「もう!スタンリーは今、私のマネージャーなのに、どうしてさんのトコに行ってるわけ〜?信じらんない」
ミシェルは未だブツブツ文句を言っている。
だがスタンリーは、それを軽く聞き流して先ほどかかってきてたキースに折り返し電話をかけた。
「――ああ、キース?」
『よお♪スタンリーか?』
「さっきは悪い。何か用事だったか?」
『ああ、今ショーが終わって、これからレオ兄貴を迎えに行くんだ』
「……は?レオって…」
『もちろんハリソンファミリーのだよ〜!ちゃんの兄貴♪』
「な!何でだよ?!」
キースの言葉にビックリして思わず大きな声を上げるスタンリーに、隣にいたミシェルも驚いている。
『何でって約束してたんだよ。前に会った時に』
「約束…?何の?」
『女、紹介するってさ♪』
「………」
キースのあっけらかんとした言葉にスタンリーの目が細くなる。
「あのなぁ…。お前、ほんとに約束したのか?お前が強引に言っただけじゃないのか?」
『む!失敬だな、おい!レオ兄貴には先ほど電話で連絡済みだ!』
「なら…いいけど…」
何となく納得いかない気もするが、キースがそう言うなら仕方ないと、スタンリーは溜息をついた。
「で、俺に何の用?」
『あ、そうそう!だからお前も呼ぼうと思ってさ♪』
「…は?俺も?」
キースの言葉にスタンリーは思い切り顔を顰めた。
どうせキースの言う"女紹介"とやらは、どこかのセレブな男女を集めての豪華なパーティといったところだろう。
モデルを始めた頃、スタンリーも色々と連れて行かれたから、どういった内容のパーティなのかは嫌というくらい知ってる。
「何で俺が行かなくちゃならないんだよ…」
『バーカ。お前もそろそろガールフレンドの一人や二人作らないとダメだろが』
「そのくらい、いる」
『アホか!お前のは本当にただの"女友達"じゃねぇか!そうじゃなくて!あんな事や、こんな事をさせてくれる――』
「切るぞ…?」
『あー!バカ、待て待て!』
「…何だよ…」
スタンリーはいい加減、疲れてきて大きく溜息をついた。
隣ではミシェルが自分の事を無視されて面白くないのか、メイクポーチを出してメイク直しを始めている。
その様子を見ていてスタンリーは内心、今日もどこか連れてけとか言いそうだな、と思っていた。
『とにかくお前も来いよ!どうせ我がまま女優に振り回されて疲れてんだろ?』
「……そりゃ」
『だから!口実作ってやるし来いってんだよ!あ、場所はシーズンズホテルのビップルームだ。時間は今から二時間後!』
「……分かったよ…」
確かにキースの言うとおりだと、そこでスタンリーも諦める事にした。
『いいか?パーティなんだから普段のラフな格好は禁止。昔のようにビシっとスーツでキメて来い。OK?』
「はいはい…。分かってるよ、それくらい…。じゃな」
『おう!今夜は一緒に楽しもうな〜♪』
そこで電話が切れて、スタンリーは軽く息を吐き出した。
「終わった?」
電話を切ってすぐに、ミシェルが声をかけてくる。その顔を見れば、メイクもばっちり終わったようだ。
「あ、ああ。悪い」
「じゃあ早く行きましょ?」
「え?行くって…」
「今日は前に行ったバーに行きたいなあ?」
ミシェルは魅力たっぷりの笑顔でスタンリーの腕に手を置いた。
それを見てやっぱりか、と思ったスタンリーは申し訳なさそうにその手をよけると、
「悪い。今夜はダメなんだ」
「え?」
「ちょっと友達に呼び出されてね」
「な、何よそれ〜!」
「前から断ってたんだけど今日はそうも行かない。だから今夜は――」
「どこで何するわけ?」
ミシェルは口を尖らせたまま、ジロリとスタンリーを見た。
その様子に、ここはある程度、本当の事を言って切り抜けようと、
「シーズンズホテルでちょっとしたパーティがあってね。モデル仲間とかが集まるんだ」
「え?スタンリーのモデル時代の仲間?」
「ああ」
「…それ…私も行っちゃダメなの?」
「…知らない奴らばかりだし、ちょっと身内のパーティだからさ」
「そう…」
スタンリーの説明にミシェルは僅かに眉を顰めたが、「…分かったわ」と今回は素直に言う事を聞いた。
それを聞いてスタンリーも内心ホっとすると、
「じゃあ送るよ。行こう」
スタンリーは荷物を持って立ち上がり、ドアの方に歩いていく。
だがミシェルはソファに座ったまま、首を振った。
「いいわ。今日は他の人を誘って迎えに来てもらうから残る」
「え?でも…」
「いいの。スタンリーは先に帰って」
ミシェルから、そんな事を言われて少し驚いたが、まあ早く帰れるのだから、それに越した事はない。
「そう?じゃあ…荷物だけは持ってくから、あまり遅くならないように帰れよ」
「ええ、分かってる。じゃあスタンリーもお友達と楽しんで来て」
ミシェルは先ほどと打って変わってにこやかに手を振る。
何となく不気味なものを感じたが、スタンリーは軽く息をつくと静かに控え室を出て行った。
「……何よ、バカ」
スタンリーが出て行った途端、ミシェルの顔から笑顔が消えて、そんな言葉が口から漏れる。
そして、すぐに携帯を取り出し、ある番号へ電話をする。
「あ、もしもし。今日、そちらでパーティがあると思うんですけど…ええ。時間を確認したいと思いまして…はい」
このホテルはミシェルもよく利用する。
男とのデートでも何度か泊まった事があるし、パーティにも参加した事があった。
なのでピンと来たのだ。
「はい。分かりました。えっと場所はいつものビップルームでいいんですよね?そう、ありがとう」
そこで電話を切ると、ミシェルはニヤリと笑って携帯を閉じる。
「やっぱり、ね。そんな事だろうと思ったわ」
シーズンズホテルは仕事で利用するセレブや有名人も多いが、プライベートでも沢山の人が利用する。
主にあそこで若手のモデルや俳優達がパーティを開くとなると、所謂お見合いパーティしかない。
ミシェルも散々参加した経験があるので分かるのだ。
―――モデル仲間+シーズンズホテル+パーティ。
これらを聞いてすぐに分かった。
「…私を放っておいて、お見合いパーティなんて…」
今までスタンリーには何度となく迫ってきたミシェルはプライドを傷つけられた気がした。
私があんなにスキを見せてあげてたのに口説いても来ないでパーティですって?
傍にこんな可愛い子がいるってのに、どうしてわざわざ、そんな場所に行く必要があるのよ!
