「いやぁ、くんの演技を目の前で見たのは初めてだけど、デビュー当時より数段上手くなってるね」
「はあ…ありがとう御座います…」
「これなら他にも色々なジャンルの作品に出た方がいいな!うん、よしテリーに後で相談してみよう」
「……え?」
「いや、私はこれでもテリーと親しいんだ。くんには、もっといい仕事が来るように言う事くらいたやすいよ」
「はあ………」
車に戻って少し休もうと思ったのに、さっきからジョージは、こんな感じでしゃべりっ放しで私はちょっと疲れてきた。
スタンリーなら撮影前や後は、なるべく私に話し掛けないよう気を使ってくれてたし、自分の話ばかりするような人じゃない。
あくまで私を優先に考え行動してくれてた。
(スタンリー何してるかな…)
彼が担当になってからは、いつも一緒に仕事をしてきた。
だから、こんな風に突然、いなくなられると凄く寂しい。
――コンコン
その時、車の窓を叩く音が聞こえ、見てみれば衣装係のリンが笑顔で手を振っている。
私は少しホっとして窓を開けた。
「さっきの衣装を取りに来たの」
「あ、ごめんね」
私はすぐに先ほど脱いだ衣装を持って車を下りた。
チラっと振り返れば、ジョージは早速テリーに電話をしているのか、何やら楽しそうに話している。
私はそのままリンの方に駆けて行った。
「はい、衣装」
「ありがとう。あ、体の方はどう?大丈夫?」
リンは衣装を受け取ると心配そうな顔で尋ねて来て私は笑顔で頷いた。
「ええ、もう熱は下がったし体が軽いわ」
「そう!なら良かった。スタンリーも心配してたし…」
「え…?」
「あ、こんなこと言ったら、また怒られちゃうわね」
リンはそう言ってペロっと舌を出して笑った。
その言葉にドキっとして私は、ふとリンとスタンリーが何度か会っていた事を思い出す。
「あ、あのリン…」
「え?」
「その…スタンリーとは…今も友達なのよね?」
「え、ええ。でも…どうして…?」
「あ…あの…時々会ってるって聞いたから…」
そう言ってなるべく普通に微笑むと、リンは軽く息をついて車に寄りかかった。
「ちょっと相談に乗ってもらってて…」
「え、相談…?」
リンはちょっと微笑んで頷いた。
「私…仕事の事で今、色々と悩んでて…。そんな時に今回の仕事でスタンリーと再会したの」
「そう…」
「スタンリーがモデルを辞めた後、どこかの事務所に入って女優さんの付き人をしてるのは共通の友人から聞いて知ってたわ」
リンはそう言うと私の方を見た。
「でも…誰の付き人をしてるのかだけは教えてくれなかった。だから今回、ここで会った時、ちょっと驚いたけど納得しちゃった」
「え…?」
その言葉の意味が分からず、首を傾げるとリンは「ううん、何でもない」と、少し首を振って言葉を濁した。
そして手に抱えていた衣装を持ち直すと、
「スタンリーは…いい人でしょ?」
「…え、あの…」
「久し振りに会っても、ちっとも変わってなかった。だから、つい私も相談なんかしちゃって…」
「リン…あなた、まだ彼のこと…?」
何となく、そう感じて口にしてしまった。
リンはその言葉にハっとしたように私を見ると、恥ずかしそうに目を伏せ小さく頷いた。
「そうなのかもね…もう忘れたと思ってたのにな…」
「で、でも…別れようって言ったのはリンなんじゃ――」
そこまで言って慌てて口を閉じた。するとリンはクスクス笑って私を見る。
「彼から聞いたの?」
「あ、あの…ごめんなさい…」
「ううん、いいの。ほんとの事だし…」
「じゃ、じゃあ何で…」
「好きだからこそ…彼と一緒にいるのが辛かった…って、言い訳よね?」
「え?」
「…スタンリーが一番、辛い時に私は逃げたようなものだし…」
「あ…ご両親の事故…?」
前に事務所の子に聞いた話を思い出し、そう言えばリンは悲しそうな顔で頷いた。
「その前から…私は別れようかって思ってたの。だからタイミングが悪かったのかもしれない…」
「どうして、そこまで別れようなんて…」
「………彼は私の事を見てくれなかったから…」
「え…?」
リンのその辛そうな言葉にドキっとした。
だが彼女はすぐに笑顔を見せる。
