目を瞑れば蘇る笑顔・・・あの日、失った君の―――躰。
「おい、待てよ――!・・・・・クソッ!」
からの電話が切れて俺は軽く舌打ちをした。
思い切りアクセルを踏んで彼女の家へと急ぐ。
それでも心配で運転しながらも、すぐにリダイヤルで彼女に電話にかけなおそうとした。だが――
ピーーーーッ
「おい・・・嘘だろ・・・?!」
携帯の電池がなくなったのか、一瞬でディスプレイが真っ暗になってしまった。
「くそっ!」
悪態を着いて携帯を助手席に放り投げる。
昨日は忙しくて充電の事なんて忘れていたのだ。
額に汗が浮かんで心の奥がザワザワと騒ぐのを感じながら彼女に何かあったら、と怖くなった。
は・・・俺にいつも心配ばかりかける・・・
でも、いつの間にか放っておけなくなってた。
傍にいてやらないと・・・と、気づけばそんな風に思うようになってた。
気が強いくせに怖がりで・・・その割に素直ですぐに人を信用してしまう・・・
そんな彼女が俺にとって大切な子になってた。
守ってあげたいと・・・心の底から思う。
不器用な俺を・・・ちゃんと見てくれた子だから――
キキキーーッ
勢い良くハンドルを切ればタイヤが甲高い音を上げる。
ここを曲がれば彼女の家の通りに出るはずだ。
気ばかりが焦って手に汗をかいていた。
さっきの話は・・・一体どういう事だろう?
何故、マイケルはここに来た?
そして何故、彼が"あいつ"が書いたと思われるカードを持ってたんだ?
やっぱり・・・彼が"あいつ"だという事なんだろうか・・・
「・・・何が何だかわからないな・・・」
軽く頭を振ると、俺は前方へと目を向けた。
するとの家の屋根が姿を表し、俺は更にスピードを上げる。
と、不意に視界に何か人影のようなものが飛び込んできた。
(あれは・・・?!)
慌てて目を凝らし前をよく見てみた。
すると家の近くでが誰か話してるように見える。
傍にいるのは・・・マイケルか?―――
「――――ッ?」
その人物を確認しようとした時だった。
が車に乗せられ、そのまま走り去って行くのが見えた――
「・・・・行くな」
「・・・っつ」
腕をねじり上げられ、その痛みでビクっとなる。
すぐ耳元で聞こえてくる低い声に私は額に汗が滲むのが分かった。
後ろに抑えられた腕は骨が軋むほどに痛い。
その力の強さに相手の怒りが私にも感じ取れた。
「・・・は、離して・・・トム・・・」
すぐ目の前に見える怒りに満ちた顔。
その口元からは血を流し、目はさっき以上に燃え盛っているように見えた。
「・・・黙って部屋へ戻れ」
「・・・ぃ、痛い・・・っ」
「し!大きな声を出すな!」
トムは小声ながらに怒ったような声を出すと私の腕をグイグイと引っ張っていく。
その先に待つものが何なのかが分かり、私は必死に逃げようと足に力を入れた。
「いや・・・!やめてっ!」
「・・・ッ!うるさい!」
カっとなったのか、トムが怒鳴った。
一瞬、さっきの恐怖が蘇りビクっとなった私を彼は憎しみにも似た冷たい目で睨む。
「あれで助かったなんて思ったのか・・・?必ずお前を手に入れる・・・」
「・・・・・・ッ」
ニヤリと笑った彼の不気味な笑みに足が震えてくるのが分かった。
(この人は本気で無理やり私と結婚しようとしているんだ・・・。そしてパパもそれを望んでいる・・・)
そう思った時、もうこの家は私のいるべき場所じゃない、と感じていた。
「はお前なんかにもったいねーよ」
「「――――ッ?!」」
後ろから突然声が聞こえてトムはハっとしたように振り返った。
ガッ
鈍い音と同時にトムが後ろへと吹っ飛ぶ。
腕を掴まれていた私も一緒によろけそうになったが、すぐに体を支えてくれる腕が背中に回った。
「マイケル・・・!」
「遅いからどうしたかと来てみれば・・・またコイツか・・・」
顔を上げると怖い顔をしたマイケルが立っていて私の体を支えてくれていた。
「・・・チッ・・・それは俺の台詞だ・・・。邪魔するな!」
トムが口元に流れる血を手で拭きながらヨロヨロと立ち上がった。
それを見ながらマイケルは私を自分の後ろに隠す。
「君は・・・彼女の幼馴染・・・だったな?」
「そんな事まで調べるなんて、よっぽど暇なんだな。ウォルシュ家の次男さんよ」
「うるさい!この僕に手を上げるなんて・・・告訴してやるぞ!」
「どーぞ?それならお前も一緒に道連れだ。女子大生レイプ未遂事件としてな」
マイケルがあざ笑うような目でトムを睨んだ。
トムは悔しそうに奥歯をギリっと噛み締めながらもマイケルを睨み返し、
「ふん・・・まるで彼女のナイト気取りだな・・・。お前も惚れてるのか?」
「うるせぇ・・・お前みたいな歪んだ愛情と一緒にすんな・・・」
「ははは・・・!これはこれは・・・助ける振りして愛の告白かい?大したナイトだな」
トムはそう言って笑うと、ゆっくりとこっちに歩いてきた。
怖くなってマイケルの服をギュっと掴む。
「何が歪んでる、だ!!自分が純粋に彼女を想ってるとでも言いたいのか?!そんなもの偽善だ!」
トムは薄い笑みを浮かべながら叫んだ。
それをマイケルは冷めた目で見ている。
「好きになったら・・・その女を手に入れたいと思うだろう!めちゃくちゃに抱きたいってな!」
「・・・やっぱアンタ歪んでるよ・・・」
「何?!」
今まで黙っていたマイケルが静かに口を開いた。
「惚れてんなら・・・その女の事を一番に考えろ。お前のは愛情じゃねーよ」
「う、うるさい!僕は彼女をずっと見てきたんだ!お前に何が分かる・・・っ」
トムはそう怒鳴るとマイケルに殴りかかってきた。
だがマイケルはそれをひょいっと避けると、「お前なんかより俺の方が長い間を見てきてんだよ!」と言って思い切り膝を突き上げた。
ミシっという骨の軋む音が聞こえてハっと顔を上げると・・・
「うっ・・・げほっ・・・」
その一発が効いたのかトムはお腹を抑えて膝から崩れ落ちた。
「き、貴様・・・」
「ふん・・・女に暴力しかふるえない情けない男には渡せないんだよ・・・・・!」
マイケルが冷ややかな目でトムを見下ろしている。
だが私は怖くなり、彼の腕を思い切り引っ張った。
「マイケル・・・行こう?」
「ま・・・待て・・・っ」
「・・・・・・ッ」
2人で歩き出そうとした瞬間、トムがフラフラと立ち上がった。
その目は凶器に満ちていて怒りで燃えているようだ。
そんなトムを見るとマイケルは私を後ろに押しやり、手にキーを持たせた。
「車に乗ってろ」
「・・・え?」
「すぐ行くから。中から鍵かけとけよ?」
マイケルはそう言うと私を庭の外に追い出し、木彫りのドアを閉めてしまった。
「マイケル!ねぇ、やめて!」
私は慌ててドアを叩くが、中からは「いいから行け!」というマイケルの声がする。
その声にビクっとして私は一瞬、迷ったが、すぐに車の方に走り出す。
きっとトムが追いかけて来れないようにするんだろう、と思った。
もう・・・私を追いかけてこないように・・・
胸が痛んだ。
"お前なんかより俺の方が長い間を見てきてんだよ!"
