――― あ の 頃 の 僕 ら は ま だ 若 く て
大 人 に 振 り 回 さ れ る だ け の
ちっ ぽ け な 存 在 だっ た ね
で も 君 は 痛 い く ら い の 想 い を
僕 に 残 し て く れ た ―――
Chapter.18 思い出すは、あの日の雨…① Only you can love me...
ポツポツっと冷たいものが頬に落ちてきた。 それを指で拭いて顔を上げると、どんよりとした空から小さな雨が降ってくる。 「うわー雨! どっかに入ろう?!」 友達のアヤとカオリは慌てて近くのカフェに走って行った。 私も手で雨を避けながら二人の後を追う。 ここは原宿駅前通り。 友達に買い物に行こうと誘われ、やって来たのはいいが、来た途端に雨が降り出した。 「もぉー最悪ー。何で雨なんか降るかなー」 「ほーんと、マジムカつくよねー」 友達はカフェに入ると二階の窓際の席に座り、濡れた服をハンカチで拭きながら、 日本の若い子に特徴の語尾をのばした話し方で文句を言っている。 それを聞きながら私は少し違和感を覚えた。 いや、昔の私も同じだったかもしれない。 だが英語を覚えてイギリスで生活していたからか、今はすっかりダラっとした口調は抜けていた。 「ご注文はお決まりですか?」 そこへダルそうな顔をしながらウエイトレスがやってきた。 「ねー何にするー? あ、私、このケーキセット! 飲み物はコーラ」 「あー私もー。は何?」 「あ、えっと・・・・・・じゃあ同じ物で、私は紅茶を」 そう言うとウエイトレスは返事もしないまま行ってしまった。 向こうのカフェの人は凄く愛想がいいのに、と、つい思ってしまう。 雨が打ち付けてくる窓を見ながら私は人で溢れている駅前を眺めて溜息をついた。 「――ぇ、。ねぇってば!」 「・・・・・・! What? ――あ、ごめ・・・・・・」 「何よ、ー! まだ英語抜けないの?」 つい英語で聞き返してしまい、カオリがケラけラ笑い出した。 私はちょっと頬が赤くなりつつ、口の中でもう一度、"ごめん"と誤った。 「が帰って来てから、もう一ヶ月は経つのにねー」 「でも帰ってきた頃は、ほんと、よく英語が出てたよね? 日本語の方が下手になってたもん」 「そ、そうだっけ・・・?」 「そうだよー。アメリカ人かと思ったしぃ?」 「ばーか、が行ってたのはイギリスだって!」 「あ、そっか! あはははっ」 友達二人が笑いながら話をしてるのを聞きつつ、私は向こうでの日々を思い出して胸の奥が痛くなった。 私の中では、まだそんなに時間が経っていない気がするのに・・・・・・・・・ 「ねーー。向こうの男の子ってカッコいい?」 「え…?」 「あーそれ私も聞きたい! ねーどんな感じ? 前に聞いたらはぐらかしたじゃんっ」 二人は身を乗り出し、興味津々の顔で聞いてくる。 その瞬間、私の脳裏を過ぎるのは彼の笑顔―― 「ねー~?」 「あ、うん・・・・・・えっと・・・皆、優しくて・・・・いい人ばっかりだったよ?」 「そーじゃなくて! カッコいい子とかクラスにいた?」 「あ・・・そう・・・だね・・・・・・。いた・・・かな?」 「うそーやっぱカッコいいんだー。そーだよねー。ほらハリーの子とかもイギリスの子でしょ?」 「あーそうそう! カッコいいよねーダニエル!」 「・・・・・・っ!」 心臓がドクンと音を立てた。 彼の名前を久し振りに聞いて・・・・・・ 「ねーは"ハリーポッター"見てない?」 「え・・・・?」 「そう言えば前に私達が騒いでた時って、一人でシラケてたよねー。ほら、ダニエルが来日した時だってさー」 「そ、そうだっけ・・・・・・」 ドクドクと鈍い音を立てながら心臓が激しく動いてるのが分かる。 そこへウエイトレスが先に飲み物を運んできて、二人の話は一時中断された。 