随分と勝手なことで怒りながら、ミシェルはイライラと爪を噛み締めた。
そうか…スタンリーは見た目と違って真面目だし…自分とこの事務所の女優には手を出せないと思ってるんだわ…
だから他で女を探そうとしてるんだ…
さんには、やたら冷たかったけど私には凄く優しかったし、きっと私の事は気に入ってるはずなんだから!(ぇ)
「…パーティか…」
ミシェルは何かを考えるように呟くと再び携帯を取り出し、ある番号へかけた。
「あ、もしもし?私。今から行くから素敵なドレス用意しといて。ええ、新作でいい。あ、出来れば二着。ええ、お願い」
用件だけ言って電話を切ると、ミシェルは思い立ったようにソファから立ち上がった。
そして控え室を出ると、先ほどスタンリーを迎えに行ったの控え室まで歩いていく。
どんな事してでもスタンリーを手に入れる。私は今まで目をつけた人は必ず手に入れてきたんだから…
そう思いながら目の前のドアをノックした。
ジョシュ
「え?事務所の後輩と?」
「ええ。だから心配しないで」
はそう言ってスタジオの入り口に立っている可愛らしい子に目を向けた。
その子は今朝、駐車場でスタンリーが連れてた子だ。
の事務所の後輩らしいが、俺としては、なかなか強かな子だなという印象を持った。
だけど、は可愛がってるみたいだ。
「それはいいけど…スタンリーも一緒なのか?」
「あ、それが…スタンリーは用があるとかで先に帰しちゃったんだって…」
は少し残念そうな顔でそう言った。
「そうか…」
彼が一緒なら何も心配する事はないと思ったけど…
今はオーランドへのイタズラ電話もあるし出来れば、あまりにも出歩いて欲しくはないんだよなぁ。
「ジョシュ…?」
「ん?ああ…分かったよ。じゃあ…あまり遅くならないようにしろよ?女二人なんだから」
「うん。分かってる。ジョシュはまだ撮影が残ってるんでしょ?」
「ああ。NGが重なってね…」
そこで俺は監督と話しているケイトを見た。
彼女とのシーンで何度か台詞が合わなくて、余計に時間がかかってるのだ。
「じゃあ気をつけて行っておいで」
「うん。それじゃ…撮影、頑張ってね?」
俺がの頬にキスをすると、もお返しにキスをくれた。
そのままミシェルという子とスタジオを出て行くを見送りながら軽く溜息をつく。
「あら、ちゃんどうしたの?」
「ああ、ケイト…」
そこで監督と話し終えたケイトが戻って来た。
「いや、事務所の後輩も同じスタジオにいてね。今日は誘われたから二人で飲みに行くんだって」
「ああ、それで心配〜って顔してるんだ」
ケイトはからかうように笑いながら俺を見上げた。
「そんなんじゃないけど…」
「大丈夫でしょ?女の子同士なんだし」
「まあ…ね」
それだけ言うと俺はふと思い出し、デライラの姿を探した。
確か彼女は一つ前のシーンで終わったはずだ。
(…いないな…さっきまでいたのに)
少し嫌な予感がして携帯を取り出すと、すぐにへ電話をかけた。
だが留守電になっていて繋がらない。
軽く舌打ちして、次にレオに電話をしてみる。
が、話中。
仕方がないと諦めて一旦、電話を切った。
「どうしたの?ジョシュ…撮影始まるわよ?」
「え?あ、ああ…」
そこで監督がスタッフにスタンバイさせているのが見えたが、俺はもう一度だけレオの携帯に電話をしてみた。
――ツーツーツー
(まだ話中か…。ったく…誰と話してんだよ…)
そのまま再度、リダイヤルを押そうとした、その時、スタッフに呼ばれてしまった。
「あ、始まるみたいね。行きましょうか」
「ああ…」
そこで息をつくと俺は携帯の電源を切ってポケットにしまった。
(まあ、とにかくが無事に帰ってくれれば…)
そう思いながら、役に入り込むため、軽く深呼吸をして、俺はセットの方に歩いていった。
レオ
「は?ついたって…どこに?」
その頃、俺は再びかかってきたキースからの電話を受けていた。
撮影が終わった頃を見計らったかのようなタイミングの良さ。
そして、すでに近くについているという彼の言葉に、俺はさすがに驚いた。
『えっとですねー。そこのロケ現場の近くに大きなカフェがあるでしょう?』
「ああ…」
『そこの裏手にある高層ビルの前ですよ♪』
「あ〜何となく分かる…」
『じゃあ、そこで待ってますんで早く来てくださいね!』
「え?あ…おい、お前の車って――」
――ツーツーツー
そこで電話が切れて俺は溜息をついた。
(ったく!どんな車なのかくらい言えっての…)
ガックリ項垂れ携帯を仕舞うと、俺はスタッフに簡単に挨拶をしてロケ現場を後にした。
マネージャーにも断りを入れておいたので、一人で通りを歩いていく。
俺がこんな風に出かけるのは久しぶりなのでマネージャーもかなりビックリしていたようだ。
(まさか今更パーティに行くハメになるとはな…)
内心、苦笑しながらキースに言われた通りの場所までやって来た。
そして、それらしい車を探すのにサングラスを少しだけズラして見ると―――
「…あれだな…」
ふと道路の脇に派手なパープルカラーのポルシェが止まっている。
うん…間違いない…。絶対にあの車だ…
だいたい素人であんな車に乗ってる奴なんて、あまり見たことがない。(いても、どっかの成金バカボンくらいだろう)
つか、ポルシェかよ….そんなとこまでオーランドと趣味が一緒なのか?まあ…色は違うにしても。
そんな事を考えながら恐る恐る、そのパープルカラーのポルシェに近づいていく。
すると、いきなりドアが開き、これまた車と同じ色合いのスーツを着た派手男がサングラスを外して笑顔で手を振ってきた。
「レオ兄貴〜!こっちですよ、こっち!」
「――――っ!!」
(わ、分かってるから大声で俺を呼ぶな!恥ずかしい!!)
キースの遠慮のない大声に俺は慌てて車の方へと走っていった。
だいたい、ただでさえ目立ってる車なのに、そんな派手な格好の男が出てきたら嫌でも"俺、業界人です"とバレバレだ!
ってかすでに帰宅途中らしいサラリーマンやOL達が興味心身でこっちを見ていて、数人が騒ぎ出した。
「あ!あれモデルのキース・ボウエンじゃない?」
「嘘!あっちはレオナルドよ?ハリソンファミリーの!」
「キャ〜〜♡嘘〜二人は友達なの〜?美形同士で、超お似合い〜〜♡」
(――お似合い?!男とお似合い言われても嬉しくないんだけど!)
「――おい、俳優のレオナルドだってよ!」
「マジ?俺、好きなんだよ、ハリソンファミリー!サインもらっとく?」
「お、あっちの派手な男はモデルだって!あ、あいつ、CM出てる奴じゃねぇか?ほら、D&Gの!」
そんな声があちこちから聞こえてきて、俺は急いでキースの元へ走った。
「レオ兄貴〜!お久しぶりですね!」
「バカ!いいから早く車に乗れ!」
周りが集まりだして、俺は勝手に助手席へと身を滑らした。
キースも状況を把握したのか、すぐに乗り込むとエンジンをブォォンっとふかし、すぐに発車させる。
「はぁ…」
「あはは♪やっぱレオ兄貴がいると目立ちますね〜!」
「……(そりゃお前だろ!)」
内心そう突っ込みを入れつつ、"だいたい何で俺がこんなオーリィもどきとお似合いなんだ!"と先ほどの心外な言葉を思い出す。
「あ、レオ兄貴、じゃあ一回家に戻ります?着替えるでしょ?」
「ああ…。あ、やっぱいい」
「え?」
「ロデオドライヴに行ってくれるか?そこで買う」
「え、買っちゃうんですか?何で?」
「今、家に戻ったら…何となくオーランドに会いそうだからな…バレたらアイツも一緒に行くって騒ぐに決まってる」
「ああ、そういう事か〜♪了解!」
キースはそう言ってハンドルを切ると、ロデオドライヴまで愛車をぶっ飛ばした。
「――わぁ、可愛いさん!」
「そ、そう?」
私は鏡の中の自分を見ながら首を傾げた。
今はミシェル行きつけのブティックサロンに来て、何故かディオールの新作カクテルドレスなるものを着せられているところだ。
「凄く似合いますー♪ね?アンジー」
「ええ!そりゃもう!ハリソンファミリーのさんなら何でも似合ってしまいますわ?」
大げさなことを言って持ち上げてくるのは、この店のオーナーらしい。
ミシェルは常連なので、オーナー直々にお相手をするようだが、今日は私も一緒で驚いたようだ。(だいたい私も行く店は決まっている)
「でも…どうして飲みに行くだけなのに着替えるの?」
「そりゃ少しは着飾っていかないと。実はパーティがあるんです」
「え…?パーティ…?」
それを聞いて私は驚いた。
だってさっきは、「今日、早く終わったし一緒に飲みに行きません?」としか言われてないのだから。
しかもミシェルから誘ってくるのは珍しく、つい私もOKしてしまったのだ。
もしかしたらスタンリーも一緒かと思ったのもある。
でもミシェル曰く、彼は用事が出来て先に帰ってしまったという。