「何て…勝手な思い込みなのかもしれないって思ったけど…両親の事故のことで彼も私とゆっくり話す時間なんてなかったし、
結局、本心も聞き出せないまま。それにスタンリーは私が別れようって言っても理由も聞かず"分かった…"としか言ってくれなかった。
引きとめもしてくれなかった彼を見て、それが答えなのかなって思ったし……って何で私、さんに、こんな話してるんだろ」
リンはそう言ってちょっと笑うと、
「スタンリーには内緒にしててください。あいつ気にしちゃうと思うから」
「…言わないわ」
何となく胸が痛くなって小さく頷くと、リンがハっとしたように腕時計を見た。
「いけない!戻らないと、またチーフに怒られちゃう。それじゃ、さん、お疲れさま!」
「あ、お疲れさま」
慌ただしく駆けて行くリンの後姿に手を振り、私は軽く息をついた。
…やっぱり彼女、まだスタンリーの事が好きだったんだ…。
でも…スタンリーがリンの事を見てなかったって……どういう事?
彼は他に彼女を作るような人じゃないと思うんだけど……
そう思いながら、車に戻ろうとドアを開けた。
すると中から、まだ電話をしているのか、ジョージの賑やかな声が聞こえてくる。
「――ええ、それはもう!必ず受けさせますよ!あの監督の作品に出れば、また女優としてキャリアになりますからね!アハハハ!」
「…………………」
どうやら何かの映画のオーディションの話らしい。
テリーにOKでももらったのだろうか。
(…と言うか、彼ってずっと私のマネージャーをやるつもり?冗談じゃない!)
私はそのまま静かにドアを閉めると、思い切り溜息をついたのだった。
「え、ケイトと食事?」
「ああ、そういう事になっちゃってさ……」
撮影が終り、戻って来たジョシュが何となく気まずそうな顔でそう言ってきて私はちょっと驚いた。
へぇ…ケイトから誘ってきたって事は…ケイトってばジョシュのこと好きだったんだ。知らなかった…!(さすが鈍感王)
まあ彼女ならいい人だし…………
「分かったわ?じゃあ先に帰ってる」
「そうか…?何なら一緒に来てくれても――」
「もう、ジョシュ…。デートに妹同伴で行くなんて、また前の時と同じになっちゃうわよ!」
「い、いやデートなんてものじゃ…」
「いやいや、いいじゃないか、照れなくたって!全く羨ましいぞ、あんな奇麗な人と食事なんて!」
「「…………………・」」
何故かジョージまでが話に入って来てジョシュの背中をバンバン叩いている。
さすがにジョシュもウンザリした顔で彼を見ているが、ジョージもこれまた鈍感なのか全く気づいていない。
「いや!くんのことは私に任せて、君はデートを楽しんで来たまえ!ハッハッハ!」
「あ、いや、だからデートなんかじゃ――」
「さあ、じゃあ帰ろうか、くん!」
ジョージはそう言うと私の腕を取り、先に車の後部座席へと乗せる。
ジョシュはもう諦めたのか何も言わず、私に窓を開けるように促した。
すぐに窓を開けると、ジョシュは優しく微笑んで私の頬にチュっとキスをしてくれる。
「じゃあ…気をつけて帰るんだぞ。なるべく早く戻るけど出来れば皆には――」
「うん。内緒にしておく。言えば、またオーリィとかが大騒ぎすると思うし」
「助かる……」
「いいからジョシュは楽しんで来て!」
「……だから俺は別に――」
「さあ、くん、そろそろ出すよ?!」
「「……………」」
すでに運転席へと乗り込み、張り切った様子でエンジンをかけるジョージにジョシュの目が半目になった。
「ったく……もう少しマトモな代わりはいなかったのか……?」(超小声)
「そう言わないで…。彼も一応ベテランなんだし…」
「はぁ……ま、扱いやすそうだけど出来れば早くスタンリーが戻れるようにしてもらえよ?」
「う、うん…」
「じゃ、気をつけてな」
ジョシュはそう言うと最後にまた頬にキスをして頭を軽く撫でてくれた。
私も手を振っていると、車が走り出し、ジョシュはすぐに見えなくなる。
(…今度は上手く行けばいいけど…でもジョシュ、あまり気乗りじゃないみたいだし、何て言っても不器用だからな…レオと違って…)(!)