私はホっとしながら紅茶を口に運ぶ。 だが、あまりに不味くて顔を顰めた。 向こうで飲んだ紅茶はもっと凄く美味しかった。 こんな出がらしのような渋いものじゃなかった。 よく・・・・・・彼と一緒に紅茶を飲んだっけ・・・・・・ 紅茶から出る湯気を見つめながらボーっとしていると、いきなり肩を叩かれビクっとなった。 「どーしたのー? ボーっとしちゃって」 「な、何でもない・・・・・・」 「あ、そうそう。さっきの話の続きだけどー。まあロンドンに住んでても彼には会ったりしなかったよね?」 「え・・・? 彼って―――」 「だーかーらーダニエルよ! "ハリーポッター"のダニエル!」 「――っ!」 「あれ? 何で驚くの?」 思わず彼の事を聞かれ、動揺が顔に出てしまった。 「べ、別に・・・。その・・・会ってないよ・・・?」 慌てて首を振り、そう言うと二人は大げさに息をついている。 「だよねー。あんな有名人と会ったら、すぐ教えてくれるもんね」 「あーダニエル、また来日しないかなー! 前に来た時は空港行ったけどチラっとしか見えなかったしー」 「あの時のダニエル、カッコ良かったよねー? 写真も小さいけど撮れたし」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 二人はそんな話で盛り上がり楽しそうに笑っている。 だが私はその間中、胸がズキズキと痛んでいく気がした。 そう・・・忘れていた。 この二人は"ハリーポッター"の大ファンだったっけ・・・・・・ 前はよく、その話で盛り上がっていて、そんなに興味もなかった私は軽く聞き流していた。 「ねー」 「・・・・・・え?」 「向こうでは青い瞳のボーイフレンドとかって出来なかったのぉ?」 「あー私もそれ聞きたいー! ほら、、うちのクラスの悠木に憧れてたじゃん? でも告白しないで転校しちゃったしねー」 「そ、それは・・・・・・」 「どうなの? 向こうで誰か好きな人とか出来なかったの?」 アヤとカオリはニコニコしながら私の事を見つめている。 だが、この時の私の瞳に映っていたものは、彼の奇麗な青い瞳―― 好きな人? それなら出来た。 こんなの初めてっていうくらいに彼を好きになった。 何もかも、どうでも良くなるくらいに。 でも最後は――― 二人から視線を反らして窓の外を見れば、あの日のように激しい雨が降っている。 雨は嫌いじゃない。 彼と出会ったあの日も雨だったから。 そして彼と別れた時も・・・・・・ 私は雨が降るのを見ながら、あの辛い一ヶ月を思い出していた――― ―Two months ago...... 「おはよーダン!」 「あーおはよー」 「何よ、暗いわねー」 エマはそんな事を言って肩を竦め、苦笑いを浮かべている。 僕は軽く溜息をつきながら控室に入り、バッグをソファにドサっと置くと自分も座ってシートに身を沈めた。 「ちょっとー朝から暗い顔しないでよ! どうしたの?」 「別にー」 「あーが今日、来ないから落ち込んでるんだ」 「・・・・・・うるさいなぁ」 「あ、図星みたいね」 「そんなこと言ってる暇あるなら、サッサと着替えて来いよ。すぐ撮影始まるぞ?」 「はいはーい」 エマはクスクス笑いながら返事をすると部屋から出てドアを閉めようとした。 だが最後に顔だけ出して、 「ま、元気出して! 今日の撮影終ったら会いに行けば?」 なんて言っている。 僕がジロっと睨むと、エマは慌ててドアを閉め、逃げてしまった。 「はぁ~何が会いに行けば?だよ・・・。今日は何シーン撮ると思ってんだ」 僕はブツブツ言いながらバッグから台本を取り出した。 今日はかなり多くのシーンを一気に撮るので遅くなるのは確実だ。 いくら夏休みと言っても夜中近くに彼女に会いに行くワケにはいかない。 あー何だかと会えないってだけで憂鬱だ。 