ボロボロに傷ついても…
僕はもう
君しか愛せない
甘く 奇麗に
束縛してあげる…
は目の前の邸宅を見上げて、小さく息を吐き出した。
久々の我が家。
なのに暖かい気持ちになんてなれない。
その家は、どこか寒々しい雰囲気を漂わせている。
「はぁ…」
小さく息をつくと、は意を決して家のドアを開けた。
「ただいま…」
そう声に出しても家の中はシーンとしたままだ。
「何よ…。人の事、呼びつけておいて誰もいないの…?」
そう呟きながら広いホールを歩き、リビングのドアを開ける。
すると母がソファーから立ち上がった。
「あら、。お帰り」
「ママ…いたの?」
「ええ、早かったのね」
母、深雪が笑顔でを抱き寄せる。
「パパは…?」
「ああ、ジョンなら、もう直ぐ帰って来るわ?」
「そう」
「それより座って?紅茶でも淹れるわ?」
深雪は嬉しそうに、そう言うとキッチンへ向かった。
はそれを見つつ、ベランダの窓を開けると空気を吸い込む。
久々の我が家は、どこか他人の家のような匂いがするからだ。
そう言えば…ここに戻って来たのって去年のクリスマス以来だっけ…
別に家族で過ごしたわけじゃなく、結局、マイケル達と騒いで終ったんだけど。
そんな事を思い出しながら、はソファーに座った。
そこへ深雪が紅茶をトレーに乗せて戻ってくる。
「はい。疲れたでしょ?」
「ありがとう。 ――ママの方が疲れてるんじゃない?忙しいんでしょ?」
はカップに砂糖を入れてかきまぜながら少し痩せた母の顔を見た。
深雪はの隣に座ると、「そうね。でも仕方ないわ?こんな暮らしが出来るのも忙しいおかげなんだし」と苦笑している。
「……私は…普通の暮らしでいいから、もっと家族で一緒にいたかったわ…?」
「……?」
は目を伏せて、そう呟くと深雪は少し驚いた顔をした。
そんな母の顔を見て、ちょっと息をつく。
深雪は昔、モデルをしていた事もあり、40代とは思えないほどスタイルもよく、顔立ちも若々しく見える。
その頃に、すでに今の会社の重役となっていた10歳年上の、ジョンと出逢い、一年後、深雪はを妊娠、、すぐに電撃結婚した。
結婚を期に深雪はモデルを止めて、ジョンの父が経営していた今の会社を手伝う形で働き始めた。
子供の頃、は若くて奇麗な母と仕事が出来てかっこいい父が自慢だったが、中学に上がる頃にはジョンは祖父の亡き後、
今の会社を継いで社長となり、ますます忙しくなった為、は家で一人でいる事も多くなり、昔のように両親に何でも話す事さえなくなったのだった。
そして、その頃くらいからジョンも人が変わったように厳しくなり、には口うるさくなった。
「、大学の方はどう?」
深雪は紅茶を飲みながら、から視線を反らした。
きっと話題を変えたいのだろう。
それにも気付き、ちょっと息をつくと、「どうって?」と素っ気無く答えた。
「だから…毎日、どんな生活してるのかなとか…」
「別に大学行って講義受けて、あとは時々遊びに行ったりしてるくらいよ?こっちにいる時と変わらないわ?マイケルやメグも一緒だし…」
「そう…。二人は元気?」
「うん。あのまんまかな?」
「久し振りに会いたいわね」
深雪は、ちょっと微笑むと、カップを置いて時計に目をやった。
それを見ていたは気になっていた事を聞いてみた。
「ねぇ、ママ…」
「え?」
「パパは私に、どんな用事?」
「それは…」
それを聞くと深雪は少し気まずそうに俯いてしまった。
「わざわざ呼びつけるんだから…よほどの用事なんでしょ?パパったら何も言わずに切っちゃうんだもの。もしかして、また会社のこと?」
「…」
が真剣に聞くと、深雪は困ったような顔を見せる。
その表情を見て、は何だか嫌な予感がした。
「はっきり言って。何なの?」
「、あの…」
深雪が口を開こうとした、その時、エントランスの方でドアの開く音と共に話し声が聞こえてきた。
「あ…ジョンだわ?ちょっと待ってて?」
深雪はホっとしたようにソファーから立ち上がるとリビングを出て行った。
それを見送りながらは軽く息をついて紅茶を飲む。
ママったら…何を隠してるんだろう…
嫌な話だったら、すぐ帰るんだから…
そう思っているとリビングに父、ジョンが入って来た。
「、久し振りだな」
「パパ…。ただいま」
は立ち上がると、ジョンの方に歩いて行こうとした。
その時、ジョンの後ろからスラっとした男性が歩いて来て、にニッコリと微笑みかけてくる。
「やあ、初めまして。あなたがカーヴェリック氏のお嬢さんかな?」
「はあ…。あの…」
「僕はトム・ウォルシュ。君のお父さんの取引先の会社に勤めてるんだ」
トムという男は、そう言うとに手を差し出してきた。
「そうですか。私…です。初めまして」
も自己紹介をしてからトムと握手をする。
そしてジョンの方を見た。
「パパ…用事って…?」
「まあ、座りなさい。トムも座ってくれ。 ―ああ、ミユ、トムにも紅茶を…あ、ブランデーの方がいいかな?」
ジョンは笑いながらトムを見た。
だがトムは、ちょっと微笑むと、「いえ。まだ昼過ぎですからね。紅茶を頂きますよ」と言ってソファーに座った。
「そうか?じゃあ紅茶を二つ。私のには一滴、ブランデーを垂らしてくれ」
「解かったわ?」
深雪は笑顔で頷くとキッチンへ歩いて行った。
は、その会話を聞きつつ、どこか居心地の悪さを感じて、「パパ…あの私、これから約束があるの。たいした用事じゃないんだったら…」
と言葉を切った。
