最後の撮影は以外にもアッサリと撮り終えることが出来た。誰もNGを出さず、すんなりOKも出て、無事にクランクアップとなった。
その後、スタジオに戻り簡単な打ち上げがある。
「お疲れさん」
監督やスタッフから花束が渡され、私は少し涙ぐんでしまい、ライアンが優しく頭を撫でてくれた。
「よく頑張ったな?」
「ありがと……。皆のおかげよ」
初めてのラブストーリーもので最初は緊張もしたが何とか、やり終える事が出来て私は心の底からホっとした。
一斉に拍手を貰って、今度は相手役のライアン、そして共演者のデニス、デビッド、アニス…と挨拶が続く。
それも終わると、皆で乾杯しながら簡単な料理を食べ、思い出話に花が咲くのだ。
そして色々な人と挨拶をしたり、撮影中の思い出話をしたりして、2時間は過ぎた頃…
「、お疲れ様」
「あ…デビッド…お疲れ様」
恋人役だったデビッドに笑顔で、そう言うと彼はシャンパンを飲みながら軽く息をついた。
「もう今日で終わるかと思うと寂しいよ。せっかくと知り合えたのに…」
「そうね…。何だか思えば早かったわ?」
シャンパンを飲みながら、微笑むとデビッドはチラっとアニスとデニスの方を見た。
「あの二人、クリスマス前から付き合ってるらしいよ?」
「え?嘘…」
私は驚いて二人の方に視線を向けた。確かに二人は以前よりも仲良さそうに寄り添って一緒に料理を皿に取って食べている。
「あの二人…そうなんだ。全然、気付かなかった」
「あはは。って結構、周りの事とか見てないだろ?」
「え?」
「ちょっと鈍感なとこがあるもんな?」
「……酷い…でも…よくレオとかジョシュにも言われるわ…?」
私がそう言って苦笑するとデビッドは優しい瞳で私を見つめてきた。
「ま、そこが可愛いとこなんだよな?」
「……な、何言ってるのよ…」
彼の言葉にドキっとして視線を反らし、助けて欲しくてスタンリーを探したが、さっきまでいた場所に姿がない。
どこに行ったんだろう…と思っていると、デビッドは真剣な声で言葉を続ける。
「も…気付いてると思うけど……俺さ…。好きなんだ…君の事……」
「…………っ」
「だから…一度、二人で会って欲しいんだけど……」
そう言われて何て答えていいのか分からない。
彼の事は好きだが、それは恋ではなく共演者、友人といっただけの感情だ。
「あ、あの……」
「もしかして……好きな奴とかいるの?恋人は…いなかったよね?」
「こ、恋人は…いないけど……」
「じゃあ好きな人でも?」
「それは……」
「もしかして……ライアン…とか?」
「え?!」
突然、ライアンの名前を出されてドキっとした。
「な、何で?」
「…何でって聞かれると困るんだけど…何となくだよ。ほら、二人は前に二度ほど共演してるのに最初は少しよそよししかったし。がライアンのこと意識的に避けてるような風に見えて…」
「そ、そんな事はないわ…?」
「そう?俺はてっきりライアンの事が好きなんだけど、結婚してるから諦めようとしてるのかとかさ…色々考えてたんだ」
「そんなんじゃ…。彼とは、いい友達よ…?」
「その通り!」
「「………………っ?」」
その声にドキっとして私とデビッドが振り返ると後ろにはライアンが笑顔で立っていた。
「何だよ、デビッド。皆のお姫様を独り占めしてると思えば、ちゃっかり口説いちゃってるし。彼女の兄貴達に殺される覚悟は出来てるのかな?」
ライアンはシャンパングラスを持ち上げて、皮肉たっぷりにデビッドを見た。
それにはデビッドも苦笑いしながら、肩を竦める。
「それは怖いね。でも彼女の心が手に入るなら殺されても本望かな?」
「それって映画の俺の台詞だよ」
ライアンはデビッドの額を軽く小突いて笑っている。
そんな事を言われて私は顔が赤くなってしまった。
「ま、実際問題、に手を出せば、その辺の覚悟はしとかないとな?デビッド!」
「はいはい。その前に彼女にデートをOKしてもらわないとね?」
「ちょ…ちょっと二人とも…。いい加減にしてよ…。人をからかって…」
私が口を尖らせて、二人を睨めば何だか顔を見合わせて笑っている。
だがデビッドは笑うのをやめ、少し真剣な顔で私を見た。
「俺は…からかってないよ?本気なんだ。一度デートして欲しいんだけど……」
「え……?で、でも……」
私はライアンの前で、そんな事を言われて困ってしまった。
ライアンは含み笑いをしながら顔を反らし、シャンパンを飲んでいる。
(もう…っ、助けてくれてもいいじゃないの…っ)
なんて思いつつ、目の前のデビッドを見た。
「あの…私…当分は仕事が忙しくなるし…誰ともデートする気はないの…。ごめんなさい…」
私は仕方なく、今思ってる事を伝えると、デビッドは少しガッカリしたように息をつき、それでも優しく微笑んでくれた。
「そっか…。分かった。でも……俺は簡単に諦めないからさ。気長に口説くよ」
「え……?」
「この後、プロモーションでも一緒だし、暫くは一緒の時間もありそうだしさ」
「デビッド……」
「あ、そんな心配しないでもストーカーにはならないから安心してね?」
デビッドはおどけた口調で、そう言ってウインクしてきて、それには私も噴出してしまった。
「やだ…。そんなこと思ってないわ?」
「そう?なら良かった。ま、俺はのデビュー当時からの大ファンで、よく知ってたし、しかも今回は共演出来て、ますます好きになっちゃったりしたけど…。は俺のこと何も知らないだろうし、今後ゆっくりと知ってもらえれば、それでいいよ」
デビッドはそう言うと私の頭にポンっと手を乗せ、
「じゃ、他の皆にも挨拶してくるかな?」
と言って笑顔で手を振ると、スタッフ達の方に歩いて行ってしまった。
それを見送ると今まで黙っていたライアンが困ったような笑顔で私を見る。
「あ〜あ、可愛そう、デビッド。俺と同じ立場だから気持ちが分かるよなぁ」
「な…何言ってるのよ…。だって…仕方ないでしょ?ほんとにデートしてる余裕ないもの…」
「そんなこと言ってると、すぐに歳とって誰からもデート誘って貰えなくなるぞ?」
ライアンは、そう言って私の額を軽く突付いて来た。
「い、いいもん。私には皆がいるから」
「兄貴達は、恋人と違うだろ?彼らだって恋人が出来て結婚だって考え出したら妹のお守なんてしてくれなくなるぞ?」
「そ、そんな事ないわ?皆、今までも恋人が出来ても傍にいてくれたもの…っ」
ライアンの言葉に少しムキになって、そう言えば、彼も複雑な顔をする。
「それは今まではそうだったかもしれないけどさ…。これからは分からないぞ?皆、それぞれ歳をとっていくんだし、どんな女性と出会うかも分からないだろ?
