第一章:プロローグ〜黒い影                                               






君は遠くばかり見ているね  僕がすぐここにいるのに


ほんのちょっと振り返れば・・・僕が見えるはずなのに


最初はそのままで良かった   ただ見ていられれば


だけど ひたすら待つのに・・・もう疲れてきたみたいだ


一歩うしろに いつも僕がいたのに 君は


永遠に僕の姿を見られないの


僕を見つめれば 僕に手招きすれば


いつでも愛してあげるのに・・・



















毎晩、夢を見る。
誰かが追ってくる夢・・・
私は必死に走りながら、その影から逃げている。


それは最初、ただの黒い点に過ぎなかった。
だが、その点が次第に大きくなり、人の姿に変わっていく。
そして真っ黒になり、その影が少しづつ私に近くなってきて、肩を掴まれそうになる瞬間―


そこで、いつも目が覚める。


その"影"はハッキリ見えないのに恐怖だけは覚えていた・・・













「キャァァァア・・・っ」




叫びながらガバっとベッドの上に起き上がり大きく肩で息をした。
そこが自分の部屋だと解かるとホっとしたように息を吐き出し、窓の方を見る。


「・・・朝・・・」


そう呟いて長い髪をかきあげ、今度は小さく溜息をついた。
そして、またベッドにドサっと寝転がると、ギュっと目を瞑る。


また"あの夢"・・・
ここのとこ毎日のように見ている悪夢・・・


両手で顔を覆うと、かすかに手が震えているのが解かった。
そこへノックの音がしてビクっとなる。


コンコン


?大丈夫?」


それは学生寮でルームメイトのケイトの声だった。


「・・・?」




もう一度声が聞こえては仕方なく起き上がるとベッドから出た。




「大丈夫よ?ちょっと怖い夢見ただけ」

そう返事をすれば、ドアの向こうでホっとしたように、


「そう、なら良かった。もう時間よ?」という声が聞こえて足音が遠ざかって行った。


「はぁ…用意しよう…」


は、そう呟くと真っ直ぐ部屋にあるバスルームへと入っていく。
少し熱いお湯を出して、そのまま顔から浴びると少しだけ頭もハッキリしてくる。
髪を洗い体も軽く洗い終えると、シャワーを止めてバスローブを羽織った。
部屋に戻るとカーテンは閉めたままなので薄暗い。
だがはカーテンを開けずに、すぐ電気をつけた。
これは最近のクセだった。


鏡台の前に座り、髪にブラシを入れながらドライヤーで乾かしていく。
腰までのロングなので乾かすのさえ時間がかかる。


「これでOK・・・」


全体を乾かし終わり、軽く捲くとはドライヤーのスイッチを切ると椅子から立ち上がった。
そしてクローゼットを開けると、今日着ていく服を選ぶ。
クローゼットの中にはブランド物の服や靴、バッグが、所狭しと置かれている


「今日は・・・午前中だけだし・・・これでいっか」


比較的ラフなエックスガールのベアトップにジーンズを選ぶと手早く着替えブーツを履いた。
3月になったとは言え、ここワシントンは最低気温と最高気温の差が11度ほどあり、午前中と午後では、かなり温度も違う。
朝は少し温かい格好の方が楽なのだ。


「えっと・・・バッグは・・・ああ、ソファーに置きっ放しだ・・・」


自分のだらしなさに苦笑しながらバッグを掴むと中を確認した。
今日の講義で提出するレポートは夕べ、幼なじみで親友のメグと一緒にやっておいたので、すでにバッグの中にある。
その中に携帯も入れっ放しになっていて、は、それをバッグの中から出した。
メールや着信がないか毎朝、チェックするのだが、この瞬間が一番怖い。


は小さく深呼吸をするとソファーに座り携帯画面を、そっと見た。
するとディスプレイには着信のマークとメールのマークが、どっちも出ている。
はマナーモードにしてから寝るので何時に来たかは解からない。
ちょっと震える手でメールを開くと、そこには友人から数件、そして無題で新着メールが6件入っていた。
それを見て心臓がギュっと縮む思いがする。


(また同じ人だ・・・)


震える手で、思い切ってメールを開いた。
そこに書いてある文章は、が恐れている、いつもの"男"からのメッセージだった。


『君は今、眠っているんだろうね。出来れば君の隣で眠りたいよ。まだ僕の事は見つけられないのかな。こんなに近くにいるのに。
どうして君は気付かないの?僕が、こんなに君を愛しているって事を・・・』


そこまで読んで怖くなり、一気に削除ボタンを押した。
他のメールも同じ文章で6件も入っている。
それを全て削除した後、友達からのメールを確認してホっと息をついた。


メールを読み終えると、今度は着信アリになっていた事を思い出し、留守電が入っていないか確める。
すると二件、入っていてドキっとした。


(これも・・・同じ男からだったら・・・)


そんな思いが頭を過ぎる。
だが聞かないと、いつまで経っても消えやしない。


(もし"アイツ"だったら、すぐ消せばいい・・・)


そう決心して留守電を聞いてみた。


『Hi!、もう寝ちゃったのね?今日は早いんじゃない?さっき言い忘れたんだけど
明日の午後、学校の後に買い物でも行かない?ちょっと欲しい靴を雑誌で見つけたの。
レザーは一緒に行くの嫌だって言うからに付き合って欲しいんだけど・・・時間あればでいいから。
じゃ、お休み!の可愛い幼なじみよりv』


それはメグからのメッセージでホっとした。


「もう…メグってばレザーに振られると、すぐ私に頼むんだから・・・」


ちょっと苦笑しながら次のメッセージを聞いた。


『――君は・・・今、どんな夢を見てるの?僕は窓の下で君が気付いてくれるのを、ジっと待っているのに―』


「キャ・・・っ」


その不気味な声に思わず携帯を放り投げてしまった。


(また・・・"アイツ"の声・・・)


恐る恐る手を伸ばし、携帯を拾うと、直ぐメッセージは全件削除してしまった。


その声はボイスチェンジャー使っていて、元の声は解からない。
友人に一度聞かせたことがあったが誰も解からなかった。
この謎の男から執拗にメールやメッセージが来るようになったのは、ここ一ヶ月ほどだ。
前の恋人、アレックスと別れた直後、初めて"それ"は届いた。


