夜 中  こ の 胸  焦 が し て










朝 日 が 僕 を 抱 い て










そ の う ち 君 の 声 も 名 前 も 












忘 れ る だ ろ う ・・・




 

 

 

 

 



Chapter.26 雨に消えた涙...04                 Only you can love me...






ガクッっと頭が垂れて僕はハっと目が覚めた。


「・・・いけね・・・寝ちゃってた・・・」


ソファに凭れかかったままの状態に気づき、軽く目をこする。
ふと時計を見れば、すでに午前7時過ぎだ。


(結局・・・からの連絡はなかった・・・)


その事実に僕は絶望すら感じていた。


ゆっくり立ち上がってポットにお湯があるのを確かめると僕はカップに紅茶葉を用意した。
カップにお湯を注ぐと紅茶のいい香りが漂ってきて少し頭がスッキリしてくる。
それを手に持つと僕は窓の方に歩いて行って紅茶を飲みながら少しだけカーテンを開けた。
すると窓に小さな雨粒がポツポツと当たっていて軽く溜息が漏れる。


「やっぱ雨か・・・」


それだけで今の気分をますます暗くさせる。
結局、朝まで待ったけどからの連絡はなかった。
それを僕への返事と受け止めるしかないんだろうか・・・


「はぁ・・・」


深く息を吐き出すとカップをテーブルに置き、ソファに身を沈めた。
寝てないせいで頭の奥がガンガンする。


今からでも少し眠ろうか・・・
ここを出るのは確か正午ちょうどのはず。
まだ眠る時間はある。


そう思うのに体が動かない・・・
久しぶりの脱力感が僕を襲う。
この感覚はが日本に帰ってしまった時以来だった。


あの封筒に今の僕の気持ちを全て書いた。
それでも・・・が連絡してこなかったという事はもう彼女は僕を忘れたって事なんだろうか。
せめて・・・電話くらい欲しかった・・・


不意に目頭が熱くなり慌てて手で擦る。
そのまま一気にソファから立ち上がるとベッドルームに飛び込んでベッドにダイヴした。


・・・君は・・・今、何を考えてる・・・?
僕が日本にいる事を知って・・・何を思った・・・?
それとも・・・もう過去の事と割り切って今を生きてるのかな・・・


僕は・・・未だにの事を過去になんて出来ないのに。



ギュっと目を瞑って布団に潜り込む。



彼女と本当に終わりなんだという事実を追い出すように―




















家に着替えを取りに行って再び病院にやってきた。
その前に目の前にあるコンビニでちょっとしたお弁当を買った。
少しでも食べないと母まで倒れてしまう。


さっきよりも人が多くなってきた廊下を急ぎ足で歩いて行く。
病室についてそっと扉を開けると中はカーテンが開けられ、さっきよりも明るくなっていた。
私が病室に入るとベッドの隣に座っていた母がパっとこっちへ振り返った。


「やだ、お母さん・・・寝ててって言ったのに・・・」
・・・お父さんが・・・」
「え・・・?」


母は目に涙を溜めていて、それを見た瞬間ドクンと鼓動が跳ね上がった。


(まさかお父さんに何か――)


だが次の瞬間、目に飛び込んできたのは―






「・・・おう・・・・・・か・・・」


「―――ッ」





弱々しげながら私を見て微笑んでくれた父の姿―





「お・・・お父さん・・・意識戻ったの・・・?」
「ええ、さっき・・・」


母は目頭を指で拭いながらホっとしたような笑顔を見せた。
だが今度は私の瞳にぶわっと涙が浮かぶ。


「・・・バカ・・・」
「・・・え?」
「お父さんのバカ・・・!すっごい心配したんだから・・・!」


ホっとしたあまり私はついそう怒鳴ってお父さんの方に歩いて行った。
そして母とは反対側へ膝を突くと父の手をギュっと握り締める。


「・・・すま・・・ないな・・・心配・・・かけて・・・」
「・・・お父さ・・・」


父はそう言って私の手を力のない手で握り返してくれた。


「・・・・・・ッ」


溜まらず顔をベッドに突っ伏して私は泣いた。
まるで子供のように声を上げて・・・


その間も父はずっと私の頭を弱々しい手で撫でてくれていた。











その後、担当の医者と話したが、今のところは大丈夫だという事だった。
次の手術をする日まで少し体力をつけなくちゃならないようだが付きっ切りでいるほどの事じゃないと言われて私はホっとした。


「じゃあ・・・お父さん・・・また明日、学校が終わったら来るね?」
「ああ・・・分かっ・・・た」
「あ、お母さんが起きたら、そこのお弁当食べさせて?夕べから何も食べてないから」
「・・・そ・・・か・・・分かったよ・・・」


父はそう言って優しく微笑んだ。
母はというと父が意識を取り戻して心の底から安心したらしい。
医者の話を聞いて戻った途端、隣の空きベッドで熟睡してしまった。
そこで私が父についていようと思ったのだが、"お前は家に帰って休みなさい"と父が言った。
それでも私がついてると言うと苦笑気味に、「お父さん・・・も・・・眠いんだ・・・」と笑った。


