―――  あ ど け な か っ た 日 の 僕 は






夢 中 で 君 を 追 い か け て      追 い か け て た っ け






連 れ て っ て く れ な い か     

 





     あ の 雲 に 乗 っ て 旅 に 出 か け よ う 




真 夜 中 に そ っ と 君 の 手 を 取 っ て   

 

 

 

  今 す ぐ さ ら い に 行 く よ    ―――
















Chapter.19 思い出すは、あの日の雨…② Only you can love me...






黙って見つめていた窓に気づけば雨粒が落ちてきている。


「あー雨ですね。最近、雨が多いなぁ・・・・・・。あ、じゃあ僕はこれで。今日はありがとう御座いました」


ボーっとしていると不意に記者の人がソファから立ち上がった。
それを僕のマネージャーフレッドが見送って、そのまま戻って来た。





「お疲れ、ダン」
「・・・うん・・・」
「もうこの後は何もないし帰れるぞ」
「そう・・・」


そっと立って窓の外を眺めながら返事をすると、フレッドが隣に来て僕の肩にポンっと手を乗せた。


「何か美味いもんでも食いに行くか? ほらルパートも誘ってさ」
「・・・・・・いいよ・・・ホテルに戻って食べるから」


そう言ってソファの方に戻る。
フレッドは軽く息をついて僕の隣に黙って座った。


「まだ・・・家に帰らないのか・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「お前の母さん心配してるぞ?」
「・・・・・・・・・いいんだ・・・。今は顔見たくない。会えばまたケンカになるだろうし」
「でもなぁ・・・。このままでいいわけないだろう? それに来月からは今度の映画のプロモーションで忙しくなるし・・・」
「いいんだ。今は・・・あのホテルで・・・」


そう言ってソファから立つと、フレッドも仕方ないというように肩を竦めて立ち上がった。


「分かったよ・・・。じゃあ・・・送るよ」


「うん。ごめん、フレッド・・・」


「いいって」


フレッドは優しく微笑むと僕の頭にポンっと手を乗せた。
そのまま二人で取材用に借りた部屋を出ると駐車場へと向う。
僕が今、滞在してるホテルまで車で10分程度だ。



「うあー本降りだな、こりゃ・・・」



フレッドはそう言ってワイパーを動かし、車を発車させた。
僕は助手席ではなく後ろに座り、シートに凭れると窓を打ち付けてくる雨を眺める。


あの日と同じ、静かに、でも激しく振ってくる雨・・・


不意に、あの日の彼女の言葉を思い出した。
それは今でも僕の胸の奥を響かせ、そして締め付ける。





過ぎ去る雨に濡れた街並みを眺めながら、僕は最後に彼女と過ごした日の事を思い出していた―――























「え・・・? デート?」
「うん・・・・・・」





久し振りにリビングに下りて母さんと父さんの3人で朝食をとっていた。
最初は二人とも私に気を遣っていたが、不意に今日、出かける事を伝えると更にぎこちない空気が流れた。







・・・もうハリーくんには・・・」
「まだ・・・言ってないよ」
「そ、そう・・・・・・」





母さんはそれだけ呟くと目を伏せ、チラっと父さんを見ている。
父さんも何か言いたそうにしていたが何て声をかけていいのか迷っている様子。
そんな二人を見ていられなくて私は飲んでいた紅茶のカップを静かに置いた。






「今日・・・言うわ・・・」


「「・・・・・・っ」」




私の言葉に二人はハっとしたように顔を上げた。





「ちゃんと・・・・・・ダンに伝える・・・・・・」
・・・・・・」




母さんは悲しげな顔で私の手にそっと自分の手を重ねる。
だが、その時、チャイムが鳴り、ドキッとした顔で父と顔を見合わせた。
私は軽く息をつくと静かに立ち上がり二人を見た。