真っ赤な薔薇とメッセージカード。


は、てっきり、ヨリを戻そうと、しつこく言って来ていたアレックスからだと思って花を捨てた。
だがカードも一緒に捨てようと思った時、そのカードに自分の写真が貼られている事に気付き、ハっとして開いてみたのだ。
それはが部屋で着替えている写真だった。
は、それまで着替える時でも部屋のカーテンを閉めるということはしていなかった。
と言うのも、寮の周りには広い庭があり、高い門で囲まれているからと安心してカーテンを開けたまま着替えていたのだ。
それを遠くから…多分、望遠のついたカメラで隠し撮りをされていたと気付き、恐怖を覚えた。
それに、その写真の上から真っ赤な文字で、"Congratulations!"と書いてあったからだ。


ワシントン・DCに住む両親に相談しようと思ったが、父と母は忙しく、そんな事を相談出来るはずもなかった。
仕方なく親友のメグや,同じく幼なじみのマイケルに相談して一緒にアレックスに会いに行った。
そんな嫌がらせをするのは彼しか思いつかなかったからだ。
だが、そう言った時アレックスは俺のはずないだろう?!と逆に怒り出してしまった。
結局、証拠は見付からず、そのまま放っておいたのだが…
イタズラメールや電話が頻繁に来るようになり、それは今も続いている。
何度か警察にも行ったが大学生の恋愛で男女絡みの問題なら自分たちで解決しろと相手にしてくれなかった。
外にいる間はメグやマイケルに一緒にいて貰えるが部屋で一人になる時が一番怖い。


は毎晩、眠るのが怖かった。
ストーキングされ出してから見る悪夢。


それが、少しづつリアルなものへと変わって行く事へ恐怖を感じている。




「誰なの・・・?私の近くにいる人って・・・」




はそう呟いて震える体を抱きしめたのだった。










「よぉ!お二人さん!」


後ろから元気よく声をかけてきたのは隣の男性寮に住むメグ同様、の幼なじみのマイケルだった。




「おはよう、マイケル」
「おっす、マイケル。今日も元気そうで」
「ま、それだけが俺の取り得だしな?」




とメグの横を歩きながら、そう言ってケラケラ笑うマイケルに、二人も苦笑した。
とメグ、そしてマイケルは家も近所同士で子供の頃から仲が良かった。
小中高と同じ学校で大学まで同じく、イースタン・ワシントン大学にした。
今は3人とも、そこの学生寮に入っているが3人の実家はワシントン・DC、ジョージタウンの閑静な住宅街にある。
ここ、スポーケンはワシントン州東部の中心都市であり、人口20万人弱、州都シアトルからは東へ338マイル。
典型的な北部の地方都市で、非スパニッシュの白人率は90%を超える町だ。
そして東部からロッキー超え、そしてカナダ中東部への玄関口にあたる。
もちろん、州の東に位置するゆえアイダホへの入り口にもあたる都市である。




「あ、そう言えば…聞いてよ、マイケル」
「ん?何?レザーと破局でも迎えた?」


マイケルが笑いながらメグを見た。


「そんなわけないでしょ!ラブラブなんだから!」
「へーへー。それはご馳走様!」
「そんな事より!またのとこに例の"男"からメールと留守電があったんだって」
「・・・またかよ?」


それにはマイケルも顔を顰め、真剣な顔でを見る。
は少し怯えた表情で俯くと小さく息をついた。


「・・・今朝も・・・同じ文章で・・・メッセージは怖くて途中で消しちゃったんだけど・・・」
「また声、変えてやがったのか?」
「うん・・・いつもの気持ち悪い声だった…」
「くそ・・・っ。しつこいな・・・。やっぱ、もう一度アレックスに言った方がいいんじゃないか?!
絶対あいつだって!この前は、すっとぼけてたけど・・・相変わらずにやり直そうって言って来てるんだろ?」


マイケルの言葉には困った顔で頷いた。


「何度・・・断っても・・・時々、寮にまで来たりするし・・・。ケイトがいる時は断ってくれるんだけど・・・」
「あいつ・・・ほんと、しつこいな。自分が浮気したクセに何がやり直そうだよ・・・っ」


マイケルが本気で怒りながら、そう言うと突然、後ろから声がした。




「朝から何、熱くなってるんだ?青少年!」


「「「レザー!!」」」




ちょうど大学の玄関口にさしかかったところでメグの恋人レザーが歩いて来る。




「レザー、おはよ」
「おはよう、メグ。今日も奇麗だな?」


レザーはそんな事を言いながら走りよっていったメグを抱きしめキスをしている。


「あ〜あ〜朝から熱いのはどっちだよ。ったく」


マイケルはアホくさ〜という感じで大きく伸びをしながら校内に入っていく。
それをも追い掛けた。


「ね、ねえ、マイケル・・・」
「ん?」
「私・・・毎晩、眠れなくて・・・」
「大丈夫だって。まさかストーカーでも女子寮には入って来れない。どこか行く時は一緒に行ってやるから。な?」


マイケルは、そう言って笑うとの頭にポンっと手を置いた。
だがは不安そうに目を伏せる。




「私・・・怖いの・・・」
「・・・大丈夫か?」
「・・・ここんとこ・・・毎晩のように悪夢を見る。"あいつ"に追いかけられてる夢・・・。なのに顔は真っ黒で見えなくて・・・」
・・・。無理かもしれないけど・・・そんな神経質になるなって。皆、いるんだしさ。何かあったら電話くれれば駆けつけるし・・・」
「・・・ぅん・・・」


マイケルの言葉に、もやっと笑顔を見せた。
そこに仲良く肩を組みながらメグとレザーが歩いて来る。


「おやおや。お優しいこったな?マイケルくん」
「レザー・・・。からかうなよ・・・。は本気で怖がってるんだぞ?」


マイケルは少し顔を顰めてレザーを睨みつけるも、レザーはちょっと肩を竦めて、
「解かってるさ。俺だって心配してるって。でも暗い顔してたらそのストーカー野郎の思うツボだろ?」
と言っての頭をクシャクシャっと撫でる。


