TROY
第五章:策略 |
それは紀元前3000年… 古代ギリシャとトロイで起こった愛の物語… 明け方、アキレスは、自分の兵と共に船に乗り込んだ。 アガメムノンに出陣される前に、自分達だけで神殿を襲うつもりだった。 今までいた場所から神殿のある砂浜へと移動する。 それをトロイの見張りの兵士に見られ、トロイの兵士は敵が来た事を知らせるドラを鳴らし始めた。 ゴォーン!ゴォーン!と明け方の、静かな城内に鳴り響いた。 「あそこの砂浜へとつけば、すぐ戦闘だ!あそこで皆、勝利を掴め!」 アキレスの声に、兵士それぞれが剣を振り上げ、「うぉぉぉおお!」 と雄たけびを上げた。 それに満足するかのように、アキレスはニヤリと笑うと、エウドロスが叫んだ。 「アキレス様!王の船が…!」 アキレスが振り向くと、後ろからアガメムノンの凄い数の船がついてくるのが見えた。 「ふん、今頃追ってきても遅い。 ―ほうっておけ!」 そう怒鳴るとアキレスは前方に見えてきたアポロ神殿へと目をやった― 「ぬぅ…っあれはアキレスか?!勝手に出陣しおって!おい、あの黒い帆はアキレスの船だろう?!」 アガメムノンが、そう怒鳴ると兵士が、「そうです!」 と答える。 「チッ…たった50人でトロイ軍と戦う気か?!何様だ!」 アガメムノンは腹立たしげに怒鳴った。 「兄上…あいつの船を見て驚いたのだが…何故に、あいつの帆は黒いのだ?あの意味を?」 メネラオスは不思議そうに問い掛けた。 「ん?ああ…我が軍は白い帆と決まってるのに、あいつだけは黒にしおった。…誰にも支配されないという意味合いだろう」 「支配…されない…?」 「ああ…。何色にも染まらぬ、"黒"を、あいつは選びおった…」 アガメムノンは忌々しげに呟いた―― 「ん…何の…音…?」 は外から聞こえる、ゴォ―ンという音の、うるささに目を覚ました。 隣で寝ていたパリスも体を起こし慌ててテラスへと出る。 「パリス…?」 「いない…?」 「え?」 「見ろ、昨日まで、あそこにあった船が一艘もなくなっている」 「ほんとだ…」 もテラスへと出ると、昨日まであった沢山のギリシャの船がなくなってる事に気づいた。 「でも…じゃあ…このドラの音は…」 「くそ…!あいつら移動したんだ!神殿を襲う気だ!」 パリスは、そう言うと部屋を飛び出して行った。 「パリス?!」 も慌てて廊下へ出るも、パリスの姿はなかった。 とうとう…戦が… は途方に暮れて、その場にしゃがみこんだ。 「兄上!」 「パリス…?!」 ヘクトルはすでに鎧をつけ、今まさに出かけようとしていた。 「僕も行くと行ったでしょう!連れて行って下さい!」 「まあ、待て…!ギリシャ軍が神殿の方へと移動した。今、そこに射手隊を配置している。 お前は、まだ戦場へは出るな」 「どうしてですか?!僕だって戦うと…」 「お前の敵はギリシャ軍じゃないだろう?!」 「…え?」 「お前の敵は…ただ一人…メネラオスだけだ」 「兄上…」 ヘクトルの言葉にパリスは胸が突かれた。 「いいか?ギリシャ軍は総指揮官の俺に任せろ。お前はメネラオスとの対決の時まで剣や弓の腕でも磨いておけ」 「で、でも…」 「お前がギリシャ軍と戦い傷つけば…誰がを守ってやれるんだ?!」 ヘクトルに、そう言われてパリスは言葉が詰まった。 「パリス…今、神殿に向かってるのは…アキレスの軍だ」 「え?アキレス…?」 「ああ。今、アキレスと、お前を会わせたくはない。だから、今日だけはお前もの側にいてやってくれ」 「分かった…」 パリスはヘクトルの気持ちを理解した。 「じゃ…行ってくる」 ヘクトルはパリスの頭にポンと手を置くと、兵の待つ門へと走って行った。 それを見送りながらも自分がを攫ったせいで大きくなった戦に兄と兵士だけを行かせるのに憤りを感じていた― アキレスの船が、今まさに砂浜へと乗り上げようとした、その時、神殿横に配置された射手隊が一斉に弓を構えた。 矢の先には炎が燃え盛っている。 「行くぞ!!」 アキレスは船が着いた瞬間に飛び出した。 すると一斉に火矢が雨のように降り注いでアキレスの兵を襲った。 「ギャァァ!」 「ぐぁ…っ!」 首に刺さった者や、足に刺さった者が次々に倒れていく中、アキレスは盾を上手く利用して前へと走って行く。 次々に倒れる兵を見ながらアキレスは、「散らばるな!固まれ!」 と怒鳴り、一斉に皆を集めた。 そして皆で盾を翳し、火矢を避けながら少しづつ、トロイ軍の射手隊の方へと進んで行く。 それを、やっと追いついたアガメムノンが見て笑っていた。 「あいつ!そんなに死にたいのか!」 すると他の船の兵士達が、「おい、急げ!仲間を助けろ!」 と叫び船の足を速める。 