僕のせい?
君が責めるのは…
僕は何も悪くない
ただ 君を
愛しただけなのだから―――
サァァァァァ………
冷たい雨の音が聞こえる。
ジョシュは、ふと外の方へ視線を向けた。
「朝か……」
そんな独り言を呟き、そして自分の腕の中でスヤスヤ眠るへと視線を戻す。
(疲れた顔して……相当、参ったんだろうな…)
の頬を、そっと撫でながら少しだけ抱き寄せた。
結局、夕べは病院に泊ってしまった。
手術が終わってもアレックスは意識がなく、すぐにICUに運ばれてしまい、話す事も叶わずじまい。
には意識が回復したら、また来ればいいと言ったのだが、どうしても帰らないと言う。
仕方がないからジョシュも一緒に残る事にしたのだ。
だが疲れてたのだろう。
はジョシュが肩を抱いててあげていると、そのうち寝てしまった。
少し肌寒かったので看護婦に言って毛布を貸してもらい、を包んで、そのまま寝かせておいたのだ。
時計を見れば午前7時になるところ。
そろそろホテルに戻っていないといけない時間だ。
(この雨じゃ今日もロケは中止になりそうだけど一応、ロイには電話しないと…)
そんな事を考えていると腕の中でが少しだけ動いて、ゆっくりと目を開けた。
「…あれ……?」
「……?起きた?」
子供のように目を擦りながら自分を見上げてくるにジョシュはニッコリ微笑んだ。
「ジョ、ジョシュ……?あ、あれ?私、寝ちゃった……?」
慌てて体を離し、は頬を赤らめた。
「ああ、少しだけな?まだ寝ててもいいよ?って言っても、もう朝だけど…」
「え?あ……ほんとだ…」
は窓の方を見て夜が明けてるのに驚いている。
外は一向に弱まらない雨のせいで、どんより曇ってはいるのだが。
「あ……ジョシュ、もしかして、ずっと一緒にいてくれたの……?」
時間を確認しては慌てたようにジョシュを見た。
それにはジョシュも肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
「そんな寝てる女の子を一人置いて帰れないだろ?」
「ご、ごめんなさい…っ。あの…仕事よね?私の事はいいから早く戻らないと……」
「ああ、でも…は?まだ、ここにいるのか?学校があるだろ?」
「そ、そうね…。私も一度戻らなきゃ……」
も、そこに気付き慌てて立ち上がり、その拍子にかけてあった毛布がパサっと落ちる。
それをジョシュが拾い上げ、自分も立ち上がった。
「あ、ごめんなさい…」
「いいよ。とにかく寮まで送るから…」
ジョシュが、そう言った時、病院の自動ドアの開く音と共に男が二人入って来た。
その二人は、どう見ても体の具合が悪くて来た…という感じではないし、見舞い客というワケでもなさそうだ。
何故なら、その二人はトレンチコートとい格好に、するどい目つきで病院内をキョロキョロとしているからだ。
そしてジョシュとを見ると何やら二人でヒソヒソと話し出し、二人の方へ歩いて来た。
「君達……アレックスという男性の友達?」
「え?」
男二人はとジョシュの前に来て、少し年輩の方が口を開いた。
それにはも不安げにジョシュを見上げる。
「あの……どちら様ですか?」
が不安を感じているのに気付き、ジョシュが質問した。
すると、その二人のうち少し若い男の方が胸元からバッジを見せる。
「警察……」
それを見てジョシュも少し驚いたが、アレックスの事故は単なる事故ではない。
ひき逃げ事故なのだ。
警察が動くのも当然と言えた。
だがは、ますます不安そうな顔でジョシュの腕にギュっとしがみついた。
そんな彼女の肩をジョシュも優しく抱きよせると、「あの…何の用ですか?」と聞いてみる。
すると年輩の男の方が少しだけ表情を緩めると、「いや…ちょっと彼女に話を聞きたくてね」と以外にも優しい笑顔を見せる。
だがジョシュは片方の眉を上げると、「それは…どんな?」と聞いてみる。
「そんな事は君には関係ないだろう?」
その時、若い方の男が怖い顔のまま、ジョシュに、そう言い返す。
それには年輩の男も顔を顰めた。
「おい、ミルズ…。そんな怖い顔をしたら彼女が怖がるだろう?」
その年輩の男は相棒の刑事を窘めると、にニッコリ微笑んだ。
「私はサマセット警部。こっちの厳つい顔のはミルズ刑事だ。宜しくね」
「……はい…。あの…私、と言います。私に聞きたい事って……」
は少し安心したのか、そう言ってサマセットと名乗った刑事を見た。
「ああ、被害者の事で少し話を聞きたいんだ。時間いいかな?」
「はい。あの…少しなら…。これから大学に行かないといけなくて…」
「ああ、そんなに時間は取らせないよ。じゃあ、向こうで…。 ――いいかな?」
最後の質問は、を心配そうに見ていたジョシュへのもので、それにはジョシュも頷くしかない。
の頭を軽く撫でて、「俺、この辺で待ってるから…」と優しく微笑む。
もそれには笑顔を見せた。
そして、そのまま促され、刑事二人と歩いて行く。
それを見ながらジョシュは煙草を咥え、病院の外へと出た。
外はまだ大粒の雨が降り続いていて少し肌寒い。
ジョシュはジッポで火をつけると煙を吐き出し、どんよりとした空を見上げた。
刑事か……刑事が来たとなると、当然、ひき逃げの捜査をするんだろうけど…
に何を聞くというのか…。
まあ前に付き合ってたのだから色々と詮索はされるんだろうけど…彼女は車の免許だって持っていない。
まさか犯人だと考えているワケじゃないだろうが少し気にかかった。
それに……"あいつ"の件もある。
ジョシュはチラっと、刑事の話を聞いているの方へ視線を向けた。
すると彼女は少しだけ不安そうにジョシュの方を見ている。
そんなを安心させるように、ジョシュは笑顔で軽く手を上げて見せた。
それに気付いたはちょっと微笑むと、また話を聞いている様子で刑事に視線を戻した。
ジョシュもふっと笑みを零すと、もう一度降り続く雨を見上げながら溜息をつく。
"あいつ"は…前に俺に彼女に近づくなと警告してきた。
もしかしたら今回の彼の事故も…
そうだ。昨日、は、そのアレックスと言う男と歩いていた。
それを"あいつ"も、どこかで見ていたのかもしれない。
そして……
いや…証拠も何もない。
本当に偶然の事故で、轢いた相手は、ただ怖くなって逃げ出したのかもしれない…。
いくら何でも、"あいつ"だって人を傷つけたりはしないだろう……。
ジョシュは、自分に、そう思い込ませるように軽く首を振った。
だが小さな不安は少しづつ膨らみ、いつしか大きなものへと変わって行く。
もし……もし、そんな危ない奴が彼女を付回してるとしたら…
丁度いいから警察に相談して見るのもいいんじゃないか…?