「お前は本来、凄く明るいんだからさ!ほら、"BABY DOLL"!笑って笑って〜?」


レザーは、そう言って変な顔での顔を覗き込む。
それにはも、プっと噴出した。


「やだ、レザー!やめてよ、そうやって呼ぶの・・・。それにその顔・・・っ。いい男が台無しよ?」
「そうそう!お前はそうやって笑ってろよ?うちの大学のアイドルなんだから」


レザーは、そう言って笑うと、
「じゃ、俺、今日は皆と違う講義だから、またな?"BABY DOLL"アンド、ナイトくん!」
と言って階段を上がって行った。


「ちょっとレザー!私も行くわよ!  ―あ、、じゃあ講義終ったら門のとこで待ってて?」
「OK!」


買い物の約束していたので、も笑顔で手を上げる。


「じゃ、後でね」


メグは、そう言うと先を歩いて行くレザーの後を追いかけて行った。
それを見届けると、とマイケルは顔を見合わせて、ちょっと笑った。




「何が"ナイトくん"だよ・・・。ほーんとレザーって変な奴だよな?
クールで皮肉屋かと思えば、あんな風におどけたり・・・。ま、根は優しいんだろうけどさ」
「そうね。メグが、いつもノロケてるわ?」
「ま、レザーはモテるしな。一人暮らししてるし、いつでも浮気なんて出来そうだ。
メグも振られないようにしろって言っとけよ。あいつ、すぐ騙されるから」
「もう・・・マイケルったら。そんなこと言う前に自分も恋人の一人くらい見つけろって言われるわよ?」




はクスクス笑いながらマイケルを見上げた。
彼も180センチはあるので20センチ近くも小さいは見上げるしかない。


「恋人ねぇ・・・。ま、当分は幼なじみの世話で無理かな?」
「うわ、言ったわね?別にマイケルの世話にはならないわよ」


は、そう言って笑っていると、さっきよりも落ち着いてきてホっとした。


(やっぱり皆と話すと落ち着く・・・)


そう思いながら校舎までの道を、マイケルと二人、ゆっくり歩いて行った。




ワシントン州東部にある、この大学の学生数は約10,000人。
ワシントン州以外の国内40州からの学生と、30か国からの留学生が学んでいる。
各種設備も充実し、ケネディ元大統領の名前を冠した図書館、法律相談所、診療所、
そして1,850人収容可能の寮などがあった。
主な専攻には、経営学、コンピューター科学、一般教養(で卒業可)、国際問題、
ジャーナリズム、リクリェーション経営、体育学、心理学、演劇、都市・地域計画、音楽等がある。


そこに通うは今年で22歳。専攻は経営学をとっている。
生まれた時から、このワシントンに住んでいた。
の父、ジョン・カーヴェリックはコンピューターソフト会社の社長だ。
母は日本人で父の会社の重役をやっている。
なので二人は殆ど家にいない。
は一人っ子で、子供の頃から、いつも大きな家に一人だった。
だからか近所に住む、これまた社長令嬢のメグや、自称、お坊ちゃまのマイケルと、しょちゅう一緒に遊んでいて、二人の事を兄弟みたいに思っている。
その、おかげか、かなり明るく育ち、今では少々、気の強い面もある。
だがハーフ特有の淡い栗毛色の長い髪と、スラリとした細身の体型だと華奢で、フランス人形のように可愛らしく見えるのか
守ってあげたくなるらしく、学校内でも、「BABY DOLL」なんてニックネームで呼ばれ、かなりモテる方だった。


マイケルは明るく、スポーツ万能、専攻も体育学、経営学、演劇をとっていて皆からも人気がある。
少し幼い感じのベビーフェイスが可愛いと女の子からもモテていた。
だが未だ特定の彼女を作ろうとはしない。


メグはと言えば典型的なお嬢様で我がままなところもあり、おせっかいな面がたまに傷だが友人思いの優しい性格の女の子。
ブロンドで美人というよりはキュートな印象の彼女も学校内では目立つ存在だ。
だからというわけではないが彼女は女優志望で専攻はマイケルと同じ演劇だった。
その恋人のレザーは、この大学で知り合った。
マイケルとは全く違うタイプで、ちょっと悪い感じがワイルドっぽさを引き立たせている。
皮肉屋な面や口の悪いとこもあるが、さっきのように励ましてくれたりして優しい一面を持っていた。
因みに専攻は音楽で将来はミュージシャンになりたいらしい。


は、こんな友人に囲まれて幸せだった。
それなりに恋もして大学生活をエンジョイしている。
ただは性格上、積極的な方ではないため、自分から告白した事がない。
相手の方から言い寄ってくる為、男性に対しての警戒心も強く、そんなに深い付き合いはした事がなかった。
どの相手も何度かデートをしたりしては、結局すぐに体の関係を迫られ、の方から別れを切り出していた。
最近、別れたアレックスも、そのうちの一人だった。
いや、アレックスの場合は、最初、の方が憧れを持っていた。
だが彼の場合はモデルもしていて、かなりのルックスだからか、色々な女性と付き合いがあった。
と付き合っている時でも平気で他の女と会ったりしていて、それがには許せなかったので別れたようなものだ。
なのに今でも、やり直そうと言ってくるアレックスには困っていた。
ストーカーの件もあるので、最近は、そんな事も重なり、は精神的に少し参っている。
こうして校内を歩いていても時々後ろを振り向いて誰かついてきていないか・・・と怯えているのだ。