その間にもアキレス達は、どんどんと射手隊との距離を縮めて行き、射程距離に入ると後ろの兵が弓を放ち出した。 それに当たり、トロイの射手隊が次々に倒れていく。 「よし!今だ!散れ!」 アキレスが、そう叫ぶと一斉に兵士達が散らばり、トロイの兵士に襲い掛かった。 アキレスも剣を振りかざしてくるトロイ兵を、絶対的な力で切り倒していく。 アキレスの豪腕を持ってすれば一瞬で勝負がついて行った。 剣を振りかざしながら時には槍を投げ、それがトロイ兵の首に刺さる。 そして最後のトロイ兵を切り倒した時は、アキレスはアポロ神殿の像の前に立っていた。 それを見たギリシャの兵士が雄たけびをあげる。 「アキレス!」 「アキレス!」 「アキレス!」 物凄い怒号で兵士達がアキレスの名を叫んで今の勝利を称えた。 そこにエウドロスが走って来て、アキレスの前に傅く。 「アキレス様…アポロ神は全てを見ています…。神を冒涜するような事は…」 その言葉に、アキレスは薄ら笑いを浮かべ、「神…?」 と呟き、エウドロスに背を向けた。 そして凄い勢いで振り向いたか思うと、目の前にあったアポロ神の像の首を、その己の剣で切り落とした。 「ああ…!何と言う事を…!」 エウドロスが信じられないという顔でアキレスを見上げた。 アキレスは、ニヤっと笑うと、「…神などいない」 と呟いた。 それを合図にしたかのように、一斉にギリシャの兵士達が神殿の中へとなだれ込んで行った。 そこへ馬の蹄の音が聞こえて来て、アキレスは振り返ると、そこにヘクトルの軍が馬で走って来るのが見える。 アキレスはニヤリと笑って、エウドロスへと手を伸ばした。 「貸せ」 「は…」 エウドロスが、槍をアキレスの手に渡した。 するとアキレスは物凄い力で、その槍を、ヘクトルの軍の方へと放り投げる。 放たれた槍は勢いを無くさぬまま、ヘクトルの隣を走っていた兵の左肩を突き破り、その兵士は馬から弾き飛ばされた。 ヘクトルは驚いて、振り向くも、臆することなく馬を走らせる。 それを見たアキレスは不敵な笑みを見せ、神殿の中へと消えて行った。 ヘクトルは馬を降りると慎重に神殿入り口へと近づいていく。 中を確認すると、アキレスが奥の方へ消えるのが見えた。 顔で"行け"と合図をするとトロイの兵士が一斉に中へと入って行く。 そこに横からギリシャの兵士が飛び出し、いきなり戦闘になった。 「うわぁぁっ!!」 「戦え!」 怒号の中、へクトルはギリシャ兵を次々に切り倒し奥へと進んで行く。 そこに… 「ほぉ~一人でくるとは…勇気があるのか、単なるバカか…」 「アキレス!!」 アキレスが神殿奥の影から顔を見せた。 ヘクトルは足元に倒れている神官を見てアキレスを睨んだ。 「武器を持たない者を殺すなんて…!」 そう言って剣をアキレスへと振りかざすも、アキレスは、ヒラリと、それを交わす。 「俺と戦え!アキレス!」 ヘクトルはアキレスが逃げた方向へと追いかけて行った。 そこは神殿の横にある入り口で、アキレスは外に出ていた。 ヘクトルも外に出ると、アキレスは余裕の笑みで振り返る。 「アキレス!」 「ヘクトル…おまえの弟が大変な事をしてくれたようだな?」 「……っ?!」 アキレスは剣を抜く気配も見せぬまま、そう呟いた。 ヘクトルは油断のないよう剣を構えたまま、「それは…の事か?」 と聞いた。 その時、アキレスの表情が怒りへと変わる。 「そうだ!俺の大事な従兄弟を攫った!」 「アキレス…それは…知らなかったんだ!連れて来て…その後に…」 「に何かしてみろ…。お前の弟ともども、俺の手でなぶり殺しにしてやる!」 「彼女には…何もしていない!」 「ふん…どうだかな…」 「彼女が今、戻ったとしても…メネラオスに嫁ぐだけだろう?!彼女はひどく嫌がっていた」 ヘクトルが、そう言うとアキレスの表情が一瞬、和らいだ。 「そうか…やっぱり…あいつ無理を…」 「え?」 「いいか、に伝えろ。メネラオスの事は心配しなくていいと…」 「何?どういう事だ?」 「いいから、そう伝えろ」 ヘクトルは、その意味が分からなかったが、その時、周りをギリシャの兵士に固められ、一瞬、戦いになるかと緊張した。 その時、アキレスが、「分かったら…行け。明日、また戦おう」 と顔で合図をした。 ヘクトルは、その言葉に一瞬驚くも、ここは多勢に無勢と判断し、ゆっくりと神殿外の階段を降りていく。 そして、一度アキレスを見上げるも、そのまま自分の兵の方へと戻って行った。 「行かせても宜しいのですか?」 エウドロスがアキレスへ声をかけた。 アキレスはヘクトルを見ながら、 「まあ…そう焦るな…。 奴はトロイの王子だ…。