第八章:罠...後半                                                   










カタン………


不意にペンを落としては辺りを見渡した。
図書館の中は静かで、はそっと見を屈めてペンを拾うと軽く息をつく。


「はぁ…終らない…」


なかなか進まない課題には頬杖をついた。


「あ〜これじゃ遅くなっちゃう…」


飲み会の事を思い出し、そうボヤいてみてもレポートが進むわけもなく…
仕方ない…資料を探そう…


は静かに椅子から立ち上がると、沢山並んでいる本棚の方に歩いて行く。
奥の方に進みながら目的に見合った本を探しつつ、一回一回、手に取って中を確認する作業を繰り返した。
その時、ポケットの中の携帯が震え出し、ドキっとして本を落としてしまう。


バサ…っと音が響き、は慌てるも、まずは携帯を取り出し、ディスプレイを確認して更に慌てる事になる。


「え…っ?!ジョ……っ」


驚きのあまり思わず大きな声をあげてバっと手で口を抑えながら、もう一度ディスプレイへ視線を戻す。
その瞬間、鼓動が早くなるのを感じた。
そこには、この前登録したばかりの"Josh"の文字がハッキリと出ている。


(ジョ…ジョシュから…?!ど、どうしよう…っ)


何だかオロオロとしつつ、出るか出ないか迷っていた。
だが携帯は手の中で震えつづけている。


「どうしたら…」


もう関らない方がいいんじゃないか…と思っていた矢先で、は困った。
が、やはり熱が下がったのかも気になり、深呼吸をすると通話ボタンを押した。


「Hel...Hello......?」 


一気に緊張したからか声が上ずってしまった。
だが、そんな事を気にする間もなくジョシュの声が耳に飛び込んでくる。


?!大丈夫か?!』
「え…え?!」


電話に出た瞬間、"大丈夫か"と聞かれ、は驚いて、また声が大きくなってしまった。
今の時間、人が少なくシーンとしているからか、の声が館内に響いている。


「あ、あの…何…?」


極力小声で返事をするがジョシュの方は気にすることもなく、『今、どこ?!』と聞いてきた。


「え…どこって…。大学内にある…図書館だけど…」


ジョシュのいきなりの質問攻めには戸惑いつつ、そこは素直に答えた。


『図書館?!それ、どこにある?』
「どこって…大学の裏に…。あ、正門とは反対方向なの…。かなり離れてるんだけど…」
『わ、分かった!そこにいて…!あ…なるべく誰かと一緒に…分かった?!』
「え…?ど、どういう事?ジョシュ…」


慌てて声をかけたが、ブツ…っと音がしたと同時にツーツーっと聞こえて来ては唖然とした。


「な…何なの…?」


手の中の携帯を見つめながら、ジョシュの言葉の意味が分からなくて、は首を傾げる。


"そこにいて"って言ってたけど…。
もしかして、ここに…来るとか…?!
でも何で?!


は混乱してきて落ちた本も拾わず、その場でぐるぐると歩き回った。
その時、また手の中で携帯が震え出し、急いで出てみる。


「Hello?あの…ジョ…っ」
『……やあ……また声が聞けた…』
「………っっ?!」


てっきりジョシュかと確認せずに出てみれば、あの男からの不気味な声には一気に青ざめた。


「あ…あなた…」
『…君は本当に僕を困らせるのが好きだね……』
「え……?」


不気味な声が呟いた一言にはゾっとした。


『……あんなに忠告したのに………君は夕べも他の男と一緒だった……』
「あ…あれは……」


そう言われてドキっとしたが夕べはトムとも一緒だったのだ。
どっちの事か分からず、は言葉を切った。
だが受話器の向こうで溜息が聞こえて来て鼓動が早くなる。


「あ…あなた、一体何なの?どうして私に付きまとうのよ…っ」
『どうして?そんな事も分からないのかい……?』
「わ…分かるわけないでしょ?!もう、いい加減にして…っ」


思わず怒鳴ると、男はかすかに苦笑している。


『はぁ〜……いけないよ、……。"図書館"で大きな声を出しちゃ……』
「な……っ」


男の言葉に、はドキンと心臓が跳ね上がった。
足元から恐怖が這い上がって来る。
奥の方に移動しながら、棚と棚の隙間に身を隠し、辺りを見渡した。


(この男が近くにいる…)


そう思うだけで恐怖でパニックを起こしそうになるのを何とか堪えながら、ゆっくりと入り口の方に移動していく。


(大丈夫…他にもまだ人がいるわ…何かあっても大声で叫べば…)


自分に、そう言い聞かせながら周りの様子を伺い、棚から棚へと隠れながら歩いて行く。
すると受話器の向こうから小さく笑う男の声が聞こえてきた。


『そんなに僕が怖いのかい?僕は唯一、君の理解者なのに……』
「変なこと言わないで…っ。私の何を理解してるって言うの?!」
『……君は…自由になりたいんだろう……?』
「………っっ」


男の言葉に思わず息を呑んだ。
立ち止まり携帯をギュっと握りしめる。


『……君の望みは僕が叶えて上げられるんだ…。邪魔なものは全て消してあげる…。これ以上の理解者はいないだろう……?』
「…バカなこと言わないで…っ。そんなの望んでなんかいないわ?あなたが勝手に、そう思い込んでるだけじゃない…っ」
『…君はまだ気付いていないのさ…。自分も、そう望んでると言う事を…君の周りには邪魔者ばかりだ……かわいそうに……』
「やめて……っ!私に構わないでよ…っ」


