We are one

We are one

We are one



我らは一つ


我ら不死鳥の騎士団 闇の力に討ち勝つ者なり――




02. KNIGHTS OF A PHOENIX





騎士団の会議に出ると言ってシリウスが出て行ったあとは、静寂そのものといった屋敷内。
でも日付が変わろうとしていた午後11時半過ぎ、階下の方から、かすかに誰かの話し声が聞こえてきた。
その中にウィーズリーおばさんの明るい声がある。
きっと彼が到着したんだろう、と軽く息をついてベッドから立ち上がった。


"――きっと…ハリーの良き理解者になれる"


さっきシリウスに言われた言葉がずっと頭の中を回ってる。
私が彼の"理解者"になれるとは、どういう意味なんだろう。同じ境遇だからとでもいうのか。
でもそれだけで今のこの距離を縮められるものか、今の私には分からなかった。

(――と言っても、下らない嫉妬をして、シリウスのいうように、私がただ意地を張ってるだけなんだけど…)

静かにドアを開け、下の様子を伺う。会話はよくは聞こえないが少しすると階段を上がってくる音が聞こえてきて、私は慌ててドアを閉めた。
足音はここよりも一つ下の階で止まったようで、たぶん足音の主はハリー・ポッターだろうと思った。
この下にはロンやハーマイオニーの部屋がある。彼はきっとそのどちらかに行ったに違いない。

(なら、ここまで上がってくる事はないわ)

私はもう一度ドアを開けて、下の様子を伺った。部屋のドアが開く音、そして――


「――ハリー!…大丈夫なの?ディメンターに襲われたんですって?!」
「…息くらいつかせてやれよ」


ハーマイオニーの興奮したような声が廊下に響く。そしてかすかにロンの声も混じって聞こえた。
私は足音をしのばせて廊下に出ると、階段の下を覗いてみた。暗い廊下に、部屋の中の明かりが僅かに漏れているのが見える。

「…懲戒尋問の事も…調べたけどひどいわ!退学に出来るはずないのよ!こんなの不当だわ!」
「ああ…不当なことばっかりだね――」

そこで声は途切れ、ドアを閉める音が聞こえた。たぶん、廊下に会話が洩れないようにだろう。
これ以上ここにいても話は聞こえない。私は軽く息をつくと、部屋に戻ろうと踵を翻した。
――その時、パシ!っという強い音がして目の前にはいつの間にか双子が立っていた。また"姿現し"をやったらしい。

「…ちょっと!それやめてって言ったでしょ――」

思い切り息を吐いてから出来るだけ小声で苦情をいった。分かってはいても急に目の前に現れたら心臓に悪い。
それでも双子は悪びれもせず、私にニッコリ微笑んだ。

「やあ。やっと部屋から出てきたね」
「ハリーが気になるなら一緒においでよ」
「べ、別に気になってなんかいないわよ」
「いいじゃないか。部屋に引きこもっていても退屈だろ?」
「それに今、下では大人達が会議をしてる。聞きたくないか?」

フレッドとジョージがニヤリと笑う。それには小さく息を吐き出した。

「会議っていってもどうせハリーの事でしょ?」
「いや、それだけじゃないさ」
「例の"あの人"の事だって、さっきから話し合ってるよ」

双子は得意げな顔で言った。
私達、騎士団じゃない者は、会議が終わるまで下へ来てはいけないと、ウィーズリーおばさんからキツく言われている。
なのにどうして双子が話の内容を知っているんだろう、と疑問に思っていると、フレッドが手の中に何か紐のようなものを握っているのに気づいた。
その紐は床に垂れ、そのまま下へと下がっているようだ。

「それ何…?」
「それは一緒に来たら教えてやるよ。なあ?ジョージ」
「…っていうかハリーが熱くなってキレてるようだぜ?あいつの怒鳴り声のせいで会議がよく聞こえない」
「なら止めないと」

フレッドがそう言った瞬間、二人はまたしても一瞬でその場から消えた。
相変わらず、落ち着きのない双子だ。成人になったというが、少しもそれらしく見えない。

「…それにしても…何であの二人、下の会話を知ってるの…?」

突然一人にされた私は深々と溜息をつき、再び下を覗いてみる。
すると、かすかだが、誰かが怒鳴っているのが分かった。

「…この声…ハリー?」

声の調子だと双子の言うとおり、確かにハリーは多少熱くなっているようだ。普段は温和な彼が、珍しく声を荒げているのが分かる。

(ハーマイオニー達とケンカしてるの…?っていうか何で双子は分かったの?地獄耳?)

