Celebrity......~Love only of ten days












長い渋滞を進む間、私とレオは他愛もない話をしながら二人で笑ってた。
明日の事は考えないようにして、まるでこの時間がずっと続くような、そんな錯覚を起こすくらい普通に。


やっとの思いでホテルについてから、お腹がペコペコだった私たちはすぐにレストランへ食事をしに行って、
その後はバーで少しだけ飲んだ。


初めて会った日の夜に来たあのバーに・・・


そこでレオはまたドンペリを開けながら、


「何だかあの夜が凄く遠い日の事のように思えるな・・・たった10日前の事なのに・・・」


と呟いた。









――その言葉を聞いた時、本当にそんな気がして胸がチクリと痛んだ。




















The tenth last day..... Dream...









11月9日、日本に帰国して10日目。


レオは今夜の便で・・・日本を発つ――













何となく意識が戻り、私はゆっくりと目を開けた。
夕べは疲れていたからベッドに入るとすぐに眠ってしまった。
熟睡したのか今朝は何だか頭もスッキリしていて私は軽く欠伸をすると少しだけ体を起こす。


「・・・まだ9時か・・・」


時間を確認すると私は再びベッドに寝転がり、軽く息をついた。
そして、ふと夕べのレオの言葉を思い出す。
バーから戻ってきてお互いの部屋へと入る時、レオは私の額に"お休みのキス"をした。


「明日・・・。一緒に帰れるよう祈ってるよ」


私は何も言えず、ただ微笑み返す事だけで精一杯だった。


色々な不安があった。
私はレオの事を何も知らない。
この日本にいるレオの事しか・・・
レオもきっとそうだろう。
私の事は何も知らないはずだ。
なのに・・・どうして私を選んでくれたんだろう・・・?


こんな事を考えるじたい・・・レオに惹かれていると言う証拠だ。
小さなことでも気になる・・・それは・・・自分でも分かっていた。
レオといると自然にホっとしてる自分がいる。
気づけばレオがいつも傍にいてくれて・・・憎まれ口を叩いても、それでも私は楽しかった。
出来ればこのままレオと一緒にいたいと思ってしまう。
でも引っかかるものがあるのは・・・コリーとの事を曖昧にしたままだからだ。
あの電話のことは誤解だったけど、私たちの問題はそれだけじゃない。
今までの事を含めて、まずは彼と会って話し合わないといけない。
それからじゃないと・・・今の私には答えなんて出せない気がした。
だからと言ってレオに待ってもらうなんて、そんな勝手なこと言えるはずもない。


・・・タイムリミットは今夜――



私はギュっと目を瞑って布団に潜った。
その時―




キンコーン・・・




「・・・?」



部屋のチャイムが鳴り、私は布団から顔を出した。


(誰だろう?こんな時間に・・・)


そう思いながらベッドから出るとガウンを羽織ってリビングに向かった。
ドアにそっと近づくと再びチャイムが鳴らされる。


「・・・レオ?」


もしかしたら、と思ってそう声をかけると私は静かにドアを開けた―




























「これでよし、と・・・」


俺は荷物をトランクに入れ終わり軽く息をついた。
夕べは寝る前に酒を飲んだのになかなか寝付けなくて夜明け近くに眠った。
起きてみればすでに午後12時過ぎで俺は慌ててチェックアウトの用意をしたのだ。


日本にいられる最後の日。
そして・・・と一緒にいられるのも最後になるかもしれない。


「はぁ・・・シャワーでも入ってスッキリするか・・・」


ソファから重い腰を上げ、バスルームへと歩いて行く。
ガウンを脱ぎ捨て中に入ると熱いシャワーを頭から浴びた。
何とか頭もスッキリしたところでバスルームから出ると部屋の電話が鳴っていて、
俺はバスタオルで濡れた髪を拭きながらも慌てて受話器を取った。


「はい」
『レオか?』
「あ・・・ジェームズ?」
『ああ、おはよう』
「おはよう」


ジェームズから電話なんて珍しい事もあるもんだ。
日本に来てから一緒の仕事はしてたが、それ以外は別行動をとる事も多かった。
彼は俺をなるべく自由にしてくれてたし食事をする以外、彼もまた好きな時間を過ごしてたはずだ。
今日で日本を発つからだろうか。


「何、どうしたの、ジェームズ」


あれこれ考えながら尋ねると受話器の向こうで彼は静かに笑った。


『どうだ?荷造りは終わったのか?』
「・・・ああ、今さっき全部終わった。チェクアウトは午後4時だろ?」
『ああ、そうらしいな。それで・・・今・・・ちょっといいかな?』
「え?あ・・・いいけど・・・」
『一緒にお茶でもどうかと思ってね』
「いいけど・・・」


何だろう?ほんと珍しい事もあるもんだ。


そう思っているとジェームズは、


『じゃあ私の部屋に来なさい。ルームサービスを頼んである』


と言って静かに電話を切った。
俺も受話器を置くと首を傾げつつソファに座った。
煙草に火をつけ思い切り吸い込みながら濡れた髪をかきあげる。
そしてふと隣の部屋に視線がいった。


は・・・もう起きてるかな・・・
今日の昼は別に約束もしていない。
まあ昨日は渋滞の中運転したし寝る前に酒を飲んだからまだ寝てるかもしれないな・・・


顔が見たい、と思ったが寝てたら可愛そうだと思い、俺は煙草を消して立ち上がった。
ベッドルームで簡単に着替えを済ませると髪を適当に乾かし部屋を出る。
ジェームズの部屋は向かいにあり、俺は軽く深呼吸をするとチャイムを鳴らした。