後で、ゆっくりと俺が殺してやる」 アキレスは、そう言うと今やっと到着した王の船を見て苦笑した。 そして砂浜の方へと歩き出した時、たった今、到着した兵士の中からも、 「アキレス!」 「アキレス!」 と名を叫ばれる。 その中を堂々と歩いて行くと、オデッセウスが苦笑いしながら歩いてくる。 「何だ、今頃来たのか?」 「相変わらず、派手だな?」 その言葉に、アキレスはオデッセウスの肩をポンと叩くと、自分の兵士が立てておいてくれたテントの中へと入ろうとした。 そこにエウドロスが歩いて来る。 「アキレス様…」 「ああ、今日はよく戦ってくれた」 「いえ・…。それで…知らせたい事が」 「何だ?」 「城に忍び込ませた間者からの連絡が入りまして・…。様の今、置かれている立場が分かりました」 「何?」 一瞬、ドキっとしたが、それを顔に出すことなくアキレスはエウドロスを見た。 「それで?」 「それが…どうも王子の側室とかではなく…」 「……何だ?」 「パリス王子から…求婚されているようで…」 「何だって?!」 あまりに驚いてアキレスは暫くぽかんとした顔でエウドロスを見つめていた。 「求婚…?あのパリスに…?」 「はあ…それで…トロイの城の者や兵士、王とかは、様の事をパリスのフィアンセと思っているようだと…」 「本当に婚約したとかでは…」 「いえ、それは様が否定された様で…。ただパリスが一方的に、様に求婚しているものの 勝手に王には、様も承諾したという事にしてあるようです」 アキレスは黙って聞いていたが、思わず苦笑した。 「全く…心配させやがって…。敵の王子…しかも、あれほど浮名を流したパリスをも本気にさせるとは… 我が従兄弟ながら、たいした女だよ…」 「はあ…そう思います」 エウドロスも苦笑している。 「あの王子も全く…メネラオスのフィアンセと知ってて求婚するとは…。 だからか…わざわざ捕虜にしてるなどと通告してきたのは…。大方、の父親の噂を聞いて心配になったからだろう… まあ、それなら一応は大切にされてるという事だな…少し安心したよ」 「はあ、安心なのですが…。あ、それと大事な事が、もう一つ…」 「ん?何だ?」 「様が、パリスには何もされてないと申していたと…」 「な、何?!」 「あ、いえ…間者から、ここは必ず伝えておくようにと…様が、そう望まれたとかで…」 「そ、そうか…分かった…」 アキレスは顔が少し赤くなったのが分かり、慌てて顔を反らした。 「あと…」 「何だ?まだあるのか?」 「いえ…あのこちらに…」 エウドロスは目の前のテントの中へと入ると、そこに一人の女が手を後ろ手に縛られ座っていた。 「神殿の中に隠れていた様で…。アキレス様へと兵士が連れてきたのですが…」 「ふん…分かった。ああ、もうないか?」 「はい」 「じゃあ、少し休んでこい」 「はい。ありがとう御座います」 エウドロスはそう言うと、自分のテントの方へと歩いて行った。 アキレスはテントの中へと入ると、水で体を洗いながら、自分の事を睨んでいる女に声をかけた。 「お前…名前は?」 「…………」 「口が聞けないのか?」 「…神官を殺したクセに…!」 「何だ、きけるじゃないか…。あれは俺が殺したんじゃない」 「でも、あなたの兵士でしょ?!」 「……そんな事より…名前は?」 アキレスが、もう一度聞くと女は顔を反らした。 アキレスは溜息をついて体を洗い終えると鎧を脱ぎ体をタオルで拭きながら、女の方へと近づいていった。 女はアキレスを見上げるも、彼が全裸のため、慌てて顔を反らす。 「野蛮な人ね?!私を捕虜にする気?」 アキレスは、その問いに答えぬまま、女を縛っている縄を解いてやった。 女は痛そうな顔で手首を擦りながらアキレスを見る。 「名前は?」 「……ブリセイス…」 「王族の者か?話し方が偉そうだ。男を見下してるものの言い方だな」 アキレスは目を反らした女の髪を掴み匂いを嗅ぐと、かすかに香油の香りがした。 「間違いないな…」 そう呟くとアキレスは、「安心しろ。別に殺したりしない」 と言って服を着替え、テントを出ていった― トロイ城内― 「兄上!無事でしたか!」 「ああ、パリス…お前…どうしての傍にいてやらないんだ?」 疲れた顔で戻って来たへクトルは、門の前でウロウロとしていたパリスへ聞いた。 「それは…」 「お前…。 ―ちょっと来い」 ヘクトルはパリスを連れて城の中へ入ると、アンドロマケが心配そうな顔で立っていた。 「あなた…っ」 そう言ってヘクトルへと、しがみ付く。 「大丈夫だ…」 ヘクトルは、そう言うとアンドロマケを抱きしめて、 「ちょっとパリスと話がある。お前は部屋に戻っていてくれ」 「はい」 アンドロマケは少し安心したのか笑顔を見せると、すぐに部屋へと戻って行った。 