「じゃあ・・・・・・行って来ます・・・・・・」


「い、行ってらっしゃい・・・・・・」


「あ、あまり・・・・・・その遅くなるなよ?」


「うん、分かってる」






いつもならダンが来たらはしゃぐ父も今日ばかりは元気がなく、出迎えようとはしなかった。
私はバッグを持つとエントランスに向い、ドアの前で軽く深呼吸をして何とか笑顔を作る。
そして思い切ってドアを開けた。







「おはよう、ダン」
「おはよ、






そこには大好きなダンの笑顔。
もう何年も会ってなかったような気さえして涙が出そうになった。





「あれ、お父さん達は?」
「え? あ・・・・・・えっと・・・・・・」





ダンが来たら、いつも顔を出す二人の姿が見えないからか、ダンは首を傾げている。


何て言おう・・・・・・


そう思っていると――





「やあ、ハリーくん!久し振りだねー!」


「・・・・・・っ?」






その声に振り向けば父が笑顔で歩いて来た。
それを見てダンも嬉しそうな笑顔を見せる。






「あ、お父さん。こんにちは」
「今日はを宜しく」
「はい」




父は気を遣って顔を出してくれたのかもしれない。
さっきまでの暗い表情の違い、今は無理に笑顔を見せてくれている。




「い、行こう、ダン・・・・・・」
「うん。あ、じゃあ・・・、お借りします」
「ああ。気をつけて」




父はそう言って笑顔でダンに手を振った。
ダンもそれに笑顔で頷くと、父の目も気にせずに私の手をそっと繋ぐ。
ドキっとして顔を上げると、ダンはニコニコしながら私を見ていた。





「ど、どうしたの・・・?」
「んー? に会えて嬉しいんだ」
「・・・・・・え・・・?」
「凄く会いたかった・・・」





ダンはそう言うと父が家の中に入るのを確めた後、素早く唇にチュっとキスをしてくれる。
それには恥ずかしさと辛い気持ちが交じり合って胸の奥がギュっとなった。





「じゃ、行こうか」
「う、うん・・・」







少し照れたように微笑むと、ダンは私の手を引いてゆっくりと歩き出した。













「はー今頃、あの二人は、この青い空の下、ラブラブでデート中かぁ~~~っ」


「ちょっとルパート!呑気に空見上げてないで早く宿題済ませちゃいなさいよっ」





ベランダでボーっと空を眺めているルパートを見て、エマは呆れたようにクッションを投げつけた。
ボフっと足元に落ちたクッションに苦笑しながらルパートは肩を竦めつつ部屋の中へと戻ってくる。






「はいはい。分かってますよ~。ったく・・・二人はデートだってのに何で僕はエマと宿題やってんだよなー」
「何よ!まだ終らないから一緒にやろうって言ったのルパートでしょっ? そんなこと言うなら手伝わないわよ?」
「あー分かったってば!」




