悩み多き年頃C







一夜明け、朝日に照らされたリビングにハリソン家の息子達が集まった。
何やらテレビ前のスペースに集まり輪になって、それぞれが真剣な表情である。
キッチンの方からコッソリ見ていたエマは、またの事で兄弟会議でもしてるんだろうと苦笑しつつ、朝食の準備に取り掛かった。


「どうやらライアンとは完全に別れたらしい…」 


―――と切り出したのは長男のレオ。


「え?嘘ぉ〜〜!」 と叫び声をあげ、レオにツバを飛ばしたのは二男のオーランド。(ちなみにレオは思い切り嫌な顔)


「ほんとに…?!」 と、まだ半信半疑の三男のジョシュ。


「…多分だけど僕も、そう思うよ」 と冷静に相づちを打ったのは四男のイライジャ。



それぞれがリビングに集まり、朝から、そんな話をコソコソとしている。
末っ子のは、すでにスタンリーの迎えが来てロケに出かけた。
それを見計らって、レオナルドが皆を集め、夕べあった事を聞かせたのだった。

「夕べ、はライアンに会ってはいたけど…ヨリを戻したという雰囲気じゃなかったんだ。な?リジー」
「そうそう。ホテル前で別れたし、は一人で帰ろうとしてたよ?それに…」

イライジャは、そこで言葉を切ると、レオの方をチラっと見た。
それにはレオも小さく頷く。

「何だよ…。何かあったのか?」

二人の様子にジョシュは心配そうな顔をした。

「なな、何かって何?!俺のMy Little Girlが、ライアンに何かされたって?!」

何を勘違いしたのかオーランドが凄い形相でイライジャに飛びかかり(!)レオから一発お見舞いされている。
ガン!という音と共にオーランドは「ふぎゃっ」と、まるで猫が踏み潰されたような声を上げた。

「い…痛いよ、レオ〜〜〜っっ!」
「お前がアホな雄たけびをあげるからだろ?だいたい俺はライアンとは完全に終ったって言ったばかりだぞ?!」
「そ、そうだけど、何だかリジーと怪しげな視線を送ってるから…っ」

オーランドは不満げな顔で頭をさすりつつ口を尖らせたが、ジョシュは、そんなオーランドを無視して身を乗り出した。

「何だよ?が帰ろうとして、どうしたんだ?」
「俺とリジーも影から見てたけどは一人になったら少し悲しげな顔で誰かと電話してて、その後もちょっと様子が変だったから…」
「変って、どんな風に?」

ジョシュはイライジャの方に視線を向けて問い掛けた。
が、イライジャも黙って肩を竦めると首を振った。

「それが、よく分からないんだ。僕は、その後、ビリーと出かけちゃったしさ。レオが一緒に帰って来る時に何か感じたんだろ?」
「ああ…。ちょっと元気なかったんだよなぁ…。やっぱ断ってもライアンのことは好きだってことかな…」

レオは少し溜息をつきつつ、クッションの上に寝転がった。
それにはオーランドも驚いた顔で隣にダイヴする。

「そんなの嫌だよ〜〜〜っ!」
「うるさい!俺だって同じだよっ」

ボフっと隣にダイヴしてきたオーランドにレオは背中を向けて怒っている。
そんな二人を見つつ、イライジャとジョシュは顔を見合わせ溜息をついた。

「まあ…それでも完全に終ったならいいんじゃないか?そのうち元気になるよ」
「だよね?僕もそう思う」
「……だといいけど…」

二人の意見にレオは軽く息をつき、そう呟いた。
隣ではオーランドが、「俺はが他の男を想うだけで嫌だぁ〜〜っっ」 と叫んでいる。
それには、レオ、ジョシュ、イライジャの3人も思い切り溜息をついた。
こうしてハリソン家の息子達の朝の兄弟会議は自然とお開きになり、また、いつも通りの一日が始まろうとしていた。














少し冷んやりとした風が頬にかかり、私は乱れた髪を手で抑えた。
目の前には今の恋人の真剣な顔。
彼は悲しげに私を見つめる。
そして不意に私を抱きしめた。

『もう遅いのかな…』

『……ごめんなさい…。彼の事が…忘れられなかった…』

私は、そう呟いて彼から、ゆっくり離れると、その場を泣きながら立ち去る。
公園の小道を数人のカップル達と擦れ違いながら、今度こそ、本当に好きな人の元へと走り出した―――




「カーット!!」

監督の声が聞こえて私は立ち止まると涙を手で拭いてスタッフの方へと戻って行く。
そこにメイクさんが走ってきて、演技の為に出した涙を丁寧に拭き取ってくれた。

「ありがとう」

そうお礼を言ってロケ車の方に歩いて行くと、後ろから恋人役のデビッドが歩いて来る。

、良かったよ」
「あ…ありがとう…。ちょっと寝不足だったから台詞忘れそうになっちゃった」

そう言って笑いながらスタッフ用のチェアーに座るとデビッドも隣のチェアーに腰をかけた。

「そう?そんな風に見えないくらいだったよ?僕の方こそ、とのシーンは毎回、緊張して台詞が飛びそうになってるんだからさ」
「そんなこと…」

デビッドの言葉に少し恥ずかしくて目を伏せると、不意に彼に手を握られてハっとした。

「あの…さ…。今夜…空いてるかな…?」
「え……?」
「もし空いてるなら…一緒に、その…食事でも…どうかなって…」
「デビッド……」

デビッドは照れくさそうに私を見つめているが不安そうに微笑んだ。
デビッドが私のファンだと言うのは普段から彼が公言しているので知っていたが、まさか食事に誘われるとは思わなかった。
それに私は夕べ、ライアンとハッキリと終らせた事で今は誰かとデートする気分じゃない…。

「あ、あのデビッド…私…」
「そんな重苦しく考えないで欲しいんだ。ただ…食事するだけって事で…」
「彼女、今夜はインタビューの仕事があるんで無理ですよ」
「「……………っ?!」」

突然、後ろから声が聞こえてきて私とデビッドはドキっとして振り返った。
すると、そこには無表情のまま立っているスタンリーがいた。
それを見てデビッドも慌てて掴んでいた私の手を離す。

「スタンリィ…」
「あ、じゃ、じゃあ…僕は次のシーンの打ち合わせがあるから行くよ…っ。またね、
「え?あ…うん」

急いで立ち上がったデビッドは気まずそうな顔で手を振ると監督の方に走って行ってしまった。
それを見送りつつ、チラっとスタンリーの方を見れば、彼は黙って私に紅茶を淹れたカップを差し出す。

「あ…ありがと…」

カップを受け取り、そう言うとスタンリーは、また歩いて行こうとして、それを慌てて呼び止めた。

「あ、あのスタンリィ…っ」
「……何?」

彼は振り向いて私を見た。
その表情が少し怖くて私は視線を反らしつつ、「あの…インタビューって……?」と聞いてみた。

「ああ…。二つほどインタビューの仕事が入ってるんだ。さっき事務所から連絡入った」
「そ、そう……」
「それだけ?」
「え?あ…うん…」

私が頷くとスタンリーは、そのまま歩いて行ってしまった。
一人になり軽く息をつくと夕べの電話を思い出してみる。


"ほんとは……キスしたかったんだ…"


そう言った時のスタンリーは普段とは少し違ったような気がした。
でも……今朝も普通に迎えに来て移動の車の中でも、いつもと変わらないスタンリーに少し驚いた。

やっぱり、またスタンリーにからかわれたんだ…
そうよ…夕べは女の子と一緒だったみたいだし、きっと誰にでも、あんなこと言ってるんだ。

そう思えば腹も立つが、その前に何で、あの時、スタンリーに電話をしたのかと首を傾げる。
ただライアンとの事を、きちんとしろと言われたから報告のつもりだった。
でも…別に、そんなものは今日、会った時にでも良かったと今は思う。

「バカみたい…」

そんな事を呟いて紅茶を飲んだ。

「…っ……これ…」

ハっとしてカップを口から離した。
その紅茶は私が普段から好んで飲んでいるメーカーの物だった。

(まさか…買って来てくれたの…?)

