傷 が 一 つ ま た つ い て も 思 い 出 増 え る か ら
痛 み さ え も 大 事 に し て 笑 顔 に 変 え る よ
Chapter.30 君と逢うために・・・03 Only you can love me...
ポツポツと窓に何かがあたり、私はふと顔を窓に向けた。 「あ・・・雨・・・」 そう呟き窓の方に歩いて行くと空を見上げてみた。 さっきまで顔を出していた太陽も今はどんよりとした雨雲に覆われて隠れてしまっている。 私は静かな雨音に耳を傾けていた。 「、どうしたの?」 不意に肩に回された腕に振り返ると、そこにはダンの笑顔がある。 そのまま抱き寄せられ、私は顔が赤くなった。 「雨・・・降って来た」 「・・・ああ・・・明日はやむかな・・・せっかくと初デートなんだし」 ダンはそう言ってギュっと私を抱きしめると頭に頬を寄せた。 それだけでドキドキして顔が熱くなり、そのまま俯けば、すぐにダンの指が顎にかけられ顔を上げさせられた。 その瞬間、唇が重なる。 ドクンと鼓動が跳ね上がる感覚が襲ってきてダンの服をギュっと握り締めると彼はゆっくりと唇を離した。 「・・・、顔赤いよ」 「だ・・・だって・・・」 そのまま俯くとダンがちょっと笑いながら額にもキスをした。 「まだ・・・怖い?」 「え・・・?」 「一人になるの」 「う、うん・・・」 ダンの言葉に小さく頷くと、もう一度額にキスされた。 先ほど見たホラー映画のせいで私は怖くて未だダンを引き止めているのだ。 すでに夜の12時。 本当なら"大丈夫"って言えればいいんだけど、エマもなかなか戻ってこないから、やっぱり怖い。 それにダンが「怖いならが寝るまで一緒にいるよ」なんて優しい事を言ってくれるから、つい甘えてしまう。 それでも時間を気にする私にダンは「明日オフだし平気だよ」って言ってるけど・・・ でもやっぱり、こんな夜中に二人きりでいると思うと少しは緊張してしまうのだ。 普通なら私とダンくらいの年齢で、こんなホテルに泊まってこんな時間に二人きり・・・なんて事ないだろうな・・・ これもダンが俳優をやってるからで、普通の中学生のカップルならありえないことだ。 そんな事を思いながら窓の方を見るとダンが今度は後ろから私を抱きしめてきた。 そして私の肩に顎を乗せて一緒に窓に当たる雨を見ている。 証明が今はサイドライトだけでオレンジ色に染まった部屋が窓にぼやけて映る。 ダンに抱きしめられてる私も・・・ 「・・・静かだね」 「・・・うん」 「僕と・・・だけしかいないみたいだ」 ダンはそう呟くと後ろから私の頬にチュっとキスをした。 それが窓に映って見えて更に顔が赤くなる。 「ずっと・・・とこうしていたいな・・・」 「・・・ダン・・・」 耳元でささやくように呟かれた言葉で胸がキュっと締め付けられる。 するとお腹に回されていたダンの手が私の手をそっと握った。 「ずっと・・・傍にいてくれる・・・?どこにも行かないで僕だけの傍に」 「・・・うん・・・。どこにも行かない・・・。ずっとダンの傍にいる・・・」 彼の気持ちに答えるように、そう言うとダンの手が頬に伸びて少しだけ横に向けられる。 ドキっとする間もなく唇を塞がれ、ダンの腕をギュっと握り締めた。 「は・・・僕の宝物だな・・・」 唇を離した時、ダンがそう呟いた。 その言葉は私の胸の中に優しく染み込んできて、ゆっくりと心を暖めてくれた― 「・・・さん!さん・・・!」 「―――っ」 体を揺さぶられてハっと目を開けた。 「さん、起きた?」 「あ・・・」 ふと横を見れば安西先生が苦笑いを浮かべている。 私は慌てて体を起こすと、窓の外を見た。 するとはるか下には2年以上前に見た光景がそのまま、そこにある。 胸が軋むような気がした。 「もうすぐ着くわよ?ベルトしておいて」 「はい・・・」 「グッスリ寝てたわね。何だか幸せそうな顔だったわよ?」 「え・・・?」 「何かいい夢でも見た?」 先生はからかうような目で私を見てきて慌てて首を振った。 「い、いえ別に・・・」 「そう?何か最後に"ダン・・・"って呟いてたけど」 「え・・・わ、私、寝言を?」 ドキっとして尋ねると先生は苦笑しながら首を振った。 「ずっとじゃないわ?さっき起こす少し前に・・・そう呟いてただけ。そのダンって・・・ロンドンの時の恋人かしら」 「ち、違います・・・っ」 一気に鼓動が速くなり首を振ると先生はクスクス笑っている。 「そんな慌てるとこも怪しいけど・・・」 「ほんとにそんなんじゃ・・・」 そこまで言うと機内アナウンスが流れて私はベルトをつけた。 そして、もう一度窓の外を見るとそこにヒースロー空港が見えてくる。 ほんとにロンドンなんだ・・・と実感して少し息苦しさを感じた。 久しぶりにダンの夢を見た・・・ ダン・・・あの頃のままだったな・・・。 そりゃそうか・・・だって私の知ってるダンはまだ15歳なんだから。 時々嫌でも見かけてしまう映画のポスターとかを見る限り、今はもっと大人っぽくなっていた。 あれは・・・ロケ先に招待された時の夢・・・ ダンと一緒にホラー映画なんて見ちゃって私が怖いってダンを引きとめたあの夜の・・・ こんなに時が経っても・・・ダンとの思い出は夢の中で鮮明に思い出せるんだね・・・ 彼の・・・温もりさえ。 そっと唇に触れるとズキンと胸に痛みが走る。 忘れたはずの想いが溢れてきそうで怖くなった。 やっぱり・・・ロンドンに来るべきじゃなかったのかもしれない・・・ ここには・・・楽しい思い出と辛い思い出が溢れすぎてる。 キラキラと光を放つ空港を見ながら私は小さく溜息をついた。 両親にこの話をした時、二人は一瞬、互いに顔を見合わせ心配そうな顔をした。 だが私は逆に明るく振舞い、「大丈夫だから。それにチャンスなんだし」と平気な顔をしてみせた。 父と母はそれでも心配そうだったが、「まあの将来のためになるんだし・・・」とロンドン行きをOKした。 