こ の 空 、 ど こ ま で 飛 べ ば 君 に 逢 え る・・・?
Chapter.31 君と逢うために・・・04 Only you can love me...
どんなに探しても、の姿はどこにもなかった―― 『ほんとにだったの?見間違いじゃない?』 「そんな事ないよ・・・!そりゃ見たのは一瞬だったけど・・・だってすぐ思ったんだ」 ムキになってそう言うと受話器の向こうからエマの溜息が聞こえてきた。 ハイドパーク内でを探し回り、見つけられず途方にくれているとエマから再び電話が来たのだ。 『で・・・ダンはまだハイドパークにいるの?』 「いや・・・今は・・・」 そう呟いて目の前のホテルを見上げた。 「デュークスに来てる・・・」 『え?ホテルに行ったの?』 「うん。でも・・・はまだ帰ってなかったよ」 溜息交じりでホテルから離れ、近くのベンチに腰をかける。 このホテルはハイドパークの向かい側に位置するグリーンパーク内にあるので、 辺りは緑が多くベンチもところどころに設置されているのだ。 軽く息をつくと気温が低いせいで白い吐息が洩れた。 『そっかぁ・・・。まだ一緒なのかな・・・』 「え・・・?誰が?」 『え!あ、ううん、何でもないの、うん!』 「何だよ・・・変な奴・・・」 『そ、それより・・・どうするの?そこでが帰ってくるのを待つわけ?』 エマは軽く咳払いをしながら訊いて来た。 僕は迷わず、「もちろん待つさ」と言って腕時計を見れば午後6時になるところだった。 「だって研修で来てるんだろ?じゃあ、そんなに遅くならないうちに帰ってくるよ」 『そうだけど・・・今日じゃなくて明日にしたら?』 「え?」 その言葉に僕は驚いた。 さっきは会って話せと言ったくせに今度は明日にしたら?と言う。 その様子が変で僕は首を傾げた。 「何だよ・・・エマが言ったんだろ?と会えって・・・」 『そ、そうだけど・・・冷静になると今日はまずいかなぁって思って・・・』 「はあ?何でだよ。今日会うのも明日会うのも同じだろ?どうせ突然の再会になるんだし・・・」 『そうだけど・・・と、とにかくダンも一度冷静になってと話すこと整理したら?』 エマは何だか慌てた風にそんな事を言っている。 僕は思わず溜息をついてベンチに寄りかかった。 「整理も何も・・・の顔見てから思ったことを話すよ・・・。それにこのまま帰ってもどうせ眠れないし」 『で、でも―』 「あーもう!何だよ、急に。それに明日は撮影があるだろ?いつ終わるか分からないし気になって集中出来ないよ」 僕はそう言うと言葉に詰まってるエマに、 「とにかくが帰ってくるまで僕は待ってるよ。じゃ、明日報告するから」 と言ってエマが何かを言う前に電話を切ってしまった。 「はぁ・・・何なんだよ、もう・・・」 携帯をポケットにしまいながら僕は大きく息を吐き出した。 エマはいったい僕にどうしろって言うんだ? だいたいエマの説明を聞けばは研修か何かでロンドンに来てると言う。 だったら、その研修が終わればまた日本に帰ってしまうという事だ。 モタモタしてる暇はない。 でも・・・ほんとにが来てるんだな・・・ この同じ空の下に・・・いるんだ。 そう思うと何だか夢を見てるような、そんな感覚だ。 急に聞かされて心がついていってないんだろう。 それでも・・・もうすぐに会えると思うと自然と胸が熱くなってきた。 何度も何度も考えた。 どうしてが連絡をくれなかったのか・・・ ロンドンと日本に離れてしまうからと、それだけの理由で僕との事を忘れられたのか・・・ それだけの想いだったのかって・・・ついの気持ちを疑った。 