本気で愛せる人だって出来て結婚も考えるだろうし…。そういう人が出来たら男なんて恋人の方が大事になるもんだよ」
ライアンはそう言いながら私のグラスを新しいシャンパンと変えてくれた。
だけど私は今ライアンに言われた事が頭の中でグルグル回ってる。
皆が……私から離れて恋人の方に行ってしまう…?
そんなこと考えた事もなかった。
今まで当たり前のように傍にいてくれたし、これからも、それは変わらないと思ってたもの…。
そりゃ私の方を優先して彼女を放ってきたりした時は、彼女に悪いなぁとか思ったし、その度に皆にも、
"私より彼女の傍にいてあげて"って言ってきた。
でも……もし結婚したら……?
皆、家を出てくんだろうし、私よりも自分の家族が優先になるんじゃないかな…。
だって…私達は血の繋がりがない家族だけど、自分が結婚して子供が出来れば…それは"本当の家族"だもの…
こんな血の繋がらない妹よりも…自分の子供や奥さんを優先するに決まってる…
そしたら……私は本当に一人ぼっちになっちゃうんだ……
「…?どうした?」
ライアンが私の顔を覗き込んできて、ハっとして顔を上げた。
「う、ううん…。何でもない……」
「兄貴達がいなくなると寂しいのか?」
「………それは……」
「でも…も本当に愛せる人を見つけて…いつか結婚すれば寂しくなくなるよ」
「本当に……愛せる人……?」
「ああ。が自分の家族を一緒に作りたいな〜って思えるくらい愛せる人。ま、本当なら俺がその相手になりたかったんだけどさ」
ライアンはそう言って、ちょっと笑うと、「あ、お目付け役のナイトくんが登場だ」と言って私の頭にポンっと手を置いた。
見ればスタンリーがスタジオに戻って来てスタッフと軽く挨拶をしている。
「お、お目付け役じゃないわ…?それにナイトなんて…」
「そう?彼、いっつもの傍にいて守ってる感じだけど」
「………は?ど、どういう意味?彼はただの付き人兼マネージャー代理みたいなものよ?」
私はライアンの言葉に驚いて顔を反らすとシャンパンを一口飲んだ。
だがライアンは壁に寄りかかってクスクス笑っている。
「な、何がおかしいの…?」
「いや…。ほんとって鈍感だなぁと思って」
「な、何よ、それ…」
「だって彼、スタンリーだっけ?彼は、まあ付き人だからかもしれないけど、いつもに近寄る男には目を光らせてると思うよ」
「…そ、そんな事は……」
「いやいや…。俺なんて何度睨まれたか」
「え?」
「俺さ、何度かのことランチとかディナーに誘おうとした事あったんだ」
「嘘…。私が最後、誘うまで、そんなこと……」
「それは俺が誘おうとしたら、必ず彼が傍にいて誘えなかったって言うか…。ま、俺が近づいただけで怖い顔で見るしさ」
「嘘…。彼、私以外には愛想はいいもの。今だって…」
そこで言葉を切ってスタンリーを見れば、仲良くなったスタッフと何やら楽しそうにジャレあっている。
私は、そんな彼を見て、あんな風に笑えるんだ…なんて変なことを考えた。
スタンリーはスタッフの男の子に羽交い絞めにされて、楽しそうに声を上げて笑ってる。
そして自分もやり返したりして…あんな姿を見れば歳相応の男の子に見えた。
歳だって1歳くらいしか違わないんだから当たり前なんだけど。
そんな事を考えていると、ライアンが苦笑気味に、
「他の奴には、あんな感じだったけどさ。俺には結構、素っ気なかったよ?きっと気付いてたんだろ?俺とのこと」
「あ…うん…。そう言えば……」
「だからじゃない?まあ、でも最近は、そんな事もなかったけど。俺がに振られたの知ってるのかな」
ライアンは笑いながら、そう言ってたけど、私はドキっとした。
そう…スタンリーは知ってる。
だって…あの夜、ライアンに、"やり直せない"と伝えた日、私はスタンリーに電話してその事を言ったから…
「ま、だから彼はナイトくんみたいなもんだろ?に変な虫でもつかないよう見張ってるのかもな?デビッドだって冷たくあしらわれてたし」
「そ、そんな事ないわよ…。きっとテリーから、そう言われてるだけで…」
「ふ〜ん。スタンリーって、元モデルだろ?俺、彼の広告とか見た事あるけど、めちゃくちゃカッコ良かったよ?」
「そう…なの?」
「ああ、俺の好きなブランドのモデルもやってた事あってさ。彼、似合うんだよなぁ、そこのスーツ。それ見てつい買っちゃった事あったっけ」
ライアンは笑いながらシャンパングラスを口に運んで肩を竦めている。
「私…スタンリーのスーツ姿なんて見た事ないわ…?いつもジーンズに上は、あんな感じで重ね着してるし……」
「ああ、でも何気にお洒落じゃん。やっぱ、その辺モデルって感じだよな?アクセサリーとか、さりげないとこがカッコいいし。
