君は僕の光なんだ。
手を伸ばしても決して届かない、あの太陽みたいに―
「君・・・ピートくんだね?」
そう呼び止められてピートは足を止めた。
「どなたですか?」
「ちょっと話を聞かせて欲しいんだが・・・」
サマセットがそう言って胸元からバッジを見せるとピートもハっとしたように小さく頷いた。
一緒にいたミルズが促し、近くのベンチにピートを座らせると、サマセットも隣に腰を下ろす。
「君は・・・くんを知ってるね?」
「はい・・・」
ピートは視線を反らしながら落ち着かないような様子で辺りを見回す。
ここは大学内だからか他の学生も興味津々な顔でチラチラ見ている。
そのピートの様子に気づいたサマセットは優しい笑顔を見せて、
「いや、君に聞きたい事と言うのは・・・アレックスの事件の事なんだが・・・」
「ああ・・・その話なら聞きましたけど・・・僕に何を?」
「君はくんの事をつけまわしていると聞いたんだが・・・それは事実かね?」
「・・・別に。たまたま行った場所に彼女がいた事はあるけどね」
「嘘つくな!つけまわしてるんだろう?」
今まで黙っていたミルズが声を荒げ、ピートの前に出た。
それをサマセットは静止し、少し怯えた顔のピートに優しく微笑んだ。
「いやね・・・アレックスの事件は・・・という子が関係してるようなんだ。そこで・・・君に話を聞きたいと思ってね」
「僕が・・・疑われてるんですか・・・?」
「そういうわけじゃない。くんの周りにいる人には皆、話を聞いてるんだ」
「僕は・・・何も知らないよ・・・」
ピートは明らかにソワソワしながら視線を反らし、この場から逃げ出したいという様子がはっきり見て取れた。
そこでサマセットとミルズはチラっと互いを見ると、もう一度ピートに問いかけた。
「君は・・・くんの事を好きなんだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「おい、ちゃんと答えろ!」
ミルズがそう言うとピートはバっと顔を上げ、
「僕は・・・何も知らない!の事は・・・そ、そりゃ確かに好きだけど・・・僕は何もしてないよ・・・!」
と叫んで立ち上がった。
それを止めるかのようにサマセットも立ち上がり、ピートの腕を掴む。
「まあまあ・・・少し落ち着いて」
「刑事さんは僕がやったって思ってるんだろ?!」
「そうじゃない。ただ話を聞きたいだけなんだ。どうして彼女の後をつけましたのか・・・」
「つけまわすなんて・・・! 僕はただ・・・!彼女の・・・の傍にいたいだけなんだ・・・」
「だからストーキングしたってのか?」
「違う!そんな・・・そんな事はしてないよ・・・!」
ミルズの言葉にピートは慌てて首を振り、隣にいるサマセットを見た。
「本当に何もしてない!ただ彼女のよく行く店とかで待ってただけなんだ!イタズラ電話やメールなんてしてないよっ」
「ほう・・・。じゃあ君も彼女が何者かにストーキングされているのは知ってるんだね?」
「・・・それは・・・が・・・前に話してたの聞いた事があったから・・・・・・」
「それはどんな話?」
「だから・・・最近、変な声で電話の留守電にメッセージが入ってるとか・・・気持ち悪い手紙と一緒に花束が届いたとかさ・・・」
「そうか。で・・・君はどう思う?」
「・・・え? どう・・・思うって・・・」
「そのストーカーだよ。彼女の事をいつも見ていたなら・・・犯人の目星くらいついてるんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
サマセットがそう尋ねるとピートは急に黙り込んだ。
その様子にミルズが眉を顰め、