ほんとは・・・反対してくれたら・・・と思った自分がいる。 でも反面、ロンドンに行きたいと思っている自分もいて、よく分からなかった。 別にロンドンに行けばダンに会えるというものじゃない。 ハリー以外の映画に出演し、それを成功させたダンは昔以上に人気があり、そして有名になっている。 もしかしたら今頃はどこかの国でロケをしているかもしれないのだ。 もし行ってないとしても偶然で会えるほど、ロンドンは狭くない・・・ ガクンと飛行機が揺れ、地上についたのが分かった。 そのまま滑るように滑走路を走って、やっと止まった時、私は手に汗をかいていた。 もう一度・・・ロンドの地を踏むんだ・・・ あの雨の日以来のロンドン―――― 「何よ、これ」 「え?」 撮影の合間、マスターの店でランチを取ろうとやって来た。 するとエマがバッグから雑誌を取り出し僕に見せた。 その雑誌を手に取れば表紙には僕の名前とケイティの名前が載っていて開いてみれば中には写真が載せられている。 それはこの前、彼女を送って行った時のもので、中にはキスしている写真まである。 僕は慌ててその雑誌を閉じてエマを睨んだ。 「こんなの買うなよ・・・」 「私が買ったんじゃないわ?ロバートが持ってたのを借りたのよ」 エマは澄ました顔でそう言うと雑誌を広げて記事を読み出した。 「え~なになに・・・?"ハリーポッターのダニエル・ラドクリフと女優ケイティ・レオンの交際は今も順調のようだ。 この日もダニエルは撮影後に近くのカフェで彼女と待ち合わせをし、ささやかなデートを楽しんだ後、 ダニエルが彼女を家まで送り届けた。その際も手を繋いで寄り添うように歩いていた二人だが・・・ 別れ際には抱き合いながらキスをしていた・・・"で、その時の写真がこれか・・・」 そう言って僕をからかうように見る。 僕はと言えば、無視して台本を読んでいた・・・が隣に座っているルパートはニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。 「何だかんだ言って上手くいってるじゃん」 「まあね」 「あれ・・・何だよ。冷めてるなぁ」 「そんな事ないよ。それより次のシーン―」 「冷めてて当然よ。ダンはそれほど本気じゃないんだから」 「・・・お、おいエマ・・・」 エマはそう言って紅茶を飲むと僕の方を真っ直ぐな瞳で見てきた。 ルパートだけ一人オロオロして僕とエマを交互に見ている。 彼女は普段は普通なのに、ここ最近、こんな風にケイティとの事が記事に載るたび不機嫌になるのだ。 でもその理由は分かってる。 エマはきっと―― 「ダンはのこと忘れてないんだから」 そう・・・それが言いたいんだろう。 エマがの名を口にしてルパートは完全に固まっている。 僕は小さく溜息をつくとエマの手から雑誌を奪った。 「何バカなこと言ってんだよ。僕は別に―」 「バカなこと?ほんとにそうかしら」 エマはそう言ってプイっと顔を逸らした。 それには僕も困って台本をしまうと、スネた様子のエマを見る。 「エマ・・・僕はもうの事は忘れたよ・・・」 「嘘よ。私、知ってるもの」 「知ってるって・・・何を・・・?」 「ダンの携帯についてる青い石・・・あれ元々ネックレスだったやつでしょ」 「・・・・・・っ」 その言葉にドキっとして顔を上げるとエマはテーブルに肘をついて身を乗り出してきた。 「前にロケ先で二人がデートした後、が教えてくれたの。ダンとお揃いだって」 「あ、あれは―」 「ダン、それをずっとつけてるじゃない。のこと忘れられないからでしょ?」 「違うよ・・・!これは・・・ただ代えるのも面倒だから・・・」 そこで言葉に詰まった。 エマの僕を見る真っ直ぐな瞳を見ていられなくて。 僕が視線を逸らすとエマは大きく溜息をついた。 「ごめん・・・言い過ぎた・・・」 「・・・いや・・・」 「でも・・・私はどうしてもがダンの事を忘れたなんて思えなくて・・・」 エマはそう言って悔しそうに唇を噛んだ。 「・・・何で?エマも知ってるだろ・・・。あの日、は連絡をくれなかった・・・」 「だ、だから家族で出かけてて後で見たとか―」 「後で見たにしろにその気持ちがあるなら後からでも連絡してくるよ。家の住所だって電話番号だって知ってるし」 「ダン・・・」 「は・・・やっぱり無理だと思ったから連絡してこなかったんだって今も僕はそう思ってる」 「そんな・・・はそんな簡単に諦めるような子じゃ・・・。だってあんなにダンの事を想ってたのに・・・っ」 エマは泣きそうな顔でそう言った。 だけど僕は黙って椅子に凭れかかった。 「そうじゃないかも・・・」 「え・・・?」 「は・・・僕の事それほど好きじゃなかったんだよ・・・もしかしたら日本に帰って日本の方が良くなったのかも―」 「ダン・・・!」 いきなりエマが椅子から立ち上がった。 ハッとして顔を上げるとエマが瞳に涙を浮かべている。 「は・・・そんな子じゃないわよ・・・。ダンだって知ってるじゃない・・・」 「・・・知ってる、って・・・自分ではそう思ってたよ?でも今は・・・もう分からない・・・」 「あーっそ!だったら思い出してみれば?!がどれだけダンの事を想って考えてたか!」 エマはそう怒鳴るとカフェを飛び出して行ってしまった。 ルパートは慌てて立ち上がると、「待てよ、エマ!」と追いかけていく。 僕は・・・ただ黙ってそこに座っていた。 エマに言われた事が胸に刺さってズキズキと痛み出す。 ほんとは・・・エマの言いたいこと分かってるんだ・・・ エマは僕がほどケイティの事を想ってない事を見抜いてる。 なのにズルズル付き合ってるなんてって怒ってるのも知ってた。 でも・・・僕は弱いから・・・あの時の僕はを失った痛みで苦しかったから・・・ 誰かに傍にいて欲しいって・・・そう思った。 誰かの愛情を感じていたかっただけなんだ・・・ 「クソ・・・ッ」 両手で顔を覆った。 自分が情けなくて。 