俺、と一緒に彼がスタジオ来た時、驚いたしなぁ…。どっかで見た事あるな〜なんて思っててさ。
家で雑誌とか片付けてた時に、古い雑誌に載ってて、それ見て、あれ?って感じで」
「そうなんだ…。私、モデルの時の彼は見た事がないの…。雑誌だってメンズは買わないし…」
「ああ、そっか。でもCMとかでも出てたし街中のでかい看板とかにも載ってたぞ?」
「そ、そうなの?気付かなかった……」
私は、それを聞いて少し驚いた。
ライアンは呆れ顔で笑いながら。「ほんとは、そういうの疎いよなぁ?」なんて言って来て思わず顔が赤くなる。
「おっと…噂をすれば、こっちに気付いたみたいだ。俺は睨まれたくないから退散するよ」
「え?あ…ライアン…?」
見ればスタンリーが今までジャレていたスタッフに手を振って、こっちに歩いて来るのが見えた。
顔が何気に少し怖い気がして、ライアンに傍にいて欲しいと思ったが、
「またプロモーションの時にな?」
と言って他の共演者たちの方に歩いて行ってしまった。
(もう…ライアンが変なこと言うから意識しちゃうじゃない…)
そんな事を思ってると後ろから、ポンっと肩を叩かれた。
「お疲れ」
「あ…スタンリィ…。どこ行ってたの…?スタジオ来て、すぐ、どっか行っちゃったでしょ…?」
なるべく普通に振り向いて、そう言うとスタンリーはテーブルの上に並んでいるビールを取って、それを一口飲んでいる。
「さっき事務所から電話で次の仕事の打ち合わせ。外で電話してたんだ」
「そ、そう…。次の仕事って……?」
「何作かオファー来てるから、その話。オフが終わったら事務所に行って自身が決めろよ」
「え……私が……?」
「ああ、そう言っておいたから」
「言っておいたって……。でも今まではテリーが……」
「何だよ。お前、自分で作品選びたくないの?」
スタンリーはそう言って私を見た。
その真っ直ぐな瞳に少しドキっとしたが軽く首を振る。
「選びたいわ…?でもテリーが、まだ早いって言って、いつも彼女が選んでたから…」
「ああ…。でも今度から彼女に選ばせたらどうですか?って言ったら、それもいいわねってさ」
それを聞いて私は驚いて顔を上げた。
「スタンリーが…言ってくれたの……?」
「え?ああ…。まあ……。だっても、そろそろ自分で選びたいんじゃないかって思ってさ。余計だったか?」
「う、ううん…。そんな事ない…凄く嬉しい……」
「そう?なら、いいじゃん。自分で選べよ」
スタンリーは相変わらず、素っ気ない口調だったが、私は胸が熱くなった。
(私の気持ちに気付いて…、あのテリーに口添えしてくれたなんて…)
「で……彼と何話してたわけ?」
「……え?」
「ライアン・フィリップ氏と」
「………………」
突然、ライアンの事を持ち出され、ドキっとした。
「べ、別に……お疲れさまって感じで…」
「もう何ともないのか?ちゃんと断ったんだろ?」
「うん…。もう大丈夫よ?それに元々友達だし……」
「ふ〜ん。なら、いいけど。は隙があるから気を付けろよ?」
「な…何よ…それ」
私が口を尖らせ、彼を見上げると、スタンリーはチラっと私を見て、ちょっと笑った。
「は優しい兄貴達に囲まれてるから、あまり男に対して警戒心ってものがないんだよ」
「……え?」
「一度、仲良くなった奴には特に心を許して素直に甘えたりするだろ?」
「私は甘えてなんか…」
「自分では、そう思ってなくても周りが放っておかないだろ?何かするにも、いちいち手を貸してくれたりした事なかった?」
「………………」
(そ、そう言えば……そんな事もあったような…)
私は今までの撮影中の事を思い出し、何度か頼んでもいないのに手を貸されたりした事があったと思い出した。
そんな私を見てスタンリーは苦笑すると、
「ほらな?は天性の甘えん坊なんだよ。気付かないうちに周りが守ってやらなきゃなんて思わせる」
「……………っ」
スタンリーに、そんな事を言われて顔が赤くなった。
気付かれないように顔を反らせば、彼も気にしない風に言葉を続ける。
「だから無防備すぎってこと。現にデビッドだってのこと狙ってたんだから…少し気をつけろよ?って聞いてんの?」
「え?あ………き、聞いてるわよ…。気をつければいいんでしょ?気をつければ…っ」
「そういう事。少しは男の裏の顔も見れよな?」
「な、何よ、裏の顔って……」
「優しい男だけじゃないってこと」
スタンリーは、そう言って私の腕をグイっと引っ張り、自分の方に寄せた。
「な…何?!」
私が驚いて彼を見上げると、スタンリーはポケットから時計を出した。