私がいたらかえって気を遣わせて疲れさせてしまうかもしれない、と思い、そこは仕方なく承諾した。
それに私は明日は学校がある。


「じゃ・・・今までの分、ゆっくり休んでね」
「ああ・・・そうだ・・・な」
「じゃ・・・明日」
「・・・明日・・・」


私は最後に父に手を振ると静かに病室を出た。






「・・・良かった・・・」


一人になると、ついそんな言葉が洩れる。
父と話が出来たからか、疲れてはいても少しだけ気分も軽くなったのだ。
そのまま病院を出ると前に止まっていたタクシーに乗って再び家へと帰った。








「はぁ・・・もうダメ・・・」


家に着くといったんキッチンに行って出しっぱなしだった夕飯の材料を冷蔵庫へしまい私はソファに倒れこんだ。
ホっとしたと同時に一気に体がだるくなって睡魔が襲ってくる。


あ~こんなとこで寝たら風邪引いちゃう・・・
部屋に戻らないと・・・


何とか体を起こし座りなおした。
まだコートを着たままだったので脱ごうとして、ふと視線がテーブルの上に行った。
そこには先ほど郵便受けから持ってきた新聞や広告、あと請求書のような封筒がある。
さっき無造作に置いたので、それらがテーブルに少し広がっていた。
その中に一つだけ大きな封筒があり、私はコートを脱ぐ手を止めた。


(何だろう?英語で書いてある・・・)


その封筒の表に印刷された英語文字が書かれていてドキっとした。
こんな封筒は前にも見たことがある。
ロンドンに転校する際に向こうの学校の資料を取り寄せた時だ。


(まさか・・・お母さんが私に内緒で向こうの高校の資料でも取り寄せたんだろうか・・・)


ふと、そんな事を思い、すぐその大きな封筒を手に取り中を覗いてみた。


「・・・やっぱり・・・」


中に入っている数枚の紙を出してみて私はそう呟いた。
それは思った通りロンドンの高校に入るための資料や案内書だった。
しかも何校かあり、かつ私が行きたいと思っているような高校ばかり。
それにはちょっと驚いた。


もしかして・・・お母さんは私の事を思ってこんなものを取り寄せてくれたのかな・・・
私が・・・辛い思いをしてると思って・・・
お父さんは・・・高校生で一人で行かせるのは心配だから大学に入るときに、と言っていたけど、
お母さんはどうしても行きたいなら高校からでも・・・と言ってくれた事があった。


「もう・・・お母さんたら・・・」


そう呟くも内心嬉しくて笑みが洩れる。


でも・・・気持ちは嬉しいけど・・・やっぱり向こうの学校なんて無理よね・・・
お父さんが入院なんてしちゃったんだから・・・
お父さんをお母さん一人に任せて私だけロンドンになんて行けないし・・・それに行けばお金だって色々とかかる。
お父さんが倒れた今、それは避けなければいけない事だ・・・。


そう思いながら案内書の紙を封筒に戻そうとした時、ふと裏側に何か走り書きされてる事に気づいた。


「何これ・・・何が書かれて―」


封筒を裏返して見た瞬間、鼓動がドクンと跳ね上がって言葉を失った。


そこには・・・見覚えのある字で"TO..."と書かれていたから――







「・・・ダン・・・?」





声が震えて瞳からは一気に涙が溢れてきた。
封筒の裏にはダンから私宛にメッセージが書かれていた。




"TO...  


ダンです。突然ごめん。
もしかしたら知ってるかもしれないけど僕は今映画のプロモーションで日本に来てます。
今日は少し時間を空けてもらってに会いに来た。
・・・この封筒を渡しに。
中にある案内書はチャーリーが用意してくれたものだよ。
チャーリーがが行きたそうな高校を選んで調べてくれたらしい。
そしてこれを僕に渡す際に、"まだ好きならに連絡しろ"って言ってくれたんだ。
だから僕はこれを最後のチャンスと思って日本に行ったらに会いに行こうと決めていた。
でも少しの間、待ったけど会えなかったのでこれを置いて行きます。


、僕の気持ちは変わってない。
今でも君の事を想っています。
出来たら・・・もう一度ロンドンに来て欲しいとも・・・
今は時間がないので、これ以上の事を待っていられないけど・・・これを見たら連絡して欲しい
もう一度だけ会ってきちんと話がしたい。
僕は明日の午後2時の飛行機で日本を発ちます。
それまでに連絡が欲しいんだ。
急に来てこんな事を言っても迷惑かもしれない。
でも、もう一度だけ僕の我がままをきいて欲しい・・・
ホテルと部屋番号も書いておきます。
君に会いたい・・・連絡待ってる。


FROM...ダン




メッセージの最後に泊まってるホテル名と部屋番号が書いてあった。
その文字が涙で滲む。


ダン・・・昨日・・・ここへ来てくれてたの・・・?
私に会いに・・・


もしかしたら・・・もう私の事なんて忘れたかもしれないとさえ思ってた。
でも・・・


"今でも君の事を想っています"


