イライジャ
僕はハリソン家の四男坊でイライジャ・ウッド。
え?何でファミリーネームが違うかって?
まあ、一応、養子ではあるけど、うちの家族は元々の名前をそのまま使ってるんだ。
つまり本当の親がつけてくれた名前を、変えない方がいいっていう父さんの配慮かららしいんだけどね。
そんな事よりも、僕は最近、ほんと参ってるんだ。
何に?って言うと、うちの次男坊で僕の(一応)兄貴(中身は4歳児くらい)、オーランド・ブルームの事なんだけど――――
最近、僕の大切な妹のが、これまた三男坊で兄貴のジョシュ・ハートネットと共演する事が決まったんだ。
それで、あれよあれよと話が進み、もうすぐでクランクインする事になった。
家族の皆は、その兄妹の共演を素直に喜んだんだけど、(ほら共演してればに変な虫がつかないよう見張ってられるしね)
ただ一人、この共演を快く思ってない人物が家族の中にいる。
それが、さっきも話に出た次男坊のオーランド。
この人はとジョシュが共演する事もだけど、二人の設定が恋人同志って事が一番気に入らないらしい。
って言っても、僕が思うに、あれは、ただのヤキモチなんだけどね。
どうせ自分が共演したかったと思ってるに違いない。
そうそう。この前だって僕が仕事で疲れて帰ってきた時―――――
「お疲れさん。また明日な」
「うん、お疲れ〜」
僕はマネージャーに手を振ると、すぐに家の中に入った。
(はぁ〜今日は朝早くから疲れたよ…もうシャワー浴びてすぐ寝よう…)
そう思いつつリビングに顔だけ出そうとドアを開けた。
「あ!!」
ドタドタドタドタ・・・・・・!!!
「うわぁーーーん、リジィィィィ〜〜っっ!!」
「―――っ(ギョ)!!!!」
ドアを開けた瞬間、変な雄たけび、そして襲ってきた奇声に僕は飛び上がってしまった。
そして次にガバーーっと、ウドの大木・・・もといオーランドが、いきなり抱きついてくる。
「リジィィィ!!聞いてよ、ジョシュの奴がぁ〜〜っ!!」
「な、な、何だよ、オーリー!!く、苦しいって…!!」
おいおい泣きながら手加減もなく、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるオーランドに僕は目を白黒させつつ叫んだ。
それにはオーランドも、「あ、ごめん」とアッサリ体を放す。
だが次に涙目になっている捨て犬のような瞳と目が合った。
「ど、どうしたんだよ…。ジョシュが何だって?」
僕はオーリーのせいで乱れた服装を直しつつ思い切り溜息をついた。
するとオーランドが唇を噛み締め、無言のまま、奥を指差している。
そこは、この前完成したばかりのシアタールームだった。
「ジョシュとが、もう、かれこれ一時間は、あそこから出て来ないんだよぉぉう!!」
「はあ?」
「俺が呼びに入っても、"邪魔すんな!"って言って追い出すんだ!リジィィ〜何とかしてよっ!!」
「…………」
瞳をウルウルさせながら鼻水まで出しそうな勢いで僕にすがり付いて訴えてくるオーリーに思わず半目になってしまった。
「はぁ…。それはさ…二人で台詞合わせしてるからだろ…?そりゃ仕方ないよ・・・撮影は来週から始まるんだから」
「で、でも俺だってと一緒にいたいんだ!!仕事して疲れて帰ってきた後の俺の安らぎなんだよぉ、はーーっ!」
「はいはい…それは僕にとっても同じだよ。特に疲れて帰ってきた時はオーリーの奇声じゃなくて、の天使のような可愛い声で"お帰りなさい"って言ってもらいたいよ」
「んな…!酷いよ、リジィ!!俺は奇声なんか出してないぞぉう?!」