少々、失礼な事を思いつつ窓から顔を出し風に当たっていた。
すると家とは違う方に曲り、私は慌てて顔を引っ込める。
「あ、あのジョージ…!方向が違うわ」
「え?ああ、いいのさ!くんもお腹が空いただろう?この近くにいい店があるから食事していこう」
「え?あ、あの、いいです…!家で食べますから――」
「何言ってるんだ。若いんだし君は今、若手で最も注目されてる女優なんだぞ?食事くらいレストランでしないとね!」
「は?」
ジョージの意味不明発言に私は思い切り首を傾げたが、彼はどうやら本気で私をレストランへと連れて行く気のようだ。
この謎のテンションなジョージと食事なんて考えただけでも憂鬱だったが何を言っても無駄な気がして今日だけは我慢する事にする。
(はーもう…ジョシュじゃないけど、もっとマトモな人いなかったのかしら…。これじゃ私の方が疲れちゃう…)
そう思っていると車はレストラン街へとつき、見覚えのある建物が見えて来た。
そこは前にスタンリーが美味しいから、と一度、連れて来てくれた事のあるレストランで少しだけ嬉しくなった。
(スタンリーは今頃何してるんだろう。まだミシェルと仕事中かなぁ…)
暗くなった空を見上げながら、何だか凄くスタンリーが恋しくなった――
「さ、座って、くん!」
「はあ…」
サっと椅子を引いてくれたジョージに顔が引きつりながらも私は何とか笑顔で頷いた。
いちいち声が大きくて、それだけでも恥ずかしい。
「ああ、君!いつもの、ワインを食前酒に持って来てくれ」
「…畏まりました」
常連なのか、ジョージがそう言うとウエイターも、すぐに頷いて歩いて行く。
だが内心、苦笑いしてるんじゃないかと、私は思った。だいたい担当の女優の前でかっこつけたって意味ないのに。
「さあ、くん、何を食べる?この店はパスタが美味しいんだ!」
「は、はあ…じゃあ…それを…」
そうだ…スタンリーも確か、"ここはパスタが美味しい"って言ってたっけ…
そんな些細な事でも彼のこと思い出すなんて、私って重症かな。
ふと自分で自分がおかしくなり、内心苦笑しているとウエイターがワインを運んで来た。
大きなグラスにワインを注ぎ終るとジョージが勝手に料理を注文していく。
そして一通り注文を終えるとグラスを持ち、ニッコリと微笑んだ。
「じゃあ今後のくんの活躍を願って…Cheers!」
「…ありがとう御座います」
一瞬、ちょっと鳥肌が立ったが何とか笑顔を作り、ワインを口に運ぶ。
まあ確かに、そのワインは美味しく私の口にも合った。
「さ、もっと飲んで!これから暫くは一緒に仕事をするんだし、こうして食事をしながら互いの事を分かり合わないとねっ」
「は、はあ…。でも、きっとスタンリーもすぐに戻れると思いますし…」
「でもまあ、彼はミシェルのご指名を受けてるんだし、そのまま彼女の担当になるに決まってるよ。彼女、可愛いしな!ハハハ!」
「……………(む)」
(――何よ!スタンリーは可愛いからって、そんな理由で女の子に靡くような人じゃないわよっ)
心の中でベェッと舌を出し、顔は終始、笑顔を作っておいた。(私って女優だなーと、変なとこで実感した)
「――あれぇ?ちゃん?」
「…………っ?!」
その時、不意に後ろで名前を呼ばれ、驚いて振り向けば――
「あ…あなた……キース…?!」
「わーほんとにちゃんだ!凄い偶然!」
驚いたように歩いて来たのは前にスタンリーの家で会ったキースだった。
だが、この間と違い、今は黒いスーツを着て雰囲気が違うのに驚いた。
さすがモデルだけあって、こうして見ると彼もかなりカッコいい。
だが、その時ジョージがいきなり席を立ち、キースの前に立ちはだかった。
