第十一章:視線                                                     

 







こんな躰







君に愛されなければ、ただの入れ物






傷つける事でしか






君を愛せない僕を許して・・・・・・






















「はぁ・・・・・・」


さっきから自然に出る溜息。
ちっとも止む気配のない雨空を見上げながら大学構内へと向う。
寝たといっても病院で少しだけだし、何より精神的なダメージが強くて、は酷く疲れていた。


「よ!おはよう!」
「わっ」


急に後ろから肩を叩かれ、飛び上がった。


「お、おい俺だよっ」
「あ・・・・・・マイケル・・・・・・」
「どうした?顔色悪いけど・・・寝不足か?」


の顔を覗き込んで心配そうな表情のマイケル。
その言葉には軽く首を振った。


「そう?具合悪そうだぞ?何なら講義休んで部屋で寝てろよ。俺、代弁してやっからさ」
「やだ。マイケルが私の代弁出来るわけないじゃない」
「出来るさ。"はぁい、私ぃですぅ"って感じでね?」


マイケルは裏声を使ってのモノマネをすると笑いながら肩を竦めた。
それにはも、ぷっと噴出してしまう。


「全然、似てなーい」
「そうか?俺的には似てると思うんだけどなぁ」


マイケルも、そう言いながらの肩を抱いて大学内を歩いて行く。
はマイケルの顔を見て安心したのか、そのまま寄り添いながら腕をギュっと掴んだ。


「おい、どうした?やっぱ変だぞ?」
「・・・・・・」


マイケルの優しい顔を見て、は、ふとアレックスの事故の事を話そうかと思った。
その内、大学でも噂が広がるだろう。
あの刑事たちも聞き込みにくるはずだ。
そう思っては不意に顔を上げた。


「あ、あのね、マイケル・・・・・・」
「ん?」
「実は夕べ―――」


「マイケル、おはよう」


「「・・・・・・?」」


が口を開きかけた時、マイケルは後ろから肩を叩かれ、ハっとして振り返る。
そこには何度か話した事のある女の子が笑顔で立っていた。


「えっと・・・君は・・・」
「レニーよ。前にも言ったわ?」


少しスネたように口を尖らせる、そのレニーという女の子は、も見かけた事があった。
華やかな容姿で奇麗なブロンドはクルクルと巻いてあってフランス人形のように可愛らしい子だ。


この子・・・確かマイケルの事を追いかけてる子じゃ・・・


は、そこに気付き、気を利かせることにした。


「あ、あのマイケル。私先に教室に・・・」
「え?何でだよ」


後ろに下がった時、マイケルは驚いたようにの腕を掴んだ。
それを見てムっとするレニーの顔をは見逃さなかった。


「えっと・・・」
「いいから一緒に行こう。っと、それで・・・レニーだっけ?俺に何か用?」


くるっとレニーの方に振り返り、素っ気無い言葉をぶつけるマイケルに、レニーも一瞬、顔が引きつった。
だが、すぐに笑顔を見せると、


「あのね、今夜、時間あるかなと思って」


と本題に入る。


「今夜?何で?」
「知り合いに映画のチケットもらったの。良かったら一緒にどう?前にマイケルが見たいって行ってたやつなんだけど・・・」
「ああ、ごめん、俺、パス。誰か他の奴、誘って」
「・・・・・・ど、どうして?」


速攻で断るマイケルに、レニーの顔が強ばった。
だがマイケルは構わず、


「俺、今夜はバイトなんだ」


と肩を竦める。


「バイトって言っても・・・夜中までじゃないんでしょ?だったら、その後にでも・・・・・・」
「あ〜でも疲れてるし、そんな時に映画見ても寝ちゃうだけだからさ、ごめんな」
「・・・・・・っ」


マイケルはツラっと言ってのけると、再びの肩を抱いて教室の方へ歩いて行く。
それにはも気まずい気がして後ろを振り返った。
レニーは青い顔で立ちすくんでいる。


「ちょっとマイケル・・・。もう少し言い方ってものがあるでしょ?可愛そうじゃないの・・・」
「そうか?別に気を持たせる方が可愛そうだろ?ああ言えば、もう二度と誘ってこない」
「だからって・・・・・・」


はマイケルの冷たさに呆れつつ息をついた。
その時、後ろから、


「その男には何を言っても無駄だよ、!」


と明るい声が聞こえてきた。


「レザーっ」
「よぉ、おはよう!お二人さん!」


レザーは明るくそう言うと二人の間に割り込み、マイケルとの肩を抱くようにして教室に入る。
だがマイケルは顔を顰めてレザーの腕を振り払った。


「何だよ、無駄って」


そう言って席を見つけ、テーブルに鞄を乗せ、椅子にドサっと腰を下ろした。
その隣にも座るとレザーは前の席の椅子にまたぐように座り、ニヤニヤしながらマイケルを見る。


「マイケルは女の子に興味がないからなぁ?もしかして男が好きとか?」
「な・・・っ!バ、バカなこと言ってんなよ?!」


レザーの発言にマイケルは一瞬で顔を赤くした。
だがレザーはケロっとしたまま肩を竦める。


「だってお前、どんなに可愛い子に言い寄られても、さっきみたいに冷たくあしらってるだろぉ?俺としちゃ色々と心配なわけよ」
「うるさいな・・・レザーに心配されたくないよっ」
「うわ、冷たいお言葉だこと!」


レザーは、いつもの調子でおどけながら、隣で苦笑いのを見た。



「我らがお姫様も、そう思うだろ?マイケルは女に冷たいよなぁ?」
「え?ああ・・・でも好きじゃない子に変に優しくする人よりはいいと思うよ?」
「ほーら!は俺の味方だ!」


マイケルは嬉しそうにの肩を抱き寄せた。
それを見てレザーも呆れたように息をつく。


「あのなぁ、俺はお前にも恋をして欲しいからこそ言ってるのに、どうして、この気持ちが分からないかなぁ?」
「そんな心配いらないっつーの!人の心配より自分の心配しろよ。メグはどうした?」
「あ〜メグなら他の講義に出てるよ?後で落ち合う約束だ。心配しなくても順調に愛を育んでる」