「おい、はっきり答えろ。お前、ストーカーの正体を知ってるのか?」
「し、知らないよ!ほんとに何も・・・!」
「ほんとかい? ほんとに彼女の身近に、それらしい人物はいないかな」
動揺を見せるピートにサマセットは優しく問いかけた。
するとピートは何か言いたげに目を伏せる。
「・・・別にはっきりしなくてもいいんだ。君が見た上で・・・もしかしたら、と思う人物でもね」 とサマセットは言葉を続けた。
するとピートは思い切ったように顔を上げ、周りに視線を向けると、
「実は・・・彼女・・・の事になると・・・すぐムキになる奴がいて・・・僕にも何度か脅しをかけてきたんだ・・・」
「ほう。それは・・・誰だね?」
片方の眉を上げ、サマセットが身を乗り出すと、ピートは思い切った様子で口を開いた。
「マイケル・・・ゲリン・・・」
「「―――っ?」」
ピートの言葉にサマセットとミルズは顔を見合わせた。
そしてサマセットは軽く頷いてみせると、再びピートへと目を向ける。
「どうして・・・彼が怪しいと?」
「あいつは・・・何かと僕の邪魔ばかりするんだ・・・。いくら幼馴染と言ったって僕が彼女を誘うのにまで干渉するなんて変だよ。
それに・・・あいつなら彼女の近くにいるし何だって出来るだろ? それこそ盗聴だってね・・・」
ピートはそう言って深く息をつくとサマセットの方へ、
「僕が・・・言ったって言わないで・・・。もしバレたら・・・僕まであいつに何されるか・・・」
と怯えた様子で哀願してくる。
そんな彼を宥めるようにサマセットは笑顔を見せ、頷いた。
「分かってる。安心しなさい」
「・・・ありがとう・・・。じゃあ・・・僕、行っても? そろそろ次の講義が始まるんで・・・」
「ああ。悪かったね、時間を取らせて。また話を聞きに行くかもしれないが・・・今日のところはもういよ?」
「じゃあ・・・僕はこれで・・・」
ピートはそう言ってバッグを持つと足早にその場を去って行く。
だが校内に入ると、すぐに足を緩め、後ろを振り返り、刑事達が見てない事を確めた。
その表情は先ほどの怯えた顔ではなく、ほんの少しだけ口元に笑みが浮かんでいた・・・
「どう思います?」
「ん?」
二人で車へ戻る途中、ミルズが声をかけた。
サマセットは暫く考え込んでいたが、軽く息をついて頭を振ると大学の方へ視線を向けた。
「どうかな・・・。まだ何とも言えない」
「そうですか? 俺はやっぱり、あのマイケルって幼なじみが怪しいと思いますけどね。任意で引っ張りますか?」
「まあ待て。まだ彼が容疑者に絞られたわけじゃない。今の子だって十分に動機はあるさ」
「今の・・・ってピートですか? まさか!あんなオドオドした奴に轢き逃げなんて真似できませんよ」
「さあ・・・それは・・・どうかな・・・。とにかく・・・彼も少し見張らせよう」
渋い顔をするミルズに、サマセットはそう言うと車に乗り込んだ。
「あら、。どこ行くの?」
が門を出ようとした時、ちょうどメグが歩いて来た。
「ちょっと、これから実家に戻らないといけないの」
はそう言って軽く肩を竦めて見せた。
それにはメグも驚いた顔をする。
「実家って・・・どうして?」
「うん、ちょっと・・・お父さんに色々とバレちゃって・・・」
「え・・・バレたって・・・何が?」
「・・・それが・・・・・・」
がそこで目を伏せ、言葉を濁すとメグは腕時計を見てからの腕を掴んで歩き出した。
「ちょ・・・メグ?!」
「少しくらいなら時間あるでしょ? 話聞かせて」
と大学近くのカフェへと入っていく。
その強引さには渋々ついていった。
「で? 何がバレて今時期、実家に帰るハメになったの?」
二人で注文を済ませると、メグがすぐに話を切り出した。
