第十五章:迷走の闇                                                    














貴方は こんなにも遠すぎて 全てが 悲しかった
















「そこへ座れ」


机の椅子に座ると父は相変わらず不機嫌そうな声を出した。
私も黙ってソファに腰をおろす。


ここは父の書斎。
大きな本棚にびっしりと並べられた数々の本が気分を更に重くさせる。




ジョシュに送られて家に帰った時、まだ父は帰宅してはいなかった。
母も帰ったばかりなのか、スーツのまま出迎えてくれて、そのまま暫く二人で話していた。
母はかなり心配してたようで、ジョシュの事もあれこれ訊かれたが私はちゃんと本当の事を説明しておいた。


「あなたを大切にしてくれる人なら・・・私は相手がどんな職業でもいいと思うわ」


優しい音色で母はそう言ってくれて、私はその言葉に救われる思いがした。
ただ父が同じように認めてくれるとは思えない。
父の頭の中には仕事の事しかないから。
俳優と付き合っていれば、そのうち私の事が記事に載ると思っている。
そうなったらハイエナのようにしつこいマスコミが素性を調べ、自分の事や会社の事まで書き立てられるだろうと心配しているのだ。
父にとったら娘も仕事の道具・・・
ジョシュとの事を猛反対されるのは目に見えていた。




そんな不安を感じながら目の前の父を見た。
父は最初に持ち帰った会社の重要書類に目を通していて私の方を見ようともしない。
その父の威圧感は昔と変わらず、今もやはり、どこか近寄りがたい雰囲気をかもし出している。




コンコン・・・




不意に書斎のドアがノックされ、父が書類から顔を上げた。


「誰だ」
「私です」


母の声だった。


「・・・入りなさい」


軽く息をつくと父はかけていた眼鏡を外した。
静かにドアが開き、母が手にお盆を持って入ってくる。


「あなた、コーヒーお持ちしました」
「・・・そんなもの頼んでないぞ?」
「いいじゃないですか。 ―はい、にはカフェ・オレよ?」
「・・・ありがとう、ママ・・・」


母の気遣いに胸が熱くなりカップを受け取ると微笑んだ。
だがすぐに父の不機嫌そうな声が飛ぶ。


「呼んでもいないのに来なくていい。話が済むまで向こうへ行ってろ」
「・・・はいはい。じゃあ、夕飯もうすぐ出来るから後で食べに来なさい」
「うん」


母はニッコリ微笑むと軽くウインクをして書斎から静かに出て行った。
私は母の淹れてくれたカフェ・オレに口をつけながら再び書類を見ている父の様子を伺った。
深く刻まれた眉間の皺に内心、変わってないなぁと思う。
昔はもっと・・・笑顔を見せてくれていたのに。
会社の経営を継いでからは父はあまり笑わなくなってしまった。
きっと若いうちに大会社のトップになり、相当なプレッシャーと戦ってたせいだろう。
自分よりも遥かに年上のクセのある人間たちと互角に渡り合わなければならなかったのだ。
当然と言えば当然だった。
でも、それでも私は父にもっと家族を見て欲しいと思って過ごしてきた。


「ふぅ・・・」


父が軽く息をつき、再び眼鏡を外すと目と目の間を指で抑えた。
私は持っていたカップをテーブルに置くと父の分のコーヒーを持って机の方に歩いて行く。


「はい、パパ」


目の前にコーヒーを置くと父はやっと顔を上げて私を見た。


「ああ・・・」


それだけ答えると父はそのカップを持って立ち上がり、ソファの方へと歩いて行く。
私も黙ってついていくとソファに座りなおし父の顔を見た。
父はコーヒーを一口飲むと静かにカップを置き、厳しい目で私を見据えてくる。


「・・・別れたのか?」
「・・・え?」


何の前置きもなく、父はそれだけ訊いてきた。
その勝手な言い草に私も少しムっとする。


「別れてないし別れる気もないわ」
「なにっ?」


一瞬で父の目が厳しいものへと変わる。
それでも負けまいと黙って父を見つめた。


「パパ、聞いて?ジョシュはパパが思ってるような人じゃないの。凄く素敵な人よ?」
「あんな世界で生きてる男だ。いつか泣かされるのがオチだ。それに常にマスコミに追われてるような仕事だぞ?」
「パパ・・・ジョシュは確かに派手な世界で仕事をしてるかもしれない・・・。でも彼自身はしっかり地に足をつけてる人よ」
「ふん、お前に何が分かるんだ?お前のような子供を騙す事なんて俳優にしたら台詞を覚えるより簡単だろう」
「パパ・・・!」


その言葉にカっとなった。


「ジョシュはそんな人じゃない!会ってみれば分かるわ?」
「何故、私が会う必要がある!そもそも女子大生に本気で惚れると思うのか?常に綺麗な女優を見ている男が」
「それは・・・っ。でもジョシュは私の事を好きだって言ってくれてる・・・!」


