「―――ほんとに、お兄さんに可愛がられてるのね」
「え…?」
ジョシュが歩いて行くのを見送っていると、不意にデライラがそんな事を言い出し、私は振り向いた。
「そ、そんな事は…」
「またまた!凄く優しいじゃない? 彼」
「あ…ジョシュは…皆に優しいわ?」
「そう?でもあなたには特別みたいだったし…他のお兄さんもそうなんでしょ?」
「まあ…優しい…かな?」
そう言って笑うとデライラは軽く肩を竦めた。
「いいわねぇ。うちの兄貴なんて全然、可愛がってくれないわ」
「そんなこと…。きっと心の中では大事に思ってるわよ。うちは…皆、態度に出すだけで」
「それが羨ましいわよ。お兄さんが、あんなに優しいと恋人なんていらないわね」
「え…?そんな事は…ないけど」
「あら、好きな人でもいるの?」
「べ、別に好きな人なんて…」
彼女の質問にちょっとドキっとして首を振ると、そこへスタンリーが歩いて来た。
「おい、これサイズ直し出来たってさ」
「あ…ありがとう」
私は衣装で使う帽子を彼から受け取ると、それをすぐに被ってみる。
するとスタンリーが手を伸ばして帽子の位置を直してくれた。
「こっちの方が可愛いよ」
「あ…ありがと…」
急に彼の顔が近くなったのと、さり気なく、そんな事を言われて一瞬、顔が熱くなる。
「ん。サイズ、今度はバッチリみたいだな」
「うん。ちょうどいいわ」
「さすがリン。仕事早いよ、あいつは」
「…そ、そう…ね」
スタンリーの口からまた彼女の名前が出て、今の今までドキドキしていた胸の奥がかすかに痛む。
「あれ…彼女は?」
「え?あ…」
そこでスタンリーがデライラに気づいた。
「彼女、デライラって言って今日から撮影に参加するの」
「宜しく、スタンリー」
「ああ、どうも…。って俺のこと知ってるの?」
「ええ、もちろん。あなたがモデルの頃、載ってる雑誌をよく見てたし、そこのブランドを何度か恋人にプレゼントした事があるの」
デライラはそう言って気まずそうな顔をするスタンリーにニッコリと微笑む。そのまま私の方を見ると、
「ほら、それに、この前二人の事が雑誌に載ってたでしょ?」
「あっあれは…嘘だから…」
「あら、そうなの?凄くお似合いなのに」
「え…っ?」
彼女の言葉にドキっとして顔を上げると、スタンリーが苦笑いしながら肩を竦めた。
「まさか。彼女とお似合いなんて言われたら、お兄さん達にぶっ飛ばされるよ」
「ああ、それもそうね。あの溺愛ぶりじゃ…」
「それもそうだし…。俺はただのマネージャーだからね。元モデルってだけで色々詮索されただけだよ」
「そう、ほんと困ったものねぇ…マスコミも」
「…………………」
スタンリーの言葉にデライラもクスクス笑っている。
だけど私はさっきの胸の痛みが広がっていくような感じがしていた。
(何よ…別にそんなこと言わなくたっていいじゃない…スタンリーのバカ)
「じゃ、俺はロケ車の中にいるから」
「あ……うん」
「撮影、頑張れよ。ああ、デライラも!」
「ありがと!」
スタンリーはそう言うと車の方に走って行く。彼を見送っていると私の隣にデライラが歩いて来た。
「彼、カッコいいわよね」
「えっ?」
「モデルやってた頃から彼のこと結構いいなぁーなんて思ってたのよ」
「そ、そう…?でも普段の彼はホント意地悪だし……」
「そうなの?そんな風に見えなかったけど…」
「私以外の人には愛想いいから…」
私はちょっとだけ笑顔を見せてスタッフ用の椅子へと腰をかけた。
デライラは私の方に振り向くと少しだけ笑みを浮かべて、ゆっくりと歩いて来る。
「彼、にだけ冷たいの?」
「え?あ…まあ…。一緒に仕事してるからかもしれないけど…」
「ふーん。でもそれって―――」
「……?」
デライラはそこで言葉を切ると私の隣に座り、顔を覗き込んできた。
「のこと意識してるからじゃない?」
「…はっ?ま、まさか!そんなはずは―――」
彼女の言葉に私は心底ドキっとしつつ、かなり動揺してしまった。
そんな私を見てデライラはクスクス笑うと肩を竦めている。
「もしかして…も彼を意識してるとか…?」
「――――っ?」
「ああ、図星なんだ」
「ち!違うわ!…まさか!」
「そう?でも…かなり顔が赤くなってる」
「ぅ……っ」
デライラに頬を指さされ私は慌てて両手で頬を包んだ。
「あの雑誌に載ったことも…まんざら嘘ってわけでもなさそうね」