「何だね、君は!うちのくんに馴れ馴れしく話し掛けてもらっては困るよ。ファンならファンらしく、そっと見守るのが――」
「ちゃん、誰?このオッサン」
「え!あ、あの……」
キースは悪びれもなく、ケロっとした顔でジョージを指さした。
それには私も噴出しそうになったが、ジョージの顔が真っ赤になっていくのを見て慌てて堪える。
「ぐ…っ!オ、オッサンって失敬な!侮辱罪で告訴するぞ、君ぃ!」
「――ああ、分かった!こいつだろ。スタンリーの代わりって」 (軽く無視)
「え、ええ…そうなの…」
「こ、こいつ?!年上に向かって、こいつとは失敬だな!」
「へぇー、まあ、あいつよりマネジャーって感じはするかな。ダサイ感じが♪」 (更に無視)
「え?!あ、いえその……」
「ぐ…!言わせておけば…!どうせくんの後を追い掛け回してるんだろ?よし、支配人に言って追い出して―――」
「ああ、ちゃんも一緒にどう?マネージャー代理のオッサンは放っておいてさ!」
「え、で、でも…」
「な・・・またオッサンなどと暴言を――!」
「いいじゃん、別に。こんなオッサンと食事しててもつまらないだろ?それに今からスタンリーも来るからさ!」
「え…?スタンリーが?」
「そ♪さっき仕事終ったらしくて一緒に飯でも食おうぜって話になってさ。この店、俺らの溜まり場なんだ」
「そ、そうなの…」
(今からスタンリーも来る…)
そう聞いただけで胸がドキドキしてきて、すでに後ろで茹蛸のようになっているジョージの存在を忘れていた(!)
「ほら、行こうぜ?奥の個室、予約してあるんだ」
「え、あ…ま、待って」
キースに腕を掴まれ、私はそこでやっとジョージの存在を思い出した。
「あ、あのジョージ。彼、知り合いなの。友達って言うか…だから彼らと一緒に食べるわ。ごめんなさい…」
「え?あ…そんな…。――え?友達?!」
ジョージは驚いたように私とキースを交互に見た。
するとキースはニヤリとしてジョージの肩にポンっと手を置く。
「そういう事♪別にマネージャー代理と食事しなきゃならないって事もないんだろ?ここは一つちゃんを自由にしてあげてくれないかなあ?」
「ぐ…!」
キースの言葉にジョージは更に額をピクピクとさせていたが、周りの視線を感じ、思い切り息を吐き出した。
「あ、ああ。別に構わないよ。くんも友達と会ったなら、そっちの方が気楽だろう!ハハハ!ま、若い人同士で楽しみなさい」
「あ…あの、すみません」
「いいさ、いいさ!さっき注文した君の分の料理はキャンセルしておくから。また今度の機会にゆっくり来よう!」
「はい…じゃあ……」
最大に引きつりつつもジョージがそう言うので私は笑いを堪えてキースと一緒に行こうとした。
その時、ジョージにガシっと腕を掴まれ、ビクっとなる。
「な、何ですか?」
「くん…友達は選んだ方がいいよ」
「…………………」
ジョージの一言で今度は私の顔が引きつった。
だが言われた当の本人は―――
「べぇーー」
「ぅぐぐ……っっ!!!」
まるでオーリィのようにベェっと舌を出していて更にジョージの額の血管を増やしていた………
「はぁ〜おっかしー奴!からかい甲斐があるよなー」
キースは個室に行くと思い切り笑っていて、それには私も思わず苦笑した。
「でも、ほんと驚いちゃった。こんなとこで会うなんて」
「まーね!俺も驚いたよー。何だかでかい声で偉そうに話してるオッサンがいるなーって思って見たらちゃんが一緒だからさ」
「オッサンって…彼、まだ30代よ」
「いや、俺の場合、自分より年上は皆、オッサンなんだよね。特に深い意味はないんだよ、ウン」
