君 が い な く な っ た 日 と 同 じ 雨 が 降 る
















行 か な く ち ゃ  君 の 元 へ
















何 所 に 行 っ た ら  何 所 を 探 し た ら  君 は 居 る の






 

 

 

 

 

 

 

 

 



Chapter.24 雨に消えた涙...02                 Only you can love me...








「あ・・・雨・・・」


僕は窓の方に顔を向けるとゆっくりとソファから立ち上がった。
そのまま窓際に行って外を覗くと、どんよりとした空が広がって雨が窓を濡らして行く。


「あぁ、とうとう振り出したか・・・。日本に来てまで雨ってついてないな」


フレッドが苦笑気味に呟き、煙草に火をつけた。


日本に来てから二日目。
夕べはいつの間にか寝てしまったみたいで、今朝フレッドのモーニングコールで起こされるまで死んだように眠ってた。
今日はそのまま色々な雑誌の取材を受けていて、今は暫しの休憩中。
この後にエマ達と記者会見に臨む。


「・・・止むかな、この雨・・・」


僕はポツリと呟いた。
雨の日はと別れた日の事を鮮明に思い出すから嫌なのだ。


「ん?ああ・・・雨か・・・?何だか雪が降るかもなんて、こっちのスタッフがさっき話してたけどな」
「・・・雪か・・・。まだそっちのがいいよ・・・」


そう呟いてソファに戻ると先ほど持ってきてもらった紅茶を飲んだ。
すると隣にいたエマが読んでいた雑誌からふと顔を上げる。


「何よ、暗いわね。大丈夫?これから記者会見だって言うのに」
「・・・大丈夫だよ」
「もしかしたらも見てるかもしれないのよ?」
「・・・この時間は学校だよ、きっと・・・」
「あら。後でニュース見るかもしれないじゃない」


エマはそう言って口を尖らせた。


「久々に見たダンが元気なかったらが心配するでしょ?」
「・・・はいはい。分かってるよ」


いつもの小言が始まり、僕は溜息をついてソファに寄りかかった。
すると向かいで寝転がってコミックを読んでいたルパートはケラケラ笑いながら体を起こす。


「大丈夫だよ、ダンは。何だかんだ言っても記者会見が始まればいつも通り営業スマイル満点になるからさ」
「・・・うるさいな・・・」


からかってくるルパートをジロっと睨みつけると奴はササっと視線を逸らし再びコミックに目を向ける。
僕は大きく息を吐き出すと窓の方に顔を向けた。


明日は・・・やっとに会いに行ける・・・
少しの時間だけど・・・フレッドが探してくれてるって言うし、それだと家を探すのも手間取らないだろう。


その事を考えるとキュっと胸が痛む。
そこへノックの音が聞こえてスタッフが顔を出した。



「記者会見始まりますのでスタンバイお願いします」


「はい」
「よーし、行くかぁ~!」
「ちょっとルパート!シャツ出てるわよ?恥ずかしいからビシっとしてよ!」
「わ、分かったよ~。ほんと怖いよなーエマは。うちの母さん以上だな」
「何ですって?」
「あ、い、いや何でも・・・」
「・・・いいから早く行くよ?」
「あ、待ってよ、ダン!」



相変わらずのエマの"母親"ぶりに僕も笑う余裕が出来た。
スーツの襟元を軽く直し、僕はフレッドの後について廊下を歩いていった。


(この記者会見を・・・もしが見てくれたら・・・)


