ナイトとボディガードとお姫様・前編













その日、我が家のお姫様の一言で………大変な一日になろうとしていた。




「今夜、デートなの」


「「「「えぇ〜っっ?!」」」」




の一言で、皆が一斉に叫んで立ち上がった。
それには朝食を出してくれていたエマも驚いている。

「デ、デ、デートって誰とさ!お、俺のMy Little Girlに手を出そうなんて言う奴は、どこの"たらし"だあ?!」
「うるさい、オーリー!そ、それより、ほんと誰なんだ?」
「何だよ、ジョシュ〜!」
「(オーランドを軽く無視して) 、ほんとなのか?」
「デートって、今日はバレンタインデーだよ?そんな日にデートに誘うなんて……っ」

一斉に皆が話し出し、は驚きのあまり、その後の言葉を言えないまま。

「あ、あの…そんないっペんに聞かれても…」

が、そう言うと皆は青い顔を見合わせ、ここは長男らしくレオが聞けっという二男オーランドの一言で、レオが聞く事になった。

「えっと……デートって……だ、誰と?」

いつも冷静なレオナルドも、この時ばかりは動揺が隠せないらしい。
だがは困ったような顔で息をついた。


「それがほんとのデートじゃなくて・・・今度の映画の宣伝の為に共演者の人とデートをする様子をドキュメンタリーで撮る事になって…」


「「「「は?!企画デート?!!」」」」


その言葉に、またしても皆、声を揃えて驚いた。そこは兄弟、結構、気が合うようだ。
だがレオはすぐに平静を取り戻す。

「何だ…。じゃあスタッフも一緒って事だろ?脅かすな…」
「そうっか!なぁ〜んだ!焦ったよ〜もう〜!スタッフいるなら大丈夫だよね!」
「はぁ…朝から心臓に悪い…」
「しっかし変な企画だよね〜」

皆それぞれ長男から順番に安堵の息をついて椅子に座り始めた。
だが、これまたの言葉に目をむくことになる。



「それが……スタッフはカメラを回す人、一人だけなの」


「「「「はぁ〜?!」」」」





ガタガタン・・・ッッ




今度は勢い良すぎて、それぞれ立ち上がった時に、椅子が後ろにひっくり返ってしまったのだった……















オーランド







「まずいよ、どうする?」
「ああ、まさか、そんな変な企画をOKするとはな…」

イライジャとレオがリビングに移動してコソコソと話をしている。
僕も、それを聞きながら、うんうんと頷いていた。

「ねね、じゃあは自分のスタッフを連れていけないってこと?」
「いや、それはOKらしい。の事務所がスタッフを付き添わせるって事でOK出したらしいぞ?あの、オババ」

レオはそう言って肩を竦めた。
僕はそれを聞いて、

「あ、もしかしてスタンリーくん?」

とポンっと手を打つ。
それにジョシュが頷いた。

「彼なら安心だな…。デートには、ずっとついてくんだろ?」
「そうらしい。相手の俳優のマネージャーも、ついて歩くらしいしな」

レオはそう言って煙草に火をつけた。

「えぇ〜?で、その相手の俳優って誰なのさ!今度の共演者、誰かチェックしてる?」

僕はそう言って皆の顔を見渡した。
だいたいの新作が決まった時、共演者をチェックするのは僕ら兄弟の大事な任務(!)になっている。
すると僕の問いに全員が手を上げた。

「あ、あれ?皆、もうチェック済みなわけ?!」
「当たり前だろ?今回は初めてが自分で仕事を決めたって言うし」
「そうだよ。しかも、また恋愛ものだぞ?!まあ、サスペンスだけど…共演する俳優は恋人役って事だったからな」

レオとジョシュが冷ややかに僕の事を見た。
イライジャは当然って顔で肩を竦めている。

「オーリーはロケでいなかったしね。仕方ないんじゃない?」
「リ、リジィ〜〜!それなら何で俺に電話で知らせてくれないんだよぉ〜!」

「だってオーリー、前の携帯もすぐ壊して今は持ってないじゃん」


「………………」


(そ、それを言われると身も蓋もない……)


「そ、そうだけど!で?!そのの恋人役を射止めたラッキーな男って誰だ?!」


僕は、そこが気になり、皆の顔を見た。
するとレオが煙草の煙を吐き出しつつ、顔を上げる。

「ウォーレン・リードッグだよ。元モデルの…」
「ウォーレン…?ああ!あの人気モデルで、その後に、あのアクション物の大作でハリウッドデビューした…!」
「そう、そいつ。どうやらオーディションで今回の役を射止めたらしいな?」

レオはそう言いながら軽く息をつくと、

「あいつ、業界では手が早いって有名なんだ。だから危ないぞ?」

と付け加えた。

「へぇ、じゃあレオと一緒だねっ♪」 (※言わなきゃいいのに…とは皆の心の声)
「何か言ったか?オーランド……」
「い、いえ!何でも御座いませんです、お兄様!!」
「よろしい。で、どうする?誰が行く?」
「へ?行くって、どこに?」
「バカだなぁ!そのデートを尾行するって事だろ〜?」
「ぬ、リジー!バカって言うな、バカって!」

僕はムっとしつつ、尾行……と聞いて驚いた。

「え?び、尾行するの?」
「だって心配だろ?オーリーは撮影があってダメか?」
「え?僕、今日は夕方までだよ?」
「なら参加しろ。リジーは夜中まで撮影か?」
「う〜ん……そうなんだよねぇ…」
「じゃあ連絡は入れるから心配するな。で、ジョシュは当然、行くだろ?」
「ああ、行くよ」

ジョシュは一人旅に出てたクセにバレンタインに合わせて一度戻って来たんだ。
きっとにプレゼントをあげる為だろう。どこかの国の珍しいダイヤを持って帰って来てた。
それを聞いて僕らでへのプレゼントを決めたんだ。
僕はレオが次々に計画を進めていくのを聞きながら、自分のプレゼントは、いつ渡そうかと考えていた。

「おい、オーリー!聞いてるのか?」
「え…え?な、何?何?」
「ったく…ちゃんと聞いておけよ・・・。とりあえず!先行はオーリーとジョシュな。俺は撮影があるから途中で合流する」
「わ、分かったよ!任せといて!」
「はぁ…オーリーと一緒かよ…」
「ぬ!ジョシュ!何か問題でも?!」
「大問題だろ?大騒ぎして見付かるのだけは勘弁しろよ…?」
「わ、分かってるよ!そんな溜息つくな!」