「やだ…キースってば、ほんとオーリィみたい」
彼のノリがあまりにオーリィと重なり、私は噴出してしまった。
するとキースも笑いながら肩を竦めている。
「あーそれ、よくスタンリーに言われたよ。ちゃんの家に出入りするようになってオーランドと会ったら、俺とキャラが被ってたってさ」
「だって、ほんと似てるんだもの。もしかしたら気が合うかも」
「そうかな?俺としては、あのレゴラスと似てるなんて言ってもらえて嬉しいんだけど♪」
「レ、レゴラス……は役だから…。あんなにクールじゃないわ」
ちょっと苦笑しながら、そう言うとキースは、「なぁーんだ、そっか」と一緒に笑い出す。
会って、まだ二度目なのに全く構えず話せるのは私にしたら珍しい。
(スタンリーは素適な友達がいるんだなぁ…)
それは彼の素顔を見てるようで凄く嬉しくなった。
その時、ドアがノックされてウエイターの声が聞こえて来た。
「――お連れ様がお見えです」
「お!来た、来た」
キースはそう言ってウインクするとドアの方に歩いて行く。
私は一気に胸がドキドキしてきてドアの方を見れないまま、スタンリーが入ってくる気配を感じていた。
「――悪い、キース。遅くなった」
「いいって。それより驚く人がいるんだよねー?」
「は?」
「さっき、ここでちゃんと会ってさ!無理やり一緒にって誘っちゃったよ」
「はあ?あ!」
「お、お疲れ様…」
そう言って私が振り向くと、スタンリーは本気で驚いているのか、私を見て目を丸くしている。
「な、何してんだよ?!」
「な、何って、だからさっきキースに会って…」
「そうそう♪俺がお前の代理のオッサンから助けだしてやったってわけ」
「な…助けたって何だよ?」
「まま!その話はまずワインと料理を頼んでからって事で、まずは座れ!」
キースはそう言って更に驚くスタンリーの肩を掴み、私の隣に座らせると、ニコニコしながら自分も椅子に座ったのだった。
「はあ?お前、そんなこと言ったわけ?!」
スタンリーはキースの話に口に運んだグラスをそのまま飲まずにドンっとテーブルに置いた。
だがキースはケロっとしながら、
「うん、言ったけど?」
「おま…っジョージは仮にも俺の先輩だぞ?…それで俺の友達って言ってないだろうな!」
「さぁ?どうせ、あのオッサンには聞こえてなかったみたいだから気づいてないんじゃね?」
「はぁぁぁ……ったく!ほんっとお前、口は慎めよ!」
「うわぁ、お前に言われたくないね!この毒舌王が!」
「何だよ!」
「お前こそ!」
「ちょ、ちょっと二人ともやめて…!」
二人が椅子から立ち上がるのを見て私は慌ててスタンリーの腕を引っ張った。
すると二人は渋々といった感じで再び椅子へと座りなおす。
「もう…ほんと仲がいいのか悪いのか分からないんだから…」
「ごめんね〜?ちゃん♪こいつ、昔から気が短くてさー」
「うるさい!ってか、。もう、こいつに、どっかで会っても無視していいからな!」
「何だよ、スタンリー!余計なこと言うなっ」
「余計な事じゃない。大事な事だろ?つか、お前はに話し掛けるな」
「あーらら♪ナーンダ!それってジェラスィ?」
「…バ!バカ、そんなんじゃ―――ってか、お前、やっぱ一発、殴らせろっ」
「ちょ、ちょっとスタンリーっ」
再び立ち上がったスタンリーに驚いて服を引っ張ればキースはニヤニヤしながらワインを飲んでいる。
その様子にスタンリーは握りこぶしをプルプルさせ、
「……あーほんと殴りてぇー!」
と頭をガシガシかきながら、ドサっと椅子に腰を降ろす。
それにはホっとしたが、私は何となく楽しくて思わず笑ってしまった。
「何笑ってんの…?」
