・・・僕の前では決して見せないで――
君の本当の素顔を・・・
僕は まだ・・・
君を想っていたいから――
「あと、どのくらい?」
ジョシュは眩しいのを隠すようにして顔に乗せてたキャップをズラし、車を運転しているマネージャーのロイに声をかけた。
「まあ・・・10分くらいかな?」
「10分か・・・。ホテルからも近いんだな・・・」
ジョシュは窓の外を眺めながら、そう呟いた。
外は昨日の雨が嘘のように快晴で少し陽射しが強いくらいだ。
こんなに晴れるんなら昨日、雨で撮れなかったシーンが今日撮れたのに・・・
先に次のシーンを撮るなんて・・・
映画がクランクインして一週間、台詞を全て頭に入れ、万全を記して撮影に行ったのに、昨日は急な雨で中止。
そして今日、撮るはずだったシーンは予定通り行う事になった為、昨日、覚えたものは、また後日覚えなくちゃならなくなった。
(今日は、すんなり終るといいけどな・・・)
そんな事をボンヤリと考えながらジョシュは煙草に火をつけた。
車内に煙が充満しないように窓を少し開けながら、煙を吐き出す。
少し眠気が残った頭で思い出すのは先月の終わりに別れたばかりのマリアの事だった。
"もう疲れたの。ジョシュもでしょ?もう・・・お互いに違う道を歩きましょうよ"
そう言ってマリアは二人で住んでいた家を出て行ってしまった。
まだ互いに気持ちを残しているのに、どうしても上手くいかなかった。
ACTORと一般人・・・
それが、どれほどの距離を生むというんだ?
確かに俺は、こんな仕事をやっていて色々な人とも出会うし、共演もする。
帰りだって遅いし一度撮影に入ると、なかなか家には戻れない。
でも・・・それでも彼女との時間は大切にしてきたつもりだ。
なのに、それでも俺の事が信じられないと言うのか・・・?
この仕事のせいで・・・ある事ない事、ゴシップだって書かれて来た。
でも・・・彼女は、それを解かってくれてると思っていた。
ジョシュは空しい気持ちで、いっぱいになった。
疲れた・・・と言われたのが何よりショックだった。
今まで、こんな風に何度か別れた事があったが、それでも結局は好きなままなのだから、その度にヨリを戻してきた。
だけど今回は本当の別れだと実感していた。
それは彼女と一緒に購入した家を、解約したからだ。
二人で書類にサインをしたのが最後。
それ以来、彼女は連絡をしてこなくなった。
"家財道具も処分して、思い出は残したくないから・・・"と、ちょっと寂しそうに笑ってた彼女の横顔が頭から離れない。
俺は…彼女の言う通り、一緒にそろえた家具を全て処分した。
寂しさは残ったが、もう引き止めることが出来ないところまで来たのだ。
これでいい…と思う反面、やはり長い付き合いだった恋人と、完全に終ったという現実は心の奥にポッカリと穴が開いたような感覚だった。
「ああ、ここだ。ワシントン大学・・・。ついたぞ?」
「ん?ああ・・・。ここか」
ロイの言葉にジョシュは、ハっと我に返り、いつの間にか景色が変わっているのに気付いた。
車を大学の駐車場に入れると静かに止めた。
「今日の撮影は、ここの裏手で撮るって言ってたな。行くか」
ロイがそう言って車を降りた。
それに続いてジョシュも降りるとバンとドアを閉めて、思い切り伸びをする。
「何だか学生、少なくないか?」
「ああ、午前中
だし講義が集中してるんだろ?昼近くになれば多くなるよ」
ジョシュは欠伸を我慢しつつ、そう答えると校舎の方に顔を向けた。
「へぇ、さすが元大学生だな。その辺は解かってる」
「何だよ、そりゃ嫌味か?どうせ俺は中退ですよ・・・」
ジョシュは苦笑しながら持っていたキャップを目深にかぶると、ブラブラと歩き出した。
こうして大学という、ある意味、特殊な場所を歩いていると、自分も学生の頃に戻ったような気分になる。
あの頃は色々と夢中だった自分を思い出し、妙に寂しくなった。
そこへスタッフの一人が走って来る。
「あ、ニック!撮影は、まだだろう?」
ロイは編集、製作のチーフ、ニックに声をかけた。
「ええ、そろそろ着く頃かと思って迎えに来ました」
「そうか、助かるよ。こんな広い場所だと、よく解からない」
「そうですね。あ、こっちです。 ―よ、ジョシュ。眠そうだな?」
ニックはジョシュとハイタッチしながら笑っている。
ジョシュは、このニックと気が合うのでスタッフの中でも一番仲がよく、唯一、気を許していた。
「あぁ〜もう寝不足だよ・・・。目がチカチカする」
「何だよ。夕べ撮影中止で早めにホテルに帰っただろう?もしかして帰った後、女でも連れ込んだのか?」
「はあ?そんな事するかよ・・・。つか、連れ込むような女なんていないだろ?」
ジョシュはニックを小突きながら呆れたように息を吐き出した。
だがニックはケラケラ笑いながら、
「いやいや〜。ホテルロビーとかに、ファンの子が数人いたじゃないか。あの子達の、誰かを部屋に呼んだのかと思ってな?」
「おい、やめろよ…。ファンに手を出す訳ないだろ?」
「そうだぞ、ニック。ジョシュに変なこと吹きこむな」
ロイも顔を顰めつつ振り向いた。
「はいはい。相変わらず、お堅いコンビですこと!あ、あそこが現場ですよ」
ニックは肩を竦めて、木々の向こう側に見える場所を指差した。
「ああ、もう集まってるな。急ごう」
ロイは急いで、スタッフが忙しく動き回ってる方へ走っていった。
だがジョシュは別に、それを追いかけるでもなく呆れたように息をついた。
「ロイが先に行ったって別に演技できるわけじゃないのに…」
「アハハ。張り切ってるんだろ?いつもの事さ」
ニックも笑いながらジョシュと並んで歩いている。
「それより・・・寝不足って真面目な話、大丈夫なのか?まだ・・・彼女のこと・・・」
「ん〜。何だか・・・気が抜けちゃってさ・・・。寝ようとするとマリアの顔が浮かんできて・・・。色々考えちゃうんだよ」
「そうか・・・。まあ・・・別れた後って、そういうもんだよなぁ・・・。何だか脱力感って言うか・・・寂しい気持ちもあるし・・・」
「何だよ。ニックもそう言う経験あるわけ?」
「ぬ。何だ、そのバカにした言い方は。 あるよ、俺にだって、そのくらいの恋愛経験はっ」
「へぇー。そっか。以外だな?ニックって案外、繊細なんだ。俺と同じじゃん」
「うわ、よく言うよ・・・。ま、繊細かどうかは知らないけど。別れた後、引きずるのは男の方が多いって話だしな?