ケイティの気持ちに甘えてた自分が凄く情けなくて・・・ この胸の痛みも・・・閉じ込めた僕の想いも・・・きっと救われることはない・・・ 以外の誰かを・・・何度傷つけても――― RRRRRRRRRR.... 「、電話!」 楽な格好に着替えているとドアの向こうから声が聞こえて私は慌ててバスルームを飛び出した。 見ればベッドに放りっぱなしの携帯が鳴り響いている。 「あれ、。携帯もしかして海外でもかけれるように申し込んでるわけ?」 今回の研修でコンビとなったユリが驚いたように私を見た。 「ううん、前からよ」 そう言って携帯を開くとディスプレイに悠木くんの名前が出ていた。 「もしもし?」 話しながらテラスに出ると途端に冷たい風が吹き付けてくる。 さっきまで風はなかったのにロンドンは相変わらず天気も気まぐれのようだ。 『もしもし?俺』 「うん。もう練習終わったの?」 『うん。一時間くらい前にね。今やっと自分の部屋に戻って落ち着いたとこ』 「そう。お疲れ様」 『俺だけ一人部屋だしノンビリ出来て最高だよ』 悠木くんはそう言って笑っている。 彼は私より三日ほど早くロンドン入りをしていた。 スカウトの小田さんという人と、もうあと二人他校の生徒が一緒で人数の関係で悠木くんだけ一人部屋になったらしい。 『メール見たよ。結構遅くについたんだな?』 「うん。さっきホテルにチェックインしたとこ。これから皆で夕食だって」 『そっか。で、明日から研修に参加するんだろ?』 「うん。でも午後の3時には終わるみたい。で、土曜はオフだって」 そう言ってロンドンの夜景を見下ろした。 遠くにバッキンガム宮殿が見えて懐かしさのあまり胸が締め付けられる。 でも・・・ここの空気は私にとって心地いい。 『あ、じゃあさ、今度の土曜日、練習見に来ない?』 「え・・・練習って・・・チェルシーの・・・?」 『うん。別に一般の人も見学できるようになってるし土曜だと午後はオフだから、どっか行こう』 「そうなんだ。じゃあ・・・行こうかな?」 『ほんと?じゃあ約束な!』 「うん」 嬉しそうにそう言う悠木くんにちょっと笑いながら頷いた。 『でも泊まるホテルが凄い近くて良かったよ』 「そうだね。悠木くんのホテルがすぐ裏なんてビックリしちゃった」 『俺も。これって・・・やっぱ運命ってやつかな?』 「え・・・?」 『なーんて・・・ガラじゃないか』 悠木くんは少し照れたように笑った。 私もクスクス笑いながら暗くなった夜空を見上げる。 「今日のロンドンは・・・曇り空だね・・・」 『ん?ああ・・・何だか想像通りって感じだな』 「天気が良くても・・・すぐ雨とか当たり前なの」 『ああ、初日はそんな感じだった!驚いたよ。雨の気配なんてないのに急に降り出すから』 「私も最初来た時はそれが憂鬱だったわ?」 そう言って笑うと悠木くんが不意に黙った。 だがすぐに明るい声が聞こえてくる。 『あ、そう言えばさ。今サテライトで一緒に練習してる同じ歳のイギリス人がいるんだけど、そいつがまた上手くて―』 悠木くんの話を聞きながら私はずっとロンドンの街並みを見ていた。 まるでブラウン管で見てるような、そんな感覚。 本当に自分はこの地にいるのか、なんてそんな事すら思ってしまう。 ロンドン・・・またいつか来たいと思ってた国。 15歳の私が必死に初恋を追いかけてた場所― ここには・・・あの頃の幸せな思い出も切ない思い出もいっぱい残ってる・・・ 「、こっち!」 その声に振り向けばグラウンドの方から悠木くんが走ってきた。 私はサポーター席の方から柵に近づき、彼に手を振る。 「迷わなかった?」 「うん、地元の人に聞いたらすぐだった」 目の前まで走ってきた悠木くんは「そっか、良かった。はぁー」と大きく息をついて微笑んだ。 その彼の額には練習で流れた汗が光っている。 私はバッグからハンカチを出して汗を拭いてあげた。 「い、いいよ・・・汚れちゃうぞ?」 「そんなのいいよ。気にしないで」 そう言って少しだけ背伸びをして額を拭いてあげると悠木くんも照れくさそうに微笑んだ。 そこへチェルシーのスタッフらしき男性二人が通りがかり、 「Hey!Is it her of Ren?」 「Do not show it off!」 「げ・・・マイクにザン・・・!うるさいよ!」 からかわれて恥ずかしいのか悠木くんは顔を赤くして彼らに怒鳴っている。 そして私の方を見ると、「あの二人、ほんとうるさくてさ」と頭を掻いた。 「でももう馴染んでるのね。言葉も分かるんだ」 「うーん、まあ・・・日本でもかなり英語勉強してきたし・・・にも教わったからさ」 「悠木くん覚えるの早いんだもん。これなら完璧ね」 「いやいや・・・まだ早口だと聞き取れないし答えるのにも時間かかるよ」 そう言ってグラウンドの方を見る。 すると誰かを見つけたのか、「あ、チャーリーだ」と言って手を振り出した。 「ほら、この前話しただろ?同じ歳で上手い奴がいるって。あいつだよ」 「ああ、イギリス人で悠木くんと同じ練習に参加させてもらってるっていう・・・」 そう言いながら走ってくる人の方に視線を向けた。 だが綺麗なブロンドをなびかせて走ってきたその選手を見て私は一瞬息が止まるかと思った―― 「よお、レン!何だよ、彼女が噂の―」 彼も私を見て目を見開いた。 「・・・まさか・・・?」 「嘘・・・チャーリーなの・・・?」 お互いに唖然としたまま見つめあう。 だが悠木くんだけキョトンとしつつ、私とチャーリーを交互に見ている。 「な、何だよ・・・。二人、知り合い?!」 「う、うん・・・。元・・・クラスメート・・・」 「はぁ?!」 チャーリーの言葉に悠木くんも目を丸くした。 「やだ・・・ほんとチャーリーなの?嘘みたい・・・!こんなとこで会えるなんて・・・っ」 「俺だって!ビックリしたよ!レンの彼女が来るって聞いたから楽しみにしてたら、まさかだったなんて―」 「え、チャーリーもこのチームの練習に参加してるんだ」 「うん。このチームのスタッフに誘われてね」 「そっかぁ!