あの刑事なら…ちゃんと話を聞いてくれそうだ。
ジョシュはサマセットと名乗った刑事を見ながら、何となく信頼できる人なんじゃないかと思っていた。
そして、ふと思い出し携帯の電源を入れる。
そして時計を確認すれば7時半になろうとしていた。
「この雨じゃ…ロケはないかな…」
一向に止みそうにない雨を見ながらジョシュは苦笑すると、ロイの番号を出し、電話をかけてみる。
一応、ロケを強行するか、様子見として現地に行くかもしれないからだ。
それなら、すぐにを送って自分もホテルに戻らないといけない。
『…Hello?!ジョ、ジョシュか……?!』
「ああ、ロイ?」
さほど待つこともなく相手が出た。
だが受話器の向こうからロイの少し慌てた声が聞こえてくる。
ジョシュは何だか慌てた様子のロイに、「そうだよ。まだ寝てたのか?」と言って苦笑した。
『そんな事より、お、お前、今どこにいるんだ?!』
「え……?今………は………って何だよ。何で、そんなに焦ってんの?撮影は9時からだろ?まだ間に合う…」
『バ、バカ!お前何を呑気なこと言って……!部屋にはいないし、血のついたジャケットがあるしで心配するだろうがっ』
「は…?!」
ロイの言葉にジョシュは驚き、大きな声を上げてしまった。
「ち、血のついたジャケットって…何のことだよ…?!」
『だ、だから……お前の部屋の前に、それが落ちてて…通りがかったスタッフが慌てて俺の部屋に来たんだよっ
それで慌てて部屋に入ってみれば、蛻の殻だし…!もしかして新手の誘拐かと…!』
「ちょ、ちょっと待ってよ…!え?俺が誘拐されたって思ったわけ?!」
ますます驚いたジョシュは吸ってた煙草が短くなってる事にも気づかず、
「あち…っ」
と言って、直ぐに灰皿に捨てると思い切り深呼吸をした。
何だ、何だ?
俺がいない間に、どうなってるんだ?
ジョシュは夕べから寝てない上に、そんな事を言われて頭が混乱してきた。
そこへ、まだ動揺したようなロイの声が受話器の向こうから聞こえてくる。
『お、おい、ジョシュ!それでお前は無事なのか?無事なんだな?!』
「え?あ、ああ……」
何だか真剣な様子のロイに、ジョシュも、こりゃマズイ事になってる…と思った。
「あ、あのさ…。今からホテルに戻るよ」
『だから今どこなんだ?ん?!』
「いや……それは帰ってから話すから…。とにかく戻るよ」
ジョシュは、それだけ言うと電話を切っての方に視線を戻した。
「はぁ…そうは言っても……を残して帰れないよなぁ…」
そう呟きながら、ジョシュは頭をかくと、病院の中へと入って行った。
「え?わざと……?!」
はサマセットの言葉に驚いて顔を上げた。
刑事二人に話を聞かれるのも少し不安だったがジョシュが微笑んでくれた事で少しだけホっとして、
事故の時の話を聞いていたのだが、今の刑事の言葉には、さすがにも愕然とした。
サマセットもミルズという刑事も互いに顔を見合わせ、もう一度の方を見る。
「ええ。これは偶然の事故じゃない。犯人は、わざと…彼、アレックスを轢いたと思われます」
「……そんな……でも…どうして、そんな事が?私てっきり偶然の事故かと……」
「ブレーキ痕がないんですよ。どこにもね」
「え?ブレーキ………」
「そう。普通、偶然の事故なら現場には必ずと言っていいほどブレーキ痕がある。だが…我々も先ほど現場を見てきたが…」
サマセットは、そこで言葉を切った。
代わりにミルズ刑事が説明しだした。
「現場は駐車場でね。犯人の車は、その奥に車を止めていたと思われる。アレックスが倒れていたのは駐車場入り口付近だ。
普通、もし偶然の事故だったとして、この大雨だ。誰かがいるのに気付かなくてブレーキを踏まなかったとしても不思議じゃない。
だけど、この事故は止まっていた車が、わざとアレックスに向けて発車してから轢いたとしか思えないんだ」
「嘘……!…そんな……っ」
ミルズの言葉には驚愕し軽い眩暈を感じた。
目頭を押えて軽く息を吐き出すと、サマセットが心配そうにの顔を覗き込んだ。
「大丈夫かい?」
「………はい…」
「まあ…前の恋人が故意にひき逃げされたというのはショックだろうが……。君に聞きたい事があってね。いいかい?」
サマセットは、なるべく柔らかい口調で問い掛けた。
それにはも小さく頷く。
「何ですか…?私、何も……」
「いや…分かる範囲でいいんだが…彼が誰かから恨まれていたとか…そういう事はなかったかな?」
「え?どういう意味ですか……?」
がそう言って顔を上げると、今度はミルズが、
「彼は売れっ子モデルだろう?誰かに恨みをかっていても不思議じゃない。それに、かなり女グセも悪かったようだしな?」
「おい、ミルズ……!少し考えてから話せ…っ」
サマセットは不躾な物言いをしたミルズを軽く睨むも、ミルズはケロっとしている。
「何も隠す事ないでしょう?本当の事だし、この子だって、それを知ってるから別れたんじゃないんですか?