必死に訴えた私を見て父は鼻で笑った。


「そりゃいくらでも好きなんて言えるだろう。女を口説こうと思えばな」
「・・・パパ・・・」


唖然とした私に父は更に追い討ちをかけるような言葉を吐いた。


「まさかお前・・・その男に体を許したわけじゃないだろうな?」
「―――っ」


その言葉に愕然とした。
一気に悲しみと絶望で心が支配され、体の力が抜けていく。
悔しくて、それでも唇を噛むと、少しだけ血が滲んだ。


「どうなんだ。答えなさい!」
「・・・・・・っ」


父の語尾が上がりビクっとした。
悔し涙が溢れたが、それでも黙って首を振る。


「・・・そうか。なら、いい。お前には会社の跡取りになる男と結婚してもらわないといけないんだからな」
「・・・・・・パパ・・・まだそんなこと・・・」


声が震えた。
父はまだ私を利用しようとしている。


「・・・嫌よ・・・」
「何だと?」
「・・・パパの言いなりにはならない。私は・・・パパの人形じゃないの・・・会社の為に結婚なんてしない!」


思わず声を荒げ、父を睨む。
父は険しい表情から怒りの表情へと変わった。


「お前は―!」





コンコン・・・






「「・・・・・・ッ?」」



父が怒鳴ろうとした、その時。
再びノックの音が聞こえてきた。
父は思い切り息を吐き出すと、「誰だ!」と怒鳴る。
そこへ、「僕です」と若い男性の声が聞こえて、父の表情が一瞬緩んだ。


「ああ、入りなさい」
「失礼します」


そう言ってドアが開き、私は自然と顔をそちらに向けた。




「――――ッ」


「やあ、くん。久しぶりだね」




そこには爽やかな笑みを浮かべたトムが立っていた。
前、父に紹介された取引先の息子だ。
一度だけデートをした事があったがジョシュへの気持ちに気づき、トムからの申し出を断っていた。


「まあ、座りなさい」
「はい。失礼します」


父がトムを促し、彼は私の隣に腰をかけた。
私はどうして今、この状況で彼が来たのか分からず、父の方を見る。


「パパ・・・?」
、トムはお前が失礼な態度をしたというのに気にしない、と言って下さってる」
「・・・え?」
「当然ですよ。ちょっと初デートで焦りすぎたようだ。もっと僕という人間を知ってもらってから告白すれば良かった」
「・・・な・・・」


トムはニッコリ微笑むと、「またデートして欲しいな」と言った。
それには驚いて眉を顰めれば、父がさっきと打って変わったように機嫌が良くなる。


「それはもう是非、誘ってやって欲しい」
「パ、パパ・・・!」
。トムはお前さえ良ければ婿養子になるとまで言ってくれてるんだぞ?」
「―――ッ?」


父の言葉に私は目を見張った。


(・・・婿養子?!・・・父はまだ彼と私をくっつけようとしてるの?!)


不安が足元から這い上がってきてギュっと手を握り締めた。
そして父の方を見ると、思い切って口を開く。


「パパ・・・」
「ん?何だ?」
「今日・・・彼と会わせるために・・・私を呼んだの・・・?」


そう言って伺うように父を見るとアッサリ、「そうだ」と肯定された。
思わず溜息が洩れ、諦めが私を襲う。
そのまま私は静かにソファから立ち上がった。


「どうした、
「帰るわ」
「何だと?」
「そういう話をしに来たんじゃないもの・・・」


そう言ってコートとバッグを持つと、トムに「失礼します」と言って書斎を出て行こうとした。
だが、


「―――ッ?!」


「ダメですよ」


ドアノブに手をかけた瞬間、トムが私の腕を掴んだ。
驚いて見上げるとトムは薄笑いを浮かべている。


「な、何するんです?」


そう言って父に助けを求めるように視線を向けた。
だが父は厳しい顔で立ち上がると、


「お前を帰すわけにはいかん」
「な・・・何ですって?!」
「お前は暫くここにいるんだ。大学も休め」
「ちょ・・・パパ?!」


その言葉に驚いてトムの腕を振り払おうとした。
だがギュっと掴まれ、思わず顔を顰める。


「・・・痛ぃっ」
「僕はカーヴェリック氏に君の事を頼まれている。大人しく家にいなさい」
「か、勝手なこと言わないで・・・離してよ・・・! パパ!何とか言って!」


トムの態度に腹を立て、私は再度父に助けを求めた。
だが父は机に向かうと眼鏡をかけながら、


「私は仕事が残ってる。トム、悪いがを部屋まで連れて行ってやってくれ」
「分かりました」
「その後の事も頼むよ」
「はい。分かってます」
「・・・・・・パパっ?!」


父の言葉に呆然とした。


(父は本気なのだ。本気で私を帰さない気なんだ・・・)


こちらを見ようともしない父に私は心の底から絶望を感じた。
そんな私の肩を抱いてトムは書斎を出ると二階へ続く階段を上がっていく。


「いや・・・!離してよ!私は帰るんだから・・・ッ」
「・・・無駄だよ」


抵抗する私にトムは一言そう言った。
キッと睨みつけるように顔を上げると、トムは父の前とは違うとても冷ややかな目で私を見た。
そんな彼を見て、父の前で仮面をかぶってるんだという事がやっと分かった。
外見はスポーツマンタイプの爽やかな感じだし確かに美形だが、彼の瞳はどこか冷たい印象だ。
前にデートをした時も何となく嫌な感じがしたのは、このせいだったのかもしれない。


「さあ、どうぞ。囚われのお姫様。と言っても・・・ここは元々君の部屋だったね」


部屋のドアを開け、中に入るとトムはやっと腕を放し、私を奥へと押しやった。
悔しくて彼を睨みつけると、トムはドアの鍵を後ろ手に閉めてニヤリと笑った。


「おやおや・・・さすがカーヴェリック氏のお嬢さんだ。気が強いな」
「・・・どういうつもり?婿養子になってもいいって父に言うなんて」
「どういうつもりも何も・・・君が好きだからに決まってるだろう?」


