レオナルド
「え?!」
「だから、この着物、レオに似合うと思うの!」
俺はが手に持っているシックな藍色の着物を見て驚いていた。
「これを…着てって?」
「うん!」
の嬉しそうな顔に、俺はちょっと顔が緩むも、その着物を着ろって言われても…と躊躇していた。
そこへ女将が、ニコニコと零れ落ちそうな笑顔でやってくる。 ――売上が相当な額で顔が綻ぶのも当然といえる――
「それは男性でも着れるんですよ?」
「はぁ…」
「それは、"藍玉"と言いまして、地色の藍色玉模様と十字絣との全体模様が鮮やかなんですよ。着物は勿論、羽織としても幅広く着用いただけます」
「はぁ…」
「着てみて?」
「え?」
「レオの着物姿、見てみたいもの…。ダメ?」
(そ、そんな哀願するような瞳で見られたら…断れないんだよなぁ…俺)
「分かったよ…着てみようかな?」
「ほんと?!」
はパァっと笑顔になると、俺の腕にしがみついて来て、俺も思わず笑顔になる。
と言っても笑顔になったのは、俺やだけじゃなく、もみ手までしそうな勢いの女将も同じだった(!)
「え〜いいな、いいな!レオも着物着るの〜?俺も着たいよ!着物、着たい〜〜!」
「…うるさい!オーリー!勝手に着ろよ…」
俺の後を騒ぎながらついてくるオーランドを一喝すると、そこにジョシュが戻って来て、俺は、ある事を思いついてジョシュの腕をガシっと掴んだ。
「…おい、ジョシュ…」
「な、何だよ、レオ…。どこ行くの?」
「今から着物着ないといけないんだ…。がどうしてもって言うからさ…」
「え?レオまで?…そ、そりゃ大変だな…」
とジョシュは苦笑して俺を見ていたが、俺は構わず、「いや、お前も一緒に来い」 と言った。
「え?!お、俺も?!何で?!」
「お前も着物が似合いそうだからさ…。俺一人だと恥ずかしいだろ?一緒に着てくれよ、な?」
俺はちょっと優しい笑顔を見せつつ、ジョシュに頼んでみた。
「う〜ん…」 とジョシュは悩んでたものの、に、「これ、ジョシュに似合うと思うの!」 と、案の定、ジョシュにも似あう着物を探して持って来た。
ジョシュがニヤケながら、「そう?じゃ…着てみようかな?」 と笑顔で答えてるのを見て、俺は密かに、ニヤリと笑った。
(やっぱりな…に弱いのは、お互い様だ、ジョシュ)
そこへイライジャとドムまで来て、「え〜僕らも着たくない?」 と言い出す始末。(それには、女将も飛び上がった(ように見えた…)
結局、俺とジョシュ、イライジャ、オーランドと、何故かドムまで、に選んで貰った着物を着るハメになり、
「すっごい、似合うわ!カッコイイ!」
というの一声で、全員が、その着物を買う事になった(!)