「どうぞ」


ドアが開いたと思うとザンが顔を出した。


「おはよう、ザン」
「おはよう御座います。レオ」


挨拶すると彼は笑みを見せて俺とは入れ違いに部屋を出て行った。
きっとジェームズに外すように言われたんだろう。
そのままリビングに歩いて行くと今度はボブとマーカスが歩いてきた。


「やあ、レオ」
「おはよう、ボブ」
「ジェームズがお待ちかねだ」


ボブはそう言って俺の肩をポンと叩くとマーカスと一緒に部屋を出て行った。
俺がリビングに行くとジェームズはソファで寛ぎ、何か予定表に目を通している。
だが俺に気づくと顔を上げてニッコリ微笑み眼鏡を外した。


「やあ、レオ。気分はどうだい?」
「・・・まあまあ・・・かな」


そう言って向かいに座るとソファに凭れた。
テーブルの上にはすでにカップが用意されていてジェームズはそれにコーヒーを注いでくれる。


「サンキュ」


それを受け取りゆっくり飲むと軽く息をついた。
ジェームズも同じようにコーヒーを飲むと窓の方を振り返り少しだけ目を細める。


「今日はいい天気だな・・・秋晴れという奴かな」
「ああ・・・ちょっと寒いけどね」


俺は煙草に火をつけるとジェームズと同じように窓の外を眺めた。
青い空に白い雲が流れていて、少し風が強いように感じる。
その時、ジェームズがゆっくりと俺の方を見た。


「どうだ?」
「え?」
とは・・・上手くいきそうか?」


ジェームズは少し伺うように訊いて来た。
その様子を見て、俺は彼が心配してくれてる事を悟った。


「・・・よく分からないよ。ダメな気もするし・・・もしかしたらって思うこともあるし」
「・・・そうか。もうあのチケットは渡したのか?」
「・・・うん、昨日渡した」


に渡したチケットの手配はジェームズがしてくれたのだ。
彼は俺の言葉に優しく微笑むとゆっくりとカップを口に運んだ。


「なら・・・あとは運を天に任せるしかないか」
「・・・かもね・・・って・・・ジェームズ、それ聞くために俺を呼んだわけ?」


ふと疑問に思って尋ねると彼はふっと笑みを零した。


「いや・・・今日は私も余計な仕事がないし、たまにはレオとゆっくりお茶でも飲みたいと思ってね」
「ほんとに?」
「・・・まあ・・・との事も気にはかけてたんだが・・・」


ジェームズはそう言って苦笑を洩らした。


「レオが異国の地で見つけた運命の女性かもしれないしな」
「・・・運命・・・か・・・」
「そうだ。まるで映画のような出会いだろう?」
「確かに・・・ね。人違いで攫ってきたとこからして」


俺がそう言って肩を竦めるとジェームズは楽しげに笑った。


「これで上手くいけば映画に出来るんだが・・・」
「・・・何だよ、それ」


俺は彼の言葉に思わず吹き出した。
さすが監督。
どういう状況でも頭の中では映画の1シーンを作ってるようだ。


「レオ・・・私から見てると・・・君たちはお似合いだと思うよ」


俺が苦笑してると不意にジェームズがそんな事を呟いた。


「どんな答えをが出しても・・・今のような気持ちにさせてくれる人と出逢えた事はいい事だ」


"どんな答えを出しても"


ほんとにそうだ。
もし振られたとしても・・・俺はと出逢ったことを後悔したりはしないだろう。
いや・・・こんな想いをくれて逆に感謝しているくらいだ。
は乾ききっていた俺の心に水を与えてくれた。


「・・・サンキュ、ジェームズ・・・」


彼のその言葉は苦しくて仕方のなかった俺の気持ちを少しは軽くしてくれるものだった―























「用意・・・出来た?」


ドアを開けるとレオが優しい笑みを浮かべて立っていた。


「うん・・・」
「じゃあ・・・行こうか」


レオはそう言って私を廊下に促した。
するとザンがすぐに私のトランクを運んで行ってくれる。
今日で本当にこのビップルームともお別れ。


「ジェームズは・・・?」
「先にロビーに行ってるよ」
「そう・・・」


皆も今日ここをチェックアウトする。
自分たちの国に帰るために―


チンと音がしてエレベーターの扉が開くと、ちょうどボブが歩いてきた。


「チェックアウトは済んだよ」
「そう。あれ、ジェームズは?」
「もう車に乗って待ってる。・・・実は外にファンが集まってきてるんだ」


ボブは困ったように肩をゆすった。
レオはかすかに眉を寄せ、そして私の事を見た。


「じゃあサッサと車に乗っちゃおうか」
「でも私がいたらまずいんじゃない・・・?」


レオの言葉にそう答えると彼はちょっと笑って首を振った。


「別にまずくないよ。いいから行こう」


そう言って私の手をそっと繋ぐとそのままロビーを歩いて行く。
私は驚いてボブを見たが彼は苦笑いしながらも、「いいよ、一緒に乗って」と言ってくれた。
外に出ると確かにホテルの向かい側にファンが集まっているのが見える。
レオが出て行くとキャーキャーと甲高い声があがった。
それを聞いて咄嗟に繋いでいた手を離すとレオは困ったように眉を下げている。