ジョンが少し顔を顰めていたからだ。
「いいから座りなさい」
「……………」
は逆らっても無駄だと思い、そこは黙ってソファーに座った。
チラっと見れば、向かいに座っているトムが優しく微笑んでいる。
「、大学はどうだ?ちゃんと勉強してるか?」
ジョンは葉巻に火をつけながら、の方を見る。
「ええ…。ちゃんと講義には出てるし課題だってやってるわ?」
は、そう答えながらも少しだけ顔を背ける。
葉巻の煙がはどうしても好きにはなれない。
だがジョンは気にせず、笑顔で頷くと、「そうか。来年には卒業だしな。残りを頑張れよ?」と言って煙を燻らせた。
「それにしても…写真よりも、かなり奇麗ですね」
トムが笑顔でジョンに話しかけた。
それにはジョンも嬉しそうな顔を見せる。
「そうだろう?自慢の娘だよ」
「僕には、もったいないですね」
「何を言ってる。君は将来、父上の会社を継ぐ前途有望な男じゃないか」
「そんな事は…いつも父に叱られてますよ」
「ハハハ。アランは厳しいからな?私も、いつも追い込まれてるよ」
ジョンは、そう言うと楽しそうに笑っている。
だがは、その会話を聞いて顔色が変わった。
招介って何…?
もしかしてパパは私と、この人をお見合いさせようって言うの?!
そんな事を思いながら膝の上で組んだ手をギュっと握り締めた。
それに気付いたのか、ジョンはの方を見ると、「、トムはどうだ?いい男だろう?」
と笑顔を見せる。
だがはジョンの方を見ないで、「どういうこと?」と聞いた。
それには、さすがにジョンも眉間に皺を寄せた。
「おい……」
「私を呼びつけたのは、こういう事なの?お見合いしろってこと?」
「…!失礼だろう?!」
そう言ってジョンは怒ったようにソファーから立ち上がると、トムが慌てて腰を浮かせた。
「あ、あの…僕は気にしてませんから…。彼女も急な話で驚いてるんでしょう」
「だが…」
「いいんです。また…今度、ゆっくりと招介して下さい。まずは顔見せということで今日は帰りますよ」
トムは、そう言うと立ち上がっての方を見た。
「ごめんね?僕がカーヴェリック氏に君の写真を見せて貰ったときに、"是非、紹介して欲しい"と無理に頼み込んだんだ」
「…え?」
「こんな風に君を呼びつけて申し訳ないと思ってる。でも、また今度…時間を作ってくれると嬉しいんだけど…」
トムは人当たりのいい笑顔を見せている。
ジョンは苦虫を潰したような顔だが、そこはも仕方なく頷いた。
「じゃあ…また今度…」
「ほんとかい?」
「ええ…。時間のある時なら…」
「いや、嬉しいよ。ありがとう」
トムは、そう言うとジョンの方を見た。
「じゃあ、そういう事で…僕は仕事に戻ります」
「…そうか?いや、すまないね…。わざわざ来て貰ったのに…」
「いいえ。とんでもない。こっちこそ娘さんを紹介してもらって感謝してますよ。話どおりの素直で可愛らしい方だ」
トムがそう言うとジョンもやっと笑顔を見せる。
「では…車で送ろう」
「いえ、そこまでして頂かなくても…」
「いいんだ。運転手には言ってある」
「そうですか?では、お言葉に甘えさせて頂きますよ。 ―じゃあ、くん、また…」
「はい…」
もソファーから立ち上がってトムを見送った。
そこに深雪が戻って来て慌てて二人を追いかけて行く。
「まあ、もう帰るんですか?」
「はい、。仕事が残ってますので…」
そんな声が遠ざかっていって、は大きく息をついた。
パパったら勝手に見合いまがいな事させて…っ
どういうつもりよ…
少し腹が立ってはバッグを掴むと帰ろうと振り向いた。
その時、ジョンが怖い顔で戻ってくる。
「いったい、何のつもりだ!」
リビングに入ってくるなり、ジョンに怒鳴られ、はビクっとなった。
こんな怖い父を見た事はない。
だがも黙って入られなかった。
「何のつもりって…それは私の台詞よ?パパ!彼を招介って、どういう事?!」
「さっき聞いただろう?!トムが私のオフィスで、お前の写真を見て、是非、紹介して欲しいと言うから
今日、少しの時間を開けて呼んだのに、お前と言う奴は何て失礼な態度をするんだっ」
ジョンは、そう怒鳴るとソファーにドサっと腰を下ろしてを睨んだ。
「トムは大事な取引先の息子なんだ。二度と、あんな態度は許さないぞ?」
「パパ…さっき態度が悪かったのは謝るわ?でも私、誰とも付き合う気なんかないの…っ。ちゃんと断って」
「何言ってるんだ。さっき、もう一度会うと約束しただろう?!それを破るのは許さん」
「パパ…!」
は困り果ててジョンの肩を揺さぶったが、「ダメだ。今度、時間のある時にでも会え」と言って葉巻の煙を思い切り吹いている。
それにはも何を言っても無駄だと悟った。
そこへ深雪が困った顔で戻ってくる。
「…どうしたの?あなたらしくもない…」
「ママ…だって…何も知らないで、いきなり彼を紹介されたのよ?誰だって驚くわ?」
「それは悪かったけど…。あんな風に帰らせるなんて…」
深雪にまで責められ、は悲しくなってきた。
唇を噛み締めると、ジョンの方を見て、「私、帰るわ…」とリビングを出て行く。
すると後ろから、
「トムに、お前の連絡先を教えておいたからな?!彼から連絡が入ったら、ちゃんと約束は守れよ?!」
と声が聞こえてくる。
は、それに返事もせず、家を飛び出した。
一気に門のとこまで走り、そこを抜けると一度振り返ってみる。
大きな豪邸が今のの瞳には空しいものに見えた。
自慢の娘ですって…?
