現在2003年。
今から12年前の1991年・・・・・・・
父、ハリソン、40歳。
長男レオナルド、15歳。
二男オーランド、13歳。
三男ジョシュ、12歳。
四男イライジャ、9歳。
末っ子の長女、9歳。
ある夏の出来事・・・・・・・・・・・・・・・
静かな部屋に明るい日差しが入って来た頃。
布団からゴソゴソと顔を覗かせた小さな女の子。
小さな手でしきりに目を擦りながら、隣に眠る兄の寝顔をそっと覗き見る。
「おはよ、レオ・・・」
はそう呟いて兄、レオの頬にチュっとキスをすると自分を包むようにしている腕の中から、そぉっと抜け出しベッドを降りた。
そしてレオを起こしていないか、チラっと振り返るもレオは疲れているのか、未だスヤスヤ寝ている様子だ。
それを確認するとはちょっと微笑んでレオの部屋を出て行った。
「――ん・・・」
ふと目が覚めてレオは寝返りを打った。
まだ眠い感覚があるのに何故、目が覚めたんだろうと頭の隅で考える。
(――何だ・・・?)
だが、すぐにその原因に気づく。
いつもと少し違う違和感を覚え、レオは目を開けた。
そして、居るはずの妹が腕の中から消えていることに気づき、ガバっと起き上がり部屋を見渡してみる。
「・・・?」
一気に覚醒したから少し頭がクラクラするが、構わずベッドから出ると隣の部屋へと行ってみた。
だがそこにもはいない。
(目が覚めて部屋に戻ったのかな?)
そう思って一度部屋を出るとの部屋へと行ってみた。
ノックもせず、ドアを開けると、カーテンが開いているので、かなり明るい。
「?いるのか?」
そう声をかけてみてもシーンとしたまま返事はない。
レオは首を傾げつつ、奥のベッドルームも覗くが、そこにもの姿はなかった。
「ぁれ・・・いないや・・・」
もしかしたら下にいるのかも、と思い、すぐに部屋を出ようとした。
だが、ふと足が止まる。
視界に何か気になるものが映ったからだ。
「クローゼットが・・・」
ベッドルームの奥にあるクローゼットの扉が少しだけ開いているのを見つけ、レオは中へ入った。
そしてクローゼットの扉を開けてみる。
そこにはの服や靴等が所狭しと飾られていて、9歳にしてはかなり華やかな感じだ。
だがレオはその沢山の洋服の中にあったはずのワンピースが一着ないことに気づいた。
驚いてハンガーにかけられている服を一着一着、見て行ったが、やっぱりアレだけがない。
「何でないんだ?あれはお出かけ用に、って買ったはず・・・」
レオ自身が見立てたやつなのだ。
勘違いでも、間違いでもなく、確かに一着足りなかった。
と言うことは・・・は今日、あのワンピースを着ているという事だ。
そこに気づいてレオは慌ててクローゼットの中を見渡した。
すると、そのワンピースに合わせて買った靴もバッグもなくなっている。
「・・・!」
そこでレオはすぐに部屋を飛び出すと、弟、ジョシュの部屋にまず飛び込んだ。
ジョシュはまだ眠っているのか、部屋の中はカーテンが引かれ、かなり薄暗いが構わずベッドルームのドアを開ける。
するとジョシュは布団に潜ったまま、まだ寝ている様子。それでもレオは構わず歩いて行くと思い切り布団をはいだ。
「ぅわ・・・」
「いないか・・・」
「な・・・レオ・・・?何だよ〜・・・まだ寝かせてくれよ・・・」
「バカ!がいないんだよっ」
「・・・えっ?」
寝ぼけ眼で起き上がったジョシュもレオの言葉に一気に目が覚めたようで慌ててベッドから出た。
「いないって・・・どういう事?夕べは一緒に寝たんだろ?」
「起きたらもういなかった。それに・・・外出用の服も靴もなくなってるんだ」
「・・・ってことは・・・」
「、どっかに出かけたってことかも・・・」
そこまで言うとレオとジョシュは顔を見合わせ、急いで部屋を飛び出すと今度はイライジャの部屋へと飛び込んだ。
まさかとは思ったが、もしかしてイライジャの部屋にいるか、一緒に出かけたのかと思ったのだ。
だが、そこにもの姿はなく、ただイライジャもジョシュ同様、寝ぼけた顔で起きてきただけ。