もちろん、ドムは張り切って、「君の為に・…」 と言いそうになるも、ジョシュに口を塞がれた。
リヴも自分の気に入った着物を買えて満足そうにしている。最後に女将は顔を真っ赤にして興奮していた。
そりゃそうだろう。全員でしめて総額10万ドルの売上だ。
日本円にして約1千3百万!が父さんにも、お土産で買うって言うし、父さんの分まで入れたら相当な額になった。
凄いったらないだろ?こりゃ今夜は眠れないね、あの女将さん…。
興奮したように、俺たちを連れて来てくれたアランに、抱きつきそうなくらいの勢いでお礼を言っていたっけ。
ま、僕らにしてみれば、ちょっとしたポケットマネーなんだけどさ。
俺たち兄弟でに、それぞれ着物やら、装飾品を買ってあげた。
ドムも出すと言い張ったが、そこは丁寧(ここ大事)にお断りさせて貰った。 ――それで結婚させろと言われても困る――
は俺たちの着物を買うと言い張ったが、これもあっさり却下。
そこでぶーたれてしまったので、じゃあ…と草履とか身の回りの物を買って?と頼んだら、大喜びで女将と一緒に色々選んでくれた。
気持ちは嬉しいけど、妹に高価な物をプレゼントされるのは何だか兄として気が進まなかった。
皆も同じ気持ちだったようだ。
まあ、俺はにプレゼントをするのは日課になってるから、いいんだけどな。
というわけで買い物にも疲れ果て、お腹が空いたので一度、ホテルへと戻って来た。
ホテルのレストランの方が言葉が通じて楽だからさ。
いくらアランがいてくれても、皆の言葉をいちいち通訳して貰うのも大変だ。
まずは大量の買い物袋を部屋に置きに行ってから、女性陣がイタリアンがいいと言うので、ホテルのロビー横にある"フィオレンティーナ"というイタリアンカフェに来た。
皆でセットランチを頼んで、一杯だけと、まだ夕方だけど、ドン・ペリ二ヨンをグラスで飲んでいる。
「はぁ〜美味しい…!」
がグラスを置いて息をついている。
「、疲れたんじゃない?大丈夫か?」
「レオったら心配しないで?私は大丈夫よ!ちょっと買い物しただけだし…そういうレオが疲れたんじゃない?」
はクスクス笑いながら、俺を見た。
「ああ…ちょっと女性の買い物は疲れるな」 と俺も苦笑する。
「やっぱり!」
「そう?俺、買い物付き合ったりするの大好きだけどなぁ〜」
オーランドが、サラダを頬張りながら呑気に言っている。
「そりゃ、お前はな…。あんな、はしゃいでて、よく元気残ってると感心するよ」
「ほんとだよねぇ…。僕なんて足が痛くなったよ?」
「お前は運動不足だろ?」
「うわ、レオだって、そうだろ?ロスだと、殆ど車で移動して荷物だってマネージャー任せじゃん!」
イライジャが口を尖らせて文句を言ってるが俺は済ました顔でドンペリ二ヨンを味わった。
ドムはと言うと、食べるのも、そこそこでに見惚れている。
(あ〜あ…そんなに見つめるなよ…が溶けちゃうだろ…?(!)リヴも、それに気づいて苦笑いしてるし…)
「で?今夜のカブキは何時に行くんだ?」
アランが子羊のソテーを切り分けながら皆の顔を見た。
「えっと…夜の部は…夕方6時です」 がメモを見て言った。
「そうか。じゃ…歌舞伎座までだと、ここから車で20〜30分だな。今は4時半だから…これ食べ終わったら出よう。余裕をみて向こうに着いていた方がいい」
「はい、そうですね」
も嬉しそうに微笑んでいる。
今も着せて貰った着物を着たままだった。
どうしてもカブキを見に行くのに着物で行きたいらしい。
――リヴもカブキに行くなら私も着ていくわと言って着たまま食事をしている――
だから、さっき着物を買いに行きたいと言ったんだな…カブキの前に着物を買いたかったんだろう。
俺たちは、とっくに脱いで普段の楽な服装に戻ってるけど。
「はぁ…もう入らない…」
「え?、もういいの?だってメイン食べてないよ?」
ジョシュが心配そうにの顔を覗き込んでいる。
「どうした?具合でも悪いのか?」
俺も心配になって聞いてみた。
「…ううん。着物の帯が苦しいだけ…。これ着てたらダイエット出来そうね?」
と、は呑気に笑っている。
「大丈夫?」
イライジャも子羊を切る手を止めて心配げにの方を見ている。
ドムなんて半分、腰を浮かして(!)顔を覗き込もうとしてるのを、リヴに止められていた。
「大丈夫?脱いだら?」
オーランドも手を止めて心配している。
「な、何よ、皆して…。 別に具合が悪いわけじゃないわよ…。心配しないで?」
は恥ずかしいのか、サラダだけをつまみ出した。
「…なら、いいけど…。あまり無理するなよ?ダメだと思ったら、すぐ言う事!OK?」
「もう…レオも過保護なんだから…」
は、まだ口を尖らせたまま俺を見るも、「OK?」 と念を押すと、渋々、「All right!」 と両手を上げて降参のポーズ。
俺はニッコリ笑って、の頭を撫でた。
イライジャ
タクシーを、その建物の前で降りて僕は驚いた。
「ひゃ〜凄い…ジャパーン!って感じだねぇ…!」
「うわ、何?あの赤くて丸いの…いっぱい、ぶら下がってるけど…」
オーランドも口を開けて上を見上げている。
ドムに至っては、「バカモノ…。あれを知らないのか?あれはジャパニーズ・バルーンだ!」と得意げに言い出す始末…。
そこへアランが笑いながら歩いて来た。
「いや、あれはチョウチンと言ってバルーンではないよ?あの中にキャンドルを灯したり小さなライトをいれて照らしたりするものなんだ」
その説明を聞いて僕はジロリとドムを見ると、ドムは、すでに視線をそらして口笛なんて吹いている。
(…ったく!バーカ!)
