど… でもダン個人で使用してるトレーラーの鍵なんだから…凄い事よね。 別に、ダンは恋人の関係で私にくれたわけじゃない。 そんなのは分かってる。 でも…。 『嬉しい……』 思わず日本語が口から出てしまう。 その時、大きな歓声が聞こえてハっと顔を上げると、クランクイン前の挨拶が終わったのか大勢のキャストやスタッフが拍手をしている。 そして照れくさそうに頭をかいてるダンの顔が見えた。 ダンは…皆から好かれてるのね… それは見ていても分かる。 だって自然とダンの周りに人が集まってくるもの。 ちょっとだけ…羨ましい… 私は離れた場所から、ダンがスタッフ達に囲まれてるのを見て少しだけ彼を遠くに感じた。 あそこに入れるのはダンと同じ仕事をしている人達だけ。 私は…部外者なんだ。 そんな事を考えたら、ふと寂しくなって息をついた。 ダメダメ…。せっかく嬉しい贈物をもらったんだから…。こんな事で落ち込んでいられない 気持ちを切り換え、私は近くの椅子に腰をかけ、ネックレスになっている鍵を首から下げた。 もうすぐ撮影なのだろう。 一斉にスタッフが散らばり、ダンやエマ、ルパートは監督の指示を受けている。 それを見ながら少しドキドキしてきた。 (これから…ハリーの撮影が見れるんだ…ほんと凄い事だなぁ…) ダンが台本を持ってセットへ戻ると、中にはキャストだけになる。 そして暫くして監督の、「スタート!」という声が聞こえてきた。 この時、初めて私は"ACTOR"としてのダンを見ることになる… 「」 撮影を2時間ほどしたあとダンが走って戻って来た。 「お疲れ様、ダン」 「はぁ~ちょっと久々でNG出しちゃったよ」 ダンはそう言って恥ずかしそうに笑っている。 「うん、見てた。エマに怒られてたでしょ」 「あ…見ちゃったんだ…。嫌だなぁ…」 ダンは、そう言うと私の隣の椅子に座って溜息をついた。 「あ…で、でもNGって誰でも出すでしょ?ほら、ルパートも沢山出してたじゃない(!)」 「ルパートと比べられても…」 ダンはますます落ち込んでしまったのかそう呟くと俯いてしまった。 それには私も困って何と声をかけて良いのか迷っていると… 「ぷ…っ、あははは…っ。ジョークだよ?ジョーク!」 「え?あ…っ」 突然、笑いながら顔を上げたダンに私は顔が赤くなった。 「ひどい…本気で落ち込んじゃったかと思ったのに…っ」 「ごめん、ごめん!そりゃ僕だってNG出したら少しはヘコむけどさ?初日はよく出すしそんなには気にしないよ?」 「ふぅん……」 「あ……怒ってる?」 私が口を尖らせていると、ダンが困ったように顔を覗いてきた。 「べ、別に…怒ってるわけじゃ……」 「ほんと?なら良かった」 そう言ってホっとしたように笑顔を見せてくれるダンに、私はちょっとドキドキしてしまう。 「あ、あの…エマとルパートは……」 「ああ、今、二人のシーンの打ち合わせしてる。もう直ぐ来るよ。それより…、寒くない?」 「え…?」 「鼻が赤いし…。ここ木が凄いから太陽も届かないだろ?」 「う、うん…」 「ほら…手も、こんなに冷たい…」 「……っ」 ダンは私の手を、掴むと、そっと自分の手で包んでくれる。 ドキっとはしたものの、彼の手は凄く暖かくて心地いい…なんて思ってしまった。 「あ、あの…。大丈夫よ?」 「ほんと…?あ、僕、手袋持ってるんだ。ハリーの衣装だけど。それ、しててよ」 「え?い、いいわよ…」 「いいから。ちょっと待ってて?」 「あ、ダン?」 呼び止めたものの、ダンはトレーラーの方に走って行ってしまって私は軽く息をついた。 もう…あまり優しくされると、ほんと困る… ううん…。困るって言うよりも……嬉しくて……。どんどんダンの事が好きになってしまうから――― 『これ以上、好きになったら……苦しいじゃない…』 小さく日本語で、そんな事を呟いてみる。 「何て言ったの?」 「………っ」 突然、後ろから声をかけられて驚いて振り返ると、そこにはトムが笑顔で立っていた。 「あ…トム……」 「やあ。君が一人でいるの見えたから。