そして事情を聞いて彼も真っ青になって飛び起きた。
「もしかしてエマと出かけたんじゃない?」
「でも、それなら一言言ってくだろ?」
「じゃあ父さん!」
「父さんは夕べからカナダにロケだよ!」
皆で階段を下りながら、そんな話をしつつ、それでも一縷の望みをかけ、リビングに飛び込んだ。
「キャ・・・!ど、どうしたの?皆して慌てて・・・」
三人が勢いよく入ってきたのに驚いたのか、ソファで本を読んでいたエマが目を丸くしている。
そして、そこにもやはりの姿はなかった。
「エマ・・・がいないんだ・・・!どこ行ったか知ってる?!」
「えぇ?いないって・・・どういう事?」
「だから目が覚めたら、の姿がどこにもないんだよ・・・!着替えて出かけたらしいんだけど・・・」
「な・・・出かけたって・・・一人で?!」
「だって俺達、寝てたし・・・」
ジョシュもそう言って頭をかくと、心配そうにレオを見た。
レオも、かなり心配なのか青い顔をして皆を見ると――
「とにかく・・・探そう!」
「ああ、皆での行きそうなとこ探そうっ」
「ぼ、僕、着替えてくるよ!」
三人はそう言うと慌てて二階へと戻って行った。
その場に残されたエマもすぐに自分の部屋へ走って行く。
こうして・・・夏休み三日目の日の朝、ハリソン家はお姫様の失踪(?)によって大騒ぎとなったのだった。
その頃、失踪したハリソン家のお姫様は・・・・・・
てくてくとビバリーヒルズの住宅街を一人、楽しそうに歩いていた。
淡い黄色のワンピースに可愛いリボンのついた麦わら帽子。
長い奇麗な髪もきちんと二つに縛り、何とも可愛らしい。
そして時折、肩から斜めに下げた、これまたお花の形をしたバッグの中から小さなメモを取り出し確認している。
「道・・・こっちでいいのかな・・・」
ちょっと首を傾げつつ、キョロキョロと辺りを見渡しながら、再び歩き出す。
どうやら、どこかへ行きたい様子だ。
だが家から、かなり歩いて来ているので、ちょっと疲れたのか不意に立ち止り目の前にある公園へ目を向けた。
すると中では楽しそうに遊んでいる子供たちが見えては笑顔になった。
そして突然、公園の中へと入っていく。
本来の目的を忘れたわけではないが、やはりそこは子供。
突然、思い立った行動をするものだ。
も同様、楽しそうにブランコに乗ってる同じ歳くらいの女の子に惹かれ、そのまま歩いて行った。
そして一つ、開いているブランコに座ると、隣にいた子と不意に目が合う。
「こんにちわ。私、。あなたは?」
「・・・・・・」
その子は奇麗なブロンドの髪をポニーテールにしていて青い大きな瞳が印象的な子だった。
だが人見知りをするのか、を見て少し警戒するようにブランコをこぐのを止めた。
「・・・私・・・アネット・・・」
「アネット。初めまして」
はニッコリ微笑んでそう言うとアネットも警戒心を少しだけ解いたのか、ニコっと微笑み返してくれた。
「アネットはいつも、ここに来るの?」
「ううん。今日が初めてなの。昨日、近くに引越して来たから・・・」
「そう。私はずっとこの近くに住んでるの。ここにも、よく来るのよ?」
「・・・ママと?」
「・・・私・・・ママはいないの・・・。だからお兄ちゃんと一緒」
「そうなの?私もお兄ちゃんがいる――」
「――アネット!!」
「あ・・・お兄ちゃん!」
そこへ背の高いひょろっとした男の子が走ってくるのが見え、アネットがブランコから立ち上がった。
「一人で出歩くなって言っただろ?迷子になったらどうすんだ?」
「ごめんなさい・・・。でも・・・」
「あーもういいから、ほら母さんも来てるし、おいで」
「うん・・・。あ・・・じゃあ・・・バイバイ」
「バイバイ」
アネットに手を振られ、もブランコから立ち上がると彼女に笑顔で手を振った。
アネットは兄の手に繋がれ、今度は公園の砂場の方に歩いて行く。
すると、そこに優しそうな女性がいてアネットを笑顔で抱きしめているのが見えた。
「お母さん・・・」
その光景を見て、はちょっぴり寂しい気持ちになりながら再びブランコへと座る。
