「お客さん、大丈夫ですか?何だか具合悪そうだけど…」
「だ、大丈夫です…」
私がそう言うとタクシーの運転手は訝しげな顔で前を向いた。
正直、頭がボーっとする。
だけど黙って寝てる事なんか出来なくて、こうして家を抜け出してしまった。
今頃、家で大騒ぎになってる事なんて、今の私には知る由もなかった。
(何よ…スタンリーのバカ…どうして担当を外れる事を承諾するの?どうして家に来てくれるはずのあなたがリンと会ってるのよ…)
色々な事が重なって私は少し混乱していた。
先ほどのテリーからの電話でスタンリーを暫く私の担当から外す…と言われた時、本気で驚いた。
テリーに、「それはやめてくれ」と必死に頼んでも、
「もう決まった事でスタンリーの代わりをしてくれるジョージにも話したわ。それにスタンリーも承諾してくれたの」
と言われ、私は言葉を失ったのだ。
そして家に来る事になっていたから、本人に聞いてみようと思ったのにスタンリーは一向に顔を出さず、あげく携帯も電源が切られている。
そして先ほど聞いたリジィの話…
(スタンリーは私の所には来ないでリンと会っていた…)
そう思ったら胸の奥が何かに貫かれたみたいに痛くなった。
泣きそうになってリジィに眠いと嘘を言ったけど、やっぱり気になってフラつく体で必死に着替え、コッソリと家を抜け出したのだ。
もし、いないのがバレたら…と一瞬、考えたが今はスタンリーから話を聞きたいという気持ちが一杯で、ジっとしてられなかった。
(ごめんね…皆…スタンリーと話したら、すぐに戻るから…)
熱を出しただけで、あんなに心配してくれる兄達に申し訳ないと思いながら私は暗い街並みをボーっとする頭で眺めていた。
人を好きになると、こんなパワーが出るものかと少しだけおかしくなる。
ライアンの時も…こうだったのかな…。あの時は初めて男の人を本気で好きになって…凄く舞い上がってた気がする。
今も舞い上がってるのかもしれないけど…ライアンの時と今とでは全く違う。
だって、ライアンの時は両想いだったから…
でもスタンリーは違う。
私が勝手に好きなだけで、彼にとったら私は担当の女優でしかない。
スタンリーだって、いつも、そう言ってるし、一人の女性としてよりも女優としてしか見てない事だって分かってる。
でも…だからこそ、たった一つの繋がりである仕事のパートナーとしての立場まで失いたくなかった。
「――お客さん、この辺でいいですか?」
熱で意識が飛びそうなのを我慢していると、運転手がスピードを緩めながら聞いてきた。
窓の外を見れば、前方にスタンリーの家が見える。
「はい…ここでいいです」
力なく答えると運転手は車を端に寄せ、静かに停車した。
そこで支払いを済ませ、車を下りるとフラっとして慌てて近くのパームツリーに手をつく。
さっきよりも熱が上がったのか、足にも力が入らない。
「はぁ…どうして、こんなに体が弱いんだろ…」
ちょっと精神的に参ると、すぐに熱が出る。
そんな自分が情けなくなった。
(こんなんじゃスタンリーに呆れられちゃうかな…)
そう思いながら何とかスタンリーの家のドアまで歩いて行った。
家の電気がついてるから彼がいると分かり、少しだけホっとする。
ただチャイムを鳴らす時、もしリンが一緒にいたら…と不安になるも、今はスタンリーに会いたいという気持ちの方が勝っていた。
「よし……」
軽く深呼吸をしてサングラスを外すと、思い切ってチャイムを押した。
キンコーン…
中から、チャイムの音がかすかに聞こえ、人が動く気配がして鼓動が早くなってくる。
私はフラフラするのを堪え何とかちゃんと立つとドアが開くのを待った。ドキドキして今にも倒れてしまいそうなのを必死に堪える。
「――はい、誰?」
「あ、あの……私…!」
「え?誰?」
そんな声が聞こえて同時にドアが開いた。
「あれ…?君……」
「―――っ?」
そこに顔を出したのはスタンリーではなく、見知らぬ男性。派手なスーツを着こなし、どことなく華やかな雰囲気を持っている。
「えっと……君は…もしかして――」
「あ、あの……スタンリーは…」
