イライジャ
「――ったく信じられない!何て事してくれんだ、リジー!」
体中をベタベタにして目の前で怒ってるのはドミニク・モナハンという俳優で、一応(!)僕の親友。
変な悲鳴が聞こえたから、コッソリ見にきたら案の定、僕の仕掛けた罠に引っかかってたという、何とも期待を裏切らない男。
そんなドムの前に仁王立ちして腕を組み、これ以上ないってくらいの半目で見下ろしてやった。
「あのね、それはこっちの台詞なんだけど」
「…!!」
「いったい何度、忍び込めば気が済むわけ?」
「な、なな何の事だっ」
僕の問いかけに、かなりの動揺を見せて視線を泳がせるドムに、大きな溜息が出る。
こんな展開になってるってのに、まだしらばっくれる気なのかな。
「あのね。この罠は特注品でドム専用で作ってもらったんだよね」
「は、はあ?何だとう?!このふざけたゴキブリポイポイ(!)のようなネバネバが俺様専用だとう?!どういう事だぁっ」
僕の説明に目を充血させて怒鳴ってくるドムには、ホント溜息しか出ないよ。
「…こんな裏口からコソコソ忍び込んでくる奴なんてドム以外にいないって事だろ?」
「し、忍び込んだわけじゃ…き、気付けば足が勝手に門を乗り越えてただけだ!」(!)
「なーにが気付けば、だよ…。普通なら警察に突き出されるくらいの事だよ?分かってンの?こんな罠にかかっただけマシだと思うけど」
「ど、どこがマシなんだ、これの!」
「だってドムにはハイテクなもんは通用しないみたいだからね。こういったアナログ方式の罠なら警備員だって来ないんだし良かったじゃん」
「う、ううるさいな!いいから俺様をこのネバネバ地獄から助けろっ」
「はあ?嫌だよ。自分で何とか脱出するんだね」
「な!何だとっ」
「せっかくの特注品なんだしもったいないだろ?すぐ助けちゃ」
そう言って「ふふん」と鼻で笑えば、ドムの顔は真っ赤から真っ青へと一気に変わった。
「じょ、冗談だろ?頼むから助けてくれよっ。こんな姿をには見せられないじゃないかっ」
「どうせだったら一度、見せた方がいいかもね」
「や!やめてくれぇ〜!!頼むから助けてくれ!リジー!俺は親友だろぅ〜?!」
地べたに這いつくばってる状態で必死に助けを求めるドムを見て、僕はその場にしゃがみこんだ。
「助けてあげてもいいけど…条件がある」
「な、何?じょ、条件って何だよ…」
不安げな顔のドムに、僕はニヤリとして口を開いた。
オーランド
「――で…助けてやったの?」
目の前で項垂れているドムを見て聞けば、リジーが満面の笑みで頷いた。
「うん。もう家に忍び込まないって条件でね」
今はシアタールーム。
リジーが夕食後に外の様子を見てくると言って出て行ったと思えば、数分後、ドムを連れてやってきたのだ。
それにはギョっとしたけど、とスタンリーくんはちょうど食器などの片付けでキッチンに行ってていなかった。
なので慌ててドムをシアタールームへと引きずり込んで、リジーから事情を聞いているところ。
「しっかし、また忍び込んで来るなんて…何考えてんだ、ドム!」
「う、うるさい!出来心だっ」
「何が出来心だ!いっつもいっつもセキュリティ突破しやがって!」
「まあまあ。ドムももう忍び込まないって約束したしいいじゃん」
リジーはケラケラ笑いながら楽しそうだ。
まあ特注品の罠を仕掛けてたリジーにとったら、ドムが思惑通り引っかかって面白かったんだろう。(…しかし、よく考えたもんだ)
でも僕には、まだ一つ解決していない問題がある。
「よくないよー!あのイタ電の事は終わってないし」
「―――ッ」
「ああ、そうだっけ」
僕の言葉に息を呑んだドムを見て、リジーが苦笑した。
「もうバレてるしドムも白状しちゃいなよ」
「な、何の事だよっ」
明らかに焦りつつ視線を泳がせるドム。
この反応はやっぱり、あれを企んだのはドムだったって事さ!
「しらばっくれるな!毎晩、俺のプライベート電話に女の声でかかってくるイタ電の事だよっ」
「な、だ、だからそれは知らないと――」
「嘘つけ!普段の俺の事を色々と知ってる他人はドム、お前くらいだ!白状しろ!」
「う…」
いつもより強気で責めると、ドムは先ほどのリジーが仕掛けた"罠"で弱っていたのか、ガックリと項垂れた。
「クソ…何でバレたんだ…」
「ほーら、みろ♪――って、やっぱりドムだったのかぁぁぁあ!」
「ぉわっ!!」
ドムが認めた途端、力いっぱい飛び掛ってゲンコツを頭に落としてやると、ドムはギャーギャー騒ぎ出した。
「ぃい痛いな、コノヤロ!!元はといえばオーランド!お前が悪いんだぞ!!俺のオットコマエの眉毛を剃り落としやがって!」
「うっさい!俺は復讐しただけさ!」
「復讐だぁ?!おかげで俺は長い間、に会いにも来れず、帽子がなくちゃ外にも出られなかったんだぞっ!」
「それこそ自業自得ってもんさ!だいたい人を雇ってイタ電させるなんて汚いぞっ?」
「はあ?俺は雇ってないぞ?!あれは彼女が自分でやるって言い出したんだっ」
「「…ぇ?」」
ドムの言葉に僕とリジーは互いに顔を見合わせた。
「どういうことだよ…。あの女はお前が雇った女だろ?どうせ"復讐請負人"みたいな――」
「違うって言ってんだろ!彼女はお前が前に付き合ってた女だ!デボラだよ!ほら、ロード〜の時のメイクしてた!」
「…ぇ!」
今度は僕がぶっ飛ぶ番だった。
デボラ、デボラ、デボラ…?
