ハリソン
我が家の二男、オーランドが寝込んだ。
原因は何と三男のジョシュと我が家のアイドル、が共演、そして、その作品で二人のラブシーンがあると発覚したからだ。
たった、それだけで熱を出せるなんて何て単純な男なんだ。
我が息子ながらに心から呆れてしまう。
「オーランドの様子はどうだ?」
私が久し振りの我が家のリビングで寛いでいると、エマが戻って来た。
「ん〜。まだ少しうなされてるわ?」
エマは肩を竦めて唇の端を上げた。
私はその言葉に軽く溜息をつくと、ゆっくりブランデーグラスを口に運ぶ。
「全く…しょうがない奴だな…。バカだ、バカだ、とは思っていたが、あそこまでバカだったとは――」
「それは家族全員でしょ?」
「……………………」
おい、エマ…君もだんだん口が悪くなってきたな…
昔は優しくて可愛らしかったというのに・・・
まあ…いつも子供たちの面倒を全て任せてしまって彼女には何もお礼をしていないしな。
……そうだ!たまには食事にでも連れていってやろう。
「エマ」
「何?」
「今夜、二人で食事にでも行かないか?」
「――――えっ?」
「何だ、嫌か?」
かなり驚いた様子のエマを見て私は苦笑いした。
「そ、そ、そんな事ないけど、でも…オーランドの面倒見ないと…」
「そんなの放っておいても死にやしないさ」(オイ)
「ま、まあ…そうね…」(コラ)
「熱だって、大した事ないんだろう?」
「37度くらいかな?」
「じゃあ、序の口さ。寝かせておけば明日にでも下がるだろう。それに今夜はとジョシュも早いようだしな」
二人は撮影が始まるまではリハだけなので取材がつまらなければ早めに帰宅していた。
私の言葉にエマは嬉しそうに微笑むと、ハっとした顔で時計を見た。
「じゃ、じゃあ…私、今から美容室に行って来るわ!」
「え?」
「久々にレストランで食事するんだから、ちゃんとしたいの!あ、一時間ほどで戻るから酔わないで待ってて!ね?」
「ああ、分かったよ。ゆっくり行っておいで。まだ午後の4時だ。ディナーには早いし私はノンビリこれを飲みながら待ってるよ」
私がグラスを持ち上げ、そう言うとエマは笑顔で頷き、リビングを飛び出して行った。
やれやれ。女性と言うものぱ皆、同じだな。
外食するとなると、身だしなみを整えるところは。
そうか…エマも女性なんだよな。半分、娘のようにも思っていたが彼女も、もう40は過ぎてるんだった。
いつまでも子供たちと同等に見ていたら失礼かもしれない。
そんな事を思いながら私はブランデーを飲み干した。
イライジャ
そう…嫌な予感はしていたんだ。
今朝から悪寒がしていたし、でも風邪とかじゃなくて……こう…危険が迫り来る恐怖で鳥肌が立つというのか。
そう、今思えば"虫の知らせ"って奴だったんだ。
僕は目の前の親友(バカ)の血走った目が怖くて思わず視線を外した。
だが痛いくらいに僕の顔に、その視線が突き刺さってくる。
もう一人の親友、ビリーは何だか楽しげで、ちょっと感じ悪いんだけど。頼むから助けて欲しい。
「なあ、ドム―――」
「ほんとなのか?」
「…………………ッ」 (こ、怖すぎる)
「この記事…ほんとの事なのか?リジー」
「う……」
ドムが僕に見せたのは映画関連の雑誌で、そこにはとジョシュが並んでソファに座りながら寄り添っている写真が掲載されていた。
多分、この前、受けた取材の記事だろう。そこには今度、共演する事になったこと。
そして、その中で二人のラブシーンがあるということ。そんな記事が書かれていて二人は楽しそうに答えているものだ。
僕はその雑誌から思わず視線を反らした。
今日、仕事中に僕の携帯が鳴り出した。
最初は無視していたが休憩の時に着信を確認すると、履歴には"チャクシン54件"などと到底、ありえない数字が載っていた。
それは全てドムからのもので、僕は本気で海外に高飛びしようと思ったほどだ(!)
だって何の用事でかけてきてるか―――――――――痛いほど想像ついたからさ。
留守電も酷かった。
ドムは僕が出ないのは、わざと避けてるんだと思ったらしく、ドスの聞いた声で半分脅迫?とも取れる口調で、34回のメッセージを入れていたのだ。
そのメッセージを聞いて、一瞬、前にテレビで見た"悪徳金融会社"の「金、返せ、こらぁ!海に沈めるぞ、あぁん?!」というものを思い出したくらいだ。
どれだけ怖いか分かるだろ?
そこで僕は仕方なくドムに電話をする事を決心した。(そう決心するまでに一時間半を要した)
だが僕だってバカじゃない。
半分、犯罪者に足を突っ込んでいるドムと一対一で会う勇気なんてあるはずもない。
だから、もう一人の親友ビリーに連絡し、一緒に会ってくれと頼み込んだのだった。
「あ、あのさ、ドム…それも仕事―――」
「ほんとなのか?二人が……ララララブシーン……(微妙に声が震えているのが恐怖をそそる)」
ドムはそこまで言って口を閉じた。
いや、口に出したくなかったというのが本音だろう。
って言っても唇は震え、心なしか紫色に変色しているくらいでプールから上がったばかりのようだ。
「ほほほ、ほんとにと、あの憎らしいジョジョジョジョシュが……………………するのか……?」(震えすぎ)
「う、うん…そ、そうみたい……だね…?あははっ」
「……………………っっっ」
(こ、怖いよ、ダディ!!!!)
笑って誤魔化してもダメだった。
ドムの顔はますます青くなり、変な汗がさっきからタラタラと奴の額から顎にかけて奇麗な個を描いて垂れてきている(!)
目もすでに白いところはなくなり真っ赤の域だ。
ぼ、僕、今日は生きて帰れるんだろうか―――?