いつから僕は、こんな女々しい男になったんだろう。 昨日、寝る前、に"今日も来れそうなら朝にでも連絡して"とメールを送った。 だが朝、迎えに来るギリギリまで待ってたけど彼女からのメールは来なかったのだ。 どうしたんだろ…。昨日の見学で疲れちゃったかな・・・ それとも遠慮してるとか・・・・・・ あれこれ考えながら僕は衣装に着替えた。 「別に遠慮なんてしなくていいのに……」 つい、そんな事を呟く。 スタッフもマネージャーでさえも、今日、が来ない事を知ると、 「何でだ? まだ夏休みだろう? 呼んでやればいいのに」 なんて言われた。 あのロケでを連れて行って以来、彼女は皆から可愛がられている。 それを証拠に、皆は僕の顔を見るたびに、 「ダン、ちゃんに意地悪すんなよー?」 とか、 「あんないい子、泣かしたら許さんぞ」 なんて監督までが僕に言ってくるんだ。 ったく…僕がに意地悪したり、泣かせるようなことするはずないだろってのに。 どっちかと言えば泣かされてるのは僕だよ。(泣いてないけど) "来て"と言っても遠慮されて来てくれなかったり、"好きだよ"って言うのだって、いつも僕の方なんだから。 まあ……は凄いシャイで、そこも大好きだからいいんだけどね。 コンコン! 「撮影、始まりまーす!」 「今、行きます!」 そこへスタッフが呼びに来て僕は台本を手に慌てて部屋を飛び出した。 コンコン・・・・・・ 静かな部屋に小さくノックの音が響いた。 続いて聞こえてくる控えめな母の声。 「・・・・・・起きてる?」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 返事をしないでいると、静かにドアが開いた。 その気配に私は寝返りを打つと布団を頭まで被る。 「・・・、朝ご飯は・・・?」 「いらない・・・・・・」 「でも――」 「食べたくないの・・・・・・」 布団に潜っているからか自分の声がくぐもって聞こえてくる。 だが母は無言のままベッドの端に腰をかけたようだった。 ギシ…っとスプリングが軋み、私はそっと目だけ出してみた。 「・・・・・・あなたの気持ちも分かるわ? でも・・・仕方ないのよ・・・。お父さんの気持ちも分かって?」 「・・・勝手よ」 「え・・・・・・?」 「こっちに来るときだってそう・・・。急に決まったからって私まで転校させられて・・・。こっちに来てやっと慣れたと思ったら、 今度は日本に戻る、なんて・・・! 勝手じゃない・・・っ!」 「・・・・・・」 思わず大きな声を出してしまいハっとした。 母の悲しげな顔を見て、また布団に潜る。 「私、嫌よ・・・・・・。ここに残る・・・・・・」 「・・・・・・それは出来ないわ? お父さん一人帰すわけには行かないでしょ? 」 母の泣きそうな声が聞こえてくる。 分かってる・・・・・・こんな事を言って母を悲しませてもどうにもならない事くらい。 父を一人で帰すわけには行かない事も、二人が悪いわけじゃないってことも――― みんなみんな分かってる・・・・・・! でも…それでも言わずにはいられなくて・・・・・・ "大人の都合"で子供が振り回されて・・・・・・こんなにも辛い選択をしなければいけないから。 「・・・・・・ハリーくんのこと考えてるの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「彼と・・・・・・離れたくないのね・・・?」 そう言いながら母は優しく私の頭を撫でてくれた。 そこで我慢していた涙が瞳に溢れてくる。 そうよ・・・・・・私は・・・ダンと離れたくないだけなの・・・・・・ だって・・・・・・同じロンドンにいても・・・ダンは忙しくて、なかなか会えないのに。 