「え?ああ、あいつなら…まだ帰ってないけど」
「……そ、そうですか…」
「って、ちょっと君…!」
私はそこで一気に力が抜けて、その場に蹲ってしまった。
「おい、大丈夫?!」
「だ、大丈夫…です…」
「ちょっ…動いちゃダメだよ…凄い熱いぞ…?」
その男性は私の肩を支えながら驚いている。そして、そこで私は意識が遠のいていくのを感じた。
「うわ、ちょ、ちょっと君…!おい…!」
その慌てたような声を聞いたのを最後に私は意識を失ってしまった――
「…から、俺も驚いてさぁ…。つか何で彼女がお前んちに来るんだよ?あ!もしかして、あの雑誌に書いてる事は事実だとか?!」
「バカ!んなわけないだろ!それより、お前、彼女に何か変なことしなかっただろうな?」
「バ、バカヤロ!親友を疑うのか?!…ったく昔から酷い奴だったよ、お前わっ!」
少しづつ意識が戻って来た私の耳に誰かの話し声が聞こえてきた。
だけど、まだ朦朧としていて、意味までは脳に届かない。
それなのに、その声がスタンリーだということだけは分かっていた。
「…うるさいって。大声出すな。彼女が起きるだろ?それより彼女、送ってくるからお前は帰れよ」
「は?だって今日はお前が話があるって言うから家で待っててやったのに――」
「事情が変わったんだよ。見れば分かるだろ?」
「へーふーん。あーっそ」
「何だよ?」
「別にぃ。っつか、ほんとに送るのか?俺が帰ってからお前何かする気じゃ――っぃだっ!!蹴るなよ、いちいち!」
「お前が下らないこと言うからだろ!いいから、サッサと帰れよ」
「うあー何だか冷たさに拍車がかかっちゃって!その調子で彼女にも冷たくしてるのか?」
「関係ないだろ?」
「あらら……そんなこと言っちゃうの? いいよ、じゃあ彼女が目を覚ますまで俺はここに残るぞっ」
「はぁ?何のためにだよっ」
「へっへーん。色々とバラす為さ♪」
「んな!お、お前……!余計なこと言ったら本気でぶっ飛ばすぞ?!」
「おぉーやってみろよ。そーんなことしたら、この口が黙ってないからな〜!」
「ぐ……て、てめぇ…。全然、変わってないな、その性格…!!」
「おぉっと!その拳は引っ込めた方が君のためだよ、スタンリーくん♪」
「チ…!」
「舌打ちをするな、お前。モデル時代に散々エージェントから怒られただろう?」
「うるさい!!」
「バ、バカ!お前がうるさいよ!彼女が起きるぞ!」
「っと、いけね……」
「ん…」
急に騒がしい声が聞こえなくなり、私はハッキリしない頭を働かせた。
これが夢の中なのか、それとも現実のものなのか何も分からない。
ただ少しだけ体を動かした時、額にヒンヤリとした手が当てられ、そこでゆっくりと目を開けてみた。
「おい、…気がついたのか…?」
「……ん…レオ…?」
いつもレオがしてくれるように優しく頭を撫でるから、目の前にいるのはてっきりレオかと思って、そう声をかけた。
(何だ…さっきのは夢だったんだ…スタンリーが傍にいるかと思ったのに……)
そう思いながら視線を彷徨わせると、今までぼやけていた視界が一点に絞られ奇麗な蒼い瞳と目があった。
「―――っ!!」
「良かった…!気がついたか…」
「な…何で…スタンリーが…」
レオだと思っていた手の主はなんとスタンリーで私はかなり驚いた。
夢の続きかと思うくらいに、さっきの会話の記憶もはっきりとしてくる。
だが驚いた顔の私を見て、スタンリーは大きく息を吐き出すと、その場に座り込んで頭を項垂れた。
「ったく…何で、じゃないよ…。それはこっちの台詞だろ?」
「え…?」
「何で俺の家に来て、そして倒れたんだ…?」
「…た、倒れた…?」
「何だよ…それも覚えてないの?」
さっきの心配そうな顔が一転、いつもの皮肉屋な顔に戻ったスタンリーに私は顔が熱くなった。(元々熱で熱いのだけど)
「ご、ごめんなさい…私―――」
「ああ、急に起き上がるなよ…っ。まだ熱があるんだからさ…」
スタンリーはそう言って私を寝かせると――どうやらソファに寝かされてるようだ――後ろに立っている男性に、
「おい、ちょっとタオルを水で冷やして持って来い」