そう思うと何故かいつもより緊張してくるのを感じる。


僕は軽く深呼吸をしてホテルの会見場へと入っていった―

























「・・・ほんとに・・・うちで見るの・・・?」


家の門前まで来てから恐る恐る振り返る。
そこにはカオリとアヤの満面の笑顔。


「もっちろん!だっての部屋が一番広いしテレビも大きいじゃない!」
「そうそう!ほら昨日の空港で撮ったビデオや写真持ってきたから!」
「・・・・・・」


二人にそう言われて私は仕方なく門を開けた。


「ただいま・・・」


玄関まで行き、ドアを開けて声をかけるとリビングから母が顔を出す。


「お帰り・・・あら、カオリちゃんとアヤちゃん、いらっしゃい」
「お邪魔しまーす」
「お久しぶりです!」
「まあ、どうぞ?今お茶用意してお部屋に持ってくから」


母は久しぶりに遊びに来た二人に笑顔を見せてすぐにキッチンへと歩いていく。
私は二人を促して階段を上がって行った。


「相変わらず綺麗だよねー。のお母さん!」
「ほんと!うちのババァとえらい違い」
「・・・そんな事言って・・・二人のお母さん素敵じゃない。 あ、適当に座って?」


制服のジャケットを脱ぎながら私はそれをクローゼットにしまうと二人にクッションを渡した。


「あ、ねぇねぇ」
「え・・・?」


私もソファの方に歩いて行って二人の向かいに座るとアヤが意味深な笑みを浮かべていた。


「今日さ、悠木と何となくいい雰囲気だったけど・・・何かあった?」
「・・・えっ?」
「あ、その顔はあったんだ!」


ドキっとしたのを顔に出してしまい、今度はカオリが身を乗り出してくる。


「ねね、もしかして・・・昨日、うちらが休みの時に・・・何かあった?」
「べ、別に何も―」
「えー嘘~!だって最近はずっと元気なかったけど今日の悠木ってばやたら機嫌良かったよ?」
「そうそう!それにも普通に悠木と話してたじゃん。この前まで避けてたのに」
「・・・そ、それは・・・だから・・・」


何気にするどい二人に私は少し顔が赤くなってしまった。


「ね、昨日何かあった?」
「教えなさいよ~!あんなに避けてたのにどうしたの?」
「・・・だから・・・昨日帰りに・・・悠木くんが追いかけてきて―」


この二人に隠しても無駄だと思った私は軽く息をつくと昨日の出来事をきちんと話した。







「嘘!じゃあ悠木と付き合うの?!」
「な、ち、違うわよ!友達だって言ったでしょ?」


ちゃんと説明したのに案の定、カオリは勘違いしてすっとんきょうな声を出した。


「えーでもさ!卒業してからも会うって事は・・・ひょっとしてひょっとするんじゃない?」
「ね~?そうよね~?そっかぁ~こりゃ悠木のファンも泣くかなー」
「ちょ、ちょっと二人とも!勝手に話を進めないでよ!誰も付き合うとかそんなことは―」
「えーいいじゃん!付き合えば!悠木ってかっこいいし頼りがいあるしさ!それに何気に優しいんだよねー」


アヤはそんなことを言って自分のメイクボックスから鏡を出して髪を直している。


「ほら。だって同じクラスになって喜んでたじゃない?」
「そ、そうだけど・・・」
「私は1年の頃から同じクラスだったけど・・・ぶっちゃければ私も悠木を好きだったことあるんだよねー」
「え・・・?」
「嘘ぉ~!マジで?!アヤもなんだ!」
「まあでも悠木も1~2年の頃はサッカーバカだったし女に全く興味ないって感じだったから友達止まりで終わったけど」


アヤはそう言って笑うと肩を竦めている。
だが私はそれを聞いてちょっと驚いてしまった。


「今はいい友達だし、諦めもついてるからね。それに悠木がを選んだってとこも嬉しいしさ」
「アヤ・・・」
「悠木ってモテるくせに不器用だし・・・きっとが初めて好きになった女じゃないかな」
「え、ま、まさか・・・!」


アヤの言葉に驚いて首を振るとカオリもニヤニヤしながら、「あー私もそう思う」と同意している。


「ほらあいつ2年の頃、暫く年下の子と付き合ってたけど、それもその子が何度も告白してくるから仕方なくって感じだったのよ」
「あー知ってる!その子も粘ってたもんね。結局3年になってすぐに別れたらしいけど」
「そう。それも私が睨んだところによると・・・」


