Have confidence.
Have confidence.
Have confidence.
貴方がくれた言葉の贈り物
あれは私の初恋だった――
授業初日は朝から雨だった。
何となく重苦しい気分で最初の授業――つまらない魔法史――を上の空で受けながら、ふと通路を挟んで隣に座っているハリーを見た。
夕べはあんな事があったせいか、朝から元気がないように見える。それも仕方のない事かもしれない。
一日中、周りからは好奇の目で見られ、陰口を言われているんだから、精神的にもキツいだろう。私もそれに慣れるまで二年はかかった。
それでも中には、「親なんて関係ない」と、話しかけてくれる人もたまにはいて、そういう事で私も励まされたりしたのだ。
ハリーにはロンやハーマイオニー、そしてネビルという信じてくれる友達がいる。そしてシリウスやリーマス、ダンブルドア…他にも彼を信頼している仲間がいる。
(そうよ…。彼は一人じゃない。昔の私とは違うんだから)
ふと過去の自分を思い出して、少しだけハリーの事が羨ましくなった。その時、授業の終わりを告げるベルが鳴り、皆が一斉に移動を始める。
次はスネイプ先生の"魔法薬"の授業だ。
ハリーにしたら今の状況で、天敵でもあるスネイプ先生の顔をを見なくちゃいけないのは多少気が重いだろう。
「、行こうか」
「うん」
ハリーが教科書を抱えて言った。ハーマイオニーは張り切って前を歩き、ロンは今の授業ですでに眠そうだった。
「さっき双子が話してた"OWL"の試験、僕たち絶対落ちるよ…」
欠伸を噛み殺しながら、ロンが言った。確かに、ロンやハリーが魔法史の授業をまともに聞いている姿は見た事がない。
いつもハーマイオニーにノートを借りて、ギリギリで試験をパスしてきたのだ。かくいう私も、確かに魔法史なんて退屈な授業は苦手だった。
「いい気味よ。人のノートをアテにして話を聞こうともしてないでしょう?」
「してるよ。でも僕たちには君みたいな頭も記憶力も、集中力もないだけさ。君は僕たちより頭がいいんだ。僕たちに思い知らせて、さぞいい気分だろ」
「バカ言わないでちょうだい」
ハーマイオニーは呆れたように肩を竦めると、霧雨の降る中庭を先に歩いていく。その後姿に苦笑しながら、ハリーと顔を見合わせた。
「二人って仲がいいのか悪いのか時々分からなくなるわ」
「僕もだよ。まあケンカばっかりしてても、それほど酷いのは滅多にないけど」
ハリーはそう言って笑いながらも、吹き付けてくる9月の冷たい風にローブの襟を立てた。
「、寒くない?」
「うん、大丈夫。それより…スネイプ先生はどんな課題を出してくると思う?」
「…考えたくもないよ。いつも休み明けは難しい課題を選んでくるんだから」
「私もそう思うわ」
「僕も」
そこで前を歩いていたハーマイオニーとロンも同感といったように振り向く。その時、誰かが角から曲がってこちらへ歩いて来た。
「こんにちは、ハリー」
少女は明るい笑顔を見せながら言った。レイブンクローのチョウ・チャンだ。ハリーはどこか慌てたように、それでも笑顔で「やあ」と答えている。
いつもは大勢の友達に囲まれているといった印象のチョウも、今は珍しい事に一人だった。
「…ハリーってば緊張してるみたい」
「え?」
クスクス笑うハーマイオニーに首を傾げると、彼女は声を潜めて、
「ハリーはチョウのこと、好きなのよ」
「え…ホントに?」
「あのダンスパーティでも誘ったらしいんだけど…。すでにセドリックに先を越されてたみたい」
「…そうだったんだ」
ハーマイオニーの話に耳を傾けながら、楽しげにチョウと話しているハリーを見た。
その姿を見て、確かに昨日の汽車の中でも、彼女と話したそうにしていた事を思い出す。
「セドリックの事もあるから、ハリーもツラいわね」
「そうねえ。でもチョウの様子を見る限り…何となく脈はありそうじゃない?」
「ああ、言えてる。昨日も汽車の中で声をかけてきてたし」
「そうなの?じゃあ上手くいきそうじゃない」
ハーマイオニーは嬉しそうに言った。
そこへ、この中では一番、空気の読めない男、ロンが、二人の方へ歩いて行くのを見て、ハーマイオニーが頭を抱えた。
「それ、トルネードーズのバッジ?」
