「ぶははははははぁ〜っっ!!ほんと飛んじゃってるよ〜〜!!!」
「あはははは!腹が痛ぃぃ〜!!!」
朝から賑やかな笑い声がリビングに響いている。
その声にウンザリしながらレオが入って来た。
「何だよ、うるさいな…」
「あ、レオ〜♪見て見て!ほら!」
「見ろって何を―――」
まだ笑いながらテレビを指さすオーランドにレオも呆れつつ視線を向ければ……
画面に映ってるのは、この家の前のゴミ集積所で何だか顔を真っ赤にして叫んでるドムの姿。
(因みに、その番組は毎朝やっている、"本日のハリソン一家"というやつだ)
そのドムに記者達が群がり、一斉にマイクを向けている。
『ご友人のイライジャやオーランドに会いに来たとか!』
『それとも夜の散歩ですか?!』
『お怪我ありませんか?!』
『……ちょっと臭いですね…』
『う…………うるさぁぁーーーーーーーーーーーい!!』
『――あ、レオが帰って来たわ!!!』
『お!レオナルドだ、急げ!!』
カメラはドムから急にぐぃんっと移動して走ってくる真っ赤なフェラーリを捉えている。
だが音声はドムの悲痛な叫びを拾っていた。
『お、おい、俺の………俺の話を聞けぇーーーー!!!!!』
「何だよ、これ……」(朝からゲンナリ)
レオは本気で溜息をつきつつ、テレビの前にいるイライジャとオーランドを見る。
すると二人は笑いながら顔を見合わせ、
「実は夕べオーリィがドムと電話してる時にとジョシュが帰ってきてさ」
「そうそう。で、が熱出したこと聞いたドムが速攻でかけつけてきたんだ」
「え?でも…夕べは見てない気がするけど」
「だから、今の映像が夕べの映像だよ。ドムの奴、凄い勢いでマスコミにチャリで突っ込んで吹っ飛んだんだ。で、あの中に――」
オーランドはそう言って再び画面に目を戻した。
すると番組ではまた同じ映像のリプレイをくり返し流している。
レオも最初から見てみると、確かにドムが凄いスピードで自転車をこぎ、角を曲ってきたところから、シッカリと撮られている。
『うあぁぁぁーー!!どけろぉぉぉぉーーーーう!!!』
「あ………」
『ドォォォン!!! ガラガラガシャーーーーーーーーーーン!!!!!』
レオがそこで見たものは手前にいた記者達に激突し、勢いよく吹っ飛んだドムの姿。
そして別のカメラがその飛んでいくドムをしっかり追いかけて撮っているので、ゴミ集積所に見事に落ちていくところまで奇麗に映っていた。
「ドムの奴…が熱出したから心配ですっ飛んで来たらしいんだけど、このザマで臭くなっちゃったから、この後に一人寂しく帰ったらしいよ」
イライジャがそう言いながら、また笑いが込み上げてきたのか、腹を抱えて笑っている。
オーランドも爆笑しながら、
「シッカリ録画したから今度ドムの奴に見せてやろうっと♪しっかし最後にドムの横を狙ってたかのようにレオが車で走り抜けて行ったのも笑えるんだよなぁー!」
「はぁ……全然、気づかなかったよ……ってか……ほんとお前の友達はバカばっかりだな…」
「――え? 何て?」
レオの独り言が聞こえなかったのか、楽しげにニコニコしながら振り向くオーランド。
そんな弟を無視してレオは静かにリビングを出て行った。
「大丈夫か?」
俺はの体を少しだけ起こしてあげると、その手にそっと水の入ったコップを持たせてあげた。
はちょっと微笑むと、「ありがと…」と言って薬を飲み、水をゆっくりと口に運んでいる。
まだ熱はあるが夕べよりは少し下がっていてホっとした。
夕べ、イライジャから、が熱を出したと電話が入り、ちょうど帰り道だった俺は車を飛ばして帰ってきたのだ。
(まさか、その横でドムがあんな事になってるなんて知らなかったが)
は昔から熱が出やすい体質だった。
少し疲れが溜まると体の方が素直に反応するのか、子供の頃から何度かこんな風に熱を出していた気がする。
そうなると父さんを含め、オーリィやイライジャはオロオロするし、ジョシュと俺は心配で病院に運ぼうとするのだが、はあまり病院には行きたがらない。
皆の傍が一番安心する、と言うので、いつも家族全員で代わる代わる看病をしていた。
「ランチは何がいい?」
