I trust you

I trust you

I trust you




今こそ勇気を示そう


最初に君が僕を信じてくれたから――





04. NEVILE LONGBOTTOM







「――本当に見えるんだよ」


学校へ向かう途中、ハリーはそう言って譲らなかった。

「馬車に馬みたいなドラゴンみたいな黒い生き物がついてて…そいつが馬車を動かしてるんだ」

ハリーは何故、皆には見えないんだろう?と首をかしげていたが、私やハーマイオニー、そしてロンにジニー、ネビルも、そのハリーが言う"馬"は見えなかった。
駅から学校へと導いてくれる"馬なし馬車"は、今も勝手に動いているし、いつもそうだった。
ただ唯一、一緒に馬車に乗ったルーナだけは「私には見えるよ」と言っていたが、彼女と同じものが見えた事で、ハリーも複雑な顔をしていた。
それでも学校に到着する頃には、ハリーもその話をしなくなり、馬車が校庭に入った時は、ハグリッドの身を案じてか、彼の山小屋の方へ視線を向けている。

「いないみたいね」

明かりの消えた山小屋に気づき、私がそう言うと、ハリーは不安げな顔で頷くだけだった。
その時、正面玄関前に馬車が止まった。
皆で荷物を運び、馬車を降りると、一番先に降りていたハリーが未だに山小屋の方を見ている。でもいくら眺めていても、山小屋に明かりがつく事はなかった。

「ハリー。行かないのか?」

先を歩き出したロンが振り向く。その声にハリーもハッとしたように慌てて石段を上がってきた。
玄関ホールでは松明が赤々と廊下を照らしていて、石畳を横切り右の両開き扉へと向かうと、そこには新学期の宴が行われる大広間がある。
中には寮ごとに別れた四つの長テーブルがあり、生徒たちが続々と席についている。
ルーナも途中で私達と分かれ、レイブンクローのテーブルへと歩いて行った。
広間の一番奥には教師達の座るテーブルがあり、そこを見ても、ハグリッドの姿は見えなかった。

「…あそこにもまだ来てないみたい」
「うん…」

ハリーと並んで歩きながら、グリフィンドール生のテーブルへ向かう。
その間、他のテーブルについている生徒達からチラチラと見られている気がした。
その事にハリーも気づいているようで、それでも知らん振りをして、空いている席へと座る。
私が彼の隣に座ると、周りのヒソヒソ話が増えたように感じた。きっと私とハリーが仲良く二人で来たものだから、皆が興味津々なのだ。
"嘘つきハリー"と"殺人犯の娘"の2ショットは、周りの人からすれば面白いネタなのかもしれない。
でもそういった視線には慣れている。気にする事なく、遅れて来たハーマイオニーとロンに、笑顔で手を振った。

「席、取っておいたわ」
「あ、ありがとう、。はあ、新入生もいるから凄い人…」
「っていうか、僕もうお腹空きすぎて死にそうだよ…。新入生の組み分けは後回しにして先に料理を出してほしい…」

ロンはブツブツ言いながら、椅子に凭れかかってお腹を押さえた。
そんなロンを呆れたように横目で見ながら、ハーマイオニーが身を乗り出した。

「ハグリッドってば、あそこにもいないのね」
「そうみたい…どうしたのかな」
「体調が悪いとか…」
「きっと違うよ」

ハーマイオニーの言葉に、ハリーが小声で言った。

「もしかしたら…まだ戻ってないのかも…。ほら…任務から…。ダンブルドアのために、この夏やってた事から…」

ハリーがあまりに声を潜めて話すから、聞き取るのが大変だった。
でも内容を把握すれば、確かにそうかもしれないと思った。そして皆でもう一度、教職員用の長テーブルを見る。
そのテーブルの真ん中にはダンブルドアが威厳のある姿で座っている。
でもその後方にいる教師達の中に、見知らぬ顔を見つけて、ハーマイオニーと私は首を傾げた。

「誰、あの女の人…」
「さあ?」

ずんぐりとした体つきに、薄茶色の短い髪、そして何とも趣味の悪いピンクのカーディガンをローブの上から羽織っている。
顔は青白いガマガエルのように目が飛び出し、そこいらにいる普通のおばさんといった印象だ。