そう言えば…ニュージーランドに行ってすぐの頃、と長い間離れるなんて初めてだから寂しくてスタッフの子と少しだけど付き合ったっけ…
あれ、あの子はデボラって名前だっけか?(ヲイ)
「えーと…デボラ…?」
「な、何だよ、付き合ってた女の事すら忘れたのか?お前サイテーだな!そりゃ恨まれるに決まってるだろがっ」
「そ、そんな事は…!顔は何となく…思い出したよ!」(コラ)
「名前は忘れてたのかよ、オーリィ…」
そこでリジーも呆れたように息をついた。
「ああ、そうだ。僕も思い出した。オーリー確かに一作目の撮影の頃はメイクの子と付き合ってたよね」
「た、確かに付き合ってた子はいたけど…でも何で彼女が俺にイタ電かけるんだよーっ!俺は別にひどい事なんて――」
「でもデボラはそう思ってないぞ?」
そこでドムが偉そうな顔で俺を見た。
今の今までシュンとしてたくせに矛先が僕に向かった途端、これだから調子がいい奴だよ!
「何でだよ?俺は別に…あ!思い出した!そもそも、あの時だって振られたのは俺の方で――」
「バーカ。そうかもしれないけど振られるには原因があったんだよ!」
「え、何で?だってデボラは一作目の撮影が終わったと同時に俺を捨ててサッサとロスに戻ったんだぞ〜?」
徐々にあの頃の記憶が蘇ってきて、僕は口を尖らせた。
するとドムは鼻で笑って肩を竦めている。何て生意気なんだ、不法侵入者のクセに!
「デボラがお前に何も言わず帰った理由、教えてやろうか?」
「…え、り、理由…?」
「ああ」
「な、何だよ…」
ますます偉そうにふんぞり返るドムを睨みつつ、尋ねると――
「お前の寝言だ、オーリー」
「…は?寝言…?」
その一言で僕はリジーと顔を見合わせた。
「何だよ、寝言って…俺が何を――」
「普通、愛しい恋人を抱きしめながら寝ている時に言ってはいけないような寝言さ」
「はあ?まさか!俺がそんなヘマするわけないだろー☆」(オイ)
「バカヤロ!俺様は聞いたんだ!デボラに再会した時にな!」
ドムはそう言ってグっと胸を張った。(やっぱり偉そうだ)
「何聞いたんだよ!つか再会っていつデボラと会ったんだっ」
そうだ、そもそもコイツはデボラと、どこで会ったんだ??
そこが疑問で尋ねれば、ドムは偉そうな顔のまま俺を睨んだ。
「そりゃもちろん仕事でだ!この前までやってた撮影現場に彼女がメイクとしてきてたんだよ!
それで色々と思い出話してる時にお前の話になって、あの時どうしてオーランドに何も言わず帰ったんだって聞いたんだ。
俺だってあの時はどうしてデボラがお前を振って帰ったのか分からなかったからな。そしたら彼女、思い出したくもないって顔でこう言ったんだ」
ドムはそこで言葉を切った。
僕はすでにドキドキしていて、ゴクリとつばを飲み込むと「な、何て言ったの?」と尋ねた。
するとドムはニヤリとして、
「――"アイツ、私を抱きしめて眠りながら何て言ったと思う?!ん〜〜愛してるよぉう♪って言ったのよ?!"」
「―――っ(なぬ?!)」
その言葉に僕の目は飛び出しそうになった!(怖いから)
「ふふん。どーだ?恋人にとったら屈辱だろうぅぅ?自分の名前よりも妹の名前を言いながらニヤケてる男なんか振ってしまいたくなるだろうぅ??」
ドムは憎たらしいくらいの顔でそう言ってきた。(このままロス警察に突き出してやろうかな)(!)
「うぐぐ…っ。だ、だからって何もイタ電かけなくたっていいじゃないか!」
「それほどデボラにとったら屈辱的だったって事だろうが!だから俺もオーランドには恨みがあると話したら意気投合して今回の復讐を思い立ったってわけだ!」
「思い立つなよ、そんなもん!おかげで不眠症になっただろうぅ?!」
「それが目的だからな。ビビりのお前の事だから、そんな電話がくれば寝不足になって弱ると思ったんだ」
「何だとうぅ?!俺を弱らせてどうする気だったんだぁぁ?!」
「もちろん陰から笑うのさ!笑ってやるのさ!まあ今日まで思う存分、爆笑させてもらったけどな!」 (小さい)
「な…!!何だとー?!ドムの眉毛の方が爆笑もんだろ!」
「き、貴様がそれを言うのかあ!!」
「何だよ!」
「…まあまあ…落ち着きなよ、二人とも…。今回の件はどっちみちお互い様ってところもあるだろ?」
低レベルな争いに見かねたのか、そこへ一人冷静なリジーが間に入って来た。
僕は今にも噴火しそうな怒りを何とか静めると、目の前で偉そうな顔をしているドムをジトっと睨む。
リジーはそんな僕らを溜息交じりで見ながら肩を竦めた。
「あの日は頭にきて、ついオーリーにひどい事を言っちゃったから、まあ少なからず僕も関係してるわけだけど……」
「そ、そうだぞ、リジー!もとはと言えばお前のせいで俺の眉毛は―――」
「だからって、こんな姑息な復讐するなよ、大人気ないなぁ…。だからの事も任せられないんだよ」
「…ふぐっ」
(…ふふん!一番痛いところをつかれたな、ドムのアフォめ!)