ジリジリと近づいてくるトムに私は寒気を感じ、少しづつ後ろへと下がる。


「嘘よ!どうせ父の会社を乗っ取ろうと思ってるんでしょ?だから私を利用しようと―」
「ぷ・・・あはは・・・っ」
「・・・・・・ッ?」


いきなり笑い出したトムに私は驚き、眉を寄せた。
するとトムは急に笑うのをやめ、ニヤニヤした顔で私を見る。


「僕はね、。会社なんてどうでもいいんだよ」
「・・・え?」
「言っただろう?僕は君だけが欲しいんだ」
「な・・・で、でもあなたのお父様だって会社を経営してるじゃない!跡取りなのに婿養子になっていいの?」
「僕は次男だからね」
「・・・え?」


トムはそう言って鼻で笑った。


「確かに僕も父さんの会社で重役をしている。でもそんなのは名ばかりさ!周りにいくら"跡取り"と言われても、
結局、最後に父さんの後を継ぐのは兄さんなんだ!」


トムは吐き捨てるようにそう言うと忌々しげな表情を浮かべている。


(ああ・・・この人はそんな環境で育ったから屈折したのかもしれない・・・)


彼の話を聞いていると何となくそう思った。


「父さんは僕と兄さんを競争させようとしてるけど・・・僕はそんなものに魅力を感じない」


トムは嘲るような笑みを浮かべると、ゆっくりと私に視線を移した。


「僕が魅力を感じるのは・・・君だよ、・・・」


その瞳はどことなく熱を帯びていて私はかすかにゾクリとした。


「君の写真を見てから・・・君の事ばかり考えるようになった・・・」
「え・・・?」
「カーヴェリック氏から話を聞いているうちに、もっと気になるようになった」
「・・・・・・・・・」
「だから君の事を色々と調べさせてもらったよ」
「な、何ですって・・・?」


彼の言葉にドキっとして、また後ろへと下がる。


「過去の恋人の事も・・・友人たちの事もね・・・」
「ど、どうして、そこまで・・・」
「だから何度も言ってるじゃないか。君が好きなんだ・・・」
「そ、そんなの愛じゃないわ!あなたは仕事に懸けるものがないから私に執着してるだけよ!」


そう叫ぶとトムの眉が片方上がり、そしてクック・・・と笑いを洩らした。


「執着・・・か。そうかもしれないな・・・。現に僕はいつも君を見てたからね・・・」
「・・・・・・え?」


トムはそう言ってニヤリとした。
私は彼の言葉に驚いて目を見開いた。
背筋に冷たいものが流れ、足が震えてくる。


まさか―――彼が・・・


「おや?どうしたんだい?そんな青い顔をして」
「・・・で、出てって・・・」
「出てけとは冷たいな。未来の君の夫となる僕に対して」
「あ、あなたとは結婚なんてしない!出てって!」


必死に叫ぶ。
だがそれでもトムは余裕の笑みを浮かべて私の方に歩いてきた。


「それがそうもいかないんだ」
「え・・・?」
「君の父上から"今夜はの傍にいてやってくれ"と頼まれていてね」
「な・・・!嘘よ!」
「嘘じゃない。君が抜け出さないように、とね。それと今夜は二人でゆっくり話すといいとまで言って下さったよ」
「・・・・・・ッ」


その言葉にショックを受け、私は一瞬、クラっとした。
トムはビシっと着込んでいるスーツのネクタイを緩めながら私を舐めるように眺めている。


「ん?どうした?少し具合が悪そうだね」
「・・・こ、来ないで・・・」


フラつく足で少しづつ後ろへ下がる。
だがトンっとベッドに当たり、そこで足が止まってしまった。
それを見たトムは薄笑いを浮かべ、ジリジリと近づいてくる。


「顔色が悪いよ、・・・。少し横になった方がいい。僕が傍についてるから」
「い、いや・・・来ないで・・・!」


ゆっくりとこっちへ歩いて来るトムに私は寒気を覚えた。
思い切り走って逃げ出したいのに、体が震えて足が思うように動かない。



私はその場で固まったように、ただ近づいてくるトムの妖しく燃える目を見ていた。




























「警部!」


仲間との電話を終えたミルズが慌てたように走ってきたのを見てサマセットは眉を寄せた。


「どうした?」
「そ、それが・・・マイケルの行き先が分かりました!」
「何?どこだ」
という子のルームメイトから聞いたらしいんですが彼女、今日は実家の方に戻ってるらしくて」
「実家に?そうか、それでいなかったのか・・・」
「ええ。それでそのルームメイトが言うには午後を過ぎたくらいにマイケルから電話があったと・・・」


ミルズはそう言いながら軽く深呼吸をした。


は今、実家に言ってると教えると電話はすぐ切れたようです」
「そうか・・・では・・・」
「ええ、彼女を追って行った事は間違いないかと」
「よし!車を出せ」


サマセットがそう言うとミルズは急いで車へと乗り込み、エンジンをかけた。
サマセットも助手席に乗り込むと、「で、彼女の実家は?」と尋ねる。


「ワシントン・DCです。住所もルームメイトの子から聞いてます」
「そうか、じゃあ急いでくれ」
「はい」


ミルズは張り切って返事をすると思い切りアクセルを踏み込んだ。


「警部・・・」
「ん?」
「マイケルの奴はどうして彼女を・・・。自分が疑われてると知ってヤケを起こす可能性もありますよ?」


ミルズは上手くハンドルをさばきながら問い掛ける。
サマセットは少し考えてるようだったが、険しい顔を見せると顎に手を当てた。


「彼が・・・彼女を傷つけるという事か?」
「ええ。その可能性0じゃないでしょう」
「ふむ・・・とにかく急ごう」
「はい」


ミルズが他の車を上手い具合に避けて飛ばしていく。



サマセットは流れる景色を見ながら小さく息を吐き出した。


























「ほら、コーヒー。これ飲んで体を温めろ」


レザーはそう言うとホットコーヒーの入った紙コップをメグへと渡した。


「ありがと・・・」


メグはちょっと笑顔を見せるとコーヒーを一口飲み軽く息を吐き出した。


「はぁ、美味しい・・・」
「どうだ?少しは落ち着いたか?」
「うん・・・ごめんね?急に・・・」


優しく頭を撫でてくれるレザーにメグは微笑んだ。
レザーもちょっと笑うと、「別にいいさ。作業は捗ってないしな」と肩を竦める。
メグは楽器やアンプ、スタンドマイク等が置かれたスタジオ内を見渡し、