レザーはそう言って、ヘラヘラ笑いながら胸に手を当てている。


「へーへーそりゃ良かったな。それよりレザーは、この講義取ってないだろ?早く自分とこに戻れよっ」
「はいはいはい」
「"はい"は一回で結構」
「はーい」
「・・・・・・」


どこまでも、とぼけたレザーにマイケルも半目状態で溜息が炸裂する。
そんな二人にも呆れたように息をついた。


「ほら、そろそろ教授が来ちゃうわよ?」
「BABYDOLLに言われちゃ素直に言う事を聞くしかないな?」
「よく言うよ。サッサと行け」


マイケルが手でシッシとすれば、レザーも苦笑いしながら立ち上がる。


「ではでは、お二人さん!講義頑張って!」
「・・・・・・お前が頑張れ」
「Pardon?」
「・・・・・・・・・・・・(超シカト)」
「・・・・・・・・・・・・ハァ・・・・・・(大きな溜息)」
「―――っ」


「じゃーな、。その偏屈くんのお守、頼むよ」
「OK」
「ちょ、――」


レザーの嫌味に素直に頷くにショックを受けてマイケルが顔を上げると、レザーはニヤっと笑って教室から出て行った。


「ったく何だよ、まで・・・・・・」


少しスネたように口を尖らせ、マイケルはを肘で突付いた。
はクスクス笑いながらノートを開き、講義の準備をしている。


「ほら、マイケル。スネてないでノートくらい出しなさいよ。教授来ちゃうわよ?」
「・・・・・・はいはい」
「"はい"は一回で結構」
「・・・・・・」


さっき自分が言った事を返され、さすがにマイケルも口を閉じ、それでも苦笑いを浮かべている。
もちょっと笑いながら前を見た時、教授が教室に入って来た。



「では講義を始める」



その一言でざわついていた教室も一気に静かになったのだった。












、これから、どうする?俺、バイトまで時間あるんだけど。何か食いに行くか?」
「あ・・・でも私、寮に戻って休もうかと思って・・・・・・」


今、二人は講義の後、帰る用意をしているところ。
は講義の間、何度か寝てしまいそうになるのを必死で堪え、何とか持ちこたえた。
だが、そろそろ限界で帰ってゆっくり眠りたかった。
そんなの様子にマイケルが首を傾げた。


「何だ?やっぱり具合でも悪いのか?」
「あ、そうじゃなくて・・・・・・ちょっと寝不足なだけよ?」


は鞄を持って椅子から立ち上がると、軽く首を振って微笑んだ。
だがマイケルは心配そうな顔での頬に手を添える。


「寝不足って・・・・・・どうして?夕べはちゃんと帰って寝たんだろう?」


マイケルに、そう言われ少しドキっとした。


「あ、あのね。実はちょっと大変な事になって・・・・・・」
「え?」


はマイケルにも相談しようと思い、教室を見渡した。
そして場所を変えるべく、


「ちょっと来て」


とマイケルの手を引いて廊下へと出る。
だが、そこに、あのピートが立っていてハっとした。
そう言えば今の講義は彼も取ってるハズなのに来ていなかった・・・・・・



「ピート・・・・・・」
「お前・・・!何の用だ?!」


ピートに気付いたマイケルがを自分の後ろに隠し、怖い顔で彼を睨んだ。
だがピートは無表情のまま、じっと"だけ"を見ている。
その無機質な目に、はゾっとした。


「おい、お前―――!」


マイケルがピートに何か言おうとしたが、彼は見向きもせず、フラっと歩いて行ってしまった。


「何だぁ?あいつ・・・・・・気持ち悪い・・・っ」
「マイケル・・・」


も不気味なものを感じてマイケルの腕にギュっと掴まった。


もしかして・・・ほんとに彼が"あいつ"なの?
アレックスが言ってたように・・・ずっと私を付回してるの・・・?



「おい、・・・顔が真っ青だぞ?大丈夫か?」
「マイケル・・・私、怖い・・・・・・」
「え?ああ、ピートを怖がってんのか?あんな奴、近づけさせないって――」
「ううん・・・その事だけじゃないの・・・」
「え?じゃあ他に何が・・・」


マイケルは首を傾げて聞いてくる。
はアレックスの事故の事を話そうと、顔を上げた。


「・・・・・・話があるの・・・。ちょっと来て?」
「え?あ、ああ・・・」



はマイケルを連れて大学を出た。
外はまだ冷たい雨が降っていて、迷ったあげくマイケルを寮の部屋に連れて行く。
まだ昼間なので人気がなくなってからマイケルは非常階段を駆け上がり、部屋へとやって来た。


「あれ?ケイトはまだ?」
「ええ、今日は午後からって言ってたし」


は紅茶を淹れるとマイケルの隣に座った。
マイケルは煙草に火をつけ、軽く煙を吐き出すと、言葉を選ぶように考え込んでるを見た。


「で・・・どうした?」
「ぅん・・・・・・」
「またピートがしつこく付きまとったりして来るのか?それとも、"あいつ"から何か・・・・・・」
「ううん・・・。"あいつ"からは最近、何も・・・。電話もメールも来ないわ?気持ち悪いくらいに・・・」
「じゃあ・・・やっぱりピートか?」
「ぅん・・・それもあるんだけど・・・」



は少し考えて、マイケルに昨日アレックスに聞いたこと、そして事故のことを全て話した。













「何だって?わざと轢かれた?!」
「ええ・・・刑事さんがそう言ってた・・・。大学にもそろそろ連絡が入ってる頃だと思うわ?」
「そんな・・・・・・。で、でも・・・ほんとにアレックスを狙ったのか?」
「だって、その状況じゃ偶然とは考えられないでしょ?止まってた車を急発進させて轢くなんて・・・」
「そ、そうか・・・。そうだな・・・・・・。でも何でアレックスを―――」


