この冬が終る頃には  凍った鳥達も溶けずに落ちる

















不安で飛べないまま・・・







 

 

 

 



Chapter.25 雨に消えた涙...03                 Only you can love me...










今日は朝から雑誌の取材、そしてPR用のVTRの撮影・・・
最後には映画会社のお偉いさんと会食、と目の回るような忙しさ。
俺は食事をしながらも、自分の親ほどの年齢の社長を気遣い笑顔のまま気を抜かないようにしていた。


「いやぁ、しかし娘が君の大ファンでね!後でサインくれるかい?」


社長は大きなお腹をゆすりながら何故か通訳の方を向いて話している。
するとその通訳が僕に今の言葉を訳してくれた。


「もちろんです」


僕は真っ直ぐ社長の顔を見て笑顔で返事をした。
すると社長は慌てたようにすぐに通訳を見る。


(・・・全く・・・こんな仕事、しかも社長なんてしてるなら今くらいの英語くらい直接理解して欲しい・・・)


内心そう思ったが、ここは長年この世界にいるものとして、そういう顔は一切見せない。
エマとルパートもいつも以上にニコニコしながら他の重役達と言葉を交わしていた。


そんな僕にとったら退屈としか言いようのない会食も終わり、やっと部屋へ戻った時。
フレッドが僕の部屋へやってきた。


「よ、お疲れさん!」
「フレッド~。はぁーほんと疲れたよ・・・」


爽やかな笑顔を見せるフレッドにそう言うと僕はソファに寝転がり、両腕を伸ばした。
何だか体がギシギシして疲労感を感じる。


「おいおい・・・。そんなダラけてちゃちゃんの家に行けないぞ?」
「・・・え?」


、という名前に反応して僕は慌てて体を起こした。


「もしかして・・・んちの行き方、分かったの?」
「ああ。こっちのスタッフに住所見せたら詳しい道筋とか教えてくれたよ」
「ほんと?じゃ、じゃあ早く行こうよ!」


そう言って慌てて立ち上がると、フレッドは苦笑しながら煙草に火をつけた。


「おいおい・・・ほんとにゲンキンな奴だな・・・。まあ待て。今レンタカー手配してもらってるから」
「・・・え、車ってでも・・・日本だよ、ここ・・・」


ドアの前まで行った僕はそのまま振り返って首を傾げた。
確か他の国で運転するには国際免許が必要なはずだ。
それくらい僕だって知ってる。
だが・・・フレッドはニヤリと笑うとポケットから免許証を取り出し、僕へと放った。


「・・・こ、これ・・・」


その免許証を見て驚いて顔を上げるとフレッドは得意げに煙を吐き出している。


「去年の終わりに取ったんだ。凄いだろ?」
「え、嘘・・・いつの間に・・・」


僕が唖然としてるとフレッドは苦笑しながら、「まあ、とりあえず座れよ。焦るな」と肩を竦める。
それには僕も顔が赤くなり、ソファへと座りなおす。


「彼女の家は・・・シロガネってとこらしい。まあ地図もあるしどうにかなるよ」
「・・・うん・・・サンキュ」


とにかくホっとして息をつくとフレッドは煙草の煙を吐き出しながらソファに凭れかかる。


「それより・・・お前、ちゃんに会ってどうするんだ?」
「・・・え?」
「やっぱり・・・卒業したらロンドンに来いって言うのか?」
「・・・うん・・・これ・・・チャーリーも調べてくれたしさ」


そう言って立ち上がると僕はクローゼットの奥からバッグを取り出し、その中から大きな封筒を出した。


「それは?」
「外国人向けのロンドンの高校の案内書。チャーリーがの志望してた高校とか選んでくれてさ」
「へぇ!いい友達じゃないか!」
「うん。チャーリーには今回ほんとは助けられた・・・。励ましてくれたし発破かけてくれてさ。
それで僕もに会う勇気が持てた時に・・・今回の日本行きが決まったんだ」
「そうか、そうか!ってことはこりゃ運命だな!お前とちゃんは運命で繋がってんだよ!」