「デ、デライラ!もう……違うって言ってるじゃないっ」
「そう?お似合いだと思うんだけどな」
「……え…?」
「ほら、二人とも美形だし何だか一緒にいると凄くしっくりきてるから」
「そ、そんなこと…。それにスタンリーには……」
「あら、彼、恋人いるの?」
「こ、恋人ってわけじゃないけど……」
(前の恋人ってどんな位置にいるんだろう…)
そんな事をふと考えた。
するとデライラが首を傾げて訝しげな顔をしている。
「どうしたの?恋人じゃないなら…」
「あ、あの…前に付き合ってた人とかって…友達になれると思う?」
「え?」
いきなりの私の質問にデライラはちょっと驚いたような顔をしたがすぐに笑顔で頷いた。
「ええ。現にいるわ。元、恋人で現、友人ってのが」
「そ、そうなんだ…」
「は?」
「え?私……は…」
逆に質問され、私は自然とライアンの顔が浮かんだ。
彼と別れた時、決していい思い出にはならなかったけど、再会して互いに素直に向き合えてからは、自然に付き合う前の二人に戻れた気がする。
「…別れて何年かして再会した時に…やっと友人に戻れたって人ならいるけど」
「そう。今は?」
「今は会ってないけど…でももし、どこかで会えばきっと普通に友人として見られると思う…」
「でしょ?だから元恋人でも友人にはなれるわよ」
「そ、そっか…」
例え別れてしまったとしても別れ方次第では個人個人違うのかもしれない。
…スタンリーとリンもそんな感じなのかも…。元々友達だったから尚更…って事もある。
でも、どうしてリンは彼に別れようって言ったんだろう。あんなに仲がいいのに……
スタンリーが言うように、ほんとにモデルをやめたからなの?でも、そんな子には見えなかったんだけどな…
「? どうしたの?」
「え…?あ、何でもない…」
「ああ…スタンリーの前に元恋人が現れたってこと?それを気にしてるとか」
「えっ?!あ、そ、そんなんじゃ…。あの…関係ないから、ほんとに…」
するどいデライラの突っ込みに私はドキドキしながらも笑顔を見せて、それを否定した。
そうよ!だいたい私、スタンリーの事が好き……なんてあるわけないじゃないっ?
――そりゃまあ……そうなのかな…?って思った事がないわけじゃないけど……(意地っ張り)
「うふふ…」
「…?」
一人あれこれ考えていると、デライラはちょっとだけ笑いながら私を見た。
「ってば分かりやすいのね」
「――っ?!」
「顔に書いてある」
「なな何が……っ?」
「"スタンリーが気になる"って」
「…デ、デライラ…!」
「あら素直になった方がいいわよ。それにきっと彼ものこと意識してると思うし」
「ま、まさか―――」
「大丈夫よ。なら、どんな男でも好きになるわ」
「え……?」
「!スタンバイしてくれ!!」
「あ――はい!」
そこにスタッフの声が飛んで来て私は慌てて椅子から立ち上がった。
そしてデライラの方に振り向くと、
「それじゃ…後で」
「ええ、頑張って」
彼女はそう言ってニッコリ微笑み手を振った。
私も微笑み返し、すぐにスタッフの方に走って行く。だから彼女の小さな呟きは私の耳には届かなかった。
「"どんな男でも"――そうね……例えばあなたのお兄さんでもね…」
デライラはそう呟いて、ゆっくりの方に視線を向ける。
その瞳は今まで見せていた優しいものではなく、どこか冷たい視線だった――
1シーンだけ撮ると私だけ少し時間が空いて、ロケ車の方に歩いて行く。
先ほどの話を口止めするのを忘れてデライラと話したかったが彼女は今、ジョシュやケイトとのシーンを撮っている。
それが終るまで彼女とは話せない。
(はぁ…私って分かりやすいのかなぁ…何だかデライラってばするどいしドキドキしちゃった)
そう思いながら車のドアを開けると中へと入った。
てっきり、いつものようにスタンリーの「お疲れ様」という声が聞こえるかと思ったのに何も反応がない。
首を傾げつつ奥へと視線を向ければ、一番後ろの座席でスタンリーがうたた寝しているのが見えてドキっとした。
(あー寝ちゃってる…)
ゆっくり歩いて行って、そぉっと顔を覗き込むとスタンリーは膝の上に手帳を開いたまま、窓に頭を寄せて眠ってしまっていた。
その隣に静かに腰をかけ、彼の寝顔を眺めていた。
(相変わらず睫毛長くて奇麗だな。さすが元モデル…っていうか気持ち良さそうに居眠りしちゃって!その長い睫毛ビューラーで巻いちゃうぞ?)
