百 年 が 一 瞬 に 感 じ ら れ る











君 と い る と ―――

 

 

 

 

 



Chapter.33 君と逢うために・・・終幕              Only you can love me...








「じゃあ・・・送ってくれて、ありがとう・・・」



ホテル前につき、そう言ってダンを見上げると彼はちょっと微笑んで頬に軽く口付けた。


「門限、間に合う?」
「うん。少し早めに出たし・・・」
「そっか・・・良かった。ほんとはまだ一緒にいたいけど・・・」


ダンはそう言って少し寂しげな顔をした。
ギュっと握られた手の強さはダンの今の気持ちだ。
私と同じ・・・"まだ離れたくない"っていう思い。


お互いに想いを伝え合った後、何度もダンにキスをされた。
耳元で"好きだよ"と言ってくれる彼の言葉を聞くたびに、一つづつ心の奥に封印していたものが崩れていった。
でもそれを感じた分、私は何て酷い人間だろうと罪悪感に苛まれる。
悠木くんの想いを裏切って・・・結局はあんなに大切にしてくれた彼を傷つけた。
ダンとこうして想いが通じ合った幸せな気持ちとは裏腹に、酷く胸が痛かった。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、ダンが少しだけ私の手を引き寄せ抱きしめてくれた。


「・・・大丈夫?」
「・・・ん」
「ちゃんと・・・彼に・・・言える?」
「・・・・・・・・・」


ダンの問いかけに私は答えないまま小さく頷いた。


言わなくちゃいけないんだ。
きっと悠木くんは私の胸の痛みの何倍も傷ついてる・・・
だから・・・最後くらい、きちんと伝えないといけない。


そう思いながら顔を上げた。
すると額にダンの唇が触れてドキっとするのと同時に心が温かくなるのを感じた。


"愛しい・・・"


自然とそんな感情が湧いてきた。
そして自分がどれほどバカだったのかを思い知らされる。


・・・こんなにも大切な人を忘れようとしてたなんて――





・・・」


ダンの胸に顔を埋めていると不意に名前を呼ばれ顔を上げた。


「僕も・・・明日、彼女にきちんと自分の気持ちを、もう一度伝えてくるよ」


ダンは真剣な顔でそう言ってくれて私はコクンと頷く。
だがダンは少し目を伏せると、私の頭を優しく抱き寄せた。


「それで・・・もし彼女が分かってくれなかったら・・・」


その言葉を聞いてビクっとした。
それでも最後まで聞こうとギュっと唇を噛み締める。


「ケイティが分かってくれるまで・・・とは会えない・・・」
「・・・・・・ぅん」


彼がそう言うのを私は何となく分かっていた。
私も・・・同じ事を考えていたから――


「ごめん・・・には時間がないのに・・・」


そう言って顔を覗き込んでくるダンに私は涙を堪えて首を振った。


「いいの。当然だもん・・・。それに・・・私もそう言おうと思ってた・・・」
「・・・・・・」
「悠木くんが分かってくれた時は・・・ダンに連絡するね?」


精一杯の笑顔を見せてそう言うとダンも優しく微笑んでチュっとキスをしてくれた。


「僕も・・・ケイティが分かってくれた時は・・・電話する」
「うん・・・」
「でも、もし・・・が帰国する日までに無理だったら、その時は―」
「分かってる。日本に帰っても・・・連絡待ってるから」


今度は顔を上げて、はっきりそう告げるとダンは嬉しそうに笑顔を見せてコツンと額を合わせてきた。


「じゃあ・・・また・・・」
「うん・・・。またね、ダン」


そう言った瞬間、少し強引にキスをされた。
背中に回る腕の強さも胸を熱くさせる。
ダンの体温に交わるような感覚さえして、私はこんなにも彼の、この腕を求めていたんだと思い知らされた。


また・・・暫く会えなくなるかもしれない。
そう思うと不安でいっぱいになる。
でも仕方ない。
これが2人を傷つけてしまった私たちの罪と罰だから――



私がホテルに歩いて行くのを、ダンはずっと見ていてくれた。
それだけで泣きそうになる。
一時でも離れていたくないと心が叫んでるのが分かりながら、私は最後にダンに手を振ると急いでホテルのロビーに入って行った――














その夜、悠木くんから電話が来た。




『今、ホテルの外にいるんだ・・・。抜け出してこれない?』




とっくに就寝時間になっていた。
だが私は眠れず、一人起きて本を読んでいたのだ。
私は悠木くんの言葉に、「すぐ行く」とだけ告げて急いで服を着替えた。
隣にいるルームメイトも勉強をするのに起きていたが、事情を話すと、


「黙っててあげるから早く行ってあげなさいよ」


と言ってくれた。
私は彼女に御礼を言うとコッソリ部屋を抜け出し、急いでホテルの外へと出た。
外に出ると、また振り出した粉雪がチラチラと宙を待っている。
私はマフラーを巻きなおすと悠木くんの姿を探しながら歩いて行った。





不意に後ろから声がして振り向くと、大きな木の手前に悠木くんが立っていた。
彼はいつもと変わらない笑顔で私の方に歩いて来ると、「無理言ってごめんな・・・?」と微笑む。
その変わらない優しさや気遣いが辛くて涙が溢れてきた。
彼の言葉に黙って首を振ると、悠木くんは「少し・・・歩こうか」と言った。
私は頷くと黙って悠木くんの後ろから歩いて行く。
いつもなら一緒に歩く時、手を差し出してくる悠木くんも、今はコートのポケットに手を入れたまま黙って歩いていた。
それが2人の今の距離のように思えて胸がズキズキと痛みを増していく。


(泣いたらダメ・・・ちゃんと・・・話をしないと)


そう思いながら悠木くんに声をかけようと少しだけ彼に近づいた。
その時、ふと彼が立ち止まり、私の方を振り返る。


、寒くない?」
「・・・うん」


"こんな時まで私の事なんか気遣わないでいい・・・"


そう言ってしまいそうになる。
どうして・・・悠木くんの気持ちに答えてあげられなかったんだろう、と自分を責めてしまいたくなる。
でも・・・そんな事を考えたって仕方ないんだ。
彼を傷つけたと言う現実をしっかりと受け止めなければ・・・