ロンがチョウのローブを指差して、唐突に聞いた。金の頭文字【T】が二つ並んだ紋章の空色のバッジが留めてある。
「ええ、そうよ」
「ふーん。でもファンじゃないんだろ?」
ロンの言い方はどこか非難めいていて、チョウも少しだけムっとしている。その様子を見て、私とハーマイオニーは溜息をついた。
「ファンよ」
「ずっとファンだった?それとも選手権に出るようになってから?」
「ちょっとロン、止めなさいよ」
私は思わず口を挟んだ。
それでもチョウは冷ややかな目でロンを見ると、
「6歳の時からファンよ。――じゃあまたね、ハリー」
と、歩いて行ってしまった。明らかに彼女の背中が怒っているように見えた。
「はあ…。全く!気の利かない人ね!」
ハーマイオニーが呆れたようにロンを睨んだ。ロンはロンで気づいていないのか、驚いたように首を傾げている。
「え、何で?僕はただチョウに――」
「チョウがハリーと二人きりで話したかったのが分からないの?」
「それが何だよ。話せばいいじゃないか。僕が止めたわけじゃない」
「止めてたじゃない。どうしてチョウの好きなクディッチ・チームを攻撃したりしたの?」
「攻撃?攻撃なんかしてないよ」
「チョウがトルネードーズを贔屓にしようが勝手でしょ」
「何言ってんだよ。あのバッジをつけてる奴らの半分はこの前のシーズン中に買ったんだぜ?」
「だけどそんな事、ロンには関係ないでしょ」
「本当のファンじゃないって事さ。流行に乗ってるだけで――」
二人の言い争いがだんだん激しくなってきて、私とハリーは互いに顔を見合わせた。
「二人とも…ケンカするなよ」
「始業開始のベルよ」
二人はベルの音にも気づかない様子で言い合っている。それでも二人はケンカを続けながら、教室へと歩き出した。
その後ろを着いていきながら、私とハリーは思わず苦笑いを浮かべた。
「またケンカになった」
「そうね。まあでも…ハリーも、もう少し彼女と話したかったんじゃない?」
「え?あ…」
私の言葉に、ハリーはかすかに顔を赤くした。
「ハーマイオニーの奴、おしゃべりなんだから…」
そうブツブツ言いながら、照れ臭そうに頭をかいた。そんなハリーを見ながら、少しだけ羨ましくなる。
「好きな人が出来るなんていい事じゃない。羨ましいわ」
「え?」
「私なんか好きな人すらいないもの」
そう言って肩を竦めると、ハリーは不思議そうな顔で私を見た。
「そうなの?」
「私に恋愛できると思う?皆が私の事を冷たい目で見てるのに?」
苦笑交じりで応えると、ハリーは悲しそうな表情で瞳を揺らした。
「そんな事…」
「あるわよ。誰も私の事を女の子として見てなんかいないもの。皆が"殺人鬼の娘"っていう恐ろしいものを見るような目で私を見てる――」
「そんな事ないよ!少なくとも僕は――」
ハリーが突然大きな声をあげた。驚いて足を止めると、ハリーは真剣な顔で私を見ている。
その熱い眼差しが、不意に"あの日の彼"とだぶって見えた。
「シリウスの事を知ってる僕が言っても何の励ましにもならないだろうけど…でもは優しくて素敵な子だよ。僕は知ってる…きっと他にも気づいてる奴がいるよ」
真剣な目、真剣な言葉。
それらが素直に心に沁み入ってくる。こんな風に私の事を真剣な言葉で励ましてくれた人が、過去に一人だけいた。
「…ハリーってば、そういう熱いとこがオリバーみたいね」
「え…?」
「彼も…ずっとそんな風に私を励ましてくれてたの」
ハリーは驚いたように目を見開き、「オリバーって…オリバーウッド?」と訊いて来た。
「そうよ」
「え、うちのクディッチのキャプテンだった――」
「他にオリバー・ウッドっている?」
ハリーの反応に笑いながら肩を竦めると、彼は口を開けたまま、「知り合いだったなんて知らなかった」と言った。
「内緒にしてたの。私と仲がいいなんてバレたら、彼の立場が悪くなるし…。でも彼もとっくに卒業しちゃってるし、もう隠さなくてもいいかな」
「え…え?いつオリバーと仲良くなったの?」
「ホグワーツに入学して…二ヶ月くらいかな?」
「そんな前に?っていうか…どうやって知り合ったの?」
ハリーが不思議そうな顔で訊いて来て、私はあの日の事を思い出しながら、彼の懐かしい笑顔を思い出していた――
Four years before.....