ベッドの端に腰をかけ、の頬にそっと手を添えて尋ねれば彼女は軽く首を振った。
「あまり食欲ないの…」
「そっか…。でも少しは食べないと…」
「うん…。あ…ジョシュから聞いた?今日発売の雑誌のこと…」
「ああ…夕べ聞いた。ま…気にすることないよ。奴らネタがないから、ある事ない事でっち上げて書いてるんだしさ」
「うん…でも…うちの家族の事はいつもの事だからいいとしても…スタンリーに迷惑かからないかな…」
「ああ…前はテリーに怒られたんだっけ?」
「怒られたって言うか…誤解されるような行動は慎めって…」
「でもマネージャーなんだし、いつも一緒にいるのは当たり前だろ?」
「そうなんだけど…」
はそこで言葉を切って俯いてしまった。
俺はの持ってるコップを取り、ベッド横のミニテーブルに置くと、そっと彼女を抱き寄せた。
「何?何か心配なことでもあるのか?」
「そういう…事じゃないの。ただ…何度も、そんな記事が載ると…。それにジョンって記者、何か意味深な感じで凄く嫌な目つきだった」
「ああいう連中って皆、そんな感じだよ。人に嫌がられることしても平気な奴らばっかりだから。気にするな」
そう言っての額に軽くキスをすると、やっと彼女の顔に笑顔が戻る。
「ほら、少し寝て。早く治さないと撮影が遅れるんだろ?」
「うん。私のシーンは先に撮ってあったから少しの間、休んでも大丈夫って事だったけど…」
「そっか。じゃあ先にジョシュの方を撮ってるんだな」
「そうみたい」
そこにノックの音が聞こえ、当のジョシュが顔を出した。
「、おはよう。大丈夫か?」
「おはよう、ジョシュ。少し楽になったわ」
「そっか。良かった…!」
ジョシュはホっとしたようにベッドの方に歩いて来ると、俺の肩にポンっと手を乗せ、「morning...」と微笑んだ。
「morning!ジョシュ、これから出かけるのか?」
「ああ。今日はロケなんだ」
「ごめんね、ジョシュ…。皆にも謝っておいて」
「ああ、分かってる。でも、そんな心配しないではゆっくり休んで早く治せよ」
ジョシュはそう言っての額にチュっとキスをすると、すぐに立ち上がった。
「じゃあ行って来るよ」
「行ってらっしゃい」
「ああ、ジョシュ。あと外は雑誌の影響で記者がいつもより多いから出る時は裏に回った方がいいかも」
俺がそう声をかけるとジョシュは、「OK」と軽く手を上げ部屋を出て行った。
するとが俺の方を見て首を傾げる。
「レオ…今日、仕事は?」
「ん?ああ、幸か不幸か、今日は俺とオーランドはオフなんだ」
「そうなの?」
「ああ。だから今日はの傍にいれる」
俺がそう言って頭を撫でてやると、は嬉しそうな顔をして微笑んだ。
「じゃあ…心細くないね」
「ああ。でもオーランドもいるし、うるさいかもな」
「また、そんなこと言って…」
はクスクス笑いながら軽く息をついた。
そこへココン!と小気味いいノックの音と同時に騒音に近い声が聞こえてくる。
「My Little Girl〜!朝食作ってきたよ〜〜!」
「噂をすれば、だな……」
俺が溜息混じりにそう呟くとはちょっとだけ笑って勢いよく寝室に飛び込んで来たオーランドに視線を向けた。
「オーリィ、おはよ」
「morning!ってレオ、いないと思えばここにいたのかっ」
「……………」
入って来た瞬間、俺を見てオーランドは口を尖らせたが軽く無視をする。
「それよりオーランド…は病人なんだから、もっと静かに入って来いよ」
「え? うるさかった? これでも静かにした方なんだけど…」
「………………」
本人に自覚がないってのは怖い…と、この時思ったね、俺は。
そしてオーランドの手の中にあるトレーに目をやり、溜息が出た。
「おい…それ何だよ?」
「え? ああ、これはに朝食をね!」
「食欲ない時に、こんな沢山野菜なんて食えないだろ? 虫じゃあるまいし…」
オーランドが持ってきたのは皿一杯の野菜(多分サラダのつもりだろう)にベーコンとか散りばめたものだった。
だがオーランドは俺の言葉に首を傾げ、
「えぇー?でも病気の時は野菜が体にいいかなって思ってさぁー」
「バカ!それは健康な時でいいよ。特に熱がある時に生野菜なんて体が冷えるだろ?こういう時は消化のいいものがいいんだ」
