悔 し く て 苦 し く て
頑 張 っ て も ど う し よ う も な い 時 は
君 を 思 い 出 す よ
Chapter.29 君と逢うために・・・02 Only you can love me...
忙しく日々も過ぎて・・・あの頃の記憶も薄らいでいく。 胸の痛みも少しづつ、少しづつ和らいできたよ。 あれから1年・・・このまま僕らは大人になっていくんだろう。 静かな空間の中、窓の外に顔を向けると日差しが眩しくて目を細めた。 その時、カラン・・・と音がして店のドアが開き、彼女が顔を出す。 「ごめんねー。遅くなっちゃった」 そう言って向かいの椅子に腰をかけるとケイティは申し訳なさそうに眉を下げた。 僕は読んでいた台本を閉じると、軽く首を振った。 「仕事だろ?いいよ」 彼女はホっとしたように笑顔を見せると水を運んできたマスターにミルクティーを注文した。 「オーディションが長引いちゃって・・・。ダンは撮影どうだった?」 薄手のコートを脱ぎながらケイティが訊いて来た。 僕も台本をしまいながら、「別に。いつもと同じだよ」と答える。 すっかり冷めてしまった紅茶を飲む気にはなれず、ミルクティーを運んで来たマスターに新しい紅茶を頼んだ。 「そうだ・・・今日はケーキを焼いたんだが・・・食べるかい?」 「わ、私、食べたい」 「太るぞ?」 「もー。何よ、ダンってば。太ったら頑張ってダイエットするもの」 「ははは。大丈夫だよ。私のケーキは糖分少なめだから」 マスターはそう言って笑うとカウンターに戻っていった。 スタジオの傍に出来たこのカフェは落ち着いた雰囲気が気に入って最近では常連になっている。 マスターも気心の知れた人で、僕が来ても普通に接してくれるし安心して人とも会えた。 「今日、エマとルパートは?まだスタジオ?」 「いや。二人ともそれぞれ約束あるからってサッサと帰ったよ」 「ふーん、そうなんだ。でも・・・この頃一緒じゃないのね。どうして?」 ケイティはミルクティーを飲みながら首を傾げている。 「いつまでも仲良し3人組み、なんて歳でもないだろ?」 「そうだけど・・・何だか寂しいじゃない」 ケイティはそう言いながら小さく息をついた。 だがそこへマスターがケーキと僕の紅茶を運んでくるとすぐに笑顔になる。 「わぁ、美味しそう。ダンも食べない?」 「僕はいいよ」 クリームたっぷりのケーキを見て僕は苦笑した。 それをケイティは美味しそうに食べている。 僕は紅茶を飲みながら再び窓の外を見上げた。 初秋にしては風が冷たい今日は外を歩く人たちもマフラーを巻いたりして寒そうだ。 「マスター、ご馳走様」 「ああ、またおいで」 その声を聞きながら外に出ると途端に冷たい風が吹き付けてくる。 ケイティは顔を顰めて、「もっと厚手のコートにしたら良かった」と口を尖らせ僕の腕にしがみついた。 「それじゃ風邪引くぞ?今年の初めも熱出して寝込んでたろ?」 「うん。気をつける。ダンにうつしちゃ大変だし」 ケイティはそう言いながら照れたように笑った。 「ね、うち寄って行っていい?」 「あーん~。明日ちょっと難しいシーンがあるんだ。台本読みたいし今日はダメかな」 「・・・そっかぁ。つまんない」 僕の言葉に彼女はスネたように呟いた。 「ごめん、送ってく」 彼女の手を繋いでそう言うとケイティは小さく首を振って微笑んだ。 「誤らないで。ダンが忙しいの分かってるし仕事の邪魔はしたくないの」 その言葉に微笑み返すと繋いでいた手をギュっと握る。 ケイティは嬉しそうに微笑むと僕を見上げた。 「ダン、また背、伸びたね。もう170は超えたでしょ」 「まぁね。もう少し伸びて欲しいかな」 「えーでも前は私より少し大きいだけだったのに今じゃ見上げるのよ?もういいんじゃない?」 「まだまだだよ。双子くらい大きくなりたいかな」 ちょっと笑いながらそう言うとケイティは僕に寄り添ってきた。 