「……気づいてないならいいよ…うん」
「ぬっ!」
(はぁ……何で、こうなるんだよ…)
僕は思い切り溜息をついてソファに座った。
チラっと見ればシアタールームのドアは閉まったまま、中の様子は伺う事は出来ない。
このシアタールームは防音完備までされているから、映画を見る以外にも台詞の練習をしたりするのに最適なんだ。
だから二人も、あそこで今度の映画の台詞合わせをしてるんだろうけど、オーリーにしてみればジョシュが自分を仲間外れにしたくらいに思ってるんだろう。
まあ実際、オーリーはいればいたで騒音並みの威力を発するから本当に邪魔なんだろうけど。
でも、おかげで僕はオーリーの愚痴を聞くハメになった。
「…でさぁ〜ジョシュってば本当の恋人みたいにと寄り添ってるんだよ〜?!感じ悪くない?!」
「はいはい、そうだね…(自分だったら見せびらかすクセに)」
「きっと自分がほんとにの恋人になった気分でいるんだよ!絶対そうだ!あのニヤケ顔、リジーにも見せたいよぅ!」
「はいはい。是非、見たいよ、僕も……(オーリーだっての前じゃ十分ニヤケ顔のクセに)」
「俺だってとラブラブチュッチュとしたいってのにさぁ〜!!」
「はいはい、そうだね……(いつもしてるクセに)」
「だいたい、その映画の脚本家もあんまりだよっ!俺にだって刑事の役くらい出来るのにさっ!何もジョシュを抜擢しなくたってさ!」
「はいはい……そうだよね…(オーリーみたいに落ち着きない刑事なんて危なっかしくて仕方ないよ)」
「……………」
(………ん?)
いきなりオーリーの言葉が途切れ、僕は瞑っていた目をゆっくり開けて彼の方へ視線を向けた。
すると、そこにはフグのようにプクーっと頬を膨らませたオーランドの顔……
(いや、オーリィ……何もそこまで見事に膨れなくても・・・ほんと4歳児じゃないんだからさ…)
「もぉーリジーほんとに聞いてる?!そんな適当な返事して誤魔化してない?!」
「………(ドキ)」
「何だよ、何だよ……この気持ち、リジーなら一緒に分かち合ってくれると思ったのにさぁっ」
いや、出来れば分かち合ってもあげたいんだけど……今日の僕は非常に疲れてるんだ……
ってか何で、この人は、こう毎日、毎日色々な愚痴が出て来るんだろう?
二人の共演が決まってから、エブリディ、こんな感じなんだからさ……ははは…(疲)
さすがの僕でもいい加減たまらないんだよ……
――と、まぁ、こんな感じでオーリーの愚痴を聞かされているんだ。
僕が参るのも分かるだろ?だから最近、家に帰るのが怖くなってきたよ。
そりゃ僕だってと共演するジョシュの事は、正直、羨ましいなって思うよ?
でも、遊びじゃなくて仕事なんだから仕方ないし、そのうち僕らにだって共演の話は来ると思うからオーリーほど騒ぎ立てる事はしない。
きっとレオだって同じ事を思ってるよ。
まあ、あのレオも、このオーリーの愚痴攻撃には、さすがに参ったのか家に帰って来るのが遅くなってしまったんだけど。
ああ、きっとまた、どこかの女の人とデートでもしてるのかもね。
父さんなんか新しい恋人が出来たら、また外泊が多くなったし。
だから今のとこ、オーリーの愚痴の犠牲になってるのは僕とエマなんだな…
くそっ。僕も、そろそろ恋人とか作って何日も外泊してやろうかな…
なんて、言っても結局、デートに誘われても面倒で断ってしまうんだけど。
これだからいけないのかもな……
はぁ…父さんに頼んで、"オーリーのお世話係(愚痴聞き係)"でも雇って貰おうかな…(!)