僕はウンザリしたようなジョシュを見てムっとした。
その時、チャイムが鳴り、一斉に皆で顔を見合わせる。

「スタンリーくんだ!彼に夜のデート企画のスケジュールを聞こう!」

僕がそう言うと皆も頷いた。
なので僕は速攻で彼を呼びに行き、家の中へ引き入れる。
いきなり兄全員が揃っているリビングに連れてこられて、スタンリーは驚いた顔。


「あ、あの…は…」
「ああ、今、部屋で用意してるよ。それより今夜のイベントの事だけど…」
「え?ああ…あの企画ですか…」


レオの言葉にスタンリーが少しだけ顔を顰めた。

「映画会社と提携してるテレビ番組の企画なんです。公開時に宣伝として放送するのを今日撮るとかで」
「そうなんだ!誰だ、そんな、下らない企画立てた奴は!」

僕がそう怒鳴るとスタンリーは苦笑気味に肩を竦めた。

「製作側ですよ。前にも、似たような企画をして話題になったから今回もって」
「ふーん。で、デートって、ほんとに普通にデートするのか?」

レオは、その辺が心配のようだ。

「はい。まあ…ショッピングしたり、食事したり、最後は、どこかのバーで二人で楽しそうに飲んでるとこをドキュメンタリー風に撮るんです。多分、撮影で使う店や場所ばかりだと思いますよ?二人がナビしていくんです」
「ああ、そういうの見た事ある!出演する俳優や女優とかが、"ここで、こんなシーンを撮るんだ"とか言う奴だろ?」

僕が張り切って、そう言うと、スタンリーは苦笑しながら頷いた。

「そっかぁ!"ここに来れば、もしかしたら僕らに会えるかもね"なんて言って店とも提携して客寄せするアレか!」
「そうみたいですね。は渋ってたけど、まあ20〜30分ほどのVTRなんで最後にはテリーに押し切られてました」
「ぬ!またしてもオババ!!ったく、ほんとに最悪なことしてくれるよっ」

僕はプリプリ怒りながら、ソファに凭れた。
それには皆も同じ気持ちだったらしく、頷いている。
その時、ジョシュが身を乗り出した。

「で、その撮りには君が?」
「はい。テレビ側のスタッフ一人がカメラを回してついていきます。ほんとは、そのスタッフだけついていくらしんですけど、俺は少し離れながらついていけってテリーさんに言われて…」
「そうか…まあ、なら安心だけど…。その相手役のウォーレンって相当な女好きなんだろ?」

ジョシュが、その事を聞くと、スタンリーも顔を顰めた。

「ええ、俺も前にモデルやってた頃、一緒に仕事した事がありますけど…自分好みの女性のスタッフは全員デートに誘ってたかな…」
「そうなの?うわぁーヤバイよ!この企画利用しての事も口説く気かも…!」
「うるさいぞ、オーリー!ちょっと座ってろ…」
「だってレオ〜!」
「いいから!」
「は〜い…」

お兄様に睨まれ、僕は仕方なく口を閉じた。
するとスタンリーが軽く息をついて僕を見る。

「だからテリーさんもこの企画が出た時に、うちの事務所の者を同行させるって条件付でOKしたみたいです」
「へぇーオババも、そういうとこだけはキッチリ仕事するな…」

ジョシュは感心したように呟いている。
だが僕は騙されないぞ…!元々、こんなデート企画をOKするから悪いんだ!
僕ら家族が心配すると分かってての狼藉か、くらぁ!

「で、場所って、どこなの?」

そこは冷静なレオがスタンリーから詳しい場所と時間を聞き出している。
まあ、尾行するというとこは伏せておいたけど。

「そっか…。じゃあ…悪いけど、君がを守ってくれないか?その男がに手を出さないように」
「はい、分かってます。テリーさんにも、そう言われてますから」
「じゃ、宜しく頼むよ」

レオが澄ました顔で、そう言った時、がリビングに入って来た。

「あれ?スタンリー来てたの…?」
「あ、うん。もう用意出来た?」
「出来たけど…。どうして呼んでくれなかったの?皆で何、コソコソ…」
「い、いや。ほらスタンリーくんには、いつも、お世話になってるし、今度食事でもどうかなって誘ってたんだ!」

僕が慌てて立ち上がり、そう言うと、はキョトンとした顔で僕を見た。

「オーリー、スタンリーをデートに誘ってたの…?」
「え?!ち、ちが…っ。そうじゃなくて…」
「あははは!オーリー彼女に振られたからって今度は男に走ったのかもな〜?!」
「レ、レオ…!」
「はははは!まあ、デートしてやってよ、スタンリー」
「ジョ、ジョシュ…何言って…っ」
「でも僕としては女性の方がいいんですけどね」
「ス、スタンリーくんまで何を…!」
「あははははっ!オーリー、スタンリーにまで振られてやんの〜!」
「ぬ!リジ〜〜〜!!」

皆は大笑いしていたが、だけは本気でとったのか、

「オーリィ…お父さん、悲しむよ…?」

と少し怯えたような(!)顔で僕を見たのが最大のショックだった………













イライジャ






(はぁ〜全くオーリーってば笑わせてくれるよなぁ)

僕はとスタンリーを見送った後、自分も仕事の用意をしてリビングに戻った。
レオも仕事に行く用意をして、今は迎えが来るのを待っているようだ。
何やらメモを見ながらジョシュと話しこんでいるのを見れば、今夜のデートコースのおさらいだろう。

「じゃあ、なるべくやスタンリーに見付からないようにな」
「OK。ま、俺より問題はオーリーだろ?何かあったら、すぐ騒ぎそうだ…」
「まあなぁ…さっきの騒ぎようを見ればな…」

レオが苦笑しながら煙草に火をつけた。

「あ、リジー、仕事行くのか?」

僕がリビングに入っていくと、レオが顔を上げた。

「うん。あれ?オーリー仕事?」
「ああ、夕方には戻ってくるってさ」
「そっか。まあ、ジョシュもオーリーのお守は大変だろうけど頑張ってよ」
「そんな人事だと思って……」

ジョシュはウンザリしたように溜息をついている。まあ、それが正常な反応だろう。
あのオーリーと尾行なんて、騒音を連れて歩いてるようなもんだ。
一番、尾行に適していない人間と言えるだろう。
オーリーに尾行されて気付かない人間がいれば、その人物は、かなりの鈍感だと言える(!)
だけど冷静なジョシュが一緒ってとこで、まだ救いはあるけどね。

「定期的に連絡してね。メールでも電話でも」
「ああ。分かってる。ああ、リジー」
「ん?」
「バレンタインの花束、いつものでいいんだろ?」
「うん、頼むよ。今年は色違いで注文してるんだろ?」
「ああ、夜には届くだろ。エマに頼んである」
「さすがジョシュ。仕事が早いね」

僕は紅茶を飲みながら、そう言うとジョシュは小さく笑っている。
バレンタインは毎年、皆でに花束を送っている。
それと個人で何かしらプレゼントを用意するのだ。
今年はジョシュのお土産を聞いて皆で決めた。
それは帰って来てから渡そうと部屋に隠してある。