ホグワーツに入って二ヶ月も過ぎた頃。ここには自分の居場所がない事に気づいた。
育ての親でもあるリーマスに言われ、彼や養父シリウスの母校でもあるホグワーツに入学したのはいいものの、毎日に嫌気がさしていた。
"ブラック?お前あの殺人鬼の娘か?"
"人殺しの娘ならお前も同罪だ。親子でアズカバンに入ってろよ"
そんな心ない言葉をぶつけられ、苛められる毎日。あれほど楽しみにしていた学校生活も、想像していたのとは全く違うものだった。
皆が自分の知る情報を全て真実であるように錯覚し、それを信じて疑わない。
ここホグワーツでは、"シリウス・ブラックは残酷な殺人鬼"という、第三者によって作られた人物像を、誰もが信じ、恐れていた。
そして養女とはいえ、娘である私に対し、シリウスへの嫌悪を真っ向からぶつけてくる。
他人から悪意をぶつけられるのは、思っていたよりもキツいもので、"人狼"という事で、常に他人から攻撃を受けていたリーマスの孤独が、この時初めて理解できた。
でも私はどれだけイジメられようと、ブラックという姓を名乗り、シリウスの娘だと認める事を、恥ずかしいとは思わなかった。
「ここでは"ブラック"と名乗らず、他の姓を名乗ったらどうじゃ?例えば母親の姓を――」
入学する時に、校長であるダンブルドアにそう言われたけど、私はそれを拒否した。
赤ん坊の私を、まだ若かったシリウスが養女に迎えてくれた、という事実に、心から感謝をしていたから――。
だから私なりに考えて、姓を変えない事にしたのだ。ダンブルドアも最後には私の気持ちを尊重して認めてくれた。
だけど…そう覚悟はしていたはずなのに、周りからの差別的な態度は想像以上に酷いものだった。
靴を隠されるのはまだいい方で、酷い時はローブを破かれたり、箒を折られた事もある。私への執拗なイジメはエスカレートする一方だった。
この日もリーマスが新しく買ってくれたばかりのネクタイを、同級生の男の子に真っ二つに切られた事がショックで、放課後、寮に帰る事もせず、学校を飛び出した。
誰にも会いたくなくて、出来るだけ建物から離れ、それまで足を踏み入れた事のない場所まで一気に走ってきた。
手に切られたネクタイを握り締め、それを見るたびに涙が溢れて止まらなくなる。
(せっかくリーマスが買ってくれたのに…)
以前のネクタイも、心ない上級生から捨てられてしまい、それを聞いたリーマスがまた新しいのを買って送ってくれたのだ。
なのに一日ともたずに無残に切り刻まれた事で、悔しい気持ちと悲しい思いが一気に溢れ、それが涙となって零れ落ちた。
広い運動場のような場所まで来ると、芝生の上に座り込んで、薄暗くなった空を見上げる。
これから、このホグワーツで7年間も学んでいけるのかと、挫けそうになった。その時―――
「――危ない!!」
突然大きな声が聞こえたかと思った瞬間、掌くらいのボールのようなものが自分の方に物凄い速さで飛んでくるのが見えて、私はその場で固まってしまった。
(――ダメ。ぶつかる!)