最近の僕の悩みは、もっぱらバカオーリーの事だ。
誰か、あれ(!)をもらって下さい……
僕はハッキリ言って、"お兄ちゃん、譲ります"というポスターを作りたい勢いだった……(!)
「えっ?!キスシーン……ですか?!」
「ええ、そうよ。というかベッドシーンって感じじゃないかしら?」
「………っっ?!」
テリーはにこやかな顔でアッサリと、とんでもない事を口にした。
「ベ、ベッドシーンって……だって最初は、そんなシーン……」
「なかったわよ?でも二人の雰囲気がいいし脚本家が乗り気になっちゃって付け足したの」
「そんな……」
「まあでもベッドシーンって言ったって、どぎついものじゃないし、いいでしょ?」
「……………」
(そんなサラリと言われても……)
そう思いながら黙っていると、テリーの顔が少しだけ怖くなる。
「、これは仕事なのよ?」
「はい……分かってます…」
私は仕方なく、そう言って顔を上げた。
するとテリーは満足げに微笑み、
「じゃあ出来るわね?来週からクランクインなんだし頑張って」
「はい」
渋々ながら返事をすればテリーは満足そうに部屋を出て行った。代わりにスタンリーが顔を出す。
「おい、行くぞ?」
「あ、うん」
私は急いでソファから立ち上がるとバッグを掴んでスタンリーの後からついていった。
エレベーターに乗り込み、駐車場まで下りると、うちの事務所の新人女優が付き人の子と歩いて来る。
「あ、さん、スタンリー!今からですか?」
「ええ、そうなの。ミシェルは?」
「私はこの前のオーディションが受かったんで、これからテリーさんと顔合わせもかねた打ち合わせに行くんです」
「そう。頑張ってね?」
「はい!あ、スタンリー夕べは電話ありがとう!助かっちゃった」
「いや、いいよ」
「………」
(夕べ?電話?何のことよ…)
二人の会話を聞いて私は少しドキっとした。
スタンリーは笑顔でミシェルの頭にポンっと手をおき、
「じゃあ頑張れよ」
なんて言っている。
ミシェルも何だか嬉しそうな笑顔を見せていて、私としては彼女はスタンリーに気があるように見えた。
「ほら、行くぞ?」
「…分かってるわよ」
私には相変わらず素っ気無いスタンリーにムっとしつつ、車に乗り込んだ。
「昼から、監督とキャスト数人でランチを食べつつ打ち合わせがあるからな?」
「……うん」
「その後にジョシュと一緒に取材がフォーシーズンズホテルであるから」
「…ぅん」
「おい、…?」
いきなり頭にポンっと手が乗せられ、ドキっとして顔を上げると、スタンリーが心配そうな顔で私を見ている。
「な、何?」
「どうした?何だか元気ないけど…体調でも悪いのか?」
「そ、そんな事ないよ…?」
「ほんとか?」
「う、うん」
「なら…いいけど……」
私が何とか笑顔を見せると、スタンリーは軽く息をついてエンジンをかけた。
(急に優しい顔なんて見せないで欲しい…)
チラっと横目で彼を見れば普段の顔に戻っている。
だが、さっきのミシェルとの会話が気になり、思い切って聞いてみようかとも思うが、なかなか切り出せない。
そのうちレストランについてしまった。
「思ったより混んでなくて、ちょっと早くついたな?」
「…………」
「…?」
「え…?」
ボーっとしてると名前を呼ばれ、慌てて顔を上げた。
見ればスタンリーが訝しげな顔をしている。
「ほんと大丈夫か?」
「な、何が?」
「何がって…ボーっとしてるし…何かあった?」
スタンリーは、そう言って私の頬にそっと手を添えた。
その温もりにドキっとして、すぐに首を振った。
「な、何もないよ…?あ、あの…行かないと…」
そう言いながら車を降りようとドアを開けたつもりがロックを解除していなかった。
だが体だけは降りるつもりで動かしたので、そのまま額を窓ガラスにゴンっとぶつけてしまい、その痛さに顔を顰める。
「痛ぃ…」
「ぷ……っ。あははは……何やってんだ?」