さっきのマイケルの言葉が頭に響く。
メグから聞いてはいたが直接マイケルの口からあんな事を言われては、やっぱり少しショックだった。
きっと・・・私はマイケルを傷つけてきたんだ・・・
そう思えば思うほど自分の鈍さに腹が立ってくる。
マイケルは子供の頃から大切な幼馴染だ。
いつだって傍にいて私を守ってくれた。
なのに私は―――
軽く息をついて道を渡るとマイケルの車まで歩いてきた。
受け取ったキーでドアを開け、中へ入ろうとしたその時。
前方から車のライトが近づいてきて私は目を細めながら顔を上げた。
(もしかしてジョシュ・・・?)
そう思って一旦ドアを閉めると、その車が来る方向へ顔を向けた。
その車はライトをつけたまま、こっちに向かって走ってくるも、徐々にスピードを落として手前で停車した。
「・・・ジョシュ?」
未だライトが消されず、乗っている人が確認できない。
私は目を細めたまま、その車の方にゆっくりと歩いて行った。
すると運転席のドアが開き、背の高い男性が下りてくる。
「・・・ジョシュなの?」
手で光を遮りながら、そう声をかけた。
するとその男性は、「か?」と言って走ってきた。
「大丈夫だったか・・・?!」
「・・・レ、レザー?!」
目の前に現れたのはジョシュではなく、レザーだった。
思いがけない人が現れ、私は驚いてしまった。
「ど、どうしたの?レザー!何でここに・・・」
「良かった、会えて!メグがさっき俺のとこに来たんだ。彼女から全部聞いた」
「メグに?」
そう言って思い出した。
先ほどの電話で"心細い"というメグに私は"レザーと一緒にいて"と言った事を。
「そ、そう・・・じゃあマイケルの事・・・」
「ああ、聞いた。それで俺も驚いてさ・・・。そしたらメグが"マイケルがのとこに行ったかもしれないから心配だって言い出して―」
そう言いかけてレザーは言葉を切ると、後ろに止まっている車を見た。
「マイケル・・・やっぱり来てるのか・・・?」
「・・・う、うん・・・」
「今、どこだ?」
レザーは警戒したように辺りを見渡す。
そしてマイケルの車の方に歩いて行った。
私は家の方に視線を向けると、「マイケルは・・・今あそこにいるわ・・・」と言った。
「あそこ?何してるんだ?」
「ちょっと・・・」
何て説明していいのか分からず言葉を濁すと、レザーは大きく息を吐き出した。
そして私の方に戻ってくると―
「とにかく帰ろう?メグが心配してる。を迎えに行ってくれって頼まれたんだ」
「・・・そう・・・。ごめんね?わざわざ・・・。でも私、マイケルにちゃんと聞いてみたいの・・・」
「バカ!んな呑気なこと言ってる場合か!今、こっちに警察が向かってる」
「・・・えっ?」
それには驚いて顔を上げた。
「警察って・・・」
「マイケルがを追って、こっちに向かったって情報を掴んだらしい」
「・・・そんな!じゃあ警察はマイケルを追ってるって事・・・?」
「どうやら、そうらしいな・・・。病院に行ったってのも目撃者の容態を聞くためなんだろ?」
「・・・わ、分からない・・・」
私は少し混乱して首を振った。
だがレザーは溜息をつくと私の腕を取り、「とにかく帰ろう。今マイケルと話すのはマズイ」と言った。
その言葉に私はどうしたらいいのか分からず、家の方に視線を向ける。
「!警察がこっちに来てるって分かったらマイケルの奴、何するか分からないぞ?」
「それは・・・そうだけど・・・」
「今頃はマイケルの部屋も家宅捜査が入ってる頃だ」
「・・・・・え?」
更に驚いてレザーを見上げると彼は言いにくそうに視線を逸らした。
「ルームメイトの奴が・・・最近のマイケルの行動が怪しかったって聞き込みに来た警察に話したらしい」
「・・・ほんと?」
「ああ。それで・・・まずは学校のロッカーを調べたみたいだ。そしたら・・・」
「な、何・・・?」
不安になり、レザーの腕をギュっと掴むと彼は軽く目を伏せた。
「あいつのロッカーから・・・数枚の封筒が発見されたんだ・・・」
「・・・嘘・・・」
それを聞いた時、私は軽い眩暈を感じ、よろめいた。
「お、おい、大丈夫か?」
「・・・ご、ごめん・・・大丈夫よ・・・」
私はレザーに支えられて何とか立っている事が出来た。
数枚の封筒・・・それがマイケルのロッカーから出てきた・・・
じゃあ・・・やっぱりマイケルが・・・
そう思いながらジャケットのポケットに入れたままの封筒に触れる。
「・・・早く戻ろう・・・。今、大学じゃ大変な事になってるらしい」
「・・・う、うん・・・」
何とか頷くと私はレザーに腕を引かれ、彼の車に乗ろうとした。
だが、ふとジョシュの事を思い出す。
「あ、ま、待って!」
「・・・どうした?」
助手席のドアを開けてくれたレザーが訝しげな顔で私を見る。
「あ、あのね・・・実は・・・今ジョシュがこっちに向かってるの!だから彼が来るまで待って?」
「ジョシュって・・・あの俳優さんか?」
「ええ。今日は彼とここに来たの。この時間まで待っててくれて・・・もうすぐ来る頃よ?」
「だけど・・・」
レザーは表情を曇らせ、私を見た。
「お願い!数分でつくって言ってたし―――」
「・・・ッ!!」
「「――――ッ?!」」
そこへマイケルの声が聞こえて私とレザーは驚いたように振り向いた。
すると庭の方からマイケルがこっちに走ってくるのが見えて息を呑む。
「まずい・・・早く車に乗れ!」
「で、でも―」
「!!待て!」
「ほら早く!」
「・・・っ」
レザーは私を助手席に押し込めると自分も運転席へと乗り込んだ。
マイケルの方を見ると彼は怖い顔で何か怒鳴っている。
「マイケル・・・」
嘘だと思いたい・・・
でも・・・やっぱり"あいつ"は―――
その時、後方から車のライトが見えて私は振り向いた。
「・・・ジョシュ?!」
ライトでよく見えないが、こっちに向かって凄いスピードで走ってくる車が見えた。
だがその時にはレザーの運転する車が勢いよく走り出していた。
「ま、待って、レザー!ジョシュが来たかも―」
「何言ってんだよ!マイケルが追いかけて来てんだぞ?!」
レザーはそう言うとアクセルを踏み込み、どんどんスピードを上げていく。
私は後ろを向きながらジョシュかもしれない車を見て唇を噛み締めた。
(どうしよう・・・ジョシュは私が家の前にいると思ってるのに・・・!)