スタンリーが担当の子を置いて帰るなんて珍しいと思ったが、どうもミシェルが帰っていいと言ったらしいと分かって納得した。
「え、パーティって何の…?」
「まあ…ちょっとした小さなパーティです。そこに一人で行くのも何だし、と思って」
「そ、そう…でも私も行って…いいの?」
「ええ、もちろん!ハリソンファミリーのさんが来てくれれば絶対、盛り上がります」
ミシェルはニコニコしながら私の腕に自分の腕を絡ませた。
「じゃあ、オーナー。このドレス借りてくわね?」
「はい。楽しんできてくださいね?」
その女性は営業用スマイルをたっぷり振りまき、私とミシェルを送り出してくれた。
「ここです」
タクシーで数分行くと、そこはいつも使っているシーズンズホテルだった。
「何だ、ここなの」
ここからなら家も近いし、嫌になればすぐに帰れるとホっとした。
「さ、行きましょ?」
ミシェルはそう言うと慣れてるのか堂々とホテルのロビーに入っていく。
私も慣れていないわけじゃないが、プライベートでよく知らない子と来るのは初めてで少しだけ緊張して後からついていく。
「ここのビップルームなの」
「そう。じゃあ貸切パーティね。どんな集まり?」
私がそう尋ねるとミシェルは慌てたように、「ただのセレブの集まりですよ」と言って笑っている。
少し気にはなったが、ミシェルが嘘をつくはずもないし、と気にしないことにした。
ビップルーム専用のエレベーターに乗っても、ホテルの支配人やスタッフも私たちの事はよく知っているらしく、笑顔で会釈だけしていく。
エレベーターボーイも特に何も聞かず、そのまま私たちを部屋の方まで案内してくれた。
「そう言えば…招待状ってあるの?」
「え?!あ…いけなーい…忘れてきちゃったかも…」
「えぇ?普通、貸切パーティなら招待状がないと…」
私がそう言うとミシェルは困ったように溜息をついた。
「そうですよねぇ…。すみません。でも見知った人がいれば入れますし」
「そうだけど…私は初めてだし大丈夫かな?」
「もちろん!さんは皆、知ってる有名人だし大丈夫ですよ〜♪」
ミシェルは呑気にそう言うと私の腕を引っ張ってビップルームの入り口まで歩いていく。
ここのホテルの最上位階のビップルームは、その階全ての部屋をぶち抜きにしてあり、かなりの広さだ。
「招待状は?」
入り口まで行くと、案の定、受付らしき男性が立っていて笑顔で尋ねてきた。
私はどうするのかな、とミシェルを見ると、彼女はあの可愛らしい笑顔で、「それが…忘れてきちゃったんです…」と上目遣いで彼を見上げる。
するとその男性はチラっと私の方を見て、すぐに、「ああ、君はハリソンファミリーの…」と驚いた顔をした。
「どうぞ?君達なら招待状がなくても歓迎さ!」
「え…」
「わーありがとう御座います〜♪」
その男性の言葉にミシェルは嬉しそうに両手を握り締めると、そのまま私の手を引いて中へと入っていった。
「ね?すぐに入れたでしょ?」
「え、ええ…。でも…」
何だか、あの男性、私の顔を見て入れてくれたような気がしたんだけど…気のせいかな…
まさか、ね…。
だってミシェルはこのパーティに招待されてるはずだもの。
小さな疑問を打ち消し、広い部屋へと入っていくと、中にはすでに色々な男女が集まって来ていた。
広い部屋の中には大きなテーブルが何個かあり、そこに豪華な料理が乗っている。
そしてカウンターの中にはシェフがいて、次々に新しい料理を出していた。
端にはカウンターバーもあり、そこにはちゃんとバーテンダーが数人いて、注文を受けるたびに綺麗な色のお酒を客に振舞っている。
「あ、ね、さん。何飲みます?」
「え?あ、じゃあ…最初はシャンパンを」
「じゃあ待ってて下さい。今もらってきますから」
ミシェルはそう言うとかろやかな足取りでカウンターバーへと歩いていった。
「はぁ…」
残された私は久しぶりの空気に辺りを見渡した。
こうして見ると周りの客達は皆、どこかで見たことのある人ばかり。
若手有名タレントやモデル、大手企業会社の社長令嬢…
こんな人達と繋がりがあるなんてミシェルも顔が広いのね…なんて思った。
「―――」
「え…?」
そこで肩を叩かれ、ハっと振り返る。
こんな場所に知り合いが?と驚いていると、目の前にはデライラが笑顔で立っていた。
「デ、デライラ…?!」
「凄い偶然ね?」
「ぐ、偶然って…え?何でここに…」
「実は連れて来てくれた友達がいたんだけど急に具合が悪いって言って帰っちゃったの」
「あ、そ、そうなんだ…」
まさか知り合いに会えると思ってなかっただけに凄く驚いた。
「あ、じゃあ撮影はすんなり終わったの?」
「ええ。私はね。ジョシュはまだやってたようだけど」
「そうみたいね。でも良かった、デライラがいてくれて。ちょっと心細かったの」
「まあそう。私もよ。一人でいても知らない人ばかりなんだもの」
デライラはそう言ってニッコリ微笑むと、チラっとカウンターバーの方を見た。
「あの子、のとこの…」
「ええ。ミシェルよ?今日、彼女に連れてこられたの」
「そう。あの子なんでしょ?今、スタンリーが担当についてるっていう子は」
「え?あ、うん、まあ…」
「盗られないようにね?」
そう言ってウインクするデライラに私は頬が赤くなった。
「と、盗られるって…」
「ああいう子は結構、強かなのよ。可愛らしい笑顔を振りまいて騙すの。それにきっと何でも欲しがるタイプね」
「え…?」
「自分が欲しいと思ったものは手に入れないと気がすまないって感じ」
「そ、そんなの分かるの…?」
「ええ。まあ…私も色々と経験してるから」
デライラはそう言ってクスクス笑うと、
「因みに…どうやって誘われたかは知らないけど、このパーティは普通のパーティじゃないわよ?」
「え?どういう意味…?」
「これは…まあ言ってみれば男女が知り合うキッカケになるお見合いパーティ…かしらね」
「え?!」
さすがにそれは驚いた。
だって聞いたのは、ちょっとしたパーティで知り合いが集まるみたいな事を言われたからだ。
「そんな…」
「やっぱり知らなかったみたいね。おかしいと思ったのよ。がこんなパーティに出るなんて」
「し、知ってたら来ないわ…」
「でしょうね。お兄さん達にバレたら、それこそ大変」
そう言ってデライラは肩を竦めた。
そこへミシェルがシャンパングラスを持って歩いてくる。
「あら?此方の方は…」
「あ、ミシェル…」
「私はデライラ。今と共演させてもらってるの」
「そうですか…。え、このパーティに招待を?」
「ええ、まあ。友人が」
「そうですか。私はさんの後輩でミシェルと言います」
「宜しくね」
二人が挨拶を済ませると、私はミシェルを軽く睨んだ。
「もう…ミシェル、困るわ…」
「え?」
「このパーティ、お見合いパーティなんですって?」
「…あ…」
「私こういう場は苦手なの。だから帰ってもいい?」
そう言うと彼女は困ったように眉を下げた。
「すみません…。言うと付き合ってくれないかと思って…」
「…いいけど…もうしないでね」
「はい。あ、でも…」
ミシェルが何かを言いかけた時、ハっとしたように私の手を引っ張った。
「ちょ…どこ行くの?ミシェル」
「見つかりますから、こっちに…っ」
そう言ってミシェルは私を真ん中にあるフルーツが乗った大きなテーブルの陰に連れて行った。
そこにデライラもついてきて、少し驚いたような顔をすると、「ちょっと…あれ…」と入り口の方を指差している。
「何…?それに誰に見つかるって…」
ワケが分からず、私は首を傾げながらも、そっとドアの方を見てみた。
そして思わず息を呑む。
「ス、スタンリー?!」
そこにはスタンリーがスーツを着込んで入ってくるところだった。
「な…何で彼がここに…」
そう言ってふとミシェルを見た。
「見つかるって言ってたけど…まさかあなた知ってたんじゃ…」
「ご、ごめんなさい…。実は…スタンリーがこのホテルでパーティに出るって聞いてそれで…」
「な…何ですって…?」
「ちょっと心配になって…それで見に来ちゃったんです…」
ミシェルはシュンとした顔で項垂れている。
そんな彼女を見て、もしかしたらミシェルも、このパーティに招待すらされてないんじゃないかと思った。
「はぁ…そういうこと…」
デライラも苦笑交じりで呟く。
「で、どうするの?」
「ど、どうするって…」
「まあ、ここへ来たキッカケは何であれ…。こうなれば、あなたも気になるでしょ?彼の事」
デライラはクスっと笑うと耳元で囁いた。
それにはドキっとして、もう一度彼の方を見る。
誰かを探しているのか、辺りをキョロキョロしているスタンリーは、普段と違ってビシっとスーツを着ていて凄く目立つしカッコいい。
案の定、すぐに綺麗な女性達がスタンリーを囲んで何やら話しかけているのを見て胸がズキンと痛んだ。
(何で…スタンリーがこんなパーティに来たの…?まさか本当にそれ目的で…?)