それにはも軽く息をついて肩を竦める。
「それが・・・・アレックスの事もジョシュの事も全部よ」
「えぇ? どうして?」
「分からない。ただ・・・この前いきなりお父さんから電話が来てアレックスの事件の事もジョシュと付き合ってる事ももう知ってたの」
「嘘。もしかして・・・あの刑事さん達が?」
「ううん。あの刑事さん達はお父さんの所へは行ってないわ? さっき大学に来てたから少し話したんだけど聞いてみたら知らないって」
「そう・・・じゃあ誰がそんな告げ口を・・・。あ・・・もしかして・・・"あいつ"かな!」
メグは思いついたように身を乗り出す。
だがは目を伏せて運ばれて来たコーヒーを口に運ぶ。
「それは・・・私も考えた。でも・・・」
「でも・・・何? 他に心当たりでも?」
メグにそう聞かれ、は返事に困った。
そして、あの夜のマイケルの態度を思い出す。
あの夜の彼はどこか少しおかしかった。
心配性なのは前からだったが、あんな風にが誰かと付き合うのを止めたのは初めてだ。
いつもは反対はするものの、結局、が好きなら頑張れと応援してくれていた。
それなのに・・・ジョシュと付き合う事だけは、あんなに反対していた・・・
彼とは、あれ以来、まともに話していない。
講義でも顔を合わすのだが、どこかの方で避けてしまっていた。
「マイケルの様子がおかしいの・・・」
「・・・え?」
「ジョシュとのこと・・・凄く反対されて・・・」
「そう・・・でもそれは彼が特殊な仕事をしてるからじゃない?」
「そうなのかな・・・」
「何よ。もしかして・・・マイケルを疑ってるの? のお父さんに告げ口したって」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
メグの言葉には何も答えず、顔を上げた。
するとメグは驚いたようにの手と自分の手を重ねた。
「ちょっと? マイケルがそんなことするはずないでしょ? あいつは確かに口は悪いし、ちょっと過保護だけど・・・・
いつだっての事、守ってきたじゃない。お父さんと上手く行ってない事だって知ってるのにそんなことするはずないわ?」
メグは少し怒ったようにそう言って椅子に凭れかかった。
その様子にはシュンとして目を伏せる。
「分かってる・・・。でも・・・ジョシュのこと反対されたのがショックだったの・・・」
「それも分かるけど・・・。ね、もう一度ちゃんと二人で話したら? マイケルだってには悲しい思いして欲しくないだけだと思うし」
「うん・・・」
「あ、何ならマイケルに実家まで送ってもらえば?」
「え・・・?」
「今朝、会ったら今日はバイトもないって言ってたし!ね、そうすれば? そこでマイケルからもお父さんに話してもらえばいいじゃない」
メグはそう言ってバッグから携帯を取り出し、マイケルの番号へかけようとした。
だがが慌ててそれを止める。
「い、いい!今日はほんとに・・・。帰って来てから話すわ・・・?」
「えー? どうして? いいじゃない。送ってもらえば!」
「いいの、ほんとに・・・。それに・・・今日はジョシュがオフだし送ってくれるって・・・」
はそこで言葉を切った。
それにはメグも溜息をつき、携帯を閉じる。
「なぁーんだ、そういう事か!そりゃ幼なじみより愛しいジョシュに送ってもらえば少しはデート気分にもなるものね」
「ちょ、ちょっとメグ・・・そんなんじゃ・・・。ジョシュはただ一人じゃ危ないからって心配してくれて・・・」
「ふーん。で・・・彼のオフの日に帰ることにしたってわけ? 休みは明日からなのに」
「そ、それは・・・」
痛いところを突かれては頬が赤くなってしまった。
確かに本当なら明日、帰るはずだった。