リジーの一言でドムは一気にシュンとなった。それを見て内心ぷっと吹き出す。
「とにかく!ドムも二度とバカな復讐はしないこと!毎朝オーリーの愚痴を聞かされる僕ら兄弟の身にもなって欲しいよ、ったく」
「……はい…。すみませんでした…」
ドムは一応、反省はしたのか、素直に謝っている。その姿をニヤニヤしながら見てると、リジーがジロリと僕を睨んだ。
「ほら、オーリーもドムに謝りなよ」
「は?何で俺が―――」
「オーリーだって悪いだろ?肉体的な復讐をするなんて。ドムだってこれでも一応(!)俳優なんだし仕事に影響するんだから」
「……う…わ、分かったよ…」
(自分は"ゴキブリポイポイ@特注品"でドムを捕獲したクセに…………)
なんて内心思ったが、それを言えば十倍になってかえってくるから敢えて言わないでおく。
でもまあ…リジーの言うことはホント嫌になるくらい当たっているわけで…。
そう言われてしまうと兄の威厳なんか少しもなくなるわけで……(●の国から風?)
確かに眉毛を剃っちゃあ、日常生活にまで影響するんだから悪い事だとも思う。(反省)
「…俺も悪かったよ…。ごめんねドム」
「…オーランド…」
僕が素直に謝ると、ドムもふと表情を和らげる。そして笑顔で僕に手を差し出すと――
「これで仲直りだ、オーランド」
「う、うん…」
互いにガッチリと握手を交わすと、後ろで見ていたリジーがホっとしたように息を吐き出した。
「じゃあ、ドムも、もうデボラを使って変な電話はさせないでよね」
「イエッサー♪後で連絡しておくぜい!」
ウインクしながら親指を立てるドムに、リジーもニッコリ微笑んだ。これで円満解決だ!
「――って事で…。もう用は済んだしドムも帰ったら?」
「OH!NOーーーー!!!」
リジーの相変わらず冷たい一言に、ドムが大げさに頭を抱える。まあ、こいつが素直に帰るとは僕も思ってなかったけどさ☆
「せっかく来たのに帰れだなんてひどいじゃないか、リジー!せめてを一目だけでも――」
「それはダメ。レオ達がいない時にこうして家に入れるのも本当はダメなんだからさぁ。これでに会わせたなんてバレたら僕までレオの鉄拳の餌食だよ」
そうだそうだ!ついでに一緒にいた僕までお尻を蹴られるね!レオのハイキックはハンパないから一週間は歩くと尻が痛いんだ…
特に階段を上ったり下りたりする時が一番キツイ。僕のキュートなヒップがズッキンバッキン痛むんだから……(涙)
あんな制裁はもちろん回避したいから、やっぱここはドムをに会わせる事なく外に放り出すに限るね♪
それはもう、ドムがかかった、あの罠のようにポイポイっと――(オイ)
でも今回のドムは案外しつこかった。リジーの足にしがみつき(情けない)必死でお願いしている。
「そこを頼むよリジィ〜〜〜!俺、今に会えなかったら、暫くは会えないの知ってるだろぉぉう?」
「…へえ。あの仕事、引き受けたんだ」
「そ、それが…俺はまだ迷ってたのにマネージャーの奴が"これはチャンスだ!"って勝手にOKしやがったんだよーーっ!」
「へえ。ま、当然だよ」
リジーは素っ気なくそう応えた。
僕も、そりゃそうだろう、と、ドムの汚い(!)泣き顔を見ながら、積んであるクッションに腰を下ろす。(すでに自分の話は終わった為、呑気)
今やアメリカもハリウッド映画だけの時代は終わり、80年代の頃のような、テレビドラマブームの時代に入ってきている。
人気が出れば、シーズン1、シーズン2と長々続き、そこに出演している主役級の俳優達は仕事にあぶれる事もない。
それこそ世界で放送されれば熱狂的なファンはつくし、もちろん映画の時のようなPRにだって行ける。
昔と違ってギャラも良くなってるようだし、そこへオファーなんか来た日には、マネージャーだって一つ返事でOKしたいはずさ。
それを"好きな子と離れたくない"って理由で悩むドムの方がおかしいんだ。
まあ、まだ両想いってんなら少しは気持ちも分かるけど、ドムの場合、思いっ切り片思いだしね♪ぷぷぷっ!(悪)
ま、でもリジーだってその辺はよく分かってるから、ドムの愚痴を軽くあしらってるんだろうな。
「さっきも言ったけど僕もチャンスだと思うよ。脚本面白そうだしさ」
「そ、それはそうだけど……っ」
「それにはドラマも大好きだから、ドムがメインキャストで出演するって聞けば、きっと毎週かかさず見ると思うなぁ」 (ニヤリ)
「――え♪ マジ?!」
――リジーんまい!と僕は内心、親指を立てた。そう言われれば単純なドムの事だから絶対に……
「わ、分かったよ!俺、チャレンジしてみる!に会えなくなるのは辛いけど、彼女が毎週見てくれるなら頑張れるさ!!」
(……ほーらね♪)
急に張り切りだしたドムを見て笑いを噛み殺していると、リジーが僕に向かって小さくウインクをしてきた。
まあドラマは本当に見るだろうし――見るだけなら被害はない――思い切り視聴率を稼いで、そのドラマが延々と続くよう協力だってしてあげよう!