アヤはそう言って私を見た。


「な、何よ・・・」
を好きになったからって事だと思うのよね」
「えぇ?まさか!」
「いーや間違いない!私の情報網は凄いのよ?悠木がその子を振った理由知りたい?」


アヤは得意げにそう言うと私とカオリを交互に見た。


「な、何?早く教えてよ~」


カオリがワクワクしたようにアヤの制服を引っ張る。
するとアヤは私を見て、 


「"本気で好きな人が出来たから別れてくれ"」
「・・・・・・!」
「うっそ~!マジで?かっこいい~!それがってこと?」
「うん、多分ね。あのしつこい子が諦めたのよ?悠木がよっぽど真剣なんだって分かったからじゃない?」


アヤはそう言って笑うと肩を竦めてみせた。
私は何となく恥ずかしくなってソファから立ち上がるとリモコンでテレビをつける。
すでに夕方でテレビには何かのニュース番組が映った。


「ねーってば」
「な、何よ」
「悠木と付き合ったら?あいつ絶対マジだって」
「アヤ・・・」


再びソファに座るとアヤは身を乗り出して私を見た。


「忘れられない人がいるのも分かるけど・・・別れてきたんでしょ?」
「・・・・・・」
「そんな遠い国の人より・・・近くの男にしなさいよ。だって悠木のこと嫌いじゃないんでしょ?」
「き、嫌いじゃないわ・・・?憧れてたんだし・・・いい人だし」
「なら、いいじゃない!一緒の高校とか行けばいいのに」
「な・・・そんな簡単に・・・」


私は困ってリモコンで何度かチャンネルを変えながら二人から視線を逸らした。
するとカオリが、「あ!、そこで止めて!」と叫んで驚いた。


「ほら!ハリーの記者会見!」
「―――ッ!」


その言葉にドキっとして、つい画面を見てしまった。
するとそこには夕方のニュースが流れていて、ちょうど芸能コーナーを放送している。
女子アナが甲高い声でダン達の来日を伝え、そこで画面は記者会見の模様へと変わった。


「キャ~!ダン~!今日も麗しい~♪」
「昨日のラフな格好もいいけど今日のスーツもかっこいいじゃん!」
「・・・・・・」


二人はテレビの方に身を乗り出し、その会見の模様に釘付けになっている。
だが私は久しぶりに見たダンの笑顔に体が固まり、胸が苦しくなって涙が浮かんできた。


『・・・今回のシリーズはかなり迫力満点で―』



懐かしいダンの・・・声・・・
テレビを通して聞いても、あの頃とちっとも変わらない優しい英語・・・


不意に涙が零れそうになって私は慌てて指で目をこすった。
と、そこへドアが開き、母がお茶とケーキを運んできた。


「はい、どうぞ」
「あーありがとう御座います!」
「うわー美味しそう~!」


母がトレーをテーブルに置くとカオリとアヤも嬉しそうに騒いでいる。
私は何とか動揺を見抜かれまいとギュっと唇を噛んでリモコンを横においた。
すると母がふとテレビを見て、「あら・・・ハリーくん・・・?」と驚いたように呟く。


「え、おばさんも知ってるんですか?ハリーポッター」
「え、ええ・・・そうね・・・。映画は見てるのよ」
「へぇー凄いー。大人が見ても面白いのかな」
「・・・そうね・・・。あ・・・じゃあごゆっくりね?」
「はーい。ありがとう御座いまーす」


母は二人に声をかけるとチラっと私を見てから静かに部屋を出て行った。
きっと内心、心配してるんだろう。


「あ~終わっちゃった!もっと流してくれればいいのに~」
「ね~?あ、じゃあこれ見ない?昨日のビデオ」
「あ、見ようか!ね、、これデッキに繋いでいい?」
「・・・・・・・・・」
?」
「・・・え?あ・・・」


ボーっとしていると目の前にアヤが歩いてきてハっと顔を上げた。


「もう・・・どうしたの?大丈夫?」
「あ、うん・・・。えっと何・・・?」
「これ。パソコンよりテレビで見たいし直接デッキに繋いでいい?昨日の様子が見られるし一緒に見ようよ」
「あ・・・うん・・・」