どんどん遠ざかっていくライトを見ながら気ばかり焦ってしまう。
その時、あっと声を上げ、コートのポケットから携帯を取り出した。
(そうよ・・・電話して教えればいいんだ・・・!)
「おい、。何してる?」
「ジョシュに電話しとくわ?心配してると思うし・・・」
そう言いながらリダイヤルでジョシュの番号を出すと通話ボタンを押した。
レザーはそんな私を見ながら苦笑いを浮かべている。
「・・・そんな好きなのかよ」
「・・・い、いいじゃない・・・。あ、ジョシュ?!」
『・・・此方は留守番電話―――』
「・・・・な、何で留守電なのよ・・・。さっきは繋がったのに・・・」
私は思い切り溜息をつくと、もう一度リダイヤルを押す。
だが何度やっても留守電になってしまった。
「どうした?繋がらないのか?」
「うん・・・すぐ留守電になっちゃう・・・。どうしよう・・・」
「仕方ない。とりあえず、また後でかけてみろ」
「うん・・・」
私は小さく頷くと携帯をしまい、窓の外を眺めた。
真夜中の国道はそれほど道も混んでいないので滑るように車は走っている。
「・・・大丈夫か?」
不意にレザーが煙草を咥えながらこっちを見た。
私はちょっと微笑んで頷くとレザーも優しい笑顔を見せる。
「ショックだろうけど・・・あまり自分のせいだとか思うなよ・・・?悪いのはマイケルだ・・・」
「・・・レザー・・・」
「俺も・・・まだ信じられないけど・・・」
レザーはそう呟くと煙草に火をつけ、煙を吐き出した。
「・・・ほんとに・・・あいつがあんな事・・・やったのかってさ」
私は何も答えないまま、また窓の外に目を向ける。
今日だけでも驚くようなことばかり起きて小さな不安が心に積もっていくような重苦しさを感じた。
「・・・でも・・・これがマイケルのコートに入ってた・・・」
「え・・・?」
そう言って私がポケットから先ほどの白い封筒を出すとレザーは信じられないといった顔をした。
「・・・マジかよ・・・」
「私も驚いた・・・。それまでは・・・半信半疑だったの。メグの話を聞いても・・・。これを見るまでは―」
そこで言葉を切るとレザーも黙ったまま前を見据えてアクセルを踏み込んだ。
「!」
誰かの車に乗せられていく彼女が見えて俺は一気にアクセルを踏んだ。
だがその時、ライトの中に人影が飛び出してきたのが見えて慌ててブレーキを踏む。
必死にハンドルを右に切るとキキキーッとタイヤが悲鳴をあげた。
スピードを出していた車はいきなりの急ブレーキに対応できず、回転しながら歩道に乗り上げ、ドンっという音と共に停車した。
「・・・ってぇ・・・」
ハンドルを握り締めたまま、俺は額を思い切りぶつけて痛みに顔を顰めた。
だがシートベルトをしていたおかげでフロントガラスに直撃、というのは避けられたようだ。
「・・・はぁ・・・」
クラクラする頭を軽く振って俺はゆっくりと顔を上げた。
誰が飛び出してきたのかは知らないが、轢いたような衝撃はなかったことを思い出し安堵の息をつく。
「クソ・・・誰だよ・・・」
そう呟いて後ろを見てみようとした。
その時―
ドンドンドンッ!
「―――ッ?!」
いきなり窓を叩かれ、ハっと顔を上げると、外にはマイケルが怖い顔で立っていた。
「あんた・・・」
俺は警戒しながら彼を見つめた。
マイケルは俺だと知っていたのか、窓を開けろとジェスチャーしている。
仕方なく窓を少しだけ開けて、「あんたか?今、飛び出してきたのは・・・」と尋ねた。
「そんな事より・・・車動くか?!」
「・・・え?」
(俺より車の心配かよ・・・)
そんな事を思いつつ、エンジンをかけなおしてみる。
すると変な音はしたが、すぐにエンジンがかかった。
「おかげさまで動くよう・・・って、おい・・・!」
そう言いかけると、いきなりマイケルが助手席に乗り込んできた。
「何だよ、あんた―」
「いいから早く出してくれ!」
「・・・な・・・あんたの車があるんだろ?自分のに―」
「俺の車のキーはが持っていっちまったよ!いいから出してくれ!」
マイケルは必死な形相で俺を見た。
聞きたい事は色々とあったが今はとにかくが心配だ。
俺はすぐに車を出すと、さっきの車が走り去った方向へと向かった。
とにかくがマイケルの車で連れ去られたんじゃないと分かり、少しはホっとした。
「を連れて行ったのは誰だよ・・・」
運転しながら尋ねた。
するとマイケルはチラっと俺を見て、「多分・・・レザーだ」とだけ答える。
「レザー?ああ・・・の友達の彼か・・・。でも彼がどうしてここに―」
「・・・・・・・・・」
その問いにマイケルは答えない。
俺は溜息をついてシートに凭れかかった。
「・・・あんたが・・・"あいつ"なのか?」
「・・・・・・なんだって?」
「さっきの電話で・・・から聞いたんだ。あんたのコートのポケットから・・・白い封筒が出てきたって・・・」
「・・・・・・ッ」
思い切って核心をついてみた。
マイケルは明らかに驚いた顔で俺を見ている。
もし彼が犯人でも車の運転をしている俺に何かするほどバカじゃないだろう。
そう思いながらも彼の反応を伺う。
するとマイケルは煙草を咥えて火をつけた。
イライラしたように煙を吐き出すマイケルに、俺は再度、口を開いた。
「答えてくれよ・・・。あんたが・・・を―」
「・・・あれは・・・俺のじゃない」
「・・・え?」
「あの封筒は・・・俺のじゃないよ。まあ・・・そう言っても信じないんだろうけど」
マイケルはそう言って苦笑するとシートに深く凭れかかった。
そしてチラっと俺を見てから軽く目を伏せる。
「あんた・・・の事、ちゃんと好きか?」