でも…ライアンの件が終わったと思えば、今度は女好きな男との共演……また心労が増えそうだ…

僕は、その事を考えながら、軽く溜息をついた。
















、今夜のスケジュールに目を通しておいて」

スタンリーは、そう言ってメモを渡してきた。
そう、今夜のバカげた宣伝企画の撮りだ。

「はぁ…気が重い…」
「仕方ないだろ?これも仕事だ」
「分かってるけど…よく知らない人とデートするのよ?どう接していいのか…」
は女優だろ?演技してればいいんだよ。俺が後からついて行くからさ」

スタンリーはそう言って笑うと、事務所に入って行った。

「おはよう御座います」
「おはよう。ああ、、ちょっと来て」

言った早々テリーに奥の応接コーナーへ呼ばれて今夜の事をクドクド言われた。
多少、相手がベタベタしてきても、それで騒がないで演技しなさいとの事。
スタンリーと同じような事を言われて、私も渋々頷いた。
なるべく楽しそうにしなさいと言うけど…知らない人と楽しそうにデートしろってことじたい変なのよ…
だいたいウォーレンだって顔合わせの時にチラっと話したくらいだし。その時、今度食事でも…なんて言われて驚いた。
会ったばかりでデートに誘う素早さに……私のファンだって言ってたけど、どこかまで本当なのか分からない。
確かに元モデルだけあってカッコいいのはカッコいいんだけど…
タイプ的にはワイルド系で、(さすがアクション映画で人気が出ただけある)身長もスラっとはしてるけど体格がいい。
顔立ちは何となくコリン・ファレルを連想させる濃い目の感じ…
という事は私の好みでも何でもないということだ。(濃い顔、嫌い)(!)
元モデルなら、スタンリーだって、そうだけど……彼はワイルド系と言うよりは、ほんとスラリとしててバランスのいい体つき。
何となくジョシュと体型が似てるかもしれない。身長も同じくらいあるし……
顔はと言えば今時の端整な顔立ちで、目もスっとしてるし、何より奇麗なブロンド…(羨ましい)
そう、ウォーレンタイプより、私は、どっちかと言えばスタンリーの方がカッコいいと思ったり………って、私は何を…!

事務所のスタッフと楽しそうに話しているスタンリーを見ながら私は慌てて今の考えを打ち消した。

確かにカッコいいけど、普段は二重人格だし(今朝だって皆とは楽しそうに話しちゃってっ)皮肉屋だし、何より意地悪で、すぐ人をからかうし!
あんな意地悪な人なんて初めてだ。
確かに………優しいとこもあったりするのは最近になって分かってきたけど……

そう思いながら私は手首につけている腕時計を見た。
スタンリーは私の言った何気ない一言をよく覚えている。
これだって前の映画の撮影時、空き時間に見ていた雑誌に載ってて、

"この新作の時計、可愛いなあ・・・欲しいかも…"

とアニスと話してただけだ。
だからクリスマスに、これをもらった時、凄く驚いた。
アニスと話してた時、スタンリーはスケジュール調整か何かをしてて、隣にはいたけど興味もなさそうだったのに。
なのに、これをくれた……それに仕事中も、そういう事がある。
私が何も言わないのに、欲しいな・・・と思った時に必ず、紅茶を淹れてくれたりして…。
その時、必要だと思ったものを何気なく持ってくる。あの感の良さには毎回、驚くほどだ。
それだけ神経使って気を配ってるって事なんだろうけど……男性なのに凄いなぁとも思う。
彼って他の仕事をしたって成功するんじゃないかな…

そんな事を考えていると、事務所に若い新人女優が入って来た。
その子は、この前テリーと一緒にスタンリーが付き人をしたというミシェルという子だった。

「あ、スタンリーおはよう!」
「やあ、おはよう。今日はオーディションだろ?頑張って」

私は、その会話を聞いて驚いて顔を上げた。

(な…何よ、今の…ずいぶん優しくない?私の時とはえらい違うじゃないの…っ)

何だか驚いたのと聞き間違いかと思って、私はスタンリーの方を見た。
するとミシェルは可愛らしい笑顔で甘い声を出している。

「ありがとう。ね、今日は来てくれないの?」
「あ〜今日、君につくのはテリーさんだよ。俺は他の仕事があるんだ」
「えぇ〜そうなのぅ?つまんない…」

ミシェルは、そう言うと何だかスタンリーの腕なんか引っ張って口を尖らせている。
スタンリーはと言えば何だか苦笑しながら仕事の書類に目を通していて、私は何となく面白くない。

なーによ、デレっとしちゃって(!)(そう見える)
確かにミシェルは可愛いから仕方ないのかもしれないけど、私にはいつも、もっとクールじゃないの。
感じ悪ーい……。

私はむぅっと口を尖らせつつ、紅茶を飲んでいると目の前に座っているテリーが不思議そうな顔をしている。

?どうしたの?この仕事、そんなに気に入らないの?」
「え…え?あ、そ、そんな事ないわ…」
「そう?何だか顔がしかめっ面になってるから。まあ、くだらない企画だけど宣伝にはなるし、彼も今、話題の俳優だからチャンスでしょ?」
「分かってます…」
「ああ、でも彼に誘われても断ってね?彼、女性の扱いは慣れてるし、みたいに世間知らずな子は危ないから」
「わ、分かってるわよ…。でも世間知らずってひどいわ」
「だって、そうでしょう?お兄さん達が甘やかしてるから、男の人は皆、優しいと思ってるかもしれないけど、そうじゃないのよ?」
「それは…」
「彼らみたいな人ばかりじゃないの。一度付き合って飽きたら捨てるような男だっているのよ?お兄さん達が優しいのは家族だからだけど、会ったばかりの男が優しいのは下心があるからなの。優しい男ほど危ないんだから。ほんとの優しさと、そういう優しさを間違えちゃいけないわ?分かった?」

テリーの説教を聞くのは久し振りだった。
私は少しウンザリしながらも、うんうんと頷いていたが、つい、

「男の人が皆、優しいなんて、もう思ってないわ」

と言ってしまった。
それにはテリーも驚いている。

「あら、そう?ライアンので懲りた?」
「ち、違うわ…彼はそんな酷い人じゃ…そうじゃなくて……世の中にはスタンリーみたいな意地悪な人もいるんだって分かっただけ」
「え…?スタンリーが意地悪…?そうかしら」

私の言葉に、テリーは一瞬驚いた顔をしたがクスクス笑い出した。

「意地悪よ?いつも素っ気無いし態度も悪いし…最悪」
「そんな事ないわよ。他のスタッフからだって人気もあるし、この前ミシェルの仕事に連れて行ったら彼女すっかり気に入っちゃって、彼を付き人にしてって私に言ってきたくらいだもの。凄く気が利くし優しいからってね」
「え…?」

その話を聞いてドキっとした。
スタンリーが、ミシェルに、そんな風に接した事と、それに彼女がスタンリーを付き人に望んでると言う事。
よく分からない感情が込み上げてきて、何だか胸が苦しくなった。