「これ、返すよ」
「あ……」
それは彼が私にくれたクリスマスプレゼントの時計で、スタンリーは、そう言って私の手首に、その時計をつけてくれている。
それだけで顔が熱くなり、つい俯いてしまう。
スタンリーは時計をつけ終わると、そのまま時間を確認して、「もう帰るか?」と聞いてきた。
「え?でも……。まだ皆、飲んでるよ?」
「皆に付き合ってたら朝になっちまう。だって今日は、かなり飲んだだろ?」
「うん…。でも…スタンリーは?」
「俺?俺は、このビールだけ。あとは…」
「レモンペリエ?」
「そう」
私の言葉にスタンリーは、ちょっと笑うと、「だから運転は出来るよ?」と、おどけたように肩を竦めた。
「スタンリーは…真面目なのね…」
「………は?」
「だって…いつも車の時はアルコールとらないじゃない…」
「そりゃ仕事だからね。俺が酔って運転出来なくなったら誰がを送るんだよ」
スタンリーは呆れた顔で私の顔を見た。
私は軽く息をつくと、
「そんなのタクシーにでも何でも乗せればいいでしょ?前の付き人の子は、そういう時もあったわ?」
「はぁ?それで付き人なの?何だよ、それ」
「そう言う時もあるじゃない。こんな打ち上げの時は付き人だって飲まされるし……」
「俺は上手く断ったよ?普通、そういうもんじゃないの?テリーさんだって、そうやって指導してたと思うけど」
「でも…テリーが見てないとこだとハメを外したりするもの。でもスタンリーは、そういう事ないし…」
「だから仕事だからだよ。別に真面目だからじゃない。俺だって普段の時はハメくらい外してる」
「そうなの…?」
「ああ。仲間と騒いでバカやることもあるしね。そんなもんだろ?」
スタンリーは、そう言うとビールを置いて軽く伸びをした。
「さて、と。どうする?帰る?それとも残る?どうせ、この後、その辺に飲みに出るだろ?皆」
「あ…そっか………。それも辛いし…帰ろうかな…」
「じゃあ、送る」
スタンリーは、そう言うと私のコートとショールを持ってきて自分もジャケットを羽織った。
そこに共演者のアニスが歩いて来た。
「あら?、帰るの?」
「あ、アニス。ちょっと先に帰るわ?このまま皆と飲んでたら朝になっちゃう。そしたら怒られちゃうし…」
「ああ、お兄さん達?」
「ええ。今日は打ち上げだって知ってるから…」
私が笑いながら、肩を竦めると、アニスは少し複雑な表情で目を伏せた。
「あの……お兄さん…元気?」
「え?お兄さんって…どの……?皆、元気だけど……」
私は首を傾げて彼女を見ると、アニスは不意に顔を上げた。
「あ、あの、だから……二番目の……」
「え……?あ…オーリー?オーリーなら元気だよ?今日からロケだって言ってた。でも…何で?アニス、オーリーと知り合い?」
そんな事は初耳だと、少し驚きながら、そう聞けばアニスは困ったように微笑んだ。
「もう撮影も終ったから言うけど…。私とオーランドと…最近まで付き合ってたの……」
「え……っっ?!」
彼女の言葉に、かなり驚いた。後ろで待ってるスタンリーも何だかビックリしたような顔。
「つ、付き合ってたって……。え?ほんとに……?」
「ええ。内緒にしてて……ごめんね?なかなか言い出せなくて……」
「え…で、でもオーリーには、この前まで彼女がいて…クリスマスイヴに………確か振られた…えぇ?!」
そこで、さっきデビッドが言ってた事を思い出した。
アニスとデニスが付き合い始めたって…。しかもクリスマス前くらいにって……
そしてオーリーはクリスマスイヴに彼女に新しい恋人が出来たって言われて……嘘……そ、それが……
「それ……私のことよ……?」
アニスは驚いて固まってる私に申し訳なさそうに、そう呟いた…。
「はぁ〜ほんと驚いた……」
私はアニスから聞いた話が未だ信じられなくて溜息をついた。
スタンリーは運転しながら、ちょっと苦笑している。
「まあ……そういう事もあるんじゃない?俺も驚いたけど」
「だって……あんなに一緒にいたのに気付きもしなかったし…」
「ま、アニスも辛かったんだろ?妹にばかり気をとられてる恋人じゃ嫌にもなるかもな」
「……………」
スタンリーに、そう言われて私はドキっとした。
先ほどライアンに言われた事を思い出したのだ。
私にばかり構って、オーリーみたいに恋人に振られたりって…レオやジョシュ、リジィにもあったのかな……
でも……それも、そのうちなくなって…皆は本当に愛せる人を見つけるんだろうか…その時は私の事なんて二の次になっちゃうのかな……
"兄貴達は、恋人と違うだろ?彼らだって恋人が出来て結婚だって考え出したら妹のお守なんてしてくれなくなるぞ?"