それより、今の何語?」 「え?あ……日本語…なの」 「ああ、は日本から来たんだったよね?そっか、そっか」 トムはそんな事を言いながらダンが座っていた椅子に腰を下ろした。 「日本って行った事なくてさ。一度行ってみたいんだけど…映画のプロモーションで行くのはメインの3人だから、なかなかね」 「そう…。でも、いつか他の映画で行けるんじゃない?」 「そう願うよ」 トムは笑顔でそう言うと私を見つめて、「って、ほんと奇麗な髪だよね?」と照れる事をサラリと言ってくる。 それには私も照れくさくて俯いた。 「あ…ありがとう…」 「僕はブロンドだから黒い髪の女の子って凄く憧れるんだ」 「で、でも…ブロンドの方が奇麗じゃない…?昨日の…エキストラの女の子みたいな…」 「え?ああ、ルシーナ?まあ、彼女も奇麗だけどさ。ちょっと気が強くて僕は苦手かな?友達として好きだけど」 「そ、そう…?私は…彼女みたいな奇麗な女の子に憧れるわ…?」 「え?何で?の方が凄く可愛くて僕は好きだけど…」 「………っ?!」 突然、そんな事を言われて私は言葉につまってしまった。 だいたい男の子からそんな事を言われた経験もないし返事に困るのだ。 「あ、ありがと……」 少し頬が赤くなったのを隠しながら何とか、それだけ言うと、トムはちょっと笑いながら、 「いいね、そのシャイなとこ。僕の周りにはいなかったな」 と言った。 「そんな事は……」 「ううん。ほんとだって。昨日のルシーナやエマを見れば分かると思うけど、皆、気が強いだろ?こっちはタジタジだよ」 「誰がタジタジですって?」 「だから気の強い女…って、うわ、エマ!」 突然、後ろから声が聞こえて振り向けば怖い顔のエマが立っている。 「何よ、トム。気が強い女も好きなクセに!トムが追いかけてた、あのエキストラの子、何て言ったっけ?ジュリアだっけ?」 「お、おいエマ!」 「さっき到着したみたいよ?前みたく追いかけて口説いて来たらいいじゃない」 「う、うるさいな!僕は口説いた覚えはないよ」 トムはそう言って立ち上がると、「じゃ、、またね?」と言って歩いて行ってしまった。 私は唖然としつつ彼を見送ると、エマが私の手をギュっと握る。 「大丈夫?何かされなかった?」 「え?な、何…?」 「トムには気をつけてね?すぐ可愛い子を見れば口説くんだから」 「ま、まさか私にはないわよ…」 エマの言葉にちょっと笑いながら答えると、彼女は大きく溜息をついた。 「もぅ…。も呑気なんだから…。もっと自信もってよ…。何て言ってもダンが…」 「え?ダンが……何?」 急に言葉が途切れて私は顔を上げた。 するとエマが急に笑い出す。 「あは…あはははっ。あ、あのダ、ダンはどこかな~?って思って!さっき先に戻ったのにいないし!」 「あ、あのダンなら…」 そう言いかけた時、ダンが走って戻って来るのが見えた。 「あれ?エマ?」 「あ、ダ、ダン!どこに行ってたのよ!」 「ど、どこって、ちょっとトレーラーに……」 「そ、そうなの?ダメだじゃない、を一人にしちゃ!もうすぐでトムの餌食よ?」 「は?!」 「ちょ、ちょっとエマ…!違うでしょ?」 私はエマの言葉に驚いて立ち上がった。 するとエマが何かを思い出したように手をポンっと打って、 「あ、そうだ!ダンに、ちょっと合わせてもらいたい台詞があって。すぐ終わるから来てくれない?」 と言い出した。 それにはダンも驚いている。 「えぇ?嫌だよ…。後でいいだろ?せっかく休憩入ったのに…」 「ダ、ダメ!この後の撮影で言うんだから。あ、じゃ、、ちょ、ちょっと待っててね?」 「え?あ…うん」 二人のやり取りを見ていたが慌ててダンを引っ張って行くエマに私は首を傾げつつ、頷く。 「あ、、これ、してて。寒いから」 「あ…」 エマに引っ張られつつ、ダンはポケットから手袋を出して私の方に放ってきた。 慌ててそれを受け取ると、ダンが軽く手を上げて、そのままエマに連れて行かれる。 そんな二人を見送りつつ、私は手袋にそっと手を入れた。 