お兄ちゃんが恋人C









いつもと変わらぬハリソン家の朝。"ソレ"はリビングのテーブルにポツンと置かれていた。



「ふぁあぁ……」

リビングに特大の欠伸をしながら最初に入って来たのは四男のイライジャ。
ここ最近、親友(最近では癌友?)の近況報告(とジョシュのだろう)の催促電話が酷くて寝不足のようだ。

「あー眠い……」

そんな事を呟きつつソファにゴロンと寝転がる。

「ったく……ドムのバカめ…仕事で疲れて帰ってきてるのに毎晩、毎晩、電話攻撃なんて冗談じゃないよ…っ」

やはり本気を出したドムは怖いらしい。それもの事となると犯罪者並み、いやハッキリ言って犯罪者だ。
だがジョシュにだけは、その嫌がらせの被害は及ばなかった。
ドムもバカだけどアフォではない。
愛するの大切な兄貴に嫌がらせなどをして、もしバレた時、彼女と結婚(無理だけど)するのが更に困難になるという事は分かっている。
(特に自分の手の内を洗いざらい知っているイライジャがいるからとも言えるが)
なので当然、愛しいとキスシーンなどをする不届き者(この場合ジョシュ)に嫌がらせをしたいのだろうが何も出来ないという状況だった。

だが、その"アフォ"は家族の中に一人いた。

まあ…"誰"かは言わなくても分かるだろう。
彼は密かにドムを見習い、それでもドムよりは規模の小さな嫌がらせを自分の弟にしていた。
雑誌に載ってるジョシュの顔にマジックでイタズラ書きをしたものをリビングのテーブルに置いたり、(ちっちぇー)
ジョシュの靴にアロンアルファを入れておいたり、(姑息)
ジョシュの部屋に大量のエロビデオを持ち込んで(に幻滅させようと言うのが狙い)
わざと見える場所に置いておくなど、いちいち小さな嫌がらせを毎日、せっせと仕掛けていた。

この、あまりに小さい嫌がらせに最初は軽く無視をしていたジョシュだったが、ある日。
その行為を彼は、よりによって愛しいに見られてしまった。
(この時はジョシュの靴(アルマーニ)を勝手に履いて犬のウ●チを、わざと踏んでいた)(極度に姑息でちっちぇー)
それをガッツリと怒られ、彼は泣きながら家を飛び出して行ったのは言うまでもない。

「はぁードムの影響が何でオーリーに出るかな…オーリーもオーリーだよ…困った兄貴だ…。しかもやることが、いちいち小さいんだよな、これがまた…」

イライジャは呆れたように、そう呟くと溜息混じりに起き上がった。
そして、ふとテーブルの上にある一枚のメモに気づき、それを手に取る。


「なになに〜えぇぇっと………"深さないでください。オーランド"……って何だ、こりゃ」


そのメモを見てイライジャは首を傾げた。



「"ふかさないでください"って何だよ・・・・?」



この家の二男はとてつもなく"アフォ"だった……………………












ジョシュ




「何だよ、これ。字が間違ってるじゃないの? "深す"じゃなくて"探す"だろ?」
「だろー? もうー最初、何が言いたいのかサッパリ分からなくて困ったよー」

イライジャはケラケラ笑いながら、そう言うと朝食のクロワッサンにかぶりついた。
だがは心配そうな顔で溜息をついている。

「昨日、私が怒っちゃったからかなぁ……」
「気にするなって。は俺の靴を守ってくれたんだからさ。だいたい、あれレオからの誕生日プレゼントだったのに…」

の頭を撫でながら俺が微笑むと、はやっと顔を上げた。

「でも……ちょっとキツかったかも……」
「いいんだって。それにオーリーなら、どっか、その辺にいるよ。ほら前にもあっただろ? どうせ裏庭の倉庫辺りで泣いてるって」
「そうかな…? じゃあ…見て来ようかな…」
「行かなくていいって。暫く放っておけば?」

イライジャも、苦笑しながら肩を竦めている。だがはシュンとしたまま俯いてしまった。
オーリーの自業自得なんだから気にする事ないのに、とは思うが、は優しいから、どうやら本気で心配しているらしい。
俺とリジーは互いに顔を見合すと軽く息をついた。

「そんなに気になるなら俺が見て来てやるよ」
「ジョシュ…」

椅子から立ち上がり、の頭にポンっと手を置くと彼女は瞳を潤ませながらフニャっと眉を下げた。
その顔を見て、つい笑みが零れてしまう。

ほんと兄思いで優しい妹だよ、は。
こんな顔されたら俺が"被害者"なのに、仕方なくバカ兄貴を探してあげようなんて思っちゃうもんなぁ…。

そんな事を思いつつ、をリジーに任せて、俺は裏庭にある倉庫へと向った。
ここは庭の手入れ用に使う用具が置いてあるだけだが、かなり広いので小さい頃からオーリーの家出場所になっていたりする。

「はぁ…ったく…。おバカな兄を持つと苦労するよ、ほんと…」

ガシガシと頭をかきつつ、ついボヤきが出た。
倉庫の前まで行くと大きな溜息一つ、ついてからドアをドンドンっとノックする。

「おい、オーリー! いい加減出て来いよ! が心配してるぞ?!」



シーン……



(あれ…? だいたい、この第一声で、あのやかましい泣き声で飛び出してくるのに…)


「おい、オーリー! いるんだろ?!」


そう怒鳴ってガラっとドアを開けてみた。
倉庫の中は薄暗く、よくは見えないが人のいる気配がしない。

(あのオーリーが、こんなに静かに気配を消せるはずがない…)