ヘクトルは、それを見届けると、パリスを連れて庭の祭壇の前へと来ると、パリスの方へと静かに振り向く。 「パリス…お前…何か迷っているのか?」 「え?」 「今のお前を見てると…そう見えるんだ。もし迷っているなら、お前は戦いに出なくても…」 「違う!そうじゃないんだ…」 「じゃあ、何だ?」 ヘクトルが、そう聞くとパリスは少し横を向いて息を吐き出した。 「メネラオスとは…戦うよ…。の自由の為にも…あいつを倒したい…」 「ああ…」 「そして…。もし・・・もし僕が奴を倒せたら…を…ギリシャに帰そうと…思ってる」 「何だって?!」 その言葉にヘクトルは驚いた。 パリスは真剣な顔でヘクトルの方へ向き直ると、「を帰すよ…好きな人の元へ…」 と言った。 「な…お前、あんなに…彼女の事を想ってたじゃないか…!やっぱり、あれは嘘か?!今までと同じと言うことか?!」 「違う…!僕は…本気でを愛してるよ…。今では会った時以上に…」 「パリス…。なら、どうして帰すと?」 「辛いんだ…」 「え?」 「どんなに僕がを想っていようと…彼女は僕を見てくれはしない」 「そんな事は分からないだろう?」 「いや…そうだよ…」 「じゃあ、お前は…自分を愛していない女の為に、メネラオスを戦うという事か?」 「うん、それは…必ずやり遂げたいんだ…。に約束したから…」 「パリス…」 ヘクトルは、この時、パリスの想いの強さに改めて驚いていた。 優しくパリスを抱きしめると、顔を覗き込み、「まあ、待て…。まだ答えを急ぐな」 と言ってパリスの頭を撫でる。 「え?」 「確かに今は、まだもアキレスの事があって、お前に気持ちがいかないのかもしれない。 だが答えを急ごうとしないで…もう少し待ってみろ。彼女も目の前にいる、お前を見てくれるようになるかもしれないだろう?」 「兄上…」 「それに…お前も悪い」 「…え?!」 「何やら…アイリスとか言う使者と…何かあったんじゃないか?お前と彼女は前に付き合っていただろう?」 ヘクトルに、いきなりアイリスの事を持ち出されて、パリスは顔が赤くなった。 「そ、それは…って何で兄上がそんなこと…」 「ちょっと小耳に挟んでな?」 「………」 パリスは視線を反らして俯いた。 ヘクトルは苦笑しながら、パリスの肩をポンと叩くと、 「お前、またアイリスと会ったのか?二人で…」 「ああ…つい」 「つい、ね…。まあ、前のお前なら、それも分かるが…今は他の女なんて見てる場合じゃないだろ?」 「そうなんだけど…」 「の気持ちがお前にない事が痛すぎたか?」 「兄上…」 「でもな?焦って心にもない事をしたら…大事な者を失うぞ?」 「そう…かな…?」 「ああ…」 「アイリスには…もう会えないって言うつもりなんだ…」 「そうか」 ヘクトルは、そう言って優しく微笑むと、 「さ、の傍についててやれ…。彼女もきっと心配している」 「心配…?」 「ああ…自分のせいで起きてる戦と心を痛めているだろうからな…」 「そうか…。そうだね…分かった」 ヘクトルは、そう頷くパリスの肩を抱くと城の中へと戻った。 そこへアイネイアスが走って来る。 「ヘクトル様、パリス様…王の間へお越しを…。会議を始めるとの事です」 「何?そうか…分かった。父上にも今日の報告をしなければ…」 「報告とは…?」 パリスはヘクトルと一緒に王の間へと向かいながら問い掛けた。 「ああ…神殿の神官を…殺された」 「何だって?!」 「アキレスの軍にな…」 「アキレス…っ くそ…! ―そう言えば…ブリセイスは?彼女も巫女として神殿にいたはずだ…っ」 「それが…姿が見えなかった…。遺体もなかった」 「と言う事は…」 「ああ、捕虜にされたかもしれない…」 ヘクトルは、そう言うと不安げな顔を見せた。 そのまま二人が王の間へと入って行くと、側近たちが顔を連ねている。 「ヘクトル…ご苦労であった。パリス…こっちへ来なさい」 プリアモスは二人を自分の下へと呼び寄せ、軽く抱きしめた。 「父上…今日は…アキレスを止められませんでした…」 「そうか…さっきアイネイアスに聞いたよ…。神官が殺され…ブリセイスもゆくえが分からないそうだな…?」 「はい…」 「とにかく二人とも座りなさい」 プリアモスに促され、二人は王の両脇へと、それぞれ座った。 「今日は神殿を汚されアポロ神をも汚されてしまった。こうなったらギリシャ軍を迎え撃ちましょう!」 側近の一人が叫んだ。 それに続くように、「こっちからも攻めましょう!」 と次々に声が上がる。 「待って下さい!」 そこへ、いきなりパリスが立ち上がった。 「皆…戦争は…しなくていい…」 「パリス…!」 