その言葉が胸の痛みを消し去ってくれるように響いた。
そしてハっと顔を上げる。


「い、今何時・・・?」


慌てて時計を確認すると午前11時になるところだった。


「まだ・・・間に合うかも・・・」


私はソファから立ち上がると、ホテルの番号を調べるのに104へとかけた。
番号が分かると急いでホテルへかける。
フロントの女性が出るとダンの部屋番号を告げて呼び出してもらった。
少しの間ドキドキしながら待っていると、


『・・・申し訳ございません。お出になりません』
「え・・・出ないって・・・。あの・・・その部屋の人、チェックアウトは・・・」
『いえ、チェックアウトは12時となってますのでまだで御座います。もしかしたらお休みになられてるか出かけてらっしゃるかと・・・』
「そ、そうですか・・・分かりました。ありがとう御座います」


そこで電話を切って息を吐き出した。
今のだけでかなり緊張したのだ。


(ダン・・・まだホテルにはいるんだ・・・。チェックアウトは12時・・・)


そう思った瞬間、私はすぐに家を飛び出した。


(・・・急がないとダンが帰っちゃう・・・!)


私は直接ホテルへ行こうと大通りに出てタクシーを拾った。
ホテルの名前を告げて急いでくださいと付け加える。
車が走り出すと私は思い切り深呼吸をしてシートに凭れかかった。


別に答えが出ていたわけじゃない。
でもあのメッセージを読んでダンに会わなければ、と思ったのだ。


(忙しい合間を抜けて私に会いに来てくれた・・・)


そう思っただけで今すぐダンに会いたくなる。


私は祈るような思いで流れる景色を見つめながらギュっと手を握り締めた。























「ダン・・・ダン・・・?」
「・・・ん・・・」


体が揺さぶられる感覚で僕は少しづつ意識がハッキリしてきた。


「おい、ダン起きろ。時間だぞ」
「・・・フレッド・・・」


すぐ近くでする声の方に顔を向けながらも目がなかなか開けられない。
だが布団をガバっと剥がされ、一気に寒さを感じて僕は飛び起きた。


「・・・さむぃ」
「起きたか?ったく・・・爆睡しやがって・・・」


顔を上げれば苦笑気味のフレッドが僕を見下ろしていた。


「フレッド・・・あれ・・・何でここに―」


寝た時は一人だったのに・・・と首を傾げると、フレッドに頭を小突かれた。


「バカヤロ。モーニングコールしたのに全然でないからフロントに行って合鍵借りてきたんだ」
「・・・え、嘘・・・電話なんてくれた?」
「したよ、何回も!でも出ないし、もしかして・・・と思ったら案の定グッスリ眠りこんでるし参ったよ」
「・・・あー・・・ごめん」


僕は目を擦りながら誤ると深く息をついた。
それを見たフレッドは僕の頭にポンと手を乗せる。


「もしかして・・・朝まで寝ないで待ってたのか?ちゃんからの連絡・・・」
「・・・うん・・・。でも・・・来なかったよ・・・」
「・・・そうか・・・」


フレッドはそれ以上何も聞いてこなかった。


「もう11時半だ。急いで用意しろ。12時チェックアウトだからな」
「・・・分かった」


僕は溜息をつくとベッドから出てバスルームへと向かった。
フレッドはその間エマやルパートの様子を見てくると言って部屋を出て行く。
バスルームへ行くと一気に熱いシャワーを出して顔から浴びた。
まだボーっとしている頭をスッキリさせたかった。


もう日本を発たないといけない・・・
に会えないまま・・・何も話せないまま・・・
本当に・・・さよならしないといけないんだ。
それが・・・彼女の出した答えならば―



思い切り頭を振ってシャワーを顔にかけた。


















「おはよ、ダン」
「・・・おはよう、エマ」
「・・・・・おはよー」
「おはよう、ルパート」


チェックアウトの用意を終えてロビーにあるラウンジに行くと、すでにエマとルパートも来ていて二人で紅茶を飲んでいた。
僕もエマの隣に座ると注文を取りに来たウエイトレスに、「紅茶を・・・」と頼む。
そして体を凭れると軽く息をついた。


「・・・寝れたか?」


向かいにいるルパートが気遣うように僕を見た。
きっとフレッドから全て聞いたんだろう。
二人ともの事は一切聞いてこない。


「ん・・・少しね。でも眠いし飛行機の中でもう一度寝るよ・・・」
「そうだね。その方がいいよ。これから暫くハードだしさ・・・」
「うん・・・そうだな」


ルパートの言葉に素直に頷くと二人ともホっとしたように笑顔を見せた。
そこへ紅茶が運ばれてくる。
少し冷ましながらゆっくり飲むと体がじんわりと暖まってきた。
今朝の東京も寒い。
降ったり止んだりを繰り返している雨でいっそう気温も下がっているようだ。


「外また降り出してたよ」


ルパートが顔を顰めて出入り口の方を見る。
僕は今朝のことを思い出して頷いた。


「・・・ああ、そう言えば・・・降ってたな」
「やだなぁ・・・。ニューヨークだって寒いだろうし・・・あっちは雪かも。あーあ。寒い場所ばっかだね」


ルパートが溜息混じりに呟いた。
適当に相槌を打ちながら腕時計を見ると午前11時57分になるところ。
そろそろフレッドが全員のチェックアウトを終わらせて戻ってくるはずだ。
そしたら僕らは空港に向けて出発する。