少しづつ・・・何かが変わり始めていた。










、大丈夫か?」


講義も終り、他の学生が提出するレポートを集めているのをボーっと眺めていると後ろから肩を叩かれた。


「あ・・・マイケル・・・。ええ、大丈夫よ?」
「何だか顔色悪いな・・・。眠れてないからだろ?」


マイケルはの隣に腰をかけると、少し肩を抱き寄せる。
もそれには逆らわず、マイケルの肩に頭を乗せ、ちょっと微笑んだ。


「部屋より・・・ここでなら眠れそう・・・」
「バカ。ここで寝てたら、お前、すぐに襲われるぞ?」


マイケルが笑いながら、の額を指で突付いた。


「さ、もう帰ろう?メグと約束してるんじゃなかった?」
「うん。そうね・・・。ね、マイケルも行かない?」


はマイケルの肩から頭を上げると、椅子から立ち上がった。


「ぇえ〜?俺はいいよ・・・。そんな女の買い物にくっついて行ったら荷物持ちにされるのがオチだろ?」


マイケルも鞄を持つと苦笑しながら立ち上がった。
それにはも笑いながらペロっと舌を出す。


「あ、バレたか」
「ほらな?俺は遠慮しとく!はともかくとして、只でさえメグは人使い荒いんだから。レザーもご苦労なこった」
「だぁ〜れが人使い荒いって?」
「―――っっ?!」


その声に驚き、マイケルが振り向くと、そこには怖い顔をしたメグが仁王立ちで立っている。


「メ、メグ・・・。あ、いや別に・・・」
「何よ!男が女の言う事聞くのは当たり前でしょ?マイケル・ゲリンくん?」
「な・・・よく言うよ。これだからな?メグは・・・。姫は姫でもとはえらい違いだ」
「何よ、その言い方!」
「何だよ?俺はお前の下僕じゃないぞ?」
「ちょ、ちょっと二人とも・・・!ケンカしないでよ・・・」


いつもの口ゲンカが始まり、は慌てて間に入った。
すると二人とも顔を反らして口を尖らせている。
は軽く息をつくと、


「全くもう。すぐ、こうなんだから・・・。それよりメグ…校門のとこで待ち合わせじゃなかったっけ?」


はメグの方を見た。
するとメグは途端に笑顔を見せる。




「そ、それがね!さっきカレンとブラングマンの会話を耳にしたんだけど、
明日から、うちの大学内で映画の撮影をするらしいのよ!」
「え?映画の・・・?」
「そうなの!ACTORも来るって!暫くの間、撮影が行われるから騒ぎにならないようにって二人で話してたわ?」


―カレンとブラングマンは学内にある施設担当の職員だ―


その二人の会話を聞いたメグは興奮気味で嬉しそうに話しているが、は少し顔を顰めた。




「そんな撮影なんて…邪魔にならないのかしら…」
「何言ってるのよ!凄いチャンスじゃない?ハリウッドスターにお近づきになれるかもしれないのよ?」
「でも近くでは見せてくれないでしょ?それに私、ああいう業界人とかは苦手・・・。ノリが軽いし―」
「もう!は、これだから・・・」


メグは話に乗ってくれないに、つまらないとでも言うように頬を膨らませた。
そこに今まで黙って聞いていたマイケルが軽く息をついて口を開く。


はアレックスの事があるからだろ?あいつもモデルなんてやっててチャラチャラしてるし・・・だって懲りたんだよ」
「ああ、アレックスね・・・。でもだって最初、クールで素敵なんて騒いでたじゃない?声かけられた時だって喜んでたし・・・」
「あ、あれは、だって・・・。あんな人だなんて思わなかったんだもの・・・。凄く気取らなくて優しかったし・・・」
「ま、女癖は最悪だったけどね?でも、まだ向こうはに、夢中みたいじゃない」


メグは、そう言うとバッグの中からメイクポーチを出して口紅を塗り始めた。


「おい・・・その話はやめろって・・・」
「あ・・・ちょっと触らないでよ、マイケル・・・。口紅がズレちゃったでしょ?」


メグは肩を掴んでいるマイケルの手を振り解き、ティッシュではみ出した口元を拭いた。


「ったく・・・。そんな塗りたくって、どこ行くんだ?」


マイケルが呆れたように両手を広げて後ろの机に腰をかけた。




「だから言ったじゃない。撮影、明日からで今から映画関係のスタッフが視察にくるらしいの。
だから、それを見に行くのよ。もしかしたら誰の映画か解かるかもしれないし、
エキストラも募集するみたいだから出てくれって言われるかもしれないじゃない?」
「え?じゃあ・・・ショッピングは・・・」


が驚いたように顔を上げると、メグはウインクして、


「それは明日!さ、行くわよ?
「え?ちょ・・・メグ・・・!」


メグはメイクを直し終えるとの腕を掴んで教室から出て行ってしまった。
それを呆れたように見ていたマイケルは、軽く息をついて、煙草を出して火をつける。


「ったく・・・。メグもミーハーなんだからさ・・・。も大変だよ・・・」


そうボヤいて煙を吐き出すと、「大変なのは君ですよ?マイケル・ゲリンくん」と後ろから声がしてギョとした。


「あ・・・教授・・・」


振り向けば次の講義の準備にきた、心理学を教えているジョーンズ教授が怖い顔で立っている。
マイケルは慌てて煙草を消して立ち上がった。


「校内での喫煙は禁止されてるでしょう?それと・・・勉学を学ぶ机に座るとは感心しませんね」
「はぁ・・・。すみません…」
「今後、気をつけるように」
「はい・・・」


マイケルは、そう返事をすると急いで廊下に出て溜息をついた。




「はあ・・・驚いた・・・。全く・・・何で俺が怒られなくちゃならないんだよ・・・。こんな事なら二人について行けば良かった・・・」




そうボヤいたところで二人が、どこへ向かったかなど解かるわけもなく、
また、いちいち携帯に電話するのも躊躇われ、結局マイケルは大学を後にした。















「もう〜どこで視察なんてしてるの〜?」


メグはキョロキョロしながら大学内の庭を歩いて行く。
は仕方なくついて行きながら溜息をついた。



「ねぇ、メグ・・・。やっぱりショッピングに行かない?きっと関係者の人だって帰ってるよ」
「でもカレン達は昼頃って言ってたし、まだ、いるわよ」


メグは、そう言って木々の間を抜けて行く。
今時間になると生徒たちも沢山歩いていて、少しでも目を離せば見失ってしまいそうだ。


「待ってよ、メグ!」


は慌ててメグを追いかけながら生徒たちの間を擦り抜けていく。
その時、誰かにぶつかりよろけてしまった。


「キャ・・・っ」
?!」


その声に気づき、メグが戻って来た。


「大丈夫?」
「え、ええ・・・。よそ見してたから・・・」
「そう?あ、じゃあ、あっちに行ってみよ?今、数人、走って行くのが見えたの。誰かいるのかもしれないわ?」




メグはそう言うとの手を取り、学生が走って行った校舎の裏の辺りに向かう。
大学内の庭は広く、道路から外れると木々に囲まれ、ちょっとした林に迷い込んだような感覚になる。
そこを抜けて行くと前方に人だかりが見えて、メグは走り出した。