逃げようにも突然の事で体が動かず、私はぶつかる覚悟で目を瞑った。
その瞬間、一陣の風を顔に感じ、次にドサっという何かが転がるような音がした。
「―――ッ?」
恐る恐る目を開けた私は、目の前の光景に思わず息を呑んだ。
てっきり顔面直撃かと思っていたボールを、一人の男の子が必死に抱きかかえていたからだ。
しかもそのボールはまるで生きているかのように暴れまくり、男の子は必死になってそれを手で押さえつけている。
地面を転がりまくる、ボールと男の子。その不思議な光景に呆然と立ち尽くしていると、ボールと格闘中の男の子が僅かに視線を私に向けた。
「き、君、大丈夫?怪我はっ?」
「…え、い、いえ…ない…です…」
「なら良かった…!」
男の子はそう言って笑顔を見せると、腕の中で暴れるボールを何とか抱えたまま、地面を這って行く。
そして少し離れたところにあった木箱の中へ、何とかそれを押し込んでいるようだった。
「…もう大丈夫だよ…って、君、泣いてるのっ?」
戻ってきた男の子は、私の顔が涙で濡れているのに気づき、ひどく慌てたように走ってきた。
てっきり恐くて泣いてるものだと思ったらしい。――実際は驚きすぎて、さっきの涙を拭く間もなく固まっていただけだ。
「い、いえこれは…違うんです。その…大丈夫ですから…」
あまりに慌てる彼に申し訳なくなり、すぐに濡れた頬を拭う。私が否定すると、男の子はホっとしたように息を吐き出した。
「ごめんね。ちょっと個人練習してたんだ。もうすぐ試合だから」
男の子はそう言いながら、懐っこい笑顔を浮かべて言った。
「…試合?」
「そう、クディッチのさ」
「…クディッチ?」
聞きなれないその名前に首を傾げると、男の子は何かに気づいたように、「ああ、君、もしかして新入生?」と訊いて来た。
「はい…」
「何だ、そうか。少し落ち着いてるから二年生くらいかと…。――ああ、僕はオリバー・ウッド。グリフィンドールの五年生だ」
「あ…あの……ブラックです。私もグリフィンドール生で――」
そこまで言って言葉を切った。オリバーと名乗った男の子が、少し驚いた顔をしたからだ。
てっきりブラックと名乗ったせいだと思った。
(――この人も同じ。きっと次には"あのシリウス・ブラック"と関係があるのかって訊いて来る。そして軽蔑したような目で私を見るんだ)
そう思いながら、また絶望を感じる。
でも次の瞬間、オリバーの口から出たのは、名前の事じゃなかった。
「――え、君もグリフィンドール生なんだ。じゃあ僕の後輩だね。宜しく」
優しい笑顔で手を差し出してくるオリバーに、心の底から驚いた。私の名を聞いても顔色一つ変えなかった人は初めてだったから――
「よ、宜しくお願いします…」
泣きそうになった顔を見られたくなくて。頭を下げるふりをしながら、差し出された大きな手と握手をした。
彼の手は暖かくて、また涙が溢れてきそうになる。ホグワーツへ来てから、他人の温もりに触れたのはダンブルドア以外に彼が初めてだった。
「そんな畏まらないでいいよ。それより…これ、どうしたの?」
「…え?」
バレないよう涙を拭いて顔を上げた。オリバーの視線は、私のもう片方の手に握り締めていたネクタイに向いている。
「あ…これ…は…」
「誰にやられた?」
オリバーはそれが意図的に切られたものだと、すぐに分かったのか、怖い顔で私を見た。
でも彼には何となく苛められている事を知られたくなくて、「違うんです」と首を振る。
「えっと…授業中、呪文に失敗して…その…」
普段から嘘なんかつきなれていない私は、しどろもどろになりながら言葉を繋ごうと考える。
オリバーは訝しげな顔をしていたけど、そのうち苦笑いを浮かべ、私の頭にそっと手を置いた。
「OK。分かったよ…もう聞かない。ああ。もしかして、これのせいで泣いてたの?」
オリバーの問いに何と応えようか迷ったが、そこまで誤魔化す必要はないと、小さく頷く。
すると彼は笑いながら、「これすぐ直せるよ」と言って、自分の杖を出した。
「――レパロ!」
オリバーが呪文を叫び、杖をネクタイに向けると、二つに切り裂かれていたネクタイは、一瞬で元の姿へと戻っていた。
「わ…凄い!」
「こんなの初歩的な呪文だよ。君にも扱える」
目を丸くする私を見て、オリバーは笑いながら言った。でも私はどっちかというと物を"壊す呪文"の方が得意なのだ。
「…攻撃の呪文なら得意なんだけど、こういうのは教わってなくて――」
そこまで言ってから慌てて口を塞いだ。私達、一年生はまだそれほど多くの呪文を習っているわけじゃないからだ。
私の場合、入学する前にリーマスから色々と教わっていたが、普通なら新入生が入学してすぐに高度な呪文を教わる事はない。
「…え、攻撃呪文が…何?」
どうやらハッキリ聞こえなかったようだ。オリバーは不思議そうな顔で私を見た。