?どうしたの?」
「え?あ…ううん…何でもない」
「そう?ああ、そんなにスタンリーと合わないなら、誰か他の人をつけましょうか?」
「え…?」
「私は、まだ新人が他にもいるから手が回らないし、今度スタンリーを正式にのマネージャーにしようと思ってたんだけど…が彼と合わないなら仕事にも支障が出るし、誰か他の人を、また付き人からつけて、それで合うようならマネージャーに…」
「い、いいわ…っ」
「いいって…」
「別に他の人に代えなくていい…。もうスタンリーのやり方で慣れてるし最近は…少しは打ち解けたから…」

私は何だか妙に焦って、つい、そんな言葉が口から出ていた。
テリーも訝しげな顔で私を見ている。

「そう…?ならいいけど…ほんとに大丈夫?」
「ええ…。それに今さら、また知らない人をつけられて、その人のやり方に慣れるのも大変だから…」
「それもそうね。ま、が彼でいいなら、私としても助かるわ?彼の希望でもあるんだし…」
「…え…?」
「ああ、いえ。何でもない。じゃあ今度、正式に彼をあなたのマネージャーにするわ。それでいいのね?」
「う、うん…それでいいわ」
「じゃ社長に話しておくわ。そうなると…ミシェルの付き人は他の人をつけないと…」
「そうしてくれる…?」
「ええ。あ、でも正式にマネージャーになるまでは、の仕事がない時は彼女にスタンリーをつけることもあるわ」
「え?そうなの?」
「ええ、人材を探すのも大変なの。だから見付かるまでは仕事の出来るスタンリーをつけることもあると思うから。いい?」
「う、うん。それは…いいけど」
「そう、じゃあ、そうするわ。あ、それと今から取材でしょ?そろそろ行きなさい…って、言うまでもないわね。スタンリーが来たわ?」
「え?」

テリーの言葉に顔を上げると、スタンリーが歩いて来た。

、取材行くぞ?」
「あ…うん…」
「あ、スタンリー。今夜の企画、頼むわね」
「はい。分かってます」

テリーの言葉に頷いてスタンリーは私のバッグを持った。

「ほら早く」
「わ、分かってるわよ…」

私は慌ててコートを羽織ると、テリーに行って来ますと言ってスタンリーの後を追いかけた。
その際に、ミシェルが笑顔で、

さん、行ってらっしゃい。スタンリーも頑張ってねっ」

と声をかけてくる。
私は笑顔で頷いたが、スタンリーまで優しい笑顔なんて見せてて、また驚いた。
スタンリーは、そのまま駐車場まで行くと、車のドアを開けてくれて、私は先に乗り込んだ。
彼もすぐに運転席へ乗り込むとエンジンをかける。

「シートベルト」
「え?」
「シートベルト忘れてる」
「あ…」

そう言われて私はすぐにシートベルトをした。
すると、すぐに車を発車させる。

「午後までビッシリ取材入ってるからな」
「そう…」
「それが終わると企画デートだから」
「うん……」
「最初だけ映画会社のスタッフと打ち合わせする為に会う事になってるからな」
「うん…」

窓の外を見ながら返事だけしていると、不意に頭に手が乗せられドキっとした。

「どうした?元気ないけど…具合でも悪い?」
「え?そ、そんな事ない…」
「そうか?何か変だぞ?」

スタンリーは運転に集中しながらもチラチラと私の方を見ている。

「何でもないってば」

私はそう言って顔を反らすと、スタンリーも、それ以上、何も聞いては来なかった。






その後からは本当に取材づくしで、色々な雑誌社からのインタビューを受けていった。
午後にはランチをとりながらの取材で、それは夕方までビッシリ続いた。

はぁ…何だか同じ事ばかり、ずーっと答えてるし疲れてきた…
今度、公開される映画のこと、次に決まった映画のこと、そして最後には必ず家族のことや、プライベートな事を聞かれる。

「最近まで各国にプロモーションに行ってましたが、一緒に行動していたデビッドとは仲がいいと聞きましたが…」
「仲が…ですか?別に普通ですよ。あの時の共演者とは皆、仲がいいです」

最後のインタビューで、そんな事を聞かれて、私はウンザリしつつも笑顔で答えた。
すると、そのインタビュアーは意味深な笑顔で、

「そうですか?聞いたところによるとデビッドは、あなたに好意を持ってるとか…本当ですか?」
「それは…光栄ですけど…。そんなのは噂じゃないですか?」

内心ドキっとしたが、私は顔に出さず笑って誤魔化す。
だが記者は引き下がらずに、また質問してくる。

「本当に噂ですか?デビッドが、あなたのファンだという事は、ご存知?」
「え?ああ…それは最初に聞きました。嬉しいですけど、それは特別な感情じゃないと思うわ」

私がそう言うと、記者は、まだ聞きたそうな顔をしたが、そこに今まで黙って聞いていたスタンリーが止めに入った。

「あの…そろそろ時間なので。ここまでと言う事に」
「あ、はい。ではこの辺で……ありがとう御座いました」

記者は少し残念そうな顔をしたが、ここで、しつこくして今後、取材拒否をされても困ると踏んだのか、素直に立ち上がった。

「それでは、また」
「どうも」

私はソファから立ち上がって、その記者を送り出した。
ドアが閉まった瞬間、ドっと疲れが出て、もう一度ソファに凭れかかる。

「はぁ…疲れた…。それにしても…デビッドのこと、どこから聞いたんだろ…ビックリしちゃった」
「どうせ本人ものファンだって、どっかの雑誌で答えたんだろ。それで勘ぐってきたんだよ」
「そうかぁ…。はぁ…インタビューって、ずーっとやってるとキツイなぁ…」
「同じ話ばっかりだからな。はい、紅茶」
「あ…ありがとう…」

ソファでグッタリしていると、スタンリーがルームサービスでとってくれた紅茶を出してくれた。
こういうとこ、ほんと気が利くなぁって思う。

「それ飲んだら、そろそろ行くぞ?企画デート」
「…うん」

彼の言葉に小さく頷くと、温かい紅茶をそっと口に運ぶ。
スタンリーは隣に座り、何やらスタッフへ電話をかけ始めた。
その横顔をチラっと見ながら、今朝の事を思い出してみる。

ほーんと仕事の時は、あんな顔で笑わないなぁ……でも、それって私と一緒だからかな…。
だってミシェルはスタンリーと仕事して、気は利くし優しいって言ってたみたいだし。
確かに気は利くけど…優しいって何?ミシェルには優しくしたってこと?
私には、いつも素っ気無いのに…それって何だか傷つくんだけど……


「――ではお願いします。はい、じゃあ後で…。 ――って何・・・ジィっと人の顔見ちゃって…」
「え?」


気付けばボーっと彼の顔を見ていたらしい。
電話を終えたスタンリーが変な顔をしながら私を見ている。

「な、何でもない…」
「何だよ。変なやつだな・・・。疲れたか?」
「まあ…ちょっとは…。でも今からデートでしょ?」
「ああ。でも本当のデートじゃない」
「そうだけど……」
「何?ウォーレンと本当のデートでもしてみたいの?」
「は?」

