レオナルド
TOKYO....三日目。
今日は朝から雨だった。はつまらなそうに窓の外を眺めては溜息をついている。
俺は煙草を吸いながら、そっとの隣へと行って一緒に窓の外を眺めた。
「…止みそうにないなぁ…」
「…せっかく出かけるのに…」
「まあ、皆が帰って来る頃には止んでるかもしれないしさ…」
俺はの頭を撫でながら顔を覗き込んだ。
はちょっと上目遣いで俺を見ると、ニッコリと微笑む。
「今日はカブキっての見に行くんだし雨でも関係ないだろ?」
俺はちょっと笑いながら煙草を消しにテーブルの方へと歩いて行くと、の方を振り返った。
は少し考え込んでる様子だ。
「…まあ、雨の中,出かけるのも嫌かもしれないけどさ…」
「雨…そんな嫌いでもないけどね」
は、そう言って微笑むとポスンとソファーに座った。
「、紅茶飲む?」
「うん」
俺はすぐフロントへ電話をするとルームサービスを頼んだ。
「今日…皆は昼頃に終るのよね?」
「さあ…ジョシュは,そう言ってたけど…オーリーとリジーは…こっちのテレビ収録があるって言ってたしな…」
「そっかぁ…。 ――ね、レオ。今から、ちょっと出かけない?まだ10時だし…」
は、そろそろ退屈も限界に来たのか、イタズラっ子のような顔で隣に座った俺の膝の上に寝転んで来た。
俺はちょっと笑うとの頭を撫でた。
「この雨の中?」
「たまには相合傘でデートしよう?」
は俺のお腹に抱きついて、ニコニコと見上げてくる。
俺は下から見てくると目が合って、ちょっと苦笑すると、「OK。じゃ、ちょっと出かけるか…」
と言っての額にキスをすると、も嬉しそうに、「ほんと?」 と起き上がって、すぐに俺の腕を引っ張る。
「Hey.......!今すぐ…?!」
俺は驚いてを見上げた。
「そうよ?」
「今、ルームサービス頼んだばかりだろ?」
俺は苦笑しつつもの腕を引っ張って抱きとめると膝の上に座らせて頬にキスをした。
「それ飲んでから出かけよう?」
「…は〜い…」
も諦めたように頷いた。
そこへチャイムが鳴り俺はを膝から下ろすと、ドアを開けに行く。
ホテルのボーイが紅茶の入ったポットとカップを乗せて、部屋の中まで運んでくれた。
「Thank you.」
「You are welcome!」
ボーイは笑顔で答えると部屋を出て行った。
「はい、紅茶」
俺はに紅茶を入れてあげると、自分のカップにも注いで、またソファーへと座った。
は、「ありがと、レオ」 と笑顔でカップを受け取ると、ゆっくり紅茶を飲んでいる。
「ここのホテルは言葉が通じるから楽だけど…他に買い物に行ったら言葉って通じないかなぁ…」
ふいにが呟いた。
「…どうかな?まあ…通じない事の方が多いけどな?日本はさ…」
「そうなの?」
「ああ…前に来た時も通訳がいないと、殆ど通じなかったとこもあるし」
「そうかぁ…」
何だかは寂しそうな顔で俯くから、「どうした?」 と顔を覗き込んだ。
「…買い物に行きたいなぁと思って…」
「ああ…そっか」
「うん…」
「何が欲しいの?」
「…着物?」
「……」
「通じないよね?英語…」
「難しいとこだね…」
俺はちょっと笑うとの頭を撫でた。
そして、ふと思い出し、「でも…ジョシュが戻って来て、アランに頼めば…何とかなるかもな?」 と言った。
その言葉に、も笑顔になる。
「そうよ!アランに一緒に来て貰えれば…」
「ああ、戻って来たら聞いてみよう」
俺は、そう言うと、また煙草に火をつけた。
隣ではが、またテレビをつけて画面だけ見ている。
俺は窓の方を見て窓ガラスに打ち付けてくる雨粒を、ぼんやり見ていた。
(はぁ…ほんと、せっかく来てるのに雨とはな…。がガッカリする顔なんて見たくないんだけど…)
俺はちょっと溜息をつくと煙を思い切り吐き出した。
オーランド
僕は営業用スマイル(!)でインタビューに答えつつも時計ばかり気にしていた。
だって同じ質問を朝から10回以上も聞かれてるんだよ?ウンザリもするし飽きるってもんだろ?
隣のリジーも欠伸しそうなのを我慢して笑顔を作ってるし、ドムに至っては見え見えなくらいソワソワしている。
リヴだけは楽しそうに答えてるんだけどね…大人だなぁ、リヴは…。
「じゃ、本日はありがとう御座いました」
インタビュアーの女子アナが笑顔で席を立って僕らに握手を求めてきた。
その時ばかりはリジーもドムも爽やかな笑顔で、「Thank You!」 な〜んて言っている。
いや、僕もだけどさ。
女子アナやカメラマンは、僕らのマネージャーと部屋を出て行くと、僕はう〜〜んと伸びをした。
「あ〜疲れた…」 とリジーはバッタリとソファーへ寝転がっている。
ここはシンジュクとかいう場所にあるホテルだった。
ここで朝から色々なテレビ局のインタビューやら雑誌のインタビューに答えていて、すでにお昼になろうとしてる…
ただ座って聞かれる事を答えていればいいって思うだろうけど、これがある意味疲れるんだよなぁ…。
僕は首をコキコキ鳴らしながらリジーの隣へ腰を下ろす…と、すぐに「オーリー、邪魔…」 と足蹴にされ(!)渋々、ドムの隣へと移動する。
何だい…!一人でソファー占拠しちゃってさ…
リヴはと言うと、何やら窓の方で誰かに電話をしだした。
そして、どうでもいいけど(!)ドムはと言うと…
僕の隣で何だか変な視線(ガン見?)を送ってくるから気持ち悪いったら、ありゃしないよ…
僕はドムの視線を軽く無視して、さっき出された温くなった紅茶を一口飲んだ。
「はぁ…まず…。やっぱジョシュの入れた紅茶が飲みたいなぁ…」
僕は独り言を言いつつ時計を見た。
(すでに12時10分…お腹空いたなぁ…朝にオムレツ食べたきりだし…)
「Hey、hey、リジィ…」
「ああん?」
な、何だよ、その,うっとしいみたいな顔と不良みたいな答え方は…!仮にも僕は兄貴だぞ?