どこが娘なの…?
恋人まで、どうして親の言いなりにならないといけないのよ…
そう思いながら、は、どんよりとした気分で懐かしい我が家から逃げるように走り出した。
「う〜買いすぎたかも…」
は両手に大きな袋をぶら下げて、ちょっと立ち止まると息をついた。
荷物は重いので一旦、足元に置く。
「はぁ…やっと大学が見えて来た…」
門の手前で顔を上げてホっとすると、もう一度、その重い荷物を持ち上げた。
実家からの帰り、スポーケンに着いて早々、イライラを解消するのにデパートに立ち寄って思い切りショッピングをしてきたのだ。
ジョンから預かっているカードで思う存分、買い物をした。
それは子供っぽいとは思ったが、のささやかな抵抗だった。
はぁ…こんな事したって別にパパには痛くも痒くもないんだろうけど…
それに、こんな高価な物を買えるのはパパが社長なんてやってるおかげだし。
でも…それは解かっていても、勝手に恋人まで決めて欲しくはない。
仕事だってほかにやりたい事があるのに、それを諦めて会社の為に勉強してるのだ。
なのに…あんな風に全てを自分の思い通りにしようとする父に無性に腹がたつ。
「あーっもう!いっそのこと店中のもの買ってくれば良かったわ…っ」
そんな事を言いながら重い袋を沢山持って、は再び歩き出し、今まさに門の中に入ろうとした時だった。
車のエンジン音が聞こえ、ハっと顔を上げた時には車が目の前に来ていた。
「キャァ…っ」
門に入りかけていたが見えなかったのだろう。
スピードを落とさず曲ってきて、の横ギリギリのとこを擦れ違っていく。
だがは驚いたのと、ぶつからないように体をそらしたことでバランスを崩し、その場に尻餅をついた。
「ぃったぁ…」
勢いよくお尻をついたので手に持っていた袋もバラバラに飛び散ってしまった。
だが、直ぐ拾いに行けないほどの痛みでは少しの間、動けなかった。
すると擦れ違った車が少し先で止まり、中から誰かが飛び出してきた。
「おい、大丈夫か?!」
その言葉にはムっとして立てないまでも、「大丈夫なわけないでしょ?スピード落として曲ってよっ」と怒鳴って振り向いた。
そして走りよってきた男の顔を見て驚く。
「あ…」
「あれ…?君……」
「今……運転してたのって、あなた?」
「え?いや…運転してたのは…」
ジョシュが、そう言いかけると後ろからロイが青い顔で走って来る。
「君!大丈夫かい?!」
そう言って未だ立てないでいるの前にしゃがみ込んだ。
「いや、すまないっ。ちょっと急いでたんだ。君が陰になってて解からなくて…どこか怪我でも…」
「い、いえ…。怪我はしてません。私が驚いて勝手に転んだだけですし…」
「でも…ああ、荷物が…」
ロイは回りに散らばった荷物を見て更に慌てた。
するとジョシュが先に、その荷物を拾い始める。
「あ…いいです…っ。自分で拾いますから…っ」
はジョシュが拾うのを見て慌てて立ち上がろうとしたが、したたか打ち付けた、お尻の痛みに腰を抑える。
「ぁいたぁ…」
「だ、大丈夫?」
ロイが青くなりながらオロオロしている。
轢いてはいないと言え、こんな車で人に怪我をさせたとなると事務所からも何を言われるか解からないし
ジョシュにも迷惑がかかるので焦っているのだ。
だがは何とか立ち上がると、「大丈夫です。打ち身くらいだと思うし…」と言ってジョシュの方に歩いて行く。
ジョシュは一通り荷物を拾い終えると、「これで全部?」との方を見た。
「はい…。あの…ありがとう御座います…」
「別にいいよ、こっちが悪いんだし…。でも、ほんと怪我してない?」
「いえ…大丈夫です」
ジョシュの心配そうな顔に驚きつつ、は視線を反らして答えた。
「おい、ジョシュ、俺、その荷物運んでくるから、お前は先に行け」
ロイが二人の方に歩いて来て、ジョシュの持ってる荷物を受け取ろうと手を出した。
だがジョシュは苦笑しながら、
「いいよ。拾ったついでに俺が運ぶから。ロイは車を移動させた方がいい。それと先に言ってスタッフに何とか誤魔化しておいて」
と言って歩き出す。
「え?おい、ジョシュ…っ」
ロイも焦って追いかけてきたが、途中で諦めたのか息をついて車の方に戻って行った。
だが、それにはも驚いて後を追い掛ける。
「あ、あの!いいです、自分で運べます…!」
「いいよ。凄い荷物だし、君、お尻が痛いんだろ?俺が運ぶよ。どこまで運べばいいの?」
ジョシュはそう言いながら歩くのを止めずにスタスタ歩いて行く。
それについていくだけでも大変だ。
(もう…っ。この人、身長でかくて足も長いから歩くの速すぎ…っ)
は小走りで必死にジョシュについて行った。
「あ、ごめん…。歩くの速かった?」