何故なら!ドラマが続けば、撮影も続くわけで…撮影が続くという事はそれだけドムもロスには戻ってこれないわけで…
ロスに帰ってこれないという事は、必然的に……に会うこともない!グッ♪(酷)
内心ホクホクしながら、未だ張り切っている様子のドムを見た。
が、その時、ドムがドアの方に歩き出し――
「じゃあ今からに報告してくるよ!是非ドラマを見てって――」
「そうだね……って、ちょいちょーーい!!」
勝手にに会おうとするドムを、僕とリジーは慌てて追いかけた。
「待て待てーい!」
「何だよ?」
「何だよ、じゃない!誰がに会っていいっていったのさ!」
「そうだぞドム!何、さりげな〜く会おうとしてるんだよっ!思わず自然だったから一瞬、見逃す所だったよっ」
「…ぬ!何だ二人して!いーじゃないか。でかい仕事が決まった時…男は惚れた女に報告したいものさ」
「「……………」」
この人急にかっこつけだしちゃったよね…?的な感じでリジーと顔を合わせると、同時に溜息をつく。
そんな僕らを軽く無視して、ドムはリビングをキョロキョロと見渡し始めた。
「さっきも思ったが…はどこだよ」
「え?あ〜」
そこでリジーがマズイといった顔をしたけど、その真意に気づかず、僕はついバカ正直に答えてしまった。
「どこって、キッチンでスタンリーくんと、お片付け中だ!邪魔するなっ」
「バ、オーリー!」
「え?」
リジーは「あちゃー」と言いつつ、頭を振った。そしてドムは、と言えば、今の僕の一言でビシっとフリーズしている。その顔は蒼白だ。
「バカだな、オーリー!がスタンリーと一緒のとこ見たら、ドムの気が変わってハワイに行かないって言い出すかもしれないだろ?」
「あ、そか…!」
「それに、このまま何とか言いくるめて帰そうと思ってたのにさあ…。あの様子じゃ帰らないかも……」
そのりジーの言葉に、再びドムを見れば、何だか死体(!)のように顔が青い。ついでに額がピク、ピクっと痙攣してるからチョー怖い…
「そうだ…思い出したぞ、外に奴の車があった事を……」
「え?あ、ああ…あれね…実は…そうなんだ。彼も今オフでさ!あはは☆」
「が呼んだのか?」
そのドスのきいた声で訊かれ、
「い、いや俺が無理に誘って――」
と思わず言いかけた瞬間、、ドムが殺気のこもった目つきで僕を睨む。その時から僕は蛇に睨まれたカエルのように、その場に固まった。
「お前かぁぁぁっ!オーランドゥー!!!!」
「うひゃぁっ!!」
突然、目を血走らせたドムが飛び掛ってきて、この時ばかりはイントネーションが違う、と突っ込む事も出来ませんでした……
「――ん?何かあっち騒がしくない?」
ふと、お皿を片付けていたスタンリーが顔を上げた。
そう言われ、私は水道を止めると、「そう?」と耳を傾ける。すると、何やらオーリーの悲鳴が聞こえた気がした。
「きっと何かしてリジーに怒られてるのよ」
「え、弟にか?」
「いつもの事よ。リジーは私と同じ歳の割りに凄くシッカリしてるから、オーリーはいつも怒られてるの」
驚くスタンリーに笑いながら応えると、私は再びシンクにたまったグラスを洗い出した。
スタンリーもそれ以上、気にする事もなく、お皿を棚にしまう、という作業に戻っている。
「しっかし結構、飲んだな」
「そうね。どれも美味しいから。でもオフだし、たまにはいいよね」
「まーな。どうせ、これからまた飲むんだろ?オーリーが新作DVD仕入れたって張り切ってたし」
最後のお皿をしまい終わると、スタンリーは煙草に火をつけながら、キッチンカウンターのスツールに腰をかけた。
高身長のレオ達に合わせて作った脚の高い椅子は、スタンリーによく似合っていて、そこに腰を掛けている姿は何かのポスターみたいだ。
さりげなく口に運ぶ煙草でさえが、彼を引き立たせていて、こんな姿を見ると、スタンリーはモデルという仕事が天職だったんじゃないかと思う。
きっと両親の事故死という不幸な出来事がなければ、彼は今もモデルを続けてただろうし、きっと今のトップモデルでスタンリーの親友でもあるキースと肩を並べてたはずだ。
(…前にキースもチラっと言ってたっけ。スタンリーには、またモデルをやって欲しいって…それだけの才能が、きっと彼にはあるからだろうな)
「――何だよ。ジっと見ちゃって」
「な、何でもない…」
不意に目が合い、慌てて反らすと、洗ったグラスを食器乾燥機の中へと並べていく。
そして、これから飲むワインを出そうと地下に続くドアを開けると、背後に気配を感じた。
「一緒に行くよ。一人で何本も持てないだろ?」
「あ、うん…ありがとう」
「いやいや、招待されたんだからコレくらい手伝いますよ」
そうおどけつつスタンリーは先に階段を下りていく。少し酔っているからか、仕事中の彼よりもずっと素顔に近い。
「へぇ…こんな場所があったんだ…すげぇー。何か昔見た"グーニーズ"思い出すなあ」
階段を下りながら、スタンリーは興味津々で辺りを見渡している。その姿は普段よりも子供っぽくて、気づかれないよう笑いを噛み殺した。