「何だよ。偉そうに…!ま、可愛い子の為だから今回だけは言う事を聞いてやるっ。でも今後一切お前の命令は――」
「いいから、ゴチャゴチャ言ってないで早く!」
「へーへー。分かりましたよ、ミスターウォルシュ!」
その男性は何だか下唇を突き出し――スネた時のオーリィみたいだ――キッチンへ行くとタオルを濡らして持って来てくれた。
それをスタンリーが受け取り、私の額に乗せてくれる。
「あ、あの…スタンリィ…」
「ああ、こいつ、モデル時代からの悪友でキース」
「おいおい、スタンリー。悪友とは聞き捨てならないな。ちゃんと"親友"だって言えよ」
「…いちいち、うるさい」
「…スタンリーの親友…?」
「そう。さっきはほんと驚いたよ。ドア開けたらハリソンファミリーのお姫様が立ってるからさ」
キースは顔を顰めるスタンリーを無視して私の横に膝をついた。
ああ、そうだ……てっきりスタンリーかと思ったら知らない男性が出てきて驚いたんだっけ…
その後の記憶がないから、私はそこで倒れたのかもしれない。
「あの…ごめんなさい…迷惑かけてしまって…」
「いいよ、いいよ!こんな可愛い子を抱っこ出来て俺が幸せだったからさ☆」
「え…っ?」
「おい、キース!変な言い方するな!が誤解するだろ?」
「おっと、ごめんよ!別に変な事はしてないから安心して。ちょっとソファに運んだだけだからさ」
「…あ、ありがとう…」
二人の会話に顔が赤くなりつつも、初めて会った人に迷惑をかけてしまい、私は申し訳なくなった。
するとキースが不意に立ち上がり、ニヤっと笑ってスタンリーの肩にポンっと手を乗せる。
「じゃあ俺はお邪魔のようだから、これで帰るよ」
「は?何言ってんだ??」
「いいからいいから!ま、彼女を優し〜〜く介抱してやれって!」
「おい…何バカなこと言ってんだよ!今から家に送るよ。彼女の家族が心配してるかもしれない」
「あれ…もう送っちゃうの?もっと一緒にいたいクセに」
「バ、バカ言うな!いい加減にしろよ、お前!」
キースの言葉に意外にもスタンリーの顔が赤くなったのを見て私は驚いてしまった。
しかも友人の前だからか、いつものスタンリーよりも本当に素顔に近い彼がそこにいてドキっとする。
「あーあ。素直じゃないね〜こいつは。あ、ちゃん、スタンリーは意地悪でどうしようもないけど君の事は――」
「おい、キース!!余計なこと言うな!!」
「ちょ……スタンリーやめて……」
キースの言葉にスタンリーはいきなり立ち上がり、彼の胸倉を掴んでいる。
それを見て私は慌てて体を起こした。
するとスタンリーもすぐに手を離し、私の体を支えながら、そのままソファに座る。
「熱あるのに、いきなり動くな。それに俺とキースは昔から、こんな感じだから気にしないでいいよ」
「え…?」
「そうそう!ほんとこいつは昔から手だけは早くてね!あ、違う意味でだけど♪何度、殴られたか分からないよ。俺もモデルだってのに」
「おい、キース…」
「はいはい。明日は仕事だし殴られてもたまらないから、俺はこの辺で退散するよ。またね、ちゃん♡」
「あ、あの…ほんとに迷惑かけてごめんなさい…」
「全然!俺も一度、本物のちゃんに会ってみたかったからさ。今夜、願いが叶ったって言う事で。しかも抱っこまで――」
「キース…!」
「ぅわ、怖い怖い…。じゃあ、またな、スタンリー。後で電話しろよ!」
「分かってるよ…。いいからサッサと――」
「はいはい。お邪魔虫はサッサッサ〜〜っと帰るよ!バイビィ〜〜お二人さん♪」
キースは陽気なノリで、手を振ると最後に投げキッスをして帰って行った。
途端に部屋の中が静かになる。
「…悪い…。あいつ、いっつも、あんな感じでさ。根はいい奴なんだけど……」
「う、ううん…。何となくオーリィに似てるなぁって思ったわ」
「ああ、やっぱり?俺も彼に初めて会った時キースを思い出したよ。まさかあのレゴラスがキースキャラだとは思わなかったから驚いた」
「やだ…ほんとに?」
スタンリーは笑いながら、そんな事を言って私までちょっと噴出してしまった。
だがすぐに怖い顔をして私を見る。
「それより…何で熱がこんなにあるのに出歩いてんだ?」