そして公園内をよくよく見てみれば、数人の子供たちが遊んでいるが皆、一人ではなく母親と一緒だった。
仲良さそうに母親と遊ぶ子供たちは、皆幸せそうだ。
そんな光景にはキュっと唇を噛んでブランコをこぎだした。
自分に何故、母親がいないのかは小学校に上がったと同時に父から聞いている。
"おとなのじじょう"ってやつで、お母さんはお父さんに私を預けた・・・。
でも・・・寂しくなんてない。
私には優しいお父さんとお兄ちゃん達、お母さん代わりのエマだっているんだから・・・
そう思いながらも幸せそうな母子を見ると胸の奥がチクっとするのを感じ、はブランコをこぐのをやめた。
(早く行かなくちゃ・・・遅くなっちゃう)
本来の目的を思い出し、は立ち上がると歩き出した。
そして、ふと立ち止り、振り返ると、先ほどのアネットが楽しそうに母親と砂遊びをしているのが見える。
だがに気づくと笑顔で手を振ってきた。
も慌てて手を振り返すと、アネットの母親も顔を上げ、優しく微笑んでくれた。
先ほどの兄はただ黙っての方を見ていたが、はそこで再び公園を出て歩き出した。
(お母さんって・・・あんな感じなのかな・・・。一緒に公園で遊んだり、迎えに来てくれたり・・・)
てくてくと歩きながらはさっきのアネットの母親の笑顔が頭から離れず、そんな事を考えていた。
だが目の前にアイス屋さんの車が止まったのを見て、つい笑顔になる。
「そうだ・・・あれ買って行ってあげよう」
そう思いながらはアイス屋さんの方に歩いて行くと、いつものおじさんが顔を覗かせた。
「いらっしゃい!お嬢ちゃん」
「あの・・・アイス下さい」
「OK!どれがいい?」
おじさんは被っていた帽子を直しながらケースの中にあるアイスを指さした。
も少しだけ背伸びをして中を覗くと色とりどりのアイスが沢山、並んでいる。
「えっと・・・じゃあチョコミントとストロベリー」
「はいよ!えっと・・・おうち、近い?ちょっと歩くなら溶けないようにドライアイス入れてあげるけど」
「あ、あの・・・ちょっと歩くから溶けないようにして下さい」
「OK!じゃあドライアイス入れておいてあげるね?」
「ありがとう」
おじさんはアイスを詰めながら、その箱にドライアイスを入れてくれて、はホっとして微笑んだ。
そして包み終わると、おじさんが外まで出てきてに箱を手渡してくれる。
「はい、アイス」
「ありがとう。えっとお金・・・」
「んーとね。二つで1$でいいよ」
「え、でも・・・」
「いいんだ。いつも買いに来てくれるだろう?ほら、あの賑やかなお兄ちゃんと」
「オーリィのこと・・・覚えてるんですか?」
「まあね!あんなに毎回"あれも食べたいなーこれも食べたいなー♪"なんて騒げば・・・それに君たちは有名だろ?」
おじさんはそう言って大きな声で笑っている。
はよく分からなかったが、それでもオマケしてくれたことが嬉しくてニコっと微笑んだ。
そして、小さなチューリップ型のお財布の中から1$を出して、おじさんへと渡す。
「はい、ありがとう!じゃあ気をつけて帰るんだよ?」
「はい。ありがとう御座います」
は丁寧にそう言うと受け取ったアイスの箱を大事そうに抱えて、再び歩き出す。
「急がなくちゃ・・・」
ふと時計を見て家を出てから一時間も経っている事に気づき、は慌てて大通りの方へと走って行った。
その頃、兄達は――
「おい、いたか?」
「いない!」
「どこ行ったんだよ〜〜〜〜ッ」
三人は近くの公園まで見に来て必死にを探し回っていた。
だが沢山の子供の中にの姿はなく、途方に暮れる。
「は一人で出歩いた事ないんだ・・・もし迷子になってたら・・・」
「そ、それか誘拐でもされたら・・・!ど、どうする、レオ〜〜!」
「うるさいな!分かってるよ!とにかく・・・この辺もっと探せ!」
レオは泣きそうなイライジャと心配すぎて顔色の悪いジョシュにそう怒鳴ると、自分ももう一度公園内を探すのに走り出した。
(…くそ・・・どこ行ったんだ?今まで一人で家から出るなんてしたことなかったのに・・・!)