そんな事を考えていると息苦しくなってきた。
「…?」
「え?あ…」
「気になるなら話しかけてきたら?」
「えぇ?む、無理よ…驚くに決まってるし…」
「でも…この子もスタンリーを狙ってるようだし…放っておくと盗られるわよ?」
そう言われてドキっとした。
ミシェルを見れば、彼女はスタンリーが気になるのか、陰からコッソリ覗いている。
そして一人シャンパングラスを空けて、また私の分のシャンパンまで飲みだした。
「ね?この子は私に任せて、はスタンリーの傍にいなさいよ」
「で、でも何で来たんだって言われたら…」
「それは本当のこと話したら?ミシェルに騙されて、って」
「……ぅん…」
デライラの言葉に本気でそうしようか…と思ったその時、ミシェルがまたしても驚いた顔で私を見た。
「さん!あれ…っ」
「え?」
ドキっとして慌ててスタンリーの方に視線を移すと―――
「あ…レオ…とキース…?」
「あら…お兄さんじゃない…」
私が目を丸くすると、デライラも驚いたように私を見た。
「な、何でレオがキースと…。しかもスタンリーと3人でこんなパーティに…」
何が何だか分からず、私は呆気にとられていた。
ミシェルもビックリしたように、「スタンリーを誘った友人って…キースとレオナルドだったの?」なんて言っている。
「これじゃあ…うかつに話しかけられないわね…」
デライラがポツリと呟いたのを聞いて、私も小さく溜息をついた。
こんな場所にいることをレオに知れたら、きっと怒られるに決まってるからだ。
「ど、どうしよ…。コッソリ抜け出さないとダメかな…」
「そうねぇ…。でも見つかる可能性は大きいわ?だっては目立つもの」
「え?そ、そんな事は…」
「あら、何言ってるの?さっきから周りの男たちがこっち見ながらヒソヒソ話してたのよ?」
デライラはクスクス笑いながら辺りを見渡した。
「まあ、でも話しかけようと思ったら怖いと有名なお兄さんまで登場して、皆ぎょっとしたように散って行ったけど」
「そ、そうなの…?」
「ええ」
(し、知らなかった…)
私はそう思いながらも意識はミシェルと同じようにスタンリーへと向いていた。
見れば、レオとキースが現れた事で、周りはいっそう女性だらけになっている。
キースは持ち前の明るさで何やら場を盛り上げているし、レオも愛想よく振舞いながら、いつものように優しく接しているようだ。
スタンリーも仕方ないといった感じには見えず、何だか笑顔で女の子と会話をし、シャンパングラスを傾けている。
そんな光景を見て凄く胸が痛くなった。
何よ…そんなに彼女が欲しかったわけ?いくら誘われたからって来る事ないじゃない…
それに何でレオとキースが一緒なのかワケ分かんないわよ…
まあ…レオは最近デートすらしてなかったみたいだし、こういうところに来てるのも不思議じゃないけど(!)
きっとスタンリーは二人に巻き込まれただけ…きっとそうよっ。
なんとも酷い事を思いながら、イライラして3人の方を見ていた。
すでにミシェルはワインに変えていて、かなり飲んでいる様子だ。
「ちょっとームカつきません?何なの、あの女どもはっ。ベタベタしすぎじゃない」
「そういうパーティなんだもの、仕方ないわ。それに、あんないい男が3人もいたんじゃモテるのも当たり前でしょ?」
「ふーん。デライラさんは冷静ですね」
「まあ、私は関係ないから」
デライラはそう言いながらクスクス笑ってシャンパンを口に運ぶ。
私も近くに会ったフルーツをシャンパングラスに入れつつ、それを一気に飲み干した。
「ちょっと…あまり飲みすぎるとレオにバレた時、怒られるわよ?」
「いいの…。私だってもう大人なんだし、こんなパーティくらい…」
「はぁ…困ったなぁ…。また私のせいにされそう…」
「え?何か言った?」
「いいえ、何でもないわ」
私が振り向くとデライラは慌てたように首を振り、「それより…帰らなくていいの?」と言った。
「うん…そうしようと思ったんだけど…気になるし…」
「そう。じゃあ…レオと離れた時に話しかけてみれば?」
「で、でも…」
「大丈夫よ。レオは私が引き止めておいてあげる」
「え?」
「私ならバレたって怒られないし。それにミシェルはあんな感じだし平気よ」
「え?」
そう言われてミシェルを見れば、何だかいい感じに酔ったのか、話しかけてきた男たちと楽しそうにしゃべり始めている。
「ね?だから心配しないで。まあ私に任せておいて」
「デライラ…ありがとう…」
私はいつも優しくしてくれる彼女に心からお礼を言った。
「いいのよ。あ、ほら。そろそろ分かれて行動するみたいよ」
その言葉に視線を戻せば、確かに3対3で分かれて料理のある方に移動している。
レオは綺麗なモデルさんらしき人と、キースは美人タレントで有名な人、そしてスタンリーはどこかの社長令嬢なのか、
何だか可愛らしい女性と一緒に歩いていく。その光景を見て嫌なものが胸に込み上げてきた。
ミシェルと一緒の時にも感じたけど、それ以上に嫉妬をしてる自分に気付く。
ミシェルの時は仕事だと分かっていたし、少しは我慢も出来る。
でも今は完全にプライベートであって、その時間を私の知らない女の子と一緒にいる…
それだけで胸が更に痛んだ。
「…はぁ…」
溜息をついてシャンパングラスを空けると、次にワインを頼んだ。
ボーイからそれを受け取ると、デライラは苦笑交じりで、「あまり飲まないで待ってて?」と言って、どこかへ歩いていく。
私はそれを見送りながら、皆に見つからないよう、少しづつ移動していった。
レオナルド
「そろそろ分かれません?」
キースが俺に耳打ちした。
「え?分かれるって…」
「だって元々そのつもりで来たんだし!そのモデル、かなりレオ兄貴に入れ込んでるし今夜は頂けますよ♪」
「バ、バカ!俺はそんな気――」
「何言ってるんですか!その子は俺の知り合いだし大丈夫!」
キースは呑気にピースをすると、チラっとスタンリーの方を見た。
「お前も邪魔だからサッサとあのお嬢様と部屋に行けよ?」
「はあ?何でだよっ」
「いいだろう?たまには!リンと別れて何年になると思ってるんだ?その間お前は女遊びすらしないで、バカだろ」(!)