「でも・・・最近のダン、ちょっと大人っぽくなった」 「そう?」 「うん。何かドキっとする時あるもん」 「・・・自分じゃ・・・気づかないけど」 「だって凄く落ち着いたって言うか・・・そんな感じだよ?」 「まあ・・・もう17歳だしね」 そう言いながらふと空を見上げた。 大人か・・・二年前の僕は、まだ15のガキで早く大人になりたくて必死に足掻いてた。 大切なものを守りたくて、ただ足掻くだけしか出来なかった。 でも二年経っても、それほど変わらないような・・・でも前とは少し違うような、そんな感じだ。 確かに・・・心の中は一気に大人になったような感じだけど・・・ 大人ってどこから大人なんだろう? 世間的には20歳から大人として認められる。 じゃあ・・・僕もあと3年もすれば大人というものに分類されるんだろうか。 「・・・ン?ダン・・・?」 「え・・・あ、ごめん、何?」 一人ボーっとしてるとケイティに腕を引っ張られてハっとした。 「どうしたの?」 「いや・・・ちょっと考え事・・・」 「もう。私といるのに仕事のことばっかり考えないでよー」 ケイティは頬を膨らませながら顔を覗き込んでくる。 僕はちょっと笑うと、もう一度「ごめん」と呟いて彼女の額にキスをした。 「で、何の話?」 「あ、だから・・・ダン・・・家に帰ってる?って話」 「ああ・・・いや・・・最近は全然」 「もうーお母さんとか心配するんじゃない?」 ケイティはそう言って困ったように眉を下げる。 そんな彼女を安心させるために、「そのうち帰るよ」と言った。 僕は今年の夏、17になってすぐ家を出た。 母さんと気まずくなってたのが一番の原因だけど僕としては早く自立してみたかったのだ。 母さんは案の定、反対したけど父さんは賛成してくれた。 「お前はまだ17歳だが立派に仕事をしてお金を稼いでる。そろそろ一人で何でも出来るようにならないとな。 今から少しづつ"責任"というものを理解していくにはいい機会かもしれない。ただし・・・ハメは外すなよ?」 そう言ってアッサリOKしてくれた時は、さすがに僕も驚いたんだけど。 「今の時代、20歳からじゃ遅いくらいだからな」 なんて言ってたけど半分は母さんと僕が上手くいってないという事もあったのかもしれない。 家の中がギクシャクしてたのは僕のせいだから・・・。 との一件以来、思った以上に母さんとの溝が深まってしまった。 僕も素直になれなくて母さんが気を使ってくるたびにイライラしてしまう。 だから、あの時期に家を出て正解だったと思ってる。 実家から近い場所、という条件でフラットも借りた。 もちろん家賃とか光熱費は自分で支払う。 父さんが映画でのギャラを全て僕名義で管理してくれてるから、毎月そこから勝手に引き落とされてるし、 そうしてくれた方が僕としても楽だった。 ただ大変なのが炊事、洗濯等の家事だ。 今まで料理なんて一切した事がなかったし洗濯とかもお手伝いさんや母さんに任せきりだったから結構大変だった。 だからか見かねたケイティが時々来て色々やってくれたりしている。 ノンビリ歩いてきたが、そろそろケイティの家の近くまでやってきた。 いつものように裏口のある路地に入ると、ケイティが立ち止まって抱きついてくる。 僕が送る時、彼女は正面ではなく裏口に回る。 正面玄関は大通りに面しているので人通りも多いせいだ。 お別れする時くらい二人がいいと言うけど、僕としたら大げさだなと笑ってしまい、いつも彼女に怒られていた。 きっと、こんな風に抱きしめて欲しいんだろうなと分かってはいるんだけど・・・。 そう・・・僕もそう思うような恋をしてた。 と付き合ってた時はどっちかと言えば僕の方が彼女と二人きりになりたくて仕方がなかったように思う。 いつも抱きしめていたいと思ってた。 彼女に触れて、そしてキスしたいって、そう思ってた。 きっとケイティもあの時の僕と同じような気持ちなんだろうなと理解は出来る。 