そう怒鳴りながら、また歩き出そうとした時、不意に館内が暗くなった。


「キャ……っ」


一瞬にして闇が広がり、は動けなくなった。


(な…何で…?まだ人がいたんじゃ…)


そう思いながら目が慣れるまで、ジっとしていると受話器の向こうで笑い声が聞こえた。


『……いけないなぁ…。閉館時間は守らないと……。もう誰もいないよ……?』
「嘘よ…っ。館長さんが……」
『あの、おばさんなら…今、ほら…鍵を閉めてる…。音が聞こえないか…?』
「………?!」


そう言われては耳を澄ましてみた。
すると遠くで確かにガチャガチャ…っという金属の音がするのが聞こえて鼓動が更に早くなっていく。


「待って…!まだ、います…っ!」


思い切って叫んでみるが、シーンとした館内に響き渡るだけで、それ以外の音は何もしない。
は急いで本棚の間を走り抜けると、先ほどまで自分が座っていた机まで戻ってみた。
だが、そこに置いておいたはずのバッグとレポート用紙が見当たらず、キョロキョロと探してみる。


『…クック…君の持ち物は隠しておいたよ…。誰かが残ってると思われたら困るからね……』
「ど…どこに隠したのよ…っ。何で、こんな事するの?!」


恐怖のあまり、は涙が浮かんでくる。
どこから男が現れるかと真っ暗な空間をぐるりと見渡してみるが、誰の気配もしない。


(やだ…っ怖い……!)


得体の知れない恐怖に体が震えて動けなくなる。
それでも容赦ない男の無機質な声が受話器の向こうから聞こえてきた。


『…どうした…?怖いの…?』
「やめて……もう…」
『…泣かないで…。僕が傍に行くから……』
「嫌…!来ないで…!」


そう叫んでは電話を切った。
怖くて怖くて、その場に蹲り、動く事が出来ない。
だが、この図書館に裏口があった事を思い出し、ハっとする。


そうだ…前に…調べ物をしてた時も、こうして閉館した事があった…。
その時は館長さんが、まだ中にいて私を裏口から出してくれたんだった…
あのドアは鍵を使わなくても中からでも開けられるようになっている。
それを思い出し、はゆっくりと立ち上がった。
机に掴まりながら、だいぶ目が慣れたのか薄っすらと見える館内を進んでいく。
一歩歩くたびにコツン…コツン…と靴音が響き、それすらもドキっとした。
あの男が、どこからか現れるんじゃないかという恐怖があるからか、自然に横や後ろを見渡してしまう。
だが棚の奥の方は真っ暗闇が続いていて怖くて、なるべく見ないように歩いて行った。
裏口に続く廊下に出ると、外の明かりが洩れてきて少しだけ明るくホっと息をつく。
あの男は今もどこかで自分を見ているかもしれない。
そう思うだけで足も竦むが、とにかく、此処から出たかった。


(けど…これが、もし、あの男の罠で…私が外に出た時に目の前に現れたら…)


そこに気付き、は歩くのをやめた。


(どうしよう…怖い…)


チラっと浮かんだ考えに、は再び恐怖心に襲われ、歩くことが出来なくなってしまった。
そして手に握られた携帯を見る。


「そうだ…メグに電話をすればいいんだわ…」


やはり動揺していたのか、そこに気付かなかった自分に呆れるも、はすぐにメグの番号を出した。
だが、この図書館は鉄筋で囲われているからか、場所に寄っては電波の状態が良くない。
今はせいぜい一本立っているといった状態だった。


「仕方ないわ…繋がれば何とか…」


そう思い、通話ボタンを押した、その瞬間、ピーっという音が鳴り響き、は目を疑った。


「え…そんな…っ」


通話ボタンを押した瞬間、電池切れのランプが点滅し、フっと携帯のライトが消えてしまったのだ。


「嘘でしょ…っ。お願い…入って…っ」


震える手で何とか電源のボタンを押すが、携帯の画面は暗いままで電源が入る気配もない。
それにはも途方に暮れてしまった。


どうしよう…そう言えば…夕べから充電してなかった…
さっき寮に帰った時にしておけば良かったわ…


後悔しても遅い。
それに携帯用の電池は持って歩いていたのだが、それはバッグの中にある。
そのバッグをあの男は隠したと言っていた。


暗闇で…静かな廊下に取り残されたように蹲ったは泣きたくなってきた。
この静けさでは館内に人が残っているとも思えない。
館長も最後に鍵を閉めて出てしまえば、そのまま帰ってしまうのだ。
外に出るには裏口から自分で鍵を開けて出るしかない…


大丈夫…ここから…メグたちがいる店は近い。
それに大学の警備員も、この時間見回りしている事が多かった。
もし何かあっても叫べば逃げられる…


何とか心を奮い立たせ、はゆっくりと立ち上がった。
目の前に長く続く暗い廊下…
この先を左に曲れば裏口だ。


そう…ドアを開けて店まで一気に走ればいい…
大丈夫…大丈夫よ…


そう強く思いながら一歩一歩、ゆっくりと歩いて行き、角を曲った。
すると目の前に裏口が見えてドアについている窓から月明かりが差し込んでいる。
その明かりを見ただけでもはホっと息をついた。
そのままドアの方に近づき、窓から外を伺ってみる。