「え?あ、あの…」
「お兄さん達は知ってるのか?」
「…………………」
「知らないのか?!」
「う、うん…黙って…抜け出しちゃって…」
「はあ?ったく!何してんだよ!」
「そ、そんな怒らなくたって――」
「怒るよ!どんだけ皆に心配かけるつもりなんだ?」
「…だって…」
「だって、何?」
「スタンリーが来ないから……」
「は?」
「きょ、今日、家に来るって言ったじゃない…。なのに…」
"――なのにリンと……"
そう言いかけて言葉を切った。
するとスタンリーは大きく息をついてソファに凭れ、横目で私を見ている。
そして、もう一度体を前に乗り出すと、私の顔を覗き込んできた。
「テリーから電話あった?」
「え?あ…うん…」
「じゃあ俺が一時、担当外れること聞いた?」
「……聞いた」
「だから、それ」
「……え?」
「それで家には行かなかった。分かるだろ?」
スタンリーはそう言うと黙って私を見つめている。
その青くて奇麗な瞳が少しだけ寂しそうに見えた。
「わ、分からないっ。だって…担当外れるってとこからして全然、納得いかないもの…っ!」
「だからそれは社長が決めた事だし…それにずっとじゃないだろ?ほとぼりが冷めるまでって言われなかった?」
「い、言われたけど、でも――」
「だからマスコミが、あの記事見て家を見張ってるのに俺がのこのこ行ける訳ないだろ?」
「……え…?」
彼の言葉に驚いて顔を上げれば、少しだけ細められたスタンリーの瞳と目が合った。
「どうせ、あいつらが熱出して仕事休んでるのだって知ってる。なのに俺が家に行くのもおかしな話だしさ…」
「スタンリィ…」
「だから行かなかった。ほんとは担当外れることも俺が電話しようと思ったんだけどさ…テリーさんが自分で話すって言ってたし」
「で、でも、それでもいいからかけて欲しかった……」
「…え?」
「あ、だから…その…」
つい思ってた事が口から出て私は慌てて視線を反らした。
スタンリーは眉間を寄せて訝しげな顔をしている。だが軽く息をついて、ポンっと私の頭に手を置くと、
「それは…悪かったよ…。今日、家に行けないって事でも電話しようとは…思ったんだけどさ…」
「じゃ、じゃあどうしてかけてくれなかったの…?」
「だから…ちょっと他から電話が入って――」
「他って…誰?」
「誰って…」
何だか胸の奥が苦しくなって、つい問い詰めるように聞いてしまった。
それにはスタンリーも驚いたような顔をして私を見ている。
「何で、そこまでに言わないといけないんだ?」
「…………っ」
その言葉にズキンと胸が痛くなった。
でも…スタンリーが言ってる事は間違ってない…
だって私と彼は恋人でも何でもなくて、ただの仕事のパートナーだ。
そこまでスタンリーのプライベートを干渉する権利、私にはないもの。
「ごめんなさい…」
そう呟いて私はソファから立ち上がった。
一瞬、クラっとしたが、すぐに後ろから抱きとめられ、ドキっと鼓動が跳ね上がる。
「バカ、急に動くなって言っただろ?」
「は、放して…帰るから…」
「こんな状態で一人で帰せないよ。俺が送る」
「い、いいってばっ」
「よくないよ…!!」
「――――っ!」
いきなりスタンリーに怒鳴られ、私はビクっとなった。
そっと顔を上げれば彼は怖い顔で思い切り溜息をついていて泣きたくなる。
だが彼は私の肩を抱いていた手を外し、今度は頬に添えてきて一瞬で頬が熱くなった。
「こんなに熱が上がってるのに一人で帰せないって何度言わせるつもり?これ以上、心配させるな……」
「……………っ?」
「家まで…送る」
「スタンリィ…ひゃ!ちょ、ちょっと!」
「ジっとしてろ。落とすぞ」
「な……」
いきなり抱き上げられて私はパニックになったが、スタンリーにそう言われて暴れるのをやめ、彼にしがみついた。
するとスタンリーはニヤっと笑って、
「普段もこれだけ素直だといいんだけどね」
なんて言ってドアの方に歩いて行く。
その言葉にムっとしたが、目の前に彼の顔があるので恥ずかしさの方が勝ってしまう。
スタンリーはそのまま私を車まで運ぶと、そっと助手席に座らせ、車にあったブランケットを膝にかけてくれた。
