悩み多き年頃D 前編










オーランド






あの賑やかなクリスマスパーティから三日後。


暮れも押し迫った、ある日の朝……


僕はいつもの通り健やかな眠りについていた。







「………んぅ……にゃ…………ズピー……ズピー………(鼻の鳴る音)」











ジャカジャカジャカジャカジャカジャーーーーーーーン………っ!





ギュィィ〜〜〜ン……っ!!











「うむぅ……?………んぅ………むにゃ………ズピー……ズ……………ズピィ〜………(微妙に無呼吸症候群?)」








ジャカジャカジャカジャカジャジャカジャジーーーーン…ジャカジャカジャカジャカ……









ガバッ












ふがぁ……………っ!て……敵の襲来だぁぁぁぁあぁぁぁ………っ!!」







ぶは…っ……ぁはははははは…………っっは、腹痛ぃ……ははははっ」












僕は物凄い騒音で起され、夢と現実がごっちゃになり、飛び起きたはいいが突然、変な笑い声が聞こえて来てゴシゴシと目を擦ってみた。
すると目の前には何だか派手なギターが見えて、更に上を見上げれば僕をまたぐようにして立って大笑いしているダニエルの姿があった!


「あはは…て、敵の襲来って何だよ、オーリー!相変わらず笑わせてくれるよね!俳優辞めて天然コメディアンでデビューすれば〜?」


「ぬ…!!ダン!!ま、また、お前…ってか何で俺をまたいでるんだよっ!!つか、そのギターやめろって昨日も一昨日も言っただろ!!」



僕は寝起きに血圧がギューーー!と上がりそうなほど怒鳴りちらし少し頭がクラっとしたが構わずダニエルを睨んだ。
だいたい、こいつはとイライジャにもらった、このギターでクリスマス以来、毎朝、こうしてギターを鳴らして起こしにやってくる。
おかげで何だか寝不足だ。(早くロンドンに帰れっとは心の声)
だが俺がいくら怒ってもダニエルは、どこ吹く風で、ポンっとベッドから飛び下りると、

「今日はの、お許しが出たから来たんだよ!オーリーなかなか起きてこないから起こしてきてってさ」

と得意げな顔をした。

「な……!My Little Girlが、そんな事を言うはずは……」
「オーリー、今日からロケだろ?そろそろ起こした方がいいって言ってたぞ?レオもジョシュも!」
「へ?ロケ………あぁ……!!」

そこで僕は思い出し、バっと時計を確認した。
見れば朝の10時でマネージャーが迎えに来る時間の二時間前だった。


(ん……二時間前…?)


「なぁ〜んだ…。まだ時間たっぷりじゃん……」


慌てて損したと、またベッドに寝転がると、またしてもダニエルがジャカジャカジャカーンとギターをかき鳴らした。

「うるっさい!!!まだ時間があるだろ?!」
「ダメだよ〜。がオーリーは二時間前くらいから用意しないと出掛けに大変な事になるって言ってたしさ〜早く起きなよっ」
「ぬ……お前に言われると、何だかムカつくな……」
「悪かったね!でも本当に、今起きないと、きっとが怒って起こしに来るよ?それでいいなら僕もいいけど。じゃね〜」

ダニエルはそう言って笑いながら部屋から出て行ってしまった。


「あ、お、おいちょっとダン………ぅあ…っ」




ドサ…ゴン…ッ




ぶ……っ!



僕は慌ててベッドから飛び出し…布団に足を絡ませ(蓑虫寝が災いした)、そのまま床へ落ち、膝と鼻を強打したのだった…













「ぅあ〜いてて…最悪の目覚めだ……」

僕はゴロゴロとスーツケースをエントランスに運びながら、鼻を擦りつつ、リビングに行こうとした。
その時、中から皆の笑い声が聞こえてくる。


「あははははは!何だよ、それ?オーリー相変わらずアフォ〜だな〜!」 


(ぬっ!この声はレオ…っ!)


「敵の襲来って、ああ、あれじゃない?夕べと一緒に見てた"ブラックホークダウン"の夢でも見てたとかさ〜」 


(ぬ…ジョシュめ、するどい(!))


「あ〜だから"敵の襲来"ね!あはははは〜オーリーらしい〜っ」 


(ぬ…リジィめぇ…"らしい"って何だ。"らしい"って!!)