僕はそんなドムを放っておいて着物を着て優雅に歩いているのところへ走って行った。
「あちこちで着物着てる女性がいるね?」
「あ、リジー。うん、私も今、見てたの。色々な着物があって目がいっちゃって…」
は笑いながら僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
「でも、が一番奇麗だよ?」
「そう?ありがと!」
僕の言葉には嬉しそうに微笑んでくれた。
「あら!じゃあ私は?」
後ろからリヴの抗議の声が聞こえた。
「リヴもすっごい奇麗だよ? ――の次に!」
と僕が笑いながら言うと、リヴも苦笑しながら、「うわ…そこまでハッキリ言われちゃ怒れないわ」 と言って肩をすくめている。
「レオ〜、帰ったら着物着て皆で出かけようよ〜〜」
「うるさい!分ったから離れろ、オーランド…!」
「何だよ、いいだろ?一緒に入ろうよ、兄貴!」
と言ってオーランドは無理やりレオの肩に腕をまわして歩き出した。
アハハ…レオの嫌そうな顔…ジョシュも苦笑してるよ…
僕もをエスコートしながら、ゆっくり歩いて行った。だって、着物で歩くのが大変そうだからさ?
そこに僕の服をつんつんと引っ張る奴がいた…。 ドムだ――
「何?」
「何だよ、その細目は…。何で、そうお前は冷たいんだ?旅の仲間に対して…」
ドムが口を尖らせて呟いている。
「ドム、カブキは初めて?」
「え?あ、うん!今夜が初めてさ!感激だよ、初めてのカブキを、と見れるなんて…」
「うるさい、ドム」
僕は、これでもかってくらい冷たい顔で振り向いてドムを睨んだ。
ドムったら、僕の方を恨めしそうに見てたけどね。と腕を組みやがってみたいな顔されても代わってあげないよ?
中に入ると赤い絨毯が敷き詰められていて、何とも明るいロビーだった。
二階までが吹き抜けになっていて、壁には色んな絵画が飾られていて、ちょっとした美術館みたいだった。
「へぇ…何だかカブキって凄く日本っぽいかと思ったけど…建物はそうでもないんだな…外観は確かに和風だったけどさ…」
「ほんと!中は、何だかカブキのイメージじゃないわね?」
もキョロキョロとロビーを見渡している。
僕は腕を離して、と手を繋いだ。何だか腕を組んでるお客がいないから、ジロジロと見られるんだよね…
日本の人って、腕とか組まないのかな…つっても何だか年配の人が多いし、それはないか…。
「ねぇ、リジー」
「ん?」
「…何だか…ジロジロ見られるんだけど…私が着物着てると変なのかしら?」
が不安げな顔で僕を見上げてきた。
「え?そんな事ないよ?凄い奇麗だしさ!きっと外国人が珍しいんだよ。は日本人にも見えるけど、ちょっとエキゾチックな顔立ちだし目立つんだと思うよ?」
「…そうかな…」
「そうだって!心配しないの!もっと自信持ってよ、僕らの姫なんだから奇麗に決まってるだろ?」
僕はそう言うとの頬にキスをした。
「ありがとう、リジー」
は嬉しそうに微笑むと、繋いでる手をギュっと握ってくれて僕は思わずニヤケてしまった。
そこに、急に背中に何かがおぶさってきた(!)