「な、何よ…そんな笑わなくたって…」
痛さと恥ずかしさで、少しだけスタンリーを睨んだ。
するとスタンリーは笑いを噛み殺しつつ、
「ほら、見せて?」
と言って私の方に身を乗り出し、ぶつけた場所を見てくれた。
「あ〜赤くなってるよ…。ほんとドジだな…」
「………………」
目の前にスタンリーの顔が来て私はドキっとして目を伏せた。
彼は少し赤くなった私の額を撫でて苦笑いしている。
「取材の時、これ隠さないとな?写真だって撮るんだから」
「……う、うん。メイクさんにやってもらうから…」
「ああ、そうしろ。じゃあ行くか」
スタンリーはそう言って私の頭をポンポンとすると先に車を下りた。
私もそれに続いて、今度こそロックを外しドアを開ける。
そこに車が入ってくる音がして振り向けば、それはジョシュとアランの二人だった。
「!」
車から降りると、ジョシュが笑顔で私の方に歩いて来た。
そして軽く頬にキスしてくれる。
「今、来たのか?」
「うん。ジョシュはどこ行って来たの?今日は先に家を出たよね」
「ちょっとした取材があったんだ。それ終わって真っ直ぐ、ここに来た」
ジョシュは私の肩を抱きながらレストランへ入っていく。
後ろを見ればスタンリーはアランと何やら話しながらついてきていた。
そのまま奥の席へと案内されたが、まだ監督や他の共演者達は到着していないようだ。
「先に飲み物だけ頼んでおくか」
ジョシュはそう言って飲み物を注文してくれた。
後ろの席ではスタンリーとアランが今度の映画の話をしている。
「この後、一緒に取材だろ?」
ジョシュが煙草に火をつけながら微笑んだ。
「うん、そう。何だか一緒に取材って久々だね?」
「そうだなぁ…。前は家族全員で取材を受けたりしてたもんな?」
「うん。でも一度、記者の質問にお父さんが怒っちゃって、それから家族全員での取材は全部断ってるのよね」
私は、ふと思い出して、苦笑するとジョシュも思い出したのか、
「ああ、あったあった。確か、"もし本当の親が迎えに来たらどうするんですか?"とか聞かれて、
父さんが、"そんな事を聞くな!私が本当の親だ!"とか言ったんだよな?」
「そうそう。記者の人も慌てちゃって…。レオが、お父さんを宥めたのよね」
その時の事を思い出して私とジョシュは互いに噴出した。
「お父さんは自分の事を書かれても怒らなかったけど……家族の事を色々書かれた時だけは本気で怒ってた」
「ああ…。それは今でも変わらないとこだな…」
ジョシュはちょっと笑うと煙を燻らした。
ジョシュ
「はぁ〜何だか疲れたな、久々に」
俺は伸びをしながらシートに凭れた。
皆との顔合わせを済ませ、ランチを食べつつ、来週のクランクインに向けて軽く打ち合わせをした後、今は次の仕事先へと向う車の中。
後ろにはの乗った車がついてきている。
「でもちゃんとのキスシーンにはビックリしただろ」
「………っ」
アランが何だかニヤケながらバックミラー越しに見てきた。
俺は聞こえないフリをして窓の外を眺め、軽く息をつく。
そう、とのキスシーンなんて話は聞いてなかった。
さっき監督から聞かされたのだ。
は先に聞いていたみたいだったが、俺はハッキリ言って、かなり驚いた。
多分、耳まで赤くなってた事だろう。
なるべく普通に振るまってたつもりだが、そう見えてたかは自信がない。
「まあ兄妹と言っても血は繋がっていないんだからキスシーンくらい出来るだろう?」
監督はそう言って笑っていたが、その無神経な物言いに正直、俺は殴ろうかと思った。
は大丈夫かと見てみれば、ちょっとだけ恥ずかしそうに俯いていたっけ……
まあ、お互いにプロの俳優と女優なんだ。仕事と割り切れば………って言ってもなぁ……
「はぁ……」
この事がバレた時、皆に何を言われるかと、今から憂鬱だ。
特にオーリーなんかは、また号泣するかもしれない。
いや間違ったら首を締められるかも……(!)