「だろぉ〜?僕も笑っちゃったよ!ほんと、あの人毎回毎回、笑わせてくれるよね〜?」 


(うぬぅ…!ダンの奴!僕は笑わしてるつもりなどなぁいっ!)


「ちょっと皆!笑いすぎよ?そこがオーリーのいいとこなんじゃない」 (あぁ…!!僕の天使!!さすがMy Little Girl!)


僕はの優しい言葉に思わず胸が熱くなり、そのままバンっとドアを開け放ち、リビングに飛び込んだ。


〜〜〜〜!!」

「オ、オーリー?!」


は驚いてソファから立ち上がった。
そこをガバっと抱きついてのフクフクのホッペに自分のホっペをグリグリィ〜っと摺り寄せ、更にブチュ〜っと熱いキッスを送った(!)


「キャ…ちょ…オーリー?!」


「ん〜〜〜っ。愛してるよぉ〜〜………ぐぇっっ!!


「何してるんだ?オーリー…」


「レ……レォ………ぐぁ………っっ」



ヒンヤリとした空気が僕の首筋にかかり、その上、首根っこを凄い力で持ち上げられた(!)
その苦しさに、を抱きしめてた腕をパっと離すと、つかさずジョシュがを後ろから抱きしめ、僕をジト〜っと睨みつけている。
しかも自分の服の袖でのホッペを拭くという徹底した仕事振りに、僕は軽い眩暈がしてきた。
いや、これはきっと首が絞まってるから……あぁ〜意識が遠のいてきた……

「あれ…?こいつ何だか顔が白くなってきてない?」

遠のく意識の中、レオの声が聞こえてきた…と、そこで急に苦しさが消え、僕の体は糸の切れたカラクリ人形のようにガクっと床の上に崩れ落ちた(!)

「ぐぇ…ゴホ……っゲホ……っ」
「だ、大丈夫?オーリィ…」

その優しい声に首を擦りながら顔を上げれば、ジョシュの腕の中で、僕の事を心配そうに見つめている天使…いやが見えた。

「だ、大丈夫だよ…?こ、こんな事くら…ゲフ…っ。め、めげる僕じゃない…ゴフ…さ…ははは…」

何とか笑顔で答えると、が可愛いホっペを膨らましてレオを睨んだ。

「もう…。レオ、やりすぎよ?オーリー可愛そうじゃない…」

(そうだ、そうだ…!もっと言え〜〜っっ)

そう思いながらレオを見れば、ものすっごい悲しげな顔をしている。
やはり、さすがのレオでもに怒られると、ショックらしい。えへへ、ザマーミロォ〜〜〜!(子供)


、甘やかしてたら、すぐ付け上がるぞ…?」


(こ、これ?!ぼ、僕のことを見下ろして指さしたあげく、"これ"と言いましたか、あなた!)(壊)


「でも…」




キンコーン…




がレオを叱ってくれそうな、このいい時にチャイムが鳴り、リジーがインターホンに出た。

「はい。ああ、スタンリー?おはよう。今を行かせる」

リジーはそう言って、こっちを見ると、「、お迎え来たよ」と微笑んだ。

「あ…じゃあ…私、行って来るね?今日はクランクアップだから少し遅くなるかもしれない」

がそう言ってジョシュを見上げると、奴(!)は優しい笑顔を見せて、こともあろう事かの額にチュっとキスをした。

「ああ、分かった。あまり飲みすぎるなよ?」
「うん。気をつける」

が可愛い笑顔で頷くと、今度はレオが、さっきとコロリと表情を変えて、を抱き寄せている。

「じゃあ最後の撮影、頑張って。帰りは、ちゃんとスタンリーに送ってもらえよ?」
「うん。分かってるわ?レオも撮影、頑張ってね?」
「ああ」

の言葉に、レオは嬉しそうに微笑むと、彼女の頬にチュっとキスをしている。
そこへリジーも来て、「打ち上げで、あまりハメを外さないようにね?」とウインクしてからの額にキスをした。

つ、次は僕も…と思って何とか立ち上がった、その瞬間、ドンっと押されて、またヨロヨロと尻餅をつけば、
ダニエルがの方に駆け寄っていくのが見えた!


「な……っ」


(こ、こんのガキャ〜〜っっ!!)