女なんて冷たいぞ〜?別れたらつき物が落ちたみたいに元気になったりな?」
「ああ〜それ、あるかもな?結局、女の方が精神的にも強いんだよな」
ジョシュは苦笑しながら、監督を見つけて、そっちの方に歩いて行った。
「ピーター。おはよう」
「ああ、ジョシュ!おはよう。今日はいい天気だぞ?」
「そうだね。ちょっと肌寒いけど・・・この衣装のおかげで暖かいよ」
「アハハ。何だよ、嫌味か?」
ピーターはケラケラ笑いながら台本でジョシュの頭を小突いた。
「それ帽子だけは変えろよ?」
「解かってるよ。あ、ニック、俺の素敵なニットの帽子は?」
「ああ、ちょっと待ってろ。今、衣装さんにもらってくる」
ニックはそう言って、すぐに走っていった。
「あいつ、自分の仕事外のことやってるな」
ピーターは笑いながら走っていったニックの方を見ている。
それにはジョシュも笑いを堪えつつ頷いた。
「その辺のスタッフより気が利くから俺も助かってますよ」
「そうか・・・。じゃあ、今度からあいつを雑用係に任命しようか?ジョシュ担当で」
「ええ、是非、お願いしたいですね」
そんな事を言い合って笑っていると、当の本人が戻って来た。
「はいよ、ジョシュ」
「ああ、サンキュ。じゃ、このキャップは持っててね?」
ジョシュがキャップを脱いで、おどけて、そう言えばニックも苦笑いしつつ、それを受け取った。
「はいはい。どうせ雑用ですよ、俺は」
「アハハハハ・・・今ちょうど、その事をジョシュと話してたんだ。お前は今日から雑用係りな?」
「えぇ〜?!そりゃないですよ、監督〜〜!」
ニックは情けない顔で、そう言いながら、
「あっと俺は撮影終るまで、台本の手直しがないか見て来ないと〜」
と言って、そそくさと走っていった。
それを見てピーターは呆れたように両手を広げてジョシュを見る。
「全く・・・台詞が変わるのは私のせいじゃないぞ?ロンとニックのせいだ」
「ほんとですね・・・。直前で変更するのは勘弁して欲しいですよ」
ジョシュは、そう言いながら肩を竦めた。
すると周りがザワザワしてきて、何事かと振り向けば、午前中の講義が終ったのか大学の学生たちが集まってきている。
「ああ、終ったようだ・・・。何だか動物園のサルになった気分だな・・・」
「アハハ、サルか、そりゃいい。皆、お前さんを見に来てるんだろ?」
「そんな事ないと思うけど。きっと撮影なんて珍しいんだろうな」
「ああ、そうだ。ここの学生にエキストラを頼んである。それも、あるんだろう」
「ああ、エキストラか・・・。じゃあ少し時間かかりそうだ・・・」
ジョシュは、そう言って監督の横に置いてあるACTOR用のチェアーに腰をかけると煙草に火をつけて煙を吐き出した。
だいたい一般の人をエキストラに使うと、こういう事に慣れていないからか、歩くタイミングが少しズレたりして必ず何度かNGが出る。
それをジョシュは言ったのだった。
そこへニックが台本を手に戻ってくる。
「ヘイ!ジョシュ。今日の台本、手直しゼロだそうだ」
「助かった!じゃあNGは出なさそうだ」
ジョシュが笑いながら台本を受け取ると、ニックは笑いながら、
「もしNG出したら今夜はジョシュの奢りだからな?」
「解かってるよ!もし出なかったらニックの奢りだぞ?」
「OK!なあ、それより学生が集まってきたな?見ろよ、可愛い女の子がいっぱいだ」
ニックは周りに集まってキャーキャー騒いでいる女子大生を見ながらニヤニヤしている。
ジョシュも、そっちの方をチラっと見たが、呆れたようにニックを見上げる。
「お前、よく見えるなぁ?俺には皆、同じに見えるよ」
「はぁ〜ジョシュ〜・・・。よく見ろよ?全然、違うだろ?ブロンドもいればブルネット、ブラウン・・・色々いるだろう?」
「はいはい・・・って髪の色で見分けるなよ・・・」
ジョシュは苦笑しながら煙草を、携帯灰皿用に置いてあるバケツの中に放り込んだ。
するとニックがツンツンとジョシュの服を引っ張ってくる。
「ジョシュ、あれ、あの子っ」
「何だよ…。凄い美人でも見つけたか?」
そう言って振り返ると、ニックがニコニコしながら指さしている。
「あの子、ブロンドの子、美人だぞぉ〜?一際目立ってる!あ、誰か友達も一緒か?後ろに、もう一人・・・あ、奇麗な髪色・・・あれ何色だろ?」
「どれ?ああ・・・」
ジョシュはニックが指さしているブロンドの女の子の横に、おずおずと歩いて来た子を見て首を傾げた。
「何だか淡い・・・ブラウン・・・?随分、薄い色だな・・・。日に透けてキラキラしてるし、ブロンドにも見えるけど・・・」
「いや、ブロンドじゃないだろう?何だか、お人形さんみたいだな?可愛いよ。ハーフかも」
ニックはニヤニヤが止まらないようで、その二人を眺めている。
それにはジョシュも苦笑して立ち上がった。
「お前、変態に思われるから、あんまりジロジロ見るなよ?」
「変態って酷いな・・・って、あれ?あの子達、こっちに来るぞ?」
「え?」
ニックの言葉に、再度、振り返ると、確かにブロンドの女の子が野次馬を制止しているスタッフに何やら話しかけて、
こっちに歩いて来てるように見える。
それも助監督の方に・・・
「もしかしてエキストラの子かな?」
「そうなんじゃないの?聞いてくれば?」
ジョシュは気にも止めずに、そう言うと大きく伸びをして台本を手に、もう一度チェアーに腰をかけたのだった。
「!終った?」
講義を終え、宿題として出たレポートをバッグに入れていると教室にメグが飛び込んで来た。
「メグ?どうしたの?もう終ったの?」
「ううん。午前の講義、途中で抜け出してきちゃったの」
メグはの方に歩いて来るとペロッと舌を出して肩を竦めた。
「何だよ、道理で…。同じ時間に終るにしては来るのが早いと思った」
マイケルは呆れたように椅子から立ち上がる。
「だって色々準備があるでしょ?なんて言っても映画に出れるのよ〜?」
「エキストラだろ?そんな一瞬しか映らないのに気合入れてメイクしたって意味ないよ」
「何よ、マイケル!そんなこと言って自分も出たいんじゃないの〜?」
「俺は映画なんて、どうでもいいよ。俺が出たいのは舞台だからな?」
「あっそ。ならオーディション受けつづければ?」
「あー、そうさせてもらいますよっ。今日、これからオーディションなんだ」
「あ、マイケル。頑張ってね?」
「ああ、もメグに付き合わずに真っ直ぐ寮に帰れよ?危ないから」
マイケルは心配そうにの頭をクシャっと撫でた。
「大丈夫よ?人も多いと思うし・・・。少し離れてメグの演技を見るだけだから」