「だ、だって…やっぱり彼といるとスタンリー、いつもと違うなーって思って…」
「バカといると疲れるんだよ…」
「バカって言うな」
「バカはバカだろ?」
「バカって言う方がバカなんだぞ?」
「そういう事、言うのがバカなんだよ!――って、はぁ…もう調子狂う…」
スタンリーは本気で疲れたのか思い切り溜息をついてテーブルに顔を突っ伏した。
「何だよー。一緒に飯食おうって誘っといて寝る気か?」
「うるさい…。今日は一日、我がままに付き合わされて特に疲れてんだよ……」
「あー今、担当してるミシェルちゃん?彼女も可愛いよなぁ♪」
「顔だけ可愛くてもね……」
スタンリーはそう言うと顔を上げて溜息をついた。スタンリーは本当に疲れた顔をしていて、彼のそんなところはあまり見た事がない。
一体ミシェルは何をしたんだろう…と少しだけ気になった。
「ね、ねぇ…」
「ん?」
「今日…そんな疲れる仕事だった?」
「ああ…まあ…ってか彼女、ほんっと我がままで参ったよ…って、このことは言うなよ?」
「う、うん」
少し眉を下げ、そう頼んでくるスタンリーがおかしくて私はちょっと笑いながら頷いた。
(…何かいいな、こういうの。素で接してもらってるって感じがする……これもキースのお陰かも)
そう思いながら運ばれて来た料理をパクつくキースを見ていた。(食べ方までオーリィにソックリだった…)
「じゃあ俺はこれで♪」
食事を終え、レストランを出た時、キースはタクシーを止めて、そう言った。
「は?お前、帰る気?」
それにはスタンリーも驚いて、チラっと私を見ると彼の方に歩いて行く。
「いつものバーで待ってろよ。を送ったら、すぐ行くから」
「いいっていいって!俺は一人寂しく帰るから二人で飲みにでも行けよ」
「何言って……だいたい、こうして一緒にいるのも今はマズイってのに飲みに行けるかっ!」
スタンリーはそう言ってキースの額を指で小突いた。
その言葉に少し胸が痛くなるも、ほんとの事なので仕方ない。
また一緒に飲んでるところなんて見られたら、今度こそ担当を変えられてしまうかもしれないのだ。
私は、まだ一緒にいたいという気持ちを抑えて二人の方に歩いて行った。
「あの…私、一人で帰れるから二人は飲みに行って。このタクシー私が乗ってくから」
「は?何言ってんだよ。一人で帰せるはずないだろ?」
「そうだよ、ちゃん!こいつに送ってもらいな」
「で、でも家には、まだ記者の人達もいるし…。大丈夫、一人で帰るわ。――じゃあ、またね!」
「あ、おい、――」
私はそう言ってサッサとタクシーに乗り込んだ。
だが、すぐにドアが開き、隣にスタンリーが乗ってきてギョっとした。
「ちょ…スタンリー?」
「すみません。ビバリーヒルズまで」
「ちょっと……」
「いいから送る。一人で帰せないって言ったろ。 ――あ、キース!ちゃんと待ってろよ?」
「アイアイサー♪まあ、一時間くらいなら待っててやるから、ゆっくり送って来なさい!」
「バ、バカ!そんなかかるかよ!とにかく待ってろよ?」
「分かってるって!あ、じゃあ、まったね、ちゃん!」
「あ…お休みなさい!今日はありがとう!」
笑顔で手を振ってくるキースに私も手を振り返すと、タクシーはゆっくりと走り出した。
結局、スタンリーに送って貰うことになり、私は少しだけドキドキしてきた。
昨日、今日と二日会ってないだけなのに久し振りに二人きりになった気がして体半分が全て心臓になったみたいだ。
チラっと隣を見ればスタンリーは黙ったまま窓の外を見ている。
その横顔は、さっきとは違って少し疲れてるように見えて心配になった。
と、その時、不意にスタンリーが私の方を見た。