「きっと、あれよ!もしかして出演する人とかも来てるのかな?!」
「ちょ・・・メグ、そんな急がなくても・・・」


は急に走り出されて抗議するも、すぐに無駄だと解かり、仕方なく走って行った。
メグは、その人だかりの中を抜けて前の方に進んで行きながら、知ってる顔を見つけたのか、何やら話しかけている。
そしての方を見ると笑顔で手招きした。


「どうしたの?誰か・・・」
「ねね、あれって監督じゃない?」
「え?」
「ほら、あのサングラスしてる人。何だか隣の男に指示とかしてるの」
「ああ。でも知らない顔だわ?」
「まぁねぇ・・・。でも顔見知りになれば、ちょい役でも出してくれないかなぁ・・・」


メグは女優志望なので、そんな事を言っている。
するとメグが話しかけていた女生徒が、「あ、何だかエキストラを募集するって話だったけど?」と言った。




「え?嘘・・・ほんと?キャリー」
「ええ。さっきスタッフが、そう言ってたわ?あの監督の隣にいるのが助監督で・・・彼に聞けば解かるんじゃないかしら」
「そう!ありがとう!」


メグは嬉しそうに飛び跳ねている。


「でも・・・誰の、どんな映画なのかしら?」


散々、喜んだ後にメグは、ふと思い出したように呟いた。
すると、キャリーと呼ばれた女の子が、「ああ、主演はジョシュ・ハートネットですって」と、また教えてくれる。
それにはメグも、さっき以上に瞳を輝かせた。




「うそぉ!ジョシュって・・・パールハーバーの?!あのジョシュ?!」
「ええ、そう言ってたわ?明日には来るんじゃない?」
「キャ〜!嘘みたい!私、ちょっと好きなのよね、彼!素朴で優しそうじゃない?ね?


いきなり自分に振られては驚いた。


「あ、でも私、よく解からないわ?」
「ええ?!何言ってるの!ジョシュよ?ジョシュ・ハートネット!」
「そんなこと言われても・・・。私、ACTORの名前とか顔、一致しないのよね・・・」
「だから、ほら!前に一緒に見に行ったパールハーバーに出てたじゃない!」


メグは、じれったいと言うような顔でを見た。


「ああ、あの映画・・・。でも・・・どんな役だったっけ・・・」


は、そう呟くと少し考え込んでいる。
それにはメグも思い切り溜息をついた。


「もぉ〜ったら…ほんと、こういうの疎いんだから!ほら、ベンって主役の人の幼なじみよ!
死んだ友達の恋人を好きになっちゃう・・・」
「ああ・・・!あの最後、死んじゃった人・・・っ」


もやっと思い出したのか笑顔で顔を上げた。
だがすぐに、「でも・・・顔は覚えてないわ・・・?」と肩を竦める。


「はあぁぁぁ・・・。もうダメねぇ、は・・・。カッコ良かったでしょ?身長もスラっと高くて!」
「そんなこと言われても・・・。わたし、ACTORとかより映画の内容を見てるからいちいち覚えてないわよ」


は、そう言うと、メグは目頭を抑えた。


「もう・・・ほんとダメだ・・・。でも・・・ジョシュ主演なら、ますます出たいわ?私、エキストラ申し込もう!」
「え?メグ、本気?」
「もちろん!小さなチャンスも逃さないわ?ね、も一緒にやろうよ」


メグはそう言っての手を取った。
だがは驚いたように目を見開き首をぶんぶん振っている。


「い、いい!私は演劇なんて専攻してないし・・・っ」
「何よ。映画に映るチャンスよ?」
「う、映りたくなんかないもの・・・っ。メグだけやって?私は見学してるから」


は必死に、そう言うとメグも仕方ないと言った感じで息をついた。


「そう?じゃあ・・・申し込んでくるね?」
「うん。頑張って!」




は助監督の方に歩いて行ったメグに笑顔で手を振った。
そして周りを見渡し、だんだん人が増えてくるのを見て苦笑する。


「はぁ・・・そんなに映画に出たいのかしら・・・」


見ればメグの後からも他の生徒たちが助監督の元へ歩いて行く。


それにしても・・・今日は、まだ撮影もしてないし来てるのは監督を始め、スタッフだけだって言うのに、こんなに大騒ぎになっちゃって・・・
これで明日、ACTORやらACTRESSやらが来たら、もっと凄いだろうなぁ・・・
大学内が騒がしくなりそうで何だか嫌だな・・・




は、そんな事を思いながら笑顔で助監督からの説明を受けているメグを見ていた。

















「あーもう、楽しみ!」


メグはワクワクしたように言いながらケーキをパクパク食べている。
は苦笑しながら、それを眺めて、「でも台詞だってないんでしょ?通りすがりだけでも嬉しいの?」とミルクティーを口に運んだ。


「何言ってるのよ!最初はそうでも目をつけてもらえば他に仕事くれるかもしれないわ?」
「まあ・・・そうかもしれないけど…」
「それにジョシュと、お近づきになれるなんて最高じゃない?彼、もう、このスポーケンに来てるんだって。楽しみねぇ〜」


メグは心、ここにあらずといった感じで浮かれている。
それにはも溜息をついた。


「そんなこと言って・・・。レザーが聞いたら怒るわよ?」
「大丈夫よ。レザーは私がACTRESS志望だって知ってるし応援してくれるわ?」
「そっちじゃなくて・・・。ACTORにキャーキャー騒いでるのを知ったら・・・って事よ?」
「ああ、そんな彼の前じゃ騒がないわよ」