そんな思いが僕の脳裏を掠めた。
明日の朝にはサンタモニカ湾に浮かんでいるかもしれない……………………(!)
カタカタカタカタ……
「?」
変な音が聞こえて来て僕は顔を上げた。
ビリーも少し怯えたような顔で僕の方に視線を送る。
見ればドムのテーブルに乗せた手が小刻みに震えていて、その変な音はそこから聞こえているんだと気づいた。
「あ、あのドム……?ラ、ラブシーンって言っても仕事だしさ…。それに実際にするわけじゃなくて――」
「当たり前だぁ!!」
「!!(ビクッ)」
ガバっと顔を上げたドムは本気で殺人犯?と思うほどに怖かった!
その顔を見て、僕は一瞬後ろに下がり、いつでも逃げられるように店の出入り口を確認した。
ここは家の近くのカフェでセレブご用達の店だからか個室があるのだ。
じゃなければ大声を張り上げるドムなんて、すぐに追い出される。
まあ、追い出したら最後。
その店は営業出来ない程の嫌がらせを受ける事になるとは思うけどね……………………!
「まままあ……ここここれも彼女の仕事なんだ……ししし仕方ないさ……」
「そ、そうだろ?さすがドム!大人だねっ」
「ほんと、ほんと!俺、見直したよ、ドム!」
何とか震えつつも、そう言いだしたドムに、僕とビリーはそう言って持ち上げた。
だがギロっと睨まれ、二人で口をつぐめば、ドムは未だカタカタと振るえながらも口を開く(その唇すらプルプルしている)
「ででででもだなあ……べべべベッドシーンは、そう見えるようにするだけかもしれん…」
「そ、そう!その通りさ!」
ギロッ
「う……」
またしても血走った目で睨まれ、僕は心臓が止まりかけた(んなバカな)
ドムはすでに笑顔まで見せていて、余計に恐怖心を煽ってくるから最悪だ。
「だだけど、お前…キキキキキスシーンは実際にすすするんだろう?んん?しょしょ正直に答えろ、リジィ…!」(震えすぎ)
「…………(ゴクっ)」
すすすっごい怖いんだけど!!!!(ドムの震えが移ったらしい)
ダ、ダディーーーレオお兄様ぁーーーー!!!!誰でもいいから僕を助けてよーーー!!!
「ん…?どぅなんだ……?リリリリジィ……」
すでにクセになったのか、僕の名前すら、マトモに言えてないドム。
チラっと隣を見れば、もう逃げる気満々なのか、さり気なく、その手はジャケットを掴んでるぞ、ビリー!!
「お教えろ…じじ実際にキ……キスはするのか…?兄と妹だからと配慮されてしたように見せるとか…そんな気の利いたことはしてくれない監督なのか…?ん?」
そ、そんな気の利いた奴なら、わざわざ、そんなシーン増やすなんて事しないと思う……(なんて言えない。怖いから)
「だ、だからさ…。そこはもジョシュもプロなんだし……す…」
「す……?」
「する…んじゃないかな?」
「聞こえないぞ……」
「だ、だから……す…」
「す………?」
「………るんじゃないかな……って……」
「……………………」
「?」
(だ、黙っちゃったよ……!!!!逆に怖いんだけど!)
そう思いながら目の前で固まったまま黙っているドムを見つめた。
ビリーなんかは、すでに中腰だ。(待て!逃げる時は一緒だ、ビリー!!)
僕も半分、中腰になりかけつつ、ピクリともせず、どこか違う空間を見ているドムを見て、仕方なく声をかけた。
「あ、あの……ド――――」
「うわぁぁぁっっ!!」
「「―――ひゃっ!!!」」
ガタガタガタ・・・・・・!!!!ドン!ガタン!ゴツン!!
「「うっ!!」」
「どけーーーー!」
バン!!!!
「「ぁ――――っ」」
「あああああああぁぁぁぁ……っっ!!」
……………………。
……説明しよう。
今の音声は、まず……突然のドムの奇声に僕とビリーは逃げようと立ち上がり、互いにドアを開けようとしてぶつかった。
そのせいでテーブルに足をぶつけ、僕らはと言えば額をゴツンっとぶつけ、その痛みでクラクラっとする。
だがドムはいきなり立ち上がり、僕らを押しのけると凄い勢いでドアを開け、叫びながら個室を飛び出して行ったのだ。
そして後には静寂だけが残った……
シーン……………………
「「……………………」」
嵐の去った後のように静けさを取り戻した部屋で、僕とビリーは顔を見合わせた。
言葉を交わさなくても僕らの瞳には、はっきりと、
"互いに無事で良かったな?"
と言う暗黙の了解が伺えたのだった……………………
ジョシュ
「、疲れた?」
俺がそう聞くとは笑顔で首を振った。
「リハだけだし大丈夫」
「そっか」
俺はそう言うとをそっと抱き寄せ自分の肩に凭れかけさせた。
そして流れる街並みを見ながら、ふと思いつき、「早めに終わったし食事でもしてくか?」と声をかける。
だがは苦笑しながら顔を上げた。
「だめよ。オーリーが心配だし帰らないと」
「ああ…そうだったな……」
それを思い出し俺も思わず苦笑いした。
オーランドは俺とのラブシーンの事を聞いて倒れたあげく熱まで出したのだ。
俺とか他の皆は、どうせ知恵熱だろ?なんて笑っていたが、だけは本気で心配している。
エマにばかり任せるのは悪いと言って出来るだけ家にいる時はオーリーの看病をしていた。
だが俺も含め、他の皆はオーリーの仮病だろうと思っている。
まあ確かに最初は本当に熱を出したのかもしれないが二日もすると絶対に看病して欲しいが為の演技ではないかと思えてならない。
が優しいのいい事に食事まで食べさせてもらってるんだから。ほんと、あのバカ兄貴には呆れてしまう。
いい歳して、何が、「あ〜ん」だ……
もだよ。オーリーなんて放っておけばいいのに。
そしたらイジケながらも元気になるんだから、あの人は。
俺は内心、そう思いながらも心配ごとは仕事に集中している。
皆の手前、平気なフリをしているが、俺としてもとのラブシーンなんて心臓に悪いんだ。
今日だってリハだけでも冷汗ものだった。
ちょっと寄り添うシーンならいいが台本に、「首筋に唇を這わせる」なんてあった日には耳まで赤くなってしまった。
いくら普段スキンシップをしているからって、そんな事はした事がない。(当たり前だけど)
恋人同志の設定なので、どこかしらに、そんなシーンがあり、俺はかなり心臓に負担がかかっていた。
アランはアランで絶対に楽しんでるし!(ムカツク)
今日は先に帰して、こうしてスタンリーの車で送ってもらっているが、ここのとこアランは俺をからかうのが生きがいになっているのか、
やたらにのネタで突っ込んでくる。全く嫌なマネージャーだ。
オーリーが倒れた時も側にいたからか、面白おかしく人に話しているらしい。今日だって、
「あ〜お前の家族は、ほんと色々なネタを提供してくれるよ」
なんて言って笑ってやがったから思わず、軽く首を絞めておいた(!)