俺は首を傾げつつ、倉庫の中へと入り、棚の後ろや、いつもオーリーが隠れている場所を細かく探してみた。
だがオーリーの姿はどこにも見当たらない。

「はぁ…どこ行ったんだ……?」

俺は朝からドっと疲れて思い切り頭を項垂れた。








「大丈夫だよ。そのうち、ひょっこり戻ってくるからさ」
「そうかなぁ…」

スタジオについても浮かない顔のを安心させたくて、そう言うも可愛い妹はなかなか笑顔を見せてはくれない。
が元気のない姿は俺としても辛い事だし、その上、こんな顔をさせてるのがオーリーだと言う事も余計にムカツクんだ。

「そうだよ。どうせに心配して欲しくて家出先を変えただけだって。きっと友達の所に転がり込んでるよ」
「だといいんだけど…」
「大丈夫だって。それより今日はカメリハなんだし集中しよう? その後には取材もあるし」
「うん。そうだね」

頬に軽くキスをしながら、そう言って抱きしめればも腕の中で小さく頷いた。
そこへヒュ〜♪っと口笛の音が響き、ギョっとして顔を上げれば、いつの間にか周りにはスタッフが集まって来ていて全員がニヤニヤしながら俺達を見ている。

「ヒューヒュー♪まだラブシーンには早いぞ〜ジョシュー!」
「これじゃあ雑誌に"怪しい"って書かれても仕方ないな、お二人さん!」

「バ…バカ! 何言ってんだよっ」

一斉にからかわれ、俺は顔が一瞬で赤くなり、慌ててを離した。
も恥ずかしそうにしながら俯いて、

「い、衣装に着替えてくるね…っ」

と後ろでスタッフと話しこんでいたスタンリーの方に走って行ってしまい、ちょっと悲しい。
そこへアランがニヤケ顔で歩いて来た。

「あららージョシュ、顔真っ赤だぞ! 普段は平気な顔でイチャイチャしてるのに」
「う、うるさい、アラン!」
「いやいやー。そんなんで本番、大丈夫かー? 今日は初のキッススィーンが待ってると言うのに!」
「いい加減に………!って…は? キスシーン?」

アランの言葉に俺はハッキリ言って固まった。
するとアランがムカツクほどの笑みで台本をチラチラ振って見せている。

「昨日、台本の方で少し手直しがあってなー。二人最初のシーンにいきなりキスシーンだとよ!」
「な… 何だよ、それ! 聞いてないぞ?!」
「言ってないからな」
「――っ!」

得意げなアランにムカつきながらも奴の手から台本を奪い取り、最初のページを捲ってみる。
すると確かに昨日とは違うシーンが少しだが組み込まれていた。
まあキスシーンと言っても唇にチュっとするような軽いものらしいが…

「ちょ……何でいきなりキスシーンから始まるんだよっ?」
「さぁー? まあ、恋人同志って設定なんだし? いいんじゃないか?」

呑気にヘラヘラと笑いながら、アランは肩を竦めて見せ、俺は思い切り眩暈をするのを感じていた。










レオナルド





イライラする。
さっきから感じる、この視線に俺はハッキリ言ってウンザリしていた。

「なあ、レオ。彼女、最近おかしくないか?」

スタッフの中でも一番仲のいいジョーイがコソっと呟いた。
彼の視線の先には俺の最近の悩みの種でもあるデライラがいる。
ジっとこっちを見て俺が顔を向けるとニッコリと微笑んできた。

「ほっとけよ。今日で彼女の撮りも終わりだろ?」
「まあなぁ。でも、ただの脇役なのにレオにベタベタしすぎだしな。彼女のシーン少しカットしたらしいよ」
「……思い込みの激しい女って怖いよ」

俺はそう呟いて溜息をついた。彼女が監督と何やら話しているのが見える。
きっと、他のシーンの影響で彼女のシーンがカットされ、もう撮りはないと言う話だろう。

ここ最近の撮影の遅れはデライラのせいだというのは皆も気づいていた。
そして何度注意を受けても変わらなかった彼女は監督の怒りを買ったのだ。
だから最初の予定よりも彼女のシーンが少なくなり、今日でデライラの撮りは終わりと言う事だろう。
そうなった責任を少なからず感じないわけではなかったが、俺としてもどうする事も出来ない。
俺にとっては、ただの遊び。
彼女はそう割り切る事も出来ず、プライベートな事を仕事に持ち込み、撮影スタッフにも迷惑をかけた。
それはプロとしても失格だ。
それに……俺としても一晩限りの責任をとって彼女と付き合う事なんて考えられない。

俺は監督とデライラが話しているのを尻目に自分の控室へと戻って行った。



「はぁー」

ソファに座り、思い切り溜息をついて煙草に火をつける。
彼女には悪いが、これで嫌がらせから解放されると少し安心した。
そこへノックの音が聞こえてきた。

「どうぞ」

そう声をかけると中へ入って来たのはデライラで、俺は少しだけ警戒した。

「何の用……?」

煙を吐き出しつつ素っ気無くそう言えば、以外にもデライラは優しい笑顔を見せる。

「私、今日でこの映画も撮り終えたの。だから最後に挨拶に、と思って」
「へー。そうなんだ。お疲れさん」

彼女の方を見もせずに、そう言うとデライラは少しだけ俺の方に歩いて来た。
そこで、やっと顔を上げると、彼女の顔にさっきまでの笑顔はない。その代わり無機質な瞳が俺を見下ろしていた。