チャーリーもサッカー続けてたんだぁ・・・」 「もちろん!言ったろ?イングランド代表になるってさ」 チャーリーはそう言って爽やかな笑顔を見せた。 それは、あの頃とちっとも変わっていない。 いや少し大人っぽくなっていて、やっぱりカッコよくなっていた。 「お、おい・・・二人で盛り上がるなよ。つか、ほんとクラス一緒だったのか?」 「うん。チャーリーは私の隣の席で、よくお世話になってたの」 そこは日本語で会話するとチャーリーが未だ驚いた顔で首を振っている。 「いやーそれにしても・・・こんな偶然あるんだな・・・。まさかレンの彼女がなんて・・・」 「・・・言ったろ?凄く可愛いぞって」 「ゆ、悠木くん・・・っ」 得意げに英語でそんな事を言い出した悠木くんに私は顔が赤くなってしまった。 するとチャーリーも笑いながら、 「、そういうとこ、ちっとも変わってないな」 「え?」 「そうやって、すぐ真っ赤になるとこ。何だか懐かしいよ」 「そ、そう・・・?」 そう言って苦笑すると、ふと悠木くんが私を見た。 「まさか・・・の付き合ってたイギリス人の男って・・・チャーリーじゃないよな?」 「「えっ?!」」 悠木くんの言葉に私とチャーリーは驚いて声を上げた。 すると悠木くんも目を細めて私たちを見ている。 「バ、バカ!俺じゃないって!」 「そ、そうよ!チャーリーは、ほんと友達で―」 「ふーん。ならいいけどさ・・・。でもクラスメートだったんだろ?ならチャーリーは知ってるよな?」 「え・・・?何を?」 「が付き合ってた奴の事・・・」 「・・・・・・・っ」 「あー・・・いや・・・それはさ・・・」 悠木くんの言葉にチャーリーも困ったように頭を掻いている。 私とダンが付き合ったのは夏休み中だ。 そして私は夏休み中に日本に帰った。 だからチャーリーには報告することが出来なかったし知らないはず・・・ そう思ったが、ふとダンが置いて行ってくれた資料の事を思い出した。 あれはチャーリーがダンに持たせてくれたものだって書いてあったはずだ。 そうなると・・・ダンがチャーリーに話してる可能性がある。 そこに気づいて私が慌ててチャーリーを見ると彼はチラっと私の方を見た。 そして軽く息をつくと、 「実は・・・知らないんだ」 「ほんとに?」 「ああ。俺も狙ってたのに誰かがかっさらってったって感じ?最後までそれが誰か分からずじまいでさ」 「は?何、それ・・・チャーリーもを狙ってたってこと?」 「ま、まさか!チャーリー、何言って・・・」 「ほんとだよ?が転校してきた時からクラスの男どもと一緒に騒いでた一人だしさ」 チャーリーはそう言って肩を竦めた。 すると悠木くんは怖い顔で、「手は出してないだろうな?」なんて、とんでもない事を聞いている。 それにはチャーリーも苦笑いを浮かべた。 「手を出すも何も・・・は俺のこと友達としてしか見てくれなかったしね」 「チャーリー・・・!」 その言葉に顔を赤くすると彼はちょっと笑って、「ほんと変わらないな」と私の頭をクシャっと撫でた。 「あ、おい触るなよ。俺のだぞ?」 「うーわ。独占欲強いなぁ。まるでダンみたい―」 「チャーリー・・・っ」 ドキっとして顔を上げるとチャーリーも慌てたように口を閉じた。 悠木くんは首を傾げつつ、「何?誰だって?」と聞いている。 どうやらダンの名前を聞き取れなかったようだ。 そこへ、「ヘイ!レン!ちょっと来てくれ!」とスタッフの人の声が聞こえてきた。 「ああ、来週の紅白戦の事だよ。俺もさっき話したし」 「ったく、何でこんな時に・・・。あ、俺がいないからってを口説くなよ?」 「はいはい。人の恋人に手は出さないよ」 チャーリーが両手を上げてホールドアップして見せると悠木くんも笑いながら私を見た。 「ちょっと言って来るよ。ここで待ってて?」 「うん、分かった」 そう言って手を振ると悠木くんはスタッフの方へと走って行った。 彼のことを見送っていると、チャーリーがふと私を見る。 「ほんと・・・なんだな・・・」 「え・・・?」 「すっげぇー驚いた・・・」 「私だって・・・」 そう言ってチャーリーを見上げると彼もふっと笑みを零した。 こうして見上げるくらいなんだから彼も、あの頃よりかなり身長は伸びたみたいだ。 「あの・・・ごめんね・・・。最後、挨拶も出来ないままで・・・」 「いや・・・夏休み中だったし・・・急だったんだろ?仕方ないよ」 「あと・・・高校の資料・・・ありがとう・・・」 私がそう言って顔を上げるとチャーリーは少しだけ表情を曇らせた。 「いや・・・俺おせっかいな事したかなって思ってたんだ・・・」 「そんなこと・・・っ!凄く嬉しかったわ?」 「・・・そう?なら・・・いいけどさ・・・」 チャーリーはそう言ってグラウンドの方を見た。 真ん中辺りでは悠木くんがスタッフの人たちと楽しそうに話している。(と言うかジャレ合っている) 「でもまさか・・・レンの恋人がだったなんて・・・凄い驚いた。今日は心臓に負担かかる事が多いよ」 「・・・・・・・・・」 何て答えていいのか分からず、私は黙って目を伏せた。 するとチャーリーが慌てて顔を覗き込んでくる。 「あ、いや責めてるわけじゃないって。も・・・新しい恋が出来てて良かったしさ」 「・・・・ありがとう・・・」 「レンとはこの一週間ほどだけど仲良くなってさ。ほんといい奴だよな」 「うん」 「サッカーも上手いし、俺が欲しいとこにちゃんとパスくれるから助かるよ」 「そっか。チャーリーはFWだし悠木くんはMFだもんね。呼吸が合わないと大変なんでしょ?」 「そうそう!何だ、。前よりサッカーの事詳しくなってんじゃん。これもレンの指導のせい?」 「な、そ、そんなんじゃ・・・・お父さんとお母さんもサッカー好きだし・・・」 からかわれて顔が赤くなり、プイっと逸らす。 するとチャーリーはクスクス笑いながら私の頭にポンと手を置いた。 「が・・・今、楽しく過ごしてるなら俺は嬉しいよ」 「・・・チャーリー?」 