アランの奴、真っ赤な顔して慌てふためいていたのが笑えたよ(隠れ悪魔)
「ねぇ、ジョシュ」
「ん?」
一人アランのビビった顔を思い出し笑いを噛み殺していると、不意にが顔を上げた。
「今日のシーンで台詞が詰まっちゃったから後で台詞あわせしてくれる?」
「ああ、いいよ?そんな事ならお安い御用」
「ありがと。ごめんね?家に帰ってまで突き合わせちゃって……」
「の為なら全然構わないって言ったろ?オーリーに薬飲ませて寝かせた後にやろう」
そう言っての額にチュっとキスをした。
「また、ジョシュってば意地悪言っちゃって」
はそう言ってクスクス笑っている。
そう、だいたいオーリーは共演が決まってから俺がを独り占めしている、とか、
俺をのけ者にして二人でイチャイチャしてるって怒ってるけど、殆どは、こうしたからの申し出なんだ。
それを断るほど俺はバカじゃないし、また嬉しい。
オーリーだって自分が俺の立場なら絶対に同じ事をして……いや、あの人の事だから、それ以上。
無意味ににベタベタするかもしれない。
演技の練習とか言って、本気でにキスするくらいやりかねない人なんだ。
何気にオーリーのセクハラは度を越しているからな……
すーぐのベッドに潜り込むし……(実はかなり不愉快だった)
それでも本気で怒られないんだから、ほんと得なキャラだよ、オーリーは…
そんな事を考えているとパパラッチが待つ我が家が見えて来た。
との共演が決まって以来、更に数が増え、このところは近所からも苦情が出ているようだ。
よく警察が見回りに来ていて、マナーの悪いパパラッチが注意を受けている。
「今日も結構いますね」
スタンリーが運転しながら苦笑した。
その言葉に顔を窓の方に向ければ、確かにパパラッチがすでにカメラを構えている。
その中には普通にテレビ局のカメラとかもいて、何やらアナウンサーがマイクを手にしゃべっているのが見えた。
「はぁ…今日も何か聞かれるのかな……」
が溜息交じりで呟く。
同じ事ばかり聞かれるのでウンザリしているようだ。
「無視すればいいさ」
俺がそう言っての頭にキスをすると、彼女は頬を膨らませつつ見上げてきた。
「だって…私とジョシュが実は本当にデキてるんじゃないかって言うのよ?」
「血が繋がっていないと変に勘ぐる奴もいるさ。前にはレオとデキてるって書かれたろ?」
「そうだけど……何だか本当の家族じゃないって言われてるようで嫌だな…」
は寂しそうな顔で、そんな事を言っている。
俺としても確かにそれは不愉快な記事だったが、それを文句言ったところで噂がなくなると言う事じゃない。
「気にするなよ」
俺はそう言っての肩を抱き寄せた。
その時、門を開けるのにスタンリーが車を止める。
そこで一斉に窓の外ではフラッシュが光り始めた。
だが今日はテレビリポーターもいるからか、大きなカメラを持った男が歩いて来て、さっき見えた女性リポーターも嘘臭い笑顔で近づいてくる。
「さん!ちょっとお話させてください!」
ココンっと車の窓をノックし、そんな事を言ってくる。だがもプロのACTRESSだ。
笑顔を見せて軽く首を振った。それでも、その女性リポーターは、しつこく窓を叩いてくる。
そして何故か運転しているスタンリーの方にもマイクを向ける。
「前モデルをしていたスタンリー・ウォルシュさんですよね?今はさんのマネージャーという立場だそうですけど、普段は彼女の家に泊って行く仲だとか!」
「「「………っっ?!」」」
その女性リポーターの興奮したような叫びに、俺達3人は思い切りギョっとした顔を向けた。
「あなたと彼女が二人で食事をしてたって目撃証言もあるんですけど!それはマネージャーとしてですか?それとも本当にデートなのかしら?!」
女性リポーターは笑顔のままスタンリーにマイクを向けている。
が、その時、門が開ききり、スタンリーはアクセルを踏もうとした。
だが、そのリポーターが前を塞ぐように車の前へ出て、スタンリーは慌ててブレーキを踏んだ。
「ちょっとでいいから話聞かせてもらえないかしら?!さんがクリスマスにあなたの家に行ったって人もいるのよっ」
「ちょ……いい加減に―――」
バンッ!!