その言葉に驚いて顔を上げると、スタンリーは、いつもの意地悪な顔で私を見ている。

「ま、まさか…。そんなはずないでしょ?」
「ふ〜ん。まあ、あいつはやめておけよ?」
「え?」
「好みの女は必ず手に入れるって豪語してるような奴だからさ。何か言われても軽く無視してろ」
「う、うん…。でもスタンリーは彼のこと知ってるんでしょ?」

私がそう聞くとスタンリーは煙草に火をつけて軽く肩を竦めた。

「まあ…知ってるって言っても何度か一緒に仕事をしたことがあるだけ。後は時々パーティなんかでも顔を合わせたことがあったけどね」
「そう…そんなに親しくはないの?」
「ああ。一度飲みに行ったくらいかな?その時も可愛いの見つけちゃナンパして家に連れ込んでたけど」
「………スタンリーは…?」
「…俺?」
「ナンパしたわけ?その時、一緒に…」
「まさか。まあ結果的に、その子らと一緒には飲んだけど俺は一人で帰ったよ」
「どうして?可愛かったんでしょ?」
「いくら可愛くてもナンパされて、モデルだからって、ほいほい靡いてくる女は好きじゃないよ」
「ふぅ〜ん……」
「何だよ、その顔。疑ってんの?」

スタンリーは私の頭をクシャっと撫でると苦笑している。

「そんな事はないけど…。じゃあ、どんなのがタイプ?」
「…タイプ?」
「そう。あるんでしょ?タイプくらい…」

私が、そう聞くとスタンリーは、ちょっと笑って煙草を消した。

「俺のタイプ聞いて、どうすんの?」
「べ、別に…。ただ、そこまで言い切るなら、どんな子がいいのかなって……」
「ああ…別に…俺だって可愛いならいいよ」
「はぁ?」
「まあ、尻の軽くないの限定って事で」
「な、何よ、それ。結局、可愛い子がいいんじゃないの」
「まあ………その"可愛い"ってのにも色々意味はあるけどな」
「意味…?」
「そう。あ、それより早く行くぞ。間に合わなくなる」

スタンリーは時計を見てソファから立ち上がると、さっさと荷物を持った。

「ちょ…待ってよ…」

私も慌てて立ち上がると、コートを手に部屋を出た。
そのまま映画会社のスタッフが待つ、ハイランドホテルのラウンジに向かう。

「どうも!今日は宜しくお願いします!」

元気よく挨拶してきたのは、今回の企画担当者のジムという男性。何だかヤケに張り切っている。

「どうぞ、座って下さい」

ジムに勧められて私とスタンリーは向かいのソファに座る。

「えっと今日のデートコースを説明したいんですけど…ちょっとウォーレンが、まだ到着してないもので」

そう言いながら入り口の方に目を向けると、笑顔で立ち上がって手を振っている。
視線をそっちに向けると、何だかビシっとスーツを着込んでサングラスをした男性が少し太めの眼鏡をかけた男性と歩いてくる。
その姿を見て、すぐにウォーレンだと分かった。

「どうも、遅れまして」

ウォーレンと一緒に来た眼鏡の男性は彼のマネージャーのベンだ。
この前の顔合わせの時に紹介された。

「いや、どうぞ座って下さい。今から今夜の説明をしようとしてたんです」

ジムがそう言うとウォーレンはサングラスを外して私に笑顔を見せると、いきなり隣に座ってきた。

「やあ、元気だった?」
「え?え、ええ…」
「今日は宜しくね」

ウォーレンはニッコリ微笑むと何とウインクなんてしてきて、私は顔が引きつりそうになった。
しかもウォーレンは私の後ろに手を回してピッタリと、くっついてくる。
私は反対側に座っているスタンリーに助けを求めるように視線を向けたが、彼は企画の説明を始めたジムの話に聞き入っている様子。
真剣な顔でメモをとっている。

(もう…ほんと、この人慣れ慣れしくて嫌…)

そう思いながら説明を聞いてるフリをしていると、ウォーレンが少し屈んで耳打ちしてきた。

「今夜は本当のデートだと思って来たんだ。凄い楽しみだよ」
「…………ッ(ゾワ)」

(うぅ〜この人の、こういうとこ苦手…!やっぱり、この企画、嫌だって言えば良かった…)

一応引きつりながらも笑顔で返しながら、私はすでに帰りたくて仕方がなくなっていた。
その時、スタンリーが不意に私の方を見て首を傾げてきた。
私がギュっとスタンリーの服の裾を握っているからだろう。
私がチラっと視線で訴えるとスタンリーは何か気づいたようでウォーレンの方をチラっと見ている。
その時、説明を終えたジムがソファから立ち上がった。

「ではデート用の衣装を用意してありますので部屋で着替えて来て下さい」
「え?着替え…?」

私はそれを聞いて驚くと、ジムはニコニコしながら、

「ええ、この企画にあったデート用の衣装ですので」

と言ってエレベーターの方に歩いて行く。
それには困ったが、スタンリーが仕方ないだろ?というような顔で見てくるので私は渋々、ジムについていった。
ジムの用意した部屋でデート用の軽めのドレスに着替えると、待機していたヘアメイクの女性が服装にあったメイクとセットにしてくれる。
何とか、それを終えて廊下に出て歩いて行くとエレベーターホールの方から話し声が聞こえてきた。
こっそり覗けば、そこには、すでに着替え終わったウォーレンとスタンリーが二人で何やら話している。

「しっかし、この前の顔合わせの時は驚いたよ。スタンリーが付き人やってるなんてさぁ〜。何で、いきなり付き人なわけ?」
「別に。モデルも長く続けられないしさ。やめようかなって思ってた時に知り合いの人に今の事務所、紹介されてね」
「へえ〜。でもお前なら俺みたいに俳優だって出来ただろ?」
「俺は、そんな人前で演技したりするの出来ないよ。裏方の方が性に合ってる」
「そうかぁ?もったいないなぁ。ま、でも、あのハリソンファミリーのの付き人なんて、かなり美味しい仕事だよなぁっ」

ウォーレンは、そんな事を言いながらスタンリーの背中をバンっと叩いた。

「俺、一度会ってみたかったから今回の映画のオーディションの話、聞いて、すぐに受けに行ったよ」
「何で?ファンなのか?」
「ああ、可愛いだろ?今、若手女優の中では一番人気だし狙ってる奴って結構いるんだよ。まあ、でも兄貴達が目を光らせてるって噂だし大変そうだな」