エマの凄みに押され、ルパートは慌ててソファに座った。
だが冷たいコーラを飲みつつ、それでも出て来るのは溜息で、ルパートは開いたノートに数字を埋め込みつつ、





「しっかしダンも急に元気になっちゃって、ゲンキンだよなー」




なんて言って笑っている。
そんなルパートをジロっと睨みつつ、エマも小さく頷いてペンを置いた。





「ほんとよねー。から連絡なかった時はあんなに元気なかったのに、
電話で話した途端に嬉しそうにメールしてきたんだから」


「僕のとこには電話来たよ? すっごい嬉しそうにさー。ま、でも良かったんじゃない? 僕もホっとしたよ」


「うん・・・そうなんだけど・・・」





エマもコーラを口に運びつつ、軽く息を吐き出した。
そんな彼女を見てルパートは首を傾げている。





「何・・・? 」
「え?」
「何だかエマも元気ないけど」
「ああ・・・うん。ちょっと気になって・・・・・・」
「何が?」
「だから・・・のことよ」
の何?」





キョトンとした顔のルパートに、エマは少し何かを考えているようだったが思い切ったように口を開く。





「おかしいと思わなかった・・・?」
「え? おかしいって・・・」
の態度っていうか・・・。前ならメールの返事は遅くなっても、その日にはくれてたじゃない」
「ああ、まぁね。でも、この前は熱が出て寝込んでたって・・・」
「でも携帯の電源とか切ったりする? 一応は入れておくんじゃない? それにメールなら簡単なものなら返せると思うし・・・」
「・・・どういう意味さ? まさか・・・がわざと返事をくれなかったって言いたいわけ?」
「・・・・・・それは・・・分からないけど・・・」






ルパートの言葉にエマは少しだけ俯くと肩を竦める。







「まさか!そんなことないよ。現に昨日、から、"返事遅くなってごめんね"ってメール来ただろ?」
「そうなんだけど・・・」
「だいたい、がメールは読んでたけど、わざと返事を書かないなんてありえないし」
「だから・・・送りたくても・・・送れなかった・・・とか」
「そりゃー熱出て寝込んでたんだし」
「そうじゃなくて・・・・・・」
「じゃあ何だよ? 他に何があるっての?」
「それは分からないけど・・・。ちょっと気になって・・・・・・」
「考えすぎだよ、エマは!だって今日だって、デートに行ってるじゃん。心配する事なんて何もないって!」




そう言ってエマの背中をバンっと叩く。




「いたっ!何すんのよっ」


「うぁっ」






エマは背中の痛みに顔を顰めつつ、ルパートの額にデコぴんをした。





「ほんとルパートって単純なんだから!」
「何だよー!エマが変な心配ばっかしてるだけだろー?」
「そ、そうだけど・・・っ」





プイっと顔を背け、エマは教科書を開いた。
だが問題は全く頭に入らず、軽く息をついて窓の外を見る。
外は珍しく天気が良くて青い空の中を白い雲が足早に流れていく。
エマはそれを黙って眺めながら言いようのない不安を感じていた。



"変な心配"か・・・


ほんとに、そうならいいんだけど・・・・・・









エマは軽く首を振ると、目の前でコミックに手を伸ばそうとしているルパートめがけて、再びクッションをぶつけたのだった。












「これに似合うんじゃない?」
「そ、そう・・・?」
「うん、被ってみて」





そう言って棚に飾ってあった可愛らしいベレー帽を取るとの頭にポンっと乗せてあげた。





「ほら、凄く似合う」
「・・・・・・ありがと」





を鏡の前に立たせてそう言うとは照れくさそうに微笑み、僕の方を見た。
今日は二人でダブルデッカー(赤い二階建てバス)に乗り、バジルストリートまでやって来た。
途中、一緒に写真を撮ったり、買い物をしたり、特別な事はせず、普通のデートを楽しんでいる。
今日は特に誰にも見つかる事はなく、久し振りに二人きりの時間が持てていた。
今は通りかかったショップで帽子を見ているところ。
どこに行くとか決めず、こうしてと二人、行き当たりばったりのデートをしたかったのだ。


だが僕は少し心配だった。
今日のは何となく元気がないように見える。
僕の前では元気に振舞ってるんだけど、ちょっと目を離すと、どこか遠くを見るようにボーっとしてる事が多かった。
まだ・・・体調が万全じゃないのかな、とも思ったが、そういう感じでもない。
彼女が何を考えているののか、それすら知りたい、なんて欲張りなのかな。