「い、いえ、何でも……」
笑って誤魔化すと、オリバーもそれ以上、深くは追求してこなかった。
「じゃあ、そろそろ暗くなるから帰ろうか。寮が同じなんだし一緒に戻ろう」
オリバーはクディッチの道具が入った木箱を抱えると、私を促し歩き出した。
慌てて着いていくと、オリバーは優しく微笑んで、歩幅をあわせてくれる。優しい人だなと、改めて思った。
「もういきなりピッチに入ってきたらダメだよ?クディッチで使うボールは結構危険なんだ」
「はい…。すみません」
「ああ、でも試合の時は大歓迎。もうすぐ寮対抗クィディッチ杯があるし――」
「え…そんなのあるんですか?」
学校の行事など気にもしていなかったから、もちろんクディッチ杯の事など知らない。
そんな私に、オリバーは楽しげに笑った。
「一度見たらハマること間違いなし!今度ルールもきっちり教えてあげるよ。君なら教えがいがありそうだ」
「…ホントですか?」
彼がまたこうして私と話をしてくれるのかと思うと、それだけで嬉しくなる。
「ああ、もちろん」
オリバーは笑いながら頷くと、「その前に今度の試合、友達と応援に来てよ」と言ってくれた。
でも実際、私には一緒に行くような友達はいない。曖昧に笑って、誤魔化しておく。
その時、オリバーは何かを思い出したように指を鳴らした。
「あ、それと今度の試合、シーカーってポジションをやるのは君と同じ一年なんだ。知ってる?ハリー・ポッターっていうんだけど」
「…あ…名前と顔だけは…。話した事はないですけど、彼は有名だし…」
入学した初日から、周りの生徒がハリー・ポッターの事を噂していた事を思い出した。大きな瞳に眼鏡をかけた大人しそうな印象の男の子。
彼もまた、自分と同じ人物に親を奪われている事は知っている。"名前を言えないあの人"に狙われ、唯一、彼だけが助かったということも。
だからこそ、ハリー・ポッターは入学当初から、かなりの有名人だった。
「ハリーは素質がある奴なんだ。今から一緒にプレーするのが楽しみでさ」
彼は嬉しそうにそう言うと、ふとお腹を押さえて息を吐いた。
「…それにしても、お腹空いたなあ」
そんな事を言いながら、オリバーは子供みたいな顔をした。その横顔を見ながら軽く噴出すと、彼も照れ臭そうに目を細め、笑う。
その笑顔を見てると、さっきまでの重苦しい気持ちが、軽くなっている事に気づいた。
このホグワーツに、ブラックの名を聞いても態度を変えない人がいるんだという事が分かっただけでも、今の私には凄く幸せに感じた。
それからというもの、学校の廊下や、寮の談話室。オリバーは顔を合わすたびに話しかけてくれるようになった。
でも周りからのイジメは相変わらずで、次第に暴力的なものへと変わっていくのを一人で耐えるしかなくて。
会うたびに私がどこかしら怪我をしているのを見て、彼はいつも気にかけてくれた。
「この怪我どうした?何があった?」
そう酷く心配するオリバーに、私は相変わらず本当の事を言えないまま。
"魔法薬の実験中に爆発しちゃって"
"授業で呪文に失敗しただけ"
そんな風に、いつも笑って誤魔化していた。
でもそんなものが何度も通用するはずもなく。そのうち、オリバーは私が周りから苛められているということに気づいたようだ。
その事実にオリバーはひどく怒って、苛めてる人たちに抗議をしようとしてくれたけど、それも必死になって止めた。
周りの目を気にする私に、彼は気にしないでいいと言ってくれたけど、私と仲良くしているせいでオリバーまでが攻撃の対象にされるのだけは嫌だったのだ。
だからなるべく学校内や寮では彼に会わないようにして、見かけても避けるようにした。
でも彼が一人でクディッチの練習をしている時だけは、素直に会いに行けた。
それは彼と知り合って一年が過ぎ、二年が過ぎても変わらない。
あの時間だけが唯一、誰にも邪魔されず、二人で普通に話せる時間だった。
彼と過ごす時間はとても楽しくて。クディッチも、オリバーの丁寧な指導のおかげで、かなり上達した。
彼は私に色んな事を教えてくれたし、話してくれた。
家族のこと、友達のこと、その中でも大半が大好きなクディッチの話で、好きなチームや選手の話。
そして卒業後はプロになりたいんだと、キラキラした瞳で私に語ってくれた。
自分の夢を持っているオリバーが羨ましいという私に、彼はいつも「もきっと夢が見つかるよ。自分に自信を持って」と優しい言葉をくれる。
そして他人から攻撃される事に傷ついていた私に、
「は優しくて素敵な子だって僕は知ってる。きっと他にも気づいてる奴がいるよ」
そう、言ってくれた。
――初恋。
今、思えば彼が私の初恋で。
そんな淡い気持ちをオリバーに感じていると気づいたのは二年目も終わる頃だった。
