THE BOURNE SUPREMACY
...
彼はいつも、どこか寂しげだった。
遠くを見る目は、きっと誰かを思い出してるんだろう。
彼と出会ったのは半年前。
愛車でブラリと行ったニューヨークだった。
彼は寒そうな顔で立っていて、私の車を見つけると指を上げたのだ。
一瞬、警戒したものの、彼の顔が少し寂しげで危ない感じがしなかったから、つい乗せてしまった。
「どこまで行くの?」
そう聞いた私に彼は、
「どこでも。君の行く先で下ろしてくれればいい」
そう言って、後はただ黙ってた。
その静かな横顔に何故か胸の奥がギュっと苦しくなったのを今でも覚えている。
きっと・・・あの時から私は彼―ジェイソン・ボーンに惹かれてたんだろう。
元々、アテのない一人旅だった私はどこに行くでもなく車を走らせた。
ジェイソンは、それに気づかなかったようだ。
いや・・・もしかしたら気づいてたのかもしれないが、どうでも良かったのかもしれない。
私と同じ。
これから・・・どこに行くアテもなかった彼には。
それから一週間、私とジェイソンは行動を共にした。
時々、私から彼に話し掛けた。
主に自分のこと。
今はどこに住むでもなく、ただブラリとしてるだけってこと。
両親はなく、天涯孤独だって事や、一ヶ月前に恋人に振られて一緒に住んでた家を追い出されたってことも。
彼は何も言わず、ただ黙って私の話を聞いていた。
でも私は、それだけで嬉しかった。
こうして私の話を聞いてくれる人がいるって事が・・・
一人じゃないって事が。
きっと彼も私と同じだ。
帰る場所もなく。
ただ一人・・・行くアテもなく。
気づけば私は彼のことがもっと知りたくなってきた。
このまま一緒にどこまでも旅をしていたいとすら思って、いつ彼に、
「ここで下りる」
って言われるか、ビクビクするようになった。
ある時、二人で泊まったモーテルで一緒にお酒を飲んだことがあった。
私だけ飲みすぎてしまって先に寝てしまったのだが、ふと夜中に目を覚ました時、彼がいないことに気づき、慌てて起きた。
部屋の中、全てを探したが、どこにも彼の姿がないことに気づき、最後に外へ飛び出した時・・・
ジェイソンは止めておいた車のボンネットに座って、夜空を見上げていた。
彼の頬には涙が零れていて、手には一枚の写真。
私は・・・声をかけることも出来ず、静かに部屋の中へと戻った。
彼には忘れられない人がいる。
直感的に、そう思った。
でも、それでも今はジェイソンと一緒にいたかったのだ。
だが恐れていた事が起きた。
次の日、彼はいつもと同じように黙って私の車に乗った。
そして言ったのだ。
「次の国で下ろしてくれ」
と――
目の前が真っ暗になった。
知らずに涙が頬を伝り、胸が痛くて痛くて苦しくなった。
そんな私を見てジェイソンは驚いたようだ。
「どうした?何で泣くんだ?」
そう何度も尋ねて来た。
私は答えられず、ただ首を振った。
あの時の気持ちは、とても言葉に出来ない。
ジェイソンは困ったように何度も私の濡れた頬を指で拭いてくれた。
彼のそんな顔は初めて見た気がして、オロオロする彼に、いつしか私も笑顔になった。
「まだ・・・一緒にいて欲しい」
素直にそう言えた私にジェイソンはまた驚いた顔をした。
後は・・・目の前の奇麗な青い瞳を見つめて・・・そっと口付けた。
言葉では表せないから態度で示した。
あれから半年、私とジェイソンは今も一緒にいる。
「ジェイソン、起きた?」
「ん・・・今・・・何時・・・?」
「朝の8時」
「まだ早いよ・・・」
彼はそう言ってちょっと笑うと私の腕をグイっと引っ張り、ベッドへと引き戻した。
私の長い髪が彼の顔にかかり、くすぐったそうな顔をしている。
この半年の間で・・・彼は少しづつ打ち解け、色々な顔を見せてくれるようになった。
その中でも、ちょっと照れたような笑顔が私は一番好きだ。
「起きないの?」
「んーもう少ししたら」
「夕べ・・・眠れなかった?」
「・・・・・・」
私がそう尋ねると一瞬、ジェイソンは辛そうな顔を見せた。
だがすぐに首を振る。
「いやグッスリ」
「ほんと?」
「ああ。ほんと。は?」
「私もグッスリ寝ちゃった」
そう言って笑顔を見せるとジェイソンはホっとしたように微笑んでくれた。
そして寝転がったまま私をギュっと抱きしめる。
彼の腕の中がこんなにも安心するなんて・・・
「ジェイソン・・・?」
「・・・ん?」
「ずっと・・・傍にいてね・・・」
「・・・」
私の囁くような言葉はすぐに彼の唇によって飲み込まれた。
"YES"とは答えてくれないのね・・・
激しい口付けを受けながら胸の奥がズキンと痛む。
でも、それでも私は彼といる事を望んでいる。
ジェイソンが毎晩、魘されて眠れないのは知っていた。
だけど、その理由すら聞けないでいる。
私はただ寝たふりをするだけで精一杯だ。
もしかして・・・あの写真の人のことで?
