Who is that girl?

Who is that girl?

Who is that girl?



不思議の国の あの子が歌う


"計り知れぬ英知こそ 我らが最大の宝なり――"







03. LUNA LOVEGOOD








ハリーの懲戒尋問当日――朝早くから皆はそわそわしていた。

シリウスやリーマス、ウィーズリーおばさんにトンクスは、いつもよりも言葉数が少なく、寝坊したハーマイオニーやとロンもどこか不安な様子だった。ハリーは早くにウィーズリーおじさんと一緒に出かけたようで、私が起きた頃にはすでにいなかった。

温くなった紅茶を口に運びながら、私は膝で眠る飼い猫のヴェントゥスを撫でた。
ヴェントゥスはその名の通り、風の強い日、シリウスが拾った黒猫で、まだ仔猫だから、とこの屋敷に一人で住み始めた私に、シリウスが預けてくれた猫だ。その綺麗な黒い毛並みはスナッフルズの猫ばんといった容姿で、ただ違うといえば臆病な性格だろう。
普段は私にベッタリとくっつくのが好きなヴェントゥスも、屋敷の大掃除が始まると、必ずといっていいほど姿を隠してしまう。
あちこちガタガタと動かしたりする物音が怖いみたいだ。
時々ハーマイオニーのクルックシャンクスにイジメられては私のところに逃げ込んでくる、少し気の弱い猫だが、シリウスと離れる寂しさを埋めてくれる、私の大切なパートナーだった。


「ハリー、大丈夫かしら…」

誰に言うでもなく、ハーマイオニーが呟いた。
煤けた壁にかけられている時計を見れば、とっくに懲戒尋問が行われている時間だ。
きっと今頃ハリーはお偉い方々から、あれやこれやと質問攻めにあってる事だろう。

「大丈夫よ。ハリーは何も悪い事などしてないんだから」

ウィーズリーおばさんが自分に言い聞かせるように言った。ハーマイオニーも小さく頷くと、それでも不安げに時計を見上げている。
静かな部屋に、時計の音だけが響いているだけで、それ以上誰も口を開こうとはしなかった。
それから、どれくらいの時間が過ぎたのか。不意に廊下の方で物音がして、皆が一斉に顔を上げた。

「…帰ってきた?」

ロンがドアの方を見る。それと同時だった。ドアが勢い良く開き、ウィーズリーおじさんが入って来た。


「――無罪放免だ!」


誰に遠慮をする事もなく、おじさんは高らかに声を上げた。その瞬間、歓声のような、安堵の息のような、そんなざわめきが起きて、今まで膝で眠っていたヴェントゥスが驚いたように慌てて厨房から逃げて行った。
入れ替わりに本日の主役が照れ臭そうな顔で厨房に入って来る。

「ハリー!」

彼の顔を見た途端、ハーマイオニーが泣きそうな顔で抱きついた。ロンも嬉しそうにハリーの元へ走って行く。

「思ったとおりだ!君はいつだって、ちゃんと乗り切るのさ!」
「無罪で当然なのよ」

震える手で目頭を押さえながら、ハーマイオニーが微笑んだ。
そんな彼女に苦笑しながら、

「僕が許されるって思っていたわりには、皆ずいぶんホっとしているみたいだけど」

ウィーズリーおばさんはエプロンで涙を拭き、シリウスやリーマス、他の騎士団の人たちも一様に安堵の表情を浮かべている。
その中で、端っこに座っていた私に気づき、ハリーが歩いて来た。

「ただいま、
「おかえり、ハリー。良かったわね」
だけは僕の無罪を心から信じていてくれたみたいだね」

皆よりも冷静だった私を見て、ハリーは笑った。

「私はダンブルドアを信じてただけ。彼があなたをこんな事で退学にさせるはずないもの」
「そうだよ!のいうとおり!」

そこでロンが明るく声を上げた。ハリーは思わず苦笑いを浮かべて、

「よく言うよ。さっきは無罪と聞いて心底ホっとしてたクセに」
「ま、まあそれはそれって事で――」

とロンが頭をかいている。そこへ今度はジニーが勢い良く入って来た。

「ハリー!無罪おめでとうー!」
「ああ、ジニー。ありがとう」
「やったな、ハリー!」
「これで我らがハリー・ポッターは今年もホグワーツの仲間だ!」

またしても"姿現し"をやった双子も現れ、ハリーを囲む。その賑やかさに、とうとうウィーズリーおばさんが切れた。

「うるさいわよ、あなた達!」
「そうだぞ!静かにしなさい!」

ウィーズリーおじさんも一緒になって双子たちを叱る。でもおじさんは渋い顔のまま、すぐにシリウスの元へ歩いて行った。

「ところでシリウス。魔法省にルシウス・マルフォイがいた――」
「何だって?」

そんな会話が聞こえてきて、私は思わず聞き耳を立てた。

「地下9階でファッジと話してるのを私とハリーが目撃した。それから二人は大臣室に行った。ダンブルドアに知らせておかないと――」
「その通りだ。知らせておく、心配するな」

シリウスが厳しい顔で頷くと、おじさんはホっとした顔で、「わたしはまだ仕事がある」と皆に告げてから、再び出かけて行った。


(――ルシウス・マルフォイ…)

"あの"ドラコ・マルフォイの父親だ。会うたび得意げな顔で話しかけてくるドラコを思い出し、私は溜息をついた。

(彼の父、ルシウスが魔法省で働いてた事は知ってるけど…でも何故この時期にファッジと?)

