「…ホント酷いと思わない?」


スタジオ近くにある通いなれたいつもの店。
メキシコ料理の専門店だけどカウンターの傍にはダーツがあってバーもあるから酒だけでも飲めるようになっている。
辛い料理が大好きなエマとがスタジオ近くを探索して前に見つけた場所で、今では俺達の隠れ家みたいになっていた。


「酷いって…」


溜息交じりで呟いた俺の言葉に、目の前でダーツを的に当てて満足げにビールを飲んでいる男が振り向いた。


「…未だ女の子からモテモテで世界的有名なミスター・ラドクリフでも、そんな泣き言なんて言っちゃうんだ」


気付けば身長がスクスク伸びて、今はスーツが似合うほどの男に成長した(ビックリだ)子供の頃からの親友がからかうように唇の端をあげた。
全く久しぶりに飲んでるって言うのに少しは親身になって聞いて欲しい。


「泣き言じゃないよ、別に」
「あーら、泣き言でしょ?心配で仕方ないクセに」


ルパートの言葉にプイっと顔を反らせば、今度は隣から楽しげな声が聞こえる。


「うるさいな、エマは…」
「何よー。慰めてあげようと思ったのに」


そんな事を言ってウインクする彼女も、大学に入ってからめっきり女っぽくなった。
俺の中学の時のクラスメートのチャーリーとは今も付き合っていて、時々ケンカしたとか言ってはに愚痴ってるらしい。


「別に慰めてくれなんて言ってない」
「あっそ!じゃあ、ずっと文句言ってれば?ルパートー交代して!次は私がやる」


エマはスネている俺の額をツンと突付き、サッサとダーツをやりに行った。
代わりにルパートが横に座り、慣れた手つきでビールの栓を抜いて一気飲みしている。


「何だよ、ダン。まーだへコんでんの?」
「…別にへコんでるわけじゃ…」
「嘘つけ〜!何だか気が抜けた顔しちゃって」
「…うるさいなぁ。仕方ないだろ?せっかくのオフだってのにお前らと過ごす俺の身にもなれ」
「うわ、そういうこと言っちゃうんだ。せっかく恋人に振られたダンを慰めてやろうって集まったのにさ」
「振られてないよ!」


ルパートの一言にカチンときて、そう怒鳴れば奴はケラケラと笑い出した。


「だってデートに誘ったのには日本に帰るからって断られたんだろ?」
「それが何で振られた事になるんだよ…」


縁起でもない、と俺も一口ビールを飲めば、肩にガシっと腕が回った。


「まあ…色々と心配なのは分かるけどさ」
「…何の事だよ」


いきなりニヤニヤするルパートを横目で見ると、こいつは含み笑いを浮かべて、


「昔の恋敵と彼女が一緒に日本に帰って一緒にこっちに戻ってくるってこと!しかも奴は今じゃチャーリーと並ぶくらい人気のあるサッカー選手だしね!」
「…別に気にしてない」


思い出したくもないことを言われ、ムっとして顔を反らせば、ルパートは再び笑い出した。
ほんと頭にくる親友だ。


「あれれ。余裕だな、ダンは」
を信じてるからな」
「へぇー相変わらず愛しちゃってるね♪でも同窓会ってある意味、特別な空気があるからなぁ〜」
「……何だよ…」
「ほら一度は付き合ってたんだし?ムードに流されて―」




ガンッ!




「ぃてっ」
「バカなこと言ってんなよ。がそんな事するはずないだろ」


頭にきて一発殴ってやればルパートも頭を擦りつつ、「はいはい、悪かったけどー何も殴らなくたって…」とブツブツ言っている。
そのまま席を立ち、カウンターへと歩いていった。


「マスター!ビール追加ね!」
「まだ飲む気〜?」


エマがダーツをしながら呆れたように振り向いた。
そういう彼女も今では俺達より酒が強くなった。


「はぁ〜疲れた、っと」


隣に戻ってきたエマはそう言って息をつくと自分もビールを飲んでいる。


「まーだウダウダ言ってんの?ダンてば」
「何も言ってないだろ…」
「でも言いたそうな顔しちゃってる」
「……ほっとけ」
「仕方ないでしょー?同窓会なんだから!しかも中学のなんて滅多にないしだって友達に会いたかったのよ」
「それは…分かるけど」


エマにバンっと背中を叩かれ、俺は顔を顰めて息をついた。


(でも…何もアイツと一緒に行く事ないのに…)