メグは澄ました顔でそう言うと腕時計を見た。


「何?レザーと約束?そう言えば・・・彼、どうしたの?一緒の抗議受けてたんじゃないの?」
「うん、そうなんだけど・・・。抗議の後、ちょっと用事・・・なんて言って、どっか行っちゃって・・・。
3時に、ここにいてって言ってたから、もう来ると思うんだけど」




メグは、そう言いながら学内にある学生用のカフェの中を見渡した。
すると、そこへレザーが入ってくる。


「あ、レザー!こっちよ?」
「よぉ、お二人さん、お揃いで」


レザーはジーンズのポケットに手を突っ込んでブラブラと歩いて来る。


「もう、どこに行ってたの?せっかく一緒にエキストラ申し込もうと思ってたのに・・・」
「バンドのメンバーと約束があったんだよ。それと・・・俺は映画になんて出たくない。俺が目指すのはミュージシャンだよ」


レザーはメグの頬にキスをしながら隣に腰をかけた。


「で?もう申し込んできたわけ?」
「ええ。今さっき。明日の午後からやるから時間が空けば来てくれって」
「そっか。で、もやるわけ?そのエキストラっての」


レザーは煙草に火をつけながらニヤリと笑った。


「私はやらないわ?ま、メグの演技を見には行くけど」


はクスクス笑いながら肩を竦めた。


「何だ、そっか。だってカメラ映えしそうなんだけどな?」
「まさか・・・。私には無理だもの。っと、じゃあ・・・私は、お邪魔だから、もう行くわね?」


は、そう言って自分のカップを持つと椅子から立ち上がった。


「え?もう行っちゃうの?一緒に夕飯食べに行かない?レザーのおごりだよ?」
「そんなデートにまで、くっついていけないわ?私は部屋に帰ってケイトと食べるわよ」


はちょっと笑うと、「じゃね、また明日!」と二人に手を振り、カフェを出て行った。
後ろからはメグの、「気をつけて帰るのよ?!」と言う声が聞こえて来て軽く手を上げる。


(気をつけて・・・か・・・。そうよね・・・。"あいつ"が、どこで見張ってるか解からないもの)


は廊下を歩きながら、ちょっと後ろを振り返って見た。
廊下には数人の学生がいて立ち話をしたりしている。


"あいつ"は・・・この大学の生徒なんだろうか・・・
隠し撮りが出来るって事は、ここの学生だってマイケルが言ってたけど・・・。そう考えると怖い・・・


最初はも色々と考えた。
アレックスが違うのなら他にもデートをした事がある人達・・・
その中の誰かなんだろうか・・・と。
でも証拠もないのに問い詰める事も出来なかった。


「はぁ・・・」


知らず溜息が零れる。
外へ出て寮に向かって歩きながら、それでも擦れ違う人や、目があったりする人がいればビクっとなった。



ピピピピピ・・・っ





「キャ・・・っ」


そこに突然、携帯の着信音が聞こえて、ドキっとする。


「な、何だ・・・携帯・・・」


はドキドキする胸を抑えてバッグの外側にあるポケットの中から携帯を出した。
一応、ディスプレイを確認してホっとすると同時に溜息が洩れる。


「Hello...。パパ?」
か?』


受話器の向こうからは厳格な父の声が聞こえて、違う意味で憂鬱になる。


『今は大学か?』
「ええ。もう寮に戻るとこ。それより・・・何か用?」


素っ気無く答えながらは立ち止まった。


『お前、今週末、こっちに来なさい』
「・・・えぇ?どうしてよ?」
『お前に紹介したい人がいる。土曜の午後、来れるな?』


逆らう事を許さない父の言葉に、はギュっと唇を噛み締めた。


いつも、こうだ。
自分の命令には誰もが言う事を聞くと思っている。


「パパ・・・招介したい人って誰?」
『来れば解かる。いいな?土曜の午後には家に来るんだぞ?』
「え?ちょ・・・パパ?!」




プープープープー




すでに空しい音だけが聞こえて、は大きく息を吐き出した。


「何よ・・・!こっちの意見も聞かないで…。勝手なんだから!」


は頭に来て携帯を切った。
それを仕舞うと再び、寮の方に歩き出す。
少し冷たい風が吹き付けて、思わず首をすぼめ空を見上げると、どんよりとした雲が流れて来て気分まで暗くなる気がした。


私は・・・父の何なの・・・?
子供の頃から、そう思ってきた。
何でも自分の敷いたレールの上を走らせようとする父・・・
大学の専攻でさえ、将来、自分の会社を手伝えと言って無理やり経営学を選ばされた。
もう一つ、コンピューター科学も選ばされそうになったが、それだけは何とか上手く断った。
には本当はやりたい事があった。
それは時期を見て専攻しようと考えていたので、今は一つだけに留めておきたかったのだ。


これ以上・・・父の言うなりにはなりたくない。


いつも、そう思ってきた。
なのに結局、父には逆らえない。
友人からは社長令嬢でいいわね、なんて言われる事もあるが、は、そんなものより自由が欲しかった。
自分の人生を自分で決めたい・・・


そう思っているのに、それが出来ない不自由。
将来が勝手に父の描いた絵図の通り、決められて行く。
まるで人形のように、はそれを、ただ黙って見ているしかなかった。


週末・・・ワシントン・DCにまで行かないといけない・・・
招介したい人って誰だろう。


そんな事を考えながら寮の部屋まで戻って来た。
中へ入るとルームメイトのケイトの姿がない。


「何だ・・・いないんだ。一緒に夕飯でもって思ったのに。デートかなぁ・・・」


そんな事を呟き、自分の部屋に歩いて行く。
この寮の部屋は入ってすぐにリビングがあり、そこは、かなり広くケイトとの共有スペースだった。
右側がケイトの個室。左側はの個室となっている。
個室もリビングほどではないが広い作りになっていて、ベッドとソファーを置いても、まだ少しスペースが余る。
テラスもついていて、そこから学内の庭先が見え、眺めは良かった。
向かい側に高い塀が見えて、その奥には大学がある。
だが最近は写真の件があってカーテンを閉めたままの生活だった。