「「―――!」」
女性リポーターの弾丸のような質問攻めに、は顔を伏せるし俺は耐え切れず文句を言おうとした時だった。
あの普段、冷静なスタンリーが思い切り手で窓を叩いた。そして目の前の女性リポーターを睨みつけている。
そのリポーターと言えば驚いたのかマイクを手に固まっていた。
「どけろよ。入れないだろ?」
「………………ッ」
スタンリーは冷たい声で一言、そのリポーターに声をかけた。
別に怒鳴ったわけでもなく静かに言ったのだが、かなり怖かったのか、その女性リポーターは無言のまま横に避け道をあけた。
するとスタンリーは何事もなかったかのように車を出し中へと入ると、すぐに門を閉める。
俺はの肩を抱きながら、黙って運転しているスタンリーを見た。
さっきのリポーターの言葉に少し驚いたのだ。
まあ、彼がと食事をするなんてのは付き人をやっていたのだから大いにありえる。
そんな事で噂が立ってしまうのも彼が元人気モデルだからだろう。だがクリスマスに彼の家にが行ったというのが気になった。
あの日は家族でずっと過ごしていたが言われてみれば…確かそう、皆で教会に行った時、は一人でどこかへ行ってしまった。
行ったとすれば、あの時しかない。
となると……それは皆のプレゼントを取りに行ったということだろう。後からに、どこに行ってた?と聞いた時、そう言ってたからだ。
全く……リポーターってのは、どこから情報を得るのか知らないが詮索するのが好きな奴らだ。
まあでも……スタンリーの気持ちは分からないが――
さっきの彼の様子は少しおかしかった。
あんな質問、軽く無視すればいいだけの事で、普段の彼ならきっとそうしていただろう。
確かに、あの女性リポーターはしつこかったし無神経な物言いだったが、あれほど感情を表したスタンリーに俺は驚いていた。
車はエントランス前に静かに止まり、スタンリーは軽く息をついた。
「明日は午後からスタジオで、取材も二件あるから」
「う、うん、分かった……」
スタンリーが声をかけるとは慌てて体を起こし返事をした。
俺は先に車を降りて軽く伸びをすると門の方に視線を向ける。
まだ前にはカメラマンやパパラッチがいて、こちらにカメラを向け、パチパチと写真を撮っているようだ。
(よくやるよ……明日の芸能ニュースで、さっきの映像が流れるのかな。スタンリーの奴、大丈夫か?)
ふと彼を見れば少し疲れているように見えた。ここのとこ忙しかったのかもしれない。
付き人からマネージャーに変わったばかりだし、きっと前より仕事は増えたんだろうな。
そう思いながら、運転席の窓を軽くノックした。
するとスタンリーがハっとしたように顔を上げ、窓を開ける。
「何ですか?」
「ちょっと寄ってかないか?」
「え?」
俺の言葉にスタンリーが驚いたような顔をした。
も車を降りてきて、「……ジョシュ?」と首を傾げている。
俺はチラっと門の方を見ると肩を竦め、彼に視線を戻した。
「あの様子じゃ帰りも面倒だろ?別にやましい事もないし普段から家に出入りしてるんだ。向こうだって、そう思うだろ」
「いや、でも……」
「何?まだ仕事ある?」
「いえ……今日は直帰していいってテリーさんから言われてます……けど…」
「じゃあ、いいだろ?一緒に夕飯でもさ。まあオーリーは寝込んでるから静かだと思うけど」
そう言って苦笑すると、スタンリーもやっと笑顔を見せた。
「じゃあ…お言葉に甘えてそうしようかな…」
「ああ、そうしてよ。今、あんなこと言われたのに、また家に寄るんだって、あの女も驚くんじゃないか?」
俺がそう言うとスタンリーはちょっと口の端を上げて笑っている。
「マネージャーやってるの知ってて……変な噂って出るんですね」
「君がモデルだったからだろ?何でも推測したがるんだよ、あいつらは」
「ですね」
スタンリーも車から降りてくると、そう言って肩を竦めた。
は何だか困ったような複雑な顔をしながらも俺とスタンリーを交互に見て、「私オーリーの様子見てくるね」と家の中へ入っていく。
その後から俺とスタンリーも続いた。
(はぁ……ビックリした…)
私は急いで家の中へ入ると、すぐに二階に上がって行った。ジョシュとスタンリーはリビングに向ったようで声が小さくなっていく。
私は一度、自分の部屋に戻り、ラフな服に着替える事にした。
さっきの女性リポーターどこで、そんなこと調べたんだろ…ほんと驚いて一瞬ドキっとした。
別に一緒に食事をしてるとこだって誰に見られていても不思議じゃない。
隠れてコソコソしているわけじゃないから。そもそもスタンリーは私の付き人だったわけだし…だからって何故、"そんな仲"だと思われるのだろう?