そう思いながら私は悠木くんを見上げた。


「あ、あのね・・・」
「いいよ」
「・・・え?」


口を開いた途端、悠木くんがそれを遮るように言った。


「い、いいって・・・」


戸惑いつつ彼を見上げる。
そんな私を見て悠木くんは悲しそうな顔で微笑んだ。


の言いたい事は・・・分かってる。さっきも聞いたしさ」
「・・・悠木くん・・・」
「彼の事・・・忘れられないって・・・言ってたじゃん・・・」


悠木くんはそう言ってクシャっと前髪をかきあげ目を伏せた。
そんな彼を見て私は瞳に涙が浮かんだ。
それを必死で堪えるのにギュっと唇を噛み締める。


「ご・・・ごめ・・・ん・・・」


声が震えた。


(ダメだ、こんなんじゃ・・・。私が泣いてどうするのよ・・・)


そう思うのに、我慢するればするほど涙が浮かび視界がゆらゆらと歪んでいく。
握り締めた手も何か言おうと思えば震える唇も、すでに感覚なんて感じない。
その時、限界が来て俯いた時に涙が零れ落ちた。


「・・・ぃ・・・っく」


堪えていた嗚咽がつい洩れる。
もう涙はとめどなく流れてきて、慌ててそれを拭こうとした、その時・・・


「・・・・・・?」


「泣くなよ・・・。に泣かれたら・・・俺、どうしていいか分からないって言ったろ?」


ふわりと頭に置かれた手と彼の言葉に私はただ首を振るしか出来ない。
何を言いたいのかさえ、もう分からなくなってしまった。
すると悠木くんは苦笑交じりで軽く息を吐き出し、そっと私を抱き寄せた。


のこと・・・絶対泣かせないって思ってたのにな・・・今、お前を泣かせてるのって・・・俺なんだよな・・・」


「・・・・・・ちが・・・ぅ・・・!」


その言葉に思い切り首を振ると悠木くんは少し体を離して私の濡れた頬を指で拭いてくれた。


「・・・違わないよ・・・。俺は・・・まだ忘れてないって分かってたのに・・・お前の気持ちを無理に開かせようとした」
「・・・悠木く・・・ん」
の優しさにつけこんで・・・彼に対する気持ちを無理やり閉じ込めさせようと仕向けた・・・最低だよ・・・」


悠木くんはそう呟くと、ちょっと微笑んで「ごめんな・・・?」と言った。
私はただ首を振るだけしか出来なくて、そんな私を悠木くは優しく抱きしめてくれる。


「いつも不安だった・・・はいつか彼のところへ行っちゃうんじゃないかって・・・知らない男の影に怯えてた。
でももう・・・疲れたんだ・・・。の笑顔が見たかっただけなのに・・・無理に笑ってるお前見てるの・・・」


悠木くんはそう言って私の髪にそっと口付けた。


「でもそうさせたのは俺だから・・・ごめん」
「・・・そ、そんなこと―」
「いいって。もうお互い無理に笑うのやめよう?」
「・・・・・・っ?」
「今日からまた友達に戻ってさ・・・。昔みたいになれたら・・・それが一番いい・・・」


そこまで言うと悠木くんはゆっくりと私を離した。
顔を上げると、彼はちょっと笑って私のマフラーを巻きなおしてくれる。
それは彼がいつもしてくれる私への優しさ・・・


「暫くは・・・会えないと思うけどさ・・・。次に会う時は・・・俺、きっと吹っ切れてると思うし」
「・・・・・・」
「あ、それと多分、Jリーガーになってるかな?」


少しおどけながら、そう言った悠木くんは涙でぐしゃぐしゃの私を見て苦笑いを浮かべた。


「あーあ・・・ってほんと泣き虫だよなぁ・・・。その彼も苦労するよ、きっと」
「・・・・・・悠木くん・・・」
「って事で・・・今日からまた友達の一人として・・・宜しくな?」


そう言って目の前に手を差し出す。
でも私が少し俯くと、悠木くんは無理やり私の手を取り、軽く握手をした。


「俺がJリーガーになったら・・・応援に来いよ?」
「・・・ぅん・・・」
「あーそうだ。アヤとカオリも呼んでさ」
「・・・ぅん・・・」
「いつか・・・海外に移籍したら・・・その彼も連れて来いよ」
「・・・ぅ、ぅん・・・」
「・・・お前は・・・悪くないんだし気にすんなよ?」
「・・・・・・ッ?」


頭にポンと手を置かれ、ハっと顔を上げた。
悠木くんは優しい目で私を見つめながら、そっと頬に手を添えると、


「・・・幸せになって・・・。はいつでも笑っててくれないと・・・俺、心配でサッカーに集中出来ないよ・・・」


「・・・悠木くん・・・」


彼の暖かい言葉にまた涙が零れ落ちた。
その瞬間、悠木くんは少しだけ屈むと、私に触れるだけのキスをした。


「・・・最後の・・・キスって事で・・・彼には内緒な」


そう言って不意に私に背を向けた。


「・・・悠木くん・・・?私―」
「今日まで・・・サンキュ・・・。ほんと・・・楽しかった」
「・・・・・っ」
「次に会う時は・・・もっと・・・ちゃんと笑えるようになってるからさ・・・」


そう呟く彼の肩がかすかに震えていてハっと息を呑む。


「じゃあ・・・また日本で・・・」
「悠木く――」
「じゃな・・・!」
「―――待っ―ッ」


手を伸ばした先には、もう悠木くんの肩はなかった。
白い小さな雪だけが舞っていて風に吹かれてゆらゆら落ちてくる。
でもそれもすぐ涙で曇って見えなくなった。


「・・・ごめ・・・んね・・・ごめ・・・ん・・・。つらい事・・・言わせちゃって・・・ごめん・・・なさぃ・・・」


次から次に言えなかった言葉が口から洩れる。
最後まで優しかった悠木くんの想いに胸が痛くて・・・痛くて苦しかった。


好きだったのに・・・本当に好きだと感じていたのに・・・
あんなにも優しかった悠木くんを傷つけてしまった。





"幸せになって・・・"





その言葉だけが唯一・・・私の心にいつまでも暖かく響いていた――






































「嘘ぉー!じゃ、じゃあ、ダン、と・・・っ?!」





撮影スタジオの控え室でエマは素っ頓狂な声を上げ、目をまん丸にした。
横にいるルパートなんて言葉が出てこないのか、口を金魚かフナのようにパクパクさせてるし笑っちゃうよ、ほんと。


「な、な・・・マジかよ!」


やっと絞り出された言葉に僕はちょっと笑ってしまった。


「こんな事で嘘なんてつかないよ」


そう言って肩を竦めるとエマとルパートは互いに顔を見合わせた後、また僕を見た。


「きゃー!嘘みたい!やったじゃない、ダン!!」
「ひゃー!すっごいなーダン!!2年越しの想いってやつかよ!」


2人同時にそう叫びながら僕に飛び掛って来た(!)