何か嫌な組み合わせだ、と思いながら、厨房から出て行くシリウスを見ていた。早速ダンブルドアに報告を入れるんだろう。
少し気になって、私もシリウスの後を追った。



「――どうした?

部屋を覗くと、シリウスは驚いたように振り向いた。ここはシリウスの母親が以前使っていた部屋だ。
ここにはハリー達がその命を救い、シリウスの逃走を手助けてくれた"バックビーク"もいる。
襲われないよう、バックビークに一礼し、返事を待ってから部屋の中へと足を踏み入れる。
シリウスはバックビークにエサを与えてから、苦笑いを浮かべ、立ち上がった。

「皆とハリーの無罪放免の祝いでもしてやればいいのに」
「ウィーズリーおばさんが張り切ってパーティの用意してるわ。それより…ドラコのお父さんとファッジが話してたって?」
「…聞いてたのか」

私が単刀直入に訪ねると、シリウスは渋い顔で息を吐いた。

「聞こえちゃったの」

そう言いながらソファに座ると、シリウスは隣に腰をかけ、私の頭を撫でた。

「心配するな。ダンブルドアに報告すれば調べてくれる」
「そうだけど…。何だか嫌な組み合わせだと思わない?あの新聞記事だってルシウスがファッジを操ったのかも」
「かもしれんな。奴は信用出来ない」
「当然よ。ヴォルデモートとまだ繋がってるに決まってる」

私がイライラしたようにそう言うと、シリウスは黙って頷き、「その件は任せてくれ」と、また私の頭の上に手を乗せる。
それだけで不安が半減するのだから不思議だ。

「そう言えば…」

と、シリウスは思い出したように笑顔になった。

「この前、ハリーと話したそうだな」
「え?ああ…まあ少しね。お互い眠れなくて――」
「ハリーが喜んでたよ。と仲良くなれそうだって」

照れ臭いのもあって、早口で説明しようとした私の言葉を遮り、シリウスはニヤリと笑った。

「仲良くって…」
「今はハリーもつらい立場にある。学校に戻っても、彼を支えてやってくれ」
「…うん」

シリウスがあまりに寂しそうな顔をするから、つい頷いてしまった。本当なら、シリウスが傍にいてハリーを守ってあげたいのかもしれない。
でもダンブルドアから、ここを離れてはいけない、とキツく言われている以上、シリウスも勝手に出歩けないのだ。
アズカバンから逃げたとはいえ、本当の意味での自由を手にしたわけじゃない。
それが可愛そうだった。こんな屋敷に閉じこもっているだけなんて、本来のシリウスの性格を考えれば苦痛なだけだろう。

(あの時…ピーター・ペティグリューを捕まえてさえいれば今頃シリウスは…)

裏切り者のあの男。
親友だったハリーの父を死に導き、同じく親友だったシリウスに罪をきせ、今も逃げ延びているあの男だけは許せない、と思った。
ヴォルデモートの恐ろしさに屈し、シリウスの信頼を裏切った、あの男が――


「…私が"ワームテール"を必ず捕まえて、シリウスの無罪を証明してあげる」
…危険な事は――」
「シリウスが本当の意味で自由になったその時は…普通の親子みたいに、二人で色んなところに行きたいもの」


そう言った私に、シリウスは優しく微笑んで、そして――そっと目頭を押さえた。















ハリーが無罪になった次の日からは、彼が来る前の日常に戻っていた。
荒れ果てたこの屋敷を、騎士団の本部として使えるよう、皆で色んな場所を掃除してまわり、夜には死んだように眠る。
時々騎士団の団員が集まり、会議をしていたが、ウィーズリーおばさんが厨房の扉に"邪魔よけ呪文"なるものをかけたせいで、
双子の"伸び耳"も効果がなくなって、話を聞く事は出来なくなっていた。
そして明日にはホグワーツへ出発する、という前の晩、学校から教科書のリストが届き、その時に何とあのロンとハーマイオニーが、"監督生"に選ばれたという手紙が来たらしい。
ロンが選ばれた事を知って、兄である双子は面白くなさげにからかっていたが、ウィーズリーおじさんも、おばさんも大喜びして、ロンを褒め称えた。
お祝いとして新しい箒をプレゼントされ浮かれているロンを見て、よっぽどお下がりが嫌だったのね、と苦笑しつつ心の中で私もおめでとうを言った。

そして全ての準備が整い、ホグワーツへと出発する当日、私は何かがドスンと落ちるような大きな音で、目が覚めた。


「――何やってるの!!大怪我させたかもしれないのよ!」

階下からウィーズリーおばさんの怒った声が響いてくる。
どうやら怒られているのは双子のようで、私はベッドから起き上がるのと同時に溜息を着いた。

「朝からうるさい…って、もうこんな時間?!」

欠伸を噛み殺し、ベッドから抜け出すと、私は目を擦りながら着替えを始めた。
時計を見れば、そろそろ出なければ行けない時間だったのだ。夕べはなかなか寝付けず、寝坊してしまったようだ。