「お前に言われたかねぇよ!」
キースの言葉にムっとしたのか、スタンリーはガンっと奴のスネを蹴り上げた。
「いってぇ!何すんだよ!」
「バカにバカって言われたくねぇんだよっ」
「何だとぅ?!」
「お、おい、やめろ、こんなとこで!」
二人は互いの胸倉をつかみ合いだし、俺は慌てて間に入った。
後ろで料理を選んでいた女性陣が驚いたようにこっちを見ている。
「あ、何でもないんだ。ただの痴話喧嘩だから」
俺はニッコリ営業用スマイルを見せてそう言うと、3人は安心したように再び料理に視線を戻した。
(はあ…ったく何で俺がコイツらのフォローしなくちゃならないんだよ…。スタンリーもキースの前だと歳相応になるんだな…)
いつもは冷静で怒鳴ったりしたのを見た事がないスタンリーが、今はムキになってキースと小競り合いをしているのを見て
俺は内心、苦笑していた。
「とにかく…今日は楽しむために来たパーティなんだからな?スタンリーも合わせろよ」
「俺は別に来たくて来たわけじゃない」
「また、そんなこと言って…いい子だろ?あのお嬢様。マリーちゃんだっけ?お前に一目ぼれしたみたいだし将来は逆玉かもよ?」
「興味ないね」
「うるさい。いいから今夜はちゃんとエスコートしろ。そしていい雰囲気になったら…奥の部屋へレッツラゴーだ。分かったな?」
キースはスタンリーの顔にビシっと指をさすと、「イザベル〜♡ 俺にも料理とって〜♡」と女性の方に歩いていった。
その様子を見てスタンリーは溜息をつくと、「俺、ちょっとテラスで風に当たってきます…」と頭を振りつつ歩いて行ってしまう。
そんな彼を見て、つい同情してしまった。
まあ、このパーティは目的がそれなんだしキースが張り切るのも分かるけどな。
だいたいは互いを気に入った男女が、ここを抜け出し別の場所でデートするか、それとも奥にある個室へ即効でしけこむかのどちらかだ。
俺としては…まあデートは面倒だし即、個室でもOKな方だけど…今夜はなぁ…
そう思いながらモデルの方を見ると、彼女も俺に気付き、笑顔で歩いてきた。
「どうしたの?つまらない?」
「そんな事ないよ」
「ならいいけど…はい。ワイン」
「ああ、ありがとう」
グラスを受け取り、ニッコリ微笑むと、彼女、セリーヌは嬉しそうに微笑んだ。
まあ確かに綺麗でナイスバディ。
俺の遊ぶタイプはキースもよく分かってたみたいだ。
前ならすぐに落としにかかって今夜中にはベッドの中って流れだろう。
でも一応今は…禁欲中なんだよなあ…
そんな事を考えていると、セリーヌが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
しかも豊満な胸をわざと押し付けてくるから、少なからずドキっとしてしまう。
「少し酔っちゃったみたい…」
「大丈夫?ワインはやめた方がいいよ」
そう言って彼女の手からグラスをとり、近くのテーブルに置いた。
前ならこんな事はせず、もっと飲ませていたが――酔った方がベッドで盛り上がるし、どうせ女の酔ったというのは半分嘘だから――今は何となく紳士になってしまう。
「レオは優しいのね?」
「そう?よく冷たい、とは言われるけどね」
更に胸を押し付けてくる彼女から視線を外し、軽く笑うと、セリーヌは妖しい笑顔で微笑んだ。
「ベッドでは…どっちなのかな?」
「…さあ…?自分では判断できないな」
誘ってる…明らかに彼女はその気だ。
それが嬉しくない事はないが…何となく気乗りがしない。
まあキースの友人みたいだから、デライラみたいに、この子が付きまとってくるって事はないと思うけど…。女は分からないからな…
ふと、そんな事を考えながら会場に視線を移した、その時―――
「―――ッ?!」
「…どうしたの?レオ…」
俺は幻を見たのかと思って、つい目を擦ってみた。
「レオ…?」
いやいやいや、まさか!彼女がこの会場にいるなんてありえない!
しかも優雅にシャンパンなんか飲みながら、笑顔でそのグラスを持ち上げ、俺にニッコリ微笑んでるなんて――!
「レオってば…」
「行こう…っ」
「えっ?」
視界にハッキリとデライラの姿を確認した時、俺はセリーヌの腕を掴んで部屋の奥へと逃げるように歩いていった。
後ろで、「お♪兄貴、早速?」なんて声が聞こえたけど、んなもん今は無視だ!
そのまま奥まで歩いていくと、大きなドアを開ける。
すると中に狭い通路が現れ、左右には数個のドア。
まだパーティも始まったばかりだからか、どの部屋も空いてるようだった。
その中の一つに入り、ガチャっと鍵を閉め、俺は思い切り息を吐き出した。
「レオ…どうしたの?急に…」
そこでハっとした。
セリーヌが少し頬を赤らめて俺の背中に擦り寄ってくる。
どうやら今の行動で思い切り勘違いされたらしい。(当たり前だけど)
「あ、いや…ごめんね、急に」
「いいの。私も早く誘ってくれないかなぁって思ってたから…」
「………」
振り返ればセリーヌが少しトロンとした瞳で俺を見つめてくる。
酒に強くないとは聞いてたけど、あの程度のワインで酔うなんて、と驚いたついでに体を離した。
「あ、あの…さ。ここで少し休んでから送るよ…」
「ええ、そうね」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて――」
セリーヌは更に勘違いしたのか、俺をドアに押し付けて唇を近づけてくる。
これには困って押し返そうとしたが、酔ってるからなのか、やたらに力が強い。
「ちょ…セリーヌ…っ」
「レオ…ずっとファンだったの…」
セリーヌはそう言って俺の首に腕を回すと、思い切り唇を押し付けてきた。
「ん…ちょ…」
最初から舌を忍び込ませてくる積極的なキスに、俺の方がタジタジになる。
しかも久しぶりのその行為に体の方が勝手に反応してしまいそうだ。
「レオ…好きよ」
「……っ」
ねっとりとしたキスに次第に体中の血が巡りだし、俺は彼女の腰を抱き寄せてしまった。
そして体勢を変えると今度はセリーヌをドアに押し付け、俺の方からキスを仕掛ける。
頭の隅でやめておけと声が聞こえるのに熱くなった体は勝手に暴走する。
(―――クソ…何でここにデライラがいるんだ?)
セリーヌにキスをしながら、先ほど見た光景を思い出した。
どこまで俺に付きまとえば気が済むんだろう?