「…お腹空かない?」
それでも僕は話し掛けてみる。
「ああ…お腹すいたねぇ…ってか僕、動きたくないし…次まだインタビューあるのかなぁ…」
「…さぁ…?」
「もう今のでインタビューは終わりよ?」
リヴが電話を終えて、こっちに歩いて来た。
「ほんと?!」
途端に元気が出たのか、動けないとぼやいていたリジーが体を起こした。
「ええ。この後に、テレビの収録があるって言ってたけど、すぐに終るみたいだし…」
「ええ?ほんと?!何時に?!」
僕も瞳を輝かせて身を乗り出した。
リヴは僕とリジーの喜びように、ちょっと笑うと、
「ハッキリは分からないけど…2時頃にはって話だったわ?私のマネージャーの言う事だと」
「うっそ!マジで?! ――やったぁ〜〜…!! …って、その後に何かあるってわけじゃないよね?」
さすがに慎重なリジーは、リヴに確認までしている。
「ええ、今日は仕事はテレビの収録で終わりだって」
それを聞いて僕とリジー、そしてついでに(!)ドムまでが安心してバンザーイと喜んだ。
僕は何気にドムを軽く睨むと、ドムも、その視線に気付き、また変な視線で僕を見ている…。
「…何だよ、ドム…。怪しい視線で俺を見るなよ…」
「うるさい!バカ兄貴。 お前らのせいでは・…」
「はあ?何が俺たちのせいだって?」
「の為に,俺に出来る事を思いついたんだ」
いきなりニヤニヤするので僕はキョトンとしてしまった。
その言葉に聞き捨てならん!と言わんばかりに、リジーも体を起こし、「何、する気さ?!つか余計な事を思いつくなよ!」 とドムにクッションを投げている。
「ぁぃた…っ!い・ち・い・ち……物を投げるなぁーーっ!!」
ドムは大笑い芸人ばりな返しをすると、また怖い顔で僕とリジーを見る。
「お前らがに過剰な干渉をするから、彼女はきっと俺に助けを求めてるんだ!俺に助けて欲しいと思ってるのさ!」
「何だとぅ?!別に干渉なんてしてないよ!と言うか、その前にはドムに助けなんて求めてないって!」
リジーは顔をしかめながら怒鳴っている。
「いーや!あのの澄んだ天使のような瞳は、俺に"助けて、ドム…"って言ってる目だ…!」
ドムは風にセリフを言うと、(全然,似ても似つかないけど)何だか握りこぶしで熱く語っている。
リヴはそれを見て肩をすくめると、隣の部屋へ行ってしまった。
―きっと寝ないまでもベッドで横になるんだろう。
僕はドムのアホな演説を聞いてると欠伸が出てきて思い切り、「ふぁぁああ…」 と大口を開けてしまった。
「そこ!!欠伸しない!」
「……(!)」
ああ、もう!付き合ってられないよ…!
早くテレビの収録を終らせて帰りたいなぁ…。今日はと出かけられそうだし!
後でに電話しようと思いつつ、ドムから離れて窓際の一人用のソファーへと移動した。
ドムはまだ一人、どんなにがカゴの中の白鳥(それを言うなら鳥だろ?とリジーが突っ込んでるけど)かと言う事を熱弁している。
僕はソファーに座ると腰を落として目を瞑った。
僕の意識があったのは、そこからきっと5秒くらいだったと思う…。ヘンな笑い声と怒鳴り声に起こされるまでは――
イライジャ
(あ〜あ…オーリーったら大口開けて眠りこけちゃってさ…。ずるいったら。このドムを何とかしろよなぁ…)
「聞いてるのか?リジー!」
「…はいはい。で…?」
「だから!俺がを救ってあげる為には、プロポーズしかないって事をだなぁ…」
「........Stop it!! ―それは何度も、ダ・メ!!って言ってるだろ?!何度も同じ事言わせるなよ!NO!NO!NO!」
「む…っ! ――リジーが、NOって言ったって、これは本人が決める事なんだからな!」
「……(怒)」 (ピキ…ッ)
(あぁ…勘弁してくれよ…助けて、つらいよ、ママン…! ――って僕、母ちゃんいないっけ?アハハ…!はぁ…)
僕は思い切り溜息をついて、ソファーの上をゴロゴロとしていた。
お腹に抱いてる、ふかふかのクッションが何気に気持ちいい。
ドムは、まだ一人で熱弁をふるっていて何やらグチグチと言っているけど僕の耳には届かないよ?
だって僕は今、コッソリとウォークマンのイヤホンを耳に入れたからね?MDには僕の大好きなジミヘンの曲が入っている。
ノリノリのロックを聴きながら、だんだん僕はテンションが上がってしまって思わず口ずさんでしまったらしい。
いきなり顔に、ぼふ!っとクッションが当たって驚いた。
「…ぅわ!!」
僕は目を開けて顔に乗っかってる大きなクッションを掴むと、体を起こしてドムを見た。
ドムは何だか怒鳴っているようだけど…イヤホンを入れている僕には聞こえない。
多分、「人が真剣に話してるのに、歌を…歌うなぁーーっ!!!」 ってな事を言ってるんだろう。
何だか無音のままドムの一人熱くなって怒ってる顔を見ていると、無償におかしくなってしまった。
「…ぷっ…アハハハ…!!」
思いっきりドムを指さして爆笑してしまった(!)
でもドムは、そんな僕を見て、ますます顔を赤くして怒鳴っているもんだから僕のツボをつきまくって笑いが止まらなくなってしまった。
「ウヒャヒャ〜〜〜…ハッハハッハ…は、腹、痛い…!!」
そう言ってる自分の声すら聞こえないんだけどさ。よっぽどドムの怒鳴り声と僕の笑い声がうるさかったんだろうね?