ドキっとしたが仕方なくカオリのハンディカムをデッキに繋いだ。
二人もソファからテレビの前に移動してクッションへと座る。
私はかすかに震える指で再生ボタンを押した。
すると画面が切り代わり、すぐに昨日、電話でも聞いた歓声が耳をつく。


「ほらー凄いでしょ?この後ろにもっといたのよ~?」
「う、うん・・・ほんと・・・」
「ねね、もうすぐで出てくるわよ?ここから!あ、ほら!」
「・・・・・・ッ」


カオリの言葉にドキっとして顔を上げると到着ロビーを笑顔で歩いて来るダンの姿が目に飛び込んできた。


「ダン・・・」
「ね?凄いかっこいいでしょ?あ、あのね、もうすぐ私の前に来るから!プレゼントあげようと手を伸ばしたら来てくれて―」


隣ではカオリが説明してくれてるが私は画面に釘付けになっていた。


ダンの懐かしい笑顔が眩しくて・・・ファンの子に手を振る姿がやけに遠く感じて・・・
色々な感情が入り混じって再び涙が浮かんでくる。
二人は画面に夢中で、そんな私の様子には気づいてないみたいだ。


「あ、ほら!来たわ!」
「・・・ッ」


カオリの声にハっとすると、画面の方に確かにダンが歩いて来るのが見える。
そしてプレゼントを受け取ると―




『...Thanks! glad...Hey...!dangerous... 』




「キャ~♪ちゃんと入ってる~!」
「これ美味しいわよね!やったね、カオリ!」
「・・・・・・」


画面にダンの顔がアップに映り、声まで入っている事に二人は喜んでいる。
だが私は胸が締め付けられる気がして、それ以上画面を見ていられず視線を逸らした。
だがカオリに肩を叩かれ顔を上げると―


「ね、。ダンは何て言ってるの?訳してよ。分かるでしょ?イギリスに住んでたんだし」
「え?あ・・・うん。えっと・・・"ありがとう、嬉しい・・・あ、危ないよ"って言ってる・・・」
「えーー!嘘~!私たちのこと気遣ってくれてたんだ!嬉しい~!ね、アヤ!」
「ほんと~もうーまたダンに惚れ直したかも!」
「・・・・・・」


二人がはしゃいでる姿を見てるのが何となくつらくて私はソファに移動しようと立ち上がりかけた。
その時、カオリが巻き戻しをしながら、


「あ、そう言えば・・・ダン、この時誰を探してたんだろうね?」
「あ~そうそう!まあ私たちは目の前に暫くダンが立ち止まってくれたからラッキーだったけど・・・って、ちょっと見てる?」
「え・・・?」


立ち上がりかけたのを再び座りなおすとカオリが呆れたように私を見た。


「もぉー何ボーっとしてるの?ほら、ここ見て?ダンが誰か探してるみたいに見えない?」


カオリはそう言ってビデオを巻き戻すと、ちょうどダンが声をかけたくらいからまた再生が始まる。


「ほら、このしゃべったすぐ後よ!ね?何だかキョロキョロしてない?私たちの後ろの方見てるし・・・」
「ね~?あの時は興奮してたから深く考えなかったけど・・・今見るとちょっと変だよね、どうしたんだろ」
「・・・・・・」


確かにダンはカオリに声をかけた後、ハっとしたような顔で辺りを見渡している。
そしてカオリ達の後ろの方・・・ファンの群れの方に顔をやっているように見えた。


「まさか日本に知り合いいるなんてことないよね?」
「え~それはないって!ありえない!ね?
「え?あ・・・そう・・・ね」


二人に曖昧に返事をすると私はソファへと移動して母が持ってきてくれた紅茶を飲んだ。
それはイギリスで買ってきたもので普段からいつも飲んでいるもの。そして・・・


(これ・・・ダンも好きだったなぁ・・・。いつも家に遊びに行くとこれを淹れてくれてた・・・)