それに、この子だって彼の事を恨んでるかも…。それにアレックスが最後に電話したのは彼女なんですよ?!」
「ミルズ……っ!」
「あ、あの……いいんです…っ」
二人の会話に、は慌てて、そう言った。
「彼の…言う通りですから…。アレックスは確かに…ガールフレンドが沢山いました。
それと調べれば分かると思うので言いますけど…。私と彼が別れた原因も彼の浮気が原因でしたから……そう思われても仕方ありません。
でも夕べ、私は彼からの電話には気付かなくて話していないんです…ほんとです…っ」
しっかりと二人を見て、そう言ったに、サマセットとミルズは驚いた顔を見せた。
だがサマセットは、すぐに笑顔を見せると、「そうか…。よく話してくれたね?」と優しく微笑む。
そんな彼には小さく首を振ると、ちょっと息をついて顔を上げた。
「でも…私、アレックスを恨んではいません。確かに別れて、すぐの頃は浮気された事がショックだったし、
なのに、しつこくヨリを戻そうと言ってくる勝手な彼に腹も立ててましたけど……でも今は、そんな気持ち少しも残ってないんです。
私は……今、好きな人がいますから……」
は、そこまで言うと少し頬を赤らめて俯いた。
そんなを見てサマセットは優しく微笑むと、「ああ……あそこで待っててくれてる彼かい?」とジョシュの方へ視線を向けた。
だがは、それには答えず、ちょっと微笑んだだけだった。
そこにジョシュが病院内に戻って来たのが見えて、サマセットはに、
「ああ、これから大学だったね。じゃあ引き止めて悪かった、もういいよ?」
と微笑んだ。
「あ…はい…」
「でも、また何か聞くことがあれば会いに行くと思う。君も何か思い出したなら、私の携帯に電話をくれないか」
サマセットは、そう言うと携帯番号を書いたカードをに渡した。
「はい、分かりました」
「ありがとう。じゃあ、気をつけて」
「はい…」
そう言って歩いて行きそうになったに、サマセットは思い出したように声をかけた。
「ああ、ちょっと、最後にいいかい?」
「え?」
「いやね、昨日、アレックスを見かけたりしたかな?」
「昨日…ですか?昨日は…会いましたけど…」
「そうか。じゃあ…彼の服装は…分かるかな?」
「え?どうして…ですか?」
サマセットの言葉には首を傾げた。
「いやね…。彼が発見された時、シャツの上に何も羽織ってなかったと救急隊員の人が教えてくれてね」
「はあ……それが何か……?」
はサマセットが何を言いたいのか分からず首を傾げる。
するとサマセットは少し難しい顔で顎に手を当てた。
「いや夕べも、この雨でかなり冷え込んだだろう?なのに彼はシャツだけだった。まあ、彼が最後に飲んでたバーの店員に聞けば、
確かジャケットを羽織ってたと言うんだ。その…高級ブランドの…なんという名だったか…」
「あ……アルマーニ…ですか?」
「そうそう!それだよ」
が答えると、サマセットはスッキリしたように微笑んだ。
「その…アルマーニ…?というブランドのジャケットを着ていたはずなんだが…発見当時、彼はそれを着ていなかった。
現場にも落ちてなかった。もちろん彼の車の中にもね?それで君は何か知らないかと思ってね?」
「え…?そんなこと…私、知りません…」
「そうかい?じゃあ君がアレックスと会った時間と言うのは……」
「昼間です。彼、私の寮の前で待ち伏せしてて…。それで一緒にカフェでお茶を飲みました。調べてくだされば分かると思います」
「ああ、そうか…。ありがとう、分かったよ。じゃあ、ほんとに、これでいいよ?何度もすまないね?」
「いえ……」
サマセットは、そう言うと、まだ不満げなミルズを連れて病院の奥に歩いて行ってしまった。
大方、アレックスの容体を聞きに行ったのだろう。
「、終わったの?」
そこへジョシュが歩いて来てはホっとしたように息をつくと頷いた。
「もう大学に行っていいって…」
「そうか。俺もホテルに戻らないといけないんだ」
「あ…そ、そうね…?ごめんなさい、こんな朝まで付き合わせちゃって……」
「いいよ、そんなの。俺が自分で好きでした事だから気にすんな」
ジョシュは、そう言うとの頭にポンっと手を置いた。
その言葉に、は胸の奥がギュっと掴まれたように苦しくなる。
「じゃあ、寮まで送る。行こう?」
「う、うん…」
優しく微笑むジョシュには少し笑顔を見せて頷くと、彼の後からついて病院を出て行った。
―それを少し離れたところで、サマセットとミルズが見ていた。
「警部……。いいんですか?もっと色々聞かなくて……」
「ああ。彼女は嘘はついていないようだしな…」
「また、そんな甘いこと言って…。今時の大学生なんて平気で嘘くらいつきますよ?