「・・・え?」
「の事・・・真剣に考えてるのか?」
そう言って俺を見るマイケルの目はどこか悲しげなものでハっとした。
「俺は・・・本気だよ・・・。彼女の事を本気で好きだ」
前を見据えながらもハッキリ答えると、マイケルは「そっか・・・」とだけ呟いて窓の外を見た。
「・・・俺もだよ」
「・・・え?」
「俺は・・・ガキの頃からの事をずっと見てた・・・」
その言葉にドキっとして顔を向けると、マイケルは大きく息を吐き出した。
「・・・何で・・・こんな風に素直になれなかったんだろうな・・・今までさ」
「・・・だから・・・にストーカーなんてしたのかよ」
「・・・・・・・・・」
俺がそう聞くとマイケルはゆっくりと視線をこっちに向ける。
その目はどこか・・・暗く悲しい光を帯びているように見えた―――
「ほら、ついたぞ」
レザーはそう言うと助手席のドアを開けてくれた。
「ありがとう・・・」
そう言って車を下りると目の前の古い建物を見上げる。
「ここ・・・」
「俺の使ってるスタジオ。来いよ」
レザーはそう私を促すと暗いビルの中に入って行った。
それに私もついていきながら、もう一度携帯を取り出しジョシュに電話をしてみる。
だが、まだ留守電のままで溜息が出た。
「?」
「あ、今行く」
階段の上から声がして私は携帯をポケットにしまうと急いで上に上がって行った。
静かな廊下を歩いて行くと、コツコツと靴の音だけが響き渡る。
他に誰も使用していないのか、辺りは静まり返っていた。
「今日は暇らしいな。まあ静かな方がいいだろ?」
「うん・・・」
レザーの言葉に頷きながらも私は薄暗い廊下が何となく不気味で急いで彼について行った。
てっきり寮に帰るのかと思えば、マイケルが追いかけてくるかもしれないという理由で、
レザーは私を自分が愛用しているスタジオに連れて来てくれたのだ。
「ここだよ。俺が使ってる部屋」
3階の右奥の扉を開けるとレザーはライトをつけて中へと入って行った。
私も一歩足を踏み入れると中は色々な楽器が置かれ、その他にもテーブルや布団のようなものがたくさん置いてある。
「悪いな。皆、片付けるって事を知らないから散らかってるけど・・・」
レザーは苦笑しながらテーブルの上に広がっているビール瓶やテイクアウトの箱を片付け始めた。
「いいよ。気にしないで・・・」
「あ、今、飲み物買ってくるから・・・適当に座ってろよ」
「うん。あ・・・ねぇ」
「何?」
声をかけると出て行きかけたレザーが顔だけ出した。
「あの・・・メグは?ここにいるかと思ったんだけど・・・」
「ああ、待ってるって言ってたけど・・・遅くなったら先に帰るって言ってたし寮に戻ったんじゃないか?」
「そう・・・そうね。もう夜中だもんね・・・」
そう呟いて携帯の時計を確認すれば午前2時になるところ。
私達のいる寮は門限があるのでメグは先に帰ってしまったんだろう。
私は今日、実家に泊まるかも、と寮長に話してあるから無断外泊にはならない。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。ああ、寒かったらそこの暖房入れていいからさ」
「うん。ありがとう」
私がお礼を言うとレザーはちょっと笑って部屋を出て行った。
「はぁ・・・」
何だかひどく疲れた気がして私は部屋の奥にある古びたソファに腰を下ろした。
誰かが、ここで寝たりしているのか、毛布やら布団が隅に置かれている。
出来れば眠ってしまいたいが、色々と心配な事があるから、そんな気にもなれず落ち着かない。
ジョシュ・・・どうしたかな・・・
私がいなかったから心配してるかも・・・
でも・・・電話の電源が入っていないって事は・・・
そこでハっとした。
そう・・・さっき・・・マイケルが追いかけて来た。
そのすぐ後に・・・ジョシュが乗ってたかもしれない車が来たんだった。
もしかしたら・・・2人は顔を合わせたかもしれない・・・
そして―――
「な、何考えてるのよ・・・まさか・・・そんなはずは・・・」
不安を打ち消すように軽く頭を振った。
それでも次から次に悪い想像が膨らんでいく。
"あいつ"は確かにジョシュのことを狙っていた。
邪魔な存在だって・・・そう思ってたはず。
じゃあ・・・もし・・・マイケルが"あいつ"だったとしたら・・・ジョシュが駆けつけたのを見てどう思ったんだろう・・・?
そう思った瞬間、トムを怖い顔で蹴っていたマイケルの姿を思い出した。
あの時のマイケルは少しおかしかった・・・
もしかしたら――ジョシュに・・・何かしたかもしれない・・・だから携帯も繋がらないんじゃ・・・!
「いや・・・ッ」
ジョシュがアレックスのようにベッドに横たわってる姿が頭に浮かび、私はギュっと目を瞑った。
(彼に何かあったら・・・私は・・・)
カタン・・・
「―――ッ?」
物音がしてハっと顔を上げた。
ゆっくりとソファから立ち上がり、ドアの方を見つめる。
「レ、レザー?」
レザーが戻ってきたのかと思い、声をかけてみた。
だが何も返事がない。
「・・・誰?誰か―」
カチャカチャ・・・
「・・・・・・ッ」
心臓がドクンと音を立てた。
静かな部屋に響き渡ったのはドアノブを何度も回す音・・・
分厚い扉はスタジオ特有の防音扉で外に音が洩れないようになっている、とこの時気づいた。
そして下へ下げて開くようになっているドアノブが何度も動いている事も――
「だ、誰?!」
叫んでも無駄だと思うのに、つい大きな声を出していた。
足元からジワリと恐怖が這い上がってくる感覚に私は身震いした。
まさか・・・マイケルが追いかけて来たの・・・?