「これでよし、と。忘れ物はないわね」

一応、トランクを開けて、最終確認をする。部屋の中を見渡しても、持って行くものは殆どつめたようだ。
その時、下からおばさんの大きな声が聞こえてきた。

「――皆!すぐに下りてきなさい!すぐよ!」

皆…という事はハリー達も下りてはいないらしい。私はトランクを持つと、急いで部屋を出て、シッカリと鍵をかけると、階段を下りて行った。

「あ、おはよう!!」
「おはよう、ハーマイオニー」

同時に階段を下りて来たハーマイオニーも焦っているのか、階段を一つ飛ばしで下りていく。
その後からロン、そしてハリーが下りてきた。

「おはよ!
「おはよう、ロン」
「やあ、おはよう」
「おはよう、ハリー。あなたも寝坊?」
「え?」
「髪。後ろが跳ねてる」

一緒に階段を下りながら、そう言うと、ハリーは慌てたように後頭部を手で抑えた。

「それに顔色も良くないし…寝不足?」
「…最近ちょっと夢見が悪くて…」

ハリーは少し元気のない様子で言った。
どんな夢?と聞こうとしたが、ウィーズリーおばさんの声がそれを遮った。

「やっと来たわね!ああ、トランクやふくろうは置いていきなさい。ムーディが荷物の面倒を見るわ」

そう言われ、皆で自分の荷物を床に置く。そして外へと続くドアを開けると、九月の日差しが薄暗い廊下を照らす。
久しぶりの外の空気を吸い込んで、私は大きく両腕を伸ばした。

「あれ、そう言えばシリウスは?お見送りに出て来てないわ」
「…そうだね」

ふと振り返り、ハリーと顔を見合わせる。それにはウィーズリーおばさんも訝しげな顔で屋敷の方へ振り返った。

「おかしいわね。さっきまでいたのに…」
「私、シリウス呼んでくる――」

そう言って戻ろうとした瞬間、おばさんに「ダメよ。汽車に乗り遅れるわ」と引き止められる。
でもシリウスとこのままクリスマス休暇まで会えないなんて嫌だと思った。
ハリーも同じように思ったのか、困ったように顔を前と後ろに落ち着きなく動かしていた。

「大丈夫よ。シリウスはちゃんと来るから、とりあえず二人は出なさい」

おばさんに押されるように屋敷の外へと出され、私は朝日の眩しさに目を細めた。

「あれ、トンクスもいないよ」

十二番地の階段を下りながら、ハリーが辺りを見渡すと、ウィーズリーおばさんは「すぐそこで待ってます」と応えた。
おばさんは、早く早くとでもいうように、私達をせかす。ハーマイオニーやロンも必死に追いかけてきた。
十二番地は、歩道に出たとたん、かき消すように見えなくなった。
その時――足元を黒いものが走りぬけ、ウィーズリーおばさんが甲高い声をあげた。


「――シリウス!何てこと…ダンブルドアがダメだって言ったでしょう?!」


見ればスナッフルズになったシリウスが、得意げに尾っぽを振りながら前を走って行く。
久しぶりに味わった外の空気を楽しんでいるようだ。
私がシリウスの方へ走って行くと、後ろで「ああ、もう自己責任にしてくださいよ」という、おばさんの呆れた声が追いかけてきた。

「お見送りに来てくれたの?」

足元に擦り寄ってきた彼に声をかけると、返事の代わりに私を見上げる。そこへハリーも嬉しそうに歩いて来た。

「おばさん、カンカンだよ?」
「…たまにはいいわよ。屋敷にずっと缶詰だったんだから。ね?シリウス」

軽くウインクすると、シリウスは嬉しそうに吠えながら、私達の周りをを走り回っている。
それだけ長い時間、屋敷に閉じ込められていたのだから、この太陽の下、シリウスがはしゃぐのも分かる気がした。
ハリーも同じ事を思っていたのか、ふと私を見て、ニッコリ微笑む。
そんな私達を守るように、気づけばムーディ、トンクスらが少し離れた場所を囲んでいた。
ハリーを護衛するのは分かるが、私にまでついているのはおかしな気分だった。

(でも油断は出来ない…。あいつやあいつの仲間がいつどこから襲ってくるか分からないんだ…)

騎士団のメンバーを見て、私は少しだけ気持ちを引き締めると、キングズ・クロスまで30分かけて歩いた。
その間は何事もなく、無事にキングズ・クロスのプラットホームに辿り着くと、9番線と10番線の間を、他の団員達がウロウロしているのが見える。
護衛がつくとは聞いていても、ここまで徹底してる事に少しだけ驚いた。

(それだけヴォルデモートの復活は脅威だって事ね…)

安全を確認し、OKが出たところで、9と4分の3番線に出ながら、どことなく薄ら寒くなった。
大人達は別として、私の歳で実際にヴォルデモートと直接対峙した事があるのは、ハリーだけだ。
姿かたちも分からない敵が、どこかに潜んでいると思うと、やはり気持ちのいいものじゃない。

「――、大丈夫?」

不意に声をかけられ、ドキリとした。振り返ると、ハリーが心配そうに歩いてくる。

「顔が真っ青だよ。どうかした?」

気づけばシリウスも足元に座っていて、私は慌てて笑顔を作った。

「大丈夫よ。ちょっと寝起きに歩いて疲れただけ…」
「そう?ならいいけど…。ああ、もう汽車がついてるね」

そう言われて前方を見ると、ホグワーツ特急が蒸気を吐き出しながら停車しているのが見えた。
プラットホームには出発を待っている生徒や家族が溢れている。そこへウィーズリーおばさんが歩いて来た。

「他の人達も間に合えばいいけど…」

そう言って心配そうに振り返っている。そこへ荷物を積んだカートを押しながら、ムーディがアーチーを潜ってやってきた。

「全てOKだ。追跡はされてはおらんようだ」

それを聞いて、おばさんが明らかにホっとした顔をした。普通に見えて、内心はかなり不安だったのかもしれない。
その後、ロンとジニー、ハーマイオニーを連れたウィーズリーおじさんがやって来た。
ムーディが運んできた荷物を、皆で降ろし終えた頃には、フレッドとジョージがリーマスと到着し、これで全員、揃った事になる。