、僕、起きて待ってるから早く帰って来てよ?」
「うん、なるべく早く帰るようにするね?でも、ダンも、あまり遅くまで起きてちゃダメよ?」
「ちょっと〜僕、もう15歳だよ?夜更かしくらい普通だよ」
「それもそっか。私も15歳の時、よく遅くまで起きててジョシュに怒られたっけ」

が、そう言って笑うと、ジョシュも苦笑いしながら、

「そうだよ。は毎晩、レオと二人で遅くまで映画見たりゲームしたりして遊んでたからさぁ」

と肩を竦めている。

「あぁ〜そんな事もあったな〜。今と、あんま変わらないじゃん」

レオも笑いながら、そう言っての頭を撫でた。

「じゃあ、行って来ます」
「ああ、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい、

皆、それぞれに頭を撫でられたり、キスをされたりしながらが僕から遠ざかっていく…

(あぁ〜〜…!!僕は今日からロケで暫く家を空けるってのに、こんな別れ方は嫌だぁぁぁ……っ)

そう思いながらの方に手を伸ばしかけた、その時、僕の熱い思いが伝わったのか、がクルっと振り向いた。
そして僕の方まで走ってくると、目の前にしゃがんで、

「オーリー、今日からロケでしょ?頑張って来てね?」

と言って僕のホっペにチュっとキスをしてくれたのだ!
それを見てた愚兄、愚弟、愚従兄弟どもは、「げっっ」といった顔をしていたが今の僕にはこたえなぁーい!
の優しい言葉と熱いキッス!それだけで僕の傷ついたハートは癒され胸が熱くなったのだから〜ルルル〜♪(何のこっちゃ)

〜〜〜!!!行きたくないよぉぉ〜〜っっ!!」

僕はそう言ってにしがみつくと、は可愛らしい口をむぅっと尖らせて、「ダメよ、オーリィ…。ジョニーに迷惑かかるでしょ?」と聞きたくなかった名前を出した。

「二人の映画、楽しみにしてるね?だから頑張って!」
「う、うん……分かったよ……」

は笑顔で僕を励ますと、「じゃ、私も行ってくるね?オーリー忘れ物しないようにして!」と言って立ち上がった。
そこで僕も一緒に立ち上がり、皆にくっついてエントランスへと出る。

「じゃ行って来まーす」

は皆に笑顔で手を振ると、外で待つスタンリーくんの元へと歩いて行ってしまった。

「はぁ〜……寂しい……」

あの天使の笑顔を暫く見られないと思うと力がなくなってしまう。
だが皆は今日でライアンとの繋がりも切れるからか、何だか嬉しそうに見送っていた。

「はぁ〜やっと少しは安心かなぁ」

リジーが両手を伸ばし、そう呟くとレオもジョシュも、

「ああ、ほんとだな」
「これで安心して旅行に行ける」

なんて言いながら家へと入っていく。
それにダニエルも頷きながらついていった。(どうやらリジーに事情を聞いてたようだ)

ただ僕だけは車が見えなくなるまで、その場で見送っていた。(寂しいよぉ…)














イライジャ







「あ〜あ〜オーリーってば飼い主に置いていかれた犬みたいに、ずっと突っ立ってるよ?」

僕は苦笑交じりに、そう言うと、レオも笑いながら煙草に火をつけ、ソファーに座った。

「あいつは今日からロケで帰れないからな。と離れるのが寂しいんだろ?いつもの事だよ」
「ああ〜彼女に振られたから余計かもね?」

僕はダニエルのギターを軽く弾いて遊びつつ、笑っていると、そこにエマが顔を出した。

「ねえ、リジー。今日の午後からでしょ?工事の人来るの」
「ああ、そうだよ?一応、僕が立ち会うことになってるんだ」
「そう。じゃあ私、買い物に出かけるけど、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「そう、じゃあ、お願いね?」

エマはそう言ってから自分の部屋へと歩いて行った。

「何?もしかしてシアタールームの件?」

レオが思い出したように聞いてきた。

「そうだよ?や〜っと僕も時間で来てさぁ。だから一昨日、業者の人と打ち合わせして何とか今日からやってもらう事になったんだ」
「へえ、じゃあ来年の夏は皆でホラー映画鑑賞とか出来ちゃうんだ」
「わー僕も来たいよ!いい?」