そう……皆は別に私の恋人じゃない…。血の繋がりはなくても、お兄さんなんだ。
だから皆に、そういう女性が現れれば……私から離れて行ってしまうかもしれない……
そう思ったら凄く怖くなった。
こんな風に思ったのも怖くなったのも初めてのことだった。
「どうした?…具合でも悪いのか?」
「……ううん…大丈夫…」
「そう?もうすぐ着くからさ」
スタンリーは、そう言って少しスピードをあげると、すぐに家の門が見えてくる。
そのまま車を中に入れて、エントランス前に停車させると、私の顔を覗き込んできた。
「ほら、ついたぞ?」
「………………」
「どうした?」
私は黙ったまま動けずにいた。
何だか今は帰りたくない……
「スタンリィ……」
「何だよ…。大丈夫か?」
「あなたの仕事は、ここまでよね…?」
「え?」
私がそう言って彼を見ると、スタンリーは少し驚いている。
「何の話?」
「だから……私を家まで送り届けたんだから、もう仕事は終わりでしょ?」
「ああ…まあ…な…。だから?」
「じゃあ、今から付き合ってくれる?」
「………付き合うって……どこに?」
「ここの近くのバー。ちょっと飲み足りないの」
「はぁ?まだ飲む気?」
「そんなに飲んでないもの。お願い、一杯でいいから」
私がそう言ってスタンリーの服を引っ張ると、彼は少しの間黙っていたが、そのうち軽く息をついた。
「じゃあ……ほんとに一杯だけだぞ?」
「ほんと?いいの?」
「ああ…。でも一杯だけ。分かった?」
「うん。分かった」
「で……そのバーってのは歩いて行けるわけ?」
「うん、ビバリーヒルズホテルの最上階だもの」
「…………ああ…知ってる。じゃあ、行くぞ?」
スタンリーはドアを開けて外に出ると煙草を咥えながら、サッサと歩いて行ってしまう。
それには私も慌てて降りて後を追い掛けた。
「ま、待ってよ……」
「早くしろよ。パっと行って、すぐ帰って来るからな?」
「そ、そんな急がなくたって…。まだ11時だよ?」
「は明日、オフかもしれないけど、俺は仕事なの。OK?」
「あ……そう…なの…?」
「ああ。他にも仕事があるんだ。最近入った新人女優に明日テリ−さんと一緒に同行する」
「え?新人女優って……ミシェル?」
「ああ、そんな名前だったっけ」
スタンリーは、さして興味もなさげに頷くと煙草の煙を吹かしている。
だけど私は少し嫌な気分だった。
そのまま二人で裏門から抜け出すと、近くのビバリーヒルズホテルの最上階へと向かった。
「じゃ…お疲れさん」
「あ、ありがと…」
二人で夜景の見える席に座りグラスを持ち上げ乾杯すると、スタンリーは一口飲んで
「は〜仕事の後のワインは美味しい…」
なんて呟いている。
そんな彼をチラっと見て、そう言えば二人きりで、こんな場所で飲むのなんて初めてだ…と気付き、少しドキッとした。
いつもは家で皆で飲む時に彼も加わったりしてるだけで、こうして肩を並べてゆっくり飲んだ事がない。
「スタンリーは…お酒強いよね」
「え?ああ、まあ弱くはないけど…。も強いだろ?」
「そんな事は…」
「今日だってシャンパン結構、飲んでたのに酔ってないみたいだし?」
スタンリーは、そう言ってクスクス笑っている。
私は何も言い返せなかった。
実のとこ、打ち上げで、かなりシャンパンを飲んでいて多少はフワフワした感じくらいには酔っている。
でも、そんな事がバレたら、こうして飲みに行くのすら付き合ってくれなさそうで平気なフリをして見せたのだ。
このくらいの酔いがなければ、さっきだって誘えなかったに違いない。
「あ、あの……」
「ん?」
「さっきの話だけど……」
「さっき?」
「だから…ミシェルの仕事についていくって」
「ああ…。さっき電話した時、そう言われて」
「どうしてスタンリーが行くの?新人にはテリーが暫くつくのに…」
「テリーさんは今、かなり抱えてんだよ。だから俺とかが手が開いた時に手伝えるように顔見せみたいなもんじゃない?」
「そ、そう…。じゃ…私の仕事がない時とかは、彼女につくってこと?」
「そうなるかもね。まだ、そう言われたわけじゃないけどさ」
スタンリーは呑気に、そう言うと煙草に火をつけながら私を見た。
「早く飲めよ?」
「の、飲んでるわよ…」
(何よ…そんな早く帰りたいみたいに言わなくても…)
私は少し頭に来てワインを口に運んだ。
その時、スタンリーの携帯が鳴り出し、彼は慌てて取り出すと通話ボタンを押して立ち上がった。
「ちょっと悪い。 ――Hello?ああ、ケイト?久し振り!」
スタンリーは何だか嬉しそうな声を出して、バーの外に歩いて行ってしまった。
む…ケイトって誰よ…またモデル時代の友達?
