第五章:映画のように                                                  







例え それが一瞬で終る悲しい愛だったとしても


永遠に叶わぬ 想いに溺れていくよりは ずっといい…


それが 君に 憎まれる愛だったとしても…

















その映画のエンドロールが流れてきた頃、彼女はウトウトとしていた。
それに気付き、俺はジャケットを隣にいる彼女にかけてあげる。


「あれ…?ちゃん寝ちゃったの?」


ニックも少し眠そうに目を擦りながらソファーから体を起こした。


「ああ。ワイン、結構飲んでたからな?」
「もう2時かあ…。かなり飲んだよなぁ〜」
「お前は飲み過ぎ。あ、DVD止めておいて」
「OK!]


ニックは、そう言ってDVDデッキを停止した。
先ほどニックが仕事を終えて部屋に来た時、飲みながら持って来たDVDを見ようと言い出し、3人で見始めた。
最近のホテルではテレビと一緒にDVDデッキもついているから、と、ジョシュも暇つぶしにDVDを持ち歩いたりしている。
ニックも、その口で、こっちに来てから見ようと思っていたDVDを部屋から持って来たのだ。
それは、いかにもニックが好みそうなB級ホラー映画で、ジョシュは顔を顰めたが、が以外にも、その手の映画も好きだと言うことで見ることにした。
だがアルコールが入りながらの映画鑑賞で、は途中で眠ってしまったらしい。
今もジョシュの隣で少し体を傾けながらスヤスヤと眠っていた。


「なあ、こんな時間だけど…ちゃん寝ちゃって、どうするんだ?」


ニックが目を擦りながら振り向いた。
それにはジョシュも軽く息をつく。


「そうだよなぁ…。起こして…送っていくか…」
「でも可愛そうだろ?そこに寝かせておいてあげれば?」
「え?で、でも…」
「明日はオフなんだし、朝、起きてから送ってあげればいいだろ?」


ニックは、そう言ってソファーから立ち上がった。


「お、おい、どこに行くんだ?」


ドアの方に歩いて行くニックに、ジョシュも慌てて立ち上がった。
するとニックはニヤっと笑って、「どこって部屋に帰って寝るんだよ。すっげー眠いしさ」と肩を竦める。
それにはジョシュもギョっとした。


「帰るって…。いいから、ここにいろよ」
「はあ?何で?」
「何でって…」


ジョシュが困ったように視線を未だ、ソファーで寝ているに向けた。
それを見てニックもニヤニヤしている。


「あ〜…。なるほど…」
「な、何だよ…」
ちゃんと二人きりになったら理性が壊れそうでヤバイってこと?」
「はぁ?!べ、別に、そんなんじゃないよ…っ」


ニックの言葉にジョシュは頬を赤くした。
するとニックは欠伸をしながら、「ふぁ〜。じゃあ、ちゃんは俺の部屋に連れて行こうかな?」
とアホな事を言い出して、これまたジョシュをギョっとさせる。


「バ、バカなこと言ってんなよ?ダメだよ、そんなの」
「ふーん、じゃあ、ここで寝かせておいてあげれば?別に本気でジョシュが襲うなんて思ってないからさ」


ニックは、そう言うとジョシュの肩をポンポンと叩いて笑っている。
そして頭をガシガシかきながら、


「は〜ダメ…。本気で眠いや…。じゃ…また明日ね?ジョシュくん。あ、彼女が起きても抜け駆けすんなよ?」
「え?あ…おい、ニック…っ」


ジョシュの呼びかけも空しく、ニックはひらひらと手を振りながら部屋を出て行ってしまった。
その場に取り残されたジョシュは困ったように息をつくと、もう一度の方に顔を向け、「寝かせておけって…言われてもなぁ…」と呟く。
そして仕方なくソファーの方に戻ると、の隣に、そっと座って煙草に火をつけた。


「はぁ…ニックの奴…。自分で言い出したのに何でサッサと部屋に帰るんだよ…」


そうぼやきながら無邪気に眠っているを見る。
どこか安心したように眠る彼女は普段より少し幼く見えて、ジョシュはちょっと笑顔になった。


あ〜あ…警戒心の欠片もないな…
会ったばかりの男の部屋で無防備に寝ちゃって。
襲われても文句言えないぞ、こりゃ…。


そんな事を思いながらの肩にかけたジャケットを、またかけ直してあげる。
するとの顔がかすかに動き、ジョシュはドキっとした。


「…んぅ…?」


は子供みたいな声を出して、ゆっくり頭を上げると目をゴシゴシ擦りながらジョシュを見た。


「あれ…私、寝ちゃってた…?」
「あ、ああ…。寝ちゃって…たな…」


ジョシュは少しから離れると、顔を背けて煙草の煙を吐き出した。
するとはソファーに寄りかかっていた体を起こし、部屋の中をキョロキョロと見渡している。


「…ニックは…?」
「ん?ああ…あいつなら…部屋に帰った…かな?」


そう言ってチラっとを見れば、彼女はボーっとした顔でキョトンとしている様子。
その顔は、まだアルコールが抜けていない感じだ。


「大丈夫か?」
「…ん〜…ぅん…。そっか…帰っちゃったの…」


は納得したのかしてないのか、そんな事を呟きながら、不意にジョシュの方を見た。


「映画…どうなったっけ…?」
「え?映画?あ、ああ……さっきのか?」
「…ぅん」
「あれは…まあ…助かったと言うか…」
「もう一回、見ていい…?」
「え?み、見るって…最初から?」
「ううん…。途中から覚えてないの…。眠気と戦ってたから…」


は、しきりに目を擦りつつ、そう言っている。
その姿が、本当に子供みたいでジョシュは、ちょっと笑顔になった。


「ああ…。じゃあ…チャプターリストで探してやるよ」


ジョシュは、そう言うとリモコンを取ってDVDのメニューを出し、リストの中からが寝てしまった辺りのシーンの手前から再生した。


「あ…ここ、何となく覚えてるかも…」
「だろ?確か、この後くらいに寝たと思うよ?」
「そっか…。起こしてくれれば良かったのに…」


そう言いながら、ちょっと微笑むに、ジョシュは苦笑した。


「だって気持ち良さそうに寝てたしさ?」
「ワインでほわんとしてたから…眠くなっちゃって…」
「今も充分ほわーんとしてるぞ?」
「ぅん…。何だか頭がふわふわするもの…」


は画面から目を離さないまま、そう言ってソファーに凭れかかった。
それを見てジョシュは立ち上がると冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出し、に渡した。


「おい、水飲め、水」
「あ…ありがと…」


は少し顔を上げて水を受け取ると美味しそうに飲んで軽く息をついた。


「…美味しい…」
「ったく…ニックと一緒に飲みすぎなんだよ」


ジョシュはそう言って、また隣に座るとの頭にポンと手を置いた。
それにはも少し口を尖らせつつ、映画を見ている。
その顔を見ながらジョシュは笑いを噛み殺すとソファーから立ち上がった。


「俺、ちょっとスッキリしたいし、シャワー入ってくるから」
「え…?あ…うん…」


が驚いたように顔を上げたが、直ぐに画面に視線を戻して頷いた。
ジョシュは、それを見ると、直ぐにバスルームへと入っていく。
シャワールームも別にあるので、熱いお湯を先に出して温めておきながら素早く服を脱いで、チラっと鏡を見た。


「はぁ〜…俺もちょっと酔ってるかも…顔、赤いかな…?」


手で顔を触りながら、そう呟くとシャワールームに入って行った。
頭から熱いシャワーを浴びながら手で顔を洗い、軽く息をつく。


彼女、起きたはいいけど…どうしようか…。
結構、酔ってるっぽいし…送った方がいいかな…
でも送るとなると俺もアルコール入ってるからタクシーだよな…


そんな事を考えながら暫く熱いお湯にあたっていると、だいぶ頭もスッキリしてくる。
キュっと栓を締め、バスタオルで体を拭きながら、かけてあったバスローブを羽織る。


「は〜スッキリ…。このまま寝れそうだな…」


頭をガシガシ拭きながら、そう呟くと、「あ〜ダメダメ…彼女を送らないと…って、まだ映画見てるのかな…」
とバスルームのドアを開けた。
が寝たのは映画の終わりのほうで見直してるといっても、そろそろ最後まで見てるはずだ。
顔だけ出して部屋の方を覗くように見るとテレビの画面には、先ほどと同じエンドロールが流れている。