「えぇーそうなの?せっかく作ったのになぁ…オーランド特製ベーコンサラダ…」
オーランドはシュンとしてトレーをテーブルに置いた。
するとは見ていられなかったのか、少しだけ起き上がり、
「オーリィ、ありがと…。気持ちは嬉しい」
「ほんと?!」
(さすがオーランド…。立ち直りが早いな…)
今にも泣きそうだったオーランドはの一言で復活したのか、すぐに笑顔を見せるとベッドの横にシュタっと跪き、
「じゃあランチには消化のいいものを作ってあげるね♪」
なんて言っての頬にチュっとキスをした。
それには俺も半目になり、オーランドを睨む。
「お前は何もするな。食事はエマに頼むから」
「えぇーー?何でさ!」
「お前に任せると、とんでもない事になるからな…」
「そんな事ないよ!俺にはへの深い愛が―――」
「あっても変な方向に行くだろ?」
「………………」
俺の冷たい一言にオーランドはぷぅっと頬を膨らませ、の手をギュっと握った。
「ほーんとレオって極寒の南極みたいな人だよね〜」
「ちょ、ちょっとオーリィ……」
「…………………(ピキッ)」
「だってさぁー俺のへの愛を疑うんだか…………ぐぇっ!」
まだ言うか、このやろう状態のオーランドの首根っこをいつもの如く思い切りー引っ張った。
「は病人なんだ。そろそろ寝かさないといけないし行くぞ!」
「わ………わがっだ…!わがっだがら離じで…っ」
ジタバタと暴れる亀のようなオーランドを引っ張りながら、心配そうに見ているに微笑んだ。
「じゃ俺たちは下にいるから…何かあれば内線かけろよ」
「う、うん…。分かった」
「あ、…!まだ後で来るがら――」
オーランドは最後の最後にに手を振り、必死に笑顔を見せている。
そんなオーランドを更にグイっと引っ張り、の部屋を出て行った。
「、どうだった?」
リビングに戻ると、イライジャが出かける用意をしていた。
俺は掴んでいたオーランドを離し、その辺に放ると(!)ソファに座り、煙草に火をつける。
「ゲホッゲホッ!ひ、酷いよ、レオ〜〜〜!!」
「(軽く無視) 少し熱は下がってたけど…まだ安心出来ないな」
「そっかぁ。心配だね」(同じく無視)
「ああ、まあ俺がついてるからさ」
「お、俺もいるぞぉー?」
「うん、じゃあ僕は仕事に行って来るよ」(またしても無視)
「ああ、頑張って」
俺がそう言うとイライジャは軽く手を振り、仕事へと向った。
そして横に視線を向ければ、すでにブーたれてフテ寝をしているオーランド。
「何だよ、何だよ、二人してさ!俺だってのこと心配してるってのに…!だいたい昔からそうなんだ!俺が何かする度にレオもジョシュもリジィさえ、俺のことバカにしてイジメるんだから…!俺が熱出しても、だぁーれも看病してくれないし… あ!だけはしてくれるけど♪俺は兄弟の誰かが病気になったら、いつも看病してあげたのに!」
「そうだったな……」
「―――え♡」
嬉しそうに振り向いたオーランドを横目で見つつ、俺は静かに口を開いた。
「ジョシュが風邪引いて寝込んだ時、お前は"風邪にはニンニクだよ♪"なんて言ってニンニクスープなるものを作って飲ませたら次の日ジョシュの腹が下ってもっと酷くなったし、 (※ニンニクは刺激が強いので摂取しすぎると胃腸が荒れてしまいます)
リジィが扁桃腺腫らした時は"これ喉にいいんだ♪"なんて言って、特製ネギジュースを作ってたが、あまりの不味さにリジィは一日中、吐いて更に喉痛が悪化した・・・。
俺が過労で入院した時は、"こういう時は美人に看病してもらえば元気出るよ♪"なんて言って、山ほどミーハーなモデルを連れて来たっけな?おかげで俺は…!!」
「レ、レオ…?あの時はさ……」
俺が当時の事を思い出し、怒りが再燃してきた。
(あの時はに勘違いをされて"そんな何人もと同時に付き合ってるなんて最低っ"と怒られたんだ!)
そんな俺を見てオーランドは怯えた顔で逃げ出す体勢だ。
だが俺は大人だ。
そんな昔の事を今さら言っても仕方ない。
それに、あの時は確か一週間ほどオーランドの顔を見るたび殴ってやったから気は済んだはずだ…(!!)