「もう・・・ダンの事は吹っ切れたんだろ?」 「・・・・・・・・・」 「俺、今でも時々ダンと連絡取ってるんだ」 「――――っ」 その言葉にハっと顔を上げるとチャーリーは笑いながら肩を竦めた。 「言わないよ、レンとの事は」 「・・・・・・ごめん」 「いいよ。ま、どうせ言ったら・・・ダンの事だしショックを受けると思うからさ」 「ま、まさか・・・。だってダンには―」 「ああ、恋人はいるけどさ。そういうのとは違って・・・って、まあいっか。そんな昔のこと話しても仕方ないな」 チャーリーはそう言って微笑むと両腕を思い切り伸ばした。 「でも・・・に会えて良かったよ。の恋人がいい奴だって事も知る事が出来たし」 「そ、そういうチャーリーは・・・彼女いないの?モテてたくせに」 「あーうん、まあ・・・いる事はいるよ?」 「わ、ほんと?同じ高校の子とか?」 そう尋ねるとチャーリーは照れくさそうに頭を掻いている。 「・・・と言うか・・・」 「ねね、どんな子?可愛いんでしょ、やっぱり」 そう言ってチャーリーの顔を覗き込むと私を見て意味深な笑みを浮かべた。 「まあ・・・その辺はがよく知ってるかもな」 「・・・え・・・?私が・・・知ってるって・・・。もしかして私が知ってる子?」 「うん、まあ・・・」 「え、だ、誰?同じクラスだった子?あ、エリーとか?」 「まさか!あいつには卒業式の日、告白されたけど・・・断ったよ。のこと苛めてた奴と付き合うはずないだろ?」 チャーリーは思い切り顔を顰めてそう言った。 となると・・・あのクラスの子じゃないのかな・・・? だって・・・シェリル達のグループくらいしか・・・ そう思いながらチャーリーを見た。 すると彼はニッコリ笑って、「このロンドンで・・・唯一が仲良くなった女の子だよ」と私の顔を覗き込む。 その言葉に私の頭の奥で何かがはじけた。 「嘘・・・もしかして・・・・・・エ、エマ?!」 「ご名答!」 「嘘ーー!チャーリー、エマと付き合って―んぐ・・・」 「バカ、大きな声出すなよっ」 チャーリーは慌てて私の口を塞ぎ、周りをキョロキョロしている。 「まだ誰にもバレてないんだ。バレるとこっちのパパラッチはしつこいからさ・・・」 「そ、そうだね、ごめん・・・」 口を解放されて私は軽く息を吸うと、「でも・・・嘘みたい・・・」とチャーリーを見上げる。 彼は相変わらず照れくさそうな顔だ。 「いつから・・・?」 「ん?ああ・・・えっと・・・ほら前に皆で俺の試合見に来てくれたことがあったろ?」 「ああ!そう言えば・・・エマがチャーリー見て騒いでたもんね」 「まあ・・・で、あの時初めて話したんだけど・・・彼女にメアド書いた紙を渡されて、それで・・・かな?」 「嘘!全然知らなかった!」 私はいつの間に!と驚いた。 だがチャーリーは慌てて首を振ると、 「いや、でも連絡取るようになったのは、かなり後からでさ。が転校する辺りからかな?」 「そ、そう・・・。そっか・・・あの頃はエマとも殆ど話してなかったからな・・・」 「うん・・・。それで・・・エマも寂しかったんだろうな。何だか相談ごとみたいなメールとかくれるようになって・・・」 「それから・・・好きになったんだ」 「まあ・・・な」 今度は私が彼の顔を覗き込むとチャーリーは照れたように視線を逸らした。 「そっか・・・。何だか嬉しいな、そう聞くと」 「そうか?」 「うん。だってエマとチャーリーならお似合いだし」 「ん~。でもエマは有名だけど俺はまだ学生で練習生だしね。早くプロになって彼女と並びたいよ」 チャーリーはそう言いながら苦笑を洩らした。 やはりエマくらい有名人と付き合うと、そう思うものなんだなって思った。(チャーリーは特に男なんだし) そう、私だってダンと付き合ってた頃はそう言うことでも悩んだりした。 「もし・・・さ。気が向いたらでいいけど・・・今度エマに連絡でもしてやってよ。まだ時々のこと言ってくるんだ」 「え・・・エマが・・・?」 「うん。ダンと別れたこと、未だ納得してないみたいでさ。この前もダンとその事でケンカしちゃったって落ち込んでた」 「・・・そんな・・・。私のせいで二人がケンカなんて・・・」 「ああ、いやでもさ・・・エマの気持ちも分かるんだ。ダンは・・・心のどこかでのこと忘れてないんだよ・・・」 「え、まさか―」 「俺もそう思うんだ。なのにあいつ・・・他の子と付き合ってるし・・・エマとしちゃ歯がゆいんだよ・・・」 「チャーリー・・・」 その言葉に胸が痛み、目を伏せる。 するとチャーリーが慌てて私の顔を覗き込んだ。 「あ、ご、ごめん!変なこと言って・・・。は今レンと付き合ってるし、こんな話しちゃダメだよな・・・?」 「う、ううん・・・気にしてない・・・。心配してくれて・・・嬉しいし・・・。でも・・・ダンは私のことなんて忘れちゃってるよ」 「え?・・・でも・・・の方が―」 「おーい!チャーリー!から離れろよ!」 「「―――っ」」 そこへ大きな声と共に悠木くんが走ってくるのが見えた。 それを見てチャーリーも噴出している。 「ぷ・・・!あいつ、ほんと独占欲強いとことかダンそっくりだな・・・」 「ちょ、ちょっとチャーリー・・・」 「ああ、悪い。まあ、でもいい奴だしが好きになるのも分かるよ」 チャーリーはそう言うと悠木くんの方に振り返った。 「ったく、そんな密着すんなっ」 「何だよ・・・は俺にとっても初恋の子なんだから少しは貸してくれよ。2年ぶり以上の再会だぞ?」 「やだね、貸さない。に手を出したらもうパス出してやんねーぞ?」 「うわ、姑息!おい、。やっぱ前言撤回。こいつは悪い男だから早く別れて俺のとこに来なさい」 「えっ?」 「おい、チャーリー!俺の目の前で堂々とを口説くとはいい度胸だな!」 「あはは!レン、だいぶ英語上達したじゃん」 「うるせー!チャーリーこそ少しは日本語覚えろよ!昨日だって変な日本語話してたくせにっ」 悠木くんはそう言いながらチャーリーのお尻を軽く蹴っている。 