ああ、終ったようだな…
じゃあ着替えて送って行こう…


ジョシュは、そう思いながら、そのままバスルームを出ると、ソファーの方に歩いて行った。


「どうだった?ラスト…そんな面白くなか―」


そこまで言ってジョシュは言葉を切った。
そして軽く息を吐き出し、苦笑した。


「何だよ…。また寝ちゃったの…?」


そう言って見下ろした先には、今度はソファーの上でコロンと丸くなり、スースーと寝入っているの姿があった。


「…全く…しょうがないな、この子は…。ほんと無防備すぎ…」


そう言って笑うジョシュも別に本気で呆れているワケじゃなく、どこか楽しそうだ。




「はぁ…」


そっとソファーに腰をかけて、さっきに渡したミネラルウォーターをゴクゴク飲みほすと、軽く息をついた。


「さて、と…どうするかな…」


煙草を咥え、頭を拭きながら、ジョシュはソファーに凭れた。
ジッポで火をつけて煙を吐き出すと、チラっとの方を見る。
さっきのジャケットを、シッカリ肩までかけてる彼女がに思わず笑みが零れた。


「風邪、引くぞ…?今日は寒いのに…」


そう呟いてジャケットを少し引っ張り、抱えるようにしている足元も隠してあげる。


さて…本当にどうしよう…
起こして寮まで送るか…このまま寝かせておくか…今は…午前3時過ぎ…もう朝になっちゃうしなぁ…


ジョシュは時計を見ながら、あれこれ考えた。
そのうち大きな欠伸が出て少し涙目になった目元を擦りながら、「…よし…送るのは明日の朝にしよう…」と呟いて煙草を灰皿に押しつぶす。


と言って…まさか女の子をソファーの上に眠らせ、自分だけヌクヌクとベッドで寝ると言うのも気が引ける。


「はぁ〜…仕方ない…」


軽く溜息をついて立ち上がると、そっとの体を抱きあげた。
そして、その軽さに、かなり驚く。


「何食ってんだ…?体重、あんのかよ…。ほんと体の重さまで子供だな…」


そう呟きながら苦笑すると、を抱えて寝室まで歩いて行った。
だが、いくらエグゼクティブスイートと言ってもベッドが二つあるわけじゃなく、キングサイズのベッドが一つ、どんとあるだけだ。
ジョシュは少し考えて、行儀が悪いが足で布団を捲ると、を右の、なるべく端に寝かせた。
そして布団をかけてあげると、また隣の部屋へ戻り、テレビを消し、電気も消す。
そのまま寝室に戻ってバスローブを脱ぎかけたが、ふと手を止めた。


いつもなら…すっ裸で寝てるけど…今夜はマズイか…
彼女が目を覚まして勘違いされても困る。


そう思い直してクローゼットを開けると、長袖のTシャツを出して着込んだ。
下は部屋着のスウェットを穿いて一息つく。


「これで、いいだろ…」


そう言った途端、大きな欠伸が出てジョシュは早々にベッドに潜り込んだ。
とは反対の、なるべく左端に寝るようにする。
チラっとを見れば、今度こそ本気で熟睡してるのか、スースーっと寝息が聞こえてくる。


「はぁ…。女の子を泊めることになるとはね…」


ジョシュは、そう呟いて布団の中に潜った。


何だか最近…俺の周りが変わって来た気がする。
その原因は…今、隣に眠っている彼女だろう。
名前以外、何も彼女のことは知らないのに、こんな近くにいる。
いつものように撮影に来て、泊ってるホテルに女の子を呼ぶなんて、増してや泊めるなんて、ここに来た時は考えもしなかった。


(何だろう…ちょっと変な気分だ…)




そんな事を考えているうちに睡魔が襲って来て、ジョシュは静かに目を閉じた。












店内にはロックがかかり、かなりうるさかった。
マイケルはブラブラと歩きながらCDコーナーの棚へ行くと、次は何をかけようかと数枚を手にしてジャケットを眺めている。
その時、肩をポンっと叩かれ、振り向いた。


「よぉ、マイケル」
「レザー…とメグ…。どうした?」


振り向けばレザーとメグが笑顔で立っている。


「いや、お前の働きっぷりを見に来たんだ」
「そうそう!真面目にやってる?」


二人はマイケルを、からかうように見ながら店内を見渡した。


「何だよ…。人のバイト先に暇つぶしに来るな…」


マイケルは少し不機嫌そうに眉間を寄せて、二枚ほどCDを手にするとカウンターの方に戻って行く。


「おいおい…何だよ。機嫌悪いなぁ…。ちゃんと何か借りてくからさ?オススメの新作とかないの?」


レザーは肩を竦めて笑いながらマイケルの後ろから、くっついていった。
マイケルはカウンターの中のステレオを止めると中からCDを出して今、持っていったCDをセットするとチラっとレザーを見る。


「新作は、そこの棚。オススメはホラー」
「あ〜これか?へぇ、面白そうだな?これ」


レザーがメグの方にDVDのジャケットを見せた。


「あ、ほんと。これが好きそう。ね、今夜、4人で一緒に見ない?」


メグがマイケルの方に、そう声をかけると、マイケルは煙草に火をつけてカウンター内の椅子に座った。


「別にいいけど…。どうせ、それ今日、と一緒に見る予定だったしさ」
「え?そうなの?」
「ああ。ほんとは夕べ見るはずだったんだけど…メグ、と出かけたんだろ?だから今日になったんだよ」
「え?夕べ?」


メグは少し驚いた顔でマイケルを見た。
するとレザーが首を傾げて、「メグは…夕べ俺と一緒にいたよ?」と肩を竦める。
それにはマイケルも驚いた。


「え?嘘だろ?メグ…と出かけたんじゃないのか?」
「あ…そ、それが…私はレザーと会う事になったから断ったのよ…」


メグは夕べの約束を思い出しヤバイと思いつつ、何とか、そう答えた。
だがマイケルは訝しげに椅子から立ち上がると、「じゃあ…は…どこに行ったんだ?今は寮にいるのか…?」とメグを見る。


「さ、さあ…?私が断りの電話したの遅かったし…その後に寮に戻ったんじゃない?だからマイケルも寝たと思って電話しなかったのよ、きっと」


メグは夕べ、二人で、どこに行く筈だったかという事をバレてはマズイと必死に言い訳を考えた。
するとマイケルも少し変な顔をしたものの、軽く息をつくと、「じゃあ…そうなのかもな」と肩を竦めて、メグはホっとした。


「ね、それよりマイケル、もう少しでバイトあがりでしょ?私達、待ってるから、それから一緒にのとこ行こう?」
「ああ。解かった。じゃあ、その辺で時間でも潰してて」
「OK。じゃ、メグ、他にも何か借りて行こう」
「そうね?じゃあ、私はラブストーリーがいいなぁ〜」
「えぇ?やだよ、そんな甘ったるそうなの…。それよりアクション見よう」


二人は、そんな事を言いながら店の中を見て回っている。
それを横目にマイケルは軽く息をつくと、また椅子へと腰をかけた。
だいぶ短くなった煙草を一口吸って灰皿へ押しつぶすと、チラっと二人の方に視線を向けてから奥の方へと引っ込んだ。
そしてポケットから携帯を取り出すと、ある番号を出し、通話ボタンを押す。