マイケルだって、ここの存在くらい知ってるはずだ。
部屋の中を見渡しても、どこにも抜け出せるような窓はなく、天井の近くに小さな通風孔があるくらいだ。
(どうしよう・・・どうしたら・・・)
一人、部屋の中を歩き回り、どうしたらいいかを考える。
だがその時、音がやんで私はドキっとして振り向いた。
カチャリ・・・
重そうな扉がゆっくり、静かに開いていくのを私は信じられない思いで見つめていた――
「そろそろですよ、警部」
「・・・うむ」
ウトウトし始めていたサマセットはミルズの声にふと目を開けた。
窓の外を見れば大きな住宅が並んでいる。
高級住宅街、という奴だろう、とサマセットは思いながら眠気を覚ますのに煙草に火をつけた。
その時、胸ポケットに入れてあった携帯が鳴り出し、すぐに取り出し開いてみる。
だがそこには相手の名前は出ず、"非通知"となっている。
「・・・・・もしもし」
サマセットは、とりあえず電話に出てみた。
だが電話の相手は予想もしていなかった人物からのものだった――
「・・・何っ?お前、どうして・・・それに何故、そんな事が・・・」
サマセットの様子に気づき、ミルズは少しスピードを緩めると、「どうしました?警部」と眉を顰める。
だがサマセットは口元に人差し指を当てると、「うむ・・・何?分かった・・・すぐ向かう」と言って電話を切った。
「警部・・・?電話は誰から―」
「おい、戻れ」
「え?も、戻れって・・・署からの命令ですか?」
「いいから戻れ!事情は向かいながら説明する!」
「は、はい!」
いつになく厳しい表情のサマセットを見て、ミルズもただ事じゃないと察した。
そして言われたとおり車をUターンさせるのに、一旦、見えた角を曲がり、すぐ止めるとそのままバックをして行った。
その時、凄いスピードで一台の車が走り抜けていくのが見えてミルズは大きく目を見開いた。
「け、警部・・・!!」
「何だ?」
「い、今の車・・・!」
「ん?ああ、そんなスピード違反を取り締まってる場合じゃ―」
「ち、違いますよ!今の車にマイケルが乗ってました!」
「な・・・何だと?!」
サマセットが驚くより先にミルズは凄い勢いで方向を変えると一気にアクセルを踏み込んでいた。
「ほんとか?ほんとにマイケルだったのか?!」
「見間違いじゃないですよ!それにもっとビックリしたのが運転してたのは・・・ジョシュでした」
「な・・・っ何故、彼がマイケルと・・・!」
「僕にもサッパリですよ!あいつ、実はマイケルとグルだったとか?」
「そんなはずはない!彼とマイケルが会ったのはジョシュがロケに来てからだ」
「とにかく追いかけます!あいつら、一体どこに向かってるってんだ・・・」
ミルズは軽く舌打ちすると、ぐんぐんスピードを上げていく。
サマセットは何気なくシートベルトをつけると遠くに見える赤いテールランプに目をやった。
「ジョシュとマイケル、か・・・。一体何があったんだ・・・。それに・・・」
サマセットは手の中にある携帯を見つめると大きな溜息をついてシートにゆったりと座りなおした。
カチャリ・・・と音を立てて静かに扉が開くのを私は息を止めて見つめていた。
「・・・だ、誰・・・?」
声が震える・・・。
得体の知れない恐怖が私を襲い、体が固まっているのが分かる。
ギィィ・・・
古いからか、不気味な音を立てて扉が開き、廊下から人影が中の床に映るのを見て鼓動がだんだん速くなっていった。
「・・・・・・?」
「――――ッ」
私は瞑っていた目をゆっくりと開いた。
そして目にしたのは―――
「あ、あなた・・・何故ここに?!」
「・・・ここだったのか・・・」
そう言って青白い顔のまま中へ入ってきたのは今まで何度もしつこくしてきたピートだった。
「来ないで・・・!何故あなたがここにいるの?!」
「・・・それは後で説明する・・・。とにかく出よう・・・」
「いや!来ないで・・・っ」
彼に手を差し出され、私はゾっとして後ろに下がった。
(どうして・・・?もう何が何だか分からない・・・っ)
トムから逃げ出し、マイケルからも逃げて来たのに・・・今度はピートなの?
それにどうして彼がここに来たの?
「・・・頼むから僕のいう事を聞いてよ」
「来ないでよ!レザー!助けて・・・!」
ピートから離れ、私は大きな声で叫んだ。
するとピートは一気に私の方に向かってくるとグイっと腕を掴んでくる。
「キャ!やめて!離してよ!」
「いいから僕と一緒に来るんだ・・・!」
「いや!やだ、離して・・・!」
見た目は細いのに凄い力で腕を引っ張ってくるピートに恐怖を感じ、私は腕を離そうと暴れた。
だが彼は必死の形相で私を部屋から連れ出そうとする。
「いいから早く!」
「いやだったら・・・!離してよ!」
「!君は"あいつ"に――」
ガンッ
「――――ッ?!」
突然、鈍い音が聞こえ、目の前のピートが床に崩れ落ちて行くのを信じられない思いで見ていた。
「レザー・・・?」
顔を上げるとレザーが手にビール瓶を持って立っていて床に倒れているピートを見下ろしている。
そしてハッとした顔で私を見ると、「・・・!大丈夫か?!」と顔を覗き込んできた。
「え、ええ・・・」
「怪我は?」
「・・・へ、平気・・・それより・・・彼の方が・・・血が出てる・・・」
私は震える体を抱きしめながら足元に倒れているピートを見た。
頭の周りには薄っすらと血が溜まってるのが見えて怖くなる。
「大丈夫・・・加減はしたから・・・。ったく、驚いたよ・・・てっきりマイケルかと思ったらコイツだったなんて」
レザーは唖然とした顔でピートを見た。
「で、でも何故ピートが・・・」
「さあ・・・もしかしたら・・・ずっとつけてたのかもしれない・・・」
「・・・つけてたって・・・でもどうして・・・。ピートは"あいつ"じゃないはずよ・・・?」
「いや、分からないぞ?"あいつ"とは別にコイツもをストーキングしてたのかも・・・」
レザーはそう言うと溜息をついてピートの腕を引っ張った。
「な・・・彼をどうするの・・・?」
「目を覚まさないうちに閉じ込めておくよ・・・。警察に連絡して迎えに来させる」
「で、でも彼は別に何も―」
「を連れ出そうとしたろ?とにかく待ってて」
レザーはそう言うとピートを抱えて部屋を出て行ってしまった。
一気に緊張したからか、再び体がだるくなり、近くにあったパイプ椅子に腰をかける。
「もういや・・・」
自然とそんな言葉が口から洩れた。
どうして、こんな事ばかり・・・
私が何をしたの・・・?
どうして私を追い詰めるの・・・?
どうして・・・?
恐怖や、悲しみ、絶望・・・色々な感情が入り混じって頭の中がグチャグチャだった。
ジョシュに会いたい・・・
今すぐジョシュに会いたい・・・
離れてからたった数時間なのに、もうこんなにジョシュが恋しい。
私は瞳に浮かんだ涙を手で拭うと溜息をついて椅子から立ち上がった。
そして、ふと床に落ちたままの袋に目が行き、それを持ち上げる。
中にはジュースや瓶ビールが入っていて、先ほどレザーが買ってきてくれたものだった。
(そう言えば・・・今日は昼から何も口にしてない・・・)
ふと思い出し、途端にお腹が空いてきた。
だがその前に喉がカラカラだった事もあり、袋からジュースの瓶を取り出す。
その拍子に中から黒い財布が床に落ちてしまった。
「いけない・・・」
レザーが買い物をした後で袋に一緒に放り込んだのだろう。
私はすぐにしゃがんで財布を拾った。
その時、二つ折りの財布が開いて中から一枚の小さな写真がひらひらと落ちてきた。
私は慌ててそれを拾うと、「メグの写真でも隠し持ってるのかな?」と裏を見て、そして息を呑んだ。
「・・・こ・・・これ・・・」
私は手の中にある一枚の写真を見て言葉を失った。
「嘘・・・」
その写真には一人の女性が写っていた。
幸せそうな微笑を浮かべ、優しい眼差しでカメラの方を向いている。
その表情だけで、彼女がとても幸せなんだという事が伝わってくるような写真だった。
そして・・・その女性は・・・私にそっくりだった―――
どうしてレザーが私に似た女性の写真を財布に入れてるの・・・?