誰もいない…


人の気配はなく、それを確認すると、はそっとドアノブの鍵を回していく。
カチャリ…と静かな中で聞けば、その音すらドキっとするには充分だった。


鍵が開いたのが分かり、そっとノブに手をかける。
ドキンドキン…と鼓動の音がうるさく感じて手にはジットリと汗が滲んできた。


ここを開けて一気に走る…
たった、それだけの事…


そう思いながら大きく深呼吸をした。
そして思い切ってノブを回し、一気にドアを開け放ち、走り出す。
その瞬間……






ドン…っ




「キャ……っ」


「わ…っっ」




カシャン…ッ


突然、目の前に現れた人影には思い切りぶつかり、後ろへ転んで尻餅をついてしまった。
持っていた携帯もどこかへ弾き飛ばされてしまったが、それよりも転んだ痛さで一瞬、動けなくなる。


「いた…っ」


そう呟き顔を上げるが、ぶつかった相手は転ぶことなく目の前に立っていた。
その黒い人影が月の明かりの逆光で大きな影に見える。


「キャァァ…っ来ないで…!!」


あの男かと思いパニックになったは尻餅をついたまま後ろへと下がって行く。
だが、その影は慌てたように手を伸ばしてきた。


「お、おい、その声……か?!」
「……………っっ」


聞き覚えのある声に、はハっとして顔を上げた。


「……レザー…?」
「そう…俺だよ…っ。、どうしたんだ?!」


レザーは、そう言うとの方まで歩いて来て目の前にしゃがみ込んだ。
その顔を見ては心の底からホっとし、思わず抱きついた。


「レザー……!」
「お、おい…苦しいよ…どうしたんだ?遅いから来てみれば…」
「い、今…あの男から電話が……っ」
「え?あの男って…例の?!」
「そう…あの男よ…っ」


が興奮したように叫ぶので、レザーは慌てて彼女を支えて立ち上がらせた。


「お、落ち着けって…。とにかく皆のとこに……」


レザーが少しだけ体を離した時、ガシャン…っと何かが落ちる音がしては足元を見た。


「こ…これ……」
「え?」


が足元に見たのは、どこにでも売ってるようなボイスチェンジャーだった。


「…レザー……?」
「おい…どうしたんだよ…」


は、ゆっくりレザーから離れると、裏口から外に出た。
そして何かに躓き、視線を向けると、そこにはのバッグがノートと一緒に落ちている。
それを慌てて拾った。


…どうしたんだ…?」


レザーが訝しげな顔で近づいてくる。
だがは怯えたようにレザーを見ると、「来ないで…っ」と叫んだ。


「な…何だよ…どうしたんだ?」
「レザー…どうして…ここに来たの…?メグは…?」
「どうしてって…メグに、が遅いし電話もずっと話中だから見て来いって言われて…。マイケルは、まだバイトで来てないし俺が迎えに来たんだよ…」
「な…なら…それは何…?どうして、そんな物、持ってるの…?……」


はボイスチェンジャーを震える手で指さし、バッグを抱きしめた。


「それは今、ここで拾っただけだよ。それにのバッグも一緒に落ちてたから中にいるのかとドアを開けたんだ…。何を疑ってるんだ?」
「嘘…!信じられない…!」
「おい、…」


レザーは困ったような顔で歩いて来て、は慌てて走り出した。


「来ないで…!!」
「ちょ…待てって!」


レザーも慌ててを追いかける。
だが追いかけたことで逆にの恐怖心が強まってしまった。


「嫌…!誰か…!!」


必死に走りながらが叫んだ。
すると大学の方から小さな明かりが近づいてくる。


「どうした?!誰かいるのか?!」


その声が警備員の物だと気付くと、は思い切り大きな声を出した。


「助けて…っ」
「おい、…!」


後ろからレザーの声が聞こえて来て、は転びそうになりながらも警備員の方へと走って行く。


「大丈夫か?!おい、お前何してる!」


警備員が目の前に走ってきて、を追いかけてきたレザーの腕を思い切り掴んだ。


「痛ぇな…!俺は何もしてないよ…!この子とは友達だっ」
「嘘つくな!なら何故、この子はお前から逃げてたんだ!」
「だから何か誤解して…。おい、!俺は何もしてないだろ?どうしたんだよ…!」


レザーは必死にの方に叫ぶが、今のには彼の言葉を信じる事が出来ない。
そのうち、もう一人の警備員がやってきて、レザーを連れて行ってしまった。


「おい、!何とか言ってくれよ…!…!」


その声を聞いて、も思わず心が揺らぐものの、さっきの恐怖から、まともに思考が働かない。
そこへ、最初に助けてくれた警備員が歩いて来た。


「君、大丈夫かい?」
「は…はい……」
「あの男は…本当に友達?」
「はい……」
「一応…警備室に連れて行くけど…何があったの?痴話ゲンカか?」


そう聞かれては言葉に詰まった。
まだ震えは止まらず、黙って首を振る。




…?!」
「…………っ」


その時、名前を呼ばれて振り返ると、遠くからジョシュが走ってくるのが見えて、は目を見張った。


「ジョシュ…?!」


フラっと歩き出し、彼の方に手を伸ばすと、ジョシュが走ってきたところへ思い切り抱きついた。


「おい、…?どうした?何があった?!」


目の前に警備員がいるのを見たジョシュは青い顔でに話し掛けるが、彼女は腕の中で震えて首を振るばかり。
それを見ていた警備員は軽く息をつくと、「ちょっと友達とモメたようでね。君は…彼女の恋人…?」と聞いた。