でも・・・その答えが聞けるかもしれない・・・ 「はぁ・・・」 少し緊張してきて息を吐き出し夜空を見上げた。 真っ白な息が空に広がり、さっきよりも気温が下がったのが分かる。 「もしかしたら・・・雪が降るかもな・・・」 さっきから何となく気づいてた雪の匂い。 どんな匂いと聞かれると分からないが独特の空気があるから何となくそう思った。 マフラーを巻きなおし冷えた手をポケットに突っ込む。 その時、携帯が鳴り出しドキっとした。 「何だよ、こんな時に・・・またエマかな・・・」 さっき勝手に切ったから怒ってかけ直して来たのかもしれない。 僕はブツブツ言いながら携帯を取り出すと、そのまま相手を確認せず通話ボタンを押した。 「もしもし?エマか?」 『・・・・・・ダン?』 「あ・・・」 受話器の向こうから聞こえてきたのはエマの声じゃなかった。 「ケイティ・・・」 『あの・・・今、大丈夫・・・?』 「え・・・っと・・・あ~うん・・・」 少し気まずくて言葉に詰まった。 その様子を感じたのか、ケイティは不安そうな声で、『・・・あ、まだ取材中だった?』と訊いて来る。 何となく罪悪感を感じ、僕はなるべく明るい声で、「ああ、もう終わったし大丈夫」と答えた。 『そう・・・なら良かった』 ホっとしたように息を吐き出したケイティに更に僕の中で罪悪感が広がる。 「えっと・・・ごめん。家に帰ってからメールしようと思ってたんだ・・・」 『ううん。私こそごめんね?待ちきれなくて電話しちゃった・・・』 「いや、いいよ」 すまなそうに言ってくるケイティに僕は優しくそう言った。 『え、じゃあダン今はどこにいるの?まだ帰ってないんでしょ?』 「えっ?あ・・・っと・・・今は・・・」 不意に聞かれて僕は言葉に詰まったが、何とか「いや・・・家に帰る途中なんだ」と言った。 『そう。寒いでしょ』 「あーうん。今夜はかなり冷えるね」 そう言いながら再び空を見上げた。 空気が澄んでいるからか、綺麗な星が今夜はたくさん見える。 『ちゃんとあったかい格好してる?』 「うん、まあ。でもそろそろ手袋が必要かも」 そう言って携帯を持つ手に軽く息を吐いた。 寒さで指先が少しかじかんでいる。 すると受話器の向こうでクスクス笑う声が聞こえてきた。 『でも私が一緒だといらないでしょ?』 「え?」 不意にケイティがそんな事を言ってきて僕はドキっとした。 『だって私がいれば手を繋ぐからあったかいし』 「・・・・・・そう・・・か。そうだね」 なんて答えていいのか分からず曖昧な返事をする。 それに、いつが帰ってくるかとホテルの方ばかり気にしていた。 そんな僕の様子にやっぱり違和感を感じたのか、ケイティは少し不安げな声で、 『ダン・・・今、一人?』 「・・・え?何で?」 『何だか・・・そわそわしてる感じ・・・』 「・・・そ、そんなこと・・・」 そう言いかけた時だった。 辺りを見渡した時、ハイドパークの方から歩いて来る人影が視界に入った。 白いコートを着てモコモコのマフラーをしている髪の長い女の子―― 僕は一瞬、その姿に釘付けになってしまった。 『・・・しもし?ダン?どうしたの?』 「あ・・・」 耳元でケイティの声がしてハっと我に返った。 そして慌てて立ち上がると、 「ご、ごめん。もう切らなくちゃ・・・」 『え?な・・・どうしたの?ダン―』 「ごめん!また明日電話するから・・・!」 そう言って僕はすぐに電話を切ると、さっきの女の子がいた方向に視線を戻した。 そこには・・・やっぱり彼女がいた。 あの雨の日に・・・別れて以来、ずっと忘れられなかった彼女が―― 「・・・・・・」 顔はハッキリ見えないのに僕はその子がだと確信していた。 