「はぁ・・・疲れた・・・」


はベッドに寝転がって両手を伸ばした。
一人だと思うと夕飯を作る気もしない。


「どうしよう・・・食堂で食べようかな・・・」


寮の一階には寮に住む生徒用に小さな食堂が入っていた。
そこのララおばさんが作る食事は美味しいと評判だ。


「よいしょ・・・っと」


は体を起こして着替えようとクローゼットを開けた。
その時、ポツポツ…っと音がして、は窓の方へ行き、カーテンを少しだけ開けて窓の外を見る。
すると小さな雨粒が窓を叩いていた。


「雨・・・?どおりで肌寒いと思った・・・」


そう呟いて、またカーテンを閉めると、手早く春用のセーターを着込んだ。




ピピピピピピ・・・っ




「わ…っ」




その時短い音が一瞬なって止まったのが聞こえては少し胸を撫で下ろすとバッグを置いたままのソファーに腰をかけた。


「メールか・・・」


そう呟くも、とりあえず今日もらってきた資料を出して明日の準備でもしようか・・・とバッグに手を入れた。


「・・・・・・つ・・・ッ」


突然、指先に痛みが走り、はすぐに手を出した。
見れば右の真ん中の指先から血が滲んでいる。


「な・・・何・・・?」


自分が今触れたものが何だったのだろうとバッグの中を覗きこむ。
すると教科書や資料と一緒に、一本の赤い薔薇が入ってるのが見えて、そっとそれを取り出した。


「・・・薔薇・・・?何でこんなものが・・・」


また誰か男の子のイタズラだろうか。―どうやら指を傷つけたのは薔薇の棘らしい。
時々を口説くのに、寮の郵便受けの中に、こんな風に花を入れたり手紙を入れたりする人がいる。
でも、今回みたくバッグに入れられたのは初めてだ。


これ、いつ入れたんだろう・・・?
今日は私、ずっとバッグは持って歩いていたのに・・・
今朝は確かになかったはずだ。


「ほんと、やめてほしい・・・」


は溜息をついて血の滲んだ指先をティッシュで包むと、携帯も取り出してさっき届いたメールをチェックした。
するとタイトルが無題のままなのを見てドキっとする。


「また・・・"あいつ"から・・・?」


は顔を顰めて、それでもメールを開いてみた。
そこには、いつもの無機質な文章が綴られている。


『・・・・・・君は今日も僕のことを見ようとはしなかったね。あんなに近くにいたのに・・・
だから僕は気付いてくれるように君にプレゼントを送ったよ?最初に君に贈った真っ赤な薔薇を―』


「―――っ?!」


その文章を見て、は思わず、テーブルに置いた薔薇を見た。


まさか、これは・・・この男から・・・?!
でも・・・いつ?!
今日は・・・朝からマイケル達と一緒だった・・・
講義が終った後もメグと、ずっと一緒に・・・
今、帰って来た時も、誰とも接触なんかしなかったはず・・・。


そこまで考えてハっとした。


いや・・・。一度だけ・・・一瞬だけ、これを入れるチャンスがあった・・・
少しの間だけど、あの撮影スタッフを探してる時・・・私はメグと離れ、そしてその時、私は誰かとぶつかったはずだ・・・


あの一瞬のうちに、この男は私のバッグの中に、この薔薇を入れたの・・・?


「・・・いや・・・っ」


は怖くなり、その薔薇を掴むと、リビングに走って行って、大きなダストボックスに投げ込んだ。
その瞬間、部屋のブザーが鳴り響く。





ブッブーッ





「キャ・・・っ!」



は、その音に飛び上がり、胸の鼓動がドクンドクンと凄い速さで打っているのが解かる。


?そこにいるの?俺だよ。マイケル!」


返事をする前に、ドアの向こうから聞きなれた声が聞こえて来て、は一気に体の力を抜いて息をついた。
そして、直ぐにドアを開けに行く。


「あ、・・・って、おい・・・真っ青だぞ?どうした?」
「マイケル・・・」


はマイケルの顔を見てホッとした瞬間、涙が零れてきた。


「おい・・・っ。、どうした?」


マイケルは急いで部屋に入るとドアを閉めて、を抱きしめた。


「"あいつ"が・・・私のバッグに・・・」
「え?"あいつ"って・・・。またストーカー野郎か?!何かされたのか?!」




震えるの体を少しだけ離すと、マイケルは顔を覗きこんだ。
するとが、ゆっくり指を指す。
その方向にマイケルは目を向けると、ダストボックスの蓋が開けたままになっていた。
それを見て、マイケルはを一旦、リビングのソファーに座らせると、ダストボックスの中を覗きこんでみた。




「これ・・・薔薇・・・」
「"あいつ"から今、メールがきて・・・。それを私にプレゼントだって・・・。バッグの中に入ってたの・・・」
「So what?! ―いったい、いつ入れたってんだ?今日は俺達と一緒にいただろう?」


マイケルは驚いての隣に座った。
だがは首を振ってマイケルを見上げる。


「一瞬だけ・・・メグとはぐれた時・・・私、誰かとぶつかったの・・・。男の人だったと思う・・・。
きっとそれが"あいつ"だったのよ・・・。その時しか入れるチャンスはなかったわ?」
「じゃあ・・・ストーカー野郎が接触してきたってのか?どんな奴だった?!顔は?特徴とか―」
「ううん・・・。何も見てない・・・。私、メグを探してキョロキョロしてたし、ほんとに一瞬だから・・・」


は怯えたように首を振っている。
マイケルは、そっとの肩を抱き寄せ、息をついた。


「とにかく・・・大学内の奴だって事は確かだな・・・。ずっとのこと、つけてたのかもしれない・・・」
「マイケル・・・私、怖い・・・。すぐ近くに、"あいつ"がいるって思うと・・・」
「大丈夫だって!そんな男は近づけないから・・・。皆で守るよ・・・」


マイケルは、そう言うとを優しく抱きしめた。
昔からマイケルはの事を、こうして兄のように守ってきたのだ。
もマイケルの胸に顔を埋めて静かな心音を聞いていると少しづつ落ち着いてきた。
そっと体を離して、笑顔を見せる。