「異常なしか?」
「全くなし」

ムーディの問いに、リーマスが笑顔で頷いた。
それから私達の方へ歩いてくると、足元にいるシリウスに目を向け苦笑いしつつも、小さくウインクをした。

「気をつけるんだぞ、。ハリーもな」

リーマスは私と、そしてハリーを軽く抱きしめながら言った。

「リーマス、元気でね。それと…シリウスのこと、宜しく」
「ああ、分かってる。無茶させるのは今日だけだ」

リーマスがそう言って笑うと、スナッフルズの鼻がキュウンと鳴って、ハリーが噴出している。
そこへムーディが挨拶しにやって来た。

「なるべく目立った行動はするなよ。あと手紙の内容には気をつけろ。迷ったら書くな」

私はムーディと軽く握手をしながら頷いた。あいつが復活した今、前までのようにはいかないらしい。
そこへトンクスも歩いて来た。

「皆と会えて嬉しかったよ」

ハーマイオニーとジニーを抱きしめ、「またすぐ会えるね」と笑う。
そして最後に私のところへ来ると、「ハリーと仲良く」とだけ言って、強く抱きしめた。その時、警笛が鳴った。

「早く早く」

ウィーズリーおばさんが慌てて皆を抱きしめ、挨拶を済ませている。ハリーは二度も捕まっていた。

「じゃあシリウス…。暫く会えないけど、またクリスマスには帰るから…待っててね」

目の前に座っているシリウスに声をかけると、シリウスも私を見上げ、軽く吠えた。
最後にしゃがんでシリウスの首に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。ふわふわの毛が鼻にかかってくすぐったい。
本当なら、この姿じゃないシリウスにこうしたかった。

「元気でね」

それだけ言うと、ウィーズリーおばさんから逃れてきたハリーと代わった。

「シリウス…帰り、気をつけて。また手紙書くよ」

ハリーの言葉に、シリウスも無言のまま小さく頷いた気がした。

「ほらほら二人も早く乗りなさい!置いて行かれるわよ」

ウィーズリーおばさんが大きな声で呼んだ。私とハリーは慌てて汽車に乗り込むと、間一髪で扉が閉まる。

「またね!」

開けた窓からハリーが皆に手を振っている。
リーマス、ウィーズリーおじさん、おばさん、トンクス、ムーディの姿があっという間に小さくなる。
それでも黒い犬だけはギリギリまで汽車を追いかけて来た。
私は窓から顔を出して、出来るだけ大きくシリウスに手を振ったけど、その姿もすぐに見えなくなった。

「それじゃコンパーメントを探そうか」

ハリーがそう言って皆の顔を見た。
監督生の車両に行かなくてはならないロンやハーマイオニーと別れ、私とハリー、そしてジニーは一緒に席を探す事にした。
一つ一つ空いているところを探しに歩いていると、何となく視線を感じた。皆、ハリーを興味深げに見ている気がする。
ハリー本人もその視線に気づいたのか、ひそひそ話し始める生徒から視線を反らしていた。

(もしかしたら、あの新聞のせいかな…)

ふと"日刊予言者新聞"の記事の事を思い出した。あれにはハリーが嘘つきの目立ちたがり屋だと悪評ばかり書いている。
皆の態度を見て、あんな大嘘の記事を信じているのか、と少しだけ腹が立った。

「あれ」

最後尾で、同級生のネビル・ロングボトムに会った。同じグリフィンドールの五年生だ。
相変わらず暴れているヒキガエルのトレバーを片手で抱きしめ、息を切らしている。

「やあ、ネビル」
「やあハリー。ジニーに……も?」

私がハリー達と一緒なのが珍しいのか、ネビルは少しだけ目を丸くしながら挨拶をした。

「どこも席が埋まってるんだ。空いてるところが見つからなくて…」

ネビルがそう説明すると、ジニーがネビルを押しのけ、後ろのコンパーメントを覗き込んだ。

「何言ってるのよ。ここが空いてるじゃない。ルーニー・ラブグッド一人だけよ?」

ネビルは僅かに顔を顰め、「邪魔かと思って」と呟いた。

「馬鹿言わないで。この子は大丈夫よ」

ジニーの知り合いなのか、彼女はそのままルーニーという子がいるコンパーメントの中へと入っていく。
私やハリー、そしてネビルもそれに続いた。

「こんにちは、ルーナ。ここに座ってもいい?」

その声に、窓際に座っていた女の子が顔を上げた。
濁り色のブロンドの髪を腰まで伸ばし、眉毛が薄く、どこか顔色が悪く見える。
彼女の様子を見て、ネビルが何故、このコンパーメントをパスしようとしたのか、理由が分かった気がした。

(この子、変人で有名な子だわ)

ふと以前に後輩から聞いた噂を思い出した。確かこんな名前だったはずだ。
それでもルーナは私達をジっと見た後、どうぞというように頷いてくれた。

「ありがとう」

ジニーがお礼をいい、ハリーや私は荷物を棚に上げると、一息つくのに椅子へと腰を下ろした。
私が窓際のルーナの真向かいに座り、隣にはハリーとジニー。ルーナの隣にはネビルが恐々と座った。
ルーナは"ザ・クィブラー"と書かれた雑誌を熱心に読んでいる。でも、その雑誌が逆さまな事に気づいて、本当に変わってる、と思った。