ふとあの頃の事を思い出しツキンと胸に痛みが走る。
テレビの方に目を向ければ今度はエマやルパートが出てきてファンの子に笑顔で手を振っているのが映っていた。


(エマ・・・ルパート・・・懐かしい・・・)


二人の姿を見たのも久しぶりで、また喉の奥が痛くなる。
イギリスでよく4人で遊んでいた頃の出来事が一瞬で脳裏に走った。


エマはしっかりしてるから、いつも皆のお姉さん的存在で・・・ルパートやダンはよくお説教されてたっけ・・・
特にルパートは一言多いからエマ、それにダンにも殴られてた・・・
私はと言えば・・・そんな皆を後ろで見て笑ってた事が多くて、皆と一緒にいると笑顔が耐えなかった。


なのに・・・どうして今はこんなにも皆と距離を感じるんだろう・・・
ファンの前に立つ3人は私が知らない顔を見せる。
それが・・・妙に彼らを遠くに感じさせた。


「はぁ~これ一生保存版ね!って・・・何よ、。またボーっとして・・・」
「え?あ・・・ごめん」


ビデオを見終わった二人がソファに座りながら訝しげな顔で私を見ている。
そんな二人に笑顔を見せて、すぐに紅茶を勧めた。


「あ、分かった!悠木のこと考えてたんでしょ」
「・・・え?」
「なるほどね~!そっか、そっか。はこんな有名人より近くにいる悠木のことで頭がいっぱいって事なんだ!」
「な、何言ってるの・・・そんな事ないわよ・・・っ」


少しムキになって言い返したが二人は一向に聞き入れてくれない。


「いいから、いいから。明日から気を利かせてあげるわよ」
「ね~?何なら毎日一緒に帰ったら?」
「ちょっと二人とも・・・勝手にそんな話を進めないで!」
「やだなぁ、そんなムキにならないでよ。楽しい十代を楽しまなくちゃ!恋もいっぱいしてさ」
「そうよ~?私も高校でダンみたいなカッコいい彼氏作るんだ~♪」
「・・・・・・」
「ちょっとカオリ!ダンみたいなカッコいい人、そうそういるわけないじゃない」
「まーそうだけど・・・。いいじゃん、夢よ、夢!」


二人はそん事を楽しそうに話している。
だが私は何も言えず、まだ胸の奥がチクチク痛い。


無理やり押し込めたダンへの想いが・・・まだそこで燻ってるかのように・・・

















「はぁ・・・」


カオリとアヤを見送って部屋に戻った私は溜息一つ零してベッドに倒れこんだ。
あれから延々とダンの話をされ、その合間に悠木くんの話をされるから何度も心臓がキュっと縮んだ気がした。
ゴロリと仰向けになり天井を見つめる。
さっき見たダンの笑顔、そして声が何度も私の頭の中でフラッシュバックのように現れた。


「・・・・・・ッ」


不意に我慢していた涙が瞳に溢れて視界が一瞬で曇る。


あんな思いをして帰ってきたのに・・・やっぱりダンを思い出させるものが日本にも沢山ある。
テレビや雑誌、駅前の広告・・・
映画の公開が近づくとあちこちで一斉に宣伝をし始めて、そうなると嫌でも私の目に入ってしまう。
ダンは俳優で有名人なんだからそれは覚悟していた。
でも実際には想像以上に辛い事だった。
今も同じ日本にいるのに、こんなにもダンを遠く感じる事が胸を痛くさせる。
ダンも・・・こんな風に私と同じ気持ちでいてくれてるんだろうか・・・
少しは私のこと思い出してくれてるのかな・・・
それとも・・・忙しくて思い出す暇もない・・・?