もしかして公園で遊びたくなって出かけたのかも・・・と思い、皆でここに来たが結局はいなかった。
ここじゃなければ、どこに行ったか、なんて見当もつかなかった。
(にもしもの事があったら・・・)
そう思うと一気に不安になり、レオはギュっと唇を噛み締めた。
そしてはと言えば・・・案の定、迷子になっていた。
慣れない一人での外出に加え、いつもは車に乗っているので歩いて来るとなると感覚が違う。
大通りに出てから、向かう方向が分からなくなり、は泣きそうになっていた。
「ここ・・・どこ・・・?」
派手な格好の大人達が行き交う中、はキョロキョロと辺りを見渡した。
何度も手にしたメモを確認したが、こうなると自分がどこにいるのかすら分からない。
「ふぇ・・・」
不安と恐怖からか一気に涙が溢れ、視界を曇らせる。
行く先は分かっているのに、どうやって行けばいいのか分からず、はとうとう、その場にしゃがみ込んでしまった。
通りすがりの大人たちもに驚いて何人か声をかけてくれるのだが、は知らない大人が怖くて、ただ首を振るだけで精一杯。
そうなると大人たちも困った顔を見せる。
そして、この時間では皆、仕事で忙しいのか、足早に去ってしまうのだ。
「レオ・・・ぅっく・・・ふぇ・・・ン」
こんな時に浮かぶのは優しいレオの顔。
いつも傍にいて守ってくれる兄に会いたくなり、ポロポロと涙が零れてくる。
こんな事なら一人で家を出て来るんじゃなかった、とが後悔しはじめた、その時――
ポンポンっと肩を叩かれ、ドキっとした。
「おい、大丈夫か?」
「――っ?」
聞きなれない、でも大人じゃないその声に、は恐る恐る顔を上げた。
すると、そこには先ほど公園で見かけた少年が心配そうな顔で立っている。
「あ、あの・・・」
「さっき・・・アネットと話してただろ?君・・・えっと・・・・・・?」
「・・・・・・あなた・・・・・・アネットのお兄さん・・・・・・?」
「ああ・・・」
その少年はそう言っての目線までしゃがむと頭に手をポンっと乗せた。
「さっきも・・・気になってたんだけど・・・。誰か家の人は?」
そう聞かれはブンブンと首を振った。
「え、一人か?」
「うん・・・」
「そりゃ危ないだろ?ほら・・・立てる?」
少年はの肩を支え、何とか立たせるとポケットからハンカチを出して濡れた頬を拭いてくれた。
「あ、ありがと・・・」
「そんなのいいけどさ・・・。買い物に来たら君が道端でしゃがんでるし驚いたよ・・・」
少年はそう言って困ったように頭をかいた。
彼もアネット同様、奇麗なブロンドに青い瞳。
スラリとした体型でより、はるかに大きい。
年齢はレオより少し下かな?という感じを受けたが、その優しい雰囲気に、
は知らない人だけど何となく怖いとは感じなかった。
すると少年が、ちょっと笑ってを見た。
「君さ・・・ハリソン家の末っ子だろ?」
「・・・え?」
「知ってるよ。よく・・・テレビで見てるからさ。さっきも・・・ちょっと似てるなーなんて思って見てたんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、別に警戒しなくても・・・。誘拐なんてしないよ?」
少年はちょっとおどけて肩を竦めたが、はその言葉に何となくおかしくなって笑顔を見せた。
すると少年はホっとしたように、
「やっと笑ったな・・・」
と言っての頭を撫でた。
「で・・・どこに行こうとしてるの?一人で」
「・・・・・・病院・・・」
「え?病院って・・・どこか具合でも・・・」
少年が驚いて聞き返すとは首を振って手に握り締めていたメモを見せた。
「違うの・・・ここに・・・オーリィ・・・二番目のお兄ちゃんが入院してて・・・お見舞いに行きたいの・・・」