「え?あ…いえ…違いますけど…知り合いです…」
「そうか…。じゃあ悪いけど彼女を送ってやってくれるか?少し興奮してるようだし」
「あ…分かりました…」
「お願いするよ。じゃあ、君、明日になったら警備室の方まで来てくれ。事情を聞きたいから」


警備員がの方に、そう声をかけると、は、ゆっくり顔を上げて頷いた。
それを確認すると警備員も大学の方に歩いて行く。


「おい……?何があった…?」


未だ震えているの背中に、そっと腕をまわし、落ち着くように擦ってあげる。


「あ…あいつから電話があって………」
「え……?」


小さく呟くの言葉に、ジョシュは耳を傾けた。
は震えながらも何とか、さっきの事を説明する。
そして全てを聞き終えたジョシュは思い切り息を吐き出した。


「そっか…。怖かっただろ…?もう大丈夫だから…」


優しくそう言いながら、の肩を抱いて図書館の方に歩き出す。


「携帯とか置いて来ちゃった…」
「ああ…それ取って帰ろう?寮まで送るから…」


ジョシュはそう言いながら、の頭を軽く撫でると、彼女は不安そうに顔を上げた。


「…一人になりたくない……」
「え…?」
「こ…怖くて……」


まだ少し青い顔のまま、が呟いた。
ジョシュは何と答えて良いのか分からず黙って歩いて行くと、図書館の裏口辺りに誰かが数人騒いでいる。


「あ…!……!!」
「え…。あ……っ」
「…メグ……マイケル…っ」


前方にいたのはメグとマイケルで、ジョシュに連れられ歩いて来たに驚きつつも心配そうに走ってきた。


「どうしたんだ?レザーが迎えに行ったまま帰って来ないって言うから見に来たら…裏口が開いてての携帯やこれが落ちてて凄く心配したんだぞ?!」


そう言うマイケルの手には、の落とした携帯と、あのボイスチェンジャーが握られていて、はドキっとした。


…?何があったの?レザーはどこ…?」
「……メグ…」


メグは不安そうな顔でを見て聞いてきた。
だがは何と説明していいのか分からず黙っていると、ジョシュが静かに口を開いた。


「彼なら…今、大学の警備員室にいるよ…」
「えぇ?どうして?!」
「何だよ、それ…っ。それに…何で、あんたが、ここにいるんだ?」


メグとマイケルは驚いたようにジョシュを見た。
ジョシュは軽く息をつくと仕方なく、自分が何故、ここに来たかを簡単に説明した。




「嘘…あの男から電話が……?」


ジョシュの話を聞いたは唖然としてジョシュを見上げた。


「ああ…だから…心配になって来てみたんだ…。だけど思ったより場所がわかりづらくて…やっと辿り付いたら遠くで声がしたからさ」
「そんな…ジョシュにまで…」


は申し訳なくなり涙を浮かべて俯くと、ジョシュは慌てての顔を覗き込んだ。


「あ…気にしないで…?別に君のせいじゃない」
「でも…」


が泣きそうになったのを見てジョシュは慌てたが、メグとマイケルは不安げな顔で二人を見ていた。


「ねぇ……それで…レザーは、どうして警備員室に……?」
「…そ、それは…」


まさかレザーが例のストーカーかもしれないとは言い出せず、は言葉につまってしまった。
だが、そこはジョシュが代わりに説明をしてくれた。




「嘘…!そんなはずないわよ…!レザーが、例の男のはずないでしょ?ねえ、…何かの間違いよ…っ」
「メグ…ごめんなさい…。私…本当に怖くて…つい逃げちゃったの…。だってレザーは、それを持ってたから…」


はそう言ってマイケルが持っているボイスチェンジャーを見た。
だがメグは顔を反らし、


「違うわ…?レザーのはずない…。だって私がを迎えに行ってって言ったのよ?!」
「メグ……」
「おい、メグ…。そう怒るなって…。仕方ないだろ?そんな状況で、しかもこれを持ってたんだ…。だって勘違いするよ…」


マイケルは、そう言ってメグの肩を抱き寄せた。
それにはメグも小さく頷く。


「あ、あの…メグ…ごめんね…?私…」
「いいの…。私こそ、ごめん…。でも…レザーじゃないって…今は信じてくれてるでしょ…?」


メグは真剣な顔で聞いてきて、は言葉につまった。


正直、分からないのだ。
自分でも、まさか…とは思う。
ただ、あの時、やはり、状況だけ見ればレザーの事を例の男だと思ってしまったのは事実…
だけど……


「ええ……もう…疑ってないわ…?だって…メグがレザーに頼んでくれたんでしょ…?」
「そうよ?だから…」
「分かった……今から警備員室に行って誤解だって言ってくるわ…?」
「ほんと?!」
「ええ…。もちろん…レザーにも、ちゃんと謝る」


は、そう言うと隣にいるジョシュを見上げた。


「あ、あの…」
「ああ…一緒に行くよ…。いいだろ?」
「あ…うん…」


思ってた事を、言ってくれてはホっとすると、笑顔を見せた。


「やっと笑ったな…」
「え……?」
「いや…は笑ってた方がいいよ」


ジョシュは、そう言うとの頭に手をポンっと置いて、「じゃ、行こうか…」と大学の方に歩き出した。
は少し頬を赤くしながら黙って、それについていく。
メグとマイケルも二人について歩き出した。
そのまま大学の校舎近くにある警備員室へ向かい、とジョシュは中に入って行って、さっきの事を説明すると、
警備員も明らかに呆れた顔で溜息をつく。