この時の僕は・・・心のどこかで・・・もしかしたらが来てくれるんじゃないか・・・と、まだ小さな望みを抱いていた。





















「あぁ・・・前が渋滞してるね・・・」


タクシーの運転手は溜息をつくとスピードを下げていった。
その言葉に私は少し身を乗り出してみたが確かに前が長い列になっているのが見える。


「すみません・・・急いでるんです・・・っ」
「そう言われてもねぇ・・・。この様子じゃちょっと時間かかっちゃうなぁ」
「そんな・・・」


私は焦って時計を確認する。


(いけない・・・もう11時半過ぎだ・・・)


思ってたより道が混んでて20分かかるところを30分以上もかかってしまった。


(どうしよう・・・このままじゃ間に合わない・・・)


ノロノロとしか進まない車にイライラしながら私はどうしようかと考えをめぐらせた。
だがすぐにバッグからお財布を出すと運転手に声をかける。


「すみません。ここで下ります」
「え?でも・・・ここから歩くとなると10分以上はかかるよ?」
「いいんです!あの・・・いくらですか?」


私は驚いている運転手にお金を支払うと、すぐ車を下りてホテル方向へと走り出した。
小雨が顔に当たり、持ってきた傘をタクシーに忘れた事を思い出したが取りに戻る時間すらもったいない。
そのまま雨の中を必死に走っていく。


(お願い・・・まだいて・・・!)


空気が冷たくて喉の奥がヒリヒリしてくる。
でも顔に雨があたって目の前が霞んでも私は走りつづけた。
今、ダンに会わなければ誤解されたままで終わってしまう。
きっと・・・私が連絡しなかった事を私の"答え"としてダンは受け止めるだろう。
本当の事を言えば・・・今この時点で答えなんて出ていない。
ロンドンの高校を受けるかどうか・・・それは今すぐ答えの出る問題じゃない。
お父さんの事もあるから私一人で簡単に出せるものでもない。
でも今はただダンに会いたかった。
会って・・・その時に思ったことを言えばいい・・・そう思った。


暫く大通りを走っていくとダンの泊まっているホテルが見えてきた。
一度立ち止まって呼吸を整える。
喉の奥が痛くて息苦しい。


それでも私は最後の力を振り絞ってホテルの方へ再び走り出した。





何とかホテルへ辿り着いた時には12時5分前だった。
だがホテル前の歩道にはファンらしき子たちが沢山いて私は思わず足を止めた。


「ほら!下がって!危ないよ!」


警備員が5人、ファンたちの前に立ち、大きな声を張り上げている。
その光景にちょっと驚いたが私はそのままホテルへ行くのに道を渡ろうと歩き出した。
だがそんな私に気づいた一人のファンが、「ちょっとー!あの子ホテルに行こうとしてるんだけど」と警備員に文句を言っている。
あ、っと思った時には警備員の一人が怖い顔で私の方に走ってきた。


「君!ここから向こうへ渡っちゃダメだ!」
「あ、あの―」
「いいからお見送りはここからするように!」


私の腕をグイグイ引っ張りながら、その警備員は私をファンが集まっている方へと連れて行こうとする。
それには驚いて何とか腕を放してもらおうと、「違うんです!私はファンじゃないです!」と言ってみた。
だが警備員は私をジロジロ見ながら苦笑を洩らした。


「嘘つくんじゃない。君はどう見たって中学生くらいだろう?普通ならこの時間、学校にいるはずだ」
「そ、それは―」
「どうせお見送りしたいからってサボって来たんだろう。サボったのは見逃してあげるから大人しくここにいなさい」
「え、あ、あの困ります・・・!」
「君らファンにロビーに入られたら困るのはホテル側なんだよ!そうしたらお目当ての俳優さんたちにも迷惑がかかるんだぞ?」
「・・・・・・っ」


そこまで言われると何も言えなくなり、私は言葉につまってしまった。


(どうしよう・・・こんなとこにいたってダンに気づいてもらえないし、まして話なんか出来るはずがない・・・)


しかも私はファンの子たちの後ろの方に連れて行かれたので反対側がよく見えない位置だった。


(甘かった・・・まさかファンがこんなに集まってるなんて・・・もっと目立たないよう離れた場所から渡れば良かった・・・)


少し後悔しながら腕時計を見れば時間はすでに12時を回っていた。


チェックアウトの時間・・・
となればダンたちはもうすぐホテルから出てくる・・・


そう思えば思うほどに気持ちが焦り、前の方に足が動く。
だが目の前の子にジロっと睨まれ、「ちょっと!横入りしないで!皆、夕べから場所取りしてるんだから!」と怒鳴られた。