マイケルは、そこまで言って言葉を切った。


「まさか・・・・・・"あいつ"か・・・・・・?」
「・・・・・・」


は黙って頷いた。


「もしかしたら・・・って考えたわ?でも証拠もないし・・・。それにピートも何だか怪しいもの・・・」
「そ、そうだよな?昨日もつけて来てたんだろ?アレックスとが一緒にいるところを見てるんだ。ひょっとしてピートが・・・」
「私、怖い・・・・・・」
・・・・・・」




マイケルは小さな体を震わせているをそっと抱き寄せた。


「大丈夫だよ・・・。守ってやっから・・・。誰にもを傷つけさせない・・・・・・」
「違うの・・・・・・」
「え?」
「私・・・・・私が怖いのは、アレックスを轢いた犯人が"あいつ"だったとして・・・私じゃなく周りの人を傷つけるのが凄く怖い・・・」
・・・」
「私の周りにいる人達に何かするかもしれない・・・。アレックスのように傷つけるかも・・・そう思うと怖くて・・・」



は、そう言ってマイケルにしがみ付いた。
マイケルもをギュっと抱きしめ頭に口付ける。


「大丈夫だよ・・・。そうと分かれば充分に注意するし、俺だって、そう簡単にはやられないからさ・・・な?」
「でも・・・マイケルはバイトで遅くなったりするでしょ?帰りは歩かないでタクシーで帰って来て。ね?お願い・・・」
「タクシーって、そんな大げさな・・・」
「お願い、マイケル・・・」


の真剣な瞳にマイケルも戸惑ったが、ふっと笑うと、


「分かったよ・・・。それでが安心するならそうする」


と頷き、彼女の頬に軽くキスをした。
もホっとしたように息をつくと、


「ありがとう・・・」


と呟く。



「じゃ、俺はそのバイトの時間だし、そろそろ行くよ。一人で大丈夫か?」
「ぅん・・・。ちょっと眠るわ?体もだるいし・・・」
「あ、そうか。一人で病院に行って朝までアレックスについてたんだろ?」
「え?あ・・・うん・・・」


まさかジョシュと一緒に、とまでは言えなかった。


「だったら、ちゃんと寝て。また明日には警察も来て大騒ぎになるだろうしな・・・」
「うん、そうね・・・」
「じゃ、ほら自分の部屋に行った行った」


マイケルはの腕を引っ張り、ソファから立たせると個室の部屋のドアを開けた。


「じゃあ、マイケル、寮長さんに見つからないようにね?」
「分かってるよ。あ、バイト終わったら一応電話する。眠ってるならマナーにしといて?伝言メッセージにでも残しておくからさ」
「うん、ありがと・・・。じゃ、バイト頑張ってね?」
「ああ、じゃな」


マイケルは笑顔で頷き、の額に優しく口付けると、そのまま部屋を出て行った。
それを見送り、鍵を閉めると軽く息をつく。
酷く体が重い。


「はぁ・・・ちょっと寝よう・・・」


そう、今から寝ておかないと・・・
夜にはジョシュから電話がくる事になっている。


ジョシュ・・・・・・
大丈夫かな・・・。
一晩中、付き合ってもらっちゃった。
でも嫌な顔せず、優しく守るように傍にいてくれた・・・・・・
それが凄く嬉しかった。
それに・・・・・・あの額へのキスと帰り際の頬へのキス・・・・・・
あの時は心臓が壊れるんじゃないかと思うくらいドキドキして真っ赤になってしまった。
さっきみたくマイケルにだってされるし、前に付き合った人にだってされたことあるのに、何で、あんな事くらいで真っ赤になってるのか、自分でも、よく分からない。
そして、"電話する"って言ってくれた・・・・・・
あれって、どういう意味なのかな・・・・・・
ただ心配なだけ?
それとも、もっと別の意味があるの?


「はぁ・・・・・・」



そんな事を考えながら素早く着替え、ベッドに潜り込む。
何だかジョシュの事を考えるとドキドキして眠れるか心配だった。


「ん〜・・・やっぱり自分のベッドが一番気持ちいい・・・」


久し振りに横になった気がした。


眠れないかも・・・と思ったのも束の間、疲れていたは、その10秒後には夢の中へと落ちていった―















薄っすらと意識が戻る中、まず聞こえてきたのは、チッチッチッチ・・・という時計の音。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくて寝返りを打とうとした、その時・・・・・・


ドスン・・・っ





「って・・・」




ジョシュは床に"落下"した。





「ぃてて・・・何だぁ・・・?何で俺、こんなとこに・・・・・・」


体を起こし文句を言うも、すぐに今朝の事を思い出し、溜息をついた。


「ああ・・・そっか・・・。俺、ベッド行く前に寝ちゃったんだ・・・・・・」


そこに気付き、ジョシュは顔を顰めながらもソファに座りなおす。
首が痛くてコキコキ鳴らしつつ大きな欠伸をした。


「ふぁぁ・・・・・・ぃてて・・・・・・。何だか体中が痛いよ・・・・・・」


ソファで爆睡してたのだから、当たり前なのだが、ジョシュはそう呟くとテーブルの上の煙草に手を伸ばした。
火をつけ煙をゆっくり吸い込むと、頭の奥がぼわぁっとして手足が痺れてくるようだ。


「・・・・・・今、何時だ・・・」


半分寝ぼけた頭でキョロキョロしてみるとリビングボードの上に時計がある。
さっきから音が鳴っていた時計だ。



「午後・・・・・・6時・・・・・・よく寝たな・・・」



すでに外は薄暗く、ジョシュは午前から寝て夕方に起きたことになる。


誰も起こしに来なかったって事は今日のロケは中止だったんだな。
まだ雨は降ってるのか?