「何が演技だよ。通りすがりだろ?」
「何よ、マイケル!うるさいわよ?いちいち!」
「はいはい。じゃあ、俺は行くけど・・・。メグ、を、あまり一人にさせるなよ?」
「解かってるわよ!早く行けば?」
メグはベーっと舌を出してマイケルに手でシッシとやっている。
それを見ながらマイケルは苦笑すると、「じゃあな」と言って教室を出て行った。
「ほんっと日に日に嫌味になっていくんだからっ」
メグは頬を脹らませてプリプリ怒っている。
「もう…ほんと二人ってば顔合わせるとケンカばっかするんだから。前はもっと仲が良かったでしょ?」
は自分のバッグを持つと廊下に出てメグの方に振り向いた。
「だって…マイケルの方が突っかかってくるのよ?あいつ、には昔から優しかったけどさ」
「そんな事ないわよ。メグにだって優しいじゃない。恋人と別れて落ち込んでたら朝まで一緒に騒いでくれたりして」
「そりゃそうだけど…」
メグはちょっと目を伏せて、
「ま、別に本気でケンカしてるわけじゃないから心配しないで。ね?それより早く行こう?撮影始まっちゃう」
「あ…ちょっと待ってよっ」
急に走り出したメグの後をも必死に追い掛けた。
そのまま校内を抜けて庭に出ると、昨日、監督らしき人がいた場所へと向かう。
そこには、すでに人だかりの山でメグとは顔を見合わせた。
「凄い人…何これ、みーんな見学かなぁ…」
「そうかもね。ほら、私はエキストラで出るんだから前に行こう?」
メグはそう言うとの手を繋いで人の間を擦り抜けていった。
「ちょっと、すみません…。通してください…っ」
メグは気後れする事なく、どんどん人を掻き分け前に進んでいく。
そしてやっと一番前に出るとスタッフが動き回っている姿が見てとれた。
「あ、いるいる!ねね、あれACTRESSさんかなあ?」
メグはそう言って後ろを見ると、がやっと前に来た所だった。
「大丈夫?」
「え、ええ…ちょっと人に押されちゃって…」
「ね、それより…あそこに立ってる人、こっちを見てるんだけど」
「え?あ、ああ…スタッフの人?」
「そうだと思う。で、その人の隣で煙草吸ってる人、あれジョシュじゃないかな?!」
メグが瞳をキラキラさせながら指をさした。
も、その方向に顔を向けるが少し遠くて、良く見えない。
「ここからじゃ…ちょっと解からないわ?」
「もう、。私の隣に来なさいよ、ほら」
「え?あ…。す、すみません…」
メグの少し後ろに立っていたのだが、メグに腕を引っ張られては隣の人の肩にぶつかり謝りつつ、前へ出た。
「ほら、あそこ。ね?あれジョシュよね?キャ…こっち見てない?」
「う〜〜ん…帽子かぶってるし…ほんと解からないわ?」
「そう?あ、でも奥に助監督さんがいるわ?彼のとこに来るように言われてるの。行きましょ?」
「え?わ、私はここで…」
「いいから。一人にするなって言われてるし!ね?あっちで見学してればいいわよ」
メグは、そんな事を言いながらの腕を掴んで歩いて行く。
するとスタッフが走って来て、「君達、ここから入らないで」と言って来た。
「あ、あの私…エキストラで出るんで助監督さんのところへ来るように言われてるんですけど」
メグは飛び切りの笑顔を見せて、そう言うと、そのスタッフもすぐに笑顔になる。
「あ、そ、そう。ごめんね?じゃあ、彼の元へ行ってくれる?」
「はい。ありがとう御座います!」
メグは、そう言うとの方にニコっと微笑んで、「さ、行こう?」と歩いて行く。
それを見ては苦笑するしかなかった。
メグは自分の笑顔にどれだけの効力があるかを、よく知っているのだ。
二人は、そのまま助監督の下へ歩いて行くと、一人の男の人が走って来た。
「あ、あの君、エキストラの子かい?」
「はい、そうです。あの助監督さんは…」
「彼なら今、あっちで監督と打ち合わせしてるよ。他のエキストラの子は、こっちに集まってる。僕と来てくれる?」
「はい」
メグは、そう言っての手を繋いだまま歩いて行く。
それにはも慌てて立ち止まった。
「ちょ…メグ?私、そこで待ってるわ?」
「え?でも…なるべく私の傍にいた方が安心でしょ?」
「でも…エキストラ出ないのに一緒に行くのは…」
は困った顔で、そう言うと、スタッフの男が驚いた顔をした。
「え?君、出ないのかい?」
「え?あ…はあ…。私は付き合いで来ただけで…」
「ええ?もったいないよ。君、出るべきだって」
「え?あ、あの…」
突然、そのスタッフに手を掴まれ、はギョっとした。
「わ、私はいいです…。向こうで邪魔にならないように見てますから…」
「でも絶対、カメラ映えすると思うんだけどなぁ…」
そのスタッフの男は手を離さず、そう言いながら、
「あ、俺は製作兼編集のニック。宜しくね?」
「あ…え?」
急に自己紹介されて、も目を丸くした。
「宜しく、ニック、私はメグで、この子はよ?、こう言ってくれてるんだし、も出れば?」
メグまで、そんな事を言い出し、は困ってしまった。
「いいわよ…。私は出たくないの」
「出たくない子を無理やり誘うなよ?ニック」
「―――っ?」
突然、後ろで声が聞こえてはドキッとして振り向いた。
すると、そこには身長の高い男の人が呆れたように立っている。
「あ、ジョシュ…」
「キャァ、ジョシュ?!」
ニックの言葉に、メグも驚いたように叫んだ。
それにはジョシュも、ちょっと苦笑しながらの方を見た。
「君も、そんなに出るの嫌なら、向こうで見てれば良かったのに」
「そ、それは…」
急に、そんな事を言われて、もムっとした。
(な、何よ…好きで、ここまで来たんじゃないわよ…っ)
「だから、私そっちで見てますから…。あの…離して下さい」
は未だ手を掴んだままのニックに、そう頼んだ。
「でも…もったいないなぁ…」
「おい、ニック、離せよ。時間の無駄だろ?それより、直ぐ撮影始まるぞ?」
「あ、ああ。じゃあ…見学なら、あの木の下辺りにいてくれれば邪魔にならないから」
「はい、解かりました」
は手を解放されてホっとすると、メグの方を見て、「じゃ、頑張ってね」と言うとニックに言われた通り、大きな木の方へ歩いて行く。
心なしか、歩き方が怒っているようだ。
「あ、あの…じゃあ君はこっちに来てくれる?」
ニックはメグの方に視線を戻すと、助監督の方に歩き出した。
メグはチラチラとジョシュの方を気にしながらも、仕方なくニックについていく。
ジョシュはそれを見送ると、一人、歩いて行ったの方に視線を戻し、ちょっと苦笑した。
怒らせちゃったかな…?