「バンドのメンバーは?」
「あんま寝ないでやってたし一度家に帰ったよ。俺もさっき家に戻って休もうと思ってたとこ」
「そう・・・。あ、じゃあ・・・もう帰って寝た方が・・・」
「いいよ。、夜中くらいには戻ってくるんだろ?それまで一緒にいるから」


レザーの優しい言葉にメグは胸が熱くなるのを感じた。
と、同時に唇にキスをされ、体も熱くなる。


最初はマイケルを忘れるために付き合いだしたはずだった。
それでも心のどこかでマイケルを求めていてレザーを裏切ってるような気持ちになった事もある。
でもここへ来てメグはレザーの愛情に自分が癒されてる事に気づいた。
レザーは普段、おちゃらけたりして軽く見られがちだが、実際は誠実で本当に優しい人だという事を、
メグは付き合っていくうちに分かってきたのだ。
そして今もこうして優しく抱きしめてくれる彼に、メグは確かに愛情を感じていた。


(もう・・・マイケルの事は忘れよう・・・傍に私を大切に思ってくれてる人がいるんだもの・・・)


そう思いながらメグはレザーの体に体を預け、そっと目を閉じた。
優しく頭を撫でている手が心地良くて安心感を覚える。
こんなに安心して体を預ける事が出来たのは初めてだった。


マイケルには甘えられなかった。
彼が見つめているのは、いつもだったから。
どんなに私が想ってもマイケルは振り向いてくれない。
でも・・・きっとマイケルも同じ想いを抱えてきたんだよね・・・?
だからあんな事まで・・・


マイケルの心の痛みにメグはギュっと目を瞑った。


「何だよ・・・寝ちゃうの?」
「・・・だって・・・凄く・・・気持ちいいから・・・」
「おーい。俺だって眠いんだぞ〜?」


レザーのおどけた声が聞こえてきて内心、笑みを洩らす。
でも瞼をあける事が出来ず、メグはギュっとレザーにしがみついた。


「どうした・・・?今日は甘えんぼさんか?」
「・・・レザー」
「ん?」
「・・・好きよ・・・」


メグは小さな声でそう呟いた。
すると髪にキスをされた感覚がして、耳元で「俺も・・・好きだよ」とレザーの真剣な声が聞こえてくる。



その声にホっとするのを感じ、メグはかすかに微笑んだのだった。































「はぁ・・・」


小さく息をついて腕時計を見た。
午後11時を回っている。


(遅いな・・・。もうとっくに連絡が来てもいい頃なのに・・・)


俺はすでに真っ暗になった外を眺めて溜息をついた。
が今日中に戻ると言うので駅前のカフェで彼女から連絡が来るのを待っている。
だけど家に送ったのが午後7時前。
なのに今現在は午後の11時・・・となれば少しだけ不安になってくる。


やっぱり・・・父親とモメてるんだろうか・・・
もし泊まって行けと言われて、そうするなら電話が来るだろうし・・・
ここまで何も連絡がないところをみると・・・まだ父親と話してるとしか思えない。


「はぁ・・・やっぱ俺も行くべきだったかな・・・」


椅子に凭れて独り言を呟く。


まあ彼女の両親の心配も分からないでもない。
ただ話で「ハリウッド俳優と付き合ってる」なんて言われたら、どの親も"遊ばれてるんじゃ"と思うだろう。
それに轢き逃げ事件の事もある。
"あいつ"はの両親に電話をして、その事を話したというし、もちろん俺が容疑者になりかけた事も知ってるだろう。
だからこそ俺も一緒に行ってきちんと両親に挨拶しておきたかった。
話せば分かる、なんて簡単には思わないが、全く会わないよりはマシだと思ったのだ。
でも・・・の口ぶりからすると両親、特に父親との関係はあまり上手くいってないようだった。
だから俺と一緒に帰って父親の神経を逆なでしないように、と思ったのかもしれない。


それにしても・・・


「遅いなぁ・・・」



目の前の携帯を見つめながら、大きく息を吐き出した。




何となく・・・そう何となく嫌な予感がしていた――
























額に汗が浮かんだ。
目の前には熱い炎を滾らせた瞳。
至近距離で射抜くように見つめられ、私は唇を噛み締めた。


「綺麗だ・・・。まだ汚れも知らない純粋無垢な肌は・・・」


トムは恍惚とした表情でそう呟くと私の首筋から胸元までツツ・・・っと指を滑らせた。
トムに触れられるだけでゾクリと鳥肌が立ち、嫌悪感でいっぱいになる。


ジリジリと近づいてきたトムから逃げようとしたのに足が動かず、更によろけてベッドに倒れてしまった。
それを待ってたかのようにトムが覆い被さって来て、一瞬で私はベッドに組み敷かれてしまったのだ。
暴れようとしたが私の両手はアッサリ彼の左手一本で拘束され上に固定されてしまった。
足も彼が体重をかけて抑えているので全く動かせない。
男と女の力の差は、ここまで違うものなのか、と悔しくなった。


「・・・離して」


無駄だと分かっていても、つい口からそんな言葉が出る。
この後にされる事を想像するだけで死んでしまいたくなるのだ。
トムは小さく笑うと上から私を見下ろし、舌なめずりをした。


「君の父上からはお許しを得ているんだ」
「・・・嘘よ!いくら父でもそんなはず―」
「そうかな?君が俳優なんかに傷物にされないうちに僕にくれる、という事らしいけど」
「・・・嘘!」


悔しくて悲しくて涙が零れた。


(まさか・・・いくら何でもそんな事まで父が許すはずない・・・!)