「ご、ごめんなさい・・・」


私は謝ると仕方なく後ろへと下がった。
が、その時、一気に甲高い声が上がった。


「キャー!ダンよ!」
「キャァ~!こっち見てない?!」


「―――ッ!」


それを聞いて私は何とか背伸びをしてホテルの方を覗いてみる。
するとチラっと車に乗り込むエマとルパートが見えた気がした。


「エマ!ルパート・・・!!」


つい叫んでしまったが距離があるから届くはずもない。
私は辺りを見渡し、ファンの子が途切れている端へと歩いて行った。
そこからはホテルの入り口は見えない。
なので他の皆は入り口が見える中央へと集まっていた。
でも・・・空港へ向かうなら車はこっちへ曲がるはずだ。
そう考え、その場に立つとホテルの方を見てみた。
そこからはかろうじて止まっているワゴン車が見えるくらいだ。


(ダン・・・会えないなら・・・せめて私が会いに来たという事だけでも気づいて・・・)


祈るような思いで体を前に乗り出す。
するとファンの子たちの歓声がまた大きくなった。


「ダン~~!!」
「・・・っ」
「あー車に乗っちゃう!ダンーー!!!」


その言葉に鼓動が早くなった。


(ダンがすぐそこにいる・・・!!)


そう思うと胸がギュっと痛くなった。
その時、ワゴン車がゆっくり動き出し、ドキっとする。


「キャ~!!ダン~~!!」
「あー窓開けて手を振ってる!!」
「キャ~ルパート~!!エマ~~!!」


ワゴン車がホテル前の私道から大通りの方にゆっくりと出て来たのが私にも見えた。
ファンの子が言ってたようにワゴン車の窓が全開になっていて誰かが手を振ってるのが分かる。


あれは・・・ルパート・・・?!
その隣にいるのはエマだ・・・
じゃあ・・・ダン・・・ダンは――


更に体を前に出すとワゴン車がこっちの方へ走ってきた。
すぐ曲がるからか、それほどスピードは上げていない。
私は必死にダンの姿を探した。


「―――ッ」


その時、エマの隣、私のいる方から反対側の座席にダンが座っているのがチラっと見えた。


「・・・ダン・・・!!!」


ダンの姿を見た時、私は思い切り叫んでいた。
窓が開いてるのだから、もしかしたら気づいてくれるかもしれない。
そう思って車が目の前に来るのを待つ。
だが最悪な事に車が移動すると大勢のファンの子も私の方へと移動してきた。


「キャ~!!ダン、こっち向いて~!!」
「ダン~!」


気づいた時には遅かった。
叫びながら走ってきたファンの子がドンっと勢いよくぶつかってきて私はよろけてしまった。
しかもその後ろからも走ってくる子がいて私の方なんて見ないで車の方に向かって手を振っている。
そのせいで、もろにぶつかり、私はその場に転んでしまった。


「・・・いた・・・っ」
「ちょっと邪魔よ!ボケっと突っ立ってないで!」


高校生くらいの女の子はそう怒鳴ると、私をまたいで走っていく。
文句の一つも言いたかったが今はそんな事をしてる場合じゃない。
足が痛むのを堪えてすぐに立つと車の方に視線を向ける。
ワゴン車はまだそこにいた。
ちょうど信号が赤になって曲がる前に止まったようだ。


「ダン・・・」


それを見て、まだチャンスはあると、もう一度車の方に走り出した。


「ダン・・・!!ダン~!!!」


ファンの子の間をすり抜けるようにして走りながら思い切り叫んだ。
だが周りに人が多すぎて向こうから私が見えるかどうか分からなかった。


「ダン・・・・!!」


もう一度叫んだ時だった。
信号が青になりワゴン車はゆっくりと走り出した。


「待って・・・!ダン!!」


必死に走りながら大きな声でダンを呼ぶ。
だけど顔を出して手を振っていたルパートも気づいていないのか角を曲がった時には窓を閉めてしまった。


「・・・ダン!!」


ファンの子は車が曲がったと同時に追いかけるのをやめた。
だが私は曲がった後も追いかけて叫んだ。
その時前から歩いてきたサラリーマンとぶつかり、再び転んでしまった。


「危ないな!気をつけろ!!」
「―――ッ」


サラリーマンは怖い顔で怒鳴ると行ってしまった。
私は立ち上がることの出来ないまま、どんどん小さくなっていく車を見つめながら悔しさで唇を噛んだ。


「・・・ダン・・・!!」



震える声でそう叫んだ時には小さくなった車が涙で滲んで揺れているように見えた―























「・・・・・・?」


「え?」


僕がそう呟くと窓を閉めていたルパートが驚いたように振り返った。


「どうしたの、ダン」
「今・・・今の声がしなかった?」
「えぇ?」


ルパートがギョっとした顔で僕を見る。
だけど僕はかまわず車の後ろを見ると、今曲がった角がどんどん離れていく。


「お、おいダン、また幻聴?」


必死に後ろを見ている僕にルパートが苦笑しながら呟いた。
その時、あの角から一人の女の子が走ってくるのがかすかに見えてドキっとした。


・・・・!」
「え?マジで?!」


僕が後ろの窓に顔を近づけて叫ぶとルパートも慌てて振り返っている。
それにはエマも驚いたように窓を開けて顔を出した。
だがルパートは溜息をついて僕を見た。


「ダン~・・・。あんな離れてちゃ誰だか分からないだろ?きっとファンの子だよ・・・」
「で、でも・・・の声が・・・」
「だから幻聴だって。なら来る前に電話かけてくると思うしさ」
「・・・・・・」