そう思いながら椅子から立ち上がりスタンリーが歩いて行った方を見た。
するとロケ車の後ろの方で電話をしている彼の姿が見える。
仕事の話をしてるのか電話を耳と肩の間に挟み手にはスケジュール帳を持っている。
そんな姿を見て、ちょっと笑顔になった。

(何よ…素っ気無いクセに、さりげなく、こういう事はしてくれちゃうのね…)

そう思いながら椅子の方へ戻る。
すると、「カット」の声が聞こえてデビッドのシーンが撮り終ったのか、スタッフが走って来た。

「次のロケ先に移りますので車に乗って待機してて下さい」
「分かったわ?」

スタッフの元気な声に私は笑顔で頷くと、車に乗ろうと後ろを振り返った。
すると、いつの間に来たのかスタンリーが私のショールを持って立っている。

「あ…移動だって…」
「聞こえた。あ、これ羽織ってて。今日は少し冷えるから」
「あ、うん…」

素っ気無く渡されたショールを肩に巻くと、私は車に乗り込んだ。
これからライアンとのシーンの為、別の場所で待っている撮影隊と合流しなくてはならない。
だが私は夕べ、ちゃんと話をしたので、ライアンと会うのは前ほど苦痛ではなかった。

自分の気持ちにケリをつけると、こんなに心が軽くなるものなんだなぁ。
あんなに彼を想って悩んでたのが嘘のように思える。
別れて暫くは何も出来ず抜け殻のようだった。
そして忘れたと思っていたのが再会した時に、塞いであった古い傷口が開いたかのように痛んだ。
そしてまた…と思っていたけど時の流れと共に、やっぱり想いも色褪せて来ていたことに気付かされて、やっと自分なりの答えが出たのだ。
それを決めてライアンにつげた途端、重いものから解放されたかのように心が軽くなった。
これで本当に立ち直ったんだと自分の中で実感していた。

窓の外を眺めると青い空が広がっていて、とても奇麗だった。
こんな風に澄んだ心で見ると、その景色の一つ一つまでが違って見える。

そんな事を思いながら少し窓を開けて外の空気を吸い込んでいると、隣にスタンリーが座った。
スタッフも機材を片付けて他の車にも乗り込んでいるのが見える。
そして、この車の運転手でもあるスタッフが走ってきて乗り込むとエンジンをかけた。

「次のロケが終ったらルーズベルト直行だから」

車が走り出した時、不意にスタンリーが口を開いて私はドキっとした。

「分かったわ」
「腹減ったら、その前に何か食べてくか?」
「うん」
「OK.何がいい?」

スタンリーは携帯を取り出しレストランのアドレスを開いた。
携帯には、いつでも、どのレストランも予約できるように沢山の店が入っている。

私は少し考え、「スタンリーは?」と聞いた。

「俺?」

スタンリーは少し驚いたように顔を上げて、「何が?」と首を傾げる。

「何か食べたいものとかないの?いつも私に合わせてるじゃない」
「俺は別に何でもいいんだ。だいたい付き人に合わせてレストラン決める女優なんて聞いた事がないぞ?」
「いいじゃない、たまには。ね、何か食べたいものない?」

少し困った顔をしてるスタンリーに、私は楽しくなってきて、もう一度、そう聞いた。
だがスタンリーは軽く息をつくと肩を竦めている。

「俺がいつも食べてるものなんて、お嬢様のの口に合わないよ」
「何よ、それ…。皮肉のつもり?」
「別に。本当の事だろ?」
「じゃあ、スタンリーは普段、仕事してない時は、どんなもの食べてるのよ」
「……だから大したものじゃ…。一人暮らししてると食事とか気にしないからな」
「へえ〜。でも昨日の彼女とかに作ってもらったりはするんでしょ?」
「……は?彼女?」
「そう。違うの?」

そう言って私が横目で見ると無表情だったスタンリーが小さく噴き出した。

「ああ…。昨日の電話の事か?あれは彼女じゃない。友達が数人うちに来て騒いでただけ」
「友達?」
「ああ、モデルやってた時の仲間。だいたい大勢で会って飲んで騒いで終り」
「ふ〜ん。そうなんだ」
「ああ、それより何が食べたいか早く決めろよ」

スタンリーは溜息をついて携帯を持ち上げてみせた。
それを見て私は仕方なく、「じゃあ……イタリアン…」と言うとスタンリーはイタリアンの名前で検索し数件のレストランの名前を出した。

「じゃあ…今行くとこから近いから…"ルイーズ"でいいな?」
「うん。あそこのチキン美味しいから好きよ?」
「じゃあ予約しとく」

スタンリーは、そう言うと素早く携帯で電話をかけて店の予約を始めた。

その横顔をチラっと見ながら私は、彼がどうしてモデルを辞めたのか、気になっていた。











ジョシュ





「ふぁぁあ…」

大欠伸をして目を擦りつつソファーから起き上がった。

「何だ…寝ちゃったか…」

そう呟いて足元に落ちた本を拾い、ガシガシと頭をかきつつ暫くボーっとしていた。
リビングは静かで誰もいない。
朝の兄弟会議の後、皆はいつものように仕事へと出かけたようだ。
長いオフを取った僕は毎日、好きな時間を過ごしていて、かなりノンビリ出来ている。

「そろそろ旅行にでも出るかな…」

煙草に火をつけて煙を吐き出しながらソファーに凭れた。
とライアンの事が心配で、なかなか決められなかったが、一応は決着したし、少なくとも大きな心配ごとはなくなった。

ソファーから立ち上がり、前に買っておいた旅行雑誌を手に、またソファーに座る。
パラパラ捲りながら、数ヶ国ほど行きたい国をピックアップして印をつけておいた。

暫く一人で旅をするのも悪くない。
とにかくロスから離れて静かな場所に行きたかった。
ACTORになってからというもの時間に追われ、富や名声にしか興味のない人間たちと仕事をしてきた。
それに少し疲れたのだ。
僕は別に名声が欲しいワケじゃない。
父さんに影響されて始めたものの、演じるという事が単純に好きになった。
自分がやりたいと思うものに出たい。
スターなら我が家には沢山いる。

別に僕までがスターであり続ける必要などないのだ―――

そう…今の立場を守る必要も……






「た〜だいま〜!」

ボーっとしているとエントランスの方で能天気な声が響き渡った。
それに驚き、振り向けばリビングにオーランドが飛び込んで来る。

「あれぇ?ジョシュ!何、ボーっとしてるの?」
「お帰り…。早いな?」

僕は吸っていた煙草を灰皿に押しつぶし、隣に座ったオーランドの方を見た。
オーランドは被っていた帽子と、かけていたサングラスを外すと、ニコニコしながら僕の肩に凭れかかって来る。

「今日はスタジオでの撮影が最後だったんだ。しかも1シーンで終ったから帰って来たってわけ」
「へーそう。つか重いしどけろ…」
「何だよ〜素っ気無いなぁ、相変わらず!」
「重いんだよ…。それにしても真っ直ぐ帰って来るなんて珍しいな…」

僕は顔を顰めながら仕方なく自分から離れてオーランドと距離を置く。
それにはオーランドも口を尖らせつつ、ソファーに凭れかかった。

「それがさ〜。早く終ったからジョニーを飲みに誘ったんだけど週末からロケに出るから帰って、まずは荷造りしろって言われちゃって」
「ああ、それはジョニーが正しいな…。オーリーは、そういうの放っておいたら当日の朝とかに騒ぐだろ?」
「そんな事ないよっ。俺だって、ちゃんと…」
「忘れ物が多いだろ…?この前の日本行きの時だってパスポートがないって騒いだクセに」
「あ、あれは…一応ちゃんと持ってただろ?」

オーランドは、ますますもって口をむぅ〜っと尖らせつつ僕を睨んでくる。(ったく、何歳だ、この人は…)

「とにかく…用意だけは、サッサとすれば?」
「ん〜…自分でやるとゴチャゴチャになっちゃうんだよなぁ〜」
「また、そんなこと言って…。もしかしてにやってもらおうとか思ってないよな…?」
「あ、バレた?は何時頃帰って来るかな!」

ウキウキしながら、そう聞いてきたオーランドに僕は思い切り溜息をついた。

「おい…だって仕事して疲れて帰って来るんだから、そんな事やらせんなよ…っ」
「そうだけど〜…がやると早いんだ」
「いいから自分でやれよ。それに、今夜は何時か分からない」
「そうなの?そろそろ映画の方もクランクアップ間近だよね?」
「ああ。そうだな…」
「よし!これでライアンとは完全に縁がなくなるな!」

オーランドはホっとしたように言うとソファーから立ち上がりキッチンへ走って行った。

(ほんと落ち着きない奴…)

僕も苦笑しながら立ち上がると、紅茶を飲もうとキッチンへ向かった。
するとオーランドも同じ事を考えたのか、ポットの中を覗いている。

「あ、ジョシュも?」
「ああ。ちょっと居眠りして体冷えたし…ないなら作ろうか?」
「やった〜作って、作って!俺、ロシアンティー!」
「はいはい…」

僕は笑いながら紅茶を作る用意をした。

紅茶ポットに、スプーン1杯分の紅茶の葉を入れて、熱湯をカップに分注ぐ。
ティコゼー(綿帽子の様なもの)等をかぶせて 熱が逃げないようにして1〜3分おいてから、これを、茶こしで、こしてカップに注ぐ。
耐熱で出来たグラスやカップの下にジャム(好みでイチゴ、木イチゴ、ブルーベリー等)小さじ1〜2杯を入れておき、そこに熱いストレートティーを注ぎ、かき混ぜた。

「仕事が早いね〜ジョシュ!」
「それはどうも。オーリー、ウォッカは?」
「あ〜僕はいいよ。それよりジャム多めね!疲れたから甘いのが飲みたい」
「じゃあ自分で好きな量を入れろよ」

そう言ってオーランドの好きなイチゴジャムを手渡すと、それを受け取り嬉しそうにカップに入れている。
その入れている量を見て僕は具合が悪くなった。

(あんなに入れたら、ただのジャム紅茶だろ…?)