しかも他の女といた俺に対して、ニッコリ微笑んでやがった。
どうかしてる…
唇を下降させながら、セリーヌの首筋にキスをしていく。
肩紐をスルリと外せば下着をつけていない豊かな胸が目の前に現れた。
その膨らみに顔を埋め舌を這わせていくと、甘い声が上がり彼女の体がビクンと反応する。
俺の愛撫を待ちわびるかのように誘ってくる蕾を口に含めば、更にしなやかな腰が揺れて、彼女の吐息が漏れ始めた。
そのまま彼女を抱きかかえ、奥にあったベッドへと押し倒す。
後は昔のように目の前の欲望にのめり込むだけ。
それは思ってたよりも簡単な事だった――
(あれ…スタンリー、どこに行くんだろう…)
一人でテラスの方に歩いていく彼を見て、私は自然に足が動いていた。
だが外に出てすぐに肩をポンッと叩かれ、ビクっとする。
「あ、あの…」
「やあ、君、ちゃんだよね?ハリソンファミリーの」
「え、あ…はい」
振り返ると、そこにはスラっとした男性が立っていて驚いた。
業界人といった感じではなく、どこかの御曹司といった感じに見える。
「ああ、僕はリード・ステイラー。宜しく」
「あ、どうも…」
爽やかなに挨拶をされ、戸惑ったがとりあえず相手は私の事を知っているのだ。
そこは笑顔で握手をしておいた。
「珍しいね。君がこういうパーティに出るなんて」
「えっと…知らないで…連れてこられて…」
「ああ、そうなんだ。通りで…。僕も半分、仕事できてるんだけどね」
「仕事…ですか」
「うん。ああ、僕の父がこういうパーティで女性と知り合って来いってうるさいんだ」
リードと名乗った男性はそう言って困ったように笑っている。
多分、大会社の社長令嬢と知り合いになって仕事につなげようと言うところだろう。
「あ、でも…さっき君のお兄さんも来てたようだけど…もしかして一緒に来たのかい?」
「い、いえ…兄とは別に…」
「そう。何だか他の男達は一緒に来てるのかと思って君に声をかけられないみたいだったよ」
「そ、そんなこと…」
そう言われて思わず目を伏せると、リードはクスクス笑っている。
「噂通り、可愛らしい人だね。どう?一緒に飲まない?」
「え?あ…いえ私は…」
「ああ、お兄さんが怖い?僕は何を言われても平気だけど」
「い、いえ、そういうんじゃ…」
何て断ろう…早くスタンリーのところへ行きたいのに。
そう思っていると、突然、驚いたような声が聞こえてきた。
「…?!」
「――――ッ」
その声に振り返ると、テラスの奥からスタンリーが慌てて走ってきた。
「あ…スタンリー」
「何してんだ、こんなとこでっ」
スタンリーはさすがにビックリしているようで、私の肩を掴んで顔を覗き込んでいる。
そして、ふと目の前のリードに目を向けた。
「あなたは?」
「ああ、僕はリード・ステイラーだよ。君は…確かモデルをしてた…」
「スタンリーです。今はの事務所に」
「ああ…そう言えば雑誌で何度か見かけたな。君は彼女のマネージャーだとか」
「ええ。なので…彼女を誘うのは遠慮してください」
「………ッ」
キッパリとそう言ったスタンリーに私は驚いて顔を上げた。
リードも僅かに眉を上げたが、すぐに苦笑すると、「怖いのは何もお兄さんだけじゃないようだ」といって肩を竦める。
「まあいい。ではまた今度どこかでお会いしたときに…」
リードは私にそう言うと会場の中へと戻っていった。
が、途端にスタンリーの顔が険しいものになり、私の手を引いて奥へと連れて行く。
「い、痛いよ、スタンリィ…」
「何してんだよ…。ちゃんと説明しろ」
怖い顔で私を見つめるスタンリーに、グっと言葉が詰まる。
だけど今日の事は私は悪くないという事を思い出し、彼を睨み返した。
「私は…ミシェルに連れて来られただけよ…」
「何だってっ?」
「ミシェルが…さっき控え室に来て一緒に飲みに行こうって言うからOKしたら…ドレスに着替えさせられてここに…」
そう説明すると、スタンリーは唖然とした顔で壁に寄りかかり、思い切り息を吐き出した。
「あいつ…!嘘ついたな…?」
「え?」
「いや…。それより…ミシェルは?」
「中で…飲んでる…」
「ったく…しょうがない奴だな…」
スタンリーはそう言って軽く舌打ちをしている。
そんな彼を見て、私よりもミシェルを気にしている事に凄く悲しくなった。
「何よ…そっちこそ、こんなパーティに参加して…。さっきの女の子口説こうと思ってるわけ?」
「な…見てたのかよ…っ」
「ええ、見たわ?凄く可愛い子だったじゃない。あの感じならどこかの社長令嬢でしょ?」
「あのなぁ…。俺はキースに無理やり…あ…」
スタンリーはそこで言葉を切るとマズイといった顔で口を手で抑えた。
「どうしたの…?」
「いや…実は…さ。キースが誘ったの俺だけじゃなくて…」
「え?ああ…レオでしょ?さっき見かけて驚いた」
「はぁ…やべぇ…」
スタンリーはそう言うとその場にずるずるとしゃがみこんでしまった。
「な、何がヤバイの?」
私も一緒にしゃがむとスタンリーの顔を覗き込む。
すると彼が顔を上げて困ったように眉を下げた。
「バーカ…レオにお前が来てるのバレたら大変だろ…?俺、知らないぞ…?」
「な、何よ…いいもん、怒られたって…」
「よくない…。しかも騙して連れてきたのがミシェルだってバレてみろ…。彼女も怒られるだろ…?」
「な、何よ!そんなに彼女が心配…?」
ミシェルの事ばかり気にするスタンリーに、だんだん腹が立ってきた。
なのに彼は呆れたように溜息をついている。
「そういう問題じゃない。ミシェルはすぐスネるんだよ…。後で宥めるの俺だしね」
「宥めればいいじゃない…。優しく慰めて抱きしめてあげたら?」
「何でそうなるわけ…?俺は仕事がやりづらくなるって事を言ってんだって」
「ふーん…。でも私には冷たいくせにミシェルには凄く優しいじゃない…」
そう言って顔を背けたが、言った後で少し後悔した。
(これじゃ私がスネてるみたいじゃない…いや実際にスネてるんだけど――)
そう思った時、目の前のスタンリーの口元がかすかに上がった。
「へぇ。何だ…もしかして、妬いてるわけ?」
「な!何言って――」
「だってそう聞こえたけど」
「ぅ…(た、確かに…)」
何て単純なんだろう?と自分で呆れてしまう。
これじゃ私はスタンリーに優しくされたいって言ってるようなものじゃない…
そこに気付いて一気に顔が赤くなった。
「何、は俺に優しくされたいの?」
「…ち、違…」
ニヤニヤしながら、わざとそんな事を言ってくるスタンリーに私はさらに顔が熱くなる。
「じゃあ…優しくしてやるよ」
「え…?」
その言葉にドキっとして顔を上げた。
目の前のスタンリーの瞳が綺麗でドキドキが一気に加速していく。
でも彼はすぐに目を伏せて苦笑すると、ゆっくりと立ち上がった。
「……最後の最後に、な」
「―――え…?」
不意に呟かれた言葉の意味が分からず、首を傾げると、スタンリーは笑いながら私の腕を引っ張った。
「ほら帰るぞ」
「え?」
「え?じゃない。レオにバレる前に送るって言ってんの」
「だ、だって社長令嬢は…?」
「興味ないよ、別に」
スタンリーはそう言って髪をかきあげると、軽く息をついた。
その言葉にさっきまでのイライラが全て解消されていき、何てゲンキンなんだろうと自分自身に苦笑してしまう。
「さて、と…。ミシェルをどうやって連れ出すかだな…」
「え…彼女も…?」
「当たり前だろ?彼女、酒クセ悪いんだよ…。置いて帰ったら、それこそ名前も知らない男と朝までなんてことになる」
「な…何でそんな事まで分かるの…?」
少し気になり尋ねると、スタンリーはおもむろに顔を顰めて肩を竦めた。
「一緒に飲みに行って俺も何度も誘われたしね」
「えぇ?!」
「まあ本人はいつも次の日になったら忘れてるようだけど…」
「そ、そうなの…?」
「ああ。ったく参るよ、ほんと…。俺、ダメなんだよな…」
「ダメ…?」
スタンリーの言葉にドキっとして顔を上げると、彼は苦笑交じりで私を見た。
「女から誘われるの」
「な、何でよ…?普通は嬉しいんじゃないの…?」
「バカ。嬉しくないよ。誘うなら自分から誘う。って言っても、俺は惚れた女じゃないと、その気にすらならないしね」
スタンリーはそう言って笑うと、会場の方へと歩いていく。
(…惚れた女、か…そうなんだ…)