もしかしたら夕べのアレックスからの電話で呼び出されて会ったのかもしれないし」
ミルズは呆れたように、そう言って肩を竦めた。
だがサマセットは何か考え込むような顔で、
「まあ、それは裏を取ればすぐに分かるだろう。それに…アレックスを恨んでそうな奴は他にも、いっぱいいるぞ?そっちも当たってみよう」
と静かに呟く。
そこへミルズの携帯が鳴り響き、サマセットは顔を顰めた。
「おい…病院に入るときくらいは電源を切っておけ…。看護婦が睨んでるぞ?」
「そんな大事な情報が入って来たら、どうするんです?そんなこと言ってられませんよ」
ミルズは、そう言って携帯を出すと一応、外の方に歩いて行きながら電話に出た。
「はい、ミルズ……。え?!ほんとですか?ええ……ええ……え?それで……?」
ミルズの、その声にサマセットも、直ぐに歩いてくる。
ミルズは暫く真剣な顔で相手の話を聞いている様だったが、チラっとサマセットを見ると、
「はい、はい。分かりました。じゃ、すぐ、そちらに伺います」
と、言って電話を切った。
「おい、どうした?」
「ジャケットが出たそうです」
「何?どこにあったんだ?」
「それが……おかしな話なんですけど…何でもロケに着ている撮影隊が滞在してるホテルでだとか…」
「何だって?どういう事だ?」
二人は、そう話しながらも、すでに駐車場へと向かっていた。
大雨の中、走って車のところに戻ると素早く中へ乗り込む。
「は〜酷いな…。びしょ濡れだ…」
「おい、それで、どういう事だ?」
サマセットは後部座席につんであるタオルで濡れた頭やコートを拭きながらエンジンをかけているミルズを見た。
「ああ、それが…。その撮影に着てる、主役の俳優の部屋の前に、そのジャケットが落ちてたそうなんです」
「何だ?そりゃ…意味が分からん」
「ええ。それで、スタッフや,その俳優のマネージャーが、てっきり、それを俳優のものだと思い込んだようなんですよ。
部屋にもいなくてベッドに寝た痕跡もなかったのと、その俳優も好きで、よく着てたブランドだったようで……」
「ああ、何だったか…。ア…アルマジロ……じゃなくて…」
「アルマーニですよ、サマセット警部」
ミルズがそう言って苦笑すると、サマセットは顔を赤くしながら、「う、うるさい。どうでもいい、そんな事は。それで?」と煙草に火をつける。
そんな彼を見ながらミルズは笑いを噛み殺し、「はいはい。それで…」と言葉を続けた。
「そのマネージャーは、てっきり、その俳優が誘拐されたんじゃないかと思ったようなんです。
血のついたジャケットだったそうですからね。犯人が脅しの為に置いて行ったんじゃないかと思ったようで…」
「うん、それで?」
「それで……そのマネージャーは警察に通報して、そのジャケットについてた血を、その俳優のものかどうか調べて欲しいと頼んであったようで…」
「ああ、それで血液型が合わなかったと……」
「ええ。それで昨日の事故を知ってた鑑識が調べたもんですから、もしかしたら…と他に照合してみたらアレックスの物だと分かった様です」
「そうか…。それにしても…何で、そんな場所で?それに、その俳優とやらは本当にいなかったのか?」
「ええ、いなかったそうなんですけど、どうやらホテルを抜け出してたようですね。さっき本人から電話があって無事だと確認出来たようです」
「そうか…。しかし…変な話だな…。まさか、その俳優が犯人か…?いや、でも、わざわざ証拠になるようなものを置いて逃げたりはしないか…」
サマセットは独り言のように、そう呟くと、ミルズが車を発車させた。
「今から、その俳優に会いに行きます。ジャケットは証拠物として確保したようですよ?」
「うん、そうか。分かった」
サマセットは軽く頷くと静かに目を閉じた。
長年、刑事なんて仕事をしていると、どんな場所や状況でも、直ぐに眠れるようになる。
この時も例外ではなく、サマセットはホテルへつくまでの短い間にグッスリと眠り込んでミルズを苦笑させたのだった。
車内は静かだった。
二人とも、さっきから黙っていて雨がフロントガラスを叩く音だけが響いている。
ジョシュは片手でハンドルを持ちながら片方の手を口に当てチラっとの方を見た。
彼女は何やら考え込んでいる様子で、その横顔は、どことなく寂しげだ。
そんなを見て、このまま帰したくないと、ふと思ってしまう自分に、ジョシュは苦笑した。
何を考えてるんだ?