フレッドは興奮したようにそんなことを言っている。
僕はフレッドの口から"運命"なんて言葉が出てくるとは思わず小さく噴出してしまった。
そこへ部屋の電話が鳴り響き、フレッドが慌てて出る。


「・・・はい、はい、じゃあすぐ行きます」


短い言葉を交わすと電話を切り、フレッドは煙草を灰皿に押しつぶした。


「レンタカーGet!ほら、行くぞ?」
「あ、うん・・・」


その言葉にドキっとしつつソファから立ち上がる。
外は寒いので急いでコートを羽織ると、チャーリーがくれた封筒を持ってフレッドに続いた。
そして行く前にエマとルパートに声をかけていくと、二人とも泣きそうな顔で、


「頑張ってね!絶対を呼び戻してよ!」
「頑張れ、ダン!ちゃんを攫って来ーい!」


なんて励ましてくれた。
その言葉に頷いて僕はフレッドと二人で駐車場へと向かうと用意してあったレンタカーに乗り込む。
時計を見れば午後2時過ぎでもこの時間だとまだ学校だろう。
でもつく頃にはちょうどいい時間かもしれない。


車が走り出し僕は軽く深呼吸をするとシートに凭れかかって窓の外を見た。
昨日から振り出した雨はいったん止んでいるようで空を流れる雲がいっそう早くなっている。


それを見上げながら僕は腕の中の封筒を握り締めた。



もう・・・僕の中に迷いはなかった―



















ピッピッピッピ・・・


そんな機械の音が響く以外、この部屋は静かだった。
母も口を聞かず、ただ黙って父の手を握っている。
私はその後ろで機械に繋がれている父を信じられない気持ちで見ていた。



あの電話は・・・父が会社で倒れた、という病院からのものだった。
そのすぐ後にも父の部下から電話があり、その人が父に付き添って一緒に病院まで行ってくれたらしい。
私は驚いている悠木くんに簡単に説明してから動揺している母を連れて呼んだタクシーで急いでこの病院までやってきた。
そこで見たのは・・・ストレッチャ-に乗せられ運ばれていく父の姿・・・
普段あんなに明るい父がピクリとも動かず、真っ青な顔で横たわっていた。
その姿を見て一気に涙が溢れた。







「クモ膜下出血ですね」
「・・・クモ膜下出血・・・」


その後、動揺している母に医者は淡々と説明しだした。


「ご主人はこのところ、かなりお忙しかったとか」
「・・・はあ・・・」
「この発作は過労やストレスなどが引き金になって起こりやすいんですよ。何か前兆のようなものがあったと思うのですが」
「・・・前兆・・・」
「ええ。発作の前ぶれとして頭痛が繰り返されることがあるんです」
「・・・そう・・・言えば・・・ここのとこ頻繁に頭痛薬を・・・」
「そうですか。そこで診断を受けにいくべきだったのですが・・・」


医者はそう言うとカルテを出して再び説明しだした。


「病変が脳の表面であるため、発作と同時に手足のマヒが起きることは少ないですが、
出血がひどく、脳の内側に及ぶと言語障害や半身麻痺を起こします。
この病気で一番怖いのが再発作です。24時間以内、または発作後2週間以内に再発する確率が高く、
再発時は最初よりも重症になることが多いため―」


医者の声が酷く遠くから聞こえてくるようだった。
だが突然母が泣き出してしまい我に返った。
それから必死に母を宥め、私が代わりに病状を聞いた。


「これから手術をして、まずは止血をします。それから本格的にクモ膜下出血に対する治療が開始されます。
それほど酷い出血でなければ麻痺も起こらないし大量の出血ですと脳が締め付けられて
意識障害や脳の破壊が生じますが、基本的には運動麻痺は出ませんよ」





医者は慣れてるのかアッサリとそう説明して手術室へと向かった。



その後、私は泣いている母を励ましながら手術が終わるのを待った。
止血だけという、その手術は思ったよりも早く終わり、夜中には父は個室の病室へと移され機械に繋がれた。
幸い出血はそれほど酷くなかったため、この後簡単な手術で済むとの事だった。
それまでは入院する事になる。
その後に待っているものは簡単なリハビリという事だ。


「・・・お父さん・・・働きすぎだよ・・・」


つい、そんな言葉が口から漏れる。
母はずっと父の手を握っていて、その線の細い背中がやけに小さく見えた。








"!お父さん、昇進したんだぞ?これでマイホームが買えるな!"


