第四章:絵の中の少女 |
貴方を待ちすぎて ほら 僕は まるで人形のよう この場所から動けない 此処で 君を ジっと 見つめるだけ 誰にも渡さないよ 僕の 愛しい人… 暖かい陽射しの中で吸いかけの煙草を消すとペンを置いた。 一冊のスケッチブックに描いた少女は真っ直ぐに俺を見ていて、その瞳は何の曇りもない奇麗なものだった。 指で少し線を暈しながら、あの日の夕日を表現してみる。 俺の頭から離れない光景だ。 「何してんだ?ジョシュ」 「…わっっ」 突然、後ろから声をかけられて俺は飛び上がった。 「ニ…ニック…っ!突然、声かけんな!」 「何だよ。今から声かけまーすって言ってかけないだろ?てか、何描いてるの?あれ…?それ…」 「うぁ、見るな…っ!」 ニックにスケッチブックを覗かれ、俺は慌てて、それを閉じるとジャケットの中に入れてジッパーを閉めた。 「あらら…そこまでして隠すか?あ、これコーヒーね」 ニックは笑いながら俺に紙コップを差し出した。 俺はそれを受取り、ニックから視線を反らすとコーヒーを一口飲んだ。 「で?何で絵なんて描いてるの?」 ニックも俺の隣に座り、コーヒーを飲みながらニヤニヤしている。 その顔をチラっと見て俺は溜息をついた。 (この顔は…バレたかな…) 「別に。ただの趣味だよ。暇つぶしに撮影の合い間とか、その辺の風景描いたり…」 「ふぅん。でも今のは風景じゃなかった気がするけど?」 「………っっ」 ニックの指摘に俺は言葉が詰まった。 「別に描くのは風景だけじゃないさ。印象に残った人とか、物だって描いたりするよ?」 「へぇ〜。じゃあ"彼女"はジョシュの印象に残ったってわけだ」 「………か、彼女って?」 俺が顔を反らしながら問い掛けるとニックはニヤリと笑って立ち上がった。 そして俺の肩をポンポンと叩くと、「さあ?誰だったかな」と言って歩いて行ってしまう。 「……はぁぁぁあ…」 ニックが行って、ちょっとホっとするとベンチに凭れて息をついた。 そしてジッパーを開けるとスケッチブックを取り出す。 パラパラ…と捲ると絵の中の彼女と目が合った。 「何で…描いちゃったんだろ…」 俺はそう呟くと煙草に火をつけて煙をふかした。 ただ何となく、あの時の彼女の表情と言うか…瞳が印象的で鮮明に頭に焼きついた。 それを何かに残したくて本当に趣味で持ち歩いていたスケッチブックを取り出し描き止めたのだ。 でも、こうして絵を描くのも久し振りだな… 最近じゃ色々あったから、そんな気さえ起きなかったけど。 前は、よくマリアの事も、こんな風に描いてたっけ… 彼女に、"私はもっと奇麗でしょ?上手く描いてよ"なんて文句を言われたもんだった。 「はぁ…」 知らず溜息が洩れる。 マリアの事を思い出すと途端に気が沈むから… 俺は煙草を咥え、ボーっとしながら空を見上げた。 真っ青な空に白い雲がゆっくりと流れていく。 そのまま視線を大学校舎の方に向けた。 まだ…授業中かな… 今日はやけに静かだ。 撮影を始めたのは朝早くで見学している野次馬は今は誰もいない。 (彼女も…講義とか受けてるんだろうか) ふと、そんな事を考えながら煙草の灰を灰皿用のバケツに落とす。 「そう言えば…マリア以外で人を描いたのは初めてだな…」 そこに気付き、ちょっと苦笑した。 あの子に見せたら…彼女もマリアと同じように怒るんだろうな。 "全然、似てません!あなた、絵が下手ですね"とか何とか言われそうだ。 そんな想像をして俺は笑みが零れた。 この前の撮影の時、初めて素直な彼女を見た気がした。 気が強いと思っていた彼女の素顔が少しだけ解かった。 「はぁ…ストーカーか…。大変だよな…」 そう呟いてコーヒーを飲み干しコップをバケツに捨てると、俺はスケッチブックを持って立ち上がった。 「さて、と。戻るかな…」 撮影隊の方へ視線を向けて、軽く伸びをしながら歩き出す。 その時、何か見られてる気がして立ち止まった。 そして後ろを振り返って見るも誰もいない。 おかしいな… 何か人の視線を感じた気がしたんだけど… ここの学生が、どっかで見てるのか? 一通り見渡すが人の気配はなく、俺は首を傾げた。 その時、遠くでスタッフが呼ぶ声が聞こえる。 「そろそろスタンバイして下さい!」 俺は黙って手を上げると、軽く息をついて皆の方に歩いて行った―― "それ"は忘れ去られたかのように、そこにポツンと置いてあった。 いや、何も知らない人から見れば誰かが落としたのかと思うだろう。 いつもの席に座ろうと、が歩いて行くと、"それ"があった。 椅子の上に一枚の白い封筒。 は直ぐに、それが"あいつ"からのメッセージだと思った。 「おい、、何突っ立ってるんだ?」 「キャ…っ」 すぐ後ろで声がしてはビクっとなった。 「あ…マイケル…」 「どうした?座らないの?」 「それが…」 は目を伏せて椅子の方を指さした。 それにはマイケルの顔からも笑顔が消える。 「"あいつ"か?」 「…多分…」 は怯えたように、そのカードに目を向ける。 するとマイケルが、その封筒を拾い、封を切ると中から手紙を取り出した。 は見るのが怖くて顔を背けている。 マイケルは真剣な顔で手紙を読んでいたが、突然、プ…っと噴出し、は驚いて顔を上げる。 「マイケル…?」 「何だ、こりゃ…アハハハっ」 「な、何がおかいしの?"あいつ"何だって…?」 が訝しげに眉を寄せると、マイケルは苦笑しながら、その手紙を広げた。 「これ、"あいつ"からじゃないよ?正真正銘のラブレターだ」 「…え?!」 マイケルの言葉に驚き、は、その手紙を読んでみた。 すると、そこには汚い字で、への想いが綴られている。 「"僕は何度も同じ講義で顔を合わせるうちに君の事を好きになりました。良ければ今度、僕とデートして下さい。FROM:ピート・ラング"」 マイケルが笑いを堪えつつ、手紙を読み上げた。 それにはも、ちょっとホっとして笑顔になる。 「ったく…。紛らわしいな…。ピートって、あいつだろ?あの眼鏡かけた優等生。俺達と経営学で一緒のさ?」 「ええ。彼も父親の会社を継がなくちゃならないみたいで、前に、ちょっと話したことがあるの」 「そっか。それで…」 マイケルは、その手紙をヒラヒラ振りながら、チラっとを見る。 「で…どうする?これ」 「どうするって…私、彼には興味ないから…デートは断るわ…?」 は少し困ったように呟いた。 それにはマイケルも苦笑しての頭にポンと手を置くと、 「じゃ、この後、どうせ経営学の講義があるし、授業の後に断れよ。俺も一緒について行ってやるよ。 いくら優等生でも、一人で行かせたら何するか解からないからな」 と言って、持っていた手紙をクシャっと握り潰した。 「でも…そんな子供じゃないんだし一人で行くわ?デート断るくらい」 「いや、一緒に行く。ストーカーの事だってあるし、もしかしたらピートって奴が犯人かもしれないだろ?」 「えぇ?彼が…?まさか…。そんな事するような人には…」 は椅子に座るとマイケルを見上げた。 だがマイケルは少し顔を顰めて隣にすわるとの肩を掴む。 「あのなぁ…。ストーカーって本来、そんな事しそうにない奴がやってるんだよ。それにストーカー野郎は、"いつも傍にいる"って言ってるんだろ? だったら同じ講義を取ってる、そいつが犯人でもおかしくない」 マイケルの言葉に、もハっとして顔を上げた。 「解かった?だから俺も一緒について行く。いいな?」 「……うん…。ごめんね?」 がチラっと上目遣いでマイケルを見る。 それにはマイケルも軽く息をついて肩を竦めた。 「いいさ。モテる幼なじみを守るのが子供の頃から俺の使命だしな?」 「うわ、よく言うわよ。自分だってモテるじゃない。私だって前にマイケルがリンに言い寄られた時、彼女の振りしてあげたでしょ?」 「ああ…そんな事もあったな?でも、それ高校二年の頃の話だぞ?懐かしいなぁ、彼女には二度と会いたくないけど」 の言葉にマイケルは苦笑した。 「リン、しつこかったもんね?私だって恋人の振りしてた間は何度も意地悪されたわ?でも卒業して中国に帰っちゃったからホっとしたけど」 「あ〜俺も、あん時はホっとしたよ〜…。やっと、あの真夜中の電話攻撃から逃れられるって…。つか、あいつもストーカーの気があったのかもな」 「でも彼女の場合は正体が解かってたんだから、まだいいわよ。対処の仕方もあったじゃない」 「まあ…なぁ…。の場合、相手が解からない分、不気味だよな…」 マイケルはの頭を撫でながら、そう呟いた。 「まだ電話とかくるの?」 「ううん…最近は…あの薔薇とカードだけ…」 「ああ、撮影見学してた時の?」 「うん…」 「メグから聞いたけど…。ジョシュってACTORが持って来たって?」 