「もう一緒に仕事をする事はないわね」
「そうだな…」
「残念だわ…」
「……………」

何となく不気味なものを感じ、俺は煙草を灰皿に押しつぶした。

「俺、この後、撮影あるから」
「そう、そうね…。私も、もう帰るわ」
「そうしてくれ。じゃあ…」

ソファから立ち上がり、台本を手に部屋を出て行こうとした。その時、不意に腕を掴まれドキっとして振り返る。

「大切な妹さん元気……?」
「…は?」
「最初から言ってくれればいいのに」
「………何をだよ」
「妹と、こういう関係だってこと」
「…………っ?!」

そこでデライラはバッグの中から古い雑誌を出して見せた。

「それは……」
「そうよね。血が繋がってないんだもの。こういう関係にだってなれるのよね」

デライラはそう言ってニッコリ微笑むと、俺との関係は兄妹以上のものだと書いてある記事を開いて見せた。
それは数年前に出たゴシップ雑誌で、いつもと同じように面白おかしく書かれたものであり、そんなものを本気にする方がおかしいと思うような記事だった。
だが今さら、そんな古い雑誌を見せて、と俺の事を侮辱するような言い方をしたデライラに俺はカっときた。

「ふざけんな! こんな記事、デタラメに決まってるだろう?」

そう怒鳴り、彼女の手から雑誌を叩き落とすと、捕まれている腕を思い切り振り解いた。

「帰ってくれ。君の顔は二度と見たくない」
「何でそんなに怒るの? これが事実だから?」
「違うって言ってるだろ?! これ以上、侮辱したら………っ!」
「なぁに? 許さないとでも言うつもり?」

デライラはクスクス笑いながら落ちた雑誌を拾い上げている。その姿に俺は嫌なものを感じ、彼女の腕を掴んだ。
その拍子に拾おうとした雑誌がバサっと足元に落ちる。

「帰れよ。嫌がらせも、もう止めてくれ。これ以上、俺に構うなら、こっちもそれ相応の対処をする」

そう言ってドアを開け、彼女を廊下に出した。
するとデライラは笑顔を見せて彼女の腕を掴んでいる俺の手をギュっと握り締める。

「嫌がらせなんて……そんな事しないわ? だって私はレオを愛してるんだもの」
「まだ、そんな……」
「だから……例え妹さんでも私のライバルなら許せないわよね…。お兄さんを誘惑するなんて」
「――っ?!」

そう言って俺の手を自分の口元に持って行って軽く口付けた。その手を振り払い、彼女の腕を逆に掴むと力いっぱい引き寄せた。


に何かしたら俺はお前に何するか分からないぞ…っ」

「…ぃたっ」


手首を凄い力で掴めばデライラは痛みで顔を顰めた。だが俺は力を緩めないまま、彼女を壁に押し付ける。

「………もし……に近づいたら……この業界にいられなくしてやるよ…」

そう言って腕を離すと、デライラは途端に憎しみの篭った目で俺を睨みつけた。

「酷い男…! そんなに彼女が大切?! どんなに大切に思ったって、あの子はしょせん、妹じゃない…!」

顔を歪め、そう叫ぶ彼女はすでに女優ではなくなっていた。嫉妬に狂った、ただの女でしかない。
俺は彼女を無視して控え室に戻るとバンっと思い切りドアを閉めて、その場に座り込んだ。
体中の血が一気に駆け巡って頭の奥がやけに熱い。怒りを沈めるまではスタジオに戻れない、と思った。

「Shit...!」

舌打ちをして壁を拳でバンっと叩き、足元に落ちたままの、さっきの雑誌を見た。

こんな前のものを持ち出してきて、何のつもりだ?にまで何かする気だったのか?
だいたい、この記事を鵜呑みにするなんて、どう考えてもおかしい。
まあ、どっちにしろ…あそこまで言えば、いくら何でもデライラだって何もしないだろう。
あんな風になっても彼女だって女優という立場は壊したくないはずだ。

「…ふざけやがって……何が"しょせん妹"だ…」

よく分からない苛立ちが込み上げてきて、俺はそんな言葉を吐き捨てた。

そして、その雑誌を手にすると、それを思い切り引き裂き、投げ捨てたのだった。












イライジャ




「Hello......」

『リジーか? 今どこだ』

いつもの親友(とは思いたくない)からの近況報告(半分、脅し)の電話がかかり、ウンザリしつつも出れば、そう言われた。
ここで言わないと、僕にまで被害が及ぶので、素直に答える。


「今は…家の近くの公園」

『は? 何で公園なんだ? いい歳してブランコでも乗ろうってのか?』

「…違うよ…。オーリーがまた家出したんだ。だから仕事の帰りに見によってみただけ」

『はあ? オーランドが家出? 何でだよ』

に怒られてさ…」

『何ぃ? あーーはっはっはっは! そっかぁーに怒れたのかー! いい気味だ! で? 何で怒られたんだ?』

「……ジョシュに、あまりにちっちゃいがらせをしてね…。それをに目撃されたんだ…」

『……………………』



(ぷ…っ!黙っちゃったよ…!これでドムもジョシュに何かしたくても、ますます出来ないだろうな)

僕は心の中で笑いを噛み殺すと、携帯を右から左に持ち変えた。


「Hello? ドム〜?」

『あ、ああ…な、何だ?』

「何だじゃないよ。何か用? 僕、オーリー探さないといけないから忙しいんだよ」

『は? あんなアフォ、放っておきゃいいだろ。そのうちワンワン泣きながら帰って来るか、警察に補導されるさ』(!)