が走っているのに気付いてジョシュが立ち止まった。
「ちょ、ちょっと…」
は少し息が切れて歩くのを緩めた。
するとジョシュはクスクス笑い出し、は何だかムっとした。
「…何がおかしいんですか…?」
「え?あ、いや…ごめん。今、君がチョコチョコ走ってついてくるの見たらさ。子供の頃に飼ってたヒヨコ思い出して…
小さいクセに、俺の後ろを必死にピヨピヨ言いながらついてきて可愛かったんだ」
ジョシュはそう言いながら思い出したのか、まだ笑っている。
それにはも更にむぅっと口を尖らせた。
「………小さくて悪かったですね…。何よ、ちょっと大きいからって…」
「だから、ごめんって。別に変な意味じゃ…っと。そうだ、これ、どこまで運べばいいんだっけ」
ジョシュは笑いを噛み殺しながらも思い出したように聞いて来た。
は、ゆっくりジョシュの隣まで歩いて行くと、「…寮ですけど…」と呟く。
「あ、君、ここの寮に入ってるんだ」
「………はい」
「へぇ。実家は?遠いの?」
「………ワシントン・DCです…」
「そうなんだ。ちょっと遠いんだね」
「……………」
何だか楽しげに話し掛けてくるジョシュに、は困ったように息をついた。
「あの…やっぱり自分で運びます…」
「え?何で?だって寮、すぐそこだろ?」
「……そうですけど…他の学生に変な目で見られてるし…何だか、その荷物、私があなたに持たせてるみたいじゃないですか」
はそう言って気まずそうに俯いた。
そう、ここは、すでに大学の敷地内で、さっきから寮に住んでいる学生たちと何度か擦れ違い、
その度に大量の荷物を持っているジョシュを驚いた顔で見ていくのだ。
ジョシュは一応、サングラスにキャップという格好だが身長も高く、尚且つ、やはりACTORをやっているからか、独特の存在感がある。
なので余計に目立っているのだ。
「あなたも有名人なんだから、そんな女の子の荷物を持ってたなんて言われたくないでしょ…?」
は顔を上げて再度、そう言ってみるもジョシュは、ちょっと笑いながら気にもしてない様子だ。
「今の俺は別に仕事してるわけでもないし、その辺の奴と変わらないよ。こっちが悪い事したんだから、
こんなの当たり前だし別に恥ずかしい事だとも思わない」
「でも…っ」
「そんなに人の目が気になる?」
ジョシュはチラっとを見て微笑んだが、その一言にはカチンときて顔を反らす。
「別に…。私は、あなたの事を…」
「俺は気にしてないよ。悪い事してるわけじゃないしね」
「そりゃ、そうだけど…」
は、そう呟きながら隣で口笛なんか吹きながらヴィトンやらグッチの袋を担いでいるジョシュをチラっと見上げた。
何、この人…変な人…
普通、ACTORなんてやってたら、こんな風に女の子の荷物を運ぶのなんて見られたくないってのが普通だと思うんだけど…
感じ悪いんだか優しいんだか解からないわ…
そんな事を考えながら歩いて行くと、女子寮が見えてきては指をさした。
「あ、あの…あれです」
「ああ、あの建物?」
「はい」
「隣の建物は男子寮かな?」
「ああ、そうです」
「へえ。何だかいいなぁ、学生って。俺も戻りたくなるよ」
「………あなたは、ずっと、この仕事してるんですか?」
何となくは、そう聞いてジョシュを見上げた。
するとジョシュは苦笑しながらを見る。
「あのさ…。その"あなた"ってやめてくれる?」
「え?」
「ジョシュでいいよ。皆、そう呼ぶし」
「で、でも…」
「君だって大学の友達の事は名前で呼んでるんだろ?」
「そりゃ、まあ…。でも、あなたは友達じゃないですから…」
がそう言うとジョシュは楽しそうに笑い出した。
「アハハハ…っ。ま、そうだけどさ?こうして知り合ったんだから、名前でくらい呼んでくれてもいいんじゃない?俺の事は嫌いだろうけど」
「…べ、別に嫌いなんて…」
「そう?俺を見る目が何気に冷たい気がするんだけど」
「そ、それは、そっちが…」
「俺、君に何かしたっけ?」
ジョシュに笑顔で、そう聞かれては言葉に詰まった。
別に具体的に何かをされたわけじゃない。
ただ何となく業界人ということで敬遠していたのだ。
「…そんな事ないですけど…。ただ…」
「ただ…?」
「私、あなたみたいな業界の人って苦手なんです…」
は仕方なく、そう答えるとジョシュも、ちょっと笑って、「ああ、俺も」と言い出し、これにはも驚いた。
「は…っ?俺も…って…自分だって、そうなんでしょ?」
「ああ、でも俺は…ACTORはやってるけどさ。それは演じる事が好きなだけで…別に君のいう所の業界人になりたいとも思ってないよ」
「どういう…意味ですか?」
「どういうって…何て言うのかな…。俺、ああいう華やかな世界が苦手なんだ。別にハリウッドスターになりたいわけでもないし。