端から見てると仲のいい兄弟みたいだ。 じゃれあっている二人を見ながら私は凄く不思議な感覚を覚えていた。 中学時代のクラスメートが、こうして国も関係なく一緒に同じスポーツをしている。 こんな偶然もあるのね、と変に感傷的になった。 「おい、」 そこへチャーリーが戻って来た。 「俺、もう帰るんだ。また日本に経つ前に時間あったら会おう」 「え?あ・・・うん。私、デュークスに泊まってるの。部屋は1123号よ?」 「OK!じゃあレンに内緒で電話するよ♪」 「あ、おい、またそんなこと言ってんのか!」 「おっと。レンの奴が嫉妬に狂って殴りかかってこないうちに俺は退散するよ。じゃな、レン、」 「バイバイ!またね、チャーリー!」 「サッサと帰れ!」 走り去っていくチャーリーに手を振ると、悠木くんは蹴るフリをして彼とジャレている。 そんな二人を見て思わず笑ってしまった。 「・・・はぁ・・・疲れた・・・。無駄に体力使ったよ・・・って、何、呑気に笑ってんだよ・・・」 「だ、だって・・・凄く仲いいし・・・」 「ああ、まあ・・・チャーリーは何だか気が合うんだよな。会ってすぐ打ち解けたって言うか・・・」 「そう。チャーリーも凄くいい人だしね」 「ああ、って言うか、、ほんとに口説かれてないだろ?」 「え・・・?」 真剣な顔でそんなことを聞いてくる悠木くんに私は驚いて顔を上げた。 「まさか・・・チャーリーとはいい友達だもん」 「なら、いいけどさ・・・」 悠木くんはそう言って苦笑すると柵越しにそっと私の髪を撫でた。 「もう終わったし着替えてくるから待っててくれる?これからデートしよう」 「あ、うん。じゃあ・・・ここで待ってるね?」 「うん。じゃ速攻で着替えてくるから」 悠木くんはそう言うと髪を撫でていた手をするりと頬に添えて素早く屈み唇に軽くキスをした。 「ちょ・・・」 「待ってて」 一瞬で頬を赤くした私にそう言うと悠木くんは最後に額にもキスをしてクラブハウスの方に走って行った。 残された私はというと周りに人がいないかキョロキョロしてしまう。 幸いな事にスタッフもボールを片付けたりと忙しく動き回ってたので誰もこっちを見ていなかった。 ホっと息をついて後ろのベンチに座る。 何だか突然の再会にまだ少し動揺しているようだ。 まさか・・・チャーリーに会うなんて・・・ しかも悠木くんと仲良くなってて、ほんと驚いた・・・ それに・・・エマと付き合ってるなんて!(凄いスキャンダルだ) 「はぁ・・・私がいなくなってから・・・皆にも色々変化があったんだなぁ・・・」 ついそんな言葉が口から洩れた。 そしてふとチャーリーの言葉を思い出す。 "ダンは・・・心のどこかでのこと忘れてないんだよ・・・" その言葉は意外にも胸がドキっとして自分でも驚いた。 忘れたはずのダンへの想いが蘇るように胸が熱くなったのだ。 でも・・・そんな事あるわけない・・・ エマもチャーリーも勘違いしてるんだ・・・ だって・・・ダンには今、恋人がいるじゃない・・・ 仲良く手を繋ぐような恋人が・・・ ロンドンに来て早々、見たくもない記事が目に飛び込んできた。 ホテル近くの本屋で研修用の本を探していると、店頭にダンの写真が載った雑誌が沢山置かれていたのだ。 その記事の内容は表紙でも分かる内容で、私はついその雑誌を手にとってしまった。 見なきゃいいのに・・・見たくないのに・・・ そう思いながら手は勝手に雑誌をめくっていた。 そして目に飛び込んできたのは・・・ダンとケイティのキスをしている写真・・・ あれを見た時、体中が切り裂かれるような痛みを感じた。 そして、そんな自分に驚いて思わず雑誌を閉じ、店を飛び出した。 忘れたはずなのに・・・ もうダンの事は忘れたつもりだったのに・・・ あの胸の痛みに私は動揺してしまった。 ダンが他の子と抱き合ってるとこなんて見たくない・・・ 他の子とキスをしてるとこなんて・・・ 優しく抱きしめてくれたダンを思い出し、ズキズキと胸が痛んだ。 ケイティのことも、あんな風に優しく抱きしめてるの? ケイティにも、あんなに優しいキスをしてるの・・・? 私にそうしてくれたように――― 嫌だ・・・他の子に触れて欲しくなんてない・・・! そう強く思った時、自分自身が信じられなくなった。 今、私が好きなのは悠木くんなのに・・・ ダンじゃないはずなのに・・・ 何故か悠木くんを裏切ってるような気がして胸が更に痛んだ。 やっぱり・・・ロンドンに来なきゃ良かったのかな・・・ あの頃の想いまで溢れてきそうで何だか怖い・・・ 今更・・・そう今更・・・ 「!お待たせ」 その声にハっと顔を上げれば悠木くんが着替えて私の方に走ってきた。 私も慌てて笑顔を見せると、すぐ立ち上がる。 「じゃ、行こうか」 「・・・うん」 そっと差し出された彼の手を、私は強く握り締めた。 過去の想いに負けないように・・・と願いながら。 取材が終わり、僕はフレッドに「歩いて帰るよ」と告げてメトロポリタンを出た。 外はまだ曇り空でそのうち雨でも降り出しそうな気配だ。 軽くマフラーを直すと僕はゆっくりと歩き出した。 ポケットに手を入れると不意に指先が携帯に触れる。 そこで携帯を取り出し、着信履歴とメールをチェックした。(取材中はマナーモードにしてある) ―――ダンへ。今日は取材だったよね?終わって時間あれば電話下さい。 ケイティからの短いメール。 僕はそれを読んで軽く息をつくと携帯をそっと閉じた。 今は何となく誰とも話す気分じゃない。 彼女には夜にでもメールを送ろうと思いながらハイドパークの方に歩いて行く。 僕のフラットはここから歩いて20分ほど。 いい散歩になると思った。 明日はハリーの撮影があり、このまま帰って台本でも読もうかなと思いながら何となく足はハイドパーク内に向かう。 帽子を深くかぶり直し、顔がバレないようにしながら気晴らしに公園内を歩いて行った。 こんな天気だが土曜日という事もあり、かなり人で溢れ返っている。 