どこに補導される25歳がいるんだ?(しかも一応、あの人だってハリウッドスターで有名な俳優だぞ?)
それに、いくらオーリーでも"アフォ"に"アフォ"なんて言われたくないだろうなーなんて思いながら軽く息をついた。

が自分のせいだって言って落ち込んでるからさぁ…。何としてでも見つけて無理にでも連れ帰らないと、が可愛そうだろ?」
『ぬ、ぬゎにぃおぅ?! が落ち込んでるって?! アフォが家出したことで?!』
「そりゃーね。オーリーが悪い事したから怒ったんだけど、それで泣きながら家を飛び出されちゃさ。だって凄く優しい子だし罪悪感感じるだろ」
『そ、そぉだよなぁ〜〜〜〜分かる! 分かるよ! 彼女は優しい天使のような子だからな!』
「う、うん…だろ…?」

あまりの熱弁に僕も一瞬、引いたがドムはひたすら納得している。
そしての落ち込む原因となっている我が家のバカ兄貴の軽率な行動を怒り出した。


『おのれ、オーランドめぇーーっ! が落ち込むような真似をしくさって、どこ行ったんだ、あのガキャ!』

「さ、さぁ…? だから今から僕がオーリー行きそうなところを探して――」

『そうか! じゃあ俺も協力するぞ!』

「……は?」

『は?じゃない!俺もバカオーランドを探すのを手伝ってさしあげようって言ってるんじゃないか! 感謝しろ!我が親友よ!』

「い、いや…で、でも悪いしいい――」(てか逆に迷惑)

『まずは奴が行きそうな場所から徹底的に探してみるから、リジーも逐一、俺に報告しろ!分かったな?』

「いや、だからね、ドム――」(ちゃんと聞いて欲しい)

『あぁ〜〜それと! にも俺が必死になってオーランドを探しているようだ、とさりげなく言っておいてくれ! You understand?』

「う…うん…(迫力負け)

『よぉーし! じゃあ今から俺も捜索隊の仲間だ! 行って来る!』

「あ、おい、ドム――」





ブチ…ッツーツーツーツー




「……………………」




僕はちょっぴり半目になりつつ、静かに終了ボタンを押した。

ピコンっという可愛らしいプッシュボタンの音が今は何だか妙に空しく聞こえた………(オーリィのバカァ…)

















「えっ! キ、キスシーン……?!」

スタンリーの言葉に驚いて私はカーテンを開けた。
今は衣装に着替えるのにスタイリストさんとフィッティングルームの中にいた。
だが、いきなり今からキスシーンがあると聞いて驚いてしまい、着付け途中で飛び出してしまったからか、スタンリーにギョっとされた。

「お、おい…! ちゃんと着替えてから出て来いよ…っっ」
「え? あ、キャ……ッ」

スタンリーは顔を赤くして慌てて後ろを向いてしまい、私はそう言われて初めて胸元が肌蹴ているのに気づいた。
そして私も慌てて中へと戻り、カーテンを閉める。

「ったく、ほんとそそっかしいんだから!」
「ご、ごめん……」

外から聞こえてくるスタンリーの呆れたような声に思わず顔が赤くなる。
スタイリストのリン(中国の子らしく今日、初めて会ったが親しみが湧く子だ)もクスクス笑いながら、

「今、さんの胸、見えたでしょ、スタンリー!」

なんて、とんでもない事を言っている。
その言葉に私は更に顔が赤くなったが、当然のように外からスタンリーの怒鳴り声が聞こえてきた。

「み、見るかよ! うるさいぞ、リン!」
「なーに照れてんのよ! らしくないったら」
「黙れ、リンっ。さっさと仕事しろ!」

リンの言うように照れてるのかどうかは知らないがスタンリーは私に言う以上にキツイ言葉を彼女にぶつけている。
その二人のやり取りを聞いて少し疑問に感じ、首を傾げた。

「あの………二人は……知り合い?」
「あ、そうなんです。彼がモデルやってた時、よく一緒に仕事してましたから」
「そ、そうなの?」

それには驚いたが、すぐにスタンリーが、「余計な事は言うな、バカ」なんて言ってくる。
その声にリンはクスクス笑いながら肩を竦めた。

「あいつ、口は悪いけど凄くいい奴なんで」
「え? あ……そう…ね」
「あ、こんなこと私が言わなくてもさんの方が知ってますよね」
「そ、そんな事は……」
「あ、出来ました」
「あ…ありがとう」
「いいえ。じゃあカーテン開けますね?」

リンはそう言って微笑むと、思い切りカーテンを開けて外で待っていたスタンリーの方に歩いて行った。

「ほら、出来たわよ」
「…ぃて!」

スタンリーの背中をバンっと叩くと、リンは笑いながら控室を出て行った。

「ったく…相変わらずバカ力だな、あいつ…」

スタンリーは顔を顰めつつ、ブツブツと文句を言っている。だが私が出て行くと、少し視線を反らして、

「あ、あのさ…さっき……見てないから……」

と小さな声で呟いた。

「あ…うん…」

まさか、あんな事くらいでスタンリーが、そんな事を言ってくるとは思わず、ちょっとドキっとした。

「ほら…これ台本。ちょっと手直し入って最初のシーンで軽いけどキスシーンあるってさ」
「…あ、そ、そう…」

目の前に差し出された台本を見て私はハっと我に返り、それを受けとった。
そして、すぐにページを捲っていくと、本当に冒頭のシーンで私とジョシュのキスシーンが描かれている。