あの一度寝ると、なかなか起きないオーリーが、驚いた顔で目を開けたんだから…
何で自分が起きたのかも分らないって顔で、目をパチクリさせているオーリーを見て、もともと笑いのツボが、押されまくりの僕は、今度はオーリーのその顔に反応してしまった。
「…ヒャハハハハ…オ、オーリィ…の顔…ブゥハハハハハ…!!」
僕は笑いすぎて、ほんと息が出来なくなるくらいだった。
「く、苦しいぃ〜…ハハハハ…」
あまりに僕が、ジタバタと転げまわって笑ってたもんだから、何かの拍子に耳からスポっとイヤホンが外れた。
「…うなーーーーっ!!」
「…ってるのさ!!!!」
急に怒鳴り声が聞こえて、僕は耳を抑える。
「…え〜?何だって〜?」
大音量でジミヘンを聴いてたからか、耳鳴りがして、よく聞き取れなかった。
「むぅ…いいかげんに笑うのやめろって言ってんだよ!!」
「リジー、何で笑ってんのさ!!」
同時に怒鳴られて僕は、またまた笑いそうになったけど、そこはグっと我慢した。
「あ〜スッキリ!」
僕はお腹のそこから笑ったからか、何だか気分もスッキリしていて爽快だった。
ドムは怒鳴りつかれたのか、真っ赤だった顔が潮が引くみたいに一気に白くなってるし(!)
オーリーは、オーリーで寝ぼけまなこで僕を見て首を傾げてるしで、僕はまた吹きだしそうになるのを堪えると、
「ドム…どんなに熱望しても、だけはドムにはあげないからね?」
と爽やかな営業スマイルで釘を刺してあげた。
ドムは何て言ったかって?鯉みたいに口をパクパクさせながら、また顔が赤くなってきたんだけど、
ドムが怒鳴り出す前に、マネージャー達が僕らを呼びに来たんだ。
だから助かったよ。
またドムの演説を聞くくらいなら、何度も同じ事言うインタビューを受けてるほうがマシってもんだしさ。
今から行くのはテレビの収録だけど、どうせ映画の事を聞かれるのは一緒だしね。
僕は、ちょっと伸びをすると、ニコニコしながら部屋を後にして、隣の部屋で、あまりのうるささに耳を塞いでたらしいリヴの後ろから呑気について行った。
この後テレビの司会者に聞かれた、"あなたのストレス発散方は?"の質問に、"思い切りお腹の底から笑う事かな?"と答えたのは言うまでもないだろ?
ジョシュ
僕はインタビューも終わり今はホテルへ向う車の中にいた。
窓に大粒の雨がうちつけてくる。
(、ガッカリしてなきゃいいけどな…。まあ、は子供の頃から雨が好きだったし、そうでもないかな…?)
僕は煙草に火をつけて隣で手帳を見ているアランへ声をかけた。
「なあ、明日は何かあるわけ?」
「え?ああ、いや…明日はオフだよ」
「え?うそ?!」
「夜は監督と食事と言うか…打ち上げ?みたいなもんがあるけどな」
「ああ、それはいいよ。も一緒でいいだろ?」
「そりゃ、もちろん」
アランはちょっと笑って、「ほんと妹にベッタリだな、お前は」 と僕をニヤニヤしながら見る。
「いいだろ?別に…」
「ま、可愛いのは分るけどさ!お前も恋人くらい作れよ。最近、浮いた噂もないだろ?」
「そんなゴシップで、すっぱ抜かれてもいいわけ?」
僕は苦笑しながら言った。
「まあ、そのくらいじゃないとな?ハリウッドスターとは言えないだろ?」
「どんなスターだよ、そりゃ」
「ま、お前もこのプロモーションが終ったら半年は休めるんだし、そっちの方もエンジョイしろよ」
アランは笑いながら言うと、また手帳へ視線を戻す。
僕も、アランの言葉に苦笑しながら煙を吐き出し、車の窓を少しだけ開けた。
小さな雨粒が顔にあたって気持ち良かった。
恋人…か。
前の彼女と別れてから…仕事も忙しくなったものあって、そんな恋愛してる暇すらなかった。
あれは何で別れたんだったっけ…。ああ…。一年前くらいだから…の様子がおかしくなって、僕が心配ばかりしてた頃だ。
彼女の事まで頭がまわらなくなって…結局、彼女の方が、「別れましょう」って言ってきたんだった。
それからは自分の事よりも、まずの事で頭が一杯になった。元気のないを見て、その理由をサラから聞いて…そりゃ恋愛する気にもなれないよ…。
僕はちょっと溜息をついた。その時、僕の携帯が鳴り出した――
「Hello?」
『あジョシュ?俺、レオ』
「…え?レオ?」
『あのさ、アランいるか?』
「…いるけど…何?どうした?」
『が買い物に行きたいって言うんだけど、それが着物の店でさ…アラン、少しは日本語分かるんだろ?ついて来てくれないかなと思って――まだ仕事か?』
「いや…今ホテルへ戻るとこだけどさ、着物の店?」
『ああ、着物が欲しいって言ってたしな。 何?もう終ったんだ?』
「うん。 ――あ、ちょっと待って」
僕はアランの方を見て、「あのさ、アラン今から買い物付き合ってくれない?」 と言った。
手帳に何か書き込んでたアランは僕を見て、「買い物?」 と顔を上げた。
「ああ、何だかさ、が着物が欲しいみたいで…でも言葉が分らないからって」
「ああ、そうか。じゃ、OKって伝えて。 ――着物なら…いい店知ってるし、そこの女将さんなら英語話せるからさ」
「へぇ。アランって、ほんと詳しいな…」
僕は驚いて言った。
アランは苦笑しながら、
「前にさ、うちの社長が彼女にジャパニーズドレスを買ってやった事があるし…
俺もその時、一緒に日本に来てたからな…。それに俺の前の奥さんが日本人とアメリカ人のハーフなんだよ」
「うそ?!そうだったの?!」
僕はちょっと驚いてしまった。
アランって"バツイチ"とは聞いてたけど…奥さんが日本人とアメリカ人のハーフだったんだ…。どうりで日本語、話せるわけだ…。
日本の事にも詳しいわけが分った気がする。僕はそんな事を考えつつ、ハっとしてすぐに携帯に出た。
「Hello、レオ? アラン、OKだってさ」
『そっか!いや、助かったよ…』
「…レオ、今、どこ?何だか後ろが騒がしいけど…」
『ああ…今、がホテルで待ってるのが退屈だって言うからホテルの近所でウインドウ・ショッピング中』
「へぇ…」
(ちょっとずるい…と思ってしまった)
『ジョシュ、もうホテル着くのか?』
「ああ、あと…10分くらいかな?」
『そっか。じゃ俺らもホテルに向うよ』
「OK!じゃ、後で」
『ああ、じゃな』
そこで電話が切れた。
僕は携帯をコートのポケットにしまうと窓の外を見た。
さっきの大粒の雨が今度は小雨へと変わってきている。
「何、ちゃん、着物欲しいって?」
アランが手帳をしまいながら僕の方へ声をかけてきた。
「ああ、そうなんだ。この間から欲しいって言っててさ」
「へえ、そうか。いや、ちゃんなら凄く似合うだろうなぁ…何せ奇麗な黒髪とブラックオパールのような瞳だし…こう…スタイルも華奢で、スラっとしてるから…」
と、アランは何だかニヤニヤしながら呟いて、僕は思わず、ジロリと睨んでやった。
「あ、や…コ、コホン…!! ―ま、まあ、だから、そこの店だと、いい着物もあるし、いいんじゃないかな!アハハ!」
アランは空笑いしつつ僕から視線をそらして言った。
(ったく…!いやらしい顔しやがって…お前はドムか!)