何故、こんな写真を・・・
胸の奥がざわつき、手が震えた。
そしてゆっくりと扉の方に歩いて行く。
ドアノブに手をかけ、そっと下に押してみた。
そのまま手前に引くと重たい扉は静かに開き、ホっと息をつく。
そう・・・さっきピートは何度かノブを回していた。
もしかしたら、さっきは鍵がかかってたのかもしれない、と思ったのだ。
でも開けたという事は・・・ピートはこのスタジオの部屋の鍵をどこかから盗んできたのかもしれない。
さっき見たが受付には誰もいなかった。
あれなら簡単に鍵など盗めるだろう。
でも・・・今は鍵がかかっていない・・・
私はそっと廊下を覗いてみた。
だが先ほどと同じでシーンとしたままだ。
私は廊下に出ると足音を忍ばせながら歩いて行った。
レザーがピートをどうしたのか気になったのだ。
(さっきレザーはピートを閉じ込めておくって言ってた・・・。という事は・・・この部屋のどこかに・・・?)
そう思って廊下を見渡した。
(そんな遠くには運ばないはず・・・。じゃあ・・・もしかして向かいの部屋に・・・?)
私は目の前の扉を見上げると思い切ってドアノブを回してみた。
だが鍵がかかってるのか、ガタっと音がしただけで開く気配はない。
「あの窓・・・」
私は顔を上げると扉の上の方にある小さな窓を見上げた。
(あそこから中を覗ければ・・・でも私の身長じゃ・・・)
そう思ってハっとした。
(そうだ・・・ここにパイプ椅子があった・・・!)
それを思い出し、私はさっきの部屋に入ると中からパイプ椅子を持ってきた。
そして扉の前に置くと靴のまま椅子の上に上がってみる。
すると、ギリギリ中を覗けるくらいの高さになり、私は恐る恐る、その中を覗いてみた――
「・・・・・・メグッ」
中を覗いた途端、私は驚愕した。
その部屋は私がさっきまでいた部屋と似たつくりになっている。
何個か楽器が置いてあり、棚が二つほど壁に設置されていた。
その奥に眠るようにソファに横になっているメグが見えたのだ。
「な・・・どうして・・・?寮に帰ったんじゃ・・・」
私たちを待つ間に眠ってしまったんだろうか?
でもそれなら・・・レザーが様子を見に行けば、まだいる事が分かるはず・・・
なのに彼は探しもしないで"メグは先に帰ったのかもしれない"と言っていた・・・
それに、この鍵・・・
これは内側からかけたんじゃなくて・・・外側からかけられてるのかもしれない・・・
そんな・・・まさか―――
「何してるんだ?・・・」
「―――――ッ」
その声にビクっとして振り返ると、いつの間に戻ってきたのか、レザーが立っていた。
その手には何故かロープが握られている。
そして、その表情は先ほどと違って冷ややかなものだった。
「あ、あの・・・」
「何を覗いてる?そこも同じスタジオだよ」
「・・・で、でも中にメグがいるのよ?もしかして私たちを待ってたんじゃ―」
私がそう言うとレザーは黙っていたが、ふと笑みを浮かべ肩を揺らして笑い出した。
「・・・クッ・・・ック・・・」
「・・・?!・・・レザー?」
レザーはおかしくてたまらないといった感じで笑いを噛み殺している。
その様子に不気味なものを感じて私は体中に寒気が走った。
「はぁ・・・全く・・・ほんとに君はじゃじゃ馬だな。BABY DOLL」
「・・・・・・っ?」
ゾクリ、とした。
彼は今まで見せた事もないような冷たい目で私を見ている。
口調は同じなのに、いつもの明るさが感じられず、どこか感情がこもっていないようだ。
それが"あいつ"からきた電話の声と重なって聞こえた。
私は震える足で椅子から下りると、ゆっくりと後ろへ後ずさって行く。
「・・・その奥は行き止まりだぞ?」
「・・・・・・レザー・・・どうして・・・あなた・・・何が目的なの?」
未だに信じられない思いで彼を見た。
でも・・・今度こそ・・・間違いなく・・・彼が・・・レザーが"あいつ"だと確信していた―――
「目的・・・?」
「そうよ・・・!どうして、こんな事!」
そう怒鳴った時、レザーの顔から笑みが消えた。
そして、あっと思った時には彼の腕に拘束され、さっきいた部屋に引きずり戻されてしまった。
「離して・・・!」
いつもの優しい彼からは想像できないくらいの力で腕をロープで縛られた。
そして同じように足も縛られ、ソファに座らされる。
「レザー!お願い、こんな事やめてよ・・・っ」
まだ・・・信じたい・・・
いつもの彼に戻ってくれるって・・・
だって・・・いつもレザーは皆を笑わせてくれる優しいお兄さんのような人だったのに――
「・・・レザー」
「・・・そんな目で見るなよ・・・。はいつも笑顔でいてくれないと・・・」
隣に座ったレザーはニヤリと笑って私の頬を指でなぞった。
その感触にゾクっとして思わず顔をそむける。
「どうして?何で・・・こんな酷い事・・・アレックスを轢いたのもあなたね?!」
瞳に涙が浮かび、悔しくて唇を噛み締める。
それでもレザーは薄ら笑いを浮かべて私を見ていた。
「どうして・・・?理由なら前から君に言ってるだろう?電話でもメールでもカードでも、ね――」
「な・・・っ」
「それと・・・アレックスは俺にとって邪魔な存在だったんだ・・・。あいつは・・・俺のやってる事に気づいちまったからな・・・」
「・・・そんな・・・だから・・・彼を・・・」
体中が震えて私は未だ笑みを浮かべているレザーを睨んだ。
「そういう気の強いお前も好きだよ」
「やめて・・・!メグは?メグのこと好きだったんでしょう?!」
「ああ・・・あんなの嘘に決まってるだろう?」
「な、何ですって?!」
アッサリとそう言った彼に私は驚いた。
レザーはソファに寄りかかると煙草に火をつけ煙を吐き出した。
「あの女を口説いたのは・・・お前に近づくため。ただそれだけだ」
「・・・そんな!メグは・・・あなたの事好きだったのに・・・!」
「へぇ・・・、知らなかったんだ」
「・・・?」
私の言葉に少し驚いたような顔を見せると、レザーはニヤリと笑った。
「し、知らなかったって・・・何を――」
「メグが本当は誰をずっと好きだったか、ってのをさ」
「・・・え?」
得意げな笑みのレザーに私は眉を顰めた。
「メグが本当に惚れてたのは・・・俺じゃない」
「ど、どういう・・・意味?」
彼が何を言いたいのか分からず、そう尋ねると、レザーは苦笑交じりで私を見た。
「メグが本気で惚れてるのは・・・マイケルだよ」
「――――ッ?!」
その言葉に私は驚き、目を見開いた。
するとレザーは楽しそうに笑っている。
「ほんとに知らなかったんだな・・・。まあ・・・メグも嘘つくのが上手いから仕方ないか」
「・・・嘘!そんなはず―」
「嘘じゃない。何ならメグに聞いて来いよ。"初めての相手がマイケルだっていうのは本当?"ってな」
「・・・・・・ッ」
そう言って高笑いをしているレザーを私は呆然と見ていた。
そんな私を見てレザーは笑うのをやめた。
「・・・メグに近づく前に色々と調べたんだよ。そしたら・・・あの2人、実はデキてたってわけだ。
まあ、でもマイケルが惚れてるのはだ。だからお前にも隠してたんだよ」
レザーはそう言うとソファから立ち上がった。