あんな嬉しそうな声なんて出しちゃって…私には見せたことないくらいの笑顔…
「何だかムカつく…」
少し口を尖らせ、そう呟くと、私はグラスワインを一気に飲み干し、スタンリーが戻ってくる前に、もう一杯追加した。
(いいもん、一杯なんてやめやめ!こうなったら飲んでやるんだから…っ)
何だかイライラしながら私はワインをグビグビ飲みだし、一人でいい気分になってきた。
ほろ酔いの時にワインを一気すれば、さらに酔うのは当たり前で、それでも二杯目も飲み干し、もう一杯追加する。
それでもスタンリーは戻って来ない。
「いったい、いつまで話してるのよ…。男の長電話なんて嫌われるんだから…」
一人チーズまで注文して夜景を見ながらブツブツ文句を言った。
何だか心の中に不安が押し寄せていた。
それはライアンに言われた言葉だったり、アニスの件だったり、色々な事が重なって訳も分からず不安を感じていた。
だから…スタンリーに聞いて欲しいなんて、ガラにもなく思ったのに。
スタンリーはスタンリーで、明日は新人女優の付き人をするっていうし、
今だって見知らぬ女から電話でイソイソと行ってしまい、私は何だか、よく分からない感情でイライラするばかりだ。
「はぁ……最低……」
そう呟いた時、突然、後頭部にゴチンっと固いものが当たった。
「何してんだ?お前…」
「ス、スタンリー?い、痛いじゃないの……っ」
いつの間にか戻って来てたスタンリーは持ってた携帯で私の頭を小突いたらしい。
その痛みに顔を顰めたが、スタンリーは目の前に並んでいるチーズのお皿と私のグラスを見て顔を顰めた。
「……それ何杯目……?」
「一杯目だけど?」
ケロっと答えると、スタンリーは隣にドサっと座って、
「嘘つけっ。さっきより量が多いぞ?追加しただろ」
と怖い顔で私を見ている。
「だってスタンリーが遅いから暇だったのよ。いいじゃない、少しくらい」
「それは悪かったけど…。はぁ〜…ったく…じゃあ、それ飲んだら帰るぞ?」
「えぇ?チーズも頼んじゃったのに…。スタンリーも、もう一杯くらい付き合ってよ。そしたら帰る」
何だか、こんな風に男の人に我がままを言ったのは初めてで、それは酔ってるから出来たんだけど、自分でも少し変な感じだった。
チラっとスタンリーを見れば、何だか本気で呆れたのか軽く息をついている。
そんな彼を見て、ちょっとドキっとした。
だが、不意にスタンリーは、プっと噴出し前髪をかきあげながら楽しそうに笑い出した。
「あははは……酔っ払いのって初めて見たよ…。あはははは…っ」
「な…何よ…。酔ってなんか…」
「酔ってるよ。ちょっと頬が赤いぞ?」
スタンリーは、そう言って私の髪をクシャクシャっとすると自分のグラスを空けてボーイに追加注文している。
「…スタンリー?」
怒られるかと思ったのに、と拍子抜けして彼を見ると、
「もう一杯だけ付き合ってやるよ。でも、これで最後だ。分かったかな?我がままお姫様」
と言って私の額を軽く小突いてきた。
その彼の行動と笑顔にドキっとする。
「わ…分かったわよ……」
彼から視線を反らして、口を尖らせば隣で、まだクスクス笑っている。
(何よ…以外に笑い上戸なわけ?)
「何、笑ってるの……?」
「え?いや、だってさ……。って普段、あまり我がままとか言わないだろ?」
「そ、そんなことは…。スタンリーだって最初は私のこと我がままな女だって思ってたって言ってたじゃない」
「そうだけど…それは謝っただろ?今じゃ素直でいい子だな〜って思ってるよ…あはははっ」
(ぬ…そんなこと思ってもいないくせに!…今のは絶対に嫌味だわ…っ)
「だ、だからって何がおかしいの?私が我がまま言ったら、そんなに面白い?」
「え?いや………。何だか可愛いな〜って思ってさ」
「………………っっ」
一気に顔が熱くなった。
というよりも固まってしまって何も言い返せない。
「?どうした?あ〜ワイン飲みすぎたんだろ……顔、さっきより赤いぞ?」
「だ…大丈夫よ……っ」
そう言うと少しフワフワした視界にスタンリーの奇麗な顔が見えて、私は驚いてソファーのシートに背中をつけた。
「な…何よ……」
「何、怒ってんだよ?」
「べ…別に怒ってないわ…?」
「そう?ああ、さっきほったらかしたから?仕方ないだろ?久し振りにかけてきた子だからさ」
「ふーん。またモデルの頃の仲間?」
「ああ、そうそう。彼女、モデルから女優に転向するらしくてさ。俺の仕事がこんなんだから少し話聞きたいって…って何口尖らせてんの?」
スタンリーの言葉に、私は慌てて手で口を抑えた。
「あははは…何だよ?変だぞ?今日の」
「別に変なわけじゃ……。そういうスタンリーの方がすごーく変だけど?」
「は?何が?」
「何がって…。よく笑うし……」
「何だよ、それ。俺だって仕事終れば普通に笑うけど?」
「じゃあ、いつもは仕事だからムスーっとしてるんですか?」
「そんなつもりはないけど…。ヘラヘラしてやる仕事じゃないだろ?」
まともな答えが返ってきて私は言葉につまってしまった。
はぁ…何だか私が酔っ払って彼に絡んでるみたい……って、そのままなんだけど。
何だか今日は…ううん、今は何でも言える気がしちゃう。だって……いつもより少しだけスタンリーが優しい気がするから……
「あ…あの…」
「ん?」
「これ………どうして私に……?」
「え?」
私は腕時計を見せて、スタンリーを見た。
すると彼は視線を反らして、
「どうしてってクリスマスだったし?」
と途端に普段の彼に戻り、素っ気無く答える。
それには私も困ってしまった。
するとスタンリーが不意に私を見た。
「じゃあ俺からも聞くけど…。これ、何で俺に?」
「え?あ……」
スタンリーは私のあげたジッポを手にしてニヤっと笑った。
「そ、それは、だから…クリスマスだったから…」
「俺と同じじゃん」
「だ、だって…」
「ま、いいけど。サンキュ。助かってるよ」
スタンリーはそう言って、ちょっと笑うと私の頭をポンポンと軽く叩いた。
私は少し照れくさくて視線を反らすとワインを口に運ぶ。
すでに頭なんかボーっとするくらい酔いが回っているけど、そんなの知られたくない。まだ…帰りたくないから。
私はソファーに凭れかかり、チラっとスタンリーを見た。
彼は手の中でジッポを嬉しそうに弄んで、火をつけたり消したりしている。