彼の言葉に胸が痛くなったが、仕方なくそのまま後からついて行くと、スタンリーは中をコッソリ覗きだした。
「あれ…レオがいないな…」
「え?嘘…」
「ほんと…もしかして…セリーヌと消えたかもな」
「セリーヌ…?ああ、さっきのスタイルのいい人…」
「まあレオもあまり乗り気じゃなかったみたいだし送っただけかもしれないけど」
スタンリーは中を覗きながら、そう言うと、「あ、いた…ミシェルだ」と呟いた。
私も彼の後ろから中を覗くと、ミシェルが相当酔った顔をして知らない男二人とベタベタしながら飲んでいる。
一人に凭れかかり、自分の胸を触らせつつ、もう一人の男に耳元で何かを囁いていて私はギョっとしてしまった。
「な?酷いだろ?いっつも酔うとあんな感じなんだ…。イメージダウンもいいとこだよ…女優って自覚あんのかな…」
「ス、スタンリーもあんな風に迫られたの…?」
「ああ、もっと凄い…って何、唇尖らせてんの?」
「…べ、別にっ」
(何よ、もっと凄い事されたわけ?!…って…いったい何されたんだろ…やだな…気になる…)
「おい、?」
「え?あ…」
「何ボーっとしてんだよ。酔ってんの?」
「す、少し…でも大丈夫よ…」
「一人で歩けるだろ?」
「え…?」
「俺がミシェルを連れ出すし、は先に廊下に出ててくれるか?」
スタンリーにそう言われて少しホっとした。
"一人で帰れるか?"という意味で言われたのかと思ったのだ。
「うん、分かった…」
「じゃあ先に行ってて」
そう言われて私は頷くと、先に会場へと入って行った。
そのまま出ようと思ったが、ふとデライラの事を思い出し辺りを見渡す。
けど彼女の姿はなく、もしかして先に帰ったのかな、と思って気にしないことにした。
廊下に出るまでに何人かに声をかけられたが、やんわりと断って廊下に出る。
すると少ししてスタンリーがミシェルを連れて出てきた。
「ん〜スタンリー♡ キスしてよ〜」
「ちょ…やめろって…」
「ねぇ〜今日はここに泊まっていきましょ?私、部屋別に取ってあるから〜」
「はあ?いつの間にそんなもん…」
「だってどうせ明日は朝からここで取材だし〜」
「ああ、そうだったな…あ、…ちょ、そっちの腕支えて」
その光景に唖然としてると、スタンリーがミシェルの絡み付いてくる腕を外しながら、そう言った。
私は急いでミシェルの反対側の腕を支えるように持つと、彼女はすわった目でジロっと見てくる。
「あらぁ〜さんいたんですかぁ?もう〜邪魔しないでくれるかなぁ〜」
「…ミ、ミシェル…?」
「気にすんな。酔ってるし、どうせ覚えてないんだから」
「何よ、酔ってないわよぅ〜。ねぇ〜スタンリ〜!部屋に行きましょ〜?さんなんて放っておけばいいじゃなーい」
「はいはい…。何号室?」
「キャ〜嬉しい〜♡ えっとねぇ〜この下の45号室〜」
「OK」
スタンリーはそう言ってエレベーターボーイに下の階を告げた。
私は本当に部屋へ行く気なのかと驚いて彼を見ると、スタンリーは小さくウインクをしてくる。
それを見てホっとした。
きっと彼女を家まで送るのは大変だから、その部屋に置いてくるつもりなんだろう。
それにしても………
ミシェルの本性ってこれだったの?あの可愛らしい笑顔は何だったわけ?
きっといつも私に会うたびにお世辞を言ってたんだ…。心の中では別に尊敬すらしてなかったに違いない。
そこに気付いて私は思い切り息をついた。
でも逆に少し安心したのもある。
これならスタンリーが呆れてるのも頷けるし、きっと彼は彼女の事を何とも思ってないと思うから。
きっと仕事と割り切ってるだけなんだ。
それを証拠に…今だってミシェルを家まで送らず、このホテルに泊めようとしてる。
でももし酔ったのが私だったら…きっと怒ってでも家まで連れて帰ってくれたと思う…
何て…少しだけ自惚れても…いいよね…?
「よいしょっと…」
スタンリーがミシェルをベッドに寝かせると、彼女は即効で眠ってしまった。
両手両足を広げて、もうあの可愛らしい印象は微塵もない。
「はぁ…疲れた…」
スタンリーは思い切り息を吐き出すとベッドの下に座り込んでしまった。
「だ、大丈夫…?」
「…ああ…次は…だな」
「え…?」
「家まで送るよ」
そう言ってスタンリーは笑いながら立ち上がり、スーツのネクタイを軽く緩めた。
普段は見慣れない彼のその格好に何だかドキドキしてくる。
「どうした?まだ酔ってる?」
「あ…だ、大丈夫…」
「そう?じゃあタクシーで送るよ」
「え?い、いいよ…。ここからだと歩いた方が近いもん…」
「でも15分はかかるだろ?」
「いいの。少し歩けば酔いも醒めるし…」
「そう?なら…歩くか」
スタンリーはそう言いながら私の頭にポンと手を乗せた。
そのまま二人でホテルを出て夜道をゆっくり歩いていく。
スタンリーはヒールを履いている私に合わせてくれて、それだけ嬉しさが込み上げてくる。
「あ、ねえ…キースにはちゃんと言って来た?」
「ああ。アイツもすっかり酔ってたし忘れてるかもしれないけどな。まあ彼女と楽しそうにしてたよ」
「そう…あ、ねえ…」
「ん?」
私が見上げるとスタンリーは軽く首を傾げて微笑んだ。
その瞳が優しくて少し酔ってるのかなって思った。
「あのね…さっき…話そうとしてた事だけど…」
「え?あ〜」
スタンリーは思い出したように頷き、目を伏せた。
その仕草に小さな不安を感じ、私は彼の腕を軽く引っ張ってしまった。
「ま、まさか…ずっとミシェルのマネージャーでいるとか…そういう話?」
「え?」
「も、もしそうだったら…絶対ダメだから」
「…ぷ…何だよ、急に…」
スタンリーは軽く噴出すと、私の頭をクシャっと撫でた。
そうされる事だけで胸の奥が暖かくなる。
やっぱり、この腕が欲しい。ずっと……私の傍にいて欲しい…。
「そんなんじゃ…ないよ」
「…ほんと?」
「ああ…ってか何?はそんなに俺がいいわけ?」
「―――ッ」
不意にからかうような言葉を言って、スタンリーは私の顔を覗き込んできた。
いきなり目の前に彼の青い瞳が見えてドクンと鼓動が跳ね上がる。
かすかに香水の香りがして、慌てて目をそらした。
「な…何よ、それ…」
「あーそうなんだ。知らなかったなぁ」
「ちょ、ちょっと!勝手に解釈しないでよ…っ」
あまりにストレートに言われて顔が赤くなった。
出来ればここで素直に認めてしまえたら、どんなにいいんだろう。
「わ、私は…ジョージが苦手なだけだもん…」
「ああ…。まあ…彼はああいう人だしとは合わないだろうな」
「あ、合う合わないっていうか…彼は私よりも自分の仕事が認められるかの方が大事みたいだし…」
「そりゃ仕方ないんじゃない?男なんだし出世したいだろ」
スタンリーはそう言って笑うと夜空を見上げて腕を伸ばした。
そんな彼の横顔を見てるとスタンリーもそうなのかなと一瞬だけ思う。
「スタンリーは…?」
「え?俺?」
「うん…やっぱり…出世したいの…?」
「俺は…別にいいよ。今のままで」
「そう?」
「ああ。大切な人が傍にいるだけで…幸せだって分かったからさ」
「………」
少し寂しげに呟かれた彼の言葉は、私の胸を痛くするのに十分なほどだった。
亡くした人は戻ってこないから、残された命を大事にしようと必死に頑張ってる。
自分の居場所を変えてまで…妹を守ろうとする姿に、きっと私は惹かれたんだ。
誰よりも強く、優しい人だって、そう思うから。
「どうした?」
「…何でもない…」
溢れてきた涙を見られないように、少しだけ俯いた。
「泣いてんのか…?」
それなのに、すぐ気付いてしまう彼は、やっぱり私の事をよく見てるんだなって思う。
「何でもないってば…」
だから、そんな顔しないでよ。
そんなに優しい目で私を見ないで…
じゃないと…溢れそうになるこの想いを伝えてしまいたくなるから。
「…ほんと…酔うと泣き虫だなぁ…」
「な、何よ…私は―――」
文句を言おうとして顔を上げた瞬間、涙が頬を伝った。それと同時に彼の綺麗な手が頬に触れて温もりを感じる。
月明かりに彼の髪がキラキラしてて、凄く綺麗。私を見つめるその青い瞳も今はとても優しくて、やっぱり胸が痛くなった。
「スタンリ…」
「大丈夫かな、こんなんで…」
「え…?」
「……心配で一人に出来ないよ」
(――ねぇ…それはどういう意味…?どうして、そんな悲しそうな顔をするの…?)