そう……昔のことはいい……
そう思いながら何とかプルプルしてきた手をギュっと握り締めた。(ほんとは凄く殴りたいらしい)
そんな俺を見てオーランドは恐る恐る、近付いて来た。
「レ、レオ…?」
「オーランド……」
「は、はいっ(ビク)」
「今度、家族の誰が病気になっても、お前は何もするな。分かったか?」
「わ、分かった……何もしないよ…」
オーランドはシュンとして頭を項垂れると、
「俺、買い物行って来る……」
とトボトボ、リビングを出て行ってしまった。
それを見送り軽く息をつくと、俺はソファに凭れて目を瞑った。
(ったく…。よくよく考えれば、オーランドは昔からろくなことしてないんだな……)
ふと、そんな事を思いながら、でも何故、だけはオーランドの"看病被害"にあってないんだろう…?と首を傾げてしまった。
「―――オ!レオ…!」
「ん……?」
思い切り体を揺さぶられ、俺は少しづつ目が覚めて来た。
どうやらソファに横になったまま、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「レオ?!起きたっ?」
「何だよ…うるさいな…」
少し気だるい体を起こし、目の前にいるオーランドを見るといきなり鼻先に雑誌をつきつけられた。
「何…これ」
「あれだよ!例の雑誌!今、買い物行った時、これ思い出して本屋で買ったんだ」
オーランドは興奮したように、そんな事を言って来て俺は軽く欠伸をしつつソファに座りなおした。
「お前、こんなの買うなよ…。何、売上げ協力してんだ?」
「だってやっぱり気になるだろぉ?何書かれてんのかなってさ!」
「どうせ、いつもの憶測だろ?」
「あ、ででも、ちょっと読んでよ!レオの事も書いてるからっ」
オーランドはそう言って雑誌を広げた。
下らないと思いつつ、俺も雑誌を覗き込むと、まず目についたのが大きく載っているとスタンリーの写真。
二人が向かい合ってる写真でスタンリーがの頬に手を添えているものだ。
先日のヴィゴのプレミアパーティでのものだろう。
記事には"二人は否定しているが、この日、仲良く友人ヴィゴ・モーテンセンのプレミアに出席し、スタンリーを皆に紹介した"とある。
こんな記事はでっち上げもいいところだ。
そして隣のページには俺の写真が載っている。
それは俺がの頬にキスをしている写真で少し前に皆で食事に出た時のものだった。
記事には、"はスタンリー以外に、長男のレオとの間に兄妹以上の感情があるという噂もある。"とあり、関係者からの証言なんてものまで載っている。
『"ええ、二人はとても仲がいいですよ。特にレオの方が彼女を凄く大切にしてるって目に見えて分かります。まるで恋人に接してるみたい"
とは関係者Aさんの証言。
"デートをしてる最中に妹さんから電話がかかってきて、そしたら彼、慌てて帰って行ったの。考えられないでしょ?"
とは前にレオナルドと交際のあったモデルのKさんの証言。
"彼は私にはっきり言ったの。君より妹の方が大切だって。その時、彼は妹さんを一人の女として見てるんだって思ったわ"
と怒り浸透なのはレオナルドと最近まで交際のあった女優のDさん。』
それらを読んで言って俺はアホくさくなり雑誌を閉じてオーランドに突っ返した。
「何だよ、これ。デタラメもいいとこだ」
「そうだけどさー!今回のは俺やジョシュやリジィのことまで書かれてるんだよ?!"妹を溺愛しすぎて恋人も出来ない"とかさ!」
「ああ、そこは当たってるだろ」(!)
「うん、まあ……(!)って言ってる場合じゃないって!俺達が血の繋がらない兄妹だからって、こんな風に書かれて腹が立つだろっ?」
オーランドは珍しく怒り浸透な様子でぷりぷりと怒っている。
だが俺は雑誌に載っていた最後の"女優D"というのが、ふとデライラじゃないか、と思い、もう一度雑誌を開く。
あいつ……こんな雑誌にまで嘘をついてペラペラと余計なことしゃべったのか…
だいたい俺と交際があったってとこからして大嘘もいいとこだ。
俺は誰とも恋人同志になったわけじゃないのに、一度や二度、体の関係を持ったら、イコール恋人扱いになるのか?アホ臭い……
俺は少々気分が悪くなり、その雑誌を放り投げた。
「それが見たら、また気にするから早く捨てとけ」
「あ、うん…って、あれ…どこ行くの?レオ」
「…の様子見てくる」
「えー俺も行―――」
その言葉を最後まで言い切る前にジロリとオーランドを睨むと、彼はピシっと固まって……
「大人しく、ここにいます…」
「宜しい」
俺はちょっとだけ笑いを堪えて、そのままリビングを出て二階へ行った。
静かにの部屋に入りベッドルームを覗けば、さっき薬を飲んだからか、は気持ち良さそうに眠っているようだ。
俺はそっとベッドの端に腰をかけ、の額の髪をよけると、そこへ口付けた。
熱があるからか少し汗をかいている。