「本当なんだね?」
「はい……。人違いです。すみません…彼は何もしてないんです」
「じゃあ…今、彼を呼んで来るから…詳しく説明してくれ」
「はい…」


警備員の一人は、そう言うと奥の部屋に入っていく。
残った警備員はメグとマイケルには外で待つようにと促し、を連れて隣の部屋に入って行った。


「俺は、ここで待ってるから」


が部屋を出る際にジョシュが、そう声をかけると、も安心したように微笑む。
それを見てメグとマイケルは静かに外へ出た。




「はあ…何で、こんな事に……」
「ああ…。でもも、あの状況だし…。今までの、あいつの行動を見れば知り合いが犯人には間違いないし、
が疑ってしまうのも仕方がない……。分かってやれよ?」
「ええ…分かってるわ?でも何故、あいつは、わざわざ、そんな電話をして裏口にボイスチェンジャーを置いたのかしら…」
「そうだな…。きっと、あいつは電話でを中に引き止めておいて、わざと閉じ込められるように仕向けたのかもしれない…」
「何で、そんな事を…?」
「さあ…。でも、あいつはが、そうなった場合、裏口から出て来ることも知ってた…。もしかしたら…レザーを犯人に仕立て上げようと思ったか…」
「でもレザーがを迎えに行ったのは偶然よ?それを、あいつが知るはずは…」
「あ…!じゃあ……あいつの狙いは…」


マイケルは、そう言うと警備員室の方に目を向けた。
それに気付きメグも息を呑む。


「まさか…ジョシュ……?」
「かもしれないな……」
「でも…彼が犯人なんてだって思わないわよ…。彼が、ここにくる前からストーカー行為は続いてたのよ?
レザーと同じ状況で出会ったとしても、がジョシュを、あいつと勘違いする筈はないわ?
マイケルも、さっき言ったようにだって犯人は身近な人だって思ってるんだから……」
「じゃあ…あいつは別に何も考えないで、いつものようにに電話をしてきただけって事か?あいつはジョシュにだって電話してるんだぞ?」
「そうだけど……」


メグは目を伏せてマイケルに背中を向けた。


「おい…メグ…?」
「私は…そんな事より……あいつが"誰かなのか"って事が知りたいわ……」


メグはそう呟くと振り返りマイケルを見据える。
その視線にマイケルは眉を顰めた。


「おい…メグ、どうした……」
「マイケル……。あなた、さっき店に来たばかりよね……?」
「え?ああ、それが何だよ…」
「どうして、あんなに遅かったの?今日は早めに上がってくるって言ってたのに……」
「どうしてって…早く上がろうと思ってたけど、店が混んだんだよ。さっきも言ったろ?」
「……ほんとに…?」
「ああ…!何だよ…。もしかして俺を疑ってんのか?!ハッキリ言えよ!」


マイケルは自分に疑いを向けるメグに、そう怒鳴って詰め寄った。
するとメグは、ふっと視線を反らし、「私は………知ってるもの……」と呟き、それにはマイケルもハっとした。


「知ってるでしょ……?私"だけ"は……」
「おい、メグ…。その話はしない約束だろ……?」


マイケルは小さく息をつくと、メグに背中を向け、煙草に火をつけて煙を吐き出した。
それを黙って見ていたメグは、そっとマイケルに近づき、後ろから抱きつく。


「おい、メグ…っ」
「もし…マイケルが何をしてても……私は誰にも言わないわ……?分かってるでしょ…?」
「…………………」


メグの言葉にマイケルは黙っていた。
その沈黙は彼女の言葉を肯定するのと同じだった。


「離せよ……。もうそろそろ出て来るぞ…?」


マイケルはそう言うとメグの腕を離し、振り向いた。


「その話は……二度とするな。分かったな?」
「……ええ…。ごめんなさい…」


マイケルの冷たい言葉にメグは俯くと震える声で呟いた。


その後、二人は達が出て来るまで一言も言葉を交わさず、黙ったまま、ただ互いに背を向けていた―――












「本当にごめんね?ごめん…っ」
「もう、いいよ!誤解も解けたんだしさ?」


レザーは笑いながら泣きそうな顔で謝るの頭を撫でながら、あっけらかんとした口調で言った。


「でも私、あなたを疑うなんて、どうかしてた……。ほんとにごめんね……」


そこまで言ったとこで、とうとう溢れていた涙がの頬に伝って落ちた。
それを見てレザーは苦笑しながらもをギュっと抱きしめる。


「いいんだって。分かってるからさ?誰も信用できないくらい追い込まれたんだって…。気にするなって…。どうせ俺は犯罪者顔だ」
「……レザー…?」


真面目くさった顔で、そう言ったレザーに、もつい噴出してしまう。


「やっと笑ってくれたな?我が大学のアイドルには笑顔が一番だ」


レザーはそう言って微笑むと、の濡れた頬に軽くキスをして、「さ、メグ達のとこに行こう?」と言った。
それにはも小さく頷く。


「じゃあ…警備員さん、ご迷惑おかけしました」
「ああ、気をつけて帰りなさい。ああ、それと、君……くんだっけ?」
「…はい…」
「もしストーカー行為が酷いようなら警察に行った方がいい。今は色々と事件になってるから前よりは話も聞いてくれるだろう」
「はい……」
「まあ、校内では警備もしてるが生徒一人一人をボディガードするわけにもいかないしね。何なら知り合いの刑事でも紹介しよう」
「はい…ありがとう御座います」