「物置だったのを最近、改築したの。前に使ってたワインセラーだけじゃ足りないし、家族全員ワイン好きだから、もっと本格的なのを作ろうって」
「へえ…。でも夜中とか一人だと怖そうだよな、ここ。明るいんだけど外の音とか全然聞こえなくて静かだし」
確かに下まで降りれば外の音は遮断される。その静けさがそう感じさせるのか、スタンリーは苦笑いを零した。
しかも今は切れそうなのか、何回かライトがチカチカと点滅している。それを見て、後でオーリーに代えてもらおうと思った。
「スタンリーは何飲む?赤はこっちで、白はそっちだけど」
「俺は何でもいーよ。アルコールさえ入ってれば」
「どこのアル中よ、それ」
スタンリーのふざけた答えに思わず噴出すと、彼も楽しそうに笑っている。その笑顔がとても自然で、胸の奥がかすかに鳴った。
出逢った頃よりも、少しづつ心を開いてくれていってるのが分かる。それが何よりも嬉しい。
「やっぱ…これかな」
ああは言っても、スタンリーが赤を好んで飲んでいるのは知ってる。だから彼の口に合いそうなワインを手に取った。
「どれどれ?」
そこへスタンリーが歩いてきて、私の肩越しから覗いてくる。その顔の近さに一瞬で鼓動が跳ねた。
「あ〜美味そう。これでいーよ」
「わ、分かった…」
頬にかかる彼の吐息は、さっきまで吸っていた煙草の香りがかすかにして。それが更に顔の近さを感じさせる。
少しでも顔を横に向ければ、唇が触れ合うくらいの、距離…
「…?どうした?ジっとボトル見つめちゃって」
「えっ?あ…えっと…じゃ、じゃあこれ飲もっか…」
訝しげに顔を覗きこんでくるスタンリーに更に顔の熱が上がっていく。
それを誤魔化す為に、ボトルを手に取り他の棚にも歩いていった。
そんな私の気持ちはお構いなしに、スタンリーは再び隣に歩いてくると、「それ持つから貸して」と手を出してくる。
「あ…ありがと」
そう言って顔を上げると、スタンリーは他のワインを見ながら、「オーリーやリジーの好みは?」なんて呑気な事を訊いて来る。
「えっと…その上の棚にある――」
そう言って指をさそうとしたその時、さっきから危うかったライトが突然消えて、一瞬で周りは暗闇に包まれた。
「…きゃあっ」
「うわっちょ…っ」
急に何も見えなくなった恐怖で、私は思わず隣にいたスタンリーにしがみついてしまった。
それに驚いたのか、スタンリーも「ライトが切れただけだって」と苦笑している。
「ご、ごめ…」
「あー危ないから離れんなって。目が慣れるまでジっとしてろ」
スタンリーはそう言って笑うと、離しかけた私の手をそっと引き寄せた。それだけで顔の熱が上がっていく。
繋がれたままの手も固まったまま離せない。彼の胸元に顔が近いせいか、香水の香りでさえドキドキしてくる。
「…慣れてきた?」
「え?あ…」
不意にそう訊かれ、顔を上げると、スタンリーも私を見下ろしていて、至近距離で目が合った。
目はとっくに慣れてる。だって私を見下ろす彼の瞳が、かすかに揺れているのが分かるから。
何でそんな優しい目で見るんだろう…と、思いながらも、その視線から目を反らせない。
そんな私に、スタンリーも少し戸惑うように目を細めた。
「…あんま見んなよ…」
「……え?」
僅かに視線を反らすスタンリーにドキっとして首を傾げる。目が慣れたとはいっても、薄暗い中で、彼の表情全ては見えない。
訝しげに見上げると、スタンリーは小さく溜息をついて、私の頭をクシャリと撫でた。
「こんな状況の時に…そんな潤んだ目で男、見上げるなって言ってんの」
「……え、どういう―――」
そこまで言いかけてから、その言葉の意味が分かった気がして言葉を切った。一瞬で鼓動が早くなり、顔の熱も更に上がる。
「な…何言ってんのよ…」
「……仕方ねーじゃん。俺だって男だし、そういう気持ちにだってなる時もあんの!」
「な…」
少しスネたように言って、私を見下ろすスタンリーの瞳はどこか熱っぽくて。
彼がそういう目で私を見てくれた事が、恥ずかしいけど嬉しくて、心臓が苦しくなる。
でも恥ずかしさの方が勝って、いつもの憎まれ口しか出て来ない。
「…スタンリーのエッチ…」
「…悪かったな…。嫌なら離れてろよ。これでも多少は酔ってるから間違って襲うかもよ?」
「………ッ」
そう言って意地悪な笑みを浮かべながら、顔を近づけてくる。それにはさすがに顔が赤くなった。
至近距離で目が合うと、さっきよりも唇の距離が近くなる。何も言葉が出ないまま固まっていると、スタンリーが僅かに顔を傾けた。
その時――パッと視界が明るくなり、互いに目を見開く。
「…………」
「………」
明るい中、こんなに近くに彼の瞳が見えて、私は慌てて顔を背けた。
それでもライトは消えたり、またすぐついたりと、気まぐれに点滅してる。
「はあ…サッサと新しいのに交換した方がいいかもな」
スタンリーは天井を見上げてそう言うと、普段の笑顔で、私の頭を軽く撫でた。