その後、事の経過を話すハメになってしまった・・・。
















「え・・・じゃ、じゃあ・・・ケイティがちゃんと分かってくれるまで・・・と会わないってこと・・・?」
「うん」
「うんって!そんなの難しいだろ?もしケイティが別れないって言ったらどうすんだよ!」


案の定、2人は僕たちの決めたことに驚き、そんな事を言っている。
僕は衣装から私服に着替え終わると2人の前に座った。


「だから分かってくれるまで何度でも話すよ」
「だ、だっては冬休みが終われば、また日本に帰っちゃうんでしょ?!それまでにケイティが納得してくれる?」
「そうだよ!もし納得してくれなかったら、とまた暫く会えなくなるんだよ?」
「分かってるよ。でも・・・もしそうなってもは日本で待っててくれるって言ってくれたし」


僕の言葉に2人は呆れたように溜息をついてソファに凭れかかった。


「ったく!どうしてダンは呑気なの?」
「ほんとだよ!は大学生になるまでロンドンには来れないって言うのに!」


2人の心配は痛いほど分かった。
僕だって全く不安じゃないと言えば嘘になる。
でも、それでも今日まで傍にいてくれたケイティの気持ちを無視してまでと一緒にいる事を選んでも後悔すると思ったのだ。


「エマ、ルパート・・・僕だって・・・とやっと会えて誤解も解けたのに、また会えないなんて嫌だよ?
でも・・・少なからず僕はケイティの事を好きだった。それがほどじゃなくても・・・
その彼女を傷つけたまま、自分だけと会う事なんて出来ないって思ったんだ・・・。
奇麗事かもしれないけど・・・僕はケイティの気持ちを無視してまで今、と会いつづけることは出来ないよ・・・」


静かな口調で話すと2人も小さく頷いてくれた。


「分かったわ・・・。ダンがそうまで言うなら・・・でもも同じ気持ちなのね?」
「うん。も・・・彼に話してからって言ってくれてる・・・」
「そう・・・」


エマは少し複雑そうな顔で溜息をついた。


「何だか複雑・・・」
「え?」
「・・・ダンとが元に戻ってくれたのは凄く嬉しいのよ?でも・・・チャーリーがの彼と凄く仲が良くて・・・」
「ああ・・・そう・・・なんだってね」
「チャーリーから、彼がどれだけの事を好きかって聞いてるから・・・」


エマはそう言うとちょっと肩を竦めた。


「でも・・・仕方ないわよね。自分の気持ちを偽ってまで一緒にいてももっと傷つけるだけだし・・・」
「・・・うん・・・」


そう・・・僕らの擦れ違いのせいで・・・こんな事になってしまった。
ほんの小さな・・・擦れ違いのせいで・・・


僕はソファから立ち上がるとコートを羽織り、帽子をかぶった。


「行くの?ケイティのとこ・・・」
「うん。これから・・・行って来る」
「会ってくれるかな・・・」


ルパートが心配そうに僕を見上げてきた。
僕はちょっと微笑むと、「会ってくれなくても・・・何度でも会いに行くつもり」と言って彼の肩にポンと手を乗せた。


「じゃあ・・・行って来るよ」
「うん・・・」
「後で連絡しろよ?」


僕は2人に手を上げると静かに控え室を出て外に向かった。
そしてケイティの家の方へ歩いていると、ポケットの中で携帯の着信音が鳴り響き、ふと足を止める。
携帯を出して見てみると、それはからのメールで僕はドキっとした。


からメール・・・?もしかして・・・彼に話して分かって貰ったんだろうか・・・)


ドキドキしながらメールを開いた。
すると、そこには短い文章で、


――彼の方から別れを切り出してきました。そうさせてしまったのは私なんだよね…。でも彼はこれからも友達だと言ってくれたよ。


それを読んで僕は胸が痛くなった。


相手の方から別れを持ち出した――


それが、その男にとってどれほど辛いものだったのか・・・僕には何となく分かる気がした。
僕も2年前に一度、を失っているから・・・。
きっとその恋人は・・・の気持ちを優先したに違いない。
それほど・・・その彼はの事が好きだったんだろう。


そして・・・ふとの事が心配になった。
彼に別れを切り出され、彼女は痛いほど相手の想いを感じたはずだ。
もしかしたら・・・凄く落ち込んでいるかもしれない・・・


出来れば今すぐ飛んでいって抱きしめてやりたいと思った。


でも・・・出来ない。
僕もきちんと彼女に話をしなければ・・・


の元へ行きたい気持ちを抑えて、僕は簡単に返信をしておいた。




――僕も今からケイティと話をしてくる。、辛いかもしれないけど・・・負けないで連絡を待ってて欲しい。



それをすぐに送信した。


・・・待ってて・・・」


携帯をしまうと僕は再び、ケイティの元へと歩き出した。





















「どうしたの・・・?」


僕が家に行くとケイティは泣きはらした顔で出てきた。
その顔を見て決心が揺らぎそうになったが、ぐっと堪えて口を開いた。


「話が・・・あるんだ・・・」
「・・・何の話?」
「・・・・・・少し・・・話せないかな・・・」


視線を逸らしたままの彼女に、そう言うとケイティは家の中を気にしながらコートを羽織り、外に出てきた。


「ママがいるの。外で話そう」


それだけ言うとケイティは裏へと周り、僕はそれについて行った。
彼女の家の裏には小さな庭がある。
ケイティは庭に入ると小さなブランコに腰をおろした。


「もう・・・会いに来ないと思ってた・・・」


ケイティは目の前に立った僕を苦笑交じりで見上げる。
その言葉に僕はゆっくり首を振ると、隣のブランコに座った。


「そんな事しないよ。ちゃんと・・・ケイティと会って話したかったんだ」
「・・・何の話?」
「・・・・・・」


ケイティは普段見せないようなキツイ目で僕を見た。
その瞳には怒りや諦め、悲しみといった色々なものが滲んで見える。
僕は軽く息を吐き出すと彼女を真っ直ぐに見つめた。