傍にあったタオルで汗を拭き取り、優しく頭を撫でながら、暫く可愛い寝顔を見ていると幼い頃の事を思い出す。
(子供の時もこんな風にの看病をしたっけ…。あの頃も今も……心配する気持ちだけは変わらないんだな…)
ふと、そんな事を思いながら、もう一つ変わらない思いがあることに気づいた。
"には いつまでも 幸せでいて欲しい"
あの頃から、ただ、それだけを願ってきた。
自分を犠牲にしてでも守りたいもの……それは昔も今もたった一つ。
「ずっと…この家にいろよな…」
そう呟いての額にそっとキスを落とし、立ち上がった。
その時、かすかにチャイムの音が聞こえてきて、俺が部屋を出て行こうとした時、がゆっくりと目を開けた。
「あれ…レオ…?」
「ああ、ごめん。起こしちゃったか?」
「ううん…平気…。今、何時?」
「えっと……今は正午過ぎかな?」
そう言って再びベッドの端に腰をかけ、の頬にチュっとキスをすれば、彼女は寝ぼけ眼で微笑んだ。
そこへコンコンっとノックの音がしてオーランドが顔を出す。
「あ、〜♪気分はどう?」
「オーリィ…。うん、ちょっと寝たら少し楽になった」
「そっかぁ。良かった!ああ、じゃ友達がお見舞いに来てるんだけど連れて来ていい?」
「え…?友達?」
オーランドの言葉には驚いて少しだけ体を起こした。
俺はそれを支えてあげながら、オーランドの方を見る。
「友達って…誰だ?」
「えっとねー。今、共演してる子だってさ!名前は……確かデライラって言ったかな」
「―――は?」
「嘘、デライラ? 彼女が来てくれてるの?」
その名前に驚いたが、共演と聞いてもっと驚いた。
だがは嬉しそうに、「デライラをここに通してあげて?」とオーランドに頼んでいる。
「OK!じゃあすぐ連れてくるね」
「うん。お願い」
オーランドはに頼まれ、すぐに部屋を出て行った。
だが俺は少し混乱して呆然としてしまった。そんな俺には嬉しそうな顔を向けると、
「あのね、デライラって最近知り合ったんだけど凄くいい人なの。相談に乗ってくれるし……ってレオ、聞いてる?」
「え…?あ、ご、ごめん…!」
「もう…どうしたの?ボーっとしちゃって」
「い、いや…何でもないよ…」
俺はが座れるようにクッションを背中に入れてやりながら、何とか笑顔を作った。
デライラって……あのデライラか?
…でも、そんな偶然なんてあるか?ってかと今、共演してるって?!
本当に彼女なんだろうか……いや、同じ名前ってだけかも――
そんな事をあれこれ考えていると、オーランドの声が聞こえて来てドアが開いた。
「ささ、ここだよ〜。どうぞー」
「お邪魔します」
「―――ッ!」
そんな声と同時にベッドルームへ顔を出したのは―――
「!大丈夫?」
「デライラ!来てくれて嬉しいわ」
「スタッフから倒れたって聞いて驚いちゃった!だから撮影後に心配でつい来ちゃったの。ごめんなさいね、急に」
そう言って、こっちに歩いて来た女はまさしく、あのデライラだった――
「ううん、いいの。今日デライラ、ジョシュより先に撮影だったのね」
「ええ。ちょうど私が帰ろうとした時に彼が来たわ?―――あ、レオ、お久しぶり」
「……………」
「え…?デライラ、レオと知り合い…?」
普通に笑顔で話し掛けてきたデライラを俺は睨みつけたが、彼女は気にするでもなく、不思議そうな顔をしているにニッコリ微笑んだ。
「実は今の作品に合流する前に、レオの映画にも脇役だけど出てたの。ね?レオ」
「そうなの?レオ」
「…ああ、まあね」
何とかそう返事をすると、は驚いたように体を俺に向けた。
「そうだったの!凄い偶然!デライラも言ってくれれば良かったのに」
「そうね。言いそびれちゃってて」
デライラはそう言ってチラっとこっちを見たが俺はすぐに視線を反らした。
するとオーランドが会話に割り込んでくる。
「じゃあ今はやジョシュと仕事してるし、今度は俺とも共演するかもねー♪そうなったら宜しく!」
「ええ、此方こそ。ほんと噂通りの素適な家族ね」
「ありがとう。あ、オーリィ、デライラに紅茶淹れてきてくれる?」
「アイアイサー♪じゃあ、ちょっと待っててね〜!」
オーランドはデライラに椅子を勧めると、すぐに部屋を飛び出して行った。
何も知らないは嬉しそうにデライラに話し掛けている。
「じゃあレオの映画の後に今の映画に?」
「ええ。自分のシーンを撮り終って……そしたら今の作品のオーディションがあるって聞いたから、すぐ受けに行ったの」
「そうなの!じゃあレオとも仲が良かったの?」
「…えっ?」
はそう言って俺の方を見たが、突然話をふられ、ドキっとした。
だがデライラはクスクス笑いながら、
「時々、一緒に食事には行ってたわよね、レオとは」
と意味深な笑みを浮かべている。
俺はムッとして彼女を睨むも、目の前にはもいるので何とか表情を取り繕った。