名前を呼ぼうと彼女の方に歩き出そうとした。 なのに――― 「―――っ?」 その場から動けなくなった。 慌てて顔を逸らし、その子に背中を向ける。 心臓が一気に早くなり、そしてその奥がズキズキと痛み出した。 歩いて来る子は確かにだった。 だけど・・・彼女は一人じゃなかった。 隣には知らない男がいて、彼女の白いマフラーを直してやりながら優しく微笑んでいる。 彼女・・・もそれに対して嬉しそうな笑顔を見せると、その男に何かを言っていた。 それを見た瞬間、僕の足はそこに張り付いたかのように動けなくなってしまった。 二人がグリーンパーク内に入り、すぐ後ろの方を歩いて行くのが分かる。 僕の耳が懐かしいの声を拾うから。 それが英語じゃなくても・・・楽しげに会話をしてるんだって嫌でも分かってしまう。 過去に何度も聞いたの笑い声・・・ちっとも変わってないから。 二人が通り過ぎた頃、僕はゆっくりと振り返った。 はその男とホテルの方に歩いて行く。 二人は仲良さそうに手を繋いでいて僕は頭の奥が何かで殴られたかのような痛みが走った。 が・・・僕じゃない奴と手を繋いでいる。 僕じゃない男に寄り添って・・・楽しそうに笑ってる。 その現実が嘘であって欲しいなんて・・・思う僕は最低なのかな・・・ とっくに忘れたと・・・そう思い込んできた。 皆にも聞かれるたびに平気なフリをしてそう言ってきた。 (なのに・・・何で今更こんなに胸が痛むんだよ・・・) 何だかよく分からない感情がこみ上げ、僕はギュっと拳を握った。 二人はホテルの前で立ち止まり、何か言葉を交わしている。 それを見ながら僕はゆっくりと歩き出した。 「じゃあ・・・今日はご馳走様」 「いいよ、そんなの」 「門限、間に合う?」 「ああ、7時だしホテルも近いから。まあ・・・俺としては、まだと一緒にいたいとこだけど・・・」 「え・・・?」 「こっちは門限厳しいし仕方ないか・・・」 私が微笑むと悠木くんはちょっと笑って空を見上げた。 「しっかし寒くなったな・・・」 「うん。もしかしたら・・・今夜遅くに雪でも降るかもね」 「げ・・・やだな、それ」 「サッカーは雪でも休みがないんだっけ」 私がそう言うと悠木くんは笑いながら、 「まあ・・・に会えたら寒いのも我慢できるんだけど」 「な、何言って・・・それに明日は研修が・・・」 「午後3時には終わるんだろ?俺、明日の日曜はオフなんだけどなー」 悠木くんがそう言って目を細めながら私を見る。 その表情に私は思わず吹き出した。 「あー。何で笑うんだよ」 「ご、ごめん・・・。だって悠木くん、子供みたいなんだもの」 「子供で悪かったな・・・」 彼はまたスネたように呟き、コートのポケットに手を入れた。 それでも私がクスクス笑いながら見上げると困ったように微笑んで息をつく。 冷たい風が少し俯いた彼の柔らかそうな髪を揺らしてるのを見てると、悠木くんはポケットからそっと手を出し、私の髪を撫でた。 「まあ・・・相手だとどうしても冷静に対処出来ないんだよな」 「・・・え?あ・・・」 気づいた時には悠木くんに抱きしめられていて背中に回された腕にギュっと力が入るのが分かった。 ここはホテルのエントランスより少しだけ離れてるが色々と人の通りは多い。 もし同行している学校の誰かに見られたら・・・と思って私は慌てて体を離そうとした。 だけど悠木くんは力を緩めてくれる気配がない。 「あ、あの悠木くん・・・」 「ダメ。離さないよ」 「で、でも学校の人に見られたら―」 「いいじゃん、誰に見られても。俺達は付き合ってるんだからさ」 悠木くんはそう呟いて私の髪にキスをした。 ドキっとして顔を上げると、いつになく真剣な目をした彼が私を見つめていた。 