「昨日は・・・ごめん・・・。でも・・・やっぱり、これ以上ケイティと付き合えない・・・」
「・・・嫌よ」
「・・・ケイティ・・・」


キッパリとそう言った彼女は僕を冷めた目で見つめた。


「どうせ私と別れて、あの子とまた付き合うつもりでしょ?」
「それは―」
「嘘つき!もう忘れたって言ったじゃない!なのに何で今更――」
「ほんとにごめん・・・。そのことは・・・誤るよ。でも忘れようとしてたのは本当なんだ・・・」


僕がそう言うとケイティは怒ったように立ち上がった。


「でも忘れられなかったって事じゃない!」
「ケイティ・・・落ち着いて聞いてくれよ・・・っ」
「嫌よ、離して!」


僕が彼女の腕を掴むと思い切り振り払われた。
ケイティの瞳に涙が溢れてポロポロと頬を伝っていく。


「私の事を振って彼女のとこに行くの・・・?そんなの許さない!私、別れないわ?」
「ケイティ・・・!」
「これから会いに行こうとしてたの?私と別れ話をしてから彼女のとこへ行くつもりだったの?」


ケイティは泣き叫びながら僕の胸を叩いてきた。
そんな彼女の肩をそっと掴むと、「ケイティ、落ち着いて・・・」と声をかける。


「僕は・・・ケイティが分かってくれるまで彼女と会うつもりはないよ・・・」
「・・・な・・・何よ、それ!」
「そう決めたんだ・・・。ちゃんと・・・ケイティに―」
「分かって欲しい?何をよ!って子が好きなんでしょ?だったら気にしないで勝手に会えばいいじゃない!」
「ケイティ・・・!」
「それでも別れてなんかあげない・・・私は・・・私にはダンしかいないんだもの!」
「ケイティ・・・?!」


彼女はそう叫ぶといきなり走って行ってしまった。
慌てて追いかけ、通りに出たが彼女の姿はすでに見えなくなっていた。


「ケイティ・・・」


辺りを見渡したが彼女らしき姿が見当たらず、僕は溜息をついた。


(やっぱり勝手な事なのかもしれないな・・・。分かって欲しいなんて僕の自己満足でしかないのかもしれない・・・)


ケイティの泣き顔を思い出し、胸がツキンと痛むのを感じながら僕はゆっくりと歩き出した。































「はぁ・・・」


思い切り溜息をついてダンのフラットを見上げた。
先ほどのダンからのメールを読んで、つい心配でホテルを飛び出してきてしまったのだ。


ダン・・・まだ話してるかな・・・。
でも・・・連絡が来るまで会っちゃいけないんだよね・・・
落ち着かなくて、つい来ちゃったけど・・・


そう思いながらも、やっぱり帰ろうと踵を翻した。


「あ・・・ッ」


「―――ッ?」


その時、前から思いがけない人が歩いてきて、私は思わず息を飲んだ。


「あなた・・・何しに来たの・・・?」


ケイティは私に気づくと怖い顔でこっちに歩いてきた。
私はドキドキしながら言葉が見つからない。


「私が納得するまで・・・ダンとは会わないんじゃなかったの・・・?」
「あ、あの・・・」
「それとも・・・話がついたってダンから連絡でもあった?」


ケイティは鼻で笑うと私の前まで歩いてきた。


「れ、連絡が来たわけじゃないの・・・。ただ気になって―」




パンッ



「―――ッ」




いきなり頬に痛みが走り、私は一瞬、唖然とした。
叩かれたんだ、と気づき、ケイティを見れば彼女の瞳には涙が溢れている。


「何で今頃ロンドンに戻って来たの?!どうして私からダンを奪おうとするのよ!」
「・・・・・・ッ」


そう怒鳴られ、彼女の苦しみが伝わってきた。


「2年前、ダンを捨てて日本に帰ったのはあなたじゃない!なのに何で今更・・・っ」
「ケイティ・・・ごめんなさい・・・。でも私とダンは――」
「聞きたくない!私とダンなんて言わないで!ダンは今、私と付き合ってるの!突然戻ってきて割り込んで来ないでよ!」


ケイティはそう怒鳴りながら私の肩をドンっと押した。
その拍子に後ろへよろけたが何も言えないでいるとケイティは怒りの目で私を睨みつけている。


「私が納得しなきゃ会わないなんて・・・バカにするのもいい加減にして!サッサと日本に帰っちゃってよ!」
「ケイティ・・・」
「・・・ダンは私のものなんだから」


彼女はそう言ってコートのポケットから家の鍵を取り出した。


「これ何だか分かる?」
「・・・え?」
「ダンの部屋の合鍵よ」
「・・・・・・っ」
「ダンがここに引っ越してきた時、私にくれたの。いつでも来ていいって・・・」
「・・・ケイティ・・・」


胸がズキズキと痛んだ。
私の知らない2人の2年間を見せ付けられたような気がして・・・
でも私には何もいう権利なんてない。


そう思って顔を上げるとケイティは私を見てニヤっと笑った。


「ここに泊まった事だってあるわ?」
「・・・え?」


ドクンと心臓が大きく跳ね上がった。
足元から嫌なものが這い上がってくる感覚に襲われる。
ケイティはそんな私を見て、「私とダンがどういう関係だか・・・聞いてないのね」と言った。


「・・・・・・関係・・・?」
「言えるはずないわよね。あなたには。でも・・・これで分かったでしょ?私とダンが簡単に別れられないって事」
「・・・・・・ッ」


ケイティの得意げな言い方に私は一瞬で胸の奥がズキズキと痛み出した。
それに耐え切れず、彼女の横を走り抜けると私は大通りを渡ってホテルまで一気に駆けていく。
それでも後ろから彼女の笑い声が聞こえてくる気がして耳を塞いだ。


(・・・いや!あんなこと・・・聞きたくなかった・・・!)