そう信じたかった。
だがその小さな望みを打ち砕くようにトムはニヤリと笑って顔を耳元に近づけてきた。


「・・・"ふつつかな娘だが・・・もらってやってくれないか"と電話がかかってきたんだ」
「・・・・・・ッ」
「今夜・・・ここに来て一晩と一緒にいてやって欲しい、とね。それがどういう意味だか分かるだろう?」
「・・・・・・・う・・・そ・・・」
「あ〜泣かないでくれよ・・・。これから僕らは結ばれるんだ。泣き顔は良くない」


トムはそう言って少し顔を横に向けると私の涙を舌で舐め取った。
その感触にゾクリとしてギュっと目を瞑る。


「や・・・やめて・・・ッ」


必死に震える声で叫ぶ。
だがトムは「クックック・・・」と低く笑いながら、また耳元に唇を寄せた。




「君は・・・もう僕のものだ・・・」


「――――ッ」




その不気味な声が"あいつ"と重なり、ハっと目を開けた時だった。
目の前にあるトムの顔が近づき、私は強引に唇を塞がれた。


「・・・んんぅ・・・ッ」


彼の舌を押し込まれ口内を愛撫される。
その気持ち悪さに私は必死に体を捩った。
だが腕を掴む彼の手に凄い力が入り、痛さにビクンとなる。
逃げ惑う舌を絡みとられ思い切り吸われると涙がボロボロ零れてきた。


いや・・・!やだ・・・!こんな男に好きにされたくない・・・ッ
私は・・・ジョシュが好きなのに・・・彼に抱かれるはずだったのに・・・
こんな男に奪われるなんて絶対にいや・・・!


心の中で悲鳴をあげる。
だが実際に声にする事が出来ないくらい激しくキスをされ、厭らしい水音が私の耳にも届いた。
吐き気がするくらいの嫌悪感が体全体に駆け巡る。


パパは本当にこんな事を許したの・・・?
本当に私を好きにしていいって言ったの・・・?
パパは・・・私が可愛くないの――?


胸が痛くて、怖くて涙が止まらない。
嗚咽すら吐けないくらい、何度も何度も唇を塞がれ苦しくなる。
呼吸が出来ず、意識が朦朧として体の力が抜けてくるのを感じた。
その時、不意に唇を解放され、ゆっくりと目を開けた瞬間、今度は首筋に刺激を感じビクっとなった。


「・・・ンッ」
「いい反応だ・・・」


トムは顔を上げるとニヤリと笑い、再び首筋を舌で舐めていく。
それが嫌なのに苦しくて呼吸をするだけで精一杯だ。
叫びたいのに声すら出ない。
極度の緊張と恐怖から喉がカラカラで胸が上下に激しく動く。
それを楽しむように見ながらトムは鎖骨まで愛撫すると、ゆっくりと顔を上げた。


「いい眺めだな・・・。君にこうする事を夢見ていたよ・・・」
「・・・ゃっ」


彼の手が胸元に這い上がってきたのを感じ体を捩ろうとした。
だが息も絶え絶えで全く力が入らない。
それを薄笑いのまま見つめながら、トムは私の胸に触れると感触を楽しむように膨らみを手で揉みだした。


「・・・ぃ・・・ゃ・・・ッ」


声にならない声で叫ぶ。
こんな男に触れられてると思うと吐き気がして首を左右に振った。
それを薄笑いのまま見て楽しんでいるこの男はまともじゃない、と恐怖すら感じる。


ほんとに・・・この男が"あいつ"なのかもしれない・・・
この人はまともじゃない・・・!




「一度抱かれれば・・・君も僕を好きになるさ。よく言うだろう?女性は初めての男を忘れられないって」




小さく笑いながら耳元でそう言われキッっと彼を睨みつけた。


「ふん・・・その気の強いところも好きだよ」
「・・・最低・・・あんたなんて・・・絶対好きにならない・・・」


掠れる声でそう言うと、トムは楽しげな笑みを零す。


「いいね。そういう気の強い女をモノにする時が一番、快感なんだ・・・!」
「―――ッ」


彼はそう言うと胸に触れていた手で私のセーターの襟元を掴むと下に引き裂いた。


「ぃやぁぁ・・・ッ」


ビリリ・・・っとセーターの裂ける音で私は思い切り叫んだ。
だがトムは未だ、そんな私の姿を楽しむように上から見下ろし、舌舐めずりをしている。


「もっと叫べよ。その方が興奮する」
「・・・最低・・・あんた・・・なんて・・・ンっ」


またしても強引に唇を塞がれ、言葉が途切れる。
何度も口内を愛撫され、また体に力が入らなくなった。


サディスト・・・
この男はまるでサディストのようだ・・・


唇を解放されても呼吸困難になりそうで私は軽く咽てしまった。
両腕はとっくに自由になっているのに長い間、固定されてたせいで痺れてるのか全く感覚がない。


「ぃや・・・ッ」


その時トムが胸元に顔を埋め、膨らみをなぞるように舐めていく。
私は「やめて・・・ッ!」と叫んで逃げようとした。
だが気持ちでは起き上がろうと思うのに体がいう事を聞かず、僅かに横を向いただけ。
それを利用してトムは背中のホックを外そうと手を入れたのが分かり、「・・・やめてっ」と叫んだ。
その時―


凄い勢いでトムが私から離れた。




「――――ッ?!」








「・・・てめぇ何してんだ!!」


「な・・・だ、誰だ、お前――」








ガツッ!!