共演するってだけで毎日、嫌味の連続だ。
よくもまあ、あれだけの嫌味や愚痴が出て来るもんだ、と感心してしまう。
リジーなんかはウンザリしてるようで可愛そうだけどな……
あのレオも最近は怒る気力すら失せたのか、オーリーとは顔を合わせないようにしてるんだから。
それがキスシーンがあるって分かれば、今より酷くなるのは目に見えている…
「はぁぁ…」
「どうした?ジョシュ。そんなにちゃんとキスシーンするのが嫌なのか?」
「うるさいよ……」
「はいはい。ったく怖いなぁ」
アランは苦笑いを浮かべつつ、取材場所となるフォーシーズンズホテルへと入って行った。
車から降りると、すぐにスタンリーの運転する車も入って来て隣に止まった。
とスタンリーが下りてくるのを待ち、一緒にホテルの中へと向う。
「今日はプールで取材よね?」
「ああ、あそこだとプレスジャンケットが入るしね」
フロントの案内で一旦、ホテルの部屋へと案内される。
ここで記者が来るまで待つのだ。
「、隣にメイクさんがスタンバイしてるから」
「分かったわ?」
はスタンリーに言われて頷くと、ちょっと背伸びをして俺の頬に軽くキスをした。
「ちょっとメイクしてもらってくるね?」
「ああ、分かった」
そう言って俺も屈んでの頬にキスを返す。
が隣の部屋へと入って行くと、俺はソファに座り、煙草に火をつけた。
そこへスタンリーが歩いて来る。
「あの……」
「ん?」
「さん……今日ちょっと元気ないんですけど・・・何かあったんですか?」
「え?」
スタンリーの言葉に俺は驚き、顔を上げた。
彼はチラっと隣の部屋へ視線を向けると、向かいのソファに座り、両手を膝の上に組んだ。
「何だかさっきから上の空って言うか…体調が悪いのかと思ったんですけど、本人は違うって言うし・・・家で何かあったのかと・・・」
「いや…特に何もないと思うんだけど…」
俺はそう思いながら、まさかが元気ないのは俺とのキスシーンが嫌だからかな・・・?と少し不安になった。
まあ…例え血が繋がっていなくても、俺とは家族だし兄と妹だ。
いくら仕事とは言え、兄貴とラブシーンなんか撮りたくないのかも…
そんな事を思い、俺はちょっとだけへこんだ。
「あの…ミスターハートネット…?」
「え…?ああ…ジョシュでいいよ。知らない間柄でもないんだしさ」
「あ、はい」
俺がそう言うとスタンリーも笑顔で頷いた。
「でも…家でも別に何もないなら・・・それでいいんですけど、ちょっと元気ないから心配で…」
「ああ、そうだな…。俺が後で、それとなく聞いてみるよ」
「お願いします。俺には言いにくい事かもしれないし…。 ――でも、もしかして…ウォーレンの事、まだ…ショックなのかな…」
「…………」
スタンリーは、そう呟くと少し顔を顰めて軽く息をついた。
その姿にちょっとドキっとして彼を見る。
その表情は、普段のスタンリーとは少し違って静かな怒りが見えた気がした。
彼は………の為に怒っている。
…を助けてくれた時は冷静に見えたんだが……まさか…スタンリーはの事が………
ふと、そんな事が頭に浮かび、慌てて打ち消した。
いや…付き人としてを守ってくれたんだ。そう…それだけだ。
俺は心の中で苦笑しながら、煙草を灰皿に押しつぶした。
それから場所を移し取材を受けた。
数社が集まり、一気に取材をする形なので、いつもよりも楽だったが、
やはり質問は今度の共演&キスシーン(情報が流れるのは早いもんだ)の事に集中した。
"兄妹で共演との事ですが、どうですか?"