ズキズキと痛み出した胸の奥に思わず顔を顰める。



彼女のいう事が本当だとしても、それは仕方のない事だ。
お互いの気持ちはどうであれ、事実、私とダンは2年もの間、別れてたんだから・・・
でも・・・頭で分かっているのに、どうしても抑えきれない嫉妬や悲しみの感情が次から次へと溢れてくる。


今すぐダンに会いたい・・・こんな嫌な私を消し去って欲しい・・・。



どうしようもない激しい感情を私はもてあまして胸が潰れそうだった―
































半月後・・・











『え・・・まだ連絡こないのか・・・?』
「・・・ぅん」


受話器の向こうから驚いたような声が聞こえてくる。
私は溜息をつくと小さく頷いた。


『だって・・・あれから半月以上は経つだろう?』
「そうなんだけど・・・きっと彼女が納得してくれないんだと思う・・・」
『そんな呑気な!だって明後日には日本に帰るんだぞ?なのに―』
「いいの・・・。そういう約束だから・・・」


私がそう言うと悠木くんは大きな溜息をついた。
あの別れ以来、初めて電話をくれたのだ。
悠木くん達は明日、日本に帰国するようで、その報告もかねて連絡してくれたらしい。


『何かキッカケないと・・・かけられないからさ』


電話をくれた時、悠木くんはそんなことを言って笑っていた。


・・・』
「・・・え?」
『大丈夫か・・・?』
「な、何が・・・?」
『だいぶ・・・参ってるようだけど・・・。声に元気ないしさ・・・』
「・・・悠木くんは心配しすぎだよ・・・。それに・・・優しすぎるわ?」


あんな酷い事をした私の事を、まだ心配する彼に、ついそんな事を言ってしまった。
だが彼はちょっと笑うと、『優しすぎる男ってのもモテないんだなぁと実感してるとこだよ』と、おどけて答えた。


「悠木くんは・・・モテるわよ・・・」
『そうか?でも一番モテたい子にはダメダメだけどな』
「・・・・・・」
『って、悪い。別に変な意味じゃ―』
「う、うん、分かってる」


急に黙った私に悠木くんは慌てて弁解している。
そんなとこまで変わらなくて私はちょっとだけ噴出してしまった。


『やっと・・・笑ったな』
「・・・え?」
が笑顔でいてくれないと・・・俺、別れた意味ないからさ・・・』
「・・・悠木くん・・・」


その言葉に胸が痛んだ。
だが彼は笑いながら、「その男がもし、を泣かせるようなら、俺が今度一発蹴りでも入れてやるよ」と言った。
それが悠木くん独特の励ましだと気づき、思わず涙が溢れてくる。


「・・・ありがとう・・・。私・・・いつも悠木くんに元気もらってた・・・」
『な・・・何言ってんだよ・・・』
「だって、ほんとだもん・・・」
『そ、それよりさ!相手の男にメールでも何でもして早く会いに来いって言った方がいいぞ?』


悠木くんは照れたのか焦った様子でそう言った。



そんな彼の声を聞きながら、私は・・・凄く素敵な人と恋をしたんだな、と改めて思っていた。






























「ちょっとダン!まだケイティと話がつかないの?!」



僕が帰ろうとすると目の前にエマが怖い顔で仁王立ちをした。
ウンザリしつつ顔を上げると、その隣にルパートまでがやってくる。


「早く追い出しちゃえよ!まだダンのフラットにいるわけ?」
「・・・ああ。つか、分かってるよ、こっちだって・・・」
「だったら強気で話して別れちゃいなさいよ!彼女だって本当は分かってると思うわよ?無駄なことしてるって!」


エマはそう言って頬をめいいっぱい膨らませている。


分かってる・・・か。
そうだろうな・・・
でも・・・分かっていても・・・許せない事もあるんだろう。


ケイティは僕が別れ話をしに行った日から僕のフラットに居座っている。
彼女がどこかに行ってしまって仕方なく部屋に戻ると、中にケイティがいて凄く驚いたのだ。
だが彼女は僕の話を聞くどころか、「今日からここに泊まる」と言って無理やりうちに来てしまった。
両親には仕事の関係で友達の家に泊まると言ってあるらしい。
僕は困ると言ったが、ケイティは聞き入れてはくれなかった。


「とにかく!は明日の午後には帰国しちゃうのよ?分かってる?」
「あーもう、うるさいなー!分かってるよ!」
「だったら今夜中に彼女を説得しなさいよね!」
「はいはい・・・。あ、それより・・・勝手にケイティにメールとか送るなよ?エマまでグルだって責められるのは僕なんだしさ」


そう言ってエマを睨むと彼女はサっと視線を逸らしてしまった。


と言うのも、一昨日、エマが勝手にケイティへ、僕と別れてあげて欲しいという内容のメールを送ったのだ。
じゃないと2人が会えないまま、また離れ離れになると書いたんだとかで・・・
ケイティは僕に、「エマを使うなんて卑怯よ!」と怒ってきて、そこで分かったのだ。
まあ・・・僕とのためにしてくれたんだって分かってるんだけどさ・・・


「じゃあ・・・お疲れ」
「あ、今夜こそ説得するのよ?もう時間がないんだから!」


廊下に出ると後ろからエマの怒鳴り声が聞こえてきて僕は大きく溜息をついた。


(はぁ・・・ったく、ほんと敵わないよ、エマには・・・)


ブツブツ言いながらスタジオの外に出ると途端に冷たい風が吹き付けてくる。
僕はマフラーを巻きなおしてフラットへと歩き出した。
その途中にの泊まるホテルが見える。
僕はいつものように、グリーンパークへ入ると、その中をゆっくりと歩いて行った。


会えないと分かっていても、少しでもの傍にいれると思うだけで気持ちが違うのだ。
今頃、ホテルの中では何をしてるんだろうと思いながら、最近はいつもこの場所を通るようにしていた。


「明日か・・・」


ふと思い出し呟く。


明日が日本に帰国してしまう。
そんな事は痛いほど分かっていた。
彼女は研修で来てるんだし、それが終われば当然、日本へ帰るだろう。
そうなれば・・・がこっちの大学に入るまで会えないかもしれない・・・
いや・・・僕が仕事で日本に行ければいいのだが、次の来日のメンバーはエマとルパートだけだと聞いている。
きっと僕はこっちに残り、他の仕事が待ってるんだろう。
そう考えると・・・確かに気持ちが揺らぐ。


いっそ・・・もうに会いに行ってしまおうか・・・と何度考えた事か分からない。
でもそのたびに思い直し、何とか我慢してきた。


(まだダメだ・・・ケイティに分かって貰うまでは・・・)