だがジョシュが今日ならオフだし送っていけると言ってくれたのでも講義を休んで今日、帰ることにしたのだ。
それは普段、思うように会えないからであり、ジョシュも少しでもとの時間を作りたいという気持ちからだった。
「全く・・・恋をすると盲目っての為にあるような言葉だわ?」
「メ、メグ・・・!ほんと、そんなんじゃ・・・」
「あら。隠さなくていいわよ!見てれば分かる。
今の、これまで付き合った、どんな男と一緒の時より、ジョシュの話をしてるだけで凄く幸せそうだもの」
「・・・・・・っ」
メグのその言葉には真っ赤になってしまい、慌てて時計を見た。
「あ・・・・じゃあ・・・私、もう行かなくちゃ。ジョシュが大学前に迎えに来てくれるの」
「あらら。ご馳走様!」
「もう、メグ!からかわないでよ!自分だってレザーとラブラブなんでしょ?」
「まーね。でも最近はバンドの方が忙しくなっちゃってデートする時間もないけど」
メグはそう言って溜息をつくと肩を竦めて、
「ね、それより・・・大丈夫? お父さん」
「・・・うん・・・とにかく・・・ちゃんと話してくるわ? 私が変な男に引っかかってるって思ってるみたいだし・・・」
「そっか。まあ・・・相手がハリウッドのスターとくれば、お父さんも心配でしょうけど」
「違うわ・・・? お父さんは自分の立場と世間の体裁を気にしてるだけなのよ」
「そうかなぁ・・・」
「そうよ。私がそんな派手な世界の人と付き合って簡単に捨てられるって思ってる。そうなれば雑誌に載って自分も恥をかくってね」
「・・・」
「お父さんは世間の評判とか凄く気にするの。会社のことだけなのよ、心配してるのって」
はそう言うとコーヒーを飲み干し立ち上がった。
「じゃあ・・・明後日の夜には戻ってこれると思うから・・・」
「うん。あ、でも・・・ほんとにいいの? マイケルと話さなくて・・・」
「・・・大丈夫。帰って来てから・・・ちゃんと話すから」
「そう? じゃあ・・・気をつけて。ストーカーまでくっついていくかもしれないし」
「ちょ、ちょっとやめてよ・・・」
メグの言葉には顔を顰め、レジへと向う。
その後からメグもついていき、二人は支払いを済ませると外へと出た。
午前の講義が終ったのか、先ほどよりも学生の数が多く、数人、楽しそうに話しながら歩いて来る。
「あ、ねえ」
「ん?」
「さっき刑事さん達が来てたって言ってたけど・・・聞き込みか何か?」
「ああ、うん。色々とアレックスに恨みがあった人とか調べてるみたい」
「そう。あ、そう言えばマイケルのとこにも来たって言ってたけど・・・」
「そうみたいね。マイケル、アレックスと何度かモメてるし・・・」
「そっかぁ・・・。まあでもマイケルを知ってる人から見れば、あんな事できるはずないって分かるのに!全く警察ってば間抜けね!」
メグはそう言ってプリプリと怒り出した。
そんな彼女を見ては少しだけ笑うと、
「ほんとね。でも・・・今日はマイケルの事じゃなくてピートのこと聞かれたわ?」
「え・・・ピートって・・・あの暗〜いオタクくん?」
「オタクかどうかは知らないけど・・・。一応、彼も私のこと付回してたからって刑事さんが聞いてきたの」
「そうか!きっとあいつよ、犯人は!そんなことしそうな感じじゃない? 見た目がストーカーですって言ってるようなものだもの」
「もう・・・メグってば言い過ぎよ? まあ確かに彼は少し不気味だけど・・・・・・・」
はそう言いながら、この前ピートに言われた事を思い出した。
"周りに守られてるから外のことが見えないんだよね。人の本質だってさ"
彼はそう言ってた。
人の本質って何?
彼は何か知ってるって言うの?