もうすぐ夏休み、という事で、久しぶりにこっちへ戻ってきたというリーマスと過ごす為、何とか荷造りを終わらせた私は、しばらく会えなくなるオリバーに会いに、いつもの場所へと向かった。
(…この時間ならもう来てるかも)
荷造りに少し時間がかかり、遅くなってしまった私は、夕食の時間が来てしまう前に、急いで彼が練習しているピッチへと走って行った。
この時間、外へ出て行く生徒はまずいない。途中誰にも顔を合わす事なく、私はクディッチのフィールドがある場所まで行けた。
「まだいるかな…」
一旦、足を止め、薄暗くなった空を見上げると、多少の不安を感じる。
でも前方に見えてきたピッチに人影があるのを見つけ、ホっと息をついた。
(良かった。まだ練習してる…)
そう思って再び走り出した瞬間、オリバーが一人じゃない事に気づき、慌てて足を止めた。
箒にまたがり、彼と一緒に楽しそうに飛んでいる女の子は、私より二学年上で、オリバーと同じクディッチのチームメイトのアリシアだった。
彼女がオリバーのガールフレンドだという事は噂で耳にしていたけど、実際に一緒にいるところを見るのは初めてだ。
二人で楽しそうに飛んでいる姿に、何故か胸の奥がチリチリと痛んだ。
(――何だろう…胸が痛い…)
こんなところ見たくなかった……まさにそんな気分だった。
「――?」
オリバーが私に気づいたけど、そのまま踵を翻し、一気に走る。
部屋に戻ってからも、なかなか胸の痛みは消えなくて。そのまま私は最低な気分で二年目の夏休みを迎えた――
「――はその男の子の事が好きなんだね」
「…ぶっ」
リーマスの突拍子もない言葉に、私は飲みかけていた紅茶を思い切り噴出した。
「…汚いなあ。女の子なんだから、もっとお上品にしなさい。せっかく綺麗なのに」
澄ました顔で紅茶を口に運ぶリーマスに、私はハンカチで口元を拭きながら目を細めた。
「…私がガサツに育ったのは半分リーマスにも責任あると思うけど」
「そうだったっけ?」
「そうだったっけ?じゃないでしょ!まだ幼かった私に、色々と乱暴な呪文を叩き込んだくせにっ」
「それはを守るために仕方なく、だ。わたしがいつも傍にいて守ってあげられる保証などないからね。それにシリウスに君の事を強い子に育てるよう頼まれてる」
リーマスはそう言ってウインクすると、ポットから暖かい紅茶を注ぎ足した。
分かってはいたけど、こうもあっけらかんと言われると、こっちとしても何も言えなくなってしまう。
特に養父であるシリウスの名前を出されてしまっては。
それに子供の頃からリーマスと色んな国を転々としていく生活は、刺激があって――ありすぎて?――楽しかった事は間違いないのだ。
この夏休みも、久しぶりにリーマスと過ごせているものの、結局は落ち着く間もなく、イギリス内に限られるが、あちこちを転々とするホテル暮らしだった。
それもこれも次の学期に、リーマスがホグワーツで教師として雇われる事が決まったからだ。
特異な体質のせいで就職がままならないリーマスを、ダンブルドアが招いてくれたらしい。
私もそれを聞いた時は凄く嬉しかった。育ての親でもあるリーマスは、シリウス同様、私にとって大切な家族であり、父親同然なのだ。
でも…その楽しい気分も、今の話で一気にしぼんでいく。
ニヤニヤ顔のリーマスを見ながら、"オリバーの事を話さなければ良かった"と心から後悔していた。
「今から楽しみだな。その男の子…オリバーといったっけ?彼に会うのは」
――しっかり名前までインプットしている。
「しかしそうか…。も恋する年頃になったんだな。もう13歳だし当たり前か」
「…ちょっとリーマスってば変な誤解しないで。私は別に彼を好きとかそういうのは…。彼はホグワーツで出来た初めての友達で――」
「でも彼がガールフレンドといるのを見て、胸が痛んだんだろう?そりゃヤキモチってやつじゃないのかな?」
何とも憎たらしい顔で私を見るリーマスに、思わず顔が赤くなる。でも確かに言われてみると、彼女に対して嫌な気持ちになったのは事実だ。
私がアリシアにヤキモチを妬いたなんて自分でも思いたくはないが、あの時の沈んだ気持ちや胸に感じた鈍い痛みは何とも説明がつかない。
「彼を独り占めしたいと思ったんだろう?だからこそ、自分以外の女の子と一緒にいる彼を見て、嫌な気分になった。それは嫉妬というものだ」
リーマスは紅茶を飲みながら、淡々とした表情で言った。
(独り占め…?私がオリバーを?まさか…)
そうは思うものの、でも確かにあの時、オリバーがアリシアに、あの笑顔を向けていたのを見て、嫌だと思った。
いつもなら私だけに向けてくれる、あの優しい笑顔を、アリシアにも見せている。それが凄く嫌だった。
(これが…嫉妬…?じゃあ私はオリバーの事を…友達としてじゃなく、異性として好き…って、そういう事?)