「…持って来たって言うか…。私が忘れていったと勘違いしてメグに渡したのよ」 は、そう言って、ちょっと苦笑した。 それにはマイケルも面白くなさそうに、「…にしても…メグも騒ぎすぎだよな?今日もエキストラで行くんだろ?」 と鞄からレポートを取り出し、目を通している。 「うん。楽しそうに参加してるわ?」 「あいつ、ほんとミーハーだから、あわよくばジョシュと…とか思ってんじゃないか?」 マイケルが笑いながら、そう言った瞬間、ゴン…!という音と共に後頭部に激痛が走った。 「ってぇ…!」 「俺のハニーが何だって?マイケルくん」 「…レ、レザー!いちいち殴るなよ!細胞が減っただろ?!」 マイケルは殴られた後頭部を手で擦りながら後ろに立っているレザーを睨んだ。 だがレザーは何事もなかったかのように済ました顔で後ろの席に座る。 「お前がメグのこと侮辱するからだろ?他の男に色目使ってるとかってさ」 「何もそこまで言ってないだろ?だいたいメグがミーハー過ぎるんだよ」 「そこが可愛いんじゃないか。ま、でも、そのACTORは、どうやらの方がお気に入りらしいけどな?」 「「は…?!」」 レザーの言葉に、とマイケルが同時に後ろを振り向いた。 「な、何言ってるの?レザー…。ジョシュは別に…」 「だってメグ、言ってたぞ?"私と話すより、彼、と話してる時の方が楽しそうなの"ってさ?」 レザーはニヤニヤしながら、の方を見た。 それにはも呆れたように息をつく。 「楽しそうって…。あれはケンカしてるのよ…。別に仲良く話してるわけじゃないわ?」 「でも時々、撮影に見学に行ってるんだろ?その時、そのジョシュってACTORさんは必ずに話し掛けにいくようだけど?」 「それは…彼が人見知りするから他の人と話しにくいからよ…。私だと、もう何度か会ってるし話し掛けやすいんじゃない?」 「ま、どっちにしろ我が大学のアイドルを口説こうなんて事したら俺とマイケルが許さないけどな?」 「何言ってるのよ…。ジョシュはACTORよ?私なんか口説く訳ないでしょ?」 が笑いながら両手を広げると、レザーはニッコリ微笑み、「お前は、まだ自分の魅力に気付かないのか?BABY DOLL」と言って の額を指で突付いた。それにはも頬が赤くなる。 「も、もう…っ。レザーって何で、そういう事サラリと言えるの?さすがロックやってるだけあるわね?痒くなっちゃったっ」 そう言ってプイっと顔を背けた。 二人のやり取りを聞いてたマイケルも苦笑しながら、 「ほんとだよな?その口で、あのメグを口説き落としたんだからさ?さすがとしか言い様がないよ。お手上げって感じ」 とホールドアップしている。 当のレザーは、ちょっと笑うだけで何かの曲をハミングしながら雑誌を取り出し、それをペラペラと捲っている。 それを横目には鞄から教科書を出して今日の講義の内容を確認し始めた。 ほんとレザーってばキザなんだから。 まあ、メグは、あんなこと言われるの大好きだからメロメロ〜ってなっちゃうんだろうけど… でも、メグってばレザーには何でも話してるのね… 急にジョシュのこと言われて驚いちゃった。 確かに最近、よく話すけど、でも、それは、からかってくるから言い返してるだけなのに。 は、そんな事を考えながらボーっとしていると教授が入って来て慌ててレポートを鞄から出したのだった。 「はぁ〜もう帰りたい…」 ジョシュは溜息をつきつつ、ベンチの方まで歩いて行った。 ずっと同じシーンを撮り直していると、それだけで精神的に疲れてくるのだ。 やっとOKが出た時、一気に体の力が抜けて、ジョシュは、その場に座り込んだのだった。 数時間ぶりの休憩に少し横になろうとベンチの方に歩きながら、時折、野次馬の方から聞こえてくる、「ジョシュ〜!」の声に軽く手を振る。 その度に、「キャ〜っ」と歓声が上がり、女の子達が喜んでいる。 「学生は元気だなぁ…」 そんな年より臭い事を言いつつ、ジョシュは少し離れた、いつものベンチまで歩いて来て、ふと足を止めた。 「ん…?…何だ?あれ…」 ベンチの上に何かが置いてあり、ジョシュはゆっくりと近づいて行った。 すると今朝、ジョシュが座っていた場所に黄色い薔薇が一本、置いてある。 「何で、こんなもの…」 ジョシュは首を傾げながら、その薔薇を手に取った。 そこへニックが走って来る。 「おい、ジョシュ!ランチ、どうする?どっかに食べに行くか?――…って何だ、それ?」 ニックもジョシュの手に握られている薔薇を見て首を傾げた。 「いや…このベンチに置いてあったんだ。何だろう?」 「ジョシュのファンからじゃないの?いいねえー薔薇が似合う男は!」 「何をアホなこと言ってんだ?」 ジョシュは苦笑しながらニックの額を小突いた。 それにはニックも笑いながら、 「まあ、照れるなって。でも…珍しいな?黄色い薔薇なんて。普通は赤だろ〜?情熱の真っ赤な薔薇!花言葉は"あなたを熱愛します"!」 と肩膝をついてジョシュに向かって両手を広げた。 まるでロミオとジュリエットのワンシーンのようだ。 「…あのなぁ…。どの顔で花言葉なんて語ってんだよ」 「何だよ〜!いいだろ?好きなんだよ。そういう花言葉とか誕生花を調べるのがさ!あ、因みにジョシュの誕生花も薔薇だ」 「……別に聞いてないよ…」 ジョシュは苦笑いしながらベンチに座ると、その薔薇を眺めた。 ニックはジョシュが感動してくれないので不貞腐れながら隣に座る。 「ジョシュも少しはロマンティストになれよ?女は、こういうのに弱いんだ。でも、それジョシュの誕生花を知っててファンがくれたのかな?」 「さあ?でも女は、そう言うの詳しいんだろ?」 「どうだろう?でも…もし詳しいなら、それの花言葉も知ってるはずだろ?なら、おかしいよ、黄色い薔薇をプレゼントするなんて」 ニックはそう言うと煙草に火をつけながら苦笑した。 その言葉にジョシュは眉を寄せる。 「……何で、おかしいんだ?」 「だって、その黄色の薔薇の花言葉は、"嫉妬"だぞ?そんなもん、花に詳しい奴なら好きなACTORに送るはずない。 きっと知らないで買ったんだろ?」 ニックはそう言ってケラケラと笑っていたが、ジョシュは黙り込んでしまった。 「ん?どうした?ジョシュ…そんな怖い顔して…」 「いや…。この…一本だけの薔薇を見てたらさ…。あの子のこと思い出して…」 「あの子…?ああ、お前のスケッチブックに描いてあった、あの"彼女"ね」 「な…何だよ!違うよ!」 ジョシュは少し顔を赤らめながらニックを睨んだ。 「あれぇ?違った?俺には、そう見えたんだけど。じゃあ見間違いかなぁ?」 ニックはニヤニヤしながら、そう言うと、 「まあ、でも、そう言えば、ちゃんもストーカーから薔薇を一本と不気味なメッセージもらってたんだっけ。じゃあ、それもストーカーからかな?」 と肩を竦めた。 だがジョシュは、その言葉にハっとした顔をする。 「ストーカー…?」 「ああ、そう。ジョシュも、どっかの頭のおかしな女にストーカーされてるんじゃないか?それ、そのストーカー女からかもよ?」 ニックは、そう言って笑うと、 「ん?でも…ストーカーなら何かメッセージも一緒にあってもおかしくないよなぁ?あの子みたいにさ。それに"嫉妬"なんて意味の花…」 と不意に言葉を切った。 「…どうした?ニック…」 ジョシュが訝しげにニックを見ると、彼は吸っていた煙草を消そうと足元にあったバケツを覗き込む形で体を伏せている。 「おい…ニック…?」 「ジョシュ…」 「何だよ、どうした?」 「やっぱり、それストーカーからじゃない?」 「え?」 ニックの言葉にジョシュは驚いてベンチに凭れていた体を起こした。 するとニックが何かを拾って顔を上げる。 「これ………足元に落ちてたんだけど…」 少し顔を引きつらせながら、"それ"をジョシュに見せる。 ジョシュはニックの手に凭れている白いカードを見て目を見開いた。 「それ…」 「このカード…ひょっとして、その薔薇と一緒に、ここにあったんじゃないか?きっと風か何かで落ちたんだよ…」 「ちょっと見せて」 ジョシュはニックの手から、そのカードを取ると、直ぐに開いて中を見た。 すると、そこには真っ赤な文字で、 『彼女を救えるのはお前じゃない…二度と近づくな。もし近づいたら…』 と走り書きされていた。 「何だ…これ…。気持ち悪い…。文も途中で切れてるし…ってかさ…彼女って…もしかして…ちゃんか?」 ニックがカードを覗き込んで怯えたようにジョシュを見る。 ジョシュは、そのメッセージを見て愕然としたが、すぐにカードをグシャっと握りつぶす。 「多分な…。彼女に付きまとってるって男からだ…」 「で、でも何でちゃんのストーカーがジョシュに、こんなものを?! あ!