「さ、次はどこに行く?」





店を出てを見ると彼女は少し考えながらも、すぐに微笑んだ。





「ダンの行きたいとこでいいよ?」
「えー? の行きたいとこに行こうよ」
「ううん。ダンの好きなとこに行きたい」





はそう言って繋いだ手をギュっと握ると、




「ダンの行きたいとこに連れてって?」



と言ってくれた。


シャイなが、こうやってハッキリと意思表示をするのは珍しいなと思ったが、
その小さな異変に、この時の僕は全然、気づかなかったんだ。









「んーそうだなー。じゃあ・・・」




そこで言葉を切ると僕は辺りを見渡した。
そして視界に入った遠くに見える大きな建物を見て笑顔になる。





「じゃあ・・・あそこ!あれに乗ろう?」


「え? あ・・・・・・」






僕が指さしたものを見て、も嬉しそうに微笑んだ。













「わぁーいい眺めっ」
「ほんと。夕方に乗るのもいいね」





僕は外の景色を眺めながらの隣に座った。
135メートルという世界でも最大規模の高さを誇るロンドン・アイの観覧車での空中散歩に彼女も楽しそうだ。
さっきまで高いところにあった太陽も今は少し低くなり、下に見えるテムズ川も赤く染まりかけている。
オレンジ色の夕日がを照らしていて、凄く奇麗だ、と思った。





「こうして・・・ロンドンの街並みを見たのは初めて・・・・・・」
「そっか。もっと早く連れて来てあげれば良かったね」




僕がそう言うとはちょっとだけ微笑み、また外へ視線を向ける。
その横顔が少し寂しげで、手を伸ばせばオレンジ色の中に溶け込んでしまいそうだ。





「奇麗だね・・・ロンドンって・・・・・・」
「そう? 日本にも奇麗な場所は沢山あるだろ?」
「どうかな・・・・・・。もう・・・思い出せないわ・・・」





はそう呟くと少しだけ目を伏せてから僕の方を見た。
その大きな瞳は夕日が眩しくて潤んでるように見える。
僕は黙って、その瞳を見つめると、ゆっくりと顔を近づけ、の唇に軽く口付けた。
その瞬間、彼女の体がかすかに震えたのが分かり、そっと抱き寄せる。
今度は少し押し付けるようにキスをするとは僕の胸元をギュっと掴んできた。
それすら愛しくて、ゆっくり唇を離すと最後に額に軽く口付け、思い切りを抱きしめた。






「ずっと・・・・・・と一緒にいたい・・・」


「ダン・・・・・・」


「会えない日が一番辛いんだ・・・」






独り言のように今の自分の気持ちを素直に言葉に出した。
は僕の腕の中でジっとしていて、だけど少しだけ力を入れて顔を胸に押し付けてくる。
彼女が愛しくて、大切で、包むように抱きしめた。
何度もの髪に口付け、頭を撫でながら小さな声で、「好きだよ・・・」と呟く。
その時、かすかにの体が動いた。
気づけば彼女の肩が少し震えていてドキっとする。








・・・・・・? どうしたの・・・? 泣いてるの・・・?」



「・・・・・・っ」








そこでの異変に気づき、僕はそっと体を離した。
だがは俯いたまま、顔を上げようとしない。





・・・? どうしたの、顔見せて・・・?」





「・・・め・・・ん・・・」




「え・・・?」








が何か呟いたのが聞こえて、僕は彼女の顔を覗き込もうとした。
その時、不意にが顔を上げて僕を見る。
その瞳には大粒の涙が溢れていた。







「な・・・何で泣いてるの・・・・・・? 僕、何か・・・」





自分が何かしたのかと思い、そう言いかけるもは大きく首を振るだけ。
それには、さすがに不安を感じ、僕はの頬を両手で包んで顔を上げさせた。







・・・どうしたの? ちゃんと理由を教えてよ・・・」



「ごめ・・・ん・・・・・・」


「え・・・?」


「も・・・・・・ぇない・・・・・・」


「・・・・・・っ?」






の頬に涙がポロポロ零れ落ちていって僕の手を濡らしていく。
けど僕には今、が言った言葉が信じられなくて、黙ったまま彼女を見つめた。
僕の聞き間違いであって欲しいと願いながら。