自分だって私を付回してるくせに、警察に守ってもらえばいいなんて・・・ワケが分からない。
「じゃあピートは事情聴取されたのかしら?」
「え? あ、ああ・・・。ええ、多分。彼がどこにいるか聞かれたし・・・」
「ふん、ザマーミロって感じよね!これで、あいつも当分はに近づかないんじゃない?」
とメグはキツイ事を言ってケラケラ笑っている。
だがは前から歩いて来る学生たちの間にピートの姿を捉え、顔から笑みが消えた。
「やあ、。講義をサボって友達とカフェかい?」
「あんた・・・」
ピートが擦れ違いザマに声をかけてきてメグが顔を引きつらせた。
「何で、ここにいるわけ? またの後をつけて―」
「まさか!僕はさっきまで講義を受けてたんだ。そんな事出来る訳ないだろ?」
ピートは澄ました顔でそう言うと、笑顔でを見たが手に持ってる大きめのバッグを見て首を傾げた。
「あれ・・・どっかに出かけるの?」
「あなたに・・・関係ないでしょ・・・?」
「ほんと冷たいよな、ってさ。ま、いいけど。出かけるなら・・・刑事さんにボディガードでもつけてもらうといいよ。今は物騒だからね」
「ちょっと、あんた!これ以上、に何しようって言うの?」
ピートの言葉にメグが怒り出し、の前に立ちはだかった。
それを見てピートは慌てるでもなく、ニコニコしていて、それが逆に不気味だ。
「人聞き悪いなぁ。僕はただ心配してるだけだろ? 何もしてない」
「嘘つかないで!あんたでしょ? 今までに気持ち悪い電話やメール送ってたの!あの花だって!いい加減にしてよね!」
「さあ。僕は知らないけどね。それより、。君の幼なじみって怖い人が多いよ」
ピートはそう言うと、「じゃあまた来週、講義でね」と言って歩いて行ってしまった。
それを睨むように見ていたメグは、
「ほんっとムカツク男!」
と吐き捨てるように言っての腕をつかみ歩き出す。
「あんな奴の事なんて気にすることないわ? もう電話とかなくなったんでしょ?」
「う、うん・・・それは・・・」
「きっとアレックスを咄嗟に轢いたはいいけど警察沙汰になったからビビって出来なくなったのよ」
「そうかなぁ・・・」
「そうよ。現にメールだって変な留守電だってないんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
メグはの手を引いてズンズンと歩きながらそう言ったが、はまだ何となく不安が残っていた。
確かにストーキングは最近なくなった。
でも現にジョシュを陥れようとしたり、父に告げ口したりと何かしら影で動いているのは感じる。
”あいつ"は・・・・・・まだやめたわけじゃないんだ。
そんな事を考えていると、不意にメグが立ち止まり、の顔を覗き込んだ。
「なーに暗い顔してんの? ほら、あそこでの愛しい愛しいジョシュが待ってるわよ?」
「え・・・?」
その言葉に驚きメグの指さす方へ顔を向けると、そこには車に寄りかかって腕時計を見ているジョシュの姿があった。
「ほら、早く行きなさいよ。実家まで僅かな時間のドライヴデートなんでしょ?」
メグはそう言っての背中を押した。
はその言葉にちょっと照れくさそうに微笑むと、メグに軽く抱き付いた。
「ありがと。行って来ます」
「うん。おじさんに負けないでねっ」
メグは笑いながらをギュっとすると、すぐに離し手を振る。
も笑顔で手を振りながら嬉しそうにジョシュの元へと走って行った。
そして笑顔でジョシュと言葉を交わすと車に乗り込む前に、もう一度メグの方に振り返り手を振っている。
それを見ていたメグもまた手を降り返した。
車が走り去ったあと、メグはゆっくりと寮の方に向って歩き出す。
さっきまでの笑顔は消え、少し溜息などつきながら何となく寂しそうだ。
と、その時、着信音が鳴り響き、メグはすぐにバッグから携帯を取り出した。
「Hello?」
『ああ、俺!今どこ?』
「あ、レザー。今は大学の門前よ? を見送ってたの」
『え? 見送ったって・・・どっか行ったのか?』
「今日から実家だって。お父さんに呼びつけられたみたい」
『そっかー大変だなー、も』
「そうね。あ、レザー、もう練習終ったの?」