私が小学生の頃、嬉しそうにそんなことを言ってたのを思い出す。
あの日からすぐ土地を探して1年後には念願のマイホームが白金に建てられた。
なのに、その4年後・・・せっかくのマイホームを置いてイギリスへの転勤が決まったのだ。
いない間は親戚の人が時々掃除をしてくれる事になったが、父は少し寂しそうな顔をしてたのを覚えている。


確かに・・人よりいい生活をしてこられたのは父のおかげだ。
でも・・・こんな風に病気になっちゃったら・・・仕方ないじゃない・・・


私は悔しさがこみ上げギュっと唇を噛んだ。
カーテンの隙間からは太陽の日差しが入ってきている。
ふと気になり時計を見ると朝の7時になろうとしていた。
昨日から一睡もしていない事に気づき、私は母の肩にそっと手を乗せる。


「お母さん・・・少し寝て?お母さんも倒れちゃうよ・・・」
「・・・ええ・・・そうね・・・」


母はこっちを見ようとせず、それだけ呟いた。


「お母さん・・・私・・・今から家に帰って着替えとか持ってくるから・・・」
「・・・そう?じゃあ・・・頼むわね・・・」


そう言うと母は肩へ乗せている私の手をギュっと握った。
私もその手を軽く握り返し、そのまま病室を出る。
病院の朝は早い。
すでに何人かの患者達とすれ違う。
私はその中を重い足取りで歩いていった。


外に出ると夕べから振り出した雨が止んでいてホっとする。


(お父さん・・・頑張って・・・)


病院を見上げながら心の中で呟くと、私は冬の寒い風に首を窄め駅へと向かって歩き出した。






























前日の夕方――








「ここを・・・左、と・・・」


フレッドは地図を確かめながらハンドルを切ると、「この地図だと・・・もうすぐだぞ」とニヤっと笑った。
ただでさえ緊張していた僕は窓の外を眺めながらますます緊張してくる。
何やら高級住宅街といった感じの風景。
あちこちに大きな家が建っていて、その門構えも立派なものばかりだ。


(この近所にの家がある・・・)


そう思うと鼓動が一気に早くなっていく。


「おっと・・・ここを右か・・・。いやぁ住宅街って何だか迷いそうだな・・・」


フレッドはスピードを下げながら窓の外を眺めてそんな事を呟いている。
そして右に曲がろうとした、その時―
凄いスピードでタクシーらしき車がこっちへ曲がってきた。


「うわ・・・!」


フレッドも慌ててハンドルを切り、車を端に寄せる。
だがその車はそのまま大通りの方へと走り去ってしまった。


「何だよ、ったく・・・。こんな道でスピード出すなよな・・・。大丈夫か?ダン」
「あ、ああ・・・ビックリしたけど・・・何とかね」


僕はそう言って座りなおすと後ろを振り返ってみた。
だが今の車はすでに曲がってしまったのか、姿が見えなくなっていた。


それはほんとに一瞬のことで・・・だから僕は気づかなかったんだ・・・


そのタクシーに・・・が乗っていた事を――










「おい、ダン。あれじゃないか?」
「え・・・っ」


それから少し車を進めるといったん停車してフレッドが前を指差した。
ドキっとして身を乗り出すと少し離れたところに白くて大きな家が建っている。
表札があったが何やら日本語なので僕にはよく分からない。
だがその下に英語でのファーストネームが書かれていて鼓動が跳ね上がった。