「、ちょっと下に行ってるよ」
「え?レオ…?」
その場にいるとデライラに何を言ってしまうか分からないと思い、そう言ってベッドから立ち上がると、は驚いたように顔を上げた。
だが同時にデライラも立ち上がり、
「あの…お手洗いはどこかしら?」
「あ、ゲスト用のは階段の手前にあるわ。――レオ、教えてあげて?」
「……あ、ああ…。どうぞ?」
「じゃあ、ちょっと待ってて?」
デライラはに笑顔でそう言うと俺の後ろから黙ってついてきた。
そのまま二人で廊下に出ると、デライラはすぐに俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
「……久し振りね、レオ」
「何のつもりだ…っ!」
抑えてきた感情が一気に出て俺はそう怒鳴ると彼女の腕を振り払った。
だがデライラはクスクス笑いながら壁に凭れかかり、俺を見上げて来る。
「そんな大声だしちゃ可愛い妹さんに聞こえちゃうわよ。そしたら私とレオの関係もバレちゃうけど……いいの?」
「ふざけんな。バラしたきゃバラせよ。そして二度と家に来るな」
「あら。でも私は別にレオに会いに来たわけじゃないもの。お友達になったのお見舞いに来たのよ」
「一体…何のつもりだ?何での映画を受けたんだ!何か目的があるんだろ?!」
デライラの肩をつかみ、そう言えば彼女はニヤリとして俺の頬に手を添えてきた。
「あなたが溺愛してる妹さんって、どんな子か知りたかっただけよ。テレビやスクリーンで見るよりも凄くキュートだったわ」
「…に何かしたら、ただじゃおかないって言っただろ?!今すぐ降板しろ!」
「嫌よ。今の現場も楽しいもの。それとも……またレオが手を回して私を降ろさせる?」
「―――っ!」
デライラはそう言うと俺の髪に指を通し、ゆっくりと顔を近づけてきた。
「凄く……会いたかった…」
「離せよ…!!」
彼女を押しのけ、睨みつけるとデライラは軽く息をついて微笑んだ。
「何よ、冷たいのね。弟さんは、あんなに優しいのに。最初からジョシュと付き合えば良かったかしら」
「…何がしたい?こんなことして俺が困るとでも?」
「そんなつもりじゃないわ…。ただ…私はレオの家族のことも知りたいだけよ。好きな人の家族なんだし当然でしょ?」
「好きな人?君がしてるのはストーカーと一緒だろ?一方的に気持ちを押し付けるなっ!」
少し語尾を荒げ、デライラの腕を掴むと、瞬間、彼女の顔色が変わった。
「……私はただレオの事を近くに感じていたいだけよ…」
「だから、それが迷惑なんだよ!何をしたって俺は―――」
「レオ……?」
「―――――!」
その声にハっとして振り向くと、そこには驚いたような顔でオーランドが立っていた。
それを見てデライラはすぐに笑顔を見せると、
「ごめんなさい。ちょっと用事を思い出したの。私、これで失礼するわ。に宜しく…」
と言って足早に階段を下りて行ってしまった。
俺は追いかけようかと思ったが、オーランドが慌てたようにこっちに歩いて来る。
「な、何だよ?今の!レオ、彼女と何かあったわけ?!」
「うるさいよ、お前は……」
「だってだって!何だか意味深な感じで………って、あ!!!」
「な、何だよ……?」
「あれだろ!レオ、まーた手をつけたんだろ!」
「……………」
すっとんきょうな声でそう言われ、俺は何だか全身の力が抜けて、そのまま階段を下りて行った。
するとオーランドもバタバタと後ろからくっついてくる。
「何で黙るんだよ!あーそうなんだ!彼女にまで手を出したな?」
「うるっさい!一回、寝ただけだ!それから付きまとわれて迷惑してんだよっ」
「やーっぱり!!わー女遊びは最近してないって言ってたクセに!」
「今はしてないって!デライラのことがあったから懲りたんだよ!」
そう言ってリビングに入り、ソファに座るとオーランドは持ってたトレンチをテーブルに置いて俺の隣に座ってきた。(ほんとうざったい)
「じゃあじゃあ何? 彼女、レオにまだ付きまとってるってわけ?だからに近づいて家にきたってこと?」
「さあな!知るかよ、そんなの!最近電話も来なくなったし忘れかけてたってのに……さっき久々に会って俺だって驚いたんだよ!」
あまりにうるさくて俺はそう言って思い切り息をつけば、隣でオーランドも溜息なんてついて首を振っている。
「ヤバイなぁ、それ…」
「何だよ?」
「だって、そこまでするって、ちょっと危なくない?ストーカーっぽいじゃん!」
「あのなぁ……"ぽい"んじゃなくて、もろストーカーだろ?!」
「うわ!そうなの?! だって、じゃあと今、一緒に仕事してるってヤバイよー!」(気づくの遅っ)
一体、どこまで理解しているのか、オーランドはそう言いながらアタフタしている。
それを見て俺はソファに凭れ、溜息をついた。
「まあな…。はぁ…ったく…。俺に来なくなったと思えば今度はかよ…」