"キスシーンやベッドシーンも多少あるとか。それについては、やっぱりやりにくいですか?"
そんな事ばかり聞かれ、俺とは辟易した。
だがは見事に営業用スマイルで記者の質問に答えていた。
「確かに兄と恋人同士の設定で共演するのは初めてで少しは照れくさいですけど…普段からジョシュとはベッタリなので、そんなに変わらないかもしれません」
そんな事を言って記者から笑いをとっていた。
俺としては複雑な思いで聞いてたんだけど。
まあ…確かに俺やレオだって普段から恋人のようにの側にいるし、あのまま演技をしたって同じかもしれないな。
そんなこんなで取材も無事に終わり、と二人で部屋に戻って来た。
「はぁ〜疲れた…」
「ジョシュは久々の仕事だもんね」
俺がソファに寝転がると、がクスクス笑いながら側に歩いて来た。
そのままソファの下に膝をつき、俺の顔を覗き込んでくると、チュっと頬にキスをしてくれる。
俺もを軽く抱き寄せ、頬にキスを返した。
そして先ほどスタンリーが言っていた事を思いだす。
「…」
「何?」
「ちょっと元気なかったみたいだけど……何かあったか?」
「え…?」
「いや…さっきスタンリーが心配してたからさ…。どうした?」
そう言って体を起こしソファに腰をかけるとを抱き寄せ膝の上に座らせた。
「…?」
「え?あ…ううん…何もないよ?ほんと心配性なんだから」
はボーっとしていたが俺の問いかけにハっとしたように笑顔を見せた。
「そうか?少し疲れてるんじゃない?」
「ううん。そんな事は…」
「ちゃんと眠れてる?」
「うん。ほんと大丈夫だから心配しないで?」
はそう言うと笑顔を見せて俺の首に抱きついて来た。
その時、コンコンっとノックの音が聞こえて、アランが顔を出した。
「車回したぞ?スタンリーも下で待ってる」
「OK。今行くよ」
俺はを膝から下ろすと、軽く息をついて立ち上がった。
「さ、帰るか」
「うん」
の様子が気にはなったが、とりあえず家に帰ることにした。
(はぁ…オーリーに、また嫌味言われるのかと思うと憂鬱になるよ…)
そう思いながら、俺はの手を繋いで一緒に部屋を出たのだった―――
レオナルド
「お疲れ!」
「ああ、お疲れ」
俺はスタッフに軽く手を上げ声をかけると、そのままスタジオの駐車場へと歩いて行った。
今日はNGが重なり、予定よりも、かなり時間が押して大変だったが、やっと終わったところ。
(はぁ。一日中スタジオに篭っていると気が滅入ってくるな…それにデライラ…彼女、わざとNGを出してたように見えたな…)
NGが出たのが彼女とのシーンばかりだった。
俺の台詞にかぶってきたり、タイミングを外して動いたり………ああも続くと明らかにおかしい。
ったく……まだ根に持ってるのか…?