それでも意地悪な口調は変わらない。
「の顔、真っ赤。ちょっとは期待した?」
「な…そ、そんなわけないでしょ!」
「…ぷっ!ジョークだよ。そんな怒るなって」
「ちょ…」
スタンリーは苦笑しながらそう言うと、サッサと階段の方へ歩いていく。
私は適当にワインのボトルを持つと、慌ててその後を追いかけた。
「…ジョークって何よ。またからかったの?」
「いや、はもっと男に警戒しなきゃダメだって教えただけ」
「何よそれ…。そう言ってエッチなこと考えてたのスタンリーじゃない」
「はいはい、悪かったよ…。ったく、には男の心理ってもんから教えないとダメかもなぁ」
「……バカにしてるでしょ」
笑いながら皮肉たっぷりの顔で見てくる彼に、私は僅かに目を細めた。
「バカになんかしてないけど……。まあ、そういうとこも可愛いとは思うし」
「……………」
その一言に一瞬で顔が熱くなった。不意打ちをくらった気分で慌てて背を向ける。
「、これ開けていい?」
「……う、うん」
オープナーでコルクを抜いているスタンリーを横目に見ながら、私は気づかれないよう息を吐き出した。
スタンリーは何気なくいった言葉かもしれないけど、今の私に、あんな台詞は禁句だ。
「へえ、これいい香り」
スタンリーは私の気も知らないで、呑気にワインの香りをかいでいる。
その普段と変わらない様子に、少しだけ腹が立ったけど、それ以上に、どこか心が満たされていた。
ドム
「ワインお待たせ!って、あら?ドム…?」
「や、やあ!」
久しぶりに見るにドキドキしながら、俺様はささっと立ち上がり、笑顔を見せた。
愛しのが、あのモデル気取り野郎と二人で後片付けをしてると聞いて、今の今までイライラしながら待っていたが、
そんな怒りは彼女の天使のような美しさを見れば一瞬で消えてしまうさ!
「ひ、久しぶりだね!」
「ホントね!いつ来たの?」
「ついさっきさ!」
笑顔で答える俺に、後ろで見ているイライジャとオーランドは、呆れたように溜息をついている。
その態度はムカつく限りだが、実は今まで「早く帰れ」と二人から散々言われていた。でも俺様はそれを軽く拒否したのさ。
と言うのも、俺様はどうしてもに直接ドラマが決まった事を言いたかったし、ロスを暫く離れなければいけないのだから、その前にとまともに話をしたかった。
そう訴え続ける事、20分。二人も俺様のしつこさにウンザリしたのか、最後には渋々に会う事を承諾してくれたってわけさ。
まあ仕事の事を伝えた後は、すぐに帰れという条件付きだったが、この俺様がそんなアホな申し出を実行するわけがなぁぁいじゃないか!
だって考えてみてごらん?今夜はあの!あの極悪な兄貴二人がいないのだからね〜〜!あははん♪
あの二人に比べれば、イライジャやオーランドなど、俺様には子供の使いでしかないのだよ!どうとでも言いくるめられるのさ!あーはっは!
まあ今もジトっとした目つきで俺様をガン見してるけど、そんな圧力をかけられてもビクともしない鋼の心の持ち主さ、俺様は!
それに今夜はが目の前に―――
「〜。ワイングラスってこれでOK?」
「あ、うん。ありがとう。スタンリー」
「――――っ!!!!」
うっかり忘れ去っていた人物fが突然現れ、俺様は若干、眼球が飛び出しかけた(!)(ホラーかよ)
しかもモデル気取り野郎は馴れ馴れしく俺様のを呼び捨てして、まるで彼氏のようにグラスを運んできやがった!チッ!
本来なら、あれは俺様の仕事だっつーの!!このステンレスめ!……ん?ストッキング?…違うか…。奴の名前何だっけ………(健忘症か)
「…あれ、いつ来たんですか?」
「……ぬっ」
モデル気取り野郎はさり気なくの隣に座り(許せん!)俺様を見て驚いている。
そして何故かオーランドの方へ視線を向けて、何やらアイコンタクトなるものをしているように見えた。
「…さっきだよ。来ちゃ悪いのかい?」
「いえまさか。あ、このワイン美味しいんですよ。どうぞ」
モデル気取り野郎は嘘臭い笑顔を俺様に向けると、ワインを注いだグラスを差し出してきた。
そのいちいち爽やかな態度が、俺様をイラっとさせる。
「今夜は皆で映画見ながら飲む予定だったの。ドムも一緒にどう?」
「もちろんさー☆是非、一緒に見たいよ〜」
の一言で、俺様のイラ、はすぐに解消される。だがさっき以上にチクチクとする殺気が背中に感じた。
見ればイライジャとオーランドが口パクで、「さっさと言え」と命令してくる。何てせっかちな野郎たちなんだ。
もう少し俺様とのラブトークタイムを楽しませてくれないだろうか(違っ)
だが、二人は不自然なほどに目をバチバチさせて合図をしてくるものだから気になってしょうがない。そんなにウインクをしたいのか?(違)
二人のあまりのしつこさ(え)に根負けをし、なおかつモデル気取り野郎がと楽しげに喋りだした事から、ここは仕方なく頷いた。
ここは一つ、の気を引く為に(セコイ)俺様の大作ドラマ出演決定報告〜♪でもしようじゃないか!