でも・・・僕の方からはの時のような熱い想いは湧いてこなかった。 「ダン・・・」 「ん?」 「今日の夕飯どうするの?」 抱きつきながらケイティが少しだけ顔を上げた。 彼女の髪を撫でながら、「んー適当に作るよ」と答えるとケイティはすぐに心配そうな顔をする。 「ダメよ、適当なんて・・・。栄養のあるもの食べないと風邪引いちゃう」 「大丈夫だよ。ちゃんとビタミンも取ってるし」 「でも・・・。あ、今夜はうちで食べてかない?私、腕振るっちゃうから」 「大丈夫だって。それに一昨日もご馳走になったばかりだしさ」 僕がそう言うとケイティは悲しそうに溜息をついた。 「うちのお母さんは毎日でもいいって言ってるのに」 「そんなわけにはいかないよ。それに僕は自立するために一人暮らししてるんだからさ」 「そうだけど・・・」 「ケイティは心配しすぎ。それじゃうちの母さんと同じだぞ?」 まだ不満げなケイティの額にチュっとキスを落とすと彼女もやっと笑顔を見せてくれた。 そしてゆっくりと瞳を閉じる。 それを見て僕は少し屈むと、そっと彼女と唇を重ねた。 「・・・もっと」 唇を離すとケイティがそう呟く。 まるで子供のようにキスをせがんでくる彼女に苦笑しながら、もう一度唇を重ねた。 最後に頬と額にもキスをするとケイティは僕の胸に顔を埋めて小さく息を吐き出す。 「・・・まだ一緒にいたいな・・・」 「今度は・・・ゆっくり時間作るよ」 「・・・でも・・・撮影まだかかるでしょ・・・?」 「そうだけど・・・今日みたいに早く終わる時もあるし、オフもあるしさ」 そう言って少し体を離すと唇にチュっと軽くキスをした。 「もう帰らないと。暗くなってきたし」 「・・・うん・・・。分かった・・・。じゃあ、寝る前にメールするね・・・?」 「うん。じゃあ、また」 そう言って後ろ向きのまま下がるとケイティは名残惜しそうにドアの前で手を振っている。 僕も手を振り返し、大通りに戻ると自分のフラットへ向かって歩き出した。 薄暗くなると一段と冷え込み気温も下がる。 「・・・今夜も寒そうだな・・・」 僕はマフラーを巻きなおしコートのポケットに手を突っ込んだまま家へと急ぐ。 その時、後ろに気配がして、ふと振り返った。 するとサングラスをした男が慌てて顔を逸らし角を曲がってしまった。 (はぁ・・・またか・・・) 僕は溜息をつくと足を速めて自分のフラットへ急いだ。 ここ何年もああやってパパラッチだのゴシップ系の記者だのが張り付いて来る。 どうせカフェからつけてたんだろう。 (もしかしたらケイティとの写真も撮られたかもしれないな・・・) それが雑誌に載る事を考えると、また暫く周りがうるさくなるな、とウンザリした。 「はぁ・・・」 何とか男をまいてフラットにつくと鞄を放り投げ、ベッドに寝転がった。 今日は朝が早かったからか、横になると睡魔が襲ってくる。 このままじゃ寝てしまうと思い、いったん体を起こして鞄から台本を取り出した。 重要なシーンの台詞に線を引こうと机の引き出しを開けてペンを出す。 だがそれはすでに書けなくなっていて思わず溜息をつく。 そして部屋の隅に置きっぱなしだったダンボールを見た。 忙しくて、まだ全ての荷物を片付けてないのだ。 「ここかな・・・」 ダンボールを開けて中に入ってるものをいったん出していく。 すると奥にペンばかりいれたケースを見つけた。 「あった・・・これだ」 中からそのケースを出し中を確かめホっとした。 そしてまたダンボールを閉じようとした時、ふと手が止まる。 「・・・・・・っ」 中には本と一緒に小物類がしまってあるのだが、そこに小さなテディベアが転がっていた。 一瞬、ドキっとして、それを手に取る。 それはからもらったテディベアで引っ越す時に一緒に入れてしまったんだろう。 「まだ・・・捨ててなかったんだな・・・」 手のひらサイズのテディベアを軽く握り締める。 ほろ苦い感傷が蘇ってきてツキンと胸が痛んだ。 ・・・元気にしてるだろうか・・・ もう・・・彼女の笑顔も薄らいでぼんやりとしか思い出せない・・・ 彼女も今は17歳になってる。 日本の高校で楽しく過ごしてるのかな・・・ 僕の事は忘れて新しい恋をしてるのかもしれない。 そんな事を考えると古傷が痛み出した。 いや・・・それは僕も同じか・・・。 今はケイティと付き合ってるんだから。 それが・・・ほどに想えない恋であったとしても・・・ 僕はテディベアをギュっと握ると、また引き出しの奥へとしまった。 「さん」 放課後、帰ろうと教室を出た時、名前を呼ばれて振り向いた。 すると廊下の向こうから英語担当の女教師が歩いて来る。 「安西先生・・・何ですか?」 立ち止まって尋ねると先生は笑顔で、「ちょっと話があるの。職員室に来てくれる?」と言った。 何事かと思ったが、とりあえず一緒についていく。 この後に悠木くんと待ち合わせをしているので早く終わればいいなと思った。 職員室につくと先生は自分の机の中から大きな封筒を取り出した。 「これなんだけど・・・」 「・・・・・?」 先生は封筒を私に差し出すとニッコリ微笑んだ。 「それは・・・?」 「さんは通訳になりたいのよね?」 「え・・・はい・・・」 「それは・・・海外で、という事だったわね」 「はい、そうですけど・・・」 先生が何を言いたいのか分からず首を傾げた。 すると先生は封筒から資料のようなものを出して私に見せた。 「あのね、今年の冬休み、海外で働きたい人たちのための研修がロンドンであるんだけど・・・」 「え・・・?」 少しドキっとしつつ先生を見ると彼女はニッコリ微笑んだ。 「これに参加してみない?」 「わ、私が・・・ですか?」 「そう。さんは中学の時に一度ロンドンの学校に言ってるわよね?」 「はい・・・。父の仕事の都合で・・・」 不意にあの頃の話をされてツキンと古傷が痛んだ。 最近では思い出すことも少なくなっていたのに・・・ そう思いながら頷くと先生は笑顔のまま私の手を掴んだ。 「そこで・・・あなたにリーダーとして参加してもらえないかなって思って」 「え・・・私が・・・リーダーですか?」 「研修には一年生から三年生の数人参加するんだけど・・・皆、ロンドンは初めてだし英語も分からないのよ」 「はあ・・・」 「私ももちろん同行するけど・・・生徒の中にさんくらい英語が話せる子がいた方が助かるし」 「・・・・・・・・・」 さすがに驚いてしまった。 だが先生は笑顔のまま資料を広げると私を見上げる。 「あなたの英語力は素晴らしいものよ?でも・・・通訳の仕事をしたいんでしょう?」 「はい・・・」 「通訳と言う仕事は日常会話だけじゃ無理よ?今回の研修では色々な事を学べるしチャンスだと思うの」 「・・・・・・」 「どう、試してみない?一応冬休みの短い間だけど興味があるなら卒業後に向こうの会社とか学校も紹介してもらえるし・・・」 先生はそう言って伺うように私を見た。 だがあまりに突然の話で何て答えていいのか分からず黙っていると、先生は軽く息をついた。 「さんなら住んでた事もあるんだし何も困る事ないでしょ?もう一度ロンドン行ってみない?」 「ちょ、ちょっと待って下さい・・・。そんな話いきなり言われても―」 「驚くのは分かってる。でもね・・・通訳の仕事をしたいなら、いい話だと思うの」 先生はそう言って私の手を軽く握ると、 「ちょっと考えてみて?ね?冬休みだけならご両親も反対しないでしょう?」 「・・・はい」 そう返事をして職員室を出ると私は待ち合わせ場所へと急いだ。 今日は久しぶりに時間が出来て悠木くんと学校帰りに会う約束をしている。 足早に歩きながら私は胸がドキドキしているのが分かった。 先生から受け取った封筒を無意識に握り締める。 気づけば走り出していて私は交差点で足を止めた。 「はぁ・・・」 息苦しくなって軽く深呼吸をすると、もう一度その封筒を見た。 