そう思ってゆっくり立ち上がると、ジョシュはテラスの方に歩いて行ってレースのカーテンを開き窓を開けた。
途端に冷たい風が顔にあたり、乾燥した空気が入ってくる。


「うぁ・・・雪?!」



見れば雨から雪に変わったようで、小さな粉雪が風に舞っている。


「嘘だろ・・・?もう3月だってのに・・・」


ジョシュは驚きながら、あまりに寒くてすぐに窓を閉めた。


「はぁ・・・これ明日には止むかなあ・・・」


これ以上ロケが伸びれば、また大変だ。



そう思いながらソファに戻り、携帯を手にした。


は、もう起きたかな・・・?
講義は午前だけだと言ってたし、その後は帰ってさすがに寝ただろう。
でも・・・俺は比較的、すぐ寝れたけど、は午後くらいになっただろうし、もう少し後にかけた方がいいかな・・・
もし寝てたら起こすのは可愛そうだ・・・


そんな事を思いながらも、自然に考えるのは、あの事故のこと。
そして血のついたジャケットが、この部屋の前に落ちていたこと・・・


どうして、あのジャケットが、ここにあったのか。
それを聞いた時、一瞬、訳が分からなかったが、冷静になれば容易に察しはつく。



"あいつ"だ。


を付回している"あいつ"が、アレックスを轢いて、俺に疑いがいくよう細工した・・・
刑事には、まだ言うつもりじゃなかったが、ニックが言ってしまった。


まあ、この際だ。警察にはストーカー野郎の事も調べて貰えばいい。
"あいつ"はに近づく男全てが気に入らないと見える。
でも、ここまでやるとは思わなかった・・・
まさか人を傷つけるなんて・・・・・・
だけど、そうなれば当然、警察も動いてくれる。
あのサマセットとかいう警部は呑気そうに見えても、しっかりと調べてくれそうだ。
これで、もしストーカーが捕まれば、は、もう怯える事もなくなる。
あのアレックスという男には不幸な事だったが、それがキッカケになってストーカーが逮捕されれば一番いいことなんだ。


だが一つ疑問が残る。
"あいつ"は今まで、どんなに脅しても実際に何かをする事はなかった。
だからこそ警察に行っても相手にもされなかった。
でも今回のように人を傷つけたとなれば警察だって重い腰はあげるだろう。
は前に警察に何度か相談に行ってると話してた。
今回の事故、いやひき逃げ事件が、そののストーカーと関っているかもしれないと分かれば、警察側だって本気で調べるしかなくなるハズだ。
また警察が何も対処しなかったから犠牲者が出たと叩かれるからな・・・・・・
なのに・・・・・・そんな危険を冒してまで、あのアレックスとか言う男をひき逃げする必要があったのか?
彼はとは、とっくに別れていた男だ。
だってヨリを戻すなんて考えてないと言っていた。
ただ、あの男が勝手に言い寄って来てただけ・・・・・・
なのに何故―――?


ジョシュには分からなかった。


もし狙われるとすれば、今に一番近い存在の男。
あの幼なじみだってそうだし、一度は犯人にされかかった友人の男じゃないのか?
それに俺の事だって、"あいつ"は相当意識をしてたはずだ。
何度も電話をしてきたりメッセージを残したりしてたんだから。



「何でだ・・・・・・?」



ジョシュは煙草を灰皿に押しつぶしソファに凭れかかった。


「もしかして・・・・・・」


アレックスは関係ないとか?
俺に罪をなすりつける為だけにひき逃げした・・・・・・そういう事だろうか・・・・・・。



「はぁ・・・・・・分からない・・・」


ジョシュは思い切り溜息をつき、ソファに横になった。
その時、携帯が鳴り出し、ドキっとする。
見れば非通知・・・


"あいつ"か・・・?



そう思ったが、出ないわけにも行かず、すぐに通話ボタンを押した。


「Hello・・・?」
『あ、ジョシュ?』
「・・・マリア・・・」
『あら、寝てたの?』
「・・・・・・あ、ああ・・・まあ・・・」


さすが付き合いが長かっただけあり、俺の声だけで、そんな事まで分かってしまうようだ。
だが声がやけに近い。


「どうした?こっちに来る日、決まったのか?」


ふと思い出し、そう聞けば、マリアはクスクス笑い出した。


『もう来てるわ?』
「・・・・・・は?き、来てるって・・・」
『だからスポーケン!今、ホテルからよ?もちろんジョシュの滞在してるね?』
「はあぁぁ?な、何だよ、それ・・・!相変わらず、いきなりだな!」


俺はさすがに驚いて笑ってしまった。
彼女は昔から、そう言うところがある。
思い立ったら吉日じゃないが、パっと時間が空けば何の前触れもなしに、こうしてロケ地まで会いに来た事もしばしば。


『もう少しかかるかと思ってた仕事が思ったよりスムーズで早く終わったの。だからね?』
「それにしても・・・飛行機乗る前とかに電話しろよな?」


呆れたように、そう言えばマリアはマリアで、


『あら。しようと思ったわ?でも搭乗時間ギリギリになちゃって出来なかったの』


とケロっと言ってのける。
それには昔を思い出すようで溜息をついた。


「あっそ・・・。じゃあ今、同じホテルにいるんだな?」
『そういうこと!だから後で行くわ?』
「え?ここに?」
『ええ。まずい?』
「いや、別にまずくはないけど・・・」
『じゃあ部屋にいてよ。この天気で撮影も中止になったんでしょ?』
「まぁね・・・」
『だと思った。じゃ、後で行く』
「はいはい・・・」
『何よ、相変わらずね?じゃ、後で』


そこで電話が切れ、俺は思い切り息を吐き出しソファに横になった。



「はぁぁぁ・・・相変わらずなのは、どっちだよ・・・。ったく」


そう呟き目を瞑る。


マリアが来た。
ということは合鍵を渡して、そして何だか話があるって事だったし、それを話し終えれば俺達は完全に終ると言うことだ。


不思議な事に、ここへ来た頃のように寂しいとは思わなくなっていた。
それはの事があるからだろうか・・・・・・
気付いたばかりの自分の気持ちに多少の戸惑いはあるものの、その想いに嘘偽りはない。
今はハッキリとが愛しいと思うし、会いたいとも思う。
そして守りたいとも―――