心の中で、そんな悪態をつき、それでも起こす気になれず暫く彼を見ていた。
そして、ふと彼の膝の上にある手帳に目をやると、明日のところは"OFF"と書いてある。
そう、明日はヴィゴの作品のプレミアに招待されていたから、前にオフにしてくれと頼んであったのだ。
明日はオフ……スタンリーは何してるんだろう?
前は他の女優の付き人とかしていたけど今はもう完全に私だけのマネージャーだ。
となると…私がオフの時はスタンリーもオフなんじゃないのかな…
何となく、そんな事を考えながらボーっと寝顔を見ていると開け放した窓から気持ちいい風が吹いて、スタンリーの奇麗なブロンドの髪がふわふわと揺れている。
そして外からかすかにスタッフの笑い声や監督、ジョシュの騒ぐ声が聞こえてきた。
(あの様子じゃ誰かNGだしたな…?)
想像しながら笑いを噛み殺す。その時、かすかにスタンリーの顔が動いた。
「ん…」
「―――っ!!」(ビクッ)
視線を外に向けた時、スタンリーの目がゆっくりと開かれた。
そして眠そうな目を窓の方に視線を彷徨わせていたが、すぐ私の気配を感じたのか、バっと顔を横に向け―――
「――うわっ」
(……………失礼な)
飛び跳ねるようにして私から離れ、驚いているスタンリーに、「おはよう。気持ち良さそうに寝てたね?」と嫌味を言えば、彼は慌てて辺りを見渡している。
「あ、あれ?俺、寝ちゃってた?」
「ええ。思い切り」
「ご、ごめん…!えっと…あれ?撮影は――」
「まだ終ってないわ。少し時間が空いたの」
「そ、そっか…。あー焦った……」
スタンリーはホっとしたように息をつくと、ちょっと気まずそうに私を見る。
「悪い。夕べ、ちょっとテリーさんに接待、付き合わされてさ…。あんま寝てないんだよな…」
「え…接待って…」
「ほら、この前、話した化粧品のCMにを起用するって言ってた会社の企画部長」
「ああ…あのおじさん…」
「彼の娘がさ……俺のファンだったらしくて…。それでテリーさんに呼び出されたんだ」
「な、何よ、それ!ボーイズバーの店員じゃあるまいし…」
「俺だってそう思ったけどさ。まあ、これも仕事だしな」
「ふーん…」
「……何だよ」
「別に。で…娘さんって可愛かった?」
「は?ああ……いや…まあ…」
「何よ、どっち?」
「いいだろ、そんなの!もう忘れたよ」
スタンリーはそう言って呆れたように息をつく。それには私もムっとして口を尖らせた。
「仕事中に居眠りしてたのに態度でかい…」
「…だから…それは悪かったって…」
「…ほんと?」
「え?ああ…ほんとっ」
(……ぷ…スタンリーってば本気で困った顔しちゃってる…)
いつもはクールな顔で怒るスタンリーも今は何だか困ったように頭をかきつつ、私を見ている。
そんな彼を見ていたら少しだけ楽しくなってきた。
「じゃあ…埋め合わせしてもらおうかなぁ?」
「はあ?居眠りしただけでか?」
「あら、だってスタンリー、私が寝不足で眠そうにしてると、いつも怒るじゃない」
「そ、それはが女優だからだろ?寝不足のままカメラに立たれちゃ映画のスタッフに迷惑かかるからな」
(む…正論…。で、でも負けないわっ)
「でもスタンリーが居眠りしてたら私に何かあった時、困るじゃない」
「何かって………何だよ?」
「だ、だから……変なファンに捕まった時とか…」
「俺はお前のボディーガードじゃないぞ」
(あ…ちょっと呆れてる…目なんて細めちゃって)
なかなか手強いスタンリーに私もだんだん言い返す言葉がなくなってきた。
だが彼の手にしている手帳に目が行き、それを取り上げる。
