、そろそろ空港に行くわよ?」
「・・・うん」





母の声が聞こえて私はそっと窓から離れた。
今日は一睡も出来ず、結局朝まで起きていた。
そして、まだ寝てるだろうな、と思いながらエマにメールを出したのだ。
ほんとはダンにも送りたかった。
でも、あんなひどい事を言っておいて今さらメールなんて・・・と止めたのだ。
あれから半月・・・慌ただしく過ぎていった。
こっちでの父の仕事も何とか片付き、あっと言う間に引越しの準備を終えて、気づけば夏休みも残り二日というところ。


もう通うこともない学校なのに・・・
通ったのは短かったはずなのに色々な思い出が蘇える。
楽しいだけではなかったけど、それでも、やっぱり私の中では印象深い出会いがあった場所だから。



今日でロンドンとはお別れ。
今度はいつ来られるかも分からない。


そう思いながら夜が白々と明けて行くのを見ていると雨が降ってきた。
まるで私を送り出してくれるように静かに、そして激しく。


きっと雨の日は・・・ダンの事を思い出してしまうんだろう。
出会いも別れも全ての思い出が私の胸を痛くさせるけど。




用意しておいたバッグを掴み、廊下で待つ、父と母のところに行った。
二人もやっぱり寂しそうな顔をしていて、私が行くと母が優しく肩を抱いてくれる。




「また・・・来れるわよ・・・」

「うん・・・」




私はそっと頷いて、静かにドアを閉めた。


まだ朝早いからか、エレベーターも誰も乗ってこなかった。
そのまま会話もなく3人でロビーに下りる。
フロントの人が呼んでおいてくれたタクシーは、まだ来ていないのか、父が出口の方に歩いて行った。
すると一台のタクシーが止まり、父がこっちに向かって手招きをしている。




「来たみたいね」




母がそう言って私の背中を押す。
私は軽く息をつくと母と二人でホテルの外へと出た。




「荷物はトランクに入れてもらうからよこしなさい」




そう言われ私は自分のバッグを父に渡した。
それをトランクに入れてから母が最初に車に乗り込む。



「ほら、も乗りなさい。お父さんは前に乗るから」
「うん・・・」




父が車に乗り込むのを見ながら私は傘を閉じ、母の隣に座ろうと開いたドアに手をかける。
傘を閉じたせいか、時々、雨粒が私の顔に飛んで来て冷たかった。
ふと空を見上げると曇り空が何だか悲しげに見えて、ちょっとだけ泣きそうになる。



さよなら、ロンドン・・・
この街並みとも・・・今日でお別れ。



そう思いながら車に乗ろうと屈んだ、その時―














・・・・・・!!」



「――っ?!」









ここに来るはずのない人の声が聞こえて私は一瞬、幻聴かと思った。
それでも固まったままの体を起こし、ゆっくりと振り向けば―












・・・・!待てよ・・・・・・!!」






「ダン・・・・・・?







雨の中、傘もささずに走ってくる人影・・・・・・まるでデジャヴかと思った。



それはあの別れた日から・・・会いたくてたまらなかったダンだった―










幻なんじゃないかと思っている私の前にダンがいる。
息が荒くて、ずっとこの雨の中を走って来たんだってすぐに分かった。




「ダン・・・どうして・・・・・・?」
「・・・見送らせてもくれないなんて冷たいよ・・・」
「え・・・?」
「さっき・・・エマにメール見せてもらった・・・。それで・・・今日発つって知ったんだ・・・」
「それで・・・来てくれたの・・・?」
「・・・ごめん・・・」
「・・・?」





ハァハァと肩で息をしながらダンは何故か私にそう言った。
その意味が分からず首を傾げると、彼は悲しそうな顔で私を見つめる。





「さっき・・・母さんから聞いたんだ・・・・・に・・・何を言ったのかを・・・」
「―――っ?」
が・・・あの電話で無理だって言ったのは・・・それがあったからなんだろ・・・・?だから、あんなこと―」
「ダン・・・」




我慢できなかった。
涙が溢れて来て頬を伝っていく。
だが雨にすぐ流され、私は手で頬を拭った。
ダンも帽子をかぶってるけど、すでにずぶ濡れで少し寒そうだ。




・・・僕は・・・あんな嘘じゃなくて・・・本心が聞きたいんだ・・・だから・・・会いに来た・・・」
「本心・・・」
「そう・・・。僕らは今日で暫く会えなくなるけど・・・でも待っていたいんだ・・・のこと・・・このロンドンで」
「ダン・・・・・・」
「戻って・・・来てくれるだろ・・・?」





ダンはそう言って私の頬にそっと手を添えた。
久し振りのダンの手は少しヒンヤリしていて、私は冷えたその手をそっと握り返す。
そして・・・静かに首を振った。





、どうして―」


「私・・・ダンの事が好きなの・・・」


「だったら・・・」


「でもね・・・・だからこそダンには頑張って欲しい・・・」


・・・」


「きっとダンは優しいから・・・どんなに忙しくても私のこと考えてくれると思う・・・でも私はもっと仕事に集中して欲しい」


「大丈夫だよ、僕は仕事ものことも・・・」







そのダンの言葉に私はもう一度首を振った。




「お母さんに言われた事だけでダンと別れようって決めたわけじゃないの・・・」
「え?」
「私もその通りだなって思ったの・・・。まだ私達には色々な事がある。その中でロンドンと日本っていう距離は遠すぎるよ・・・」
・・・そんなこと・・・」
「ダンは仕事で色々な場所に行くと思うけど・・・私は普通の中学生だもん。距離を感じるのは当たり前でしょ?」