「あったかい…」 でも少し大きくて思わず笑みが零れる。 「私にはちょっと大きいな……」 そう言って手を空に翳してみる。 ダンの手の温もりを感じるようで、私はギュっと手を握り締めた。 「お、おい、エマ…!何だよ?せっかくと二人で話そうと思ってるのに…」 ぐいぐいと引っ張るエマに文句を言うと急にエマが立ち止まった。 「エマ?台詞って、どこ?僕、台本持ってないんだけど…」 「それは嘘」 「はあ?!」 振り返ったエマがアッサリとそう言って、僕は大きな声を上げてしまった。 「嘘って…何だよ?」 「トムのことよ」 「え?トム…?」 「ええ、さっきダンがいないのをいい事にを口説こうとしてたのっ」 「え?!」 それを聞いて僕はちょっと驚いた。 (トムの奴…いつの間に…) 「途中で私が乱入したけど…」 「そ、そっか…。良かった…っ」 「良くないわ?ダンも、あまりを一人にしない方がいいんじゃない?」 「うん…そうだね。気をつけるよ」 そこは素直に頷いて撮影以外の時はなるべくと一緒にいようと思った。 「じゃ、頑張ってね?私はこれからルパートと台詞あわせがあるから」 「ああ、頑張って」 「ダンもね!」 エマはそんな事を言って笑うと走って行ってしまった。 大方ルパートのトレーラーに行くんだろう。 僕はちょっと息をつくと、もと来た道を急いで戻って行った。 エマの話を聞いた後じゃを一人にしておくのは心配だ。 それにしても…トムの奴、にまで… 他に取り巻きがいるくせに。 僕は少々腹を立てながら、さっきの場所まで戻った。 するとが一人で座っているのが見えて、その苛立ちもすぐに消えていく。 (といるだけで…嫌なこと全部、忘れられる…) 「、ごめん!」 そう言って彼女の方に駆け出していくとは笑顔で手を振ってくれる。 それだけで僕は嬉しくて仕方ない。 我ながら単純だなって思うんだけどさ。 「ごめんね?一人にして」 「ううん。台詞あわせは終わったの?」 「え?あ、ああ。もうバッチリ」 そう言って笑うとの隣に座った。 「これ、ありがとう」 「ううん。あ、でも、ちょっと大きかったね?」 「いいの。凄くあったかい」 「そう?なら良かったけど…」 少し大きめの僕の手袋をしているに、つい顔が綻んでしまう。 ほんと女の子って感じで可愛いと思った。 でも…ほんとなら手袋じゃなくて僕の手で暖めてあげたいなって思うんだけど、そんな事は言えるはずもなく… 「、お腹空かない?」 「うん、平気よ?朝、しっかり食べたから」 「そう?あと一回、撮影したら終わるからさ」 「え?もう?夜までかと思った」 「ああ、今日のシーンは暗いと撮れないんだ」 「そうなの」 「うん、だから…終わったらさ…。どっか出かけようか…」 「え?」 「えっと………皆でさ」 …って、どうして二人でって言えないんだっ…と少し落ち込んだ。 それでもが笑顔で頷いてくれて僕もホっとする。 「って言っても…どこに行こうか。この辺って、ほんと何もないんだよね」 「そうね。またホテルで映画でもいいけど」 「そう?そうする?」 「私、いい場所知ってるわよ?」 「「―――っっ?!」」 僕とは突然の声にドキっとして振り向いた。 「ルシーナ?!」 「Hi!ダン」 そこにはルシーナがニコニコしながら立っていて僕は思い切り息をついた。 「何か用……?」 「あら、冷たいのね?面白そうな場所見つけたから案内してあげようと思ったのに」 ルシーナは得意げな顔で微笑むと僕の前にしゃがんだ。 「面白そうな場所…?何だよ、それ」 「行ってみる?もちろん二人で」 「遠慮しとくよ」 彼女の言葉をサラリと交わすとルシーナはクスクスと笑っている。 「ジョークよ。もちろん皆で」 「どこ…なんですか?」 は興味が湧いたのか、おずおずと口を開いた。 「この先の、ずっと奥に今は誰も住んでない屋敷があるの」 「え?屋敷?」 「ええ。そこでも撮影予定だからスタッフに聞いたんだけど…ちょっと"いわくつき"らしくて」 彼女の言葉に、僕とは顔を見合わせた。 「どういうこと?」 