「ねね!にちゃんと話した方がよくない?だっては彼女のこと友達だと思ってるんだろ?」
「ああ…。まあ…な…」
そう、それを思えば本当の事を言って少し警戒させた方がいいのかもしれない。
ただ…俺が女と軽い付き合いをしてると言うことはもある程度しか知らない。
俺の口からはっきりと言った事もないし、ましてや"一晩限りの付き合い"が何人もいたなんて自分で言うのは凄く躊躇われる。
そんな事を言えばはきっと呆れるか怒るだろうし、最悪、デライラに同情しかねない。
(女同士だと、その辺、微妙だからな…)
そう考えると何だか憂鬱になってきた。
「あ、ねえ、レオ。彼女、帰っちゃったことに言わなくていいの?」
「え? ああ、いけね…!」
あれこれ考えていると、オーランドが思い出したように呟いた。
それには俺も慌てて立ち上がり、
「ちょっと言ってくる」
「あ、ねえ!に言うわけ?彼女のこと…」
「バカ!さっきの今で言えるわけないだろ?そのうち機会を見つけて俺から言うよ…」
「そっかぁー。まあも体調悪い時にレオの女関係の話聞いたら、もっと熱が出るかもしれないしねー!」
「…………くっ!殴りてー!)」
能天気なオーランドの言葉にムっとしてジロリと睨みつければ、オーランドはすぐに口を手で塞いだ。
「とにかく…お前は余計なこと言うなよ?」
「わ、分かった…」
青い顔でコクコクと頷くオーランドを残し、俺はすぐにの部屋に向った。
はぁ…何だよ、ほんとに…。てっきり諦めたのかと思えば何でに近づいてんだ?
…でも…分かった以上、放ってはおけない。
今夜辺りにでもジョシュに話して見張っててもらわないと……
そう思いながらの部屋に入り、ベッドルームを覗く。
「あ、レオ…。デライラは?」
「あ、ああ…それが…ちょっと仕事の電話が入ったらしくて帰っちゃったんだ。に宜しくってさ」
「え?そうなの?何だぁ…ちょっと話したかったのに…」
はガッカリしたようにそう言うとクッションに凭れて溜息をついた。
俺はベッドに腰をかけるとの額に軽くキスをして、何とか笑顔を見せる。
「何の話?仕事の話?」
「ううん…ちょっと…相談って言うか…」
「何の?」
「それは……言えない!女の子同士じゃないとね」
はそんな事を言ってペロっと舌を出した。
俺は少し気になったが、ちょっと笑ってを抱き寄せる。
「だったら…別に彼女じゃなくても、サラがいるだろ? サラなら付き合いも長いし何でも相談出来るんじゃない?」
「うん……そう…なんだけど…。サラも今、ロケに出ちゃってて暫く会えないし…」
「そっか…。じゃあ他の子でもいいしさ。、友達いっぱいいるんだから」
そう言って顔を覗き込むと、は目を伏せてしまった。
「…?どうした?」
「…他の友達には…今は連絡取ってないわ」
「どうして?サラの他にも女優やってる友達、結構いただろ?」
「…でも彼女たち、私じゃなくてレオやオーリィ達に興味があるのよ」
「え…?」
「それで近づいてきたんだって分かってから…もう会うのやめたの」
はそう言うと俺の胸に頭を寄せて軽く息をついた。
俺はその話を聞いて何て言っていいのか分からず、ギュっと肩を抱き寄せの頭にキスを落とす。
「私…時々、人間不信になっちゃう…」
「何言ってんだよ。にはサラもいるし……俺達がずっと傍にいるからさ…」
「うん…。でも…デライラはね、ほんとに優しくて…私のこと分かってくれてるって感じで色々話を聞いてくれるの」
「…え?」
不意に顔を上げ、嬉しそうにそう言うに俺はドキっとしてしまった。
だがは気づかず、言葉を続ける。
「初めて会ったのに…私の話をちゃんと聞いてくれるし、その事についてきちんと答えてくれるの。いい人よ?」
「そ、そう…」
本当に嬉しそうにしているを見て、俺は何も言えなくなってしまった。
これで…デライラまでが何かを企んで自分に近づいてきたんだと分かれば…またが傷つくような気がして―――
「ね、今度、ちゃんと家に招待してみようかな?レオはどう思う?」
「…・あ、ああ…いいんじゃ…ないか?」
「そうかな?じゃあ今度会った時、聞いてみよっと。あ、でもデライラ奇麗だからなー。レオ、口説いたらダメよ」
「………………」
にそう言われてちょっと顔が引きつってしまった……
「あ、ねえ、レオ。外にまだマスコミいる?」
「え?あ、ああ…まだ…いるな、多分。どうして?」
「うん…あのね…もしかしたら…夜にスタンリーが様子を見に来るかもしれないんだけど…平気かなぁ…雑誌の事もあるし…」
「ああ、大丈夫だろ?あくまでマネージャーなんだしさ」
「そっか、そうだよね」
はそう言ってホっとしたように微笑んだ。
その笑顔に少しドキっとした。
何となく…がスタンリーに会えるのを楽しみにしているように見えて…
もしかして…あの記事が事実なんてことは……あるわけないよな…?