ロンドンと日本なんて離れてしまったら・・・・・・きっともうダメだから・・・ 日本に帰るという事は・・・・・・ダンと別れるっていう辛い選択をしなければいけないって事だから・・・・・・。 「・・・・・・ごめんね・・・・・・」 母はそれだけ呟くと静かに部屋を出て行った。 私は何か声をかけようと慌てて布団から起き上がったけど、すでにドアは閉まった後だった。 「お母さ・・・・・・」 一気に涙が溢れ、頬をつたっていく。 ポツっと一粒、手に零れ落ち、私は両手で顔を覆った。 「・・・ぃっく・・・・・・」 嗚咽が洩れ、喉の奥が痛くなる。 自分ではどうしようも出来ない現実が、ただ辛かった。 これが大人だったら・・・自分の意志で、全ての選択が出来たのに。 まだ15歳という年齢だってだけで大好きな人とも別れなくちゃいけない。 まだ始まったばかりの大切な恋を手放さなければいけない。 私は・・・・・・たった15年しか生きてないけど・・・・・・分かったから。 彼と出会って・・・・・・気づいたから。 この恋は一生分の価値があるって―― 頭じゃなく、体全部で言ってるの・・・・・・ ダンと離れたくないって・・・・・・ 「ダン、ごめんね・・・・・・」 口から洩れた言葉は涙と共に零れ落ち、消えて行った。 撮影の合い間、何度もメールをチェックした。 だけどからの連絡は入らない。 と連絡が取れなくなって三日が過ぎていた―― 「はぁ・・・・・・」 メールが届いていない画面を眺め、つい溜息をついた。 そんな僕を心配そうに見つめている二人。 「ダン、大丈夫? まだからメールこないの?」 「うん・・・。エマにも?」 「うん・・・どうしたんだろ・・・」 エマはそう言って軽く息をついた。 ルパートも珍しく気落ちした顔で僕を見ている。 彼にも返事が届かないのだろう。 三日前、結局からメールは来なくて、僕は家に帰った後、寝る前に、もう一度メールを送った。 いつもなら、すぐに返事をくれるのに、その日、彼女からメールが届く事はなかった。 次の日心配になり、エマに相談したら、彼女からもに連絡を入れてくれると言ってくれたが、 結局、エマの方にも、まだ返事は来ていないらしい。 「体調崩して寝込んでるんじゃないかな・・・」 「そうよねぇー。今まで、こんな事なかったし・・・。もしかしたら、そうなのかも・・・」 「でもさーメールくらいは送れるんじゃない?」 「バカねールパート! 高熱とか出て寝込んでたら携帯なんて切っておくでしょ?」 「そう? 僕はずっと、どんな時でも電源くらいは入れておくけど・・・」 ルパートはそう言ってチラっと僕の方を見た。 その目は心なしか冷たい。 「ダン、何か怒らせるようなことしたんじゃないのー?」 「バ、バカなこと言うなよ! 何もしてないよっ」 「なら、何で、メールくれないんだよー」 「そんなの、こっちが知りたいよ!」 心配と不安でイライラしていた僕は、つい大きな声を出してしまった。 そこでルパートも、ごめん・・・と小声で呟く。 「まあまあ。とにかく・・・明日はオフだし、デートの約束したんでしょ?」 「うん、まあ・・・」 「だったら今日は早く終わるし、帰りがけにの家に寄ってみれば? 」 「うん、そうするよ・・・」 エマの言葉に軽く頷くと時計を見た。 午後5時。 もし順調に行けば、7時には終わるだろう。 ここから急いで戻っても30分・・・ 8時前くらいなら会いに行っても大丈夫だろう・・・・・・ 僕はそう思いながら早く撮影が終る事を祈っていた。 「・・・夕飯は?」 「・・・いらない」 ドア越しに声をかけてくる母に返事をすれば小さな溜息と共に下へと下りて行ったようだった。 「・・・ごめんね、お母さん・・・」 ポツリと呟き、ベッドから起き上がる。 何もしたくないし何も食べたくない。 今が休みで良かった、と思った。 ベッドに腰をかけ、テーブルに置いたままの携帯へ手を伸ばす。 