プリアモスは、それを静止するように言うも、パリスは前へと進み、 「僕のせいだ…。ここまで戦が大きくなったのは…。これはトロイとギリシャの戦いじゃない… 僕と…メネラオスの戦いなんだ…。明日…僕はメネラオスと対決する」 「パリス…」 ヘクトルも心配そうな顔でパリスを見た。 パリスは、そう言うと静かに王の間から出て行く。 側近達も、そこで黙ってしまった― パリスは王の間を出ていくと自室へと戻った。 「パリス?!」 すると急にが走り寄って来てパリスの胸元へと飛び込んで来た。 「わ…っ」 「大丈夫なの?!怪我はない?!」 は、そう言うと体を離し、パリスの体を見ていった。 「…?どうしたの?」 自分を心配そうに見あげて来るに、パリスはドキっとした。 「だ、だって…さっき飛び出したまま戻らないから…戦に行ったんじゃないの?!」 「え?あ…それが…」 パリスは少し頭をかくと、「実は…今日は行ってないんだ…」 と申しわけなさそう(!)な顔でを見た。 「ええ?!」 「ごめん…」 「べ、別に誤るようなことじゃ…。何だ…私、てっきり、あのまま戦に出たものかと… なかなか戻らないから、もしかしてって悪い方向へ考えちゃって…」 は、ホっとした様子で息を吐き出した。 パリスは、そんなを見て胸がズキンと痛む。 「行かなかったと言うよりは…兄上に連れて行ってもらえなかったんだ」 「え?」 「この戦いは、お前の戦じゃないって言われてね。僕が戦うのは…メネラオスだって」 「パリス…」 「…」 「は、はい」 パリスがいきなり真剣に、の肩を掴むので、も思わず真剣に返事をした。 「明日…僕はメネラオスに挑戦するよ」 「…え?明日…?」 「そこで…奴を倒す事が出来たら…」 パリスは、そこで言葉が止まってしまった。 くそ…っ決心したはずなのに…っ もし僕がメネラオスを倒す事が出来たら…君は自由だ、ギリシャへ帰っていいよって… その一言が言えない。 さっき兄上に、あんな事を言われたから…決心が揺らぐ。 「パリス?」 あまりに黙っているからか、は不思議そうな顔でパリスを覗き込んでくる。 その顔が可愛くて、を抱きしめたいと思った。 でもそれさえ、もう出来ない… パリスはの肩から手を下ろすと、「また一緒にご飯でも食べようか…?」 と言って微笑んだ。 「何だと?!婚約?!」 メネラオスが顔を真っ赤にして怒鳴った。 「は…今、トロイの民は、その話題で持ちきりのようで…何せ、あの浮名ばかり流していたパリスが、 いつの間にかフィアンセを連れてきたとの事で街中で騒いでおります…」 メネラオスが放った間者が傅きながら、説明した。 「そ、そのフィアンセが…だと言うのか!」 「は、はい…!」 「くそ…!捕虜などと言っておいて…婚約しただと?!ふざけおって!!」 メネラオスは近くにあった椅子を蹴り倒した。 間者がビクっと目を瞑る。 「もしかして…最初から、こういうつもりで?」 それまで冷静に見ていたアガメムノンが口を開いた。 「ん?!兄上…何が最初から…なんだ?」 「だから…最初から、とパリスは、お前の目を盗んで会ってたんじゃないのか?」 「な、何と申した?!」 「だから…最初から、あの二人はデキていたんじゃないか?なら説明もつくだろう? が何故、夜中に抜け出して兵士の陣営に行ってたのかも…それに、その晩に限ってアキレスが不在… がトロイの奇襲を知っていて、邪魔なアキレスを言いくるめて、お前の元へやり、トロイ軍の手引きをしたんじゃないのか?」 「そ、そんなバカな…!いつ知り合ったと言うのだ…パリスとは…」 「そんなもの、お前がこっちに連れて来てから、いくらでもチャンスはあっただろう。 だって自由に船を下りたり出来ていたのだからな…」 思いも寄らないアガメムノンの言葉に、メネラオスは動揺していた。 「も、もし、そうなら…この私をも騙した事になる!あの娘…最初からパリスと…?」 「トロイ軍がを捕虜にしたとしても、パリスと婚約したとしても、どっちにしろ戦は起きる。 我々を混乱させる魂胆じゃないのか? それに…もしかしたら、お前との婚儀を嫌って、パリスをも上手く騙し、利用してるのかもしれないしな?」 「ぬぅ…もしそうなら…許せん…っ!この手で八つ裂きにしてくれるわ!」 「はトロイの軍に守られ、今では王子のフィアンセだ。そう簡単に殺せはしない…この戦で我が軍が勝利する他はな…」 「こうなったら…もっと援軍を呼んでトロイを焼き尽くそうぞ!」 メネラオスは、そう怒鳴ると酒をぐいっと呷った。 ほんとに我が弟ながら単純で扱いやすいわ…。