ルパートにはああ言ったけど、やっぱり気になるものは気になる。
確かに二人は付き合ってたわけだし。


"同窓会があるの。だから日本に行って来るね"


彼女からそう聞かされたのは、ちょうど一週間前。
彼女の大学も夏休みに入り、俺も仕事が一段落したから、せっかくデートできると思った矢先だった。
しかも、何故か悠木というの前の彼氏と一緒の飛行機で帰ると言われ、実は内心かなりビックリした。
何で、と聞いたら、"彼も帰るって言うし、どうせ同じ日本に戻るんだから一緒に、って事になった"との事。
まあ長い移動を一人で過ごすことを考えれば一緒に、と思っても仕方ないけど…
俺としてはやっぱりいい気はしない。
別にが彼と…とは思わないにしても。


そう言えば…二人は日本でクラスメートだったんだよな…
アイツは俺の知らないを知ってるんだ。
出会う前、そして一度別れて彼女が日本に帰った時…
そう考えると無性に嫌な気分になる。
俺って結構ちーさい男だったんだな…


そんな事をボーっと考えてると、不意に後頭部に痛みが走った。


「…痛いな」
「なーにボケェっとした顔してんだよ!」


いやいや顔を上げればルパートが苦笑交じりで立っている。


「あー今頃ちゃんは明日の朝を迎えてるのかなー」
「…そうだな」
「で、いつ帰って来るって?」
「…さあ」
「さあって…知らないの?ダン」


ルパートがそこで反対側の椅子に座る。
そのせいでエマとルパートに挟まれてる俺は何とも居心地が悪い。


「知らないよ…」
「何で?」
「何でって…が日本に帰ってから無事に着いたってメールが一回来ただけだしさ…」
「えぇぇー嘘!一回だけ?」


そう、その事もあるから余計に小さな不安がどんどん大きくなっていくんだ。


「…ダンからは連絡した?」
「一回したけど…返事はなかった」
「あらら…」


ルパートはそう言って手で口を抑えた。
何が"あらら"だ、人の気も知らないで。


「そっかぁ、だからダンってば余計にグチグチ言ってたのねぇー」
「悪かったな、グチグチ言って…」


容赦ない言葉にジロリとエマを睨む。
だいたい今回の帰国の話なんて俺にとったら不愉快な事ばかりだ。
そりゃ久しぶりの同窓会で、高校卒業以来、帰っていない日本にたまに帰りたいという気持ちは分かるけど。
メールや電話くらいくれてもいいのに…


やっと傍にいれるようになって、少しづつ距離を埋めて、身も心も繋がって、本当なら今が一番幸せなはずなのに。
の事を想えば想うほど独占欲が出てきて、もっともっと自分だけを見て欲しい、なんて思ってしまう。
彼女はシャイだから、そんな俺よりも気持ちを態度に出す事は少ない。


(だからこそ変な不安も生まれてくるのかもしれないな…)


何だか本気でへコんで来た俺を見てエマとルパートは互いに顔を見合わせた。


「あ、あのさ、ダン…」
「もういいよ。聞きたくない」
「…まだ何も言ってないじゃん」
「どうせ言う気だったんだろ?」


ジロっと目を細めて睨むと、ルパートは困ったように頭をかいた。


「マスター!テキーラちょうだい」


俺は気まずそうな顔をしてる二人を無視して席を立つと、カウンターの方に歩いていった。


「え、ダン、テキーラ飲む気?」
「別に明日もオフだしね。あ、マスターレモン二つね。あ、それとタコス4つ追加」


今日はいっそのことヤケ酒でも飲んでサッサと寝てしまおう、と思った。
本当ならと二人で近場に旅行でも、なんて思ってたんだけど、それも流れてしまった事だし。


「ちょっとダン…そんな飲まなくても…」
「うるさいな、放っとけよ」
「はぁ…ほんとダンってばちゃんがいないと機嫌悪いんだからさぁ」
「…うるさいっ」


溜息交じりの二人を無視してカウンターへと腰をかけた。


「はいよ、テキーラー♪」
「サンキュ」


マスターが目の前にグラスを置いた。
一緒に出されたレモンを口に運び、キュっとそれを噛み締めると、酸っぱい味が口の中に広がる。
そのままテーキラーの入った小さなグラスを持って一気に飲もうとした、その時。