僕も少し興味が出てきて、聞いてみるとルシーナは笑顔で、 「そこね…。住む人、住む人が皆、変死を遂げてるんですって。どう?行ってみたいでしょ?」 なんて言いだして、僕はギョっとした。 「へ…変死って…?何、そこお化け屋敷ってこと?」 「さあ?そこまでは。でも、ちょっとミステリーツアーみたいで楽しそうじゃない。今日の撮影終ったら行ってみない?」 ルシーナはノリノリで僕の手を引っ張ってくる。 それをやんわりと離すとの方を見た。 「どうする…?、怖いの苦手だろ…?」 「う、うん…」 「やめとく?」 すでに顔色が悪くなっているが心配でそう言うとルシーナが笑い出した。 「やだ、あなた怖いの?別に幽霊が出るって話じゃないのよ?住んでた人が変死してるってだけじゃない」 「ルシーナは黙ってろよ!は君と違って……」 「行くわ?」 「えっ?!」 の言葉に僕は驚いて彼女を見た。 するとさっきよりも頬が紅潮していてキュっと唇が真一文字に引かれている。 (もしかして……ルシーナの言葉に怒っちゃったのかな…) そんな事を考えているとルシーナがニヤリと笑って立ち上がった。 「じゃ、決まりね?その子が行くんだから、もちろんダンも行くでしょ?」 「え?あ…うん…」 「じゃ、ルパートとかエマも誘っておいてよ。私はトムとかジュリアを誘っておくから」 「え?ト、トムも?」 「何よ、いけない?」 「い、いけなくないけど……」 「大勢の方が怖くないでしょ?あ、それと大人たちには内緒ね?絶対に反対されると思うから」 「OK......」 「じゃ、後で部屋に行くわ?」 ルシーナはそう言うと軽くウインクをして歩いて行ってしまった。 それを見届けてから、もう一度に聞いてみる。 「ねえ、…ほんとに行くの?」 「う、うん…」 「大丈夫?無理しなくても……」 「む、無理なんてしてないわ?それに幽霊屋敷じゃないっていうし…」 「でもさ…」 「いいの。それに皆もいるし……ダンも……」 「え……?」 「一緒でしょ……?」 はそう言うと僕をチラっと見て来てドキっとする。 僕を見つめるの表情は、やっぱりどこか不安そうでちょっと眉も下がっている。 それが子供みたいで凄く可愛い。 「もちろん…一緒にいるよ?」 「じゃあ……怖くないかな?」 は少し恥ずかしそうに俯いて微笑むと、小さな声でそう呟いた。 その言葉の意味を思わず聞いてみたくなる。 「……」 「え……?」 「あの……」 「本番、始まりまーーす!!!」 「………」 「…ダン……?呼んでるわ?」 「…ん。そうだね……」 いいところで集合の声がかかり、僕はガックリ項垂れた。 「あの…ダン…?」 「僕、行かないと…」 「…?うん…」 ちょっと息をついて椅子から立ち上がった。 は心配そうに僕を見上げて、「大丈夫?」と聞いてくる。 それには僕も笑顔で頷いた。 「うん。大丈夫」 「なら良かった」 僕の言葉にニッコリと微笑むが可愛くて胸が熱くなる。 「……」 「え……?」 「ちょっと…寒そうだから僕のトレーラーで待っててもいいよ?」 「え?でも……」 「今度はほっペが赤い…」 そう言って指で彼女の頬を突付いて笑うと、は恥ずかしそうに手で頬を隠してしまった。 「あったかい紅茶を飲んでて?ね?」 「う、うん…じゃあ…お言葉に甘えて……」 恥ずかしそうに上目遣いで僕を見上げるを本気で抱きしめたいと思った。 だけど、そこでまた僕の気持ちを萎えさせるロバートの声が響き渡る。 『ハリィ~~~~~~~~~~~~ポッ…』 「今、行くよっっ!!!!」 『…………了解しましたぁ~~~……』 僕がキレて怒鳴るとロバートの声が小さくなっていく。 それを聞いては楽しそうに笑った。 「あはは、ほんと面白い人ね?」 「……ただのアホな兄貴だよ……」 僕が苦笑して肩を竦めると、は、また楽しそうに笑う。 その笑顔が眩しくて、また彼女を好きになる。 「じゃ……ハリーになってくるよ」 「うん。頑張って?」 「ありがとう」 の、"頑張って"は他の人の"頑張って"よりも、僕には何倍もの効力があるみたいだ。 