するとマナーモードにしたままの携帯の画面に新しいメールが届いたというマークがついていた。 「ダン・・・」 心臓がギュっとなるのを感じ、震える手でメールを開く。 そこにはダンの他にエマとルパートからもメールが届いていた。 "ダンが心配してるよー! もしかして具合悪くて寝込んでる? 僕も心配だから良ければメールして! ルパートより" "、どうしたの? 連絡取れなくて心配してます。ダンも元気がないの。もしかして風邪引いて寝込んでるのかな? エマより" 「エマ・・・ルパート・・・・・・ごめんね・・・」 二人が心配してくれてるのが痛いほどに分かり、胸が締め付けられる。 そして最後にダンからのメールを開いた。 "今、撮影が終わったよ。は何してる? 心配だから、これを見たら電話下さい。 ダン" そのメールの日付は昨日になっている。 どうしても皆に返事が出来ないまま三日も過ぎていた。 今の気持ちのまま、どんな風に彼らと向き合えばいいのか分からなかったのだ。 自分の気持ちすら整理がついていない。 混乱し、絶望し、その度に、どうにも出来ない現実が私に襲いかかり涙しか出なかった。 「ごめんね・・・ダン・・・」 メールの文章を指でなぞり、そう呟けば、また目の奥が熱くなり涙が溢れてくる。 あんなに泣いたのに、まだ涙が出るのが不思議だった。 「はぁ・・・」 ゴシゴシと手で目を擦れば微かに痛みが走る。 泣きすぎて目が腫れているのだ。 顔を洗って寝ようと、ベッドから立ち上がった。 だがその時、手の中の携帯が震え出しドキっとしてディスプレイを見れば、そこにはダンの名前が光っている。 しかもメールではなく、電話がかかっていた。 「ダン・・・」 一瞬、出るのを躊躇う。 だが、このままでいいわけはないと思い直し、震える手で通話ボタンを押した。 「Hello......」 『あ・・・・・・っ?』 受話器の向こうから聞こえてくるダンの声は少しだけ掠れていた。 久し振りに聞いた彼の声に、胸の奥がドキドキしてくる。 愛しいという感情だけが渦巻いて溢れ出てくるようだった。 「ダン・・・・・・?」 『うん・・・あの・・・大丈夫?』 「え・・・?」 『メールの返事こないから・・・凄い心配したんだ・・・。体の・・・具合でも悪いのかと思って。大丈夫?』 連絡もしなかった私を怒るどころか心配してくれるダンの優しさが今は逆に辛かった。 喉の奥が痛くなったが、グっと堪えてなるべく明るい声をだす。 「あ、あの・・・そう・・・なの。連絡出来なくてごめんね? ちょっと熱が出て寝込んでたの・・・」 『え?! だ、大丈夫? もう熱は下がったのっ?』 私の小さな嘘にダンは急に慌てだした。 そんな彼を安心させるように私は嘘を重ねる。 「もう大丈夫・・・熱は下がったの・・・」 『ほんと?』 「うん」 『そっかー良かったーーーっ』 そこでダンは本当にホっとしたように大きく息をついているようだった。 本気で心配していたのが伝わり、また涙が溢れてくる。 「あ、あのダン・・・」 『、今は自分の部屋?』 「え? あ・・・うん・・・」 『じゃあ・・・ベランダとか・・・出れる?』 「え?」 『顔・・・見せてよ・・・。の元気になった顔見て安心したいんだ』 「ダン・・・今・・・・・・」 『うん、の家の前。というか正確にはの部屋の前、かな?』 「え・・・っ?」 それには驚いて私はパジャマ姿というのも忘れ、慌てて窓を開け、ベランダへ飛び出した。 そして暗い中、柵の向こうの通りを探してみる。 すると左手に携帯を持ち、笑顔で手を振っているダンの姿が見えてドキンと胸が鳴った。 「ダン・・・」 少し遠くてハッキリ顔は見えないが、久し振りのダンの笑顔に我慢していた涙が零れた。 するとダンが携帯を耳に当てる仕草をして、私の方を指さしている。 