マリアとの事が今夜ハッキリ終わったら・・・・・・近いうちににちゃんと伝えようか・・・・・・
それとも、この撮影が終わるまで待とうか・・・・・・
どっちがいいんだろうな・・・・・・


そんな事を考えていると、また眠くなって来て、うつらうつらとしてしまう。



ああ・・・・・・マリアが来る前にに電話しないと・・・・・・





そう思いながらも意識が遠のき、ジョシュは再び眠りの中へと落ちていった。


















「君がマイケルくん?」
「はあ・・・・・・」


マイケルはカウンター越しに話し掛けられ、その二人の男をいぶかしげに眺めた。
すると年配の男性がチラっと警察バッジを見せ、ハっとする。


「ちょっと話を聞きたいんだが・・・・・今いいかい?」
「いいですよ?ちょうど休憩に入るとこだし」


マイケルは肩を竦めて、すぐに他の店員に声をかけると、カウンターの中から出た。


「アレックスのことだろ?なら裏に・・・・・・」


マイケルはそう言いながら店を出ると裏口の方に歩いて行った。
サマセットとミルズは互いに顔を見合わせ目配せをし、その後から付いていく。


裏まで来るとマイケルは煙草に火をつけ、裏口の前の階段へと腰をかけた。



「で?俺に何を聞きたいんだ?」


大した興味もないと言った口調でマイケルは二人を見上げた。
すると先に口を聞いたのはサマセットの方で、優しい笑顔を見せると、マイケルの前にしゃがみ、


「私にも煙草を一本くれないかね?」


と言った。
それにはマイケルも面食らったような顔をしたが、すぐに胸元のポケットから煙草を出すとサマセットへ差し出す。
サマセットは、そこから一本取り出すと、マイケルがライターで火をつけてあげた。


「ああ、ありがとう・・・・・・。いや、刑事なんてやってると、ついチェーンスモーカーになってしまってね?
どうも人が吸ってるのを見ると吸いたくなってしまうんだ」


サマセットは、そう言って苦笑すると美味しそうに煙を燻らしている。
そんな呑気な刑事にマイケルも軽く息をつく。


「それで・・・アレックスの事で俺に何を聞きたいんだ?」
「どうして、それを?」
「どうせ調べてるんだろ?俺がの幼なじみだって。だから、ここに来たんじゃないのか?」


マイケルがチラっとサマセットを見ながら、そう言うと彼もまた笑みを零した。


「まあ、そういう事だな・・・。じゃあ君は事件の事はって子から?」
「ああ、さっき聞いたばかり」
「そうか・・・」
「何?俺がアレックスをひき逃げしたとでも?」


いきなり核心に触れた事を口にするマイケルにサマセットは相変わらず笑っている。


「いやいや、そんな乱暴なことは思っていないよ。ただ幼なじみのくんって子に付きまとっていたアレックスに、
君はよく文句を言ってたそうだね?この前も殴ったとか・・・?」
「あいつはクズだ。自分でを裏切ったくせに、ヨリを戻そうなんて言ってきて、が断れば、しつこく付きまとって・・・だから守っただけだよ」
「そうか・・・。いや君は随分とくんの事を大切に思ってるようだね?」


サマセットはそう言ってニッコリ微笑んだ。
その笑顔からは本心は窺い知る事は出来ない。


「何だよ・・・どういう意味?幼なじみなんだ。大切なのは当たり前だろ?」


マイケルは食って掛かるようにサマセットを睨んだ。
それには今まで黙っていたミルズも何かを言いたげに一歩前に出て来るが、それをサマセットが手で静止する。
そしてマイケルをジっと見ると、


「では・・・くんにストーキングしている・・・という人物の存在はもちろん知っているね?」


と尋ねた。
それにはマイケルも顔を反らし、イライラしたように、「ああ・・・」とだけ答える。
それでもサマセットは優しい口調で、


「では、その人物がアレックスをひき逃げした犯人だと思うかね?」


と聞いた。
その問いにマイケルは怖い顔でサマセットを見据える。


「俺はそう思ってるよ。だいたい警察が何もしてくれないから、が怖い思いしてるんだよ!結局、こんな事件にまでなっただろ?!」
「ああ、それはすまないと思ってる・・・。だから、こうしてアレックスの事件だけじゃなく、そっちの方でも今捜査してるんだ」
「・・・・・・誰から聞いたんだ?」
「え?」
「ストーカーのこと。からか?」
「ああ、その事か。いや・・・彼女は言わなかったな・・・。まだ確信もなかったんだろう。
ストーカーの事を話してくれたのは・・・えぇっと何て言ったかな・・・あのACTORの・・・」


サマセットはブツブツ言いながらスーツの内ポケットから手帳を取り出しペラペラ捲っている。
だが、その前にミルズが、


「ジョシュですよ、サマセット警部。ジョシュ・ハートネット」


と答える。


「ああ、そうそう!ジョシュくんだ!この歳になると、どぅも人の名前とか忘れやすくて敵わんよ・・・」


サマセットは呑気に笑っているが、マイケルはジョシュの名前を聞いて表情を曇らせた。


「ジョシュ・・・彼がストーカーの事を?何故だ?彼にも話を聞きに行ったって事か?」
「ああ、ジョシュくんは昨日くんと病院で会ってたんだがね。
その後にアレックスの血液がついたジャケットがジョシュくんが滞在してるホテルの部屋の前に落ちてると通報があって、また会うハメになって・・・」
「何だって?!と病院にって・・・どういう事だよ?」