「……出来るだろ?」
「…う、うん…。ちょっと…心の準備が出来てなかったけど……」
「いつも通り、普通に演じればいいからさ。あんま意識すんな」

スタンリーはそう言うと私の頭にポンっと手を置いてポットのある方へ歩いて行くとカップに紅茶を注いでくれた。

「ほら」
「あ、ありがと…」

ソファに座り、紅茶のカップを置くと、スタンリーはすぐにスケジュール帳を開きながら、この後の予定をチェックしている。

「カメリハ終ったら他の衣装のサイズ合わせと、その後に単独で取材があるから」
「…うん」
「取材後は出演者とスタッフで軽いパーティがあるからホテルに移動な」
「……うん」
「どうした?」
「え…?」
「浮かない顔して。緊張してんの?」

スタンリーはスケジュール帳から顔を上げると心配そうな顔で私を見ている。
私はすぐに笑顔を見せて首を振った。

「ちょっと…。でも…大丈夫よ」
「まあ…兄貴とのキスシーンはやりづらいかもしれないけど…向こうも同じだと思うし、あまり気構えるなよ」
「うん…そうだね…。きっとジョシュの方が照れちゃうかも…」
「だろうなぁ…。彼、かなりシャイだしな」

スタンリーは、そう言ってちょっと笑うと、そこへノックの音が聞こえてきた。

「そろそろカメリハ始まるんで第三スタジオに来て下さい」
「今、行きます!」

そう声をかけて立ち上がると、台本を手に部屋を出た。
スタンリーと一緒にスタジオに歩いて行くと、そこには、すでに監督と何か打ち合わせているジョシュがいるのが見える。

「あ、

ジョシュは私に気づくと笑顔で手を上げた。監督もニコニコしながら歩いて来る。

「やあ、ちゃん。急に手直しが入っちゃって申し訳ないね」
「い、いえ…」
「今も散々、ジョシュに文句を言われてたんだよ」

今回の映画を撮る監督のショーンは、そんな事を言って笑っている。それにはジョシュも苦笑いだ。

「一応、心の準備が必要なんでね。頼みますよ、ほんと…」
「まあまあ! きっと世間にも話題になるから」
「とっくに話題になって宣伝効果もアップしてますよ」

ジョシュはそう言って肩を竦めると私の方に、「な?」 というように目配せしてきて私も笑ってしまった。
ジョシュの言うように今回の兄妹共演はクランクインする前から話題になり、
更にラブシーンがあるという事で色々な雑誌や芸能ニュースに取り上げられていた。
いい意味でも悪い意味でも反響が大きいようだ。

「じゃあ…そろそろスタンバイしてもらおうかな?」
「はい」

監督の一言で初めて、緊張してくるのを感じ、思わずジョシュを見上げてしまった。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


彼女はキッチンの前に立っていた。
未だベッドで眠る彼の為に、美味しいコーヒーを淹れようとポットを持ち、真っ白なカップを手にしようとする。
その時、不意に後ろから抱きしめられ、ポットを落としそうになった。
それを大きな手が支え、最初に頬に軽いキスをされ振り向く。
そこにはバスローブ姿の恋人の笑顔があった。


[おはよう、マット]
[おはよう、シャロン]


彼は優しい笑顔と共にそっと彼女の唇に顔を近づけチュっと軽いキスを落とした。
その時、携帯が鳴り響き、彼は思い切り溜息をつく。


[また事件かな]


そう呟く彼に彼女は優しい微笑を見せて急かすように背中を両手で押した。


[早く出て]
[もし事件だったら今夜のディナーが中止になるな]
[仕方ないわよ]
[物分りのいい彼女も、ちょっと寂しいよ]


彼はそう言って苦笑すると、テーブルの上の携帯へと手を伸ばし、通話ボタンを押した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「はい、OK!!」




ヒュ〜〜〜〜〜〜♪




「やったなージョシュー」
「お似合いだったぞ〜?」

「………うるさいよ!」

監督のOKが出た瞬間、スタッフから冷やかしの声が飛び交い、ジョシュは真っ赤な顔で怒っている。
私も思ってた以上に恥ずかしくて、すぐにジョシュから離れてスタッフが用意してくれた椅子へと座った。

「いやーいいね! 何だかシックリきてて、いい感じだったよ、二人とも!」
「…どうも……」

監督の言葉にジョシュは顔を赤くしたまま答えて、頭をかいている。
何となく顔を合わせづらいのか、私の方を見ようとはしない事で、更にスタッフにからかわれていた。
それを見れば見るほど私まで恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。
演技とは言え、兄であるジョシュに唇にキスをされたのだ。
軽いものとはいえ、普段しているような額や頬へのキスとは全く違う。
ジョシュの唇の感触が自分の唇に残っていて、私はますます顔が赤くなってしまった。

(はぁ…最初から、こんなに照れて、これで後のベッドシーンとか、本当の(?)キスシーンとか出来るのかな…ちょっと不安……)