「Hey!Hey!リジー!を独り占めかい?!ずるいぞ?」
「…オーリィ…重いって…」
僕はどっと疲れてしまって、繋いでた手を渋々離すと、首に巻きついてるオーリーの腕を振りほどいた。
「おい、お前ら、遅いぞ?早く来いよ!」
ああ、ジョシュがイライラしてる…あの人もオーランドと同じ口だな…
僕は溜息をつくと、会場内へ入って行ったジョシュの後ろを追いかけて行った。
もちろんとオーランド、その後ろに背後霊(!)のようにくっついて来ていたドムにも「早く行こう」 と声をかけて中へ入ると広い会場内に僕はまた驚いた。
「すっげ〜広いんだぁ…」
「ほんとだ!ステージも大きいね?ミュージカル見に来たみたいだ…」
僕の隣でと手を繋ぎながら(!)オーランドが呟いた。
も目をキラキラさせて会場内を見渡している。その隣にドムが行こうとしてるのが見えた。
「、あのさ、席は一緒に…」
「おい、ドム!」
「む…何だよ…?」
「それ以上、に近付くと、レオとジョシュから蹴りをくらうよ?」
僕は冷たく言い放つと、ドムが恐々と二人の歩いて行く方向を見ている。
「そうそう!僕だって毎日、に近付くと蹴りくらってるんだから!家族なのに、だよ?ドムなんて部外者なんだから、蹴り倒されても不思議はないよね?」
と、オーランドが自分の恥(?!)を楽しそうに話してケラケラと笑っている。
は苦笑しながら、オーランドの手を離すと、だいぶ先を歩いて、座席の通路を行く、レオとジョシュ、リヴ、アランの後を追いかけて行った。
「ああ〜…! …お前らのせいで、が行っちまったじゃないか!」
ドムは顔を真っ赤にして怒り出した。
「はぁ?別に僕らのせいじゃないと思うよ?」
僕は溜息をついて、すぐにの後をおいかけた。
その後ろを、ぶーぶー言いながらドムがついてくる。
「ったく…いっつもいっつも邪魔しやがって…だって俺と一緒に見たいに…」
「それはない!」
ナイスなタイミングでオーランドがドムの背後から抱きついている。
「うわ!離れろ、オーランド!」
「や〜だよ〜」
オーランドは、おんぶお化けの如く、ドムに張り付いている。
(とりえず…頑張れ、オーリィ…!)
僕はオーリーに軽くウインクをして親指を立てた。
オーランド
まったくドムもストーカー張りにしつこいよなぁ…せっかくと手を繋いでいたのに、ドムのせいで、は怯えて(?)行っちゃったじゃないか!