「・・・ああ・・・そう言えば・・・何だかニュースでやってたな・・・。また骨折して病院に行ったとか何とか・・・」
「オーリィ、一人できっと寂しがってると思うから・・・会いに行こうと思って・・・」
がそう言って俯くと、少年は呆れたように息をついた。
「じゃあ・・・何で他のお兄さんと来なかったの?」
「・・・寝てたし・・・今日は行かないって言ってたから・・・」
「行かないって・・・どうして?」
「昨日もお見舞いに行ったし・・・。それにオーリィ、また違うとこの骨を折っちゃったんだって。だからレオは怒ってるの・・・」
「・・・・・・え・・・また・・・折ったの?入院中に・・・?」
「うん・・・ベッドから落ちちゃったの・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
の説明に少年は呆気に取られた顔をしていたが、不意にぷっと噴出すと思い切り笑い出した。
「あはは・・・!そりゃ・・・怒るかもな・・・!あははは・・・っ」
「?」
少年が笑い出したのを見ては分けが分からずキョトンとしている。
だが少年は一通り笑うと、髪をかきあげ、ニッコリ微笑んだ。
「あー噂通り、楽しい家族みたいだな?」
「そう?でも・・・オーリィは楽しいよ?いつも私を笑わせてくれるの」
「そっか。じゃあ・・・心配だよな?」
「うん・・・でも・・・行き方が分からなくなっちゃって・・・・・・ふぇ・・・」
「わーー!な、泣くなよ!」
再び涙を浮かべたに少年は慌てて、そう言うと、の持っていたメモを取った。
「ここなら・・・近いな・・・」
「・・・・・・?」
「よし、じゃあ俺がここに連れてってやるよ」
「・・・・・・え、いいの・・・・・・?」
「ああ。こんな迷子を放っておけないだろ?それに・・・・・・俺、ハリソンファミリーのファンなんだよね」
「・・・・・・ファン・・・」
「そ。いっつも映画見てるしさ。妹も大ファンなんだよ。でもさっきは気づいてなかったみたいだけど」
「アネットが・・・?」
「そう。ただ、"と同じ名前の子がいたの"って騒いでたんだ。でも俺はチラっと見て似てるなーなんて思ったんだけど・・・」
少年はそう言って笑うと、「まさか本物だったなんてな?」と肩を竦めた。
はよく分からなかったが、それでも少年の笑顔に安心感を覚え、ニッコリと微笑んだ。
「じゃあ行こうか。この病院でいいんだろ?」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
「いいって」
少年はに御礼を言われ、照れくさそうに顔を反らすと、ゆっくりと歩き出した。
だがは慌てて追いかけて行くと、少年の服の裾をギュっと掴む。
その仕草に少年も驚いた顔で振り向いた。
「・・・お、おい・・・どうした?」
「手、繋いでも・・・いい?」
「えっ?!」
「人ごみ歩く時ははぐれないように、いつもレオと手を繋ぐの・・・」
が訴えるように、そう言うと少年の頬が少し赤く染まった。
だがはそれに気づかず、ジィっと捨て猫のような瞳で少年を見上げる。
すると少年は、ますます赤くなりつつもキョロキョロと辺りを見渡し、コホンっと咳払いをすると、そっとの小さな手を握った。
「こ、これでいい?」
「うん。ありがとう」
少年の手の温もりには安心したように笑顔を見せた。
「じゃ・・・行くか・・・」
ギュっと握ってくる小さな、その手に少年は何とも言えない気持ちになりながら、それでも優しい瞳でを見つめた。
だが当のはすっかり安心しきって楽しそうにアイスの箱を振り回しながら自分の"兄達"の自慢話をしはじめたのだった。
それから10分ほど歩くと、目的の病院が見えて来た。