〜〜♪〜〜〜♪〜〜♪








「あ、私だ」


エマの携帯が鳴り響き、チラっと視線を向けた。
どうせチャーリーか誰かだろ、と俺は再びグラスを持ち上げる。
すると、エマは楽しげに、「あ、そろそろだと思ってたの」と言って俺の方に歩いてきた。


「うん、うん。あ、ついた?じゃあすぐだね♪」
「何だよ、エマ…話すなら向こうで―」
「OK♪じゃあ気をつけてね、
「―――ッ?!」


エマの口から出た名前にギョっとして立ち上がる。
けどエマは俺の目の前で携帯を切って得意げな笑みを零した。


「という事で…今、ついたって」
「…は?」


その意味が分からず、眉を顰めると、ルパートが笑いながら歩いてきた。


「予想通り、の驚きようだな、ダン」
「………な…」


目の前の二人は何だかニヤニヤしながら俺を見ている。
この顔をしてる時の二人は大抵ろくな事を考えていない。




「お前ら…まさか知って…」


「「ピンポーン♪」」


「――――ッ?!」




ニカっと笑って楽しそうに返事をした二人に、俺は唖然とした。


「な…じゃあ…が今日、戻ってくるって知ってて黙ってたのか?!」
「まーねぃ♪その方が盛り上がるだろー?」
「そうそう♪ダンを驚かせようと思って…って、どこ行くの?ダン!!」
「空港に決まってんだろ?!を迎えに行くんだよっ」
「え、ちょ、だってこっち向かうって―」


エマが何かを言ってるのは聞こえたけど、今の俺にはどうでもいい。
急いで車のキーを掴むと、「そのテキーラ、ルパートにやるよ!」と叫んで店を飛び出した。


に会える。
それも、今―


それだけで、さっきまでのイライラが全て解消されていく気がした。
















一方、残された二人は…


ダンの勢いに呆気に取られ、互いにやれやれといった風に首を振っていた。




「あーあ…待ってれば来るってのに…」
「ほんと。あ、いけない…。じゃあに電話して空港にいるように言っておかないと…すれ違ったら困るし」




エマはそう言って素早くに電話をかけた。


























暗い夜道をネオンが照らしていて、その中を交通速度ギリギリで走らせる。
前を走る無数の車に多少イラつきながら、何で夜なのにこんなに車がいるんだと舌打ちをした。
夏休み期間の今は夜でも車の交通量は減らないようだ。


それにしても――



(クソ!あの二人知っててさっきから俺のグチを聞いてたってのか?最悪だ…!)


ふと先ほどの事を思い出し、絶対に後で殴ってやると心に誓った(!)
その時、前を走っていた車が猛スピードで走っていった俺に脅威を感じたのか、すっと横に避けてくれた。
助かったとばかりに更にアクセルを踏めば、その前の車もすんなりと道をあけてくれる。
そのおかげなのか、もう少し時間がかかると思っていた空港の照明が視界に飛び込んできた。


もうすぐ…もうすぐ会える。


この数週間、まともに会ってなかったことも手伝って心がはやる。


早く、早く――


彼女をこの腕に抱きしめたいと願いながら夜のハイウェイを飛ばしていった。




























「え、ちょ、嘘でしょ、エマ!」


先ほど話したはずのエマからの電話に私は驚いて足を止めた。
目の前には日本から一緒に戻ってきた悠木くんが不思議そうな顔で振り返っている。


『良かったぁ〜。まだ空港で。そう言うことだからダンのこと待っててあげてくれる?』
「え、あ…」
『ごめんね?まさか飛び出していくとは思わなくて』


そう言いながら苦笑しているエマに私は内心どうしよう、と思っていた。
ダンの様子からすれば、もしかしたら怒っているかもしれない。
でも元々ダンに暫く連絡するな、と言ったのはエマとルパートであり、今日の帰国だってエマが内緒にしてろというから我慢してたのに。


「ダン、怒ってた…?」


恐る恐る尋ねると、エマは溜息をつきながら、「まぁねー」と笑った。


『でも怒るというよりスネてたというか…へコんでたわ?』
「え…?」
から連絡がない、とか言っちゃって。もう心配で仕方ないって感じだったわよ?』
「…そ、そう…」


エマの言葉にかすかに頬が赤くなった。
そんなに気にかけてくれてたなんて、ダンには悪いけど嬉しいとも思う。


「あ、じゃあ…空港前にいればいい?」
『そうね、きっとすっ飛ばしてるだろうし、もう着くわよ。、今は一人?』
「え、えっと…」


言葉につまり、チラっと私を待っててくれてる悠木くんを見た。
彼は空港に車を置いていったので、それで送ると言ってくれてたのだ。
でもダンがこっちに向かったなら、断らないといけない。