「…アンブリッジって女だっ」

その時、ハリーが突然大きな声を出した。
幸い周りは集まってきた生徒達の話し声でガヤガヤとうるさく、名を呼ばれた本人がこちらを向く事はなかった。

「誰?」

私が驚いて尋ねると、ハリーは渋い顔つきで、「僕の尋問の時にいた」と言った。

「ファッジの部下だよ」
「…え、ホントに?」
「あの顔、間違いない」
「で、でも何で魔法省の職員がホグワーツにいるの?」
「僕を見張ってるのかも…」

ハリーが不安げに呟く。それにはハーマイオニーも「まさか」と顔を顰めた。

「あなたは無罪になったのよ。そんなはずないわ」
「だけど――」

そこでハリーは言葉を切った。扉が開き、マグゴナガル先生が新入生を引き連れ入って来たのだ。
その手には、私達もかぶった、あの帽子があった。
これから新入生の組み分けが行われる。それが全て終わるには多少の時間がかかる為、食事も少しだけ待たされる事になる。
ロンはすでに空腹で死にそうといった顔をしていて、それから数十分、彼のお腹の音を聞くハメになった。



「……あと一人だ」

30分以上経った頃、残る生徒は一人になり、ロンがホっとしたように呟いた。
最後の生徒は無事、ハッフルパフに入れられ、そこのテーブルから盛大に拍手が上がる。
同時に今まで静かに椅子へ座っていたダンブルドアが立ち上がると、一瞬でその拍手も鳴り止んだ。毎年恒例、宴の前の校長の挨拶だ。

「新入生よ!」

ダンブルドアは声を高らかに、両腕を掲げて言った。

「おめでとう!古顔の諸君よ!…お帰り!挨拶するには時がある。今はその時にあらずじゃ。――さあ、食べなさい」

食事を待たされていた生徒への配慮からか、ダンブルドアは手短にお祝いの言葉を述べると、早々にテーブルへと戻って行った。
おかげで生徒たちからは一斉に歓声のような声が上がり、すぐに現れた豪華な料理へと手を伸ばし始める。
ロンも他の生徒と同じように、真っ先に骨付き肉へと手を伸ばし、それを頬いっぱいに頬張った。

「はあ、ロンを見てるとこっちの食欲がなくなるわ」

ハーマイオニーは、一人がっついているロンを横目に見ながら、カボチャジュースをゆっくりと口に運んだ。
そんな彼女の嫌味も、空腹のロンには聞こえてないようだ。

「ダメだわ…全然、監督生としての威厳がない」
「まあ食べてる時だし仕方ないわよ」

笑いながらそう言うと、ハーマイオニーは軽く肩を竦め、自分の料理を小皿に取り分け始めた。
隣にいるハリーへ目を向けると、彼も好きな料理を口に運んで黙々と食べている。でもその表情は食事を楽しんでるといった様子じゃなかった。
その原因はたくさんあるだろうけど、今のところは姿を見せないハグリッドと、そして教職員用のテーブルにいる、あのアンブリッジという女が一番の理由だろう。
私も気にはなっていた。ハグリッドの事もだが、ファッジの部下が何故ホグワーツにいるのか。魔法省はホグワーツに干渉するつもりなのか。
あいつの復活のせいで、色んな事が変わっていく気がして、新学期が始まるというのに重苦しい気分になるのは仕方のないことだった。

?全然食べてないけど…食欲ない?」

あれこれ考え込んでいると、ハリーが私の様子に気づき、顔を覗きこんできた。

「あ、ううん。大丈夫」
「…そう?ああ、このパイ美味しいから食べてみてよ」

ハリーは大皿からパイを取り、私の前に置いた。自分も不安でいっぱいのはずなのに、私の事まで気にかけるその優しさに、ふと胸が痛くなる。

「ありがとう…」

一言、言うとハリーは無言のまま首を振って微笑んだ。
それから暫く料理に集中していたが、食事も終わり、デザートを食べ始めた頃、もう一度ダンブルドアが立ち上がった。
皆がそれに気づくと、一斉に話をやめ、ダンブルドアの方へ顔を向ける。
私とハリーも同じようにダンブルドアへ視線を向けたものの、ロンは満腹になったからか、眠そうに目を擦っていた。