「ロンドン・・・」 もう忘れたつもりでいたのに・・・あの国での事を思い出すと胸の奥が軋むように痛くなる。 しまいこんだはずの・・・鍵をかけたはずの心の奥から・・・あの頃の想いまでが溢れてきそうで― 「!」 「―――っ」 その声にハっと顔を上げると向こうの通りから悠木くんが手を振っているのが見えた。 彼の笑顔にホっと息をつくと私も手を振り返す。 信号が変わると、すぐに交差点を渡って悠木くんが走ってきた。 「ちょうど"マンチェスター"行こうと思ってたんだ」 「私も」 そう言って悠木くんと並んで歩き出した。 "マンチェスター"とは悠木くんの従兄弟が経営しているスポーツカフェだ。 店の名前はサッカーが好きの彼の従兄弟がイギリスのチームの名前からとったらしい。 そこから数分歩くと派手なイギリスの国旗が見えてきた。 「おう、煉(レン)か!」 店内に入ると社長兼店長で悠木くんの従兄弟の恢(カイ)さんが笑顔で手を上げた。 この時間は店も暇なのか、今は窓際のテーブル席に数人お客がいるくらいだ。 店内はイギリスを思わせる小物類や雑貨が飾られ、中央には大きなスクリーンがある。 今は過去の試合のビデオを流しているが代表戦がある時は、ここで見られるようになっていた。 私と悠木くんはカウンターに座り、コートを脱いだ。 「あれ?カウンターでいいのか?何なら奥の席に座ってもいいぞ?」 カイさんがからかうように笑って水を出してくれた。 その言葉に悠木くんは一瞬で赤くなっている。 前に二人で奥に座った時。 話の合間に悠木くんが私の頬に軽くキスをした事があって、それを運悪くカイさんに見られた事があるのだ。 「周りから見えないからってエッチなことするなよ?」 その時、飲み物を運んで来たカイさんはニヤニヤしながら、からかってきた。 今もその事を言っている・・・というか、わざと意地悪で言ってるのだ。 私も恥ずかしくて顔を伏せたが悠木くんは顔を赤くしながらも、しかめっ面で椅子に寄りかかり、カイさんを睨んだ。 「うるさいなぁ・・・。座りたきゃ勝手に座るよ」 「お、この天才ボランチくんは日に日に生意気になってくな。―いらっしゃい、ちゃん」 「こんにちは」 「久しぶりだね、一緒に来るの。まあ煉の奴が忙しいから仕方ないか」 「はい」 「もー。そんな話いいから注文とってよ、カイ」 悠木くんは苦笑交じりでメニューを開いた。 「俺、お腹ペコペコなんだよねー」 「おう、何にする?つっても軽いのにしとけよ?じゃないと帰って伯母さんの作った夕飯食べられなくなるだろが」 「別にいいよ。帰りにカイのとこに寄ってくるって言ってあるし」 悠木くんはそう言いながら私にメニューを見せた。 「は何か食べる?」 「私はお腹空いてないから・・・紅茶でいいよ?」 「そう?じゃあ・・・俺、チキンドリアとエッグサラダとアイスコーヒー」 「おま・・・そんな食うなよ・・・」 カイさんは苦笑しながら私の紅茶を出してくれた。 「いいから早く作ってよ。あ、アイスコーヒー先にもらっていい?」 「はいはい・・・。ほらよ」 大きなロンググラスにアイスコーヒーを注ぐとカイさんはカウンターに置いた。 そのまま厨房にいるスタッフに今の注文を言いに行く。 「あー疲れた・・・」 悠木くんはそう言いながらアイスコーヒーを飲んでいる。 そんな彼に苦笑しながら私は紅茶を飲みつつさっき先生の言われた事を考えていた。 "ロンドンに行ってみない?" あまりに突然で驚いたが確かに悪い話ではない。 ただ・・・ロンドンに行くとなると、どうしても思い出してしまうのは―― 「?どうした?ボーっとして」 「・・・あ・・・ううん、何でもないよ?」 不意に悠木くんが顔を覗き込んできてドキっとした。 「そっか?何だか・・・元気ないけど」 「そんな事ないよ」 心配かけないように笑顔で首を振ると悠木くんはホっとしたように微笑んだ。 そしてカウンターに軽く肘をつくと、 「実は今日・・・話があったんだ」 「・・・え?」 