サマセットが言い終わらないうちにマイケルが驚いたように問い掛けた。
それにはサマセットとミルズも顔を見合わせる。


「知らなかったのかい?夕べくんがアレックスの運ばれた病院から電話が来て・・・」
「それは知ってる!だけどジョシュが一緒だったなんて聞いてないっ」
「・・・・・そうか・・・。いや、その時、一緒だったようだよ?くんに朝までついてたからね、彼は」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


サマセットの説明にマイケルは暫し黙っていたが、ふと顔を上げると、


「ジョシュの部屋の前にアレックスのジャケットって?」


と尋ねた。


そこでサマセットは今朝方にあった事を全てマイケルに話して聞かせてやった。
マイケルはずっと黙って聞いていたが、サマセットが話し終えると、軽く息をついて肩を竦める。


「そりゃストーカーの仕業だな・・・」
「ほう、君はジョシュが犯人じゃないと?」
「当たり前だろ?そんな、わざわざ証拠を部屋の前に落とすかよ。それに彼にはアレックスを襲う動機がない」
くんの事を守ろうとしたとは思わないのか?」
「どうして彼がを?に特別な感情があるって思ってるわけ?刑事さん」
「"警部"だ」


そこでミルズが口を挟む。
だがマイケルは無視して言葉を続けた。


「あの人はハリウッドのACTORさんで、ここにはロケで来てるだけの人だ。ちょっと知り合ったの為に人を傷つけるとは思えない」


キッパリと、そう言いきったマイケルにサマセットは黙っていたが不意にニッコリ微笑むと、


「私もそう思うよ」


と言った。


「ちょ、警部・・・!また、そんな印象とか感だけで決めちゃ・・・」
「ミルズはジョシュを疑ってるのか?」
「俺は・・・誰とか関係なく、関係者全員を疑ってますよ・・・」


ミルズは呑気に笑っているサマセットを横目で見つつ、そう呟いた。
そしてマイケルを見ると、


「お前・・・夕べの12時頃はどこにいたんだ?」


と問いかけた。
それにはマイケルも顔を顰める。


「何だよ・・・。やっぱり俺のこと疑ってんじゃん」
「いや関係者、全員に聞いてるんだ。申し訳ないが・・・教えてくれないか?昨日はバイトに来てなかっただろう?」
「何だ・・・。そこまで調べてんの?」
「それが仕事なんだよ」
「おい、ミルズ・・・」


突っかかるミルズにサマセットが口を挟む。
だがマイケルは気にもしないように肩を竦めた。


「夕べは・・・学校の後にと俺と、友人二人とで食事に行った。店は"クラフト"。聞いてきたら?」
「"クラフト"ね・・・。ふむ・・・では、そこには何時頃までいたのかね?」
「えっと・・・ラストオーダー聞きに来る前に帰ろうって言って立ったから・・・11時くらいかな?」
「では、その後は?」
「友達と別れて・・・と二人で寮に戻って来たけど?」
「そうか・・・。それは何時くらいかな?」
「"クラフト"は寮のすぐ近くだし・・・11時20分少し前くらいじゃないの?」
「では、その後は?」
「何だよ・・・自分の部屋に戻ったよ」
「・・・ふむ・・・では、それを証明する人はいるかね?ルームメイトは?」
「ルームメイトはデートで不在だったし・・・帰って来た時も誰にも会ってないよ。それが?」


サマセットの顔を見てマイケルがイラついたように聞けば返事をしたのはミルズだった。


「お前もアリバイがないって事だよ」
「はあ?」


マイケルが呆れたように顔を上げればサマセットは、ゆっくり立ち上がり、息をついた。


「実はね。アレックスが轢かれたと思われる時間が、12時6分頃なんだ」
「・・・・・・何で分かるわけ?」
「近所のバーの客が車のエンジンをふかす音、タイヤの鳴る音、そして何かがぶつかったようなドンっという音を、その時間に聞いてたんだ」
「へぇ・・・」
「その客は奥さんから言われてる門限が12時で少し過ぎてしまい慌てて帰ろうと
時計を見た直後に、その音を聞いたようだから間違いないらしい。それに、その人が通報した人でもある」
「じゃあ、その時間にアリバイのない奴が怪しいって、そういう事か・・・・・・」
「まあ、それもある。寮から、その現場まで車で行けば夜中なら10分もかからないだろう?充分に犯行は可能だ」


サマセットは優しい笑顔は変わらないが、その瞳は笑っていなかった。
そんな彼を見てマイケルは軽く息をついた。


「アホくさ。俺を疑ってんなら好きなだけ調べてくれよ」
「言われなくても、そうするよ!」


マイケルの言葉にミルズが怒鳴る。
そのミルズを軽く睨むとマイケルは立ち上がり、肩を竦めた。


「もういい?俺、飯食いに行きたいんだ」
「あ、ああ。そうだったね。いや悪かった。もういいよ?」


サマセットは、にこやかにそう言うとマイケルは訝しげな顔をして、そのまま歩いて行った。
それを見送りながらミルズは、眉を顰めてサマセットを見る。


「どう思います?警部・・・」
「ふむ・・・。まあ・・・彼も怪しいが・・・動機があるとすれば・・・という子しかないな?」
「惚れてるのは明らかじゃないですか?それに最も身近な存在だ。ストーキングするのだって簡単でしょう?」
「まあ・・・もう少しという子の近辺を探ってみるか・・・。それとアレックスが、あの夜、何かを探っていたらしい。
もしかしたらストーカーの事で何かを探り当て、くんに連絡しよとして口封じの為にやられた可能性も否定できない。その辺も頼む」
「はい!任せて下さい」


サマセットの言葉にミルズは張り切って答えた。














「ん・・・」



かすかに意識が戻り、は寝返りを打った。
そして、ゆっくり目を開けると薄暗い部屋の中を見渡す。


「・・・・・・いけない・・・」


少しづつ頭もハッキリしてきた時、ジョシュから電話がくるんだというのを思い出しガバっと起き上がった。
そして急いで携帯のディスプレイを見てみる。
すると着信アリになっていてドキっとした。