ダニエルまでが嬉しそうに僕を見てきた。

「もちろん、いいよ?大勢でホラーってのも楽しそうだな」
「えぇ〜?普通のでいいよ…」
「何だよ、ジョシュ〜怖いの〜?」
「う、うるさいな、ダンはっ」

ダニエルにからかわれてジョシュは顔を赤くすると、「ちょっと買い物行ってくる」と言ってリビングを出て行ってしまった。
そこへ入れ違いにオーリーが戻ってくる。何だか、ほんとに捨て犬みたいな顔だ。

「オーリー、そろそろ行く用意したら?」
「……出来てるよ」
「忘れ物は?ちゃんとチェックした?」
「………パスポートも持ったしチケットはマネージャーが持ってるから平気」

オーリーはそう言ってソファーに座るとカップに紅茶を注いでいる。

(はぁ…こりゃ重症だな…)

僕は横目でオーリーを見ながら苦笑した。
レオも、ちょっと笑いながら仕事の用意をするなんて言ってリビングから出て行く。
ダニエルは、また楽しそうにギターのコードを見ながら適当に弾いて練習しているようで、それを時々オーリーがうるさいなぁというような顔で睨んでいる。

「オーリー今日からシアタールームの工事が始まるんだ。オーリーが戻る頃には出来てると思うよ」

少しでも元気を出させようと、そう言えばオーリーも、かすかに笑顔で顔を上げた。

「ほんと?!じゃあ僕の希望通りの間取りにしてよ?」
「えぇ?無理だよ〜。オーリーの間取りだとマンションの一室みたいになっちゃうからねっ」
「えーーっ。それがいいんじゃん!」
「ダーメ!そんな広いスペースで作れないよ。父さんに怒られる」
「ぶぅ〜ぶぅ〜!」

僕がキッパリ、反対するとオーリーは親指を下げてブーイングしている。
ほんと、すぐ元気になるんだからさ、この人。

「と・に・か・く!間取りは僕ので決定!分かった?」
「チェ……っ。つまんなーいのー」

オーリーは頬を膨らませて、そう言うとソファーにゴロンと横になってしまった。

それを横目に僕は煙草に火をつけると、設計した図を広げて確認しながら、早く、これが出来上がったとこが見たいな〜とワクワクしてくるのだった。














レオナルド






「おはよう」
「ああ、レオ、おはよう!久し振りだな!」

スタッフのレイが元気な声で振り向いた。

「マーティンは?」
「ああ、監督ならスタジオ奥にいるよ。レオがオフの間に、セットが一部、壊れてさ」
「へぇー、じゃあ機嫌悪そうだな……」
「そうかもな?顔、合わせない方がいいかもよ?」

レイは、そう言って笑うと台本を手直ししながらスタジオの方に歩いて行った。
俺は自分の控室に向かうと、前から共演のキャメロンが電話で話しながら歩いて来る。

「Hi!レオ。オフは楽しんだ?」
「ああ。まぁね」

俺も軽く手を上げ、挨拶をすると彼女は笑顔で歩いて行った。
大方、今の恋人と朝の電話中なんだろう。
そのまま控室に入ると、メイクの子が振り返った。

「あ、レオ、おはよう」
「やあ、ジェニファー。今日も奇麗だね」
「相変わらず、お上手ね?」

ジェニファーは、そう言いながらも少し頬を染めてメイクボックスを出した。
彼女は俺の担当でプエルト・リコの出身らしく、ラテン系の奇麗な顔立ちをしている。

「今日の撮影、少し押してしまうかもって事だったけど…」
「ああ、何だかセットが壊れたみたいだな。あまり帰りが遅くなるのは勘弁して欲しいんだけど…」

俺がそう言って煙草に火をつけると、ジェニファーが素早く灰皿を取ってくれた。

「ああ、ありがとう」
「早く帰りたいの?」
「え?」
「そんな風に聞こえたわ?」

ジェニファーは鏡越しに俺の事を見ながら微笑んでいる。

「ああ、まぁ…今日はちょっとね…」
「デート?」
「え?そんなんじゃないよ。最近、デートなんてものはしてないし」
「またまた…嘘でしょ?」
「いや、ほんとに」

これは本当だった。
あの大物女優から逃げ出して以来、一度、新人女優とデートしただけで、後は仕事が終わっても真っ直ぐ家に帰っていた。
のことで色々と心配も重なり、他の女なんて見てる余裕などなかっただけなんだけど。