そうなればだって、そんなモデル気取りのヒョロ男より、俺様の話に耳を傾けるはずさ!
そう!のあのキラキラ輝く瞳には俺様しか映らな―――
「あ、スタンリー、それ私が今食べようと思ってたのにー」
「早いもん勝ちだろ?ってか、このカマンベールチーズ、マジで美味いかも!」
「え、ホント?」
「ああ。口ん中でとろけるって。も食べてみろよ、ほら――」
「い、いいよ…自分で食べれる…」
「…って、あーほら。口元についてんじゃん」
「……あ、ありがと…」
「―――――ッッ!(ピキピキっっ)」
(…こ、このヤロウーーーーーー俺様のの唇を指でぇぇぇーーーっっっ!!!!!!!)
モデル気取り野郎がの唇についたチーズを指で拭った光景を目の当たりにし、俺様は今度こそ本当に眼球が飛び出した(!)(アニメ?)
しかもモデル気取り野郎はこともあろう事か、そのの唇から掬い取ったチーズがついた自分の指を軽く舐めとり、に微笑んでいる!(怒震)
はで、それを見てかすかーに頬を赤らめて視線を反らし、その顔もたまらなく可愛いすぎるぅぅぅ――じゃなくてぇぇぇぇぇっ!!!(脳内一人突っ込み)
(――ああ、!よりによって、そんな顔を俺様にじゃなく、何故にこんなモデル気取りのチャラ男に向けるんだい?!)
「ちょっとドム…。その犯罪者顔ヤバイって…。に気づかれるよ?」
俺様の異変にいち早く気づいたイライジャが、こっそり耳打ちしに来たが、今の俺様には顔などこの際ドゥーでもいい!
たとえ、どれほどブサイクになっていようと―――
「ぷぷぷー!ドムってばデカイ鼻が更にでかくなってるよーう?まるで牛みた―――ぶふっっっ!!」
イライジャの次にやって来たオーランドには無言のまま顔面に裏拳をおみまいしてやった(!)
オーランドは言葉も出ないくらいに痛いのか、ソファにひっくり返り鼻を押さえ、足をジタバタさせている。
フン、ザマーミロ!このアフォ@世界ナンバーワン男め!
この俺様の素敵な鼻が牛ならば、お前は豚になるがいい!(←そう怒鳴り倒したいが、の前だから出来ない)
「ちょ、ドム…!いくら何でもやりすぎ――」
「おい、リジィ…」
「な、何だよ…」
やっとの思いで口を開く俺様を、イライジャは一瞬怯えた顔で見た。
「…とモデル気取り野郎は見たところ、もんの凄く仲がいいが……何かあるのか?」
「はあ?あるわけないだろ?仲がいいのは認めるけど二人は別に―――」
「じゃ…じゃあ…あのイチャつきようは、な、なんなんなんだ……」
「…なんが一つ多いよ……」
「何っ?!」
「何でもない…。ってか、どこがイチャついてるのさ。ただ仲良く話してるだけだろ?」
「お、俺様にはイチャついてるようにしか見えないんだよ!」
「ちょ、声が大きいってば…。ってか、いつになったらドラマの話するんだよ。早くしろよ」
明らかに迷惑そうなイライジャを見て、俺様は無言のまま立ち上がった。
「ドム?もう帰るの?」
今までモデル気取り野郎と楽しげに話していたが、ふと俺様を見る。その大きな瞳を見ていると、また胸がキュン♪としたが、
同時に激しい痛みが襲ってきて、目の奥に熱いものが溢れてきた。
「お、俺は来週からハワイで仕事だから、その準備があってね。今日はこれで失礼…ずるよ…グス」
「……え、そうなの?って、それよりドム、目と鼻が赤いけど…大丈夫?ワインで酔っちゃった?」
「………(、俺様は一滴も飲んでないよ…)」
泣きそうな顔を見られたくなくて、俺様はに背中を向けた。その瞬間、驚いたような顔で俺様を見ているイライジャと目が合う。
「どうしたの?ドム……鼻水出てるけど……」
「…う、ううるさい!」
イライジャの突っ込みに慌てて鼻を袖口で拭くと(汚)俺様はへの挨拶もそこそこに外へと飛び出した。
そこへイライジャが追いかけてくる。
「ドム!どうしたのさ!」
「うるさい!早く帰れと言ったのはお前だろうが!」
「そりゃそうだけど…。に報告って、あれだけでいいの?」
イライジャにそう言われ、俺様はふと立ち止まった。そして振り返ると、またしても鼻水がじゅるっと溢れてくる(オイ)
「…いいんだ。どうせ今の彼女に話しても無駄だからな…」
「何で?酔ってるから?」
「違う!あの…あの男を恋する目で見ていたからだ!」
「……はあ?」
(む…何だイライジャの奴、この俺様をアホを見る目で…)
「何言っちゃってんの?がスタンリーに恋してるって言いたいわけ?」
「…ち、違うのか?」
そう尋ねると、イライジャは溜息交じりで肩を竦めた。
「さあ…僕には分からなかったけど…」
「…そ、そうか。じゃあ……俺様の見間違いかな?」(!)