俺には俺のやるべき事があって、ここに来ている。
今までだって、どんな事があっても仕事を放り出した事なんかない。
例え、マリアとモメていたとしても仕事は仕事として、キッチリとやってきたはずだ。
そう、別れた直後にだって。
なのに今、俺はとんでもない事を考えてしまった。
今、確かにホテルでは大変な事が起きてるのに、このままを連れて、どこかに行ってしまいたいと…
いや、違う、そうじゃない…
不安なままの彼女を帰すのが嫌なだけなんだ…。
何故かは俺の事を頼ってくれてるような気がする。
自惚れなのかもしれないけど、それだけは確信できた。
自慢じゃないけど、俺は女性から頼られた記憶が殆どない。
よく、"もっと強気になって"とか、"優しすぎて頼りにならない"とか言われた事はあっても…。
マリアも例に洩れず、よく、そう言ってた気がする。
今まで付き合った女性は全て同じ歳か年上…
でも、は年下だし、こうして俺を頼ってくれてる。
だからかな……
放っておけなくて…守ってあげたいとまで思うのは……。
こんな感情、今まで感じたことがない。
そんな事を考えていると、の大学の敷地が見えて来た。
(ああ、もうすぐ着いてしまう…。)
そう思いながら車で門の中へと入っていく。
その時、ふとが顔を上げた。
少し顔が強ばり、大学内を歩いている学生を見ながら溜息をついている。
「……大丈夫か?」
「…ぅん…。何とか……」
そう聞いて少しだけホっとしたのと、反面、心配な気持ちが同時に湧いてくる。
さっきから聞いた話を思い出せば、本当に大丈夫なのか?と、もう一度確認したくなってしまう。
わざとひき逃げされた…
しかも止まっている車を急に発進させて轢いた…なんて聞けば誰でも怖くなるだろう。
にとっては、元恋人のことなのだから。
それには俺も確かに驚いた。
通りすがりの事故じゃなかった。
アレックスという男を予め狙った犯行……
それだけ考えても、俺はどうしたって、"あいつ"の事が頭に浮かぶ。
だけど、それはには決して言ってはならない事だ。
彼女を怖がらせたくないから。
「ついたよ」
寮の近くで車を止めた。
は、ハっとしたように顔を上げて俺の方を見ると、ちょっとだけ笑顔を見せる。
「あの…ほんとに、ありがとう……。夕べから突き合わせちゃって…ジョシュ寝てないんでしょ?大丈夫?撮影……」
「ああ、こんな天気じゃ撮影もないと思うよ」
そう言って肩を竦めると、は窓の外を覗き込んで、「止みそうにないね…」と呟いた。
「ああ、今日は俺に取ったら恵の雨かな?少しは寝れそうだ」
「そう?もし…ほんとに撮影がなかったら、ちゃんと寝てね?」
心配そうに、そう言ってくれるが可愛くて、俺は少し胸が熱くなった。
「ああ。も…授業終わったら、ちゃんと休んで…分かった?」
「うん…そうする」
「それと病院から電話があったら俺にも連絡して?」
「え?」
「ほら…一応、朝までいた身としちゃ心配だからさ」
俺がちょっと笑って、そう言うともやっと普段のように微笑んでくれた。
「ありがとう……。ジョシュ、ほんとに優しいね……」
「そうかな…?普通だと思うけど?」
少し照れくさくて素っ気無く答えると、は静かに首を振って俺を見た。
「ううん…。その普通の優しさを見せれる人って…そんなにいないのよ?特に他人には」
は、そう言うと少し視線を伏せて、「私…頼ってばかりでごめんね…」と呟いた。
その表情は何だか今にも泣き出してしまいそうで俺はドキっとして慌てての頭に手を置く。
「そんなこと気にするなって。俺は、それで嬉しいんだからさ…」
つい本音が口から出た。
あ…と思った時にはも驚いた表情で俺を見ている。
「あ…いや…だからさ…。頼ってくれていいから…そんな気にしないで?OK?」
「ジョシュ……」
は本当に泣いてしまいそうな顔で俺を見ている。
そんな顔をされると、抱きしめたい衝動に駆られた。
だから、その気持ちに素直になって、ゆっくりとの肩に腕を回し、彼女の小さな体を腕の中に納めた。
「…ジョ…ジョシュ……?」
「一人で抱え込まないで」
「……え?」
「は元気に笑ってる方が似合うよ」
「……………」
そう言って少しだけ体を離すと、驚いたように、それでも恥ずかしいのか、かすかに頬を赤らめているの額にそっと口付けた。
それにはもビクっとしたように体を動かした。
見れば顔は真っ赤で瞳が潤んでいるようだ。
そんな瞳を見てると、ちょっと理性が危なくなってきたので、俺は慌ててを離した。
「じゃ、じゃあ……講義、頑張って……」
「………う、うん……ありがと……」
は真っ赤な顔で俯くと車のドアを開けて降りようとした。
その後姿を見て、何だか、このまま別れ難くなり、つい彼女を呼び止めてしまった。
「…っ」
「え……?」
ドキっとしたように振り返ったに、俺はちょっと微笑むと、「後で……電話していい?」と聞いてみた。
その言葉に、は一瞬、驚いたような顔をしたが、直ぐに恥ずかしそうに頷いてくれた。
それには、ちょっとホっとしながらも、
「じゃあ…電話するよ」
と言って彼女の頭にポンっと手を置くと、は視線だけ上げて、照れくさそうに微笑む。