オリバーと一緒にいると楽しい。優しくされると嬉しい。
今まで感じていたこの感情が、恋だなんて思いもしなかった。
会う時はいつも二人きりだったから、嫉妬するような相手がいなかったという事もあるかもしれない。
でも――確かに言われてみれば、思い当たる事がある。
彼に会えなかった日は気分がいつも以上に暗く沈み、少しでも会えた日には幸せな気分になる。
それはどうしてなんだろう、と自分でも疑問に思った事が何度もあった。
「自覚したかな?鈍感のくん」
リーマスが教師のような口調で笑みを浮かべた。何とも憎たらしい言い方に、私はムっとしながらも顔が一気に熱くなった。
「…悪かったわね、鈍感で!そういうリーマスだって相当、鈍感だと思うけど――」
そこまで言って言葉を切った。これは私が感じている事で、本人にも確認した事がない。勝手に言っていいことじゃないだろう。
「わたしが鈍感とはどういう意味だ?」
リーマスが訝しげな顔で私を見た。その表情を見れば、私が言った事に気づいてないのは明らかだ。
――そう、前に仲間だと、リーマスに紹介された事のある若い魔女、ニンファドーラ・トンクスが、リーマスに気があるかもしれない、という事実に。
ハッキリと本人に聞いたわけじゃない。トンクスにも自覚があるのかないのか分からない。
でもリーマスに紹介された人達との集まりで一緒に夕食を食べている時も、皆で楽しくお酒を飲んでいる時も、トンクスは常にリーマスのそばにいて楽しそうに笑ってる。
トンクスの視線はいつもリーマスに向かっていて、その瞳はまるで恋する少女のようにキラキラ輝いている。
最初はトンクスよりも、かなり年上のリーマスに、彼女が恋をするはずはないと思った。
でもリーマスといる時のトンクスを気にして見ていると、本気で恋してるのかもしれない、と最近は本当に、そう感じていたのだ。
「別に。もしかしたら密かにリーマスに想いを寄せてる人がいるのに、リーマスが全然気づいてないかもしれないじゃない?ってこと」
何故、自分の気持ちにはこんなにも鈍感なのに、他人の恋心に気づいてしまうんだろう、と不思議に思いつつ、遠まわしにそう言ってみる。
でもリーマスは私の言った言葉に対し、笑い飛ばしもせず、少しだけ悲しげに微笑んだ。
「まさか…こんなわたしに好意を寄せてくれる女性などいるはずないだろう?」
「…リーマス…」
"こんなわたし"と自ら言ったリーマスに、胸が痛んだ。それは自分の体質の事を言っているに違いない。
"人狼"である自分に、恋する女性などいやしない、と、リーマスは決め付けている。
そしてそんな彼に、恋をしているかもしれないトンクスの気持ちを思うと、何となく悲しくなってきた。
「そんな事ないよ…」
リーマスの隣に座って、彼の大きな手を両手で包む。その手にはあちこちに引っかいたような傷があって、それを見ると泣きそうになった。
「リーマスは頭が良くて優しくて…強い人だもん…。きっとそういうところを見てくれる人がいるわ。絶対にいるわ…」
リーマスだって望んで"人狼"になったわけじゃない。好きで人を傷つけるわけじゃない。
それなのに、リーマスは幼い私に、自分が狼に変貌し襲ってきた時の対処法を、禁じられているその呪文を、躊躇う事なく教えた――
"いいか?。狼になってしまうと、わたしにはどうしようも出来ない。君に対する記憶も全てなくなり、制御が効かないんだ。だから万が一、君を襲い傷つけようとした時に、他の呪文も間に合わなければ――この呪文を唱えるんだ"
使用が禁じられている3つの禁呪文――