はお礼を言うと、「じゃあ…失礼します」と言ってレザーに促され、部屋を出た。
すると受け付けのところで待っていたジョシュが笑顔で立ち上がる。


「ジョシュ…ごめんね?待たせて…」
「いいさ。それより…分かってもらえたか?」
「ええ。ちゃんと説明した…」
「そうか。 ――良かったな?」


ジョシュは、そう言って微笑むと、レザーにも声をかけた。
だがレザーは笑顔を見せずに、「ああ、あんたにも迷惑かけたな?には俺達がついてるから」と素っ気無く答える。


「ちょっとレザー……失礼じゃない…」
「ああ、いいよ。俺、もう帰るからさ」


レザーを窘めたに、ジョシュは苦笑しながら肩を竦めた。


「ジョシュ、帰るの…?」


は不安そうにジョシュの腕を掴むと彼を見上げて、そう聞いた。


「うん。明日は撮影だし…」
「あ…ジョシュ、熱…熱は?もう大丈夫なの?」
「ああ。熱はおかげさまで下がったよ。起きたらいないし驚いた」
「え…?あ……」


今朝の事を思い出し、は気まずそうにレザーの方に視線を向けた。


「ごめんなさい…。講義があったから…」
「ああ、いいよ。ちょっと心配だっただけだし…」


ジョシュは、そう言うとの頭を軽く撫でて、「看病してくれてたんだろ?ありがとう」と微笑んだ。


「う…ううん…。私のせいだから…」


は顔が赤くなるのを感じて慌てて俯くと、「じゃ…あの…そこまで送る…」と言って外に出た。


「あ、いいよ。タクシー拾って帰るから…っ」


の言葉にジョシュは慌てて、そう言いながら追いかける。
すると外で待っていたメグとマイケルが3人の方に歩いて来た。


「レザー…!」


メグはレザーの顔を見て走ってくると思い切り抱きついた。


「メグ…心配かけたな?悪い…」
「いいの。私が頼んだんだし…。私が行けば良かったわ?そしたら誤解されないで済んだんだもの」
「あ、あの…メグ…ほんとにごめん…」


二人の後ろから、が歩いて来て声をかけると、メグは笑顔で首を振った。


「いいってば。こうして誤解も解けたんだし…。それより、大丈夫?」
「ええ…。私は…もう落ち着いたわ…?ジョシュのおかげ…」


は、そう言って後ろにいるジョシュを見る。


「俺は何も…。あ…じゃあ…ほんと、もう帰るよ…。…お休み」


ジョシュは、そう言って微笑むと、に軽く手を上げた。
は、まだ一緒にいて欲しい…と思ったが皆の手前、言い出せず小さく頷く。


「あの…本当にありがとう……。お休みなさい…」


の言葉に、ジョシュは、また笑顔を見せると、そのまま大学の正門に方に歩いて行った。
その後姿を見送りながら、は胸が痛むのを感じ小さく溜息をつく。
するとマイケルがの肩を抱いた。


「さ…帰ろう…?疲れたろ…?」
「うん……」
「俺、今日はついててやるから…。ゆっくり寝ろよ」
「……ありがと」


マイケルの言葉に、も笑顔を見せると寮の方に向かって歩き出す。
その後ろからメグとレザーもついていった。
そのまま4人で女子寮へ戻り、レザーは自宅へ帰るのに、そこで別れた。
メグも自分の部屋へ戻ったが、マイケルは非常用の階段から忍び込み、の部屋へと向かった。


「あれ?ケイトは?」


先に入っていたにドアを開けてもらい、マイケルが部屋へ入るとルームメイトのケイトの姿がない。


「あ、またデートみたい。メモがあったわ?」
「そうか。じゃあ俺が来て良かったな?」
「うん。じゃないと今夜、一人だった…。今日は一人じゃ寝れそうにないわ…?」


少し怯えたように呟くをマイケルは軽く抱き寄せると額にキスをして微笑んだ。


「朝まで俺がついてるから…もう寝ろよ…」
「うん…。でもマイケルも疲れたでしょ?バイトしてきたんだし…」
「まぁな。が寝たのを確認したら、俺もソファーで寝かせてもらうよ」


マイケルはリビングのソファーに腰をかけて肩を竦めた。
は素早くコーヒーを淹れると、テーブルに置き、「ちょっとシャワー入ってくるから…待ってて?」と言って自分の部屋のドアを開けて中へ入る。
それを見てマイケルは雑誌を捲りながら軽く手を上げた。




「はぁ…」


部屋に入り一人になると、は大きな溜息と共にコートを脱いだ。
そしてポケットの中から携帯を取り出し充電器へセットして電源を入れた。
そのライトを見ていると先ほどの恐怖が蘇えってくる。


あの男…何が目的で、あんなこと…
私にレザーを疑うよう仕向けたの…?
でも…彼が来たのは偶然だ。
あの男は言った…


"君の周りには邪魔者ばかりだ……かわいそうに……邪魔なものは全て消してあげる…"と―――


あれは…どういう意味…?
私の友達全てって事なの…?
それとも………


ジョシュにまで電話がかかってきたと聞いて心臓が止まるかと思った。
あいつはジョシュにも何かしかけようとしてるのか……
今日はジョシュに罠をかけようとしたのかもしれない…。
でも…そこへ、たまたまレザーが先に来てしまった………そういう事なのだろうか?