「気にしなくていいのに」
「そ、そういうわけにはいかないでしょ?」


そう言ってザンが開けてくれた車に乗り込む。(ここに来た時と同様、大きなリムジンだ)
ファンの子達だってレオが女の子と手を繋いで帰っていく姿なんて見たくもないに違いない。
無意味に嫌な思いをさせたくないと思った。
車に乗り込むと向かい側にジェームズが座っていて笑顔で出迎えてくれた。


「やあ、。今日は天気が良くて気持ちがいいね」
「ほんとに」
「忘れ物はないかい?」
「え、ええ・・・」


穏やかに微笑む彼は今日で最後という感じを全く出さない。
彼の色々な気遣いを感じて私も本当に最後の時までお礼は言うまいと思った。
レオも乗り込むとリムジンは静かに動き出し、ホテルの敷地から道路へと滑るように出る。
その時ファンの前を車が行き過ぎ、歓声が聞こえてきた。


「レオ、手でも振ってあげなさい」


ジェームズが窓を開けながら笑顔で手を振っている。
レオも同じように笑顔で手を振ると泣きながら手を振ってる子までいて私は何だか胸が痛くなった。


やっぱり・・・凄い人なのよね・・・
何の発表もしてないのに帰る時にも大勢のファンが見送りに来るんだから。


そんな事を思いながら手を振っているレオを見てるとだんだんホテルから遠ざかり、
そのうちファンの声も聞こえてこなくなった。


「次はいつ来れるかな・・・」


手を振るのをやめたレオはそう呟いて外の景色を眺めている。
その横顔は少し寂しげに見えた。


そう・・・私も次はいつ日本に帰って来れるんだろう。
ロスに戻ればまたいつもの日々が待っている。
その生活の中にいると日本の事を忘れがちになっていた。


「レオは次の作品で来れるんじゃない?」


私がそう言うとレオはちょっと笑って、「だと・・・いいけどな」と言った。
自分のいる世界が儚いものだと彼は知っている。
それでも好きだから、どんな辛いことがあっても頑張ってるんだろうな・・・
そんな彼の傍にいてあげる人は・・・そういうレオの気持ちを理解できる人の方がいいのかもしれない。


少し早めに出たからか、夕方の時間でも渋滞に巻き込まれる事なくK-1の会場へと到着した。
私は目の前に聳え立つ丸い建物を見上げて思わず感動を覚える。


「私、東京ドームって初めて来た・・・」


そんな私の言葉にレオもジェームズも笑っている。
ここで野球の試合が行われているのは知ってたが格闘技の試合まで見れるなんて驚きだ。


車を下りるとSPらしき人物に囲まれたお偉いさんのような人に出迎えられた。
当然レオ達は他の客とは別の入り口から入る事になる。
50代くらいのスーツを来た男性に案内され駐車場から上へと上がると広い通路を暫く歩いて行った。


「ねぇ、レオは試合どこで見るの?やっぱりVIPルーム?」
「俺?俺はそんな遠くて狭い場所じゃ見たくないよ。当然、最前列!」
「え・・・さ、最前列って・・・大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。やっぱ格闘技は前で見ないと迫力ないだろ?」


レオはそう言って楽しそうに笑った。
その言葉を聞いてふと不安になる。


「まさか・・・私も最前列で見る・・・とか?」


そう言ってレオを見上げると彼はニヤリといつもの意地悪な笑顔を浮かべた。


「もちろん。は俺の傍から離れちゃダメ」
「ど、どうしてよ・・・」


思わず聞き返すとレオはふと寂しげな笑顔で私を見た。


「今日で・・・最後になるかもしれないし?出来るだけと一緒にいたいんだ」
「・・・・・・・・・」


その言葉にドキっとして顔を上げるとレオは優しく微笑んで私の頭をクシャっと撫でた。


「そんな顔するなよ。もっと楽しそうに笑ってて」
「・・・レオ・・・」
「あーまだ時間あるな・・・。試合まで見学しようか」


レオはそう言って話を変えると私の手を繋いだ。
ギュっと強く握られた手に彼の気持ちが現れていて少し胸が苦しくなる。
その時、通路奥にあったドアが開けられ、私達はドームのロビーへと出た。


「うわぁ・・・こんなに綺麗なんだ」
「結構広いよなぁ・・・。あ、ジェームズ、俺達ちょっと見学してくるよ」
「ああ、私は上の狭いVIPルームにいるよ」


ジェームズはそう言って笑うとザンやマーカス達とスタッフの案内で歩いて行った。
それを見送ったあとレオは楽しげに私の手を引いていく。


「ここって結構上の方なんだな・・・」
「ほんと・・・」


会場の方に歩いて行くとまだ下に席が見えて私たちはかなり上の階にいる事が分かった。
きっとこの階はVIPの人くらいしか来ないのだろう。
下はすでに客も入り始め、どんどん席が埋まっていく。
てっきり男ばかりかと思えば、かなり女性も多くて私は驚いた。


「K-1って人気あるんだね」
「そりゃね。アメリカでも人気あるよ?ラスベガスでやる時は俺も必ず行くし」
「へぇ・・・。格闘技なんて真剣に見た事ないわ」


私が苦笑しながら、そう言うとレオは笑いながら、


は自分がやってるんだろ?」


なんて憎まれ口を叩く。
そんな彼を睨んで私は、「どうせ乱暴ですよ」と口を尖らせ顔を逸らした。
その時、不意に頬に温もりを感じハっと顔を上げると優しい瞳と目が合う。