『あ、もしかして…悠木くんも一緒?』
「う、うん…」
『えーそうなんだ。それじゃマズイわね…。もしダンに見られたら―』
「だ、大丈夫よ、そんな…」
『バカね!大丈夫じゃないわよ。さっきも悠木くんと一緒に日本に戻った事でグチグチ言ってたんだから』
「え…」
『だからダンに見つからないようにね!』


エマはそう言うと、『じゃあ"メキシカン・パレス"で待ってるから』と言って電話を切った。


「はぁ…嘘でしょ…」


何だかとんでもない事をしたような気がして思わず息をついた。


「おい、どうした?」
「あ…それが…」


私は今の話を悠木くんにして、送ってもらうのは無理そうだという事を説明した。


「そっか、さすがダニエルだな」
「…ご、ごめん…」
「あはは、別にいいよ。じゃあ彼が来る前に退散しようかな」
「え?」
「ほら、変に一緒のとこ見れば、また何かと心配かけるだろ?」


悠木くんはそう言って笑うと、私の頭を軽く撫でた。
そういう優しいところはちっとも変わっていない。


「ま、俺も彼女に早く会いにいけるしさ」
「そうっか。そうだよね。彼女も喜ぶよ」


彼のおどけた言葉に笑顔で頷くと、悠木くんは照れたように笑った。
今じゃイギリスでも人気の出た悠木くんは、1年ほど前から日本の子と付き合ってるようだった。
それをチャーリー、そしてエマから聞いて、私も少しだけホっとしたのだ。


「まあ、かなりお嬢様で大変だけど」


そんな事を言って笑ってる悠木くんも口で言うほど大変そうでもなく、逆に幸せそうだった。


「あ、じゃあ俺、帰るけど…。一人で待ってられるか?」
「もう…子供じゃないのよ?大学生をつかまえて何言ってるのよ」
「あはは!そうだよな。あ、じゃ…またな?」
「うん。悠木くんも運転に気をつけて。またね!」


駐車場へと歩いていく悠木くんに手を振りつつ、私は再び空港の方へと戻った。
きっと迎えに来るなら正面に来るだろうと、そこまでトランクを押していく。


久しぶりの帰国だったからか、親にかなりのお土産を持たされ、それがまた重たいし嫌になる。


「もう…何で手荷物にしなくちゃいけないものばかりくれるかな…」


服と一緒に送ろうかと思っていたら、「それは食べ物だし自分で持って行きなさい」という父のせいで、こんな大荷物になってしまったのだ。


「今更ダンが日本のお菓子なんて食べないわよ…」


ブツブツ言いながら正面玄関の方に歩いて行った。
空港からは次々と人が出てきてタクシーを拾っては帰っていく。
旅行者も今時期は多いし、空港のロビーはかなり混雑している。


あれじゃ中に入ったら探しにくいわね…
仕方ない、外で立ってよう。


正面少し手前で足を止めると、私はトランクを立てて、そこへ軽く腰を下ろした。
そして辺りを見渡し、何となくホっとするのを感じた。


日本もいいけど…やっぱりロンドンに帰ってくるとホっとするなあ…
第二の故郷って感じ。


多感な時期にロンドンで過ごしたせいか、何とも言えない懐かしさが込み上げてくるのだ。


久しぶりに日本の友達と会って騒いだ時もまた同じように懐かしくなって凄く楽しかったんだけど。
悠木くんなんか皆から冷やかされて恥ずかしそうにしてたっけ…
アヤもカオリも大学が楽しいなんて相変わらずの感じだった。
ただ私とダンの事がこっちの雑誌に載り、そのせいで世界中に私たちの関係がバレてしまった事で、散々文句を言われて困ってしまった。


"別れてきた彼ってダンの事だったのね!"とか、"ずるーい!何でばっかりイイ男と付き合うのよー!"とか、それはもう凄かった。


あげく、"今度、写真とってサインしてもらって♪"なんてお願いまでしてきて笑ったんだけど。


二人の騒ぎっぷりを思い出し、つい笑いを堪える。
まああの分じゃ、今度ロンドンに行くからダンに会わせて、なんて言いそうだ。
(実際、カオリは私と一緒にこのままロンドンに行くーと見送りに来た空港で大騒ぎをしてた)