親子や友達同士、また恋人同士が楽しそうに公園の中でそれぞれ寛いでいるのを見て僕は溜息をついた。 何だろう・・・この前エマとケンカをしてから気分が重い。 何か自分が悪い事をしてるような、そんな気分だ。 "だったら思い出してみれば?!がどれだけダンの事を想って考えてたか!" あの時のエマの悲しげな顔が頭に浮かぶ。 そのたびにズキンと胸が痛んだ。 がどれだけ僕を想っていたか? そんなの知ってる・・・知ってたさ。 だけど・・・じゃあ何で何の連絡もよこさないんだよ・・・ あのメッセージを見たなら・・・僕の気持ちは伝わったはずだ。 なのに・・・からは何の連絡もなかったんだ。 だから僕は他の子と恋をした。 それの何がいけないって言うんだ・・・? 振られたのは僕の方なのに・・・ ズキズキと古傷が痛み出し、僕は顔を顰めた。 (息苦しい・・・) の事を思い出すたび、この痛みが僕を苦しめる。 「はぁ・・・」 思い切り溜息をついて少しだけ顔を上げた。 その時ポツっと頬に冷たいものがあたり、空を見上げる。 「雨・・・?早いな・・・」 そう呟いて、やっぱり早く帰ろうと足を速めた時だった。 「・・・・・・っ」 人ごみの中に見た気がしたんだ。 あの・・・懐かしい・・・笑顔を― 「・・・?!」 そう叫んだと同時に走り出す。 前から歩いて来る人にぶつかりながら、それでも僕は必死に走った。 あれは・・・確かにだった・・・ 楽しそうに笑いながら・・・誰かと歩いてた・・・ 人ごみの合間から一瞬だけどらしき女の子が歩いて行くのが見えた。 それを見た瞬間、ドクドクと体中の血が一気に熱くなるような感じがした。 「・・・!」 何度も彼女の名を呼ぶ。 この感覚・・・見間違いじゃないと思った。 なのに・・・ どこにも・・・いない・・・? 「はぁ・・・はぁ・・・」 とうとう公園の端に出てしまって僕はいったん足を止めた。 「・・・」 ぐるりと辺りを見渡した。 だがこの広い公園の中でたった一人の女の子を探すのは大変だ。 見間違い・・・か? これだけ必死に探したのに・・・はおろか日本人らしい子は一人もいなかった。 のことを考えてたから・・・幻を見たんだろうか・・・ 「バカか、僕は・・・」 そうだよ・・・がこのロンドンにいるはずない・・・ 彼女は今、日本の空の下だ。 「そう・・・身間違えたんだ・・・」 息苦しい中、そんな言葉が口から洩れた。 軽く深呼吸をして息を整え、もう一度公園の方を振り返る。 さっきパラついた雨はあれで終わったのか、今は少しだけ夕日が顔を出している。 ―――帰ろう。 自分の愚かさに思わず苦笑いした。 そして踵を翻し、自分のフラットに戻ろうとした時、ポケットの中で携帯が鳴り出す。 すぐに出してみたが、もしケイティだったら・・・と手が止まった。 (今は彼女と話せない・・・) そう思いながら携帯を開いてみると、そこにはケイティではなく懐かしい名前が表示されていた。 「・・・もしもし?」 僕は思わず通話ボタンを押していた。 受話器の向こうからは久しぶりの明るい声― 『ようダン!久しぶり!』 「ああ、チャーリー。元気か?」 懐かしい級友の声に僕もつい笑顔になる。 今の重苦しい気分が少し晴れた気がした。 「どうした?急に電話なんて・・・」 最近、チャーリーはプロのチームの練習に参加してて忙しいと言ってたはずだ。 僕はフラットの方に歩き出しながら、そう尋ねる。 すると途端にチャーリーの声のトーンが落ちた。 『ああ、いや・・・さ。ほんとは・・・言うつもりなかったんだけど・・・何となく気になってさ』 「・・・?何の話?」 彼の言ってる意味が分からず、僕は首を傾げた。 すると受話器からは何だかモゴモゴ話す声が聞こえてくる。 『いやほら・・・ダンも気になってたようだし一度ちゃんと会って話した方がいいと言うか・・・そう言われたというか・・・』 「は?・・・どうしたの?チャーリー。何が言いたいんだよ・・・?」 いつもはポンポン言ってくるくせに、今日は珍しく歯切れが悪い。 僕は不思議に思って足を止めた。 すると受話器の向こうで何やら話し声が聞こえて― 『あーもう貸して!私が話す!』 「・・・エマ?!」 突然チャーリーの隣からエマの声が聞こえて僕は驚いた。 『もしもし、ダン?!』 「な・・・何でエマが?つか何でチャーリーと一緒にいるんだよ?!」 かなり驚いて大きな声を出してしまった。 だがエマはそんな僕を無視し― 『単刀直入に言うわ!今、がロンドンに来てるの!』 「・・・・・・え?」 『え?じゃないわ!今日チャーリーが会ったって言うのよ!で、ほんとはダンに内緒って思ったみたいなんだけど―』 「ちょ、ちょっと待てよ!がロンドンに来てるって?!」 『そうよ!そう言ったでしょ?私も今聞いたばっかでビックリしてる最中よ!』 何だかエマはいつにも増して機嫌が悪い・・・というか、きっと興奮してるんだろう。 「ってか・・・チャーリーが会ったって・・・」 『だ、だから・・・偶然ね!会ったらしいの!で、ダンに言うなって言われたけど、そうはいかないし電話したのよ!』 「・・・・・・嘘だろ・・・?ほんとか?」 『あーもう!疑り深いわね!じゃあデュークスってホテルに行ってみなさいよ!部屋番号は1124号よ!』 「な・・・」 『―エマ・・・違うって。1123だよ―え?あ、間違えた!部屋番号は1123号よ!早く会いに行ったら?』 「ちょ、ちょっと待てよ・・・。つか何でチャーリーと・・・」 『私の事はこの際どうでもいいでしょ?!行くの?行かないの?!』 エマは怖い声で僕に尋ねた。 いきなりそんな話を聞かされちゃ僕だって混乱する。 でも・・・じゃあ・・・・さっき見かけたのはやっぱり―― 『ダン!とはちゃんと話し合って離れ離れになったわけじゃないでしょ?!』 「・・・え?」 『ちゃんと会って、どうして連絡くれなかったのか聞きなさいよ!それを聞けばスッキリするんでしょ?』 