「ルーナ、いい休みだった?」

ジニーが気にもせず話しかけると、ルーナは彼女ではなく、何故かハリーを見つめながら「うん」と応えた。

「うん、とても楽しかったよ。――あんた…ハリー・ポッターだ」

突然名前を言われ、ハリーは驚いたように顔を上げた。

「あ、紹介がまだだったわね。――彼女はルーニー・ラブグッドよ。私と同学年だけどレイブンクローなの」

そこでジニーが皆の紹介を始めた。

「ハリーの事は知ってるみたいね。えっと彼はネビル・ロングボトムで、彼女は・シエナ・ブラックよ」

"シエナ"というのは、私の実母の名前らしく、シリウスが私を養女に迎える際、その名をミドルネームにしてくれたようだ。

「……ブラック?」

ルーナは大きな目を更に大きくして私を見つめた。こういう反応は慣れている。
私がブラックの性を名乗る事で、私の養父が、あのシリウス・ブラックだと分かると、皆が同じ反応を見せるからだ。
ダンブルドアには性を変えた方がいいのでは?と入学する時に聞かれたが、私はそれを拒否した。
陰で何を言われようと、シリウスが犯罪者じゃない事は私がよく知っている。
この名は誇れこそすれ――ブラック家に対してじゃないが――、恥じるべきものではない。

「あんたが…シリウス・ブラックの娘?」
「ええ、そうよ」
「そう…。言われてみると、よく似てる…」
「え…?シリウスを知ってるの?」
「前に新聞で見たよ。確かにあんたと似てる…」

ルーナはそう言って瞳を輝かせる。
彼女が他の誰とも違う反応を見せた事で、今度は私が戸惑った。

「似てるって…でも私と彼は血の繋がりはないの。私は養女で――」
「でもその黒い髪も、灰色の瞳も…ソックリだよ」

誰にも言われた事がない事を、会ったばかりの子に言われて驚いたけど、でも悪い気はしなかった。
出来ることなら、私はシリウスの本当の娘に生まれたかったと思っていたから――。

「…ありがとう」

何故だかお礼を言ってしまった。ルーナはそれに対し、かすかに微笑むと、

「今日は有名人二人に会っちゃった」

と、喜んでいるようだった。

汽車は勢い良く走り続け、その間、ネビルもこの空気に慣れてきたのか、元気に話し続けた。
"思い出し玉"の事だったり、気持ちの悪いサボテンの鉢植えみたいな物体の事だったり、ハリー相手に楽しそうに話している。
その間、ルーナは雑誌を読み続け、ジニーはどことなくハリーと話したそうにしていた。
私はぼんやりと窓の外を流れていく景色を眺めながら、残してきた"父"の事を考えていた。
シリウスはあの屋敷へと戻り、また閉じこもった生活をしなければならない。それを思うと、心がぎゅっと締め付けられるのだ。

(抜け出したことをウィーズリーおばさんはブツブツ言っていたけど、でも閉じ込められてるシリウスの気持ちは、おばさんには分からない…)

あの後、更に文句を言われたんだろうな、と思うと、少しだけ気が重くなる。彼を、早く牢獄のような生活から助けてあげたかった。

(でも…私とシリウスってそんなに似てるのかな…。自分ではそう思った事はないけど…)

窓ガラスに映る自分の顔を見ながら、私はふとそんな事を思った。
確かにこの長い黒髪はシリウスと同じで瞳の色も似ている。
ダンブルドアやマグゴナガル先生にも"やんちゃ"なところがソックリとはよく言われた。
でも外見的な事を言われたのは、今日が初めてだった。それが妙に照れ臭いけど、嬉しい。

「どうしたの?。静かだね」

不意にハリーが話しかけてきた。――どうやらネビルはトイレに行ったようだ。

「うん…。シリウスの事を考えてたの」
「……そう」

ルーナに聞こえないよう、小声で呟くと、ハリーもふと心配そうな顔で窓の外へ視線を向けた。

「つらいだろうね。あの屋敷に一日中いたら」
「そうね…。私の前では明るく振舞ってはいたけど…いつも外に出たそうだった。私だって抜け出したくもなるわ」
「ああ、シリウスもホグワーツでは相当、寮を抜け出すプロだったらしいしね。もそうだろ?噂は聞いてるよ」

ハリーの言葉に思わず笑った。
私の素行の悪さはグリフィンドールだけじゃなく、今ではホグワーツ中で有名だった。(もちろん名前のせいもある)
入学当初から、よくルームメイトとケンカしては寮を抜け出し、そのたびマクゴナガル先生や、スネイプ先生に見つかって怒られている。

「そうね。ダンブルドアには、昔のシリウスを思い出すって、よく言われるわ」
「だとしたら、相当ひどいよ。僕が聞いたシリウスの武勇伝も、なかなかのものだったし」

苦笑いしながらハリーが言った。私も笑いながら、「そうね」と頷く。
まさか彼と、こうしてシリウスの話をするとは思わなかった。

「でもさ。僕もさっき思ったけど…。って、そういうところだけじゃなく…確かにシリウスに似てるよ。綺麗な顔立ちのところが」
「え?」
「何で今まで気づかなかったんだろう…」

ハリーはそう言って、ジっと私の顔を見つめてきた。
眼鏡の奥の大きな瞳は、とても綺麗なグリーンで、吸い込まれそうだなと頭の隅で思った。
同時に、あんな台詞の後に見つめられ、かすかに顔が熱くなる。