少し不審に思いながらも、ハリーが何故怒っているのかが気になり、ゆっくりと階段を下りていく。
そうする事で、次第にハリーの声が近くなってきた。

「…何でのけ者にするんだ?役に立てるのにっ。ヴォルデモートの復活を見たのも、戦ったのも、セドリックが殺されたのを見たのも僕だ――っ!」

"ツラい、苦しい"と心が叫んでいるような声で、ハリーが声を荒げるのを聞いて、私は思わずドアの前で足を止めた。
ハリーの剣幕に、ハーマイオニーとロンも言葉が出ないのか、何も聞こえてこない。
だが次の瞬間、その静けさを壊すような明るい声が、部屋の中から響いてきた。

「――やあハリー!」
「…………ッ?!」
「君の甘〜い声が聞こえた」
「そう!抑えちゃダメだよ。吐いちまえ」
「大きい声出して気が済んだら――」
「もっと面白い話、聞きたくないか?」

またアレをやったんだろう。ハリーの驚いている姿が目に浮かぶ。
双子達の声をドア越しで聞いて、また深い溜息が出た。でも突然、目の前のドアが開き――

「もちろん、も一緒に」
「聞きたいよな?」
「な――」

驚いて顔を上げると、そこにはニヤリと笑う双子が立っている。
その顔を見れば、私が気になって下りてくることは百も承知といった表情だ。
自分が双子の計算どおりに動いたような気がして少しムっとしたが、フレッドはどこ吹く風といった様子で、私の腕を引っ張り、部屋の中へと引き入れた。
そこへ逃げないようにする為か、それとも内緒話を遮断する為か、ジョージが素早くドアを閉める。

!やっと出てきたのね。あ、ハリーに挨拶しに?」

ハーマイオニーが笑顔でこっちに歩いてくる。それには顔が引きつった。
後ろにいたロン、そして今の今まで噴火した火山のように怒っていたハリーも、私を見て驚いたように固まっている。

「い、いえあの私は…」
「ほらほら。ハリーとは久しぶりだろ?挨拶しないのかい?」
「ハリー、ってばずっと部屋に引きこもっちゃってたんだけど、ハリーが来たからやっと出てきたんだぜ?」
「ちょ、ちょっと勝手なこと言わないでよ。私は――」

「――も来てたの?」

そこへ名を呼ばれてドキっとした。見ればハリーは、どこか嬉しそうな笑みを浮かべて私を見ている。
久しぶりに見るハリーは、夏休み前まで伸びていた髪を短く切り、少しだけ身長が伸びていた。
でも最後に会った時よりは若干痩せていて、顔も心なしか疲れている。この半月と少し。ハリーにとったら楽しい夏休みではなかったようだ。

「…ハイ、ハリー。久しぶり」
「ホント、久しぶりだね…。"あの大会"以来だっけ」
「…そう、ね」

曖昧に答えながらも、私は最後に彼を見かけた日の事を思い出していた。
確かにハリーと言葉を交わしたのは、あの大会以来だ。私からしたら"バカげたお祭り騒ぎ"といってもいい、三大魔法学校対抗試合。
誰かの陰謀でハリーが出場する事になり、それを心配したシリウスから言われ、最終試合の時、様子を見に行った。
そこで一言、「…気をつけて」と私の方から声をかけたのだ。
私から声をかけたのは、その時が初めてで、ハリーも驚いた顔をしていたが笑顔で頷いてくれた。
でもハリーは気づいていないが、私が彼を最後に見かけたのは、夏休みに入る為、生徒達が帰省を始めた駅のホームだった。
ちょうど私も同じ汽車で、そこで偶然会ったハーマイオニーやロンと軽く挨拶を交わしたが、先に汽車に乗り込むハリーは、心ここにあらずといった顔で、私には気づかなかったようだ。
彼がひどく傷ついているのは一目で分かった。
その原因は、あの"バカげたお祭り騒ぎ"のファイナルで、セドリック・ディゴリーを襲った突然の死――
それを目の辺りにしたハリーは、心に傷を負ったままの帰省となったのだから、楽しい夏休みになるはずもない。