そんなを見て自然と愛しい…という今までとは、また違った感情が俺の心に湧いてきて驚く。
だからなのか、頭で考えるより先に、顔を近づけ、そっとの頬にキスをしていた。
そんなものは、さっきの額にしたのと同じで挨拶程度のものだし、仕事で会った人にだってする。
なのに、その軽い挨拶程度のキスで、は、さっき以上に真っ赤になっている。
俺も自分の行動に驚いていて何も言えず、互いに黙って見つめ合っていた。
だが、その時、大学の方でチャイムが聞こえてきた。
その音にハっとしたは、すぐに車を降りると、
「じゃ…じゃあ……送ってくれて、ありがとう…。電話…待ってるから…」
と少し照れたように微笑んだ。
「ああ、じゃあ…後で…」
俺も、そう言って微笑むと、は頷いてドアを閉めた。
ドアが閉じられると俺は、すぐに車を出してホテルへと急ぐ。
チラっとバックミラーを見れば、は、まだこっちを見ているのが小さく写った。
驚かせちゃったかな……
あんなに赤くなるなんて思わなかった。
彼女だって今まで、あのアレックスとかいう男や他の男とも、それなりに恋愛はしてるだろうし、
男に慣れてるとまではいかなくても、挨拶程度のキスなら照れることもないと思ってた。
でも…それでも俺は自分が、さっき挨拶のつもりでキスをしたんじゃないと言う事を分かっていた。
そう…さっき感じた感情は今までの、"何だか放っておけない"という曖昧なものじゃなく、愛しいという、はっきりした感情だった。
この感情の意味…俺はの事が好きになったという事なんだろうか。
彼女と知り合ってから、まだ全然日は浅いというのに。
何も考えないまま、こうして会ったりしていたし、気付けば今、俺に一番近い女性になっている。
それが何だか不思議な感覚だった。
ここに来たばかりの頃は、あんなに重苦しかった気持ちが、今はスッキリとしている。
何だかんだと彼女の事に巻き込まれいくうちに、自分が抱えていたものが少しづつ小さく消えて行ってたんだ…。
はっきり言って俺は彼女の事は何も知らない。
名前と在籍している学校、年齢…友人関係…。
そんなものしか知らなくても、が愛しいと感じたのは嘘じゃなくて、俺は今、自分が感じてる気持ちが何なのか自覚していた。
"もっとの事が知りたい"
それだけで充分だ。
ホテルについて俺はすぐに自分の部屋へと向かった。
エレベーターに乗って軽く深呼吸をして気持ちを切り替える。
さっきロイが言ってた事は忘れていない。
大変な事が起きている。
それだけは分かっていた。
チーンという音と同時にドアが開き、俺は急いで廊下に出た。
すると、すでに部屋の前にスタッフが数人ウロウロしている。
その中にはニックの姿もあった。
「あ、ジョシュ!」
「ジョシュ、帰って来たかっ」
いつもはヒョウキンなニックも、この時ばかりは青い顔をしている。
「どこ行ってたんだよ〜〜!心配したんだぞ?!」
「悪い。ちょっと野暮用でさ。ロイは?」
「部屋の中。なあ、怪我はしてないのか?」
「ああ、大丈夫だけど…」
俺はそう言いながら部屋に入り、そして驚いた。
「ジョシュ…!!無事か?ん?」
入った瞬間、ロイが抱きついて来た。
だが俺が驚いたのは、その事じゃなくて――――
「君は確かさっきの……」
俺の部屋には見知らぬ顔の男が二人と知ってる顔二人がいた。
その知ってる顔のうちの一人が俺を見て、こっちに歩いて来る。
「サマセット…警部でしたよね?確か……」
「ああ…え?じゃあ君が、その行方不明だった俳優って事か…?」
サマセットは驚いたように目の前のジョシュをジっと見ている。
それを見てジョシュは少しだけ肩を竦めて苦笑すると、
「まあ…。行方不明か、どうかと言われると、ちょっと困りますけどね」
と答える。
「そうだったのか…。いや驚いたよ」
「何だ?ジョシュ、知ってる人か?」
ロイが驚いたようにジョシュから離れた。
「ああ、さっき、ちょっと…ね」
「さっきって…そう言えば、お前、今まで、どこに行ってたんだ?!何で刑事と知り合いなんだよっ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ロイ。俺だって聞きたいよ。どうして、ここに警察の人間が?しかも……」
そこで言葉を切ってサマセットを見る。
「あの事件を調べてる筈じゃ……」
「ああ、そうだよ。だから、ここに来たんだ」
「え?」
その言葉の意味が分からず、ジョシュは眉を寄せた。
するとサマセットの相棒、ミルズが怖い顔で近づいてくる。
「あんたの部屋の前に、これが落ちてた。どういう事か説明しろ」
「え?これは……?」
ミルズの持っている黒いジャケットに、ジョシュは首を傾げ、サマセットを見た。
そのジャケットは汚れていて皺だらけなのもあったが、ところどころ赤黒く染みがついている。
「…これは…アレックスの着ていたジャケットだ。これが君の部屋の前に落ちてた」
「何だって?!」
サマセットの言葉に、ジョシュは唖然とした。
あのひき逃げされたの元恋人の着ていたジャケットが、何で俺の部屋の前に?!