そのままロッカールームの方へと歩いて行った。











そこは真っ暗闇だった。
気付けば私は、そこに、ただ一人立っていた。
周りを見渡しても同じ闇が続いているだけ。
怖くて動けず震えていると、後ろで声がした。


『……僕はここにいるよ……こっちへおいで………』


それは、あまりに無機質な声で私は怖くて振り返る事が出来ない。
すると、その"声"は、さっきよりも近くなり、私の耳元で囁く。




『………叶わぬ想いなら………いっそ君ごと、このまま闇に沈めようか……』




「キャァァァァっ」




私は怖くて走り出した。
どこへ向かって走ってるのか解からない。
ただ、とにかく、その"声"から逃げたかった。


誰か…助けて…。怖い…


助けて――――――




その時、暗闇の向こうに、かすかな光りが見えた。
私が夢中で光に向かって走って行くと誰かが優しく手を差し伸べてくれているのが解かる。
眩しくて顔は見えないのに何故か、その手を信用できた。
私が、その手を掴むと、そっと握り返してくれる。
そして体中を光に包まれて感じた温もり…。


その温もりに、私は心の底から安心した――




少しづつ戻る意識の中で俺は自分の腕の中に誰かが潜り込んで来たのを感じていた。
無意識にも、その体を片手で抱き寄せギュっと抱きしめる。
そして顔にふわりと髪が触れたのが解かり、その髪に顔を埋めて、そっとキスをした。
すると、もう一方の手をギュっと握られた。


「ん…マリア…?」


寝ぼけた頭で不意に出たのは彼女の名前で、そう呼んだ瞬間、現実に引き戻される。


バカだな…マリアが俺の隣で眠る事は、もうないのに…
彼女のはずない…


そんな事を漠然と思いつつ、そこで、ある疑問が浮かんでくる。


ん…待てよ…
マリアじゃないなら…この温もりは誰のだ…?
この感触は夢とは思えない…


そう思った時、腕の中の誰かが、かすかに動き、俺は目を開けた―――




「ぅわ…っ」
「………な…何っ?!」


ジョシュは目を開けて、目の前にの大きな瞳があるのに驚いた。
も、また目を見開き、凄く驚いた顔をしている。
そして、直ぐにジョシュの手を離し、腕の中から抜け出した。


「な…な…何で…っ」
「そ、それは、こっちの台詞だろ?!」


お互いに体を起こしてベッドの端と端に分かれる。
は顔を真っ赤にしながら状況が解からず、部屋の中を見渡した。


「こ、ここ…は…?」
「し、寝室だよ…。あ…君、夕べ寝ちゃったんだ…。だから仕方なく、ここに運んだんだよ」


しかし離れて寝たはずなのに、何故、腕の中にいたんだろう…


そんな事を思いながら、ジョシュは多少の動揺はあったものの、夕べの事を思い出し、手短にに説明した。
は、それを聞いて少し頬を赤くしながら、「お、起こしてくれれば良かったのに…っ」と口を尖らせる。
それにはジョシュも苦笑した。


「一回、起きただろ?でも、その後に、また寝ちゃってたし…。気持ち良さそうに眠ってたからさ」
「お、起きた…?私が?いつ?」
「起きただろ?映画が終った後に。それでラスト見てないって言うから、また途中から見せたんだ」


ジョシュが、そう言うとは首を傾げて何かを考えてる様子だ。
それを見てジョシュは眉を少し上げた。


「もしかして……覚えてない……とか?」
「……………」


ジョシュの問いに、はドキっとしたように顔を上げる。


「わ、私…何か言ってた…?」
「え?ああ…ラスト、どうなった?って言って…もう一回見ていい?って言うから見せたんだけど…ほんと覚えてないの?」


確めるようにジョシュが聞けば、は困ったような顔で俯いた。


「ご、ごめん……。覚えてないかも……」


そう呟いてチラっとジョシュの方を見る。
それにはジョシュも軽く息をついて微笑んだ。


「別に…謝る事ないけどさ…」
「あ、あの…私、何か迷惑なことは…」
「え?ああ、大丈夫だよ?大人しく映画見てて、その後に、また寝ちゃっただけ」
「そ、そう…。ごめんなさい…」


は少しシュンとして項垂れた。


「別にいいって。気にするなよ」


ジョシュは、そう言っての方に這って行くと軽く頭を撫でて微笑んだ。
するとがバっと顔を上げてドキっとする。


「い、今、何時…?!」
「え?」
「も、もしかして、もう朝とか…?」
「さ、さあ…」


ジョシュは部屋を見渡し肩を竦めた。
寝室は厚いカーテンを閉めたままなので、外の明るさが解からないのだ。
がベッドサイドの時計に目をやると針は1時24分をさしている。


「こ、これ…夜中の…1時じゃないよね…」


そう呟くとはベッドから抜け出し、カーテンを開けた。


「う…まぶし…」


急に太陽の光りが部屋を照らし、ジョシュは目を細めた。


「あ、明るい…」
「あぁ〜…結局、昼まで寝ちゃったか…」


ジョシュは頭をかきながら欠伸をした。
だがは一人慌てて隣の部屋に走っていく。


「お、おい、どうした…っ?」


それにはジョシュも驚いてベッドから出ると後を追う。
するとが昨日、出したままのランチボックスを袋にしまいながら、「私、帰らないと…っ」と言って振り向いた。
そしてジャケットとバッグを掴む。
それを見てジョシュは驚いた。


「ちょ…待てよ…。そんな慌てなくても…ちゃんと送るから待てって…」


するとは、ハっとした顔で振り向くと、ジョシュの方に歩いて来た。


「ちょっと…帰る前に聞きたいんだけど…」
「え…?何だよ?」


ジョシュが軽く息をついて腰に手をやると、は気まずそうな顔でチラっと見上げてくる。


「さっき…聞きそびれたんだけど…私とあなた…一緒のベッドで寝てたのよね…?」
「え?そ、そうだけど…。だって、まさかソファーで寝かせとくわけには…」
「い、いいの。そんな事じゃなくて…」


は、そこで言葉を切ると、ジョシュから視線を外した。


「な…何も…なかったよね?」
「え?!な…何も…って何だよ?」
「だから…その…」


が言葉を濁すと、ジョシュも少し頬を赤くした。


「ま、まさか俺が君に何かしたとか思ってんの?!」
「そ、そうじゃないけど…一応…っ」


それにはも顔を赤くしてジョシュを見上げると、


「だって…さっき…」
「さっき?」
「やっぱり何でもない…っ」


はそう言って顔を反らした。
ジョシュは少し考え込んで、さっきの事を思い出してみる。


さっき…俺は腕の中に潜り込んできたのが、マリアだと勘違いして…何かしたっけ…?
って…あ……っ!キ、キス…?!
そう言えば、俺、どこかにキスしたような気がする…っ


薄っすらと思い出してきてジョシュは顔が赤くなった。
そしてチラっとの方を見る。
はジョシュに顔を向けないようにして帰る用意をしていた。
それを見ながらジョシュは頭をかいた。


「あの…さ…。さっきは…ごめん…その…」
「え?な、何が…?」
「え?だから…さ…。ちょっと寝ぼけちゃって…」
「う、ううん…。私も…寝ぼけちゃったから…」
「え…?」


の言葉にジョシュは、もう一度さっきの事を思い出してみた。


そう言えば…擦り寄ってきたのは彼女の方だったような…
それに手も握られたっけ…?