ルパートにそう言われて僕も言葉につまった。
それに今走ってきた子もハッキリ見えたわけじゃない。
何となくかもしれない、と思っただけだ。
彼女の声が聞こえた気がしたから・・・



「おい、ダン・・・大丈夫か?」


僕がボーっと後ろを見たままなのを見てルパートが心配そうな顔をしている。


「・・・ごめん・・・でも・・・本当に聞こえた気がしたんだ・・・。"ダン"って・・・僕を呼ぶ声が・・・」
「・・・ダン・・・ごめん・・・僕には・・・聞こえなかったよ・・・」
「・・・・・・・・・」


ルパートはそう呟くと目を伏せた。
エマやフレッドも黙って首を振っている。
それを見て僕は思わず苦笑した。


「そっか・・・。そうだよね・・・」
「ダン・・・から・・・連絡なかったんでしょ・・・?」
「・・・うん」


そうだ・・・こんな場所に・・・いるはずなんてないのに・・・
もし来るとしても先に電話をかけてくるだろう・・・
でも・・・連絡はなかった。
そう・・・それがの答えなんだ・・・


僕はギュっと唇を噛むと暫く窓の外を眺めていた。



東京の街が雨で霞んでいるから、ひどく寒そうに見えた――



















あれからどうやって帰ってきたのか分からない。
気づけば私は家の近くを歩いていた。
擦れ違う人が訝しげな顔で私を見ていく。
この雨の中、傘も差さず、ずぶ濡れで、しかも膝を何箇所も擦りむいて血が出ているのだ。
でも私は全身の力が抜けて、もうどうでも良かった。


バカな私・・・こんなに後悔するなら、あの時ダンの手を離さなければ良かったんだ・・・


"どうしたらいいか二人で考えよう"


そう言ってくれたダンの手を・・・自分から離してしまった――


でも・・・あの時はそうするしかないように思えた。
まさか・・・ダンが会いに来てくれたからって、こんなに簡単に揺らぐようなほど脆い決心だったなんて。
自分でも笑ってしまう・・・


ギュっと唇を噛んで涙を堪えながら家までゆっくり歩いて行く。
寝ていないせいで酷く疲れていた。
頭も体も重たく、さっき思い切り走ったからか足もフラついてしまう。


「・・・ッ」


一瞬クラっときて近くの電柱に手をついた。
眩暈にも似た感じで頭の奥がジンジンしてくる。


(・・・もう少し・・・もう少しで家だから・・・)


そう言い聞かせ何とか歩こうとした。
その時―






「・・・?!」


「―――ッ」





その声にハっと顔を上げると、前から悠木くんが走ってくるのが見えた。


「どうしたんだよ、こんなに濡れて・・・!それにこの怪我―」
「悠木・・・くん?どうして・・・」


何故、彼がここにいるのだろうと私はボーっとする頭で思っていた。


「心配だから学校の帰り、お前んち来てみたんだ・・・。でも誰も出ないしまだ病院かと思って帰ろうと思ってたらが見えたから・・・」
「・・・悠木くん・・・」
「そ、それより風邪引くだろ?早く家に帰れよ」
「あ・・・」


悠木くんは私の手を取って家の方向へと歩き出す。
驚いたが私も何とかそれについて行った。
家の前まで来て鍵を開けると悠木くんがフラついている私を支えてリビングに連れて行ってくれた。


「大丈夫か・・・?」


私をソファに座らせると悠木くんは自分のハンカチを出して私の濡れた頬を軽く拭いてくれた。


「ああ・・・こんなに濡れてちゃ無理だな・・・。おい、タオルはどこ?」
「え・・・?あ・・・廊下の奥のバスルームに・・・」
「そっか、持って来ていいか?」
「・・・うん」
「よし。じゃあ待ってろよ」


悠木くんはそう言うとリビングを出て行ったが、すぐにバスタオルを持って来てグッタリしている私の髪や服を拭いてくれる。


「そう言えば・・・お父さん、大丈夫なのか?」
「え?あ・・・うん・・・。今朝、意識が戻ったの」
「そっか!良かったな・・・!」


悠木くんはホっとしたように笑顔を見せてくれた。
だがかすかに私が震えてる事に気づくと心配そうな顔をした。


「寒いだろ・・・」
「・・・だ、大丈夫・・・」
「大丈夫って・・・こんな震えてんのに・・・。あ・・・シャワー入って体温めて来いよ」
「い、いいよ・・・」
「よくないよ。このままじゃ風邪引いちまう・・・。ほら、早く」


悠木くんはそう言うと私の手を引っ張ってバスルームへと連れて行く。


「あ、あの・・・」
「いいから早く入って来いよ」
「う、うん・・・」


促されるまま私は頷き、バスルームのドアを閉めた。
確かに体は冷え切り、少しゾクゾクする。
私はびしょ濡れの服を脱いで洗濯機にそれを入れると、すぐにシャワールームへと入った。
お湯の温度を調節して暖かいシャワーを頭から浴びる。
擦りむいた膝にお湯が染みてヒリヒリしたが、体を温めると事で少し気分も落ち着いてきた。