「でもデライラと付き合ってるんでしょ?」
「…………は?」

突然、そんな事を言われて俺は驚いて煙草を落としそうになった。

「デライラと俺が?」
「ええ、そう聞いたけど……違うの?」

ジェニファーは不思議そうな顔で首をかしげている。

ああ、そうだ。思い出した…
デライラが、そんな嘘を言いふらしてるって大物女優さんも言ってたっけ。
俺と付き合ってる…俺とクリスマスにデートをするって言ってた彼女だ。
彼女は今、この映画にも、ちょい役で出てる新人で俺のファンだと誘って来たから乗っただけだった。
でも、たった一回、それからはスケジュールも合わず、デート後、スタジオで顔を合わせていなかった。
まだ、そんなこと言ってたのか……

「あの……レオ……?」
「え?あ、ああ…。えっと…彼女とは付き合ってないよ?」
「え?そうなの?」
「ああ、俺は誰とも付き合った事がないからさ」

ちょっと、おどけた口調で笑うと、ジェニファーは目を細めて苦笑している。

「嘘ばっかり。レオの噂は色々と耳に入ってくるのよ?」
「へぇ。どんな噂?」

俺は椅子を回して彼女の方に向くと、ジェニファーはドキっとしたように後ろに下がった。

「ど、どんなって…。だから…共演者とは必ず恋に落ちるとか…。それで恋多き男だとか、そんな事よ…?」

それを聞いて俺は軽く噴出してしまった。――俺が恋に落ちてるって?ありえない事だ。

「へぇ、俺が共演者と恋をねぇ…」
「そ、そうよ?違うの?」
「まあ…言ってみれば恋じゃないかな?」
「え……?じゃあ……何なの?よくデートしてるとこ写真に撮られてるじゃない?デライラだって…」
「遊びだよ」
「…遊び…?」
「そう。俺は今まで誰とも恋をした事がない寂しい男なわけ。だから"恋多き男"なんかじゃない。どっちかというと、それは父さんの方かな?」
「お父さんって…ハリソン…?」
「そう。父さんは恋をしてるよ。でも俺はしない。というか出来ないんだ」
「どういう…意味……?」
「別に意味なんてないよ?」

そう言って笑うと、ジェニファーは眉間に皺を寄せて首を傾げている。

「じゃあ…今まで本気で好きになった人は……」
「いないよ」
「一人も?」
「ああ、誰の事も好きになった事はない」
「じゃあ……どうしてデートなんか…」
「誘われたら断る理由もない時はデートくらいするよ。その後の事も俺から無理に誘った事はない。割り切った関係の方がいいからさ」
「でも…相手は、それでいいって?あなたと遊びで…」
「そりゃ時々はデライラみたく一回寝ただけで付き合ったと思う子も沢山いたけどね。俺はそんなつもりはないし。最低の男だろ?」

自分で言って苦笑すると、ジェニファーが首を振った。

「そんなはずないわ?」
「え?」
「レオが…恋をした事がないなんて嘘でしょ?」
「どういう意味?」
「だって…恋をした事のない人が、あんな演技できるわけないもの」
「……………?」