その事を思い出し、の方を見れば、彼女は頬を薄っすらと赤くし、視線を反らしている。
その姿を見てジョシュは何も言えなくなった。


「あ、あの…。送るよ…」
「え?いいよ…。一人で帰れるわ?近いし…」
「いいから。昼間でも今は一人にならない方がいい。ちょっと待ってて。着替えて来るからさ」
「あ…ジョシュ…っ?」


が振り向いた時には、ジョシュは寝室に入って行ってしまった後だった。


「はぁ…」


ちょっと息をついてソファーに座った。


きっと…夕べの電話のこと心配してくれてるんだろうな…
それにしても…今日の夢は、いつもと少し違った…
誰かに救われる夢で…つい手を掴んでしまったのが、まさかジョシュだなんて…
会ったばかりの人の部屋に泊まるだけでもビックリなのに、まさか寄り添って寝てただなんて…恥ずかしい…っ


は両手で顔を覆うと軽く息をつく。
そしてソファーに凭れた。


「マリア…って恋人だった人かな…?」


そう呟いて寝室の方を見た。
寝ぼけた頭で覚えてるのはジョシュの温もりと彼が呟いた名前。
そして額へのキス…
そこで目が覚めた。
あのキスでドキっとした…。思い出すと少し恥ずかしい…


確か…ニックが昨日、ジョシュに"そろそろ別れた彼女を忘れて…"とか何とか言ってたはずだ。
と言う事は…ジョシュは恋人と別れたばかりなんだろうか。
でもジョシュは、その人のことが忘れられない…とか。
時々、ボーっと、どこか遠くを見ているような時があるのは…その恋人を思い出してるのかな。


そんな事を考えていると、寝室のドアが開き、ジョシュが着替えて出てきた。


「今、ルームサービスでコーヒー頼んだから、それ飲んでから送るよ。いい?」
「え?あ…うん」


がハっと顔を上げて、そう頷くとジョシュは隣に座り、煙草に火をつけた。


「ふぁ〜…よく寝たな…。夕べ、飲みすぎたかな?」
「そう…だね…。今日は…オフ…なんでしょ?」
「ああ。ま、だから、こんなノンビリできるんだけど。ニックも、まだ寝てるだろうな…」


ジョシュは、そう言って苦笑しながら煙を吐き出した。
は煙草の煙の匂いに、ふとジョシュの方を見ると、煙草をもつ彼の手に視線が行く。


奇麗な手…
指が長くて…大きいんだ…
煙草は苦手だけど…煙草を吸う彼の雰囲気は何だか、いいな…と思ってしまう。


そんな事を思いながら、見ていると、不意にジョシュがを見た。


「ん?どうした…?」
「あ…何でもない…」


慌てて視線を反らすと、ジョシュは首を傾げたが、そのまま立ち上がると窓を開け、テラスへと出て両手を伸ばしている。


「あ〜気持ちいいな…。ちょっと寒いけど…」


そう言って鼻を啜るジョシュに、も笑顔が零れる。


この人…ほんとに普段は気取らない人なんだ…
どこか少年みたいなところがあるし…
夕べ聞いた、画家志望ってところにも驚かされた。
まさか私の事を描いてくれてたなんて思わなくて恥ずかしかったけど、ちょっと…ううん、凄く嬉しかった。
絵を見せてもらってる時の…少し照れくさそうな彼の顔が頭から離れない。
出会った時は、あんなに嫌な奴に思えたのにな…。


はジョシュの背中を見ながら、本当の彼は、どんな人なんだろう…と興味が湧いてきたのを感じていた。










「あ〜腹減ったなぁ…」


少し薄暗くなった空を見上げてレザーが大きく溜息をつく。


のとこ行ったら一緒に夕飯作ってあげるから、それまで我慢ね?」


メグは笑いながらレザーの腕に自分の腕を絡めた。
それを少し離れながら後ろを歩いて見ていたマイケルは小さく息をつくと煙草に火をつけた。


「あ、マイケル。校内で吸ったら怒られるわよ?」


メグに睨まれるも、マイケルは気にしないで、そのまま煙を吸い込み思い切り吐き出した。


と同じこと言うなよ。それに、まだ校内じゃないだろ?」
「何言ってるの。誰だって、そう言うわよ。それにマイケル、に言われたら、直ぐ消すのに私が言っても聞きやしないんだから」
「んな事ないよ…」
「ある…っ。マイケルは昔からそう!に言われた事は、ちゃんと聞くくせに他の人から言われても、てんで無視するんだから」


メグは、そう言って頬を脹らませると門の手前で立ち止まった。
それにはレザーも苦笑いしながら振り向く。


「はは〜ん…。そっか。マイケル、お前に惚れてるのか?」
「は…はあ?!何言って…バカなこと言ってんなよ?!」


レザーの言葉にマイケルは顔を赤くした。


「あれれ?顔が赤くなったぞ?図星か?」
「違うよ…っ!とは幼なじみだ。それ以上でも以下でもないよっ」
「の割には過保護っぷりが有名になってるじゃないか?俺と同じ講義とってる女どもが騒いでたぞ?」


レザーは、そう言って、ちょっと笑うとチラっとマイケルを見る。
するとマイケルは少し不貞腐れたように顔を背けた。


「騒いでたって…何に?」
「お前はに惚れてるんじゃないかってさ。あの仲の良さは幼なじみ以上のものがあるんじゃない?って。
まあ、要するに、お前のファンなんだろ。"いや〜彼女つくらないから安心してたのに〜"って嘆いてたぞ?」
「くだらない…。そんなの考えすぎだよ」
「そうか?メグは、どう思う?」
「え…?」


今までボーっと二人の会話を聞いていたメグは、不意に話し掛けられてハっとしたように顔を上げた。


「お前は小さい頃から二人のこと見てきたんだろ?マイケルはに特別な感情があるんじゃないかって思ったことある?」


レザーはメグの肩を抱きながら顔を覗き込んできた。
それにはメグも視線を反らすと、軽く息をつく。


「そ…そんなこと思った事はないわ…?」
「ほんとか?さっきだって、お前が言ったんだぞ?"マイケルはに言われた事は素直に聞くのに"ってさ」
「あ、あれは…別に、そういう意味で言ったんじゃないわよ…。そんな事より、お腹空いたんでしょ?早く行こ?」


メグはそう言うと慌てたように門の中へと入っていく。
それにはレザーも肩を竦めてついていった。
マイケルは、少しホっとしたように息をつくと、二人に続いて門の中を入って行く。
その時、車のエンジン音がして、マイケルは少しだけ振り返った。
前を歩く二人も足を止めて振り返っている。
その見慣れない車は門の手前で止まり、3人は誰だろうといった表情で車の方を見た。


「あ…あれ…」


最初に口を開いたのはメグだった。


「……じゃないか…。何で、あいつと?」
「……………」


レザーがちょっと眉を上げてマイケルの方を見ると、マイケルは無表情のまま、その車をジっと見ていた。










「送ってくれて、ありがと…」


車が止まると、は、そう言ってジョシュを見た。


「いえいえ。こちらこそドライヴ付き合ってくれてサンキュっ」


ジョシュは笑いながらの頭に手を置いた。
ホテルを出て送ってくれる途中、突然ジョシュが、"天気いいから少しドライヴしない?"と言って、そのまま行き先を変え、
ノンビリと二人でドライヴしてきたのだ。


「でも大丈夫か?外泊なんかして…。寮に規則とか…」
「あ…大丈夫よ?そんなに、うるさいとこじゃないから…。それに外泊したのバレてないと思うし…」


はちょっと笑いながら答えると、ジョシュは少し表情を曇らせた。


「でも夕べの電話の奴は…」
「あ、あれは…きっと私の後をつけてきてたのよ…。だから…」


その事を持ち出されるとも途端に表情が暗くなる。
それを見てジョシュは慌てて話を変えた。


「あ、あのさ…。また…一緒に飲もうよ。今度は皆でさ?」
「え?皆…?」
「ああ。だから…君の友達とか呼んで…」
「あ…そ、そうね。メグも来たがってたし…。でも…忙しいでしょ?撮影で…」
「まあ…でもビッシリ仕事に時間取られてるわけじゃないからさ。来週から他でもロケは入ってるけど…」
「え…?他…って?」


ジョシュの言葉に、は驚いて顔を上げた。


「まあ、市内でロケやるんだ。俺、タクシードライバーの役だろ?だから…」
「あ…そっか…。確か…自閉症の役だったよね」
「ああ。ちょっと難しいんだけどさ…。やりがいあるんだ。今までやった事がない役どころだしさ」