まあジョシュの言う通り、ああいう人達は詮索好きだから、きっと、ちょっと聞いた話を大きくしてしまうのよね。
真実なんて関係ない人達なんだ。ライアンとリリーの時だって、かなり嘘の記事が載ってた気がするし…
まあ私とライアンは、かなり慎重に付き合ってたしバレなかったから、きっとライアンとリリーが共演して恋人同志になったって思ったんだろうけど。
事実はもっと複雑でドロドロしたものだったのに結婚式の会見の時は凄いセクシーカップルでお似合いだなんて言葉が飛び交っていた。
そんなもんなんだろうって最近では深く考える事もなくなってしまった。
「……だからって今度は私とスタンリー?」
確かに…私は最近、彼を何となく意識してしまうんだけど……スタンリーの方は私の事なんて何とも思ってないだろうし…
「はぁ……」
大きな溜息をつき、簡単に着替えを済ませた。
(今日はスタンリーも一緒に夕飯なんだ…。エマに多く作ってもらわないと…あ、オーリーは何食べるかなぁ…)
そんな事を考えつつ部屋を出て、オーランドの部屋へ行った。
軽くノックをしてからドアを開けると、寝室のドアが開いたままになっている。
「オーリー?ただいま」
一応声をかけて中へ入ると、小さな声が奥から聞こえた。
「〜……」
「オーリー、大丈夫?」
寝室に向うとベッドがモソモソ動いてオーランドが顔を出した。
「ん〜少し良くなって来たよ……?」
「ほんと?良かった!」
ベッドの側に行ってオーランドの顔を覗きこむ。すると、すぐに甘えたように手を伸ばしてきて私の腕を引っ張ってきた。
そのまま屈んでオーランドの頬にチュっとキスをすると、甘えん坊の兄はすぐに笑顔を見せる。
「ん〜会いたかったよぉ……」
「今朝も会ったじゃない」
「あれから数時間は過ぎたよ……」
「そうだけどっ」
オーランドの言葉に私は思わず笑ってしまった。
「熱は下がった?」
「うん、だいぶ」
そっとオーランドの額に手を置けば確かに下がっているようだ。
「良かった〜。じゃあ今夜は何食べる?私、オーリーの好きなもの作ってあげるよ?」
「ほんと?!じゃーねーのオムレツ!」
「えぇ?それはダメよ。オーリーは病み上がりなんだから」
「えぇ〜だって食べたいんだ……」
オーランドはへニャっと眉を下げ悲しげな顔をした。
その顔を見てしまうと私も何も言えなくなってしまう。
「分かった。じゃあオムレツね?サラダは何がいい?」
「んーとね、海老!」
「海老?じゃあ、それ作るね?」
そう言ってオーランドの額にキスをすると、私は立ち上がった。
「じゃ、作ったら持ってくるから。オーリーは寝てて」
「え〜もう行っちゃうの……?」
「もう、そんな顔しないのー。内線鳴らしてくれたら、すぐ来るから。ね?」
「ぅん……分かったぁ…」
渋々ながらオーランドも頷いてくれて私は笑顔を見せると寝室を出て下へと下りて行った。
そのままリビングを覗けば、ジョシュとスタンリーが何やら楽しげに話しこんでいる。しかもビールなんか飲みながら……
その光景に唖然としつつ私がリビングに入っていくとジョシュがふとこっちに気づいて微笑んだ。
「あ、。オーリーの奴、どうだった?」
「うん、もう熱は下がったみたい」
「だろうなぁ。絶対、仮病だって」
「もう、またそんなこと言って……それより…エマは?」
「ああ、何だか父さんと二人で食事に行ったみたいだよ?キッチンにメモがあった」
「え?父さんと?うそ〜珍しいっ」
「だろ?」
ジョシュもそう言って笑うと肩を竦めた。だが、そうなると一人で夕飯の用意をしなくちゃならなくなる。
私は少し不安になりつつキッチンへと向った。
「えーと……ああ、良かった。材料はあるわね」
冷蔵庫の中を覗き込み、ちょっと安心すると、今度は何を作ろうかと考える。
そこへジョシュが空き瓶を持ってやってきた。
「、エマがいないなら夕飯いいよ」
「え?でも…」
「それより何かつまみでも作って一緒に飲もう?」
「の、飲むって……」
「スタンリーとも久々だしさ。それに少ししたら皆も帰って来るだろ?」
ジョシュはそう言うと私の頬に軽くキスをして冷蔵庫から、またビールを出した。
そして思いだしたように顔を上げる。
「あ…そう言えば台詞合わせしたいんだっけ」
「え?あ…でも…いいよ。大丈夫」
「そう?もし酔ってもいいなら後で付き合うよ」
ジョシュはそう言って笑うと、私の頬にチュっとキスをしてキッチンを出て行った。
「つまみかぁ…。じゃあ何にしよう」
夕飯を一人で作らなくてもいいとなると気が楽だ。レオとリジーは多分、外で食べてくるだろう。
でも珍しいな……スタンリーとジョシュが二人で飲むなんて。
まあスタンリーもマネージャーの仕事に変わってから前よりも忙しくなったみたいだし、こんな風に家に寄るのも久し振りだもんね。
最近は笑顔を見せてくれる事も少なくて、いつも疲れてるようだったし、ちゃんと寝てるのかな、なんてちょっと心配だったんだけど……
さっき久し振りにスタンリーの笑顔を見た気がする。
やっぱり仕事の内容が変わるとスタンリーでも気疲れするんだろうなぁ…私が仕事終った後でも時々テリーに連れまわされてるみたいだし…
「そうだ。じゃあ今日は栄養のあるものでも作ってあげようかな…」
それに思いついて私は、お酒のつまみになるような物を簡単にかつ栄養バランスを考えて作る事にした。
そして一時間後――
「ねぇ、」
「なに?ジョシュ」
「何で今日の料理はニンニクとか多いの?」
「……………………」
リビングにはニンニク独特の匂いが漂っている。
「あ、あの…ちょっと体力でもつけてもらおうかと……」
「え?」
私の言葉にジョシュは驚いたようにフォークを置いた。
う…そ、そんな目で見ないでよ…確かに安易だったとは思うけど仕方ないじゃない…
栄養っていってもサラダとか野菜中心になるし、そればっかじゃ絶対つまみにならないだろうし…
なので他の料理はニンニクを入れて、疲れた体が元気になるように、と思ったのだ。
「あ、でも美味しいよ?このパスタなんて絶品!」
「そ、そう?どうせワイン飲むかなぁって思ったから…」
そう言って笑って誤魔化すと私は小皿にほうれん草のサラダを盛り付け、スタンリーに渡した。
「あ、サンキュ。ほんと美味しいよ、」
「あ……ありがと…」
スタンリーは普段と違い、何だか優しい笑顔なんて見せながら私の作った料理を食べてくれている。
それが何だか凄く嬉しかった。
「で、このオムレツは?個別にしてあるけど…」
ふとテーブルの隅に置かれたオムレツを見てジョシュが首を傾げた。
「あ、いけない…それオーリーのリクエストなの」
「え?オーリー、病み上がりなのにオムレツ食うの?」
「食べたいって言うから」
「まあ、熱が下がったんなら大丈夫だろうけど」
ジョシュも苦笑いを浮かべつつ肩を竦めた。
「あ、じゃあ私、オーリーに食べさせてくる」
「え?いいよ、それ渡して戻って来いよ」
「でも……」
「甘やかしたら付け上がるからさ。もう散々甘やかしただろ?」
ジョシュはそう言って呆れながらワイングラスを口に運んだ。そこへ静かにドアが開き―――
「だぁれが甘やかされてるってえ…?」
「「「―――っっ!!」」」
その低い声にギョっとして振り向けば、そこにはパジャマ姿のオーランドが立っていた。
「オ、オーリィ…動いて大丈夫?」
私は慌てて立ち上がり、オーランドの方に駆け寄ると、うるうるした瞳で思い切り抱きつかれた(!)