涙を堪えてちょっとだけ微笑むとダンは悲しそうな顔をした。
そして握っていた手をそっと離し、彼の奇麗な瞳を見つめる。
その間も雨は二人に降り注いで濡れていくけど、不思議と寒さは感じなかった。
最後に一番会いたい人に会えたから・・・






「先の事なんて分からないけど・・・でも今は自分の事をまず頑張ろうって思ったの。
恋愛だけを全てに考えるには・・・15歳の私じゃ・・・ううん・・・今の私じゃきっと無理だから。
ダンには俳優っていう仕事がある。でも私は自分のやりたい事がまだ見つからない・・・」




言葉の一つ一つをダンは黙って聞いていてくれた。
私は涙を必死に堪えながら、ちょっとだけダンに微笑んだ。





「ダンと会えたから・・・こんな風に思えるようになったの・・・。
ここに来たばかりの頃は・・・逃げたくて日本に帰りたくて、そればかり考えてた。
せっかく新しい土地に来たのに、この街を見る余裕なんてなかったから。
でもダンに出会えて・・・ほんとに世界が一変したの。毎日が凄く楽しかった・・・
ダンを好きになって・・・もっと楽しくなった・・・」



「・・・・・・そんなの・・・僕もだよ・・・」




ダンはそう言って優しく微笑んだ。
その笑顔が私は大好きだった。





「ダンの・・・笑顔が大好き。エマ達とふざけて楽しそうに笑ってるとこも・・・見てるだけで幸せだった・・・」
・・・日本に帰ったら・・・あなたの笑顔や声を…きっと私は恋しく思うと思う・・・。
思い出して、きっと泣いちゃうと思う・・・。でも・・・世界のどこにいても・・・ダンの笑顔は見れるよね・・・?」






そう言った時、私はダンの腕に強く抱きしめられていた。
堪えていたはずなのに涙で視界が曇る。
頬も濡れてるけど、もう雨なのか涙なのか分からなかった。










ただ・・・ダンの腕の強さだけは・・・






今でも覚えている―























「ねー!CDショップ付き合ってくれない?」





カオリがそう言いながら目の前の店に入っていく。
私もアヤと、その後から続いた。
特に買う物もなく店内をブラブラと歩いていると、ふとDVDのコーナーに来た。
そして真っ先に目に付いたのは・・・ハリー・ポッターのパッケージ。
何度となく見に行った撮影で、この格好をしたダンを見た。


まるで映画から抜け出したかのようでハリーの格好のダンに抱きしめられると普段以上に照れくさかったっけ・・・


そう思いながら、そのパッケージを手にとる。



エマやルパートも映っているそのパッケージを見てると不意に懐かしさが込み上げて来て涙が溢れてきた。
隣でDVDを見ているアヤに変に思われる、と慌てて手で拭い、DVDを棚に戻した。
その時、カオリがバタバタと走ってくるのが見える。




「ちょっとカオリ・・・店内で走っちゃ―」
「ねねね・・・!これ見て、これ!」
「え・・・何、これ・・・映画雑誌・・・」
「きゃーダニエルじゃん!」
「―――っ」





カオリが手にしていたのは一冊の映画雑誌。
この店はCDやDVDだけじゃなく音楽雑誌や映画情報誌などが置いてあるのだ。
そしてその雑誌の表紙には・・・ダニエルが載っていた。





「ハリーの新作もうすぐでしょ?で、特集記事が沢山載ってるから買ったんだけど・・・ここ!見てよ、ほら!」




カオリは興奮したように雑誌を捲っていく。
中にはダンのドアップの写真などが載っていて、いちいちドキっとしてしまう。
だがカオリの指さした記事を見て私は心臓が大きく跳ね上がった。









「ダン、また来日だって!!ほら!映画のPRに来るって~どうするー?空港に迎えに行っちゃう?!」
「きゃー行きたい!ねー行こうよ、も!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」






二人はキャーキャー騒いでいるが私は、それすら耳に入って来なかった。
ただ目の前のダンの写真を見ながら頭の奥が痺れたような感覚が襲い、軽い目眩すら感じる。





ダンが・・・ダンが日本に来る・・・














そう思った時、封印していたはずの想いが一気に溢れて気づけば私は店を飛び出していた―






















涙の閉じ込め方 分からないの


あなたとはぐれてから 歩き出せない


今でも胸が痛むの



あなたの事を想うたび


流れる人波の中 影を探した



逢いたくて・・・・・・
























 


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Postscript


すーごい久々の更新ですみません(;゚д゚)
あたしが更新を怠っていた間も、投票処には嬉しいコメントが届いておりました!


『大好きです。第二部では、涙がぼろぼろこぼれてきました。』
『切なくて大好きです!たまに泣きそうになります…これからも頑張ってください!応援してます』
『すごく素敵で惚れ惚れするStoryで・・・・v私のお気に入りですvv』


こんな風に言って頂けて大感激です~~(゜дÅ)ホロリ
ほんとにありがとう御座います!今後も頑張りますね!



本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】