「――さて、本日も素晴らしいご馳走を皆が消化しているところで、学年度始めのいつものお知らせに少し時間を頂こう」

静かになった生徒達をぐるりと見渡し、ダンブルドアが話し始めた。

「一年生に注意しておくが、校庭内の"禁じられた森"は生徒達も立ち入り禁止じゃ。――上級生の何人かもその事はもう分かっておるじゃろう」

ダンブルドアはそう言いながら、視線はハリーやロン、ハーマイオニー、そして私へと向けられた。
ハリー達もだけど、私も何度かあの森へ足を踏み入れ、嫌な思いをしている一人だ。
ダンブルドアの言葉に、ハリー達だけは互いに顔を見合わせ、僅かに笑みを浮かべていた。

「今年は先生が二人替わった。グラブリー・プランク先生がハグリッドが不在の間"魔法生物飼育学"を教えてくれる。
さらにご紹介するのが、アンブリッジ先生、"闇の魔術に対する防衛術"の新任教師じゃ」

その紹介に、私達は顔を見合わせた。ハグリッドが今、ホグワーツにいないという事は分かったが、今度はどこへ行ったのかが気になる。
それに魔法省から来たというアンブリッジ。彼女は例の"闇の魔術に対する防衛術、担当だという。私は何だか嫌な予感がしていた。
ダンブルドアは教師の紹介を終えると、次に今後の予定を話し出した。

「クディッチの、寮代表選手の選抜の日は――」

そこで不意にダンブルドアが言葉を切った。後ろから甲高い咳払いが聞こえたのだ。一瞬その場がシーンとなる。
咳払いをした人物は、魔法省から来た、あの女教師だった。
校長であるダンブルドアの話を、これまで新任の教師が遮った事はない。
ダンブルドアが何事かと振り向けば、満面の笑みを浮かべて、あのアンブリッジという新任教師が立ち上がった。
そして呼ばれてもいないのにダンブルドアの前まで歩いて行くと、

「ありがとう御座います、校長。歓迎のお言葉、恐れ入ります」

アンブリッジは耳障りな甲高い声でそう言うと、ダンブルドアを差し置いて、一歩前へ出た。
作り笑いを顔にはりつけ、生徒達をぐるりと見渡している。

「皆さんの幸せそうな可愛い笑顔が私を見上げているのは素敵ですわ。皆さんとはきっと良いお友達になれると思いますわ」

まるで子ども扱いのその挨拶に、斜め向かいに座っていた双子が、「だろうね…」と呆れたように声を揃えた。
アンブリッジは更に話を続ける。

「魔法省は常に若い魔法使いや魔女の教育は非常に重要であるとそのように考えてきました。この歴史ある学校に歴代校長は何らかの新しいことを導入してきました」

そう言いながら、アンブリッジはダンブルドアにニッコリと微笑みかけた。ダンブルドアは軽く頭を下げる程度で、表情からは本心は分からない。
そんなダンブルドアを満足げに見ると、アンブリッジは再び話し始めた。生徒の大半が彼女の話にウンザリしている様子だ。

「しかしながら進歩の為の進歩奨励されるべきではありません。保持すべきものは、もちろん保持し、正すべきものはしっかりと正し、禁ずべきと分かったものは切り捨てようではありませんか。――断固として」

アンブリッジはそう言い終わると、またしても甲高い笑い声を上げ、満足したように自分の席へと歩いて行った。
そこで再びダンブルドアが前に出ると、軽く拍手をした。それにつられ、生徒達も形だけの拍手をしてみせる。でも誰も、アンブリッジの長ったらしい話に共感したわけじゃない。

「ありがとう、アンブリッジ先生。まさに啓発的じゃった――」

ダンブルドアが彼女を称えるような発言をすると、今まで半目のまま聞いていたロンが、「啓発的…?」と顔を上げた。

「中身なんかないだろ」
「…どういう意味?」

ハリーが首を傾げると、ハーマイオニーが得意げに眉を上げた。

「魔法省がホグワーツに干渉するという事よ」

ハーマイオニーがそう言いきると、私達はまたしても重苦しい気分に襲われ、その後のダンブルドアの話など、上の空で聞いていた――















食事が終わり、ダンブルドアの話も終わると、生徒達が一斉に立ち上がり、大広間にいつものざわめきが戻ってきた。
ハーマイオニーは、一年生の案内をするべく、新入生の方へ走って行く。
ロンは「忘れてた!」と慌ててバッジをつけ、面倒くさそうにハーマイオニーの後を追いかけて行った。