その炎を見ていると、少し眠くなり、私は、ちょとだけ…と思いながら静かに目を瞑った。
ジョシュ
「はぁ…」
気付けば溜息が出ていて軽く椅子に凭れかかった。
バーボンのロックを口に運び、ゆっくり上がっていく煙草の煙を見ていると少し眠くなってくる。
「そろそろ帰るかな…」
今、僕はホテルのバーで一人で飲んでいた。
買い物に行った後、友人と会い、そのまま食事に行っての帰り道。
ちょっと一人になりたくて、時々来るバーに顔を出したのだ。
今日はもクランクアップだし打ち上げで遅いだろう…
レオも仕事だって言ってたし、オーリーもロケに出発した。
という事は家にはリジーとダンの二人だけかな……
父さんは昨日からニューヨークロケだとかで出かけて行ったけど…あの人、ほんとにバカラのグラスセット見つけられるのかな…
そんな事を思いながら、ちょっとだけ憂鬱になる。
出来ればに見付かる前に買って来て欲しい。それと…憂鬱になる事が、もう一つ……
そう思いながら手の中にある車のキーホルダーを見つめた。
これはの友達のサラに、クリスマスの夜もらったものだ。
アルフレッド・ダンヒルのものでシンプルなデザインがカッコいい。
僕の車に合わせたような色合いで、その辺が凄く考えたのだろうと思わせる。
(これって……どういう意味合いのものなんだろう?)
あの日から、そんな事ばかり考える。
サラから、こんな風にプレゼントをもらったのは、どうやら僕だけのようで、他の皆にさりげなく聞いたが誰も貰った様子はなかった。
という事は……サラは、僕の事を少なからず想ってくれてるって事だろうか……
「まずいよなぁ……」
ふと、そんな言葉が洩れる。
僕は、そんな風に彼女を見た事がなかった。
あくまでの親友として、いい子だなとは思っていたし、彼女の主演ドラマをと一緒に見ていたから最初に会った時はそれなりに嬉しかったりした。
でも……恋愛対象となると……どうなんだろう?
ほんとのとこ、よく分からない。
こんな風に考えているのに、一向に答えが出ない。
サラはの親友だ。
下手に答えなんて出せるわけもないんだけど。
「はぁ……」
出るのは、こんな重苦しい溜息だけだ。
どうしたらいいかな…
僕は来週末にでも海外に旅行に行く事になっている。
今日も、その為の買い物を済ませて手続きもしてきた。
気ままに一人旅なんてオーリーは絶対出来ないなんて豪語してたけど。
行く前に一度…サラに会った方がいいのか、どうか。
でも別に何も好きだとか言われたわけじゃない。
なのに、こっちから連絡するのも躊躇われた。
にも、それとなく探ってみたけど、サラの、その辺の事は知らないようだったから深く追求もしなかったしな…。
まあ、あの子は鈍感だから、サラが上手く隠せば気付かないんだろうけど。
そんな事を思ってると、に会いたくなった。
(そろそろ帰るか…)
時計を見れば12時になるとこだ。
僕は椅子から立ち上がって店から出ようとした。
その時、奥のラウンジに知った顔を見つけて驚き、足を止める。
(あれは……スタンリー?何で、こんなとこに…今日はと打ち上げに出てるんじゃ…)
なんて思いつつ、そっちの方に足を向けると、彼の隣にを見つけた。
「な…何で二人で、こんなとこで…」
一瞬、二人は…なんて思い、ドキっとした。
そして、そのまま二人の方に歩いて行くと、何やらスタンリーが困ったようにを揺さぶってるのが見える。
「スタンリー?」
「え……?あ……っ」
僕が声をかけると、彼はかなり驚いたように立ち上がった。
「、どうしたんだ?今日は打ち上げに出てるんじゃ……」
そう言ってを見ればソファーに凭れたまま、スヤスヤと眠ってしまっている。
「あの…打ち上げから家まで送ったんですけど、一杯だけ飲みたいって行って、ここに…。でも気付けば寝ちゃってて困ってたんです」
スタンリーは本気で困ったように頭をかいて僕を見た。
それを聞いて少しホっとするも、目の前で無防備に寝ているを見て思わず苦笑が洩れる。
「ったく…仕方ないな…。クランクアップして気が緩んだかな…」
「すみません。まさか寝ちゃうほど酔ってるとは思わなくて…」
「ああ、いいよ。、普段は、こんな事ないんだけど…。君には気を許してるみたいだし」
「え…?」
「ああ、ほら。テリーとかって、オババの時は、こんな事なかったしさ」
笑って、そう言うとスタンリーも、ちょっとだけ噴出しそうになっている。
「僕が家まで連れてくから、もういいよ?悪かったね?に付き合ってもらって」
「いえ。じゃあ…俺はここからタクシーで帰ります。ちょっと飲んじゃったんで…車は明日取りに来ますから」
「分かった。気をつけて」
僕がそう言うとスタンリーは軽く会釈をして店を出て行った。
「はぁ…全く…」
苦笑交じりで気持ち良さそうに眠っているを静かに背中におぶる。
するとは小さく動いて自然に首に腕を回してきた。
「おい、…大丈夫か?」
「………ん〜……」
可愛い声で唸るだけで、また寝入ってしまったようだ。
「ったく、もう…」
そんなに、ちょっと笑って、そのまま店を出た。
バーの中に客は少なかったので、そんなに騒がれることもなく抜け出せてホっとする。
エレベーターで下まで行って家に向かって歩き出すと少し冷たい風が吹いてきて酔った体には気持ちがいいくらいだ。
そう言えば…子供の頃も、こうやってをおぶって帰った事があったっけ…。
本当のお母さんに会いたいっ探しに行くって行って家を出たきり戻って来ないから皆で、あちこち探し回った。
結局、は自分の小学校のグランドで一人、佇んでいた。
どこに行っていいのか分からず、自分の知ってる道を歩いたら学校についちゃった…なんて言って泣き出して…
あの時は本気で困って必死に宥めたんだった。
お母さんがいなくても…僕たちがいるだろ?って言って…
でも学校の行事で皆はお母さんが来るのに私だけ誰も来てくれない…って泣くものだから、
あの父さんが女装していく(!)なんて言いだして、皆で必死に止めたんだ。
結局、今度からはエマが行くという事で落ち着いたんだけど…
あれは今、思い出してもゾっとする。
だいたい父さんが女装していって笑われるのはや僕らなのに…
あの人も昔からアホだったんだな……。血の繋がりはないけど、その辺オーリーに、ほんと似てる気がするよ…(!)