「悠木・・・くん・・・?」 彼の様子に不安になり、伺うように名前を呼ぶ。 悠木くんは軽く目を伏せたが、すぐにいつもの笑顔を見せてくれた。 「何で・・・こんなに好きなんだろうな・・・」 「・・・え?」 「好きで・・・好きでどうしようもないよ・・・」 「・・・・・・・・」 彼の言葉に頬が赤くなり、思わず目を伏せた。 すると額に優しく触れる彼の唇。 「で・・・さっきの返事は?」 「・・・さ、さっきって・・・あ・・・明日の・・・」 「そう。研修終わったらさ。電話してよ」 悠木くんはそう言って腕を離してくれた。 私はホっとして、「うん、分かった」と彼を見上げる。 その瞬間、軽くキスをされた。 「じゃあ・・・俺、帰るよ」 「あ・・・う、うん・・・」 恥ずかしくて俯きながら頷くと悠木くんはちょっと笑って私の頭を撫でた。 「じゃ・・・また明日」 「あ、明日ね」 そこで私も顔を上げて笑顔を見せると悠木くんは最後に私の頭をクシャっと撫でて自分のホテルの方へと走って行った。 それを見送りながらも、つい周りが気になってしまう。 (だ、誰かに見られてないよね・・・?) そう思いながらぐるりとホテルの周りを見渡した。 「―――っ」 幻かと思った。 後方に視線を向けた時、そこに立ってるダンの姿が――― 「・・・ダン・・・?」 口から零れ落ちた声は震えていた。 体が硬直したみたいに動かない。 少しでも動けば目の前のダンが消えてしまいそうで・・・ ダンは寂しげな顔で、ただ私を見ていた。 何も言わず、ただ黙ってそこに立っている。 あの頃とは違う、少しだけ大人びた顔で・・・ 「ダン・・・」 先に動いたのは私の方だった。 風が吹き付けて髪が乱れるのも気にせず、ゆっくり、一歩一歩近づいていく。 まるで確かめるかのように、ゆっくり、そして静かに。 そんな私をダンは黙って見ていた。 コートのポケットに手を入れたまま静かに立っている。 でもあともう少し・・・手を伸ばせばダンに触れられると思った時、彼が静かに口を開いた。 「・・・久し・・・ぶりだね・・・」 「・・・・・・ダン・・・」 「元気、だった?」 その時、また強い風が吹いて私とダンの髪を揺らした。 あの頃よりも少し低くなったダンの声が風の音に混ざって私の耳に届く。 でも前と全然違うのはどこか冷めたような冷たい声。 どこか距離を置くような声に私はそれ以上近づけなくて足を止めた。 それでも信じられない思いでダンを見つめる。 「ダン・・・なのね・・・ほんとに・・・」 震える声で呟いた。 あの雨の日に・・・別れてから何度も逢いたいと願ってきた。 喉の奥が痛くて、目頭が熱くなる。 あれほど逢いたいと望んでいたダンが今、私の目の前にいる― 「・・・驚いたよ・・・。がロンドンに来てるって聞いて・・・」 そう言って少し笑みを浮かべるとダンは近くのベンチに腰をかける。 「、今日チャーリーに会ったんだって?」 「あ・・・」 「さっき電話で聞いた。と言うよりは・・・エマから聞いたって感じだけど」 「エマに・・・?」 その言葉に私はチャーリーとの会話を思い出した。 そう、あの二人は今付き合っている。 チャーリーがエマに私の事を話すのは当然だと思った。 でも・・・重苦しい感情がこみ上げてくる。 という事は・・・私と悠木くんのことも聞いたのだろうか。 いや・・・もうダンは知ってるんだ。 この場所にいた時点でさっきの私たちを見てたはずだ。 そう思うと胸がズキズキと痛んだ。 ダンにだけは知られたくなかった、という勝手な思いが込み上げる。 (こんな私は最低だ・・・) さっきの悠木くんの笑顔を思い出し、また胸が痛んだ。 