そう言って楽しげに話すジョシュを見て、はちょっと笑顔になった。
だがジョシュが煙草を咥えた途端、それをバっと取り上げる。


「な、何だよ…」
「吸いすぎよ?さっきも吸ったばかりでしょ?」


は、そう言ってジョシュを軽く睨んだ。
それにはジョシュも驚いたようにを見ている。


「な…別にいいだろ?返せよ」
「ダメ!あなた見てて思ったんだけど、かなり煙草の量が多いわよ?ヘビースモーカーって感じ」
「煙草が好きなんだよ。吸ってると落ち着くんだ。ACTORなんてやってると待ち時間とか多いしイライラするから…」


ジョシュは困ったような顔で頭をかいてを見た。
だがは横目でジョシュを見ると、「今は仕事中じゃないでしょ?」と一言。
それにはジョシュも眉尻がへニャっと下がる。


「そうだけどさぁ…」
「とにかく、もう少し時間を置いて吸って」


は、そう言うと持ってた煙草をジョシュに返した。
ジョシュはチラっとを見ながら、それを受け取ると、「ほんと、やかましいな?俺のお袋みたいだよ…」と苦笑した。
それにはも口を尖らせ、ジョシュを睨んでいる。


「何で私が、貴方のお母さんなの?年下なのにっ」
「歳の問題じゃないだろ?口うるさいって言ったんだよ」
「う、うるさいとは何よ。私は貴方の体の事を思って…」
「別に思ってくれなくていいよ。友達でも彼女でもないんだから」
「……………っっ」


そのジョシュの言葉に、は少しムっとして顔を背けた。


「そうね!別に私は、貴方とは何の関係もないものね。じゃ、好きにしたら?煙草吸いまくって肺がんにでもなればいいのよっ」


そう言って車のドアを開けると、は一旦、中を覗いて、「じゃあ、送ってくれて、どうもありがとう!さよなら!」と言うとバンっとドアを閉めた。
それにはジョシュも驚いて車から下りると、「お、おい、待てって…っ」と声をかけた。
だがはサッサと門の方に歩いて行ってしまった。
それを見ながらジョシュは思い切り溜息をついた。



「何だよ…ったく!」


そう呟くと、また車に乗り込んでバンっと思い切りドアを閉めた。


「前に自分が友達じゃないって言ったんだろ?!何で、あんな言い方されないといけないんだよ…っ」


そう怒鳴ってジョシュは手に持ったままの煙草を咥えて火をつけようとした。
だが、ふと手が止まり、ジッポの蓋をカチンと閉める。
そして咥えた煙草を助手席に放り投げた。


「全く…ワケ解かんない子だよ…っ」


そう文句を言って思い切りアクセルを踏むと、エンジンを吹かし、そのまま車を出したのだった―――









「全く…何よ…!何が"お袋みたい"なのよ!失礼しちゃう!どうせ口うるさい女ですよ…っ」


は車を下りた後、ブツブツと文句を言いながら校門の中を抜けて歩いて行った。
だが一瞬、エンジンをふかす音が聞こえて、足を止めた。
すると車が走り去る音がして、は軽く息をつくと後ろを振り返った。


「何よ…。ジョシュのバカ…」


そう呟いて、キュっと唇を噛み締める。


友達でも恋人でもなくて悪かったわね…っ
何も、あんな風に言わなくたっていいじゃない…


そんな事を思いながら、再び歩き出すと寮が見えて来た。
すでに辺りは薄暗くなってきて、は足を速めていく。


(まさか…メグにも外泊したなんてバレてないよね…)


ふと、そんな事を思って携帯を出してみた。
すると着信が一件と出ている。
それを見てドキっとしたものの、すぐに誰からだろうとディスプレイを見てみると、非通知となっている。


"あいつ"からだ…
それを見た時、は、そう直感した。
見ればメッセージが入っている。


(このまま…消してしまおうか…)


そう思ったが、やはり気になる。


「いいわ…。留守電だったら襲われる心配もないし…」


は、そう呟いてメッセージボタンを押した。
かすかに手が震えるのは仕方ない事だろう。


『ピー…メッセージは一件です…』


そんなガイダンスが流れ、はギュっと電話を握りしめた。
すると夕べと同じ声が聞こえてくる。


『………君は今、どんな夢を見ているの…?あの男の隣で眠る君を想像すると…僕の心は嫉妬で張り裂けそうになる…』


そんなメッセージが聞こえて来て、は鼓動が一気に早くなった。
そしてメッセージは、まだ続いている。


『…君は僕の忠告を無視して……あの男の腕の中にいるんだね?許さない…あの男も…君の周りにいる男も…
全て消し去って君を奪いに行くよ…誰も…君に手を出せないように…。君を奪って僕だけのものに…』




「いや…っ」


ピッっと消去ボタンを押して、そこで電話を切った。
体が震えて止まらなくなる。


あの男って…ジョシュの事だ…
こいつは…私がジョシュと…って勘違いしたんだ…
"全て消し去って…"って、どういう意味?!
何かする気なの?!
どうしよう…
もし…ジョシュに何かするような事があれば…


そう思うと怖くなった。


(この男は普通じゃない…)



「ジョシュ…」


急に心配になり、はジョシュを追いかけようと踵を翻した。
その時、目の前に誰かが立っていてドキっと心臓が跳ね上がる。


「キャァァ…っ!!」
「お、おい!…っ。俺だって!」


は怖くて、その場にしゃがみ込んだが、その声に聞き覚えがあり、ゆっくり顔を上げた。


「ア…アレックス……?!」
「どうした?こんなに震えて…。ごめん、脅かしちゃったな?」


そう言って目の前にしゃがみ肩を抱くのは前に付き合っていたアレックスだった。


「な…何で、ここにいるの……?」


は怯えたような顔で問いかけた。


「仕事でロスに行ってたんだけど今日、戻って来たからに会いに行こうと思って来たんだ。そしたらが見えて声かけようとしたら叫ぶから…」


アレックスは、そう言って前と変わらず魅力的な笑顔で微笑む。
だがは視線を反らして、アレックスの腕から逃れようともがいた。


「離して…っ」
「あ、おい…。体に力入ってないだろ?」


確かに、さっき、あまりに驚いたせいで体が震え、力が入らない。
それを、いいことにアレックスはの腰に手を回し立たせると、支えるように抱きしめてくる。


「や、やめて…っ。離してよ…。私達、別れたのよ?こんな事しないで…っ」
「言っただろ?俺は諦めないって…。俺はまだの事を愛してるんだ。別れないよ」
「何よ…っ。モデルの彼女と、あんな事して…!今さら、そんなこと言わないで…っ」


は何とか逃れようと腕を振り回した。
だがアレックスは、その腕を掴むと、急に怖い顔になる。


「あの女が言い寄ってきたんだ…。俺から誘ったわけじゃないさ。でも反省してる…もう二度と浮気はしないよっ」
「もう嫌なの…。一度でも浮気した人を、どうやって信じればいいの?!」
「どうして?どうして君は一度の過ちすら許してくれないんだ?こんなに謝ってるのに…」


アレックスは、そう言ってを思い切り抱きしめてきて、は怖くなった。
その時、後ろから走ってくる足音が聞こえた。




「おい、を離せ!!」


ガッ…っと鈍い音と共にアレックスがよろけた。
その拍子に体に力が入っていなかったは、その場に崩れるように倒れてしまう。
その痛みに顔を顰めながらも顔を上げると、マイケルがに駆け寄ってきた。


…!大丈夫か?」
「マ、マイケル…」


マイケルはを抱えると、口元に手を抑えて睨んでいるアレックスを見た。


「二度とに近づくなと言ったはずだ」
「何だと、マイケル…!お前には関係ないだろう?俺との問題だっ」
「そんなもん、とっくに答えは出てるだろ?はお前とやり直す気はないって言ってるんだ。ストーカーの真似事もやめろ!」
「だから俺は何も知らないって言ってるだろう?いちいちカードとか送るかよっ」
「嘘言うな!じゃあ、お前、ここんとこ姿見せなかったけど何してた?こっそりのこと見張ってたんじゃないか?!」
「何言ってる?俺はモデルの仕事でロスに…っ」
「はっ。どうだかな?とにかく、には近づくな。いいな?」
「お前に言われる事じゃない。俺は諦めないからな?は俺の女だ」