その言葉に驚いて、俺は彼女を見上げた。ジェニファーの顔は真剣で本心から言っているんだと分かる。
そんな彼女を見て、ちょっとだけ噴出した。

「演技なんて、いくらでも出来るよ」
「嘘。誰か大事な人がいるはずだわ?あるいは、"いた"とか」

大事な人…
それならいる。
子供の頃から、彼女だけを大切に思ってきたのだから…
だけは……俺の特別な存在なんだ…。


「レオ……どうしたの?」


ジェニファーの声に、ハっとして顔を上げた。

「え?」
「やっぱり、いるんじゃない?大切な人が」

ジェニファーは、そう言ってニッコリと微笑んだ。
その言葉に俺は、ちょっと微笑むと、彼女の腰を抱き寄せ、椅子から立ち上がった。

「キャ…な、何?」
「そんなに俺の事が気になる…?」
「え………?」

俺がそう言うとジェニファーは驚いたように目を見開いた。だがすぐに目を伏せると小さく頷く。

「……気に…なるわ………」
「どうして?」
「どうして……って……」

俺が見つめると、ジェニファーは少し顔を赤らめ俯いてしまった。
そんな彼女の顎を優しく持って、そっと上に向けさせる。

「レ…レオ……?」
「俺が"恋に落ちる"のは……別に、"共演者"だけじゃないんだけどな?」
「え…?」

俺はそう言うとジェニファーの唇に、自分の唇をゆっくり近づけていった。
そして、互いの唇が触れそうになった時、突然、ドアが開いて大きな声が聞こえてくる。


「レオ来てる?!」


「「…………っっ?!」」


その声と音にジェニファーは慌てて俺から離れてしまった。
ドアの方を見れば、先ほど話に出てきたデライラが怖い顔で立っている。

「やあ、デライラ、久し振り」

俺は、また椅子に座って澄ました顔で、そう言うとデライラはジロっとジェニファーを睨んでいる。

「今、二人で何してたの?」
「え?それは…」

デライラに睨まれ、ジェニファーは困ったように俺の方を見た。

「別にメイクしてもらおうとしてただけだよ。それより何か用?」

俺の言葉にデライラは一瞬、文句を言いたそうな顔をしたが軽く息をつくと、「話があるの。二人きりで」と言った。

「あ、そう。じゃあジェニファー出ててくれる?後で呼ぶから」
「分かったわ……」

ジェニファーは俺の言葉に頷くと静かに部屋を出て行った。

「で…話って何?」

煙草を咥えながら目の前に仁王立ちしているデライラを見上げ、そう聞けば彼女は、いきなり俺の膝の上に座ってくる。

「どうして電話くれないの?」
「………忙しかったんだ」
「だってオフだったでしょ?私、クリスマスに会ってくれると思ってて予定空けておいたのに。電話もしたのに電源切れてたし、誰と一緒だったのよ?」
「誰ってクリスマスは家族と過ごしたよ?色々、家のことやってて忙しかったんだって。これでも俺、長男だしさ」

笑いながら煙草を吹かすと、デライラは顔を顰めて俺の首に腕を回してきた。

「私より…家族を取るわけ?」
「もちろん」
「…………な…何よ、それっ」

俺の言葉にムっとして腕を離し、怖い顔で睨んでいるデライラは、「私のこと何だと思ってるの?」と聞いてくる。

「何って…共演者&一晩デートしただけの子って思ってるけど?」
「ちょ…どういう意味?私とは遊びだったって言いたいの?」
「俺、君と付き合うなんて言ったっけ?確かに誘われてデートはしたよ?君の部屋にも行った。でも付き合うなんて言ってない」
「でも、また会える?って聞いたら、"俺から電話する"って言ったじゃない…っ」
「それは言ったけど…ほんと、そのつもりだったしね。君がもっとドライな子で、しかも嘘つきじゃなければ」
「ど、どういう意味?」

デライラは顔を顰めて首を傾げた。
俺は軽く息をつくと、肩を竦めて、

「俺とクリスマスにデートする約束をしたとか、付き合ってるって言いふらしただろ?おかげで迷惑してるんだ」

とハッキリ言った。

「それは…だって、そう思ったんだもの…。嘘をついたつもりは…」
「悪いけど俺、誰とも深く付き合う気はないからさ。ごめんね?」

そう言って膝の上の彼女を下ろそうとした、その時、デライラは無理やり俺にキスをしてきて驚いた。

「ちょ…やめてくれる?」

慌てて彼女を離すと、デライラはそれでも強く抱きついてくる。

「もう、そんなこと言わないわ?だから、また会って欲しいの…っ」
「それは無理だよ。それに俺、暫く女遊びは控えようかと思ってるからさ」
「………女……遊び……?」

その言葉にデライラはゆっくり俺から離れると、怖い顔で膝の上から下りた。

「私のこと……そんな風に思ってたの?」
「そっちだって軽かっただろ?あれじゃ遊びだって思うよ。それに俺のこと好きなわけじゃなかった。そうだろ?」
「私は………あなたのファンだったわ?」
「でも、それは好きじゃない。上辺だけの俺を見てただけだ」

俺がそう言って彼女を見れば、デライラは唇を噛み締めた。

「あの夜は……凄く優しかったのに…どうして、そんなこと言うの?」
「デートしてる相手に優しくするのは普通のマナーだろ?でも、その後は相手の態度次第だからね」
「……………っっ!」

デライラは、そのまま黙ってバンっとドアを閉め部屋を出て行った。
俺は何だか、どっと疲れて思い切り椅子に凭れると煙草の煙を吐き出し目を瞑る。

「レオ……?」
「ああ…ジェニファー…」

そこにメイクのジェニファーが恐々入って来た。

「あの…彼女、何だか泣いてたみたいだったけど……」
「え?ああ、そう。悪かったね、変なとこ見せて」
「い、いいけど……。彼女とケンカでも……」
「ケンカにもならないし、する必要もないよ。ただ嘘は言うなって言っただけ」