でも別に怒られるような事は言ってないんだけどな…。
何だかムっとした顔で俺を見てたし、言い方が気に障ったのかもしれない。
まあ、あのくらい可愛いと周りにチヤホヤされてるし、男は優しくて当たり前とか思ってるんだろうな。
ジョシュは、そんな事を思いつつ、監督の方に歩いて行った。
「何よ、何よ。あいつ…。嫌な感じ…。何が時間の無駄よ…。そりゃ出る気はなかったけどね…っ」
は大きな木に寄りかかると、一人ブツブツ文句を言っていた。
何がジョシュよ…
ACTORってテ
レビの前じゃニコニコしてるけど普段は、あんな無愛想なの?
「かーんじ悪い…っ」
確かに…あの顔を見て思い出した。
"パールハーバー"で主人公の幼なじみを確かに演じてたわ…
しかも、あの役は最高に優しくて、いい役だったのに。
あの優しげな瞳は嘘だったってわけね。
私の方をチラリと横目で見ちゃって…
というか見下ろされたわ…っ
あの人、大きすぎ!マイケルより大きいんだもの。
そう思いながら視線を戻してみると、ジョシュが一人立って、こっちを見てる気がした。
だが、すぐに監督の方に歩いて行ってしまう。
「何よ…。文句あるの?」
はそれさえカチンと来て頬を膨らませた。
ハリウッドスターなんて、やっぱり気取ってる人種なんだわ、きっと。
「はぁ…もう、いつ終るのかなあ…。マイケルが言うように帰れば良かった…」
は、そう呟くと腕時計を見て溜息をついたのだった。
それから暫くして撮影が始まったのか、ジョシュがカメラの前に立ち、他のACTORとの絡みを撮っている。
その周りをエキストラが固めていて、さっき指導されていたように動いていく。
メグも演劇を専攻しているだけあって、遠くから見ていても、かなり自然に動いている。
あれも一種の天性のものだろう。
はそれを黙って見ていたが立っているのも疲れて来て、その場にしゃがみ込んだ。
お腹空いたなぁ…
そう言えばお昼食べてなかった…。
そんな事を思いつつ、時計を見ると、すでに午後の2時を過ぎていた。
どうしよう…
まだ終らないのかな…
ちょっと大学の売店でパンでも買ってこようか…
チラっと撮影してる方を見る。
まだカメラは回されいて撮影は続いてるようだ。
(パっと買いに行って戻ってくれば大丈夫よね…)
はお腹が空いたのと同時に喉も渇いてきて我慢が出来なくなった。
立ち上がってバッグを掴むと木々を抜けて大学構内の方に歩いて行った。
そこだけは静かで少し日も陰り、怖くなってくる。
やだ…撮影に気を取られていたけど…私がいた辺りって人が殆どいなかったんだ…
後ろを振り返ってみると、野次馬達は、ずっと先の方で固まって見ている。
とにかく急いで戻ってこよう。
撮影が終って私がいないとメグが怒りそうだ。
はバッグを肩にかけなおすと大学の中にある売店まで走って行った。
大学内では、すでに午後の講義も始まっているのか、シーンとしていたが、
後ろから生徒が遅刻したのか、数人、慌てて走って行くのとすれ違う。
きっと撮影を見に行って時間を忘れていたのだろう。
皆、そんなに興味あるんだ…
あんなの見てても退屈なだけなのにな。
そんな事を思いながら売店を覗くと、いつもの売り子の、おばさんが笑顔を見せる。
「いらっしゃい。何?今からお昼なの?」
「はい。ちょっと食べるの忘れてて…」
はそう言って笑いながら数個、パンを選ぶと、「これ下さい」と言ってお金も渡した。
「はい、まいど!」
売店のおばさんは、そう言って笑顔でおつりをくれた。
は、それを受け取ると、「じゃ、どうも」と声をかけて、再びさっきの場所まで急いだ。
午後にもなると今朝までの陽射しが嘘のように陰り、薄暗くなってくる。
木々の間を抜けながら辺りの静けさに少し薄気味悪くなってきては足を速めた。
その度にカサ…っと踏んだ草の音まで聞こえてきてドキっとする。
こういう時に限って夕べ、夕飯を食べながらマイケルと見たB級ホラー映画の事なんか思い出して怖くなる。
もう…やっぱり、あんな映画なんて見なきゃ良かったかな…
普段なら平気なんだけど、ここのとこは怖い事も続いてたし…
そんな事を思いながら歩いていると前方が少し明るくなってきて、さっきの場所についたんだと解かり、ちょっとホっとした。
だが、先ほどまで撮影してた時に聞こえていた声が全く聞こえず、は首を傾げつつ、走って行った。
「あれ…?スタッフしかいない…?」
は撮影隊の方を覗くように見てみたが、メグの姿も見えず、キョロキョロと辺りを見渡した。
どこに行ったんだろう…
撮影場所を変えたのかな…
でもカメラは、あそこに置いたままだし…
そんな事を考えながら、さっき座っていた木の辺りまで歩いて行った。
そして、あるものを見つけて足を止める。
「これ…」
は木の根元にポツンっと落ちている"それ"を見つめながらも、ゆっくりと近づいて行った。
そこに落ちていたのは紛れもなく、この辺になど咲いてるはずもない真っ赤な薔薇が一輪…
それが、さっきまでが座っていた場所に落ちていた。
「な、何よ、これ…さっきまでは、こんなもの…」
震える声で、そう呟きながら、その薔薇の下に白いカードのようなものがあるのを見つけて、その場にしゃがむと、
恐る恐る手を伸ばし、そのカードだけを指で摘んだ。
そして思い切って、そのカードを捲ってみた…
10分前―――――
「カーット!!OK!」