「な・・・」
「そんなも好きだけどね、俺は」
「・・・・・・」


頬に不意打ちでキスされたのと今の言葉で私はかすかに赤くなった。
レオは黙って優しい笑みを浮かべて私を見ている。


なんて答えていいのか分からずにいると彼はちょっと笑ってまた私の手を引いて歩き出した。




















俯いたままの彼女を見て俺は内心苦笑していた。
かすかに頬が赤く染まり、照れているんだと分かる。
そんな彼女を見てやっぱり可愛いなと思った。
本気でこのまま攫っていきたくなり、自然と繋ぐ手に力が入った。
それを感じたのかはビクっとして顔を上げると、


「あ・・・あっち見てみない?」


と誤魔化すように俺の手を引いて行く。
俺はそのまま彼女について行った。


今夜、の返事が聞ける。
さっきジェームズにはああ言ったが俺は内心、ダメだろうなと思っていた。
きっとは俺と一緒には帰らない。
何となくそう思った。


元々は恋人と別れるかもしれないと思ってたからこそ告白する勇気が持てたんだ。
でも今はその恋人と別れる理由もなくなった。
後は本当にの気持ち次第だ。
そして、その気持ちがにはない事も・・・・薄々気づいていた。


俺は無理にはしゃぐ彼女を見ながら、今のこの時間を大切にしたいと思っていた。













「・・・・・・・・・」
「うーわ!すげー今の見た?!・・・って何で俯いてんの?」


俺は隣で下を向いてるの顔を覗き込んだ。
彼女は思い切り顔を顰めて、


「だって痛そうなんだもん・・・」


と呟く。
試合開始から30分。
彼女は試合が始まってからずっとこんな調子だった。


「あんな試合、こんな最前列で見てたら怖くて仕方ないわ」
「それが格闘技だろ?こう見てて燃えてこない?」
「全然こない!」


はそう言って顔を逸らすと後ろを振り向いた。


「彼女たちはどうしてあんなに騒げるんだろ・・・」


どうやらは沢山の女性が楽しそうに試合を見て騒いでるのが不思議でたまらないらしい。


「ま、世の女性達は色々と退屈してるって事だろ?」
「そうなの?私は普通のスポーツがいいけど」
「いいから、ほら!試合見よう。見てれば面白くなるって」


俺がそう言っての肩を抱き寄せると彼女は途端に慌てだした。


「ちょ、ちょっとレオ・・・こんな大勢いるのにっ」
「別に気にしなくていいって」
「で、でもテレビカメラ入ってるのよ?」
「あーそっか・・・。がまずい?」


それを思い出し尋ねるとは呆れたように溜息をついた。


「私の事じゃなくて・・・レオのこと気にしてるの」
「俺?」
「そうよ!もっと自分がスターで有名人だってこと自覚したら?」


はそう言うと俺から少し離れてしまった。


俺としては別にテレビカメラがあろうが、なかろうが全く気にしないのに。


そう思いながらも仕方なく試合に集中する事にした。
こうして騒いでると胸の痛みも一瞬は忘れられる。


この試合が終わる時、彼女との時間が終わりを告げる。


そう思うと怖くて苦しくて堪らないから―


















「あーあの技でKOって驚いたよ!見てた?ジェームズ!」
「ああ。しかし初めてみたが凄い迫力だな!」
「最前列なんてもっと凄いって!ジェームズも下で見れば良かったのに!」


レオは興奮冷め遣らずといった顔で身を乗り出した。
今はジェームズ達がいたVIPルームに来ている。
試合後、混乱する前にザンとマーカスが連れて来てくれたのだ。


「最後の試合、ビデオに撮ったし帰りの飛行機で見ていこう」
「おいおい・・・移動中は休んでおけよ?」


レオの言葉にジェームズは苦笑するとゆっくりワインを口に運んだ。


「こんな試合見た後じゃ寝れないよ」


私は出されたオレンジジュースを飲みながらレオの話を上の空で聞いていた。
ほんとは試合中もそうだった。
試合を見るよりも、自分の中で真剣に答えを出そうともがいていたのだ。


この10日間の事を思い出してた。
帰国早々おかしなトラブルに巻き込まれて、普通なら知り合えないような人達と出逢った。
本当なら絶対に泊まれないような豪華なビップルームに招待されて私にとっては全てが驚きの連続で。
最初は意地悪で何て人なんだろうと思ってたレオも、気づけば一緒に笑いあってるのが楽しくなってた。
有名人のくせに気さくで全然気取っていない自然体の彼に私は知らないうちに元気をもらってたんだ。
まるでプリティーウーマンのように一緒に買い物をした。
金額なんて全然気にしない彼に最初は驚いたけど、それでも私は一瞬の夢を見れた。
ただの学生でロスでのコリーとの生活に疲れていた私に思ってもみない夢を見せてくれた。
10日間の夢・・・でも私には一生分の価値がある。


その夢も・・・今日で終わるんだ。
今も刻一刻と帰る時間が近づいている。
そして私の中でやはり今は一緒にロスにはいけないという答えが出ようとしていた。


それを思うとズキンと胸が痛んだ。
この胸の痛みも自分では分かっている。


レオと離れたくない―


難しい事を考えなければ簡単に出てきたシンプルな答え。
なのに・・・一緒には帰れないと言おうとしてる。
矛盾してる・・・でも・・・このままレオについていっていいはずがない。
こんないい加減な状態で・・・本気で好きだと言ってくれたレオに答えていいはずがない・・・
私なりにけじめをつけないと。