「まあ積もる話もあるだろうけど!」
「今は下の会議に耳を傾けてみないか?」

暗い空気を吹き飛ばすかのように、双子が明るい声で廊下を指差す。
でもウィーズリーおばさんの言いつけで、下には行けない。
どうやって話を聞く気だろうと思っていると、フレッドが手にしていた紐を軽く持ち上げた。

「"伸び耳"ね…」

ハーマイオニーが呆れたように肩を竦めた。そして訝しげな顔をする私とハリーに、

「二人の発明品よ。その"耳"を使って盗み聞きするの」
「…え…どうやって――」
「見せてやるよ」

更に首を傾げた私を見て、ジョージが手招きをした。
"ある事情"があり、廊下では大きな声で話せないから、皆で静かに階段の傍まで歩いていく。
するとフレッドが持っていた紐をゆっくりと引っ張った。
するすると上がってくる紐の先には、耳の形をした物体がくくりつけられていて、思わず目を細める。

「…これ?」
「そうさ。これを部屋の前に垂らすと、漏れて来る会話をここにいても聞ける」
「オレ達ずっとこれで話を聞いてたんだ」

得意げな双子に、ハーマイオニーやロンは苦笑いを浮かべ、私とハリーは呆気にとられた表情で、互いに顔を見合わせた。

「――皆で何してるの?あ、ハリー来てたのね」
「ハイ、ジニー。久しぶり」

そこへロン達の妹のジニーが部屋から出てきた。どうやら私達の話し声が聞こえたらしい。

「私も仲間に入れて」

と、ワクワクしたような顔で輪の中に入った。

「じゃあ、もう一度垂らすぞ」

フレッドはそう言うと、耳の形の物体を、さっきと同じようにゆっくりとおろしていく。
その様子を上から皆で覗けば、"耳"は会議をしている部屋の前でゆらゆらと揺れていた。


「――ハリーには知る権利がある。そうだろ?」


突然、聞こえてきたシリウスの声に、私は小さく息を呑んだ。他の皆も顔を見合わせ、親指を立てている。
イタズラ成功、とでも言いたげに、双子はニヤリと笑い、再び下の会話に集中し始めた。
ハリーだけは他の皆よりも真剣な顔で、その会話に聞き入っている。
私も盗み聞きしているという罪悪感はあったが、内容は気になる。皆と同じように聞こえてくる声に集中する事にした。


「…ハリーがいなければ我々はヴォルデモートの復活も知らずにいた!ハリーは子供じゃないっ」
「でもシリウス、大人でもないわ。あの子は"ジェームズ"じゃないのよ?」
「お言葉だが、モリー。わたしはあの子が誰か、はっきり分かっているつもりだ」
「私にはそう思えないわ!」
「…君の息子じゃない」
「息子も同然です!」


シリウスとウィーズリーおばさんの言い争いに、私はかすかに胸を痛めた。
二人はハリーの為にケンカをしている。意見は違っても、どちらもハリーを大切に思っているからこそ、言い争いになるのだ。
それが羨ましい、とすら思った。私の為に、二人はここまで真剣になってくれるだろうか。
下らない嫉妬だと分かってはいても、ついそう思ってしまう。


「――泣かせる親心だ…」


その時、不意に聞きなれた低い声が、二人の争いを止めるように入ってきた。
隣にいるハリーをチラリと見れば、彼は驚いたように目を見開いている。
それも当然かもしれない。"声の主"とハリーは、前から犬猿の仲なのだから。


「…ポッターは名付け親に似て悪党に育つだろう」
「黙ってろ、スニベルス!お前は――」


「――この声、スネイプ?あいつも騎士団なの?」
「…やな野郎…」

ハリーの問いに、ロンが思い切り顔を顰めて頷いた。

「…げっ」

その時、"伸び耳"を持っていたフレッドが小さく声を上げた。見れば手にある紐が下から引っ張られたかのように、ピンと伸びている。
一瞬、誰かに見つかったのかと皆で下を覗いて見ると、"伸び耳"の傍に一匹の猫がいた。