悠木くんは頭をかきながら照れくさそうに私を見た。 「前にさ。スカウトの小田さんの事は話したろ?」 「うん。悠木くんのこと中学から見てくれてた人でしょ?」 「そう。その人から今日、連絡来て・・・今度の冬休みにロンドンのチームの合宿に参加しないかって言われたんだ」 「・・・えっ?」 その話を聞いてビックリしてしまった。 「ロ、ロンドン・・・?」 「うん。凄いだろ!チェルシーってチーム聞いた事ない?かなり強いチームなんだ」 悠木くんは嬉しそうに身を乗り出してきた。 「し、知ってるけど・・・。え、合宿って・・・」 「まあサテライトの方なんだけど・・・そこで短期の間、練習とか参加させてもらえるみたいなんだ」 「そ、そう・・・凄い・・・!」 「だろ?俺、嬉しくて即効でOKしちゃったよ」 そう言って笑顔を見せる彼は本当に嬉しそうで私もつられて笑顔になった。 だけど・・・冬休みにロンドンなんて、あまりに奇遇で驚いた。 「あ・・・でも・・・ごめんな?そのせいで冬休み会えなくなるけど・・・」 「え?あ・・・ううん。悠木くんにとってチャンスなんだし気にしないで?」 私がそう言って微笑むと悠木くんは複雑そうな顔で息をついた。 「それも・・・ちょっと寂しいんだけど・・・」 「・・・え?」 「我がままだけど・・・さ。少しは"寂しいなー"とか思わないのかなーって・・・」 スネたように目を細める彼に私はちょっとだけ噴出した。 「何で笑うんだよ」 「だ、だって・・・さっきまで凄く嬉しそうに話してたのに一瞬で不機嫌になるんだもん・・・」 「そ、それは・・・だからが全然寂しくないって感じで言うしさ・・・」 困ったように頭をかく彼に私は軽く首を振った。 「そんなつもりじゃ・・・ごめんね?」 「・・・そうやってすぐ誤る・・・。ほんとは我がままとか言ってくれないよな?」 悠木くんは苦笑交じりで私の頭を撫でた。 だがふと私の荷物を見ると、 「何?その封筒・・・」 「え?あ・・・これは・・・」 悠木くんが驚いたように、その封筒を手にして私はドキっとした。 彼は何だか怖い顔でそれを見ている。 「これ・・・ロンドンって書いてるけど・・・」 「あ、あのね、それ・・・。さっき英語の先生に誘われて・・・」 「え?先生に?」 私はそこで先生に言われた内容を全て悠木くんに話した。 「うっそ、マジで?」 「うん・・・」 「じゃあも冬休みロンドンに行くかもしれないってこと?」 「あ、あの・・・まだ決めたわけじゃないの・・・」 「何でだよ。も来いよ。そしたら向こうで会えるしさ」 悠木くんは嬉しそうに言いながら資料を見ている。 「何だ、そっか。先生からね~。良かった・・・俺、てっきり―」 「え・・・?」 「あ・・・いや何でもない」 悠木くんは慌てたように首を振った。 だがその様子を見ていて私はふと思いつく。 そうか・・・きっと悠木くん、あの封筒を見て、私がまた向こうの学校の資料をもらったと勘違いしたんだ・・・ 前にダンが置いていってくれたものを見てるから・・・ その事を思い出してかすかに胸が痛んだ。 「なあ、は嫌なの?ロンドン行くの・・・」 「え?あ・・・そんな事はないけど・・・」 「だったらさ・・・。これに参加したら?にとってもいい話だし。それに冬休みも会えるしさ」 「うん・・・」 彼の言葉に笑みを浮かべて紅茶を飲んだ。 すると不意に悠木くんが椅子に凭れて溜息をつく。 「もしかして・・・前に付き合ってた人の事で・・・行きたくないのか?」 「・・・え?」 驚いて彼を見れば少しだけ怒ったような顔をして俯いている。 私は慌てて悠木くんの腕を掴んだ。 「ち、違うわ?そんなんじゃないの」 「じゃあ・・・何で渋ってんの・・・?」 「渋ってなんか・・・。まださっき聞いたばかりで親にも話してないから・・・」 「じゃあ・・・両親がいいって言ったら・・・来る?」 