「・・・私を・・・どうする気・・・?」
「さあ、な。俺はこうしてと2人きりでいるだけでいい」
「やめて・・・!こんな事したって・・・すぐにバレるわよ?!」
涙が溢れて視界がかすむ。
それでも言わずにはいられなかった。
でもレザーは軽く肩を竦めると、「バレないよ」と言って苦笑した。
「こういう時のためにマイケルに罠をしかけてある。現に警察は奴を追ってるだろう?」
「な・・・じゃ、じゃあ・・・マイケルのロッカーに封筒を入れたのは―」
そう言って顔を上げるとレザーはニヤリと笑った。
「そう、お察しの通り、俺だよ。因みに・・・奴はもうすぐ、ここに来るだろうな」
「え・・・?」
「マイケルはどうやら俺の正体が分かったみたいだ。だから・・・お前の事を心配して追いかけていった」
「・・・そんな・・・!でも・・・じゃあ病院に行ったのは・・・」
「さあな。ま、マイケルも俺が"あいつ"だという確信が欲しかったんだろ。だからアレックスに話が聞ければ、と思ったとかな」
「・・・・・・・・・ッ」
一つづつ霧が晴れるように全ての事を理解した。
マイケルは・・・私を守ろうとして来てくれたんだ・・・
なのに私は彼を疑った・・・
あんな封筒を見たくらいで・・・あんなに知ってたはずのマイケルの事を・・・疑ってしまった・・・
「あれ・・・何で泣いてんだ?」
「・・・最低よ・・・」
私は目の前に立っているレザーを睨みつけた。
「信じてたのに・・・!」
そう怒鳴るとレザーは困ったように息をついて再び隣に座った。
「そうか?一度だけ俺を疑った事があるだろう?」
「・・・?」
「覚えてないのか?俺が警備員に捕まった時の事・・・」
そう言ってレザーはニヤっと笑った。
私はその言葉にハっとして彼を見る。
「じゃあ・・・あの時もあなたが・・・」
「ああ、そうだよ。がひろったボイスチェンジャーで電話をした・・・」
「で、でもあの時じゃあ迎えに来たって言うのも―」
「いや、あれは本当にメグに頼まれたから行っただけだ。でも言われなくても理由をつけて外に出ようとは思ってたけどな」
「・・・・・・ッ」
「知ってるか?推理小説じゃ一番最初の容疑者は・・・白だっていう定説をさ。それを仕組んだってわけだ」
レザーはそう言って得意げに笑った。
全て計画的だった・・・
私はレザーの笑ってる顔を睨みつけ、唇を噛み締めた。
「ああ・・・傷になるから噛むな・・・。せっかく可愛い唇なんだから」
ニヤリとしながらレザーは指で唇をなぞってくる。
ゾクっとして思い切り顔を逸らすと、無理やり顎を掴まれ、引き戻された。
「心配しないでも今ここでお前を抱こうなんて思っちゃいないさ。それは面倒な奴らを片付けてからだ」
「・・・ど、どういう意味?!」
立ち上がったレザーにそう叫ぶと彼はあざ笑うような笑みを浮かべて私を見た。
「もちろん・・・メグ、マイケル、さっき来た坊やに・・・ジョシュだ」
「な・・・っ」
「あの坊やもお前に必死に警戒するように仕向けてくれたのにな?お前はちっとも聞こうとしなかった」
「え・・・っ?」
何のことか分からず眉を寄せるとレザーは苦笑交じりで肩を竦めた。
「あのピートって坊やさ。お前につきまとって怖がらせてたな・・・。でも最後の方は・・・演技だな」
「ど、どういう意味よ・・・っ」
「あいつも俺のやってる事に薄々気づいてたって事だよ」
床に煙草を投げ捨てるとレザーはテーブルに寄りかかった。
「あいつもの事を散々つけまわしてたからな・・・。どこかで俺の事を見かけたんだろう」
「そ、そんな・・・」
「だから今日も・・・ここに来る事を察知して見張ってたんじゃないか?そこへ俺とお前が現れた・・・」
「・・・じゃあ・・・さっきは・・・」
私の事を――
「助けに来たんだろ?俺が買い物に行ったのを見計らって、な」
レザーはそう言って笑うと呆然としてる私の前にしゃがんだ。
「全てが終わったら・・・2人でどこかへ行こう。誰も邪魔の入らない場所に」
「・・・・・何を・・・する気なの・・・?」
声が掠れた。
もう体中の力が抜けたような脱力感に教われ、私は苦しくて堪らなかった。
たくさんの人を・・・疑った愚かな自分に――
「そんな顔するなよ。邪魔な奴らを消すだけだ。さっき言っただろ?」
「・・・や、やめて・・・っ!皆は関係ない・・・っ」
「いくらの頼みでも・・・それは無理だ。身代わりが必要だからな・・・」
レザーは冷めた目で私を見ると、そっと額に口付けた。
「いや・・・っ!」
「・・・そういう事を言えなくなるくらい・・・俺が愛してやるよ・・・これから先・・・ずっとな・・・」
私の頬を手で撫でながら、レザーはゾっとするような冷たい表情で笑みを浮かべた。
血の気が引いて体が震えて力も入らない。
縛られた腕もだんだん痺れてきて、すでに感覚がなかった。
「・・・お願い・・・皆に・・・何もしないで・・・レザーとどこでも一緒に行くから・・・だから―」
「ダメだ。あいつらを放っておいたら俺が指名手配されるだけだ。証人は消さないと・・・映画でも皆そうするだろ?」
クック・・・と含み笑いを浮かべ、レザーは壁に設置されてある棚の扉を開けた。
そこから黒光りのする銃を取り出すのが見えて思わず息を呑む。
「レ、レザー・・・やめて?お願い・・・!」
「嫌だね。邪魔なんだよ・・・・どいつもこいつも・・・特に・・・、お前の心を奪ったジョシュが一番な!!」
レザーはいきなり逆上したように怒鳴るとガンっとテーブルを蹴飛ばした。
私はビクっとなって彼を見上げるとレザーは冷ややかな目で私を見ている。
「皆をこれで始末して・・・最後はマイケルだ・・・。あいつを自殺に見せかけ殺してやった後は・・・罪を押し付ければいい」
「レザー!お願い・・・やめてよ!皆、友達でしょ?どうしてそんな酷いこと―」
「うるさい!」
パンッ
ガシャン・・・ッッ
「キャ・・・っ」
レザーがいきなり発砲して私は目を瞑った。
彼の撃った銃弾は天井のライトにあたり、それが砕け散っている。
「俺に友達なんていないし必要ない。がいれば俺はそれでいいんだ・・・」
「・・・レザーどうして・・・」
ゆっくり顔を上げるとレザーは少しだけ悲しげな表情で私を見ていた。
その暗い瞳にハっとして言葉を失う。
すると彼は静かに口を開いた。
「・・・そっくりなんだ・・・・・・お前は・・・」
「・・・え?」
「俺が・・・唯一愛した女に――」
レザーは顔を歪ませると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「待って、レザー!!バカな真似はやめて――!」
必死に叫んだが扉は無常にも閉ざされてしまった。
「レザー・・・」
何か心にぽっかりと穴が開いたような感覚になり、瞳からはどんどん涙が溢れてくる。
ショックなことが多すぎて私は気が変になりそうだった。
まさか・・・レザーが"あいつ"だったなんて・・・
それなのに私は・・・何も気づかないでマイケルや他の人たちを疑った・・・
ピートだって・・・私を助けに来てくれただけだったのに・・・
このままじゃ・・・皆、殺されてしまう・・・!