それを見て私はすぐに離していた携帯を耳に当てた。 『良かった。元気そうだ』 受話器からはダンの声が聞こえる。 目の前に彼がいるのに、こうして電話で話しているのがくすぐったい気がした。 「うん・・・もう・・・元気だよ・・・?」 零れた涙を拭きもせず、そう呟いた。 この距離からだと泣いてるのも目が腫れてるのもダンにはバレないだろう。 『じゃあ・・・・・・明日・・・会える?』 「え・・・? 明日?」 その言葉に驚き、聞き返すと、少しスネた声が聞こえてきた。 『忘れちゃった? 明日のデートの約束・・・・・・』 「え・・・? あ・・・」 そうだ・・・明日は・・・ダンがオフだからデートをしようと言ってた日だった・・・ そこで思い出し、慌てて、「う、ううん。覚えてるよ?」と言った。 するとダンの顔に笑顔が浮かび、右手を上げて指で"OK"と出しているのが見える。 そんなダンを見て私まで笑顔になった。 『じゃあ・・・明日は会える?』 すぐに聞こえてきたダンの声。 それに返事をするように私も右手を上げて"OK"のサインを見せた。 ダンはそれを見て照れくさそうに微笑むと、手で髪をかきあげながら、 『良かった・・・。ほんとは・・・会えないかと思って不安だった・・・』 と呟く。 その言葉に胸がズキンと痛んだ。 「そ、そんな事ないよ・・・? 約束したでしょ?」 『うん、そうなんだけど・・・・・・』 ダンは少し俯いて向かいの家の塀に寄りかかった。 「ダン・・・?」 彼の様子が心配になり、声をかけるとダンはすぐに顔を上げて私を見た。 『不安だった・・・。連絡がなくて・・・・・・もしかしたら・・・が僕から離れていっちゃうんじゃないかって・・・』 「ダン・・・」 『この三日間・・・・・・凄く不安で死にそうだった・・・』 かすかに息をつきながら聞こえてきた小さな声で、その言葉が本心からのものだと分かる。 ダンに、そんな思いをさせてたんだと思うと、胸が苦しくなった。 「ごめんね・・・?」 『ううん。僕が心配性なだけなんだよね。エマとルパートに暫くからかわれそうだよ』 「え?」 『から連絡なくて、二人にすーごい大騒ぎして心配かけたからさ』 そう言って苦笑を洩らすダンに、私も笑顔になった。 「二人にも・・・メール出しておく。ほんとに・・・ごめんね?」 『いいってば。僕が心配しすぎただけだからさ』 「ダン・・・」 ダンはそう言って肩を竦めて見せた。 そして寄りかかっていた壁から離れると少しだけ、こっちに歩いて来る。 『・・・明日、お昼頃、迎えに来ていい?』 「う、うん・・・」 『じゃあ・・・来る前に電話するよ』 「うん・・・待ってる」 ダンの優しい声にポロポロと涙が頬を伝っていく。 夜で良かった・・・ ダンに、こんな顔は見せたくない。 『・・・』 「な、何・・・?」 『今日は・・・やっとグッスリ眠れそうだよ』 「え・・・?」 ダンはそう言うと笑顔で手を振ってきた。 『お休み・・・』 「お、お休みなさい、ダン・・・」 『じゃ、切るね』 「うん・・・」 そう頷けばダンはゆっくりと携帯を耳から離し、切るそぶりを見せた。 私も同じように携帯を下ろし、電話を切る。 普通なら切れば、そこで終わりなのに、今日はまだダンを感じていられる。 笑顔のまま、こうして目の前にいてくれるから・・・ 「お休み、! 」 ダンは少しだけ大きな声で、そう言うと手を振っている。 最後に聞こえてきた、受話器を通さないダンの声は、私の耳にいつまでも優しい音色で響いていた―― 「ねぇー、どうしたの? 急に黙ってさー」 アヤが私の返事が待ちきれないといったように肘で突付いてきた。 私はふと我に返り、窓から視線を彼女達に戻し、小さく首を振る。 「ごめん。ちょっと・・・・・・思い出してた」 「思い出してたって…あっちでのこと?」 