やりたい役を出来るだけでいいって言うか…」
「そう…なんですか?」
「うん、まあね。君には、そんな風に見えてないんだろうけど」
ジョシュは、そう言うと立ち止まって、「ここでいいの?」と振り向いた。
だがは少し俯いて、「ちょっと…驚いた」と呟く。
それにはジョシュも首を傾げた。
「何が?」
「私…ACTORなんてやってるから、もっと気取った人なのかと思ってた。でも思ってた印象と少し違ったというか…」
「ああ、そのこと。それって偏見って言うんだよ?」
ジョシュは、ちょっと目を細めながらの方を見た。
「で、でも、それは、あなたが最初に…」
「あ、ほら、また言った」
「え?」
「"あなた"って言われると何だか凄く嫌な感じ」
「………っ」
(ど、どっちが嫌な感じなのよ…っ)
「そ、それは、すみませんでした。 ―――あの…荷物、ここでいいです。ありがとう」
そう言ってはジョシュの手から荷物を受け取った。
だがジョシュは別に怒るでもなく、ちょっと笑っただけで、「部屋まで持っていける?」と訊いてくる。
「だ、大丈夫です。それに、ここは男子禁制なので」
「あ、そっか。だよね。じゃあ…俺はこれで…」
ジョシュはそう言って両手を上げて微笑んだ。
「はい、ありがとう御座いました」
は嫌味なくらい丁寧に、そう言って寮の中に入ろうとした。
が、その時、ジョシュは、ふと思い出したように、「あ、あのさ。昨日のアレなんだけど…」と声をかける。
「え?アレって…?」
は大量の荷物を持ち直しながら何とか振り向いた。
「ほら…あの花とカード…」
「あ…」
「ちょっと気になってさ…。あの…あいつ、ニックっていただろ?スタッフの…。
あいつがさ…その…君がストーカーされてるんじゃないかって言ってたんだけど…」
「………っ」
ジョシュに、そう言われてはドキっとした。
それにジョシュも気付き、「やっぱり…そうなの?」と訊いてくる。
だがはジョシュを見据えると、
「それは…あなたに関係ありません…。それに…どうして人に話すんですか?」
「え?いや…ごめん。ちょっと気になったからさ…。聞いてみたんだ」
「どうして気にするんですか?関係ないでしょ?」
は顔を強ばらせて俯いてしまった。
それにはジョシュも少しムっとしたが軽く息をつくと肩を竦めた。
「ま、そりゃそうだけど。気に触ったなら謝るよ」
「別に…。放っておいて下さい」
はそう言うと、「じゃ…」と言って寮の中へ入ってしまった。
ジョシュはしばし唖然とした顔で立っていたが、「……何だよ、あれ…」と呟いて撮影現場の方に歩き出す。
ったく…確かに関係ないけど、あんな言い方しなくてもいいだろってのに。
「はぁ…。らしくない事すると、これだよ…」
ジョシュは名前しか知らないの事を少しでも心配するんじゃなかったと後悔しながら軽く溜息をついたのだった。
は自分の部屋に戻ると買い物してきたものをベッドに置いて窓を久し振りに開けた。
そして、ベランダに出ると直ぐに下を覗いてみる。
するとジョシュがブラブラと歩きながら撮影している場所まで歩いて行くのが見えた。
「はぁ…悪い事しちゃった…」
はそう呟くと部屋の中に戻った。
あんなこと言うつもりじゃなかったのに…
つい、"あの"話を出されて焦ってしまった。
彼は親切にしてくれたのに…
「私ってば…最低だ…」
そうボヤいてベッドに腰をかけた。
さっき打ったお尻が痛くて、そのまま後ろに寝転がる。
あの人…そんなチャラチャラしてる人じゃないんだ…
まあ…確かに偏見だったかもしれない。
……きっと嫌な女だって思っただろうな…
そう思いながら、ちょっと息をつくと体を起こし、買って来た物を一つ一つ出していく。
グッチのバッグやらヴィトンのバッグ。
カルティエの時計と高価なものばかりだ。
「はぁ…こんな物…。本気で欲しかったわけじゃないのに…」
そう呟いてディオールのドレス等も出してクローゼットの中へ閉まっていく。
するとリビングの方でドアの閉まる音がして、は振り向いた。
そこに、直ぐノックの音が聞こえる。
「、いるの?」
「ケイト?どうぞ?」
が返事をするとルームメイトのケイトが入って来た。
「お帰り。やっと帰って来たわね?」
が笑いながら、そう言うとケイトは、ちょっとだけ苦笑した。
「だって…付き合いはじめの頃って、ずっと一緒にいたいものでしょ?」
「まあ、それは解かるけど!」
「は?私がいない間に誰か男の子でも連れこんだ?」
「まさか!そんな事しないわ?来たって言ったらマイケルくらいよ?」
「あ〜あ。せっかく私がいなかったのに来たのは幼なじみだけとは…も真面目ねぇ。モテるクセに」