人に対して使用すれば、それだけでアズカバンでの終身刑に値するもの。
そんな恐ろしい呪文を、リーマスは子供の私に徹底的に教え込んだのだ。
普通なら魔力が足りず、うまく使えないこの呪文も、リーマスに鍛えられた魔力と、純血である私の血筋がそれを補ってくれた。
"シリウスから頼まれたわたしが、を傷つけるわけにはいかない。そうなるくらいなら、いっそ君の手で殺して欲しい"
それはリーマスの愛情から出た言葉だった。でも彼がそう言った時、私は無性に悲しくなって大泣きしてしまった。
自分を犠牲にしてまで私を守ろうとしてくれたリーマスの気持ちが、本当に辛くて悲しくて。
恐ろしい呪文を教わりながらも、これをリーマスに使うような事だけにはならないように、と心から神に祈った。祈り続けた。
満月の夜はリーマスに近づかない。リーマスもその時だけは私と距離を置く。
そうして互いに"最悪の結果"にならないよう、努力し、協力しあいながら一緒に日々を過ごしてきたのだ。
リーマスは心に十字架を背負っている。でもきっと、そんな彼を――
「本当の…ありのままのリーマスを受け入れてくれる素敵な女性が、きっといるわ」
リーマスは何も応えなかった。ただ、嬉しそうに微笑んで、私の頭を抱き寄せると、そこへ優しく口付けた。
(…トンクスがリーマスの事を本気で好きだといいな。そしてリーマスも…そんな彼女を受け入れてくれたら、こんな素敵なことないのに)
そう願いながらリーマスの胸に寄りかかる。久しぶりに甘えられる、安らいだ時間だった。
その時――バサバサっという羽音がして、窓のところに伝書用のふくろうが飛んできた。
「…手紙のようだ」
リーマスの表情が一瞬曇るのを、私は不安な気持ちで見ていた。急に届く手紙に良い事が書いてあった、ためしがない。
窓を開け、リーマスはふくろうの足から手紙を受け取ると、すぐに封をあけた。
目が文字を追うように左右に動いているのを、黙って見ていると、リーマスの顔が一瞬で驚愕の表情へと変わる。
「まさか…!そんなバカな…!」
「ど…どうしたの?リーマス。それに何が書いて――」
「くそ!どうしてこんな時期に…」
リーマスは明らかに動揺していた。顔が一気に青くなり、何やら一人でブツブツ言っている。
そのただならぬ雰囲気に誰からの手紙だろうと、封筒の裏を見たが、そこには差出人の名前はない。
そんな私を見て、リーマスは封筒に手紙をしまうと、大きく息を吐き出した。そして不安そうな私に気づき、困り果てたような顔で頭を抱える。
「リーマス?いったい誰からの――」
「……」
不意に顔を上げたリーマスに、ドキリとした。その真剣な顔に、鼓動も勝手に早くなっていく。
リーマスは少し身を乗り出すと、私の手を強く握り締めた。
そして言いにくそうに視線を反らすと、「隠していても仕方がない。ホグワーツへ戻れば、すぐに知る事になるしな」と呟いた。
「え、どういう――」
「――シリウスが…アズカバンを脱獄したそうだ」
リーマスのその一言に、私は言葉を失った。
ちょっと、この章から過去へ遡ってみたり。
次回はお話がアズカバンの時まで遡ります。
ヒロインの初恋の話を軸に、シリウスとの事や、その他もろもろ描きたいなと。
初恋の相手は管理人の個人的な好みでオリバーにしてみました。
といっても映画の彼をイメージしてます。ハリーにクディッチを教えるシーンで、頼れる兄貴分だなと好感持ってました。
アズカバンも全て描くわけじゃなくて、とびとびで映画の方をベースに描くと思われます;
というわけで久しぶりにアズカバンを見ながら執筆中なんですが、つい見入っちゃいますね(笑)