監督のピーターの声にジョシュは軽く息をついて帽子を脱いだ。
「お疲れ!少しの間、休憩にしよう」
ピーターは、そう言うと脚本のロンと二人で何やら話しこんで歩いて行く。
ジョシュは、早々にジャンパーのポケットから煙草を取り出し吸おうと中を見た。
「チェ…切れてる…。あ、ニック!」
「ん?何?今からエキストラに飲み物配るんだよ」
慌ただしく走りながらニックが駆け寄ってきた。
それにはジョシュも苦笑する。
「何?ニック、そんな雑用もやってんの?」
「だって監督が雑用好きだろ?なんて言ってさ〜。今から配るの手伝うんだ。それより、どうした?」
「ん?ああ…あのさ、煙草切れちゃったんだけど…大学内に煙草は売ってないよな…?」
「ああ、ないだろうなぁ…。そんなロイに頼めばいいんじゃない?」
「あ、そっか。ちょっと聞いてこよう」
「ああ、そうしてくれ。じゃな! ―あ!メグちゃん!こっちに来て休憩にしよう?」
ニックは、歩いて来たメグに笑顔で声をかけた。
だがメグは何だか困った顔をしている。
「あ、ニック…。あの知りません?」
「え?って、さっきの友達?」
「ええ…。あの辺りにいたはずなんですけど…いなくて」
メグは後ろを振り返りながら呟いた。
それにはニックもジョシュも振り返って見てみるが、確かにさっきまでいたの姿が見えない。
「先に帰ったんじゃないの?」
ニックは別に気にしないようにメグに視線を戻す。
だがメグは心配そうに首を傾げた。
「そんな事はないと思うんですけど…」
「子供じゃないんだし…大丈夫だろ?先に戻ったんだよ」
ジョシュも何となく、そう言ってみる。
だがメグは少し不安そうに、「でも、あの子は今…」と言いかけて言葉を切った。
その様子が気になり、ジョシュは、「何?あの子、一人で帰れないわけでもあるの?」と訊いてみる。
それにはメグも少し顔を上げると軽く首を振った。
「いえ…きっと一人で戻ったのかも…。すみません」
「そう?じゃ、あっちで休憩しよう」
「はい。それじゃ…」
メグはジョシュに軽く挨拶をするとニックについて歩いて行った。
ジョシュはちょっと首を傾げたがロイが歩いて来るのが見えて声をかける。
「あ、ロイ」
「ああ、ジョシュ。どうした?腹減ったか?」
「違うよ。煙草切れたんだ。この辺だと買えるとこある?」
「ああ、煙草か。それなら車のトランクに買い置きしてある」
「え?嘘、ほんとに?」
「ああ、どうせ、お前が吸うんだから買いに行くのも面倒だし、まとめて買って置いてあるよ」
「そっか、助かった。じゃ鍵貸して?取ってくるよ」
「え?俺が行くぞ?」
「いいよ。こんな事で敏腕マネージャー使ってたら怒られそうだ」
「よく言うよ。いつもコキ使うだろ?」
ロイは苦笑しながら車のキーを出すと、ジョシュに渡した。
「サンキュ。じゃ行ってくるよ」
ジョシュは、そう言って駐車場の方に向かうのに歩き出したが前の方には野次馬がウジャウジャといる。
いくら何でも、あの中を通り抜けていく事は出来ない。
仕方なく、ジョシュは林のような庭を抜けていく事にした。
木々の中を抜けると、直ぐに大学が見えてきて駐車場も近くにある。
(何だ…こっちの方が近道かもな)
そんな事を思いながら車まで行くとトランクの中から大きなマーケットの袋を見つけ覗いてみる。
すると中にはジョシュが、いつも吸っているラッキーストライクとマルボロの両方がワンカートンづつ入っていて苦笑した。
「ロイの奴…気が利いてるじゃん」
そう言ってジョシュはマルボロとラッキーストライクを一箱づつ出してジャンパーのポケットに入れた。
ジョシュは、その時の気分で煙草を変えるクセがあり、ロイもその辺を解かっているので、どっちも買って来ておいたのだろう。
トランクを元通りに閉めると、そのまま煙草―この時はマルボロにした―を開封して、一本取り出し火をつけた。
そのまま今来た道を戻って行く。
木々の中を歩いていると急に日が陰り、辺りが薄暗くなった。
「何だか曇ってきたなあ…。雨だけは降るなよ…?」
空を見上げてジョシュは、そう呟いた。
その時、前の方から何か女性の悲鳴のようなものが聞こえて足を止める。
何だ…?今の…
女性の悲鳴のようにも聞こえたけど…
ジョシュは吸ってた煙草を放り投げると、声の聞こえた方に走って行った。
(あっちは…撮影してた場所の方だけど…まさか事故とかじゃないよな…?)
そんな事を考えながら走って行くと少し明るくなってきて林のような庭を抜けた。
キョロキョロ辺りを見渡すと、撮影隊の方を見た。
が、遠くで、よく見えないにしろ、別段変わった様子もないように思えた。
だが、ふと手前の、あの大きな木の下で女の子が蹲っているのに気付き、ドキっとした。
(あの子…さっきの?何だ…帰ったんじゃないんだ…)
こっちに背を向けているので顔は見えないが髪の色や格好でメグという子の友達じゃないかと思い、ジョシュは、ゆっくりと近づいて行った。
「おい、大丈夫か…」
そう言って彼女の肩にポンっと手を置いた瞬間、彼女の体が跳ね上がり、「キャァ…っ!」と叫ばれ、ギョっとする。
「お、おい…俺だよ。どうした?」
ジョシュは脅かさないように、そう声をかけると、しゃがみ込んで、そっと彼女の顔を覗き込んだ。
見れば彼女の顔色は青ざめ、少し震えているように見える。
「おい…何があった?大丈夫か?」
えっと…彼女、名前何だっけ…?