「うわぁーん!寂しかったよ、〜〜!!ぜ、全然戻って来ないし、お腹はぐぅぐぅ鳴るしぃ〜〜っっ」
「ご、ごめんね?今、行くとこだったの・・・」
「グス…ほんど…?」
「ほ、ほんと!ほら、オーリーの食べたいって言ってたオムレツ出来てるから。一緒に食べよ?」
「うん…グス…っ」
私が宥めるとオーランドは鼻を啜りながらも椅子に座った。そこでやっとスタンリーに気づく。
「あ、スタンリーくん♪」
「お邪魔してます」
「相変わらず男前だねー♪」
「…………どぅも…」
オーランドにニッコリされ、スタンリーも引きつりつつも笑顔を返す。
「あ、俺もワイン飲みたいなぁー」
「だめよ、オーリー。やっと熱下がったばかりなんだから」
「だって目の前で飲まれちゃさー」
「…やっぱ仮病だったか?」
「むぅ!何だよ、ジョシュ!お兄様を疑うのか?!ちょーーーーっと自分がと共演するから威張ってるのか?!ぁん?」
「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「ぬぬ!!なぁんだね、君!その長ぁーーーーーーーーい溜息はっ!!」
「あ、スタンリーもっと飲めよ」
「あ、ど、どうも………」
「無視するなよ!俺を放置するな!!」
ジョシュはオーランドを軽く無視ると、スタンリーのグラスにワインを注いでいる。
それを見てオーランドは口を尖らせ、ぶーぶー言っていたが、私が隣に座り、オムレツを食べさせてあげると、すぐに機嫌が直った。
「んーー♪やっぱのオムレツは美味しいーなー!」
「そう?あ、オーリーサラダも食べてね?熱出たら体力落ちるんだから」
「そうだね!じゃあモリモリ食べるよ!」
オーランドはそう言いながら大好きなほうれん草のサラダを本当にモリモリ(と言うかバクバク?)食べ始めた。
それを半目で見つつ、ジョシュは頬杖をつきながらワインを飲んでいる。
私は笑いを噛み殺しつつ、ワインが空いたので新しいワインを出そうとキッチンへ行った。
ほんと、オーリがいると家の中が明るくなるのよね。
レオとかジョシュは、いつも「うるさいっ」なんて言ってるけど、ここ最近オーリーが寝込んで下りてこなかったら、ちょっと物足りなさそうだったし。
そんな事を思いながらワインクーラーの中から新しい赤ワインを出していると、そこへスタンリーが顔を出した。
「あれ…空いたお皿持って来てくれたの?」
「ああ…ってか二人、またモメだしたから、コッソリ逃げてきた」
「え……」
スタンリーはそう言ってちょっと笑うと、お皿を洗い場に置いてくれた。
「あ、ありがとう…」
「いや。美味しかったよ。ご馳走様」
「う、ううん…」
スタンリーの優しい言葉に首を振りつつ、私はオープナーでワインのコルクを抜こうとした。
が、上手く刺さらず、苦戦してると不意に横から手が出て来てドキっとして顔を上げた。
「貸して。開けてやるよ」
「あ、う、うん…ありがと」
そう言ってボトルとオープナーをスタンリーに渡すと、彼は手馴れた手つきで、すぐにコルクを抜いてくれた。
「はい」
「ありがと。あ、スタンリーもワイン飲むでしょ?」
「ああ・・・でも俺、車だし、そろそろ帰らないと…」
「え?もう?まだ、いいじゃない……ぁ…」
スタンリーの言葉にちょっと焦った私はつい彼の服の袖を引っ張ってしまった。
その行動にスタンリーも驚いたように私を見ている。
「……どうした?もう酔っちゃった…?」
苦笑気味に、そう言いながら私の頭を撫でて顔を覗き込んでくる。その彼の瞳を見ると奇麗な蒼で見惚れてしまう。
「…?」
「あ…よ、酔ってないよ?」
「そう?何だか少し顔が赤いけど…」
スタンリーはそう言いながら煙草に火をつけキッチンに寄りかかった。
「少し疲れてるのか?」
「え……?」
「最近、急に仕事の量が増えたからさ」
「そ、そんな事ないよ?それに、それはスタンリーの方でしょ?」
「え?俺……?」
「うん。マネージャーになってから仕事、前より忙しいじゃない」
私は冷蔵庫からチーズを出しつつ、チラっとスタンリーを見た。だが彼はちょっと笑うと煙を吐き出しつつ、
「それは仕方ないよ。マネージャーは仕事もとってこないといけないからな?」
なんて言って肩を竦めてる。
それを聞いて私は改めて周りから助けられてるんだなと思う。
「……ありがとね…」
「は?何が?」
私の言葉にスタンリーはキョトンとした顔を見せた。その表情を見て何となく照れくさくて彼から視線を反らす。
「だ、だから……い、色々よ…。いつも…助けてもらってるし……」
「……どうしたんだ?いきなり、そんな事言い出すなんて」
「い、いいじゃない。そう思ったから言っただけ!」
何だか恥ずかしさが倍になってきて私はそう言うとチーズを切り分けお皿に盛りつけた。
昨日、ジョシュと家に帰って来る途中、ワインを買いに行って、ついでに珍しいチーズを買ってきたのだ。
「あ……これ唐辛子チーズなの。食べてみる?」
「え?唐辛子?い、いいよ。俺、辛いの苦手……」
スタンリーはそう言って顔を顰めると本気で嫌そうに首を振った。
彼にも苦手なものがあるのかと、ちょっとおかしくなり私は、そのチーズを一つ口に入れる。