嘘・・・かけてきちゃったかな・・・


今は夜の8時になろうとしているところ。
伝言アリのマークもついているのを見て、は慌ててメッセージを聞いてみた。


『Hello??、マイケルだけど・・・さっき刑事が店に来たよ。前にアレックスを殴った事があるし俺のこと疑ってるみたいだった。
まあ、でもそれは調べてもらえば分かると思うけどな?とりあえずも充分に気をつけてむやみに一人で出歩くなよ?
じゃあ、また明日!』


ピーっという音と共にはホっと息をついた。
ジョシュじゃなかった・・・と思ったのだが、メッセージは、もう一件入っているようで、それを知らせるガイダンスが流れる。


『・・・・・・・・・僕が悪いんじゃない・・・・・・あの男が悪いんだよ、・・・・・・』
「キャ・・・・・・」


突然、聞こえてきたのは、"あいつ"の不気味な声だった。
は一瞬、電話を投げようとしたが、メッセージの言葉が気になり、恐る恐る耳へと戻す。
その声はまだ聞こえていた。



『・・・・・・はぁ・・・・・邪魔な奴ばっかりだ・・・・・・一人・・・一人消していかないとね・・・。まずは・・・君と朝まで一緒にいたあの男―――・』


プツ・・・ツーツー


「・・・あの・・・男・・・?」



途中でメッセージが切れていたが、それはジョシュの事を言ってるんだと、すぐに分かり血の気が引いた。


「嘘でしょ・・・今度はジョシュに何かするつもり・・・・・・?」



そう思ったら手が震えてきた。
そしてアレックスのようにジョシュが傷だらけで横たわってる姿を想像し、ゾっとする。


「ジョ、ジョシュ・・・・・・」


急に心配になり、は震える手でジョシュの番号を出すと、すぐに通話ボタンを押した。
この時間でも電話がないのが気になる
いや・・・何時にとは言っていない。
後で電話すると言われただけだ。
でも・・・・・・万が一という事もある。


何もなければ、それでいいのよ・・・
無事でてくれれば、それだけで・・・


そう思いながら呼び出し音がなるのを待っているが聞こえてくるのはツーツーツーという話中の音だけ。
何度かけても、それでは急いで出かける用意をした。

簡単に着替えてジャケットを羽織り、すぐに部屋を出る。


電話すると言われただけなのに、いきなり会いに行って驚かれるだろうか?
ううん、それでもいい・・・・・・
心配だったからと言えば、きっとジョシュは分かってくれるはず・・・



はそう思いながら寮を飛び出し大きな通りに出ると、そのまま暗い道を一気に駆けて行く。




その時、背後で黒い影がゆっくりと動いたのには、は気付かなかった―――


















「Hello......」
『ジョシュ?また寝てたの?』
「・・・・・・ああ・・・マリアか・・・・・・・・・ふぁぁあ・・・」



ジョシュは大きな欠伸をしながら体を起こすと、またソファで眠ってしまった事に気付き、顔を顰めた。


「うあ・・・二度寝しちゃったよ・・・」
『そうみたいね?目は覚めた?』
「ああ・・・・・・今、何時・・・・・・?」
『今は8時過ぎよ?』
「え?!嘘・・・ヤベ・・・」


に電話しなくちゃと思っていたのに・・・


『ジョシュ?何がヤバイの?』
「え?あ、ああ・・・なんでもないよ・・・」
『そう?じゃあ、今から行っていいかしら?』


その問いに一瞬、迷ったが、に電話するのはマリアと話し終わってからの方がいいだろうと思い直し、


「ああ、いいよ」


と答える。
するとマリアは、「じゃ今すぐ行くわ?」と言って電話が切れた。
と、その瞬間に部屋のチャイムが鳴り、ジョシュは軽く溜息をつき、ドアの方に歩いて行く。
そして呆れたようにドアを開ければ、そこにはマリアがニコニコしながら立っていた。


「やっぱりね・・・。ここに向いながら電話したって事か・・・」
「よく分かったわね。入っていい?」
「・・・どうぞ?」



ジョシュは苦笑気味に久し振りに会ったマリアを部屋へと招きいれたのだった。















「はぁはぁはぁ・・・」



それから10分後、はジョシュのいるホテルへと到着していた。
一気に走って来たので、息が苦しい。
軽く深呼吸をしながらも、ロビーを横切りエレベーターの方に歩いて行く。


ジョシュ・・・無事でいて・・・



祈るような思いでエレベーターが上がっていくのを見ていた。
こういう時は、やたらと上がるスピードが遅く感じる。
イライラしながらジョシュの部屋がある階まで、あと少し・・・と思っていると、チーンという音と共にドアが開いた。
そこを飛び出すように廊下に出てジョシュの部屋まで歩いて行く。
そして、ドアまで見えた、その時。
不意にジョシュの部屋のドアが開き、はドキっとして足を止めた。





「じゃあね、ジョシュ・・・ほんと、ありがとう」
「いや・・・」


その声に視線を向ければ奇麗な女性が部屋から出て来る。
そして、かすかに見えたのはジョシュの横顔。


誰・・・?


と思った瞬間、その女性はジョシュの頬に手をかけ自分の方に引き寄せると、二人は唇を重ねた。




「―――――っ!!」




その光景に思わず息を呑む。


後頭部を何かで殴られたような衝撃と胸の奥には何かが刺さったかのような鋭い痛みが走った。


そしてゆっくり後ずさり、エレベーターの方へ戻ろうとした時、ジョシュが女性からパっと離れ、


「何して・・・」


と顔を上げた時、の存在に気付き、ハっとしたように目を向けた。



・・・?!」


「・・・・・・っ」



体が勝手に動いた。


ジョシュと目が合った瞬間、は駆け出し、そのまま、そこに止まっていたエレベーターに飛び乗る。
そして急いで閉のボタンを押した。
ドアが閉まる瞬間、


!待てよ・・・・・・!」


というジョシュの声が聞こえたが、は耳を塞ぎ、その場にしゃがみこむ。


ただショックで何も考えられない。


エレベーターがロビーについて、すぐには外へと走って行った。
何も考えたくない一心で、さっき通って来た道を戻って行く。
だが、その時後ろから、


・・・・・・!!」


と自分を呼ぶ声が聞こえてドキっとした。



「待てって!!」



ジョシュが追いかけて来ていると知ってもなお、は止まることなく走って行く。
さっきの疲れも取れないまま走っているので苦しくて仕方ない。
なのに、どうして、こんな思いをしてまで走ってるの?