――お前、もしかして、すでにちゃんに手ぇ出し…ぃっ」 「んなわけないだろ!!」 ニックの発言にジョシュは思い切りデコピンした。 「い…痛いよ、ジョシュ〜〜!本気で怒るなよ〜〜っっ」 「お前がバカなこと言うからだろ?!」 ジョシュは怒り浸透で煙草に火をつけ思い切り煙を吐き出した。 ニックは真っ赤になった額をさすりつつ、薔薇を手にすると、 「でもさ…。じゃあ何でジョシュに、こんなもの送るんだ?」 とジョシュの目の前で薔薇を振ってみせる。 「知らないよ…っ。こっちが聞きたい」 「あ…そう言えばジョシュ、ここんとこ、よくちゃんを構ってるし…ストーカー男も、それ、どっかから見てたんじゃないか?それで嫉妬した…」 「構ってたって…。別に、ちょっと話してたくらいだろ?それに彼女の周りには他にも男がいるしさ…」 「ああ、あれは幼なじみだってメグちゃんが話してたよ?一度、ちゃんと撮影現場に来てた奴だろ?」 「ああ、幼なじみ…。にしたってさ…何で俺に…」 ジョシュは得体の知れないメッセージに少し薄気味悪くなった。 「なあ、ジョシュ、どうする?これ」 「あ?捨てちまえ、そんなもん」 「だな…。縁起悪いし…。でも…この事、スタッフにでも相談した方がいいんじゃない?もし何かあったら…。あ、あとちゃんにも…」 「バカ、お前、絶対、この事は彼女には言うなよ?!」 「な…何でだよ…」 突然、ジョシュに怖い顔で睨まれ、ニックは泣きそうな顔で呟いた。 それにはジョシュも小さく息をつく。 「こんなこと言ったら彼女、もっと怖がるだろ?それに変に気にするかもしれないし…」 「あ!…そっか…。そうだよな…自分のせいで…って思っちゃうかもしれないな…」 「ああ…。だから何も言うなよ?あのメグって子にもだ。解かった?」 「OK…!言わないよ」 ニックも、いつになく真剣な顔で頷いた。 それを見てジョシュも少しホっとすると辺りを見渡してみる。 だが周りには見学に来ている学生達が固まって見えるだけだ。 いったい誰だ…? ここまでして、あの子の事を狙ってるのか…? どんなけ危ない奴だよ。 ジョシュは吸いかけの煙草をバケツに放り投げると、ニックが、まだ持っていた薔薇も取り上げ、それもバケツに捨てて立ち上がった。 「戻ろう。そろそろランチの時間だろ?」 「え?あ、待てよ、ジョシュ…っ!一人にするなって!」 一人スタスタと歩いて行くジョシュをニックも慌てて追いかけて行った。 「何で?何でデートもしてくれないんだい?」 「だ、だから…」 は困ったように目を伏せると、隣にいるマイケルの服を掴んだ。 午前の講義が終って、すぐマイケルと一緒に、次の教室に移動した。 それはが専攻している経営学の授業だった。 そこには当然、今朝ラブレターをくれたピートがいる。 そこでデートを断るのにマイケルも同じ講義を取っているため、一緒に来たのだった。 「あのなぁ…。嫌なものは嫌なんだ。仕方ないだろ?諦めろ」 「き、君は関係ないだろ?僕たちのことに口を出さないでくれないか?」 「はあ?何だと?」 「ちょ…マイケル…ダメよ…っ」 マイケルがピートの胸倉を掴んだのを見て、は慌てて止めに入った。 に言われてマイケルは渋々手を離すが怖い顔でピートを睨んでいる。 ピートは掴まれた胸元の乱れを直すと眼鏡をかけなおし、 「す、すぐ暴力に訴えようとするのはやめてくれないかな?」 とマイケルから視線を反らしながら文句を言った。 少しオドオドした感じで気弱なピートは体も細く、いかにも優等生タイプだ。 淵のない眼鏡をかけてブラウンの短い髪を手で撫でつける仕草が、どうもナヨナヨして見えて、 マイケルみたいな性格にはピートを見てるとイライラするのだろう。 「とにかく…は断ってるんだ。もう近づくな。いいな?」 「…ほんとに?ほんとに嫌なのかい?」 ピートはマイケルの言葉を聞かず、まだ、しつこく聞いてきて、は困ってしまった。 「あ、あの…本当に申し訳ないと思うんだけど…。デートは出来ないわ?私、今それどころじゃ…」 「どうして?だって今は恋人いないって言ってたじゃないか。だったらデートくらいしてくれても…」 「お前、いい加減にしろよ?にだってデートしたい奴としたくない奴くらいいるんだよ」 マイケルはウンザリした様子で肩を竦めた。 それにはピートの顔も青ざめる。 「な…何で、いちいち君が口を出すんだよ…。僕はに聞いてるんだ。 幼なじみだからって、そんな事を言う権利はないだろう?」 「チ…っ。ダメだ、こいつ。もう行こう?。俺、切れそうだ」 「う、うん…。あの…ごめんね?あなたとは、デートとか出来ないの。それじゃ…」 は早口で、そう言うとマイケルに手を引かれて教室を出た。 は最後に気になって後ろを振り返ると、ピートは怖い顔で、ジっと二人を睨んでいて、慌てて目を反らす。 そのまま手を引かれ、二人は外に出た。 「ね、ねえ、マイケル…」 「ん?」 「あんな言い方して良かったのかな…?もうちょっと、ちゃんと断った方が…」 「あんな、しつこい奴にはビシっと言った方がいいんだって。じゃないと奴がストーカーじゃないとしても、これから、なる事だってあるだろ?」 「そ、そう?」 「ああ。ストーカーってのは執着心が強いし、ああいうタイプに多いんだよ。だから言葉を濁したら余計に、しつこくなるだけだ」 マイケルは歩く速度を落とすと、そう言っての頭を撫でた。 「心配するなって。あいつが、また何か言ってきたら俺が何とかしてやるからさ」 「うん…。ごめんね?いつも頼っちゃって…」 「そんなのいいよ。それに俺が行かなかったら、さっきだって、きっとは、あいつのしつこさに根負けしてデートOKしてただろ?」 「う…そ、そうかも…」 「ほら、見ろ」 マイケルは、ちょっと笑いながらの額を突付いた。 それにはも少し頬を脹らませる。 「だ、だって…あんなに悲しそうな顔されると…断りづらいじゃない…」 「あ〜あ…。これだからは…。今までだって、その手くらって興味もない男とデートしてたもんな?その後の方が断るの大変だったじゃないか」 「そ、そうね…。デートしたのに何で付き合ってくれないんだって言われたわ…?」 「だろ?そういうもんだよ。そうなる前に断った方がいいんだ。その方が相手の傷も浅いしな?」 「うん…。そうだね」 マイケルの言葉に、も少し気が晴れたのか、やっと笑顔を見せる。 そこにメグとケイトのエキストラコンビが歩いて来た。 「〜!講義、終った?」 「あ、メグにケイト。今さっき終ったわ?そっちは?」 「私達は、今から撮影よ?」 二人は達の方に歩いて来て笑顔で、そう言った。 「そう。すっかり慣れた感じね?」 「まぁね。それにスタッフの人に、今度別の映画のオーディションを受けてみればって言われたの。頑張らないと!」 メグは、そう言って、やたらと張り切っている。 ケイトは今だけエキストラを楽しんでいるので、受ける気はないようだ。 「ね、も一緒に来れば?もう少ししたら午後の撮影やるから」 ケイトがの手を取って、そう言った。 「うん。でも一度、部屋に戻って着替えるわ?今日、ちょっと寒いし…」 「あ、そうね?見学してるだけだと寒いわよね?じゃ、先に行ってるね?」 「うん。じゃ後でね?」 は二人に手を振ると、少し離れて煙草を吸っているマイケルの方に歩いて行った。―どうやら女の塊は苦手らしい― 「もうマイケル…校内で煙草はダメよ?」 「ここは校内じゃなくて外だよ?」 マイケルは、そう言って笑うと、それでも煙草の煙が苦手なの為に、すぐ足元に落として、それを踏み潰した。 「それ、ちゃんと…」 「はいはい。ちゃんと拾って吸殻は灰皿へ捨てます」 マイケルは、ちょっと、おどけて、そう言うと苦笑しながら吸殻を拾った。 「よろしい。校内は奇麗にして下さい」 「チェ…ったく。だんだん口うるさくなるな?我がお姫様も」 「当たり前でしょ?マイケルのママから頼まれてるもの。"マイケルが何か悪い事しないように見張っててね?"って」 「あ〜お袋も何言ってんだか…。嫌になるね。俺も、もう22歳だって言うのに」 「あら、でも陰でレザーと、ちょこちょこ悪い事してるじゃない?講義サボったり」 「そんなの悪い事のうちに入らないよ。ドラッグとかもしてないしね?」 「あ、当たり前でしょ?ダメよ?ドラッグは!」 「だから、しないって。ほんとは心配性だな?」 マイケルは、そう言って笑うとの肩を抱き寄せ頭にキスをした。 「じゃ、俺、これからバイトなんだ。また夜にでも部屋に行くよ。怖〜い新作入ったんだ。一緒に見よう?」 「ほんと?じゃ、夕飯用意して待ってるね?」 「わぉ、楽しみにしてるよ。じゃな?」 「うん。バイト頑張って!」 