モメる声と鈍い音がして私は目が丸くなった。












「・・・おい、!大丈夫か?!」


「な・・・!ど、どうしてここに・・・?」










ベッドの方に慌てて駆け寄ってきた人を見て、私は目を見張った。







「・・・マイケル・・・」





そう、目の前にいたのは幼馴染のマイケルだった。


「んな事より動けるか?」


マイケルはベッドの上に上がるとグッタリした私の体を起こしてくれた。
そして、「ちょ、ちょっと待てよ?その格好じゃまずい・・・」と言って私のクローゼットの中からシャツを持ってきてくれる。


「ほ、ほら、これ着ろよ」


視線を彷徨わせながらマイケルはそれを私の方に放ってくれた。


「あ・・・ありがと・・・」


私も改めて自分の格好を見下ろし顔が真っ赤に染まった。
破られたセーターはボロボロでブラジャーをしているとは言え、胸が全て肌蹴て見えている。
私は急いでセーターを脱ぎ捨てるとシャツを羽織ってボタンを留めた。


「き、着たか?」
「・・・う、うん」


私が頷くとマイケルはホっとしたようにこっちを見てベッドに腰をかけた。


「大丈夫か・・・?」
「マイケル・・・」


私はマイケルの心配そうな顔を見て一気に安心したからか涙が溢れ、ポロポロと零れ落ちた。


「お、おい泣くなって・・・もう大丈夫だから・・・」
「マイケル・・・ッ」


私はマイケルにギュっと抱きついた。
色々と聞きたい事はあったが、少なくとも今のマイケルは私の事を本当に心配してくれている。
それは子供の頃とちっとも変わってなくて私は暫く彼の胸で泣いていた。







「・・・・落ち着いたか?」
「・・・・・・」


涙も引いて気分が落ちついてきた頃、マイケルが私の顔を覗き込んできた。
鼻をすすりながらも何とか頷くと彼はホっと息をついてベッドに寝転がる。


「はぁ・・・ったく・・・驚いたぞ?ベランダからよじ登って入ってきたら怪しげな男がお前を押し倒してるから」


マイケルはそう言って未だ床で伸びているトムを見た。


「一体何があったんだ?この男は誰だよ」
「・・・・・・パパの・・・知り合い・・・」
「おじさんの?なのにを乱暴しようとしたのか?」
「・・・パパが私の結婚相手にって連れてきたのよ・・・。無理やり結婚させようとしてた・・・」


そこまで言うと、やはりショックだったのか再び涙が瞳に溢れる。
マイケルは慌てて起き上がると、「おい、泣くなって・・・」と私の頭を撫でた。
私は急いで涙を拭くとちょっとだけ笑顔を見せて、


「大丈夫・・・。それよりマイケル・・・聞きたい事があるの・・・」
「ああ、何でここに来たかって事?」
「それもあるわ?でも他にも・・・」


そう言ってマイケルを見ると彼は視線を逸らして軽く息を吐き出した。


「分かったよ。でもまずは・・・ここを出よう」
「・・・え?」
「どうせジョシュの事で呼ばれて閉じ込められたんだろ?しかも変体男付きで」


マイケルはそう言って苦笑するとベッドからポンと飛び降りた。
そして床に倒れたままのトムを見下ろす。


「こいつ一見まともに見えるけど・・・内面は相当なSだな・・・」


マイケルは吐き捨てるように、そう言うと伸びてるトムの足を蹴飛ばした。


「・・・ぅ・・・う・・・」


足を蹴られた衝撃で意識を取り戻したのか、トムが低く呻めいた。
それを見てマイケルが今度は思い切り顔を蹴飛ばした。


「・・・ぐぁッ」
「マイケル・・・ッ」


その一撃でトムはまたしても気を失ったのか、ガックリと首を横にすると動かなくなった。
私は彼の行動に驚いて立ち上がった。


「ちょ、ちょっとマイケル・・・やりすぎよ・・・?」


その様子に私は慌ててベッドを降りると彼の方に歩いて行く。
だがマイケルは酷く冷めた目で私を見た。


「バカ言うな・・・お前、どれだけ酷いことされたと思ってんだよ」
「・・・そ、そうだけど・・・」


軽く目を伏せ、俯くと不意に腕をグイっと掴まれドキっとした。


「こんなアザになるまで乱暴されたんだろっ?こんなクズに同情する事はない」
「そ、そんなんじゃ・・・・・」


顔を上げてマイケルを見上げた時、ハっと息を呑んだ。
マイケルはさっきと違い、怖い顔で私を見ている。
いつものマイケルじゃないみたいで私は思わず視線を逸らした。
マイケルは私の腕を離すとベランダの方に歩いて行った。


「ほら、行くぞ?」
「え・・・で、でも―」
「そのサディストと一緒に一晩過ごしたいのか?それに・・・このまま家にいたら、当分の間戻って来れないぞ?」
「・・・・・・」


マイケルはそう言うと窓を開けて外へと出た。
仕方なく私もバッグを持ってマイケルの後から外へと出ると柵に何かが引っかかっている。
覗いてみると、それは長い梯子だった。