「ここだ・・・」
「やっぱりそうか!はぁ~無事についたぁ~」


フレッドはそう言って息を吐き出すとハンドルを抱えるように項垂れた。
いくら国際免許を取ったといっても実際に知らない国の道を車で走るのには相当に注意を払ったんだろう。
家とは反対側の道路に車を止めるとフレッドは僕の頭にポンと手を置いた。


「ほれ、行って来いよ」
「う、うん・・・」


ボーっとの家を眺めているとフレッドが顔を上げてニヤリと笑う。
だが体が動かず、僕は大きく深呼吸をした。


この家にが住んでる・・・
やっと会える・・・あの日から何度夢に見たかしれない彼女に―


時計を見るとすでに夕方の時刻。
もう学校からも帰ってきてるだろう。
いや・・・どこかで寄り道をしてたら分からないけど、でもきっとの母親がいるはずだ。


「・・・行って・・・来る」
「ああ、頑張って来い!」
「うん・・・」


僕は意を決してドアを開けると車を降りてゆっくりと歩いていった。
一応被ってきたキャップを深く下げながら、ふと空を見上げると今にも雨が降り出しそうなほど雲に覆われている。


どうか・・・今日は降らないで欲しい・・・
あの別れた日を思い出して不安になるから・・・


一歩一歩足を進め、の家に近づいていく。
その途中、学生服を着た男子生徒が前から歩いて来た。
きっと僕と同じ年だろうと思わせる感じで、こっちに気づかず何やら気にする風に後ろを振り返っている。
僕は顔を見られないように下を向きながら、その学生とすれ違った。
そして門の前まで来た時にはすでに緊張で喉がカラカラだった。
一度息を吸い込み、そして吐き出す。
後ろを振り返ると車の中からフレッドが手を振っていた。
僕はちょっと頷くと、門の横にあるインターホンへと指を伸ばす。
そして一気に押すとかすかに中からキンコーンという音が聞こえてきた。
鼓動が異常なまでに早くなっているのを感じながら僕はいつ返事が返ってくるかと待っていた。
が、インターホンからは応答がなく、僕は首を傾げてもう一度ボタンを押してみた。


キンコーン・・・


再び音がする。
だが、やはり応答がなく、僕は一気に体の力が抜けた気がした。


「留守・・・」


よほど緊張していたのか、何だかグッタリしてきて車の方に振り返った。
するとフレッドも訝しげな顔をして両手を広げている。
僕は首を振ると再び車の方に戻っていった。


「どうした?」


窓から顔を出したフレッドが眉を顰めている。
僕は軽く息をつくと肩を竦めて、「ダメ。留守みたいだ」と言うとフレッドもガックリと頭を項垂れた。


「何だよ~留守か~!あ~俺まで緊張したよ・・・っ」


そんな事を言っているフレッドに苦笑しながら僕は再び助手席へと乗り込んだ。


「もう少し・・・時間あるだろ?待ってていい?」
「ああ。でも・・・帰る時間を考えると・・・1時間もないぞ?」
「・・・うん、分かってる・・・。でも・・・ここまで来てこのまま帰れないよ・・・」
「まあ、そうだな・・・明日にはニューヨークだし」


フレッドは軽く息をつくとシートに凭れかかり煙草に火をつけた。
僕も一気に緊張して疲れた体をシートに埋めると静かに目を閉じる。


「・・・でも・・・が毎日見てる風景の中にいれるなんて・・・それだけで嬉しいかも」
「へ?おいおい・・・随分とロマンティストになったな・・・」


僕の言葉にフレッドは苦笑いを零している。
僕もちょっと笑うと、「自分でもそう思う」と呟いた。




それから40分近くそこで待っていたが、の家には人が帰ってくる気配は一向になかった。









「タイムリミットだ、ダン」
「・・・うん・・・」
「次の仕事がある・・・」
「・・・うん・・・」


フレッドの言葉に頷く。
ここまで来たのに一目も会えないなんて凄くもどかしかった。
低く聞こえる車のエンジン音も煙草の吸殻で一杯になった灰皿も、そのどれもが聞いてるようで見てるようで、
全く僕の中には入ってきていなかった。