俺はそう言ってジェニファーの方を見た。
すると彼女は少し呆れた顔で俺の前に歩いて来ると、唇の端を指でグイっと拭いてくれる。

「ああ、ついてた?」
「泣かした子とキスするなんて最低ね?」
「別に俺からしたわけじゃないけど、そう思うなら思っててくれてかまわないよ?」

ちょっと笑って煙草を消すと、ジェニファーは複雑な表情をした。

「じゃあ…さっき私にしようとしたのも……最低な男だから?」

俺はその言葉にジェニファーを見上げると、ちょっと笑った。

「そうだよ?さっきも、そう言っただろ?」

ジェニファーは黙っていた。
そして俺の椅子を鏡の方に向けると、「いつか刺されても知らないんだから…」と呟いた。
その言葉に、俺はちょっと苦笑を洩らし、

「気をつけるよ。今後は大人しく真面目な、いいお兄ちゃんになるつもりだからさ…」

と肩を竦めた。

「お兄ちゃん……?」
「ああ。うちには世話のかかる兄弟が多いんでね」
「ああ……。特に……妹さん……とか?」
「彼女は別に手はかからない。まあ心配かける達人だけど」

ちょっと笑顔で、そう言うとジェニファーは溜息交じりでブラシをとった。

「ほんとに溺愛してるのね。"彼女"なんて、恋人のこと言ってるみたい」
「……………何言って…」
「だって雑誌でも見かけるけど、妹さんと映ってる写真とか、本当に、そう見えるわ?」
「ああ……。パパラッチが撮った奴?」
「そう。記事にも、"怪しい"って書いてるとこもあったし。他のお兄さんとも書かれてたわ?」

ジェニファーは、そう言って鏡越しに俺を見つめてきた。

「あんな奴ら、詮索するしか能がないんだよ。血が繋がっていないから面白おかしく書いてるだけだ」
「……怒ったの?」
「別に……。それより早くメイクしてくれないと、俺、監督に怒られるんだけど」
「あ……ご、ごめんなさい…」

ジェニファーは慌ててメイクボックスを持ってきて自分の仕事を始めた。

俺は黙って目を瞑って、今日の自分のシーンの事を考える。


この時間だけが色々な心配から解放される瞬間だった。


















車は静かに止まり、ロケ先に到着した。今はスタッフが運転するロケ車の中。
隣には、もう指定席のようにスタンリーが座っている。
彼は何だか今後のスケジュールを、どう詰めていくか考えているようで難しい顔をしてスケジュール帳と睨めっこしていた。

(別に…普段と変わらない…)

私は窓の外に視線を戻すと、左手首にしている時計をそっと触った。
あのクリスマスの夜、スタンリーからもらったカルティエの時計だ。
あの次の日、仕事に行く時も彼は全く普段と変わらなかった。
うちで朝ご飯を食べて行ったけど、皆にも愛想よく振舞うのも変わらず、私に少し素っ気無いのも変わらず…。
私は…少しくらい違う態度なんじゃないかって思ってたんだけど、すっかり拍子抜けしてしまった。
あれから三日。
何も前と変わらない。ただ少し違う事と言えば……



カチッ…



隣で音が聞こえて視線を向ければ、スタンリーの手の中に私があげたプレゼントが握られている。

「何?」
「え……っ?」
「ジっと見ちゃって……」
「な…何でもないよ?」

私は、そう言って慌てて窓の方に顔を向けた。
かすかにスタンリーの吸ってる煙草の煙が顔に漂ってくる。
その時、スタンリーがこっちに体を向けて、そのまま私に覆い被さるように彼の左腕が顔の前に来てドキっとした。

「な…何?」

顔を上げると、目の前にスタンリーの顔があり至近距離で目があってドキっとする。

「何って……煙草の煙がそっち行くから窓開けるんだよ…」

スタンリーは訝しげな顔で、そう言うと窓を少しだけ開けて、またシートに座りなおしスケジュール帳をバッグにしまった。
私は少しドキドキした胸を気づかれないように抑えて軽く息を吐き出す。

(ビ、ビックリした…いきなり傍に来ないで欲しい……)

