今日も彼女はいるだろうか。
そう思いながら僕は少し日差しの強い空を見上げながらゆっくり人通りの少ない道を歩いていた。
スタジオの裏にある小さなカフェ。
店内は少しアンティーク風で、とても静かで落ち着く雰囲気だ。
この店を僕は気に入っていた。
一人になりたくて、珍しく、いつも行く方向とは反対に歩いて来た時に、ここを見つけた。
思ったとおりスタッフも共演者もいなくて、僕は一人で静かな時間を持つことができる場所となった。
言ってみれば僕の隠れ家的な場所だった。
そこに彼女はいたんだ。
彼女は奥の窓際の席に座り、静かに本を読んでいた。
近所に住んでいるのか、持ち物は小さなポーチのようなバッグだけ。
服装も派手とかではなく、白いシャツにジーンズといった爽やかな服装で、
だけど時々かきあげる長い髪がちょっとセクシーだと思った。
ブロンドの子以外でセクシーだと思ったのは初めてで、(彼女は黒い髪に黒い瞳だった)
僕の感で言えば、きっと彼女は日本の子なんじゃないかと思った。
と言うのも、この店のマスターが前に彼女のことを、「」と呼んでいたから。
その名前の響きは東洋系の中でも日本なんじゃないかと思ったんだ。
マスターの態度を見れば彼女が常連なのは分かった。
そして・・・そう、彼女は僕よりも少し年上なんじゃないかと。
日本の女性は年齢より若く見える。(これは前にドムやリジィがよく言っていた)
でも彼女はどっちかと言えば可愛らしいというよりは美人。
整った目鼻立ちにスっと伸びた睫毛が少し離れた場所から見ても分かるほど奇麗で、つい目が行ったんだ。
そして・・・彼女はとても奇麗な手をしていた。
本をめくる、その奇麗な手に僕は見惚れてしまった。
女性特有の小ささに、透き通るほど白い肌。
そして長い指・・・
あんなに奇麗な手を持った女性を僕は他に知らなかった。
それから・・・何となく彼女に会えるのが楽しみで、こうして、その店に通っている。
少し歩くと店の看板が見えて来た。
と言っても大げさに掲げてあるわけじゃなく、本当に気をつけてみないと分からない。
カフェと言うよりは何となくアトリエ風なデザインなので、僕も最初はカフェだと気づかなかったくらいだ。
(ちょっとお洒落な外観だから近づいてみたら、そこがカフェだと気づいたほど)
はぁ・・・ちょっと・・・暑いかな・・・
そう思いながら今日は冷たいものを頼もう・・・なんて思っていると、不意に店のドアが開き、誰かが出てきた。
「じゃあマスター、またね」
「ああ、ありがとう。気をつけて」
そこから出てきたのは・・・"彼女"だった。
彼女は少し目を細め、空を見上げながら手を翳すと、持っていた日傘をさして、ゆっくりと歩き出した。
そして、それを見ていた僕の足は・・・・・・何故か彼女の後をついていくように動き出す。
何してるんだろう? と一瞬、頭にそんな事が過ぎったが、何となく引き換えせず、そのまま彼女の後ろから歩いて行く。
彼女はどこの誰なんだろうというのが少し興味があったのかもしれない。
何故、それほどに彼女が気にかかるのかも分からないけど・・・
彼女は少し先を歩いて行くと、さほど大きくもない公園に入っていく。
それに気づいて慌てて急いで入り口から覗いてみた。
すると―
「私に何か用事?」
「―――ッ!」
心臓が飛び出るのはこの事だと思った。
一瞬にして僕の体は金縛りにあったかのように固まってしまった。
だけど、このままじゃ変態と勘違いされてしまうかもしれないと思い、目の前でちょっと伺うように見ている彼女につい、
「H...Hi....!」(最悪だ)
なんて間抜けた挨拶をしてしまった。(おまけに笑顔も引きつってたり)
これでも女性の扱いに慣れていると思ってたけど、この時ばかりは高校生なみの自分に眩暈さえする。
だけど彼女は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐにクスクス笑い出した。
「・・・Hi!前に・・・会った事あるわよね?」
「え・・・?!」
「あの店で・・・。でしょ?」
(しっかりバレてるし!)