アレックスは、そう言うと口の中を切ったのか、プっと血を吐き出すと、歩いて行ってしまった。
それを見届けると、は思い切り息を吐き出した。


「あ、ありがと…マイケル…」
「おい…大丈夫か?立てる?」
「う、うん…」


そう言っては歩き出そうとしたが膝がガクっとなって少しよろけた。


「あ、危ない………っ。もう……仕方ないなぁ…」


マイケルは、ちょっと苦笑するとを、ひょいっと抱き上げた。


「ひゃ…っ。ちょ…マイケル、いいよ…」
「ダーメ!寮に着くまでに転ばれちゃ困る」


マイケルは、そう言って微笑むと、の額に軽くキスをした。


「ったく…ちょっと目を離すと、これだ…」
「ご、ごめん…」


は少し目を伏せてから、すぐチラっとマイケルを見た。
マイケルは軽く息をつくと、


「ま…今度からは一人で出歩くなよ?解かった?」


と真剣な顔で見つめている。
それにはも素直に頷いた。


「 ―今、寮の前でを待ってたんだ。なかなか来ないから見に来たらアレックスがいたから驚いた…」
「え…?なかなか来ないって…どうして私が出かけてたって知ってるの…?」


は首を傾げてマイケルを見上げると、マイケルは視線を反らし、黙っている。


「マイケル…?」
…」
「な、何…?」
「夕べ…どこに行ってた?」
「え…?な、何で?」
「さっきメグがバイト先に来て…夕べは出かけなかったって言ってたんだ」
「そ、それは…」


マイケルに、そう言われてはドキっとした。


「あ、あの…メグ、レザーが来る事になったからって出かけるの中止になったから…私は部屋にいたわ…?」
「ほんとに…?」
「ほんと…。どうして…?」


は動揺を見抜かれないように笑顔を見せると、マイケルが立ち止まった。


「さっき…見たんだ…」
「え?何を?」
「あのACTORと一緒にいるとこ…。、車で送ってもらったんだろ?」
「……あ…あれは…」
「まさか…夕べから彼と一緒だったとか…?」


それには、さすがにドキっとした。


「やっぱり…一緒だったんだ」
「で、でも別に一緒に飲んだだけよ?!他にもスタッフの人と一緒だったし…」
「でも外泊するなんて…。そんなに知らない奴だろ?」
「そう…だけど…。ほんとはメグも行く予定で…」
「ああ…でもレザーと重なったってわけか…」
「そうなの…。あ、でもレザーの前では、このことは…」
「ああ、言わないよ。でも…さっきが彼と一緒に車に乗って帰って来たの、レザーとメグにも見られてる」
「え…っ?!」
「だから夕べじゃなくて、さっき、出先で会ったから送ってもらったって言った方がいいぞ?レザーは勘がいいからな?
夕べの約束が彼だって知れば、当然メグも一緒に行く事になってたって気付く筈だ」
「そ、そうね…。解かったわ…?」


冷静に、そう言うマイケルに感心しながらは仕方なく頷いた。


「で…何で泊って来たの?」
「え?あ…ちょっと…飲んでるうちに寝ちゃって…」
「はあ?知らない男がいるのに?!危ないだろ?」


の言葉にマイケルは怖い顔をした。


「で、でも別に何もなかったし…。逆に迷惑かけちゃったわ…?」
「だからって…。ほんとは警戒心がないな?」
「彼は…そんな悪い人じゃないわ?酔って寝ちゃった女の子を、どうこうする人じゃないもの…」


は、そう言って目を伏せるとマイケルが困ったように溜息をついた。


「そんな事、会ったばかりで解かるの?」
「わ、解かるって言うか…。とにかく彼は、そんな人じゃないから…」


は少しイライラしたように、そう言うとマイケルも仕方ないという顔で、また息をついた。


「なら、いいけど…。今は"あいつ"の事もあるし…少し気を付けろよ?アレックスだって、さっきの様子じゃ、また何するか解からない」
「……うん…解かってる…」


今度は素直に頷くに、マイケルは少し笑顔を見せると、「じゃ、帰って夕飯にしよう?今日はメグも手伝うってさ」と言って寮へと歩いて行った。

 

 

 

 



「はぁ…」


ジョシュは何度目かの溜息をつきながらバーボンを口に運んだ。
今はホテル内にある、いつものバーで一人飲んでいるところだ。
今夜は静かに一人で飲みたい気分だった。
さっきホテルに戻ってから、あれこれと考えてしまって、だんだん気分が沈んできたのだ。


(まだ怒ってるかな…別にあんなに怒らなくてもいいのにさ…)


そんな事を考えながらジョシュは、また溜息をつき、煙草を出そうとして切れていることに気付いた。


「はぁ〜…買うの忘れてた…」


ちょっとダルそうに前髪をかきあげると、目の前のバーテンに煙草が、どこに売ってるかと聞いてみる。
するとホテルのフロントで煙草を売っているという。
ジョシュは仕方なく立ち上がると、バーを出て一回にあるフロントに向かった。
エレベーターに乗り、ロビーまで下りると、数人の客と擦れ違う。
ぶつからないように何とか下りるとフロントまで行って煙草を買った。
それを手にエレベーター前に戻ると、後ろからポンっと肩を叩かれドキっとする。


「あ…ラダ」
「Hi!ジョシュ。どうしたの?」
「ああ、煙草買いに…。ラダは?」


ジョシュの問いかけに共演者で相手役でもあるラダは、ちょっと笑顔を見せると、
「ちょっと気晴らしにカジノで遊んできたとこよ?」と言った。
ちょうど、そこにエレベーターがついて二人で乗り込む。


「せっかくのオフも、もう終るわね?」
「ああ、そうだね。何も出来なかったかな?」


ジョシュが、そう言って笑うと、ラダがちょっと意味深な視線でジョシュを見た。


「あら、そう?ジョシュはオフを満喫したんじゃない?」
「え?」


ジョシュは少し首を傾げてラダを見れば、彼女はニッコリ微笑んだ。


「私、さっき見ちゃったんだ」
「見たって……何を…?」
「ジョシュが部屋から女の子と二人で出て来るとこ」
「…………っ」


ラダの言葉に一瞬、ジョシュの頬が赤くなった。
それを見てラダも楽しそうに笑った。


「やだ、そんな照れなくてもいいじゃない?」
「べ、別に、あの子は…」
「彼女?」
「ち、違うよ…っ」
「あら、そうなの?じゃあ…遊び…とか?あの子、あの大学の子でしょ?よく撮影に見学にきてた…」


そこまでバレていてジョシュは軽く息をついた。


「そうだけど…。でも遊びとかじゃない。彼女とは一緒に飲んでただけだよ。ニックも一緒にね」
「そうなの?昼間から…?」
「そ、それは…」


そこまで突っ込まれてジョシュは言葉に詰まってしまった。
するとラダはクスクス笑いながら、「ごめん、詮索はしないわ?」と肩を竦める。
それにはジョシュも苦笑した。


「…別に…ラダが考えてるような事じゃないしいいさ」
「ええ、解かったわ」


ラダが、そう言った時、エレベーターがついてドアが開いた。
ラダは先に下りると、乗ったままのジョシュの方に振り返る。


「下りないの?」
「ああ、俺、上のバーで飲んでるから」
「そう。じゃ、お先に」
「ああ、また明日」


ジョシュは軽く手を上げるとラダは、ちょっと微笑んで廊下を歩いて行った。
ドアが閉まると、ジョシュは壁に寄りかかり、軽く息をつく。


「あ〜見られてたのか…」


まあ、そりゃ見られてもおかしくはない。
共演してるACTORやACTRESSたちは、皆、同じ階に部屋がある。


(はぁ…女子大生を連れこんだ…とか思われたかな…)