その時、部屋にボブが入ってきた。


「OK!Guys!時間だ。帰る用意が出来たぞ」

「「―――っ」」


不意にその時間は訪れた。
だがレオは、「もう帰るの?いいじゃん、まだ。あ、どうせなら明日にしない?」と言って肩を竦めた。
それにはボブも苦笑しながら首を振る。


「そんな事したら後の仕事が大変になるってレオのエージェントから怒られるよ」
「・・・そっか・・・」


ボブの言葉にレオは軽く息をつくとソファに凭れた。
するとジェームズが立ち上がり、「私たちは先に駐車場へ行ってるよ」と私たちを見た。
その言葉の意味する事が分かり、隣にいたレオがチラっと私を見る。


「OK...先に行ってて」
「ああ。じゃあ・・・。後でな?」


ジェームズの言葉に私は答える事が出来ず、ただ笑みを浮かべるだけしか出来なかった。
それでも彼は優しく微笑むとボブやザン、マーカス達と部屋を出て行く。
ドアが閉じられた時、静けさだけが残った。


「はぁ・・・」


レオは小さく息をつくと少しだけ体を前にして膝の上で両手を組んだ。
私はすでに喉の奥が痛くてちゃんと自分の気持ちを伝えられるかどうか不安になる。
それでも・・・伝えなくちゃいけない・・・今の・・・自分の気持ちを。


「・・・何だか・・・時間ってアっという間に過ぎるんだな・・・」


レオが苦笑混じりに呟いた。
そんな彼を私はゆっくり見て軽く呼吸を整える。


「レオ・・・」
「・・・うん」


レオも小さく深呼吸をすると私の方に体を向けた。
その瞳は真っ直ぐで綺麗なブルーグリーンの瞳に私が映っているのが見える。
彼の・・・この瞳が凄く好きだった。


私はバッグの中から封筒を出した。
この中にはレオからもらったチケットが入っている。


「これ・・・」


それをレオに差し出した。
彼の瞳は私からその封筒へと移され、かすかに揺れた。
それすらも胸を痛くさせる。
ズキズキとさっきから鳴り止まない痛み・・・
まるで自分が酷い事をしてるような気になる。
ううん・・・実際にしてるんだ。
これから私は・・・レオを傷つけるんだから―


膝に組まれていたレオの手がゆっくりと動き、私の手から封筒を受け取った。
そして彼の瞳がもう一度私を見つめる。
それだけでドクンと鼓動が動き出す。
喉が痛くて唇が震える。
でも・・・でも言わなきゃ。


そう思いながら私はキュっと唇を噛み締めた。


「レオ・・・私やっぱり―」


「一緒には帰れないんだろ・・・?」


「え・・・?」


先にレオが口を開き、私はドキっとして顔を上げた。
無意識のうちに膝の上で両手をギュっと握り締めながら微笑を浮かべる彼を見る。
レオはかすかに息を吐いてソファに凭れると軽く目を伏せた。


「・・・何となく気づいてた・・・。がそう言うだろうなって」
「・・・レオ・・・」
「そうなんだろ・・・?」


不意に涙が浮かんだ。
堪えるように唇を噛み締めながら小さく頷くとレオは「やっぱりな」と言って苦笑いを浮かべている。
そして再び私を見た。


「ああ・・・唇切れちゃうよ・・・?」


彼はそう言って私の唇に触れた。
それさえもドキっとして、その手を掴みたくなる。
レオは指で私の唇をなぞると、「泣くなよ・・・」と微笑んだ。
その笑顔を見たら堪えていた涙が頬を伝っていく。


「・・・ごめ・・・私・・・」
「何も誤る事ないって。仕方ない事だからさ」


レオはそう言いながら私の頭を撫でてくれている。


「恋人がいるの分かってて・・・俺が勝手に好きになったんだ・・・。困らせるようなこと言って俺こそごめんな?」
「・・・・・・っ」


レオの優しい言葉に胸が痛んだ。
もう何も言えなくて黙って首だけ振るとレオはそっと頬の涙を拭いてくれた。


「やっぱり・・・彼のとこに戻るの・・・?」


何て言おうかと思ったが、仕方なく頷く。
するとレオは「そっか・・・」とだけ呟き、その時、初めて辛そうな顔を見せた。
その顔を見たら、もう自分の気持ちすら言えなくなってしまった。


今は一緒に帰れないけど・・・もし・・・レオの気持ちが変わらなければ・・・


そんな保証なんてないのに。
レオが私を好きになってくれたこと、それだけで奇跡なのに・・・
いつまでもレオが私の事を想っていてくれる奇跡なんてあるはずない・・・


でも私は・・・その奇跡を願ってしまっている。


"我がままでも何でもいい。今の彼に対する本当の気持ちを・・・素直にレオに伝えなさい"


今朝言われた言葉が頭の奥に響く。
でもやっぱり・・・今の状態で待っててとは言えないから。
これ以上、彼には何も言えない・・・
言ってしまえば彼はきっと待つって言ってくれると思うから・・・
けじめをつけるまで私はここから動けない―


ごめんね、レオ・・・










「・・・大丈夫か?」


必死に涙を堪える私を見てレオは心配そうな顔をしている。
何とか頷くと彼は小さく息を吐き出し、


「これじゃ・・・置いてくの心配になるよ・・・」


と苦笑した。
最後の最後までレオに心配かけたくなくて私は涙を拭くとちょっとだけ笑顔を向ける。
するとレオは嬉しそうに微笑んでくれた。


「良かった・・・最後にの笑顔が見れて・・・」
「・・・・・・っ」


そんなこと言わないでよ・・・
頑張って涙を堪えてるんだから・・・


私はまた泣いてしまいそうになり慌てて立ち上がった。


「レ、レオ・・・飛行機・・・乗り遅れちゃうよ・・・?」
「・・・うん」


彼は小さく頷くと立ち上がって溜息をついた。
そして私を愛しそうに見つめるとポンと頭に手を乗せる。


「下までは一緒に・・・来てくれる?」
「・・・・・・ぅん・・・ジェームズにも・・・お礼言わなくちゃ・・・」


そう言って何とか微笑むとレオも優しい笑顔を見せた。
そのまま2人でエレベーターに乗って地下駐車場へと下りていく。
レオは普段通りの態度で接してくれて私は何だかこれで帰ってしまうんだなんて実感が湧かなかった。