いや実際に付き合ってはいないとしても…がスタンリーを好きだって事もありうる。
その事に気づいた時、俺の胸の奥で何とも言えない感情が広がっていった。
「レオ…どうしたの?」
「いや…何でもない。それより…薬飲まなくちゃ。その前に何か食べれるか?」
「あ、うん。少しお腹空いちゃった」
「食欲が出たなら大丈夫だな。じゃあ今、エマに何か消化にいいものでも作ってもらってくるよ」
「うん、ありがと、レオ」
「よし、じゃあちょっと待ってて」
俺はの頬にキスをしてベッドから立ち上がった。
「はぁ……」
廊下に出て一人になると、自然に溜息が出た。
何となく精神的に疲れた気がして軽く目頭を指で抑える。
嘘ばかりのゴシップにスキャンダル。
そしてデライラの件にのこと……
色々な事が重なって頭の中が整理しきれない。
何となく…そう、何となく俺達、家族や周りの関係が少しづつ変わっていってしまうような感じさえして小さな不安を覚えた。
ヴィゴの憂鬱な休日 (オマケ♡)
「…ほんっと!!ムカツクだろ?こいつがと噂になるなんて……!」
そう言ってゴシップ雑誌をバン!っとテーブルに叩きつける。
「そうだな……」
さっきから何度くり返したか分からない台詞を呟き、私は目の前でグビグビとウイスキーを煽る元旅の仲間を見て溜息をついた。
だんだん目が据わってきているところを見ると、そろそろ泥酔状態になっているかもしれない。(危険度MAX)
「おい、ドム…あまり飲むな」
「だってムカツクんだよ!朝から俺の飛んでる(!)映像はしつこくリプレイされてるし!」
「ああ、あれは見事な飛びだった――」
「俺は飛びたくて飛んだんじゃない!それにさっきから何度もかかってくるオーランドからのからかいの電話!!」
「あ、ああ…そりゃあ…あいつの性格上、あんな映像を見れば、からかいたくも―――
「だからって傷心の俺にはあいつのバカ声が響くんだよ…!!」
ドムはそう叫んでグラスをドンっとテーブルに置くと、
「"あ♪もしもしぃ?ドムゥ?あの体操選手並みの飛び方、俺にも教えてよぉう♪"とか、"人間って、あんなに飛ぶもんなんだねー☆ドムそっくりの人形かと思ったよーあはは♪……なんてメッセージが延々と留守電に入ってるんだぞ?!」
と鼻をたらしながらオーランドのモノマネを披露してくれた。(かなり似ていると言っていい。特にバカっぽいところが)(!)
「わ、分かったから……落ち着いて飲め――」
「落ち着いていられないよ!!どうしてヴィゴは落ち着いていられるんら?! があんな男と噂になってると言うのに!」
怒っている内容が変わって、今度はの記事の事で怒っているらしい。(しかも、ちょっとろれつが危うい)
私は軽く苦笑を洩らし、煙草に火をつけた。
「どうせ嘘さ。あの手の雑誌は」
「もし本当だったら?!俺は絶対にあのモデル気取りヤロウを道連れにナイアガラに飛び込んでやるっっ!」
「…………また飛ぶのか?」
「だいたい、あんなチャラチャラしてそうな男をが好きになるもんかっ!そうだろう?!ヴィゴ!」 (聞いてない)
「あ、ああ……」
あまり私の話は聞いていないようだ…と思いつつ相づちだけは打っておいた。(じゃないと何をされるか)
「はぁ…!!それにしてもオーランドのバカはムカツク!あいつ、一回、泣かしたろか!!」
「……………(今度はまたオーランドに怒っているようだ)」
「くそう…!今度、拉致してナイアガラまで運んでやるぞーっ!」
「………どっちを?」
「そうだ!その前にあいつの住所を調べておかないと……!それに足がつかないようにアリバイを作って……」(やっぱり聞いてない)
…………ピッポッパッ
「あ、もしもし…?イライジャか?ちょっと荷物を引き取って欲しいんだが……」(!)
ドムの相手を一人でするということは、この繊細な私にはとても無理なようだ…。(オーランドまでで限界)