苦笑しつつ僕はウォッカを数滴垂らして一口飲んだ。
ウォッカを入れると体も温まるのが早い。
そのまま二人でリビングに戻ると、オーランドが僕の雑誌を拾い上げてソファーに座った。

「あれぇ?ジョシュ、旅行に行くの?」
「ん?ああ…まぁね」

向かいのソファに腰をかけながら気のない返事をするが、オーランドは例の如くブーブーと文句を言ってくる。

「ずるーーい!俺も旅行行きたいよ!」
「オーリーは、これからロケだろ?そこで旅行気分、味わえよ」
「そうだけどさー。ね、ジョシュは誰と行くの?ガールフレンド?!」

楽しそうに身を乗り出して聞いてくるオーランドに、僕は軽く眉間を寄せた。

「そんなもんいないよ…」
「えぇ?彼女はいなくてもガールフレンドくらいはいるだろ?」
「だから、いないって…!」

しつこいオーランドをジロリと見ると、彼は首を傾げている。

「え…じゃあ…旅行は誰と行くのさ?」
「一人だよ?もちろん」
「えぇーーーーー!!!一人ぃ〜〜〜〜?!」

突然アホな雄たけびをあげつつソファーから立ち上がったオーランドに僕はギョっとした。

「な…何だよ…っ!ビックリするだろ?」
「な、な、旅行に一人で行って何が楽しんだ、ジョシュ!」
「は?別に…楽だろ?一人の方が…」

僕は呆気に取られつつもサラリと、そう言えばオーランドは顔を顰めてブルブルと首を振った。

「た、楽なもんか!寂しくて俺なら一秒で死んじゃうよ!俺を殺す気なら簡単さ!外国に一人で放り出してさえくれれば!」

何だかワケの分からない事を一人、力説しているオーランドに苦笑しつつ、

「ああ…。オーリーなら、そうかもな」

と言って肩を竦めると、ぬ…っといった表情で、またソファーに腰をかけた。

「で…どこに行くの?」
「まだ決めてない。数ヶ国はまわるつもりだし…」
「ふぅん…。一人で?」
「そう、一人で」
「寂しいよ?きっと」
「別に寂しくない」
「迷子になったら?」
「オーリーじゃないんだから…。ま、なったらなったで、それもまた楽しいだろ?」
「俺なら迷子になると言いたいわけ?!」
「なるだろ?」
「…なる自信ならある(!)」
「ほらな?」

僕は笑いを噛み殺し、一人ブーたれているオーランドを見た。

「皆は知ってるの?」
「いや…。でも父さんには前に話してある。オフを取った事を行った時にな」
「父さんは何て?」
「楽しんで来いってさ」
「そっか。にも言ってないんだ」
「ああ。そろそろ言うよ。ライアンの事がハッキリするまで時期を見てたんだ。でも、もう安心だろ?」
「まーねー。でも寂しがるよ、は…」

オーランドが今までになく元気のない声で、そう言った。
そう言われると僕としては少し辛い。

「でもレオや、リジー、オーリーだっているだろ?寂しくないよ」
「うん!の事は俺に任せて!ジョシュは外国人のガールフレンドでも沢山、作ってきてよ!」

(この野郎……)

「作るか、そんなもん」

突然、ヘコんだり元気になったりと忙しいオーランドに呆れつつ、僕は顔を反らした。

「はぁ〜腹減らない…?」

またしても突拍子もない事を言い出すオーランドに、僕も時計を見てみた。

「ああ…もう夕方か…。エマ、いないみたいだしなぁ…」
「ねね、何か食べに行こうよ!」
「はあ?俺とオーリーで?」
「いいだろ?たまにはさ!」
「やだよ…」
「いいじゃん!俺とジョシュなら食べ物の好みも似てるしさっ。イタリアンに行こうよ!」

オーランドは、すでに行く気満々のようでソファから立ち上がると僕の腕を引っ張ってくる。

「はぁ……」

それにはウンザリしつつ、重い腰を上げた。













イライジャ





「お疲れ、イライジャ」
「お疲れ様です」

僕は声をかけてくるスタッフに笑顔で手を振ると足取りも軽いままマネージャーの待つ駐車場まで急いだ。
今日は、とある映画に友情出演する為の撮影があり、スタジオへと来ていた。
だが、これを終らせると、次の映画までの一週間はオフだ。それを考えるとウキウキしてくる。

このオフでシアタールームの着工まで持っていかないとな〜。
帰って来ても何だかんだと忙しくて、まだ依頼したまま業者とも打ち合わせをしてなかったし。
オーリーだって、今は撮影中で動けないだろうし、その前に任せておけない。
絶対、設計ミスのまま出しちゃいそうだ。

オーランドが聞いていたら、またブーたれそうな事を思いながら、僕はエレベーターのボタンを押した。
そこへ携帯が鳴り出し、僕は慌ててジャケットのポケットから携帯を取り出す…が着信を見て溜息が洩れた。

「Hello...?」
『やあ!未来の俺のお兄様!』
「…だから、それやめろって…。何の用?」
『何だよ、冷たい言い方だな!!』
「…ちょ…ドム…もう少し声のトーン落としてくれない…?耳が痛い」

僕は溜息交じりで、そう言うとドムは、悪い悪いと笑っている。

『リジー今日、時間あるか?』
「え?今日?ああ、もう終りだけど…何?飲みに行こうって?」
『まあ、そういう事だ』
「却下」
『えぇ?!何でだよ!親友の俺様の誘いを断るつもりか?!』
「僕はやらなくちゃいけない事があるんだよ。それにドム、また家に来るつもりだろ!」
『そ、そうじゃなくて!いや、そりゃには会いたいけどさ…』

何だかブツブツ言っているドムに僕は首を傾げた。

「じゃあ…何?何かあった?」
『いや、だからさ。今週、ヴィゴの誕生日だろ?』
「あ……!そっか!」

それを聞いて僕も思い出した。
旅の仲間の誕生日は、皆でサプライズパーティをする事になっている。

『思い出したか?』
「うん、ごめん。このところ色々あってさ。すっかり忘れてたよ」
『何だよ、色々って』
「いいだろ…。別に大した事じゃ…」
『彼女でも出来たのか…?』

何気なく声が据わっているドムに僕は苦笑した。

「んなわけないだろ?僕は変わらずフリーだよ」
『じゃ、じゃあ…。もしかしての事とか?!』

意外にするどいドムにドキっとする。

「な、何で…?」
『お前等、兄貴達の色々は女の他にはの事しかないだろうが!さあ言え!に何があったんだ?!』

ほんと、するどいよ…そういうとこだけは…。
でも本当の事なんて言えない。
言えば、ドムはライアンに何をするか…
ライアンの事務所に嫌がらせの手紙やメール、はたまた家を調べ出しピンポンダッシュ攻撃…考えられることなら沢山ある(!)