僕はドムの背中に、おぶさったまま、わざと体重をかけてやった。
「う、お、重いって…オーリィ…。それに皆見てる…恥ずかしいから、やめろ、バカ…」
「む…。バカ?!ドムに"だけ"は言われたくないね!」
僕は、そう言うとドムから離れて、レオ達の方へ走って行った。
「レオ、席ってここ?」
「ああ、この辺が指定席だって。番号見てきたから…ここの一列がそうだろ?」
僕もチケットと椅子についてる番号を照らし合わせて見てみた。
「ほんとだ。 ――で?どうやって座る?」
僕がそう言うと、ジョシュがドムが歩いてくるのを見て、顔をしかめた。
「あいつがの隣に座らないなら、どんな席順でもいいだろ?」
僕はジョシュの言葉に賛成した。
「、どこに座る?この真ん中の方が見やすくない?」
僕が笑顔で聞くとも笑顔で頷いた。
「リヴ、一緒に見ましょ?」
「ええ、そうね?」
その言葉に僕らはちょっとホっとしたと同時に、片方を誰が座る?って顔で互いに見合わせた。
そこにドムが追いついてきて、イライジャがドムを押しのけて僕の隣へと歩いて来た。
「もう、オーリー先に行くなんてずるいよ〜…」
「だって、あのままおぶさってたって周りから変な目で見られるだろ?只でさえ俺ら目立ってるって言うのに…」
僕の言葉にイライジャも周りを見渡して、色々な視線を感じたのか、「ほんとだ…」 と小声で呟いている。
それでも、何とか席順を決めると、は、「売店でカブキグッズを買ってくるわ?」 とりヴと仲良く買い物に行った。
言葉が通じないと困るのでアランも一緒に行ってくれた。
僕は溜息をつきつつ、ロビーへ出て飲み物を買って一口飲んだところに、レオとジョシュが会場から出てきて喫煙所で煙草を吸い出した。
「Hey!レオ、ジョシュ…」
二人は僕の方をチラっと見ると手を上げた。
「ドムは何してる?」
「あいつならトイレとか行って出て行った」
ジョシュが面白くもないって顔で呟いた。
「そっか〜。でも席を離せて良かったね!」
「ああ、まあね…。あんなに離れたら、さすがにドムでもには話し掛けないだろ?」
レオはそう言って苦笑している。
結局、を真ん中に、左から、ドム、リジーアラン、ジョシュ、、リヴ、レオ、俺って並びになった。
その時、の楽しそうな笑い声が聞こえてきて、僕らは声のする方へと顔を向けて、目を剥いた。
「やだ、オーリーが?おかしい!」
「そうだろ〜?あいつ、ホモと勘違いされてさぁ〜」
僕はオデコに、ピキ!っと怒りマークが全開になった!
「ドム〜〜〜〜!!!」
「げ!オーリィ…!」
僕は慌てて逃げ出そうとしているドムの首根っこを掴んでやった。
「ぐぇぃ! …は、離せ…バカ!苦しいだろ?!」
「何を言ってた?!俺が何だってぇ?!」
「ち、ちが…ただ…あのマスコミに、ホモか?と勘違いされた時の事を話…してただけ…だって…ぐぇ…」
「な、何でそんなことをに、わざわざ言うんだよ!」
僕は顔が真っ赤になって、ドムの首をしめてやった。
「ちょ…オーリー?離してあげてよ!」
そこにが僕の腕を掴んでくる。
に怒られるのは嫌なので、そこは仕方なく離してやった。
「うぇ…苦じかった…」 と、ドムは首を擦っている。
レオとジョシュは怖い顔で、「おい、ドム。お前、トイレに行ったんじゃないのか?何でといっしょにいるんだ?」 とすごんだ。
「トイレ行った後に売店に行ったんだ…文句あるのか?」
ドムはがいるので強気だ。――僕は、この時一瞬、レオの額に、本当に怒りマークが見えた気がした…。
「そうなの!それでね?これ、ドムが買ってくれて…。 ――ほんと、ありがとう!」
「いやぁ〜…そんな事…」
とドムはニヤニヤするも、レオとジョシュの南極並みな冷たい視線に気付き、顔を引きつらせている。
「…何を買ってもらったんだ?」
「あ、オーリー。あのね。このカブキの内輪と…キンチャクっていうバッグ…それと…猫の置物と…」
ほとんどじゃないか!もう!ったら無邪気にもほどがある!ドムの下心に火がついたら、どうするんだ?!