ウォーレンはそう言いながら苦笑いを浮かべて、

「お前はどう?毎日一緒なんだろ。もう口説いたのか?」

とスタンリーに聞いている。
それまでの話で、すでに顔が赤くなってた私は、その質問にドキっとした。
するとスタンリーは苦笑しながら、

「俺が口説いて落ちるような子じゃないよ、あの子は。 お前もやめとけ」

なんて言っている。
その言葉に鼓動が早くなった。だがウォーレンは笑いながら肩を竦めた。

「何で?せっかく今夜、落とそうと思ってるのに」

ウォーレンはニヤニヤしながら壁に寄りかかり、スタンリーを見た。
するとスタンリーは急に真剣な顔になる。

「やめろよ。 あの子は、お前が手を出してる女達とは違う」

静かな口調で、そう言って、私はドキっとした。
慌てて顔を引っ込めるとドキドキしている胸を抑える。
その時、ウォーレンの笑い声が聞こえてきた。

「何だよ、それ。女なんて皆、同じだろ?ベッドに連れ込めばさ。一度抱かれれば俺に夢中になるよ」

…な、何なのよ、あいつ…!黙って聞いてれば好き勝手言ってくれちゃって…誰が、あんたなんかに夢中になるもんですかっ
その前にベッドだって行かないわよっ

話を聞いて一人、プリプリ怒っていると、スタンリーの声が聞こえてきてハっとした。

「彼女は、そんな子じゃない。いいから手を出すな」
「な、何だよ。ムキになって…。お前、彼女と何かあるのか…?」
「何もないよ?あるわけないだろ?」

そこは普段の口調に戻っている。
するとウォーレンは小さく笑いながら、

「ああ、何だ。じゃあ彼女のこと好きなのか?」

と言った。
それには今まで以上に鼓動が早くなった。
スタンリーは、その質問に、どう答えるのか聞きたいような聞きたくないような、そんな気分。
そんな気持ちのままドキドキしながら答えを待っていると、スタンリーは笑いながら答えた。


「まさか。彼女とは女優と付き人ってだけだよ」


その言葉に胸の奥が刺されたような痛みが走った。
ウォーレンが何かを言っているのが聞こえるが頭に入ってこない。
その時、肩をポンっと叩かれ、飛び上がった。

さん?どうしたんです?」
「…あ…っ」

振り返ると、そこには不思議そうな顔のジムが立っていた。

「ああ、着替え終わったんですね。凄く奇麗ですよ。さあ行きましょうか」
「は、はい…」

ジムに促され、エレベーターホールの方に行くと、ウォーレンが、さっきの顔とは全く違う俳優の顔を見せて微笑んだ。

「凄く奇麗だよ」
「…どうも」

それだけ言ってエレベーターに乗った。
その際にスタンリーと一瞬だけ目があったが、パっと反らしてしまった。
何だか、まともに彼の顔を見れない。
そのままロビーに下りると、ジムは家庭用のハンディカムをカメラマンを務めるスタッフに渡して撮り方の説明を簡単にしている。
要は私とウォーレンの後ろからついて歩いてカメラを回すだけのようだが、あまり近づきすぎるなと言う事だった。
時々行った店の説明やアップを撮る以外は音声もいらないらしいので、離れて歩くようにと言っている。

「では僕は、ここで待ってますので時間までデートを楽しんで来てください。あ、ファンに見付かったらカメラを止めて対処して下さいね」

そう言って笑顔で私達を送り出した。

「さて、と。では行きましょうか?お姫様」

ウォーレンは、そう言うと私に腕を出してきた。
一瞬躊躇ったが、何だか、どうでもいい気分になり彼の腕に自分の腕を絡める。
するとウォーレンはニッコリ微笑んで歩き出した。
その後からカメラマン、その後ろをスタンリーと、ウォーレンのマネージャーがついてくる。
ホテル前から二人で最初に行く店に向かう。
さすがにウォーレンは目立つようでサングラスをしてはいるが、擦れ違う人が驚いたように振り返っていく。
私の顔を見て、あっと声を出す人もいた。
だが普通に歩いているので、声をかけづらいのか今のところ、近づいてくる人はいない。
見ればウォーレンは嬉しそうに笑いながら、時々私の方を見てくる。

「こうして君と歩けるなんて光栄だよ。君の映画は全部観てるんだ」
「……ありがとう御座います」
「あれ?何だか、よそよそしいなぁ。今夜はデートなんだから、もっと普通に話してよ。ね?」

ウォーレンのファンなら、きっとドキっとするような笑顔で、そう言った。
だけど私は、さっきの話を聞いたせいで何も感じないし、また、それどころじゃない。
チラっと後ろに視線を向けると、後ろの方にスタンリーが見えた。
さっきの彼の言葉を思い出し、また胸が痛む。

どうして、こんなに胸が痛いの?
スタンリーが言った事は事実だ。

"女優と付き人"

(ただ、それだけの関係…他に何があるって言うのよ…)

そう思いながら何とか、さっきの事を頭から追い出そうとした。

(やめやめ!そんな事より、仕事に集中しないと…)

ギュっと目を瞑り、何とか気持ちを切り替えようとした、その時、
ウォーレンと組んでる腕に力が入ってしまい、彼がそれに気がついた。
すると何を勘違いしたのか、組んでた腕を外し、今度は私の肩に腕を回してくる。
一瞬、体を離そうと思ったが、もう面倒になり、どうでもいいとウォーレンに寄り添うようにくっついた。

(どうせ私は女優なんだから…演技くらいしてやるわよ…)

そう思いながらも、やっぱり胸は痛いままだった。













ジョシュ






「お、おいオーリィ…っ。あんまり近寄るなって…っ」
「だ、だってさ、ジョシュ〜〜!見てよ、あれぇ〜!俺の大事な可愛いが、あんなエロ男に肩なんて抱かれてるんだよぉう?!」
「バ、バカ、うるさいよ!もっと声のトーン落とせ!」

僕は慌ててオーリーの口を押えた。
それにはオーリーも渋々頷く。

「ったく!尾行してるのバレるだろ?」
「だぁってっ。あんな風にシャツの胸のボタンを三つも開けてる男だよ?絶対にエロ男に決まってる!仕事をいいことにに、堂々とセクハラしてるんだよっ」

オーリーのエロ男の基準は、まあ置いといて、確かに僕もウォーレンがの肩を抱き寄せているのはムカついた。

今は今朝、皆で話した通り、の企画デートを見張るのに尾行中だ。
まあ、スタンリーやスタッフがいるのだから、ウォーレンだって変な事はしないだろうが万が一って事もある。
それに・・・前に僕の友達の女優が、この企画デートをした事があって、その時は相手の俳優が
彼女と二人きりになるためにスタッフをまいて、どこかへ連れ出そうとしたって話を聞いた事があった。
今朝、この企画デートの事を聞いた時、真っ先に、それを思い出し心配になったのだ。
あのウォーレンって男の噂くらい聞いた事がある。
かなりの女好きで狙った女は必ず落とすと豪語してるような男だ。
そんな男とを会わせるだけでも嫌なのに、こんな変な企画でデートをさせるなんて冗談じゃない。
だけど仕事は仕事だから、頭ごなしに反対するわけにもいかなかったりする。
だから、もしスタッフがまかれてもいいように、こうして尾行しているというわけだ。