そんな事を思い出しながら家に近づいた、その時、ん〜…っと声が聞こえてきてが顔を上げた。
「ジョシュ………」
「え…?起きたのか?」
「ん〜……ここ、どこ……?」
は目を擦ってる様で、そんな仕草まで子供の頃とさして変わらない。
「今は家に向かって歩いてるとこですよ?眠り姫」
ちょっと笑って、そう言うと首に回った腕に力が入った。
どうやら完全に起きたようだ。
「あ…あれ……?スタンリーは……?」
「ああ、彼なら先に帰ったよ?」
「嘘……私……」
「寝ちゃったんだろ?覚えてない?」
「あ……」
僕が笑いながら、そう言うとはギュっと僕の首にしがみついて背中に顔を埋めているようだ。
「思い出した?」
「………ぅん……どうしよう……」
「スタンリーなら別に怒ってなかったけど」
「………ほんと…?呆れてなかった…?」
小さな声で伺うように聞いてくるに僕はちょっとだけ笑った。
「大丈夫だよ。でも今度会ったら謝っておけよ?遅くまでつき合わせたんだから」
「ん……。分かってる…」
「なら、よろしい。ところで…」
「ん……?」
「さっき何で俺だって分かった?そんな酔ってて、しかも寝起きだったのに…普通なら一緒にいたスタンリーだと思うだろ?」
僕はさっき感じた疑問を口にするとが背中から顔を上げた。
「だって…ジョシュの匂いだったから……」
「え?俺の…?」
「うん……。すぐ分かる…。ジョシュの煙草の匂い……」
「ああ…前にも、そんなこと言ってたっけ……」
の言葉にちょっと笑いながら、体を抱えなおす。
「ジョシュ…重くない…?」
「重いわけないだろ?は、もう少し太ったって大丈夫だよ」
そう言って笑うと、は少し息をついて僕の背中に頬を寄せてきた。
「………ねぇ、ジョシュ……」
「ん?」
「………ジョシュは、いつか好きな人が出来たら……家から出ていっちゃう……?」
「…な…何だよ、急に…」
僕は突然、そんな事を言われて本気で驚いた。
だがの声は真剣で、冗談で聞いてるんじゃないと分かる。
「だって…いつか結婚したいくらい好きな人が出来るじゃない…。そしたら…私の事なんて、どうでもよくなるんじゃない…?」
「は…?!」
それには、さっき以上に驚き、思わず歩くのを止めた。
「…どうした?何かあった?」
心配になり、そう聞くとの腕に力が入る。
「………何でもない…。ちょっと…思っただけ…」
「……?」
声が少し震えているようで僕は本当に心配になり、をそっと下ろして振り返った。
するとは瞳に涙を溜めて僕を見上げている。
「どうした…?」
そう聞いても首を振るだけで答えようとせず、そのまま僕に抱きついて来た。
僕はそれ以上、追求せず、強くを抱きしめ頭を撫でてあげる。
が何を心配してるのか気になったが、今は酔ってるし、後で落ち着いた時に聞こうと思った。
だけど何かに不安を感じてるに、安心させる言葉を言いたくて、僕は抱きしめる腕に力を入れた。
「……俺がのこと、どうでもよくなるはずないだろ?」
「ほんと……?」
「ほんと!こーんなに大事に思ってるのに分からない?」
「……でも恋人の方が良くなるんじゃない…いつかは……」
「そんな事ないよ…。俺も…他の皆もないよ……?」
僕がそう言うとはそっと顔を上げて瞳を揺らした。
その表情は子供の頃、見せた顔と同じでちょっとドキっとする。
「皆、を愛してるよ……。それは絶対に変わらない。だから、そんな顔するなよ…」
そう言って優しく額にキスを落とすと、はやっと笑顔を見せてくれた。
その笑顔は初めて僕を見て笑ってくれた時のの面影が、かすかに残っていた――――