はそう言って走って行くマイケルに手を振った。 マイケルは今、暇つぶしと言ってDVDやCDのレンタル店でバイトをしている。 そこで面白そうな新作が入ると先に借りてに見せてくれるのだ。 マイケルを見送ったは、すぐに寮に戻って暖かい服装に着替えた。 いくら3月とはいえ、日によっては気温も下がる街なので着る物も大変だ。 「これで、いいか…」 鏡の前で服装をチェックすると、はメイクも簡単に直した。 そして少し浮かれている自分に、ハっとする。 やだ…何で私、こんな浮かれてるんだろ… 撮影見学に行くだけなのに… そう思いながらもソファーの上にかけてあるジャケットをチラっと見た。 「これ…返さなきゃ…」 そう呟いて使ってない袋を出すと、そのジャケットを中に入れた。 これは、この前、撮影を見学している時に、ジョシュに借りたものだ。 その日、夕方になって急に気温が下がり、は軽装だったため少し寒かった。 すると休憩に入った時、ジョシュが来て、突然、自分のジャケットをに貸してくれたのだ。 が驚いて、「何で?」と聞くと、彼は一言、「寒そうに見えたから…」と、素っ気無く言っていた。 だがはジョシュが撮影しながらも自分が寒そうにしていたのを気付いたのに少し驚いたと同時に嬉しく思った。 顔を合わせば憎まれ口をきいてしまうが、それも最近では楽しんでさえいる。 「ちゃんと、お礼言わなくちゃ…」 これを借りたとき、お礼を言おうとしたら次の撮影が始まり、夜遅くなると言うので、そのままジャケットを借りて帰って来てしまったのだ。 は袋を持つと、最後に髪型をチェックして部屋を出る。 「Hi!、どこ行くの?」 「今からメグとケイトの名演技を見にね?」 「アハハハ。今度、も出なさいよ」 そんな会話を数人の寮生と交わし、外に出る。 午後4時ともなれば少し日も翳って辺りも薄暗かった。 「あの庭を抜けるのが嫌なのよねぇ…」 はおおきな木々が覆い茂る庭まで歩きながら、そう呟いた。 中を歩いて行くと、かすかにキャーキャーと騒いでる声が聞こえて来てホっとする。 こんな人気のない場所を歩いていると誰かの声がするだけで安心するものなのだ。 その時、後ろでカサ…っと草を踏む音が聞こえてドキっとする。 誰かいる…そう思った時、肩を掴まれ、は飛びあがった。 「キャァ…っ!」 「あ…ぼ、僕だよ、!」 「…………?!」 その声には後ろを振り返って驚いた。 「ピ…ピート…?!」 そこには、さっきデートを断ったばかりのピートが笑顔で立っていた。 「ごめんね?脅かして…。声かけようと思ったんだけど、凄い早く歩くからさ」 「あ…あの…どう…したの?」 さっきの事があったばかりで、は少し気まずそうな顔で問いかけた。 だがピートは、さっきの事を怒ってる風でもなく、ニコニコしている。 「いや…もう一度、君と二人で話したくてさ?寮の前まで来たら出てくるのが見えたから」 「そ、そう…。でも…話って…何?」 は少し警戒しながら持っていた袋をギュっと抱きしめた。 「うん。さっきはさ…マイケルがいたから、ちゃんと話せなかっただろ?だから…」 「で、でも…私、ちゃんと断ったでしょ…?だから話す事なんて…」 がそう言うと今までニコニコしていたピートの顔から笑顔が消えた。 「さっきのはマイケルが言わせたんだろ?」 「え?」 「マイケルが僕とのデートを断れって君に言わせたんだよね?僕は君の気持ちが知りたいんだ」 は唖然とした。 さっきの事をマイケルのせいにしている。 「あ、あの…ピート…」 「何だい?」 「さっきは…別にマイケルに断れって言われたから断ったんじゃないわ?本当に、私、あなたとはデート出来ないって思ったから…」 「嘘つかなくていいよ。今は二人だけなんだしさ。ああ、きっとマイケルに言われてるんだろ?僕に何を言われても"NO"と言えって」 「え?ち、ちが…」 「きっと彼は嫉妬してるんだよ」 「………え?」 ピートの言葉には驚いて顔を上げた。 「きっとマイケルは君の事が好きなんだ。だから邪魔しようとしてるんじゃないかな?でも君には、あんな凶暴な男は似合わないよ。 僕と君は同じ境遇だし、話も合う。でもマイケルは真面目に経営学を習ってるとは思えないんだ。だって、そう思うだろう?」 「ピート…それは誤解よ?マイケルとは、ただの幼なじみだし彼は私の事を心配してくれてるだけなの。 それに…マイケルは凶暴じゃないわ?優しい人よ?彼のこと、そんな風に言わないで」 マイケルの事を言われては少し腹が立ち、ついキツイ言い方をしてしまった。 するとピートの表情が少しづつ強ばっていく。 「何で、あんな奴をかばうんだい?心配なら僕だってしてるよ?、君は友達を選ぶべきだ」 「な、何言ってるの…?」 「マイケルもだけど…。あのレザーって男だって陰で何をしてるか解からないよ?あいつはロックバンドなんか組んでるらしいじゃないか。 きっとドラッグだってやってるに違いないよ。一緒にいちゃダメだ」 ピートは真剣な顔で、そんな事を言って来て、は唖然とした。 「…もういい…。あなたと話す事はないわ?二度と話し掛けないで…」 は、そう言うとピートに背を向けて歩き出した。 その時、グイっと腕を掴まれビクっとする。 その拍子に抱えていた袋を落としてしまった。 「キャ…ちょ…離してよ…っ」 「どうして君は解かってくれないんだ?!僕は君の事が心配なんだよ…!」 「し、心配なんてしてくれなくていいわ?お願い、離して…っ」 は必死に掴まれてる腕を振り解こうと引っ張ったが思いのほか、ピートの力が強くて振りほどけない。 「僕の気持ちを解かって欲しいだけなんだよ…。一度でいいからデートしてくれないか?」 掴む腕の力を強めながらピートは悲しげな顔で哀願してくる。 だがは掴まれてる腕が痛くて顔を顰めた。 いくら力いっぱい引っ張っても離してくれない。 「おい、何してるんだ?」 「「――――っっ?!」」 その時、突然、後ろから声が聞こえては振り返った。 「ジョシュ…?」 「君…」 そこに歩いて来たのはジョシュだった。 ジョシュは驚いた顔をしていたが、すぐに状況が解かったのか、ピートの腕を掴んでの腕から無理やり離した。 「お前、何してるんだ?女の子に乱暴するな」 「う、うるさいな…っ。誰だ、あんた…」 ピートは突然、現れたジョシュを眼鏡を直しながら睨みつけた。 「誰って…。この子の知り合いだけど?」 「し、知り合いが口を出すな…っ。僕は彼女と大事な話をしてるんだっっ」 ピートの言葉にジョシュはを見た。 「ほんと?」 だがは首を振ってジョシュの後ろに隠れる。 それを見てジョシュは肩を竦めると軽く息をついた。 「…だってさ?」 「………っ」 ピートはジョシュの言葉に怖い顔をしたが、が隠れてしまったのを見て思い切り溜息をついた。 「…今度、また、ゆっくり話そう?」 そう言うと大学の方に歩いて行ってしまった。 は掴まれていた腕を擦りながら、ホっと息をつくと、顔を上げてジョシュを見た。 「あ、あの…ありがとう…」 「いや…大丈夫か? ――ああ…腕、痛いの?ちょっと見せて」 「え…?あ…」 ジョシュはの腕を、そっと掴むと服の袖をまくって顔を顰めた。 「ああ…赤くなってる…。相当、強く掴まれたんだな…」 「だ、大丈夫よ…?」 「でも、これ痣になるぞ?」 「平気よ?そんな痛くないから…」 は、そう言うと袖を元通りにして足元に落ちている袋を拾った。 それを見ながらジョシュも、ちょっと溜息をつく。 「しっかし…君って変な男にばかり好かれるんだな?」 「な、何よ…」 ジョシュの言葉には少し口を尖らせた。 「だって、あのカードの奴といい、今の奴といい…。 あ…もしかして今の男がカードの奴じゃないの?」 「え…?ま、まさか…。ピートは、そりゃ少し変わってるけど、あんな事は…」 「そうか?でも少し用心した方がいい。今のも同じ大学の奴なんだろ?」 「ええ…同じ講義、とってて…」 「そっか…。気をつけろよ?」 ジョシュは、そう言っての頭を軽く撫でながら心配そうな顔をした。 それにはもドキっとして視線を反らすと、「あ、あの…どっか行くんじゃないの…?」と聞いた。 「え?ああ…そうだ…。ちょっと煙草を取りに行こうと思って…そしたら何だかモメてる声が聞こえたから驚いたよ」 「そ、そう…。あ…煙草なら、これのポケットに入ってたわ?」 「え?」 「あの、これ、ありがとう…。ちゃんとクリーニングに出したから…」 は、そう言ってジャケットの入れた袋をジョシュに差し出した。 「ああ…これ…。え?わざわざクリーニングに出してくれたの?」 「だって…借りたんだし…」 「別に良かったのに…。ま、でもサンキュ!煙草、この中?」 「あ、うん。