『ああ・・・それがさ・・・ちょっと長引いちゃって今夜、会えそうにないんだ』
「そう・・・仕方ないね」
『悪いな!今、曲作りもしてるから俺だけ帰るってわけには行かなくてさ』
「いいわよ。じゃあ・・・頑張って?」
『サンキュ!ああ、もし暇だったらマイケルとでも遊びに行って来ていいぞ? あいつバイト休みだろ?』
「うん、そうね。誘ってみる」
『ほんとごめんな? じゃあまた電話する』
「うん、じゃあね」
そこで電話を切り、軽く息をつくと、携帯をバッグにしまいながら再び歩き出した。
「マイケルと遊びに行って来ていい、か・・・」
つい、そんな言葉が口から漏れた。
もレザーもいない時に、マイケルと二人きりで会って普通でいられる自信がなかった。
こんな報われない想いをいつまで引きずってるんだろうと自分でもおかしくなる。
忘れるために他の人と付き合ったりしても、心の隙間は埋まる事がなかった。
メグは小さな頃からマイケルの事が好きだった。
家が近所でと三人、幼い頃からいつも一緒。
気づけば彼を幼なじみとしてではなく一人の男性として好きになっていたのだ。
だけど、マイケルはのことが好きなんだとメグは分かっていた。
だからずっと幼なじみとしての関係を崩さないよう、自分の気持ちを殺してきた。
もちろんの事も大好きだし家族と同じくらい大切な存在であることに変わりはない。
ただ、大学に入った年の夏。
たまたまが当時、付き合ってた恋人や、その友人とで旅行に行ってしまった時、メグはマイケルと二人きりで飲んでいた。
が恋人と旅行に行った事で少し落ち込んでいたマイケルを見ていて、メグはつい酔った勢いもあり、彼にキスをしてしまった。
いけないと思いながらも、二人はその日限りの関係を持ってしまったのだ。
そこから何となく二人はギクシャクするようになり、三人で会っていても、もう前のように気楽には接する事が出来なくなっていた。
そんな時、レザーがメグに"好きなんだ。付き合って欲しい"と言ってきた。
大学で会えば普通に話していた彼に、いきなり告白され、一度は断ろうとも思ったがレザーは思った以上に積極的に口説いてきた。
何度、冷たくしても懲りずに、また誘ってくる。
そんな彼にメグも絆され、最後はOKしてしまった。
そして二人が付き合いだすと、自然にマイケルとも前のように会う事が出来て、メグはそれだけでも良かったのだ。
だが今度はマイケルの方が自分の気持ちを抑えられなくなってるように見えた。
今までに恋人が出来るたび、確かに落ち込んではいたが、の前では普段の優しい幼なじみを演じていた。
それが今度だけは違うようだ。
(マイケルは・・・そのうちに自分の気持ちを伝えるかもしれない・・・)
そう考えると、やっぱり胸が痛む。
は今、ジョシュに夢中だ。
もしマイケルが告白したとしても、どうなるわけでもないと思う。
ただ・・・傷ついた彼を見たくないという気持ちと、今までの三人の関係がそこで壊れないかと少し不安だった。
そんな事を考えながら歩いて行くと、視界にマイケルが横切ったように見えてメグは足を止めた。
振り向いてみると、確かに門の方に向って歩いている男性の後姿はマイケルに見える。
少し急いでいるのか走るように校内から出て行くマイケルにメグは首を傾げた。
(どこ行くんだろう・・・今日はバイトもないのに・・・)
追いかけようかとも思ったが、やはり今は二人きりで会うのも躊躇われ、メグはそのまま帰ることにした。
だがその時、マイケルの後を追うように走って行く男二人を見て、また足を止める。
「あれは・・・」
マイケルを追いかけて行ったのはどう見てもここの学生じゃない。
スーツを着ているが、何となくサラリーマンには見えなかった。
それにその男達はマイケルに気づかれないようについて行ってるといった感じだ。
「もしかして、あれ・・・」
メグはそれを見て、今のは刑事なんじゃないかと思った。
この前、メグにも話を聞きに来た刑事二人はマイケルの事も疑ってるような口ぶりだった。
特に若い刑事は、「マイケルはって子の事を好きなんだろう?」 とメグの事を問い詰めてきた。
何とか誤魔化したが、やはりマークは外してないようだ。
マイケルじゃ・・・ないよね・・・?