…と言いたいけど、嫌われたくないので言えない…。
でもレオもジョシュも同じ気持ちだったようで、何か言いたげにしてるんだけど、口が開いては閉じるの繰り返しだ。
は嬉しそうに、リヴと、その買ってもらったグッズを見ている。
――リヴもちゃっかりドムに買わせたみたいだ。きっと邪魔をしない約束で買ってもらったんだろう。 …女は怖い――
ドムは懲りずに、ニコニコとを見ていて、今にも話し掛けるような雰囲気…。
危険を感じた僕はの手をとって、「そろそろ始まるから席に行こう?」 と言った。
「うん、そうね!じゃ、席に行こう」
そこはも素直に笑顔で頷いてくれた。
それぞれ自分の座席に座ると、入り口でもらったパンフレットを広げて見ている。
それと、さっき受け付けで借りたイヤホンガイドというウォークマンみたいなのをセットしていた。
イヤホンガイドとは、ほんとにウォークマンで中のテープにはお芝居の進行に合わせて、
あらすじ・配役・音楽・衣裳・大道具などについて解説が入っている。
日本語版のほかに英語版もあり、僕らは当然、英語のを借りた。
これで言葉の壁は何とかなりそうだ。最近の海外は親切なんだななぁ…とジミシミ思うね、僕は。
そのうち時間が着てライトが落ち、真っ暗になった。
ステージの上だけ、ぼわーっと光って、どこからか尺八みたいな変な(!)音が聞こえて来て幕が上がる。
僕は、その時点で眠くなって来ていた…。
ジョシュ
「はぁ〜カブキって最高!!」
が興奮したように頬を染めて言った。
僕は笑いながら、「ほんと、だけだよな?最後まできちんと見てたのは…」 と頭を撫でた。
「ほんとよね?皆、途中で寝るわ、一幕が終ったらロビー行ったきり帰ってこないわで…でもジョシュだって最後まで付き合ってくれたじゃない?」
「ああ、でも少し寝たけどな?」
僕は苦笑しながら、の肩を抱いた。
それにはリヴも、「ごめんねぇ、。一緒に見ようって言ったのに…寝ちゃって」 と言った。
「ううん!だってリヴは朝から仕事してたんだもの。仕方ないわ?」
「ま!可愛い…!ほんとったら可愛いんだから…!――ね、ジョシュ、を私の妹にちょうだい?」
「…ダメ」
僕はちょっと笑いながら、リヴの申し込みを断った。
「うわ、即断?!ほんと溺愛してるわね!やんなっちゃうわ!」
と、リヴも笑いながら、の頭を撫でている。
今はホテルに戻って来ていて部屋へと戻るエレベ―ターの中だ。
ドムは、さっさと帰そうと、オーランドが部屋までついて行った(!)
アランは疲れた…とさすがにボヤいて早々に部屋へと戻ってしまって、イライジャとレオは先に、4階にある"マデュロ"というバーに行っていた。
とリヴは一旦、苦しいと言って着物を脱ぎに部屋へと戻るのを、僕がついてきたわけ。
万が一、オーリーを振り払ってドムが来たら、やっかいだからさ。
チーン…
エレベーターがリヴの部屋の階で止まってドアが開く。
「じゃ、私、部屋で着替えて直接バーに行くわね?」
「OK!」
「See ya !」
僕らは軽く手を振ると、またドアが静かに閉じた。
「大丈夫か?…苦しいだろ?」
「ん…ちょっと…」
は微笑みながら僕を見上げる。
「顔色も悪いぞ?慣れてないからなぁ…着物は」
「…脱げばきっと楽になると思うけど…」
はちょっと息を吐き出すと、そう呟いた。
すぐに僕らの部屋の階にエレベーターが到着した。
「じゃ、着替えたら部屋においで?俺、待ってるからさ」
「うん…分った…」
僕はが部屋の中に入るのを見届けると自分の部屋へと入った。
「はぁ…」
ちょっと息を吐き出すとベランダへと出て煙草に火をつけた。
「雨…また降ってきたな…」
空を見上げた時に顔に雨粒が落ちてきたのを感じ、それを手で拭いた。
カブキが終って外に出た時には止んでたのに…
明日も雨だったら…が可愛そうだなぁ…。リジーと映画に行こうって盛り上がってたのに…。
明日はオーリー達もオフになったと行っていた。
まあ、最終日なんだから当然だろう。
僕もオフだし…監督は何やら、日本のスタッフと毎晩飲み歩いていて仕事の時以外は顔を合わせない。
(ほんと、元気な監督だよ…)
ちょっと苦笑すると、部屋の中へと戻って灰皿に煙草を押しつぶす。
その時、部屋の電話が鳴った。
「Hello?」
『…ジョシュ?』
「?!」
(どうしたんだ?何だか声に元気がないけど…)
「どうした?着替え終わったのか?」
『…それが…着物…どうやって脱げばいいのか分らないの…』
「…Pardon?」
小声で言うもんだから聞き取れなかった。
『ジョシュ〜…帯、取って…』
「…ぇっ?!帯?!」
僕は思わず、そう聞き返していた。
だって…の悲痛な訴えは僕の心臓に悪かった…(!)