またポケットに入れておいたわ?」 「そっか。ありがとう。案外、気が利くね?」 ジョシュはそう言って笑いながらジャケットを出して煙草を探している。 「ちょっと…"案外"は余計でしょ?」 は頬を脹らませてジョシュを睨むと、彼はクスクス笑っている。 そして取り出した煙草に火をつけようとしたが、それを見たが慌ててジョシュの服を掴んだ。 「ちょ…ここで煙草はダメよ…っ。ちゃんと灰皿あるとこで吸ってっ」 「え?ああ…はいはい。ったく、ほんと怖いな…」 ジョシュは苦笑しながら咥えた煙草を元に戻して、の鼻をギュっと摘んだ。 「な、何するのよ…っ」 は驚いて摘まれた鼻を手で抑えるとジョシュを見上げた。 「口うるさいとこはロイにソックリだよ」 ジョシュは、そう言いながら笑うと、また撮影現場の方に歩いて行く。 それにはも、むぅっと口を尖らせる。 するとジョシュが振り向いた。 「来ないの?」 「……え?」 「見学だろ?来いよ」 ジョシュはジャケットを肩に引っ掛けながらニコニコしている。 そんな顔を見てると怒るのもアホくさくなり、は肩を竦めた。 「………言われなくても行くわよ」 は、そう言うとジョシュの後ろからついて行った。 ジョシュはが来たのを見ると、ちょっと笑顔を見せて、口笛を吹きつつ歩きだす。 それを聞きながら何となくはジョシュの背中を見た。 ジョシュは普段より、ゆっくりと歩いていて、今日はも普通に歩いてついていける。 (ああ…もしかして…私に合わせてくれてるのかな…) ジョシュが自分の歩く速度に合わせてくれてるのに気付き、はちょっと微笑んだ。 (言葉は、ぶっきらぼうだったりするけど、やっぱり優しいんだ、この人…) 「なあ…」 「え?」 「腹…減らない?」 突然、そう言ってジョシュが立ち止まった。 は足だけは動いていたので、そのまま彼の背中にドンっとぶつかってしまい、鼻をぶつけ顔を顰める。 「ぃたぁ…。もう…急に止まんないでよ…」 「あ、悪い…。大丈夫か?」 ジョシュは少し屈んでの目線までくると鼻を抑えてる手をどけて顔を覗き込んできた。 目の前にジョシュの顔がきて、はさすがにドキっとした。 「ちょ…大丈夫よ…」 そう言って視線を反らすがジョシュはちょっと笑いながらの鼻を突付いた。 「赤くなっちゃってるな。ごめん」 「べ、別に、もういいよ」 はジョシュから離れると歩き出そうとした。 その時前からニックが走って来る。 「あ、ジョシュ!」 「あれ…ニック?どうした?もう再開?」 「いや、その逆…って、あれ?ちゃん?」 「あ、こんにちは」 ニックはジョシュとが一緒にいるのを見て少し驚いた顔をした。 「何してんの?こんな場所で二人で…。まさか…待ち合わせ?!」 ニックは手で口を抑えながら二人を指さした。 それにはジョシュも顔を顰めてニックの頭を小突く。 「んなわけないだろ?偶然、会ったんだよ」 「そ、そうですよ。何で私が、この人と待ち合わせしなくちゃいけないんですか?」 二人は慌てて弁解するがニックは目を細めて、「ふぅーん…」と納得いかない様子で口を尖らせた。 それにはジョシュも軽く息をつくと、両手を広げる。 「で?どうしたって?撮影は?」 「あ、そうだった!あのさ!ちょっと撮影遅れそうなんだ。ラダのシーンでNG出ちゃって。一回、休憩させてから再開だからジョシュとのシーンが伸びた」 「あ、そうなの?ラッキー」 「え?何がラッキーなんだ?」 「ちょっと腹減ったんだよ。何か食べたいなって思ってたからさ。 ――あ、ねえ」 ジョシュはの方を見て、「この辺に何か食べれるとこある?」と聞いた。 「え?食べれるとこ…?」 「うん。何でもいいんだけど…。大学の近くって何か店とかないの?」 「ああ…。ちょっと行けば…あるけど」 「ちょ…ジョシュ、そんな時間はないぞ?せいぜい、30分だ」 二人の会話を聞いていたニックが慌てて、そう言うとジョシュがガックリ頭を項垂れた。 「何だよ〜。30分じゃ、どこにも行けないじゃん」 「仕方ないだろ?それに抜け出されたら困る。すぐ戻れるくらいの場所にいてもらわないと…」 ニックが、そう言うとは思い出したように顔を上げた。 「あ、あの…」 「え?」 「大学の学生用のカフェなら中にあるけど…そこでもいいなら近いし大丈夫じゃないかな?」 「え?でも…学生じゃないのに中に入ってもいいわけ?」 ジョシュが驚いたようにを見た。 「ええ。誰も気付かないわよ。それに、あなたも普通に学生に見えるわよ?」 「おい…俺、もう25だよ?学生に見られたくないよ…」 の言葉にジョシュは、へニャっと眉を下げて情けない顔をした。 だがはちょっと笑うと、 「とにかく。別に学生じゃない人が食べに行っても大丈夫よ?そこ何でも美味しいから」 と大学の方を指さした。 「じゃあ…案内してくれる?あ、ニック、そこならいいだろ?」 「ん?ああ、じゃ俺も行こうっと。俺も昼から何も食べてなくてお腹減ったんだよね」 「あっそ。じゃ、、どっち?」 不意に名前を呼ばれ、はドキっとしたが、「あ、こ、こっちよ?」と言って大学の方に歩き出した。 ジョシュは、そのままについて行くと隣を歩くニックが肘で突付いてくる。 「何だよ…」 そういって小声でニックの方に顔を寄せると、ニックは口をパクパクしながら何か顔を顰めての方を見ている。 「あ?もうちょっとおおきな声で話せって」 「だ、だから…ちゃんと一緒に大学に入ったりしたら、あのストーカーに見付かるかもしれないぞ?」 「ああ、そのこと?彼女の前で話すなって。聞こえちゃうだろ?」 「だ、だけど、もし、お前に何かあったら…」 「大丈夫だよ。そんな過敏になるなって。たかが変なカードがあったくらいで…」 ジョシュは、そう言うと少し前を歩くを見た。 だがニックは口を尖らせ、ジョシュを横目で見てくる。 「な〜んだかちゃんを意識してるって感じだなぁ?」 「あ?何言ってんだ?」 「何か怪しいって言ってんの。さっきだって、"、どっち?"なーんて、さりげなく名前で呼んじゃってるしさぁ〜」 「バ、バカなこと言ってんなよ?ほら、さっさと行くぞ?」 ジョシュはニックの頭を小突くと、大学の中に入って行ったの後を追った。 そのカフェは思っていたよりも広く、学生も多いのでジョシュは、これなら部外者だと気付かれないかなと安心して中へ入った。 が、何でも美味しいと言ってた通り、そこの食事も、なかなかのものだ。 「ん。美味しいよ、このパスタ。学生用にしちゃ結構いける」 「でしょ?だから、よく食べに来るの」 は紅茶を飲みながら笑っている。 ニックは大盛りのピラフを口に頬張りながら、「ちょっと、そっちも食べさせて?」とジョシュの手からフォークを奪っている。 「おい、ニック…お前食べ過ぎ。さっきランチ食べたんだろ?俺は何も食べてないんだよ」 「まま!いいじゃん。 んっ。これも美味しいっ」 ニックは、そう言いながらパスタをモグモグ食べている。 それにはもジョシュも苦笑いだ。 「ほんと、よく食うな…。夕べだって俺のピザ、横取りしたし」 「いつも、こんなに食べる時間がバラバラなの?」 は、そんなにお腹が空いてないので軽くサンドウィッチをつまんでいる。 「ああ、撮影中だと食べてる時間ないし…。結構バラバラかな?」 「そうなの。大変ね?」 「ま、ニックみたいなスタッフは撮影やってても何かつまめるからな?なのに、この食欲は嫌になるよ」 ジョシュはそう言って笑いながら、またニックからフォークを奪い取った。 ニックは仕方なく自分のスプーンに持ち替え、またピラフを食べ始めながら、 「でも明日はオフだから今日のシーンは予定通り撮らないといけないし、ACTORさん達は仕方ないだろ?時間が足りないんだよ」 と言ってペーパーで口を拭いた。 「はいはい。ちゃんと働きますよ。その分、明日はたっぷり休ませてもらうからな?」 「お好きなだけ休んでいいよ。あ、それより明日、この辺、観光しよう」 「はあ?観光って…どこ行くんだよ…」 「どっか観光できるとこ知らない?ちゃん」 ニックはを見てニコニコ微笑んだ。 「観光…。そうだなぁ…。ワシントン・DCよりは…少ないと思うけど…」 「何でもいいんだ。ちょっと気分転換できれば」 「お前は、いつも気分転換してるだろ?」 ジョシュはパスタを食べながらニックを睨んでいる。 はそれを見て、ちょっと笑うとペーパーを取り、「口…ケチャップついてるよ?」と言ってジョシュの口元を拭いてあげた。 「あ…サ、サンキュ…」 「あ〜ずり〜。ちゃん、俺も俺も!口拭いて?」 「え…?」 ニックがそう言って身を乗り出し、口を尖らせた。 それにはも驚いたが、ジョシュが呆れたように、ニックの後頭部に一撃食らわせる。 