「ピリっとして美味しいのに」
「そんなもん食ったら腹こわすぞ?」
「こ、壊さないわよ…」
「そーかー?俺、辛いのとか食ったら、すぐ腹痛くなるけどな」
「…………ぷっ」
「…………何だよ、その"ぷ"って…」
「だ、だって……」
何だかスタンリーのイメージに合わないんだもん。
それに、今の顔…ちょっとスネたのか、心なしか口が尖ってるし目が細くなってる。
こんなスタンリー、あんまり見た事がないから何だかおかしくなっちゃう。
「何だよ、笑うなよ」
「う、うん…」
私が笑いを堪えてるのに気づき、スタンリーは最初は睨んでいたが今はちょっとだけ自分も笑っている。
「じゃ、じゃあ今日の料理、辛くしないで良かったかも…」
「え?」
「最近スタンリー疲れてるかと思ったから何か元気が出るような物って考えて…で、最初に辛い物がいいかなぁって思ってたの。でも辛いの苦手ならニンニクにしておいて良かった」
そう言って顔を上げると、スタンリーはキョトンとしたような顔で私を見ている。
「…どうしたの?」
「え?ああ、いや…。何…じゃあさっきの料理って俺の為に作ってくれたの?あのニンニク利きすぎのやつ…」
「…え、そ、それは、だから…」
思わず口を滑らせてしまい、私は顔が赤くなってしまった。
(ど、どうしよ…変に思われたかな…)
何て答えようか、アレコレ考えていると不意にポンっと頭に手が乗せられた。
「サンキュ」
「…………ッ」
そう言ってスタンリーは凄く優しい笑顔を見せた。
それには思わず顔を伏せて軽く首を振った。
「う、ううん、別にお礼なんて……」
「でも、あれだな。ニンニク食いすぎたし、これじゃお礼のキスも出来ないから、また今度な?」
「――――――え?」
その言葉にドキっとして顔を上げると、そこには、いつもの意地悪なスタンリーの顔。
「バカ、ジョークだよ。お前に例えお礼でしたとしても、あの兄貴達に殺されかねないからなー」
「………………!!」
スタンリーはそう言って笑いながらキッチンを出て行ってしまった。
「な…何がお礼よ!いらないわよ、そんなお礼のキスなんて!スタンリーのバーカっ」
私は真っ赤になりつつ、あまりに頭にきて、そう怒鳴るとワインボトルとチーズの乗ったお皿を持ってリビングへと戻ったのだった。
レオナルド
(あれ…達、帰ってきてるんだ)
エントランスの前にスタンリーの車があるのを見て、俺はちょっと笑顔になった。
今日も散々な目に合って、さすがに疲れていたからだ。
ったく……デライラの奴、いい加減、何とかしないと仕事がしづらくてしょうがない。
それに、ここのとこ続いている無言電話。それと事務所に送られてくる変なメール…
今思えば、これも全部デライラじゃないかと思えてきた。
"ストーカー"
すぐに、その言葉が思い浮かぶ。今日の様子も、どことなくおかしかった。
皆の前で俺にベタベタしてきたし、それをヒソヒソ言われてるのに全く動じない。
監督からも、「お前ら、何かあったのか?」なんて聞かれる始末。今の現場は相当やりづらくなっていた。
(ほんと勘弁して欲しい…まあ、ちょっと誘いに乗った自分が悪いんだけど)
溜息をつきつつ、俺は家の中へ入って行った。すると、すぐにオーランドのうるさい声が聞こえてくる。
(はぁ……あいつ復活したのかよ…最近、静かで良かったのに)(!)
そう思いながらリビングに顔を出すと、すっかり出来上がったオーランドが何故か俺に気づいて笑顔になった。
「あ!レオーーーー!お帰りぃぃーーーーーーーっ!」
「うぁ!」
ほんとに、こいつは病み上がりなのか?と思うような勢いで抱きつかれ、俺は後ろによろめいた。
「ん〜〜今日は女の匂いはしないね、レオ!」
「バ……うるさいよ!俺は仕事して疲れて帰ってきたんだよ!いいから離せ!」
くっつき虫の如くへバリついてきたオーランドを剥がし、俺は可愛いの元へと歩いて行った。
「お帰り、レオ!」
「ただいま、」
そう言って頬にチュっとキスをするとをギュっと抱きしめた。
疲れた時には一番これが癒される。
だが背後からヌっと腕が伸びてきて俺の背中に何かがおぶさってきた。
「…………離せ、オーランド…」
「ぬ、俺も仲間に入れてよ〜!」
「く……だ、誰だよ、こいつに、こんな飲ませたの!」
俺がを離し、オーランドをおぶったままジョシュを睨めば、彼は溜息交じりに肩を竦めた。
「勝手に飲んだんだ。もう熱は下がったからって言い張って、が止めるのも聞かずにさ」
「もう、オーリーったらワイン半分は一人で飲んじゃって…」
も困った顔をして溜息をついた。
するとオーランドは俺の背中から離れて、すぐにに飛びつく。
「わーん、ー!溜息つかないでよっ」
ゴンッ!
「ぃだっ!!」
「お前は着替えろ。何、いつまでもパジャマでウロウロしてんだ」
「な、何も殴らなくたって!レオの鬼!悪魔!」
「俺が鬼で悪魔なら、お前はうちの疫病神だろ?!!それとも歩く騒音機かっ!」
「ぅ……ひ、ひど……うわぁぁーーーーん、レオが意地悪言ったぁーー!!」
「うるさい!」
そう怒鳴るとオーランドはピタっと泣きやみ、ササっとの後ろに隠れてしまった。
しかも何気にべぇーっと舌を出している。この嘘泣き常習の確信犯め!