「あんまりジロジロ見ないでよ…」
「あ、ごめん」

ハリーはハッとしたように笑うと、軽く目を伏せた。するとハリーの右隣に座っていたジニーが、すぐに話しかけている。
そう言えば私と話してる間も、ジニーはかすかにだが、面白くなさそうな顔でこっちを見ていた。

(もしかして…ジニーってばハリーに気があるのかな…。でもジニーにはボーイフレンドがいたはずだけど…)

そんな事を思っていると、目の前から視線を感じた。見ればルーナが雑誌を少しだけ下げた格好で、目だけを出して私を見ている。
でも私と目が合うと、すぐに雑誌で顔を隠してしまった。やっぱり少し変わってるらしい。
その時、コンパーメントの扉が開いた。

「あら…こんにちは……ハリー」

緊張した声がした。見れば長い黒髪の、可愛らしい女の子が遠慮がちにハリーへ微笑みかけている。
その顔を見て、私は少し驚いた。その少女は、レイブンクローのクディッチのシーカーであるチョウ・チャンだった。
先学期、ヴォルデモートの手にかかり、不幸な死をとげたセドリックの恋人だった子だ。

「あ…やあ…」

ハリーは僅かに声を上ずらせながらも、笑顔で挨拶をした。

「あ、あの…挨拶をしようと思っただけなの。それじゃ…またね」

チョウは頬をほんのりと染めながら、そのまま扉を閉めて行ってしまった。その様子を見て、何となく彼女がハリーと話したがっているように見えた。

「彼女、少しは元気になったみたいね」

ジニーがそう言っているのを、ハリーはどこかボンヤリとした顔で聞いている。行ってしまったチョウの事を、気にかけているようだ。
その時、再び扉が開かれ、ハーマイオニーとロンが疲れた顔で入って来た。
彼らの手には、猫のクルックシャンクス、そしてふくろうのピッグウィジョンの籠がある。クルックシャンクスは甲高い鳴き声を上げていた。

「腹が減って死にそうだ…」

ロンはピッグウィジョンをヘドウィグの隣にしまい込み、ジニーを押しのけ、ハリーの隣へと腰を下ろした。
ジニーから小さな苦情が出たものの、ロンは応える気力もないのか、午前中だけで全神経をすり減らしたとでもいうように、椅子の背にもたれかかり、蛙チョコレートを出して食べている。
ハーマイオニーも少し不機嫌な様子で向かい――ルーナの隣――に座ると、唐突に話し出した。

「あのね、五年生は各寮に二人ずつ監督生がいるの。男女一人ずつ」
「……そ、そう」

彼女の険しい表情に、思わず返事をすると、そこでロンが目を瞑ったまま口を開いた。

「それでスリザリンの監督生は誰だと思う?」
「――マルフォイ」

ハリーが即答すると、ロンは「大当たり」と苦々しげに言って、残りのチョコレートを口に放り込んだ。

「それに女子は"あの"イカれた牝牛のパンジー・パーキンソンよ。脳震盪を起こしたトロールよりバカなのにどうして監督生に選ばれたのかしら」

いつも以上に毒舌なハーマイオニーに、私もつい噴出した。
彼女が怒りを露にしているパンジーとは、あのドラコ・マルフォイのガールフレンドでもある。
そのせいか、パンジーもハーマイオニーの事を目の敵にしていて、顔を合わすたび意地悪な事ばかりを言っていた。
もちろんホグワーツでは"最悪の殺人鬼"とされているシリウスの娘の私にも、パンジーは軽蔑の目を向け、嫌味ばかりを言ってくる意地悪な生徒だった。
その時、再びコンパーメントの扉が開いた。本日三度目だ。
皆で一斉に顔を上げると、そこには今、一番見たくない顔が立っている。
ニヤニヤ笑うドラコ・マルフォイの後ろにはやっぱり腰ぎんちゃくのクラップとゴイルがいた。

「…何だい?」

マルフィイが口を開く前に、ハリーが突っかかるように言った。

「礼儀正しくしろよ、ポッター。さもないと罰則だぞ」

偉そうな顔で、マルフォイが言った。監督生になったからと、早速威張っている。

「お分かりだろうが、僕は君と違って監督生だ。つまり君と違って罰則を与える権限がある」
「ああ。だけど君は僕と違って卑劣な奴だから、この場に必要ないよ。邪魔するな」