(悠木くん・・・心配して来てくれたんだ・・・・・)


冷えていた体が暖まってくると同時に心までが少し温かくなった気がして軽く息を吐き出す。
さっきは驚いたが、こうして悠木くんのペースにのまれる事で落ち着く事が出来た。
そのまま体を温めると、ついでに髪を軽く洗ってからバスルームを出た。
だがそこで着替えがない事に気づく。


(いけない・・・服持って来てなかった・・・)


私は濡れた髪を拭きながら慌てて脱衣所にあるクローゼットを開けた。
そこには家族用のバスローブが入っているのだ。


(しょうがない・・・これ着て部屋まで取りに行こう・・・)


体も拭き終わると自分のバスローブを着てから静かに廊下に出る。
そして、そっと2階へ行こうと階段を上がりかけた時、


・・・?出たのか?」
「―――キャッ」


気配を感じたのか、不意に悠木くんがリビングから顔を出した。


「わ・・・!ご、ごめん!」


彼は私がバスローブ姿なのを見てギョっとした顔で再び中へ引っ込んでしまった。
それには私も恥ずかしくなり慌てて2階へと駆け上がる。


「・・・はぁ・・・ビックリした・・・」


自分の部屋に入って思い切り息を吐き出した。
すぐに着替えを出すとバスローブを脱いで着替えを済ませる。
その後に濡れた髪をちゃんと乾かしてから下へと戻った。



「あ、あの・・・ごめんね?着替え忘れちゃって・・・」


リビングで座って待っていた悠木くんにそう言うと彼は少し顔を赤くしながら首を振った。


「い、いや・・・さっき俺が強引にバスルーム連れて行っちゃったし・・・」


私から視線を外し、悠木くんは照れくさそうに頭を掻いた。
だがふと私を見ると、


「おい、怪我、消毒しないと・・・」
「え?あ・・・」


そこで思い出し私は自分の膝を見た。


「ったく・・・どうしたんだ?ずぶ濡れで帰ってくるし怪我はしてるし・・・」


悠木くんは私の隣に座ると心配そうな顔で聞いてきた。
それに答える事が出来ず俯いていると、彼は小さく溜息をついた。


「まあ・・・話したくないならいいけど・・・まず傷の手当てしよう?救急箱は?」
「あ・・・あの棚の左下に・・・」
「・・・あそこ?」
「うん・・・」


私が頷くと悠木くんはソファから立ち上がって救急箱を持ってきてくれた。


「あーあ・・・結構ひどいぞ?転んだのか?」
「・・・うん・・・ちょっと。あ、自分で―」
「いいよ」


悠木くんはそう言ってコットンに消毒液を染み込ませると私の膝に軽く当ててくれた。


「・・・つっ」
「染みるか?」
「・・・だ、大丈夫・・・」


私が首を振ると悠木くんは傷の周りを丁寧に拭いてから新しいコットンで、もう一度消毒をしてくれた。
そして大き目のカットバンを貼ってくれる。


「これでよし、と・・・」
「あ・・・ありがとう・・・」
「いいよ、そんな」


悠木くんは消毒薬を救急箱にしまうと、それを元に戻して再び隣に腰をかける。


「あ、お茶・・・淹れるね?」


そう言って立ち上がると彼は慌てて私の腕を掴んだ。


「い、いいよ・・・俺すぐ帰るし」
「え?」
「心配で・・・ちょっと様子を見に来ただけなんだ・・・。それと・・・」
「・・・?」


悠木くんはそこで自分の鞄を開けると中からコピー用紙を数枚取り出した。


「これ・・・今日の授業の内容。ノート取ってコピーしたんだ」
「あ・・・ありがとう・・・」


その紙を受け取ると悠木くんは嬉しそうに微笑んだ。


「いいよ・・・。じゃあ俺は帰るな?」
「え・・・でも・・・お茶くらい飲んでいって?」
「・・・だって・・・、疲れてるだろ・・・?寝てないんじゃないか?」
「寝てないけど・・・今はシャワー入って目が覚めたわ?ね、紅茶淹れるから・・・待ってて?」
「あ、おい―」