ホテルを見上げながら、そう決心をするとケイティの待つフラットへと歩き出した。


























「お帰りなさい、ダン」


ドアを開けるとケイティが笑顔で顔を出す。
僕は「ただいま・・・」と呟いて部屋の中へと入った。


「寒かったでしょ。あ、ご飯出来てるよ?」


ケイティは僕のコートを脱がせながら、そんな事を言っている。
まるで新婚家庭のようで僕は軽く溜息をついた。


「ケイティ・・・。いいよ、そんな事しなくて・・・」
「え、どうして?前からじゃない」
「・・・そうじゃなくて・・・前と今じゃ状況も違うだろ・・・?」


そう言ってソファに座るとケイティは悲しげな顔で隣に座った。


「どう違うの?私はダンに色々としてあげたいんだもん・・・」
「ちょ・・・やめろよ・・・」


ケイティが抱きついて僕は少し体を離した。
すると途端に彼女の顔が怒ったように怖くなる。


「何よ・・・急に冷たくなるのね」
「それはさ・・・」
「あの子には優しくしてあげてるの?」


探るように聞いてくる彼女に僕はふっと視線を逸らした。


とは会ってないって何度言えば分かってくれるわけ・・・?」
「そんなの分からないじゃない・・・。今だって帰ってくる前に彼女のところに行って会えるでしょ?」
「・・・ケイティ・・・だから僕は君が分かってくれるまで―」


そう言いかけると突然ケイティが立ち上がって僕を睨んだ。


「バカじゃないの?だってあの子もう日本に帰っちゃうんでしょ?だったら勝手に会いに行けばいいじゃないっ」
「・・・ケイティ・・・」
「そんなにあの子が好きなら・・・私の事なんて放っておいて会いに行けば?!」


涙を浮かべて必死に叫んでいるケイティに僕はゆっくりと首を振った。


「出来ないよ・・・」
「どうしてよ!だってあの子帰ったら大学までロンドンに来れないんでしょ?だったら―」
「君を傷つけたままで・・・僕だけに会いにいけない・・・」
「―――ッ」


そう言ってケイティを見つめると彼女の顔が悲しげに歪む。


「どうして・・・よ・・・。私のことなんて好きじゃないくせに・・・そんな奇麗事言わないでよ・・・」


声を震わせている彼女を見て僕は立ち上がると、そっとケイティを抱き寄せた。


「酷い事をしてるのも分かってる・・・。奇麗事かもしれないって事も・・・でも・・・僕はケイティに救われたんだ・・・
それだけは確かな事だから・・・。もう・・・前のように傍にはいれないけど今でも大切な人には変わりない・・・」


そう言って少しだけ体を離すと、ケイティは泣きながら僕を見上げた。
そして僕からパっと離れると涙を手で拭っている。


「・・・行けば・・・?」
「・・・え?」
「あの子のとこでも何でも・・・」
「ケイティ・・・」
「会いに行きたいんでしょ?だったら行ってよ!もう後悔しないように・・・!」
「・・・・・・っ?」


僕が驚いて目を見開くと、ケイティはプイっと顔を逸らした。


「私だって・・・ダンの辛そうな顔なんて見たくないのに・・・ずっと困らせてばかりだった・・・後悔してばかりだった・・・」
「ケイティ・・・」
「知ってたわよ・・・。ダンが忘れてない事・・・でも・・・それでもダンの傍にいたかった・・・」


ケイティはそう言って僕を見ると、いつものように優しく微笑んでくれた。


「ごめんね・・・?困らせてばかりで・・・」
「・・・そんな事・・・思ってないよ・・・」


泣き顔のまま微笑む彼女を僕は優しく抱きしめた。


「こんなに・・・想ってくれてありがとう・・・」


それは本心からの気持ちだった。
するとケイティは僕から離れて泣き笑いのまま首を振った。


「それより・・・早く行ってあげたら?私なら・・・適当に家に戻るから・・・」


それは彼女の精一杯の優しさだった。
でも・・・


「・・・いいよ。今夜は一緒にいる」
「な・・・何言って・・・っ。だってあの子明日には帰っちゃうって―」
「そうだけど・・・大丈夫。ちゃんと・・・会いに行くから・・・」


そう言ってソファに座ると、「それよりお腹空いたな」と彼女を見上げた。
ケイティは唖然とした顔をしていたが、ふっと笑みを洩らすと、「すぐ用意するね」とキッチンへ向かう。
僕はそんな彼女の背中を見ながらリモコンでテレビをつけてソファに凭れかかった。


本当は・・・今すぐのところへ飛んでいきたい・・・
でも・・・最後くらいはケイティと一緒にいてやりたいと思った。


彼女だって本当は分かってたんだ・・・
でも少しだけ困らせてやりたいって思ったんだろうな・・・


何となくその気持ちが分かって、僕は軽く息をついた。
すると・・・


「あ、あの・・・ダン・・・?」
「ん?」


ふと顔を上げるとケイティが困ったような顔をして、こっちへ歩いてきた。


「どうした?何か失敗した料理でも―」
「ち、違うの・・・実は・・・言ってなかったけど・・・私、この前って子に会ったの・・・」
「・・・・・な・・・え?い、いつ?!」


いきなりの言葉に僕はギョっとして立ち上がった。
するとケイティは言いにくそうに僕を上目づかいで見上げながら、


「ダンが・・・私の家に来た日・・・やっぱりダンと話したくて、私ここへ来たの・・・」
「う、うん・・・」
「そしたら建物の前にあの子がいて・・・」
「え?が?」
「うん・・・それでね・・・私ついカっとしちゃってひっぱたいちゃったんだけど・・・」
「な・・・っ」



一瞬、眩暈がした。


(まさかケイティとが鉢合わせしちゃうなんて・・・最悪だ・・・)


そう思って焦っているとケイティは更にぶっ飛ぶような事を口にした。


「でね・・・?それでも気が治まらなかったから・・・私、その・・・ダンと・・・そういう関係って言っちゃって・・・」


「――――は?!」


「ご、ごめんね?!そんな嘘言うつもりはなかったの・・・でも彼女にダンを取られるんだって思ったら、つい・・・」


(つ、ついって!!言うなよ、そんな事!!!)


一瞬で血の気がひいて僕はフラっとソファに座り込んだ。


「ダ、ダン、大丈夫?」
「・・・いや・・・うん・・・・・まあ・・・」
「あ、あの・・・ごめんね?きっとあの子も誤解してると思うの・・・だからダンからちゃんと説明してあげて?」
「あー・・・そ、そう・・・だね、うん・・・」


何だか頭が真っ白・・・というよりは、もう"どうしよう"という言葉がグルグルと回っている。


(って事は何か?は僕とケイティがそういう関係―――つまりは・・・深い関係になったって思ってるのか?!)