「だから何でもないって。も変わらず元気だよ?」

僕は考えただけで恐ろしくなり、当り障りのない事を言っておく。

『ほんとか?にボーイフレンドが出来たとかって話じゃ…』
「まさか!そんなの僕らが許すはずないだろ?」
『…だな。特に、あの暗黒外のボスのようなレオが黙って見てるはずがない……』
「まあね…って、おい!そんなこと言っていいの?レオに言うよ?」
『バ…バカ!絶対に言うな!俺がレオの依頼したゴルゴ13に殺されてもいいのか?!』
「……ゴルゴって…どこ探せば依頼できるわけ…?だいたい大げさなんだよ、ドムは…」

"ゴルゴ=殺し屋"と言いたいらしいが、あまりのアホな発言&動揺ぶりに僕はちょっと笑いつつ、

「で?ヴィゴのサプライズパーティ、どうする?」

と本来の話に戻した。

『あ、ああ、そうだった!だから、その話をしようと思ってだな…。今夜、会えるか?ビリーは仕事で来れないんだけど』
「OK!そういう事ならいいよ。じゃあ、待ち合わせは?」
『そうだな……。じゃあ食事でもしながらって事で…メルローズにある"ルイーズ"は?』
「ああ、いいよ?ちょうどイタリアン食べたかったんだ」
『じゃあ決まりだな?そこに夜の7時はどうだ?』
「OK.じゃ僕も一回家に戻ってから行くよ」
『ああ、じゃあ後でな?』
「ああ、See you later!」

そこで電話を切った時、ちょうどエレベーターが到着した。
そのまま駐車場に向かうとマネージャーが車のエンジンをかけて待っているのが見える。
時計を見れば、夕方の6時になるところ。

「はぁ…急がないと…」

そう呟いて車に走って行った。











レオナルド





「じゃあ協力、ありがとう」
「こちらこそ」

俺は彼と握手をしてソファーから立ち上がった。
そのまま彼を見送り、軽く息をつく。

今日は環境保護の活動に参加するべく、とあるホテルに来ていた。
この俺が、環境保護?とも思うだろうけど、結構こういう事には感心がある。
今の地球の危機を知らない奴の方が多いのにはウンザリしていた。
前に雑誌のインタビューで、その事について語ったことがあり、その記事を読んだ団体から
この話を持ってこられた時、是非、参加させて欲しいと頼んだのだ。

「おい、本当にやるのか?大統領にインタビューなんて」
「ああ、やるよ?面白そうだろ?」
「でも…売名行為だとか叩かれるぞ?」
「別にいいよ。俺は自分が疑問に思ってる事を質問するだけだ」

マネージャーの言葉に、俺は笑いながら答えた。

「じゃあ、次はインタビューが入ってるから、移動するぞ?」
「OK」
「何だ…機嫌がいいな?何かいい事でもあったのか?」

俺が口笛を吹きながら部屋を出るとマネージャーは訝しげに聞いてくる。
俺はちょっと笑いながら、「ああ、まぁね」とだけ答えておく。

「何だよ。新しい恋でも見つけたか?それとも、また妹がらみか?」
「当然の如く、後者だよ。それに俺は別に、いつも恋をしてるわけじゃないからな?」
「はいはい…。ほんとにシスコンだよな…」
「うるさいぞ。サッサと歩け」
「の上に人使いも荒い…」

マネージャーはブツブツ言いながらエレベーター前まで走って行く。
それを苦笑しながら見ていた。

シスコンでも何でも結構だ。
とライアンが完全に終ったんだから文句はない。
には二度と傷ついて欲しくないからな…

そんな事を思いつつ駐車場まで行くと、マネージャーが車を回してきた。
それに乗り込み、次の場所まで移動する。
俺は煙草に火をつけて窓の外を眺めていると、不意に携帯が鳴った。

「また女か?」

運転していたマネージャーがチラっと俺を見て笑っている。
それにはウンザリしつつ、携帯を取り出して名前を確認すると、何と父さんからだった。

(何だ?珍しいな…)

そう思いつつ急いで電話に出てみた。

「Hello?父さん?」
『ああ、レオ、今、大丈夫か?』
「大丈夫だけど…。どうしたんだよ、急に」
『いや…実は…さっきクランクアップしたんだけどな?このままオフに入るし、久し振りに息子と飲みたくなってな。時間あるか?』
「ああ…。今からインタビュー入ってるけど、1時間くらいで終るよ?どっかで待ち合わせる?」
『そうだな。じゃあ…今は…6時になるから…7時半にどうだ?まずは食事でもしよう』
「OK.どこにする?」
『う〜ん…今、メルローズなんだ。じゃあ…"ルイーズ"は?』
「ああ、いいね。じゃあ7時半に、そこで」
『ああ、後でな?』

そこで電話が切れて、俺は携帯をしまった。

「何だ?ハリソンから?」
「ああ。映画がクランクアップしたから一緒に食事でもってさ」
「へぇ、仲がいいな」
「普段は一緒に住んでても顔を合わすことが少ないし…。たまにはね」

俺は煙を吹かしながら苦笑した。

どうせ恋人と別れたから寂しいだけなんだ。ほんと父さんは分かりやすいよ…

そんな事を考えていると、車は目的地に近づき、俺は仕事用に気持ちを切り換えた。















「お疲れさん」

その声と共に頭にポンっと置かれる手に私は顔を上げた。

「お腹空いたろ?今度こそ食べに行こう」
「うん、そうね」

私はスタンリーの言葉に軽く息をつくと小さく頷いた。
先ほどロケが終り、その後のインタビュー前に軽く食べていこうという話だったのだが、
ロケが思ったよりも長引き、インタビューの時間ギリギリになってしまった。
なので昼食は、おあずけ。何も口にすることなくインタビューが行われるホテルまで来た。

「スタンリーも、お腹空いたでしょ」
「…まぁね。今日は朝から何も食べてないんだ」
「え?朝ご飯も食べてないの?」
「ああ、一人暮らしだって言ったろ?朝起きて朝食の用意するの面倒なんだよ」

スタンリーはスケジュール帳をバッグに仕舞うとソファーから立ち上がった。

「そんなんじゃ倒れちゃうよ?この仕事ハードでしょ?もうモデルじゃないんだし、ちゃんと食べないと…」
「いいから行くぞ?こんな話してる間にも腹が鳴りそう」

スタンリーは、そう言うとサッサと廊下に出てしまった。
私も仕方なく立ち上がり、その後を追い掛ける。
そのまま二人で駐車場へ向かい車に乗り込むと、すぐに出発した。

「時間遅れちゃったけど…お店の方、大丈夫?」

私は後ろから身を乗り出すように運転しているスタンリーに声をかけた。

「ああ。さっき遅れるって電話入れておいた。大丈夫だよ」
「そう…。あそこ人気あるし、すぐ満席になっちゃうから…」

そう呟いて後ろのシートに凭れかかった。

車は10分ほど走らせると目的地の"ルイーズ"の前に到着した。
駐車場に車を入れて止めると、スタンリーは後ろを振り向いて、私を見る。

「店に入るまで帽子とサングラスしとけよ」
「あ、うん」

そう言われて下りようとしていた私は慌ててバッグから帽子とサングラスを出して身に付けた。
そして今度こそ下りようとした時、不意にドアが開き、スタンリーが開けてくれたんだと分かる。

「あ…ありがと…」
「いや。それより早く行こう。 ――あ〜腹減ったぁ…」

スタンリーは両手を伸ばしながら店の方に歩いて行った。
かなり空腹と見える。
私は笑いを噛み殺しながら後からついて中へと入った。

「ご予約のスタンリー・ウォルシュ様ですね」
「はい」
「こちらへ、どうぞ」

ウエイターに案内され、奥の中庭にあるテラス席へと通された。
そこは私が大好きな席で、よく家族で来る時も、この辺に座っている。

「ただいまメニューをお持ちします」

そう言ってウエイターは戻って行くと、私は店内を見渡して、そっと帽子とサングラスと外した。
今日は少ない方で反対側には女の子が3人ほどで楽しそうに話しながら食事をしている。

「今日は、そんなに混んでないのね」
「ああ、でも、これからだろ?そのうち、うるさくなるよ」

スタンリーは気のないように返事をして煙草に火をつけた。
そこへウエイターがメニューを持ってきてくれる。

は何がいいの?」
「えっと…」

そう聞かれて私はザっとメニューを見たが、いつも頼む"チキン・マサラ"と、"トマトクリームのフィットチーネ"を頼んだ。
スタンリーは"トマトとバジルのスパゲッティ"に、"モッツァレラチーズとハムのパニーニ"を頼んでいる。