「・・・・・・」 「・・・えっ?」 名前を呼ばれてハっと顔を上げた。 ダンはベンチに座ったまま私を見ていて、その表情はやっぱり少し悲しげだ。 「・・・今・・・時間ある?」 「・・・時間・・・?」 「うん・・・。と・・・話そうと思って来たんだ」 ダンはそう言って立ち上がると私の方へゆっくり歩いてきた。 それを見ながらドキドキしてくるのを何とか抑えようとギュっと手を握り締める。 「あ、あの・・・少しなら・・・先生も一緒に来てるし一応門限があるの・・・」 「・・・そう。門限は何時?」 「え、えっと・・・7時半だけど・・・」 「そっか。今は・・・6時半過ぎだし・・・まだ平気?」 「うん・・・」 何の話だろうとドキドキしながら小さく頷くとダンは辺りを見渡した。 「・・・ここじゃ寒いし・・・僕の家でもいいかな」 「え・・・?」 一瞬、ドキっとした。 ダンの家という事は彼のお母さんもいるかもしれないと思ったのだ。 だがダンは私の様子に気づき、「ああ・・・今、一人で暮らしてるんだ」と言った。 「え・・・一人でって・・・」 「17になって家を出た。ここから近いし・・・」 ダンはそう言って先に歩き出した。 それを見て私も慌てて追いかけていく。 前ならこんな風に先に行ってしまうことなんかなかったから少し悲しくなった。 バカね・・・私達は2年も前に別れてるんだから当たり前なのに・・・ こんな事くらいで傷つくなんて・・・ 私は自分を諌めるように軽く深呼吸をして、そのまま足早に歩いて行くダンの後から着いて行った。 「どうぞ?」 僕がドアを開けるとは不安げな顔で中へと足を踏み入れた。 その後から自分も入り、すぐに暖房をつけてコートを脱ぐとソファに放った。 「適当に座って?今、紅茶淹れるし」 そう言ってキッチンへ立つとは中をキョロキョロしながらソファに腰をかけている。 それを見ながら僕は軽く溜息をつくとポットのスイッチを入れた。 ズキズキとさっきから押し寄せてくる胸の痛み。 どうしようもなく湧き上がってくるどす黒い感情・・・ 自分で見た光景を信じたくないのに、頭の奥にこびり付いたように離れない。 僕以外の男にキスされてるの姿が・・・・・ に恋人が出来てた。 そんなの在り得る事なのに僕はそれだけで動揺して、あのまま帰ろうとした。 でも何とか心を奮い立たせ、二人の方に歩いて行った。 が一人になったら声をかけようと・・・ でもすぐ傍まで歩いて行った時・・・あの男がを抱きしめる光景が目に入って愕然とした。 足元から嫌な感情が湧きあがって体中が熱くなった。 何か・・・大切なものをとられたような、そんな感覚で怒りを覚えたんだ。 ――――嫉妬。 前にも感じた事のある重くどす黒い感情・・・ とっくに別れ、忘れたとさえ思っていたはずなのに、僕はさっきにキスしていたあの男に嫉妬、した。 その場から逃げ出したくなるのを何とか堪えてたけど、結局に笑顔の一つも見せてやれない・・・ ほんと・・・情けない。 ピッピと音がしてハっとした。 見ればポットのお湯が沸いたのか明かりが点滅している。 僕は軽く深呼吸をすると紅茶を淹れてリビングに歩いて行った。 「はい」 「あ・・・ありがとう・・・」 テーブルにカップを置くとはちょっと微笑んで僕を見上げた。 その瞳にドキっとしたが、そのまま彼女の向かいに腰をかける。 はカップを持つとゆっくり唇に近づけ、紅茶を飲んでいる。 そんな彼女を見ながら、ふと"綺麗になったな・・・"と、そこで初めて気づいた。 綺麗な黒髪はあの頃と変わらず、今も腰まで伸ばされている。 前と違うのは短かった前髪が少し長めにカットされていて、それが綺麗にサイドに流れていた。 