僕は憮然とした顔で窓の外を見た。
まあ、アランが、そう思うのも分るんだけどな…。の着物姿か…。早く見てみたいな。
そんな事を考えてると、僕まで顔がニヤケそうになってしまった…(!)
ドミニク
「ひゃー終った、終った!!」
俺は伸びをしながら車の中で叫んだ。
「うっさいよ、ドム!俺によりかかるなって!」
む・…。リジーの奴、冷たいじゃないか、未来の弟(!)に向って。 ――いや俺の方が年上だけど――
まあ、大事な妹が俺様を慕ってると思うと、焼きもちを妬くのも仕方がないけどな!アッハッハ!
「…何、一人でニヤニヤしてるのさ?バカみたいだよ?」
「なにぃ〜?」
リジーの冷た〜〜〜い半目状態な瞳で睨まれた。
あんなクリックリの瞳を、あれだけ細められるなんて相当、焼きもち妬いてるんだな…
まあ、いい。バカ兄貴どもは無視だ、無視!俺にはがいればそれでいいんだ!
さぁ〜ホテルに戻ったら、とどこに出かけようかな!(一緒に出かける気でいるらしい)兄貴どもの目を盗むのは容易じゃないが…。
「ねぇねぇ。帰ったら、どこ行くぅ〜?俺、行きたいとこあるんだけどさ〜」
ハリソン一家の中でも一番アホな二男が、ヘラヘラとリジーに声をかけている。
あ〜あ〜オーランドまで、リジーに睨まれてるよ…ザマ―ミロ!
「オーリィ…その話は…」
(む?何だか小声で話し始めたぞ・…内緒話はよくないな…俺に聞かれて困る話か?…!の事かな?!)
俺は窓の外を見ているフリをして、耳をダンボにしていた。
「…から…れたら困る…ろ? …た、くっついて…からさぁ……れないよ?」
ん?!よく聞き取れなかったけど…今、確かにって…って言ってたぞ…!
やっぱり俺様に内緒でを連れ出そうと(!)してるなぁ〜?!
そうは、行くか!俺はどこまででもついて行くぞ!!ほ〜ら、ホテルが見えてきた!
、待ってろよ!今、君の王子様(?!)が迎えに行くからな〜!
俺はホテル=に見えて胸がドキドキしてきた。
(ん…?あのカップルの男の方…どこかで見た気が…)
俺は雨の中、仲良さそうに相合傘なんてして腕を組んでホテル方向へ歩いてるカップルに目がいった。
日本人じゃなく、あの金髪は明らかにアメリカン!
も、もしかして…!!
俺は窓に顔を擦り付けて、そのカップルに車が近付くのを待った。
鼻なんて窓に潰されてるが、そんなこたぁ知ったこっちゃない。
頬までベチャーっとつけて、そのカップルの横を車が通り過ぎる時、二人の顔を見て俺は叫んだ。
「だぁーーー!!(ついでにレオ!くそぅ…と相合傘で腕まで組みやがって…!!)」
「え??ど、どこに?!」
バカオーランドが俺の背中に覆い被さってきて、俺はその場に潰されてしまった(!)
「あ、ほんとだ!とレオだよ?リジー! ――お〜い!!〜レオ〜!」
オーランドが窓を開けて叫んでいる。
(ああ、早く顔を上げないと…っつ〜か重てぇ〜んだよ!バカオーリー!!!)
「…くっ…オ、オーリィ…早く…よけやがれぇ…」
そうこうしているうちにホテル前に車が止まって俺は慌てて降りようとしたが、
何故かオーランドは俺の上からどけようとしない。
最初に、リヴが降りて、次にイライジャ、それを見届けてから、やっとオーランドが俺の上からどけて、素早く車を降りてしまった。しかもドアを閉めやがって…
くそーー、これはバカ兄貴の陰謀だな?!う…俺のマネージャーまでが、バカか?お前は…みたいな顔でため息をついて車を降りている!
俺はピキピキしながらも急いで自分でドアを開けて車を降りた。
すると、すでにリヴはと抱き合って何か話していたし、オーランドとイライジャも嬉しそうな顔での周りを固めている。
ああ…出遅れた… ――その時、レオナルドが冷たい顔で俺を見た。 ――すっげぇ氷のような…いや、あれはヒットマン(!)のような視線――
その次にが俺に気付いて、笑顔で手を振ってくれた!それだけで俺は、笑顔になり、急いで、そのバカ兄貴軍団をかいくぐり、の元へ――
「ドム!お疲れ様!」
「あ、、ただい…」
「――でさぁ〜テレビの司会者が、また面白いんだよ〜!ね?リジー」
むむ!俺がの傍へ行こうとした瞬間…。オーランドが俺との間に割り込んできやがった…!クソゥ…
レオナルドは何やら、それを見て、ニヤっと笑うし!(その顔がまさにヒットマン!ゴルゴサーティーンだ!――リジーに借りた日本のコミックの殺し屋――)
うう…俺は命を狙われてるような気がして身震いした。やっぱりレオナルドは怖い…。 そこへ――
「…!」
?!…げっ!!!ジョ、ジョシュまで…!!!!