『ジョシュ…苦しい…』
の声が、本当に苦しそうで僕は焦った。
「わ、分ったから!今行くからドア開けて待ってて!」
僕は急いで受話器を置くと、そのままキーを手に持ち、部屋を飛び出した。
するとがすぐにドアを開けて、グッタリと壁にもたれているのが見える。
「?!大丈夫か?おい…っ」
「ジョシュ…苦しいの…」
「顔色、さっきより悪いぞ? えっと…まず部屋に入って…」
僕はを支えると、とりあえずソファーへと座らせた。
「で…どうやって帯とればいいんだ?」
「この帯締めを取って…後ろを緩めて…?」
「わ、分かった…。えっと…帯締めって…この細いのかな…」
僕は触った事もない帯の紐を解きつつ、後ろの帯を崩していった。
「これで…あとは?どうやるの?」
「それが…分らなくて…」
「え?!じゃ、どうすれば…」
僕も動揺して、何とか帯締めはとったものの、はまだ苦しそうだった。
「と、とりあえず…帯、いじってたら緩まないかな?」
「そうかな…?」
「ちょっと引っ張ってみるから…」
と、僕は慎重に後ろの帯を引っ張って緩くなってる所を解いていった。
すると長い帯がパラパラと落ちて、の腰から落ちていく。
「外れたよ?…まだ苦しい?」
「ちょっと楽になった…」 と少し笑顔を見せてくれて、僕はホっとした。
(あの女将…!ちゃんと脱ぎ方とか教えてやったのか?!)
僕は解けた帯を丸く畳むと、次はどうしようかとを見た。
(えっと…この上の着物を脱いでも別に下にも何か着てるって言ってたよな…じゃあ、脱がしても大丈夫かな…?)
そこは僕も恥ずかしくなったが、まずの苦しいのを何とかしてあげたくて声をかけた。
「…この上の脱いでも中にも着てるんだろ?」
「…うん。長襦袢っての着てる…着物用の下着みたいなものだって…」
「...what?!…下着…なの?」
「…うん…?どうして?」
が顔を上げて僕を見ている。
(い、いや…どうして?って言われても…下着と聞くと、やっぱり躊躇するだろ?普通は…)
「…あ、あのさ…それは自分で…脱げるだろ?」
「え?…うん…何とか…」
「じゃ、じゃあ…僕はベランダに出てるから、早く脱いで…着替えて…な?」
「…? うん…分った…」
は何とか体を起こすと思い切り息を吐き出し帯の下の紐を解き始めた。
僕は慌ててベランダへ行くと思い切り溜息をつく。
「はぁ…っ」
どっと疲れた…変な汗が出てきて、夜風が寒く感じるよ…全く…も少しは照れろよな…
まるっきり、男として見られてないんだろうけど…。そう思うと、ちょっと寂しい…気もする。…って、リヴも大丈夫なのか?