それだけで目を伏せて紅茶を飲む彼女が酷く大人びて見える。 カップをささえる細い指先さえ、もう少女とは言えないくらい女らしく感じた。 「美味しい・・・」 「え・・・?」 暫く彼女に見惚れていてハっとした。 はカップを置くと、「ダンが淹れてくれた紅茶・・・久しぶりに飲んだな」と呟く。 その寂しげな表情さえ、僕の胸を痛くさせた。 「・・・エマやルパートは・・・元気?」 「・・・え、あ・・・うん。まあ・・・相変わらず・・・かな」 「そう・・・。会いたいな・・・」 は懐かしそうな笑みを浮かべてソファに寄りかかる。 その表情も、あのあどけなかったとは違うように見えてズキっと胸が痛んだ。 「・・・・・・」 僕は少しだけ身を乗り出すと膝の上で手を組んだ。 このまま色々な想像をしてるより、早く答えが聞きたかった。 だが彼女は少しドキっとしたように僕を見ると、軽く目を伏せる。 「・・・あの・・・やっぱり他で話した方が・・・いいんじゃない?」 「・・・え?」 いきなり、そんな事を言い出し僕は驚いて顔を上げた。 は黙って僕の方を見ている。 もしかして・・・あの男に気を使ってるんだろうか・・・ 僕とは二人きりでいたくないって・・・そう思ってるのか? 何だか無償にイラついて思い切り息を吐き出しソファに凭れた。 「・・・何で?」 素っ気無い言葉でそう訊くとは黙って目を伏せた。 だが軽く息をつくと、「ここ・・・彼女も・・・来るんでしょ?」と呟く。 その言葉に僕は眉を顰め、再び身を乗り出した。 「・・・彼女?」 「うん・・・あの・・・ケイティって子・・・」 「・・・な・・・何で?」 ドキっとした。 まさかの口からケイティの名が出るとは思ってなかったから。 でも、そうだ。 僕と彼女の事は何度か雑誌にも載っている。 つい先日だってパパラッチされたものが雑誌に出回っているし、 だって日本でこっちのゴシップを見る機会なんて、いくらでもあるだろう。 なのに・・・にだけはケイティとの事を知られたくなかった、と思う僕は最低だ。 僕の問いにはゆっくり顔を上げると何かをテーブルの上に置いた。 「これ・・・ソファの端に落ちてた・・・」 「・・・あ・・・」 テーブルの上に置かれた物。 それはケイティがつけているピアスだった。 僕が何も言えないでいると、は笑顔のままソファを立ち上がる。 「も、もし彼女が来ちゃったら・・・大変でしょ?誤解されるし・・・」 「ちょ・・・待てよ・・・」 何だか酷く慌てた様子で部屋を出て行こうとするに僕は驚いた。 急いで立ち上がると彼女の腕を掴み、こっちに向かせる。 「別に気にしなくていいよ・・・っ。彼女は今日は来ないから・・・」 「で、でも来なくても・・・ケイティにしたら嫌なんじゃ―」 「だから気にしないでいいって言ったろ?!」 「―――っ」 あまりにケイティの事を言われて僕は思わず大きな声を出してしまった。 はビクっとしたように僕を見上げて一瞬、悲しげな顔をする。 ハっとした僕は掴んでいた彼女の腕を離すと、思い切り息を吐き出した。 「・・・そんな話をするのに来てもらったわけじゃないから」 彼女から顔を逸らし、素っ気ない言葉でそう呟く。 ケイティの話は避けたかったのだ。 そう・・・僕が話したいのは・・・そんな事じゃない。 本当に話したいのは― 「・・・今更・・・何の話・・・?」 「・・・・・・っ?」 不意にが顔を上げた。 今まで見せたことのない険しい表情。 その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるように見える。 