だいたい、あんな男と共演なんて最悪だ…レオも今頃心配で撮影どころじゃないかもしれないな…後で留守電に様子を入れておこう。

そう思った瞬間、オーランドが、また変な声をあげた。

「うひゃぁ…っ!み、見てよ、あれっ!今度はの腰に手を回してるよっ?」
「し!オーリー、声が大きいっ!」

そう怒りながらも二人を見ると、何か買い物をするのかハイランド内にある"アンテライラー・ロフト"に入っていく。
このデートは、このハリウッド&ハイランド内でするようだ。
少し離れた場所で店内を見てみると、確かにウォーレンがいやらしい手つきでの腰に手を回しているのが見える。
本当なら今すぐ出て行って、あの男を殴ってやりたい。
オーランドも同じ気持ちなのか握りこぶしを固め、うぬぬ…と唸っている。

「くそぅ・・・あの男、今度別の場所で会ったら文句言ってやるっ」
「……そんな事したらが仕事しづらくなるだろ…?」

僕が溜息交じりで、そう言うとオーランドは、「あ、そっか」と呟き、何か考えている様子。
そして、思いついたのかポンっと手を打って僕を見た。

「そうだ!あいつの事をさり気なくドムに話せばいいんだ!」
「は?何でドムに話すんだよ…。どうせ、また大騒ぎして…」
「だから、それだよ!あいつがに手を出そうとしてると言えば、ドムはきっとウォーレンの全てを探り出し、家のピンポンダッシュから始まり、
イタズラ電話に不幸の手紙、はたまた、あいつの事務所に中傷メールを送りつけ、追い込んでくれるに違いないっ(!)」

オーランドは張り切って説明してくれたが、僕にはオーランドがドムの事を影の兵隊として送り込もうとしているように思えた(!)

「そんな事したら犯罪だろ?ドムの事だ。きっとハンパな嫌がらせじゃ済まないぞ(!)捕まったら、どうするんだよ」

僕が呆れたように、そう言えばオーランドは、チッチッチと指を立てている。

「大丈夫!ドムは、その辺ヘマはしないよ。ピンポンダッシュは、すでにプロの域だし、イタズラ電話は絶対に家からかけない。足がつかないように(!)外からかけるし、メールも外から送りつける。だから大丈夫だっ!」

そう言って胸を張ってるオーランドを見て、僕は思い切り溜息が出た。

って、それ、お前、完全に犯罪者だから…だいたい、ピンポンダッシュのプロの域って何だよ…
その前にそれのプロっているのか?どんな仕事だよ、それ…それに………


「何だか、前にもうやった事があるって感じだな…」


僕が呆れたように、そう言うとオーランドはニカっと笑ってあっさり。

「あるよ」

と答えた(!)

「な…嘘だろ?ドムの奴、そんな事を?!」
「うん。前にさ、に近付いて来た俳優いたじゃん」
「え?どいつ?もう沢山いすぎて覚えてないよ…」
「えっと、ほら〜前にドラマで共演してたサイモンって男だよ」
「あ〜あー!いたいた、そんな奴!そうだ、あいつ堂々と家に来てをデートに誘いに来たとか言ってレオに追い返された奴だ」
「そう!そいつ!その後もしつこくを追い掛け回し、打ち上げでは酔ったフリしてに抱きついて頬にチューなんてしやがってさ!」
「え?それ聞いてないぞ?」
「ああ、俺、そのドラマに友達が出てて、その子に聞いたんだ」
「あ〜…またスパイさせてたってわけだ」
「そ、そんな事は…。ってそれは置いといて!で…!それを聞いて凄いムカついたからドムに何気なく、そいつの事を言ったんだ。
そしたら次の日から、ドムの奴、毎晩のように無言電話かけて、定期的にピンポンダッシュに通い、そいつのファンサイトには女たらしだとか中傷かいて、あげくには不幸の手紙なんて、また古臭いものを送りつづけたんだ」
「す、凄いな、それ……もう立派な犯罪者じゃん…」
「だろぉう?それで、サイモンの奴、どうなったと思う?」
「さあ…警察にでも相談したのか?」
「まあ、それもしたらしいけどドムの凄いところは証拠を一切残さないとこなんだ!だからバレなかった。そしてサイモンは毎晩のようにかかる無言電話と、いつ来るか分からないピンポンダッシュに、とうとう寝不足が続き入院しちゃったんだよね〜」
「………………」


(いや、それって殺人未遂に近いと俺は思うぞ………?)


「…防犯カメラとはつけなかったのか?」
「いや、ついてたらしいよ?」
「な…じゃあ、何でバレなかったんだ?」
「さあ?それはドムが企業秘密(!)だとか言って教えてくれなかった」
「……………俺、あいつ、からかうのやめようかな…」
「え?何で?ドムイジメ面白いじゃん」
「………………」


いや……確かに面白いんだけど(!)ドムに、そこまで追い込まれたくはない…(!)

だがオーランドは、そんな僕の気持ちには気付かず、

「あ、だからさ!ウォーレンの事をドムに言ったら、あいつも破滅するよ?きっと!」

………何故、このバカ兄貴は、そんなに楽しそうなんだ…?
だいたい、そうなる事を知っててドムに言えば、お前も共犯だ、オーランド…

「あ、出てきたよ、ジョシュ!」
「え?」

今の話で少し頭痛がしてきて目頭を抑えていると、不意に肩を叩かれた。

「ほら…。あいつ、に何か買ったらしいな…」
「ああ…。でも、どうせ資金も映画会社から出てるんだろ?」
「くそう〜!また、いやらしく肩なんて抱き寄せて…!石でもぶつけちゃう?!」
「……………」


石をぶつける方が、よっぽど可愛い嫌がらせだ…と思った。

とウォーレンは恋人同士のように寄り添って、今度は食事をするのだろう。
近くの日本料理店に入っていく。
その後からカメラマン、そしてスタンリーと、もう一人眼鏡をかけた男(これはウォーレンのマネージャーだろう)が続く。

「どうする?ジョシュ。俺達も入る?」
「ああ、あそこなら広いし、コッソリ入れば分からないだろ。オーリーが騒がなけりゃ」
「ぬ…分かってるよ〜」

僕の一言にオーランドは口を尖らせ、レストランの方に歩いて行った。
後から僕も続く。

その時、僕の携帯が鳴り、ディスプレイを見ると、そこにはレオナルドの名前が出ていて、僕はすぐに通話ボタンを押した。

「Hello?」
『あ、ジョシュ?どうなってる?』

やはり心配なのか、そう聞いてきて、僕は見たままの事を話した。
そして、さっきのオーランドの"提案"の事も。
するとレオは爆笑しながら、

『それ、いいな!ドムも結構、使えるじゃん。今度からハリソン家の兵隊に任命しようかな』(!)