あ、そうそう…確か……だ…。
彼女の名前を思い出し、ジョシュは息をつくと、もう一度声をかける。
「えっと…君、…だよね?具合が悪いの…?大丈夫?」
そう言って、さらに顔を覗き込むと、はやっと顔を上げてジョシュを見た。
そして驚いたように後ろに下がり、その勢いで腰をついてしまった。
「……っ」
「おい…そんな驚くなよ…。何もしてないだろ?大丈夫か?」
ジョシュは困ったように、そう言うとに手を差し出した。
だがは首を振って、「だ、大丈夫です…」と呟くと自分で立ち上がった。
それを見てジョシュも溜息をつくと立ち上がろうとして、ふと足元に落ちている一輪の薔薇の花と白いカードに目がいき、それを手に取った。
「これ君のじゃないの…?」
そう言ってを見れば顔が強ばらせて首を振る。
「でも、君の足元に落ちてたし…」
そう言ってカードを何となく見てみた。
すると、そこには真っ赤な文字で、
『君がいた場所に温もりが残っている…。僕は、いつも君を見ているよ』
と書いてあり、ジョシュは首を傾げた。
「何だ、これ…。ラブレターじゃないの?」
ジョシュはちょっと笑いながら、そのカードと薔薇をの方に差し出す。
だがは怯えたような顔で首を振ると、「私…知りません…っ」と言って大学の方に走って行ってしまった。
「え?おい、君…!!」
ジョシュは驚いて呼んでみたが、は木々の間に見えなくなってしまった。
「ったく…何なんだよ…。変な子…」
ジョシュは、そう呟くと手の中の薔薇とカードに目をやり、軽く息をついた。
「どうすんだ…?これ…」
そう呟きながら皆の方に戻って行った。
「カーット!よし、OKだ!」
最後のシーンを撮り終え、ピーターは機嫌よく手を叩いた。
「お疲れさん。エキストラの皆も、ご苦労さん!いいのが撮れたよ」
そう言ってエキストラへの労いも忘れない。
監督に、そう言われてエキストラの面々もホっとしたように挨拶を済ませると、助監督に明日の指示を受けている。
ジョシュは、直ぐに上だけ衣装を脱いで自分のジャケットを羽織ると、直ぐにエキストラの中にメグを探した。
そして大勢で固まったグループの中にメグを見つけると、服と一緒に置いておいた薔薇とカードを手に歩いて行く。
メグは話を聞き終えると、他の学生たちと話を交わしながら、大学の方に歩いて行くのが見えて、それをジョシュは追いかけた。
「あの…ちょっと…君…っ」
「え?」
ジョシュが後ろから追いかけて行くとメグは驚いたような顔で振り向いた。
「あ…ジョ…ジョシュ…っ。あの…お疲れ様です…っ」
メグはジョシュが呼び止めたので嬉しそうな顔で微笑んだ。
「ああ、お疲れ。あのさ、君…って子と友達だよね?」
「え?…?えっと…友達ですけど…が何か?」
メグは明らかにガッカリした様子で息をついた。
だがジョシュは気にせず言葉を続ける。
「あのさ…。これ…彼女のだと思うんだけど…さっき持っていかないまま走って行っちゃったんだ。俺が捨てるのも何だし…。
君から、これ彼女に返しておいてくれるかな?」
ジョシュは、そう言ってメグに薔薇の花とカードを差し出した。
だがメグも、それを見て顔色を変える。
「これ…どこで…?」
「え?どこでって…。さっき…休憩の時、って子が、あの木のとこで蹲ってたんだけど…これが彼女の足元に落ちてて…」
ジョシュはメグに、さっきの状況を詳しく説明した。
それを聞いたメグは、ますます表情を曇らせ、軽く深呼吸をすると、ジョシュの手からカードを受け取った。
そして、それを開いてみると驚いたように目を見開き、そしてすぐにギュっと目を瞑る。
「あの…君…これ…」
ジョシュが声をかけようとするとメグは目を開けて、「これ…が?」と聞いた。
「え?あ、ああ…彼女が誰かから受け取ったんだろうけど…。見たくないって感じで行っちゃったんだ。でも一応さ…」
「あの、これ…私が捨てておきます」
「え?」
メグはジョシュの手から薔薇も受け取ると少し目を伏せて、「すみませんでした。ありがとう御座います」と言って歩いて行こうとした。
それには、さすがに気になり、ジョシュは思わずメグを追いかけた。
「ちょ…待ってよ。それ…いったい何なの?」
「…いえ…大した事じゃないですから…」
メグは、そう言って笑顔を見せると足早に行ってしまった。
それを見送りながら、ジョシュは軽く溜息をついた。
「ったく…何なんだ?あんな顔されると、余計に気になるだろ…?」
ジョシュは、そう呟いて髪をクシャクシャっとかきながらスタッフの方に戻って行った。
「ああ、そりゃ、あれだよ。あれ」
「あれって何だよ?」
「ストーカーって奴?」
「えぇ?!」
ジョシュはニックの言葉に驚き、バーボンを噴出しそうになった。
今はホテルに戻り、その中にあるバーで、ニックと二人で一杯飲んでる所だ。
「ス…ストーカーって…」
ニックの言葉に、ジョシュもさすがに驚いた。
だが言われてみれば、あのカードの文章も、それらしく思えてくる。
「間違いないね。そのカードの言葉と、彼女の怯え方…。それでもってメグちゃんの態度…。うん、ストーカーだよ、絶対」
ニックはナッツを口に放り込みながら、一人で納得しつつ、ジョシュを見た。
「ジョシュも、そう思わない?」
「いや、俺は…よく解からないよ…」
「何でだよ。怪しいだろ〜?薔薇一輪とカードの怪しいメッセージ!"いつも君を見てる…"なんてストーカー以外の何者でもない」
「そうか?俺、てっきりラブレターかと思ってさ…。まあ、確かにって子は怯えた様子だったから変だな?とは思ったけど…」
ジョシュは、そう言って頭をかくと、ニックは呆れたように溜息をついた。
「ほんとジョシュは鈍感だよなぁ…。ただのラブレターって感じじゃないだろ?」
「悪かったな…。鈍感で…」
ニックの言葉にムっとしつつ、ジョシュはバーボンを一口飲んで顔を顰めた。
「でも解かる気がするなぁ〜…」
「あ?何が?」
ジョシュはニックの言葉に首を傾げながら煙草に火をつけると、煙を彼の方に吹きかけた。
「ゲホ…っ。おい、やめろよ…。 ――つかさ、ストーカーの気持ちだよ」
「はあ?!…お前、そんな趣味あんの?こわ…っ」
ジョシュが少しニックから離れて横目で睨んだ。
それにはニックも慌てて首を振る。
「あるわけないだろ?そんな暇じゃないよ。ただちゃんって子は独特の雰囲気で、こう…なんて言うか儚げだったろ?