「・・・・・・」 「わ、私は・・・必死に忘れたのに・・・今頃になって会いに来て話があるなんて・・・」 はそう言うとギュっと唇を噛んだ。 だが僕はその言葉を聞いて胸が軋むように痛み、更に怒りが込み上げた。 「・・・何だよ、それ・・・。勝手なこと言うなよ!」 「・・・?!」 思わず怒鳴ってしまった。 悔しさだけがこみ上げてきて、一人、勝手に忘れようとしていたにその想いをぶつける。 「何が忘れた、だよ!僕は・・・それでも最後にきちんと話したくてずっと連絡待ってたんだ・・・」 「な・・・それは私よ・・・!ダンなんて返事もくれなかったじゃない・・・!」 「何の事だよ・・・!それはだろ?僕がどんな思いで日本に行ったと思ってるんだよっ」 「分かってるわ?!私は・・・あのメッセージを読んでダンが来てくれた事が凄く嬉しかった!だから―」 「なら何で連絡くれなかったんだよ・・・!」 そう怒鳴るとはハっとした顔で言葉を切った。 「そ、それは・・・手紙に書いたじゃない・・・間に合わなかったからって・・・」 「・・・手紙・・・?何の事だよ・・・」 「・・・っ!な・・・何の事って・・・」 「・・・?」 僕の言葉には驚いたような顔をした。 次の瞬間、彼女の大きな瞳からポロっと涙が零れ落ちる。 「もう・・・いい」 「・・・何が・・・?」 一歩あとずさる彼女に僕は眉を顰め問い掛ける。 の頬にポロポロと涙が零れ落ちるのを見て思わず抱き寄せたくなった。 だがは唇を噛み締めて僕を見上げると、 「今更・・・こんな事で言い合いしたって仕方ないじゃない・・・もう終わった事でしょ・・・?」 「・・・?」 「いいじゃない・・・。ダンには今ケイティがいる・・・。私も・・・必死に次の恋を見つけた・・・もういいじゃない・・・」 はそう言うとドアに手をかけた。 「ちょ・・・待てよ、・・・」 「来ないで・・・っ。ダンの事・・・いい思い出のまま別れたいの・・・。こんなケンカなんてしたくない・・・」 「おい、―」 僕に背を向けたままそう言うと、彼女は部屋を飛び出していった。 一瞬、動けなかったが、すぐ我に返るとを追いかけようと部屋を出た。 廊下を走っていくとエレベーターは僕の目の前で閉じられ、俯いたままのが見える。 僕は軽く舌打ちをすると非常階段に向かい、そこの階段を一気に駆け下りた。 「・・・!」 下に着くと、すでには大通りの方に向かって走っていた。 だが僕が追いかけようとした、その時、が通りを渡っていくのが見えて足が止まる。 彼女はそのまま人ごみにまぎれて見えなくなった。 「・・・」 一気に走ったせいか心臓がドクドク響いて思わず息を吐き出した。 冷たい風が熱くなった頭を冷やしてくれる。 コートも何も着ないまま、僕は暫くその場に立っていた。 初めて・・・彼女を泣かせてしまった・・・ 後悔と疑念だけが残り、胸の痛みだけが増してゆく。 どうして・・・もっと冷静に話せなかったんだ・・・! ちっとも成長していない自分自身に苛立ちを覚え、アスファルトを蹴飛ばした。 "ダンの事・・・いい思い出のまま別れたいの・・・" の言葉が胸に刺さり、傷口が開いてゆく。 閉じ込めたはずの想いと一緒に溢れ出し、僕は堪らなくなった。 「はぁ・・・」 肌を刺すような冷たい風に僕は思わず顔を顰めた。 その時、頬に白いものが落ちてきて空を見上げる。 「雪・・・」 夜空からふわふわと小さな粉雪が落ちてくる。 それが時々風に煽られ、まるで雪のイルミネーションのように綺麗だった。 「はぁ・・・はぁ・・・」 一気にホテルまで走って来たからか、息が苦しくなって手前でやっと足を止めた。 そして目の前にあったベンチに座ると思い切り息を吐き出す。 