「お、おい何する―――」
「スタンリー、明日オフでしょ?」
「え?ああ、ヴィゴのプレミアに行くんだろ?」
「違うわよ。私じゃなくて!」
「は?」
「スタンリーもオフでしょって聞いてるの」
「ああ…まあ…そうだな…忘れてたけど」
スタンリーはそう言うと訝しげな顔で私を見た。
そんな彼を無視して私は手帳を開くと明日のスケジュールのところにプレミアのやる会場と時間を書きこんだ。
「はい、これ」
「え?」
「明日、スタンリーも来てよ」
「はあ?何で俺が?」
「いいじゃない。オフなんでしょ?」
「そ、そうだけど…」
「何か用事でもある…?」
「いや…オフだってことも今、思い出したんだからあるわけないだろ」
「だったら決まり!明日は一緒に皆でプレミア!」
私が張り切って、そう言うとスタンリーは奇麗な青い瞳をパチパチとしながら、
「か、勝手に決めるなよ…だいたい俺、招待されてないし……」
「大丈夫よ。私達と一緒なら」
「だけどさぁ…」
「ヴィゴの映画、見るの嫌なの?」
あまり見られない困った様子のスタンリーにちょっと意地悪をしたくて、そんな事を言ってみる。
すると彼は慌てたように首を振った。
「バ、バカ、違うよ!あの映画は公開したら見に行こうって思ってたし嬉しいけどさ…」
「じゃあ何で渋るわけ?」
「だから…いきなり俺が一緒に行くってなったら…皆、驚くだろ?」
「皆って……レオとかオーリィとか?」
「ああ…」
「そんなの大丈夫よ。別に私が無理に誘ったって言えば―――」
「だからそれ!そんなこと言ったら、きっと怒るんじゃない?この前だって雑誌に載ったばかりだし周りだってさ…」
スタンリーはそう言って肩を竦めた。
そんな彼の言葉に私は少しだけ距離を感じ何だか悲しくなってきた。
(…っていうか何で私、こんなムキになって誘ってるんだろ…)
「…?どうした…?」
少しだけ顔を伏せていると、不意にスタンリーが顔を覗き込んできた。
その彼の表情は普段、あまり見た事のない困ったような、それでも少し心配そうな優しい顔だった。
たった、それだけで私の心臓はどんどん早くなっていく。
やっぱり私…スタンリーのことが好きなのかな……。だから些細なことで、こんなに気持ちが沈むのかな…
ただ明日は会えないんだ…って思ったから―――
「おい、?」
「もういい。ごめんね」
「え? ちょ…どこ行くんだよ」
不意に立ち上がって車を下りようとした私の腕をスタンリーは急に掴んできた。
それにはドキっとしたが私は彼の方を見て、何とか笑顔を作る。
「ちょっと撮影見てくるだけ」
「……怒ったのか?」
「怒ってないってば。気にしないでよ」
そう言って普通の顔を装うとスタンリーは軽く息をついて掴んでいた腕を離した。
(もう少し…何か言って欲しいな…)
なんて、そんな事を思いながら仕方なく彼に背を向け、車を降りようとした、その時―――
「…分かったよ」
「…え?」
「明日、プレミアな」
「……スタンリー?」
その言葉に驚き、再び彼の方に戻ると、スタンリーは苦笑しながら手帳を開いて私に見せた。
「ここに行けばいいんだろ?」
「あ、う、うん…。でも…招待状がないなら一緒に行った方が…」
「じゃあ少し前に家に行けばいい?」
「う、うん…。でも…いいの…?」
彼の言葉に戸惑いながら、そう尋ねると、スタンリーはちょっと笑って手帳を鞄にしまった。
「にスネられると困るからな」
「な…スネてなんか…」
「ま、どうせ気まぐれで誘ってくれたんだろうけど」
「それは違っ―――」
「!そこにいるのか?」
「――っ」
突然、ジョシュの声が聞こえて来てハっとした。