「クルックシャンクス…っ?」

その猫の"飼い主"であるハーマイオニーが慌てたように身を乗り出した。

「ダメよ、クルックシャンクス!やめなさい」

なるべく小声で猫に声をかける。でも努力の甲斐もなく、"伸び耳"は猫の餌食になってそのうち何も聞こえなくなった。

「はあ…最悪だな、君の猫」

先のちぎれた紐を手に、フレッドが溜息をつく。
結局その後の会話は聞けなくなり、仕方なく皆で元の部屋へと戻った。

「あーあ、肝心の話が聞けなかったな」

ロンの言葉に、ハリーは無言のまま頷いた。

「まあでも…シリウスが言ってたようにハリーには知る権利があるわ。あとできっと教えてくれるわよ」

ハーマイオニーがハリーを元気付けようと、明るく言えば、ジニーも「そうよ、ハリー」と言葉をかける。
その様子を見て、確かに彼だけ何も知らないのは酷だと思った。
シリウスから聞いたところによれば、ダンブルドアがハリーには何も言うな、と皆に言っているようだった。
だからハリーもここへ連れてこられるまでの間、何も知らされてなかったんだろう。
さっきハーマイオニーやロンに怒っていたところを見れば、二人ですらハリーに何も報告してなかったみたいだ。
ハリーは当事者である自分が何も知らずにいるのが腹立たしいに違いない。
でもその気持ちも分かる。私だって同じ立場になれば、きっと彼以上に怒鳴り散らしてただろう。

「あ〜早く次の"伸び耳"作らないとダメだな」
「その通り!って事でオレ達は退散するよ」

クルックシャンクスに"耳"を食べられたショックから立ち直ったのか、双子はそう言うと現れた時と同じように一瞬で消えた。
二人がいなくなると、途端に部屋の中が静かになる。私は何となくいづらくなって、自室へ戻ろうかと思ったその時、ハリーがこっちへ歩いて来た。

はいつここへ来たの?」
「え…?」
「まさか君がいるなんて思わなかったよ。シリウスと来たの?」

ハリーは相変わらず、私と話したそうな素振りを見せた。名付け親でもあるシリウスの傍にいる私に、どこか親しみを感じているようだ。
でも私は彼の質問に小さく息を吐き、ハーマイオニーとロンに目を向けた。

「本当に何も話してないのね」
「え?」

私の言葉にハリーは僅かに眉を寄せ、ハーマイオニーとロンは気まずそうな顔で俯いた。

「何のこと?…」
「…ここはシリウスの家であって、今は私の家でもあるの。そこを騎士団の本部として使ってるのよ」

分かりやすく簡単に説明すると、ハリーは大きな瞳を更に大きくした。

「ここが…シリウスの家…?」
「20年も帰ってなかった実家なんだって」

とりあえず知りたそうにしているハリーに、詳しい事を説明した。
ハリーは理解したのか、納得したように頷くと、「ありがとう、教えてくれて」と微笑み、息を吐く。

「それでもここに住んでるんだ。誰も何も教えてくれなかったから、さっきムーディが迎えに来るまで色んな事が不安だったんだ」

そこの二人すら何も話してくれなくてさ、とハリーはハーマイオニーとロンを睨んだ。
二人はやっぱり気まずそうに俯き、何やら口篭っている。その姿に私は軽く溜息をついた。

「そうね…当事者であるハリーに何も教えないなんて私もおかしいと思う」
「……」
「でもハーマイオニーとロンを責めないで。二人はダンブルドアに言われて仕方なくそうしただけなの。いけないのは大人達よ」

私がそう言うと、ハリーは僅かに目を伏せて、そうだね、と頷いた。

「ヴォルデモートの復活のせいで大人達は焦りすぎてる。でも私達にも真実を知る権利くらいあるわ。特に…私とハリーは」

その一言に、皆が僅かに息を呑む。

「知ってると思うけど、私もあいつに親を殺された。私にとってもあいつの復活は他人事じゃないし、ハリーが言ってたように、皆の役にも立ちたいって思う」
…」

ハリーは久しぶりに明るい笑顔を見せた。まるで初めて自分の理解者が現れたかのような笑顔だ。
そこでふと、先ほどシリウスから言われた言葉を思い出した。

"――きっと…ハリーの良き理解者になれる"