少し心配そうに私の顔を見る悠木くんに思わず笑顔になった。 「そう・・・だね。もしOKしてくれたら・・・行こうかな・・・?」 「ほんとに?絶対だぞ?」 「うん」 ちゃんと頷くと悠木くんは嬉しそうに微笑んだ。 そこへカイさんが料理を運んでくる。 「ほら出来たぞ・・・って、なーにニコニコしてんだよ、煉」 「べっつに~。あー腹減った!」 やっと登場した料理に悠木くんは大げさにお腹を抑えた。 そしてサラダを食べつつ、カイさんの方を得意げに見ると、 「あ、俺、今度の冬休みにロンドン行ってくるからさ」 「・・・・は?マジで?!何でだよ!」 「実は小田さんがさぁ~」 そこからは男二人でサッカー談義になった。 私はそんな二人の会話に耳を傾けながらも、資料の入った封筒に目が行く。 つい、あんなことを言っちゃったけど・・・本当にロンドンに行く勇気があるの・・・? あの国には・・・思い出が多すぎる・・・ そんな事を思いながら私は封筒を鞄の中にそっとしまいこんだ。 「あーすっかり遅くなっちゃったな・・・」 「だってカイさんと盛り上がっちゃうんだもん」 二人でバスを降りてゆっくりと夜道を歩いて行く。 悠木くんは苦笑いしながら頭をかいた。 「ごめんな?サッカーの話になるとカイの奴もしつこいからさ」 「悠木くんだってノリノリだったよ?」 クスクス笑いながら見上げると悠木くんは照れたように、「ごめん」と言った。 「あ、遅くなったし、俺お母さんに挨拶していこうか?」 「ううん、大丈夫よ。今日は少し遅くなるって言ってあるし」 「そう?ならいいけど・・・」 「うん。もし心配してるなら携帯にメールか電話がくると思うから」 私がそう言うと悠木くんもホっとしたように頷いた。 そうこうしてるうちに家の前について二人で立ち止まる。 「じゃあ・・・また」 「うん。寝る前にメールして」 「うん」 「あ、それと・・・ロンドンの件、ちゃんと話せよ?」 まだ心配なのか、悠木くんは不安そうな顔で私を見た。 それに笑顔で頷くと嬉しそうに微笑み、私の手をそっと引き寄せた。 あっと言う間に彼の腕に包まれて顔が赤くなる。 悠木くんは自分のコートの中に私を包むとギュっと抱きしめた。 「い、家の前だよ・・・?」 「ん~。ちょっとだけ」 悠木くんはそう言って抱きしめる腕に少しだけ力を入れた。 彼の香りに包まれながらジっとしていると悠木くんは私の頭に頬を寄せている。 「ほんと・・・ちっちゃいな・・・」 「・・・・・・え?」 「何だか子猫、抱っこしてるみたい」 「な・・・ひどい・・・」 少しだけ体を動かし顔を上げると苦笑している悠木くんと目が合った。 確かに悠木くんは身長も高いし、こうして抱きしめられると私はスッポリ埋まってしまうのだ。 「・・・と・・・ずっとこうしていたいよ」 「・・・え?」 不意に呟かれた言葉にドキっとした。 悠木くんは寂しそうな顔で優しく微笑む。 「俺はサッカーで忙しいし・・・近いところにいるのに遠距離恋愛してるみたいだからさ・・・」 「・・・悠木くん・・・」 その言葉に顔を上げるとコツンと額が重なった。 至近距離で目が合ってドクンと鼓動が跳ね上がる。 「絶対・・・ロンドン来いよ?」 「・・・っ」 悠木くんはそう呟くと、少しだけ屈んでゆっくりと唇を重ねてきた。 それもすぐに離れて頬にもキスされる。 いつもの触れるだけの優しいキス・・・ ギュっと強く抱き寄せられて息苦しさを感じながら悠木くんの体温に安心感を覚えた。 彼はずっと傍にいてくれる。 あんなに辛い思いはもうしたくないの―― あの頃・・・愛の強さが二人を壊した 終わりもないまま・・・・・・ |
Postscript
ちょっと短めですが繋ぎ的な話ですね。
ついにロンドンへ行くのか、ヒロインー!(笑)
本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...
【C-MOON...管理人:HANAZO】