「・・・もし・・・ロスで偶然会ったら・・・無視すんなよ?」
「・・・・・・うん」


(そんな奇跡がまた起こったら・・・今度は私から告白するんだから・・・)


「また・・・さ・・・。泣かされたら・・・」
「・・・え?」
「いや・・・今更こんなこと言っても迷惑か・・・」


レオはそう言って苦笑すると点滅している階番号を見上げた。
そしてもう少しで地下につくという時、不意に私を見た。


・・・」


「・・・?」


その声に顔を上げるとレオの瞳が揺れていた。




「最後に・・・抱きしめていい・・・?」


「―――っ」




答える間もなく、私は奪うように抱きすくめられていた。
その腕の強さに息苦しいくらい鼓動が速くなる。
背中がしなるほどに強く抱きしめられて私の瞳に涙が浮かんだ。


このまま・・・レオに攫っていって欲しい


そんな勝手な気持ちが溢れてきた。



「・・・好きだ・・・」



囁くように呟かれた言葉が私の耳元で響く。
なのに・・・今はそれに答える事が出来ない。





チン・・・




その音と同時に開かれた扉。
瞬間、私の体は解放されていた。


「・・・レオ・・・」
「・・・・・・」


ゆっくり顔を上げるとレオは私から顔を逸らしていた。
それでも笑顔を見せると私の手をそっと繋ぐ。


「皆が待ってる・・・」


それだけ言うとレオは車の方に向かってゆっくりと歩き出す。
前にはザンとマーカスが待ち構えていてレオが歩いて行くと黙って車のドアを開けた。


「・・・の荷物・・・出してあげて・・・」


レオがそう言うとザンの瞳が僅かに揺れた。
だが彼は黙ってトランクを開けると私のスーツケースを出してくれる。
そこにジェームズが下りてきた。


・・・」
「ジェームズ・・・」


彼の優しい瞳を見て思わず涙が溢れた。
そのまま彼に抱きつくと大きな手がゆっくりと頭を撫でてくれる。


「やっぱり・・・残るんだね・・・」
「・・・ごめんなさ・・・い」
「誤らなくていいい。ちゃんと・・・自分の気持ちは伝えたんだろう?」


ジェームズの言葉に私は何も言えなかった。
今朝、彼には自分の気持ちは伝えてある。
彼なら・・・分かってくれるだろう。


「ほんとに・・・色々ありがとう、ジェームズ・・・」
「何を言ってる・・・。私達は友人だろう?」


彼の言葉が温かかった。


こんな私に・・・優しくしてくれてありがとう・・・


ゆっくりとジェームズから離れると私は笑顔を見せた。
彼もまた優しく微笑みながら「いい笑顔だ。には笑顔が似合う」と言った。
そこへレオが歩いてきた。



「レオ・・・」
「・・・ここから・・・ちゃんと帰れるか?」
「・・・大丈夫・・・」


(こんな時に・・・まだ私の心配してくれるのね・・・)


「また・・・空港で知らない人についてくなよ?」
「・・・ぅん」


(もうあんな嘘みたいな出会いなんてないわよ・・・)


「・・・じゃあ・・・行くよ」
「・・・・・・・・・」


レオは私の頭にポンと手を乗せると悲しげに微笑んだ。
私はただ涙で濡れた顔で笑顔を見せる事しか出来ない。


「彼と・・・仲良くやれよ?」
「・・・・・・っ」


レオはそう言うと私の頬に最後のキスをした。
そして何も言わず、私の手の中にあの封筒を押し付けると急いで車の中に乗り込む。
返そうと思ったが彼の気持ちを考えて素直に受け取る事にした。


「じゃあ・・・また・・・ロスで会おう」


ジェームズはそれだけ言うと私の頬にキスをして静かに車に乗り込んだ。
そこでザンがドアを閉める。


「ザン・・・マーカスも・・・色々ありがとう・・・」


そう声をかけると2人とも今まで見せた事のないような優しい笑顔を浮かべ、


「・・・今度トランプで勝つ方法教えてあげるよ」
「温泉、楽しかった。ありがとう」


と言ってくれた。
ボブも助手席から顔を出し、「また日本に来たら温泉入りに行くとお父さんに伝えてくれ」と微笑んだ。


「はい・・・ボブも・・・ありがとう・・・元気でね」


涙を拭きながらそう言うとボブはちょっと悲しげな顔で頷いた。


その時、車がゆっくりと動き出した。




「レオ・・・」



窓には黒いシートが貼られているから中は見えなくなっている。
私は少しづつ離れていく車を、ただそこで見ていた。
だが駐車場から車が出た時、私は自然に走り出し、車を追いかけていた。