少し苛立ちながら自分の車のところへ行くと、他の車の陰から人が出てきてドキっとして足を止めた。
「お疲れ様、レオ」
「デライラ…っ」
突然、現れた彼女はニッコリ微笑んで俺の方に歩いて来た。
「今から帰るなら…送ってくれない?」
「…どうして俺が?」
馴れ馴れしく肩に手を置く彼女に、冷たい目を向ければ、デライラは笑顔のまま。
「いいじゃない。知らない仲でもないんだし」
「断るよ。今日は撮影も押して疲れてるんだ」
彼女の手を振り払い、俺は車のキーを取り出した。
すると突然腕を掴まれ、ドキッとして振り向いた。
「何だよ…」
「愛しい妹の待つ家に急いで帰ろうって言うの?」
「…関係ないだろ?頼むから、しつこくしないでくれないか?こういう事されるとイライラするんだ」
俺は掴まれた腕を解くと車のドアを開けて、さっさと乗り込んだ。
だがデライラは黙ったまま、ジっと俺を見ている。
その瞳は、どこか冷めていて少し気味悪く感じた。
(何だよ、ほんと……こういう女は最悪だ)
俺は思い切りエンジンを吹かしてアクセルを踏み込むと、駐車場を後にした。
チラっとバックミラーを見れば、デライラは怖い顔で、その場に立っている。
この時の俺は彼女と関った事を少しだけ後悔していた。
オーランド
「はぁぁ…」
大きな溜息と共に、僕は家のエントランス前に立っていた。
(やっと撮影を終え、帰ってきたのはいいけど、またジョシュとが仲良く台詞合わせをしてるとこなんて見たくないよ…)
「はぁぁぁ……」
ブォォォォオン・・・・・・!
「…………っ?」
もひとつ大きな溜息をついた時、後ろから低いエンジン音が聞こえて来て振り返って見れば、真っ赤なフェラーリが門から入ってくるのが見えた。
「あ、レオだ!」
僕はレオに向って満面の笑みで手を振った。
すると一瞬、レオと目が合ったが、僕の目にはレオが大きく溜息をついたように見えた。
(ぬ…レオめ、僕が出迎えてやったと言うのに何故に溜息をつく?!)
そんな事を思いつつ、目の前をフェラーリが通り過ぎ、車庫に入っていくのを見ながら、僕はレオが下りてくるのを待っていた。
少しすると疲れた様子のレオが車庫の方から歩いて来るのが見えて僕は笑顔で駆け寄った。
「レオ〜〜!お帰………」
「うるさい、オーランド」
「――っ!」
低い声で一言、言うとレオはそのまま家の中へと入っていく。
僕は、あまりの怖さに、その場に立ち尽くしてしまった。
「な…何だよぉぉ……機嫌悪いなぁ、もう…」
僕は悲しみにくれながらも、トボトボと家の中へ入ろうとドアを開けた。
すると、またもや車のエンジン音が聞こえて振り返れば、何と入って来たのはスタンリーくんの車とアランの車だった。
「ぬ!ジョシュめぇ〜〜っ!と仲良く帰ってきたんだな〜っ」
僕はちょっと怒りつつ、その場でが来るのを待っていた。
二台の車はエントランス前に止まり、すぐにが下りてくる。
「あ、オーリー。ただいま!」
「お帰りぃーー〜!」
可愛い笑顔を見せながら下りてきたを僕は思い切り抱きしめて頬ずり攻撃をしてあげた♪
「ちょ、ちょっと苦しいよ、オーリィ…」
「ん〜〜!My Little Girl〜〜!」
ごぃん!
「ってぃ!」
「なーにしてんだ、オーリィ…」
「む……ジョシュっ!」
僕は頭をさすりつつを放せば、いつの間にか隣にジョシュが呆れ顔で立っていた。
「何でいちいち叩くんだよっ」
「は疲れて帰ってきたんだ。かわいそうだろ?ほら、行くぞ?」
ジョシュはそう言っての手を取った。
僕の前で、それは宣戦布告と見たぞー!
「あ……スタンリーお疲れ様…っ」
はジョシュに手を引かれながら、車の方に振り返ると、スタンリーくんに手を振っている。
スタンリーくんは車から降りてくると、「明日は11時頃、迎えに来るから」と声をかけている。
それには笑顔で頷いていた。
そして僕とスタンリーくんの視線がバチっと合った。
「あ、こんばんは…」
「うぅ………スタンリーくーーーーんっっ!!」
「うぁっ!」
僕は、この悲しみを分かって欲しくて思い切りスタンリーくんに抱きついた。(いい迷惑)
と、その時…
「はぁ……こりゃジョシュも大変だ…」
何だか後ろでアランの呟く声が聞こえたが、この際、無視だ、無視!!(早く帰れ、べぇーーだ!)