それとも・・・他に言えない過去が?
色々な事を考える。
でも――聞けない。
前に気になってジェイソンが大事そうに持っている写真をこっそり見てみた。
そこには楽しそうに笑っているジェイソンと彼に抱きついている奇麗な女性が映っていた。
きっと彼女が彼の全てだったんだろう。
胸が痛み、すぐに写真をしまおうと彼のバッグを開けた。
だがその時、何かが手に触れ、出してみるとそれは――ズシリと重たい真っ黒な拳銃だった・・・。
それにはあまりに驚いて慌てて中へ戻した。
その時から、"彼はいったい何者?"と考える。
でも聞いてはいけない気がして・・・
もし聞いたら彼を失う。
そんな気がしたのだ。
チュっという音と共に長い口付けから解放される。
ジェイソンは私の頬に手を添え、ジっとその青い奇麗な瞳で見つめてくる。
何もかも見透かされてるような気がして私はふっと視線を反らした。
「・・・」
「・・・・・・何?」
「俺と一緒に・・・いるのは・・・」
ジェイソンはそこで言葉を切り、目を伏せた。
私は一気に不安が込み上げてジェイソンにしがみつく。
「いや・・・ずっと傍にいる。いていいでしょ?」
「・・・」
「ジェイソンが何者でもいい・・・!傍にいたいの・・・っ」
そう・・・例えばあなたが人殺しでも・・・誰かに追われてる身だとしても。
ギュっと彼にしがみつき、言葉を待つ。
するとジェイソンは私の頭を優しくなでながら静かに口開いた。
「見たんだろ・・・?写真・・・そして・・・」
「ジェイソン、私―」
「いいんだ・・・。そのうち・・・話そうと思ってた」
ジェイソンはそう言って少しだけ体を起こすと、私の顔を覗き込んだ。
そして涙で濡れている頬に軽くキスをする。
「彼女は・・・俺の恋人だった・・・。そして―殺された・・・」
「―――っ」
彼の声が少し遠くで聞こえた気がして軽い目眩を起こした。
「・・・大丈夫か・・・っ?」
「・・・・・・う、うん・・・もしかして・・・亡くなってるんじゃとは思ってたけど・・・まさか・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
彼の腕に寄りかかりながら小さく呟く。
ジェイソンはもう一度、私の顔を上げさせると再び口を開いた。
「まで・・・そんな目に合わせたくないんだ・・・。俺と一緒にいるせいで危険が及ぶのは―」
「構わない・・・」
「・・・・・・っ」
涙を拭いて、そうキッパリと言った私にジェイソンは驚いたように目を見開いた。
だけど・・・これはずっと思ってたことだ。
どんな事があっても・・・・・・彼が何者であろうと・・・・・・この想いだけは捨てられない。
そう伝えるように彼を見つめた。
ジェイソンは悲しげな顔をしていたけど少しすると軽く息をついて私を抱きしめる。
「彼女・・・マリーを失って・・・今度こそ孤独になった、とそう思った。もう誰も愛せないとさえ・・・でも・・・」
ジェイソンはそこで言葉を切ると、ゆっくりと体を離し、両手で私の頬を包む。
「に出逢った・・・。もう誰も愛せないと思っていたのに・・・君を愛してしまって・・・怖くなったんだ・・・」
「・・・怖い?」
「・・・・・・また・・・失ったら・・・と・・・そう思った」
「ジェイソン・・・・・・」
「だから・・・・・・」
「いや・・・!私は・・・私の気持ちはどうなるの?何があっても・・・傍にいるって決めたの・・・!」
「・・・」
悲しげな顔をするジェイソンを私は黙って見つめた。
出逢った頃、彼の瞳に見た"絶望"の色。
それは今、薄れているかのように今は奇麗に澄んでいる。
「傍にいる・・・私は・・・死なないわ・・・?」
そう言って優しくジェイソンを抱きしめた。
彼の広い背中に手を回し、力を入れる。
最初に見た時、凄く儚げだった。
何かを探しているかのように、思い出しているかのようにいつも遠くを見てた。
まるで翼を折られた鳥のように空を恋しがってるように見えた。
でもこれからは私があなたの翼になるから。
「愛してるわ・・・ジェイソン・・・」
そう呟いた時、彼の瞳も揺れているように見えた。
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Postscript
わぉー書いてしまいました>ボーン夢!(早っ!)
夕べ見てちょっと書きたいなーなんて思ってたんですが・・・
あーでもジェイソンみたくクールに書けない・・・あの影のある感じがいいんですよね(*V∇V)ウフ
皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて…
【C-MOON...管理人:HANAZO】