そんな事を思いつつ最上階についてバーへと戻ると、さっきまで自分が座っていたカウンターまで歩いて行く。
だが直ぐ異変に気付き、ジョシュは眉を寄せた。


「これ…」


ジョシュは、それを手にしてみた。
さっきジョシュが飲んでいたバーボンのグラスの中に一輪、この前と同じ黄色の薔薇が挿してあったのだ。


「まさか…」


そう呟いて慌てて店内を見渡すが、そこにはスーツ姿の年配者や恋人連れのビップらしき人間ばかりで、それらしい人物はいない。
ジョシュはカウンター内に戻って来たバーテンに、直ぐ声をかけた。


「すみません」
「はい、何でしょう?」
「あの…俺がいなかった間、ここに誰か来ましたか?」
「いえ……ちょくちょくカクテルをお客様のテーブルに運んでいましたので、ちょっと解かりかねますが…」
「そうですか…。あの…薔薇があったんですけど…いつからあったとかは…」
「いえ…気付きませんでした…。申しわけ御座いません…」
「あ、いえ…」


ジョシュが息をついて椅子に座ると、バーテンは首を傾げながら新しいグラスにバーボンを注いで出してくれた。


「あ…ありがとう」


ジョシュはお礼を言うと、それを一口飲んで手の中の薔薇を見つめた。


これは…あの子のストーカーからか…?
一度ならず、二度までも、こんな物を俺によこすという事は…俺と彼女の事を誤解してるのかもしれないな…
だけど…何で、こんな真似を…
何が目的だ…?
彼女に近づくな…という警告だろうか。


「はぁ…危ない奴…」


ジョシュは、そう呟いて煙草に火をつけると、煙を吐き出した。
そして、ふとに言われた事を思いだす。


「…"吸いすぎですよ"かぁ…。ほんとポンポン言って来る子だよな…」


の怒った顔を思い出して、ジョシュは苦笑しながら煙草の灰を落とした。
そして薔薇を見て、急に彼女の事が心配になった。


大丈夫かな…
ストーカーは彼女が俺の部屋に泊まった事を知っている。
それで誤解して…に何かしないだろうか…


そう思うと落ち着かなくなってくる。


(電話…そうだ、電話して…)


そう思って、直ぐ気付いた。


「クソ…番号、聞いてなかった…っ」


髪をクシャっとかきあげると、携帯を取り出し時間を見る。


(午後11時…もう寝てるだろうか…寮まで行ったとしても部屋番号さえ知らないし中へは入れない…)


そう考えてるとき、突然肩を掴まれビクっとした。


「わ…っ」
「わぁっ」


ジョシュが驚いて振り向くと相手も驚いた声を上げて飛び上がっている。


「ニッ…ニック…!」
「な、何だよ、ジョシュ〜〜〜…ビックリするだろっ」
「そ、そりゃ、こっちの台詞だろ?驚かせるなっ」


ジョシュは頭に来てニックの額を小突くと、思い切り息を吐き出した。
それにはニックも口を尖らせたが、ジョシュの前に黄色の薔薇を見て、顔色が変わった。


「そ、それ…また"あいつ"から…?」
「ん?ああ…まぁな…」
「今度は…ど、どうやって?」
「…俺が…煙草を買いに行ってる間にグラスに入ってた」
「えぇ?じゃ、じゃあ…ここに来たって事か…?」
「まあ…そういう事になるな…」
「って事は…泊ってるホテルも、"あいつ"は知ってるって…事だよな…?」
「ああ、そうだろうな」
「な…何を呑気に…っ。だ、誰かスタッフに相談しなくちゃ…」
「おい、ニック落ち着けって…」


ジョシュは慌てて椅子から立ち上がったニックの腕を掴んだ。


「お、落ち着けって、だって…!」
「いいから…座れって…」


ジョシュが顔を顰めるとニックは渋々椅子へと座る。


「ったく…あまり騒ぐな。別に薔薇があっただけだ」
「でも…絶対、そいつ危ないって…ジョシュとちゃんのこと誤解して…」
「解かってるよ…。でも…相手の正体も解からないのに騒ぎ立てて撮影に支障をきたしたら困るだろ?」
「そ、それは…そうだけど…」


ジョシュの言葉にニックも目を伏せた。


「とにかく…まだ何かされたわけじゃない。黙ってろよ?」
「……解かったよ…」


ニックが頷くと、ジョシュは小さく息をついた。


「それと…さ…」
「え?」
「ニック、彼女の電話番号聞いてたよな?ちょっと教えてくれるか?」
「彼女…って…ちゃんか?」
「…ああ」
「何で?」
「何でって…ちょっと心配だからさ…」


ジョシュが少し視線を反らしながら、そう言うとニックは溜息をついた。


「何だよ…。気になってるわけ?ちゃんのこと…。そんなことないって言ってたのに」
「そ、そんなんじゃ…。ただ…心配だろ?俺のとこに、こんなものが、また届いたって事は彼女にも何かあったんじゃないかって…」
「もう…彼女に近づかない方がいいんじゃない?ジョシュまで危ない目に…」
「いいから教えろって…っ」
「わ、解かったよ…怖いなぁ…」


ジョシュが睨むとニックも渋々、携帯を取り出し、の番号を出した。


「ほら、これだよ」
「サンキュ」


ジョシュは、その番号を自分の携帯に打ち込むと、椅子から立ち上がり、店の外へ出た。
廊下に出ると周りに誰もいない事を確めて、その番号を押す。
するとプルルルル…っと呼び出し音が聞こえてくる。


壁に寄りかかり、その音を聞きながら、ジョシュは、少し緊張している自分に気付き、軽く深呼吸をしたのだった。










「はぁ…スッキリ…」


はシャワールームから出て髪を拭きながらベッドに腰をかけた。
暗い部屋の中でベッドサイドの明かりだけが灯され、自分の影が大きく揺れている。


「迎え酒はきつかったかなぁ…」


そう呟いてベッドに寝転がると軽く息をつく。
さっきはマイケルやレザー、メグと4人で食事をしながら、軽くビールを飲んだのだが、夕べのワインが残っていて、あまり飲めなかった。
その後、皆でマイケル達の持って来たDVDを見た後、さすがには眠くなり、それを見て3人は早めに帰って行った。
マイケルは最後まで心配そうにしていたが、まさか、ここに泊り込むわけにも行かず、何かあれば、すぐに電話しろよと言ってくれた。


(ほんと…マイケルも心配性なんだから…そりゃ私だって怖いけど…)


は横を向くと窓の方を見た。


こんな事…早く終って欲しいのに終らせる術がわからない…
いつまで姿の見えない"あいつ"に怯えて暮らせばいいの…?


は精神的に疲れていた。
電話が鳴るたびに怯え、あの男の声を聞く度に恐怖を感じる、そんな生活に。
でも…来年には卒業だ。
今さら大学を辞めて逃げるわけにも行かない。
どうせ家に戻ったって私には自由なんてない。
私は実の親にさえ怯えて暮らしてたんだから…
逃げ場なんてない。


そう思うと、また誰かに追われているような気がして怖くなる。
はギュっと体を抱きしめ、涙が浮かんだ瞳を閉じた。
その時、バッグが、かすかに動いた気がして、ハっとする。