「そんな事ないわよ。それに好きでもないのに部屋になんか連れこめないわ?」
は笑いながらクローゼットを閉めた。
「うわぁ、こりゃまた凄い買い物してきたわねぇ…」
ケイトはベッドに散らばっているブランド品を見つけて溜息をついた。
「あ…ちょっとムシャクシャして買い物しすぎちゃって…」
「わ、これブルガリのチョーカー!私、これ欲しかったのよ〜っ。可愛い」
「もしデートで付けたい時は貸すから言って?」
「ほんと?!サンキュ〜〜!大好き!」
「キャ、いいわよ。キスは!」
ケイトに抱きつかれては苦笑しながら顔を離した。
「あ〜もう、いいなぁ、は!こんな金持ちの父親がいて!」
「何言ってるの。自分だって社長令嬢じゃない。この寮の最上階に入れるんだから」
「ん〜でも、うちは中小企業だしのパパみたく大企業の社長じゃないもの」
ケイトはそう言って肩を竦めた。
この寮はホテルと似たような感じで階によっては部屋の広さが違う。
が入っているのは最上階の部屋で、ホテルのビップルームとまではいかないが、各自、個室にシャワールームもついていて、
寮の部屋にしたら豪華な方だった。
「あ、そう言えば、この前から映画の撮影してるでしょ?」
ケイトは思い出したようにソファーに腰をかけてを見た。
「あ、ああ…。そうみたいね?」
「メグがエキストラに出てるって聞いたんだけど、ほんと?」
「ええ。きっと今頃、撮ってるんじゃないかな?」
「そうなの?は?出ないの?」
「で、出ないわよ…。見学は行ったけど…」
「え?そうなの?いいなぁ、私も見たいわ?ジョシュ・ハートネットの映画でしょ?」
ケイトはそう言って立ち上がった。
「え…見たいって…撮影を…?」
「うん。今やってるんでしょう?行ってみようよ」
「い、今…?」
は驚いて困った顔をした。
「何よ…。だって、直ぐ裏手でやってるって聞いたし近いじゃない?」
「そうだけど…」
は少し視線を反らして俯いた。
あの場所に行くのは、昨日の恐怖もあったが、今さっき怒らせたかもしれないジョシュと顔を合わせづらいと思ったのだ。
だがケイトは、すでに行く気満々のようでの腕を掴んで、
「ね〜行こうよ〜。私もACTORとか見たいわ?メグがエキストラに出てるなら誰か招介してもらえないかなぁ?」
なんて言ってノリノリだ。
それにはも苦笑して仕方なく頷いた。
「解ったわ…。でも…見るだけしか出来ないと思うわよ…?」
「それでもいいわ!行こ?行こ?」
ケイトは嬉しそうにの腕を引っ張って部屋を出ると、すぐにエレベーターの方に走って行った。
は部屋の鍵を閉めて仕方なく後からついて行く。
はぁ…よりによって、さっきの今だと顔を合わせたくない…
遠くから見れば来てるのはバレないわよね。
そんな事を思いながらケイトが先に乗り込んだエレベーターに、も乗った。
「ね、はもう見たんでしょ?」
「え?あ、撮影?」
「それもだけど…ジョシュよ、ジョシュ」
「あ、ああ…。ええ、見たわ…?」
と言うよりは会ったというべきか。
「どうだった?やっぱりカッコ良かった?」
「さ、さあ…?よく…解からないわ?遠くからだったし…」
は、そう言って誤魔化しながら、ジョシュって、人気あるんだなあと思っていた。
「おい、ジョシュ。さっきの台詞、もう少し柔らかく言ってくれるか?」
「はい」
リハーサルで合わせながら動きと共に台詞の言い回しを決めていく。
ジョシュは、もう一度立ち位置まで戻り、ブツブツ台詞を何度も言い返すと、顔を上げて監督にOKサインを出した。
「よし、じゃあ、もう一度!はい、スタート!」
監督の掛け声と共にカメラが回りだし、ジョシュが、その前で台詞を言いながら共演者のACTRESSと歩いて行くのを撮っていく。
メグや他のエキストラたちも言われた通りの動きをしながら監督のOKが出るのを待っていた。
「はい、カット!OK!」
監督が真剣な顔でカットを告げると同時に、その場にホっとした空気が流れる。
今のシーンは何度も撮りなおしになったからだ。
「はぁ〜今、噛みそうになって焦ったよ〜」
ジョシュはそう言って笑いながら共演している相手役のラダに声をかけた。
「私なんて笑いそうになったわ?何度も撮りなおしてるとダメね。変な空気が流れるから」
「ああ、解かる、解かる。俺も時々、それになるよ」
ジョシュがそう言って笑っているとロイがコーヒーを持って歩いて来た。
「ほい、ジョシュ」
「ああ、サンキュ」
ジョシュは、それを受け取って一口飲むと、ホっと息をついた。
するとロイがジョシュの肩を抱き、少しスタッフの方から離れて、