私はすぐキッチンに行くとお湯を沸かして紅茶を淹れた。
今は何となく一人になりたくなかったのだ。
一気に色々なことがあって心細かった。


紅茶を淹れてリビングに戻ると悠木くんがハっとした顔で私を見た。


「・・・?どうしたの・・・?」


彼の顔が強張ってるのを見て私は首を傾げた。
だが悠木くんがあの案内書を見てるのに気づき、ドキっとする。


「あ・・・」
「これ・・・ロンドンの高校の案内書だよな・・・?」
「・・・・・」


言葉につまり私は紅茶をテーブルに置くとソファに腰をかけた。


「うん・・・」
・・・向こうに戻るのか・・・?」


悠木くんは不安げな顔で私を見ている。
だが私は軽く息をつくと首を振った。


「ううん・・・」
「じゃあ何でこんなの・・・」
「それは・・・」


なんて答えていいのか迷った。
すると悠木くんは封筒を手にして、「これ書いたのって・・・が忘れられないって奴?」と言った。


「え・・・?」
「俺バカだし何て書いてあるのかサッパリ分からないけどさ・・・そうなんだろ?」


悠木くんはそう言うと少し悲しげな顔で私を見つめる。
その顔を見てたら嘘は言えなくて小さく頷いた。


「やっぱり・・・な・・・」
「で、でも・・・ロンドンの高校に行く気はないの・・・お父さんも入院しちゃったし・・・」
「そっか・・・。でも・・・この様子じゃ・・・相手ものこと忘れてないんじゃない?」
「・・・それは―」
「なのに・・・どうして別れたわけ?ロンドンと日本に離れるから?」
「・・・・・・」


何も言えずに黙っていると悠木くんは小さく溜息をついた。


「ごめん・・・俺が聞くような事じゃないよな・・・」
「あ、あのね・・・」
「いいよ。もう何も聞かない・・・。が・・・ロンドンに行かないならそれでいいよ・・・」


悠木くんはそう言ってちょっと笑うと私の頭をクシャっと撫でた。
その優しさが痛くて私は泣きそうになった。


それから二人で少し話した後、悠木くんは「ちゃんと暖かくして寝ろよ?」と言って帰っていった。


その後姿を見送りながら不意に寂しさを感じる。
リビングに戻るとシーンとしていて、妙に寒々しく見えた。


「・・・もう寝なくちゃ・・・」


まだ夕方の6時だが、すでに限界まで来ていた。
悠木くんのくれたコピーとダンのくれた案内書を持って部屋へと上がる。
それを机の上に置くと私はパジャマに着替えてベッドに潜り込んだ。
お腹も空いていたが今は眠気の方が勝っている。


だが目を瞑るとどうしても浮かぶのはさっきの光景・・・
遠ざかる車が涙で滲んでいく、あの時の引き裂かれそうな思い・・・


ダンは誤解したまま帰ってしまった。
いや・・・次はどこかの国でまたプロモーションがあるのかもしれない。


私は・・・またダンを傷つけてしまった・・・


ダン・・・ごめんね・・・?
せっかく来てくれたのに・・・
今・・・あなたは遥か空の上で何を考えてる?
連絡もしなかった私の事を・・・怒ってる・・・?


私は・・・弱いから・・・
自分であなたとの別れを決めたくせに・・・
今はそれを後悔している。
もし・・・ダンが待っていてくれるなら・・・高校は無理だけど大学はロンドンの学校に行きたいって、そう思ってるのに。




辛いからとダンの手を離してしまった私は・・・世界一の大バカ者だよ・・・


























「・・・・・・」


ハっと目を開けて思い切り息を吐き出した。


(夢・・・か・・・)


今はニューヨークに向かう飛行機の中だった。
辺りを見渡せば一つ通路をはさんでルパートとエマが寄り添って寝ているのが見える。
時計を見れば日本を出て7時間は過ぎていた。


結構寝てたんだな・・・
でも寝た時の記憶がない。


飛行機に乗り込んで座ったまでは覚えているが、その後の事は覚えていなかった。
きっと倒れるようにして眠ってしまったんだろう。
気づけば毛布がかけられていた。
これもCAが持ってきてくれたのだろうか。


「はぁ・・・」


小さく溜息をついて真っ暗な窓の外を見た。
その時、一瞬の笑顔を思い出す。


・・・夢の中では笑ってたな・・・
まだ・・・幸せだった頃の僕らが夢に出てくるなんて・・・
小さな約束を交わし、それが全て叶えられると信じていたあの頃の僕らが―





ズキンと胸が痛み、顔を顰める。




・・・今頃・・・何をしてる?
何を・・・考えてる?
君は来なかったのに・・・それが答えだってわかっているのに・・・
まだ諦めきれない僕がいる。
こんなに苦しくて辛いのに・・・



どうして・・・ダメなんだろう・・・
ロンドンと日本は確かに離れてるけど・・・やっぱりそれで別れるなんて僕には・・・




「・・・バカだな・・・」


ふと失笑が洩れた。


は来なかった。
それはもう僕の事を忘れたって事かもしれないってのに・・・



「・・・ッ」



不意に喉の奥が痛くなり目頭が熱くなった。




胸が焼け付くように痛む・・・


まだ・・・こんなにも君を想っているのに・・・
・・・抱きしめた温もりをこの腕が覚えているのに・・・



それが逆に今の僕を苦しめる―
















ねぇ 神様・・・


人を愛しただけで・・・これほどまでに辛いなら・・・いっそ僕の頭の中から彼女の記憶ごと・・・消してください―


















こみ上げてくる涙を 何回拭いたら 伝えたい言葉は届くだろう?













まだ あの日の君としてた約束は なくしていない――























 

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Postscript


あぁあぁ・・・二人会えませんでした;;
次回で三部も終わりかもです(早っ)



本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】