「熱は?」
「え?あ…下がった…」
「そっか。今日は…どうだった?」
「うん…ちゃんと撮影出来たわ」
「そう。なら良かった。ジョージとも上手くやれそうか?」
「………う、うん………まあ…」
それは何とも言えず、言葉を濁すとスタンリーはちょっとだけ苦笑した。
「まあ彼はあんな感じだけど仕事は出来るしさ。のマイナスにはならないよ。ま、ちょっと女優を甘やかすけどな」
「別に甘やかされてなんか…。それに上手くやるも何も今だけだし」
「まあな…」
スタンリーは、ふと目を伏せ、再び窓の外を見る。
その様子に少し不安になったが何となく声がかけられない。
するとタクシーが静かに止まり、気づけば家の近くだった。
「――この辺で待っててもらえますか?」
「はい、いいですよ」
「え…スタンリー?」
「門のとこまで送るよ」
「え?」
スタンリーはそう言って先に外に出て歩いて行ってしまった。
それを見て私も慌てて後を追いかける。
「い、いいよ、ここで…」
「よくない。ちゃんと無事に家に入るのを見たら俺も帰るからさ」
「でも…」
そこで言葉を切った。
本当はまだ一緒にいたい。
だから、こうして送ってくれるのは凄く嬉しかった。
「じゃあ…今日はありがと。凄く楽しかった」
裏門まで来ると、私はそう言ってスタンリーを見上げた。
彼はちょっとだけ苦笑すると髪をかきあげ軽く息をつく。
「まあ…楽しかったなら良かったよ」
「うん。キースにもお礼言っておいてね」
「あんなバカにお礼なんていいよ。あいつがと食事したくて無理やり誘ったんだからさ」
「でも――」
「それに、どうせ明日にはモデル仲間に、ハリソンファミリーのお姫様と食事したーなんて言いふらすに決まってる」
「そうなの?」
その言葉に、ちょっとだけ噴出すとスタンリーも呆れたように笑って肩を竦めた。
「俺達の仲間っての家族のファンが多いんだ。だからさ」
「そう。それは嬉しいな」
「ああ、じゃあ…明日も頑張れよ」
「あ…うん」
不意にスタンリーにそう言われ、もう帰ってしまうのかと寂しくなる。
だけど引き止めるわけにはいかない。
「じゃあ…スタンリーもあまり飲みすぎないでね」
「それはキース次第。じゃあ、お休み…!」
「お休みなさい…」
スタンリーは軽く手を上げ、タクシーの止まっている方へと歩いて行く。
その背中を見ながら私は何だか寂しくて泣きそうなのをグっと堪える。
今までなら…こんな風に別れても明日になれば、また会えるって思って安心してた。
でも…今は明日になっても会えるかどうかも分からない。そう思うと何だかたまらなくなった。
その時、スタンリーが急に足を止め、振り向いた。
私はドキっとして慌てて笑顔を作る。
「ど、どうしたの?」
「いや…早く入れよ…。俺が帰れないだろ?」
「……うん」
(何よ…見送らせてもくれないんだから…)
心の中でそう思いながら私は仕方なく門の鍵を開けて中へと入った。
するとスタンリーもホっとしたように再び車の方へ歩き出す。
そして彼が車に乗ったのを確めると、私はゆっくりと家の方に向かって歩き出した。
その時―――
「お帰り、♪」
「…キャ!」
突然、後ろから声が聞こえて私は思い切り飛び上がった。
「オ、オーリー?!な、何して…!」
「俺も今、帰ってきたんだ♪表門の方に凄いパパラッチくん達がいて入れそうになかったから裏に回って来たってわけ!もだろ?」
「う、うん、まあ…。オーリィも仕事だったんでしょ?」
「そうさー!もうヘトヘトだよ、ぼかぁ…」
早速、頬にキスをしてくるオーリィに苦笑しながら二人で家に向かって歩いて行く。