そう思いながらチラっと彼を見れば他のスタッフと何やら話しながら車を降りて行った。

「はぁ……」

何だか溜息が零れて私は軽く首を振った。

何で、こんなに彼のこと気になるんだろう。あんな話、聞いちゃったからかな……。
スタンリーが家族のこと何も話さないのも…同情されたくないから……?
大勢で賑やかな、私の家に来ると、あんなに楽しそうにしてるのは…それでも寂しいから……?
なのに、そんな素振り見せないでいる。妹さんは……彼が面倒見てるのかな……

ふと、そう思って外でスタッフと楽しげに話しているスタンリーを見た。

だから忙しいモデルをやめて、こんな仕事を…?でも…こっちだって忙しいのは変わらないのに…。

そんな事を考えていると隣に誰かが座った気配がして顔を向けた。

「何、難しい顔してんだよ」
「ライアン…っ」

そこにはライアンが笑顔で座っていた。

「今日で撮影終わりだし、寂しいの?」
「そ、そんなことは…」
「ああ、やっと俺から解放されるってホっとしてるとか?」

ライアンは、そう言って笑うと肩を竦めて私を見た。それには私もちょっと噴出してしまう。

「そんなこと思ってないわ?」
「そう?なら良かった」

ライアンは、そう言って前と変わらない優しい笑顔を見せると軽く息をついた。

「リリーとさ……。話したよ」
「え……?」
「俺の今の気持ち全て。彼女と同情で結婚したんじゃないって事も……」
「そう……。で…彼女は何て……?」
「泣いてた…。電話の向こうで…」
「……………」

ライアンは、ふと私を見ると、「来週、リリー家に戻ってくるって言ってくれたよ」と私の頭にポンっと手を置いた。
それを聞いて私も心の底からホっとするのを感じ、笑顔になる。

「そう…良かった」
「うん。の事も……彼女、分かってくれたよ」
「え?」
「忘れられないのは仕方ないって。でも…少しでも私の事を思っててくれてるなら忘れるまで待つってさ…」
「ライアン………」
「それが正しい選択なのか分からないけど…彼女には俺が必要で…俺も彼女を守りたいって思う気持ちは本当だからさ…の事も…いつか思い出になればって思ってる。つらいけどね」

ライアンはそう言って、おどけた口調で笑うと胸を抑えて悲しげな表情を見せた。
私はそんな彼を見て笑ってしまった。

「私だって……つらかったけど…。今は凄くいい思い出よ?」
「……え?」
「私……ライアンと出逢えて……人を好きになる気持ちを知れて…本当に良かったと思ってる。ありがとう……」
……」
「これからは…友達でいて欲しいな……」

私がそう言うと、ライアンはちょっと苦笑しながら、

「はいはい。友達でも何でもいいよ?家族に言えない相談なら乗ってやるからさ」

と私の額を指で小突いてきた。
それが私は嬉しくて、もう一度彼を見ると、「ありがと」と微笑んだ。
ライアンは何も言わず、私を見つめると、そっと額にキスをして椅子から立ち上がった。

「さて、と。最後のシーンは頑張りますか?」
「そうね。そろそろかな……」

そう言って私も立ち上がると、スタンリーが中に戻って来た。
そして私とライアンが一緒のとこを見ると、ハっとした顔で立ち止まる。

「あ…スタンリー。スタンバイしろって?」
「……ああ。監督が呼んでる」
「じゃ、行こうか、
「え、ええ」

ライアンに促され、私は一緒に車を降りた。
スタンリーは何も言わず、一度車に戻ると、私のショールを持って追いかけて来る。

、寒いから、これ羽織って」
「あ……ありがとう…」
「それと…衣装の時は、それ外せ」
「え?」
「……時計」
「あ……いけない…」

私は慌てて時計を外すと、スタンリーがそれを受け取り、自分のポケットへと入れた。

「あ、あの…」
!早く!」

私が言いかけると向こうでライアンが手招きしている。

「早く行けよ。怒られるぞ?」
「う、うん…。じゃあ…行って来る」

私はそう言ってスタンリーを見ると、彼は視線を反らしたまま、

「NG出すなよ?」

と言って他のスタッフの方に歩いて行ってしまった。
私は少しムっとして言い返そうと思ったが、スタッフが待っているので急いで監督の方に走って行く。

そんな私をスタンリーが振り返って見てるのに気付かなかった。












長くなってしまったので二つに分けます;