「また後で!」

ハリーが二人に声をかけているのを見ながら、一人で大広間を出る。近道を通って寮に向かう為だ。
周りの生徒達がいつものように、私を見ながらヒソヒソ話を始めるのを感じながら――どうせシリウスの事だろう――気にする事なく大理石の階段を上がっていく。

、待って!一緒に行こう」

そこへハリーが追いかけてきた。大広間から出てきた生徒達の間をすり抜け階段を駆け上がってくる。私は足を止めると、小さく息を吐いた。

「…いいの?」
「え?」

並んで歩き出したハリーを見ると、彼はキョトンとした顔で私を見た。

「前に言ったかもしれないけど…私と一緒にいたら必要以上に皆から視線を浴びる事になる…。ただでさえハリーは今、注目されてるみたいだし」
…」
「さっきから気づいてたでしょ?皆の目つき…」
「…"嘘つき"と"殺人鬼の娘"って?」

ハリーはそう言って苦笑いを浮かべた。私とハリーを見てヒソヒソ話をしている生徒は、だいたいがそんな目で見ているんだろう。

「いいんだ、そんなの」
「え?」

ハリーは肩を竦めると、もう一度「いいんだ」と言った。

「そりゃ頭には来るけど…でもだからってと行動を別にする理由にはならないよ。せっかく仲良くなれたのに…」
「…ハリー」
「それに今は一人でいない方がいい。ファッジの部下まで入り込んでるんだ。何が起こるかなんて分からないし…」

ハリーはにこやかに微笑み、再び歩き出した。その後姿を見ていると、最初に彼と会った頃よりも随分と男らしくなったと思う。
その背中を追いかけて、もう一度並んで歩き出す。すると、ハリーが突然、口を開いた。

「それによく考えると…僕の事は皆があれこれ噂するのも当然のような気がするんだ」
「え?」
「あの大会のファイナル…僕はいきなり皆の前にセドリックの亡骸を連れて現れ…ヴォルデモートの復活を見た、と宣言したんだ。皆が不審がるのも無理ないよ…」

ハリーの言葉に、私は何も言えなかった。
確かにあの後、大騒ぎになり、終業式でダンブルドアが直々に、セドリックの死、そしてヴォルデモートの復活を生徒達へ簡潔に伝えた。
それでも生徒達は詳しい事情を理解出来ないままの帰省になり、夏休みの間中、新聞に載せられたハリーやダンブルドアの悪評を読み続けるハメになった。それを見ているだけの人達からすれば、どれが真実かなんて分からなくなるのも当然だ。

(ファッジが余計な事をするから…)

新聞の記事の事を思い出し、嘘つきはどっちだ、と怒りたくなった。

「皆に危険が迫ってる事を教えたいのにこれじゃね…」
「うん…誰も信じてくれない」

ハリーはそこだけが少し辛そうだった。
グリフィンドールへ続く廊下の一番奥につき、目の前の肖像画を見上げる。"太った婦人レディ"が澄ました顔で出迎えてくれた。
彼女に合言葉を伝えなければ、中へは入れないようになっているため、ハリーが一瞬、考えるような仕草をした。

「えーっと…」

【合言葉がないと入れません】

婦人はつんと顔を反らした。

「えっと…あれ?新しい合言葉なんだろ…」
「私、知ってるわよ」
「え?ホント?」
「実はさっきネビルから聞いたの」

ちょっと笑いながら言うと、ハリーもやっと笑顔になった。


ミュンビュラス ミンブルト二ア!