「あ、ありがと…」
「いや…寒くない?」
「うん…大丈夫…」
「そ。じゃあ車出すけど…具合悪くなったら言えよ」
「ぅん…」
何となく彼が本気で心配してくれてるんだと分かり、嬉しくて素直になれた。
いつもは意地を張ってしまうのに、今は素直に彼の言う事を聞いていたくて……
スタンリーは車のエンジンをかけるとハンドルを握ったが、ふと私の方に顔を向けた。
「ど、どうしたの…?」
「いや……」
「………?」
彼は少し視線を反らし、だが再び私を見ると、
「あのさ…ほんとに今日、ここに来たのって……俺が家に行かなかったから…?」
「え…?」
少し気まずそうにそう言って視線をそらすスタンリーに私はドキっとして俯いた。
もしかしたら迷惑だったのかな…なんて不安になったから。
だが私は思い切って彼の方を見た。
「そうよ…それに……担当を外れるって聞いてその事も話したかったから……」
本当の気持ちを見抜かれないように、なるべく普通に、そう答えた。
スタンリーは何かを考え込むように前を見ていたが、小さく息をつくと意外な事を口にした。
「そっか……。悪かったな、無理させて…」
「え…?」
「俺が……ちゃんと電話してたら熱がある体で家を抜け出したりしなかったんだろ?」
「…違…スタンリィ…それは私が勝手に――」
「……ごめん」
真剣な顔で私を見て、そう言ったスタンリーに私は涙が出そうになった。
だけど、ここで泣いてしまえば私の気持ちがバレてしまうかもしれない。
そうなったら…本当に彼は私の担当から外れると言い出すかも…。
それだけは避けたかった。
「私こそ……ごめんね」
私も彼にそう言うと、スタンリーはちょっとだけ笑顔を見せてくれた。
「じゃ帰るか…」
「うん」
「…ってか…今、思ったんだけどさ…」
「え…?」
車を少しだけ走らせ、またすぐに止めると、スタンリーは困った顔で私を見た。
「今、俺がを送ってったらマスコミにもだけど……お兄さん達からも変に思われない…?」
「あ………」
一瞬、二人で見つめあい、そして同時に苦笑いが零れた。
「そっか…そうよね…」
「だろ?どうする?何て説明するんだ?」
スタンリーにそう言われて私は困ってしまった。そこまで考えてなかったのだ。
私が家を抜け出したのは今頃バレてるだろう。
きっと皆、必死に私を探しているはず…
なのにスタンリーに送られて帰れば、皆はきっと誤解するかもしれない。
そうなれば彼に迷惑がかかってしまう…
スタンリーだって誤解されて皆に色々と言われるのは嫌だって思ってるかもしれない。
「おい、…?」
黙ったままの私にスタンリーは心配そうに顔を覗き込んできた。
そんな彼にちょっと微笑むと、
「やっぱり…私、タクシーで帰る」
「は?ダメだよ、そんなの」
「でも、そうしないとスタンリーに迷惑かけちゃうから」
「あのなぁ…。俺はそんな事、言ってんじゃなくて皆に何て説明するかって聞いてんの。それに迷惑なんて思わないよ。こんな事で」
スタンリーはそう言いながら私の額を軽く突付いた。
私は彼の言葉だけで喉の奥が痛くなった。
(そんなに優しくしないでよ…これ以上、好きになったら私…苦しくて死んじゃう…)
「スタンリィ…」
「ん?」
「私から皆にはちゃんと説明しておくから…心配しないで…?」
「え、心配って……俺は全然いいけどさ。が怒られるんじゃ…」
「大丈夫。担当変わるって聞いて話を聞きに行ったって、ちゃんと言うから。皆も怒らないわ」
「そっか…。分かった」
私の言葉にスタンリーはそれ以上何も言わず、黙って車を走らせた。
その横顔を見ながら、私はこの気持ちに嘘をつくのはやめようと思った。
帰って、ありのままを話せばいい。そして、何故?と理由を問われたら、自分の気持ちを言えばいい。
そう思ったら心が軽くなったのだ。
そう、これは私だけの一方的な想いだから。
私がスタンリーに担当を外れて欲しくないと思ったからだって言えばいい。
彼は関係ないって言えば、皆だってスタンリーには何も言わないだろう。