そんな事を思ってると、監督がからかってるスタッフに、

「皆でいちいちからかったら、今後の演技がしにくくなるだろう! ほどほどにしてやれ」

と声がかかり、皆、笑顔で返事をしている。
それを聞いてジョシュはホっとしたように私の方に歩いて来た。

「えっと……大丈夫…か? って言うのも…変だよな……」
「う、うん……」

見ればジョシュもまだ顔が赤くて、きっと私も同じなのだろう。
ジョシュは眉を下げつつ、私の額を突付いてきた。

「そんな顔するなよ…」
「ジョ、ジョシュだって……」
「………………」
「……………………」

互いにそんな事を言って、視線を反らしていると、すぐに監督に呼ばれた。

「次のシーンいくぞー! まあ今度はキスシーンはないから安心しろ」
「か、監督…!」

その一言にジョシュの顔が更に赤くなった。









「はぁ……」

やっとの思いで残りのカメリハを終えてOKをもらった私は、控え室のソファにドサっと座って息をついた。

「大丈夫か?」
「あ、うん…何とか……」

スタンリーが新しく淹れなおしてくれた紅茶を受け取りつつ、笑顔を見せると、彼は隣に座って微笑んだ。

「まあ、頑張ったんじゃない? 監督も満足してたようだったし」
「そう…ね。ちょっと恥ずかしかったけど……」
「ああ、周りがからかいすぎなんだよ。俺からも監督に、必要以上に騒いでるスタッフに注意しておいてって頼んでおいたからさ」
「…え?」
「やりにくいだろ? いちいちガキみたいにからかわれちゃさ」
「う、うん………ありがとう…」

彼の気遣いが嬉しくてお礼を言うと、スタンリーは照れくさそうに顔をそらした。

「いいよ。それより……次は衣装のサイズ合わせだから」

スタンリーがそう言った瞬間、ノックの音が聞こえ、スタイリストのリンが顔を出した。

「お疲れ様です。衣装のサイズ合わせしたいんですけどいいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
「じゃあ、フィッティングルームで」
「ええ、分かったわ」

カップを置いて立ち上がると、リンが手に持っていた衣装をテーブルに置き、メジャーを取り出した。
サイズは下着姿で測るのでフィッティングルームに入り、カーテンを閉める。
リンも一緒に中へと入り、服が脱ぎ終わった私の体のサイズを丁寧に測っていった。

「さっきのシーン、どれも良かったです」
「え? あ…ありがとう」
「やっぱりジョシュと並ぶとシックリきますよねー」
「そ、そう…かな……」
「ええ、とっても。ジョシュもさんを大事にしてるんだーって目に見えて分かったし」
「あ……ジョシュは優しいから気遣ってくれて…」
「そうですよねー。ジョシュって優しそうで私好きなんです。あ、レオも好きなんですけどね」

リンはそう言ってちょっと笑うと、作業を続けながら楽しそうに話し出した。

「前にレオとさんが今回のジョシュみたく噂になった事があったじゃないですか。あの雑誌を見て、あーもしこれが本当なら凄くお似合い!なんて思ったんですけど、今日はジョシュともお似合いだなーなんて思っちゃいましたよ」
「そ、そう? でもあれは嘘だし…」
「そうですよね。分かってるんですけど、でも仲良さそうな写真とか見ると、もしかして? なんて思っちゃって」
「ま、まさか、そんなはず――」

「おい、リン!いい加減にしろよ? くだらないおしゃべりしてないで仕事しろ」

「――っ」

外からスタンリーの不機嫌そうな声が聞こえてきてドキッとした。
だがリンはすぐに口を尖らせると、「分かってるわよ! ほんとうるさいんだから」とブツブツ文句を言っている。

「……あ、あの…」
「あ、ごめんなさい…!私とスタンリーって、いっつもこんな感じだったんですよね。ほら、あいつ男のクセに口うるさいでしょ? だから――」

「聞こえてるぞ…」

「あーら、ごめんなさいねっ」

リンはそう言いながら声を潜めて笑っている。
その笑顔はどこか嬉しそうで、とても可愛いものだった。

そう…彼女は仕事中だからか、私と似たような長い黒髪をアップにしているが、下ろしたら凄く大人っぽくて奇麗なんじゃないかと思った。

「仲…いいのね」
「え? 私とスタンリーが?」
「ええ」
「ま、まさか!ただの腐れ縁です。あいつがモデル辞めてからは一緒に仕事する機会なんてなくなって、せいせいしたんですけどねーまた、こんな風に現場で一緒に仕事するなんて思ってもみなかった…」

リンはそう言うとサイズを測りながら少しだけ目を伏せた。
その表情は、どこか寂しげで何となく私はドキドキするのを感じて視線を反らしてしまった。

「あ、終りました。もう服着ていいですよ」
「あ…うん」

リンはそう言ってサイズを書いたノートを自分のバッグにしまい込んだ。
すぐに服を着てフィッティングルームから出れば、ソファに座っていたスタンリーが顔を上げた。

「やっと終った?」
「あ…うん」
「遅くなって申し訳ありませんねっ」

リンは後から出て来るとスタンリーに向って憎まれ口を叩いている。
それにはスタンリーも苦笑いを浮かべ、立ち上がると彼女の額を指で突付いた。

「相変わらず、口が達者だな、リン」
「それはお互い様じゃない?」
「それに変わらずチビだし?」
「む! 何よ、ちょっと大きいからって。女の子は小さい方がいいいんだから。それにさんも小さくて可愛らしいじゃない?」
「あーはね。でもリンはなぁ〜。ただのお子ちゃまって感じだろ?」
「もぉー何よ、スタンリー!」
「あはは、そうやってムキになるとこも変わってないな、お前」

二人は何だか楽しそうに話していて私はその場にいるのが何だか苦しくなってきた。
何となくいづらくなり私はバッグを掴むと、そのまま控室を出ようとドアノブに手をかけた。