リヴだって着物は初めてだろうし…ま、いいか…リヴに頼まれたって行けるわけもなし。フィアンセに殺されちまう…。一人で何とかするだろう…
その時、僕の携帯が鳴り出して、ビクっとした。
「ぅわ…!…っと…。ビビったぁ…」
――だ、誰だ?まさかリヴじゃないよな…ってリヴは僕の携帯番号も知らないって…
僕は急いで携帯をポケットから出すと、ディスプレイを確認して苦笑した。
「Hello?」
『Hello?ジョシュ?何やってるの?遅いよ!』
「ごめん、リジー。ちょっとトラブルでさ…」
『え?トラブルって何があったの?まさかドムがの部屋に来たとか?!――嘘だろ?!部屋に置いてきたのに!――うるさい、オーリー!』
何だか後ろでオーランドの雄たけびが聞こえて、僕は苦笑した。
「ああ、違うよ、リジー。ドムは来てないって。そうじゃなくて…」
『え?違うの?じゃ何さ?』
「それが…が着物の帯が解けないって言って来て…具合悪そうだったから、今…」
『はあ?!具合悪いって…な、何?じゃ、今、ジョシュはの部屋にいるっての?!』
「あ?ああ…そうだけど…今、俺はベラン…」
『――おい、電話かせ!――あ、レオ、ちょ…――Hello?ジョシュか?!…』
何だか電話の向こうでモメているのが聞こえる。
「ああ…」
『が何だって?具合悪いって、どういう事だよ?!』
「いや…だから・・・帯が苦しいって言って、でも自分で解けないから、俺が…」
『はあ?!お前、の着物を脱がしたのか?!』
(…凄い怖いぞ、レオ…)
「いや、そこまではしてないよ!今は俺はベランダにいるんだよ!帯ほどいてあげただけで、後はが自分で脱いでるんだって!」
『そうなの?!それを早く言えよ…焦るだろ?!』
「そっちが俺が話す前に勝手に勘違いしたんだろ?」 と僕は苦笑した。
『――で?は大丈夫そうか?』
「あ、いや、まだ…」
と言いかけた時、窓が開いてが笑顔で顔を出した。
「終ったよ?ジョシュ」
「あ、…大丈夫か?」
「うん、着物脱いで着替えたら凄く楽になった!ごめんね?心配かけて…」
「いや、いいよ。良かった、楽になって…。 ――あ、レオ?大丈夫だって。今からそっち行くよ」
『そっか…!良かった…。 ――OK!じゃ、待ってる』
僕は電話を切って溜息をつくと、が、「どうしたの?」 と僕の隣に来て腕を絡めてきた。
「あ、いや…何でもないよ? ――それより早く行こうか?レオもリジーも早く来いって、うるさいからさ?」
「うん!じゃ、行こう」
も笑顔で僕の腕を引っ張って行く。
部屋へ戻ると、着物はきちんとハンガーにかけてあった。
「脱ぎ方、分ったか?」
「うん、女将さん、帯の解き方教えてくれるの忘れたみたい…まあ、忙しかったし仕方ないよね?」
は呑気に、そう笑うと僕の腕にしがみついて、「明日のパーティーで、もう一着の方、着たいなぁ…」 と笑っている。
「おいおい…また苦しいって、ご飯食べられないぞ?」 と僕は苦笑した。
「そっか!じゃ、やめようっと。美味しい食事が出来ないのは辛いもの!」
はにかんで笑うの頬にキスをして、僕はちょっと苦笑した。
(はぁ…手のかかる妹ほど、可愛いんだよな…。困った大和撫子だよ、ほんと…)
僕は、またの頬に、軽くチュっとキスをすると、も嬉しそうに僕を見上げてきた。
(まだ、夜の10時すぎ…明日はオフだし、今夜は皆で飲み明かすか…)
僕は、エレベーターのボタンを押しながら、そんな事を思いつつ、に何もなくて良かったと心の底から安堵していた――