顔で威嚇する(!)レオナルドと違って肉体的に(?!)俺を威嚇する三男が笑顔で今、目の前に止まった車から降りて走って来た。
「あ、ジョシュ!お帰りなさい!」
ああ〜……可愛い笑顔で、何でジョシュなんかに抱きつく!チキショーー…俺だって、まだ抱きついてもらえてないと言うのに…(当たり前)
「やあ」
そこにジョシュのマネージャーのアランまでが登場だ。
何なんだ…この勢ぞろいは…
アランはオーランド、イライジャ、そして俺のマネージャー達とも挨拶を交わして楽しそうに話している。
が、オーランドとイライジャ、俺のマネージャー達は、お腹が空いたとホテルへと入って行ってしまった。
おいおい…俺にも声をかけてけ、お前…。仮にも俺のマネージャーだろう…?
しかし…派手な軍団で目立つからか、周りを歩いているジャパニーズ達が、チラチラと俺たちを見ている。
そりゃそうか…
外国人だけでも見られるというのに、こんな大勢で、しかも皆がサングラスに帽子をかぶったりして、いかにもスター!みたいなオーラを出していたら、日本じゃなく、例えアメリカの街中でも見られるだろう。
特に、レオとジョシュとオーランド!お前ら、でかすぎなんだよ!!
180センチ台の男三人が並んでるだけでも目立つっちゅーのに…(しかも悔しい事に、全員美形…)
「ええ?買い物行くの?!わ〜俺も行く、行く〜〜!まだ夜のカブキまで時間あるんだよね?!」
そこに、いい年して、はしゃいだオーランドのバカ声が聞こえて俺は、ハっとした!
な、何?買い物・…?!カブキ?!(カブ〜キって何だ?What??)
何だ?皆で出かける気か?!俺も行くぞ!
「じゃあ、早速行こうか?」 とアランが言ってホテル前の何台か止まってるタクシーに乗り込んでいる。
「わ〜い!買い物だぁ〜」 バカオーランドも、はしゃぎながら、それに続く。
「で?場所はどこなの?」 イライジャも首をかしげながら、でも楽しそうに車に乗り込んだ。
「え?私もいいの?」 リヴも嬉しそうな顔でイライジャの隣に乗り込んでいる。
はと言うと、レオとジョシュに挟まれて後ろのタクシーに乗り込むところ。
ああ…!このままじゃ行ってしまう!!!…と慌てていると、が車に乗る前に顔を上げて俺の方を見た。
「ドム…!一緒に行かないの?」
ああ…!!何て優しいんだ、君は!!!レオとジョシュが、ギョっとして凄い顔で睨んでるけど気にしないさ!
と一緒に買い物に行けるなら、例えレオにマシンガンで(!)撃ち殺されても構わない!愛の為なら俺は喜んで撃ちぬかれよう!(バカ)
俺は天にも上る気持ちで車の方へと走って行った。 ――小雨に濡れて寒かったが気にならないさ――
だけど俺が近付くと、を間に、レオとジョシュはサッサと後部座席に乗り込みやがって、結局、俺は助手席に座るハメになった…チッ。
でもすぐ後ろにがいると思うと俺はハッピーだ。
「前の車について行って下さい、と言っています」
タクシーの運転手に、ホテルのボーイがレオが英語で言った言葉を日本語で説明している。
さすが高級ホテル。例えボーイでも英語が話せるらしい。
そりゃ、そうか・…ここは、よく海外のビップが泊まるらしいし、英語が出来なきゃ、お話にならないだろう。
運転手は外国人ばかりの客でも慣れている様子だし、きっと、ここのホテルで、よく客を乗せるんだろうなぁ…
僕は運転手と目が合って、思わずニッコリと微笑んだ。
「Hi!」
「ハーイ!」
その運転手(推定50歳)も笑顔で俺に挨拶をしてくれた。
前のアラン達を乗せたタクシーが先を走り出し、俺達の乗ったタクシーも、その後について行った。
一体、どこに行くんだろう…?
ああ…後ろを振り向いてに話し掛けたいけど…何だか後頭部にビシバシと殺意を感じるよ…(!)
何だか後ろじゃ、3人で楽しそうに話をしてるし…でもの小鳥のさえずり(!)のような可愛い声が聞こえてくるから、俺はそれだけで満足なんだけどさ…
なんて思いつつも、やっぱり少し寂しい…と思っていた、その時――が俺に声をかけてきてくれた…!
「ねぇ、ドム」
「な、な、何だい?! (マイハニー!とは心の声さ)」
「ドムも今夜は一緒にカブキ見に行かない?」
「へ?カブキ…?(って何だろう…さっきから、皆でカブ〜キ、カブ〜キって言ってるけど…)」
「おい……。ドムだって忙しいんだから誘っちゃダメだよ…無理させると悪いだろう?」
(く…っ!!レオナルド…!せっかくが誘ってくれてるのに…わざとらしい笑顔で俺を気遣うフリを…!)
「そうだよ?…。ドムも仕事で日本に来てるんだからさ」
「でも…オーリー達も戻って来てるし…リヴも行くって言ってくれたし、ドムも行けるでしょ?」
(ああ…何て優しいんだ…やっぱり君は僕の天使だよ! マイ・エンジェルさ!)
「でもドムは、カブキなんて興味がないかもしれないしさ…好みってものがあるんだし」
(クソゥ…!ジョシュめ〜〜何とか俺とのカブキ・デート(?!)を邪魔しようとしてやがるな?!)
知らず俺は顔が鬼のようになってたようだ。
運転手が怯えた顔で、チラチラと俺の顔を見てくる…。 ――君は運転に集中してくれ――
「あ、あの…?」
「なあに?ドム」
「カブキって…何だい?」
「ああ、そうか!知らないわよね?あのね、カブキって日本の舞台…みたいなものよね?」
「ああ、まあな…。ドムには分らないだろ?」
(むっ…レオめ…相変わらずクールだな…!)
「わ、分からないけどさ…!舞台なら興味あるよ!俺も見たいなぁ〜」
と、精一杯、笑顔で言ってみた。
「ほんと?!」
「…!!!!」
い、いきなりが身を乗り出して顔を出したもんだから、俺の顔のすぐ横に…の笑顔がぁ〜〜!!ダメだ…鼻血でそう…(!)