さっきのレザーの言葉を思い出し、私は何とか気持ちを奮い立たせた。
泣くのも・・・後悔するのも後だ・・・
このままじゃ皆は確実に殺される・・・
そしてマイケルは全ての罪をかぶせられて・・・殺されてしまうだろう。
それだけはやめさせないと・・・
私は頬を肩に押し付け涙を拭くと何とか腕を動かそうとした。
だが感覚もなく、思ったよりきつく縛ってあるのかビクともしない。
どうしよう・・・
こんな場所じゃ・・・叫んでも聞こえない・・・
それにきっと誰も来ないに違いない・・・
私は息を吐き出すと部屋の中を見渡した。
ある程度、綺麗にはされてるが、この部屋はバンドの練習をするために借りられたものじゃないと思った。
もしかしたら・・・ここは廃墟ビルだったのかもしれない。
そこをレザーが勝手に使っている・・・
そう考えれば受付に人がいないのも頷けた。
どうしたら・・・
そう思った時、私はコートのポケットに携帯が入ってる事を思い出した。
幸い、腕は前で縛られている。
私は何とか手を動かすとコートのポケットの中を探り携帯を取り出した。
そのまま不自由な手でサマセット警部に電話をしようと検索する。
だが・・・
「嘘・・・圏外・・・?」
電波が全く途絶えているのを見てガックリと項垂れた。
そうか・・・ここは防音設備も整ってるけどビルとしても、かなり古い。
こういうビルは大抵、電波の入りが悪いのだ。
「・・・ジョシュ・・・」
不意に彼の優しい笑顔を思い出した。
こんな事になるなら・・・ジョシュを連れて家に戻ればよかった、と後悔する。
「ジョシュ・・・会いたい・・・」
そう呟くと、再び涙が溢れて、私の頬を伝っていった―――
「ここで止めてくれ」
マイケルに言われて俺は車を裏通りに停車した。
外を見てみれば辺りは古びたビルがいっぱい立ち並んでいる。
「ここは・・・?」
「・・・レザーが使ってるスタジオだ。と言っても・・・今はただの廃墟ビルらしい」
マイケルはそう言うと車を下りて、あるビルに向かって歩いて行く。
俺もそれを慌てて追いかけた。
だいたいを追って来たはいいが、ここにいる保証はない。
少し心配になり、俺はマイケルに声をかけた。
「なあ・・・でもさっきの話は本当なのか?あのレザーって奴が・・・」
「間違い・・・ないと思う・・・。俺もそれを確かめたかったんだけど・・・無理だった。でも――」
マイケルはそこで言葉を切ると溜息をついてビルを見上げる。
ここへ向かう途中、マイケルが気づいた事を全て話してくれたのだ。
その話を聞いて俺は彼が犯人じゃないという事を理解した。
ふと視線を横に向けるとそのビルの前に黒い車が止まっていて、それはが乗った車と同じように見えた。
「レザーの車だ・・・。やっぱここに来たか・・・」
「・・・も一緒って事かっ?」
「ああ」
それを聞いて俺は急いでビルの中へと入ろうとした。
だがグイっと腕を掴まれる。
「待てよ」
「何だよ?」
「あいつは・・・銃を持ってるかもしれない・・・」
「な・・・何だって?」
マイケルの言葉に俺は耳を疑った。
「前に・・・チラっと聞いた事があるんだ。銃を安く手に入れたって・・・」
「な・・・じゃあが危ない・・・っ」
「いや、あいつはに危害は加えないと思う・・・」
マイケルはそう言って俺を見た。
「あいつは・・・だけを欲しがってる・・・。さっきを連れ去ったのを見て、あいつが犯人だって確信したよ」
「じゃあ・・・今までのも全て・・・」
「レザーの仕業だ・・・。あいつ・・・!俺に全ての罪をなすりつけるつもりなんだ・・・っ」
マイケルは吐き捨てるように叫んだ。
「どういう意味だよ・・・?」
そう尋ねるとマイケルは軽く息をついて俺を見た。
「俺にも・・・"あいつ"から何度も電話があった。それにカードも何通も届いたんだ」
「な・・・じゃあ・・・アンタにも脅迫を?」
「いや・・・内容は嫌がらせに過ぎなかった。きっと・・・それも計画のうちなんだろうな・・・」
マイケルはそう呟くと空を見上げた。
「最後に電話が来た時・・・"あいつ"が俺に言ったんだ・・・。"お前の気持ちは知っている。お前にも動機があるって事だな"って」
「・・・動機・・・?」
「ああ・・・。俺の・・・への気持ちに・・気づいてたんだろうな・・・」
「・・・・・・・・・」
その言葉を聞いて、俺は胸が痛くなった。
今まで必死にを守ってきたのも・・・幼馴染だからと言うよりは・・・一人の男としてだろう。
俺に向ける敵意も全て彼女を想うがゆえ・・・
「その言葉の意味も後で理解したよ。どうせ俺は警察に疑われてる。だから"あいつ"にとっても好都合なんだ」
「じゃあ・・・俺達だけで行くのはまずいだろ?警察に全てを話してここへ来てもらわないとアンタが・・・」
俺がそう言うとマイケルは静かに首を振った。
「いや・・・今、警察は俺を疑ってるんだ。話しても無駄だ。だから俺の手であいつを捕まえる・・・」
「でも―」
「アンタは・・・を助けてやってくれよ・・・」
「・・・・・・・・・」
マイケルは、そう言うと俺の肩をポンと叩き、ゆっくりとビルの中へ入っていく。
彼の気持ちが痛いほどに伝わった。
俺は軽く深呼吸をすると焦る気持ちを抑えつつ、彼の後からビルの中へと入って行った―――
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