「ほら、ここだろ?」
「あ・・・!ここよ?オーリィの入院してる病院!」
やっと知ってる建物が見えて、は嬉しそうに少年を見上げた。
少年もホっとしたように微笑み返すと、の手を引いて病院内へと入っていく。
中へ入ればも迷わずにオーランドの病室へと張り切って歩き出した。
「お、おい・・・もういいだろ?俺、帰るからさ・・・」
「え?どうして?オーリィに紹介するよ」
「い、いいよ!」
「どうして?いいじゃない」
少年が首を振るも、は構わずグイグイと手を引っ張りながら何とかオーランドの病室へと辿り付いた。
「ここなの」
「・・・お、俺、帰るって・・・」
「ダーメ!ちょっと待っててね?」
はそう言うとコンコンっとノックをして病室のドアを開けた。
「オーリィ?」
「あーー♪〜〜〜!!来てくれたの〜〜っ?!」
が入ると病室の中から一際、賑やかな声が聞こえて来た。
少年は帰ろうと思ったが、その声に驚き、そっと中を覗いてみる。
すると頭と右腕を包帯でグルグルまきにされた、確かにハリソン家の二男がベッドに起き上がっているのが見える。
そして会いに来てくれた妹をベッドの上に座らせ無理やりハグをしつつ頬にチュッチュとキスをしまくっていた。
「オーリィ、これ、お土産!オーリィの大好きなアイスだよ?」
「わぉ!ありがとーー!〜〜!大好きだよ〜う♪」
の出したアイスの箱を受け取り、オーランドは大喜びして中を確めている。
だが、すぐ顔を上げ悲しそうな顔をすると――
「・・・アイス、溶けてる・・・」
「え!で、でもおじさんがドライアイス入れてくれたのに・・・」
そう言っても箱の中を覗くも、確かにアイスは溶けてデローっとしていた。
「・・・ドライアイスは30分くらいで効果がなくなるんだ・・・」
「そ、そうなの・・・?ご、ごめんなさい・・・私、迷っちゃって・・・・・」
アイスが溶けていた事にショックを受けたのか、の大きな瞳にじわぁ・・・っと涙が浮かんだ。
だがオーランドは慌ててを抱きしめると頭を撫でてあげる。
「気にしないで!いいよ、が来てくれたし!レオが今日は来ない!なんて言ってたから来てくれないかと思ったよ〜う☆」
「う、うん・・・あのね。だから今日は私、一人で来たの・・・」
「・・・・・・へ?」
手でゴシゴシと目をこすりながら、そう言ったの言葉にオーランドはギョっとして顔を上げた。
「一人でって・・・え?レオ達は・・・?」
「家で寝てる・・・」
「う、嘘だろ?え?じゃあ・・・、ここまで一人で?!」
「うん・・・」
「な・・・危ないだろ?!もし迷ったらどうするんだよっ」
これには、さすがのオーランドも驚き、の顔を覗き込んだ。
するとが照れくさそうに微笑んで、
「うん、あのね・・・もう迷ったの・・・それで、ここまで送ってもらったの・・・」
「は?送ってもらったって・・・だ、誰に?!知らないおじさんについていっちゃダメだって日ごろ言って――」
「ううん!あのね、おじさんじゃないの!お兄ちゃんよ?」
「お、お兄ちゃん?」
「うん、ほら、あのお兄ちゃん・・・・・・て、あれ・・・?」
そう言ってがドアの方を指さした。
だが、ドアは開いているものの、そこには誰もいない。
「・・・誰?どこにいるの、その人・・・」
「さっきまで、そこにいたのに・・・っ」
少年がいない事に気づいたは慌ててベッドを下りると廊下に飛び出した。
だが左右、どちらを見ても少年らしき姿はない。
「オーリィ!お兄ちゃん、いなくなっちゃった・・・っ」
は泣きそうになりながらベッドの方に戻った。
それにはオーリィも困り、片腕でを抱き上げ、ギュっとハグをする。
「いいよ・・・とにかく・・・が無事についたって事だけでさ・・・」