これを逃してしまえば・・・もうに会いには来れない。
明日からはまた世界のあちこちでPRをしてまわる旅が始まる。
僕はどうしても、今日、僕がここへ来た事をに伝えたかった。


「ね、フレッド・・・ペンある?」
「ん?ああ・・・ほら」


フレッドはスケジュール帳からペンを取ると僕に渡してくれた。
それを受け取り、持っていた封筒にへのメッセージを書く。


「それ・・・置いていくのか・・・?」
「うん・・・もともとに渡そうと思ってたんだし・・・その理由も書いておくよ」


外国人向けの案内書が入っている封筒。
その裏にメッセージを綴る。
彼女の両親になら、もし見られたとしても彼女にきっと渡してくれるはずだ。


「じゃ、これ入れてくる」
「ああ・・・」


フレッドにペンを返すと僕は再び車を降りての家の方に歩いていった。
そしてその封筒を郵便受けの中へと入れておく。
するとポツ・・・っと頬に冷たい雫が落ちてきて薄暗くなった空を見上げる。
その時静かに細かい雨が降ってきた。


「・・・また・・・雨か・・・」


僕は溜息をつくと封筒が濡れないように奥へと押し込む。
ちゃんと入ったのを確認すると急いで車へ戻った。


「やっぱ降り出したな・・・」


車に戻るとフレッドが軽く舌打ちをしてアクセルを踏んだ。


「・・・大丈夫か?ダン・・・」
「・・・え?ああ・・・まあ何とかね・・・。凄く・・・もどかしいけど・・・」
「そうだなぁ・・・。せっかく同じ国にいるのに・・・会えないんだから・・・」
「でもあれにホテルの名前と部屋番号を書いておいたし・・・遅くなっても今日見てくれれば連絡があるかもしれない」
「そうか。そうだな・・・それを祈るとするか!さ、その前に仕事だ」


フレッドはそう言うとさっきの運転で少し慣れたのか、徐々にスピードを上げていった。
























「あ・・・ここでいいです」


私がそう言うとタクシーの運転手は静かに家の少し手前で車を停車させた。
本当は駅前からバスで帰ってこようかと思った。
だが、やはり一睡もしてなくてつらいのと、この寒さに挫けて途中で走ってきたタクシーを捕まえて帰ってきてしまった。


「どうも・・・」


支払いを済ませた私は重たい体を何とか動かして外へと出た。
途端に冷たい風が吹き付け思わず目を瞑る。
朝早いからか、日中よりも気温が低いのだ。
私が足早に家の方に歩いていくと近所の人とすれ違う。
これから出勤なのだろう。
母と仲のいい近所の主婦の旦那さんは私に軽く会釈をするとバス停まで私と同じように足早に歩いていく。
その後姿を見送りながら、ふと父の背中を思い出した。


(お父さんも・・・こんな寒い時間から会社へ行ってたんだ・・・)


そう思うと胸が酷く痛む。
泣きそうになって慌てて深呼吸をすると、そのまま家の方に歩き出した。
門を開けてすぐに家に入ろうとポケットから鍵を出す。
が、その時ふと思い出し、私は郵便受けの方へと歩いていった。
中には昨日の夕刊と今朝入れられたばかりの朝刊が半分飛び出している。
このままじゃ近所の人も変に思うかもしれない。
軽く息をつくと扉を開けて新聞やら何かの広告らしきチラシまで一まとめに取り出した。
それを持って家の中へ入るといったんリビングに行ってそれをテレビ前にあるガラステーブルへと置く。
そのままソファに浅く腰をかけ溜息をついた。


「はぁ・・・眠い・・・」


体が凄く重たい。
目の奥もジンジンするし喉も少し痛かった。


(このままじゃ風邪引いちゃうかも・・・)


そう思いながらも何とか立ち上がると2階の両親が使っている寝室へと向かう。
クローゼットを開けて父のボストンバッグを出すと、次に着替えの入っている収納ボックスを開けた。
中からパジャマや下着を取り出し、何着か普段着もバッグに詰めるとそれを持って再び1階に下りる。