軽く深呼吸をして気持ちを切り換えると、僕は急いで皆の下へと走って行った。 「はぁ……」 ダンを見送って一人になると思わず溜息が出る。 「何で行くなんて言っちゃったんだろう……」 小さな後悔が押し寄せてきて、私は静かに立ち上がった。 正直、ずっと動かず外にいたせいか、体がすっかり冷えてしまった。 夏なのに郊外の森の中というのは結構、冷えるんだなぁ…と思いつつ、言われた通りダンのトレーラーへと向かう。 「お化け屋敷か……」 そう呟き、シーンとした森の中を一人歩いていると少し怖くなってくる。 ほんとは行きたくなんかなかった。 でもルシーナの一言でカチンときて、つい強がりを言ってしまったのだ。 「はぁ…もう…私のバカ……」 ほんとは怖いの大嫌いなクセに。 ホラーだって怖いのだ。 なのに本当に何かある屋敷に行くなんて、とんでもない。 "もちろん一緒にいるよ…" 不意に、さっきダンが言ってくれた言葉を思い出した。 そうだ…ダンは、そう言ってくれた。 凄く優しい瞳で… あの時、私は胸がドキドキして目を反らしてしまったけど、でも、あの時は本当に怖くないと思ったのだ。 「そうよ…。ダンが一緒にいてくれるもの…きっと大丈夫…」 そう自分に言い聞かせて、私はダンのトレーラー前についた。 先ほどもらった合鍵を胸元から出すと、ちょっと深呼吸して、それをドアノブに入れてカチャリとまわす。 そっとドアを開けて中を覗いてみた。 中には普通の部屋みたいに色々なものが置いてある。 ベッドにテーブル小さなキッチン、そしてテレビに冷蔵庫… 「凄い…ほんとに暮らせそう…」 ちょっと驚きながら中へと入った。 「お邪魔します…」 何となくそんな事を言ってしまうのも中はダンの香りがかすかにするから…。 中に入ると外よりも全然、温かくてホっと息をつく。 それでもすっかり冷え切った体までは暖まらなくて私はダンの言ってた通り紅茶を淹れる準備した。 小さなキッチンでお湯を沸かし、紅茶のセットで好みの紅茶を淹れる。 さすがにダンも紅茶好きなだけあって全て揃っていた。 「ダンってばマメなのね…」 そう呟いて淹れたての紅茶をカップに注いだ。 「あったかい……」 ほこほこと湯気の出るカップを両手で包み、ベッドへ腰をかけた。 火傷しないように少し、ふぅっと吹きつつ唇をつける。 一口飲むと、喉の奥から胸にかけて温かいものが流れていって少しづつ冷えた体もあったかくなってきた。 「はぁ…落ち着いた…」 カップをテーブルに置いて小さく息をつくと改めてトレーラーの中を見渡してみる。 ダンらしく中は奇麗に片付いていた。 壁にはダンの服やジャケットが数着かけてあってちょっと嬉しくなる。 何だか出かけてる恋人を部屋で待ってる気分… なんて…ずーずーしいかな… 自分で思った事を苦笑しつつ、ベッドの方に視線を移した。 奇麗にベッドメイクがしてあってまだ一度も使われていない。 そっか…今日からだっけ。 前から使ってるトレーラーでもベッドとかはホテルのみたく奇麗にしてくれるんだよね。 そんな事を思いながら、ふとベッドボードに目がいってドキっとする。 「あ…あれ……」 そっとベッドに上がり、ベッドボードの方に這って行く。 そして、"それ"を手に取ってみた。 「やっぱり……私があげたテディべアだ………」 手のひらにある小さなテディベアを見つめて私は胸が熱くなった。 (これ…ロケ先にまで持ってきてくれてたの……?) ちょっと驚いたが、それでも嬉しくて私は、それをギュっと胸に押し付けた。 「ダン……大好き……」 彼の前では決して口に出せない言葉を、そっと呟く。 このまま…ずっとダンの傍にいられればいいのに… そう思いながら、小さなテディベアに、そっとキスをした――― |
Postscript
久々にダンシリーズ第10弾ですv
これは「館」に続きまーす^^
本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...
【C-MOON...管理人:HANAZO】