守ってあげたくなるって言うかさ!ああいうタイプって変な奴に好かれるんだよ、きっと!」
「どこが儚げなんだよ。気が強いぞ?あれ」
ジョシュは苦笑しながら、ゆっくり煙を燻らしている。
するとニックがジョシュの手から煙草を奪い、勝手に灰皿に押しつぶした。
「おい、何だよ、ニック…」
「気が強いって何で解かるんだよ?」
「何でって…。何となく?」
「何だよ、それ。彼女、大人しそうだったろ?だからエキストラだって恥ずかしくて出来なかったんだよ。うん、きっと、そうだ」
ニックは一人で納得しながらハーパーのボトルを掴んで自分にグラスに注いだ。
それを見ながら今度はジョシュがニックの手からボトルを奪うと、自分のグラスに注ぎ足す。
「お前、ほんと見る目ないな?俺の言った言葉に相当ムっとして怒ってただろ?」
「あれは…ジョシュが冷たいこと言うからだろ?あ、あれ良くないぞ?知らない子に、ぶっきらぼうなの」
「何で会ったばかりの子に愛想ふらないといけないんだ?それに俺は、わざとじゃなくて、あれが普通なんだよ」
ジョシュはそう言って苦笑するとグラスの中に指をいれて軽く氷をかきまわした。
そのままグラスを口に運ぶ。
「あれが普通って…。俺にはジョシュが人見知りして素っ気無くなったように見えたけど?」
「そりゃ人見知りはするけど…。ニックみたいに誰にでも愛想良くなんて出来ないだけだよ」
「何だよ…。人のこと八方美人みたいに…」
「合ってるだろ?」
「…………まあ…否定はしないけど」
「ほら、見ろ」
ジョシュは笑いながら煙草を取り出すと、「消すなよ…?」と忠告しながら火をつけた。
「はいはい…。 ――でも…ちゃん大丈夫かなぁ?ストーカーに付きまとわれて…。俺が見つけてガツンっと文句言ってやりたいよ。
あんな可愛い子を怯えさせるなんて、男の風上にもおけん!」
「何だよ。ニックは、あのブロンドの子が気に入ったんじゃないの?メグ…だったっけ?」
一人熱く怒っているニックに、ジョシュは苦笑しながら煙を吐き出した。
「いや〜どっちもだよ。違うタイプで可愛いだろ?」
「はぁ…。ニックは、ほんと可愛いけりゃ、誰でもいいのか?」
「そんな事はないけどさ?そりゃ、この仕事してりゃ凄く美人とか可愛いACTRESSと会ったりするけど、皆どっかで業界人って感じが出てるんだよなぁ…
俺は普通の素朴なスレてない子がいいんだよ。解かるかなぁ?ジョシュくん」
「ああ、それなら解かるけど」
「えぇ?!解かるの?!」
あっさりと同意されて、ニックは大げさに驚きながらジョシュを見た。
それにはジョシュも思わず吹き出してしまう。
「何だよ…。解かったらダメなの?」
「い、いや別に悪くはないけど…。あ、ジョシュの前の彼女って普通の子だったっけ?」
「……ああ…ってか、その話はするなよ…」
ジョシュは顔を顰めてニックを睨んだ。
「ああ、悪い…。でも…まだ吹っ切れてないの?」
「そんな事ないって。もう平気だよ」
ジョシュはそう言って肩を竦めてみせた。
ニックもそれ以上、その話は突っ込まずに、
「ま、でもジョシュには普通の子の方が合ってる気がするよ。ジョシュだって派手な世界は苦手だろ?」と明るく笑った。
それにはジョシュも苦笑する。
「まぁね…。この仕事から離れたら俺だって普通の、その辺の兄ちゃんと変わらないしさ?それに合う子の方が居心地いいのは確かだけど」
「ああ、何だか解かるなぁ、そういうの。じゃあ、あの大学で次の恋でも探せばいいじゃん」
「何でだよ…。いいよ、別に。わざわざ探すのって性分じゃない」
「うわ、クールだね?いいね?モテる男は言う事が違うねぇ〜」
「……うるさいぞ、ニック…。もう一本、ボトル頼むぞ…?」
「うわ、それは勘弁して?」
ジョシュの言葉に、ニックは慌てて両手を合わせている。
―今日はジョシュがNGを出さなかった為、ここはニックの奢りなのだ―
そんなニックを見ながらジョシュは、ちょっと笑うと、バーボンを口に運んで息をついた。
次の恋か…
当分、恋愛はいいかな…
そんな事を思いながら、一気にグラスの中のバーボンを飲み干した。
メグはの事が心配で、直ぐに寮に戻って来た。
隣のの部屋をノックするも返事がない。
「…?!私、メグよ!いるんでしょ?」
ドンドンドン…っ
何度かドアを叩くと中でかすかに音がした。
そして静かにカチャリ…とドアが開いてが顔を出す。
「…っ。もう…心配するじゃない…」
「…ごめんね…。先に帰ってきちゃって…」
は酷く疲れきったような顔で呟いた。
「…そんな事で来たんじゃないの。ちょっと…入ってもいい?ケイトはいるの?」
「…ケイトなら、まだ帰ってないわ?夕べ外泊したみたいなの」
はそう言ってドアを開けたままリビングの方に歩いて行く。
メグも、それに続いて部屋に入るとドアを閉めて鍵をかけた。
「メグ…レザーは?今日は見かけなかったけど…」
はコーヒーを入れるのに、お湯を沸かしながら問い掛けた。
メグはソファーに座ると、「レザーは今日はバンドのメンバーと練習で休みよ。それより…」と
バッグの中からカードと薔薇を出してテーブルに置いた。
「これ…また"あいつ"から?」
「…そ、それ…っ」
メグの声に振り向いたは一瞬で青ざめてテーブルの上にあるものを見つめた。
「な…なんでメグがそれを…?」
「これ…撮影が終った後に…ジョシュが私に持ってきて…。聞いたの。が怯えたように帰って行ったって…。
で、彼は事情知らないから、これをどうしていいのか解からなかったみたいで私のとこに…」
メグが説明すると、は小さく息をついて、火を止めコーヒーメーカーにお湯を落とした。
「それ…私が撮影を見学してた場所に置いてあったの…」
「え?あの…木のとこ?」
「うん。私、ちょっとお腹が空いて…売店にパンを買いに行ったんだけど…戻って来たら私の座ってた場所に、それが…私、怖くなっちゃって…」
「そうだったの…。ごめんね…?」
「え?」
はメグの前にカップを置くと驚いたように顔を上げた。
「どうして…メグが謝るのよ…」
そう言って、ちょっと笑うとはメグの隣に座った。
だがメグは少し目を伏せて、
「だって…私が、あんな場所に連れて行ったから…。その男もきっと、どこかで様子を伺ってたんだわ…」