僕はその事に驚き、何て言っていいのか分からず頭をかいた。
すると彼女はニッコリ微笑んで公園の中へと入っていく。
それを見て、行ってしまうと思った僕は慌てて追い掛けた。
「あ・・・待っ・・・」
「そこ・・・座らない?」
「え・・・?」
彼女はそう言って公園の中のベンチを指差した。
ちょっと唖然とした僕はそれでもゆっくり彼女の座ったベンチの前まで歩いて行く。
「ここ日陰だから涼しいの」
「あ・・・うん・・・(そういうことか)」
彼女はそう言ってちょっと微笑むと日傘をたたんでベンチに立てかける。
僕は少し遠慮して彼女から離れて座ると、
「私に何か用事?」
「え・・・? あ、いや・・・」
「あなた・・・時々、"Arrivederci"に来てるわよね」
「え・・・アリヴェ・・・?」
「"アリヴェデールチ"。あの店の名前よ? イタリア語で、"またお会いしましょう"って言うの」
「へ、へぇ・・・そうなんだ・・・」
「マスターはイタリアの人なのよ? 気づかなかった?」
「そ、そう言えば・・・ちょっと顔が濃いなぁと・・・」
「やだ・・・」
僕の言葉に彼女はクスクス笑い出した。
その笑顔はハっとするくらいに奇麗で、口元に持っていった手も、やっぱり奇麗だと思った。
それに凄くいい人だ。
(だって、いきなり後をつけてきた僕を怖がらず、こうして話してくれてるんだから)
「えっと・・・ごめん・・・ね? 後をつけるつもりはなかったんだけど・・・つい君が店から出て来るのが見えて―」
「よ」
「え?」
「。私の名前」
「あ・・・えっと・・・僕は・・・オーランド・・・オーランド・ブルーム」
「そう。いい名前ね。宜しく、オーランド」
「あ、こ、こちらこそ・・・」
彼女がとても柔らかく微笑むから、何だかさっきから鼓動が早くなって、ちょっと息苦しい。
と言うか・・・何やってるんだ?
仮にも俳優なんてやってるのに、こんな風に女性の後をつけて、しかも名前まで普通に名乗っちゃったよ。
「オーランドは・・・この近くに住んでるの?」
「え? あ・・・いや・・・今は・・・・・仕事で来てるんだ・・・」
「そうなの。私はこの公園を抜けたところに住んでるの。静かでいい場所よ?」
「そ、そう・・・なんだ。だからあの店によく?」
「ええ。あそこの紅茶と手作りパンが大好きでランチは毎日」
「そっか。僕もあそこの紅茶は大好きだよ?」
「オーランドは・・・イギリスの人?」
「え・・・? 分かる?」
「ええ。話し方で」
「ああ・・・そっか。えっと・・・は? 日本の人かなって思ったんだけど・・・」
「そうよ。日本人。ずっと、こっちに住んでるんだけど」
「そっかぁ。どおりで奇麗な英語だと思った」
「ありがとう。でも私の場合、米語よ?」
彼女はそう言ってクスクス笑った。
それから僕らは一時間ほど互いの話をした。
そこで彼女の事が少しだけ分かる。
思ったとおり、彼女は僕より5歳、年上だった。
今はエッセイを書く仕事をしていて、この近くの一軒家に一人暮らしをしているという。
本を読むのがとても好きで今は推理小説を、あの店で読むのが楽しいらしい。
ピレネー犬を一匹飼っているそうで、僕も犬を飼ってるから、犬の事でも盛り上がった。
(恋人がいるのか? と聞いてみたかったけど、それはやめておいた)
彼女と話していると凄く楽しくて、年齢差なんて感じもしなかった。
(逆に年上の女性もいいなぁなんて思ってしまったくらいだ)
そんな話をしていると、あっという間に時間が過ぎていく―
「あ・・・そろそろ戻らないと・・・」
「あ、仕事?」
「うん」
「そう。私も犬の散歩しなくちゃ」
彼女はそう言ってベンチから立ち上がると日傘を手にして振り返った。
僕は何となく、このまま別れてしまうのが寂しくて、連絡先を聞こうかとも思ったが、会ったばかりで失礼かな・・・と躊躇する。
「じゃあ・・・仕事頑張って」
「あ、うん・・・」
結局、聞くことが出来ず歩いて行こうとする彼女の背中を見送る。
だが、ふと彼女が足を止め、振り返った。
「そう言えば・・・まだ聞いてなかったわ」
「え?」
「オーランドが私を追いかけて来た理由」
「あ・・・」
彼女はそう言って少し首を傾げている。
それを見て僕はゆっくりとの方に歩いて行った。
「えっと・・・また・・・こうして・・・会って話とか・・・したいんだけど」
「え・・・?」
「それが"答え"って言ったらダメかな?」
僕の言葉には少し驚いたように目を見開いた。(黒い瞳も凄く奇麗だ)
でも、すぐに微笑むと、僕の方に手を差し出した。
「これから宜しく」
「え・・・」
「また、あの店でね」
彼女はそう言ってニッコリ微笑み、その笑顔に僕も微笑み返す。
「明日も・・・お昼頃に必ず行くよ」
次の約束
信じて僕は言葉を繋いだ
※ブラウザバックでお戻りください。
年上の女性に一目惚れするオーリィ(というか若干ストーカーって話も・・・笑)
皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて…
【C-MOON...管理人:HANAZO】
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