「バカなことしてんなよ…っ」 「ぃったいなぁ…。何だよ、自分だけ。ずるいぞ?」 ニックは頭をさすりながらジョシュを睨んでいる。 「こ、こんなのに、ずるいとかずるくないとかないっつーの」 ジョシュは少し頬を赤くして再び、パスタを食べだした。 も何となく照れくさくなり視線を外すと紅茶を一口飲んだ。 ニックはブツブツ言いながらもピラフについてたスープを飲みながら、不意に顔を上げると、 「あ、そうだ。ちゃん今夜、暇かな?」 「え?今夜?」 「うん。明日オフだしさ。今夜はジョシュと飲もうって話してたんだけど…君も来ない?」 「え…?」 「おい、ニック…」 ジョシュは少し眉間を寄せながら顔を上げた。 だがニックはジョシュの背中を軽く叩きながら、 「まあまあ、いいじゃん。たまには可愛い子と一緒に飲むのもさ?いつもジョシュとじゃ味気ないし、何ならメグちゃんも一緒にさ!」 「で、でも…」 「ほら困ってるだろ?無理に誘うなって」 「ジョシュは黙ってろ。俺がちゃんを誘ってるんだ。それにお前だって、そろそろ別れた彼女のこと忘れて、女の子と楽しく過ごしたほうがいいぞ?」 「お、おいニック…!」 その話をされてジョシュは思い切り嫌な顔をした。 それにはも、ちょっと驚く。 「そんな怒るなって。終った事なんだしさ? それよりちゃん、どう?メグちゃんには俺から言っておくけど。前に一緒に飲もうよって話してたんだ」 「え?そうなんですか?」 「お前、いつの間に…」 ニックの素早い行動に二人は唖然とした。 「撮影の合い間に話してるうちに、そんな話題になっただけだって。ね?だから今夜、4人で飲もうよ」 ニックのあっけらかんとした言葉に、も苦笑して息をついた。 「じゃあ…メグが行くって言ったら…」 「ほんと?!じゃ、後で早速誘っておくからさ。あ、そうだ。これ…俺達が泊ってるホテルね?」 ニックはポケットからホテルの案内カードを出して、の前に置いた。 「そこの2618号室だからさ」 「おい、それ俺の部屋だろ?」 ニックの言葉にジョシュはギョっとした。 「いいじゃん。俺の部屋、狭いし…。ジョシュの部屋は何て言ってもエグゼクティブ・スイートだからさ〜。俺らスタッフとは違うよなぁ?」 「うるさいなぁ…。つか飲むならバーでいいだろ?」 ジョシュはパスタを食べ終えるとコーヒーを一口飲みながら息をついた。 それにはニックも大げさに溜息をついている。 「何言ってるんだよ。あのバー、ジョシュのファンの子とか入り込んでくるだろ〜?ダメだよ」 「そんなの別に気にしなきゃいいだろう?」 「とにかくダーメ!今日は部屋で飲み明かそう!はい、決定〜!各自、おつまみ持参ね〜」 ニックは、そんな事を言ってノリノリだ。 それにはジョシュも呆れたように溜息を洩らした。 「ほんと来るの…?」 「え?あ…迷惑ならやめるわ…?」 「あ、いや…別に迷惑ってわけじゃないんだ…。こいつ強引だからさ。いいのかなって思って」 ジョシュは困ったように隣ではしゃいでいるニックを見つつ、肩をすくめた。 は、ちょっと笑うと首を振って、「大丈夫よ?楽しそうだし…ジョシュがいいなら、お邪魔させてもらう」と言った。 「あ…じゃあ…まあ…。夜、ホテルに来いよ。撮影も7時頃には終る予定だしさ」 「うん、解かったわ?」 ジョシュの言葉に、は少し照れくさそうに微笑んだ。 そこにニックの携帯がなり、慌てて出る。 「Hello?あ、か、監督?!え?再開ですか?はい、ジョシュなら一緒にいるので今から戻ります!」 ニックはそう言って急いで残りのピラフを口に入れると水をゴクゴク飲んで一気に流し込んだ。 「ジョシュ、ほら、行くぞ?監督がお呼びだ」 「はいはい。じゃあ、残りの撮影、頑張りますか」 ジョシュは苦笑しながら席を立つと思い切り伸びをしたのだった。 「え?遅れる?」 は撮影を見学した後、寮の部屋に戻り、メグと電話で話していた。 今は夜の7時過ぎで用意をしてメグを待っていたのだが、今、電話が来て少し遅れるという。 『そうなの。ちょっとレザーから電話が来る事になってて…。まさか彼らと一緒の時に出れないでしょ?だから先に行っててくれる?』 「えぇ?一人で先にって…。いいわよ。部屋で待ってるわ?」 『ダメよ〜。待たせるの悪いじゃないの。それに、そんな遅くならないで行くから。ね?』 メグの、その言葉には困ったが仕方なく頷いた。 「解かった…。じゃあ…先に行ってるね?」 『ええ、お願い!じゃね』 メグは、そう言うと慌ただしく電話を切った。 は電話を切ると軽く溜息をついて時計を見上げる。 すでに7時半を過ぎており、約束の時間まで30分もなかった。 番号を教えておいたので先ほどニックから電話が来て撮影が予定通り終りそうだから8時ごろにホテルの部屋に来てと言われている。 「そろそろ出なくちゃ…」 はそう言ってバッグを掴んで、さっき、おつまみにでも…っと作ったフランスパンで焼いたピザを入れた袋を持つ。 ニックに、おつまみ持参ねと言われたのでバカ正直に作ってしまったのだ。 それと前にもらった赤ワインも一緒に持つと、かなり重い荷物になる。 「はぁ…これじゃタクシーで行った方がいいかな…。でも…あのホテル近いしなぁ…」 は、そう呟いて部屋を出た。 ケイトは今夜もまたデートのようで、さっき、お洒落をして出かけてしまっていたので、きちんと部屋の電気を消していく。 その時、携帯がなり、は一旦、荷物を床に置く。 「Hello?」 『あ、?俺』 「あ、マイケル…」 『そろそろバイト終るからさ。もう少ししたら行くよ』 「え…?あ…っ」 そう言われては思い出した。 先ほどマイケルに、"夜、新作の映画を持って行く"といわれていた事を… 『Hello??』 「あ、あの…ごめん、マイケル。私、今から出かけなくちゃならなくて…」 すでに行くと返事をしているし、メグも一緒に行く事で今さら断れないと、はマイケルに謝った。 『出かけるって…どこに…?』 だがマイケルは訝しげに、そう聞いてくる。 「あ、あの…ちょっとメグと…約束があるの」 『メグと?』 「う、うん。あの…だから…ごめんね?ちょっと断れなくて…」 は申し訳ないと思いつつ、そう言うとマイケルは軽く息をついて、 『そっか、解かったよ。じゃあ、また明日にでもな?』 と言って、最後に、『もう時間も遅いんだし気をつけて行けよ?』と心配そうに呟いた。 「う、うん。解かった…。じゃ…」 そこで電話を切り、は思い切り息を吐いた。 (ごめんね、マイケル…) ちょっと罪悪感では気が重くなったが時計を見て慌てて寮を飛び出した。 だが歩いていけどタクシーが、なかなか見付からず、は困りながらも仕方なくホテルの方まで歩いて行く。 車で行けば10分程度なのだが荷物を持って徒歩という事で20分はかかりそうだ。 大学の近くは夜にもなると人通りが少なく、は早歩きでホテルへ向かった。 ホテルのある辺りまで来るとビルも車も多く、人も沢山歩いているからだ。 あ〜もう何でタクシーがいないの…? こんな暗い道、歩くの怖いじゃない… 何度となく後ろを振り返りながら、はだんだん小走りになってくる。 その時、足音が聞こえた気がして、ちょっと歩くのを緩めると、そっと振り返った。 すると後ろの方に人影が見えたが暗くて影にしか見えない。 ああ…誰かいるんだ… 良かった…。 人がいる事に少しホっとしては、そのまま繁華街の方に歩いて行く。 コツコツコツ…っと足音もの歩く速度に合わせて聞こえてくる。 が、角を曲って、暫く行くと、まだ、その足音が聞こえてくる事に疑問を感じた。 何だろう… 後ろの人、まるで私にピッタリくっついているようについてくる気がする… 歩く距離は不自然なほど一定に保たれているような… そう思うと今度は怖くなってきた。 やだ…誰だろう…? もしかして、つけられてるのかな… そう思えば思うほど怖くなり、は歩くのを早めながら人通りのある道まで一気に曲り、ビルが建ち並ぶのが見えてきてホっとした。 「あれがホテルだ…」 大通りに並ぶビルの間からホテルが見える。 そこに向かって急いで歩いて行った。 通りを渡り、なるべく人が歩いている中を抜けていく。 もうすぐ…もうすぐでホテルだ… 誰かに追われるような感覚になりながら、は必死に歩いて行った。 まだ後ろの靴音が聞こえてくるようで、あの悪夢を思い出す。 嫌だ…っ 怖い… 少しづつ、あの夢の恐怖を思い出し、は軽く目を瞑った。 だがホテルの入り口が見えてきて、は少しだけ足を緩めた。 「ついた…」 「おい…っ」 「キャ…っっ」 そう呟いた瞬間、肩を叩かれ飛び上がった。 「え?ちょ…俺だよ、俺!」 「……………っ?!」 その声にハっとして振り返ると、そこにはジョシュが驚いたように立っている。 