(はぁ、次はまたいつ会えるかな…)


そんな感傷に浸っていると、ブォォンというエンジン音が聞こえてきてハっと顔を上げた。
すると見覚えのあるスポーツカーがこっちに走ってきて、慌てて立ち上がる。
勢い良く滑り込んできた車は、ちょうど正面ゲートの辺りでキキっと音を立てて停車した。
カチカチと点滅する見慣れたテールランプのデザインに胸が高鳴るのを押さえきれず、ゆっくりと車の方へ歩き出した、その時。
運転席のドアが一気に開き、下りてきた人の横顔を見た瞬間――




「ダン…!」


「―――ッ?」




私の声に弾かれたように振り向いた彼は、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに困ったような笑顔を浮かべた。




「…ったく。ほんと人を驚かせるのが好きだな、は」




苦笑交じりでそう呟いたダンは、ゆっくりと歩いていった私の手からトランクを受け取り、それを後部座席に押し込んだ。


「あの、ダン―」
「話はあとで聞く。とりあえず乗って」


ダンの優しい声が耳に届く。
あんなに会いたいと思ってた彼が目の前にいるというだけで、日本での楽しい思い出も色褪せていく気がする。
ドアを開けてくれたダンは私が助手席に乗り込むと、自分もすぐに運転席へと乗り込んでエンジンをかける。


そのまま私を乗せた車は夜のハイウェイを飛ばしていった。





「………」


静かな空間にダンの好きなロックバンドの曲が小さく流れていた。
それを聞きながら、ダンがいつ口を開いてくれるのかと思いながらチラっと横顔を見る。
ハンドルを握るダンは真剣な顔で前を見つめていて、何を考えてるのか分からなかった。


もしかして…怒ってるのかな…
メールの返信もしちゃダメって言われてしてなかったし…
今日の事も内緒にしてたから…


あれこれ考えてると、不意に車のスピードが緩んで、左の道路へと曲がった。
するとエマ達の待つ店の看板が見えてきて、もう着いたのか、と驚いた。
気付かなかっただけで、かなり飛ばしてきたらしい。


「あ、あのダン…?」
「………」


さっきから何も話さないダンに不安を感じつつ声をかければ、彼は軽く息をついて店の駐車場に車を止めた。


「えっと…怒ってる…よね?」


エンジンを切った後も黙ったままのダンに、私は小さな声で聞いてみた。
その瞬間、グイっと腕を引っ張られ、息が止まりそうなくらい強く抱きしめられた。


「あ、あの―」
「怒ってない、とか思ってるわけ…?」
「…ダン…あの…」
「俺がどれだけ心配してたか分かってる?」


首筋に顔を埋め、少しだけスネたように呟くダンにドキっとする。
すると少しだけ体が離れ、彼の綺麗な瞳が私を捉えた。


「連絡もくれない、メールの返事もくれない、あげくこんな風に突然帰ってきて…何考えてんだよ」
「…ご、ごめん…」


いつもと違う怖いダンの声に胸がぎゅっと痛くなった。
やっぱり素直に連絡しておけば良かった…と、そう思った時、顎を持ち上げられ、胸がドクンと跳ね上がる。


「…言葉より、こっちがいいな」
「え、ん―」


返事をしようとした、その唇を少しだけ強引に塞がれた。
いつもより性急なそのキスに、一気に体の熱が上がっていく。
何度キスされてもドキドキが止まらなくて顔が赤くなってしまう。
それは初めてキスを交わした日から今も変わらず、いつまでも胸の奥にある想いのせい。