「ワインは?」
「え?あ…でも一人で飲んでも美味しくないし…」
「いいから飲めよ。好きなんだろ?」

スタンリーは運転があるので飲めないのだ。
だが私に気を遣ったのか、そう言ってくる彼に、ちょっと笑顔になった。

「じゃあ…グラスで…。ペルカルロを…」
「畏まりました。ウォルシュ様は…」
「僕にはレモンペリエを」
「畏まりました。では、直ぐにお持ちいたします」

そう言ってウエイターは歩いて行った。

「ペリエなんて飲むのね」
「え?ああ。好きなわけじゃないけど…モデル時代、よく飲まされたよ。ビール飲むなら、これを飲めってさ」

スタンリーは肩を竦めて苦笑している。
私は彼の口からモデル時代の話が出て、ドキっとした。

「そう…。あの…ちょっと聞いていい…?」

私がおずおずと、そう聞くとスタンリーは眉を寄せて顔を上げた。

「何?改まって」
「うん…。あの…どうしてモデル…辞めちゃったのかなぁ…って思って…」
「え…?」

私の問いにスタンリーは明らかに驚いている。
だが、直ぐに普段の顔に戻ると煙草を灰皿に押しつぶして、「何で、そんなこと聞くんだ?」とだけ呟いた。
私はどういったものか考えたが、素直に思った事を言ってみた。

「だって…あなた、モデルの中でも、かなり人気があって成功してたんでしょ…?なのに突然辞めたって聞いたわ?」
「成功してたってほどじゃない。それにモデルなんて、ずっと出来る仕事じゃないだろ?俺は裏方の方が性に合ってるんだ」
「だから…うちの事務所に……?」
「ああ。知り合い通じてね」
「そう…」

彼の言葉に小さく頷き、手持ち無沙汰に、脱いだ帽子を手の中で触っていると突然、人の気配がして顔を上げた。

「あの……さんですよね?」
「え?」

見れば先ほど反対側に座っていた女の子3人が笑顔で立っていた。
皆、大学生くらいの年齢で、それぞれ可愛らしい顔立ちの子達だった。
私は少し戸惑ったが、ここで違いますと言うのも変だし…と仕方なく頷く。

「はい、そうですけど…」
「キャーやっぱり!私、大ファンなんです!ハリソンファミリーの!握手して下さい!」

そう言うなり一番前にいた女の子が私の手を掴みブンブンと握手をしてくる。
そしてバッグの中から手帳を出して、後ろの子が、

「これにサインもらえますか?」

と聞いてきた。
これには少し困ったが嫌とも言えず、手帳を受け取ろうとすると、スタンリーが不意に私の手を止めた。

「ちょっと君たち…困るよ」
「すみません。でもサインくらい……あれ…?」

手帳を差し出してきた女の子はスタンリーの方を見て首を傾げている。
そして何かを思い出したかのように、大きな声を上げた。

「あ…!あなた…もしかしてモデルだったスタンリーじゃない?」
「…………っ?!」

その子の言葉にスタンリーもハっとした顔をした。
すると他の2人も驚いたように声を上げる。

「あ…ほんとだ!アルマーニとかCKとか色々モデルやってたわ!」
「嘘〜!私、ファンだったのよ?」

それぞれがキャーキャー言いながら私とスタンリーを交互に眺めている。
それにはスタンリーも怒ったような顔で何かを言いかけた。
が、その女の子達は疑問に思った事を、そのまま聞いてくる。

「でも…どうして二人が一緒にいるんですか?もしかして…付き合ってるとか?!」
「凄ーい!モデルと女優なんて素敵!お似合いだしっ」
「あ、でもスタンリーはモデル辞めたって前に雑誌に載ってたわよ?もしかして俳優に転向したんですか?今度共演するとか?!」

好き勝手な事を言いながら騒ぎ捲る彼女達に、そろそろスタンリーの堪忍袋も切れたようだった。

「おい…いい加減にしろよ?こんな場所で騒ぐな!」

かなり怒り浸透の様子でスタンリーが、そう怒鳴ると、その子達もピタっと口を閉じる。
私は、どうしたものかとオロオロするばかりで困っていると、スタンリーは軽く息をついて付け加えた。

「それと彼女と俺は別に何でもない。一緒に仕事をしてるだけの関係だ。変な詮索はするなっ」

と言って手で帰れと合図した。
それには女の子達も少し怯えた様子で、

「すみませんでした…」
「ごめんなさい…」

と呟き、そのまま歩いて行ってしまった。
それを見届けるとスタンリーは大きく溜息をついて疲れたように椅子に座りなおす。

「…あ、あの…そんな怒らなくても…」

つい何か言わないと…と思って、そう声をかけるとスタンリーは怖い顔で私を見た。

「あんな常識知らずに優しくする必要すらないだろ?ファンなんて言うのも怪しいもんだ。ただのミーハーだよ」
「そうかもしれないけど…」
「それに、ちゃんと誤解は解いておかないと後で何を言われるか分からないんだよ」

スタンリーは、そう言ってイライラしたように煙草に火をつけた。
私は、それを見ながら、これ以上何も言えなくなり、黙って目を伏せる。
そこへウエイターがグラスワインとレモンペリエを運んで来た。
だが何となく手が出せなくて俯いていると、スタンリーが軽く息をついた。

「…ごめん。別にに怒ってるわけじゃないから…」
「…え?」
「だから……そんな顔するなよ…」

スタンリーはテーブルの上に肘をつき、困ったような顔で私の方に身を乗り出している。
そんな彼を見て私は驚いてしまった。
今まで私には、あまり見せた事のない心配そうな顔だったから…

「ううん…。気にしてないから…」

何とか笑顔を作り、そう言うとスタンリーは、ホっとしたように微笑んだ。
そんな笑顔すら見た事なくて私が更に驚いていると、

「…飲まないの?」

とグラスワインを指さしている。
そこでハっとして慌ててグラスを持ち上げた。

「飲む…」
「ああ、でも空きっ腹なんだし、ゆっくり飲めよ?」
「…うん」

スタンリーは、そう言いながら煙草の煙を燻らし、椅子に凭れかかると何かを考えているように遠くを見ている。

その横顔を見ながら、私は彼の素顔を一瞬だけ見たような気がしていた。












オーランド





「早く早く!もう〜お腹ペコペコだよ〜!」

僕はエントランスで叫びながらお腹が鳴りそうに鳴るのを堪えていた。

「今、行くから黙ってろ!」

二階からジョシュのウンザリするような声が聞こえて来て、僕は時計を見ながら軽く息をついた。

「もう6時半だよ〜。混んじゃうよ〜」

珍しくジョシュと食事に出かけるので僕は少しウキウキしながら足踏みしつつ待っていた。
そこに足音が聞こえて来て振り返るとガチャっとドアが開き、リジーが顔を出して驚く。

「あれぇ?リジー早いね!」
「オーリー。こんなとこで何して…」

リジーが、そう言いかけた時、ジョシュが二階から駆け下りてきた。

「悪い悪…っと、あれリジィ…お帰り」
「ただいま。どうしたの?どこか行くの?二人なんて珍しいじゃん」

リジーも驚いたように僕とジョシュを交互に見ている。

「それが腹減ったから今からジョシュと"ルイーズ"に行くんだ。リジーも行かない?」
「えぇ?"ルイーズ"?!」
「何だよ。そんな驚いて…」

ジョシュがキャップを被りながらリジーを見ると、「僕も、これから"ルイーズ"行くんだ」と大きな目を更に丸くしている。

「何だ、そうなの?って誰とさ!」
「ちょっとオーリー、うっとおしいから抱きつかないでよ…。ドムと待ち合わせしてるんだ」

リジーは僕の腕を首から外すと、顔を顰めながら答えた。
それにはジョシュが嫌〜な顔をしたのを僕は見逃さなかった。

「ドムと仲良く食事か?うちにだけは連れて来るなよ?」
「大丈夫だよ。今日はの事じゃなくて、今度ヴィゴの誕生日だからサプライズパーティの打ち合わせ。あ、オーリーも参加しろよ?」
「あーー!!そっか!ヴィゴ、誕生日だ!」

そう言われて僕もやっと思い出す。
こりゃ〜ババーン!とサプライズしてやらないと!!

「参加するする〜!じゃ、4人で一緒に食事しよう!」
「はあ?!嫌だよ、ドムも一緒なんて!」

案の定、ジョシュが我がまま言ってきたけど、ここは兄貴の権限を行使して無理やりつき合わせる事にした(!)