【――そうよ】


私が合言葉を口にすると、"太った婦人"の肖像画がドアのように私達の方へと開く。
後ろの壁に丸い穴が現れ、私とハリーはそこから中へ入って行った。
久しぶりの談話室は少しも変わっていなかった。落ち着きのある丸い部屋に、ふわふわの肘掛け椅子。そして私達のお気に入りの暖炉…
その暖炉の前では何人かの生徒が、寝室へ行く前に身体を温めている。

「よお、お二人さん」
「随分と仲良くなったもんだ」

部屋の奥の掲示板の前に、双子がいた。二人は私とハリーをからかうように笑いながら、掲示板に何かを留めつけている。

「何してるの?」
「ま、ちょっとバイト募集をね」
「は?」
「新入生あたりがいーかな」

二人はニヤニヤしながら言った。
その意味が分からず――どうせロクな事じゃない――ハリーと二人で首を傾げていると、同じグリフィンドールのディーン・トーマスと、シェーマス・フィネガンが談話室に戻ってきた。
確か二人ともハリーと寝室が一緒で仲も良かったはずだ。でも今はハリーに気がつくと、視線を反らし、ソファに座ってヒソヒソと話し始めた。

(…この二人も同じなのね)

明らかにハリーの事を避けている二人を見て、内心溜息をついた。ハリーも二人の様子に気づいたようで、少し顔色が悪い。
それでも普段と変わらない口調で、二人に声をかけた。

「やあ。ディーン、シェーマス。休みはどうだった?」
「…まあまあさ」

ハリーの問いかけに、ディーンの方は明るく応えた。

「ま、シェーマスよりマシだな」
「…え?」

あとに付け加えられた言葉に、ハリーの表情が曇る。そして一人、冷めた目でハリーを見ているシェーマスに視線を移した。
今まで気づかなかったが、シェーマスの手には、あの"新聞"が握られていた。

「え、シェーマス、何かあったの?」

ハリーが戸惑うように尋ねると、シェーマスはムッツリした顔で新聞をテーブルに叩き付けた。

「ママに学校に戻るなって言われた」
「えっ?」
「僕にホグワーツに戻ってほしくないって」

想像もしていなかった話に、ハリーも私もただ驚いた。

「だって…どうして…?」

ハリーはワケが分からないと言ったように再び尋ねた。
シェーマスの母親は魔女だと知っているし、何故そんな事を息子に言うのかが分からない。

「どうしてって…そりゃあたぶん君のせいさ」
「どういうこと?」

ハリーがすぐに聞き返す。シェーマスは、もう一度新聞を手に取ると、

「新聞があれこれ書き立てたからね。ダンブルドアの事も」
「……お母さんはあれを信じたのか?」
「セドリックが死んだ時、誰も見てないし」

その一言で、ハリーはカッとしたようにキツイ目でシェーマスを睨んだ。

「じゃあ君も"日刊予言者新聞"を母親みたいに毎日読めばいい。知りたい事が全部書いてあるはずだっ」

ハリーの言葉に、シェーマスも頭に血が上ったようだった。

「ママの悪口を言うな!」
「君が僕を嘘つき呼ばわりするなら誰だって批判してやるさ!」
「…ちょっとやめてよ、二人とも!」

ケンカが大きくなりそうで、慌てて間に入った。でもシェーマスの怒りが、今度は私に向けられた。

「君は黙ってろ!"殺人鬼の娘"のクセにっ!」

突然投げつけられたその言葉に、一瞬唖然とする。
シェーマスの事は最近になってだが、他の人よりかは気軽に話せる同級生だと思っていた。
今思えばハリーの口ぞえもあったのかもしれないが、「親は関係ないよ」と以前言ってくれた事もあり、少なからず他の生徒よりは友好的だったのだ。だから余計にショックだった。

を侮辱するな!!」

今の一言が更にハリーの怒りを増幅させた。
ハリーはシェーマスに掴みかかり、憎しみのこもった目で彼を睨みつけている。

「君だって僕のママを悪く言ったじゃないか。それにいつから仲良くなったのか知らないけど、君達はお似合いだよ!皆、言ってた。"嘘つきポッター"と"殺人鬼の娘"がつるんでるって――」
「シリウスは殺人鬼なんかじゃない!君こそ嘘つきだ!」