そう聞きたいのに言葉に出来ない。
スタンリーはそれ以上、何も言わずに涙を拭ってくれた。
家までの帰り道、私はずっと彼の服を掴んで歩く。
どこにも行かないでと言う様に―――。
レオナルド
「――どうだった?彼女の味は」
「…まだいたんだ…」
俺が部屋から出ると、そこにはデライラが立っていた。
「そりゃそうよ。好きな男が他の女を部屋に連れ込んだんだから」
「………」
彼女の言葉を無視して俺は会場の方へ戻った。セリーヌは酔って眠ってしまったので部屋で寝かせてある。
見ればキースもスタンリーもいなくて少しだけホっとした。
「ねぇ、彼女は?」
「うるさいな…寝てるよ」
「ふーん。そんなに激しかったんだ」
デライラはそう言うと少しだけ目を細めて俺の肩に手を置いた。
その手を振り払うと、そのまま会場を抜けて廊下に出る。
「待ってよ、レオ」
「ついて来るな」
「もう帰るの?一杯だけ付き合ってくれない?」
「断るよ。相手をするだけの元気がない」
意味深な事を言って彼女を横目で見ると、明らかに嫉妬の目に変わった。
「そんなに、あの女が良かったわけ?」
「ああ、君より数倍ね――」
――パンッ!
「ふざけないで!」
頬に痛みが走ったが、それを無視して彼女を睨みつける。
「それは俺の台詞だ。つきまとうなって言ったはずだぞ?」
「今日のは本当に偶然よ…」
「どうだかな」
そのままエレベーターに乗り込むと、デライラは廊下に立ったまま俺の事を悲しげに見つめていた。
俺は視線を外すと、ボーイにロビーまで、と告げ壁に寄りかかる。
ドアが閉じる瞬間、デライラの瞳から涙が零れたのが見えた気がした。
ロビーに着くとすぐにタクシーに乗り込む。何だかイライラして煙草に火をつけた。
クソ…何で泣くんだ…?泣きたいのは俺の方だ…
散々つきまとって嫌がらせをしてきたくせに。
今日だって偶然?ありえない。今までの彼女の行動を見てたら誰だって、そう思うはずだ。
「はぁ…」
思い切り煙を吐き出し、窓の外を見た。
真夜中の道路は車も空いてて、とても静かだ。
(セリーヌか…まあキースが言うように、いい子には違いないけど…)
さっきの事を思い出し、軽く苦笑がもれた。
危うく禁欲生活を終わらせてしまうとこだったが、かろうじて、それは免れたのだ。
と言うのも、俺もあそこまで行けば半分以上は本気で抱いてしまおうと思った。
でもベッドへ押し倒した後、彼女はスヤスヤと気持ち良さそうに眠ってしまったのだ。
それには呆気にとられて一瞬で気持ちも萎えた。
まあ…あれで良かったのかもしれない。
好きでもない女と会ったばかりで寝るのも、何となく空しい気がしてきた。
もっと…違うものが欲しい。
心の奥から込み上げてくるような…確かなものが。
そう思いながら夜空を見上げると、今朝、会ったばかりのの笑顔が恋しくなった――
〜次の日の朝〜
イライジャ
「ふぁぁあ…」
僕は欠伸をしながら階段を上がっていた。
と言うのも、エマに「オーリーが起きてこないの。起こしてきてくれる?」と頼まれたからだ。
(――ったく、何で僕が…)
そう思いながらオーリーの部屋をノックする。
でも返事もなく、そのままドアを開けて中へ入った。
「オーリー!起きてよ!遅刻するってば!」
昨日は散々朝から恐怖の電話の事で大騒ぎして、夕べはかなりビビって部屋に戻っていった。
もしかして暫く眠れなくて目覚ましでも起きなかったのかもしれない。
まさか、またかかってきたとは知らない僕は何の返事もない寝室へ仕方なく歩いていった。
ったく…今日は皆、お寝坊さんだな…
も夕べ遅くに帰ってきて何だかボーっとしたまま部屋に戻って行ったし、ジョシュはジョシュで撮影が夜中までかかったとかで、帰って早々、寝てしまった。
レオだってより少し遅くに帰ってきて、しきりに「疲れた…」とボヤキつつ、女の香水がついたとか文句言ってシャワーに入って寝てしまった。
きっと今日は皆、疲れて眠ってるんだ。
誰一人起きては来ないんだから。
まあ仕事も時間がまちまちだから、きっと午後からなんだろう。
でもオーランドは朝から出かけると言ってたし、ここは起こさなくちゃいけないだろう。
じゃないと迎えが来て大慌てで騒ぐのは目に見えている。
そして僕はそんなうるさいオーランドの相手をしたくないのだ。
「オーリー!入るよ?!」
我慢の限界とばかりに寝室のドアを開け放った。
でも案の定、部屋の中は真っ暗で起きた気配すらしない。
ふとベッドに目をやれば布団が丸まって真ん中にもっこりと膨らんでいるのが見えた。
(はぁ…また蓑虫状態で寝てるんだな…)
軽く溜息をつきつつ、僕はベッドの方に歩いていった。
「起きてよ、オーリィ…ぅわ!」
いきなり足に何かが当たり、僕の体は前のめりにつんのめった。
――ばふ!
転ぶ、と思ったが目の前はベッドだったので、僕はスプリングのおかげで痛い思いをしなくて済んだようだ。
「ったくぅ!オーリーのアホ!何で床に荷物を…」
そこで言葉が切れた。
薄暗い部屋で目を凝らしてみると、その床に落ちてた"荷物"が「…うぅ…ん」とうなり声を上げ、モソモソと動いたからだ。
「ひぃ…っな、何だ?!」
僕はかなりのど近眼だ。
なので薄暗い部屋の中では、その塊が何なのかよく見えない。
でもかすかに聞こえた声で、「ん?」とよくよく見てみれば…
「オ、オーリー?!」
床に落ちてたのは荷物でも何でもなく…床に倒れていたオーランドだった――!
「ぅぅう…ゆ…るし…」
「え?何、オーリー?」
いきなり倒れているオーリーが何かを呟いた。
僕はそっとベッドの下を覗くと耳を凝らしてみる。
「うぅ…ゆ…ゆるし…ってくれ…キャサリン…」
ああ、何だ…あのイタ電のことか…って事はまたかかってきたのかな…?
しかもキャサリンって犯人まで分かったってこと?
そう思っていると、またオーリーが呟いた。
「あぅ…ぼ…くが…わる…かった…。ジュリア…」
「…は?」
「…メリィ……シェ…シェリ〜〜〜…むにゃ…むにゃ…」
「…………」
(――って、誰だよ、それ!!!!
この様子だと、また犯人は分かってないんだな…という事に気付き、僕は朝から思い切り半目になってしまった。
オーリーの苦悩はまだまだ続くようだ。アーメン。