「ダーメ!!いいじゃん、ドムなんてジョシュにかかれば小指一本で充分だろ?!放っておけばいいさ!」

何とも友達がいのない事を言いつつ、僕はジョシュの腕をガシっと掴んだ。

「ささ!じゃあ〜ジョシュの四駆で皆でお出かけしましょー」
「分かったから離せ…!つかタクシーで行くぞ!じゃないとワインが飲めない」

ジョシュは僕の腕を振り払うと、携帯で車を呼びながらサッサと外に出て行ってしまった。

「はぁ…ジョシュも相変わらず、ドムが苦手なんだねぇ」

そうリジーが呟いてジョシュに続くように外に出る。

「ちょっと待ってよ〜!」

そう叫びつつ僕も急いで追いかけた。


車で数分行くとお目当ての店が見えてきて僕らは、その前で下ろして貰った。

「混んでるかな〜!も〜お腹減りすぎて倒れそう…」
「大げさだな…。好きなだけ食えよ…」

ジョシュは呆れたように笑いながら店内へと入っていく。

「お待ち合わせですか?」

馴染みのウエイターが笑顔で聞いてくる。

「あ、はい」

リジーがドムの名前を告げると、まだ来ていないようで先に席へと案内される。
途中、そのウエイターが首をかしげて振り向いた。

「あの…妹様がお見えですが…待ち合わせの相手とは妹様ですか?」
「「「えっ?!!」」」

僕ら3人が一斉に驚いたからか、ウエイターがギョっとしている。

、来てるんですか?!ど、どこに…い、いや誰と?!」

僕が凄い剣幕でウエイターの腕を掴んで揺さぶると、彼は目を白黒させて、テラス席の方を指差した。


「あ、あの…スラリとした男性と二人で…」

「「「何だって!?」」」


その一言で僕らはギョっとしてテラス席の方に歩いて行った。

(誰だ、誰だ?!せっかくライアンとの危機がなくなったというのに!!)

きっと他の二人も同じ事を考えていただろう。無言のままテラスの方に続く廊下を歩いて行く。
すると前方から女の子3人が歩いて来て、僕らは道を開けた。

「彼って結構、冷たくない?」
「ほーんと。あんな怒らなくてもいいのにね?だって困ってたわよ?」
「でも、ほんとに、あの二人付き合ってるわけじゃないのかな〜?」

「「「…………?!」」」

そんな会話が聞こえて来て3人一緒に顔を見合わせた。
そして一斉に皆で帽子を深く被って、その子達と擦れ違う。
その女の子達は話に夢中なのか、僕らには気づかず、そのままレジの方に向かったようだ。

「おい…今の聞いたか…?」
「うん、しっかり…」
「だ、誰だよ、と一緒の"彼"って〜〜!!」
「「オーリー、うるさいっ!!」」
「…ごめん…」

二人に同時に怒鳴られ、僕はシュンっとなったが、まずはが誰と一緒なのかが気になった。
まさかライアンじゃ…なんて事まで過ぎったが、そんなバカな!完全に終ったようだとレオだって言ってたじゃないか!と思い直し、
テラスへと向かった。

「どこだ?」

ジョシュが眼鏡を外して席をキョロキョロと見渡している。
そこへリジーが、「あ…っ」と声を上げて指を指す。
その方向には愛しいの横顔が見えて、向かいには確かにスラリとしたブロンドの男が座っていた。

「だ、誰だ?ライアンじゃないみたいだけど…」

ジョシュも僕と同じような事を考えていたのか、そんな事を呟いている。
だが僕は何も考えず、を見た瞬間、走り出していた。

〜〜!」
「バ…おい、オーリー!」
「ちょっとオーリー?!」

ジョシュとリジーの声が聞こえたが僕には、そんなもの軽く無視だ。
今はが誰と一緒なのか気になった。

「オ…オーリー?!」

僕がテーブルまで走って行くと、は驚いたように椅子から立ち上がった。
そして向かいに座っていた男も……

「あ…き、君は…スタンリーくん?!」
「こんばんは」

目の前で驚いたように立ち上がったのは、何との付き人くんで僕のお気に入りのスタンリーくんだった!

「な…何だ…。連れの男性ってスタンリーくんの事だったのか…」

一気に力が抜けたと同時に一瞬忘れていた空腹が蘇えってきて、僕は、その場にへたり込んだ。

「ちょ…オーリー大丈夫?」
〜…お腹空いたぁ…」
「えぇ?そ、それより一人で来たの…?!」
「俺達と一緒だよ」
「…ジョシュ…とリジー?!」

僕がへたれこんでいる間に、ジョシュとリジーも苦笑交じりで達のテーブルまで歩いて来た。

「な、何で3人が…?」
「ま、ちょっと成り行きで…。やあ、スタンリー。君だったんだ」
「こんばんは」

ジョシュがスタンリーの肩にポンっと手を置くと、いつもの笑顔で挨拶をしている。
リジーは呆れたように僕の前にしゃがみ込んだ。

「どうやら心配してた相手じゃなかったみたいだね」
「それは良かったけど、お腹減った…」
「はいはい。じゃあ、席に着いて食事にしよう?」

リジーは笑いながら僕の腕を引っ張り、立たせてくれた。

「仕事の帰りか?」
「そうなの。ちょっと食べる時間なくて、こんな時間になっちゃって…。ジョシュ達は?」
「俺らは偶然、来る店が同じだったからさ。リジーはドムと待ち合わせだ。ヴィゴの誕生日パーティの件で打ち合わせだって」
「そうなの!ヴィゴの誕生日、そう言えば、もうすぐよね?盛大にやらないと」
「だろ〜?も一緒にサプライズパーティの打ち合わせしない?!」

僕が張り切っての手を握ると、後頭部にジョシュのゲンコツが飛んできた(!)

「痛いよ、ジョシュ〜!」
「バカ!今からドムが来るんだぞ?と一緒にしたら、どうなるか分かるだろ?」

耳元でドスをきかせて囁くジョシュに僕も、あ…っと口を開いた。

「そっか…。それはマズイ…。どこかが見えない場所に座らないと…」
「That's right!」
「あ、じゃあ、あの木の陰でいいんじゃない?あそこなら奥は見えないしさ」

リジーが達の席より少し手前の木陰にある席を指差した。
それには僕もジョシュも大きく頷く。

「あ、じゃあ…僕らは、あっちで食べてるよ。も食事してて?」
「え?オーリー達、一緒に食べないの?」
「う、うん。ちょっと…男同士で話す事もあるしさ?スタンリーくん、を頼むよ」
「分かりました」

僕がギュっと手を握ると、スタンリーは普段どおりの爽やかな笑顔で返事をしてくれた。

「じゃ…名残惜しいけど…俺達は、向こうにいるから…」
「うん…。じゃあ、また後でね?」

は不思議そうに首を傾げてはいたものの、僕らに可愛く手を振ってくれた。
僕とジョシュ、リジーも仕方なく、手を振ってテーブルの方に歩いて木陰の席へと座る。

「はぁ〜〜…ビックリした…」

僕は大きく溜息をついてテーブルに突っ伏した。
ジョシュもリジーも同じような顔で息をついている。

「まあ、よく考えれば、そうだよな…。スラリとした…ってとこでスタンリーだって気付けばよかったんだ」
「そう言うけどさ〜。今朝の話の流れで、ついライアンか?とも思っちゃうよ…。ほら諦めないとか言ってきそうだろ?」
「まぁなぁ…。でも、ま、スタンリーで良かったじゃないか」

ジョシュは、そんな事を言って笑っているが、リジーだけは、まだの席の方に視線を送っていた。

「でもさ。僕、ちょっと、さっきの二人の雰囲気が気になるんだけど…」
「え?何が?」

僕が顔を上げて、そう聞けばリジーは首を傾げている。

「ん〜何て言うか…。互いによそよそしい雰囲気って感じに見えて…。さっきの女の子達の話も気になるしさ」
「ああ…。何だか怒ったとか何とか言ってたな?どうせサイン強請ってスタンリーが怒ったんだろ?」
「そうだよ、リジー!それに女優と付き人なんて、よそよそしいもんだって」

僕が明るく、そう言うとリジーは、まだ納得いかないという顔だ。
だけど、そこにウエイターが注文をとりにきて一旦、話は中断した。
それぞれ好きな物を頼み、先に出てきたワインを飲んでいると、10分遅れてドムが案内されてきた。

「いや〜悪い、悪い!車が混んじゃって…ってあれ?!な、何でオーリーとジョシュが…」

僕とジョシュを見てあからさまに顔を顰めるドムに、「いいから座れ」と指で合図した。

「ちょうど二人も、ここに来るみたいだったから一緒に来たんだ。どうせオーリーだって参加するんだから一緒でいいだろ?」
「そ、そりゃいいけど…」

ドムは、そう言いながらチラっとジョシュを見ている。
どうやらドムは我が家でレオとジョシュが苦手なようだ。
それをジョシュも分かっているのか、澄ました顔でワインを飲んでいる。

(あ〜まだジョシュだけで良かったなんて顔しちゃって…ここにレオがいたら、きっとドムは逃げ帰ったかもしれない…)(!)