「電話…マナーモードにしたままだったっけ…」


バッグの揺れ方に携帯がなってるんだと解かり、は体を起こした。
そして、そっとバッグを掴み中から携帯を取り出す。
と同時にバイブの動きが止まった。


「あ…切れちゃった…。マイケルかな…」


は、そう呟き、ディスプレイを確認した。
すると、そこに見た事もない番号が出ていてドキっとする。


「これ…誰…?」


名前が出ていないという事は携帯に登録されてないと言う事だ。
携帯に入れてない人からの電話は殆どないので、は首を傾げた。


「何回か、かかってきてる…」


履歴を見れば、10分おきくらいに同じ番号から電話がかかってきている。
今ので4回目だった。


誰だろう…シャワーに入ってたから気付かなかった…。かけなおしてみようか…


ふと、そう思ったが、やはり相手が解からないだけに、それも少し怖い。


「どうしよ…。また…かかってくるかな…」


そう呟いた時、手の中で携帯が震えてドキっとした。


「あ…また…」


ディスプレイには同じ番号が点滅していて電話がかかってる事が解かる。


「大丈夫…"あいつ"じゃないわ…」


励ますように、そう呟いてみる。
あの男からは、いつも非表示だ。
これはハッキリ携帯の番号が出ている。
"あいつ"じゃない…。


は自分に、そう言い聞かせて軽く息をつくと、思い切って電話に出てみた。


「…Hello…?」
『………あ、?』
「え…?」


突然、男の声がしてドキっとしたが、どこか聞き覚えのある声には驚いた。


「ジョ…シュ…?」
『そう。良かった…出てくれて…』


ジョシュは、そう言ってホっとしたように息をついている。
だが突然のジョシュからの電話では驚いた。


「あ、あの…どうしたの…?こんな時間に…。それに…何で私の番号…」
『あ…いや…番号はニックに聞いたんだ。君、教えてただろ?』
「え?あ…昨日…」


そう言われても思い出した。
するとジョシュは少し申しわけなさそうに、


『ごめん…寝てた…?何度か電話しちゃったんだ…起こしちゃったかな?』と聞いてくる。
それにはもちょっと笑顔になった。


「ううん…。シャワー入ってて…さっき出たの。だから電話気付かなくて…」
『何だ…そっか…』


ジョシュがホっと息をつくのが解かる。


「あの…私も…さっき追いかけようと思ったんだけど…」
『え?何で?』
「あ、"あいつ"から…留守電が、また入ってて…ちょっと心配になったから…」
『なんて…言ってたの?"あいつ"は…』


そう聞かれては簡単に、先ほどのメッセージを伝えた。
するとジョシュは途端に黙り込む。


「あ、あの…何ともなかった?変な電話とか…」


が不安に思い、そう聞くと、ジョシュは、ちょっと苦笑して、『ないよ…。あるわけないだろ?』と言って、もホっとした。


「そう…良かった…」
『それより…君は…?』
「え?」
『留守電以外に…何かなかった?』


ジョシュに、そう聞かれて一瞬アレックスの事を思い出したが、「何も…。大丈夫よ…?」と言っておいた。


『そっか…。なら…良かった』
「あ、あの…もしかして…それで電話くれてたの…?」
『え?あ…まあ…。夕べ…あんな電話もあったし…さ…。大丈夫かな…と思って…』


ジョシュは少し慌てたように、そう言って黙ってしまった。
は今のジョシュが、どんな顔をしているか想像できて、ちょっと笑顔になる。


「ありがとう…。あの…さっきは…ごめんなさい…」
『え?さっき……?』
「うん、あの…。肺がんにでもなればいいのよって…」
『ああ…そのこと…。 別に…気にしてないよ?』


ジョシュは、そう言ってクスクス笑っているようだ。
ジョシュの声が受話器を通じての耳に心地よく響く。


『っくしゅ…っ』
「…ジョシュ…?」


急にクシャミが聞こえては驚いた。


「どうしたの?風邪、引いちゃった?」
『え?ああ、いや…大丈夫…』


だが、そう答えたジョシュの声が…と言うよりは吐息が少し寒そうな感じを受けた。


「あ、あの…ジョシュ、今どこにいるの…?ホテルの部屋じゃないの…?」
『あ…えっと……』


の問いにジョシュは言葉を濁している。


「もしかして…外…から?」
『あ〜うん、まあ……。今夜も少し冷えるな?』


ジョシュは、そんな事を言いながら苦笑しているようだ。
その時、またジョシュがクシャミをした。


『…っくしゅ…っ!』
「………………っ?!」


は、それに驚いて窓の方を見た。


(今…確か外でも何か聞こえたような…)


『……?どうした?』


が黙っているのでジョシュが声をかけてくるが、それには答えず、ゆっくり窓の方に歩いて行くと一気にカーテンを開けた。
そして窓を開けて下を覗いてみる。

 




…?』
「ジョシュ……来て…くれたの…?」
『え…?!』


受話器の向こうで、ジョシュは驚いた声を上げた。
だが、その声は今は直接、の耳にも届く。


「ジョシュ…今、ポケットに手を入れたでしょ?」
『…な、何で……。あ…っ』


が手を振ると、上を見上げて驚いた顔をしたジョシュが見える。


『何だよ…。見付かったか…』


ジョシュは少し恥ずかしそうに呟くと頭をかいて、の部屋を見上げている。


「どうして…?」

は電話をしながら下にいるジョシュに問い掛けた。
するとジョシュは少し顔を伏せて、


『だから…心配で電話かけてたんだけど…なかなか出ないからさ…。ちょっと…来てみたって言うか…。でも部屋も解からないし最後にかけて帰ろうかと…』


と言いながら、しきりに足元の花壇の土をグリグリしているのが見える。
それを見ては、ちょっと微笑んだ。


「……反則だよ…」
『え?何?』



こんな事されたら…女の子は誰でも、あなたのこと好きになると思うわ―?



「何でもない…。 ――ありがとう…」


が、そう呟くと、ジョシュがもう一度顔を上げての方を見上げた。
そのジョシュの瞳は今までに見た事がないほど、には優しく見えた。


『あ〜…じゃあ。…俺、帰るよ』
「え?」
『大丈夫だったみたいだし…さ…。もう遅いし明日は学校だろ?』
「うん。でもジョシュも撮影でしょ?そんな格好で外出て…風邪引いちゃうよ?」


見ればジョシュはトップスを二枚ほど重ね着してるだけで、そのまま飛び出したという格好だ。


『ああ、またスタッフの車借りたから…いいかなって思ってさ。でも、やっぱ寒いよ』


ジョシュは、そう言って笑うと首をすぼめた。
こんなに近くにいて、顔は見えるのに、携帯から声が聞こえるというのは不思議な感覚に思えて、はドキドキしてくるのを感じた。


「…ほんと…反則…」
『…ん?何だって…?』
「ううん。 ――帰り…気をつけてね?」
『ああ、解かってる。じゃ…おやすみ…』
「…おやすみなさい…」


はジョシュを見て手を振ると、ジョシュも、笑顔で手を上げた。
そして携帯を持っていた手を下へ下ろす。


「じゃ…いい夢を…っ」
「ジョシュもね…」


今度は直接、声を掛け合い、も、そう言うとジョシュは上を見上げて両手を広げて見せ、そのまま校門の方に歩いて行った。
それを見送りながら、はそっと携帯を耳に当てる。
すると電話は、まだ切れていなかった。
きっと、あのまま持って歩いてるんだろうと、が先に切ろうとした時、受話器の向こうから『ックシュ…!とジョシュのクシャミが聞こえて来て思わず吹き出した。


「やだ…ほんと大丈夫かな…風邪…」


は心配そうに、ジョシュの歩いて行った方を見ながら、さっき感じた気持ちに少しだけ戸惑って首を振った。


何、考えてんだろ、私ったら…
さっき…来てくれてるって解った時…下を覗いてジョシュの顔を見た時…ジョシュのこと、好きだなぁ…なんて思っちゃった…。
あんな有名人に、こんな感情持ってどうするのよ…
こんな…本当に映画のシーンみたいなことしてくれちゃうから…勘違いしちゃうじゃない…
女の子は…こういうのに弱いって解かってる…?



「ほんと…ACTORってずるい…」




は、そう呟くと冷たい風が吹き抜けて長い髪がふわりと浮いた。









 








 

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Postscript


おぉージョシュが会いに来てくれたら幸せだなにゃ〜(笑)
なんて思いつつ書いておりました(笑)
ジョシュのクシャミする姿も可愛いだろねvv
何でも絵になるジョシュって、ほんと反則さんだわ(笑)


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】