「そんなメグのせいじゃないわ?それに…別に何をされたわけじゃないし…」
「でも…これから、もっとエスカレートしてくるかもしれないのよ?ストーカーなんて何をするか解からないわ?」
「そんな…脅かさないでよ」
は少しおどけたように肩をすくめた。
「脅かしてるわけじゃなくて…心配なのよ…。に何かあったらって…。マイケルだって肝心な時にいないんだからっ」
メグはそう言って怒ったようにコーヒーをガブっと飲んで、「あち…っ」と慌ててカップを置いた。
「もう、急に飲んだら熱いわよ?」
「うん、それに苦い…」
「はいはい。砂糖はこれ」
は砂糖の入った瓶をメグに渡して苦笑した。
メグは砂糖を二つ入れて、ゆっくりかき回している。
それを見ながらは軽く息をついて顔を上げた。
「…いつも皆に頼るわけにはいかないわ?マイケルにだってマイケルの人生があるんだもの。今日は大事なオーディションの日なんだし」
「それは…そうだけど…。ま、今日は私が頼まれてたのに目を離したのがいけないのよね…。ほんと、ごめんね?」
「もう、また謝る!メグのせいじゃないわ?メグだってACTRESSを目指して今日は、いいチャンスだったんだから」
は、そう言ってクスクス笑うと、「そう言えば…あのジョシュって人と帰り、話したんでしょ?どうだったの?」と聞いた。
それにはメグも溜息をつく。
「そうなのよねぇ〜…。帰りに声かけられて舞い上がりそうになったんだけど…。それ見せられて一瞬で引きつっちゃったわ?」
「そう…。彼も勝手に捨ててくれれば良かったのに。何で、わざわざ持ってるのかしら」
「あら、優しいからじゃない。勝手に処分できなくてって言ってたわよ?」
「優しい?彼が?そうかなぁ…。何だか人のこと冷めた目で見ちゃって嫌な感じだったわ?」
は少し頬を脹らませてコーヒーを飲んだ。
それを見ながらメグも苦笑いしつつ、
「そんな嫌な感じじゃないわよ?撮影中だって他のスタッフに気を使ってるし…エキストラで出てた大学の男の子達とジャレあってたりしてたわ?」
「ふぅーん。そんな感じに見えない…」
「あらら。ったら最初の印象で随分と苦手になっちゃったのね?」
メグは笑いながらの頭を軽く撫でた。
「だって…第一印象って大事でしょ?」
「そうだけど…。私が思うに、ジョシュって人見知りするんじゃないかなぁ?」
「えぇ?ハリウッドでACTORなんてやってるのに?」
「そんなの関係ないわよ。彼って繊細なんじゃない?少年みたいな面が素敵だったわ?大学の子達とはしゃいでる時」
「へぇー。メグったら随分と彼にご執心ねぇ。レザーに言っちゃうぞ?」
「それはダメ〜!」
メグは笑いながらの髪をクシャクシャっと撫でながら抱きついた。
「キャ…もう、メグ!グチャグチャになっちゃったじゃない〜」
は口を尖らせつつも笑って髪を直している。
そんな彼女を見ながらメグはちょっと微笑んだ。
「ね、」
「ん?」
「も…そろそろ恋人みつけたら?」
「え?恋人…?」
はキョトンとした顔でメグを見た。
「そうよ?ったら凄くモテるのに、ちゃんと一人の人と付き合う事ってないでしょ?デートはするのに」
「それは…」
「まあ…ちゃんと付き合ったアレックスは女グセが悪いし別れた後もしつこくて最悪だったけど…。皆があんな男ばかりじゃないわよ?」
メグはそう言うとも少し俯いて頷いた。
「それは…解かってるんだけど…。色々な人とデートしたりしても…何かピンと来る人がいなくて…」
「まあ…それが一番、大事なんだけどねぇ…。好きな人…いないの?」
メグがチラっとを見ると、「そんな人いると思う?」と言って肩を竦めた。
それにはメグもちょっと苦笑する。
「それもそうね…。最近じゃストーカー問題で大変だったし…」
「そういう事。それより…メグも私の恋愛の事なんて心配してないで、レザーとの関係をもっと親密にしたら?前に散々悩んでたじゃない」
はコーヒーを一口飲むとメグを見た。
それにはメグも思い出したように目を伏せる。
「そうね。のストーカー事件の事があったから…最近じゃ相談するのも悪くて黙ってたんだけど…実はまだ…あのままなの」
「メグ…そんな気にしないでよ。一人で悩まないで?」
はそう言ってメグの手を握った。
「うん。そうね…。でもも怖い目にあって悩んでたから、こんな、くだらないことで煩わせるのも悪いと思って…」
「何言ってるのよ。水臭いなぁ」
はちょっと笑うと、「でも…まだ…彼、何もしてこないの?」と心配そうに聞いた。
それにはメグも小さく頷く。
「何にも…彼の部屋にも泊まりに行きたいんだけど…バンドのメンバーが一人転がり込んでるから行けなくて…」
「でもメグの部屋には来てたじゃない?その時は?」
「何も。朝まで一緒に飲んだり映画見たりして…すぐ寝ちゃうから。キスだけよ?してくれるのって」
「まだキスだけなの?もう…っ。レザーったら…。でも…それだけメグのこと大事に思ってるのかもね」
はメグの肩を抱き寄せて頭をコツンと当てた。
「そうかなぁ…。でも私から聞くのも何だし…ね」
「そうね…女の子から、"何で何もしないの?"とは聞けないわよね」
は苦笑しながら、そう言うと、
「でも、まだ付き合って半年も経ってないんだし…。焦らない方がいいわよ?ね?」
「うん。そうね…」
メグもやっと笑顔を見せて微笑んだ。
「に、しても…レザーってバンドなんかやって軽そうなのに案外、お固くて驚いたなぁ」
「あ、何よ、!レザーのこと、そんな風に思ってたの?」
メグは口を尖らせ、を睨んだ。
「ごめん、ごめん。だって…メグだって最初、そう言ってたじゃない。"あいつ、もっと遊び人かと思えば何も手を出してこないの"なんて言って」
「まぁね。だって本当に驚いたんだもの」
「それだけ愛されてるのよ。だってレザーの方から熱烈な告白してきてたじゃない。羨ましいなぁ…」
がそう言って笑うと、メグも嬉しそうな顔で微笑んで、「ま、そのうちにも、そういう人が現れるわ?」と指で額を突付いた。
「うわ、余裕?やな感じ」
はそう言って頬を脹らませつつ、ちょっと笑うと、「私は…当分、恋なんてしてる余裕はないなぁ…」と呟いたのだった。
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