だけどオーリーは何だかびっこを引きながら歩いていて私は首を傾げた。
「どうしたの?オーリィ…どこか怪我でも…」
「え?あ、い、いや何でもないんだ!アハハ!ちょっと挫いただけさー!」
「そう?じゃあ帰ったら温布貼らないと…」
「い、いいよ!自分でやるから♪も疲れてるんだろ?なら早くお風呂にでも入って休んで。ね?」
「う、うん」
――どうも様子がおかしい。いつもなら、どこか怪我(それが例え小さな擦り傷でも)したら、すぐに、
「〜怪我しちゃったよ〜!カットバン貼って〜〜!」
って泣きついてくるのに……
まさかレオに制裁を加えられてることを知らない私は、オーリィのビクビクした態度を見て、今朝のジョシュが言ってたように、ほんとに何か変なものでも拾い食いしたのかしら…なんて、かなり酷い事を真剣に(!)考えていた…
オーランド
「はぁ…危ない危ない…」
僕は家に帰ると、すぐに自分の部屋に逃げてきた。
どうも僕の様子にが何か感づいたようで、やたらと薬を飲め(それも食中りの)言って来て大変だったのだ。
(どうでもいいけど何で足を捻挫したって言ってるのに食中りの薬なんだ!)
「これは見せたらマズイよなぁ…」
部屋にあるバスルームへ行って服を脱ぐと自分の背中を鏡で見てみた。
すると悲しいくらい、手の跡や足の跡がクッキリハッキリついていて涙が浮かんでくる。
「くそぅ…レオの奴…。ここまでしなくてもいいじゃないか……」
鬼のような兄の仕打ちに僕はその場に崩れ落ちサメザメと泣いた。
まあ僕も悪かったけどさ!
だって父さんがパニくった姿が面白いって言ったのレオじゃないか!
だから僕は親切にも(!)大げさな電話をしただけだってのに…・
レオからは拷問のような制裁を加えられ、最後の最後には父さんからもゲンコされ、僕のセクスィバディはズタボロさ…クスン。
そう!ほんとはにだって泣きつきたいんだ!優しく手当てだってしてもらいたいさ!
でも、そうしたら、「この傷どうしたの?」って事になって、僕はには嘘なんてつけないから(これが嘘)
きっと、「レオにやられたーー!」ってバカ正直に言ってしまうんだ!きっと、そうなんだ!
そしたら、絶対、レオに「にチクったな?!」って更に怒られ、また必殺拳を食らうことになるんだ!絶対、そうなんだ!
だからにだけは言えないのさぁ…!!
そう!これは僕の試練!
あの鬼!悪魔…!いや、マフィアよりも怖い兄を持った僕の宿命…!(グッ)
ああ…神様!…何故、僕を長男にしてくれなかったのですか………?(あなたが鬼ですか?)(オイ)
そしたら今頃、レオなんてギッチョン、ギッチョンのメッタンコに――!!!!
ドンドンドン!!!
「おい、オーリー!お前、テレビのリモコン、壊しただろ!!」
「――ひゃぁ!(悪魔の声!)」
………僕の試練(?)はまだまだ続く………(号泣)
「―――お前……本気か?」
キースはそう言ってグラスをカウンターテーブルへと置いた。
その表情は先ほどまでのひょうきんな彼ではなく、かなり真剣なものだ。
スタンリーは何も答えないまま、ゆっくりとバーボンの入ったグラスを置くと小さく息をついた。
「もう……どうしたらいいのか分からなくてさ」
「何言ってんだよ……そんなの深く考える必要は――」
「俺が……自由じゃないことは知ってるだろ?」
「それは……そうだけどさ!何でも我慢すりゃいいってもんでもないだろが!そんなんであいつが喜ぶか?」
「……………」
声を荒げたキースの言葉にスタンリーはハっとしたように目を伏せ黙ってしまった。
一瞬、静かになり、互いに口を噤んでいる。
その時、グラスの中の氷が溶けて、カラン…っと小さな音を立てた――