シリウスの言っていたのはこの事だったんだろうか。自分でも良く分からないけど、今の私がハリーの気持ちに共感している事だけは確かだ。
ハリーとは境遇が似ているせいか、自分も同じ立場ならきっと、こう思うだろうという気持ちが素直に口から出てきた。
そしてハリーは、それが一番嬉しいんだとでも言いたげに、私に微笑んだ。

「…ありがとう。同じ気持ちで嬉しいよ」
「わ、私は別に…」

そう言いかけた時、階段を上がってくる足音が聞こえて、部屋のドアが急に開けられた。ウィーズリーおばさんだ。


「おや、もここにいたのかい。ちょうど良かった。――待たせたね。今から夕食だから厨房に下りておいで」


そこで、待ってましたと言いたげに、ロンのお腹の虫が大きく鳴って、部屋の重たい空気が急に軽くなった気がした――












「――シリウス!」


ハリーが嬉しそうにシリウスに抱きつく姿を横目で見ながら、私はウィーズリーおばさんに促されるまま、テーブルへとついた。
私の両隣は何故か空いている。
何だろうと思っていると、向かいに座っているニンファドーラ・トンクスが「嬉しそうだね、シリウスもハリーも」と声をかけてきた。
彼女は"七変化"が出来る若い魔女――今も口元をアヒルのくちばしに変化させて隣にいるジニーを笑わせていた――で、騎士団の団員でもある。

「二人とも直接会うのは久しぶりだしね」

私の言い方が素っ気なく聞こえたのか、トンクスは口を元に戻すと、「ヤキモチかい?」と意味深に笑った。

「な…何よそれ」
「"お父さん"がハリーに盗られそうで嫌だとか」
「…バカ言わないで。別にそんなんじゃないわ」

心の中を見透かされたようで慌てて顔を背ける。でもトンクスはそれ以上、何も言ってくる事はなく、すぐにまた変化でジニーを笑わせていた。

「――さあ、皆が揃ったところで食事にしましょう」

ウィーズリーおばさんが明るく言った。その声で皆も一斉にテーブルへとつく。
そして、私の両隣が空いていた理由がこの時分かった。右にはシリウス、そして左にはー―

「――ここ、座っていいかな」

ハリー・ポッターがにこやかに言った。
シリウスが伺うように私を見ている。きっとこれも打ち解けるように、との彼の配慮なんだろう。
私は仕方なく、「どうぞ」とハリーに返した。
おかげで、シリウスとハリーに挟まれる形となった私は、何とも居心地の悪い思いをする事になった。

「さあ、食べましょうか」

料理を運び終えたウィーズリーおばさんが、一息つきながらそう言うと、皆はいただきます、と嬉しそうに食事をし始めた。
私は何となく食欲がなくて、皆よりもゆっくりスプーンを口に運ぶ。(それでもウィーズリーおばさんのシチューは絶品だった)

「…食欲ないの?」

不意に話しかけられ、顔を上げると、隣で食事をしているハリーが心配そうな顔で見ていた。
そういう彼のお皿も、それほど減ってはいない。

「そっちこそ」

そう返すと、ハリーは僅かに目を伏せた。その横顔は不安の色で溢れている。

「懲戒尋問のこと、心配?」
「…そりゃ…まあ」
「大丈夫よ。自分の身を守るためなら、やむなく魔法を行使してもいいって法律にもちゃんとある」

なんて、偉そうに言ったけど、これはハーマイオニーの受け売りだ。
彼女はハリーの件を聞いた後、すぐに色んな事を調べ上げてきた。
その彼女が言うのだから、たぶんそれは間違っていないだろう。