そんな事を考えてると辛くて気が狂いそうだった。


もう・・・このまま深い眠りについてしまいたい・・・
ダンの事を思い出す事がないように・・・
彼の笑顔を二度と見る事のないように・・・
たとえば・・・ダンが私以外の人とこれから出逢って・・・恋に落ちたら・・・そんな事すら知る事になるんだろうか。
それはあまりに残酷な事で・・・・・耐えられるかどうか不安だった。




コンコン・・・


不意にノックの音が聞こえて私は慌てて涙を拭くとベッドから体を起こした。
そして鏡台の前で顔をチェックすると、「どうぞ・・・?」と言ってソファに座る。
すると静かにドアが開き、母が顔を出した。


、夕飯できたわよ?」
「あ・・・うん、分かった」


そう返事をしながらも母は心配してきてくれたんだというのが分かった。
いつもは部屋に来る事なく内線で知らせてくるのだ。
すると案の定、母がおずおずと中に入ってきて、「ちょっと・・・いい?」と聞いてきた。


「うん・・・」


私が小さく頷くと母はホっとしたように歩いてきて、「あら・・・まだ制服なの?着替えたら?」と隣に座る。
その言葉に頷き立ち上がるとクローゼットを開けて少し薄手のセーターと柔らかい素材のパンツを出した。
そして母に背を向けると制服のボタンを外そうと胸元に手をかけたその時、静かに母が口を開いた。


・・・つらいんじゃない・・・?」
「・・・・・・」


一瞬、止まった手を何とか動かしボタンを外す。


「・・・何が?」


分かっているのに口から出るのはそんな言葉。
母はそれでも優しい声で、「ハリーくんのこと・・・友達と話すのつらいんじゃないかと思って・・・」と呟いた。
私はキュっと唇を噛み締めながらも服を着替えると制服をクローゼットへとかけた。


「・・・仕方ない・・・。二人は前からファンだったし・・・」
「・・・そう?でも・・・」
「いいの。大丈夫・・・」


そんなの嘘だ。
ちっとも大丈夫なんかじゃない。
それでも・・・全てを知っている母の前では辛そうな顔は出来ない。
きっと・・・父も母もこんな事になって私に悪いと思っているから―


「それより・・・お父さん今日も遅いの?」


私は母の隣に腰をかけて話題を変えるのに尋ねた。
母も分かったのか少し微笑むと、「そうね、多分・・・」と答える。


「日本に帰ってきてからずっと・・・忙しいんじゃない・・・?」
「ええ・・・そうね。でも仕方ないのよ。大切な仕事を任されてるんだし・・・」


母はそう言って小さく溜息をついた。
きっと忙しい父が心配なんだろう。
口には出さないが母も寂しいんじゃないかと、ふと思った。
これも・・・ダンの事を好きになったからだろうか。


「大丈夫かな、お父さん・・・。最近は休みも返上して仕事してない?」
「ええ。でももう少ししたら・・・少しは楽になるって言ってたわ?」


母はそう言って立ち上がると、「さ、食事にしちゃいましょ?」と私の方へ振り返った。


それに頷くと私も母の後から部屋を出てダイニングへと向かった―






















次の日の午後、授業を終えた私は帰る用意をして廊下に出た。
が、すぐ後ろからポンと肩を叩かれ、振り返ると、そこには悠木くんが立っている。


「よ。真っ直ぐ帰るのか?」
「え?あ・・・うん」
「じゃあ・・・一緒に帰らない?」


悠木くんは何となく視線を逸らしながら、そう聞いてきた。
その後ろの方ではカオリとアヤがこっちを見ていて、何やら口パクで何かを言っている。
大方、"OKしろ"とでも言いたいんだろう。
私はちょっと苦笑すると、目の前で照れくさそうにしている悠木くんを見上げた。


「いいよ。じゃあ・・・帰ろうか」
「え?いいの?」
「何よ。自分で言ったくせに」


そう言って笑うと悠木くんも苦笑いを浮かべて、そのまま廊下を歩き出した。
後ろではカオリとアヤが何故かガッツポーズをしているのが見えて軽く睨んでおく。


(もう・・・ほんと二人はおせっかいなんだから・・・)