最近、少し弱気にな事を言うようになっていたからな… これで、また奮起するだろう… アガメムノンはニヤリと笑って、酒を呷った―― 「あの男…」 アイリスは見た事のある男を見かけて足を止めた。 (今、廊下を歩いて行った兵士の格好をした男…見た事があるわ…?) アイリスは、その兵士の後を、こっそりとつけて行った。 確か…この前、あのパリス様のフィアンセと外で話してた男じゃないかしら… そうよ…あの鋭い目…絶対に間違いない。 何故、兵士の格好で城をうろついてるのかしら… アイリスは気になり、そのまま、その男の後を追って外庭へと出た。 すると忽然と男の姿が見えなくなり、アイリスは焦ってキョロキョロと探し回って見た、その時― 「誰だ、お前は」 「キャ…!」 いきなり後ろから腕をねじ上げられ、口を塞がれた。 「…んんーっ」 「誰だ、お前?何故、俺の後をつける」 アイリスは、その男の無表情な声に震え上がった。 「今から手を離す。もし声を上げたら、すぐに刺すぞ?分かったな?」 アイリスは、うんうんと頷き、必死で叫びたいのを堪える。 すると男がそっと口を塞いでいた手を外した。 「はあ…」 「お前は何者だ?」 男が、また同じ質問をした。 アイリスは少し息を吐き出すと、震える声で、「わ、私は…ミノアから来ている使者の者です…」 と何とか説明した。 「ミノア?何故、ミノアの使者が俺の後をつける」 「そ、それは…」 「お前…何か知っているのか?言わないと本当に刺すぞ?」 「わ、わかったわ…言うわよ…。 あの…昨日…外の出店で…あなたとパリスのフィアンセが話してるのを見たのよ…」 「パリスのフィアンセ…?ああ、様の事か…」 「…え?」 「で、何で俺の後を?」 「だ、だから…何故、昨日、その…?と話してた人が今日は城の中にいて兵士の格好をしてるのかと思って…」 「それだけか?」 「だ、だから…」 「それだけで、見知らぬ男の後をつけたりしないだろう?」 アイリスは怖くなって本当の事を言わなければ刺されると思った。 「だ、だから…もしかしてパリス様のフィアンセの…愛人かと思ったのよ…っ」 「何だと?それで、どうして後をつけるんだ?」 「そ、それは…パリス様が、いきなりフィアンセなんて連れてらっしゃるから…許せなくて… 何か、フィアンセの弱みでも掴んでやろうって思って…」 アイリスの言葉に、男は一瞬、黙ったが、すぐに呆れたように鼻で笑った。 「お前…相当、パリスとかいう王子に入れ込んでるな?それで…嫉妬か?様に…」 「そ、そうよ…!パリス様にとって、私だけとは思ってなかったけど…決まった女性もいなかったのに… いきなりフィアンセなんて言うから…この城から追い出してやろうかと思ったのよ…っ」 そのアイリスの言葉に、男は黙っていたが、ふと首を絞めていた腕を緩めて、アイリスを自分のほうへと向かせた。 「お前…この城壁の中と外は好きに出入り出きるのか?」 「え?」 「お前はミノアの使者だろう?ならば、この城の周りの大きな門から自由に外へ出るのか?」 「え、ええ…それが?」 アイリスの言葉に、男は少し考えていたが、 「よし…お前が門の外へ出る時…様を一緒に、お連れしろ」 「…ええ?私が?」 「そうだ…。お前も様に、ここにいられたら困るんだろう?」 「そ、それはそうだけど…もしバレたら…」 「バレないようにしろ」 「そんな無茶な…」 「もしできないと言うなら…今、この場でお前を殺す。俺の存在も知っている事だしな?」 「そ、そんな…。だ、だいたい、どうして、そのを城から連れ出したいの?彼女だって私が誘ったって来ないわよ、きっと…」 「様は来るさ。ここから逃げ出したいに決まっている」 「ど、どうしてよ?パリス様と婚約までしておきながら…」 「それは違う。様は無理やり、この城へと連れてこられたんだ」 「え?」 アイリスは男の言葉に唖然とした。 パリスのフィアンセと思っていたが、無理やり連れてこられたというのは、どういう事なのだろう? 「あなたも…彼女も…いったい何者なの?」 アイリスは、気になった事を、つい聞いていた。 男は黙ってアイリスの方を見ると、「ギリシャの者だ」 と呟いた。 「な…何ですって?あのフィアンセも…ギリシャの…?」 「私が仕える戦士アキレス様の大事な幼なじみだ。どうしても助け出したい。だが私と門を出ていくには目立ちすぎる…。 お前の侍女か何かに変装させて連れ出したほうがバレるのも遅くて済むだろう?」 アイリスは、アキレスと聞いて思い出した。 アキレス…!戦士、アキレス! どこかで聞いた事のある名だと思った…! 彼は…ギリシャ軍最強の戦士で不死身と謳われている男…! が…そのアキレスの幼なじみですって?! アイリスは、その真実に驚いた。 