白い吐息が舞い上がり、さっきよりも気温が下がっているのが分かった。 涙で濡れた頬が冷たい風でどんどん冷えていく。 私は指で涙を拭うとベンチに寄りかかり夜空を見上げた。 するとチラチラと白いものが舞ってくる。 「雪・・・どおりで寒いはず・・・」 白い粉雪は次から次に落ちてきて時折、風に吹かれ桜吹雪のように宙に舞う。 それが綺麗で私は暫く寒さも忘れ、それを見ていた。 "勝手なこと言うなよ!" さっきのダンの声が頭に響く。 初めてダンとケンカをした・・・ あんなに怒ったダンを見たのは初めてだ。 でも・・・私は悪くないんだから・・・ せっかく忘れようと必死に頑張ってきたのに・・・今頃現れて話がある、なんて・・・ 連絡を待ってたって・・・じゃあどうして手紙の返事をくれなかったの・・・? それどころか・・・ダンは手紙の事を忘れてたようだった・・・ それがショックで何もかもがどうでも良くなってしまった。 手紙は送り返されてこなかった。 だから・・・ちゃんと家に着いたはず・・・ 「はぁ・・・」 また瞳に涙が浮かび、私は慌てて手で拭った。 ケイティとの事も知ってはいたが、あんな風に実際に彼女の存在をダンの部屋で感じてしまい、内心凄く動揺した。 ううん・・・動揺なんてものじゃない・・・ 心の奥から嫌な感情が溢れてきて・・・凄く・・・嫌な気分だった・・・ ―――嫉妬。 あの感情は嫉妬だった。 あんな・・・ソファの隅にピアスが落ちてる事にドキっとした。 ピアスなんて簡単には落ちない・・・ このソファに二人で座って・・・彼女を優しく抱きしめたの? 彼女に優しくキスをしたの・・・? それとも二人はもう――― そんな嫌な想像ばかりが頭に浮かび、あの場所にいられなくなった。 醜い感情に押しつぶされそうで・・・だからダンにもあんな酷いことを言ってしまったのだ。 (そんな恋人がいるのに・・・今更私に何の話があるっていうのよ・・・) 悔しさがこみ上げてきて私は思い切り頭を振った。 忘れたはずの想いが殻を破って溢れてきそうで必死に堪える。 「もう・・・忘れたのよ・・・。ダンは・・・あの頃のダンとは違う・・・」 そう呟いて、ふと冷たい横顔を思い出した。 前のダンは・・・あんな顔見せたこともなかったのに・・・ あんなに優しかったダンが・・・もうここにはいない気がして切なくなった。 でも仕方ない・・・ 私はもうダンの恋人でも何でもないんだ・・・ 優しくされる対象ではなくなってしまった・・・ 不意に涙が零れて慌ててそれを拭った。 「帰らなくちゃ・・・」 ふと時計を見れば、すでに7時28分。 門限の時間ギリギリだった。 明日は研修があるし今はあれこれ他の事で悩んでる時じゃない・・・ そう・・・過去の恋に悩んでても仕方がないんだから― 私は小さく息をつくと一気にベンチから立ち上がった。 歩き出した私の周りに白い雪が落ちてくる。 この醜い心も・・・こんな風に真っ白に染めて欲しいと願った。 解放して 私を早く・・・ あなたなしで生きる 未来の寂しさから自由にしてよ・・・ |
Postscript
連続でアップだす。
と言っても一気に書こうと思ったら凄く長くなりそうなので一旦ここで切りました(;´▽`A``
思いついてるとこだけ一気に書かないと忘れてしまいそうなのです(オーイ)
なので最近はダン夢を優先してアップしております。
他の夢は終わりそうな連載が一段落したら書きますので少々お待ち下さいませ<(_
_*)>
本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...
【C-MOON...管理人:HANAZO】