そう思いながら二人も何だかんだと元気のない私を心配してくれてるんだって分かっている。




そのまま二人で学校を出ると他にも下校している生徒たちの中をゆっくり歩いていく。
その時数人の後輩たちが悠木くんに挨拶をしていくのを見ながら思わず笑みが零れた。


「後輩に人気あるのね」
「え?そうか?あんな男どもに好かれてもなぁ・・・」


悠木くんはそんなことを言いながら苦笑している。
だがすぐ、今度は女子生徒が数人、「悠木先輩、さよなら!」と声をかけてきた。


「おう」


悠木くんが軽く手を上げると、その女子生徒たちはキャーキャー言いながら走っていく。
それを見て、「女の子にも人気あるじゃない」とわざと言った。
すると悠木くんは目に見えてうろたえだし、


「や・・・違うって。あいつらはサッカーの試合とかよく見に来てくれてた後輩で―」
「だから悠木くん目当てに、でしょ?」


そう言って肘で突付くと、彼は困ったように頭を掻いた。


「・・・別に・・・俺は何とも思ってないし・・・」


そう呟くと悠木くんはちょっと苦笑して私を見た。
私はまずい事言ったかな、と思って少し視線を逸らすとどんよりとした空を見上げた。


「何だか・・・雨が降りそうだな」


悠木くんも同じように空を見上げて呟く。
昨日からの雨は今朝には止んでいたが夜にはまた降りだしそうだ。
そしてふと朝、出る前に母が父に傘を持たせていたことを思い出す。


(あの分じゃ・・・今夜も遅いって事かな・・・)


夕べもいつ帰って来たのか私は気づかなかった。
だが朝リビングに行くと、父が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいたのだ。
きっと遅くに帰って来たはずなのに、もう起きてる父に私は驚いた。
父は険しい顔で新聞をめくっていたが、私に気づくとすぐに笑顔で「おはよう、」と言ってくれた。
やはり顔色が少し悪く疲れているように見えてちょっと心配になった。


「おはよう、お父さん・・・。夕べ何時ごろ帰って来たの?」


そう問い掛けた私に父はちょっと苦笑すると、「さあ・・・何時だったかな」と言葉を濁した。


「大丈夫?少し疲れてるんじゃない?」


歩いて言って、そう尋ねると父は普段の明るい顔を見せた。


「そんな事ないさ。まあ多少忙しいが・・・もっと忙しい奴はいるしね」
「でも・・・顔色良くないよ?」
「ん?ああ・・・ここんとこ朝起きると頭痛があるんだ。いや寝不足なだけだと思うし大丈夫だ」


父はそう言うと母に声をかけて頭痛薬を出してもらっていた。
その後一緒に朝食をとったが、父は私より先に出勤して行った。
心配そうに見送っていた母の後姿を思い出すとツキンと胸が痛む。


「なあ、
「・・・え?」


父のことを考えていると不意に声をかけられハっと顔を上げた。


「どうした?ボーっとして」
「な。何でもない。何?」


心配そうな悠木くんに笑顔で首を振ると、彼は軽く眉を下げて微笑んだ。


「あのさ、これから一緒に本屋に付き合って欲しいんだけど・・・ダメかな」
「本屋・・・?」
「うん。ちょっと参考書が足りなくて買いに行くんだけど・・・俺ハッキリ言ってそういうの疎いしに選んでもらえれば助かるんだ」


悠木くんはそう言って照れくさそうに肩を竦めた。
今日は用事もないし、と私はすぐに、「いいよ」と答えると彼は嬉しそうに笑顔を見せる。


「ほんと?助かるよ」
「ううん、それくらい。それより・・・どういったものが欲しい?持ってるもの買っても仕方ないし・・・」
「ああ、そうだなぁ・・・」
「あ、じゃあ私の参考書を見て、それから決める?どういったものが必要か分かるでしょ?」
「え?あ、まあ・・・」
「じゃあ一度、うちに寄ってから行きましょ?」