「あ、あの……ミスターブルーム…お気持ちは分かりますけど、これも仕事なんで…」
「何だよ、水臭い!オーリーでいいってば!って…仕事…?」
僕はスタンリーくんを離すと、彼の顔を見つめた。(男の僕から見てもカッコいい)
するとスタンリーくんは困ったように頭をかきつつ、
「いえ、あの…さんから、えっと…"オーリーがジョシュとの共演を凄く嫌がってる"って聞いたんで…」
「うん、そうだよ?」
「………………」
アッサリ答えると、スタンリーくんは何とも言えない顔で僕を見た。
「で、でも…仕事ですし…」
「分かってるけどさ!でも俺の天使がジョシュと恋人同士なんて嫌なんだよ〜!も、もしラブスィーンなんて――」
「あ、でもベッドシーンって言っても、そう見えるようにするだけですから……」
「……………………何ですと?」
「え?」
「……………………」
「……………………」
シーン……………………
僕はスタンリーくんの言葉は聞き間違いかと、ジィっと彼を見つめた。
だが彼は何だか視線を泳がせつつ、明らかに動揺している様子。
「あ、あの…もしかし…て…知らなかった…とか……?」
「…な、何を…?」
「……………………」
心臓がバックンバックンと鳴り出し、僕はスタンリーくんを見つめつづけた(!)
すると彼の奇麗な額に何だかじわっと汗が浮かんできたのに気づく。
何気に僕から視線を反らし、"やっべーーっ"てな顔をしてるのは気のせいではなさそうだ。
「スタンリーくん?」
「あ、い、いけね!俺、テリーさんに呼ばれてたんだ…!じゃ、じゃあ、俺は帰りますんで…あの…お疲れさまです!」
「あ、スタンリーくん!!」
一瞬の隙をつかれ、スタンリーくんはダッシュで車に乗り込んでしまった。
しかもエンジンをブォンと吹かし、キュルキュルキュル…っとタイヤを鳴らし、大慌てで帰って行った。
それを僕は呆然と見送っていた。
「はっはっは!逃げられたね〜オーリー」
「―――っ?!」
(…ま、まだいたのか!ジョシュのバカマネージャーめっ!!)
ふと横を見ればアランが窓から顔を出し、ヘラヘラと笑っている。
「まあ、そんな怒るなよ。仕方ないだろ?二人のキスシーンやベッドシーンは脚本家が決めたんだからさ」
「へ……?」
僕はまたしても聞き間違いかと思い切り耳をかっぽじってみた(!)
すると、またまたアランが僕の神経を逆撫でするような発言をした。
「まあ、ベッドシーンは誤魔化せてもキスシーンは実際にするようだし、こりゃまた反響呼ぶだろうな?」
「……………………」
(…い、今なんて言った?コイツ)(!)
ベッドシーン…
キスシーン……
ベッドシーン…
キスシーン…………
ベッドシーン……
キスシーン………
ベッドシーン……
キ、キ、キスシーンン〜〜〜〜っ?!!!
「な……!!!何だってぇぇぇぇぇ〜〜〜っ?!!」
「―――っ!!(ギョ)」
そ、そ、そんなの聞いてないよぉぉう!!! オージーザス!!!やはり神様はこの世にいないのですか――――?!!
ばったーーーん!! ごんっ(何かぶつけたらしい)
「ああっ!オ、オイ、オーランドーー!!だ、誰かぁ〜〜っオーランドがぁ〜っ!」
あまりのショックに僕は、その場にひっくり返ったのだった……………………