「ジョ、ジョシュ…」 彼の顔を見た途端、は未だ震えの止まらない体を抑えながら、その場にしゃがみ込んでしまった。 「お、おい…大丈夫か?どうしたんだよ?」 ジョシュは驚いて、の前に一緒にしゃがむと顔を覗き込んだ。 は青い顔で唇を噛み締めながら、かすかに震えている。 「おい……?」 「い、今…ずっと誰かに後をつけられてた気がして…怖くて…」 「え?後をつけられたって…。まさか…あの例の…?」 「わ、解かんない…。でも気付いたら後ろに誰かいて…最初は気にしなかったんだけど…その人、ずっと私の後ろをついてくるから怖くなって…」 はギュっと目を瞑りながら、何とか震える体を止めようと何度か深呼吸をした。 ジョシュは、その話を聞いて後ろを振り返ってみたが、今は色々な人が歩いているのでよく解からない。 「わ、解かったから…とにかく中に入ろう?立てるか?」 「う、うん…」 ジョシュはの肩を抱いて何とか立たせると、まだ少し震えている彼女の体をそっと抱き寄せた。 「もう大丈夫だから…な?」 そう言いながら優しくの背中をポンポンと叩いてあげると、やっとも顔を上げた。 「あ…ありがと…。もう大丈夫だから…」 「そう?ちょっと顔色悪いぞ?やっぱり今日は飲むの止めて帰るか?送ってくから…」 ジョシュは心配になり、そう言っての顔を覗き込んだ。 だがは思い切り首を振る。 「い、いや…っ。今は一人でいたくない…っ」 そう言ってジョシュを見上げるの瞳は本当に怯えている。 それを見て、ジョシュは彼女を一人にしておくのは可愛そうだな…と思った。 「解かった。じゃあ…部屋に行こう?ニックは、後から来るから」 「う、うん…」 「あれ…?そう言えば…あの子は?メグって子。一緒じゃなかったのか?」 「あ…メグはちょっと用事で遅れるって…」 「そっか。俺も撮影、予定通り終わるはずが一個NGが出てさ。ギリギリだったから一人で先に戻って来たんだ。ニックはスタッフだから、まだ残ってるよ」 「そう…。マネージャーさんは…?」 「ああ、ロイなら他の仕事で今日は来てないよ?今頃ニューヨークだろ?」 ジョシュはそう言ってロビーに入ると、すぐにエレベーターに乗った。 その間中、の肩を抱いていたのだが、少し落ち着いてくると、は少し恥ずかしくなりジョシュから、そっと離れる。 「あ、ありがと…。もう大丈夫だから…」 「あ、ごめん…」 ジョシュも慌てたように手を離すと、「少し落ち着いた?」との顔を覗き込む。 「え、ええ…。もう平気…。ごめんね?」 「そんなのいいけどさ…。どうして歩いて来たんだ?まあ近いけど…タクシー掴まらなかったのか?」 「うん…全然通らなくって…時間も遅れてたから、そのまま歩いてきちゃったの」 「そっか…。でも気をつけないと…。昼間の奴だったかもしれないしさ」 ジョシュはそう言っての頭にポンっと手を置くと、同時にエレベーターが到着してドアが開いた。 「あ、こっちだよ」 ジョシュは先に廊下に出ると奥の方に歩いて行く。 はキョロキョロしながらついて行くと、ジョシュが、部屋の前で止まりキーでドアを開けた。 「ここが俺の部屋。入って?」 「あ、うん」 ジョシュがドアを抑えたまま先にを入れてくれた。 「わぁ、ここ奇麗ね?初めて入った」 は部屋の中を見渡しながら、荷物をソファーの横に置いた。 その部屋はかなり広く、クラシック調で豪華な部屋だった。 奥の白いドアが開いててベッドルームが見える。 だがソファーの上には脱いだ服が無造作にかけられていて片付いてるとはいえない。 「あ〜帰って来て先に片付けようと思ったんだけどさ…」 ジョシュが頭をかきながら、そう言うとがクスクス笑い出した。 「別にいいわよ。男の人の部屋が凄い片付いてたら、かえって気持ち悪いわ?」 「そう?ああ、まあ気にしないで適当に座って」 ジョシュは、そう言って笑うと奥の部屋に行き、脱ぎ散らかした服を拾い上げてクリーニング用の袋に入れている。 はそれを見ながら、窓の方に歩いて行くとカーテンを開けて窓も開けた。 「わぁ、眺めも最高だ…」 テラスに出て街のネオンを見ながらは大きく伸びをした。 その時、突然、携帯がなり、ドキっとする。 「あ…メグかな…」 そう呟いて慌てて携帯を出すとディスプレイを確認しないまま電話に出た。 「Hello?メグ?」 『………………』 そう声をかけても無言のままで、は首を傾げた。 (メグじゃなかったかな…?) そう思いながら、は、もう一度声をかけてみる。 「Hello?誰?」 『…………どうして君は僕を見ようとしない?』 「………………っっっ」 その不気味な声は、"あの男"のものだった。 『何故、他の男の元へ行くんだ…?あの男は君の事など理解していない…君を理解しているのは、この僕だけだ…』 「………だ、誰なの?あなた…どうして、こんなことするの?!」 は怖かったが、こうして初めて、この男と言葉を交わすのだ。 何か言ってやらなきゃ気がすまない。 「もう、いい加減にして…っ。私は、あなたの事など知らないし知りたくもないのっ。こんな事しないで…!」 思い切って、そう怒鳴ると一瞬、沈黙になった。 だが受話器の向こうで息遣いが荒くなったのが解かる。 『……君は何も解かってない…。今、一緒にいる男は君を騙そうとしているんだ…。君の体だけが目的なんだ…。そんな男と一緒にいちゃいけない…』 「な…何言ってるの…?彼は、そんな人じゃないわ?それに別に私は彼と――――」 『……………誰にも渡さない…。僕が君を守ってあげるよ―――――』 「え…?」 ガチャ…ツーツーツー 不意に電話が切れて、は少しよろけた。 その拍子にテラスにあったテーブルにガタンと当たって顔を顰め、ずるずると、その場に蹲ってしまう。 「おい…?どうした?」 その音を聞きつけてジョシュがテラスに顔を出した。 そして、その場にが蹲ってるのに気付き、慌てて彼女の前にしゃがみ、 「おい、どうした?どこか、ぶつけたのか?」 との頬を両手で包み、顔を上げさせる。 「ジョシュ…今…"あいつ"から電話が…」 「え?あいつって…?」 一瞬、ジョシュは首を傾げたが、すぐに思い当たり、目を見開く。 「あいつって…あのカードの男か?!」 ジョシュが驚いて聞き返すと、は黙って小さく頷いた。 「そいつ…何だって?話したのか?」 「す…少しだけ…。私が…ここにいること知ってた…。 ―――あいつ…"誰にも渡さない"って…。 私…怖い…」 は、そう言ってジョシュの腕をギュっと掴んだ。 瞳に涙を浮かべて、さっき以上に震えている。 ジョシュは言葉につまり、そのままを強く抱きしめた。 「大丈夫だって…。俺が傍にいるから…」 「あいつは…すぐ傍にいる………。きっと、どこかで今も私を見てる…」 「そんな事ないよ…。大丈夫だから…。心配するなって…」 ジョシュは、そう言いながらが落ち着くように優しく頭を撫でている。 そしてをそっと立たせて部屋の中へ入れた。 ジョシュにしがみ付いたままのをソファーに座らせ、自分も隣に座ると、もう一度を抱きしめる。 (こんな震えて…可愛そうに…) そう思いながら自分の腕の中で怯えて震えるの頭に、何故か自然に頬を寄せてキスをした。 それにはもビクっとなって顔を上げる。 「あ…っと、ごめん…」 ジョシュは慌ててを離すと、頬を赤くした。 それにはも恥ずかしそうにしながら首を振る。 「あ、あの…何か飲むか?」 ジョシュはそう言ってソファーから立ち上がると、が顔を上げた。 「私…ワイン持って来たの…」 「え?ワイン?」 「うん…。皆で飲もうと思って…。その袋の中…」 「ああ…これか…」 ジョシュはソファーの横に置いてある袋を見つけて中からワインを取り出した。 「わ…これ年代ものじゃん。凄いな?」 「それ、行きつけのレストランでソムリエにもらったの…」 「へえ…。何だ、君って、もしかして、お嬢様?」 ジョシュはちょっと笑いながら、わざと、そう言う風に言ってを見た。 するとも少しだけ頬を脹らませる。 「べ、別に、そう言うわけじゃ…」 「だって、これ凄く高級なワインだよ?」 ジョシュは、そう言って隣に座ると、の顔を覗き込む。 その意地悪な顔にはムっとして顔を反らした。 「そんなこと言うなら、持って帰るわよ…っ」 「…プ…っアハハハ…。そうそう。君は、そうやって怒ってる方が、らしくていいよ」 「え…?」 ジョシュの言葉に、は驚いて彼を見た。 するとジョシュはポンっと、の頭に手を置いてソファーから立ち上がると、「これ開けるのあったかなぁ…」と言いながら棚の中を捜している。 それを見ながら、は、ああ…ジョシュは、わざと私をからかったんだ…と思った。 