「・・・お腹空いたな・・・」


夕べから何も食べていない事を思い出した。
だが母も同じなのだから一人で食べていくわけにはいかない。
ふとキッチンを覗けば作りかけの夕べの夕飯の材料が出されたままになっていた。


「・・・行く前にコンビにで何か買っていけばいいか・・・」


暫く母は父につきっきりになるだろう。
夕べの手術も一応、といったものらしいし、本格的な治療はこれから始まるのだ。
後遺症が残りにくいとは言われたが、それなりに大変な事になるだろうと私は思っていた。


「今日は・・・学校行けないな・・・」


時計を見れば午前8時過ぎ。
そろそろ1時間目が始まる頃だ。
その前に担任に電話をしないと・・・


それを思い出し私は子機を手にとり短縮ダイヤルに入っている学校の番号を押した。
するとすぐに事務の女性が電話に出る。
担任の名前を告げ、少し待つといつもと変わらない元気な声が聞こえてきた。


「もしもし?か?どうしたんだ?今日は・・・」
「はい。あの・・・実は父が昨日、倒れまして・・・」
「な、何だって?」


体育が担当の担任教師は根っから真面目だ。
本気で驚いて私の事を心配してくれた。
私は大丈夫と伝え、今日だけは学校を休む事を告げると担任も「分かった。お母さんの傍にいてやれよ」と言ってくれた。


「ふぅ・・・」


やる事をやってしまうと少し気が抜けてソファに座ったままボーっとしていた。
だがふとポケットから携帯を取り出し、電源を入れてみる。
ずっと病院にいたので切ったままだったのだ。
すぐにメールチェックをすると2件のメールが受信された。
一つ目を開くとカオリからで次のはアヤだった。
二人とも似た内容で、


"悠木と一緒に帰ってどうだった?"
"悠木とどうなった?ちゃんと報告メールしてねん♪"


なんて事が書かれていて思わず苦笑がもれる。


「もう・・・呑気なんだから・・・」


それでも今の気分が少し明るくなる。
今、返信をしようかと思ったが、そうなると父の事も伝えないといけない。
メールでは長くなりそうだし明日、学校で会った時に説明しようと思って簡単な返事だけを打ち込んだ。


"今日はちょっと休むけど明日には行くからその時に"


それだけの文章を入れてすぐに送信する。
そして最後に留守電をチェックしてみた。
すると一件のメッセージがあるとなり、またアヤたちかな、とすぐボタンを押した。




『あ、えっと・・・俺・・・悠木だけど・・・』


「――ッ」




それはカオリでもアヤでもなく・・・悠木くんの声だった。


『病院・・・行ったんだから繋がらないって分かってるけど・・・心配でかけてみた・・・』


静かに話しているその声はどこか照れくさそうで、きっとこういうのが苦手な人なんだろうなと思わせた。


『あの・・・・・・大丈夫・・・か?って・・・大丈夫なわけねーよな・・・えっと・・・』


困ったようにブツブツ言っている声に、ふと笑みが零れた。
悠木くんは本気で心配してくれている。
それが伝わり少し胸が熱くなった。


『あのさ・・・俺は・・・何も出来ないかもしれないけど・・・何かあったら・・・飛んでくし・・・電話して欲しい・・・』


その優しい声に不意に涙が浮かぶ。


『・・・じゃあ・・・また・・・。あ、お前もちゃんと寝ろよ?はすぐ無理するとこあるからさ・・・。じゃあ・・・な』


そこでメッセージが終わったと同時に頬に涙が零れた。
張り詰めてたものが切れたように次から次に涙が溢れてくる。


「・・・っ・・・ありがと・・・・」


この気持ちが伝わるようにと・・・携帯を抱きしめてそう呟いた―





















まぶしい朝は  何故か切なくて







理由をさがすように 君を見つめていた






















 

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Postscript


ひゃー微妙にすれ違い・・・?!
ちょっと大変なことになってまいりましたね・・・(人事かっ)



本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】