なんて言っている。

さすがはハリソンファミリーの長男だ。そして伊達にドムをビビらせてないなと思う。
僕は本来、怖いのはレオみたいなタイプだろうと思っていた…(!)

『撮影、もう少しかかりそうなんだ。終わり次第、向かうから頼むよ』
「OK。ほんとウォーレンって奴、ヤバそうだし気をつけておくよ」
『ああ、頼むな』

そこで電話を切って、僕とオーランドもレストランの中に入って行った。
中へ入ると、かなり混んでいて、これなら見付からないだろうとホっとするが、キャップとサングラスだけは外せない。
そこに店員が歩いて来て席へ案内してくれた。

「ねぇ、ジョシュ…達、どこ?」
「ああ、きっと奥の座敷だろうな…ほら前、奥に入れられたろ?」
「ああ、あそこか。じゃあ僕達も、そこの隣とかに入れてもらおう」

オーランドは、そう言って持ち前の人懐こさで店員に交渉し、奥の座敷をゲットした。
さすが、こういう事に関してはオーランドも使えるんだよな。
僕達は、そのまま奥の座敷に移動して入った部屋は、どうやら達のいる座敷の隣だったらしい。
の履いてたヒールが置かれてる事からも分かる。じゃあスタンリーやスタッフは反対側なのかな。

「おい、オーリィ…そんな隣に近づくなって」
「だって会話も聞いておかないとさ!」

小声でそう叫ぶオーランドは隣の座敷の障子に耳をつけて、素晴らしく怪しい。
僕は溜息をつきつつ、煙草に火をつけた。
まあ、いくら何でもウォーレンだって、こんな場所で何かをしようとか思わないだろう。
カメラを持ったスタッフが一人ついてることだしな。

そう思っていると店員が注文を取りに来て、この店メインのしゃぶしゃぶを頼んだ。
しゃぶしゃぶは家族全員、大好物だ。
だが肉をあまり食べないオーランドは他のつみれやら野菜、シーフードなんかを頼んでいる。
全く…尾行ついでに、食事まで楽しんでるようだ。

「ねぇ、ジョシュ。ビールでいい?」
「え?あ、ああ」
「じゃあビール4本と、後でワインもね」
「畏まりました」

オーランドが張り切って注文をしているのを聞いて僕は軽く息をつく。

「おい、オーリー。そんなアルコールとっちゃ尾行にならないだろ?」
「大丈夫だよ〜!その程度じゃ酔っ払わないってばっ」

オーランドは呑気にそう言うと、また障子に耳をつけ隣の会話を聞いている。

「ぬ…何だか楽しそうに笑ってるな、あの男…。キザなことサラサラ言いやがって…」
なら大丈夫だよ。そんな甘い言葉言われたからってフラっとするような子じゃない。心配なのは、あの男が強引に何かしないかって事だけだからな…」

僕がそう言うとオーランドも、納得したように頷いている。

「そうだよね!俺達の天使が、あーんなエロ男にフラっとくるはずがないっ。元モデルだかアクションスターだか知らないけどさ〜」
「そうそう。だから少しは落ち着いて座ってろ」

そう言った時、店員が飲み物や、ちょっとした食べ物を運んできて、オーランドもやっとテーブルについた。

「ではでは今夜の尾行が成功する事を祈りまして〜乾杯〜!」
「バ、バカ、しぃ!」

またしても張り切ってビールを持っているオーランドに、僕は軽い眩暈を感じた。
そこでオーランドも、ごめんごめんと笑いながらビールを飲んで、お腹が空いてたのか、バクバクとサラダを食べ出した。
僕もビールを口に運びながら、軽く食べていると、隣から何だか、あの男の笑い声が聞こえてくる。

「何だか、あいつだけ楽しそうだな」
「そりゃ、そうだよ〜。何て言ったってと一緒に食事してるんだよ?デレ〜っとなるのも仕方ないよ」
「……まあ、なぁ…」
「俺だって、と二人で食事する時は、いーつも鼻の下、こーんなに伸びてるもんねっ」
「……………」

(おい…それ自慢げに言うことか…?)

僕は目の前でニコニコしながらサラダを頬張ってるオーランドを見て、ちょっと半目になってしまった…。

まあ、確かに僕だってと一緒の時は、相当デレデレな兄貴になってる事だろう。
それは皆、同じだ。
レオだって顔に出まくりだし、他の女との扱い方を見ればハッキリ分かる。
以外の女なんてエキストラくらいに思ってるのかもしれない。
この世の中で一番、大切な女の子なんだ。
僕にとっても皆にとっても……それはにも伝わってると思ってたんだけどな…

僕は、ふと、あの夜、が言った事を思い出していた。

"いつか本気で好きな人が出来たら…私なんて、どうでもよくなるんじゃない…?"

は、そう言って泣きそうな顔をした。
あの言葉を聞いて、僕はハッキリ言って凄くショックだったんだ。
も知らずに孤独と戦っていたのかもしれないと思うと、物凄く愛しく感じて強く抱きしめた。
強く抱きしめて壊してしまいそうなほど…

本気で好きな人………?

そんな女、出来ないよ。

そこだけは自分でも何となく気付いていた。今までに何度か付き合った女性がいる。
皆、凄くいい子で好きだと思ったから付き合った。でも結局はダメになるんだ。
やっぱり付き合った女性は、皆、自分が一番になりたがるから……。
僕の中での一番は子供の頃から決まってる。
その代わりは誰にもなれないだろう。
なのには、あんな事を言い出し、不安な顔を見せた。
あの次の日……に、その事を聞こうと思ったけど、何となく言い出せなくて……皆にも言えないまま、僕は旅行に出発した。
でも旅先でも、その事がずっと頭に残っていて、の事が心配で、ちっとも息抜きになんてならかなった。
だからバレンタインを理由にして一度、ロスへ戻って来たんだ。
まさか、こんな尾行する羽目になるとは思わなかったんだけど……

僕は軽く溜息をついて隣に視線を向けた時、そこに能天気な声が聞こえてきた。


「Hey、ジョシュ飲んでるぅ〜?」
「………っ」


オーランドは頬を、ほんのり赤くしながらビールを注いで来て僕は軽く眩暈を感じた。

「あのなぁ、オーランド………お前、今日の目的、分かってる?」
「うんうん分かってるよ〜。に危険があれば助けに出るんだろ?何かあの映画みたいだね〜ほら!"ボディーガード"!まあ、あの俳優よりは俺の方が若くて男前だけどっ」
「……はぁ…」
「ぬっ。何だよ、ジョシュ!その心底呆れてます〜って顔は!」
「ほんとに呆れてるからな…。いいから酒は控えろよ…?」

そう言って僕はビールを取り上げた。
オーランドはぶぅぶぅと文句を言ってたけど放っておく。

最近のは、どこか変だ…。

その事だけが気になっていた。