違うと言われればそうかもしれない、と思いなおし、思い切り垂れていた鼻水をすすった。
そうか…の頬が赤いように見えたのも、きっとワインのせいだ!
潤んだ瞳であの男を見つめているように見えたのも全てワインのせいさーー!(超単純)
「一人で盛り上がって勘違いしたようだけど…とりあえず帰るんだよね。じゃあ気をつけて。バイバーイ」
「うぉぉい、待て待てリジー!今から戻っ――」
「ダメ」
「そんなぁぁぁっ」
ガックリ膝落ちした俺様に、イライジャは「自分で帰るって言ったんだから早く帰りなよ?」と冷たい台詞を吐き、サッサと家の方へ歩いていってしまった。
その場に取り残された俺はといえば―――先ほどの勘違いを激しく後悔しながら、一人寂しく家路についたのでした……
イライジャ
「…大丈夫でした?彼」
「あ、スタンリー。さっきはありがとう。おかげで帰ってくれたよ」
僕が家の方に歩いて行くと、エントランスの前でスタンリーが待っていた。
笑顔で親指を出すと、彼は苦笑いを浮かべ、「ちょっと罪悪感、感じますね」と肩を竦めている。
「そんなの感じなくていいよ。ああでもしないとドムの奴、泊まって行くとか言い出しかねないしさ」
「まあ…彼も悪い人じゃないと思うんですけど」
「悪い奴なんだって。犯罪者より犯罪者らしいんだからさ」
僕の言葉に、スタンリーも驚いたように目を丸くした後、小さく噴出した。
まあ、どこまで分かってくれたのか分からないけど、今日は彼のおかげでドムから解放されたし本当に良かった。
そう、さっきスタンリーに、なるべくドムの前でと仲良くしてて、と頼んだのは僕なのだ。
ドムの奴は話が終わった後も、何だかんだと理由をつけて居座りそうだったからさ。
でもドムの前で、アイツが敵視しているスタンリーとが仲良く話していれば、そのうち、いたたまれなくなって帰るだろうと思ったんだ。
それは見事に当たった。
ドムがスタンリーに嫌がらせでもしたら、という心配がないでもなかったけど、スタンリーはそこを分かってくれた上で協力してくれたし、本当にいい人だと思う。
まあのマネージャーである彼に、さすがのドムも嫌がらせは出来ないだろう。
だってバレたらに、今度こそ嫌われるからね。
「あーやっと静かな夜を迎えられる」
「あ、そう言えばオーリーが――」
「何?あ…もしかして大騒ぎしてる?」
「まあ…。鼻が真っ赤に腫れちゃって、またドムに復讐してやるって叫んでたかな?」
スタンリーはそう言って苦笑した。
それには僕も溜息しか出ないけど、まあアフォはアフォ同士で、復讐しあってりゃいいよ。(冷酷)
僕には関係ないことだからね。
「あ…あの特注品、また頼んどこ♪」
ふと思い出した僕は、鼻歌交じりで家の中へと入った――
レオナルド
「で?お前の鼻が赤く腫れた、と……」
『そーうなんだよーう!くそう、あのバカドムめぇえ!絶対に復讐してやるんだっ!』
受話器の向こうから聞こえる騒音に、俺は溜息をつくと、後ろで準備しているスタッフ達へと目を向けた。
そろそろ撮影も再開しそうだ。ジョシュと父さんはすでにセットの中へと入っているのが見える。
せっかく可愛い妹の声を聞こうと思ってかけたのに、この分じゃ無理かもしれない。
「おい、オーランド…。俺はこれから撮影だ。そんな愚痴なら聞きたくないから切るぞ?」
『あーー!待って待って!が戻ってきたから代わるよ!』
「え?」
『――もしもし、レオ?』
軽く聞き返した瞬間、すぐに受話器の向こうから可愛い声が聞こえてきて、俺は自然と笑顔になった。
「、元気か?」
『うん。レオは?CM撮影うまくいってる?』
「ああ。何とか予定通りに進んでるよ。ジョシュや父さんも相変わらずだしね」
『そう、良かった!こっちも相変わらずよ?今からオーリー達と映画観賞会なの』
「また?好きだな、あいつも。もしかして飲んでんのか?」
『うんちょっとね。あ、でもレオの好きなワインはとってあるから、帰ってきたら一緒に飲もうね』
「…ああ。ならサッサと終わらせて早く帰らないと」
俺がそう応えると、は楽しそうに笑った。少し酔っているのか、いつもよりも声が高い。
――そこへ、スタッフが「スタンバイお願いします」と呼びに来た。
「ああ、。俺そろそろ行かなくちゃ」
『分かったわ。撮影頑張ってね』
「もちろん。も明日はサラと出かけるんだろ?あまり飲みすぎないようにな」
『はーい。じゃあジョシュと父さんにも宜しく伝えておいてね』
「了解。きっと二人とも張り切るよ」
『ならいいけど!じゃあ…またね、レオ』
「…ああ。またな、」
そこで通話が切れ、俺は自然と微笑んだ。
切ったばかりの携帯に軽く口付け、そのまま撮影に戻るべく、俺はセットの方へと歩き出した――