「実は異例の事なんだが――」

私達の会話を聞いていたのか、それまで黙って食事をしていたシリウスが不意に口を開いた。

「君の尋問はウィゼンガモット大法廷で行われるようだ…」
「…どうして魔法省が僕を目の敵にするんです?」

ハリーのその一言に、それまで賑やかだった厨房が、一気に静かになる。
そこへ、端っこに座っていたムーディが「見せてやれ…」と一言、言った。

「どうせすぐ目に入る」

ムーディの言葉に、その場にいた大人達全員が諦め顔で俯いた。
そして覚悟を決めたように、ハリーの左隣に座っていたキングズリーが、手に隠し持っていた"日刊予言者新聞"を彼に渡す。
隣にいた私にも、その新聞の一面が見えた。
前にも見た、その新聞の一面に大きく載っている写真はハリーその人で、記事の内容は――

「…"嘘をついた…男の子"?」

ハリーはその文面に声を震わせた。

「ダンブルドアも攻撃されてる…」

シリウスが忌々しげに呟いた。
この"日刊予言者新聞"の最近の記事は、ハリーの事はもちろん、彼の言い分を信じているダンブルドア校長の事も"気が触れた"などと、悪評ばかりが書かれているのだ。
それも全て、魔法大臣であるコーネリウス・ファッジが陰で動いている、とシリウスが話していた。

「…ファッジは権力にものを言わせて日刊予言者新聞に圧力をかけ、闇の帝王の復活を語る者をコキおろしてる」
「…何故?」

シリウスの説明に、ハリーは納得いかないといった顔で尋ねた。そこでシリウスの代わりに、それまで黙っていたリーマスが口を開いた。

「ダンブルドアに大臣の地位を奪われるのではと――」
「そんなのおかしいよ!まともに考えたらダンブルドアがそんなこと…」
「そう!そこなんだ…。ファッジは今まともじゃない。恐怖で心が歪んでしまっている」

リーマスはそこまで言うと、軽く頭を振り、ハリーを見つめた。

「恐怖は人を追い詰める…。以前、ヴォルデモートが力を得た時には、我々の愛する者が全て滅ぼされかけた…」

リーマスの言葉に、シリウスが悲しげな顔で俯く。そんな"父"の手を、私は強く握り締めた。

「しかし…今度の復活をハリーに知られたのは奴の誤算だったはずだ」
「どうして…?」
「ヴォルデモートが蘇った時、それを一番知られたくない人物がダンブルドアだった。ところが君はすぐさまダンブルドアに知らせた」
「それがどういう役に立ったの?」
「役に立ったどころじゃない」

と、キングズリーが信じられないと言う声を上げた。

「ダンブルドアは"例のあの人"が恐れた唯一の人物だよ」
「君のおかげでダンブルドアはヴォルデモートの復活から1時間後には"不死鳥の騎士団"を集める事が出来た」

シリウスがそこで言葉をつなぎ、ハリーに微笑んだ。

「そうだったんだ…。それで騎士団は何をしてるの、シリウス」
「ヴォルデモートが計画を実行できないように出来る限りの事はしている」
「あいつの計画がどうして分かるの?」
「ダンブルドアは洞察力が鋭い。しかもその洞察は結果的に正しい事が多い」

そこでリーマスが言った。

「だからあいつが確実に動き始めたのを出来るだけ多くの魔法使い達に知らせて警戒させる事も重要だ」
「だがそれがなかなか難しい」
「…どうして?」

シリウスの苦々しい言葉を聞いて、ハリーは首を傾げた。

「魔法省の態度のせいよ」

そこでトンクスが言った。

「さっきの新聞見たろ?そんな事はなかったと頭から否定してる」
「どうしてファッジはそんなにマヌケなんだ?ダンブルドアが言ってるのに――」
「そのダンブルドアすらファッジは怖いのさ。ヴォルデモートと同じくらいね。だから正面切って向き合えないんだ」

そこでリーマスが深い溜息を漏らすと、一瞬、沈黙になる。その時、シリウスが顔を上げて、

「ヴォルデモートは…自分の軍団を再構築しようとしている」

そこまで言うと、シリウスは重苦しい表情で、言葉を続けた。

「14年前……奴は膨大な人数を指揮下に収めた。魔法使いだけでなく…闇の生き物もな…。今度も同じだ。
我々の方も仲間を募ってきた。だが…奴の関心は手下集めだけではない……」