「・・・エマ・・・」 『それで本当にの口から"ダンのことは忘れた"って聞くまでの想いを信じてあげてよ!』 エマは必死にそう言ってくれた。 さっきまで苦しかった胸が、冷え切ってた心がどんどん熱くなっていく。 『―お、おいエマ・・・そう言うけどさ・・・にはもう・・・―あーもう!チャーリーは黙ってて!』 エマの後ろでチャーリーが何かを言ってるが、エマは怒ってるようだ。 二人がどんな関係なのか、後で聞くとして僕はもう一度公園の方に走り出していた。 「エマ!サンキュ!」 『え?ちょっとダン、ちゃんと行くの―』 エマが何か騒いでたが、そこでいったん電話を切りポケットに突っ込む。 そしてハイドパークまで一気に走って行った。 ・・・!がロンドンに来てる・・・ やっぱりさっきのは彼女だったんだ! 一気に彼女の存在を確信した僕は元来た道を必死に走った。 もう諦めたはずの想い・・・ もう忘れ去ろうとしてた想い・・・ 2年前のあの日、心の奥底に閉じ込め無理やり鍵をかけたのが、今一気に溢れてきそうになる。 そうだ・・・僕は彼女の口から何も聞いていない・・・ 連絡がなかったから、もうダメなんだと勝手に思っただけだ。 でも・・・もしそうじゃなかったら・・・ の方にも何かあったとしたら・・・ 僕はそれを彼女の口から聞かなくちゃいけない― この時の僕は彼女と別れてから初めて迷いが消えていた。 (まだ・・・まだ、そこにいて・・・) 祈るような思いで僕は公園の中へと走って行った。 ポツっと頬に冷たい雫が落ちて私は顔を上げた。 「あ・・・雨かな・・・」 「嘘だろ・・・?」 悠木くんもウンザリしたように顔を上げる。 「でもまだポツポツしか降ってないし大丈夫よ」 「そうかな?ああ、でもの方がロンドンの天候に詳しいか」 悠木くんはそう言って私の顔を覗き込んだ。 「そんなことないけど―・・・?!」 「どうした?・・・」 不意に足が止まった。 そんな私を見て悠木くんが訝しげな顔で私を見る。 なのに・・・私は何も答える事が出来ず、ゆっくりと後ろを振り向いた。 「・・・・・・どうしたんだよ?」 「・・・・・・・・・」 "・・・!" そう・・・今・・・私を呼ぶ声が聞こえた気がした・・・ とても懐かしい響きで・・私の名を呼ぶ声が・・・ 辺りをぐるりと見渡した。 だけど人が多すぎて、よく分からない。 私は気づけばフラフラと一人で歩き出していた。 「お、おい!どこ行くんだよ?」 「―――っ」 不意に腕を掴まれてハっとした。 「あ・・・」 「どうした?誰かいたのか?」 悠木くんは心配そうな顔で私を見ている。 なのに私は笑顔が作れず、ただ黙って首を振った。 「ビックリするだろ?急にさ・・・」 「ごめん・・・」 「ほんと大丈夫か・・・?」 「・・・うん・・・何でもないわ?」 そう言って顔を上げると悠木くんは少し眉を顰めて辺りを見渡した。 「ほんとに・・・誰かいたんじゃないの?」 「・・・え?」 「そんな風に見えたから・・・」 「ち、違うの・・・あの・・・知ってる人がいたような気がして・・・」 「誰?こっちで出来た友達?」 「・・・う、うん・・・」 ぎこちない笑顔で頷けば悠木くんは軽く息を吐き出し、私の顔を覗き込んだ。 「もしかして・・・前の彼氏・・・とか?」 「――――っ」 ドキっとしてしまった。 それが顔に出たのだろう。 悠木くんは少し悲しげな顔で目を伏せ溜息をついた。 「・・・そんなに動揺するんだ」 「・・・え?」 「そいつに似た奴がいたらさ・・・。まだ・・・そんなに動揺するんだ」 「悠木くん・・・」 彼の悲しげな横顔を見てたらズキズキと胸が痛んだ。 「あ、あの―」 「まだ・・・忘れてない?」 「そんなこと・・・」 「ほんとに?」 「・・・ほんとよ?」 そう言って悠木くんを見上げる。 だが彼は軽く息を吐き出すと私の手をそっと繋いだ。 「そっか、分かった。ごめん・・・」 「う、ううん・・・」 「どっか入ろう?雨降って来たら嫌だしさ」 「そうだね・・・」 「あ、そうだ。この辺、詳しいんだろ?美味しい店とか知らない?」 悠木くんはわざと明るく振舞って私に微笑んだ。 その笑顔を見るだけで胸が痛む。 何だか・・・自分が悪い事をしてる気がして― ダンかもしれない、と思ったら、あんなに動揺するなんて・・・ もう・・・忘れたはずでしょ・・・? あの辛い想いを・・・心の奥底に閉じ込めて・・・ そう、きっと幻聴だ。 ロンドンにいるから・・・そう思ってしまうだけ。 だって・・・今更ダンが私の事を呼ぶわけないもの・・・ 今・・・私がいるのはダンのいない世界・・・ 今はこうして悠木くんと一緒にいる。 ダンのことは・・・忘れた・・・ もうあの頃には戻れない・・・ どんなに願ったとしても。 辛くて毎日泣いて、ダンの事を責めたのも今では思い出になったはずだ。 "どうして返事をくれないの・・・?あのメッセージは嘘だったの?" 何度も心の中でダンを責めた。 悲しくて・・・苦しくて・・・ でも・・・なのにダンと出逢った事だけは・・・その思い出だけは・・・心の奥で今でも光り輝いてる―― あなたのいない世界が怖くて 忘れたふりをした。 あの頃に戻れないと思うと 心が痛い でも胸にあるのは いつも・・・ "あなたに逢えてよかった" |
Postscript
どんどこ近くなってゆくかしらーーひゃーv(何アンタ)
と言う事で二人の再会はどうなるのかーー!(オイ)
凄い久々の登場です>チャーリーくん(笑)エマもルパートもねv(少しだけど)
こんなとこで繋がってたんですね~。似た者同士な二人を書いてるとちょっと楽しかった(笑)
治療してすっかり元気に(いや半分か)なった管理人、
書きかけだったダン夢を一気に書いちゃいました(⌒∇⌒)ノ
明日もお休みなら・・・また書くか他のをボチボチ・・・
本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...
【C-MOON...管理人:HANAZO】