僕は笑いを噛み殺し、食事の注文をしているドムを見ていた。

でも…ここにがいる事までは知られちゃならない…きっと大騒ぎするに決まってるからなぁ…
しかもスタンリーくんと一緒なんてところを見たら、この前ジョシュとレオがついた嘘が真実味を帯びてドムは倒れちゃうかも…

そんな事を思いつつ、チラっと首を伸ばし、オブジェとして置いてる木々の隙間からの方を覗いてみた。
は食事をしながら、時折スタンリーと話してるようで、はにかんだ笑顔を見せている。
その時、僕までが少し疑問を感じた。

何だか楽しそうだな、ってば……スタンリーくんと、そんな仲が良かったっけ?
この前は何だか素っ気無く振舞っていた筈なんだけど…
まさかレオとジョシュがついた嘘が現実のものなんてこと有り得ないよな…?

そんな事を思いつつ注がれたワインを飲んでいると、「おい、オーリー聞いてるのか?」とドムから頭を小突かれ、ムっとした。

「何だよぅ!いちいち頭を小突くな!」
「お前が聞いてないんだろ?全くよそ見なんてして。そっちに何かあるのか?」
「わぁ〜〜!!何でもないよ!」

少しだけ腰を浮かせ、の方に首を伸ばしかけたドムの顔を慌てて両手でガシっと掴んで、こっちへ向かせた。

「な…何だよ、痛いな!離せ!」
「もうードムもいいから話の続き!」

リジーが加勢してくれて、ドムはやっと浮かせた腰も椅子へと戻した。
ジョシュはホっとしたように息をついている。

(ったく…ドムの奴、変なとこで反応するんだからっ)

僕は額の汗を拭きつつ、出されたサラダを摘んでいると、不意にドムと目があった。

「な、何だよ?」
「何だか…オーリー変だぞ?」
「な…何が?俺はいつもと変わらないさ!アハハ!」

食べかけてたサラダの中にあったパスタをちゅるるんっと口に入れた後、笑いながら誤魔化すも、ドムは疑いの眼差しを向けてくる。

「いいから、サッサと話進めろ。パっと食べて帰るぞ?」

ジョシュはドムにバレないうちに帰ろうと、そんな事を言い出してワインを飲み干した。
それにはドムも強く言えず、仕方なくパーティの計画表を出して説明しだす。

「だからパーティはオーリー達の家でやるとして……どうやってヴィゴを呼び出すかだが…」
「「「はぁ?!」」」
「ぬ。何だよ」

ドムの言葉に僕ら3人は、またしても顔を見合わせた。

「ちょ、ちょっと何で僕らの家なんだよ!どこかのホテルを貸しきればいいだろ?!ビップルーム貸切にしたって2000$でもありゃ充分だよっ」

リジーが慌てて、そう言ったのに対し、僕もジョシュも大きく頷いた。

「そうだよ!だいたい何で勝手に決めてるんだ!」
「うるさいなあ…。別にいいだろぉ?オーリー達の家は、あんな広いんだし」
「だからって…!」
「いいから、いいから!ヴィゴも、その方が喜ぶって!」
「喜ぶって…そんな事、父さんやレオが知ったら…ってああ!」

僕が半分椅子から立ち上がり講義をしているとウエイターに案内されて入って来たレオが見えて目が飛び出そうになった(!)
僕の声にジョシュとリジーも入り口の方に視線を向けて、椅子から立ち上がっている。

「あれ…何だよ、お前等…」

あまりに騒がしいので、レオがこっちに気付き、驚いたように歩いて来た。
父さんも最初は嬉しそうに手を上げて歩いてきたがドムまでがいるのを見て、あからさまに顔を顰めている。

「レオ…父さん、どうしたんだ?二人して…」
「そっちこそ。何の集まりだ?」

レオはジロっとドムを見ながらジョシュの肩に手をかけた。
ドムはと言えば固まったように直立不動のまま無駄に笑顔だけは見せている。
全くさ〜ほんとレオには弱いんだから。

「あ、あのさ。ヴィゴの誕生日が近いからパーティの打ち合せで…。レオは?」

僕が簡単に説明すると、レオは片方の眉をピクっと上げたものの、

「俺は…急に父さんから誘われて食事に来ただけだよ」

と言った。

「父さん、久し振りだな」
「おぉ。ジョシュ!オフは満喫してるか?」
「まぁね。そろそろ一人旅でもって思ってるよ」
「そうか。土産頼むな?」

父さんは、あっけらかーんと、そう言うと、「じゃあ私達は向こうの席に座るから」とレオを促して歩いて行ってしまう。
レオはちょっと苦笑して、

「今日は二人で飲みたいらしいんだ。だから席は別にするよ」

と肩を竦める。
それには僕も寂しくなったが、きっと父さんは、この前の失恋で落ち込んでるに違いない。
そういう時は長男のレオと静かに話したいのかもしれないと思った。
何て言ってもレオは兄弟の中では一番の恋愛(遊び?)の達人だからね。

「OK.俺らは、勝手にやってるよ。あ、それと…レオ」

ジョシュがレオを連れて、少し席から離れた。
大方、が来てる事をドムに聞かれないように話すためだろう。
案の定、レオも驚いての席の方に視線を向けたが、ドムの手前、行けずにいる。
そしてジョシュに何か小声で言うと肩をポンポンっと叩いて父さんが座った席の方へと歩いて行った。

「ジョシュ、レオ何だって?」
「ん?ああ。ドムに気付かれるなよってさ」

ジョシュが小さな声で説明して、ちょっとだけ肩を竦めてみせる。
ドムはレオと父さんが来た事で、さっきよりも萎縮しつつ、大人しく座ってワインを飲んでいた。

「はぁ…。じゃあ、サッサとパーティの話、すすめよう」

リジーが僕とジョシュを促し、ドムにも話し掛けている。
どうやら、この様子じゃパーティの会場は我が家になってしまいそうだ。
父さんは賑やかなのが好きだし何よりヴィゴのことは気に入っている。
に惚れてることさえなければ、いい飲み友達になるだろう。いや今も半分なってるかも)
ただ…レオは…ドムとヴィゴが揃うとなると、何て言うか…

そんな事を考えて、僕はちょっと怖くなった。

僕は知らないよ〜〜。とりあえずジョシュとレオは猛反対しそうだ。
リジーがドムに気を使って何とか二人を説得するだろうけど…
ああ、そうなると旅の仲間である僕にまで火の粉が飛びそうだ…
でも、まあを守ればいいんだよな!よし、そこだけは頑張るぞ!

僕は単純に、そこまで決めると、チラっとの方を見た。
向こうは、すでに食事を終えていて、そろそろ帰る様子。

(ああ…ドムに見付からないように出て行ってくれれば…)

心の中で、そう思いつつ、僕は大きなピザにかぶりついた。

















私はナイフを置くと、そっと皆の方に視線を向けてみた。
今、チラっと見えたが、あれは父さんとレオだった。何で皆、ここに集まるの?と首を傾げたくなる。
レオはジョシュに聞いたのか、チラっとこっちを見て小さく手を振っただけだった。
どうして、こっちに来ないんだろうと思ったが、その方が良かった。
だってスタンリーは皆が集まってるのを知ると、少し無口になってしまったから…

「そろそろ帰る?それとも…皆と帰る?」
「え?」
「今、帰るなら送るけど…皆と帰るなら俺は先に出るよ」

スタンリーはペリエを一口飲むと、軽く息をついた。
私はチラっと皆の方を見て、

「でも…皆は食べ始めたばかりだろうし…先に帰るわ?」
「そう?じゃあ、送ってく」

スタンリーは、そう言うと静かに立ち上がった。私もバッグと帽子を掴むと、彼の後に続いた。
スタンリーは最初に、レオと父さんの方に歩いて行く。

「あの…こんばんは」
「やあ、スタンリーくん!ご苦労さん。を送ってくれるのかい?」

父さんはレオから聞いていたのか笑顔でスタンリーと握手をした。

「はい。これから送ってきます」
「そうか。じゃ頼むよ。 ――、久し振りだな?」
「もう、たまには帰って来てよね?」

私は苦笑しながら父さんと軽くハグをする。
それを見てレオも苦笑した。

「今夜は連れて帰るよ」

そう言って私の頬にキスをすると、

、このままジョシュ達の方に行かないで真っ直ぐ店を出ろよ?」

と言い出し私は首を傾げた。

「え?どうして?」
「いいから。うるさいのが一人いるんだ」
「あ…ドム…のこと?」

私が、そう聞くとレオは思い切り顔を顰めた。
何となく気付いていたが、レオはドムの事を快く思っていないらしい。

「でも挨拶くらい…」
「いいから。スタンリー、頼むよ」
「あ、はい」

スタンリーも素直に、そんな返事をして私は困ってしまった。
だが父さんも、「そうしなさい」なんて言いだして、仕方なく頷く。
全く…どうして皆してドムの事を敬遠するのかしら。明るくていい人なのに。(!)