「あ、おい、。どこ行くんだよ」
「……あ…ちょっとジョシュのとこ。先に行ってるね…っ」
「え? あ、おい…待てって―――」

スタンリーが呼んでるのも聞かず、私はその場を逃げ出し、すぐにジョシュのいる控室へと走って行った。
何だか息苦しくて胸が痛くて、だんだん足が速くなる。
そして廊下の角を曲った時、ドンっと誰かにぶつかってしまった。

「キャ…」
「あ、っとごめん!」

転びそうになった時、腕を掴まれ、顔を上げると、そこには共演者のジェイクが立っていた。

「あ…ジェイク…」
「やあ、か。大丈夫?」
「あ、はい…。あの…ごめんなさい、ぶつかっちゃって…」
「いや、いいんだ。それより、どうしたの?慌てて…。一人?」

ジェイクは人当たりのいい笑顔を見せながらキョロキョロと辺りを見渡した。
いつもスタンリーかジョシュが一緒にいるので不思議に思ったのかもしれない。

「えっと…ジョシュのとこに行こうと思って……」
「ああ、ジョシュならケイトと仲良さそうに話してたよ」
「ケイト?ああ…」

そう言われて思い出した。ケイトとは、今回の映画で女刑事の役をキャスティングされた女優だ。
映画の中ではジョシュの相棒の役に当たるので、二人で台詞合わせをしていてもおかしくはない。

「えっと…どこに…いましたか?」
「第二スタジオかな?今日はケイトと俺がそっちでカメリハがあったから。今終ったばかりなんだ」
「そ、そうですか…じゃあ……」
「ああ、
「はい?」

歩き出そうとした時に呼び止められ、振り向けばジェイクはニッコリ微笑んで私の方に歩いて来た。

「君と共演出来て光栄だよ。これから宜しくね。まあ、俺は君の兄貴に追われる役だけどさ」
「い、いえ…こちらこそ宜しくお願いしま……っ?」

そう言って顔を上げると、突然、頬にチュっとキスをされ、驚いた。目の前にはジェイクの意味深な笑顔がある。

「挨拶だよ。お目付け役がいないうちに、と思ってね」
「は、はあ……」

まあ、頬へのキスくらい誰でもするので、それほど気にはしなかったが、不意打ちをくらった事で少し固まってしまった。
そこへジョシュが歩いて来るのが見えた。

 どうした?」
「あ、ジョシュ…」
「やあ、今、君の妹君に挨拶をしててね」

ジェイクはジョシュがきたのを知ると、また人当たりのいい笑顔を見せる。
それには少し怖い顔で歩いて来たジョシュも、ホっとしたように息をついた。

「そう。ああ、明日から宜しく」
「こちらこそ。じゃあ、俺はこれで。またね、
「どうも、お疲れ様です」

ジェイクはそのまま廊下を歩いて行ってしまった。
それを見送りながら、チラっとジョシュを見ると、ジョシュは目を細めて私を見ている。

「何か…されたり言われたりしたか…?」
「う、ううん、そんな事は……」
「そう?なら、いいけど…。どうして一人なんだ?スタンリーは?」
「あ…スタンリーなら今、来るわ…。私のスタイリストの子と昔馴染みみたいで…ちょっと話してる」
「そう。ああ、次は取材だろ?個別で」
「うん。同じホテルだから一緒に行こうと思ってジョシュを呼びに来たの…」
「そっか。じゃあ駐車場に行ってようか」
「うん。あ…もうケイトとは台詞合わせ終わったの? 明日、同じシーンの撮りでしょ?」
「ああ。うん、まあ」

ジョシュはそこで少し言葉を濁すと私の手を繋ぎ、自分の方に引き寄せ額に軽くキスをしてくれた。

「なあ、…」
「ん?」
「今日のシーンのこと………皆には内緒な?」
「……う、うん、そう…だね」

ちょっと照れくさそうに視線を反らしながら、そう言うジョシュに私も小さく頷いた。皆はキスシーンが今日もあるとは知らないのだ。

「言ったら、またオーランドが大騒ぎするだろうし……って、そう言えば…」
「あ…っ。オーリー帰って来たかな…」
「……さあ。リジーが仕事終ったら探してみるとは言ってたけどな。どうかな」
「私も探したいけど…」
「ああ、今日はキャストやスタッフ皆でパーティあるしなぁ…帰りも遅くなるだろ?」
「うん…。でも後でリジーに電話してみるわ」
「ああ。ま、オーリーだって子供じゃないんだし、どっかで迎えが来るのを誰かに迷惑かけながら待ってるよ」
「そう…そうね」

ちょっと笑いながら頷くと、ジョシュも優しく微笑んで、私の手を繋いだまま、駐車場へと歩き出す。
その時、前からリンとスタンリーが話しながら歩いて来るのが見えて、知らずにジョシュの手をギュっと握ってしまった。