だけど私は、あそこでジョシュと会ったなら、あんな間違いはしなかった。
だって彼が来たのは最近だし、ストーカー行為は、その前からあった。
だからジョシュを犯人だと疑うわけはないのに…


「あぁ〜…もう分からない…っ」


髪をクシャクシャっとしながらは立ち上がるとバスタオルを持ってバスルームへと向かった。
その時、ブルブル…っと音がして立ち止まる。
見れば充電している携帯のライトが光っていて電話がかかってるんだと分かった。


「…ジョシュ…?」


一瞬、そう思って急いで携帯をとり、ディスプレイを見た。
だが、そこには先ほどと同じように非通知の文字…


あいつだ…と思い躊躇したが思い切って通話ボタンを押した。


「Hello......?」
『…………やあ……。無事に帰れたんだね?おめでとう……』
「あ…あなた…何のつもり…?!」


あの男の声を聞いて、また震えが来たが、それ以上に、この男が許せなくては怒鳴り返した。
だが男は楽しげに笑っている。


『………友達を疑った気分はどうだい?』
「やっぱり、わざと、あんなものを置いたのねっ」
『……そうさ。楽しかっただろう?君は予定通り、友達を疑った。大きな間違いをしたのさ……』
「…な…何で、こんな事…っ」
『するのかって…?さっきも言っただろう……邪魔者が多いって……。君の周りから人を消して行くのさ…一人…一人…そして僕だけが残る…』
「…やめて…っっ!!」


男の静かで冷たい声には足が震えて、その場に蹲った。
受話器の向こうからは男の含み笑いが聞こえてきて急いで電話を切る。


「嫌……っ」


手から携帯が落ち、ガタン…っと音を立てて転がった。
そこへノックの音が聞こえてビクっとする。


ドンドン…!


「おい、?どうした?誰かと話してるのか?」
「マイケル……」


ドアの向こうからマイケルの声が聞こえて来たが、は立ち上がることが出来ない。


?おい…っ大丈夫か?」


返事が出来ないでいると、ドアが開き、マイケルが中へ飛び込んで来た。


?どうした?」


床に蹲って震えているを見て、マイケルが慌てて彼女を抱きしめる。


「何があった?ん?」
「また…電話……」
「え?あいつからか…?!」


驚くマイケルに、は黙って頷いた。


「わ…私の周りから一人づつ消して行くって……あいつが…」
「そう言ったのか?あいつが?」
「マイケル……どうしたらいい…?私……また誰かを疑ってしまうかもしれない……」


涙を堪えながら小さな声で、そう呟くをマイケルはギュっと抱きしめた。


「大丈夫……俺がついてる……。あいつが何をしても守るから…」




マイケルは自分に言い聞かせるように何度も、そう言いながらを抱きしめると頭に頬を寄せる。


まるで愛しい人を抱くように、守るように、マイケルはを腕の中へと包み込んだ……。















「どこ行ってた?」


ホテルへ戻ると部屋で待っていたものは怖い顔をしたロイだった。


「ちょっと…散歩だよ」


ジョシュはジャケットをソファーに放るとドサっと座って息をついた。
それにはロイも顔を真っ赤にして怒り出す。


「何が散歩だ!お前は高熱を出して今朝まで寝込んでたんだぞ?!それなのに夕飯にしようと来てみたらベッドは蛻の殻だ!心配するだろう!」


ロイが、あまりにギャンギャン叫ぶのでジョシュは指で耳を塞いでいた。
するとジロリと睨まれ渋々指を耳から抜き、眉を下げてロイを見上げる。


「そ、そんな顔をしてもダメだ!お前のそのハートネットグランスとやらには二度と騙されないぞ…!俺は怒ってるんだっ」


ジョシュ、お得意(クセ)の眉を下げて、まるで子供のように視線を送る表情は演技でも、よく見られる。
が、ロイは普段でも見せる、そのジョシュの視線に凄く弱かった(!)
ロイは怒鳴ったものの、チラっとジョシュを見ると、彼もまたチラっとロイを見る。
その表情は本当に、女性なら母性本能をくすぐられるような顔だが、ロイは何故かいつも父性本能(?)をくすぐられてしまう。
その表情のジョシュと再度、目が合いロイは大きく息をついた。


「…分かったよ…っ!今回だけは許す!だが今度、心配かけたら一年間、オフはとってやらないからなっ!」
「…分かったよ…。サンキュ、ロイ」


ジョシュは笑いを噛み殺しながら、そう言うと軽く髪をかきあげ煙草に火をつけた。
だいたい今度だけは…と言うのを、これまでに何度聞いた事か知れない。
ロイも情けないといったように溜息をつくと、憮然とした顔で向かいのソファーに座った。


「で……?どこに行ってたんだ?」
「………………」
「散歩なんて、どうせ嘘だろう?」
「………………」
「何だよ…。言えないようなとこか?あ…それとも女と密会か?」