ダンが好き――


何度でも気付かされる想い。
触れるだけのキスでも、それがどんどん強くなっていく。



「…やっと…俺のとこに戻ってきた…」


少しだけ唇を放した時、ダンが呟いた。
ふと視線を上げれば、まだその顔はスネたままなのに。
言葉はとても優しくて、また胸が高鳴った。


「…ごめ…」


謝ろうとした時、また唇が重なった。
でもそれはすぐに離れて、軽く唇を舐められる。
それだけで顔が真っ赤になって、そんな私を、ダンは意地悪な顔で見つめた。


「何で…連絡くれなかったの?」
「…あ、そ、それは…」
「メールの返事も…」
「…ごめんね…。ダンを驚かせようって…日本に行ってすぐにエマから電話が入って…」


仕方なく説明すれば、ダンは軽く舌打ちをして、「やっぱりアイツら…」と呟いた。


「どうせ言いくるめられたんだろ?」
「え、あ、う…」


口篭っていると、ダンはやっと笑顔を見せて私の頬に軽くキスをした。


「もういいよ…。怒ってない」
「…ごめんね…。でも私も辛かった…」
「え?」
「ダンの声が聞きたくて…でも我慢してたの…」


そう言って目を伏せれば、ダンは嬉しそうに微笑んで唇にちゅっとキスを落とした。


「事情の知らない俺はその何倍も焦れてたけど?」
「…う…ご、ごめ…」


困ったように視線を上げると、ダンは苦笑交じりで私を抱きしめた。
そして私の髪にも口づけると、


「…この埋め合わせは…二人で旅行って事でどう?」
「…え?」


その言葉に驚いて体を離すと、ダンはいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。


「りょ、旅行って…」
「ほんとはが日本に帰らなきゃ、もっと早くに実現してたんだけど」
「え、あの…ダン…?」
「んーそうだな。俺もこんなに焦らされた事だし…明日からってのはどう?」


ダンはそう言って私の額にキスをすると、「行くの?行かないの?」と得意げな顔で訊いて来る。
そんなの訊かなくても分かるじゃない。


「い、行く!」


嬉しくて、すぐに返事をすると、ダンはやっぱり嬉しそうな顔をした。


「じゃあ決まりって事で…今日はこのまま帰って早めに寝るとしますか」
「え?で、でもエマ達に…」
「いいんだよ。今、二人の顔見たら、俺何するか分からないし」
「え、ちょ…」


ダンはそう言って再びエンジンをかけた。
それを見て慌てて、「どこに行くの?」と聞けば、ダンはニヤリとして、私の頬に口づける。


「もちろん寮に送る…はずないだろ?」
「…え」
「騙した分の礼は今夜キッチリしてもらうからさ」
「…な」


その意味を聞く前に、ダンは私の耳に口を寄せると、「ベッドの中で」と一言だけ囁いた。
その言葉に真っ赤になった私を満足そうに眺めるダンは、やっぱり昔より少しだけ意地悪になったと思う。


「じゃあ、そういう事だからサッサと帰ろうっと」
「え、あ、でも―」


本気で言ってるんだと分かり、慌てて顔を上げる。
その時、店のドアが思い切り開いたのが見えて、「あ」っと声を上げてしまった。




「あー!やっぱりダンの車のエンジンだった!ちょっとどこ行く気?!」
「あ、おいダン!!待てよ、こら!今夜は朝まで飲むって―」
「事情が変わったんだよ!それにシッカリお前らの企み聞いたからな!覚えとけよ?」


ダンが窓から顔を出し、そう言うと、二人はギョっとしたように足を止めた。
そんな二人にダンはべーっと舌を出すと、「じゃ、そういう事で」といって勢いよく車を発車させる。


「あ、ちょっとー!ダン〜!!」
「何だよー!!タコスあんなにどうすんだーー!!!」


二人の絶叫が後ろからかすかに聞こえてきて、私はぷっと吹き出してしまった。
ダンも呆れたように笑いながら、慣れた手つきでハンドルを切る。
それはダンのフラットへの道で、さっき言った事が本気なんだと分かった。


「あ、あのダン…?一旦、寮に戻って荷物を―」
「ダーメ」
「え」
「俺、もうこれ以上、待てそうにないんだよね」
「………っ」


ダンの言葉に頬を赤くすると、素早くキスをされて更に鼓動が跳ね上がった。


「今夜から離さないから、覚悟してて」


そう言ってニッコリ微笑むダンに、またドキドキがうるさくなる。


「…好きだよ」


小さく響いたその言葉は今の私と同じ想いで、胸いっぱいに熱いものが広がった。





出逢った頃から続いてる、この想いはこれからも、ずっと貴方のもの。





それを伝えるように、彼の頬にそっと口付けた――



























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Postscript


ひゃー久しぶりにこの二人を書きましたよ〜!(;^_^A
もしかして、これの番外編を待ってた奇特な方がいましたら申し訳ありません;;
しかも何だかつまんない話で中途半端に終わってしまいました…(゜ε ゜;)
まあタイトルどおり、二人の思いは続いてますよーという事で(は?)報告みたいなものですか?(訊くな)


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】