なのにの口からは無情な言葉が紡がれた。

















「も・・・ダンに・・・会えな・・・いの・・・・・・」


















その言葉に、僕の目の前は真っ暗になった気がした―――












「私・・・・・・日本に帰・・・ることになって・・・・・・」







自分の言葉が他人の言葉のように聞こえてくる。
胸の奥が苦しくて痛くて死にそうだった。
後は、どう説明したのか、思い出せない。
多分、あの夜、父から聞かされた話をしたのだろう。


ただ・・・黙って話を聞いていたダンの驚いたような顔だけは覚えてる。
いつの間にか頬にあった彼の手は外され、私の瞳から零れていた涙がポタポタと自分の手に落ちていたことも。












「嘘・・・・・・だろ・・・? 何で・・・・・・」


「ダン・・・・・・」


「嫌だよ・・・と・・・離れたくない・・・。別れたくなんか・・・っ」







ダンは少しだけ声を荒げると思い切り抱きしめてくれた。







「どうして・・・? ・・・・・・行かないでよ・・・」






ダンの声はかすかに震えていて、それに気づいた時、また涙が溢れてきた。
出来れば・・・私だってこのままダンと一緒にいたい・・・。





「ごめ・・・んね・・・・・・」


「謝るなよ・・・っ。そんな言葉、聞きたくない・・・っ」







急に体を離し、ダンは初めて見せるような怖い顔で私を見つめた。
彼の奇麗な青い瞳が揺れていて、私はそっとダンの頬に手を添えた。







「・・・どうしようも出来ない・・・・・・。だから――」








そこで言葉を切ると、ゆっくりと顔を近づけ、初めて私からダンにキスをした。



ほんの少し・・・触れるだけのキス。







「もう・・・・・・会えない・・・・・・」








こうして会うのは辛すぎるから・・・
離れると分かっていて、ダンの傍にいるのは苦しすぎるから。











「きょ、今日は・・・・・・"さよなら"・・・って・・・・・・言いに来たの・・・・・・」







小さな声で、そう告げればダンの目が大きく揺れた気がした。


その時、観覧車が地上についてドアが開けられる。








「ダンが好き・・・・・・それだけは、ずっと変わらない・・・」




―――」




「さよなら・・・」



・・・っ!」










私はダンから離れて外に出ると思い切り走った。
ダンの呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、一度も振り向かないで、ただ走った。





だって、これ以上、ダンと一緒にいると辛いんだもの・・・
ダンに優しく抱きしめられるのも・・・キスをされるのも・・・・・・
ダンの温もりを、存在を、感じすぎて当たり前になってしまうのが怖いの――


離れてしまえば・・・いつか二人の想いも色褪せて壊れてしまうじゃない・・・
会えないまま、距離に邪魔されて―――







だから今。









私から別れを・・・・・・切り出した。




















思い切り走って人込みから抜けた時、ポツっと冷たいものが頬に落ちてきた。






「・・・・・・雨・・・」







変わりやすいロンドンの気候で、さっきまで晴れていた空が今は黒い雲に覆われている。
今は私の心のように肌寒い。
少しすると、サァァァっと静かな音で雨が降ってきた。
その中を一人で歩いていると、本当に今の別れは現実なんだろうか、と思った。


この前まで、あんなに幸せだったから、ダンの存在だけで救われてきたから、
こんな胸の痛みなんて一度も感じなかったから・・・



また明日もダンと一緒に笑いあえそうで・・・・・・









「ダン・・・・・・離れたく・・・ないよ・・・・・・」
















彼の名前を呼ぶだけで、こんなにも愛しいと感じるのに――

































「じゃあ、お疲れ。明日はテレビの収録だし、ちゃんと寝とけよ」


「うん、分かってる」


「じゃあ・・・あ、寝る前に・・・家に電話でも入れておけ」


「・・・・・・お休み、フレッド」


「・・・お休み、ダン」









そこで静かにドアを閉めると、僕は部屋の中へと入った。
カチっと照明をつければ、すぐに部屋が照らされる。
ハウスキーパーが入ったのか、今朝まで散らかっていた部屋は少しだけ片付けられていた。
だが僕の服とか持ち物だけは、そのままにしてある。
極力、部屋をいじらないで欲しいと頼んであるからだ。