「!身を乗り出したら危ないよ?」
「は〜い…」
(ああ!!ジョシュ〜〜〜!!何でを引っ張るか…!せっかく初めて顔が、あんな近くに来たというのに!!人の恋路を邪魔ばかりしやがってぇ…)
「じゃあ、今夜は皆でカブキ見学ね!楽しみだな〜!昨日は結局、この雨でヨコハマに行けなかったし…」
「……」
「……」
――アッハッハ!!レオもジョシュも黙り込んじまって!さぞ悔しいだろうなぁ〜。
が俺と一緒に行きたいと言ってくれたのを、(そこまで言ってない)こざかしい真似で邪魔しようとするからだ!
はぁ〜今夜はと一緒にいれるんだ…!チャンスがあればを連れて二人でバカ兄貴どもから逃げ出そうね!マイハニー!
俺は天下をとった気分で、顔もしらず緩んできた。
それを、また運転手は、怯えた顔で見てきやがる…お前は運転に集中しろっつーの!!
俺は、その運転手の方を見ると、ニッコリ微笑み、こう言った。
「you are happy...?!」
その着物の店はシブヤという場所にあった。
「ここ?」
「ああ、そうだよ。ここは"大島袖専門店なんだ」
「オオシマ…?」
私はアランに促され店内へと入った。
その後ろから、興味津々でオーリーとリヴ、ジョシュと続く。
リジーとレオは、またドムをイジメているようだ。
「イラッシャイマセ!」
ニコニコとした着物の女性が出迎えてくれて私は思わず見惚れてしまった。
「Wow!It is very beautiful!!」
「Welcome!」
その着物の女性は私を見てすぐ英語で言ってくれた。
そしてアランを見て、「あら・…前に何度か来て下さった方ですね?」 とニッコリと微笑む。
「覚えててくれて光栄ですよ」
アランは笑いながら、その女性と握手をしている。
「今日は社長さんはいらしてないのね?」
「ええ。今日は…私が担当するジョシュと、その兄、妹達と一緒ですよ」
と、アランも苦笑している。
「まあ、そうなの?でも、そう言われてみると…知ってる顔ぶれだわ…!」
その女性も皆の顔を見て驚いている。
「ああ、。こちら、この"奄伽楽"の女将さんで、Miss.Kyoko.」
「Nice to meet you!」
「Nice to meet you、too!」
私は、その女将さんと握手をした。
「ああ、女将、実は、このが着物が欲しいらしんだが…見立ててやってくれないか?」
「ええ!もちろんです!さんは…日本の方…?それともハーフ?」
「ああ、彼女は日系アメリカ人だよ。こっちの人と同じようなサイズで大丈夫だと思うんだが…」
「そうね?見た感じだと、どれも合いそうだわ?165センチくらいかしら?」
「あ、はい。そのくらいだと思います」
私はサングラスを外して笑顔で答えた。
「ねぇ、。私も着物、欲しくなっちゃったわ?」
そこに興奮したように店内に飾ってある着物を見ていたリヴが私の隣へと来た。
すると女将も、「あ…!」 と驚いている。アランは笑いながら、「気付いたかい?」
「え、ええ…。あ、あの…彼女、アルマゲドンの…それにって…ハリソンファミリーの末の娘さんね?!」
「That's right!」
アランは何故か得意げに答えた。
女将は口を空けたまま、飾ってある着物の生地を見て回っている皆の方にも目を向けて、さらに驚いていた。
「まぁまぁ…凄いわ…!来日してるとテレビのニュースで見てたけど、まさか…アランも映画関係者とは聞いてたけど…マネージャーだったなんて」
そこにジョシュが歩いて来て、「どうも、うちの社長がお世話になったようで…」 と笑顔で女将と握手した。
「あ…彼は…三男の…?」
「ええ、ジョシュです、宜しく」
「あら、やだわ…うちの娘達が、大ファンなのよ?ハリソンファミリーの…ど、どうしましょ…?!」
女将はさっきの物静かな感じから一転、驚きのあまり、オロオロとして、アランを苦笑させている。
「、どんな感じのがいいんだ?」
「ジョシュはどれがいいと思う?」
私はやっと落ち着いた女将さんに色々と見せて貰いながら頭を悩ませていた。
「う〜ん…ドレスと違って…着物は見た感じだと…分らないなぁ…」
ジョシュは苦笑しながら私の頭を撫でた。
「そうねぇ…生地だけだと…」
「あ、ちゃんと出来上がったものもありますよ?ちゃんとサイズも揃ってますし…これから仕立てるとなると一ヶ月はかかりますから」
女将が笑顔で教えてくれた。
「え?一ヶ月もかかるんですか?!」
私は驚いて女将の方を見た。
「ええ、生地を選んでサイズを測ってからだと…でも出来上がったもので気に入ったのがあれば、それはお持ち帰り頂けますわ?」
私は今すぐ欲しかったので、出来上がっている着物を見せて貰う事にした。
女将はすぐ奥の方へと連れて行ってくれて、何着か壁にかけて見せてくれる。
「うわぁ…Very beautiful.......!」
色鮮やかな着物からシックな柄の着物まで揃っていて私は瞳を輝かせた。
「へぇ…奇麗なもんだな…」
と後ろから着いて来ていたジョシュとレオも感心している。
「うわぁ〜Very beautiful.......!最高!」
「ほんとだ〜」
オーランドもイライジャも口を開けている。
リヴなんかは私と同じで瞳を輝かせて、着物を見ていた。
「どれでも着せてあげますよ?気に入ったのがあれば言って下さいね?」
「あ、はい!」
私は着物を一枚一枚見ながら、もう全部欲しい〜(!)と思っていた。
一枚、目について足を止めた。
(うわぁ…これシックだけど柄がクールでカッコイイ…)
「あら、それ気に入ったんですか?」
女将が驚いたように私の方へ歩いて来た。
「え?ええ…あの…カッコイイ柄だなぁと思って…」
「まあ…」
女将はクスクス笑いながら、「これは大体、年配の方が着るような柄なのよ?」 と言って、それも壁にかけてくれる。
「そうなんですか?こんなに素敵なのに…」
私は驚いて、その着物を見上げた。
「日本の若い方だと…こっちの、もう少し色の派手な方を好まれますわ?」
と言って、それまた可愛いパープル系の着物を手に取って見せてくれた。
「わあ…こっちも素敵だわ?色が凄く奇麗…!」
女将はにっこり微笑むと着物の説明をしてくれた。
「これは純泥染や本草木染では表現できない複雑な色彩を創り出すために、化学染料を使用しているの。
『色大島』や『白大島』が代表される製品で、艶やかな色目が特徴なのよ?これは『雪輪と市松』と言ってパステル調の、市松が優しい印象の大島なの。
ここの白の雪輪の中も、細かな柄が織り込まれた、凝った作りになってて。総絣ならではの精緻な織り表現も魅力よ?地色からどの色をとって帯を選ぶかで印象が変わるし、帯あわせの楽しめる一枚ね」