見れば窓の外にジョシュが私を探しているのが見える。
「呼んでるぞ?」
「あ、うん…じゃあ」
「ああ、頑張って」
スタンリーはそう言って立ち上がると、私の頭にぽんと手を置いた。
私は小さく頷くと、そのまま車を下りてジョシュの方に走って行く。
「次のシーンだってさ!」
私を見ると、ジョシュはそう言って笑顔で手を振った。
レオナルド
「、着替えたか?」
軽くノックをして声をかけると中から、「今行くわ?」と返事が返ってきた。
そして、すぐにが出て来る。
「ヒュ〜♪よく似合ってる」
「ほんと?ありがと、レオ」
は嬉しそうに微笑むと俺の頬に軽くキスをしてくれた。
彼女が着ているドレスは俺がプレゼントしたもので思った通り、よく似合っている。
「皆は?」
「ああ、もうリビングに集まってるよ」
「そう…あ、レオ」
「ん?」
階段を下りる途中、に呼び止められて振り向いた。
「えっと…今日、実はスタンリーも誘ったの。いいでしょ?一緒に行っても」
「スタンリー?ああ、まあいいけど、彼オフだったんじゃないのか?」
「そうなんだけど…ヴィゴの映画、見る気だって言ってたから誘ったのよ」
「へぇ、まあいいんじゃない?」
俺はそう言いながらの手を繋いで一緒に下へ下りて行った。
どうせ今日はドムも来るだろう。スタンリーが一緒なら、あいつも早々に近づいては来ないしな。
(ジョシュと一緒に何気なく言った、あの嘘が効いてるな)
そのままとリビングに入って行くと、ジョシュもリジィもスーツを着込んで、すでにソファで寛いでいた。
二人はのドレス姿を見て俺と同じように口笛を吹き、微笑んだ。
「凄い似合ってるよ、」
「うん、ほんと!可愛い!さすがレオが見立てただけはあるね」
「ありがとう、ジョシュ、リジィ」
二人が立ち上がってを抱きしめると、彼女は嬉しそうに微笑み、二人の頬にチュっとキスをした。
そしてリビングを見渡すと、
「あれ?オーリィは?」
「ああ、そう言えば…まだ下りてこないな」
「どうりで静かだと思ったよ」
ジョシュとリジィはそんな事を言って苦笑している。
だが、その時、能天気な鼻歌が聞こえて来て皆でドアの方に顔を向けると―――
「たりらり〜♪ららら〜ん♪お!皆、揃ってるね〜」
「オーリィ…何だか機嫌がいいな…?」
「ほーんと。それに、そのスーツ気合入ってないか?それアルマーニの新作だろ?」
「…………………」(どっかで見た事あるスーツだな……)
「まぁーねぇー♪今日はちょっとね!」
俺とジョシュが呆れたように言えば、オーランドはニヤっと笑ってリジィを見た。
するとリジィが、「あ!」」っと声を上げて俺を見る。
「そうだ、実は今日、オーリィに女の子を紹介することになって―――」
「は?」
「嘘だろ?」
俺とジョシュは同時に驚き、未だ鼻歌交じりで鏡を見ながら髪をとかしているオーランドを見る。
(しかし、どっかで見たスーツだ……)
「女の子って?」
「実は昨日、ドムに聞いたんだけど…」
そう言ってリジィは詳しく説明してくれた。
「―――って事は…そのオーランドのファンとかいう子を?」
「そういうこと。夕べ、オーリィにそのこと言ったら、"俺は当分、恋人なんて―!……その子可愛い?" だってさ」
そう言ってリジィは肩を竦めて笑った。
俺とジョシュはその話を聞いてオーランドに視線を向けると―――
「わお!は今日もスペシャル可愛いねー♪チュ〜〜vv」
「きゃ!オーリィ、そんな強く抱きしめたら髪が崩れちゃう〜っ」
「おーっとごめんよ、My Little Girl!でも可愛いから、もう一回!」