そう思いながら、ふとリンの事が頭を過ぎった。今日、スタンリーは彼女からの電話を受け、会いに行った。
それが何の用事だったのか気にならないと言えば嘘になる。
それに暫くは担当から外れるから今までみたいに会えないんだ、と思うと泣きたくなった。
色々な感情が心の奥から、どんどん溢れて来て、私はゆっくりと目を瞑った。
今、この瞬間だけは…彼が隣にいる。
それだけで幸せだった――
ハリソン家、血の惨劇・・・?(オマケ♡)
一方、ハリソン家では――
まだ可愛い妹の捜索は続いていた……はずだった。
だが何故か家族以外の者までがリビングに集まっている。
「おおおい!!電話は?!身代金の要求はあったのか?!」
「おい、ドム!は誘拐なんかじゃ――」
「あぁぁぁ…!!嫌な予感はしてたんだ!!は可愛すぎるから、いつかストーカーに攫われるって!!!」
「「「「………………」」」」
を探し回り結局、見つけられなくて帰宅したレオ。
そして家で待機をしていたオーランドとイライジャ。
更にはイライジャに電話をしてきた時に話を聞きつけ飛んできたヴィゴ。(ついでにドムまで来た)
この四人はドムの狼狽振りに開いた口が塞がらなかった。(ジョシュは仕事からまだ帰っていなかった)
「ったく…リジィが余計なこと言うから…」
「だ、だってレオ…ヴィゴが何度も携帯にかけてきて、"荷物(ドム)を引き取りに来い"って言うんだよ!だから、つい、それどころじゃない!って言ったら問い詰められてさ…」
「そうだぞ、レオ…。私だっては心配なんだ」
「いや、だからって何もドムまで連れて来なくても……」
「仕方ないだろう?帰れと言っても全く帰らないんだ!ずっと酒を煽るだけでグチグチグチグチとうるさいし、私の休日はぶち壊しだ!」
「ま、まあまあヴィゴ…今はそんなバカ(ドム)に怒ってる場合じゃないだろ〜?」
「そ、そうだったな…まあ、でも…ドムにだけ何故、が無事だったと言わないんだ?」
「「「…………………」」」
ヴィゴの問いにレオ、オーランド、イライジャは顔を見合わせ苦笑を洩らした。
そして未だ狼狽中のドムに視線を向ける。
「あの状態のドムに、"実は、スタンリーの家に行ってたみたいで…"なんて言える訳ないだろ?」
「そうそう。そんなの聞いた日にはドムの奴、速攻でスタンリーの家を探し出して何をするか…考えただけで恐ろしいよ……」
「だね〜☆きっと今以上に狼狽すること間違いなしさ!」
レオ、イライジャ、オーランドの、その言葉にヴィゴは思わず、頷いた。
実は先ほどスタンリーから家に電話が入り、担当変えの件でが不安になったようで自分に相談に来た、という連絡が入った。
そこで皆は一気に安堵し、こうしてドムよりは落ち着いて待っていられるのだ。
「そうだな…私もそう思う。だが…は何故、そんな熱があるのに彼の家に行ったんだ?まさか、あの記事は事実なんじゃ――!」
今度はヴィゴ方が狼狽しそうになり、レオは慌てて否定した。
「それは違うんだ。だけど、あの記事のせいでスタンリーがの担当から暫く外される事になってね…」
「何だって?」
「そうそう。それでには別の奴がつくみたいなんだけど、はそれが不安になってスタンリーに相談ってか話を聞きに行ったみたい」
「そ、そうか…それならいいが…。そうだよな…。いきなり担当が代わるのは誰でも不安になるもんだ」
「だ、だろ?そういう事なんだよ。だから心配する事はないから…ね?」
レオとイライジャは必死にヴィゴに説明し、顔を引きつらせた。(これ以上、狼狽する人間を増やしたくないのだ)
だがヴィゴは、それでやっと納得したようで思い切り息を吐き出している。
「ま、まあ…私は別に心配などしてないがな….」
「「「…………」」」 (強がり言っちゃって…………と思った兄弟3人)
だが、そこに、まだ何の事情も知らない人物が、一人帰ってきてしまった。
バァン!!!っと物凄い音と共にドアが開き、転がるようにリビングに飛び込んで来た人物は――
「ーーっ!!!は帰ってきたのかっ?! ん?!」
「「「 と、父さん?!」」」
そこへ飛び込んで来たのは、この家の主で、この兄妹たちの育ての親、ハリソンだった――!