「レオ・・・!」



外に出ると車は空港方面へと曲がり、どんどん小さくなっていく。
私は一人置いてきぼりにされた気分になり、涙が次から次へと溢れてきてテールランプが歪んでいった。


「レオ・・・!」


ごめんね・・・本当の気持ち言えなくて・・・
ほんとは私も――





私は暫くの間、その場に立ち尽くしていた。






























「・・・何を迷ってるんだい?」



ジェームズは優しい笑みを浮かべて私を見つめた。
その包み込むような優しい彼の雰囲気に私は何もかも話してしまおうと思った。






突然のチャイムに出てみれば、そこにはジェームズが笑顔で立っていた。


「早くから申し訳ない。ちょっとと話したくてね」


いきなりの訪問に驚いたがジェームズにそう言われ、私は彼を部屋へ通した。
彼はソファに腰をかけると私にも座るように促し、こう訊いて来た。


は・・・レオの事をどう思ってるのかと思ってね」
「え・・・?あの・・・」
「いや・・・レオから聞いて多少は知っているが・・・それはレオの気持ちだ。私は、君の気持ちも聞いてみたいんだ」


その言葉に驚いて私は目を伏せた。


「それは・・・」
「いや・・・ぶしつけで申し訳ないが・・・もう時間もないんでね・・・単刀直入に聞くよ」
「・・・はい」
は・・・レオのこと好きなんじゃないかね?」
「・・・・・・っ」


その言葉にハっとして顔を上げるとジェームズはニッコリ微笑んだ。


「2人を見てると・・・何となくそう思えてね」
「ジェームズ・・・」
「もう・・・答えは決まってると思っていいかな?」
「・・・・・・・・・」



ジェームズの言葉は優しかった。
私は軽く息をついて静かに首を振るとゆっくりと顔を上げて彼を見た。


「・・・まだ・・・迷ってて・・・」


それだけ言うと彼は黙ったまま、何かを考えてるようだった。
だがふと体を前に出すと―


「何を・・・迷ってるんだい?」


低く優しい音色で聞こえてくる彼の声に私はホっとするのを感じていた。
さっきまで一人で悩んでいた心細さが消えていく気がする。


――ジェームズには話さなきゃ。


こんな風に尋ねてきてくれたのは私とレオの事を心配してくれてるからだ。
きっと彼は私の迷いも何となく気づいてたんじゃないかと思った。


「恋人の・・・事かな?」
「・・・え?」
「ああ、いや・・・恋人と一緒に住んでると聞いてね」
「・・・はい・・・」
「まだ・・・好きなのかい?」
「・・・・・・」


ジェームズの問いに私は顔を上げた。


「・・・分かりません・・・でも・・・この前話したらやっぱり・・・」
「・・・まだ気持ちがあった・・・?」
「・・・そうなのかも・・・でもハッキリは分からなくて・・・ただ・・・このまま彼と別れようとは思えなかったんです」
「・・・そうか・・・。まあ・・・一緒に住んでたのなら情も少なからずあるだろうし」
「そう・・・ですね・・・。だから・・・このまま彼と別れてレオと・・・なんて・・・簡単に決められなくて・・・。
まだ彼とは何も話してないし、それじゃいけないって思ったから・・・迷ってるんです・・・」


一気に胸のうちを話すとジェームズは小さく息を吐いてソファに凭れかかった。


「そうだろうな・・・。君はそういう子だな・・・」


一言そう呟くと彼は優しい笑みを浮かべた。


「じゃあ・・・彼と話して・・・結論が出たらレオに返事をするというのは?」
「・・・え?」
「彼と会わなければ答えが出ないんだろう?ならレオにそう言えば彼はきっと待つと言ってくれる」
「・・・いえ・・・」


私はそこで小さく首を振った。


「だから・・・言えないんです・・・」
「・・・それはどうして?」
「レオは・・・もし私がそう言えば・・・待ってくれると思います・・・」
「なら―」
「でも・・・恋人と会ってから決めたいなんて・・・そんな勝手な事、私は言えない・・・」
「・・・・・・」


涙が出そうになり、私は軽く唇を噛んだ。


「レオは・・・本気で好きだって言ってくれたのに・・・私の勝手な迷いで待ってもらうなんて・・・」
・・・その気持ちも分かる。でもレオの事は・・・好きなんだろう?」
「・・・・・・・・・」


ジェームズの問いに私は小さく頷いた。


「・・・最初は・・・この気持ちが何なのかよく分からなかった・・・。あまりに彼は有名で・・・
だから興味本位なのかもしれないって思ったり・・・でも・・・」


そこで言葉が途切れた。
我慢してた涙が一粒頬を伝う。


「気づけば・・・彼と一緒にいるとホっとして・・・。一緒に笑いあってる時間が楽しくて・・・
もっと・・・一緒にいたいって・・・そう思うようになって・・・でも気のせいだって言い聞かせてた・・・」


次から次に溢れてくる言葉を必死に繋いだ。
いつの間にか隣にはジェームズが座っていて私の頭を優しく撫でてくれている。
きっと知らないうちに一人で抱え込んでたのかもしれない。


「だったら・・・その言葉を素直にレオに伝えればいい・・・。きっと分かってくれるよ」


ジェームズが静かにそう言った。
それでも私は黙ったまま首を振った。


「レオに・・・待っててとは言えない・・・」
「じゃ・・・どうするんだ?このままなら・・・今日でもう会えなくなるよ?」
「・・・仕方ないです・・・」
「仕方ないって・・・・・・気持ちがある者同士なんだ。いくら恋人が気になるからといって―」
「それだけじゃないんです・・・」
「え?」


私の言葉にジェームズは首を傾げた。


「私・・・レオのこと何も知らない・・・。彼だってそう。だから時間が欲しいんです・・・」
「・・・それは信用できないという事かい?」
「・・・不安なだけです・・・」
「不安?」
「今の気持ちが・・・本物なのか・・・」