「そう言えば、さっき戻って来た時、聞く時間もなかったけど…。あの子どうした?ちゃんと運んでやったのか?」と小声で聞いた。
「ああ、ちゃんと寮の前まで運んだよ?」
「そうか…。彼女、何か言ってたか?」
「え?何を?」
「だから、その…訴えるとか…さ」
ロイは落ち着きない様子でジョシュを見てくる。
それにはジョシュも苦笑した。
「何だよ。そんなこと心配してたの?」
「あ、当たり前だろ?一応…こっちは車だったんだし…」
「そうだけど…。引っかけたわけでも轢いたわけでもないだろ?大丈夫だよ」
「だけど…あの子、わざと怪我したフリとかして雑誌とかに言わないかな?」
ロイは不安そうな表情で、そんな事を言っている。
それにはジョシュも、ちょっと顔を顰めた。
「そんな事しないよ。あの子は、そんな子じゃない」
「何で、そんな事解かるんだよ…。知らない子だろ?」
「そうだけど…。でも、ここに来た日、ちょっと話したこともあるし…。さっきの様子じゃ、そんな風には見えなかったからさ」
「ど、どんな様子だった?怒ってた?」
「ああ…怒ってたって言うのは、どっちかと言うと俺に対して…かな?」
ジョシュはコーヒーの入った紙コップを近くにあるベンチに置くと、そこに座って煙草に火をつけた。
ロイも慌てて隣に座ると、ジョシュの顔を覗き込む。
「何で彼女がお前に怒ってるんだ?何か怒らせるような事でもしたのか?」
「まさか。そんなんじゃないよ。ちょっと…おせっかいって言うか…。あと俺の態度にも怒ってるのかもな」
ジョシュは、そう言いながら煙を吐き出した。
「何だよ?お前の態度って…」
「いや…俺は普通のつもりなんだけどさ。どうしても最初って人見知りするだろ?だから冷たい態度になってたかもしれないし…」
「お前…少しは愛想ふっておけよ…」
「出来ないんだよ。それに俺にしたら普通なの」
「じゃ、じゃあ…おせっかいって?何したんだ?」
ロイがしつこく聞いてきてジョシュは顔を顰めて体を離した。
「もう…うるっさいなぁ…。別に何だっていいだろ?大した事じゃないよ…。とにかく彼女は、さっきの件では怒ってないから安心しろよ」
「そ、そうか…?なら、いいけど…」
ロイはそう言って立ち上がると、ホっとしたように息をついた。
だが、直ぐに驚いた顔でジョシュの肩をバンバンと叩いてくる。
「お、おい…っ」
「痛いなぁ…。何だよ…?」
ジョシュが顔を上げると、ロイは後ろの方を指差して、「あ、あの子が…さっきの子が来てる…っ」と焦っている。
「え?」
ジョシュも少し驚いて振り返ると、確かに野次馬より、少し離れた場所にが立っているのが見えた。
「ああ…メグって友達でも見に来たんじゃないの?」
「そ、そうか?やっぱり怪我したとか言いに来たんじゃ…」
「まさか、そんな事は…って、ちょ…、ロイ?!」
ジョシュが顔を上げると同時にロイは何故かの方に走って行ってしまった。
「何してんだよ…」
ジョシュは呆れたように呟くと煙草を吸いながら、ロイの方を眺めていた。
するとに話し掛けて何やら謝っているように見える。
ほんとロイも気が小さいよなぁ…
訴えられるなんて大げさな…
そんな事を考えていると、ロイがの手を引きながら、自分の方に歩いて来るのにギョっとして立ち上がった。
「何してんだ?ロイの奴…」
見ればの後ろからも、もう一人女の子が嬉しそうに歩いて来る。
だがは困ったような顔で断っているように見えた。
「おい、ロイ…何してんだ…?」
近付いて来たロイに、ジョシュは呆れた顔で声をかけた。
「あ、ジョシュ。実は、この子の友達がエキストラで出たいって言うから、ちょっと助監督に紹介しようかと…」
「はあ?」
「あ、あの私、ケイトと言います。ジョシュですよね?ファンなんですーっ」
後ろを歩いていた女の子が突然、前に出てきてジョシュの手を取り握手をしてきた。
それにはジョシュもちょっと驚いて後ずさる。
「あ、ああ…。どうも…」
「ちょっとケイト…!失礼でしょ?」
は本当に困った顔で気まずそうにしながらも、ケイトの服を引っ張っている。
「だってーこんな近くで会えるなんて!もう、ったらマネージャーさんと知り合いなら言ってくれれば良かったのにっ」
「ち、ちが…別に知り合いなわけじゃ…っ」
は慌てて首を振っているが、ケイトは一人はしゃいでいる。
「じゃ、紹介するから、あっちに行こうか?あ、ちゃんも一緒に行くかい?」
「い、いえ、私は、ほんとにいいですから…。 ―ちょっとケイト…本気で出る気?」
「もちろん!いい思い出になるじゃない」
「だからってケイト、別にメグみたいにACTRESS志望じゃないでしょ…っ」
「いいじゃない。チャレンジよ、チャレンジ!じゃ、ちょっと行って来るね?」