「で、でも・・・凄く優しいお兄ちゃんなの・・・ほら、ハンカチも貸してくれて・・・」
はそう言って先ほど涙を拭いて貰った際に貸してもらった男物のハンカチを出す。
ずっと握りしめたまま来たので、すでにしわくちゃになっている。
それを見てオーランドはちょっと笑うとの額にチュっとキスをした。
「そっか・・・そいつがイイ奴で・・・良かったよ。今度会ったらお礼を言えばいいさっ」
「うん・・・あ、あのね。公園の近くに住んでるって・・・妹がいてね?その子とも話したのよ?」
「そっかそっか☆あーーでも、ほーんと良かった!が無事で!」
オーランドはそう言うと箱の中からアイスのカップを取り出した。
「あ、オーリィ・・・それ溶けてる・・・」
「いいの、いいの!がせっかく買って来てくれたんだからさ!溶けても食べれるよ?ほら」
オーランドはそう言ってスプーンで上手に溶けたアイスを掬い、の口元に持って行ってあげた。
はそれをパクっと口に入れると、嬉しそうな笑顔を見せる。
「わ、まだ冷たいしシェークみたいで美味しい」
「だろ?アイスは溶けても上手いんだよ〜?」
オーランドはそう言うと自分も一口食べて、「ん〜♪デリシャーース♪」とはしゃいでいる。
そして、ふとレオ達の事を思い出した。
「えーと・・・?レオ達には・・・その・・・ちゃんと言って来た・・・とか・・・?」
「え?ううん。言ってこないよ?だって皆、寝てたから・・・何も言わないで出てきちゃったの」
「・・・・・・・・・・・・・・・(ゴクッ)」
の一言にオーランドの手が止まった。
"皆には黙って家を出てきた"
この意味が、あまりに怖い事だと、オーランドには十分分かっていた・・・・・・・・・・・・・・・
「もーー!何で早く気づかなかったのさ!」
「仕方ないだろ?オーランドの事なんて、すっかり忘れ去ってたんだから!」(!)
「いいから早く行こう?もし、ここにもいなかったら警察に電話しないと!」
そう言い合いながら三人で病院の廊下を走っていく。
途中、看護婦さんに、「廊下は走らないで!」なんて怒られたが、今はそんな事を言っている場合じゃない。
三人は家の近所を散々探し回ったが、結局を見つけられず本気で捜索願を出そうとしていた。
そして再び公園に戻った時、アイス屋のおじさんに声をかけられたのだ。
「さっきはどうもね!」
「え?さっきって・・・・・・」
「いや、一時間ほど前に妹さんがアイスを二つ買って行ってくれたんだけど・・・聞いてないかい?」
「い、妹ってですか?!アイスって?!」
レオが凄い勢いでそう聞くとおじさんはビビリながらも詳しく教えてくれた。
そこで皆はピーンときたのだ。
アイス=オーランドの大好物。
ミントチョコ=オーランドが好んで食べる味。
ストロベリー=が大好きな味
ということは・・・・・・・・・・・・・・・
「はオーランドに会いに病院に行ったんだ!」
やっと、そこに気づき、三人は慌てて病院へと駆けつけたのだった。
「もう〜〜何で一人でお見舞いなんか・・・」
「は優しいからな・・・!昨日のオーランドの嘆きように可愛そうになったんだろ!」
「だからって一人で抜け出すなんて危ないよ・・・っ」
「くそ〜これも全てオーランドのせいだ!」(ぇ?)
レオはプンプン怒りながらそう怒鳴った。
夕べ、右手を骨折して嘆くオーランドに呆れ、レオは「明日は来ないからな!」と怒った。
するとオーランドはわんわん泣き出し、「明日も来てよーー寂しいよーー!」と駄々をこねたのだ。
それを見ては優しいからきっと明日も来てあげようと思ったに違いない。
(…くそー!13歳にもなって、あんなに騒ぐからが同情したんじゃないか!絶対、あいつのせいだ!)