「ひゃっ」
……嫌がるの頬に無理やりキスをしていた。
(はぁ…どこのセクハラオヤジだ。ったく…)
俺は思い切り溜息をつきつつ、可愛い妹をオヤジ化したオーランドから救うべく二人の方に歩いて行った。
「おい、離せ、オーリィ!」
「―――うぉ!」
思い切り力をこめてオーランドのスーツの首根っこを引っ張る。
そして……さっきから感じていた疑問に、そこでやっと気がついた。
「うげげ…っ。は、離じで、レオ…スーツが皺に…!!」
「そうそう、さっきから思ってたんだけど…このスーツ、どっかで見た事あるな?」
「―――っ!!!」
(やっぱりな……)
目を飛び出さんばかりにして驚いてるオーランドを見て、俺は腕を離した。
「脱げ。クリーニングに出すから」
「わわ、そんなこと言わないで貸してよ、レオ〜〜!!!スーツなら腐るほど持ってるだろぉう?!」
「それは新作だぞ?!俺だって買ってから、まだ一回も着てないんだ!!」
「ひゃ…っ」
すがり付いてきたオーランドに俺がそう怒鳴ると、またしても亀の如く首を窄めている。
俺は思い切り疲れ果て最終忠告をしようと、オーランドをひっペがした。
「いいから早く脱げ…って、わぁ!バカ!スーツの袖で涙を拭くな!ああ!鼻水が…っ!!」
「ご、ごめ……レオ―――」
ガン!!
「ぅがっ」
…この時、本気で弟の首を絞めたくなり、それを堪えるのに思い切り拳に力を込めた…。
オーランド
「ぃだだだだっ!!」
「あ、オーリィ、動いちゃダメっ」
昨日のジョシュの分と合わせて、かなり大きく育った僕のタンコブにが冷たいタオルを当ててくれている。
が、少しでも力が入ると凄い痛みが僕の後頭部を襲うんだ。
「もう…どうして皆が集まると、いっつもこうなっちゃうの…?」
「ごめんね……」
「オーリィも勝手にレオのスーツ着ちゃダメでしょ?」
「うん…もうしないよ…」
(クローゼットに売るほどあるんだから一着くらい着たってバレないと思ったんだ…まさかあれが一度も着てない新作だったとは!チっ!)(反省の色なし)
結局、僕は身包みを剥がされ、今は仕方なく自分のスーツを着ていた。
レオはまだプリプリ怒っていて、ソファでビールなんか飲んでいる。(まだ夕方だぞ?)
ジョシュはジョシュで哀れみを込めた目でに治療して貰ってる僕を見てるし、(ぬっ!溜息までついてやがる!)
リジィはリジィで僕の隣にやって来てニッコリ微笑み―――
「ま、そのスーツでもカッコいいし、今日はきっと上手くいくよ」
「わわーーー!!!バカ、リジィ!!」(の前で余計な事を――!)
「な、何よ、オーリィ!ビックリするじゃない!」
突然、大声をあげた僕には驚いてパっと手を離した。
「ななな何でもないんだ、ほんと―――」
(ジタバタして、これじゃ俺、ほんとに亀がひっくり返ったかのようだ)
「で…何が上手くいくの?」
「ぅ!!」(しっかり聞こえてるよ!)
キョトンとしたに僕は言葉がつまり、リジィの奴はニヤリと笑って身を乗り出した。(嫌な予感)
「あはは!実は今日、オーリィってば女の子を――」
「わーーーーわーーーーーわーーーーーーっ!!!!」(それ以上言ってくれるな、弟よ―!!)
「「―――うっさい!!!オーリィ!!!!」」
そこへ長男と三男の怒りの声が飛んで来て、ついでに僕の顔に大きなクッションが激突した…
相変わらず今日も賑やかなハリソン家の昼下がり。
果たして、この家の二男に幸せは訪れるのか―――?
Self do, self have....?
二男を滅ぼすは二男...
そう思えて仕方がない今日この頃。(by:四男)