混乱して、その事だけが頭の中をグルグルと回っている。
「おい、お前がやったんじゃないのか?!」
「おい、ミルズ!はっきりした証拠もないのに滅多な事を言うな」
「でも警部…!怪しいじゃないですか!さっきはアレックスの入院した病院にもいたんですよ?!」
ミルズは少し興奮したように、そう言ってジョシュを睨んでいる。
だが、それを聞いて驚いたのは後ろで聞いていたロイとニックだ。
「病院って…ジョシュ、ほんとなのか?今まで病院に?」
「何でだ?その入院してる男って誰だよ?」
「それは……」
ジョシュはニックに腕を掴まれ、ハっとしたように顔を上げた。
「の……友達なんだ…」
「は?って……。あのちゃんか?」
「ああ。そうだよ」
それにはロイとニックも顔を見合わせ、驚いている。
「な、何でちゃんの友達が入院して、そこに、お前が行くんだ?なあ、おい!」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ、ロイ…っ」
ジョシュは、そう言ってロイが掴んだ腕を解くと、
「夕べ、に電話したらさ…。酷く動揺してて…聞けば誰かが事故に遭ったって言って泣きそうな声だったから…
心配になって夜中、に会いに行ったんだ…。それで事故の事を聞いて…そのまま彼女を病院に送ったんだよ…
刑事さん達に会ったのは、今朝、病院で会ったんだ」
そう説明してサマセットの方を見た。
「だから、そのジャケットが部屋の前にあったなんて知らなかったし、俺だって驚いてるんです。どういう事なのか…」
「そうか…。まあ、どうして部屋にいなかったのか、という事は分かった。だが…このジャケットは確かに、この部屋の前にあったんだ。
それは、どう見てもおかしいだろう?」
「それは…」
サマセットの言葉にジョシュは言葉が詰まり目を伏せる。
そして気付いた。
「あ……もしかして、"あいつ"が……」
「ん?あいつ?あいつとは……?」
サマセットが首を傾げて、ジョシュを見た。
だがジョシュは、そう言ったきり黙りこんで何かを考えている様子。
「おい!何だ?はっきり言え!じゃないと、署に連行する事になるぞ?」
ミルズだけはジョシュを疑っているようで凄みのきいた顔で睨んでいる。
「俺はやってない。だいたい、そのアレックスって奴の事だって聞いただけで知らないんだから」
ジョシュは不意に顔を上げて、そう言うと、サマセットは片方の眉を上げて黙ってジョシュを見ている。
そして軽く息をつくと、
「君は…あのという子と…どういう関係なんだ?かなり親しそうだったが……恋人か?」
と聞いてきた。
それにはジョシュも首を振った。
「いえ…。彼女とは、そう言う関係じゃないです。友達…というか…」
「友達?友達にしちゃ、夜中に心配だからって会いに行ったり、朝まで付き添っていたりと随分、親切じゃないか?」
「ミルズ…!」
「だって警部…どう考えたって怪しいですよ?!」
ミルズは若いからか、一人張り切った様子でサマセットにも食って掛かっている。
「お前は少し黙ってろ…。とりあえず…この状況では詳しく調べてみないと……一緒に来てもらえますか?」
「ちょ…どういう事です?うちのジョシュが犯人だとでも?!」
サマセットの言葉に慌てたのはロイだった。
「そんな事する訳ないでしょう?知らない奴だって本人も言ってるじゃないですかっ」
「まだ分からないだろう?あのって子を被害者と取り合って何かモメたかもしれない」
ロイの言葉にミルズが、つかさず、そう言うと、ニックが急に声を上げた。
「あ…ジョシュ!もしかして、あのストーカーかも!」
「バ…おい、ニック…っ」
それにはジョシュも慌てたが、それを聞いたサマセットが、「ストーカーとは…?」と聞いてきた。
「あ、いえ……」
「おい、ジョシュ何で言わないんだよ。お前が疑われてるんだぞ?この際、言った方がいいって!」
ニックは、そう言うと今までの事を全てサマセットに話してしまった。
が少し前から誰かにストーキングされてること。
そしてジョシュと仲良くなった後に、今度はジョシュのところにも花束とメッセージ、そして脅迫めいた電話が入ったこと。
最近ではの友人が警備員に捕まるという、ちょっとした事件が合ったこと。
それをサマセットは黙って聞いていた。
「刑事さん!調べてくれれば分かります!あの子ストーキングされてて、彼女に近づいた奴は、そういう目にあってるんですよ!
だから、今回の件だって、きっと、そのストーカー男が犯人なんだ。それでジョシュに、その罪をかぶせようと、そんな被害者のジャケットを…っ」
「おい、ニック!まだ分からないだろう?」
「何だよっ。ジョシュだって、そう思ってんだろ?お前が犯人にされそうだって時なのに隠してどうするんだよっ」
ニックも熱くなって必死に、そう言っている。
「まあまあ…落ち着いて…。話はだいたい分かりましたから…」
サマセットは少し苦笑しながらニックの肩をポンポンっと叩いた。
「警部…信じるんですか?」
「信じるも何も、まずは裏付けからだろ?お前の仕事だ」
そこは真剣な顔で言うと、ミルズも渋い顔のまま頷き、部屋を出て行った。
それを見てからサマセットはジョシュの方を見ると、
「とりあえず…逃亡の恐れはないので今日のところは出頭しなくていいですよ」
と微笑む。
「はあ…」
「まあ、君だって大変な仕事をしているようだしね。恋人でもない子の為に、人までは傷つけないだろう」
サマセットは、そう言いながら楽しそうに笑った。
それを見てロイやニックはホっとしたようだが、ジョシュは、この刑事、少し呑気なのか?と思っていた。
「それじゃあ…今日のところは帰りますが、何かあれば、いつでも連絡取れるようにしておいて下さい」
「あ、じゃ私の携帯番号を…」
そこはマネージャーらしくロイがサマセットに番号を教えた。
「じゃあ…撮影、頑張って。と言っても、この雨じゃロケも大変そうだ」
「まあ、そうですね」
ジョシュはそう言って肩を竦めると、サマセットは楽しそうに笑った。
「じゃ、私はこれで」
「どうも…」
サマセットは、そう言うと鑑識の人間を連れて部屋を出て行った。
ドアが閉まったところで、やはり大きな溜息が洩れる。
「はぁ〜何だ、これ……」