「そう・・・・・・大好きな人のこと」 「えーーっ!! やっぱ、いたんだ、好きな人! ねね、どんな人? カッコいい? イギリス人でしょ?!」 「マジでーー? うそ、ちょっと聞かせてよーー」 二人はそんな事を言って大騒ぎしている。 私は軽く息をついて再び外に視線を戻した。 雨はまだ―やみそうにない。 「凄く・・・優しくて――素適な人だったよ・・・・・・?」 ―あの頃の・・・・・・あなたと出逢って思った事。 "この恋が最初で最後の恋でありますように" 全身全霊で、あなたを想う事に 何のためらいもなくて 全てをさらけだしてた あなたしかいらない 私の傍には あなただけでいい 私の心は だから不安なんて押し寄せないくらい 私を抱きしめて欲しかった 逢えない不安と戦う瞬間の 私を癒して― あなたのために涙なんて流せないくらい 私の傍にいて欲しかった あなたのためにいつも笑顔でいられる 私を愛して― 電話がなるたび 心に響いた 私にくれた言葉の一つ一つを忘れないように 紙に書いたりして 不思議だね あなたの前だと素直になれて 好きと云える自分が可愛く思える 私の名前を呼ぶ その声が好き 私の髪に触れる その指が好き あの頃の想いは 今、泡のように消えていくのに あ の 頃 の 私 も 泡 の よ う に 消 え そ う だ よ― |
Postscript
久々の更新ですー! すいませ・・・!(土下座)m(__)m
ちょっと催促した方がいましたので更新を休止しておりました。
これを機会に、ちょっと言わせてもらいますが、私は書ける時はちゃんと書いてます。
確かに更新が遅くなってしまう作品もありますが、同じ物ばかりを更新するわけにもいきませんし、
また気分によって、今はこの話は書けないなということもあります。
それと私は趣味の域で無償で、このサイトを運営しているので、それを見ず知らずの方に、
「更新しろ」と言われるのはおかしいと思うので。
皆さまの気に入って下さってる作品はそれぞれ違うと思いますし、更新した際に、
「あーこれじゃなく、あっちを更新して欲しかった」と思う事もあると思います。
でも、その作品を待って下さってる方もいるわけで・・・・・・
マナーを守ってくれてる方が大半の中、時々、このサイトの注意事項を読みもせず、
どうどうと違反に入るようなコメントを書いてくる人がいます。
「●●が好きなので早めに更新して下さい」という言葉も"催促"ととりますので、書いた方は少し考えて下さいね。
私だって人間ですので勝手な事を言われたら腹も立ちますし、
たいした作品でないけど、そんな事を言う人には読んで欲しくないとも思ってしまいます。
そういう意味で更新を休止にするわけですが・・・・・・出来ればしたくはないですよ?
貴重にもその作品の更新を楽しみにしてくれてる人もいますし・・・
でも同じ事をくり返す方がいますので敢えて休止にしています。
たった一人の違反者のせいで他の方々が読めないということになってしまいますので、
どうか少し考えて"こんな事を書かれたら自分は不愉快だな"と思うようなコメントは控えてくださいね。
管理人からのお願いです。
それで、お気づきの方もいるでしょうが、この作品は100タイトルのところにあったものです。
でもお題を下さったサイト様が閉鎖されたのを期に普通の連載にしてみました。
なので、この章から二部という形で書いて行きます。
今回はプロローグ風に書いたので短めに出来てます。
最後の詞は前にTEXTサイトで書いてた自分の詞を引用してみましたが、
やはーり。暗いですねーあはは。
本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...
【C-MOON...管理人:HANAZO】