シリウスはそこで軽く咳払いをすると、どこか言いにくそうな顔で、ハリーを見た。

「ヴォルデモートは…ある物を求めている」
「…シリウス!」

そこで咎めるように、ムーディが口を挟んだ。それでもシリウスはハリーを見つめ、言葉を選ぶように話し出す。

「前の時には…持っていなかった物だ…」
「…それって…武器のようなもの?」
「――やめて!もうたくさん!」

ハリーの問いに、シリウスがもう一度口を開こうとした瞬間。それまで黙って聞いていたウィーズリーおばさんが大声を上げた。

「まだ年端も行かないハリーにこれ以上言うなら、いっそハリーを騎士団に引き入れたら?!」
「僕も入りたい!ヴォルデモートの軍団と戦いたい…っ」

ウィーズリーおばさんの言葉に、ハリーはすぐさま反応した。
シリウスは何かを言いたそうにしたが、そこで言葉を閉ざし、その場の空気が張り詰めたものへと変わる。
見ればウィーズリーおばさんが怖い顔でシリウスを睨んでいた。
"これ以上、余計な事を言えば許さない"とでも言いたげな顔だ。

ここ最近の様子を見て気づいてはいたが、ウィーズリーおばさんは私達に、"大人の事情"とやらを聞かせたくないらしい。
特に騎士団の活動内容は、誰が訊いても応えてくれないようで、訊けば逆に怒鳴り散らされる、と双子も話していた。
でもそれは全て、ヴォルデモートという化け物に、私達を関わらせたくないからだと思う。
それはある意味、親心なんだろう。

(…でも、もう遅い…。私達は嫌でもあいつに関わってしまう…。ううん、逆に逃げてなんかいられない…。親の、仇をとるまでは――)

そう心に決心しながら、隣にいるハリーを見れば、彼もまた私を黙って見つめていた。














食事を終えて、結局あの話の後は、場の空気が悪くなり、あれでお開きとなった。
でも自室に戻った後も、私は色んな事が頭に浮かび、眠れないまま夜空に光る青白い三日月を見上ていた。
この部屋の窓から見えるのは、空に浮かぶ三日月と、汚い路地裏だけで、柵の前にあるゴミをマグルの浮浪者が漁っている。
その姿を、ボーっと眺めていると――もちろん向こうからこっちは見えない――ドアの向こうでかすかに人の気配がした。
その気配は消える事なく、ドアの前でウロウロしているようだ。
一瞬ウィーズリーおばさんかと思ったが、もしそうなら、寝ているか様子を伺ってすぐに立ち去るはずだ。

(…まさかクリーチャー?)

思わず顔をしかめる。あの屋敷しもべは、夜中になると屋敷内を動き回るクセがある。
以前は自分以外、この屋敷には誰もいないと――クリーチャーを除いて――寝る時も部屋の鍵はかけなかった。
でもある夜、小さな物音に気づき、目を開けた時、あのクリーチャーが部屋の中をウロウロと歩き回る姿を見て、かなり驚かされたのだ。
まさか屋敷しもべが勝手に主人(表向き)のプライベートな部屋に入ってくるとは思わず、私はつい怒鳴りつけてしまった。
でもクリーチャーは特に気にしている様子もなく、問い詰めても何をしていたかは話してくれなかったが――独り言(嫌味)を聞けば、たぶん前の主人との思い出の品を探してた――それ以来、部屋にいる時もいない時も、しっかり鍵を閉めるようにした。
その後は、夜中に驚いて起きるといった事は、一度もなかったし、クリーチャーが私の部屋に近づく事もなかったはずだ。
でも明らかに今、廊下で誰かの気配を感じる。私は静かにベッドから下りると、足音を忍ばせてドアへと近づいた。


「――?起きてる?」
「―――ッ」


ドアに耳をつけたのとハリーの声が聞こえたのが同時だった為、ドキっとしてドアから離れた。
…が、慌てたせいで、後ろにあった木彫りの椅子に踵が当たり、ガタンという耳障りな音を立てる。
ついでに、「…痛っ」という声まで上げてしまったせいで、寝ているフリも出来なくなってしまった。
案の定、ハリーの、「そこにいるの?」という伺うような声が聞こえて、私は仕方なくドアを開けた。