私がそう言うと悠木くんが急に慌てだした。


「い、いやでもさ・・・親とかいるんだろ?」
「え?いる・・・けど・・・別に気にしないでいいよ?」


私が首を傾げると悠木くんは困ったように頭を掻いた。


「い、いやそうだけどさ・・・。やっぱ緊張するだろ・・・?男連れてって怒らないか?」


不安げにそう聞いてくる悠木くんに私はちょっと驚いてすぐ噴出してしまった。


「な、何で笑うんだよ・・・」
「だ、だって・・・。大丈夫よ?うちのお母さんはそんな事で怒らないから。むしろ張り切る方」
「そ、そうなのか?」
「物分りはいいの。だからそんな緊張しないで大丈夫だよ?」


笑いながらそう言うと悠木くんも少しホっとしたのか笑顔で頷いた。
そのまま数分先にある自宅へと向かう。


「ここよ?」
「嘘・・・でかくない?カオリ達が言ってたとおりだ・・・」


悠木くんは私の家を見上げて口を開けていたが私が中へ促すと慌ててついて来た。


「お母さん、ただいま」


玄関に入り、いつものように声をかける。
少しして母がリビングから顔を出した。


「お帰り、・・・あら、あなたは・・・」
「ど、どうも・・・!初めまして・・・あ、あの俺、悠木煉(レン)と言います!さんとはクラスメートで―」
「あ、あの悠木くん、そんな緊張しなくて平気よ?」
「え?あ・・・」


母に向かってペコリと頭を下げていた悠木くんの制服を引っ張ると彼は慌てて顔を上げた。
それを見て面食らっていた母もすぐにクスクス笑い出す。


「初めまして。の母です。どうぞ?中に入って?」


母はそう言いながらお客用のスリッパを並べる。
悠木くんはまだ緊張しているのか、チラっと私を見てから靴を脱いだ。


「これから悠木くんの参考書を探しに二人で本屋に行ってくるから」
「そう、じゃあすぐ出かけるの?」
「うん。私の持ってるのを見てから決めるって」


私も靴を脱ぎながらいったんリビングに入る。
するとキッチンに行きかけた母がこっちに歩いてきて、


「お茶くらい飲んでいったら?せっかく来てくれたんだし。ね?」
「うん。じゃあ・・・悠木くん、紅茶でいい?」
「え?あ、うん。俺は何でも・・・」


悠木くんはソファに座ったままリビングを見渡し、「ほんと広いな」なんて呟いている。
そんな彼に笑みを洩らし、母はキッチンへと向かった。
私も鞄を置くと母の後からキッチンに顔を出した。
私が歩いていくと母はカップを出しながら、ふふっと笑みを零し、


「凄くいい子そうじゃない」
「え?あ・・・うん」
「それにジャニーズ系でカッコいいし!ほらあの"ごくせん"ってドラマに出てた・・・何とか君に似てない?
ってば母さんに似て面食いなのかしら」


母はそんなことを言って笑っている。
それには私もつい苦笑する。


「・・・ジャニーズってねぇ・・・。それにお母さんが面食いならお父さんがイケメンって事?やめてよ」
「あらーお父さんだって若い頃はもっとカッコよかったのよ?ライバルなんて沢山いたし」
「はいはい・・・」
「ま、可愛くない」


お母さんはそう言って唇を尖らすとポットからお湯を注いだ。
その時、家の電話が鳴り響き、二人で顔を見合わせる。
母はちょっと笑うと、「噂をすれば・・・お父さんかな?」と言って受話器を取った。


で御座います。はい・・・え?はあ・・・そうですけど・・・」


どうやら父ではなかったようだ。
母は訝しげな顔をして私を見ている。
だが次の瞬間、母が息を呑んだのが分かった。


「ほ、ほんとですか・・・?はい・・・ええ・・・すぐ・・・すぐ行きます・・・!」




慌てたように電話を切る母に私は言いようのない不安を感じていた―





















逃げて行くは深い闇




絶望なんて知らなかった頃の あたしを思いながら



















 

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Postscript


おおぅ怪しい雲行きに・・・
つか殆ど管理人の好みで構成されてますな・・・(笑)
悠木くんが誰に似てるのか・・・赤西くんでも亀梨くんでもお好きな方でご想像下さい(オーイ)(バカモノ)


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】