「あ…ケイト?!」
ケイトはに笑顔で手を振ると、ロイと一緒に助監督や監督がいる方に歩いて行ってしまった。
それをジョシュと二人、呆然と見送っていたが、ハっとしたように顔を上げた。
「あ、あの…あなたのマネージャーが、お詫びに…って…」
「え?あ、ああ。何となく想像できる。ロイの奴が、お詫びもかねて君たちも出てみるかい?とか何とか言ったんだろ?」
「そ、そうなの…。断ったんだけどケイトが乗り気で…」
は溜息をついて俯いた。
ジョシュは、ちょっと苦笑すると、またベンチに座り、の方を見て、「座ったら?」と言った。
「え?」
「立ってないで座れば」
「でも…」
「立っていられると気になるんだ」
ジョシュは、そう言って肩を竦めた。
それにはも困った顔をしたが、すぐに隣に腰をかけた。
それを見て、ジョシュはちょと微笑むと、「さっきの子も友達?」と聞いた。
「ええ。ルームメイトなの」
「ああ、寮の?」
「そう…。さっき顔合わせたら撮影を見学したいって言うから…」
「ふ〜ん。ま、君は来たくなかったって感じだね?」
ジョシュは煙草に火をつけてをチラっと見た。
それにはも少し顔を上げて息をつく。
「そうだけど…でも、ちょうど良かった」
「え?何が?」
「さっき…あんな言い方して、ごめんなさいって言えるから」
「え?」
の言葉に、ジョシュは驚いたように体を前に出してを見た。
は少し俯いていたが、顔を上げてジョシュを見ると、
「さっきは…心配してくれたのに嫌な言い方してごめんなさい…ジョシュ…」
というと照れくさそうに、すぐ視線を反らす。
それにはジョシュも少し照れつつ、頭をかいた。
「あ〜…いや…別に…気にしてないよ…。俺も、おせっかいだったし…」
「……それも…そうですね」
「む…」
の言葉に、ジョシュは少し口を尖らせた。
が、それを見て、はプ…っと噴出し突然笑い出す。
「アハハッ。嘘ですよ。そんな顔しなくたって…」
「…え?」
その言葉に、ジョシュは驚いたが、は、まだクスクス笑いながらジョシュを見ると、「…子供みたいですね?」と言って微笑んだ。
それにはジョシュも一瞬、頬が赤くなる。
「な、何だよ…からかうなよ。年下のクセに」
「うわ、そんなとこで年上ぶらないでください」
「別にぶってないけど…」
ジョシュは、そう言いかけて言葉を切った。
「はぁ〜やめた。君と話してると怒ってるのがアホらしくなるよ」
「私もです」
「あっそ」
そして二人で顔を見合わせると、ちょっと苦笑した。
「ごめん…。俺、別に悪気があって冷たい言い方とかしてるわけじゃないんだ。ちょっと…人見知りするって言うか…
知らない人には構えるクセがあってさ…」
「ああ、もう気にしてません。何となく解かってきたから」
「え?解かってきたって…?」
「……あなたのことが」
は、そう言うとジョシュの方を見た。
その真っ直ぐな瞳に一瞬、ドキっとする。
少しづつ日が傾き、夕日がの顔を照らしていて、まるで絵の中の少女のように見えてジョシュは目が離せなかった。
その時、遠くでスタッフの一人が、「スタンバイ、お願いしまーーす!!」と大きく手を振っている。
その声にハっとしてジョシュは立ちあがった。
「じゃ…行かなくちゃ…」
「あ、撮影?」
「うん…今日の最後のシーン。夕方の今しか撮れないからさ」
「そうですか。頑張って」
はそう言うとベンチから立ち上がった。
「あ、君…じゃなくて……って呼んでも?」
「え?あ…どうぞ」
はちょっと笑いながらジョシュを見上げた。
「あの…さ…。撮影してる間…もし…一人でいたくないなら…あっちのスタッフが固まってるとこで見てていいよ?」
「え?でも…」
「大丈夫。あそこにニックもいるしさ。こんな離れた場所で一人でいるのも…嫌だろ?」
ジョシュはそう言って恥ずかしそうに視線を反らしながらポケットに手を突っ込んでいる。
そんな姿を見て、はジョシュが例の事で心配してくれてるんだと解かり、笑顔になった。
「……ありがとう…」
「いや別に…。じゃ…一緒に行こう?ニックに君のこと話すから」
「はい」
そこはも素直に頷いた。
ジョシュはホっとしたように少し笑顔を見せると、「じゃ、こっち来て」と先を歩いて行く。
夕日が真っ赤に辺りを照らして、ジョシュの影が大きく伸びているのを見ながら、は、
この人はシャイなだけで本当は優しいのかもしれない…と思っていた…。
だが、その時、二人の方からは夕日が反射して見えなかったが大きな木の陰から黒い人影がジっと二人を見ているのを、は気付かなかった――
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