「…あ、…」
「…ハリー、どうしたの?――とりあえず入って。ウィーズリーおばさんに見つかったら怒られるし」

どこか不安げに立っているハリーを見て無下に帰すのも躊躇われ、部屋に招きいれるとそっとドアを閉めた。
夜中でも屋敷を探検しまくる双子のせいで、ここのところウィーズリーおばさんは深夜も皆の部屋を見回りに来ることがあるのだ。

「ごめんね、遅くに…。もしかしたらも眠れないでいるかなと思って」

ハリーは申し訳なさそうに言った。でも確かにそれは当たっている。
私はハリーにソファに座るよう促し、自分はベッドへと腰を掛けた。

「ヴォルデモートの事を考えてたら、呑気に寝てられないもの」
「…だよね。でもロンはグースカ寝てるけど」

ハリーは苦笑混じりで肩を竦め、

「実は…半分、ロンのイビキのせいで眠れない」
「…………」

その光景が、あまりに容易く想像できて、思わず噴出した。
前にこの屋敷を大掃除中、ロンがソファで居眠りをした事があったが、かなりの騒音だったのを思い出す。
そんな私と一緒に笑いながらも、ハリーは「やっと笑ってくれた」と一言、呟いた。

「え?」
「あ…いやほら…。って僕の前だとあまり笑ってくれないから」
「…そうだっけ?」

そう言いながらも、ドキリとした。
ハリーは僅かに目を伏せると、「に嫌われてるのかと思って」と、更に確信をついてくる。
私が思ってた以上に、ハリーは私の態度を気にしていたようだ。

「…嫌ってなんかいないわ。一方的に嫌うほどハリーのこと知ってるわけじゃないし…」

それは本当の事だ。私は別に、彼の事を嫌いなわけじゃない。
そんな風に見えるのは、私の下らない嫉妬のせいだ。
ハリーは私の言葉を聞いて、それでも不安げに、「…ホント?」と訊いてきた。

「本当だってば。だから気にしないで。私、人見知りするの」

ハリーがあまりに心配そうな顔をするから、ついそんな事を言ってしまった。
こうしてハリーと面と向かって話すのは初めてだったけど、でも話せばこうなる事は分かっていた。
彼はハーマイオニーやロンが、自信を持って"誇れる親友"だ、と言っているように、とても優しい勇敢な人だから。
彼に嫉妬している自分自身が嫌になるくらい、いい人だから、こうして話してしまえば、私の意地など簡単に崩れ去る。
私の中の小さなわだかまりは消えてなくなるわけじゃないのに…

「あの、さ」
「え?」
「おかしな話だけど…」

ハリーはそう切り出して、少しだけ照れ臭そうに頭をかいた。

とシリウスの関係を聞いてから…何だか嬉しいんだ」
「…嬉しい?」
「うん。とシリウスは血は繋がらなくても唯一の家族だろ?僕も…シリウスのこと、唯一の…大切な家族だと思ってる」
「……そう」
「だから…勝手だけど、とも家族になったような、そんな気がして…」

その言葉に驚いて顔を上げると、ハリーは、「やっぱ変かな?」と不安げな顔をした。
そんなハリーを見て、私は内心やっぱりかなわないと思った。
私が下らない嫉妬をしている間、ハリーは私の事をそんな風に見てくれてたんだ、という事実に、何だか自分が情けなくなる。

「変っていうか…そのうち本当にそうなると思うし…」
「…え?」
「シリウスが…全ての件が落ち着いたら、ハリーの事も養子にするって言ってたの」
「……ホント?ホントにシリウスがそう言ってたの?」

ハリーは想像以上に嬉しそうな顔をした。シリウスがそう願うように、彼もまたシリウスと本当の家族になりたがっている。
きっと私が彼の立場でも、同じように喜んだんだろうな、と思った。

「本当よ。だから……頑張って」

まずは目先の懲戒尋問、そして復活してしまったヴォルデモート…
ハリーがシリウスと家族になるためには、色んな試練がある。そういう意味を込めて言った言葉だった。

「――ありがとう」

私の思っている事が伝わったのか、ハリーは小さな声でそう呟いた。