私が落ち着くように…元気が出るように…彼らしい、やり方だ。 は、ちょっと笑顔になるとソファーから立ち上がり、バッグを掴むと「私、ソムリエナイフ持ってるよ?」と言って中からナイフを出した。 それにはジョシュも驚いている。 「君、そんなの持って歩いてるの?」 「だって…マイナイフだもん。これ、あると出先でも開けられるし…」 「へえ、さすが。やっぱり、お嬢様だな?」 ジョシュはそう言って笑うとからソムリエナイフを受け取った。 だがは彼の言葉に、もう怒ったりはしなかった。 「開けられる?」 「あ、今、バカにしたろ。俺にだってワインくらい開けられるよ」 ジョシュは少し口を尖らせてを横目で睨むと、上手にワインにナイフを入れている。 「ヘェ、上手いのね?さすがハリウッドスター」 今度は、が、からかうように、そう言うとジョシュも顔を顰めた。 その時、また携帯が鳴り出し、ビクっとする。 ジョシュも息を呑んでワインをテーブルの上に置くと、の方に歩いて来た。 「貸して…?」 「…え?」 は少し青ざめた顔で鳴ったままの携帯を見ていたがジョシュの言葉に驚いたように振り返る。 ジョシュは真剣な顔で手を差し出し、「俺が出るから」と言った。 は黙ったまま頷くとソファーに投げ出したままの携帯をとり、ジョシュに渡す。 ジョシュは軽く息をつくと携帯を開き、通話ボタンを押した。 「Hello?…………え?」 電話に出た瞬間、ジョシュは驚いたようにを見た。 そして、そのまま携帯をへと渡す。 「だ、誰から?」 「……メグって子だった」 「………………」 は一瞬、キョトンとしたが、ジョシュが照れくさそうに頭をかいてるのを見ながら、ちょっと微笑んだ。 「Hello?メグ?」 『あ、?!ちょっと急に男が出るから驚くじゃない!今のジョシュでしょ?』 「え、ええ…。あの…ちょっと出てもらったの…」 『えぇ〜?何で何で?何だか怪しくない?あんた達!』 「な、何がよ…?」 『だって自分の携帯に出てもらうって、普通、何でもないと出来ないわよ〜?もしかして…いい雰囲気とかになっちゃってるわけ?!』 「バ、バカなこと言わないで…!そんなんじゃないわよ…っ。 そ、それより、いつ来るの?まだレザーから電話来ないの?」 は少し頬が赤くなりながらも、呑気なメグに、そう言った。 『あ〜それが今さっき電話来たんだけど…バンドの練習がなくなったから、今から部屋に来るって言うのよ』 「ええ?!じゃ…どうするのよ…?」 『だから悪いんだけど…行けなくなっちゃって…』 「えぇ?!ちょ…そんな困るわよ…っ」 メグの言葉に、は慌てて、そう言うとワインの栓と格闘しているジョシュを見た。 『だから、ごめんってば…。まさかレザーにACTORのホテルで一緒に飲むからダメとは言えないでしょ?』 「そ、そりゃ、そうだけど…。何とか他の用事って言えばいいじゃないの」 『無理よ…。レザーって案外するどくて私、嘘苦手なのよ…。ほんと、ごめんね?だけ楽しんで来て?』 「ちょ、ちょっとメグ…そんな困る…っ」 『何よ…私だって行きたかったのよ?ジョシュと一緒に彼の部屋で飲めるなんて、またとないチャンスなんだから! でもレザーとケンカしたくないのよ…。あ、だから、今日頑張って、また次に飲む機会、作っておいて?ね?頼んだわよ!じゃね!』 「え?あ…ちょっとメグ?!」 は慌てて叫んだが、すでに電話が切れていてツーツーっと音が鳴っていて溜息をついた。 その時、ポンっと音がして、「よし!開いたっと…どうした?」とジョシュが満足げな顔でを見た。 それには、ちょっと苦笑しながらもは目を伏せた。 「あ、あの…メグが来られなくなったって…」 「え?そうなの?」 「うん。恋人が…会いに来るって…」 「あ〜そっか。じゃ仕方ないな?」 ジョシュは呑気に、そう言うと開けたワインをテーブルに置いてグラスを出し始めた。 だがは困ってジョシュに駆け寄ると、「あ、あの…やっぱり私も帰る…」と言って顔を上げた。 「え?どうして?」 「だ、だって…」 は、そう言うと少し視線を反らした。 それを見てジョシュは、ちょっと笑うと、の頭をクシャっと撫でて、「そんな心配しなくても何もしないよ?ニックだって来るんだし?」 と言った。 それにはも顔が赤くなる。 「そ、そんなこと心配してないもの…っ」 「アハハ…っジョークだって。…まあ、それに今、一人で寮に帰るの怖いんだろ?だったら、ここにいればいいよ」 「え…?」 その言葉には顔を上げると、ジョシュは優しく微笑んで、「しっかしニックの奴遅いなぁ」と言いながらグラスを出して、 ワインを注ぐと、それをに差し出した。 「先に飲んでよう?ほら」 「あ…う、うん…」 もワイングラスを受け取ると、そのままソファーに座った。 ジョシュも隣に座って美味しそうにワインを飲んでいる。 「これ美味いな?やば…凄い飲めちゃいそうだ」 「ほんと…美味しい」 「あ、ね、これ何?ワインと一緒に入ってるボックス…」 ジョシュは足元の袋を覗きこむと、の方を振り返った。 「あ…それ食べるかなと思って焼いてきたの…。フランスパンで作ったピザなんだけど…」 「え?嘘!俺、ピザ大好きなんだ。食べていい?」 「え?あ、ああ…どうぞ?」 「サンキュ!」 ジョシュは、そう言って嬉しそうに袋からランチボックスを出すとピザを取り出しパクっと口に入れた。 「あ、美味しい」 「…ほんと?」 「うん。へぇ、フランスパンでピザってのもイケるね?」 「そうでしょ?私、それ好きなの」 はホっとして微笑むとワインを飲んで部屋を見渡した。 ジョシュと二人きりと思うと何だか落ち着かない。 そして、ふとソファーの横にある小さな丸いテーブルの上に無造作に置かれているスケッチブックに目がいった。 「あれ…あなたって…絵を書くの?」 「え?あ…っ!ちょ…っ」 がスケッチブックを手にすると、ジョシュは慌てて取り返そうと手を伸ばした。 「キャ…っ」 「あ…っ」 その瞬間、ジョシュの手がの腕にあたり、手からバサっとスケッチブックが床に落ちて開いてしまった。 「ちょっと…そんな見られたくないの?いいじゃない、絵くらい…」 そう言ってはスケッチブックを拾おうと手を伸ばし、足元の方に視線を移すと目を見張った。 「これ…」 「え?あぁ…っ!ちょっと返せよ…っ」 が拾いかけたスケッチブックをジョシュは慌てて拾うと、それを自分の背中に隠してしまった。 その顔は真っ赤で困ったようにから視線を外している。 は驚いてジョシュを見ると、「あ、あの…今の絵………私…?」と恐る恐る聞いてみた。 すると、ますますジョシュの顔が赤くなっていく。 「い、いや、これは…さ…」 「どう…して…?」 「あ、あの変な意味じゃないんだ…。あの日の君の瞳が印象的で…つい…描いただけで別に深い意味は…」 そう必死になって説明しながらジョシュは困ったように頭をかいている。 だがはジョシュの、あまりの慌てように何だか、おかしくなって、プっと噴出した。 「も、もういいわよ…。別に怒ってないし…」 「え…?」 「ジョシュって絵が美味いのね?好きなの?」 「あ…ああ…。ほんとは…画家になりたかったんだ…」 「そうなの?凄い」 はそう言って驚くと、美味しそうにワインを飲んでいる。 そんなを見てジョシュはホっと息をついた。 あ〜焦った… 一瞬、怒られるかと思った… 何、勝手に人の絵、描いてるのよ!とか何とか… でも…まさか誉められるとは思ってなかったけど… そんな事を思いながら隣にいるを見た。 するともジョシュを見て、ニコっと微笑むと、「ね、さっきのスケッチブック見せて?」と言ってくる。 「え?で、でも…」 「いいじゃない。他に、どんな絵を描いてるのか見たいの。いいでしょ?」 の真っ直ぐな瞳に、そう言われてジョシュは少し迷ったが仕方なくスケッチブックを差し出した。 「ありがとう」 は嬉しそうに、そう言うとスケッチブックを捲りながらジョシュの絵を見ていく。 「わあ…これ、どこ?奇麗な場所…」 「え?あ、ああ…そこは前に撮影にいったイギリスで描いた奴で…」 ジョシュは、そう説明しながら楽しそうに自分の絵を見ているの横顔をドキドキしながら見つめていた――― |
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Postscript
うきゃーちょっと長くなってしまいました(汗)
切りどころが、なかなか解からなくて(苦笑)
うーん、少しづつストーカーも近づいてきましたねぇ(怖)
本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...
【C-MOON...管理人:HANAZO】