そう言ってドサっとソファーに倒れ込むように座ると煙草に火をつけ思い切り煙を吐き出した。
だが、そこで黙っていないのが、ロイとニックだ。
怖い顔でジョシュの両脇に座ると、
「何だ、これ?じゃない!!!それは俺の台詞だ、ジョシュ!!」
「そうだぞ?!お前のせいで寿命が一年は縮んだ!!」
とスピーカーよろしくギャンギャンと怒鳴り散らした。
それにはジョシュも顔を顰めて二人を手でグイっとよける。
「うるさいよ…!俺、寝てないんだから耳元でギャーギャー言うなってっ」
「な、何がうるさいだ!おい、ジョシュ!俺は聞いてないぞ?そのストーカーのこと!」
「言っても仕方ないだろ?俺のストーカーじゃない」
「仕方なくないだろ?巻き込まれてるんだから!!もう、あの子には近づくな!分かったか?!」
「そうだよ!そうした方がいいって、ジョシュ!」
ロイとニックに、そう言われてジョシュは思い切り顔を顰めた。
「そんなの二人に言われたくないよ。それにのせいじゃ……」
「そ、そうかもしれないが、変に同情するから、こんな事になるんだろ?!もう関るな!」
「そうそう!ジョシュは優しすぎんだよっ!ちゃんには可哀相だけど同情して轢き逃げ犯にされたくないだろ?!」
「だから同情じゃないって…!!」
ロイとニックの言葉に、とうとうキレたように、そう怒鳴りジョシュは立ち上がった。
それにはロイもニックも驚いたように口を開けて見ている。
「お、おい…同情じゃないって、どういう意味だ?ジョシュ……」
「そ、そうだよ…。どうせ、あれだろ?彼女の方が助けてとか言って来て放っておけなくなったんだろ?」
「そんなんじゃないっ。俺は……っ」
そこまで言って言葉を切った。
そうだ……俺は別に同情や変な優しさで、を心配してるんじゃない……
そう…さっきも感じた気持ち…それが理由なんだ。
「俺は……の事が…好きなんだよ………」
ジョシュは、そう言って二人を見た。
ロイとニックは、さっき以上に唖然とした顔でジョシュを見上げている。
「す、好きって、お前……。だって会ったばかりだろう……?」
「そ、そうだよ、ジョシュ…。この前だって、そんなんじゃないって言ってたじゃん……」
二人は唖然としたまま、そんな事を言っきて、ジョシュは軽く息をついた。
「さっき…気が付いたんだよ……。放っておけないって思うのも…俺はの事が好きだからなんだって…
それには一度だって俺に、"助けて"なんて言ってきたことがないよ。 俺には…いつも…謝ってばかりだ……」
そう言ってジョシュは二人から離れて向かいのソファーに座った。
するとニックが恐る恐る前に身を乗り出しジョシュを見る。
「お、おい、ジョシュ…本気か……?あの子に近づけばストーカーが…」
「そんなの関係ない。俺に何をしようが負けないよ。だって危険な目には合わせない」
「ちょ、ちょっと落ち着け、ジョシュ!な?」
「俺は落ち着いてるよ」
「だ、だって…ほんとに危険だぞ?だって、その轢き逃げされた男だってちゃんの元恋人だろ?!
じゃあ今度はジョシュに何かするかもしれない!やめとけって!他にも女は沢山いるだろ?」
ニックは何だか必死で、そんな事を言って来て、ジョシュは顔を顰めた。
「他に女がいるから何だよ?俺はを好きになったんだ。他に代わりなんていないよ」
「ジョシュ…!おい、ロイも何か言えよっ。ジョシュに何かあっても遅いんだぞ?って、もう、すでにヤバイけどさっ」
「あ、ああ…そうだっ。お前に何かあったら大変だ。あの子はやめとけ。な?」
「何だよ、ロイまで…。この前は新しい恋でもしろって言ってただろ?」
「そ、それは、そうだけど、何もわざわざ危険な目に合うと分かって、あの子と付き合わなくてもいいだろう?!」
「付き合ってないよ!」
「はあ?」
ジョシュの言葉にロイはアホみたいな声を出した。
「付き合うも何も、まだ自分の気持ちに気付いたばかりで、そんな事考えてもいないよ…っ」
心なしか顔を赤らめながらジョシュは、そう言うと不貞腐れたようにソファーに寝転がった。
それを見ながらロイとニックは顔を見合わせている。
「お、おいニック…ほんとか?」
「え?あ、ああ……じゃない?ほんと、この前まで、"そんなんじゃない、俺は今、仕事のことで頭がいっぱいだ"って言ってたけど……」
「はあ?そりゃ、また嘘つきだな……」
「ほんとだよな?鈍いにも程がある」
二人は何だか、驚きすぎたのか妙に冷静な顔で、そんな事を言いながらジョシュを見た。
その会話に、ますます顔を赤くしたジョシュはガバっと起き上がって、
「どうでもいいけど一人にしてくれよ!少し眠りたいんだ!どうせ今日もロケは中止だろっ?!」
と怒鳴った。
その声にビビったのか、二人はピョコンと立ち上がると、慌ててドアの方に行き、
「そうそう。今日は撮影休みに入ったから、ゆっくり寝ろ…?後の事は俺が色々やっておくから」
「うんうん。じゃあ、ゆっくり寝てろよ?」
と言って慌てて部屋を出て行った。
バタン…とドアが閉まると同時にジョシュは溜息をついて、もう一度ソファーに寝転がる。
「はぁ〜……何なんだよ、ったく…。俺が轢き逃げ犯?冗談だろ…?」
目を瞑ると途端に頭がグルグルと回る感覚に襲われた。
昨日から一睡もしていない上に、この騒ぎ。
ジョシュは酷く疲れていた。
それに初めて気付いた自分の気持ちにも戸惑いは少なからずある。
(の事が好き……)
それは確かに自分で驚いた。
こんな会って間もない子に惹かれる自分に…
少し心が弱っていたからだろうか。
それとも怯えている彼女を守ってあげたいと思ったから…?
どっちにしろ気付けば意識していたし、会ってない時にもの事を心配していたのは確かだった。
そして気付いた彼女への気持ち……
こんな簡単に恋に落ちていていいんだろうか…と自分でおかしくなってしまう。
と言っても人を好きになるのは理屈じゃないんだけどな……
そんな事を考えていたら意識が遠のいてきた。
次第に頭がボワーっとしてきて睡魔が襲ってくる。
(ああ…こんなとこで寝たらダメだ…ベッドルームに行かないと…)
そう思った瞬間にもジョシュは夢の中へと落ちていった。
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