はそう思いながらも必死に走りつづけた。
だがジョシュの足に敵うはずもなく、突然、後ろから腕をつかまえられたと思った瞬間、グイっと引き寄せられた。


「キャァ・・・・ッ」



・・・!」



不意に体を反転させられ見上げれば、そこにはジョシュの困ったような顔。
息が荒いのはと同じだ。


「な、何で・・・逃げるんだよ・・・・・・」
「・・・・・・離して・・・・・・っ」
「嫌だよ・・・!何で逃げたんだよ?もしかしてマリアのこと誤解したっ?」
「し、知らない・・・!いいから離して・・・!」
「よくないよ・・・!こんな時間に一人で帰せるはずないだろう?!」


ジョシュが怒鳴る声が聞こえて来るのに、の頭は混乱していて今はただ、この場から逃げ出したいとしか思わなかった。
だが、それをジョシュが許してくれない。
腕を掴まれ、離してくれそうになかった。


・・・!どうしたんだよ?何、怒って・・・」
「怒ってない・・・!いいから私の事は放っておいてよ!もう構わないでいい・・・!」
「放っておけないよ・・・!!」
「――――っ?!」



の言葉にジョシュはカっとなったように叫んだ。
その言葉の意味を、すぐには分からずは顔を歪めて涙の溜まった目でジョシュを見上げる。


「・・・・・・何言って・・・どうして放っておけないの?ジョシュと私は関係ないのに・・・っ」
には関係なくたって、自分の好きな子を放っておけるわけないだろ?!」
「・・・・・・・・・な・・・っ」


ジョシュの言葉に、は息を呑んだ。
そして暴れるのをやめ、ゆっくりとジョシュの顔を見つめる。


「何て・・・言ったの・・・・・・?」


震える声で、何とかそう聞けば、ジョシュはハっと我に返ったようにの掴んでいる腕の力を緩めた。


「い、いや・・・だから・・・・・・」


少し視線を反らし、一瞬、言葉を詰まらせたがジョシュは覚悟を決めたように深呼吸をすると、もう一度を見た。
そして彼女の涙で揺れている瞳を見つめながら、



「俺は・・・が好きだよ・・・。だから放っておけないし、放っておくつもりもない・・・」


と静かな口調で言った。
そして信じられないといった顔のに、ジョシュは優しく微笑んだ。



「さっきのは・・・前の恋人で・・・今日は用事はあって来たのと・・・」


そこで言葉を切ると、ジョシュはジーンズのポケットからキラキラしたダイヤの指輪を出し、


「これ、返しに来ただけだよ・・・」


と言葉を繋ぐ。


「返しに・・・って・・・だってキスして・・・」
「え?あ、あれは・・・・・・お別れのキスって言うか・・・。まあ、最後の挨拶みたいな事でしただけだよ。
彼女、そういうとこあるんだ。人を驚かせるのが好きって言うかさ・・・」


そう言いながら苦笑しつつ肩を竦めると、の瞳からポロ・・・っと涙が零れた。
ジョシュは、それを指で優しく拭いながら、



「泣いてくれるって事は・・・・・・も俺と同じ気持ちだって・・・・・・自惚れてもいいってこと・・・・・・?」


と微笑んだ。


その言葉にも思わず笑みが零れる。



「知らない・・・・・・・こんなに走らせて・・・それはないわよ・・・」


は涙を拭きながら、そう呟き口を尖らせる。
するとジョシュも驚いたように、


「よく言うよ・・・。勝手に誤解したくせにさ・・・!」


と目を細めている。


「な、何よ・・・っ」


「何だよ・・・」


二人してムっとしつつ、暫し見つめあう。


だが、どちらともなく、ぷっと噴出すと、ジョシュはそっとの腰を抱き寄せた。




「ちょ・・・ジョシュ・・・・・・」





「もう黙ってろよ・・・」




「な・・・なんで・・・んっ」






文句を言いかけた口を不意に塞がれ、は驚いたように目を見開いた。
だがジョシュは構うことなく、更に腰を強く抱き寄せ、の顔を上にむけるようにして、一度ゆっくり離すと、再び口付ける。
その優しいキスに、も涙が溢れてきた瞳をゆっくり閉じてジョシュの腕にギュっとしがみ付いた。
その時、頬に零れた涙に気付いたジョシュが、唇で掬ってくれる。
そして、また唇を塞いだ。


ジョシュの腕に強く抱きしめられ、唇の温もりを感じ、それだけで胸がドキドキと苦しくなる。


やがて、ゆっくり唇を解放され、ギュっと抱きしめられた。




「好きだよ・・・・・・」



もう一度、今度は優しく好きだと言ってくれたジョシュの声に、は胸が熱くなって涙がどんどん溢れてくる。


男の人に抱きしめられ、こんなに安心感を覚えたのは初めてだった。


そして今度こそ自分の素直な気持ちを口にする。




「私も・・・・・・大好き・・・」





そう呟いて、ジョシュのお腹の辺りに顔を埋めた時、かすかに煙草の香りがした・・・。












だが、少し離れた場所で見ている影に、二人は気付かなかった――――























 

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Postscript


すっごい久々に更新です!
他のもあって、なかなか手がつけられなかったので少しづつ書いてました;
やっと10回目でくっついたーって感じですね(苦笑)


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】