あんなにの事を大切に思ってるあなたが、あんな酷いことするはずない。
メグはそう思いながら、心の奥で広がっていく不安に押しつぶされそうになった。
「道、こっちで大丈夫?」
ジョシュは運転しながら標識を確認しつつも尋ねた。
「うん。ここ真っ直ぐ行くと大きな道路に出るから」
「そっか。あ、時間は? 平気?」
「うん。特に何時に行くとは言ってないの。お父さんも忙しいから多分、今日も夜中まで帰って来ないと思うし・・・」
「何だ、じゃあ・・・ちょっとノンビリ行こうかな」
「え?」
ジョシュはそう言って笑うと車のスピードを落とし、の方を見た。
「少しは一緒にいたいしさ・・・」
「ジョシュ・・・」
そのジョシュの言葉には頬が少し赤くなった。
「ほら、今週は撮影が忙しかったから・・・なかなか会えなかったし」
「う、うん・・・」
何となく照れくさくては俯いたまま頷き、それでもジョシュの気持ちが嬉しかった。
本当は・・・このまま実家なんかに戻らずに、ジョシュとどこかへ行ってしまいたい。
やっと会えたのに、短い時間だけなんて・・・
は家に少しづつ近づくたびに寂しくなり、だんだん言葉数も少なくなってきた。
そんな彼女の様子に気づいたのか、ジョシュはチラっとを見ると、後ろを確認してから不意にハンドルを切った。
「ジョシュ・・・? 道、こっちじゃ・・・」
「まだ時間あるし、ちょっと寄り道していこう?」
「え、寄り道って・・・」
その言葉には驚いたが、ジョシュは笑いながら右手を伸ばし、の頬を軽く指で突付いた。
「だって、帰りたくないって顔してるからさ」
「え・・・そ、そんなことは・・・」
「じゃあ早く帰りたい?」
「・・・・・・・・・・・・」
ちょっとだけ澄ました顔のジョシュには口を尖らせ、横目で睨む。
「ジョシュの意地悪・・・」
「あははっ。意地悪って何だよ。俺はまだと一緒にいたいなって思ったのにさ」
「・・・・・・っ」
サラリとそう言われ、は何て答えていいのか分からず、更に俯いていると不意に左手を握られ心臓が跳ね上がった。
見ればジョシュはハンドルを握っていない右手での手を繋いでいる。
「な、何・・・・?」
「ん? 何って繋ぎたいから。ダメ?」
「う、ううん・・・・・・」
ジョシュにちょっと照れたように微笑まれ、はすぐに首を振った。
こんな風に運転している時も手を繋がれる事が凄く嬉しくて、また安心感を覚えた。
するとジョシュはふと思い出したように、
「そう言えば・・・"あいつ"から電話とかメールは?」
「え? あ・・・ううん。最近は・・・ないわ?」
「そっか。ならいいけど・・・。でもの親に色々話したのは・・・きっと"あいつ"だろうな・・・」
「・・・・・・そうかな・・・」
「だって他にいないだろ? そんな詳しい事まで話す奴なんて・・・」
「うん・・・そうだけど・・・」
「大丈夫か? このまま帰って・・・お父さんに怒られるんじゃない? 俺も一緒に行って説明した方が・・・」
「ううん、いいの・・・っ」
ジョシュの言葉には慌てて首を振った。
その様子にジョシュはちょっと驚いていたが、目の前に駅が見えてくると車を近くの駐車場へと止めた。
「ジョシュ・・・?」
「ここからなら家まで近いだろ? ちょっと休憩」
いきなり車を止められ、首を傾げるにジョシュはそう言って微笑むとエンジンを切ってからすぐに彼女の頬にチュっとキスをした。
「ちょ、ジョシュ?」
「は・・・俺に親を会わせたくない?」
「え・・・?」
「何だかそんな風に見えたからさ」