僕はソファにドサッとバッグを置くと、すぐにベッドルームへと向った。


このホテルには一ヶ月前から滞在している。
別にロケで海外にきてるわけじゃない。
ただ・・・・・・家に帰りたくなかった。






「はぁ・・・」






溜息一つついて窓際に設置されている大きなベッドにダイヴした。
そしてポケットから携帯を出すとゆっくり開く。
パっと電気のついたディスプレイには、あの最後のデートの時に写した彼女の笑顔。
今、思えば、この時から別れを決心していたんだろう。
その笑顔は少しだけ悲しそうで、僕の胸を痛くさせる。
画面の中の彼女の笑顔を指でなぞりながら、ふとカーテンを開け放した窓を見た。
雨はさっきよりも強く振っていて、まるで、あの夜を再現させるかのようだ。



僕は携帯をベッドに置くと、体を起こし窓の方に這って行った。
そっと窓を開ければ湿った空気と雨粒が入ってくる。
窓の淵に肘をつけ、手に顎を乗せたまま暫く雨音を聞いていると、後ろから彼女の声でもしそうな気がした。


そう・・・あの夜と同じように。







"ダン・・・ルームサービスが来たよ"












キンコーン








「―――ッ?」









一瞬、幻聴かと思った。
だが今の音は幻想の中の音じゃない。




僕はすぐにリビングに向うと、ドアの方に歩いて行った。





「ルームサービスです」





ドアの外からは、そんな声が聞こえてドキっとする。
頼んだ覚えはなく、今日はこのまま寝ようかと思っていたのに。





「あ、ルームサービスです」




ドアを開けると人懐っこい笑顔のボーイがワゴンを押して入って来た。




「えっと・・・頼んで・・・ないですけど」
「あ、先ほどフレッド様から言い付かりまして」
「え? フレッドから?」
「はい。これをお持ちするように、と」





ボーイはそう言って料理をテーブルに並べると、笑顔で部屋を出て行った。






「ったく・・・フレッド、余計なことして・・・」







僕は並べられた料理を前にちょっとだけ苦笑した。
それは、あの日に彼女と食べたメニューで喉の奥が熱くなる。


ソファに座って、暖かそうな湯気が出ている紅茶を一口飲んだ。




彼女が大好きだった紅茶・・・
よく二人で飲んだっけ。





その時、ベッドルームの窓を開けたままだった事を思い出し、また奥の部屋へ戻った。
風が強くなったのかカーテンがバタバタと揺れていて、急いで窓を閉める。
溜息一つついてベッドに座れば、手に何かが当たった。



それは彼女から初めてもらった小さなテディべア。
失くさないよう携帯につけているものだ。





あれから一ヶ月。
どうすれば君を忘れられる・・・?
何もかも、あの頃のまま僕の傍にあるのに。





君だけが僕の傍からいなくなって・・・・・・



















・・・・・・・・・今・・・君は誰と何をしてる・・・・・・?」












そう呟いた時・・・・・・手の中のテディベアが小さく揺れた。





























――君が・・・去って行った日と同じ雨が降ってる。





行かなくちゃ 君の元へ




何所に行ったら 何所を探したら




君は居るの












ねぇ・・・ 君は  今  誰と――












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Postscript


あぁーそろそろ終盤で御座いますっ
今回はダン側で書いてみました。
二人の乗ったロンドンアイの観覧車はテムズ川の傍にあってとてもロマンティック・・・v
実際にダンも乗った事があるのかしらー(笑) (だ、誰とっ?!)


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】