髪を振り乱し、ブランド物のネクタイが明後日の方向に曲がっているが、そんな事はお構いなしでハァハァと荒い呼吸をくり返している。
そして血走った目を、固まっている4人に向けると、まずは長男が目に付いたのか、いきなりレオに飛び掛った(!)
「レレレ、レオーーーッ!!!!」
「うぁ!なな何だよ、父さん!!!」
「は、は誰に攫われたんだ?んっ?!身代金はいくら要求されたんだ?を取り戻す為なら、いくらでも払うぞ!!」
「はぁ?! 何言っちゃってんの、父さん…………」
「な!!何を呑気な!!が攫われたんだろう?!何故、そんな冷静で―――って、こ、小僧ッ!お前かぁ!!」
「―――へ?」
今の今まで狼狽していたドムも、この突然のハリソンの帰宅(乱入?)にフリーズしていた。
なのでハリソンが自分を見て、何を勘違いしたのかすら気づかず、飛び掛ってきたハリソンに目を白黒させている。
「くぉるぁ!をどこにやった!お前はいつか、こういう事をすると思ってたんだ!さあ吐け!をどこに監禁したんだぁ!!」
「ぐ、ぐるじいぃ…!!ぼ、僕は何も知らな……ぐぇ…っ!」
ハリソンの迫力にドムは完全に押され、逃げ出すことも出来ずに首を絞められている。
そんな二人を見ながら、レオは隣のイライジャに、小声で問い掛けた。
「なぁ…父さんに電話したのってリジィか?」
「ま、まさか!こうなること分かってて電話するはずないだろ?僕じゃないよ。しかも誘拐なんて大げさなこと言わな――」
「「………………」」
そこで二人は顔を見合わせ、そして、その後にゆっくりと振り向いた。
すると、コソーーーーっと抜き足、差し足で抜け出そうとしている二男、オーランドの後姿がそこにある。
(ヴィゴはすでに疲れ果て目頭を抑えているようだ)
「オ、オーランドーーッ!!お前だろう、父さんにが誘拐されたなんて大げさな電話したのわぁ!!!」
「・・・・・・・・・・・・ひゃ!!!」
「逃げるな、オーランド!!今日という今日は、そのバカな頭を叩きなおしてやるっ!!!」
(ここで一気にダッシュし、逃亡を試みるも、レオに速攻でとっつかまった二男)
「ぎゃーー!!こ、殺され―――ぅぐぁっ!!!」
ガン! 「うぅっ!」 ドカッ! 「ぐぁ!!」 ボフッ!!! 「ふぐっ!!」 ガス! 「ぐぉ・・・・っ!!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」
(レオのオーランドに対する拷問に、あまりに怖すぎて動けないヴィゴとイライジャ)
「ぅぎゃぁぁぁぁっぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・っっ!!」
この夜、外で張り込んでいる記者の耳に、何とも言えない断末魔が聞こえ、一瞬、殺人事件か?!と緊張が走ったのは言うまでもない…。
かくして、この混乱に混乱を招いた一夜が明けた頃…………
惨劇は終わり、ボロ雑巾のようになったオーランドがリビングで一人泣いていたそうな……。
(因みに戻って来たは速攻で部屋に運ばれた為、悲惨な現場を見ることはなかった)