そんな事を思いつつ、「じゃあ…後でね?二人とも、あまり飲みすぎないで」と声をかけて、頬にキスをすると、私はスタンリーの後から歩いて行った。
チラっとジョシュ達の方を見れば、ジョシュもオーリーもリジーも、こっちを見てウインクしているのが分かる。
こっちに背を向けているドムは気付いてないみたいだ。私は小さく手を振ってからレジの方に向かった。
そこではスタンリーが会計を済まして待っている。

「見付かったか?」
「え?」
「あのドムとかって奴にさ」
「ううん。こっちに背を向けてたし…。でも…どうして?」
「いや、別に。つか、お前って本当に鈍感だよな?」
「な、何よ、それ…私のどこが…」
「いいから早く帰ろう。明日も早いし」
「え?ちょ、ちょっと…」

スタンリーは、サッサと店を出て行ってしまって私は慌てて追いかける。

(何よ、人の事、鈍感なんて!どういう意味なのか、サッパリ分かんない!)

プリプリしつつ助手席に乗り込むと、スタンリーがエンジンをかけて、すぐに車を出した。

「…そんな怒るなって」
「え?」
「口…、すんごく、とんがってるぞ?」
「…………っ」

スタンリーに、そう言われて私は慌てて手で口を押えた。
それを横目で見たスタンリーは、プっと吹き出している。

「ほんっと分かりやすいよな?」
「な、何よ…。いっつも余裕って顔して…嫌な感じ…っ」

そう言って顔を背けると、スタンリーは笑うを止め、私の方を見ている。

「俺が余裕…?」
「そうでしょ?」
「そんな風に見えるか?」
「……?」

彼らしくない言葉に私が視線を戻すと、スタンリーは、ちょっと複雑というような顔で、こっちを見ている。

「…スタンリィ…?どうしたの?」
「……別に。それよりシートベルトしとけよ?」
「…うん」

スタンリーは、直ぐに、いつもの表情に戻り運転に集中している。
私は首を傾げつつ言われたとおりシートベルトをしてシートへ凭れると小さく息を吐き出す。

(何だか…お腹が苦しいような感じ…でも…そんな食べられなかったんだけどなぁ…何だろう…)

窓の外を眺めるとハリウッドのネオンがキラキラ光っていて、沢山の人で溢れている。
恋人同士が多いようで仲良く肩を組んで歩いているのを見ていると、私は遠い過去を思い出した。

私も前はライアンと、ああやって夜のデートを楽しんだっけ…仕事だと嘘をついて朝帰りをしたこともあった。
あの頃は…あんな別れが待ってるとは思わずに…ずっと二人一緒にいれるものだとばかり思ってたな…
今は…二人別々に歩いている。私は恋も出来ないまま、それでも過去との決別を決めた。
それなりに寂しさは残る。でも、また誰かに恋をしたら、きっと、いい思い出になるんだと思う。
私は、まだ21歳だ。これから、もっと色々な人と出会うだろう。
前以上に誰かを愛し、そして傷つく事があるかもしれない。
それでも…私は人を愛する事を放棄したくはなかった。だから…ライアンとの事も後悔していない。
あのままだったら、心のどこかで、きっと許せないでいただろう。でも再会できたことで、その思いは消えてしまった。
今は…本当に彼と出会えて良かったと思う。そう気付かせてくれたのは…………


、明日は朝、まず事務所に寄るから早く起きろよ?」
「あ、うん。分かった。あの…スタンリィ…」
「ん?」


スタンリーは前に視線を向けたまま、顔をこっちに寄せてきた。
私は、その仕草だけでドキっとする。

「…何でもない…。 そろそろクランクアップも近いね」

私は窓の外を眺めながら、そう誤魔化した。

「何だよ。変な奴だな…。グラスワイン一杯で酔ったのか?」

スタンリーは呆れたように笑いながらハンドルを切った。
私は彼に背中を向けながら、心の中で、そっと、"ありがとう"と呟く。

外を見れば、もう秋の気配。


来年の今頃…私は誰と一緒にいるんだろう。


ふと、そんな事を思い、切なくなった―――










一方…レストランでは…。




「ん?あれ?今のに似てなかった?!それにお前等、今誰に目配せしたんだよ?!」
「まあまあ、ドム。気のせいだろ?レオにしただけだって」
「何?レオに?!ジョシュはレオにウインクなんてするのか?あぁん?!今のはじゃないのか?!そうだろう!!」
「ちょっとドム、座りなよ、恥ずかしい!」
「うるさい、リジー!お前までグルになって親友の俺をたぶらかすとは、いい度胸だな!今のはだ!そうだろ?!いい加減認めろ!」

ドムに、ぐぐっと詰め寄られリジーは後ろにのけぞり椅子ごと倒れるかと思った。

今さっきが帰る時、全員で目で合図をしたところ、それに気付いたドムが急に後ろを振り向いたのだ。
その時にの後姿がチラリと視界に入ってしまったらしい…


「そ、それには一人じゃなかった…!だ、誰だ?!まさか男なんて事は…ハ!もしや、この前のモデルもどきか?!ス、スレンダーじゃなくて。…ステンレス…じゃなくて…」


「「「スタンリー…」」」


「そ、そう!そのスタンリーとか言う若造じゃないのか?!」



皆が呆れたように息をつけば、ドムの鼻息は、ますます荒くなり、その鼻息で飛ばされそうな勢いだ。

「まーまー!スタンリーくんなら安心じゃないか!少なくともドムよりはさ!」
「何だとぉう?!おい、オーリー!その能天気もいい加減にしとけよ!」
「ぬぅ!誰が能天気なんだよ、誰が!!」
「「「オーリィ…」」」
「むっ!」

3人に声を揃えられ、オーランドの口がタコちゅーのように尖ってしまった。

「酷いよ、酷いよ!皆して人の事を能天気だなんて!俺だって色々と悩みはあるんだあ!」
「へーどんな?」
「ほんと聞きたいな、それ」
「言ってみろ!俺が聞いてやる!」
「ぐ…っ」

イライジャ、ジョシュ、ドムの3人は興味津々でオーランドへ視線を向けた。
それには、さすがにオーランドも言葉が詰まる。

「そ、それは、だからさ…」
「あ〜きっとあれだ。デザートのチョコケーキ、二個にするか三個にするか、そういう悩みだろっ」
「アハハハ。するどいな、リジー!俺もそう思う」
「何だ、オーランド、ケーキなら好きなだけ食えばいいだろう?!」

3人にバカにされ、オーランドは顔が真っ赤になりつつ、今度は唇ばかりか頬までプクーっと脹れて、何だかフグのようになってしまう。

「だ、誰がケーキごときで、そんなに悩むか、アホーーー!!」

オーランドは、そう叫ぶと突然、走り出しレオ達の席へと逃げて行った。

「ブハハハハ!!」
「最高ーー!!」
「おい、オーランド…!」

イライジャとジョシュはケラケラ笑いながら、お腹を抱えて笑っているものの、ドムは本気で首を傾げていた。

「何だ、オーランドの奴…。ケーキじゃないならパフェが食べたかったのか?」

そんな事を呟いているアホなドムを二人はチラっと見ながら視線を合わせる。

とにかくの事から話がそれてしまえばいいのだ。
オーランドには悪いが今回は犠牲になってもらおう…

そんな言葉を視線だけで交わす、ちょっと腹黒い二人だった…。


そしてレオ達の席へと行ったオーランドが、そこでも邪魔者扱いされてションボリしつつ戻って来たのは、それから約10分後の事だった。










久々家族夢ですv
ちょっとだけながくなっちゃいました^^;
何となく繋ぎで過去との決別を書こうと思ったんですけどねぇ…(汗)
これから少しづつスタンリーくんの話も出て来る予定です。絡みます(笑)