ならば…何故、パリス様は彼女を…? この戦…今日の戦いも全てはという女のせいなんじゃ…! アイリスは、パリスを危険な戦に巻き込んだに怒りが沸いてきた。 許せないわ…パリス様の心を奪ったばかりか、危険な目にあわせるなんて…っ そんな目に合わせておいて、きっとトロイが負けたら、すぐにギリシャへ逃げる気なのよ… そんな事させないわ… あの女さえいなければ、争いも小さくなるかもしれない… アイリスは、そう考え、目の前で答えを待っている男に、「私、やります。を城から連れ出すわ?」 と言った。 「そうか…。ならば、様にも、お前から、そう伝えてくれ。きっと頷いてくれるだろう」 「分かった。何とか近づいてみる」 「それと…様に、"アキレス様には、きちんと伝言しておいた"と伝えてくれ」 「え?それは、どういう…」 「そう言えば分かる。決行は早めがいいな…アキレス様も心配しておられる」 「あ、あの…と…そのアキレスという方は…本当に幼なじみというだけの…関係なの?」 つい聞いてしまった。 それには男は苦笑しながらも、 「ああ、本当だ。だが…様はアキレス様を慕っておられるのは分かっている。 パリスなどに入れる余地などない」 そう言うと男はニヤリと笑った。 それにはアイリスも、ムっとはしたが顔には出さない。 そうなんだ…!あの女…アキレスを… じゃあ、パリス様との婚約もデタラメなのかもしれない… 女の方は承諾していないというところか…。 それでもパリスの心を奪ったを憎いと思った。 待ってなさい… 愛しいアキレスの下へ帰してやるから・…! アイリスは嫉妬で燃えながらも、を追い出すチャンスが、いつ来るかという事を考えていた… 食事も終えて、パリスとは部屋へと戻って来ていた。 テラスで風に当たりながら、何かを考えているパリスが気になるも、は声をかけられないでいた。 やっぱり…様子がおかしい… いつもより元気がないし。 そう思いながら寝台へと座ると、パリスが部屋の中へ戻って来て蝋燭の明かりを、ふっと消した。 「もう寝ようか…」 「え?ええ…」 パリスは、そう言うと黙って寝台へと上がり自分のスペースへと寝転がる。 それも、またに背中を向けて… 紳士になったのはいいけど…逆に今度は気持ちが悪いわ…(?!) は、そう思いつつ自分も横になった。 それでも寝付けない気がして目を開けたまま黙って窓の外をみていると、隣でパリスが動いた気配がしてハっと顔を向けた。 するとパリスが、の方へと顔を向けて見つめている。 「な、何…?」 「いや…」 パリスは瞳を伏せて、そう呟き体を、また逆に向けようとするも、もう一度の方を見た。 「…」 「ん?」 もパリスの方へと顔を向けるとパリスがそっと腕を伸ばし、の首の後ろへ腕を入れて腕枕をしてきた。 「ど、どうしたの…?」 「怖がらなくてもいいよ?何もしない。ただ、今夜はこうしてと寄り添って寝たいんだ…ダメ?」 少し悲しげな瞳でそう言うパリスに、は思わず頷いた。 「ほんと?嬉しいよ」 パリスは、そう言うと、そのままを自分の胸元へと抱き寄せた。 急にパリスの体温を感じてドキっとする。 パリスは、の頭に頬を寄せて愛おしそうに唇をつけている。 はキスされる感触が伝わる度に、ドキっとするのを何とか抑えていた。 すると、パリスが少しだけ体を離して、の顔を覗き込んだ。 「…」 「な、なあに?」 「僕は…明日、メネラオスと…戦う。 ―だから今夜だけは、こうして寄り添っていて欲しいんだ…」 「パリス…どうしても?」 「うん、約束したろ?君を自由にしてあげるって…」 「でも…私は…」 「だめだよ…あいつが生きてる限り…は自由になれない…。そうだろ?」 「で、でも、あなたが何も戦わなくても…」 「を愛してるからこそ、僕が戦わないと意味がないんだ」 「………」 "愛している"と言われて顔が赤くなった。 いつも言われるけど何だか今夜は、いつもよりも真実味がある気がした。 「あ、あの…私…」 「何も言わないで…」 「え?」 パリスはそう言うと、そっとの額へと唇をつけ、すぐに離した。 「明日は…僕かメネラオス…。 ――どっちかが死ぬ事になる」 「―――っ!」 はパリスの言葉に、ショックを受けた。 そうだ…これは…殺すか殺されるかの戦いだ… パリスを…そんな戦いへと行かせるの?私が―― 「パリス…やっぱり…」 「…僕は戦う。もう…決めたんだ…。例え君の気持ちが僕になくても…君が自由になるのなら、それでいい」 「パリス…」 は喉の奥が痛くなり言葉が詰まった。 やだ…行かないで… ふと、そう思った。 なのに…パリスの決心は固い。 私はどうしたらいいんだろう… 何で、こんな事になってしまったんだろう… そんな事ばかりが頭の中をまわっていた。 