そう呟くとジェームズは小さく頷いた。


「その不安は・・・何となく分かるよ・・・」
「・・・・・・」
「・・・ロスに戻った時、今の気持ちが変わらないかと不安なんだろう・・・?」
「臆病なのは分かってます・・・。でも・・・」
「だったら・・・こうしなさい」
「・・・え?」


そう言ってジェームズは私の顔を見つめる。


「我がままでも何でもいい。今の彼に対する本当の気持ちを・・・素直にレオに伝えるんだ。
だが一緒には帰らないというの気持ちが変わらないなら・・・。一緒に帰らなくていい」
「ジェームズ・・・?」
「でも・・・ロスに戻ってもレオがまだ君の事を忘れられないようなら・・・私から今聞いたの気持ちを話す」
「・・・え?」


ジェームズの言葉に驚いて顔を上げると彼は真剣な顔で話し出した。


「だがロスに戻った時・・・レオがあっさりの事を忘れてるようなら私は何も言わない。
でももし・・・忘れられなくて苦しんでるようなら・・・私からの気持ちを話して迎えに行かせる。どうだ?」
「ジェームズ・・・」


その言葉に驚いていると彼はニッコリ微笑んだ。


「まあ、でも今日も気が変わって・・・レオと一緒に帰ってくれる気持ちになってくれたなら私も嬉しいがね・・・」


少しおどけたようにそんなことを言ったジェームズに私はつい噴出してしまった。


「やっと笑ったね。は笑顔の方が似合うよ」


ジェームズはそう言って私の肩を優しく抱き寄せた。


、君はロスに戻って恋人ときちんと話し合いなさい。素直に今の気持ちをね」
「・・・はい」
「レオの事は・・・私に任せて」



ジェームズはそう言って優しく微笑み私の額にキスをした――












結局・・・レオに伝えたいは伝えられなかった・・・



ふと今朝ジェームズとした会話を思い出す。




「・・・ごめんね、ジェームズ・・・約束守れなくて・・・」




そう呟いた時・・・すでに車は見えなくなっていた。




これは・・・賭けなのかもしれない。


もし・・・簡単に消えるような想いじゃないのなら・・・


また・・・逢えるよね・・・?






私は濡れた頬を拭いて夜空を見上げた。




もう・・・涙は出なかった―


























ゴォォ・・・という音をかすかに聞きながら俺は真っ暗な空間を見つめていた。
何だか体中の力が全て抜けたようなそんな脱力感がある。
こうしてスタッフ達と飛行機に乗っていると、急に現実に戻ったような気がして、
あの10日間は夢だったんじゃないかとすら思えてきた。
でもそれが夢じゃないと胸の痛みが教えてくれる。


分かってた・・・はずだったのに。
想像するのと実際にそう言われるのとじゃ伴う痛みは違うんだな・・・


真っ暗な外を眺めていると不意にの泣き顔が浮かんで胸の奥がズキズキと疼いてくる。
もう彼女に会えないのかと思うと、その痛みは更に増した。


はまた日常に戻り、休みが終われば恋人が待つ家に帰るんだろう。
そして前と変わらぬ日常を過ごしていく。


俺は・・・俺は・・・?
日本に行く前は・・・どんな日々を過ごしてた・・・?
この胸の痛みもなくて、もっと面白おかしく生きてた?
いや・・・嘘ばかりの世界で心が乾ききっていた・・・


幸せでも不幸でもない日々・・・
誰も本当の俺を見てくれない虚像の世界に逆戻りか・・・


思わず苦笑が洩れて手で顔を覆った。


その時、不意に隣に誰かが座った。
驚いて顔を上げると、そこにはジェームズが優しい笑みを浮かべて座っている。


「・・・ジェームズ・・・」
「・・・きつそうだな。大丈夫か?」
「・・・全然ダメ・・・力抜けたよ・・・」
「ははは・・・そうか・・・。そんな感じだな」


ジェームズは俺の頭をクシャっと撫でると、


「レオのそんな顔、初めて見たよ」
「・・・そう?」
「ああ」
「・・・俺もだよ」
「そうか・・・」


ふっと笑ってそう言うとジェームズも苦笑を洩らした。
そして軽く息をつくとシートに凭れかかる。


「・・・そんなに好きだったのか」
「・・・そうみたい・・・だな。女のことでこんなに力抜けたの初めて」


苦笑交じりにそう言うとジェームズも小さく笑った。


「何の利害関係もなく・・・出会った彼女とは自然に向き合えたからだろうな・・・」


ジェームズの優しい声が心地よく耳に響いた。


そうだ・・・とは・・・普通の男と女でいられた。
お互いの事を何も知らずに出逢って、自然のままで同じ時間を過ごせたから。
初めて開放感を味わった気がしてた。


「・・・どうだ?忘れられそうか?」
「・・・・・・」


ジェームズにそう訊かれ、俺は何も答えられなかった。


忘れるとか、そんな事すら考えてなかった。
そうだよな・・・俺は振られたんだからのこと忘れなくちゃいけないんだ・・・
でも・・・今の俺の頭に浮かぶのは・・・



に傍にいて欲しい・・・




ただ、その想いだけだった――

























やーっと来日10日間が終了です(;´▽`A``
でも実は今回で終わりじゃないんですねー(オイコラ)
最初から"その後"を考えてあります。
次回は・・・最終回かなぁ?


日ごろの感謝を込めて…


C-MOON管理人HANAZO