「きゃ・・・ダン、大丈夫?!」


何だか体中の力が抜けて僕はソファに倒れこんでしまった。


「あ、あのダン・・・やっぱり今すぐ彼女のとこに行って誤解といてきたら?私なら平気だし・・・」


何故かケイティの方がオロオロしだし、(本当はいい子なんだよな)僕にそんな事を言っている。
だが僕は思い切り息を吐き出すと何とか体を起こして彼女に微笑んだ。


「いいよ・・・大丈夫。明日ちゃんと会って、その事も話すからさ・・・心配しないでいい」
「でも・・・」
「いいって。きっとは分かってくれてると思うし・・・」
「そ、そうかな・・・・。でも・・・凄い青い顔で走って行っちゃったけど・・・」
「・・・・・・・・・ッ」


(・・・・・・どうしよう。本気で心配になってきた・・・)


でも・・・大丈夫・・・なら・・・きっと理解してくれてる・・・(と思う。いや思いたいっ)(!)



「ダン・・・?」
「え?あーもう、そんな顔しないで。それより・・・ご飯にしよう?」


僕はある意味、開き直りながらケイティに笑顔を見せた。(多分引きつってたと思うけど)
ケイティはまだ心配そうな顔をしていたが、軽く息をつくと、


「分かった・・・。ほんと・・・ごめんね?」


と言ってキッチンへと戻っていく。
それを笑顔で頷きながらも内心、冷や汗がタラタラと流れていた。


(あぁ・・・・・・今頃、何を考えてるんだろう・・・)



ケイティの手前、ああ言ったが、僕はこの夜、激しく動揺し、なかなか寝付く事が出来なかった・・・

































「お風呂、開いたよ?」
「あ、はーい」


私がバスルームから出ると友達は入れ替わりに中へと入って行った。
私はバスタオルで髪を拭きながら冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出して一口飲むと軽く息をついた。
そのままゆっくりとテラスへ歩いて行くと、綺麗な月が夜空に浮かんでいる。


「はぁ・・・とうとう明日か・・・」


溜息と共にそんな言葉が口から洩れて私はベッドに腰をかけた。


とうとうダンから何も連絡ないまま帰国する日が来てしまった。
この分じゃ・・・ダンから連絡来るのは日本に帰ってからかもしれない・・・
でも仕方ない。
分かってもらえるまで会わないって2人で決めた事だから・・・
ダンを信じて待つしかない・・・
今、会えなくても・・・高校を卒業した頃、またロンドンに戻ってこれるんだから・・・(大学に受かればだけど)


そう思いながらバスタオルを壁にかけると私はベッドに寝転がった。
不安を消そうとウォークマンにスピーカーをつけて好きな音楽を流すと軽く目を瞑る。
でも、目を瞑ると思い浮かんでしまうのは、ダンとケイティが抱き合ってる姿・・・
私は慌てて目を開けると思い切り首を振った。


(何考えてるのよ・・・気にしたって仕方ないのに・・・)


でもそう思えば思うほど2人の姿が頭に浮かび胸がズキズキと痛み出す。
いくらなんでも今はそんな事はないだろう。
そう・・・あれは過去の事だ、と言い聞かせても、鈍い痛みは襲ってくる。
ダンが他の女の子に触れていた、と思うだけで嫉妬で狂いそうになるのだ。


「はぁ・・・」


ダンへの想いを再確認してしまってから・・・以前にも増して強い愛情が溢れてくる。
それは減る事はなく増える一方で自分でも驚いていた。
それは15歳の時よりも、ほんの少し深い想いを知ったからかもしれない。


何度目かの溜息と共に枕に顔を埋めた。


ダンに・・・会いたいと思いながら――

























さん!どうしたの?」
「え?あ、いえ!」


先生に呼ばれて私は慌てて携帯をしまいながら皆の方へと歩き出した。
今日は日本に帰国する日。
お昼に空港へとやってきて今から皆でランチをとり、それから飛行機に乗り込む事になっている。
でも私はついダンから何か連絡がないかと何度も携帯をチェックしていた。


(やっぱり・・・間に合わなかったな・・・)



ふと寂しさが襲って来て泣いてしまいそうになる。
でも皆に変に思われると、グっとそれを堪えていた。


さん、早く!ここで食べるわよ?」
「はい。あ・・・あの先に入ってて下さい!私、ちょっとトイレに行って来ます」


先生に向かってそう言うと皆は先にカフェの中へと入って行ったようだ。
私は軽く目を擦ると、そのまま空港のトイレへと歩き出した。


(少し気を静めてから行かなくちゃ・・・)


そう思いながら女子トイレを見つけて中へと入る。
鏡で顔を移すと少し目が赤くなってた。


「はぁ・・・ちょっと寝不足かな・・・」


そう呟きながら水道水を出して思い切り顔を洗う。
夕べはダンからメールが来るんじゃないか、と思うと全然眠れなかったのだ。


ダン・・・今はどこで何をしてるの・・・?
皆と撮影をしてる?
それとも・・・他の仕事・・・?
ケイティとは今どうなってるの・・・?


聞きたい事がいっぱいあるのに・・・


キュっと蛇口をひねり私はミニタオルで濡れた顔を拭いた。
来る前は、来なきゃ良かったと後悔の気持ちもあったのに・・・今はこんなにも帰りたくない、なんて思ってる。
やっぱり・・・ダンの傍にいたいから・・・



軽く深呼吸をして髪を整えると私は荷物を持ってトイレを出た。
細い通路を歩いて皆のいるカフェへと向かう。
だがロビーに出ようとした途端、横から腕を掴まれ、ドキっとした。


「キャ・・・離して―!」


「しぃ!僕だよ、・・・っ」


「・・・ぇ?!」


強盗か何かかと思ったのに、近くでダンの声がして私は慌てて振り向いた。



「ダ・・ダン・・・?!」



トイレに続く通路の横に関係者用の通路がある。
そこにダンが笑顔で立っていて私は唖然としてしまった。


「な・・・何でここに・・・っ」


そう言いかけたが捕まれた腕をグイっと引っ張られ、私までその通路に引き込まれてしまった。


「ちょ・・・ダン?何で―」
「空港に着いてを探してたんだ。そしたらこっちに歩いてくのが見えて・・・慌てて追いかけた」
「で、でもどうして・・・私、連絡待ってたのに・・・」


そう言ってまだ信じられない気持ちのままダンを見上げる。
そんな私を苦笑交じりで見つめると、


「うん、まあ・・・電話とかメールより・・・直接に会って言いたかったんだ・・・。遅くなってごめん・・・」
「・・・え・・・じゃ・・・じゃあ・・・」


彼の言葉にドキっとするとダンは笑顔で頷いた。


「うん。ケイティ・・・やっと分かってくれたよ・・・って言うか・・・本当は分かってくれてたみたいだけどね」
「・・・え・・・?」
「ギリギリまで・・・困らせたかったんだろうな・・・」
「そ、そう・・・」