そう言いながら体をの方に向け、ジョシュはちょっとだけ不満げな顔をした。
はそんな彼の言葉に目を伏せ、小さく首を振ると、
「違うの。ただお父さん、ジョシュの事も驚いてたし、今度の事件の事も凄く怒ってたから今は会って欲しくないなって思って・・・」
「そっか・・・。まあ・・・無理にとは言わないけどさ・・・。でも俺が俳優なんてやってるからお父さんも心配してるんだろ?」
「そ、そういうわけじゃ・・・」
「いいよ、何となく分かるからさ。でも、だから今、ちゃんと会っていい加減な気持ちじゃないって言いたいんだけど」
「ジョシュ・・・」
真剣な顔でそう言われは驚いたように顔を上げた。
するとジョシュは優しく微笑み、そっと唇を重ねてくる。
「俺は・・・のこと本気で好きだから・・・」
「・・・ぅん」
唇を離し、コツンと額をくっつけながら囁かれた言葉はの心の不安を取り除いてくれた。
「じゃ・・・少し観光でもしようかな」
「え?」
不意に離れたジョシュはそんな事を行っての唇に素早くキスをすると、すぐに車を下りてしまった。
そして助手席へと回り、ドアを開けるとの腕をグイっと引っ張る。
「ちょ、ちょっとジョシュ、観光って・・・」
「まだ時間あるし、この辺でデートしよう? ほら、早く!」
「わ、ま、待ってよ・・・!」
車のキーを閉めるとジョシュはの手を繋いでさっさと歩き出し、も慌ててついて行った。
「ここのユニオン駅は観光するとこ沢山あるだろ?」
「そ、そりゃあ、あるけど・・・・・・で、でもジョシュが普通に歩いてたら皆、驚くよ・・・っ?」
「大丈夫だって。ちゃんと帽子とサングラスはしてるから」
「で、でもジョシュ、凄く大きいから目立っちゃう―ん・・・っ」
ジョシュは突然、止まったかと思うとの方に屈んで、すぐに唇を塞いだ。
そして驚いているの腰を軽く抱き寄せると、ゆっくり唇を離し、ニヤっと笑って額にも軽く口付ける。
それにはも一瞬で真っ赤になってしまった。
「な、何して・・・」
「そーんな気にするなら堂々とキスしてバラしちゃった方がいいかと思ってさ」
「バ、バカ言わないでよ・・・!こ、こんな駅前で・・・」
「別に誰も見てないって。、気にしすぎ」
ジョシュはそう言ってちょっと笑うと、再びの手を繋いで歩き出した。
すでに今のキスで体の力が抜けそうだったはそのままジョシュに手を引かれて仕方なくついていく。
一気に熱を帯びた顔が熱くて、は軽く息を吐き出した。
ドキドキしすぎて死にそう・・・
でも・・・こんな風に周りの目を気にしないでくれるのは・・・・・凄く嬉しい・・・。
少しだけ強引に引っ張って行ってくれる、その手の温もりさえ、嬉しくて・・・こんなにもジョシュが好きなんだって実感する。
「? お腹空かない?」
「・・・・・・ちょっと・・・空いたかな?」
そうやって眉を下げて私を見る、その表情さえこんなにも愛しくて―
「何笑ってるの?」
「ううん。何でもない!早く行こう?」
不思議そうに首を傾げるジョシュに、はそう言って繋いだ手をギュっと握り返した。
ジョシュも嬉しそうに微笑み、またその手を優しく握り返す。
今だけは嫌なことも忘れて、こうしてジョシュと一緒にいたい。
そう思いながらはそっとジョシュに寄り添った。
二人が歩いて行くのを見ながら、一つの影もゆっくりと歩き出す。
その影に二人は気づくはずもなかった――
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