「そうなんですか…。じゃ、こっちの着物は?」
私は先ほどのシックなグレーの着物を指差した。
「これは、『縞家紋』 と言うの」
「シマ…カモン?」
「ええ。これは古典的な家紋をアレンジし、大枠柄を加え数種類の文様を全体に織り込んであるのよ。最高級品の12マルキ総絣式で最高技術を追求した極みの着物。 数に限りのあるこの逸品で最高の贅沢な着物といえるわ?」
「最高…?」
私はそう聞いて、その着物を着てみたくなった。
「これ…着てみてもいいですか?」
「え?これ?これが気に入ったの?」
女将はちょっと驚いた顔で、アランを見ている。
「ダメ…ですか?」
「いえ、ダメじゃないわ?あ、じゃあ…こっちへ来て?」
女将は私を奥の座敷へと案内してくれた。
「髪もセットしてあげるわね?」
女将はそう言うと私の髪をくしで解かしながら手慣れた手つきで髪をアップにして日本髪に結ってくれている。
簪という髪飾りをさして貰っているだけで、私は胸がドキドキしてきた…。
ジョシュ
「おい、ジョシュ」
「え?何?」
僕はが着替えに行った奥の座敷が気になり、見ているとアランが歩いて来た。
「さっきのが着たいと言ってた着物なんだが…軽く3万ドル近くはするぞ?」
「うそ!あんな着物一枚で3万ドルなの?」
俺は驚いて大きな声を出してしまって口を抑えた。
「ああ、着物も、アメリカのブランド物のドレスと同じで、ちゃんと着物ブランドがあるんだよ。だから何でも良いものは高いんだ」
「へぇ〜そうなんだ。で?今、着てるのが3万ドル?」
「いや、もう少し安いが、大体、3万ドル以内って感じだな?」
「そうなんだ。じゃ、あの女将がすすめてたのは?」
「あれは1万ドルくらいかな?それより少し高いくらいか。着物には腰に巻く帯やら中に着る下着まで揃えないといけないしな。草履だろ?足袋だろ?簪…と色々、付属品が多いんだよ」
「へぇ〜凄いな?ジャパニーズドレスも」
そこにレオが暇そうに歩いて来た。
「あ、レオ。他の皆は?」
「ああ、オーリーもリジーも、ドムがのとこに来ないように見張りつつ、店先の着物とか小物を楽しそうに見てるよ?」
「そっか。リヴは、ほら、目がキラキラしてるぞ?ありゃ買ってくな?」
僕が苦笑して、リヴの方に顔をくいっと傾けると、レオも苦笑しながら、
「ああ、彼女のフィアンセが目を回さない程度の着物を買って行くといいんだけどな?」
と肩をすくめている。
「あ…レオ、またにプレゼントする気だろ?」
僕は目を細めて、レオを見た。
「それでもいいな。ジョシュだって何着か買ってやればいいだろ?他にも買う物が多いしな。どうせオーランドもイライジャもに買ってあげる気満々だぞ?」
レオは笑いながら、店先の方を見た。
僕は、そっと暖簾をあげて店先で騒いでる二人を見てみると…。
「ねぇねぇ、リジー、リジー。これ、に似合いそうじゃない?」
「どれどれ?え?この髪飾り?どうやってつけるんだろ…。でも奇麗だね〜」
「そうだろ?きっと似合うと思うなぁ〜〜。どんな着物かな〜」
「どれどれ?」
「ドムは見なくていいよ!」
「な!何だよ!オーランド!未来の弟に向って!」
「はぁ〜?!誰が未来の弟なんだ、誰が!!」
「It,s me!!!オ・レ・が!!!」
「げ…何だか幻聴が聞こえたんだけど?!」
「何ぉ〜う?!」
僕はその会話を聞いて、ちょっと頭を振って目頭を抑えた…。
(こんなとこまで来て…アホか…)
「いっその事、全部ドムに貢がせたらどうだ?」
アランが人事のように笑っている。
「んな事、出来るかよ…!それをネタに、またに近付くだろ?」
僕は顔をしかめてアランを見た。
レオも密かに頷いている。そこへ――
「さ、出来上がりましたよ?」
と、女将の声が聞こえて、僕とレオ、リヴ、そしてアランや、隣の店先にいた皆も入って来て、
女将の後ろから恥ずかしそうに出てきたを見た。
「ど、どうかな…?」
僕は…いや、僕だけじゃなく、その場にいた皆も、大口を開けてに見惚れていただろう。
は長い黒髪を奇麗に日本髪に結ってもらっていた。
髪には一つ可愛らしい髪飾り(簪というらしいが)を付けていて、さっき手に取っていたグレーのシックな着物を、
着ているは、本当に日本人の女性のようで艶やか…いや、大和撫子のようだった。
「…あ、あの…へ、変かな?」
あまりに皆が黙っているので不安になったのか、が心配そうな顔で僕らを見た。
そこに最初に抱きついたのは、やはりオーランドだった。
「そんな事ないよ!すっごい!!!!キュートだよ!いや、奇麗だ!!Very beautiful.......!」
オーランドは、そう叫ぶとを抱きしめて、頬や額にキスしまくっている。
それを見かねたのか、レオがからオーランドを引き剥がした。
「やめろよ、女将さんも驚いてるだろ?!」
「何だよぉぉぉ…いつものスキンシップだろぉ〜う?」
オーランドは不満げに口を尖らせている。
「お前には、いつもの事かもしれないけど、こっちの人にとったら、お前のスキンシップは過剰なんだよ!」
――確かに女将は顔を赤くして、驚いて、その光景を見ていた。唖然と…と言ってもいい――
「チェ〜…。 ――でも、ほんと奇麗だよ?!」
「あ、ありがとう…オーリィ…」
が照れくさそうに微笑んだ。
その笑顔が可愛くて僕は少し見惚れているも、レオがちゃっかり軽く頬にキスなんてしながら、「奇麗だよ?」 な〜んてニヤケてるもんんだから思わず、「ほんと、、大和撫子みたいだ」 と僕も誉めてあげた。
は嬉しそうに、「ありがとう」 と言って、僕とレオの頬にキスをしてくれた。
――ちょっと着物姿のにキスをされて、僕もレオも顔が、いつも以上に赤くなってしまったけど――
「あ〜ずっるい!!俺も誉めたのに、キスはないの?〜」
うるさく騒ぎ倒すオーランドに、も苦笑しながら、キスをしている。
まったく…オーランドは、どこに言ってもマイペースだよなぁ…。
「、凄い最高に奇麗だよ!もう、このまま連れて帰りたいくらいだ」
と、イライジャも赤い顔で興奮したように言いながら、を軽く抱きしめて額に、チュっとキスをした。
「ほんと?ありがと、リジー」
も嬉しそうに、ニコニコしながらイライジャに、キスをしている。
リヴも、「〜〜Very beautiful.......!私も買うって決めたわ!」 と大騒ぎしていた。
そして…それを羨ましそうに熱い視線で見ていた男が一人…
「あ、あの……もう、もう俺は気持ちを抑えきれないよ…!」
と、言って両手を広げた。
(うわ!あいつ!に抱きつく気か…?!)