ったく…精神的に疲れてるってのにオーランドの相手なんてしたくもない。
「あ、あのレオ…お腹空いてない?私、何か作ろうか?」
そこにが心配そうな顔で歩いて来た。
「いや…食欲ないんだ。ちょっと部屋で着替えてくるよ。あ、スタンリーごゆっくり」
「あ、どうも」
スタンリーは心なしか怯えたような目を俺に向けたが、すぐに笑顔で頭を下げた。
まあ、彼も今まで散々オーランドの餌食になってたんだろう。
ジョシュはすでにマイペースで酒を飲んでいるようだし、その分被害は彼にいくはずだ。彼ならそつなく相手にするんだろうけど。
そんな事を思いながらリビングを出ると自分の部屋に向った。
何となく頭も重いし体がだるい。オーランドの変な病気でも移されたかな…(!)
「はぁ……」
部屋のドアを開けて、すぐに寝室に向いベッドに倒れ込む。その時、携帯が鳴り出し、ドキっとした。
ポケットから携帯を取り出しディスプレイを確認すれば、また非通知だ。俺は携帯の電源を切り、そのままベッドに放った。
どうせ出れば無言で切れる。これをデライラがやってるって証拠があればいいんだけどな…
コンコン
「?」
不意にノックの音が聞こえ、俺はベッドから起き上がった。
すると寝室のドアの隙間からがひょこっと顔を出す。
「レオ、大丈夫……?」
「ああ、…どうした?」
の顔を見て少しホっとすると、俺はベッドに腰をかけた。
「ちょっと元気ないから心配で…。疲れてるの?」
はそう言って俺の方に歩いて来ると静かに隣に腰をかけた。
俺はの肩を抱き寄せ、額にキスを落とすと、いつもの笑顔を見せる。
「大丈夫。ちょっとだるいだけだからさ」
「ほんと…?」
「ほんと。そんな顔するなよ」
「だって……レオ、最近ほんと食欲落ちちゃったし少し痩せたよ?」
「そう?いいんだ。前の映画で少しだけ太ったからさ」
そう言って笑うと、もやっと笑顔を見せる。
「もう、後4日ほどでクランクインだろ?台詞入った?」
「うん、何とか…。ちょっと忘れちゃったりもするけど」
「まあ、あまり無理しないで。ジョシュもいるんだから思い切り甘えてやれよ。そしたら、あいつも喜ぶ」
「そうかな〜。NG出したら怒られちゃうかも」
「そんな事ないだろ。ジョシュなら何とか誤魔化してくれるよ」
そう言ってを自分の方に抱き寄せた。
「……レオ…どうしたの…?」
「んー。ちょっとに甘えようかと思って」
「えー珍しい」
はそっと俺の背中に腕を回すとクスクス笑っている。俺はそのままギュっと抱きしめる腕に力を入れた。
「レオ…ほんとに大丈夫…?」
耳元での心配そうな声が聞こえて来て俺は小さく頷いた。
「大丈夫だよ…。がいれば俺は大丈夫」
「ほんとかなぁ」
「何だよ、疑うの?」
「そんな事ないけど……レオなら沢山、癒してくれる人いるでしょ?」
「…………いないよ…」
「……え?」
「そんな女いない」
そう呟いて、そっとを離すと、少し薄暗い部屋の中、の黒い瞳がかすかに揺れた。
「レオ………何かあった…?」
「別に。何もないよ」
「そう?なら……いいけど」
はそう言ってちょっとだけ微笑む。その表情を見て一瞬ドキっとした。
幼い頃から見てきたのに、今、一瞬 の表情が凄く大人びていて一人の女性としてハッキリ意識をしてしまった気がしたのだ。
慌てて目を反らし煙草に火をつけると、は首を傾げている。
「レオ、やっぱり変だよ?」
「……そんな事ないよ?それより下、放って来て大丈夫か?そろそろオーランド辺りが呼びに――――」
「〜〜?!どこぉーー?!」
「「――――っ」」
言った矢先に大きな声が聞こえて来て俺はガックリ来た。
「あーーーレオと二人で、こんな暗い部屋で何してるんだよーーーっ」
いきなりパチっという音と共に部屋の電気がついて、俺とは眩しさで目を細めた。
そしてオーランドを見れば、何だかさっき以上にフラフラして顔まで赤い。
「オ、オーリィ……!また飲んだの?!」
さっきよりも赤いオーランドの顔を見てが立ち上がると、オーランドはへにゃーっと笑顔になった。
「ちょっとジョシュのバーボン奪っただけさ〜。でも大丈夫!熱は下がったから!」
「そ、そんな問題じゃないでしょ?全くもう!病み上がりで、こんな酔っちゃって!はい、早く部屋に戻って寝なさい!」
「えぇ〜!一人で寝るの嫌だよ〜。、添い寝してくれる?」
オーランドは酔ったのをいい事にアホな事を言い出し、俺は無言のままベッドから立ち上がった。
そして何の迷いもなく、オーランドの後頭部めがけてグーでパンチすれば、
「ふぎゃ!」
と潰された猫のような声を上げて、その場に蹲ってしまった。
「一人がそんなに寂しいなら俺が添い寝してやろうか?」
蹲ったオーランドの前に仁王立ちして上から冷ややかに見下ろせば、オーランドは涙目で顔を上げた。
「だ、大丈夫ですぅ!一人で寝れますからぁ……」
「よし。なら部屋に戻れ」
そう言ってドアの方を指させば、オーランドはフラフラ立ち上がり、ヨロヨロ〜っとしながらも俺の部屋から出て行った。
それを見ても慌てて後を追う。
「はぁ……疲れる奴……」
今ので、さっき癒された分が帳消しになった気がして、俺は思い切り溜息をついた。
だが、その瞬間、の、「キャァ!」という悲鳴が聞こえて俺はすぐ立ち上がり、部屋を飛び出す。
「オーランドーーーっ!!!!」
「うぎゃーー!ご、ご、ごめんなさーーーい………ぃだっ!」
「キャ、レオ、やめて!そんな殴ったらオーリーのタンコブが大きくなっちゃう………!!」
―――いつ俺に安息の日々が来るんだろうか……