ロン、ハーマイオニー、そしてネビルが軽く噴出すと、マルフォイの顔色が一瞬で変わった。

「僕もお前になど用はない。僕はに挨拶をしに来ただけさ」
「…に?」

ハリーが訝しげに顔を上げた。私は内心盛大に溜息をつき、こっちを見ているマルフォイに「こんにちは」とだけ応える。

「やあ。久しぶりだね。元気だった?」
「ええ、おかげさまで」
「君もスリザリンなら良かったのに。ウィーズリーや"穢れた血"の下につくなんて悲惨だろ」

マルフォイの心無い言葉に、ハーマイオニーの顔色が変わる。私は我慢も限界といったように溜息を着くと、得意げな顔のマルフォイを見上げた。

「それ以上言うのは許さないわ。出て行って。もう挨拶は済んだでしょう」
「相変わらず冷たいな。まあ、そういうところも君の魅力だけど」

そのマルフォイの一言に、ハリー達の顔が驚きの表情に変わっていく。あのマルフォイに好意をもたれている事を知られたくなかった。

「まあ、バカの下に疲れたら、いつでも愚痴を聞いてあげるよ」
「おい、マルフォイ!いい加減にしろよ」

そこでハリーが怒ったように立ち上がった。一瞬ハーマイオニーが腰を浮かせ、心配そうな顔をしている。

「どうやら逆鱗に触れたようだね。まあ気をつける事だな、ポッター。僕はいつでも君に罰を与えられるんだから」
「出て行きなさいよ!」

そこでハーマイオニーも立ち上がって怒鳴った。
マルフォイはニヤニヤしながら彼女を見ると、「フン」と鼻を鳴らし出て行く。その後からクラップとゴイルもドタドタと追いかけて行った。
ハーマイオニーは力いっぱい扉を閉めると、大きく息を吐き出した。実は相当カッカきてたようだ。

「ホント嫌な奴…!」

怒りながら再びハーマイオニーが座る。でもハリーとロンは、未だに驚いたような顔で私を見ていた。
その理由がマルフォイの私への態度だと気づいてはいたが、何と説明すればいいのか分からない。

…どういうこと?マルフォイとは仲が悪かったろ?何度かあいつのこと、殴った事もあるって聞いてたけど…」
「そうだよ!前はシリウスの事であれこれ君を苛めてたのに…。さっきのマルフォイは何だか君に気がある素振りだった――」

ロンが信じられないといった表情で言った。それには私も溜息をつく。

「実は…先学期のあの大会の時にダンスパーティがあったでしょ?あれ、マルフォイから誘われたの」
「「えぇぇっっ?!」」

ハリーとロンが同時に叫び、ハーマイオニーは言葉もないといった顔で目を丸くしている。
でも皆が驚く気持ちもよく分かる。私だって、マルフォイからダンスに誘われた時は、きっとこんな顔をしてたはずだ。

「ななな何で…ってか、マルフォイは最初からパンジーを誘ったわけじゃなかったんだ!」
「あれは彼女の方がマルフォイに気が合ったのよ。マルフォイは適当に相手をしてるって感じだもの。ま、どっちにしろ趣味は悪いわね」

ハーマイオニーは驚きのあまり、ひっくり返っているロンにそう言うと、何故か満面の笑顔で私を見た。

「それで…もちろん振ったんでしょ?マルフォイの事!」
「え?ええ、まあ…。だってそれまで彼にシリウスの事をどれだけ侮辱されたか…あんな奴と踊るなんてゾっとするわ」
「でもさでもさ!何であんなに"犯罪者の娘"とか酷い言葉でをけなしてたマルフォイが、その彼女を好きになるんだ?」

ロンが不思議そうに言った。私もダンスに誘われた時は何度も考えたが、結局答えが出なかった。
でも一つ心当たりがあるとすれば。"あの出来事"から、マルフォイの態度が柔らいだ気がする。

「たぶん…私が彼にハンカチを貸してからだと思う」
「…ハンカチ?」

ハリーが訝しげな顔で私を見た。

「ほら、先学期、マルフォイがハリーを背後から攻撃しようとして、ムーディに罰を与えられたでしょ?」
「ああ…ケナガイタチに変えられてたっけ。何度も地面に叩きつけられてた」
「私も遠目でそれを見てたんだけど…その後に泥だらけの姿で私の方に歩いてきたから、つい情けでハンカチを貸してあげたの」
「えぇ?あんな奴、放っとけばいいのに」

ロンが呆れたように肩を竦めた。
まあ自分でもそうは思うが、あの時のマルフォイは目に涙を溜めて、服は泥だらけ。とにかく悲惨そのものに見えたのだ。

「それで?マルフォイの奴は素直に受け取ったの?」

ハリーも多少不満そうな顔で訊いてきた。

「ううん。最初は"犯罪者の娘のハンカチなんか使えるか"って言ってたんだけど、仕方ないから彼の手に押し付けてそのまま置いてきちゃったわ」
「へえ…。じゃあその事が原因でマルフォイがのことを?」
「さあ…それは知らないけど…。でもとにかく、その後にマルフォイが綺麗な新しいハンカチを私に持ってきて…」
「「げっ!」」

ロンとハーマイオニーの声が見事に揃った。二人とも気持ちが悪いといった顔をして舌を出している。
その二人の表情に、今まで黙って話を聞いていたルーナが笑った。

「あいつが女物のハンカチをプレゼントって、想像つかないよ」

ロンが顔を顰めたまま首を振った。

「プレゼントって…ただ私のは汚しちゃったからっていってくれただけよ」
「でもさ、その後からマルフォイに言い寄られてるんだろ?」
「っていうか…その後くらいにダンスパーティに誘われて…まあ確かなのはそれ以降、シリウスの事で嫌味を言われなくなったわね…」
「ふーん…」

ハリーは不満そうに目を細めながら、「全然知らなかった」とだけ言った。

「でも最高だよ!これであいつの弱みは握ったも同然さ」

ロンが張り切ったように言って、私は首を傾げた。

「どういうこと?」
「だって、あのマルフォイがの事を好きだなんて、これ以上面白い話はないだろ?」
「好きって…そう言われたわけじゃないわ。それに彼には今パンジーってガールフレンドがいるんだし」
「いーや、あの様子だと間違いなくに惚れてるね、あの"純血主義"くんは!」