彼女の気持ちが痛いほど分かって、不思議と怒りは沸いてこなかった。
ただ感謝の気持ちでいっぱいになる。


その時、ダンがギュっと私を抱きしめてきてドキっとした。


「あ、あのダン・・・もし人が通ったら・・・」
「いいよ・・・誰に見られても・・・」
「で、でも・・・」


そう言いかけると不意にダンが体を離し、ちょっと怖い顔で私を見る。


「何だよ・・・は嫌なわけ?やっと会えたって言うのに」
「そ、そんなんじゃ・・・。ただ・・・」
「ただ・・・何?」


ダンは私が困った顔をするとちょっと笑ってゆっくりと顔を近づけてきた。
でも私は一瞬、ケイティの言った言葉が過ぎり、慌てて俯いてしまう。


「・・・・・・どうした?」
「あ・・・ごめん・・・あの・・・」


ダンの悲しげな顔を見て何て言おうか考えていると、不意にダンが「あっ」と声を上げた。


「な、何・・・?」
「あ、いや・・・あ~あのさ・・・」


ダンは何か思い出したような顔をしたが、その後に言いにくそうに言葉を詰まらせた。
その様子に首を傾げつつ、「ダン・・・?」と見上げると、やっと私を見てくれる。


「どうしたの・・・?」
「あ・・・うん。あの・・・さ・・・。ケイティが・・・に言った事・・・なんだけど・・・」
「・・・え?」


何の事だろう?と思っていると、ダンが少し頬を赤くしながらコホンっと咳払いをした。


「僕とケイティの事だけど・・・」
「・・・・・・っ?」
「言っとくけど・・・何もないからな?」
「・・・え?」
「彼女が・・・誤解するような嘘を言ったらしいけど・・・それは違うって言うか・・・そういう関係じゃないって言うか・・・」
「―――ッ!」


ダンの言わんとする事が分かり、私は一瞬で顔が赤くなってしまった。


「あ、あの・・・」
「あ、その顔・・・もしかして・・・誤解してたり・・・した?」


真っ赤になって俯くと、ダンは困ったように顔を覗き込んできた。
それには仕方なく頷くと、ダンは、「はぁ・・・やっぱり・・・」とガックリ項垂れている。
でもすぐに顔を上げると、


「ほんっと何もないから!あ・・・いや、彼女がを望んでた事はあったけど・・・ってあ、いやでもほんとないから!」


必死でそう言っているダンを見ながら私は更に顔が赤くなったが、それでも何でもホっとしている自分がいた。


「い、いいの・・・。別れてた時だったし・・・それも仕方ないって思ってたから・・・」
「え?あ、でもほんと何も―」
「うん・・・でもそれ聞いて・・・凄くホっとした・・・」


慌てるダンを見上げながら、そう言うと彼は本当に嬉しそうな顔で私を抱きしめてくれた。



「良かった・・・僕もホっとした・・・」
「・・・ダン・・・」


彼の体重を感じながらギュっとしがみついた。
何だか、この腕に包まれてると全てが上手くいきそうな、そんな予感がしてくる。


「今日で・・・また会えなくなるけど・・・毎日メールするからさ・・・大学受験頑張ってね・・・?」
「・・・うん・・・」
「僕も・・・仕事頑張って・・・が来る頃には将来の為に家の一つでも買っておくからさ・・・」
「・・・うん・・・え・・・っ?」


彼の言葉に驚いて顔を上げた。
するとダンはイタズラっ子のような笑みを浮かべてチュっと額にキスを落とした。


「だから・・・それまでも頑張って・・・」
「・・・ダン・・・」


彼の優しい瞳を見ていたら何だかふわふわした気持ちになってきた。


ダンの言った言葉は・・・未来への約束だから――









「もう・・・他の男なんて見るなよ・・・?」


「・・・・・・っ」






ダンはそう言って意地悪な笑みを浮かべると、ゆっくりと唇を塞いだ。
少しづつ深くなるキスに少し息苦しくなって彼にしがみついた。
その時、自然に背伸びをする形となり、そこでダンの身長が伸びてるのを感じた。


あの頃と全然違うキス・・・
私を抱きしめる腕の強さも・・・全然違う。
今はダンの腕の中に本当にスッポリと入ってしまう事に気づいて胸が熱くなった。


私たちは少しづつ大人に近づいていく。
あの頃、あんなに憧れた大人にゆっくりと向かっていってる・・・
でも・・・あの頃は子供だったけど・・・本当に好きな人と出逢えた。
それだけは心の底から感謝したい奇跡だって今でも思ってる・・・




私は・・・あなたと逢うために・・・ここに来たんだって・・・そう信じてるから――






















の華奢な体を抱きしめながら何度も何度もキスをした。
あの頃の想いよりも深く、彼女を愛している。


あの時、あの雨の日・・・と出逢えたことが僕にとって本当に奇跡だった。







僕の隣に君だけがいて欲しい・・・


もしもね、生まれ変わっても 僕は君を見つけるよ。


白い吐息に包まれたら この恋も愛に変わるよ。


君の隣は僕しかありえないよ・・・










――だって僕は・・・君と逢うために・・・ここにいた。








そして本気で僕を想えるのはだけ―――









何度でも言える・・・ 





























Only you can love me...





                        君だけが僕を愛する事が出来る・・・
































Fin.....































 

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Postscript


のーん!(何)何だか終わってしまいました(汗)(オー-イ!)
いやいやー長かったです、ほんと・・・
この連載は当初お題で短いシリーズのような感じで書き始めたんですが気づけば・・・
33話まで?(ノ゚⊿゚)ノびっくり!!
ほんと、このお話には嬉しい感想を沢山頂いて、管理人凄く励みになってました(/TДT)/あうぅ・・・・
一応、本編はこれで終了ですが、ちょっとした番外編を考えてますので待っててやって下さいね!
(と言うのも、これ以上、本編を引き伸ばしても番外編のようになりそうなんです;;)
この連載を楽しみに読んで下さってた全ての皆様、長い間、ご愛読頂きまして、本当にありがとう御座います!<(_ _*)>
一応、次の連載なども考えておりますので、その時はまた宜しくお願い致しますねv



本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】