まさに一触即発だった。その時、「何してるんだ?」と、聞きなれた声がして、私はハッと我に返った。

「ロン…」
「おい、何してるんだよ、二人とも」

ロンは驚いた顔で二人に駆け寄った。そしてシェーマスからハリーを引き剥がすと、「ケンカするなよ」と顔を顰める。

「先にポッターが僕のママを悪く言ったんだ」
「君こそ僕を嘘つき呼ばわりして、の事まで、ひどい言葉で侮辱したじゃないかっ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。どういうこと?」

事情の分からないロンが、訝しげに二人を見た。

「ポッターはイカレてるのさ!ロンは"例のあの人"のこと、信じてるのか?!」

突然自分に振られ、ロンはギョっとしたように目を丸くしたが、今のシェーマスの言葉で少しは事情を察したようだった。

「ああ、信じてるよ」
「…な、それじゃあ君もイカレてるって事だ!」
「イカレた僕が監督生で悪かったよ。これ以上モメるなら罰則を与えるけどいいの?」

ロンの一言に、シェーマスもぐっと言葉に詰まった。

「他にゴチャゴチャ言う奴は?」

いつの間にか騒ぎを聞きつけて集まってきていた生徒達を見渡し、ロンが監督生らしく言った。
この時ほど、彼を男らしい、と思った事はない。

「ないね。ないなら、ホラ解散!」

この場でロンに反論する者は誰一人いなかった。解散、と言われ、素直にそれぞれの寝室へと戻っていく。
シェーマスも不満気な顔をしていたが、ディーンと一緒に寝室へと行ってしまった。
談話室に残ったのは、私とハリー、ロン。そして募集紙を貼っていた双子だけだ。

「気にするな」
「噂なんてアっという間に皆、忘れるさ」

未だ紙を貼り付けながら、双子が言った。ハリーは返事をせず、軽く唇を噛み締めながら私の方を向いた。

「ごめんね…」
「え、何でハリーが謝るの?」
「僕のせいだよ。僕がシェーマスに酷いことを言わなければ、だってあんな事、言われなくて済んだんだ」

ハリーは半分泣きそうな顔で私を見ていた。本気で自分のせいだと思っている様子だ。

「やだ、そんな事思ってないわ。いいの、あんなの慣れてるし気にしてない」
「でも――」
「それより…ハリーの方がつらいんじゃない?友達から、あんな風に言われて…」

そう言うと、ハリーはプイっと顔を反らした。

「あんな奴、友達じゃないよ。本当に友達なら信じてくれるはずだ」
「でも疑われた事はショックでしょ?」
…」

私を見る、ハリーの瞳は、かすかに潤んでいた。傷つかないはずはない。
本当の事を言っているのに、誰も信じてくれないのは何よりもつらいはずだ。私がそうだったから分かる。

「そうだね…。僕の言う事を誰も信じてくれない――」


「――僕は信じるよ」


その時、突然背後で声がして、私達は驚きながらも振り返った。

「ネビル…?」

そこにはガマガエルのトレバーを抱きしめたネビルが立っていて、もう一度、「ハリーの言う事、信じてるよ」と言った。

「僕のばあちゃんは"日刊予言者新聞"に書いてある事はデタラメだって言ってた。"新聞"の方がおかしいってさ」
「…ホントに?」
「うん。ばあちゃんは"例のあの人"はいつか戻ってくるっていつも言ってた。ダンブルドアが言ったのなら戻ってきたんだって」

ネビルの言葉はハリーの傷ついた心を少しづつ癒しているようだった。

「だから僕達はハリーを信じてるよ」

その言葉に、ハリーは嬉しそうに「ありがとう」と言った。
仲の良かったシェーマスと言い争った事で動揺していたハリーも、少しは落ち着いたようだ。
ネビルも言う事は言ったという顔で笑顔を見せると、そのまま寝室へと戻って行った。

「良かったね、ハリー」

何となくそう言いたくなって、ハリーの肩を叩いた。

「少ないけど、味方がちゃんといるわ」
「うん…ありがとう、
「僕もね!心強いだろ?監督生と親友だなんて」

ロンが胸を張って監督生のバッジを見せた。そこで私達も一緒になって笑う。

ホっとしたようなハリーの横顔を見ながら、彼はきっと今まで色んな事に巻き込まれては傷ついてきたんだ、と、この時思った――