ロンは一人浮かれてはしゃいでいる。でもハリーは呆れたように溜息をつくと、

「あんな奴に好意をもたれたら最悪なだけだよ」

と、それ以上はその話題を口にせず、黙って窓の外を眺めている。
その時、トイレに行っていたネビルが、「凄い混んでたよ…」とゲンナリしながら戻ってきた。
いつの間にか、窓の外は雨がパラついていた。



「――そろそろ着替えた方がいいわ」

ホグズミードの駅が近くなると、ハーマイオニーがローブの胸に、シッカリと監督生のバッジをつけながら言った。
ロンが面倒だとでもいうように溜息をつき、窓の外を眺める。
少しすると汽車が速度を落とし始め、皆も荷物をおろし、ペットを集めて下りる用意をする。
ハーマイオニーとロンは監督しなければいけないので、クルックシャンクスとピッグウィジョンは私とハリーで手分けする事になった。

「自分のと、もう一つ持つのって大変ね」

私は何とかトランクを抱えると、自分の猫、ヴェントゥスの籠を持ち、もう片方にはくルックシャンクスの籠を持つ。
ハリーもトランクとヘドウィグ、そしてピッグウィジョンをどうやって持とうか困った様子だ。
その時、ルーナがハリーの方へ歩いて行った。

「そのふくろう、私が持ってもいいよ」
「あ、え、あ…ありがとう」

ルーナが籠へ手を伸ばす。ハリーは戸惑いながらも、ピッグウィジョンを持ってもらうことにしたようだ。
その代わり、私の手にあったクルックシャンクスの籠を持ってくれて、ネビルはハーリのトランクを手伝う事になった。
そのままコンパーメントを出ると、通路に並ぶ生徒達に加わる。あちこちで一年生に呼びかける声が聞こえていた。

「…外、寒そう…」

出口に近づいてくると、ピリっとした冷たい風が頬をかすめる。雨は止んでいるようで少しホっとした。

「ハグリッドはどこだろう」

ふとハリーが外を眺めながら言った。

「知らないわ」

後ろに並んでいるジニーが応えると、ハリーは少し不安げな顔をした。
とりあえず後ろがつかえているので、早々にホームへ降り立つと、アっという間にジニーやネビルやルーナとはぐれてしまった。
ハリーと二人、人波に揉まれながらも、何とか"馬なし馬車"が止まっている場所まで辿り着く。
その間も、ハリーはハグリッドを探しているようだった。

「…さっき先学期の"魔法生物飼育学"を代行したグラブリー先生を見かけたんだ…」
「え?」
「もしかして…ハグリッドは今学期教えないのかな」
「まさか…」

やっぱり不安げに呟くハリーに、大丈夫よと言うしか出来ない。

「とにかく空いてる馬車を探しましょ?そのうち皆も出てくると思うし…。学校へつけばハグリッドの事も分かるわよ」
「そうだね」

私の言葉に、ハリーはやっと笑顔を見せた。
と、その時、後ろで騒がしい声が聞こえて、私達が振り返ると、人込みを無理やり掻き分けるようにして、クラップとゴイル、パンジーを引き連れたマルフォイが歩いてくるのが見えた。

「やあ。また会ったね」

私達を見つけると、マルフォイはすぐにあの嫌味な笑みを浮かべて話しかけてきた。
するとハリーが私をかばうように自分の後ろへと隠してくれる。それを見たマルフォイの顔が、微妙に引きつった。

「何故君がポッターといるのか、不思議だよ。前はそれほど仲がよくなかっただろ」
「別に意味はないわ。最近、親しくなった。それだけよ」

目の前に立つマルフォイにそう言うと、彼の眉が片方上がった。

に話しかけるな、マルフォイ」
「誰に言ってるんだ?ポッター。あまり調子に乗るなよ?――そのうち魔法省がお前をアズカバンへ送ってくれる」
「―――ッ」

その一言にカッと来たのか、ハリーがマルフォイに無言で詰め寄った。
そこへハーマイオニーとロン、そして先ほどはぐれたジニーが慌てて走ってくる。その後からネビルとルーナも歩いて来た。

「何してるの、ハリー!」
「そうだよ。たかがマルフォイだろ」

そう言って宥めても、ハリーは怒りが収まらないといった様子でマルフォイを睨んでいる。
これ以上モメるのは得策ではない。マルフォイも監督生になり、その権限が行使できる力を持っているのだ。今までのようにはいかない。

「…マルフォイ。あの馬車が空いてるみたいよ」

そう言って、まだ誰も乗っていない馬車を指差すと、マルフォイはニヤリと笑みを浮かべた。

「OK。分かったよ。それじゃあ。また学校で」

マルフォイはそう言うと、取り巻き連中と馬車の方へ歩いていく。パンジーだけは最後まで私の事をキツイ目で睨み付けていた。
きっと彼女は私が自分のボーイフレンドに色目を使っている、くらいに思っているんだろう。

(これから面倒な事が増えそう…)

パンジーの気の強さを思い出し、内心溜息をついた。

「大丈夫?ハリー」
「…うん。ごめん…熱くなって」
「いいの。あんな言い方、誰でも腹が立つわ。あいつが監督生じゃなければ私だって前のようにひっぱたいてる」

そう言った私に、ハリーはホっとしたように微笑んだ。
とは言え、最近のハリーは少し情緒不安定なところがある気がした。
前ならマルフォイ相手でも、これほど熱くなったりはせず、軽く交わしていたはずだ。

「とりあえず馬車に乗らない?僕、お腹が空いたよ」

そこへロンが情けない声を出したが、それには皆も大いに賛成し、空いている馬車を探しに歩き出した――