するとパリスが、またを抱き寄せた。 「今夜は…こうして眠ってもいい?」 パリスの言葉に、は黙ったまま、そっと頷いた。 パリスは小さな声で、「…ありがとう」 と呟くと、の頭にもう一度唇をつけて、「愛してるよ…」 と一言、囁いた。 は、その言葉が胸に沁みこんでいくのを感じて、そっと目を瞑った― は、ふいに目が冷めた。 (何で…私目が冷めたのかな…) 少しずつ戻る意識の中で、そんな事を思いながら、は無意識に隣へ居るはずのパリスを探した。 だが手を伸ばすも、そこには何もない空間だけがあり、は驚いて目を開けた。 「パリス…?」 部屋の中は、まだ薄暗い。 隣を見るも、やはりパリスの姿はなく、は焦った。 (やだ…どこに行ったの?) は寝台から静かに下りると、隣の部屋とテラスを見た。 でもパリスの姿はない。 はテラスで波の音が、かすかに聞こえてくるのを聞きながら、途方に暮れた。 (まさか…!一人でメネラオスに会いに行ったなんて事は―) そう思った時、何かが聞こえて、ハっとした。 シュッ! 「何の…音…?」 波の音の合い間に、聞こえてくる何かが飛ぶような音に、はテラスから身を乗り出し、下を見てみた。 すると― (…パリス?!) テラスの横に、小さな階段があり、そこを降りると小さな庭のようになっている場所… そこにパリスの姿があった。 パリスは一人、壁につけた人形に黙々と弓で矢を射ち込んでいる。 「パリス…」 矢を射るパリスの真剣な顔を見て、は胸がギュっと痛くなるのを感じた。 パリスは…本気なんだ… 本気で明日、私の為にメネラオスと戦う気だ…。こんな…私の為に… 知らず涙が出てきた。 自分の事を愛してもいない女の為に…殺すか殺されるかの戦いをするなんて… 何てバカなの? あなたは、もっと軽薄で…いいかげんじゃなかったの? ずっと、そんな人でいてくれれば…こんなに胸が痛まなくても済んだのに… そう思いながら、は黙ってパリスの姿を見ていた。 するとパリスが弓を下ろしたのが見えて慌てて部屋へと戻ると、寝台へ横になり眠っているフリをした。 少しすると足音が聞こえてきてパリスが部屋の中へ戻って来たのが分かる。 はギュっと目を瞑ったまま黙っていた。 パリスは、静かに寝台の方へと歩いてくると、そっとの隣へと横になった。 そして、またの首の後ろへ、そ~っと腕を回すと、優しくを抱き寄せる。 は体の力を抜いて、黙ってパリスの胸元へと抱き寄せられる。 パリスは安心したかのように静かに息を吐き出すと、そっとの頬に唇をつけた。 はドキっとしたが、それでも動かず目を瞑っていた。 どうしよう…心臓がうるさくなってきた… 聞こえちゃうじゃない…お願いだから静まって…っ は必死に冷静になろうとしたが、パリスが、それでもの頭に頬を寄せてくるのを感じるたびに、ドキっとしてしまう。 パリスは、そのままを抱きしめて、少しすると小さな寝息が聞こえてきた。 は、そこで、そっと目を開けてみる。 目の前にパリスの寝顔が見えて、思わず声を上げそうになるのを必死で耐えた。 パリスは心の底から安心したような顔で眠っている。 そんな寝顔を見ていたら、思わずの顔に笑顔が零れた。 何だか、その寝顔が、とてもに安心感を与えたから―― ほんと…奇麗な顔ね…。睫毛なんて凄く長くて… こんな戦いなんて、むしろ似合わないのに… パリスは…戦うのが嫌いだと言っていた… 権力争いを仕掛けてきた、アガメムノンが腹立たしいと… きっと彼は…平和を望んでるのね…。 アキレスとは…正反対だ―― アキレスは…戦う事に自分の価値を見出している。 自分の名を忘れられるのが怖いと言う。 私は…忘れないのに…と何度も思ったっけ… アキレスの傍にいた時は…今のように安息の日々などなかった… いつも彼を思い、心配して、戦いに出たと聞けば胸が痛くなる毎日… いつも…傍に居て欲しいと望んでいたのに… アキレスは、また戦いに出ていってしまう。 それが…私には辛かった… こうして一緒にいると、お互いに安心するような関係でいたいと、ずっと願っていたのに…。 はパリスの寝顔を、ずっと見ながら、明日の朝なんてこなければいいのに…と祈っていた――
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うぉ。何だか前回の、これまた続きですね(苦笑) 前のも長くなってしまったので、再び分けたので続けて二話アップと言う事で^^; 少しづつ戦争がはじまっていきますが今回は映画でのシーンも入れつつ、 書いてみましたん。 う~ん、何だか複雑になってきたばい…(笑)(どこの人じゃ) |