何も答えようとしないジョシュに、ロイが次から次へと質問を投げかける。
それにはジョシュも苦笑いを浮かべた。


「そんなんじゃないよ……。ほんと何でもないからさ…?悪い事はしてないし」
「まあ、そんな心配はお前には無用だが…。女の方は分からないからな…?もし好きな人が出来たら俺に言えよ?」
「何だよ。オヤジみたいなこと言っちゃって」


ロイの言葉にジョシュは思わず噴き出すと、ロイも苦笑している。


「まあ……ここに来る前には色々とあったんだし、そんなすぐにとは行かないだろうがな…」
「ああ…かもな…」


ジョシュはマリアの事を思い出し、ちょっと目を伏せると、そう呟いた。
そして彼女からの電話を思い出す。


「あ、そうだ。もしかしたら…マリア、こっちに来るかもしれないんだ」
「は?!な、何だよ、それ?もしかして、またヨリを戻したとか?!」


マリアの事を言われてロイは、かなり驚いている。
ジョシュは煙草を灰皿に押し潰すと、両手を広げて肩を竦めた。


「そんなはずないだろ?何か返したいものがあるんだってさ」
「な、何だよ…?」
「さあね…」
「………大丈夫か…?」


不意にロイが心配そうに聞いてきて、ジョシュは顔を上げた。


「ああ…。大丈夫だよ…多分ね…」
「なら、いいけど…。出来れば会いたくないって顔だな…」
「そりゃ……別れることになったとは言え、長年、付き合ってきたんだし…完全に吹っ切れる前に、また顔を合わすのは辛いさ…」


ジョシュは少し寂しげに微笑むと、「ま、でも今度会うので最後だよ…」と言葉を続けて息をついた。
その言葉にロイは黙っていたが、ちょっと微笑むとソファーから立ち上がる。


「じゃ…俺は寝るよ…。明日は午後からだけど、お前も早めに寝れよ?」
「ああ…。あ、ってロイ!」
「ん?何だ?」


ドアの方に行ったロイはノブに手をかけたまま振り向いた。


「今度、車から離れる時は、例え短い時間でも鍵をかけておけよ?」
「へ?何のことだ?」
「別に…。ただの用心だよ。OK?」
「あ、ああ。分かった…。じゃ、お休み…」
「お休み」


ロイは、訝しげに首を傾げつつもジョシュに手を上げて部屋を出て行った。
ドアが閉まると、ジョシュも小さく溜息をつく。


あの男……今後も何をするか分からないからな…
ロイに全てを話すわけには行かないが用心はしておかないと…


そんな事を思いながらジョシュはソファーから立ち上がり、寝室へと向かった。
そして部屋着に着替えベッドに腰をかける。


「はあ…何だか変な一日だった…」


そう呟き、ベッドボードに置いてあるスケッチブックを手にとった。
そして前に描いたの絵を眺める。


あんなに怯えてたけど…大丈夫だろうか…
まあ、友達が傍についてるか…


ジョシュはレザーやマイケルが自分に好意的じゃないのは感じていた。
明らかにに手を出すなと言いたげな目で見ていたのを思い出す。


そりゃ、そうか…
彼らは見たところ、を、かなり可愛がっているし、俺みたいに業界人が近づくのは心配なんだろうな…
俺が遊びで彼女に手を出すとでも思われてるのかも…


自分で、そう思いながら少しへこんだ。


「そんな軽く見えるのかな…。ただ彼女が心配なだけなんだけど…」


そんな事を呟いてスケッチブックを閉じるとベッドへ寝転んだ。


まあ…何で心配になるのか、自分でも、よく分からないんだけど…
彼女の泣いた顔は見たくない…と、さっき強く思った。


彼女が泣くのを見るくらいなら…まだケンカして怒鳴られた方がマシだ。
こんな事を思うのも変なんだろうけどな…


彼女は…何故か、すんなりと俺の中へ入ってくる…


不思議な子だ。


目を瞑り、そんな事を考えていると、そのうち睡魔が襲って来て、ジョシュは目を擦った。


明日は撮影だ…
今日の分も頑張らないと…



ジョシュが眠りに着く頃、窓の外では小さな雨粒がポツポツ…と音を立て、道路を濡らしていった―――













 

 

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Postscript


う〜長くなってしまったので二つに分けました^^;
何だか今回は長い割に、あまりジョシュとの絡みがないですね…
すみません…(苦笑)
少しづつストーカーが行動を起こし始めましたね…
犯罪心理学の本とか結構、持ってるので勉強しなおしつつ書いてます(笑)
実際に起こったストーカー殺人事件の映画とかもあるのよね。
これはアメリカで作られた映画ですが、この世に"ストーカー"という
言葉を知らしめたのは、この映画が最初でした。
タイトルも、そのまま"ザ・ストーカー"(笑)
サブタイトルは忘れちゃいました。
主演は元モデルの…ダイアン…何とかだったような(オイ)
ある女性が同僚にストーキングされ、それを会社に訴えると、
その男は解雇されてしまいました。
それが恨みとなり武装して朝から会社に乗り込み元同僚を次々に
射殺したという恐ろしい実際に起きた事件です。知ってる人もいるでしょう。
テレビでも当時、生放送され犯人が掴まる映像まで流れたそうです。
(アンビリーバボーで見た)
また今度この話は日記に書こうかと思いますが、(犯罪心理に興味があるの)
もしレンタル屋で見かけたら一度ご覧になっては如何でしょう…怖いですよ^^;


本日も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて...


【C-MOON...管理人:HANAZO】