「・・・ありがと・・・。マイケル・・・。もう大丈夫・・・」
「そっか。でも・・・。メールのアドレスとか・・・番号、変えた方がいいんじゃないか?」


マイケルは心配そうに、の顔を覗き込む。
だがは首を振ってマイケルを見た。




「無駄よ・・・。知ってるでしょ?今までだって3回も変えたのよ?なのに・・・"あいつ"は、どこかで調べて、またメールを送ってくる・・・」
「でも・・・今度は限られた人間だけに教えてさ?いちいち他の友達に教えたりしない方がいい」
「そんな・・・無理よ・・・。聞かれたら教えないわけには・・・」
「でも、ストーカー野郎は、きっと俺達の身近にいる奴だぞ?充分、注意しないと…いつまで経っても、このままだ」
「それは・・・そうなんだけど・・・」


はちょっと悲しげに呟き、俯いてしまった。
そんな姿を見てマイケルは軽く息をつくと、の頭にポンっと手を置いた。


「何か食ったの?」
「え?」
「夕飯」
「あ・・・ううん、まだ・・・。何だか作る気がしなくって・・・食堂に行こうかと思って・・・。それより・・・マイケル、また非常口から?」


が思い出したように苦笑した。


「まぁね。合鍵を有効に使わせて頂いてるよ」


マイケルは、そう言いながら肩を竦めた。
それにはも困ったような顔でマイケルを見上げる。


「もう・・・それレザーがメグの部屋に忍んで来るときに使ってる奴でしょ?」
「まあまあ。いいじゃん。俺が来るのは、ここだけなんだしさ?何かあった時の為に駆けつけられるし」


マイケルは、そう言いながら呑気に笑っている。


ここ女子寮は、もちろんだ男子禁制だ。
寮の玄関先には寮長が夜9時まで受け付けにいて、そこからは入って来れない。
だが前にレザーを連れ込むのに、メグが非常口の鍵を盗み出し、勝手に合鍵を作ってレザーに渡したのだ。
それでマイケルも合鍵を作って、こうして時々、人の目を盗んでの部屋に遊びに来る。
この階に住んでる生徒たちは皆、達の事を知っているので黙っててくれている。
もちろんルームメイトのケイトも同じで、たまにマイケルがお酒を持って来たときには一緒に飲んで騒いだりしていた。


「今、俺も夕飯、何か作ろうかと思って買い物に行って来たんだけどさ。
ここの前、通ったらの部屋に電気ついてたから一緒に食べようと思って」


マイケルは、そう言って玄関口のところに放り出したままの袋を持った。


「そう・・・。珍しいじゃない。マイケルが料理なんて」
「だって俺達の食堂のおばちゃん、まずいんだよ〜。絶対、女子寮のララの方が上手いって。変えて欲しいよ、ほんと」
「そんなこと言って・・・。せっかく作ってくれてるのに」
「いや、自分で作った方が上手いって」
「ふーん。じゃあマイケル、夕飯、作ってくれる?」


が笑いながら、ソファーから立ち上がると、マイケルも笑顔でキッチンに歩いて行った。


「OK!って言ってもパスタしか出来ないぞ?」
「いいよ?何?」
「アラビアータ。それでいい?」
「うん。大好き!じゃ、私も何か手伝おうか?」


マイケルの肩越しに、ひょいっと顔を出と、そのまま肩を掴まれ、ソファーの方に押しやられた。


「いいから、は座ってて。俺がやるからさ」
「何よ。インスタントなんでしょ?」
「あ、バレた?」


マイケルは、そう言って笑うと、またキッチンに戻って、鍋に火をかけている。
そんな後姿を見ながら、はちょっと微笑むとテーブルに置いてある雑誌をペラペラと捲りながら大人しく待つ事にした。


「なあ、そう言えばケイトは?」


ボーっとしていると、不意にマイケルが作業したまま聞いて来た。


「え?ああ・・・私が戻って来た時はいなかったわ?またデートかも」
「え?この前、恋人と別れたなんて言って騒いでなかった?ヤケ酒付き合わされただろ?」
「ええ。でも、もう新しい人が出来たみたいよ?昨日の夜、ずーっと長電話してたもの」
「またかよ・・・。今度は、どのくらい続くのか見ものだな?」


マイケルは、そう言って笑いながら、お湯の沸いた鍋を覗いてパスタを放り込んでいる。
その言葉に、も苦笑しながら顔を上げた。


何だかんだ言ってマイケルも優しいのよね・・・。
きっと心配して来てくれたんだろうな・・・








は一生懸命パスタを茹でているマイケルの方をチラっと見ると、心の中で、"ありがと・・・"と呟いた。

 




 



















 

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Postscript



祝♪ジョシュ新連載開始です!
一回目から重くてすみません(苦笑)
しかもジョシュ登場してないし・・・!次から登場しますのでね。
でもって内容ですが少しダーク?(笑)
ちょぴっと今までの書いてきた話より違う感じにしたかったのでした。
恋愛は、もちろんですが少しだけサスペンス風味(笑)にしたかったと言うか・・・。
初の試みですが楽しんで頂けると嬉しいですv
タイトルの「人形の夢」は韓国歌手の歌う曲から拝借。
ズバリ、この"人形"とはヒロインですね。
家の事情で不自由な思いをしてる彼女のイメージに合うのでこれにしてみました。
それとマイケルくんですが、これはロズウェルのマイケルくんイメージでv(私好み)
あと話の中でジョシュが行う予定の映画とは本当に今年の3月〜4月にかけてスポーケンで撮られた、
「Mozart and the Whale」という映画です。
一時、「Crazy in Love」というタイトルに変わりましたが、また「Mozart and the Whale」に戻ったようです。
どんな内容かは話の中で追々書いて行きますね。
この話は前にお題夢(100)の"誕生日"で書いた話の前の話という感じですかねぇ。
まあ、お題を書いた時は漠然としたストーリーしか考えてなかったんですけど、こうして書いてみると
ちょっと色が違ってきちゃいました。
とにかく今後も頑張って書いていきたいと思います。
皆様のご感想等が凄く励みになりますので、お待ちしております〜v


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】