「どうした? 
「う、ううん。何でもないよ」

訝しげな顔のまま首を傾げるジョシュに私は取り繕うように笑顔を見せたのだった。











オーランド




「美味しい〜〜♪ さすがだねー!」

僕はそう言って海鮮パスタをぐるぐるとフォークに捲きつけ思い切り頬張った。そして目の前の僕の"師"でもある男性をニコニコと見つめる。
と言って、別に僕がに怒られヤケクソで男に走ったというわけではないのだ。僕はあくまで"女の子大好き人間"だからね!
そう、今、目の前にいるのは僕が一番、尊敬している男、そして僕の大切なMy Little Girl にメロメロのヴィゴ・モーテンセンなのだ☆
彼はとっても素適なナイスガイなんだ。
僕が泣きながら家を飛び出して、ココへ転がり込んだら優しく受け入れ話を聞いてくれたんだからね。
(僕がまさかヴィゴのところに転がり込んでるとは皆も分からないだろう!)
それに、こうして夕飯まで作ってくれちゃって、僕はすっかり元気になってきたよ。
ほんとヴィゴは優しいなぁー。(レオも少しは見習えばいいのにさっ)
今も僕がニコニコしながらパスタを頬張ってる姿をヴィゴは優すぃーまなざしで……ん?
ちょっと……半目かな? あ、溜息ついてる………


「そろそろ……帰ったらどうだ? オーランド……」

「えぇっ?! ななななんで、そんなこと言うのさっ」

「き、汚いな……パスタを口から飛ばすな…!」


ヴィゴは思い切り顔を顰めると、僕が飛ばした短いパスタ(!)をティッシュで慌てて包んでいる。


「ったく…お前はヘンリーよりテーブルマナーがなってないな……」

「ふぉんなごとないぼっ!」(そんなことないよ、と言いたいらしい)

「モグモグしながらしゃべるな!!」

「……んぐゅっっ!」(無理やり飲み込んだ音)

「はぁぁぁぁぁーーーーー」(特大の溜息)



何だか怪しい雰囲気…?そろそろ追い出されそうな よ・か・ん★



「…オーランド……」

「あぃ……」

「あまりを悲しませるな……」

「おおおお俺は何も……!」

「"してない"なんて言ってくれるなよ……?」


う…! こ、怖いよ、ヴィゴ……目がすわってるよ……
で、でも負けるな、オーランド!ここはグっと堪えるんだ!僕はが迎えに来てくれるまで決して家には帰らないと誓ったはずだ!
そうさ! きっと今にが僕を迎えに来てくれるはずだ!
そして、「オーリーごめんね? もう怒らないから一緒に帰ろう♡」 と言って頬にチュ♡って、チュ♡ってしてくれるはずなんだーー!
そして、そして、「オーリーがいなくて凄く寂しかった! 今夜は一緒に寝て♡」 ってかぁいく言ってくれるんだ、きっと! (ありえない)


「むふふふふ……♡」


「何笑ってる!気色悪い!」


「むっ!」




キンコーンキンコーンキンコーン…!




「あ♪だ!」


「な、何だとっ?!」





ガタッ! ゴン!




「つっ!」


「大丈夫? ヴィゴー」


「う……だ、大丈夫だ……っ!」


ヴィゴってばが家に来たもんだから動揺しちゃって膝をテーブルにぶつけちゃってんの。可愛いねー♪


「あ、ヴィゴ! 俺はいないって言ってよ!一応、一回はねっ」

「アホか! 私が彼女に嘘をつけるはずがないだろう!」

「……だよね…」


ヴィゴにギロリと睨まれ、僕はあはははっと笑って誤魔化した。
そして少し頬を赤くしつつ、何だか服装を整え、「ゴホン…ッ」っと咳払いなんぞしながらリビングを出て行くヴィゴを笑顔で見送った。
きっとに久々に会えるからって緊張しているのだな。まあ、その気持ちは分からないでもない。
僕に感謝してよね。愛しのに会えるのだって僕のおかげなんだか――





バン!!






バカオーランドはいるかーーっっっ!!」




ぉっ?!」




「――ぬ?!」




いきなりエントランスの方からヴィゴの雄たけびと僕の事を"バカ"呼わばりする声に一瞬、ムーっとした。
だが、すぐに、その声の持ち主が分かり顔から血の気が引いていく。そして逃げよう!と椅子から立った時はすでに遅かったのだ。



神様………あなたって血も涙もないのですね………。 _| ̄|○ ←※オーランド






ばぁんっっ!! (ドアを蹴破るかのような音)





「やっぱり、ここにいたのか、オーランドォォォォーーーっっ!!!」


「ひゃ! ド、ドム…!」


「おんどりゃーーーを悲しませるとはいい度胸だなーーっっ!!」


「な、何で、ここが…っっ」


「ぬぁーーはっはっは!!俺様の情報網を甘く見るなよぅ?!お前ごとき、一時間もあれば簡単に探し出せるわ、バカタレがー!」


ドムはハァハァと荒い息のまま僕の前にずんずん歩いて来た。
僕はヴィゴが当然、助けてくれると思っていたのに、彼は廊下から、コッソリと中を覗き、顔の前で手を合わせている(!)
そして口パクで何か言ってるのに気づいた。

(なに、なに………??)



"す ま ん  オ − ラ ン ド"



「……………………」



(そ、そりゃないよ、師匠ぉぉ〜〜〜っっ!!)



この瞬間、僕の決死の覚悟で挑んだ47回目の家出はアッサリドムによって連行される…という結果に終ったのだった。

(残酷なまでの大敗…・……)



「神様の意地悪………」

「何だとぅ?!」

「な、何でもありまへ……ぶっ…く、首ねっこは…や、やめで…っっ」

「うらうらぁ! さっさと愛しいの待つ家に帰るぞぉう!」(獲物を得た野獣一匹)

「ぐぇ……っ」



今度の家出はカリフォルニア以外にしようと心に誓った僕だった……………












あぁー今日もドムの犠牲者が一人・・・(オイオイ)(苦笑)