「マイケル、これ・・・」
「え?ああ・・・これ俺の家からちょっと拝借してきた」
「ええ?じゃ、これ上って来たの・・・?」
「ああ、まあ、な。が実家に戻ってるってケイトに聞いてさ。来てみたけど、おばさんに来てないって言われて・・・」
「え・・・ママに?」
「うん。で・・・様子がおかしかったから気になっての部屋を見に来たら電気ついて人影が見えたし変だなと思って・・・」


マイケルはそう言うと肩を竦めた。


「で、ああ、もしかしたらの奴、おじさんに閉じ込められてるのかなと思ったんだ」
「・・・そう・・・だったの・・・」
「ああ、それより早く行こう。あのバカが目を覚ますとやっかいだ」


マイケルはそう言うと身軽な動作で梯子を下りていく。
それを見ながら、ふと彼について行っても大丈夫だろうか、と不安になった。
でも今ここで抜け出さないと本当に戻れなくなるかもしれない。
私は決心すると怖いながらも必死に梯子を下りて行った。


「向こうに車を止めてある」


下に下りるとマイケルが待っていて表通りの方に歩き出した。
それを見て一瞬、足が止まる。


(そうだ・・・ジョシュに電話するって約束してたんだった・・・)


その事を思い出し、慌てて腕時計を見ると、すでに午前0時になっていた。


「嘘・・・もうこんな時間?」


私は慌ててバッグから携帯を取り出した。
まだジョシュが待っててくれているか不安になる。


「・・・どうした?


私がついて来てない事に気づくとマイケルは訝しげな顔で振り返った。


「あ、あの・・・私・・・ジョシュに―」


と言いかけて言葉を切った。


"マイケルは・・・ずっとのこと・・・好きだったのよ・・・"


先ほどメグに言われた言葉が頭を過ぎったのだ。


「あ、あの・・・」


(ジョシュと約束してるって・・・言わない方がいいのかな・・・)


そう思っているとマイケルが私の方に歩いてきた。


「ジョシュ・・・が・・・何?」
「え?あ・・・」
「彼も・・・ここへ来てるのか?」


マイケルの声のトーンが少し下がり、ドキっとした。
だが仕方なく素直に頷くと、「そっか・・・」と溜息をついている。


「電話しろよ」
「え?」
「彼に電話するんだろ?」


マイケルは私の手に握られた携帯を指差すと煙草を咥えた。


「じゃ。ちょっと・・・・ごめん」


煙草を吸っているマイケルに背を向けてジョシュの番号を出すと、すぐに通話ボタンを押した。
すると1コールでジョシュが出た。


『もしもし?か?』
「あ・・・ジョシュ・・・?」


心配そうな彼の声を聞いて思わず胸が熱くなる。



『はぁ・・・・・・』
「・・・あの・・・」


受話器の向こうからジョシュのホっとしたような溜息が聞こえてきて、私はすぐに「遅くなってごめんね?」と言った。


『いや・・・無事ならいいんだけどさ・・・。どうしたんだ?こんな時間まで・・・』
「あ、あの・・・後で詳しく話すわ?それよりジョシュ、今どこ?」
『今はもうカフェもしまったし車の中。暇だから近所をブラブラしてたよ』


ジョシュはそう言いながら苦笑を洩らした。
こんなに待たせたのに帰らず待っててくれた事実にまた胸が熱くなった。


は今どこ?まだ家か?』
「う、ううん。今は外に出たの・・・」
『え?危ないだろ?家の中で待ってろよ。すぐ行くから!』


慌てたようにそう言った後で何やらUターンをしているようなタイヤの音が聞こえてくる。
私の為にジョシュが急いでくれてるのが凄く嬉しかった。


「あ、あのね、ジョシュ・・・家の中では待てないの。ちょっと事情があって・・・」
『え・・・?事情・・・?』
「ええ・・・それも後で話すわ・・・?」


そう言ってから後ろで待つマイケルを見ると彼は煙草を吸いながら空を見上げている。
その時、冷たい風が吹き付け、私は思わず「クシュン・・・ッ」とクシャミをしてしまった。


『大丈夫?寒いだろ・・・』
「う、うん・・・。ちょっと・・・コート着てくるの忘れちゃって・・・」


そう言って右手で左腕を抱くように丸くなる。


『え、コート忘れたって・・・ほんと何があったんだよ・・・』
「う、うん・・・あの・・・それも会ってから―・・・?」


不意に後ろからジャケットをかけられ、ハっと振り返った。
すると、そこにはマイケルが立っていて口パクで、"着 て ろ"と言ってくれる。
肩からはマイケルが着てたジャケットがかけられていた。
私は嬉しくて笑顔で、"あ り が と"と言うとマイケルはちょっと笑って首を振った。
そのまま私から少し離れ、通りの方に歩いて行く。


『もしもし??どうした?』
「え?あ・・・何でもない・・・」


私はマイケルのジャケットに手を通しながらジョシュに心配かけないよう、明るい声を出した。


『そうか?ならいいけど・・・。ああ、あと10分もかからないうちにつくから』
「分かった。じゃあ・・・家の前の通りで待ってる・・・」
『ああ。でも気をつけろよ?もし"あいつ"までこっちに来てたら・・・』
「うん・・・分かってる。気をつけるわ・・・?」


そう言いながら私は寒くてジャケットのポケットに手を入れた。


『とにかく・・・俺がつくまで携帯は切るなよ?』
「・・・・・・・・・」
『?・・・もしもし??』
「え?あ・・・うん・・・」


ジョシュの声は聞こえていた。
ただ、頭が回らず、返事だけして、私の意識は手の中にあるものへ向かっていた。


(これは・・・)