僕は慌てて、ドムを止めようと、二人の方へと歩き出した、その瞬間。
オーランドがの前に立ちはだかり、ドムはオーランドに抱きつくハメになっていた…(!)
「げえ…!な、な、何だよ、オーリー!!!き、気色悪いだろうが!」
「エヘへ!そんな僕を抱きしめたいなら、抱きしめたいで言ってくれればいいのにさぁ〜、ドムったら水臭いなぁ〜」
オーランドは、つらっと、そんな事を言いながらドムをギューっと抱きしめて離さない。
よし!グッジョブ!オーリー! ――なかなか、役に立つもんだな、の事になると…(!)――
僕はホっとして、レオを見ると、レオもちょっと息をついて僕の視線に気付き、苦笑した。
今度はリヴが着物を着せてもらっている間、は、先ほどのパープルの着物を肩に当てて鏡を見ている。
「どうしようかなぁ…こっちも捨てがたいし…着てみようかしら…」
「ああ、そっちも着せてもらえよ。俺も見たいな?」
僕がそう言うと、は嬉しそうに僕を見上げた。
僕は、の項が、もろに見えて、ちょっと顔が赤くなり、視線を外すと、軽く咳払いをした。
「どうします?そっちも着てみる?」
女将がが迷っているのを見て声をかけてきた。――着物を着付けてくれるのは女将ではなく、女将の母親で、この店の大女将らしい――
「ええ…あの今着てる、この着物はおいくらですか?」
「これは…貴重な種類だから273万円…ドルで言うと…3万ドル以内ってとこかしら?」
「そうですか。じゃ、これは?」
「そっちは、普段も着れるもので若い人向けだから…144万9千円。ドルで、約2万ドルね」
「今着てるのはパーティーにも着れますか?」
「ええ、それは格式高い古典柄だから、披露宴やパーティー等の特別な場にお勧めね?唐織やつづれの帯などでコーディーネートして、更に格調高く着て貰えるといいかもしれないわ」
「じゃあ、帯とか全て、この着物に合うのを見立てて下さいますか?」
「え?!そ、それにするの?」
女将は驚いて眩暈を起こしたようだ。
僕はちょっと笑いながら、レオに、「女将のやつ、倒れないだろうな?」 と声をかけた。
「ああ、アッサリ決めちゃうんだからな…」
と、レオも苦笑しながらを見ている。
そこにリヴも着物を着て出てきた。
「どうどう?皆!似合うかしら?!」
リブの着物は、パープルの生地に薔薇の花をあしらったデザインで凄く艶やかだった。
「わぉ!リヴも凄く奇麗だよ!!最高に似合ってるね!」
オーランドが、そう言いながらリヴにハグをしている。
「ほんと、リヴも何だか日本の女将さんみたいだよ?」
と、イライジャが笑顔で言って、リヴに睨まれている。
「誰が、女将さんなのよ?!」
「え…いや…だってより、年上なわけだし…」
「何ですって?!」
「あ、いえ… I'm sorry....」
「わぁ、リヴ凄く奇麗〜〜!それ似合ってるわ?」
はリヴの着物姿に大喜びして手をとって騒いでいる。
――その横で女将は他の従業員に大急ぎで、が着ている着物に合う装飾品を集めさせていた…(!)
そりゃ、そうだろうな…。あれを全部買ったら、一体いくらの儲けになるんだ?
多分、は、もう一着のパープルの着物まで買うだろうし…
一日で約5万ドル以上の儲けだ、そりゃ店の奴、総動員で接待する筈だ…
僕はちょっと息をつくと、その場はレオに任せて、店の外に出て煙草に火をつけた。
雨は、だいぶ小雨になってきていた。
店の時計を見たら、午後3時半時になるところだった。
今夜のカブキは夜の部で午後6だと言っていたから、まだ、だいぶ時間はある。
買い物が終ったら、を食事に連れて行こう…
きっとお腹が空いてると思うし。
僕は冷んやりとした空気の中、どんよりと暗い空を見上げて、着物姿のを思い出していた。
ほんと、奇麗過ぎてまだ胸がドキドキしている。
それに気づかれたくなくて、ちょっと店を出て外の風に当たりに来たんだけど…。
レオのやつ気付いてたかもな?「外で煙草吸ってくる」と言ったら、何だかニヤリと笑ってたし…。まぁ、いいけどさ。
顔が火照っているので冷たい風が、やけに気持ちいい。
明後日には帰国か…俺は…また他の国にプロモーションに行かないといけない…。
それが何だか憂鬱だった。
早く全て終えて半年のオフに入りたい…
「はぁ…」
僕はちょっと溜息をつくと、煙草を落とし、足で踏み潰した。
さ、の着物でも買ってこようかな。
あとでカメラを買って写真も撮ってあげよう。
そんな事を考えつつ、僕は、また騒がしい店内へと暖簾をくぐって入って行った――
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