何となく理不尽な気がするが、レオはそう思い込みながらもオーランドの病室まで走って行った。
そして到着すると、勢いよくドアを開け中へ飛び込めば――
「ん〜美味しいね〜ストロベリーも♪」
「うん! ――あ、レオ!!ジョシュにリジィも!」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
三人が見たのは、ベッドの上で口元をデロデロにしながら溶けたアイスを頬張っているとオーランドの姿だった・・・・・・
この後、何故かオーランドがガッツリ怒られ、(怪我人のため鉄拳による制裁はなかった)
はすぐにレオの手によって家に連れ戻されたのは言うまでもない。
少年は夕日に目を染めながら、ゆっくりと家に向かって歩いていた。
先ほどの事を思い返しながら、あれは夢だったんだろうか・・・・・・なんて思いつつ時折、自分の手を見つめている。
さっきまで、この手に納まっていた小さな温もり。
それは明らかに妹とは違う、女の子を感じさせる温もりだった。
いつもブラウン管の中で見ていた少女が、さっきまで自分の目の前にいたなんて信じられない。
少年はそこでふと立ち止り、赤く染まった空を見上げた。
(今の俺と・・・あの子じゃ住む世界が違うんだよな・・・)
そう思いながら少しだけ苦笑いを浮かべる。
そして先ほどの公園が見えてくると、中へと入ってベンチへ腰掛けた。
さっきまで遊んでいた母子達も今は数人しかおらず、時々明るい笑い声が聞こえてくるだけだ。
少年はベンチに凭れながら、手に持っていた袋から雑誌を取り出した。
さっき買い物をしに行ったのは本屋へ行く為だったのだ。
毎月、購入している、その雑誌には友人がモデルとして載っている。
まだ10歳ながらに生まれついた才能なのか、どこかの子供ブランドの服を着て作り笑いを浮かべているのを見て、
毎回、少年は苦笑浮かべるのだ。
「ったく・・・よくやるよ・・・」
そう思いながらも親友の活躍に、雑誌を買わずにはいられず、つい発売日になると買いに行ってしまう。
今日はその雑誌の発売日だったのだ。
パラパラと捲っていくと、今月号も大きく親友の写真が載っていた。
普段の軽薄そうな顔は一切見せず、何だかかっこつけて映っているその写真に少年はぷっと軽く噴出した。
「どこの坊ちゃんだよ、ほんと・・・」
そう呟きながらもページを捲っていく。
だが、ふと、その手が止まった。
"お前もやってみない?今、モデル募集してんだ。お前の身長とルックスなら絶対大丈夫だからさ!"
先日、親友に言われた言葉を思い出す。
その時は笑って、冗談だろ?なんて返事をした。だけど――
「違う世界でも・・・俺がそこへ上り詰めたら・・・どうなんだろうな・・・・・・」
そう呟いた少年の顔には先ほどの笑みは見られない。
親友の写真を指でなぞり、黙って何かを考えている。
その時、公園に誰かが入って来た。
「――スタンリー!!夕飯よ、早く帰ってらっしゃい!アネットも待ってるのよ?!」
「・・・・・・今、帰るよ!」
母親の言葉に返事をし、少年は雑誌を袋に戻すとベンチから立ち上がり歩き出す。
そして最後にチラっと振り向き、ブランコの方を見た。
そこには昼間、寂しそうに座っていた少女の影が未だ残っているように見えた――
「・・・タンリー!ねぇ、聞いてる?」
「――え・・・?」
「もう・・・どうしたの?ボーっとしちゃって・・・」
そう言っては少しだけ頬を膨らませた。
そんな彼女にスタンリーは懐かしそうな視線を向け、ちょっとだけ笑みを零す。
「何がおかしいの?」
「いや・・・別に。それより・・・何?」
「だから・・・明日のスケジュール、どうなってるの?って聞いたの」
「ああ、ごめん。えっと・・・明日は・・・・・・例の"デート企画"かな・・・?」
「ああ・・・あれ、どうしてもやらないとダメなの・・・?」
は顔を顰め、車のシートにもたれかかった。
そんな彼女にスタンリーは軽く溜息をつく。
「仕方ないだろ?これも仕事。それより・・・兄貴達にはちゃんと説明しとけよ?」
「分かってるわ・・・。今夜は皆、揃わないから・・・明日の朝にでも言う・・・」
は諦めたように、そう言うと大きな溜息をついた。
そんな彼女にスタンリーはちょっと微笑むと、
「・・・頑張れよな」
と言っての頭にポンと手を置いた。
その言葉にが驚いた顔を見せる。
「ど、どうしたの?」
「何が?」
「何だか・・・今日はちょっと優しいから・・・」
「何だよ。俺が優しいといけないのか?」
「そんな事ないけど・・・ちょっと不気味・・・」
「うわ、何だよ、それ。感じ悪いな」
「それはスタンリーじゃない」
「はいはい・・・悪かったよ。ったく・・・それより帰るぞ?」
の言葉にスタンリーは苦笑すると、静かに車を出した。
は隣で訝しげな顔のまま首をかしげている。
そんな彼女と、あの遠い夏の日の面影が重なった気がして、スタンリーは軽く微笑んだ。
あの夏の日の出逢いを自分だけの胸にしまい込んで――