ジャケットのポケットに手を入れた時、何か紙のようなものが触れて、それを取り出してみた。
それは白い何も書かれていない封筒だった――


『もう後7分くらいかな・・・?』
「・・・・・・・・・そう・・・」


返事をしながら私は鼓動が速くなるのを感じていた。
封筒を持つ手が震えてくる。


これ・・・は・・・見たことがある・・・
真っ白な封筒・・・透かしてみれば中にカードが入ってるのが分かる。
何度となく、こんな封筒を私は受け取った。




そう・・・"あいつ"から―――




「――――ッ」




弾かれたようにマイケルが歩いて行った方向へ振り向いた。


『もしもし、?聞こえてる?』


受話器からはジョシュの声が聞こえてくる。
だけど答えようと思っても体が震えて何も言えない。
ジョシュはその異変に気づいたのか、声が大きくなった。


『おい・・・?どうしたっ?』
「・・・ジョ・・・ジョシュ・・・」
!どうした?何かあったのか?』


私の声が震えていたせいか、ジョシュは慌てたように問い掛けてくる。
私は落ち着こうと深呼吸をして言葉を搾り出した。


『もしもし?!?!』
「ジョ・・・ジョシュ・・・マイケルの・・・」
『え?マイケル?』
「マイケルのジャケットから・・・"あいつ"が書いた封筒が・・・出てきた・・・」


何とか、そう告げると受話器の向こうでジョシュが一瞬息を呑むのが分かった。


『何だって・・・?マイケルって・・・彼がそこにいるのか・・・?』
「う、うん・・・。じ、実は私・・・さっきまで父に閉じ込められたの・・・」
『えぇ?』
「だ、だけど・・・急にマイケルが来て・・・私を外に出してくれた・・・」


そう言いながらもマイケルが戻ってこないか、通りの方を見る。


『な・・・じゃあ今、一緒なのか?!』
「うん・・・。でも今は傍にいない・・・家の前の通りに車止めてるって言って、そっちに・・・」
『じゃ、じゃあは今どこだ?』
「私は・・・家の裏庭・・・ここから・・・通りに出られるようになってて・・・」
『じゃあ今すぐ家に戻れ!』
「で、でも―」
『俺ももうすぐ着くから!家に入ってろ!彼に絶対近づくなよ?』


ジョシュも何となく状況が分かってきたのか慌てたようにそう言った。
だが私は逆に少しづつ落ち着いて、「わ、分かった・・・」と言いつつ、ゆっくりと通りの方へ歩いて行く。
確かに怖かった。
でも家に戻れば、また父に閉じ込められてしまう。
それに家にはあのトムもいるのだ。
彼が気が付けば、きっと父にさっきの事を話すだろう。
そうなれば、もっとこじれてしまうと思った。


封筒をポケットに戻し、そっと裏庭に設置されている木製のドアを少しだけ開けた。
そこから覗いてみると確かに隣の家の前にマイケルの車が見え、その前に彼が立っているのが分かる。


マイケル・・・ほんとに・・・あなたが"あいつ"なの・・・?
あなたが私を苦しめ、そしてアレックスにあんな酷い事をしたって言うの・・・?
どうして・・・どうして・・・?


脳裏に子供の頃の私やマイケル、メグが浮かんだ。
3人とも楽しそうに笑いながら砂まみれになって遊んでいる。
それは・・・皆の家族で一緒に海に行った時の記憶だった。


私たちは・・・ずっと一緒だったじゃない・・・
何でも話してきたし・・・隠し事なんてなかった・・・
でも・・・少しづつ大人になるにつれて・・・お互いに言えない事が増えていったの・・・?


不意に目頭が熱くなり、喉の奥もキュっと痛んだ。


『もしもし・・・??家に入ったか?』


受話器からジョシュの声が聞こえてきた。
私は軽く深呼吸をすると、ギュっと携帯を握り締め、木製のドアを開ける。


「ジョシュ・・・ごめん・・・私・・・マイケルと話してみる・・・」
『えっ?な・・・何言ってんだ・・・!"あいつ"なら危険だよっ』
「大丈夫・・・。マイケルは・・・私を傷つけたりしないわ・・・?だって・・・大切な幼馴染だもの・・・」
『おい、!』
「ジョシュも来てくれるし・・・大丈夫よ・・・じゃあ・・・1回切るね?」
『おい、、待てよ―』



私はそこで電話を切ると携帯をポケットにしまった。


ジョシュ・・・ごめんね・・・?
でも・・・マイケルがどんな人だろうと・・・私にとってマイケルは大切な幼馴染なの・・・
だから・・・きちんと彼の口から真相が聞きたい・・・



私は何とか心を奮い立たせると、マイケルがいる方へゆっくりと歩き出した。




その時だった。




後ろでガサ・・・っと音がしたと思った瞬間、腕を強い力で掴まれた。








「――――ッ?!」





「・・・行くな・・・」










耳元で男の声が聞こえて、私はゆっくりと振り向いた―――


















 






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Postscript


ひゃーえらいこっちゃ(何)
若干、R−15気味のような官能小説チックになりかけました(笑)>しかもハードMならぬハードS!(アホか)
ヒロイン危機一髪ってとこですね、ええ(;´Д`A ```
ちょっと久々に書きました。
そろそろ終盤ですねー。で、今回はジョシュとの絡みもなく・・・
まあ毎回、毎回、からませてちゃストーリ展開なくなるんで・・・すみません。エヘへ┐(^-^;)┌
さてさて・・・犯人は一体誰ぞや?ってとこまで来てますかねー
もしかしたら次回がラストとなるかも・・・。あ、でも私の事なんで未定ですね・・・ハイ(計画性ゼロ人間;)


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】